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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B21B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B21B
管理番号 1395194
総通号数 15 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-24 
確定日 2023-01-11 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6912026号発明「圧延機の形状制御方法及び形状制御装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6912026号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、2について訂正することを認める。 特許第6912026号の請求項1〜2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6912026号の請求項1〜2に係る特許についての出願は、2021年(令和3年)2月12日(優先権主張 令和2年3月23日)を国際出願日とする出願であって、令和3年7月12日にその特許権の設定登録がされ、同年7月28日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1〜2に係る特許に対して、特許異議の申立て(以下「本件特許異議申立て」という。)があり、次のとおりに手続が行われた。
令和3年12月24日 :特許異議申立人小菅 公義(以下「申立人」という。)による請求項1、2に係る特許に対する本件特許異議の申立て
令和4年 5月12日付け:申立人へ書面による審尋
令和4年 6月 1日 :申立人による回答書の提出
令和4年 6月28日付け:取消理由通知
令和4年 9月 2日 :特許権者JFEスチール株式会社(以下「特許権者」という。)による訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)と意見書の提出
令和4年 9月21日付け:申立人へ本件訂正請求があった旨の通知
令和4年10月21日 :申立人による意見書(以下「申立人意見書」という。)の提出

第2 訂正の適否
本件訂正の適否について検討する。
1 訂正事項
(1)訂正事項1(下線は訂正箇所。以下第2において同じ。)
訂正前の請求項1の「前記制御ステップは、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定するステップを含む、」を、訂正後の請求項1の「前記制御ステップは、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定するステップを含む、」に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項2の「前記制御手段は、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定する、」を、訂正後の請求項2の「前記制御手段は、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定する、」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、新規事項の有無
(1)訂正事項1
ア 訂正事項1は、訂正前の請求項1に係る発明では、制御ステップが「圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定」するのに対して、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合」の動作は定められていないが、訂正後の請求項1に係る発明では、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合」について、「制御ゲインを一定」とする動作を定めて、制御ステップの内容を限定するものであるから、当該訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ また、訂正事項1は、上記アの減縮に、カテゴリーや対象、目的の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ そして、訂正事項1で追加される「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」の発明特定事項について、段落【0013】には、「従来は、アクチュエータの制御ゲインは、鋼板の板幅によらず一定値としていた。・・・しかしながら、鋼板の板幅が例えば1200mm超になる等、所定の板幅よりも大きくなる場合には、同じ制御ゲインの値を用いると過制御になり、形状崩れが増長することによって鋼板の破断が発生する可能性がある。そこで、本発明では、鋼板の形状崩れが発生しやすくなる鋼板の板幅を所定の板幅として予め定めておく。そして、圧延対象の鋼板の板幅が所定の板幅を超える場合、鋼板の形状を制御するアクチュエータの制御ゲインを、圧延対象の鋼板の板幅が所定の板幅以下である場合の制御ゲインよりも小さくする。」との記載があり、また、【0016】には、「・・・また、制御ゲインを変更する鋼板Sの板幅は、過去の操業実績から形状崩れによる破断の発生率が高くなる境となる1200mmとした。そして、板幅が1200mm以下と同じ制御ゲインでの圧延(従来例:通常ゲイン)、板幅1200mm以下の制御ゲインに対して1/2の制御ゲインでの圧延(本発明例1:ゲイン値1/2)、及び板幅が1200mm以下の制御ゲインに対して1/4の制御ゲインでの圧延(本発明例2:ゲイン値1/4)をそれぞれ図3に示す通板数(コイル数)について行った。・・・」との実施例の記載がある。
これらの記載からみて、従来は、アクチュエータの制御ゲインが、鋼板の板幅によらず一定値となっていたのに対して、訂正前の請求項1及び2に係る発明は、板幅が1200mm超の場合には、過制御による形状崩れに伴う破断の発生率が高いため、制御ゲインを小さくしてこれを抑制することを理解できるから、訂正前の請求項1及び2に係る発明において、板幅が1200mm以下である場合には、破断の発生率が低いため、従来と同様に、制御ゲインを一定とすると解するのが相当である。したがって、上記発明特定事項は、段落【0013】、及び【0016】に記載されているに等しい事項である。
以上から、当該発明特定事項を追加する訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正事項2は、訂正前の請求項2に係る発明では、制御手段が「圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定」するのに対して、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合」の動作は定められていないが、訂正後の請求項2に係る発明では、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合」について、「制御ゲインを一定」とする動作を定めて、制御ステップの内容を限定するものであるから、当該訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ また、訂正事項2は、上記アの減縮に、カテゴリーや対象、目的の変更を伴うものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないから、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものである。
ウ そして、訂正事項2で追加される「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」の発明特定事項は、上記(1)ウで説示するとおり、段落【0013】、及び【0016】に記載されているに等しい事項である。したがって、当該発明特定事項を追加する訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものである。

3 小括
したがって、上記の訂正事項1〜2は、いずれも特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同法同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、2について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件特許発明
第2のとおり、本件訂正請求は認められたから、訂正後の請求項1、2に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1、2に記載した以下の事項により特定されるとおりのものである。(以下、本件の請求項1に係る発明を「本件発明1」、本件請求項2に係る発明を「本件発明2」といい、本件発明1〜2をまとめて「本件発明」ということがある。)

【請求項1】
圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップは、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定するステップを含む、圧延機の形状制御方法。

【請求項2】
圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定手段と、
前記測定手段によって測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御手段と、
を備え、
前記制御手段は、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定する、圧延機の形状制御装置。

第4 特許異議申立書の各甲号証の記載
1 特許異議申立書の各甲号証
(1)甲第1号証:特公昭60−18495号公報
(2)甲第2号証:太田武、外6名、“熱延仕上ミル出側形状計を用いた形状フィードバック制御の開発”、2012年度産業応用部門大会講演論文集、公益社団法人計測自動制御学会 産業応用部門、2012年11月6日、カタログ番号12 SY 0013、p.1〜4
(3)甲第3号証:特表2019−510643号公報
(4)甲第4号証:安部可治、外1名、“冷間板圧延の平坦度制御”、電気学会論文誌、社団法人電気学会、2003年10月、第123巻、第10号、p.1213〜1218
(5)甲第5号証:特開2001−347308号公報
(6)甲第6号証:山本普康、外6名、“冷間圧延における形状・エッジドロップ制御技術の開発”、鉄と鋼、社団法人日本鉄鋼協会、1993年3月1日、第79巻、第3号、p.156〜162
以下、甲第1号証を「甲1」と、同様に甲第2号証〜甲第6号証を、それぞれ「甲2」〜「甲6」という。

