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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
管理番号 1395196
総通号数 15 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-28 
確定日 2022-12-09 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6896801号発明「蒸着マスクを製造するための金属板、金属板の検査方法、金属板の製造方法、蒸着マスク、蒸着マスク装置及び蒸着マスクの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6896801号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜11〕、12、〔13、14〕、〔15、16〕について訂正することを認める。 特許第6896801号の請求項1〜16に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6896801号の請求項1〜16に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)11月13日(優先権主張 平成29年11月14日、同年12月26日、平成30年1月11日)を国際出願日とする特願2018−563643号の一部を新たな特許出願として令和1年6月28日に出願されたものであり、令和3年6月11日にその特許権の設定登録がされ、同年同月30日に特許掲載公報が発行され、その後、請求項1〜16に係る特許について、同年12月28日に特許異議申立人森山涼子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、令和4年5月10日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である同年6月27日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、これに対し、同年8月10日に異議申立人からは意見書の提出がなされ、同年9月7日付けで再度取消理由が通知され、その指定期間内である同年11月9日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があったものである。
なお、令和4年6月27日にされた訂正の請求(以下、その訂正を「先の訂正」ということがある。)は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否

1 訂正事項
上記令和4年11月9日になされた訂正の請求は、特許法第120条の5第3項及び第4項の規定に従い、請求項12及び一群の請求項を構成する請求項〔1〜11〕、〔13、14〕、〔15、16〕を訂正の単位として、請求項ごとないし一群の請求項ごとに請求されたものであって、本件特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜11〕、12、〔13、14〕、〔15、16〕について訂正することを求めるものである。そして、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の具体的な訂正事項は次のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、」とあるのを、「前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、」に訂正する。
(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜11も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項12に「前記反射光のうち前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である場合に前記金属板を良品と判定する判定工程と、を備える、」とあるのを、「前記反射光のうち前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である場合に前記金属板を良品と判定する判定工程と、を備え、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなる、」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項13に「前記金属板を圧延法又はめっき法によって得る作製工程を備え、」とあるのを、「前記金属板を圧延法によって得る作製工程を備え、」に訂正する。
(請求項13を引用する請求項14も同様に訂正する。)

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項13に「ハロゲンランプから出射された光を前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、」とあるのを、「ハロゲンランプから出射された光を前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、」に訂正する。
(請求項13を引用する請求項14も同様に訂正する。)

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項15に「ハロゲンランプから出射された光を前記金属板の前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、」とあるのを、「ハロゲンランプから出射された光を前記金属板の前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、」に訂正する。
(請求項15を引用する請求項16も同様に訂正する。)

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1、2、4及び5について
ア 訂正事項1、2、4及び5は、表面反射率が、金属板表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなるものであることを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正事項1、2、4及び5は、本件明細書の【0085】の「金属板64の表面においては、オイルピットや圧延筋などの微小な窪み部や凹凸部の分布密度が高いほど、光の反射率が低くなる。」との記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 訂正事項1、2、4及び5は、訂正前の請求項に記載されていた表面反射率の内容をさらに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項3について
ア 訂正事項3は、「圧延法又はめっき法」として択一的に記載されていたものから、「めっき法」を削除することにより、選択肢を減少させるものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正事項3は、「圧延法又はめっき法」として択一的に記載されていたものから、「めっき法」を削除することにより、選択肢を減少させるものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 小括
本件訂正は、請求項〔1〜11〕、12、〔13、14〕、〔15、16〕について訂正することを求めるものであるところ、上記2のとおり、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、訂正後の請求項〔1〜11〕、12、〔13、14〕、〔15、16〕について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項1〜16に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応させて「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板であって、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記光は、ハロゲンランプから出射された光であり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、金属板。
【請求項2】
前記表面反射率が、8%以上且つ20%以下である、請求項1に記載の金属板。
【請求項3】
前記表面及び前記長手方向に直交する第1平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に前記光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による前記表面反射率を第1反射率と称し、
前記表面及び前記幅方向に直交する第2平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に前記光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による前記表面反射率を第2反射率と称し、
前記第1反射率及び前記第2反射率の平均値が、8%以上且つ25%以下である、請求項1又は2に記載の金属板。
【請求項4】
前記第1反射率及び前記第2反射率の平均値が、8%以上且つ20%以下である、請求項3に記載の金属板。
【請求項5】
前記第1反射率を前記第2反射率で割った値が、0.70以上1.30以下である、請求項3又は4に記載の金属板。
【請求項6】
前記金属板の厚みが、100μm以下である、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項7】
前記金属板の前記表面が、前記長手方向に延びる複数の圧延筋を有する、又は、前記金属板の前記表面が、前記長手方向に直交する方向を有する複数のオイルピットを有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項8】
前記金属板は、前記金属板の前記表面に貼り付けられたレジスト膜を露光および現像して第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記表面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングして、前記蒸着マスクを製造するためのものである、請求項1乃至7のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項9】
前記金属板は、1000Pa以下の環境下で前記金属板の前記表面に貼り付けられたレジスト膜を露光および現像して第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記表面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングして、前記蒸着マスクを製造するためのものである、請求項8に記載の金属板。
【請求項10】
前記表面反射率は、前記光を検出器に直接入射させた場合に測定される強度に対する比率として算出される、請求項1乃至9のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項11】
前記表面反射率は、前記金属板の表面のうち蒸着マスクの有機EL基板側の面を構成する第1面に前記光を入射させた場合に観測される反射光に基づく第1面反射率である、請求項1乃至10のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項12】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の検査方法であって、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板は、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記検査方法は、ハロゲンランプから出射された光を前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面に入射させた場合に測定観測される反射光の表面反射率を測定する測定工程と、
前記反射光のうち前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である場合に前記金属板を良品と判定する判定工程と、を備え、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなる、金属板の検査方法。
【請求項13】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の製造方法であって、
前記金属板を圧延法によって得る作製工程を備え、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板は、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
ハロゲンランプから出射された光を前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、金属板の製造方法。
【請求項14】
記表面反射率が8%以上且つ25%以下である前記金属板を選別する選別工程を備える、請求項13に記載の金属板の製造方法。
【請求項15】
複数の貫通孔が形成された蒸着マスクを製造する方法であって、
長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を含む金属板を準備する工程と、
前記金属板の前記表面にレジスト膜を設けるレジスト膜形成工程と、
前記レジスト膜を加工してレジストパターンを形成する工程と、
前記レジストパターンをマスクとして前記金属板をエッチングする工程と、を備え、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
ハロゲンランプから出射された光を前記金属板の前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、蒸着マスクの製造方法。
【請求項16】
前記レジスト膜形成工程は、1000Pa以下の環境下で前記金属板の前記表面にレジスト膜を貼り付ける工程を含む、請求項15に記載の蒸着マスクの製造方法。」

