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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01Q
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01Q
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01Q
管理番号 1395257
総通号数 15 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-11-10 
確定日 2023-02-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第7067834号発明「ポリマー光学多層フィルムを含む反射構造によって秘匿される電気通信要素を有するシステム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7067834号の請求項1ないし15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7067834号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜15に係る特許についての出願は、平成27年12月9日(優先権主張 外国庁受理 2014年12月9日 アメリカ合衆国、2015年6月24日 アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、令和4年5月6日にその特許権の設定登録がされ、令和4年5月16日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜15に係る特許に対し、令和4年11月10日に特許異議申立人 弁理士法人朝日奈特許事務所(以下、「申立人」という。)は、特許異議の申立て(この申立のための特許異議申立書を、以下では、単に「申立書」という。)を行った。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜15に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明15」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
屋外通信要素と、
前記屋外通信要素を少なくとも部分的に囲み、前記屋外通信要素を観察者の視界から秘匿する形状に形成された非金属多層ポリマー光学フィルムと、を備える、システムであって、
前記多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、
前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し、これにより、前記システムそのものの視認性を低下させるものであり、
前記多層ポリマー光学フィルムは、前記屋外通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について90%を超える透過率を有する、システム。
【請求項2】
第1ポリマー層は複屈折材料を含み、第2ポリマー層は、フルオロポリマーと混合されたアクリル系ポリマー又はアクリル含有コポリマーのうちの1つを含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、前記多層ポリマー光学フィルムによって反射される660nmにおける光の鏡面反射率は、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、10%未満だけ減少する、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
前記多層ポリマー光学フィルムのb*黄色度指数は、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、3未満だけ変化する、請求項1〜3のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項5】
前記コア層と、前記多層ポリマー光学フィルムが接着されてその形状に形成される表面と、の間に配置された接着剤層を更に備える、請求項1〜4のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項6】
前記接着剤層は不均一な厚さを有する、請求項5に記載のシステム。
【請求項7】
前記不均一な接着剤層は、エアブリードチャネル及びスタンドオフを更に含む、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者と前記コア層との間に配置されたハードコートを更に含み、前記ハードコートは、拡散反射を提供するために前記ハードコートに添加された微粒子を更に含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項9】
前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者と前記コア層との間に配置されたハードコートを更に含み、拡散反射を提供するために前記ハードコートの上又は下に配設された微粒子コーティングを更に含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項10】
前記多層ポリマー光学フィルムは、低振幅の巨視的なパターンを有する、請求項1〜9のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項11】
前記システムは、前記多層ポリマー光学フィルムと前記屋外通信要素との間に配置される潜在的に光吸収性を有する暗基材を更に含む、請求項1〜10のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項12】
380〜1500nmの波長範囲にわたる垂直入射における前記多層ポリマー光学フィルムの各延伸方向に沿った平均反射率が50%を超え90%未満である、請求項11に記載のシステム。
【請求項13】
前記多層ポリマー光学フィルムの表面がテクスチャにより構造化される、請求項1〜12のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項14】
前記多層ポリマー光学フィルムは複数の間隙を含み、間隙パターンは、約70:30以下の、閉領域と開領域の比を備える、請求項1〜13のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項15】
屋外通信要素を秘匿する方法であって、
前記屋外通信要素を反射性の多層光学フィルムで少なくとも部分的に囲み、前記多層光学フィルムが前記屋外通信要素を観察者から秘匿し、かつ、周囲光を観察者に向けて鏡面反射することを含み、
前記多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、
前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し、これにより、前記システムそのものの視認性を低下させ、
前記多層光学フィルムは、前記屋外通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について90%を超える透過率を有する、方法。」

第3 申立理由の概要
申立人は、以下の1に示す甲第1号証〜甲第3号証(以下、それぞれ「甲1」〜「甲3」という。)を提出し、以下の2に示す申立理由により、請求項1〜15に係る特許を取消すべきものである旨主張する。

1 証拠方法
甲1 特開2006−292428号公報
甲2 特開2008−200861号公報
甲3 友野理平、関康雄 編、「電磁波シールドの基礎」、株式会社シーエムシー、1984年2月17日、表紙、5〜6頁、33〜34頁、奥付

2 申立理由
申立理由1 請求項1、3、4、11、12及び15に係る発明は、甲1に記載された発明であって、特許法29条1項3号に該当するから、前記請求項に係る発明についての特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。(特許法113条2号

申立理由2 請求項1〜5、8、10〜13及び15に係る発明は、甲1〜甲3に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、前記請求項に係る発明についての特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。(特許法113条2号

申立理由3 請求項1〜15に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではないから、前記請求項に係る発明についての特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。(特許法113条4号

申立理由4 請求項6、7及び10〜14に係る発明は、明確でないから、前記請求項に係る発明についての特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。(特許法113条4号

第4 当審の判断
事案に鑑み、先ず、申立理由4について判断し、その後、申立理由3について判断し、最後に申立理由1及び2について判断する。

1 前提
後の参照の便宜のため、次に示すように、請求項1及び15を、それぞれ1A〜1G及び15A〜15Gに分説し、「分説1A」又は「発明特定事項1A」のようにして参照する。

【請求項1】
1A 屋外通信要素と、
1B 前記屋外通信要素を少なくとも部分的に囲み、前記屋外通信要素を観察者の視界から秘匿する形状に形成された非金属多層ポリマー光学フィルムと、を備える、
1C システムであって、
1D 前記多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、
1E 前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し、
1F これにより、前記システムそのものの視認性を低下させるものであり、
1G 前記多層ポリマー光学フィルムは、前記屋外通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について90%を超える透過率を有する、
1C システム。

【請求項15】
15A 屋外通信要素を秘匿する方法であって、
15B 前記屋外通信要素を反射性の多層光学フィルムで少なくとも部分的に囲み、前記多層光学フィルムが前記屋外通信要素を観察者から秘匿し、かつ、
15C 周囲光を観察者に向けて鏡面反射することを含み、
15D 前記多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、
15E 前記多層ポリマー光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し、
15F これにより、前記システムそのものの視認性を低下させ、
15G 前記多層光学フィルムは、前記屋外通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について90%を超える透過率を有する、
15A 方法。

2 本件発明の技術的意義
本件発明の技術的意義は、以下の(1)に示す、本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)又は図面(本件明細書及び図面を総称して、以下、「本件明細書等」という。)の記載から、以下の(2)のとおりと認められる。