2 各甲号証の記載(下線は当審で付した。以下同じ。)
(1)甲1の記載
ア 甲1の記載事項
(ア)「本発明は、圧延機における被圧延板材の形状制御装置に関する。」(第1欄第20〜21行)
(イ)「本発明はこれを更に改善し、ロールベンダーを併用して適切な制御を行なうことにより板巾変動その他に対しても良好な形状制御ができるようにするものである。」(第2欄第25行〜第3欄第2行)
(ウ)「第3図は第1図の圧延機における板巾Bをパラメータとした圧延荷重P(ton)と形状が平坦となる最適ロールベンディング力F0(ton)との関係の一例を示す。このグラフに示されるように板巾と圧延荷重が判れば、最適ロールベンディング力を求めることができる。」(第5欄第9〜14行)
(エ)「次に、ロールベンディング量を変えると形状が変化する、例えば大きな入側板クラウンを持っている板を圧延し、この際ロールベンダーを作用させて出側板クラウンを0にすると板端部より板巾中央部で板が大きく伸びるので中伸びが生じ、また大きな負のクラウンを持っている板を同様に圧延してクラウンを0にすると板端部での伸びが大きいので端伸びが発生し、形状が悪化する。このロールベンディング力の変化量ΔF(ton)は、形状変化量、つまり板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔSに対し第4図に示すように板巾Bをパラメータとした直線関係を有する。これらの第3図および第4図に示す関係を用いると、板形状を所望値に制御することが可能である。第5図にその実施例を示す。」(第5欄第15〜29行)
(オ)「第5図で1,2aと2b、および3aと3bは第1図と同様に被圧延板材、作業ロール、および補強ロールを示す。4はロールベンディング装置であり、図示しないが作業ロールの他側にも設けられる。5は計算機または演算器、6は加算器、7はロールベンディング力制御装置、8は形状検出器、9は加算器、10は演算器、11は圧延中は閉じその他のとき開くスイッチ、そして12はロールベンディング力検出器である。形状検出器8は例えば加振機および振動検出器などからなり、板1の圧延方向における張力分布から前記伸び差を検出し、形状信号Sを出力する。」(第5欄第30〜41行)
(カ)「計算機5は鋼種、板巾、板厚、圧下率、張力、ロール径などの形状制御に必要な各種データDを入力され、圧延荷重Pを周知の式例えば次式により計算する。
P=k・B・W・Q
こゝでkは変形抵抗、Bは板巾、Wは接触長さ、Qは係数である。計算機5は更にこの圧延荷重Pから第3図に示す関係を用いて最適ロールベンディング力F0を求め、これを加算器6へ出力する。計算機5はまた入力データから形状の基準値S0を決定してこれを加算器9へ出力し、更に入力された板巾Bを演算器10へ出力する。加算器9は検出形状信号Sとこの基準値S0との差ΔSを求め、これを演算器10へ出力する。演算器10では入力された差ΔSから第4図の関係を用いてロールベンディング力変化量ΔFを求め、これを加算器6へ出力する。加算器6は計算器5から入力された最適ロールベンディング力F0を、スイッチ11を通して演算器10から入力された変化量ΔFで修正し、これと検出器12から帰還される実際のロールベンディング力Fとを比べてその差ERを指令値として制御装置7に出力し、ロールベンディング装置4によりロールベンディング力を調整して差ERを零にする。」(第5欄第41行〜第6欄第21行)
(キ)「形状基準値S0は、例えば圧延された板が平坦である、つまり端伸び、中伸びがない状態を望む場合は0に選定される。今、被圧延板材に形状不良があり、Sがある値を持っているとすると、ΔS=S−S0となり、第4図の関係からΔFが決定されるが、このΔFは圧延後伸び差を0にするロールベンディング力変化量に外ならない。そして計算機5から出力されるF0は当該圧延荷重P時における形状平坦に対する最適ロールベンディング力であるから、これをΔFで修正した値F+ΔFは形状不良Sを持っている板材を上記圧延荷重Pで平坦に圧延するに必要なロールベンディング力になり、これを基準値とした帰還制御を行なえば所望の形状制御を行なうことができる。
形状基準値S0は零とは限らない。例えば被圧延板材が硬い場合は板端縁に割れが発生しやすいので耳波発生加減に圧延するのがよく、この場合S0はその耳波発生程度を示す所定値に選ぶ。」(第6欄第22〜39行)
(ク)第3図「


(ケ)第4図「


(コ)第5図「



イ 甲1の記載事項の整理
(ア)甲1記載の圧延機の形状検出器8は、上記ア(エ)の記載、ア(コ)の第5図の図示内容からみて、板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔSを検出して形状信号Sを出力し、当該ΔSは、出側板の形状の悪化と認識されており、出側板に関するものであるから、圧延機の出側における被圧延板材の板の中央部の伸びと板の端縁部の伸びとの差ΔSを検出するものである。
(イ)上記ア(カ)〜(キ)の記載からみて、圧延された板が平坦である状態を望む場合には、形状基準値S0は0に選定され、検出した被圧延板材の板の中央部の伸びと板の端縁部の伸びとの差ΔSに基づき、第4図のΔSとΔFの関係からロールベンディング力ΔFが決定されるが、このΔFは圧延後(出側板)の伸び差を0にするロールベンディング力に他ならないものである。そして、圧延荷重P時における最適ベンディング力Fを上記ΔFで修正したF+ΔFは、上記圧延後(出側板)の伸び差を0にして上記被圧延板材を所望の平坦である状態に圧延するものであることからみて、甲1には、検出した差ΔSに基づいて圧延機で所望の平坦である状態になるように圧延機を制御することが記載されている。
(ウ)上記ア(ケ)の第4図の図示内容から、ロールベンディング力の変化量ΔFの被圧延板材の板の中央部の伸びと板の端縁部の伸びとの差ΔSに対する変化率ΔF/ΔSについて、圧延対象の鋼板の幅が1543mmである場合のΔF/ΔSは、鋼板の幅が914mmである場合のΔF/ΔSよりも小さく設定することが、認められる。