第4 令和4年9月7日付けで通知した取消理由、この取消理由で通知しなかった同年5月10日付けで通知した取消理由、及びこれらの取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要

1 令和4年9月7日付けで通知した取消理由の概要
標記取消理由は、特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)に関するもの(以下、単に「取消理由1」という。)であり、その具体的な指摘事項は、以下のとおりである。
先の訂正後の請求項1、12、13及び15における「表面におけるオイルビット及び圧延筋記載」との記載において、「オイルビット」の記載は不明瞭である。
先の訂正後の請求項1を引用する請求項2〜11、請求項13を引用する請求項14及び請求項15を引用する請求項16についても、同様である。

2 令和4年9月7日付けで通知した取消理由で通知しなかった同年5月10日付けで通知した取消理由の概要
標記取消理由は、特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)に関するもの(以下、単に「取消理由2」という。)であり、その具体的な指摘事項は、概略、以下のとおりである。
設定登録時の請求項1に係る発明等は、本件明細書の【0007】に記載される「レジストパターンを形成するためのレジスト膜には、金属板に対する高い密着力を有することが求められる」ことに対して、「金属板の表面に狭い幅のレジストパターンを安定に設けることができる金属板を提供すること」を発明の課題としているといえる。
そして、上記の発明の課題を解決する手段として、同【0009】等には、蒸着マスクを製造するために用いられる金属板において、「表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下である」との条件を満たすものであることが記載されている。
ここで、本件明細書の記載によれば、この表面反射率は、レジスト膜との密着性を向上させるオイルピットや圧延筋の分布密度を評価するものであること(【0083】、【0084】)、また、圧延工程により形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積で、表面反射率の調整を行っていることが理解できる。
一方で、単に、表面反射率を調整するだけなら、圧延工程における調整ではなく、別の工程での凹凸の形成や、また、金属表面の凹凸の構造もオイルピットや圧延筋ではないものも考え得るところであるが、凹凸の形状、高さ、及び凹凸の密度によっては、表面反射率が設定登録時の請求項1に係る発明等の範囲にあったとしても、レジスト膜が凹凸に追従できず、密着性がかえって低下する場合も予想されるため、上記の発明の課題に係る密着性等の特性が、当該凹凸の構造によらず(オイルピットや圧延筋に起因する凹凸か否かを問わず)、一概に、表面反射率のみに依存するとは考えにくい。そうすると、上述の本件発明の課題を解決するには、圧延工程で表面反射率の調整を行うことを前提として、圧延工程により形成されるオイルピットや圧延筋の分布密度によって、表面光反射率を特定の範囲に調整することが必要であると理解するのが合理的である。
しかしながら、(i)設定登録時の請求項1に係る発明等では、表面光反射率が、オイルピットや圧延筋の密度を評価するものであることが特定されていないから、設定登録時の請求項1〜16に係る発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
(ii)また、設定登録時の請求項13に係る発明等は、「蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の製造方法であって、前記金属板を圧延法又はめっき法によって得る作製工程を備え」と特定されるように、金属板が、めっき法によって作製される場合を含んでいるが、上記の本件発明の課題を解決するには、金属板が圧延法により作製される必要があるといえるから、金属板がめっき法によって作製される場合を含む設定登録時の請求項13、14に係る発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。

3 取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)(申立理由1)
設定登録時の請求項1〜16に係る発明は、下記甲第1号証に記載された発明及び下記甲第1号証〜甲第8号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

甲第1号証:特開2016−121376号公報
甲第2号証:特開2005−195771号公報
甲第3号証:国際公開第2017/013904号
甲第4号証:特開平8−269742号公報
甲第5号証:国際公開第2017/013903号
甲第6号証:特開2010−214447号公報
甲第7号証:特開平3−193847号公報
甲第8号証:特開平2−170922号公報

(2)特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反)(申立理由2)
具体的な指摘事項は、概略、以下のとおりである。
設定登録時の請求項1〜11及び13〜16に係る発明(以下、適宜、設定登録時の請求項1に係る発明等という。)の金属板の製造方法において、本件明細書の【0063】〜【0082】の記載によれば、設定登録時の請求項1に係る発明等の表面反射率の条件等を満たす金属板は、同【0100】〜【0104】に記載される圧延方法で造り込まれることが分かる。
同【0100】〜【0104】の記載によれば、圧延工程の条件として、以下の条件にすることにより、設定登録時の請求項1に係る発明等の表面反射率の条件を満足する金属板を得ることができると記載されている。
・圧延オイルの量:定量的条件の記載なし。
・圧延速度:30〜200m/分
・ワークロール径:28〜150mm
・圧延オイルの種類:ニート油
・ワークロールの表面粗さ:Ra≦0.2μm、Rz≦2.0μm
ここで、下記甲第9号証、上記甲第6号証、下記甲第10号証及び甲第11号証の記載を参照すると、本件明細書に記載されている圧延速度、ワークロール径、ワークロールの表面粗さは、通常の条件であることから、圧延オイルの種類と量が設定登録時の請求項1に係る発明等の金属板を作製するにあたり重要であることが分かる。
しかしながら、本件明細書には、圧延オイルの種類としてニート油と灯油の開示はあるものの、その量をどのように制御すればよいのか、一切記載がない。また、圧延条件において圧下率や圧延荷重、さらにはロール材質も重要な要素であり、これらの条件も圧延後の金属板の表面性状に関係するといえるところ、これらの条件についても、本件明細書には記載がない。
このため、設定登録時の請求項1に係る発明等を実施しようとする第三者は、圧延オイルの種類及び量だけでなく圧下率や圧延荷重などを含めた圧延条件と設定登録時の請求項1に係る発明等の表面反射率の条件との関係を得るために過度の試行錯誤、複雑高度な実験等を行う必要がある。
よって、設定登録時の請求項1〜11及び13〜16に係る発明に対応する本件明細書の記載は、実施可能要件を満たしていない。
なお、圧延オイルの種類や量、さらには圧下率や圧延荷重などの圧延条件を考慮しなくても、設定登録時の請求項1に係る発明等の表面反射率の条件を満足するのであれば、少なくとも甲第9号証の実施例にて作成されたメタルマスク用金属板は、設定登録時の請求項1に係る発明等の金属板と同等のものということになり、設定登録時の請求項1に係る発明等は新規性がないことになる。