(1)本件明細書等の記載
本件明細書等には、以下の記載がある。

ア 「【0001】
[分野]
本明細書は、秘匿された通信要素を有するシステム、及び通信要素を秘匿する方法に関する。
【0002】
[背景]
無線加入者の数が非常に急激に増加し続けるにつれて、無線データトラフィックもまた増加している。新しいスマートデバイスの普及は、無線トラフィックの増加を更に激化させる。高密度領域でのビデオストリーミングなどのメディアを駆使したアプリケーションが増加している。セルラサイトは、新しい需要に追いつくために、容量と数を増やさなければならない。地理的位置による帯域幅要件に対処するために、通信事業者は、別のマクロセルサイトを追加し、スモールセル技術を利用して容量を増やすことを検討している。スモールセルは屋内又は屋外に配備することができる。
【0003】
マクロセルサイト及びスモールセルの配備の課題の1つは、かかる機器に関連する美観である。例えば、ネットワーク計画者は、建物の屋上に配備されたマクロサイトの外観と、設置されている追加のスモールセルインフラストラクチャの外観に敏感でなければならない。したがって、現在導入されているマクロセルサイト及びスモールセル並びに他の通信要素に関連する美観の改善を促進する必要性が存在する。
【0004】
[概要]
一態様では、本明細書は秘匿された通信要素を有するシステムに関するものである。本システムは、通信要素と、通信要素を少なくとも部分的に囲み、視界からそれを秘匿する形状に形成された多層ポリマー光学フィルムと、を備えている。この多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を有し、第1ポリマー層は複屈折材料を含み、第2ポリマー層はフルオロポリマーと混合されたアクリル系ポリマー又はアクリル含有コポリマーのうちの1つを含む。
【0005】
別の態様では、多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、多層ポリマー光学フィルムによって反射される660nmにおける光の鏡面反射率は、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、10%未満だけ減少する。
【0006】
別の態様では、本システムは多層ポリマー光学フィルムを備え、この多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、多層ポリマー光学フィルムのb*黄色度指数は、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、3未満だけ変化する。」

イ 「【0008】
更に別の態様では、本明細書は屋外通信要素を秘匿する方法に関するものである。本方法は、屋外通信要素を反射性の多層光学フィルムで少なくとも部分的に囲み、多層光学フィルムが通信要素を観察者から秘匿し、かつ、周囲光を観察者に向けて反射することを含み、多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層と、UV安定保護層と、を含んでいる。」

ウ 「【0015】
上述のように、無線加入者及び対応するデータトラフィックの急増によって、ネットワーク容量需要に追いつくために、マクロセルサイト及びスモールセルの設置の必要性が生じている。スモールセル、屋上に取り付けられたマクロアンテナ及び機器、並びに、他の一般的に設置された電気通信要素は、取り付け場所近くの通行人にとって、潜在的に美観上少しも満足できるものではないという問題が生じる。したがって、スモールセル(及び他のタイプの通信機器)を傍観者から、よりうまく秘匿する必要がある。本明細書では、かかる解決策が得られる。
【0016】
最も基本的なレベルでは、本明細書によれば、傍観者から通信要素を秘匿するシステムが得られる。本システムは、通信要素を囲む高度に鏡面の反射構造体(特に、多層ポリマー光学フィルム)を利用し、周囲光、及び、システムの周囲の反射をシステムを見ている観察者に対して反射することによって、その反射構造体を隠すものである。あるいは、この構造体は高度に鏡面であり、部分的反射のみであってもよく、基材が多層光学フィルムと通信要素との間に配置された場合、構造体の後ろのかかる基材はいかなる透過光をも吸収する(又はわずかに散乱させる)ことができる。これの簡単な説明が、反射構造体120及び観察者110が描かれている図1に示されており、通信要素が構造体120によって隠されている。隠されている通信要素は、いくつかの実施形態では、アンテナであるか、あるいは、アンテナを含むことができ、このアンテナは、例えばCommscopeモデルSBNH−1D6565B(Commscope,Inc.(Hickory,NC))又はKathreinモデル840 10525(Kathrein−Werke KG(Rosenheim,Germany))によるマルチバンド指向性アンテナである。いくつかの実施形態では、通信要素は、アンテナと無線機の双方を含む要素、例えばEricsson(Stockholm,Sweden)Antenna Integrated RadioモデルAIR21 B1、又はAlcatel Lucentモデル 9768 Metro Radio Outdoor(Alcatel Lucent(Boulogne−Billancourt,France))であってもよい。別の実施形態では、この要素は、スモールセルアンテナ、例えばCommscopeアンテナモデルNH360QS−DG−F0M、又はAntenna ProductsアンテナモデルAWS360DP−1710−10−TO−D−A3(Antenna Products Corp.(Mineral Wells,TX))であってもよい。別の実施形態では、通信要素は、無線バックホールに使用されるアンテナ及び無線機、例えば、60GHz無線イーサネットブリッジGE60(BridgeWave(SantaClara,California))としてもよい。
【0017】
本明細書に記載のポリマーフィルムは、屋外で使用され、継続して当該要素に曝される。その結果、非金属化ポリマー反射フィルムの設計及び製造における技術的課題は、過酷な環境条件に曝されたときに長期間(例えば、20年)の耐久性を実現することである。機械的特性、鏡面反射率、耐食性、紫外線安定性、屋外気候に対する耐性は、長い動作期間にわたる材料の漸進的劣化に寄与する要因のうちの一部である。」

エ 「【0051】
いくつかの実施形態では、多層光学積層体は、高反射率(>90%)のスペクトル領域、及び高透過率(>90%)の他のスペクトル領域を有することができる。いくつかの実施形態では、多層光学積層体によって、太陽スペクトルの一部にわたる高い光反射率、低い拡散反射率、低い黄変、良好な耐候性、良好な磨耗、良好な擦傷、並びに、取り扱い及びクリーニング中の亀裂抵抗、及び他の層(例えば、基材として使用される場合のフィルムの一方又は双方の主面に適用される他の(コ)ポリマー層)に対する良好な接着が得られる。」

オ 「【0058】
別の実施形態では、380〜750nmの法線から60度での平均反射率は、すぐ前に記載された実施形態よりも低い値であってもよいが、なお50%を超えるか、又は60%を超えてもよい。例えば、適切に着色された暗基材(潜在的に光吸収性又はわずかに散乱性)を、フィルムと秘匿される物体との間に配置することができる。反射率がより低い(例えば、50%又は60%又は70%)実施形態では、鏡面反射による秘匿を最大にするために暗い背景の上にフィルムを配置することができる。
【0059】
接着剤層
接着剤層は任意選択である。存在する場合、接着剤層は多層構造体を基材に接着させる。いくつかの実施形態では、接着剤は感圧性接着剤である。本明細書で使用されるとき、用語「感圧性接着剤」とは、強力かつ持続的な粘着力、指圧以下での基材への接着性、及び基材から除去可能となるために十分な凝集力を示す接着剤を意味する。例示的な感圧性接着剤としては、国際公開第2009/146227号(Josephら)で説明されるものが挙げられ、これは参照により本明細書に組み込まれる。少なくとも1つの実施形態では、接着剤層は不均一な厚さを有することができる。この不均一な厚さは、多層フィルム全体に有益なヘイズ(拡散反射率)及び鏡面反射特性を生じる可能性があるわずかなうねりをもたせ、更に、接着剤コーティングされたフィルムを基材に積層したときに空気が逃げるための経路も提供し得る。
【0060】
適用を容易にするために、不均一接着剤層は、3M ControlTac及び3M Comply接着剤(3M Companyから入手可能)に具体化されるようなエアブリードチャネル及びスタンドオフを含み得る。」