ウ 甲1発明
上記ア、イより、甲1には、以下の発明が記載されている。
「圧延機の出側における被圧延板材の板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔSを検出し、
検出した前記差ΔSに基づいて、被圧延板材が所望の平坦である状態になるように圧延機を制御し、
前記制御は、
被圧延板材の板の幅が1543mmである場合、被圧延板材の板の幅が914mmである場合のロールベンディング力の変化量ΔFの被圧延板材の板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔSに対する変化率ΔF/ΔSよりも当該変化率ΔF/ΔSを小さく設定する、圧延機の形状制御方法。」(以下「甲1発明」という。)

(2)甲2の記載
甲2の第1ページ左欄第1〜7行「1 はじめに 熱延仕上ミル出側に設置した・・・形状計で測定した実績に基づいて,仕上圧延機のワークロールべンダ・・・を修正する形状フィードバック制御を開発・・・できたので報告する.」、第1ページ右欄第3〜4行「・・・鋼板の形状不良を改善することは重要である.」、第2ページ右欄下から第11〜1行「4 形状フィードバック制御・・・開発した形状フィードバック制御の概要を図7に示す.仕上出側で測定した板幅方向の形状分布を対称成分と非対称成分に分離し,対称成分に基づいて・・・べンダを修正し,非対称成分に基づいて・・・レベリングを修正する構成とした.なお,・・・べンダ,レベリングの修正により,・・・各種非干渉化を施す工夫をしている.」、及び図7の記載からみて、甲2には以下の事項が記載されている。
「仕上圧延機の出側における鋼板の形状を測定し、測定された鋼板の形状に基づいて仕上圧延機のワークロールベンダとレベリングを修正する、形状フィードバック制御」
」(以下「甲2記載の技術的事項」という。)

(3)甲3の記載
甲3の段落【0001】、【0003】、【0011】、【0019】〜【0023】、及び図1の記載からみて、甲3には以下の事項が記載されている。
「圧延機の出側における金属ストリップの形状を測定し、
測定された金属ストリップの平坦度に基づいて平坦度が許容公差内になるように圧延機を制御する、制御システム」(以下「甲3記載の技術的事項」という。)

(4)甲4の記載
ア 甲4の記載事項
(ア)「今回,板幅中央と駆動側および板幅中央と作業側とで夫々独立した平坦度制御を提案する。また,任意の板幅方向の平坦度要求を満たし平坦度の影響係数を用いた平坦度制御系を提案する。」(第1213ページ左欄第10〜13行)
(イ)「2.対象プラントと課題
冷間圧延は例えばホットコイル(板厚2.0〜5.5mm,板幅600〜1,575mm)を常温で圧延し,製品冷延コイル(板厚0.2〜2.5mm,板幅600〜1,575mm)を得る。板幅は1,900mmに達するものもある。鋼種は炭素鋼,低合金鋼,電磁鋼,ステンレスなどがある。」(第1213ページ左欄下から第5行〜右欄第1行)
(ウ)「平坦度不良は板幅方向の伸び差が異なることに起因している。・・・圧延中の平坦度は板幅方向の張力分布として検出するのが一般的である。」(第1214ページ左欄第6〜12行)
(エ)「さて,本論文で提案する平坦度制御の一例を図2に示す。
圧延機は6段を例にしている。図示していないが,中間ロールは電動機の速度制御系で駆動し,巻取機は圧延機と巻取機間の板張力を常に一定に保つように電動機の電流制御系で駆動している。平坦度計は例えば図3に示すように板幅方向に等分割(例えば26mm毎)した分割ロールで,各分割ロールは板の張力を測定する。この張力をフックの法則で板の伸びつまり平坦度に換算する。」(第1214ページ左欄下から15〜8行)
(オ)「本論文で提案する板幅中心から駆動側と作業側との夫々独立した平坦度制御は次のようである。図3において板幅方向分割ゾーン番号をiとして,板幅方向の平坦度を駆動側から板幅中心までをi=1,2,・・・,nとし,板幅中心から作業側までをi=(n+1),(n+2),・・・2nとする。
板の平坦度をβiとする。平坦度偏差Δβiは,

・・・まず第一に駆動側から板幅中心までに対して

つぎに作業側から板幅中心までに対して

なる評価関数を考えて,これらが最小になるように各アクチュエータの制御量を決める。(第1214ページ左欄下から第7行〜第1215ページ左欄第2行)
(カ)「通常ワークロールベンディング力は油圧弁が一個で駆動側と作業側とを動かしている。また,中間ロールベンディング力に対しても同様である。このような場合に対しては本提案は次のようにする。

つまり,駆動側と作業側との区別を付けないで(6)式を最小にするように各アクチュエータの制御量を決める。・・・
・・・
ここで, ΔFW,ΔFIは夫々駆動側と作業側で同じワークロールベンディング力制御量,中間ロールベンディング力制御量・・・であり,係数はそれぞれの影響係数である。
・・・
・・・また圧延スケジユール(鋼種,板厚,板幅)に応じた影響係数を用いて制御偏差の2乗和を最小にするようにロールベンディング,ロールギャップを制御し,制御残差をワークロールのスポットクーラントで制御しているので実用的で有用である。」(第1215ページ左欄下から第8行〜右欄第20行)
(キ)「鋼種については実際上数百鋼種があるので厄介である。そこで,鋼種の分割の代わりに圧延荷重/板幅を考えることにした。このようにすれば数百種類の鋼種を計算しないで圧延荷重/板幅を分割して各点で上記の式を解けばよいことになる。・・・
これの一例として,ワークロール(ブライトロール)とバックアップロールの直径が夫々515mm,1,445mm,胴長が夫々1,700mm,1,750mmの圧延機において,2節で述べた板厚,板幅,鋼種の板に対して,出側板厚分割点を0.2,0.5,1.0,1.5,2.0,2.5mm,板幅分割点を600,900,1,200,1,500mm,圧延荷重/板幅分割点を0.6,0.8,1.0,1.2ton/mmとした場合の各影響係数は次のようになる。

・・・
ここで,β:平坦度(kg/mm2),FW:ワークロールベンディング力(ton/chock),x:板幅1,500mmの半分の750mmに対して正規化した板幅(無次元),P:圧延荷重(ton),B:板幅(mm),h:スタンド出側板厚(mm)・・・である。
(1)〜(9)式のβiはxの値を板幅方向の分割ゾーンiに対応させれば求めることが出来る。」(第1216ページ左欄第25行〜右欄第19行)
(ク)図2「


