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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12Q
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12Q
管理番号 1394728
総通号数 15 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-03-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2021-04-13 
確定日 2022-12-27 
訂正明細書 true 
事件の表示 上記当事者間の特許第5460866号発明「敗血症の質量分析法診断」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5460866号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜17〕について訂正することを認める。 特許第5460866号の請求項1ないし3、5ないし17に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 特許第5460866号の請求項4に係る発明についての審判請求を却下する。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5460866号(請求項の数は17。以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成22年7月14日(パリ条約による優先権主張 平成21年7月16日 ドイツ)を国際出願日とする特願2012−520014号であって、平成26年1月24日に特許権の設定登録がなされたものである。請求人は、令和3年4月13日付けで当該特許の請求項1〜17に係る発明について、甲第1、2号証を提出し、特許無効審判請求を行った。本件無効審判の手続の経緯は以下のとおりである。

令和3年 4月13日 審判請求書、甲第1号証及び甲第2号証の提出
令和3年 8月12日 審判事件答弁書、訂正請求書、及び、乙第1号 証、乙第2号証の提出
令和3年 9月30日付け 審理事項通知書
令和3年10月20日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
令和3年11月 8日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和3年11月25日 口頭審理
令和3年12月21日付け 審決の予告
令和4年 3月18日 訂正請求書、及び、上申書(被請求人)の提出

なお、請求人に対して令和4年3月18日付けの訂正請求書副本及び上申書副本を送付したが、請求人によりこれらに対する意見は提出されなかった。

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
被請求人が令和4年3月18日付け訂正請求書により請求する訂正は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求めるものであって、その訂正の内容は、下記訂正事項1〜9のとおりである(下線は訂正箇所を示す)。
なお、令和3年8月12日にされた訂正の請求は、特許法第134条の2第6項の規定により、取り下げられたものとみなされる。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1で「血液中にある、細菌または酵母を含む微生物を、遠心分離または濾過によって沈殿させ、該微生物のマススペクトルを取得し、該マススペクトルによって該微生物を同定する質量分析同定の方法であって、該微生物の沈殿の前に、界面活性剤を添加することによって、血液培養からの血液試料の血球を溶解させることを特徴とする、方法。」と記載されているのを、「血液中にある、細菌または酵母を含む微生物を、遠心分離または濾過によって沈殿させ、該微生物のマススペクトルを取得し、該マススペクトルによって該微生物を同定する質量分析同定の方法であって、
該微生物の沈殿の前に、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を添加することによって、血液培養からの血液試料の血球を溶解させることを特徴とする、方法。」と訂正する。請求項1を直接的または間接的に引用する請求項2〜3,5〜17も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項4を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項5で「前記界面活性剤が溶液として添加される、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記界面活性剤が溶液として添加される、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7で「前記血液試料に抗凝固剤が添加される、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記血液試料に抗凝固剤が添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項6のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8で「前記血液試料に1つ以上のヌクレアーゼが添加される、請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記血液試料に1つ以上のヌクレアーゼが添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9で「前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で1:2〜1:10の希釈率で希釈される、請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で1:2〜1:10の希釈率で希釈される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項12で「前記沈殿微生物が超音波または機械的処理によって分解される、請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記沈殿微生物が超音波または機械的処理によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項13で「前記微生物が蟻酸またはトリフルオロエタン酸などの酸およびアセトニトリルを含む溶液によって分解される、請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「前記微生物が蟻酸またはトリフルオロエタン酸などの酸およびアセトニトリルを含む溶液によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項15で「測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を備えた溶液を添加する質量分析試料支持体上に、前記沈殿物の微生物の一部を移すことを含む、請求項1〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。」と記載されているのを、「測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を備えた溶液を添加する質量分析試料支持体上に、前記沈殿物の微生物の一部を移すことを含む、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。」と訂正する。

なお、訂正前の請求項2〜17は、訂正前の請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項1〜17は、特許法第134条の2第3項に規定する一群の請求項である。

2 訂正の適否
(1) 訂正事項1について
ア 訂正の目的について
訂正事項1による訂正は、訂正前の請求項1に記載されていた「界面活性剤」を「界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」と訂正するものであり、「界面活性剤」の一態様である「ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」に限定するものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正前の請求項4には「前記界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が使用される、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。」、願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)における【0039】には「非常に単純ながら、培養血から微生物を隔離および分離する方法の、すでに非常に成功を収めている実施形態を、図1に示す。最初に、約1ミリリットルの血液を数本の特殊遠心分離管それぞれに充填し、界面活性剤溶液を加え、よく攪拌する。この界面活性剤は好ましくは溶液として、例えば5〜20パーセントSDS溶液(好ましくは10パーセント)を20〜200マイクロリットル(好ましくは100マイクロリットル)の形態で添加される。」と記載されているから、訂正事項1は、本件特許明細書の記載から導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものといえる。
したがって、訂正事項1は、特許法134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
前記アのとおり、訂正事項1は、「界面活性剤」を「界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」と訂正するものであり、「界面活性剤」の一態様である「ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)」に限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
したがって、訂正事項1は、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、訂正前の請求項4の記載を削除するものである。
したがって、訂正事項2は、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項2は、訂正前の請求項4の記載を削除するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、訂正前の請求項4の記載を削除するのみであるから、訂正前の請求項4について、発明のカテゴリーを変更するものでもなく、かつ、発明の対象や目的を変更するものとはならない。
したがって、訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないため、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