カ 「【0073】
所定のフィルムで生じる「黄変」の量、したがって劣化を定量化するために、フィルムによる光の反射を測定し、次いで、周知のCIE L*a*b*色空間における反射光の色を計算することができる。この測定を直接行うことができる計測器がいくつかある。b*値は黄色度の一般的な指標であり、高い正の値は黄色度の増加を表す。この用途では、この方法をフィルムから反射する光の黄色度の基準として使用していることを明確にするために、「b*黄色度指数」と呼ぶ。しかし、述べたように、フィルムはまた、非常に耐候性を有する。多層光学フィルムのb*黄色度指数は、確かに15未満の値を示すが、12未満の値を示さなければならず、以前に風化に曝されていないフィルム(即ち、「未露光」)に対するISO 4892−2:2013 Cycle 4耐候性試験(水スプレーを含まない)の12,750時間後に8未満の値を示すことがある。ISO 4892−2:2013 Cycle 4耐候性試験には、試料をキセノンアーク光に暴露し、材料が実際の最終用途環境で昼光に暴露されたときに生じる風化効果を再現する方法を伴っている。本明細書に記載される例示的な多層光学フィルムのb*黄色度指数は、最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4耐候性試験(水スプレーを含まない)の12,750時間後までに、一般に、3未満だけ、又は潜在的に2未満だけ変化する(例えば、増加する)。記載された明細書及び特許請求の範囲において参照されるb*値について、このb*値は、10度の観測角度及びD65光源を想定している。明確にするために、本出願の明細書又は特許請求の範囲におけるISO 4892−2:2013 Cycle 4耐候試験の参照は、水スプレーを含まないサイクルを参照するものと理解しなければならない。
【0074】
最も効果的に性能を発揮するために、本明細書の多層ポリマー光学フィルムは、可視スペクトルにおいて非常に高い光反射率(例えば、90%又は95%を超える)を有し得ることもまた理解されるであろう。あるいは、本明細書の多層ポリマー光学フィルムは、より低い反射率(例えば、50%を超えるか、又は60%を超える)を有してもよいが、フィルムを透過した光を吸収するか又は入射光をわずかに散乱させて観察者に向けて反射する適切なRF、ミリ波、又はマイクロ波の透過基材をフィルムの後ろに配置してもよく(ポリマーフィルムを通して再び光を指向させる)、最終的にフィルムによって反射されて観察者に到達した光は、適切な拡散反射率及び鏡面反射率の値を示す。本発明の実施形態の多層光学フィルムは、80%を超えるか、又は潜在的に85%を超えるか、又は更に90%を超える鏡面反射率を有することができる。本発明の実施形態の多層ポリマー光学フィルム構造についての適切な拡散反射率値は、20%未満又は15%未満、又は10%未満、又は5%未満、又は潜在的には3%未満の拡散反射率であり得る。増大された鏡面反射率は反射像のより鮮明でより正確な描写を可能にすることができ、低い拡散反射率と高角度散乱の低いランバート成分によって、反射された画像の「白色化」がないようにすることができるので、適切な拡散反射率及び鏡面反射率の値は重要なものとなる。しかし、いくつかの実施形態では、鏡面反射率のわずかな不完全さは、観察者に焦点を合わせさせることを望まない反射画像(例えばフィルムがまわりに配置されている物体の縁部)の「軟化」を可能にすることができるので、鏡面反射率の値が80%を超えても100%に近づかないようにすることが望ましい場合がある。更に、鏡面反射と小さな拡散反射との間の工学的なバランスは、直射日光反射の強度をかなり低下させることができる。
【0075】
反射フィルムの耐候性の別の重要な尺度は、過酷な条件に曝された後の鏡面反射率であり、これによって、フィルムの光散乱特性の尺度が本質的に得られる。鏡面反射率は、表面からの反射光の総量に対する反射光の鏡面反射成分の量の比である。鏡面反射率は、Solar Paces”Method to Evaluate the Solar Reflectance Properties of Reflector Materials for Concentrating Solar Power Technology.”Version 2.5,June 2013に見られるような公知の方法を用いて測定することができる。反射光の鏡面反射成分は、反射の法則で定義されているような鏡面方向の20ミリラジアン以内に包含される部分である。本明細書に記載される多層ポリマー光学フィルム構造は、広範な耐候試験後でもなお優れた鏡面反射率を呈する。具体的には、本明細書の多層ポリマー光学フィルムによって反射される660nmにおける光の鏡面反射率は、多層光学フィルムの任意の耐候試験前の鏡面反射率とその最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順(水スプレーを含まない)の12,750時間後までを比較すると、10%未満、5.0%未満、1.0%未満、又は0.5%未満だけ、減少する。
【0076】
本発明の他の態様では、鏡面反射率は可能な限り100%に近い値に維持することができる。これらの態様では、巨視的な長さスケールを有するテクスチャを用いてフィルムの表面を構造化することが好ましい場合がある。この場合、反射光は鏡面のままであるが、フィルム表面の変化するトポグラフィのために不均一な方向に向け直される。
【0077】
不均一な鏡面反射は、拡散反射と比較して理解しなければならない。高レベルの拡散反射は、物体の反射された外観をより白くさせる傾向があり、即ち反射された画像の彩度は急速に失われ、巨視的なテクスチャによって提供される鏡面反射は主として色保存性がある。適切な巨視的テクスチャでは、反射された色は保存され、反射された形状は維持されない。この構成によれば、色保持が通常は重要である一方、形状保持は望ましくないことがしばしばあるため、秘匿において大きな利点となり得る。更に、かかる構造は、直射日光反射の強度を低減するのに有用であり得る。
【0078】
驚くべきことに、研究者は、100%に近い鏡面反射(少なくとも約85%、少なくとも約90%、及び、いくつかの態様では少なくとも約95%)が維持されて、多層光学フィルムが低振幅の巨視的なパターンで構成されているときに、多くの場合、効果的な秘匿が起こることを見出した。かかるパターンは、真空成形の助けを借りて機械的に、熱的に、あるいは、例えば積層構造を含むフィルムに永久パターンを生成する任意のかかる技術を用いて、エンボス加工することができる。本出願では、「エンボシング(embossing)」又は「エンボス(embossed)」という言葉は、フィルムからの鏡面反射がその元の平面から歪められるあらゆるプロセスを意味するものと理解される。例えば、これには、反射歪み及び屈折歪みが含まれる。1次元又は2次元のパターンが可能であり、2次元パターンが好ましい。個々の構造の寸法の少なくとも1つに関する許容可能なサイズ範囲は約1mm〜約20mmであり、好ましいサイズは約3mm〜約10mmの範囲である。この範囲よりも小さい構造は、拡散反射体として挙動し始める傾向があり得る。この範囲よりも大きい構造は、反射像を適切に歪ませるにはあまりにも多くの振幅を必要とする可能性がある。2つ以上の構造サイズか、あるいは、許容サイズ範囲内の構造の連続範囲を有することは、許容される。いくつかの実施形態では、フィルム構造の全ての層が同じパターンで同時にエンボス加工される。他の実施形態では、接着剤層又は保護層のみがエンボス加工される。」

キ 「【0084】
いくつかの実施形態では、設計された拡散反射は、光路内にある構造の一部に微粒子を加えることによって誘導され得る。したがって、例えば、かかる微粒子は、ハードコートに添加されてもよく、又はハードコートの上又は下に別個のコーティングとして塗布されてもよい。」