甲第9号証:国際公開第2018/043641号
甲第10号証:特開2015−167953号公報
甲第11号証:特開平5−301号公報
以下、甲第1号証を、「甲1」などという。

第5 当審の判断

1 取消理由1(特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反))について
上記取消理由1は、先の訂正における請求項1、12、13及び15の「表面におけるオイルビット及び圧延筋」との記載において、「オイルビット」の記載は不明瞭であるというものであるところ、本件訂正により、「表面におけるオイルピット及び圧延筋」とされ、母材と圧延ロールとの間に存在する圧延オイルに起因して金属板の表面に形成される窪み部であることを意味する(本件明細書の【0084】)「オイルピット」という技術的に正しい表現になると共に、「オイルピット」との記載がなされている本件明細書の記載と整合するものとなった。
そうすると、本件発明1、12、13及び15、これらの発明を引用する本件発明2〜11、14、16に対応する特許請求の範囲の記載は、明確であるから、上記取消理由1には理由がない。

2 取消理由2(特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反))について
(1)取消理由についての判断
取消理由は、要するに、本件明細書の記載から本件発明の課題を解決できると当業者において認識できる範囲は、(i)設定登録時の請求項1〜16に係る発明に対しては、金属板の表面反射率が、オイルピットや圧延筋の分布密度を評価するものである範囲であり、(ii)設定登録時の請求項13、14に係る発明に対しては、金属板が圧延法により作製されるものである範囲であるのに対し、設定登録時の請求項1〜16に係る発明は、それらの点が特定されていないから、サポート要件を満たしていない、というものである。
これに対し、本件訂正により、上記(i)について、表面反射率について、「表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり」との限定が付されることにより、本件発明における表面反射率が、オイルピット及び圧延筋の分布密度に相関し、これを反映しているものであること、そして、この表面反射率が所定の範囲に限定されていることにより、表面反射率をもって、金属板のオイルピット及び圧延筋の分布密度を評価していることが明らかになり、本件発明は、上記の範囲内のものとなったということができる。
また、(ii)について、設定登録時の請求項13に係る発明の特定からめっき法が削除され、金属板が圧延法により作製されるものであることが限定されることにより、本件発明13、14は、上記の範囲内のものとなったということができる。
したがって、本件発明1〜16に係る請求項1〜16の記載は、サポート要件を満たしているといえる。

(2)異議申立人の主張について
異議申立人は、令和4年8月10日提出の意見書において、上記取消理由に関連し、以下のように主張している。
「しかしながら、上記訂正請求項1は、単にオイルピット及び圧延筋の分布密度が高くなると表面反射率が低くなると言うにとどまっており、表面反射率がオイルピット及び圧延筋の分布密度を評価しているとは読み取れません。
つまり、オイルピット及び圧延筋の分布密度が高くなると表面反射率が低くなったとしても、表面反射率が低くなる場合は必ずオイルピット及び圧延筋の分布密度が高くなっているとは限りません。・・・表面反射率が低くなったとしても、それがオイルピットや圧延筋の分布密度が高くなったのではなく、他の要因による表面凹凸の形状、高さ、及び凹凸の密度によって成された場合も含まれることは、当然に理解されるものです。・・・
よって、特許取消理由通知で指摘されたにも拘わらず、訂正請求項1は、表面反射率がオイルピットや圧延筋の分布密度を評価するものであることを特定していないことは明白ですので、サポート要件違反の取消理由は解消されていないものと思料いたします。」
しかしながら、本件発明1において、表面反射率がオイルピット及び圧延筋の分布密度を評価しているものであることは、上記(1)で述べたとおりである。
すなわち、本件発明1における「前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり」との特定により、少なくとも、表面反射率とオイルピット及び圧延筋の分布密度との間に相関があることが理解できる。さらには、本件明細書の【0084】の「金属板64の表面における光の反射率が低いほどレジスト膜との密着性が高くなる理由は、例えば以下の通りである。圧延によって金属板64を作製する場合、金属板64の表面には、オイルピットや圧延筋などの微小な窪み部や凹凸部が形成される。・・・このような窪み部や凹凸部の分布密度が高いほど、金属板64の表面における光の反射率が低くなる。一方、金属板64の表面に設けられるレジスト膜が、窪み部や凹凸部に追従して変形可能である場合、窪み部や凹凸部の分布密度が高いほど、金属板64の表面に対するレジスト膜の接触面積が大きくなる。この結果、金属板64の表面における光の反射率が低いほどレジスト膜との密着性が高いという現象が現れたと考えられる。」との記載、及び、同【0085】の「金属板64の表面においては、オイルピットや圧延筋などの微小な窪み部や凹凸部の分布密度が高いほど、光の反射率が低くなる。従って、金属板64の表面における光の反射率を測定することにより、微小な窪み部や凹凸部に関する評価を行うことができる。すなわち、光の反射率という巨視的な評価により、窪み部や凹凸部という微視的な特性に関する情報を得ることができる。」との記載からも、表面反射率に影響を与える主たる要因が、圧延によって金属板の表面に形成される、オイルピットや圧延筋などの微小な窪み部や凹凸部であることが分かる上、当該表面反射率は、本件発明1の課題に関連するレジスト膜との密着性と密接に関係していることを知ることができる。そして、同【0100】〜【0104】には、当該オイルピットや圧延筋の数や面積を調節して、本件発明1の表面反射率の条件を満たす金属板を製造するための、具体的な圧延条件(圧延速度など)についても記載されている。
そうすると、本件発明1における特定、さらには、本件明細書の記載を考慮すれば、本件発明1は、圧延条件を設定することにより能動的にオイルピット及び圧延筋の分布密度を調節し、もって、表面反射率を最適化し、ひいては、本件発明1の課題に関連するレジスト膜との密着性の向上を図ることを意図したものであり、本件発明1における表面反射率は、主たる調節因子であるところのオイルピット及び圧延筋の分布密度を間接的に評価するものであることをうかがい知ることができる。
よって、異議申立人の意見書での主張は、採用できない。