(ケ)図3「



イ 甲4の記載事項の整理
(ア)上記ア(イ)、(ウ)、(カ)の記載、及びア(ク)の図2の図示内容を参照すると、図2に示す平坦度制御系は、「Flatness reference」(レファレンス)から与えられるデータと圧延機の出側に設けた「Flatness sensor」(平坦度計)から与える形状データである平坦度に基づいて算出される数値データが、「Flatness control」(制御手段)により、「coiler」(コイラ)から送られる鋼板を圧延するための「Work roll」(ワークロール)にワークロールベンディング力を作用させる「Flatness actuators」(アクチュエータ)に対して与えられ、「Initial set」(初期設定)を修正しながら、圧延される鋼板の平坦度制御を行うものである。
したがって、甲4記載の鋼板の平坦度制御は、圧延機の出側における鋼板の平坦度を検出している。
(イ)上記ア(オ)、(カ)の記載、及びア(ク)の図2の図示内容を参照すると、甲4のロールベンディングの制御は、式(6)の評価関数Jが最小になるようにワークロールベンディング力制御量ΔFWを算出するものであって、これは、式(6)において、平坦度偏差Δβiとの和が最小になるようなワークロールベンディング力制御量ΔFWを求めることを意味する。
ここで、上記ア(キ)には、鋼種の代わりに圧延荷重/板幅(P/B)を考えることが示されており、例えば、P/B=1.0ton/mmの鋼種について、板幅Bが600mm、h=1.0mmの場合を仮定して、式(12)を見ると、P=600ton、x=0.8(=600÷750)となるから、∂β(x)/∂FW=0.018となる。
また、同じ鋼種(P/B)について、板幅B=1000mm、h=1.0mmの場合を仮定すると、P=1000ton(=P/B×B)、x=1.333(=1000÷750)、∂β(x)/∂FW=0.038となり、同様に、板幅B=1575mm、h=1.0mmの場合を仮定すると、P=1575ton、x=2.1(=1575÷750)、∂β(x)/∂FW=0.038となることから、板幅B、xが大きくなるほど、∂β(x)/∂FWは大きくなるといえる。

したがって、上記式(6)において、評価関数Jを最小にするには、板幅B、xが大きくなるほど大きくなる上記∂βi/∂FWに対し、ワークロールベンディング力制御量ΔFWは、板幅B、xが大きくなるほど小さくなる関係となる。そして、上記のとおりコイルの板幅の範囲は600〜1,575mmであり、1200mmが含まれるから、鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合のワークロールベンディング力制御量ΔFWよりも、ワークロールベンディング力制御量ΔFWを小さく設定することが示されていると言える。

ウ 甲4発明
上記ア、イより、甲4には、以下の発明が記載されている。
「圧延機の出側における鋼板の平坦度を検出し、
検出した前記平坦度に基づいて、当該平坦度の制御偏差の2乗和を表す評価関数Jを最小にするように圧延機を制御し、
前記制御は、
鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合のワークロールベンディング力制御量ΔFWよりも、ワークロールベンディング力制御量ΔFWを小さく設定する、圧延機の平坦度制御方法。」(以下「甲4発明」という。)

(5)甲5の記載
甲5の段落【0001】、【0003】、【0007】〜【0014】、及び図1〜2の記載からみて、甲5には以下の事項が記載されている。
「圧延機の出側における被圧延材の形状を測定し、
被圧延材の予測材質X1の目標材質に対する誤差ΔXが許容範囲内にない場合、誤差ΔXを最小とする補正量を、評価関数φを用いて算出する圧延機のパススケジュール設定方法」(以下「甲5記載の技術的事項」という。)

(6)甲6の記載
ア 甲6の記載事項
(ア)「2.制御システムおよび制御用数式モデルとアルゴリズム
冷間圧延における板の形状とエッジドロップの制御システムをFig.1に・・・示す。・・・形状制御システムは,各スタンドのWRベンダ,IMR(中間ロール)ベンダおよびIMRシフトをプリセットする設定制御と,No.5スタンド出側の形状計の信号に基づいてNo.5スタンドのWRベンダ,IMRベンダおよび圧下レベリングをフィードバック制御する自動制御とからなる。形状計は,板幅方向の張力分布を検出して形状信号(張力表示の伸び率差・・・)に変換する型式である。」(第156ページ右欄下から第8行〜第157ページ左欄第5行)

(イ)「また,形状の対象成分の自動制御用アルゴリズムは,最適レギュレータ理論・・・を適用して作成した。・・・
・・・
今,式(8)で与えられる評価関数Jを最小にする制御入力V(k)は,式(9)で与えられる。・・・

・・・
したがって、ロールベンダの操作量u(k)は次式で与えられる。

」(第159ページ左欄第4行〜下から第5行)

(ウ)Fig.1「



(エ)Fig.4「



イ 甲6の記載事項の整理
(ア)上記ア(ア)、(ウ)の記載事項からみて、甲6記載の圧延機は、出側において冷間圧延の板の形状を形状計で測定するものである。
(イ)上記ア(イ)の記載事項からみて、甲6の形状制御システムにおける形状の対象成分の自動制御用アルゴリズムにおいて、式(8)の評価関数Jを最小にする式(9)の制御入力V(k)により、式(12)のロールベンダの操作量u(k)が与えられるのであるから、甲6には、測定された冷間圧延の板の形状に基づいて評価関数Jが最小になるように圧延機を制御することが、記載されている。
(ウ)なお、申立人は、特許異議申立書において、上記ア(エ)のFig.4の図示内容を根拠にストリップの板幅が広くなるほどWRベンダ及びIMRベンダの操作量を小さく設定すると説明するが、Fig.4に記載されているのは、ストリップの板幅毎の平坦度の変動(Variation of strip fitness)のデータであるから、これらのベンダの操作量について記載されておらず、甲6の他の箇所をみても、板幅とベンダの操作量について記載した内容を見出すことはできない。

ウ 甲6発明
したがって、甲6には以下の発明が記載されている。
「圧延機の出側における冷間圧延の板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された冷間圧延の板の形状に基づいて評価関数Jが最小になるように圧延機を制御する制御ステップと、を含む、形状制御方法」(以下、「甲6発明」という。)

第5 通知した取消理由
1 取消理由の概要
(1)理由1(新規性
ア 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲1発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、同項の規定に違反してされたものである。

イ 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲4発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、その特許は、同項の規定に違反してされたものである。