ク 「【0090】
いくつかの態様では、物体を部分的又は全体的に秘匿する覆いとして、多層光学フィルムを使用してもよい。秘匿された物体が熱を発生する場合(例えば、内蔵無線送信機を備えたスモールセルアンテナの場合など)、覆いの存在は過度の熱蓄積を招く恐れがある。かかる場合、フィルムはスリットなどの複数の間隙を含むことができ、あるいは、フィルムは、スモールセルのアンテナを通る空気循環を大きく改善する開口を穿孔することができ、それによって、熱蓄積を許容可能なレベルに低減する。いくつかの態様では、スリット又は穿孔のパターンは、閉領域と開領域の比が約70:30以下であり得、他の態様では、スリット又は穿孔のパターンは、閉領域と開領域の比が約50:50である。
【0091】
本明細書に記載されるシステムは、フィルムの秘匿特性の利益が実現される限り(即ち、周囲の反射率が要素を秘匿するのに有効である場合)、通信要素が配置され得る任意の適切な位置に配置され得る。例えば、本システムは、建物の上部若しくは側面、ライトポール若しくは電柱、又は特定の実施形態では、天井若しくは内壁、のいずれかに配置することができる。例えば、システムが屋外にあり、観察者の上に位置する場合、反射される周囲光は空から到来する。この例では、システムを見ている観察者は、空の反射像を見ることになり、システムの視認性が低下し、空からの背景光と混じり合っているように見える。
【0092】
別の態様では、本明細書は、通信要素を秘匿する方法に関する。この方法は、通信要素を反射性の多層光学フィルムで少なくとも部分的に囲み、多層光学フィルムが通信要素を観察者から秘匿し、かつ、周囲光を観察者に向けて反射することを含んでいる。特定の態様では、反射性の多層光学フィルムは、周囲温度で通信要素のまわりに設置されるように構成される。多層光学フィルムは、UV安定保護層を含むことができ、20%未満の拡散反射率及び80%を超える鏡面反射率を有することができる。一実施形態では、通信要素は、空の背景を反射することによって秘匿される。一実施形態では、通信要素は、スモールセルアンテナ又はマクロセルアンテナなどのアンテナであってもよい。別の態様では、本方法は、通信要素を提供するステップを含むことができる。」

ケ 図1


(2)本件発明の技術的意義の認定
前記(1)の記載によれば、本件発明の技術的意義は、以下のア〜エのとおりと認められる。

ア 技術分野
本件発明は、秘匿された通信要素を有するシステム、及び通信要素を秘匿する方法に関する。(【0001】)

イ 本件発明が解決しようとする課題
本件発明が解決しようとする課題として、以下の(ア)及び(イ)に示す2つが認められる。

(ア)美観の改善(課題1)
本件発明が解決すべき課題は、建物の屋上に配備されたマクロサイトの外観、屋内又は屋外に配備されている追加のスモールセルインフラストラクチャの外観、及び他の通信要素に関連する美観の改善を促進することである。(【0002】、【0003】)
以下では、上記課題を「課題1」という。

(イ)耐久性(課題2)
本件発明が解決すべき別の課題は、本件発明に使用されるポリマーフィルムが、屋外のような過酷な環境条件に曝されたときに長期間(例えば、20年)の耐久性を実現することである。(【0017】)
以下では、上記課題を「課題2」という。

ウ 課題解決手段
課題1及び課題2のそれぞれに対応する課題解決手段は、以下の(ア)及び(イ)のとおりと認められる。

(ア)課題1(美観の改善)の解決手段(秘匿)
本件明細書には、「スモールセル、屋上に取り付けられたマクロアンテナ及び機器、並びに、他の一般的に設置された電気通信要素は、取り付け場所近くの通行人にとって、潜在的に美観上少しも満足できるものではないという問題が生じる。したがって、スモールセル(及び他のタイプの通信機器)を傍観者から、よりうまく秘匿する必要がある。本明細書では、かかる解決策が得られる。」(【0015】)との記載がある。該記載によれば、本件発明は、マクロサイト及びスモールセルの電気通信要素を秘匿することにより、課題1を解決するものと認められる。
より具体的には、課題1を解決するために、本件発明1〜14は、通信要素と、通信要素を少なくとも部分的に囲み、視界からそれを秘匿する形状に形成された多層ポリマー光学フィルムと、を備え、この多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を有する(【0004】)。
また、課題1を解決するために、本件発明2〜7及び10〜14は、第1ポリマー層は複屈折材料を含み、第2ポリマー層はフルオロポリマーと混合されたアクリル系ポリマー又はアクリル含有コポリマーのうちの1つを含む。(【0004】)
また、課題1を解決するために、本件発明15は、屋外通信要素を反射性の多層光学フィルムで少なくとも部分的に囲み、多層光学フィルムが通信要素を観察者から秘匿し、かつ、周囲光を観察者に向けて反射することを含み、多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含んでいる。(【0008】)

(イ)課題2(耐久性)の解決手段(耐候試験)
課題2を解決するために、本件発明3〜7及び10〜14に用いられる多層ポリマー光学フィルムは、それにより反射される660nmにおける光の鏡面反射率が、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、10%未満だけ減少する。(【0005】、【0075】)
また、課題2を解決するために、本件発明4〜7及び10〜14に用いられる多層ポリマー光学フィルムのb*黄色度指数は、その最初の暴露からISO 4892−2:2013 Cycle 4の耐候試験手順の12,750時間後までに、3未満だけ変化する。(【0006】、【0073】)

エ 作用効果
本件発明は、以下の(ア)〜(ウ)の効果を奏すると認められる。

(ア)通信要素の秘匿(美観の改善)の効果
a 前記ウ(ア)によれば、本件発明は、周囲光を観察者に向けて反射することで通信要素を秘匿する効果を奏すると認められる。
この効果は、反射光と空からの背景光が混じり合って見える(【0091】、【0092】)作用により得られると認められる。

b 上記に関連して、本件明細書の【0074】の記載によれば、「最も効果的に性能を発揮する」多層ポリマー光学フィルムにとって、「適切な拡散反射率及び鏡面反射率の値は重要」であり、特に、鏡面反射に加えて「鏡面反射率のわずかな不完全さ」すなわち多少の拡散反射率があることによって、周囲の物体の縁部のように観察者に焦点を合わされることを望まない反射画像を軟化させ、直射日光の強度を低下させることができると認められる。
本件明細書の「多層光学積層体によって、太陽スペクトルの一部にわたる高い光反射率、低い拡散反射率…(中略)…が得られる。」(【0051】)との記載によれば、鏡面反射及び拡散反射率が多層光学積層体によってもたらされると認められる。
特に、拡散反射は、不均一な接着剤層(【0059】、【0060】)、ハードコートに添加された微粒子(【0084】)、ハードコートの上若しくは下にコーティングされた微粒子(【0084】)、又は、巨視的な長さスケールを有するテクスチャ(【0076】)すなわち低振幅の巨視的なパターン(【0078】)によっても得られると認められる。
したがって、本件発明6〜14は、周囲の物体の縁部の反射画像を軟化させ、直射日光の強度を低下させる効果を奏すると認められる。

c また、適切に着色されて潜在的に光吸収性を有する暗基材を、フィルムと秘匿すべき物体との間に配置することにより、反射率がより低い(50%〜70%)の実施形態でも鏡面反射による秘匿を最大にできる(【0058】)。
したがって、本件発明11は、鏡面反射率を低くしつつも、秘匿を最大化するという効果を奏する。

(イ)耐久性を有するとの効果
前記ウ(イ)によれば、本件発明3〜7及び10〜14は、耐久性を有するとの効果を奏すると認められる。

(ウ)熱蓄積低減の効果
秘匿された物体が熱を発生する場合、フィルムに空気循環を改善する開口を穿孔すること(例えば、閉領域と開領域の比が約70:30)で、熱蓄積を低減することができる(【0090】)。
したがって、本件発明14は、熱蓄積を低減する効果を奏すると認められる。