(3)訂正事項3〜9について
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、訂正前の請求項4の削除に伴い、訂正前の請求項5で引用している請求項を「請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の方法。」から、「請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。」にするものであり、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項4〜9も、請求項4の削除に伴い、引用している請求項4を単に削減するものであるから、訂正事項3と同様に、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
前記アのとおり、訂正事項3は、訂正前の請求項5で引用している請求項を削減するものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。
訂正事項4〜9も、引用している請求項4を単に削減するものであるから、訂正事項3と同様に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法134条の2第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

ウ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
前記アのとおり、訂正事項3は、訂正前の請求項5で引用している請求項を削減するものであり、発明のカテゴリーを変更するものでもなく、かつ、発明の対象や目的を変更するものとはならない。
したがって、訂正事項3は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないため、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。
訂正事項4〜9も、引用している請求項4を単に削減するものであるから、訂正事項3と同様に、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないため、特許法第134条の2第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

3 本件訂正後の発明の独立特許要件について
上記の「第1 手続の経緯」で述べたように、本件特許無効審判の請求は、本件請求項1〜17に係る発明についてなされたものであるから、上記の請求項に係る発明は、独立特許要件の判断を要しない。

4 訂正請求についての結論
以上のとおり、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法第134条の2第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項、並びに、同法184条の19で読み替えて準用する同法第126条第5項の規定に適合するので、本件訂正を認める。

第3 本件訂正発明
本件特許の請求項1〜17に係る発明は、訂正後の本件特許請求の範囲の請求項1〜17に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである(下線は訂正箇所である。以降、訂正後の本件特許請求項1に係る発明を項番にしたがい「本件訂正特許発明1」という。また、訂正後の本件特許発明1〜17を、まとめて「本件訂正特許発明」ということがある。)。

【請求項1】
血液中にある、細菌または酵母を含む微生物を、遠心分離または濾過によって沈殿させ、該微生物のマススペクトルを取得し、該マススペクトルによって該微生物を同定する質量分析同定の方法であって、
該微生物の沈殿の前に、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を添加することによって、血液培養からの血液試料の血球を溶解させることを特徴とする、方法。

【請求項2】
前記血液中の十分な数の微生物が、培養によって産生される、請求項1に記載の方法。

【請求項3】
遠心分離によって沈殿した前記微生物を洗浄し、再び遠心分離にかける、請求項1または請求項2に記載の方法。

【請求項4】
(削除)

【請求項5】
前記界面活性剤が溶液として添加される、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。

【請求項6】
前記界面活性剤溶液が消泡剤を含む、請求項5に記載の方法。

【請求項7】
前記血液試料に抗凝固剤が添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項6のいずれか1項に記載の方法。

【請求項8】
前記血液試料に1つ以上のヌクレアーゼが添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の方法。

【請求項9】
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で1:2〜1:10の希釈率で希釈される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の方法。

【請求項10】
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で約1:5の希釈率で希釈される、請求項9に記載の方法。

【請求項11】
前記血液試料が遠心分離され、その上澄みを除去してから、前記界面活性剤溶液が添加される、請求項5または請求項6に記載の方法。

【請求項12】
前記沈殿微生物が超音波または機械的処理によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。

【請求項13】
前記沈殿微生物が蟻酸またはトリフルオロエタン酸などの酸およびアセトニトリルを含む溶液によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。

【請求項14】
質量分析試料支持プレート上で測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、前記分解微生物の可溶性タンパク質が埋め込まれている結晶のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を使用して実施される、請求項12または請求項13に記載の方法。

【請求項15】
測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を備えた溶液を添加する質量分析試料支持体上に、前記沈殿物の微生物の一部を移すことを含む、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。

【請求項16】
前記質量分析測定が、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)によるイオン化を備えた飛行時間質量分析計で実施される、請求項14または請求項15に記載の方法。

【請求項17】
前記溶液が5〜20%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液である、請求項5または請求項6に記載の方法。

第4 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、「特許第5460866号の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、その理由として以下の無効理由を主張し、証拠方法として甲第1、2号証を提出している。

(1)無効理由
本件特許の請求項1〜17に係る発明は、次のア〜ウの点で、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであって、特許法第36条第6項第1号の規定により特許受けることができないものであり、また、その発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1〜17を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないため、特許法第36条第4項第1号の規定により特許受けることができないものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
ア 界面活性剤の種類
イ 界面活性剤の濃度
ウ 界面活性剤による血液試料の処理時間

<証拠方法>
甲第1号証:Journal of Clinical Microbiology、1986年3月1日、第23巻、第3号、pp.452−455
甲第2号証:Journal of The Royal Society Interface、2008年4月15日、第5巻、pp.S131−S138