(3)小括
以上のとおりであるから、取消理由2には、理由がない。

3 申立理由1(特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如))について
(1)各甲号証に記載の事項
ア 甲1に記載の事項
(ア)「【請求項1】
複数の貫通孔が形成された蒸着マスクを製造する方法であって、
第1面および前記第1面の反対側に位置する第2面を含む金属板を準備する工程と、
前記金属板の前記第1面上に第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記第2面上に第2レジストパターンを形成する工程と、
前記金属板の前記第2面のうち前記第2レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングし、前記金属板の前記第2面に第2凹部を形成する第2面エッチング工程と、
前記金属板の前記第1面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングし、前記金属板の前記第1面に第1凹部を形成する第1面エッチング工程と、を備え、
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる本体層と、銅または銅合金からなる少なくとも1つの表面層と、を含み、
前記金属板の前記第1面または前記第2面のうちの少なくとも一方は、前記表面層によって構成されている、蒸着マスクの製造方法。
・・・
【請求項8】
請求項1に記載の蒸着マスクの製造方法で使用される金属板であって、
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる本体層と、銅または銅合金からなる少なくとも1つの表面層と、を含み、
前記金属板の前記第1面または前記第2面のうちの少なくとも一方は、前記表面層によって構成されている、金属板。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
有機EL表示装置の画素密度が高くなるにつれて、蒸着マスクの貫通孔の寸法や配列ピッチは小さくなる。また、フォトリソグラフィー技術を用いたエッチングによって金属板に貫通孔を形成する場合、金属板の第1面または第2面に設けられるレジストパターンの幅も狭くなる。このため、レジストパターンを形成するためのレジスト膜には、高い解像度を有することが求められる。また、レジストパターンの幅が狭くなることは、レジストパターンと金属板との間の密着面積が小さくなることを意味している。このため、レジストパターンを形成するためのレジスト膜には、金属板に対する高い密着力を有することも求められる。
【0008】
本発明は、このような課題を考慮してなされたものであり、金属板の第1面上または第2面上に狭い幅のレジストパターンを安定に設けることができる金属板を提供することを目的とする。また本発明は、そのような金属板を用いて蒸着マスクを製造する方法、および金属板を用いて作製された蒸着マスクに関する。」

(ウ)「【0038】
・・・蒸着マスク20およびフレーム15の熱膨張係数が、基板92の熱膨張係数と同等の値であることが好ましい。例えば、基板92としてガラス基板が用いられる場合、蒸着マスク20およびフレーム15の主要な材料として、ニッケルを含む鉄合金を用いることができる。具体的には、34〜38質量%のニッケルを含むインバー材や、ニッケルに加えてさらにコバルトを含むスーパーインバー材などの鉄合金を、蒸着マスク20を構成する金属板の後述する本体層の材料として用いることができる。」

(エ)「【0058】
高い解像度を有するドライフィルムを用いて第1レジストパターン65aを作製することにより、小さな幅wを有する第1レジストパターン65aを精度良く金属板21の第1面21a上に形成することが可能になる。一方、第1レジストパターン65aの幅wが小さくなると、金属板21の第1面21aと第1レジストパターン65aとの間の密着面積も小さくなる。このため、第1レジストパターン65aを形成するための後述するレジスト膜65cには、金属板21の第1面21aに対する高い密着力を有することが求められる。
【0059】
しかしながら、本件発明者が鋭意研究を重ねたところ、ドライフィルムは、銅や銅合金に対しては強く密着するが、インバー材などの鉄−ニッケル合金に対しては密着し難いことを見出した。このため、従来の蒸着マスク20の製造工程において、第1レジストパターン65aや第2レジストパターン65bが金属板21から剥離してしまうという工程不良が生じていた。例えば、露光された後述するレジスト膜65c、65dを現像してレジストパターン65a、65bを形成する現像工程の際に、現像液が金属板21とレジスト膜65c、65dとの間に浸み込み、レジスト膜65c、65dが金属板21から剥離するという不具合が生じていた。
【0060】
このような課題を考慮し、本実施の形態においては、蒸着マスク20を作製するための金属板21として、後述する本体層81および表面層82を含む金属板21を用いることを提案する。・・・
【0064】
本体層81は、長尺金属板64および金属板21の大部分を占める層であり、ニッケルを含む鉄合金からなる層である。例えば本体層81は、34〜38質量%のニッケルを含むインバー材や、ニッケルに加えてさらにコバルトを含むスーパーインバー材などの鉄合金からなっている。一方、表面層82は、長尺金属板64の第1面64aと第1レジストパターン65aとの間の密着性を高めるために設けられる層である。例えば表面層82は、銅(純銅)または銅合金からなっている。銅合金としては、例えば黄銅、青銅、白銅、ベリリウム銅などを挙げることができる。
・・・
【0066】
ところで、本体層81の表面には一般に、所定の表面粗さが存在している。例えば、本体層81の面のうち表面層82側の面における算術平均粗さSaは、0.1〜0.3μmの範囲内になっている。この場合、スパッタリングなどによって本体層81の面上に形成される表面層82の厚みが小さすぎると、表面層82が本体層81の表面の凹凸に追従できなくなり、本体層81の面上で表面層82が部分的に不連続になってしまうことが考えられる。すなわち、他の表面層82の部分から分離された、島状の表面層82が、本体層81の面上に形成されることがある。この場合、長尺金属板64の第1面64aと第1レジストパターン65aとの間の密着力が、表面層82が存在しない部分で小さくなり、この結果、第1レジストパターン65aが部分的に第1面64aから剥離したり浮いたりしてしまうことが考えられる。このような事態を防ぐため、好ましくは、表面層82の厚みは、本体層81の表面の凹凸に追従することができるように設定される。例えば、表面層82の厚みは、本体層81の面のうち表面層82側の面における算術平均粗さSa以上になっている。より具体的には、表面層82の厚みは0.3μm以上になっており、より好ましくは0.5μm以上になっている。」

イ 甲2に記載の事項
(ア)「【請求項1】
金属薄板表面上に樹脂層が形成されてなることを特徴とするシートディスプレイ用基板。
【請求項2】
金属薄板の表面粗さがRa:0.15μm以下、Ry:5.0μm以下であり、前記金属薄板の表面に存在する非金属介在物の面積率が0.2%以下、かつ、前記非金属介在物の最大長が10μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のシートディスプレイ用基板。」

(イ)「【0027】
上述した手法により作製した金属薄板の30℃〜300℃迄の熱膨張係数を、熱機械分析装置を用いて測定した値は、4.0×10−6/℃であった。
この金属薄板について、樹脂層を設ける面側の表面粗さRaおよびRyを、JIS B0601に準じてレーザ走査顕微鏡を用いて測定した。測定は金属薄板の幅400mm方向について、幅端から1/4幅毎の位置で計5箇所において行なった。
各測定位置において、測定視野は264×352μmとし、視野を変えて各3点ずつ測定した。測定結果を表1および表2に示す。
全15点の測定値において、Raは最大0.119μm、Ryは最大4.069μmであった。」

ウ 甲3に記載の事項
(ア)「請求の範囲
[請求項1] レジストが配置されるように構成された金属製の表面を備え、
前記表面に入射した光の正反射における反射率が、45.2%以上である
メタルマスク基材。」