3 申立理由4(明確性要件)についての判断
申立人は、請求項6、7、10〜14に係る発明は明確でないことを理由に特許異議の申立てをしているので、これらの請求項の明確性について、以下、判断する。

(1)請求項6の明確性
請求項6は「前記接着剤層は不均一な厚さを有する、請求項5に記載のシステム。」と記載されており、接着剤層の厚さが不均一であること、すなわち、接着剤層の厚さが一定ではないことを明確に記載したものであって、請求項6のその他の部分にも不明確なところはない。

申立人は、「不均一な厚さ」が具体的にどの程度の厚みムラがある状態を示すのか明確ではなく、関連する本件明細書【0059】を参照しても、「有益なヘイズ」がどの程度のヘイズをもって「有益」といえるのか、「鏡面反射特性を生じる可能性がある」という「可能性」とはどの程度であるのか、「わずかなうねり」とはどの程度の「うねり」をもって「わずか」といえるのかが極めて不明確であるから、請求項6及びそれを引用する請求項10〜14は明確ではない旨、主張する。(申立書53頁)
しかしながら、請求項6の「前記接着剤層は不均一な厚さを有する」との部分は、文言どおり、接着剤層の厚さが不均一であることを規定するのみであり、その具体的な厚みムラ、ヘイズの程度、鏡面反射特性を生じる可能性、うねりの程度等を限定するものではない。
加えて、本件発明の技術的意義に鑑みれば、接着剤層の厚みは、周囲の物体の縁部の反射画像を軟化させ、直射日光の強度を低下させて、反射光と空からの背景光が混じり合って見えるように設定すれば良いことは明らかである(前記2(2)エ(ア))。
よって、申立人の主張は採用できない。

(2)請求項7の明確性
請求項7の記載は「前記不均一な接着剤層は、エアブリードチャネル及びスタンドオフを更に含む、請求項6に記載のシステム。」であり、「エアブリードチャネル及びスタンドオフ」は、本件明細書に記載された「3M ControlTac及び3M Comply接着剤(3M Companyから入手可能)に具体化されるようなエアブリードチャネル及びスタンドオフ」(【0060】)のことを指すことが明確である。
また、請求項7のその他の部分にも不明確なところはない。

申立人は、本件明細書の開示内容では、いかに当業者であっても、「3M ControlTac及び3M Comply接着剤に具体化されるようなエアブリードチャネル及びスタンドオフ」がどのようなものを指すのかが明確ではない旨、主張する。(申立書54頁)
しかしながら、例えば以下のURL(令和4年1月23日に合議体により検索)には、「3MTM コントロールタックTM コンプライTM フィルム 180シリーズ」(以下、「180シリーズ」と略す。)について記載されており、180シリーズの粘着面には細かな格子状のエア抜け溝が設けられていることが、以下の図とともに記載されている。
URL https://www.decoratech.co.jp/products/00025/

本件明細書【0060】に記載された「3M ControlTac及び3M Comply接着剤」の一例は、180シリーズを構成する粘着剤層であると理解され、このような製品が存在する以上、【0060】及び請求項7の「エアブリードチャネル及びスタンドオフ」は当業者にとって明確であるといえる。(180シリーズの粘着剤層に設けられた「エア抜き溝」が本件発明7の「エアブリードチャネル」(air bleed channels)の具体例であり、「エア抜き溝」によって複数の区画に分割されたそれぞれの粘着剤層が本件発明7の「スタンドオフ」(standoffs)の具体例であると理解される。)
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)請求項13の明確性
請求項13の記載は、「前記多層ポリマー光学フィルムの表面がテクスチャにより構造化される、請求項1〜12のいずれか一項に記載のシステム。」である。
前記「多層ポリマー光学フィルムの表面がテクスチャにより構造化される」ことの一例は、本件明細書の「巨視的な長さスケールを有するテクスチャを用いてフィルムの表面を構造化する」(【0076】)ことであると解され、該「巨視的な長さスケールを有するテクスチャ」は、「巨視的なテクスチャ」(【0077】)としてさらに説明さており、前記「巨視的な長さスケールを有するテクスチャ」は、「低振幅の巨視的なパターン」(【0078】)と言い換えられてさらに説明されていると解される。
そして、【0078】の記載によれば、「低振幅の巨視的なパターン」は、エンボス加工により得られ、1次元又は2次元のパターンであって、個々の構造の寸法は、約1mm〜約20mmであるとされている。
したがって、請求項13の「多層ポリマー光学フィルムの表面がテクスチャにより構造化される」ことは、例えば、多層ポリマー光学フィルムの表面にエンボス加工によって1次元又は2次元のパターンを構成し、そのパターンの寸法が約1mm〜約20mmとなるようにすることであると解され、このようなパターンをエンボス加工によって施すことを「構造化される」と称していると解され、不明確な点はない。
また、請求項13のその他の部分にも不明確なところはない。

申立人は、請求項13に関して、本件明細書には【0076】の開示があるのみで、いかに当業者であっても「テクスチャにより構造化される」が具体的にどのような加工を指すのかが明確ではない旨、主張する(申立書54頁)
しかしながら、前記のとおりであるから、申立人の主張は採用できない。

(4)請求項10〜14について
請求項6を引用する請求項7及び10〜14については、前記(1)と同様であり、請求項7を引用する請求項10〜14については、前記(2)と同様であり、請求項13を引用する請求項14については、前記(3)と同様であって、これらの請求項のその他の部分に不明確なところはないから、これらの請求項は明確である。

(5)小括
前記(1)〜(4)のとおり、請求項6、7及び10〜14の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるから、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしており、申立理由4には理由がない。

4 申立理由3(サポート要件)についての判断
申立人は、請求項1〜15に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものではないことを理由に特許異議の申立てをしているので、これらの請求項のサポート要件について、以下、判断する。

(1)請求項1〜15のサポート要件についての判断
本件の請求項1〜15の記載内容は、対応する記載が本件の発明の詳細な説明に存在し、発明の詳細な説明に記載したものと認められる。

(2)申立人の主張について
申立人の主張について、以下、判断する。

ア 申立人の主張の概要
申立人は、請求項1の「記多層ポリマー光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、」(分説1D)との記載に関し、次のように主張する。

本件発明1は、多層ポリマー光学フィルムが「2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備える」ことが特定されるのみである。
傍観者から秘匿するとの課題を解決するためには、少なくとも可視光の反射率を極めて高くする必要があり、換言すれば、通信機器等の内部を外部から視認できる場合には、それはもはや「秘匿」されているとはいえないところ、「秘匿」できるほどの干渉反射を発現するには、多層ポリマー光学フィルムを構成する2種類の受信の面内方向の屈折率に差があることが必要あり、また、仮に面内方向の屈折率に差があったとしても、化学構造の大きく異なる樹脂であれば層間密着性が劣ることとなり、傍観者から内部を秘匿することができないことは自明である。
そうすると、本件発明1は、傍観者から内部を秘匿することができず、課題を解決し得ないような樹脂の組み合わせからなる発明も含まれている。
本件発明1に従属する本件発明2〜14に関しても同様である。
分説1Dと同様の分説15Dを発明特定事項とする本件発明15に関しても同様である。