(2)理由2(進歩性
ア 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

イ 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲1発明及び甲2〜3記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

ウ 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲4発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

エ 訂正前の本件請求項1〜2に係る発明は、甲4発明及び甲5記載の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(3)理由3(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の請求項1〜2の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(4)理由4(明確性
本件特許は、特許請求の範囲の請求項1〜2の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

2 当審の判断
(1)本件発明1に対する理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由
当審が通知した甲1発明を主引用例とする取消理由について検討する。
ア 本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明(上記第4の2(1)参照。)を対比する。
(ア)甲1発明の「被圧延材の板」は本件発明1の「鋼板」に相当し、同様に、「中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔS」は「形状」に、「検出」は「測定」にそれぞれ相当し、甲1発明の「検出し」という動作は検出のステップを構成するもので、本件発明1の「測定する測定ステップ」として認識される。
(イ)甲1発明の「検出した前記差ΔSに基づいて」は本件発明1の「前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて」に相当する。そして、甲1発明の「被圧延板材が所望の平坦である状態になるように」は、「被圧延板材が所望の平坦である状態」である以上、被圧延材の平坦の程度が所定の範囲内に収められる必要があるから、本件発明1の「鋼板の形状が許容範囲内になるように」に相当する。甲1発明の「制御し」という動作は制御のステップを構成するもので、本件発明1の「制御する制御ステップ」として認識される。
(ウ)甲1発明の「被圧延板材の板の幅が1543mmである場合」は本件発明1の「圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合」に相当し、同様に、「被圧延板材の板の幅が914mmである場合」は「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合」に相当する。そして、甲1発明の「ロールベンディング力の変化量ΔFの被圧延板材の板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔSに対する変化率ΔF/ΔS」と本件発明1の「制御ゲイン」とを対比すると、両者は「制御関係値」である点に限り一致する。甲1発明の「設定する」という動作は設定するステップを構成するもので、本件発明1の「設定するステップ」として認識される。

イ 本件発明1と甲1発明の一致点、及び相違点
したがって、本件発明1と甲1発明は、以下の点で一致し、相違する。
(ア)一致点
「圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップは、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御関係値よりも制御関係値を小さく設定するステップを含む、圧延機の形状制御方法。」

(イ)相違点1
本件発明1の制御関係値が制御ゲインであるのに対して、甲1発明の制御関係値はロールベンディング力の変化量ΔFの被圧延板材の板の中央部の伸びと端縁部の伸びとの差ΔS(以下「形状変化量ΔS」という。)に対する変化率ΔF/ΔSである点。

(ウ)相違点2
本件発明1が圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とするのに対して、甲1発明は圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインが一定であるか不明である点。

ウ 相違点の検討
(ア)相違点1
甲1発明の制御関係値であるΔF/ΔSは、計算機6に与えるロールベンディング力の変化量ΔFの値を算出する値、すなわち、検出形状信号Sとこの基準値S0との差として形状変化量ΔSを求め、このΔSから上記ΔF/ΔS(第4図の関係)を用いてロールベンディング力の変化量ΔFを算出するものである。
そして、甲1の上記第4の2(1)ア(キ)の記載事項においては、最適ロールベンディング力F0をΔFで修正したF0+ΔFを「基準値」とした帰還制御を行う(第6欄第34〜35行)ことについて、記載されている。すなわち、甲1発明は、計算器5(第5図)から出力された最適ロールベンディング力F0を、演算器10から出力された変化量ΔFで加算器6において修正し(F0+ΔF)、これと検出器12から帰還される実際のロールベンディング力Fとを加算器6において比べてその差ER(=(F0+ΔF)−F)を指令値として制御装置7に出力し、ロールベンディング装置4によりロールベンディング力を調整して差ERを零にするものであるから、甲1発明の制御関係値であるΔF/ΔSは、制御の基準値(F0+ΔF)を決定するための値である。
これに対して、本件発明1の制御量である「制御ゲイン」は、段落【0013】に記載されるように、目標とする形状に対する検出された形状の偏差が所定値以上となった場合に、形状を制御するためのアクチュエータの動作量の程度として規定されるものである。つまり、本件発明1の制御関係値である「制御ゲイン」は、制御装置における制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定するための値である。
このように、本件発明1の制御関係値である「制御ゲイン」は、制御装置における制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定する値であるのに対して、甲1発明の制御関係値である「ΔF/ΔS」は、制御装置に与える「基準値」(F0+ΔF)を決定する値であるから、甲1発明の「ΔF/ΔS」は、本件発明1の「制御ゲイン」に相当するものではない。
そして、本件発明1は、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合に、制御ゲインを小さくすること、すなわち、制御偏差に対する感度を小さくすることにより、過制御による鋼板の形状崩れにより発生する鋼板の破断を抑制する(段落【0013】)という、甲1発明とは異質な効果を奏するものである。
したがって、相違点1により、本件発明1は、甲1発明と同一とはいえない(理由1ア)。
また、甲1には、鋼板の幅に応じて「制御ゲイン」を変更することの示唆がないから、本件発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない(理由2ア)。
さらに、相違点1に関して、上記第4の2(2)〜(3)の甲2〜甲3記載の技術的事項をみても、鋼板の幅に応じて「制御ゲイン」を変更することについては記載されておらず、また、他の甲号証である甲4〜甲6(上記第4の2(4)〜(6)参照。)にも記載されていないから、本件発明1は、甲1発明及び甲2〜3記載の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない(理由2イ)。
よって、理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由により、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

(イ)相違点2
上記(ア)のとおり、相違点1により、理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由によっては、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできないが、一応、相違点2についても検討する。

上記(ア)で説示するとおり、甲1発明の「ΔF/ΔS」は、本件発明1の「制御ゲイン」に相当するものではなく、他に、甲1には、本件発明1の「制御ゲイン」に相当する具体的な値が記載されておらず、示唆もされていないから、甲1には、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とすることの記載や示唆があるとはいえない。
したがって、相違点2により、本件発明1は、甲1発明と同一とはいえないし、甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたものともいえない。
そして、相違点2に関して、上記第4の2(2)〜(3)の甲2〜甲3記載の技術的事項をみても、鋼板の幅が1200mm以下である場合に制御ゲインを一定とすることについては記載されておらず、また、他の甲号証である甲4〜甲6(上記第4の2(4)〜(6)参照。)にも記載されていないから、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 小括
よって、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとも、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、また、甲1発明、及び甲2及び甲3記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由により、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