2 請求人提出の証拠の記載事項
甲各号証には、それぞれ以下の事項が記載されている。

(1)甲第1号証
「血液培養系は、溶解剤(Tween 20、他のポリオキシエチレン付加物のうちの1つ、ジギトニン又はTriton X−100)が加えられた血液培養培地において開発された。33種のTriton化合物のうち9種がヒトの血液を溶解し、21種のポリオキシエチレン化合物のうちの7種およびジギトニンも同様に溶解し、それらはすべて0.05%の濃度であった。特定の試験条件下で、3種の溶血性ポリオキシエチレン化合物およびジギトニンは、抑制効果を有さなかった。全てのTriton化合物は、最も感受性が高いStreptococcus pneumoniaeおよびNeisseria meningitidisといった試験された病原性微生物において少なくとも幾分かの抑制効果を有した。微生物のその抑制の本研究における証拠にもかかわらず、以前の研究の結果のため、Triton X−100はさらに試験された。試験された55種の溶解剤のうちジギトニン、Triton X−100、Brij96およびTween 20は、従来の培養液への添加剤としてさらに試験するために選択された。感染されたウサギの菌血症の血液を用いた比較培養研究は、従来の血液培養、アイソレーターシステム(Du Pont Co.,Wilmington,Del.)および新規の溶解培地を用いて行われた。新規の系は、関連する追加のコストおよび工程の複雑性が無く、溶解濾過および溶解遠心分離の利点を有する。」(p.452のアブストラクト)

「結果
活発な溶解は培養されたウサギ血液サンプルの多くで観察されなかった。継代培養は、濁り状態による偽陰性の視覚的読み取りを避けるために、7日目に行われた。
55種の界面活性剤のうち38種が0.05%の濃度で活発な血液溶解を果たさなかった。残りの17種である、21種のポリオキシエチレン化合物のうちの7種、33種のTriton化合物のうちの9種およびジギトニンは、活発な血液溶解を果たした(表2)。
Triton 9S−44はE. coliを含む試験生物の5種全てに対して抑制的であり(表1);Triton CF−21、CF−54、DF−12、DF−16および9S−30はE. coliを除く全ての生物を抑制し;ポリオキシエチレン化合物付加物のBrij 56およびBrij 58はE. coliおよびS. aureusを除く全ての生物を抑制し;Brij 76およびBrij 78はS. pneumoniaeおよびN. meningitidisのみ抑制し;Brij 96、ポリドカノール、Tween 20およびジギトニンはいずれの微生物も抑制しなかった。
Tween 20、ジギトニン、Triton X−100およびBrij 96は、ウサギ菌血症モデルにおいて0.05%の濃度でさらに試験された。348種の総培養(58種のウサギ)のうち、T−20溶解系で214種の陽性ボトル(61%)、アイソレーターシステムで192種の陽性ボトル(55%)、およびCBを用いた従来の血液培養で181種の陽性ボトル(52%)が見られた(表3)。
より少数の動物は、3種の他の界面活性剤を試験するのに用いられた。その結果(表4)は、Tween 20の結果と同様の結果を示すものが無いことを示した。」(p.454左欄のRESULTS)。

「Tween 20の濃度が0.05%に低減された場合、0.7%の濃度に対して最小限の感受性を示した微生物種(Neisseria種、S. pneumoniaeおよびFusobacterium nucleatum)は、もはや抑制されなかった。溶解は、この濃度で完全であったが一晩中のインキュベーションが必要であった。」(p.454第10−14行)

(2)甲第2号証
「界面活性剤の選択は、細胞溶解の速さおよびタンパク質抽出効率に影響し得るので重要である。ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等の強いイオン性界面活性剤は、秒オーダーの細胞溶解を提供でき、細胞からのタンパク質を変性させる傾向がある。これは、後の、タンパク質の分子量に比例して負電荷を与えるミセル動電キャピラリー電気泳動による中性タンパク質の分離に有利である。しかしながら、それは、抽出されたタンパク質がタンパク質結合または酵素活性アッセイに用いられる場合はほとんど望まれない。Triton X−100等の穏やかな非イオン性界面活性剤は、より遅い細胞溶解を引き起こすが、タンパク質を変性させるおよびタンパク質複合体を破壊する傾向が非常に小さく、従ってタンパク質構造又は活性に関わるアプリケーションのために好ましい。」(p.S135右欄第6−21行)

「彼らは最終的に細胞内における酵素活性に関心をもったため、彼らは酵素活性を維持するために、より速く溶解する0.5%SDS(2秒未満)ではなく、より遅く溶解する0.1%Triton X−100(30秒)を選択した。」(p.S136左欄第13−17行)

3 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、請求人の主張する無効理由は理由がない旨主張し、証拠方法として乙第1、2号証を提出している。

<証拠方法>
乙第1号証:“Addendum to the experimental report of microbe identification in accordance with JP5460866 (JP2012-520014)”、2021年8月2日
乙第2号証:Nature Methods, 2006年3月2日、Vol.3、pp.i−ii