イ 申立人の主張に対する判断
本件発明の目的は、通信機器等の美観の改善(前記2(2)イ(ア)、課題1)であり、課題1を解決するために、通信機器等を秘匿するもの(前記2(2)ウ(ア))である。
加えて、本件発明1の分説1E及び1Fには、「前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し」、「これにより、前記システムそのものの視認性を低下させる」とあり、該「システム」は通信機器等を包含することが明らかであるから、本件発明1は通信機器等の視認性を低下させて秘匿するものである。
そうすると、本件発明1のサポート要件を判断するにあたり、分説1Dのみを取り出して判断するのは妥当とはいえず、分説1Dに加えて本件発明の技術的意義(特に課題1)並びに分説1E及び1Fをも考慮して、本件発明1は、通信機器の秘匿(通信機器の視認性の低下)ができないものは包含しないと解釈するのが妥当である。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)小括
前記(1)及び(2)のとおり、本件発明1〜15は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしており、申立理由3には理由がない。

5 申立理由1及び2(新規性及び進歩性)についての判断
申立人は、甲1に記載された発明から、本件発明1、3、4、11、12及び15の新規性が否定され、さらに、本件発明1〜5、8、10〜13及び15の進歩性が否定されることを理由に特許異議の申立てをしているので、これらの請求項の新規性及び進歩性について、以下、判断する。

(1)甲1の記載
甲1には以下の記載がある。なお、下線は強調のために当審で付した。

ア 「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶表示パネルを備えた電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電子機器としての腕時計や携帯電話機等には、機器ケース内に時刻等の各種の情報を表示する液晶表示パネルが設けられている。
また、これらの電子機器として、光や電波等の電磁波を用いて外部通信機器に情報を送信したり外部通信機器から送信された情報を受信するための通信素子や無線モジュールを備えたものが知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記特許文献1等の場合、通信素子や無線モジュールによる情報の送信や受信を感度良く行うためには、当該通信素子や無線モジュールの外光入射側に電磁波の送受信の障害となる金属製部材が配置されないようにすることが好ましい。具体的には、例えば、アルミニウムや銀等を有してなる反射板を備える液晶表示パネルと通信素子等とが外光入射側から見て重ならないように、電子機器の厚さ方向に直交する方向に並設されることが好ましい。
しかしながら、液晶表示パネルが通信素子等と重ならないように配設される場合、液晶表示パネルの配置が制約を受けて当該液晶表示パネルの表示領域を十分に確保することができなくなってしまうといった問題がある。
また、かかる場合に、通信素子等が通信感度を向上させる上でその表面を機器ケースの外光入射側に臨ませるように配設されると、当該通信素子等の表面が外光入射側に露出された状態となることから、電子機器の美的外観を損ねてしまうといった問題が生じる虞もある。
【0004】
そこで、本発明の課題は、液晶表示パネルの表示領域を十分に確保することができるとともに、美的外観に優れる電子機器を提供することである。」

イ 「【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明について、図面を用いて具体的な態様を説明する。ただし、発明の範囲は、図示例に限定されない。
【0022】
[実施形態1]
図1は、本発明を適用した実施形態1の電子機器として例示する腕時計を示す平面図で
あり、図2は、図1のII−II線における要部の拡大断面図である。また、図3は、腕時計に備わる液晶表示パネルとアンテナの配置状態を模式的に示した図である。
【0023】
図1〜図3に示すように、実施形態1の腕時計100には、時計計時部1を内部に収納する機器ケースとしての時計ケース2が備えられている。
時計ケース2の上部中央には時計ガラス3が装着され、また、時計ケース2の下面には、防水リング4を介して裏蓋5が取り付けられている。さらに、時計ケース2の外周部には、当該腕時計100の各種機能の実行を指示するスイッチ6、…が設けられている。
また、図2に示すように、時計ケース2の時計計時部1を挟んだ両端部、即ち、時計ケース2の当該腕時計100における12時方向側及び6時方向側の端部には、バンド軸71を介して時計バンド7が設けられている。
【0024】
なお、時計ケース2は、当該腕時計100を美的外観に優れたものとする上で、金属製とすることが好ましい。
【0025】
時計計時部1は、図2に示すように、デジタル表示機能を備える液晶表示パネル8が配設された上部ハウジング1Aと、この上部ハウジング1Aよりも外光入射側(図2における上側)と反対側(図2における下側)に配設された下部ハウジング1Bとを備えている。
下部ハウジング1Bには、当該腕時計100が各種動作を行うための電源として用いられる電池10が配設されている。また、下部ハウジング1Bと上部ハウジング1Aとの間には、液晶表示パネル8とインターコネクター11を介して接続された回路基板12が配置されている。
上部ハウジング1Aには、液晶表示パネル8、アンテナ(通信素子)9が外光入射側から順に配置されている。
【0026】
アンテナ9は、例えば、上部ハウジング1A内の12時方向側の端部よりの位置に配設され、所定の接続線91を介して回路基板12に電気的に接続されている。
また、アンテナ9は、例えば、電波信号により情報の送信及び受信のうちの少なくとも何れか一方を行うものである。具体的には、例えば、アンテナ9は、電波時計用のものであっても良いし、RF−ID(Radio Frequency Identification)システムを構成するデータキャリアモジュール用のものであっても良い。
【0027】
液晶表示パネル8は、上部ハウジング1Aの上端部に、時計ガラス3に対向させるようにして取り付けられている。
この液晶表示パネル8は、第一の光透過基板81とこの第一の光透過基板81の外光入射側と反対側に配設された第二の光透過基板82との間に液晶が設けられ、第一の光透過基板81の外光入射側の面に配設された上偏光板(第一の偏光部材)83と、第二の光透過基板82の外光入射側と反対側の面に配設された反射型偏光フィルム(第二の偏光部材)84と、反射型偏光フィルム84の外光入射側と反対側の面に貼設されたシート85とを備えている。
【0028】
第一の光透過基板81と第二の光透過基板82には、それぞれ透明電極(図示略)が配設され、これら透明電極は、インターコネクター11を介して回路基板12に接続されている。
上偏光板83は、その透過軸方向(偏光方向)にほぼ平行する方向の振動面をもつ直線偏光を透過し、透過軸方向とほぼ直交する方向の振動面をもつ直線偏光を吸収するものである。
【0029】
反射型偏光フィルム84は、アンテナ9により送信又は受信される波長の電波を透過するとともに、当該反射型偏光フィルム84の透過軸方向に対してほぼ平行な振動面をもつ直線偏光を透過し、透過軸方向とほぼ直交する振動面をもつ直線偏光を反射するものである。
具体的には、反射型偏光フィルム84は、例えば、ポリエステル系樹脂やアクリル系樹脂等からなる2種類の薄層が交互に積層され、さらに、これら複数の薄層は、透過軸方向の屈折率は等しく、且つ、透過軸方向と直交する方向の屈折率は異なるように設定されたフィルムである。
また、反射型偏光フィルム84は、その透過軸方向とほぼ直交する振動面をもつ直線偏光のうち、可視光域(例えば、420〜800[nm])の波長の光を反射するようになっている。即ち、反射型偏光フィルム84の複数の薄層は、隣合う2種類の薄層を一組とし、各組を構成する各薄層の厚さが可視光の所定の波長(λ)の1/4となる程度に設定され、さらに、各組が可視光域の異なる波長の光に対応して構成されている。これによって、反射型偏光フィルム84の隣合う所定の薄層どうしの境界面により、可視光域の所定の波長の光を反射することができることとなって、例えば、当該反射型偏光フィルム84の複数の薄層全体により、可視光域の全ての波長の光を反射することができるようになっている。
【0030】
シート85は、反射型偏光フィルム84の略全面を外光入射側と反対側から覆うように貼り付けられ、当該液晶表示パネル8のデジタル表示のコントラストを向上させる上では濃い色を有するものが好ましい。
なお、シート85の色の濃淡は、液晶表示パネル8のデジタル表示の設定されるコントラストに応じて適宜変更することができる。
【0031】
上記構成の液晶表示パネル8は、第一の光透過基板81及び第二の光透過基板82の透明電極間に電圧が印加されていない状態において、反射型偏光フィルム84にて可視光を全て反射することでその表面が鏡面のような状態となって金属感を備えさせることができ、一方、電圧を印加した状態において、可視光が反射型偏光フィルム84を透過してシート85にて反射されることで時刻等の各種の情報を所定の色(シート85の色)で表示することができるようになっている。
また、所定の外部通信機器から送信される電波信号は、当該液晶表示パネル8を透過してアンテナ9まで達することとなる一方で、アンテナ9から送信される電波信号は液晶表示パネル8を透過して当該腕時計100の外部に出力されることとなる。
【0032】
以上のように、実施形態1の腕時計100によれば、液晶表示パネル8に備わる反射型偏光フィルム84は、アンテナ9により送信又は受信される電波信号を透過するので、アンテナ9を液晶表示パネル8よりも外光入射側と反対側に配設しても、アンテナ9による電波信号の通信感度の低下がなくなり、時計ケース2を金属製としてもアンテナ9を用いて電波信号の送信又は受信を適正に行うことができる。従って、反射型偏光フィルム84を備える液晶表示パネル8の表示領域を十分に確保することができる。
また、反射型偏光フィルム84は、可視光域の全ての波長の光を反射させることができるので、当該腕時計100に金属感を備えさせて高級感を向上させることができる。さらに、反射型偏光フィルム84によってアンテナ9が時計ケース2の外光入射側からは見えないこととなって、腕時計100を美的外観に優れたものとすることができる。」