(イ)「[0007] 本発明は、レジストと表面との界面における密着性を高めることができる表面を備えたメタルマスク基材、メタルマスク基材の管理方法、メタルマスク、および、メタルマスクの製造方法を提供することを目的とする。
・・・
[0010] 本願発明者らは、メタルマスク基材における表面の状態を鋭意研究する中で、表面に入射した光の正反射における反射率が、表面における三次元表面粗さSa、および、表面における三次元表面粗さSzの各々と以下の相関を有することを見出した。すなわち、三次元表面粗さSa、および、三次元表面粗さSzの各々が小さくなることに伴って、正反射における反射率が高くなることを見出した。
[0011] そして、正反射における反射率が45.2%以上であれば、レジストと表面との界面における密着性が高まることで、表面からレジストが剥がれにくくなる程度に表面粗さが小さくなることを見出した。」

(ウ)「[0033] 正反射における反射率は、ハロゲンランプから射出された光であって、メタルマスク基材11の第1面11aの法線方向に対して、入射角度が45°±0.2°である光の正反射における反射率である。また、反射率は、以下の式(1)により算出された値である。
(反射率)(%)=
{(正反射における光の光量)/(入射光の光量)}×100 …(1)」

(エ)「[0041] 金属層の形成材料は、例えばインバー、すなわち、鉄とニッケルとを主成分とする合金であり、36質量%のニッケルを含む合金であることが好ましい。言い換えれば、メタルマスク基材11の表面は、インバー製であることが好ましい。インバーの線膨張係数は、1.2×10−6/℃程度である。金属層の厚さは、例えば、10μm以上50μm以下であることが好ましい。」

(オ)「[0066] 一般に、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材の表面の状態は、表面粗さを用いて管理されることが多い。表面粗さを一度に測定することが可能な領域は、例えば、一辺の長さが数百μm程度である矩形状を有した領域であって、非常に小さい領域である。そのため、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材のほぼ全体における表面の状態を表面粗さの測定値から正確に把握するためには、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材における非常に多数の箇所について表面粗さを測定する必要がある。
[0067] これに対して、正反射における反射率を一度に測定することが可能な領域は、表面粗さを一度に測定することが可能な領域と比べて、大幅に大きく、反射率を得ることに要する時間も、表面粗さを得ることに要する時間と比べて、大幅に短い。そして、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材の表面と、ドライフィルムレジストとの密着性を確保するべく行われる管理においては、上述した表面粗さの測定よりも表面を巨視的に把握する管理が好ましい。この点で、正反射における反射率を一度に測定することが可能な領域の大きさは、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材の表面と、ドライフィルムレジストとの密着性に影響を及ぼす範囲に拡大することも容易である。そのため、反射率における1つの値は、表面粗さにおける1つの値と比べて、ドライフィルムレジスト用メタルマスク基材の表面におけるより大きい領域の状態を反映した値であって、それの取得に要する負荷も小さい値である。」

エ 甲4に記載の事項
(ア)「【請求項1】 表面からの深さが1μm以内の表層部の圧縮残留応力の平均値が50N/mm2以下であることを特徴とする、エッチファクターの高い精密エッチング加工用冷間圧延金属材料。」

(イ)「【0018】表面状態及びその製造方法について前記の如くに規定した理由は次の通りであった:
(A)被加工材の表面粗さ
前述したように、被加工材の表面粗さは、Rmaxが高ければ高いほど、レジスト密着性が高くなり、エッチファクターが向上する。素地表面の凹凸が有機皮膜との密着力を高める時、この現象を「アンカー効果」というが、金属材料とフォトレジストとの間にも、このアンカー効果は見られる。しかし、表面の凹凸が不安定で壊れ易いと、例えば、凸部が剥れて金属粉を生じ易い場合には、密着界面に亀裂を生じることになるのでかえって逆効果である。よって、表面の凹凸は安定である必要がある。ワークロール粗化表面の転写による塑性加工によって作り込んだ凹凸は脆いので、その後の工程で金属粉を生じ易く、表面の凹凸は安定であるとはいえない。酸洗等の化学的処理により創出された凹凸は塑性加工を受けずまた尖鋭部もほとんど生じないので安定である。Rmaxが1.5μm以上であれば、レジスト密着性の向上が顕著となり、その結果エッチファクターの向上も顕著になるので、Rmax=1.5μm以上と規定した。Rmaxの測定値は、JIS B 0601の規定に従う。
【0019】(B)被加工材の鏡面反射率
前述したように、被加工材の表面の鏡面反射率が低いほど、レジスト密着性が高くなり、エッチファクターは向上する。これは、鏡面反射率が低い方が露光時にレジストと被加工材との界面の結合が促進され易いからであると考えられる。JIS Z 8741(鏡面光沢度測定方法)は、「鏡面反射率」を鏡面反射において反射放射束(又は反射光束)の、入射放射束(又は入射光束)に対する比として定義しており、光沢度計を用いて光源より受光素子に直接光を入れたときを100%とし、被加工材からの反射光の光量を測定し、その比を求めることにより計算することができる。入射角及び反射角共に30°とした場合の鏡面反射率ρv(30°)が15%以下であれば前記効果が顕著となることが判明したので、素材表面の鏡面反射率は、ρv(30°)=15%以下と規定した。」

オ 甲5に記載の事項
(ア)「請求の範囲
[請求項1] レジストが配置されるように構成された金属製の表面を備え、
前記表面の三次元表面粗さSaが0.11μm以下であり、
前記表面の三次元表面粗さSzが3.17μm以下である
メタルマスク基材。」

(イ)「[0081] [表面粗さの測定]
実施例1から実施例3のメタルマスク基材、および、比較例1のメタルマスク基材の各々について、三次元表面粗さSa、および、三次元表面粗さSzを以下の方法で測定した。なお、以下において、三次元表面粗さSaおよび三次元表面粗さSzの各々の値における単位は、いずれもμmである。
[0082] 実施例1から実施例3のメタルマスク基材、および、比較例1のメタルマスク基材は、430mmの幅を有するメタルマスク基材の原反を準備し、原反の一部を500mmの長さで切り出すことによって得た。また、メタルマスク基材は、20μmの厚さを有するものとし、形成材料をインバーとした。
・・・
[0085] メタルマスク基材の長さ方向における2つの端部を第1端部および第2端部とし、幅方向における2つの端部を第3端部および第4端部とするとき、3つの試験片の各々をメタルマスク基材における以下の位置から切り出した。
[0086] すなわち、試験片1を第1端部から100mmだけ離れ、かつ、第3端部から200mmだけ離れた位置から切り出した。また、試験片2を第2端部から100mmだけ離れ、かつ、第3端部から70mmだけ離れた位置から切り出した。そして、試験片3を第2端部から100mmだけ離れ、かつ、第4端部から70mmだけ離れた位置から切り出した。
[0087] なお、各試験片において、5つの測定点における三次元表面粗さSaと三次元表面粗さSzとを測定した。」