4 被請求人提出の証拠の記載事項
乙各号証には、それぞれ以下の事項が記載されている。

(1)乙第1号証
本件特許発明の発明者であるトーマス・マイアーによる「特許第5460866号(特願2012−520014号)に準拠した微生物同定の追加実験報告」と題する実験報告書であり、微生物である大腸菌を接種したヒト血液に、脱イオン(蒸留)水、ならびに、SDS、同様の界面活性剤であるドデシル硫酸リチウム、及びN−ラウロイルサルコシンナトリウム塩をそれぞれ加えて、遠心分離により上澄みを取り除き、得られた沈殿物をMALDI質量分析にかけたことが記載されている(pp.3−9)。
ドデシル硫酸リチウム、N−ラウロイルサルコシンナトリウム塩、SDSが添加されたものは、血液粒子が十分に溶解していないことを示す沈殿物についての色素が見えないため、血球が溶解していることが示されている(p.5の写真3、p.7の写真3、p.8の写真3参照。)。これらのMALDI質量分析によって得られたスペクトルには、ヘモグロビンのピークは現れず、細菌のスペクトルのみが現れていることが示されている(pp.5、7、8の「MALDI Spectrum」)。
測定されたスペクトルについて、「MALDI Biotyper(R)の類似性」(合議体注:「(R)は○の中にR。以下同じ。)の各グラフ及びその右側のログ値(スコア)が記載されており、界面活性剤を使用する方法では、ログ(スコア)の信頼性が大幅に向上し、信頼性の高いゾーンに十分に収まることが記載されている(pp.6、7、9の「log(score)」)。また、N−ラウロイルサルコシンナトリウム塩の場合、信頼性を得るために、血液試料と混合した後の濃度が、SDSやドデシル硫酸リチウムの場合の2倍となるように滴定していることが記載されている(p.2「Results & Conclusions」の第14−18行)。



(p.5)



(p.6)



(p.7)


(p.8)



(p.9)

(2)乙第2号証
「MALDI飛行時間質量スペクトルに基づいた迅速で信頼性の高い微生物の同定」(タイトル)

「マトリックス支援レーザー脱離/イオン化飛行時間型質量分析(MALDI-TOF MS)フィンガープリントは、微生物の分類と識別のための高速で信頼性の高い方法であり、臨床診断、環境および分類学的研究、または食品加工の品質管理に適用され得る。BioTyper(R) MALDI-TOF MSフィンガープリントシステムにより、研究者はこのプロセスを実行して、細菌、酵母、真菌を数分で明確に識別することができる。」(p.i アブストラクト)

「図2 BioTyperの識別結果。緑の線は完全に一致するピークを表し、黄色はより広い境界で一致するピークを示し、赤いピークは参照スペクトル内で一致しないことを示す。下の表は、評価およびランク付けされた結果の出力を示す。」(p.ii Figure 2の説明))

「末知の微生物は、それらの個々のピークリストをデータベースと比較することによって識別される。同定された質量とそれらの強度相関に基づくマッチングスコアが生成され、結果のランク付けに使用される(図2)。」(p.ii 左欄第15−18行)