ウ 「【0076】
さらに、上記実施形態1〜7では、電子機器として腕時計100〜500及び携帯電話機600、700を例示したが、これに限られるものではなく、電磁波を用いて情報の送信及び受信のうちの少なくとも何れか一方を行う通信素子を備える電子機器であれば如何なるものであっても良い。」

エ 図1


オ 図2


(2)甲1発明の認定
前記(1)の記載によれば、甲1には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。なお、後の参照の便宜のため、甲1発明をa〜kに分説する。

「a 電波を用いて外部通信機器に情報を送信したり外部通信機器から送信された情報を受信するための通信素子を備える従来の腕時計等は、通信素子がその表面を機器ケースの外光入射側に臨ませるように配設されると、当該通信素子の表面が外光入射側に露出された状態となることから、電子機器の美的外観を損ねてしまうといった問題が生じるところ、当該問題を解決する美的外観に優れる電子機器としての腕時計であって(【0002】〜【0004】、【0022】)、
b 腕時計100は、時計計時部1を内部に収納する時計ケース2を備え、時計ケース2の上部中央には時計ガラス3が装着され(【0023】)、
c 時計計時部1は、液晶表示パネル8が配設された上部ハウジング1Aと、下部ハウジング1Bとを備え、液晶表示パネル8は、上部ハウジング1Aの上端部に、時計ガラス3に対向させるようにして取り付けられ(【0025】、【0027】)、
d 上部ハウジング1Aには、液晶表示パネル8、アンテナ(通信素子)9が外光入射側から順に配置され(【0025】)、
e アンテナ9は、電波時計用のものであり(【0026】)、
f 液晶表示パネル8は、第一の光透過基板81とこの第一の光透過基板81の外光入射側と反対側に配設された第二の光透過基板82との間に液晶が設けられ、第一の光透過基板81の外光入射側の面に配設された上偏光板83と、第二の光透過基板82の外光入射側と反対側の面に配設された反射型偏光フィルム84と、反射型偏光フィルム84の外光入射側と反対側の面に貼設されたシート85とを備え(【0027】)、
g 反射型偏光フィルム84は、ポリエステル系樹脂やアクリル系樹脂等からなる2種類の薄層が交互に積層され、(【0029】)、
h 液晶表示パネル8は、
h1 第一の光透過基板81及び第二の光透過基板82の透明電極間に電圧が印加されていない状態において、反射型偏光フィルム84にて可視光を全て反射することでその表面が鏡面のような状態となって金属感を備えさせることができ、
h2 一方、電圧を印加した状態において、可視光が反射型偏光フィルム84を透過してシート85にて反射されることで時刻等の各種の情報をシート85の色で表示することができ(【0031】)、
i 反射型偏光フィルム84は、可視光域の全ての波長の光を反射させることができるので、当該腕時計100に金属感を備えさせて高級感を向上させることができ、さらに、反射型偏光フィルム84によってアンテナ9が時計ケース2の外光入射側からは見えないこととなり(【0032】)、
j 所定の外部通信機器から送信される電波信号は、当該液晶表示パネル8を透過してアンテナ9まで達することとなる一方で、アンテナ9から送信される電波信号は液晶表示パネル8を透過して当該腕時計100の外部に出力されることとなる(【0031】)、
k 腕時計100。」

(3)本件発明1と甲1発明との対比
甲1発明と本件発明1とを対比すると、以下のとおりである。

ア 分説1Aについての対比
本件発明1の発明特定事項1Aと甲1発明を対比するにあたり、まず、分説1Aの「屋外通信要素」の意味を以下の(ア)で明らかにし、次いで、以下の(イ)で対比する。

(ア)「屋外通信要素」の意味
前記2(2)イ(ア)に示したとおり、本件発明が解決すべき課題1は、建物の屋上に配備されたマイクロサイトの外観、屋内又は屋外に配備されている追加のスモールセルインフラストラクチャの外観、及び他の通信要素に関連する美観の改善を促進することである。
課題1に鑑みれば、分説1Aの「屋外通信要素」は、建物の屋上に配備されたマイクロサイト及び屋外に配備されている追加のスモールセルインフラストラクチャ等、「屋外に配備された」通信要素のことを意味すると解釈される。
上記解釈は、「屋外のような過酷な環境条件に曝されたときに長期間(例えば、20年)の耐久性を実現する」という課題2(前記2(2)イ(イ))、課題1に対応する効果が「反射光と空からの背景光が混じり合って見える」作用により得られること(前記2(2)エ(ア)a)、及び、「直射日光の強度を低下させる」という効果(前記2(2)エ(ア)b)とも整合する。
他方、本件明細書等には、屋外に位置する別の通信機器に対して通信を行う機器(屋内、屋外を問わず)を秘匿することについて、記載も示唆もない。
そうすると、分説1Aの「屋外通信要素」は、「屋外に配備された通信要素」の意味であって、「屋外と通信をする通信要素」の意味ではないと解釈される。