カ 甲6に記載の事項
(ア)「【請求項1】
質量%で、C:≦0.01%、Si:≦0.5%、Mn:≦1.0%、Ni:30〜50%を含有し、残部がFe及び不純物を含み、板厚が0.02〜0.15mmのエッチング加工用素材の製造方法であって、仕上冷間圧延の最終パスを10%以下の圧下率とし、且つ、前記仕上圧延のロールには、円周方向に研磨痕を形成し、円周方向と直角方向の粗さがRa:0.10〜0.25μmとしたロールを用いて圧延速度を1.2m/s以上で行なうことを特徴とするエッチング加工用素材の製造方法。」

(イ)「【0019】
熱間圧延後のFe−Ni合金板材を冷間圧延した。冷間圧延の途中に2回の焼鈍を行なって仕上圧延前のFe−Ni合金冷間圧延材とした。なお、冷間圧延中の焼鈍温度は約900℃で連続焼鈍とし、仕上圧延最終パス前のFe−Ni合金冷間圧延材の厚さは0.054mmとした。
仕上圧延後に、板厚0.050mmとするように、仕上圧延の圧下率を7.4%とし、圧延速度は1.3m/sとして、最終パスに用いるロールは、粗さを5種類に変化させたロールを用いてエッチング加工用素材を製造した。なお、条件A〜Dは本発明の範囲で製造したエッチング加工用素材であり、意図的に条件E、Fは平滑な表面肌に仕上た比較例である。
また、ロールへの粗さの付与は、ロールを回転させながら、円周方向に研磨痕が形成されるように研磨紙を用いた。
ロールの円周方向と直角方向の粗さと、仕上圧延後のエッチング加工用素材の表面粗さを表2に示す。
なお、表面粗さRaの測定は、JISB0601,JISB0651で示される測定方法に従って測定したものである。また、エッチング加工用素材の表面粗さは、ランダムに3箇所を選び、圧延方向と直角方向と、圧延方向の粗さを測定した。
・・・
【0021】
仕上圧延後、約700℃で歪取焼鈍を実施し、エッチング加工用素材表面について、オイルピットの発生の有無を調査した。
・・・
【0023】
表3に示すとおり、本発明方法を適用した、エッチング加工用素材は、オイルピットの発生を極めて抑制できていることが分かる。
また、図1及び図2に示した通り、条件E(図2)のエッチング加工用素材の表面は、数μm〜20μm程度のオイルピットが分散して形成されていることが確認できる。一方、本発明の条件A(図1)のメタルマスク用素材の表面は、数μm程度のオイルピットが僅かに形成されていることが分かる。」

キ 甲7に記載の事項
(ア)「2.特許請求の範囲
1)表面粗さにおいてRSKが正の値を持つことを特徴とする、焼鈍時の密着を防止しうるFe−Ni合金系シャドウマスク素材。」(1頁左下欄3〜6行)

(イ)「こうした表面粗さは、シャドウマスク素材を最終寸法に冷間圧延する際のダルロールを用いてのダル圧延により容易に実現され得る。ダルロールは所定の凹凸模様を表面に有するロールであり、これを用いてシャドウマスク素材を圧延することによりその反転模様を素材表面に圧印するものである。従来、ダル圧延によりシャドウマスク表面に凹凸を付けることは行なわれてはいたが、主としてレジスト密着性を向上させることを目的としたものであり、焼鈍時の密着を回避するためにシャドウマスクの表面粗さ模様を適切に制御することは実質上なかった。」(3頁左下欄14行〜右下欄5行)

ク 甲8に記載の事項
(ア)「2.特許請求の範囲
(1)重量%にて、Ni:30〜50%、Si:0.01〜1.00%、Mn:0.10〜2.00%、N:0.05%以下、O:0.02%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなるFe−Ni合金の連続鋳造スラブに、1200〜1350℃で1時間以上のソーキング熱処理を行った後、表面手入れを行い、ついで酸素濃度0.1vol%以下の雰囲気にて1100〜1200℃に加熱し、熱間圧延し、表面研削と冷間圧延を行い、再結晶焼鈍することを特徴とするシャドウマスク用Fe−Ni合金板の製造方法。」(1頁左下欄4〜14行)

(イ)「製品板の表面仕上げは、シャドウマスク製造におけるレジスト膜形成時の密着性の点からダル仕上げするのが好ましく、冷間圧延の最終バスをダルロールで行うのが好ましい。」(4頁左上欄18行〜右上欄1行)

(2)甲1に記載された発明
甲1の上記(1)ア(ア)の記載によれば、甲1には、請求項1を引用する請求項8に係る発明として、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。
「第1面および前記第1面の反対側に位置する第2面を含む金属板を準備する工程と、
前記金属板の前記第1面上に第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記第2面上に第2レジストパターンを形成する工程と、
前記金属板の前記第2面のうち前記第2レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングし、前記金属板の前記第2面に第2凹部を形成する第2面エッチング工程と、
前記金属板の前記第1面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングし、前記金属板の前記第1面に第1凹部を形成する第1面エッチング工程と、を備える、複数の貫通孔が形成された蒸着マスクの製造方法で使用される金属板であって、
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる本体層と、銅または銅合金からなる少なくとも1つの表面層と、を含み、
前記金属板の前記第1面または前記第2面のうちの少なくとも一方は、前記表面層によって構成されている、金属板。」

(3)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「第1面および前記第1面の反対側に位置する第2面を含む金属板を準備する工程と・・・を備える、複数の貫通孔が形成された蒸着マスクの製造方法で使用される金属板」は、本件発明1の「蒸着マスクを製造するために用いられる金属板」に相当する。また、甲1発明の金属板は、甲1の上記(1)ア(エ)の【0066】に「長尺金属板」とされるものであるから、「金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面」を有していることは明らかであり、さらに、金属板において、幅方向における一端から他端に向けて第1領域、第2領域及び第3領域を設定すること自体は任意に設定し得る事項であるから、甲1発明の金属板も、「前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含」むことも明らかである。
そうすると、本件発明1と甲1発明は、「蒸着マスクを製造するために用いられる金属板であって、前記金属板は、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含む、金属板。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点>
金属板が、本件発明1では、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下となるものであり、前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、前記光は、ハロゲンランプから出射された光であり、前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下であるのに対し、甲1発明では、ニッケルを含む鉄合金からなる本体層と、銅または銅合金からなる少なくとも1つの表面層と、を含み、金属板の第1面および前記第1面の反対側に位置する第2面のうちの少なくとも一方は、前記表面層によって構成されていると共に、前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域を含め、表面反射率が明らかでない点。