(2)本件発明2に対する理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由
当審が通知した甲1発明を主引用例とする取消理由について検討する。
本件発明2は、形状制御方法の発明である本件発明1に対して、方法の各ステップを、それを行う手段に置き換えて形状制御装置として表現したことによる差異が形式的に存するのみである。
また、甲1には、甲1発明と同様の制御を行う形状制御装置の発明が記載されているといえるから、本件発明2と甲1に係る形状制御装置の発明を対比すると、上記(1)イの相違点1及び2と同様の点で相違するといえる。
したがって、本件発明2は、本件発明1に関する上記(1)ウと同様の理由により甲1発明であるとも、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、また、甲1発明、及び甲2及び甲3記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、理由1ア並びに理由2ア及びイに係る取消理由により、本件請求項2に係る特許を取り消すことはできない。

(3)本件発明1に対する理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由
当審が通知した甲4発明を主引用例とする取消理由について検討する。
ア 本件発明1と甲4発明の対比
本件発明1と甲4発明(上記第4の2(4)参照。)を対比する。
(ア)甲4発明の「平坦度」は本件発明1の「形状」に、「検出」は「測定」にそれぞれ相当し、甲1発明の「検出し」という動作は検出のステップを構成するもので、本件発明1の「測定する測定ステップ」として認識される。
(イ)甲4発明の「検出した前記平坦度に基づいて」は本件発明1の「前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて」に相当する。そして、甲4発明の「当該平坦度の制御偏差の2乗和を表す評価関数Jを最小にするように」は、上記評価関数Jを最小とすることが制御の許容範囲として示されているから、本件発明1の「鋼板の形状が許容範囲内になるように」に相当する。甲4発明の「制御し」という動作は制御のステップを構成するもので、本件発明1の「制御する制御ステップ」として認識される。
(ウ)甲4発明の「ワークロールベンディング力制御量ΔFW」と本件発明1の「制御ゲイン」とを対比すると、両者は「制御関係値」である点に限り一致する。甲4発明の「設定する」という動作は設定するステップを構成するもので、本件発明1の「設定するステップ」として認識される。

イ 本件発明1と甲4発明の一致点、及び相違点
したがって、本件発明1と甲4発明は、以下の点で一致し、相違する。
(ア)一致点
「圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップは、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御関係値よりも制御関係値を小さく設定するステップを含む、圧延機の形状制御方法。」

(イ)相違点3
本件発明1の制御関係値が制御ゲインであるのに対して、甲4発明の制御関係値はワークロールベンディング力制御量ΔFWである点。

(ウ)相違点4
本件発明1が圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とするのに対して、甲4発明は圧延対象の鋼板の幅の制御ゲインを、圧延対象の鋼板の幅が大きいほど小さく設定する点。

ウ 相違点の検討
(ア)相違点3
甲4発明の制御関係値であるワークロールベンディング力制御量ΔFWは、上記第4の2(4)ア(カ)の記載、同(ク)の図2の図示内容も参照すると、「Flatness reference」(レファレンス)から与えられるデータと「Flatness sensor」(平坦度計)から与える形状データである平坦度に基づいて「Flatness control」(制御手段)により算出される数値である。そして、「Flatness control」(制御手段)は、鋼板を圧延するための「Work roll」(ワークロール)にワークロールベンディング力を作用させる「Flatness actuators」(アクチュエータ)に対して、このワークロールベンディング力制御量ΔFWを与えることで、「Initial set」(初期設定)を修正して動作量を出力し、圧延される鋼板の平坦度制御を行うものである。
すなわち、甲4発明の制御量であるワークロールベンディング力制御量ΔFWは、「Flatness actuators」(アクチュエータ)に対する動作量を修正するための値である。
これに対して、本件発明1の制御関係値である「制御ゲイン」は、上記(1)ウ(ア)に説示するとおり、制御装置における制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定するための値である。
このように、本件発明1の制御関係値である「制御ゲイン」は、制御装置における制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定する値であるのに対して、甲4発明の制御関係値である「ワークロールベンディング力制御量ΔFW」は、アクチュエータに与える動作量を修正するための値であるから、甲4発明の「ΔFW」は、本件発明1の「制御ゲイン」に相当するものではない。
そして、本件発明1は、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合に、制御ゲインを小さくすること、すなわち、制御偏差に対する感度を小さくすることにより、過制御による鋼板の形状崩れにより発生する鋼板の破断を抑制する(段落【0013】)という、甲4発明とは異質な効果を奏するものである。
したがって、相違点3により、本件発明1は、甲4発明と同一とはいえない(理由1イ)。
また、甲1には、鋼板の幅に応じて「制御ゲイン」を変更することの示唆がないから、本件発明1は、甲4発明に基づいて容易に発明をすることができたものともいえない(理由2ウ)。
さらに、相違点3に関して、上記第4の2(5)の甲5記載の技術的事項をみても、鋼板の幅に応じて「制御ゲイン」を変更することについては記載されておらず、また、他の甲号証である甲1〜3、及び甲6(上記第4の2(1)〜(3)、及び(6)参照。)にも記載されていないから、本件発明1は、甲4発明及び甲5記載の技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない(理由2エ)。
よって、理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由により、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

(イ)相違点4
上記(ア)のとおり、相違点3により、理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由によっては、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできないが、一応、相違点4についても検討する。
上記(ア)で説示するとおり、甲4発明の「ΔFW」は、本件発明1の「制御ゲイン」に相当するものではなく、他に、甲4には、本件発明1の「制御ゲイン」に相当する具体的な値が記載されておらず、示唆もされていないから、甲4には、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とすることの記載や示唆があるとはいえない。
したがって、相違点4により、本件発明1は、甲4発明と同一とはいえないし、甲4発明に基づいて容易に発明をすることができたものともいえない。
そして、相違点4に関して、上記第4の2(5)の甲5記載の技術的事項をみても、鋼板の幅が1200mm以下である場合に制御ゲインを一定とすることについては記載されておらず、また、他の甲号証である甲1〜3、及び甲6(上記第4の2(1)〜(3)、及び(6)参照。)にも記載されていないから、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 小括
よって、本件発明1は、甲4に記載された発明であるとも、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、また、甲4発明、及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由により、本件請求項1に係る特許を取り消すことはできない。