第5 当審の判断
1 特許法第36条第6項第1号について
(1)本件訂正特許発明の解決しようとする課題
本件訂正特許発明1は、「血液中にある、細菌または酵母を含む微生物を、遠心分離または濾過によって沈殿させ、該微生物のマススペクトルを取得し、該マススペクトルによって該微生物を同定する質量分析同定の方法であって、
該微生物の沈殿の前に、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を添加することによって、血液培養からの血液試料の血球を溶解させることを特徴とする、方法。」というものである。
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、技術分野として、「本発明は血流感染症(敗血症)の血液培養における病原体の質量分析法による同定に関連する。」(【0001】)と記載され、発明が解決しようとする課題に関して、「出願者の研究室においてこの蒸留水添加方法を実施した実験では、洗浄と遠心分離のプロセスを数回繰り返した場合であっても、十分にクリーンな遠心分離沈殿を得るのには成功しなかった。沈殿は全く赤みがかっていなかったにもかかわらず、ヒトタンパク質信号の重なりが常に微生物タンパク質信号に干渉し、この沈殿からの同定が不確定になるほどまでになっていた。」(【0022】)、「本発明は、血中の敗血症病原体のクリーンな分離のための迅速な方法を提供し、これにより質量分析同定を種または亜種のレベルまで行い、更に、病原体の他の検査も可能にするためのものである。」(【0023】)、「本発明は、上記特許文献1から知られる遠心分離または濾過による体液からの微生物の沈殿またはペレット化を介した直接沈殿のための方法に基づくが、血球破壊のために純蒸留水を使用する代わりに、強い界面活性剤(すなわち両親媒性の表面活性化物質)を使用するものである。強い陰イオン界面活性剤であるSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)は、タンパク質の変性化剤としてバイオテクノロジー分野でも使用されており、(1)微量の界面活性剤はMALDIなどのイオン化プロセスにおいてタンパク質およびその他の分析対象物のイオン化阻害剤として知られていること、および(2)SDSのような強い界面活性剤は微生物を殺すことが知られており、すなわち、微生物の増殖能力を破壊することにより殺菌剤として作用すること、という事実があるにもかかわらず、理想的であることが実証されている。」(【0024】)と記載されている。また、「本発明は具体的に、微生物を破壊することなく、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に溶解させることに基づく。」とも記載されている(【0030】)。
そうすると、本件訂正特許発明の解決すべき課題は、「質量分析による血液試料中の敗血症病原体等に関する微生物のクリーンな分離による正確な質量同定のために、血液試料中の微生物を破壊することなく、血球を迅速かつ完全に溶解させることでヒトタンパク質信号が微生物タンパク質信号に干渉しないようにすること」であると認める。
この点に関連して、訂正前の本件特許発明について、請求人が審判請求書pp.3、4の7(3)ア(ア)bで主張する、「血液試料中の微生物に対して正確に質量分析同定できるようにするために、血液試料中の微生物を破壊することなく、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に溶解できるようにすること」である、との課題は上記合議体が認定した本件訂正特許発明の解決しようとする課題と特段相違するものでないと認められる。
一方、被請求人は、訂正請求書と共に提出した審判事件答弁書p.4(ア)で、本件訂正特許発明の課題は、請求人が主張する「正確に質量同定できるようにするため」という事項をより具体化した、「血液試料中の微生物に対して質量同定できるようにするために、血液試料中の微生物を破壊することなく、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に溶解できるようにし、もって、血液試料中の血球の残留物が、微生物の同定を妨げないようにすること」であると主張しているが、「血液試料中の血球の残留物が、微生物の同定を妨げない」点は、合議体の認定する課題では、本件特許明細書の【0022】に基づく「ヒトタンパク質信号が微生物タンパク質信号に干渉しないようにする」とされているから、被請求人が主張する本件訂正特許発明の課題についても上記認定した本件訂正特許発明の解決しようとする課題と特段相違するものでないと認められる。
そうすると、上記合議体が認定した本件訂正特許発明の解決しようとする課題、請求人の主張する本件訂正特許発明の解決しようとする課題、被請求人が主張する本件訂正特許発明の解決しようとする課題は本質的に相違せず、そのいずれを想定するかで以下の検討事項の判断の結果は左右されないものと認められる。
そこで以下では、上記の合議体が認定した本件訂正特許発明の解決しようとする課題に基づいて判断を示す。

(2)界面活性剤の種類
界面活性剤について、本件特許明細書には、以下のとおりの記載がある。

「【0030】
本発明は具体的に、微生物を破壊することなく、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に溶解させることに基づく。デリケートな血球細胞膜は主にリン脂質で構成されており、この非共有結合によって膜が形成されている。強い界面活性剤(特にSDS)は、タンパク質および脂質の非共有結合すべてを溶解させ、分子の三次構造および四次構造を破壊する。よって細胞膜は完全に溶解する。細胞核の膜や白血球の染色体を含む、血球の内部構造もまたSDSによって破壊されて溶解する。これらの溶解した構成部分はすべて、遠心分離後の上澄み液と共に、または濾過によって、除去される。」

「【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】 通常レベルの白血球を有するすべての患者の血液について成功が知られている、単純な基本手順を説明する手順図である。
【0033】
【図2】 高レベルの白血球数の場合、DNA凝集の問題を感度低下と引き換えに克服する手順図である。
【0034】
【図3】 高レベルの白血球数の血液試料全てに適用できる、通常感度の手順図である。」

「【0038】
この方法とは対照的に、本発明では、同定の妨げとなり得るヒトタンパク質の痕跡をすべて除去する絶対的な必要性を伴う、質量分析同定のため培養血から純化微生物の迅速な回収を目的としている。各種微生物同定法のために重要な微生物の増殖能力は、質量分析同定法では不要である。というのは、保持される必要があるのは、細胞壁の構造的完全さと内部タンパク質分子の化学的完全さのみであり、増殖能力ではないからである。質量分析同定法では、内部タンパク質の三次構造および四次構造がほどけることによって変質した場合、何の役割も果たさない。しかしながら上述の本発明による非常に迅速な方法では、微生物がSDSに曝されるのは最長でも数分間だけであるため、SDSの抗生物質効果にもかかわらず多くの微生物ではその増殖能力が保持されることになり、血液からの微生物の分離および隔離の方法は、例えば耐性試験などの他の検査のために微生物を更に分離された形態で提供するためにも使用され得る。
【0039】
非常に単純ながら、培養血から微生物を隔離および分離する方法の、すでに非常に成功を収めている実施形態を、図1に示す。最初に、約1ミリリットルの血液を数本の特殊遠心分離管それぞれに充填し、界面活性剤溶液を加え、よく攪拌する。この界面活性剤は好ましくは溶液として、例えば5〜20パーセントSDS溶液(好ましくは10パーセント)を20〜200マイクロリットル(好ましくは100マイクロリットル)の形態で添加される。」