イ 相違点に関する判断
本件発明1の「前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2°の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり」との特定によれば、金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材のみからなるものであり、表面反射率が測定される表面もこのインバー材の表面ということになる。
これに対し、甲1発明の金属板は、銅または銅合金からなる表面層を有するものである。
ここで、甲1に記載の事項から次のことが分かる。すなわち、上記(1)ア(イ)の記載によれば、有機EL表示装置の画素密度が高くなるにつれて、蒸着マスクの貫通孔の寸法や配列ピッチは小さくなり、フォトリソグラフィー技術を用いたエッチングによって金属板に貫通孔を形成する場合、金属板に設けられるレジストパターンの幅も狭くなるところ、レジストパターンの幅が狭くなると、レジストパターンと金属板との間の密着面積が小さくなるため、レジストパターンを形成するためのレジスト膜には、金属板に対する高い密着力を有することが求められていること(【0007】)、この様な事情に対し、甲1発明は、金属板の表面に狭い幅のレジストパターンを安定に設けることができる金属板を提供することを発明の課題としていること(【0008】)、そして、同(エ)の【0064】の「表面層82は、長尺金属板64の第1面64aと第1レジストパターン65aとの間の密着性を高めるために設けられる層である。例えば表面層82は、銅(純銅)または銅合金からなっている。」との記載によれば、この課題を、金属板にレジストパターンに対して密着性の高い銅または銅合金からなる表面層を設けることにより解決するものであること、をそれぞれ読み取ることができる。
そうすると、甲1発明において、金属板における銅または銅合金からなる表面層は、甲1発明の課題を解決するための必須の構成であり、この表面層をないものとして、本件発明1のように、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材のみからなる金属板とする動機付けは、甲1発明にあるとはいえない。
さらに、上述のように、甲1発明には、金属板の表面を含め、金属板を34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材のみからなる金属板とする動機付けがないのであるから、当然、インバー材表面の表面反射率を所定の値にしようとする動機付けはないし、ましてや、その値を8%以上且つ25%以下とすることはできない。
加えて、甲2〜甲8には、上記(1)イ〜クに摘示した事項が記載されているが、上述のとおり、そもそも甲1発明において、金属板を、本件発明1の34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材のみからなる金属板にすることはできないのであるから、甲2〜甲8の記載事項にかかわらず、上記相違点を、当業者が容易に想到することができるものとすることはできない。
そうすると、上記相違点に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものではない。

(ウ)以上のとおり、本件発明1は、甲1発明及び甲1〜甲8に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件発明2〜11について
本件発明1を少なくとも引用する本件発明2〜11は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記(3)イで述べたのと同様に、甲1発明及び甲1〜甲8に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)本件発明12〜16について
本件発明12は、「蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の検査方法」であり、本件発明13及び本件発明13を引用する本件発明14は、「蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の製造方法」であり、本件発明15及び本件発明15を引用する本件発明16は、「複数の貫通孔が形成された蒸着マスクを製造する方法」であるところ、いずれの発明も、発明特定事項に、本件発明1と同じく、金属板が、「34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からな」ること、金属板の「表面反射率が8%以上且つ25%以下である」ことを含むものであるから、本件発明12、本件発明13及び14、並びに、本件発明15及び16と、甲1発明との間には、それぞれ、少なくとも上記相違点と同様の相違点があり、その相違点に関する判断も、上記(3)イで述べたとおりである。
そうすると、本件発明12〜16は、甲1発明及び甲1〜甲8に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6)申立理由1に関するまとめ
上記(3)〜(5)によれば、申立理由1には、理由がない。

3 申立理由2(特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反))について
本件明細書には、本件発明1等の金属板の概略的な製造方法が、【0062】〜【0082】に記載され、特に表面反射率については、同【0100】に「圧延工程などの条件を調整することにより作製され得る。」と記載され、同【0100】には、母材と圧延ロールとの間に供給する圧延オイルの量で、オイルピットの数、面積などを調整することができること、同【0101】には、圧延速度によって、金属板の表面における光の反射率を調整することができること、圧延速度として、例えば、30m/分以上200m/分以下等の範囲が記載され、同【0102】には、ワークロールの径によって、金属板の表面における光の反射率を調整することができること、ワークロールの径として、例えば、28mm以上150mm以下等の範囲が記載され、同【0103】には、粘度特性に着目して圧延オイルを適切に選択することによって、金属板の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができること、同【0104】には、ワークロールの表面粗さを適切に選択することによっても、金属板の表面に形成されるオイルピットや圧延筋の数、面積などを調整することができること、例えば、ワークロールの表面粗度Raとして、0.2μm以下、表面粗度Rzとして、2.0μm以下、表面粗度Rxとして、1.5μm以下の範囲が記載されている。
そして、これらの、表面反射率を調整するための圧延における条件設定の指針というべき記載に従い、本件発明1等で特定される表面反射率の条件を考慮しながら、さらに条件を最適化していくことは、製造工程を確立する上で当業者が通常行う条件設定の作業の範囲内のことであり、この指針に基づいて、当業者であれば、本件発明1等の金属板を過度の試行錯誤なく製造することができるといえる。
加えて、本件明細書に記載される金属板の製造工程は、同【0114】〜【0116】に記載されるように、本件発明1等の表面反射率の条件を満たす金属板のみを選別する工程を備えるものであるから、本件発明1等の表面反射率の条件を満たす金属板を、過度の試行錯誤を行わなければ製造することができないということはできない。
そうすると、本件発明1等の金属板を製造するのに、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤又は複雑高度な実験等をする必要があるとはいえず、当業者であれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件発明1〜16を実施することができるというべきであるから、本件明細書の詳細な説明の記載は、本件発明1〜16についての実施可能要件を満たしているといえる。
ここで、異議申立人は、本件明細書に記載されている圧延速度、ワークロール径、ワークロールの表面粗さの範囲は、通常設定される条件であることから、残る圧延オイルの種類と量が本件発明1等の金属板を作製するにあたり重要であるとし、この圧延オイルの種類と量に関する記載が本件明細書にないこと、また、金属板の表面性状に関係する圧下率や圧延荷重、さらにはロール材質の条件が記載されていないから、本件明細書の記載は、実施可能要件を満たしていないことを主張している。
しかしながら、表面反射率の条件を本件発明1等の条件に合致させるためには、圧延速度、ワークロール径、又はワークロールの表面粗さの条件は、上述のようにさらなる最適化を要するものであり、圧延速度、ワークロール径、又はワークロールの表面粗さの条件が通常設定されている条件のままであるとすることはできず、異議申立人の主張は、前提に誤りがある。
また、金属板の表面性状に関係する圧下率や圧延荷重、さらにはロール材質等も、表面反射率に影響を与える可能性はあるが、表面反射率に影響を与える条件が本件明細書において全て明らかにされなければ、金属の表面の表面反射率を調整できないというものではなく、本件明細書に記載される表面反射率に影響を与える特定の条件によって、表面反射率を調整し、それ以外の条件は、特に変更することなく金属板を製造すれば、本件発明1等の金属板が製造することができるといえる。そうすると、圧延オイルの種類と量に関する記載、圧下率や圧延荷重、さらにはロール材質等に関する記載がないことをもって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件を満たしていないとすることはできない。
よって、申立理由2には、理由がない。