(4)本件発明2に対する理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由
当審が通知した甲4発明を主引用例とする取消理由について検討する。
本件発明2は、形状制御方法の発明である本件発明1に対して、方法の各ステップを、それを行う手段に置き換えて形状制御装置として表現したことによる差異が形式的に存するのみである。
また、甲4には、甲4発明と同様の制御を行う形状制御装置の発明が記載されているといえるから、本件発明2と甲4に係る形状制御装置の発明を対比すると、上記(3)イの相違点3及び4と同様の点で相違するといえる。 したがって、本件発明2は、本件発明1に関する上記(3)ウと同様の理由により甲4発明であるとも、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、また、甲4発明、及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、理由1イ並びに理由2ウ及びエに係る取消理由により、本件請求項2に係る特許を取り消すことはできない。

(5)請求項1〜2に対する当審が通知した理由3(サポート要件)の取消理由
ア 取消理由の内容
当審が通知した理由3に係る取消理由は、以下のとおりである。
(ア)本件の発明の詳細な説明には、課題解決手段である「制御ゲインを小さく設定する」ことについて、「1/2または1/4の制御ゲインに設定する」という技術的事項のみが記載されているのに対して、本件発明1〜2には、当該技術的事項が反映されていない。
(イ)また、上記技術的事項を、本件発明1〜2の範囲にまで拡張することはできない。

イ 取消理由の検討
本件発明の詳細な説明において、板幅が1200mm超である場合の制御ゲインを、1200mm以下である場合の制御ゲインに対して1/2または1/4に設定した技術的事項のみが記載されている。
しかしながら、制御ゲインが小さければ目標値への収束が遅くなる傾向がある代わりに制御が安定的となる(すなわち、オーバーシュートや過制御が抑制される)傾向があることは技術常識であることから、上記比率が1/2または1/4のもののみが課題を解決するとは考えにくく、比率を1未満とすれば(板幅が1200mm超である場合の制御ゲインを、1200mm以下である場合の制御ゲインよりも小さくすれば)、全体として課題を解決し得ることが理解できる。
なお、付言すれば、特許権者提出の意見書において、上記比率を1/8〜1として行った追加の実験結果が示されたことで、上記比率が1未満であれば、当該比率以外で極端に効果(破断率の低下)が劣るものではなく、課題を解決できることを実証的に確認できる。
したがって、理由3に係る取消理由によって、本件請求項1〜2に係る特許を取り消すことはできない。

(6)請求項1〜2に対する当審が通知した理由4(明確性)の取消理由
ア 取消理由の内容
当審が通知した取消理由は、以下のとおりである。
本件発明1〜2において規定されているように「測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する」ためには、「測定された鋼板の形状」と「許容範囲」を規定する所定の目標とする形状との偏差と、「制御ゲイン」との関係が規定されるのが通常であるところ、本件発明1において「制御ゲイン」の程度を規定する「鋼板の幅」とあわせて、該偏差、「制御ゲイン」及び「鋼板の幅」の相互の関係が本件発明1において特定されていないため、本件発明1は明確でない。

イ 取消理由の検討
上記(1)ウ(ア)で検討したとおり、本件発明1〜2の「制御ゲイン」は、制御装置における制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定する値であって、制御偏差の値とは独立して設定することができることは明らかである。
したがって、「形状の偏差」、「制御ゲイン」及び「鋼板の幅」の相互の関係を特定するまでもなく、本件発明1〜2の「制御ゲイン」は明確である。

3 小括
したがって、本件請求項1〜2に係る特許は、通知した取消理由の理由1〜4によっては取り消すことはできない。

第6 取消理由として採用しなかった特許異議申立理由
1 採用しなかった特許異議申立理由の概要
申立人は、特許異議申立書において、本件請求項1〜2に係る発明は、甲6及び甲5に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1〜2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである旨を説明する。

2 特許異議申立理由の検討
(1)本件発明1について
ア 本件発明1と甲6発明の対比
本件発明1と甲6発明(上記第4の2(6))を対比する。
(ア)甲6発明の「冷間圧延の板」は本件発明1の「鋼板」に相当する。
(イ)甲6発明の「板の形状を評価関数Jが最小になるように圧延機を制御する」ことは、制御される冷間圧延の板の形状について、所定の評価値の範囲内にすることであるから、本件発明1の「鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する」ことに相当する。

イ したがって、本件発明1と甲6発明は、以下の点で一致し、相違する。
(ア)一致点
「圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御ステップと、
を含む、
圧延機の形状制御方法」

(イ)相違点5
本件発明1の制御ステップが、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定するステップを含む」のに対して、甲6発明には、このような圧延対象の鋼板の幅に応じて制御ゲインを設定する制御ステップが存在しない点。

ウ 相違点5の検討
甲6は、冷間圧延における板の形状とエッジドロップの制御用数式モデルを構築して実機に適用した時の制御精度を報告する論文であって、制御精度を板厚毎に評価することは記載されているが、板厚毎に圧延機を制御することについては、全く記載されていない。
そして、相違点5に関して、上記第4の2(5)の甲5記載の技術的事項をみても、相違点5の圧延対象の鋼板の幅に応じて制御ゲインを設定することについては記載されておらず、他の甲号証にも記載されていないし、仮に記載されていたとしても、甲6発明が、板厚毎に圧延機を制御するものではないことから、甲6発明に適用して、本件発明1に至ることが容易であるとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲6発明、及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、形状制御方法の発明である本件発明1に対して、方法の各ステップを、それを行う手段に置き換えて形状制御装置として表現したことによる差異が形式的に存するのみで、形状制御に関する発明特定事項は実質的に同じ内容であるから、本件発明2は、本件発明1に関する上記(1)と同様の理由により甲6発明、及び甲5記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3 小括
よって、本件請求項1〜2に係る特許は、取消理由として採用しなかった特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。


第7 特許異議申立人の意見書の主張の検討
1 訂正要件についての意見
申立人は、本件訂正で、訂正後の本件特許発明1〜2の「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」との発明特定事項を追加する訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正ではない旨を主張する。
その根拠として、本件特許明細書等には、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、鋼板の幅によらず制御ゲインを一定とすることのみが記載されているとし、上記発明特定事項の記載は、制御ゲインを鋼板の幅によらず一定とすること以外も含む記載であることを指摘する。
申立人の主張を検討すると、訂正における新規事項の判断は、訂正に係る事項が、願書に添付された明細書又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく、当業者において、明細書又は図面の全てを総合することによって導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である。
そして、訂正事項1及び2が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであることは、上記第2の2(1)ウ及び同(2)ウで説示するとおりである。
これに対して、申立人の主張は、明細書又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載がされていないこと(制御ゲインを鋼板の幅によらず一定とすること以外が記載されていないこと)のみをいうものであるから、採用できない。