「【0055】
本発明は特に、さまざまなタイプの血球を迅速かつ完全に破壊することに依存しており、これにより微生物が非常に純粋な形態で得られ、血球由来の内因性血液タンパク質が同定に干渉しない。微生物細胞の構造は、血球とは対照的に、このプロセスでは破壊されない。デリケートな血球細胞膜は主にリン脂質で構成されており、この非共有結合によって膜が形成されている。タンパク質および脂質に対する界面活性剤、特にSDSの効果は、特に、すべての非共有結合を破壊し、これにより細胞膜および細胞構造分子の三次構造および四次構造を破壊することに依存している。細胞膜およびすべての細胞内構造はこれにより完全に溶解し、界面活性剤は可溶化剤として作用する。細胞膜のリン脂質はそれ自体が両親媒性であり、すなわち界面活性剤特性を有しており、ミセルを形成することによって他の界面活性剤によりナノコロイド的に溶解し得る。細胞核の膜や白血球の染色体を含む、血球の内部構造も、SDSによって破壊されほとんど溶解する。これらの溶解した構成部分はすべて、遠心分離後の上澄みと共に、またはマイクロ濾過によって、除去される。」





以上の本件特許明細書の記載によると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、界面活性剤としてSDSを用いた場合に、上記(1)で示した課題を解決できることを当業者は認識し得ることが記載されているといえる。

(3)SDSの濃度、SDSによる血液試料の処理時間
SDSの濃度、SDSによる血液試料の処理時間について、本件特許明細書には、以下のとおりの記載がある。

「【0025】
特に単純な実施形態においては、血液培養から約1ミリリットルの血液へ、更なる前処理なしに界面活性剤を直接添加し、振盪器内で10〜30秒間よく混合する。好ましくはこの界面活性剤は、例えば5〜20%SDS水溶液を10μl〜200μlの形態の溶液として添加される。混合後すぐに、混合物を10,000gで2分間遠心分離にかけ、その上澄みを捨てる。ペレットが目に見える場合は、その沈殿は多くの場合、驚くべきことに透明な白色を呈する。界面活性剤の痕跡を完全に除去するには、ペレットを1ミリリットルの蒸留水で洗い、再び遠心分離にかける。その上澄みを再び捨てる。この沈殿物を、数マイクロリットルの蟻酸およびアセトニトリルを加えて取り出し、この溶液の1〜2マイクロリットルを質量分析試料支持体に移すことができ、ここでマトリックス溶液を添加し、乾燥させる。」

「【0038】
この方法とは対照的に、本発明では、同定の妨げとなり得るヒトタンパク質の痕跡をすべて除去する絶対的な必要性を伴う、質量分析同定のため培養血から純化微生物の迅速な回収を目的としている。各種微生物同定法のために重要な微生物の増殖能力は、質量分析同定法では不要である。というのは、保持される必要があるのは、細胞壁の構造的完全さと内部タンパク質分子の化学的完全さのみであり、増殖能力ではないからである。質量分析同定法では、内部タンパク質の三次構造および四次構造がほどけることによって変質した場合、何の役割も果たさない。しかしながら上述の本発明による非常に迅速な方法では、微生物がSDSに曝されるのは最長でも数分間だけであるため、SDSの抗生物質効果にもかかわらず多くの微生物ではその増殖能力が保持されることになり、血液からの微生物の分離および隔離の方法は、例えば耐性試験などの他の検査のために微生物を更に分離された形態で提供するためにも使用され得る。
【0039】
非常に単純ながら、培養血から微生物を隔離および分離する方法の、すでに非常に成功を収めている実施形態を、図1に示す。最初に、約1ミリリットルの血液を数本の特殊遠心分離管それぞれに充填し、界面活性剤溶液を加え、よく攪拌する。この界面活性剤は好ましくは溶液として、例えば5〜20パーセントSDS溶液(好ましくは10パーセント)を20〜200マイクロリットル(好ましくは100マイクロリットル)の形態で添加される。数本の遠心分離管を充填することにより、遠心分離のバランスをとることができ、信頼性の高い同定のために確認試料をすぐに得ることも可能になる。振盪器で10〜30秒間混合した後、遠心分離管内の血液試料を10,000gで2分間遠心分離にかける。例えば取り外し可能な先端を備えた従来型のピペットを用いて、深赤色の上澄み液を除去する。ここで微生物の沈殿を取り出し、蒸留水で洗浄し、更に遠心分離にかけた後、分離された微生物の沈殿が残り、これはもし目に見える場合は完全に白色である。臨界的な(critical)場合にのみ、この洗浄手順を繰り返してヒトタンパク質のすべての痕跡を除去する必要がある。各洗浄プロセスは、合計の手順時間を約2〜3分延長させるだけである。」