第6 むすび

上記第5で検討したとおり、本件特許1〜16は、特許法第36条第6項及び第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとも、同法第29条の規定に違反してされたものであるともいうこともできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由及び申立理由では、本件特許1〜16を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1〜16を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板であって、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2゜の入射角度で前記表面に光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記光は、ハロゲンランプから出射された光であり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、金属板。
【請求項2】
前記表面反射率が、8%以上且つ20%以下である、請求項1に記載の金属板。
【請求項3】
前記表面及び前記長手方向に直交する第1平面内において45゜±0.2°の入射角度で前記表面に前記光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による前記表面反射率を第1反射率と称し、
前記表面及び前記幅方向に直交する第2平面内において45゜±0.2°の入射角度で前記表面に前記光を入射させた場合に測定される、前記光の正反射による前記表面反射率を第2反射率と称し、
前記第1反射率及び前記第2反射率の平均値が、8%以上且つ25%以下である、請求項1又は2に記載の金属板。
【請求項4】
前記第1反射率及び前記第2反射率の平均値が、8%以上且つ20%以下である、請求項3に記載の金属板。
【請求項5】
前記第1反射率を前記第2反射率で割った値が、0.70以上1.30以下である、請求項3又は4に記載の金属板。
【請求項6】
前記金属板の厚みが、100μm以下である、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項7】
前記金属板の前記表面が、前記長手方向に延びる複数の圧延筋を有する、又は、前記金属板の前記表面が、前記長手方向に直交する方向を有する複数のオイルピットを有する、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項8】
前記金属板は、前記金属板の前記表面に貼り付けられたレジスト膜を露光および現像して第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記表面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングして、前記蒸着マスクを製造するためのものである、請求項1乃至7のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項9】
前記金属板は、1000Pa以下の環境下で前記金属板の前記表面に貼り付けられたレジスト膜を露光および現像して第1レジストパターンを形成し、前記金属板の前記表面のうち前記第1レジストパターンによって覆われていない領域をエッチングして、前記蒸着マスクを製造するためのものである、請求項8に記載の金属板。
【請求項10】
前記表面反射率は、前記光を検出器に直接入射させた場合に測定される強度に対する比率として算出される、請求項1乃至9のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項11】
前記表面反射率は、前記金属板の表面のうち蒸着マスクの有機EL基板側の面を構成する第1面に前記光を入射させた場合に観測される反射光に基づく第1面反射率である、請求項1乃至10のいずれか一項に記載の金属板。
【請求項12】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の検査方法であって、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板は、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記検査方法は、ハロゲンランプから出射された光を前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面に入射させた場合に測定観測される反射光の表面反射率を測定する測定工程と、
前記反射光のうち前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45゜±0.2°の角度で前記表面から出射する前記反射光の前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である場合に前記金属板を良品と判定する判定工程と、を備え、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなる、金属板の検査方法。
【請求項13】
蒸着マスクを製造するために用いられる金属板の製造方法であって、
前記金属板を圧延法によって得る作製工程を備え、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
前記金属板は、前記金属板の長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を備え、
ハロゲンランプから出射された光を前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2゜の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、金属板の製造方法。
【請求項14】
前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である前記金属板を選別する選別工程を備える、請求項13に記載の金属板の製造方法。
【請求項15】
複数の貫通孔が形成された蒸着マスクを製造する方法であって、
長手方向及び前記長手方向に直交する幅方向を有する表面を含む金属板を準備する工程と、
前記金属板の前記表面にレジスト膜を設けるレジスト膜形成工程と、
前記レジスト膜を加工してレジストパターンを形成する工程と、
前記レジストパターンをマスクとして前記金属板をエッチングする工程と、を備え、
前記金属板は、34質量%以上且つ38質量%以下のニッケルを含むインバー材からなり、
ハロゲンランプから出射された光を前記金属板の前記表面に入射させた場合に観測される反射光のうち、前記表面に直交する少なくとも1つの平面内において45°±0.2゜の角度で前記表面から出射する前記反射光の表面反射率が、8%以上且つ25%以下であり、
前記表面反射率は、前記表面におけるオイルピット及び圧延筋の分布密度が高いほど、低くなり、
前記金属板は、前記幅方向における一端から他端に並ぶ第1領域、第2領域及び第3領域であって、各々が前記幅方向において同一の長さを有する第1領域、第2領域及び第3領域を含み、
前記第1領域、前記第2領域及び前記第3領域のそれぞれの前記表面において、前記表面反射率が8%以上且つ25%以下である、蒸着マスクの製造方法。
【請求項16】
前記レジスト膜形成工程は、1000Pa以下の環境下で前記金属板の前記表面にレジスト膜を貼り付ける工程を含む、請求項15に記載の蒸着マスクの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-11-29 
出願番号 P2019-122142
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 536- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 原 賢一
後藤 政博
登録日 2021-06-11 
登録番号 6896801
権利者 大日本印刷株式会社
発明の名称 蒸着マスクを製造するための金属板、金属板の検査方法、金属板の製造方法、蒸着マスク、蒸着マスク装置及び蒸着マスクの製造方法  
代理人 岡村 和郎  
代理人 高田 泰彦  
代理人 朝倉 悟  
代理人 柏 延之  
代理人 岡村 和郎  
代理人 朝倉 悟  
代理人 柏 延之  
代理人 宮嶋 学  
代理人 堀田 幸裕  
代理人 堀田 幸裕  
代理人 宮嶋 学  
代理人 中村 行孝  
代理人 高田 泰彦  
代理人 中村 行孝  

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