2 本件特許が取り消される理由についての意見
(1)明確性
ア 「制御ゲイン」の明確性
申立人は、本件特許の「制御ゲイン」が、最適な制御量にどのくらいの速さで近付けていくのかを決定するための制御ゲインであるとする根拠がないことを主張する。(申立人意見書第4〜6ページの(ア−1))
申立人の主張を検討すると、本件特許明細書の段落【0013】には、制御ゲインについて、「ここで、制御ゲインとは、形状を制御するアクチュエータの動作量を示す。目標とする形状に対する検出された形状の偏差が所定値以上となった場合に、形状を制御するためにアクチュエータが動作するが、その動作量の程度を制御ゲインとして定義する。しかしながら、鋼板の板幅が例えば1200mm超になる等、所定の板幅よりも大きくなる場合には、同じ制御ゲインの値を用いると過制御になり、形状崩れが増長することによって鋼板の破断が発生する可能性がある。」と記載されている。
そして、上記段落【0013】の記載の制御ゲインが偏差を解消するための制御の動作量の程度を定義することの内容、及び制御ゲインの値によっては過制御が生じることの記載からみて、この制御ゲインは自動制御のゲイン、すなわち、制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を決定するための値を意味することは明らかである。
そして、自動制御が、検出値と目標値を比較しながら、制御機器の操作量を制御して、検出値を目標値に近づけることを目的としており、制御ゲインが、検出値と目標値との差に応じた操作量を出力する係数であることは、当業者にとって技術常識であるから、本件特許明細書に明示的な記載が無くても、制御ゲインが大きいほど操作量が大きく設定値に近づく速度が速くなる一方で、過制御が起こりやすくなる傾向があることも無理なく理解できるものである。したがって、上記主張は採用できない。

イ 本件特許の「制御ゲイン」が「最適な制御量」であること
申立人は、本件特許の「制御ゲイン」が最適な制御量(ロールベンディング量)であるといえることを主張する。
そして、その根拠として、本件特許明細書の段落【0013】に「制御ゲイン」として定義するとされている「その動作量の程度」の「その動作量」は、「目標形状に対する最適な制御量」であると理解することができ、「程度」の持つ通常の意味に鑑みれば、「その動作量の程度」は、「目標形状に対する最適な制御量」がどれくらいであるかを示すものであることを意味すると理解できることを説明する。(申立人意見書第6〜10ページの(ア−2))
しかしながら、既に第5の2(1)ウ(ア)及び上記アでも説示したとおり、本件発明1の「制御ゲイン」は、制御偏差に対する感度(偏差の収束の度合)を変化させるもの、すなわち、「制御ゲイン」は、「最適な制御量」を決定するための係数にすぎず、「制御ゲイン」が「最適な制御量」そのものに相当するわけではないから、申立人の当該主張は採用できない。

ウ 「制御ゲインを一定とし」の明確性
申立人は、本件発明1〜2の「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」の記載だけでは、鋼板の幅によらずに制御ゲインを一定とするのか、その他の要因によらずに制御ゲインを一定とするのか、鋼板の幅を含め一切の要因によらずに制御ゲインを一定とするのか、又は、これらとは別のことを指すのか、が明確ではない旨を主張する。
(申立人意見書第10〜11ページの(イ))
申立人の主張を検討すると、本件発明1〜2における「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」との記載については、上記第2の2(1)ウで説示したように、幅が1200mm以下である場合には、従来と同様に、制御ゲインを一定とすると解するのが相当であるから、出願時の技術常識を考慮すれば、鋼板の幅によらずに制御ゲインを一定とすることを明確に理解できる。
したがって、申立人の当該主張は採用できない。

(2)サポート要件
ア 「圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定する」の記載について
申立人は、特許権者が提出した意見書に記載された追加の実験に関して、その参考図2(第6ページ)のうち、板幅が1200mm以下の制御ゲインの7/8、6/8、5/8、3/8、1/8の制御ゲインでの圧延の結果は、本件特許の発明の詳細に記載されていない事項であり、特許出願後に追加されたものであることを指摘し、この実験の内容により、発明の詳細な説明の記載不足が補われ、本件発明1〜2のサポート要件の取消理由が解消するものではない旨主張する。(申立人意見書第11〜15ページの(ア))
申立人の主張を検討すると、サポート要件については、上記第5の2(5)で説示するとおりであり、当業者は、本件発明の詳細な説明を参照することにより、本件発明1〜2が課題を解決し得ると理解するから、申立人の当該主張は採用できない。

イ 「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」の記載について
申立人は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されている事項は、「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを鋼板の幅によらず一定」とすることのみであるのに対して、訂正後の本件発明1〜2は、その「圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、」との発明特定事項が、制御ゲインを鋼板の幅によらず一定とすること以外も含む記載であることから、サポート要件違反である旨を主張する。(申立人意見書第15ページの(イ))
しかしながら、上記第2の2(1)ウで説示したとおり、本件発明1〜2の上記発明特定事項は、段落【0013】の「従来は、アクチュエータの制御ゲインは、鋼板の板幅によらず一定値としていた。」の記載に沿って、理解されるべきであるから、上記主張は採用できない。

3 小括
したがって、申立人の主張はいずれも採用することができない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に、本件請求項1〜2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御ステップと、
を含み、
前記制御ステップは、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定するステップを含む、圧延機の形状制御方法。
【請求項2】
圧延機の出側における鋼板の形状を測定する測定手段と、
前記測定手段によって測定された鋼板の形状に基づいて鋼板の形状が許容範囲内になるように圧延機を制御する制御手段と、
を備え、
前記制御手段は、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合、制御ゲインを一定とし、
圧延対象の鋼板の幅が1200mm超である場合、圧延対象の鋼板の幅が1200mm以下である場合の制御ゲインよりも制御ゲインを小さく設定する、圧延機の形状制御装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-12-28 
出願番号 P2021-516832
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B21B)
P 1 651・ 121- YAA (B21B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 田々井 正吾
中里 翔平
登録日 2021-07-12 
登録番号 6912026
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 圧延機の形状制御方法及び形状制御装置  
代理人 弁理士法人酒井国際特許事務所  
代理人 弁理士法人酒井国際特許事務所  

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