「【0050】
凝固の問題に関する第2の解決策では、SDS溶液添加の前に血液試料を遠心分離する方法を使用することができる。おそらくはSDS溶液の添加前に血液の凝固タンパク質すべてを除去することによって、この成功率は改善される。本発明のこの非常に好ましい実施形態は、専門病院での標準手順として導入することができ、ここにおいて遠心分離管に最初に充填した血液は、界面活性剤溶液を添加することなく最初に遠心分離にかけられる。何百種ものタンパク質と、追加された栄養物および抗凝固剤を含んだ、上澄みの透明な血漿が次に除去され、界面活性剤(例えば1パーセントSDS溶液)を合計最高1ミリリットル、管に入れて、深赤色の沈殿だけを取り出す。この深赤色の沈殿は、微生物だけでなく、1ミリリットルの血液に由来する500万個の赤血球、7000個の白血球、20万個の血小板を通常含んでおり、振盪器内で追加された界面活性剤と混合されることにより、血球の細胞膜が破壊され、可溶性タンパク質が放出される。この深赤色溶液を再び遠心分離にかけ、今度は上澄みが深赤色のままとなり、沈殿はもし見える場合は純白となる。この上澄みを除去し、界面活性剤溶液を充填し、遠心分離にかけるプロセスを、ここで繰り返して行い、血球の最後の残留物すらも除去することができる。このプロセスを純蒸留水を用いて繰り返すことにより、界面活性剤を除去することができる。この界面活性剤は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)を阻害する可能性があるためである。上澄みを最後に除去した後、その沈殿物は、目に見えるものであるか否かを問わず、上述の方法で分解され、可溶性タンパク質は試料支持プレートに移される。」

「【0056】
一方、細菌の細胞壁は非常に安定である。これらは主に共有結合で架橋することにより重合したムレイン(ペプチドグリカン)から成っている。グラム陽性菌については、テイコ酸と更に架橋しており、テイコ酸自体も重合している。これらの共有結合したメッシュ構造は、少なくとも数分間という短時間では、界面活性剤の溶解作用に耐える。この後の質量分析同定のためには、内部のタンパク質が放出されていない限り、またはその一次構造に変化がない限り、微生物がこの方法で死滅するかどうかは関係がない。しかしながら多くの微生物では、本発明によるこの短時間手法でも、十分な数の微生物が生存したままであり、更なる培養のために増殖させることができる。」

以上の記載に鑑みると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、界面活性剤のSDSについて、所定の濃度、血液試料の処理時間が記載されており、これらの記載は良好な結果を示すSDSの濃度、血液試料の処理時間の一例であると認められるから、実施例と異なる実験条件下でSDSを用いる場合の基準となり得るものであるとも認められる。
また、界面活性剤の濃度と血液試料の処理時間との関係についてみると、濃度を高くすると処理時間が短くなり、濃度を低くすると処理時間が長くなるという、逆相関のような関係にあることや、濃度や処理時間は実施の際の実験条件等に応じて異なることは本件訂正特許発明の出願時における技術常識である。
そうすると、上記の本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載や本件特許の出願時の技術常識を踏まえると、実施例に記載されたSDSの濃度やSDSによる血液試料の処理時間とは異なる条件であっても、上記(1)で示した課題を解決できることを当業者は認識し得るといえる。
したがって、請求項の記載において、サポート要件の観点から、実施例等に記載されたSDSの濃度や血液試料の処理時間に特定することは要しないと認められる。
ここで、界面活性剤の濃度に関して、請求人は、審判請求書pp.6、7のeにおいて、甲第1号証のp.454右欄第10−14行には、界面活性剤の濃度に関して、0.7%の濃度のTween20に対して最小限の感受性を示した微生物種(Neisseria種、S. pneumoniaeおよびFusobacterium nucleatum)において、濃度を0.05%に低減すると、それらは抑制されないことが示されていることから、界面活性剤の濃度によって、界面活性剤による処理後の微生物の状態が異なることは当業者にとって周知であり、技術常識であるため、本件特許の発明の詳細な説明から、本件特許の出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明に記載された最終濃度が約0.05%〜約3.33%以外のSDS濃度を用いた場合に、本件特許発明の課題を解決できることを当業者は認識できない旨、主張している。
また、血液試料の処理時間に関して、請求人は、審判請求書pp.7、8のfにおいて、甲第2号証のp.S135右欄第6−21行には、SDS等の強いイオン性界面活性剤は「秒」のオーダーでの細胞溶解を可能とし、Triton X−100等の穏やかな非イオン性界面活性剤はより遅い細胞溶解を引き起こす旨の記載があり、さらに、p.S136左欄第13−17行には、0.1%のTriton X−100を用いた30秒の遅い溶解、0.5%のSDSを用いた2秒未満の速い溶解についての記載があることから、細胞溶解において界面活性剤の処理には適切な処理時間があり、また、界面活性剤の種類によって、その適切な処理時間は異なることは当業者に周知であり、技術常識であるため、本件特許の発明の詳細な説明から、本件特許の出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明に記載された2分10秒〜2分30秒間以外のSDSによる処理時間を用いた場合に、本件特許発明の課題を解決できることを当業者は認識できない旨、主張している。
しかしながら、上記で検討したように、当業者であれば、SDSの濃度や血液試料の処理時間は、実施例に開示されたSDSの濃度や血液試料の処理時間を基準として、実際の実験条件等に応じて、本件訂正特許発明の課題を解決できる範囲で当業者が適宜決定し得るものであり、請求項の記載において実施例に記載された濃度や血液試料の処理時間だけに特定することまでは要しないと認められることから、請求人の主張は採用できない。

(4)本件訂正特許発明1〜3、5〜17のサポート要件の検討
本件訂正により、本件訂正特許発明1、17で使用する界面活性剤がSDSに特定されたため、上記(2)、(3)で検討したところによると、本件訂正特許発明1、17で、SDSの濃度やSDSによる血液試料の処理時間が特定されていなくても、本件訂正特許発明1、17は、上記(1)で示した課題を解決できることを当業者は認識し得るものと認められる。
したがって、本件訂正特許発明1、17は、特許法第36条6項第1号の規定を満たすものである。
また、本件訂正特許発明2、3、5〜16は、本件訂正特許発明1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件訂正特許発明1と同様の理由により、特許法第36条6項第1号の規定を満たすものである。

2 特許法第36条第4項第1号について
(1)本件訂正特許発明1、17について
上記第5の1(4)で検討したように、本件訂正により本件訂正特許発明1、17の界面活性剤がSDSに特定されており、SDSの濃度や血液試料の処理時間については、当業者であれば、実施例に開示されたSDSの濃度や血液試料の処理時間を基準として、実際の実験条件等に応じて、本件訂正特許発明の課題を解決できる範囲で当業者が適宜決定し得るものであるから、その実施において当業者が過度の試行錯誤を要するものとは認められない。
なお、請求人は、SDSを用いたとしても本件特許の発明の詳細な説明に記載された濃度及び処理時間以外を用いた場合に、血球を溶解する一方で血液中の微生物の細胞構造を維持できることについて何らの記載はない旨(審判請求書p.12第1−4行)、また、請求項2〜17自体は訂正されておらず、界面活性剤の種類、濃度及び処理時間の全てを特定するものは無い旨(口頭審理陳述要領書p.6のカ)、主張しているが、上記第5の1(3)で述べたとおり、本件訂正により本件訂正特許発明1、17は、当業者が過度の試行錯誤を要しないものとなったから、当該請求人の主張は採用できない。
よって、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件訂正特許発明1、17を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものと認められ、特許法第36条第4項第1号の規定を満たすものである。

(2)本件訂正特許発明2、3、5〜16について
本件訂正特許発明2、3、5〜16に関して、本件訂正特許発明1と同様の理由により、本件特許の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たすものである。

(3)小括
以上のとおり、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件訂正特許発明1〜17を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものと認められ、特許法第36条第4項第1号の規定を満たすものである。

第6 むすび
以上のとおり、本件訂正特許発明1〜3、5〜17に係る特許は、請求人が主張する無効理由によって無効とすることはできない。
本件特許の請求項4は、訂正により削除され、当該請求項に対しては請求人がした審判の請求はその対象が存在しないものとなったため、特許法第135条の規定により、却下する。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。

審判長 長井 啓子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】(補正)
血液中にある、細菌または酵母を含む微生物を、遠心分離または濾過によって沈殿させ、該微生物のマススペクトルを取得し、該マススペクトルによって該微生物を同定する質量分析同定の方法であって、
該微生物の沈殿の前に、界面活性剤としてドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を添加することによって、血液培養からの血液試料の血球を溶解させることを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記血液中の十分な数の微生物が、培養によって産生される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
遠心分離によって沈殿した前記微生物を洗浄し、再び遠心分離にかける、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】(削除)
【請求項5】(補正)
前記界面活性剤が溶液として添加される、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記界面活性剤溶液が消泡剤を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】(補正)
前記血液試料に抗凝固剤が添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】(補正)
前記血液試料に1つ以上のヌクレアーゼが添加される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】(補正)
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で1:2〜1:10の希釈率で希釈される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記血液試料のための前記血液が、蒸留水で約1:5の希釈率で希釈される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記血液試料が遠心分離され、その上澄みを除去してから、前記界面活性剤溶液が添加される、請求項5または請求項6に記載の方法。
【請求項12】(補正)
前記沈殿微生物が超音波または機械的処理によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】(補正)
前記沈殿微生物が蟻酸またはトリフルオロエタン酸などの酸およびアセトニトリルを含む溶液によって分解される、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
質量分析試料支持プレート上で測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、前記分解微生物の可溶性タンパク質が埋め込まれている結晶のマトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を使用して実施される、請求項12または請求項13に記載の方法。
【請求項15】(補正)
測定試料を調製する工程をさらに含み、前記調製する工程が、マトリックス支援レーザー脱離/イオン化のためのマトリックス物質を備えた溶液を添加する質量分析試料支持体上に、前記沈殿物の微生物の一部を移すことを含む、請求項1〜請求項3、請求項5〜請求項13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記質量分析測定が、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)によるイオン化を備えた飛行時間質量分析計で実施される、請求項14または請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記溶液が5〜20%のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液である、請求項5または請求項6に記載の方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2022-07-27 
結審通知日 2022-08-01 
審決日 2022-08-17 
出願番号 P2012-520014
審決分類 P 1 113・ 537- YAA (C12Q)
P 1 113・ 536- YAA (C12Q)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 川合 理恵
福井 悟
登録日 2014-01-24 
登録番号 5460866
発明の名称 敗血症の質量分析法診断  
代理人 特許業務法人あい特許事務所  
代理人 井関 勝守  
代理人 大西 渉  
代理人 特許業務法人あい特許事務所  
代理人 金子 修平  

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