(イ)甲1発明との対比
甲1発明の「アンテナ9」は、「電波時計用のものであ」り(分説e)、「所定の外部通信機器」と電波信号を送受信する(分説j)ものである。
技術常識によれば、電波時計では標準電波を送信する無線局からの電波を受信するものであるから、この電波を受信する「アンテナ9」は屋外との通信を行う通信要素ではあるが、「アンテナ9」それ自体は腕時計100の一部であって、その位置は腕時計100を装備した人物の移動に伴って変わり、屋外に配備されたものとはいえない。
そうすると、前記(ア)で解釈した意味によれば、甲1発明の「アンテナ9」は、屋外と通信する「通信要素」ではあっても、「屋外通信要素」とはいえない。
よって、本件発明1と甲1発明とは、「通信要素」である点で共通する。

イ 分説1Bについての対比
甲1発明は、「反射型偏光フィルム84によってアンテナ9が時計ケース2の外光入射側からは見えないこととなる」(分説i)ものであって、より厳密には、「第一の光透過基板81及び第二の光透過基板82の透明電極間に電圧が印加されていない状態において、反射型偏光フィルム84にて可視光を全て反射する」もの(分説h1)であり、かつ、「電圧を印加した状態において、可視光が反射型偏光フィルム84を透過してシート85にて反射される」もの(分説h2)であるから、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「アンテナ9」を観察者の視界から秘匿する形状に形成されたものといえる。
しかし、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「アンテナ9」を囲む(「対象を中心にして、そのまわりとの境界をつくる。複数の物や人が、周囲に位置する。とりまく。」(広辞苑))ものではない。
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」はフィルムであり、「シート85」もシートであるから薄いものであることは明らかであるから、「反射型偏光フィルム84」と、その外光入射側と反対側の面に貼設された「シート85」(分説f)とは、一体として多層フィルムを成すと認められ、このフィルムが光学的な多層フィルムであることは明らかである。
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」は、「ポリエステル系樹脂やアクリル系樹脂等」からなる(分説g)ので、ポリマーフィルムであるものの、甲1発明の「シート85」の材質は不明である。
以上によれば、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、本件発明1の「非金属多層ポリマー光学フィルム」に対応するが、甲1発明の「シート85」が非金属であるか否かにおいて相違し、本件発明1と甲1発明とは、「前記通信要素を観察者の視界から秘匿する形状に形成された多層光学フィルムと、を備える」点で共通する。

ウ 分説1Cについての対比
甲1発明の「腕時計100」は、「アンテナ9」や「液晶表示パネル8」等からなるシステムといえる。
よって、本件発明1と甲1発明とは、「システム」である点で一致する。

エ 分説1Dについての対比
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」のうち、「反射型偏光フィルム84」は、「ポリエステル系樹脂やアクリル系樹脂等からなる2種類の薄層が交互に積層され」たもの(分説g)である。
よって、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」は、本件発明1の「多層光学積層体」及び「コア層」に相当し、本件発明1と甲1発明とは、「前記多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含」む点で共通する。

オ 分説1Eについての対比
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」は、「可視光を全て反射することでその表面が鏡面のような状態」となる(分説h1)から、腕時計100の周囲の像を鏡面反射することは明らかである。
よって、本件発明1と甲1発明とは、「前記多層光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射」する点で共通する。

カ 分説1Fについての対比
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、電圧が印加されていない状態では「反射型偏光フィルム84」にて可視光を全て反射し(分説h1)、電圧を印加した状態では可視光が「シート85」で反射される(分説h2)から、「アンテナ9」の視認性を低下させるものである。
しかしながら、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「腕時計100」の視認性を低下させるものではない。
よって、本件発明1と甲1発明とは、「これにより、前記システムの少なくとも一部の視認性を低下させるもの」である点で共通する。

キ 分説1Gについての対比
甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は「液晶表示パネル8」を構成するもの(分説f)であり、「液晶表示パネル8」は、電波信号を透過するものである(分説j)。しかし、「液晶表示パネル8」ひいては「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」の電波信号の具体的な透過率は明らかではない。
よって、本件発明1と甲1発明とは、「前記多層光学フィルムは、前記通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について透過率を有する」点で一致する。

ク 一致点及び相違点
前記ア〜キによれば、本件発明1と甲1発明とは、次の点で一致し、以下の相違点1〜相違点5で相違する。

〈一致点〉
通信要素と、
前記通信要素を観察者の視界から秘匿する形状に形成された多層光学フィルムと、を備える、システムであって、
前記多層光学フィルムは、2つの交互に並ぶポリマー層を含む多層光学積層体を備えるコア層を含み、
前記多層光学フィルムは、前記観察者に対して前記システムの周囲の像を鏡面反射し、これにより、前記システムの少なくとも一部の視認性を低下させるものであり、
前記多層光学フィルムは、前記通信要素が受信及び/又は送信する帯域内の無線周波数について透過率を有する、システム。

〈相違点1〉
本件発明1の通信要素は「屋外通信要素」であるのに対し、甲1発明の「アンテナ9」は、通信要素ではあっても、屋外通信要素ではない点。

〈相違点2〉
本件発明1の「非金属多層ポリマー光学フィルム」は、「前記屋外通信要素を少なくとも部分的に囲」むのに対し、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「アンテナ9」を観察者の視界から秘匿する形状に形成されてはいても、「アンテナ9」を囲むものではない点。

〈相違点3〉
本件発明1の「非金属多層ポリマー光学フィルム」は非金属であるのに対し、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「シート85」の材質が定かでないため、非金属であるか否かが不明である点。

〈相違点4〉
本件発明1の「非金属多層ポリマー光学フィルム」は「システムそのもの」の視認性を低下させるものであるのに対し、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」は、「アンテナ9」の視認性を低下させるものの、「腕時計100」そのものの視認性を低下させるものではない点。

〈相違点5〉
本件発明1の「非金属多層ポリマー光学フィルム」は無線周波数の透過率が「90%を超える」のに対し、甲1発明の「反射型偏光フィルム84」及び「シート85」の無線周波数の透過率は不明である点。

(4)相違点についての判断
事案に鑑み、相違点4について検討する。

ア 相違点4の容易想到性の判断
甲1発明の「腕時計100」そのものの視認性を低下させることは、いずれの証拠にも開示も示唆もない。
加えて、甲1発明は、「美的外観に優れる電子機器としての腕時計」(分説a)を提供することを目的としており、「当該腕時計100に金属感を備えさせて高級感を向上させる」(分説i)ものであるから、観察者に「高級感」を与えるような美的外観を視認させることを期待したものであると解され、「腕時計100」そのものの視認性を低下させることは、甲1発明の想定するところではない。
したがって、相違点4に係る本件発明1の発明特定事項1Fは、当業者といえども、容易に想到し得るものではない。
なお、甲1には「電子機器として腕時計100〜500及び携帯電話機600、700を例示したが、これに限られるものではな」い旨が記載されている(【0076】)が、これを考慮しても上記判断は左右されない。

イ 申立人の主張についての判断
申立人は、甲1発明において、可視光がすべて反射されれば、内部の視認性が低下することは自明である(申立書33頁)旨、主張する。
しかしながら、本件発明1の分説1Fは、「システムそのもの」の視認性を低下させることを規定しており、「システムの内部」の視認性を低下させることを規定するものではない。本件発明の課題解決手段が、電気通信要素を秘匿することにより課題1(美観の改善)を解決するものであること(前記2(2)ウ(ア))に鑑みれば、本件発明において、システムの内部を秘匿したからといって、美観の改善が達成できるとはいえず、分説1Fの「システムそのもの」は、少なくとも、システムの外形を含む必要があると解される。したがって、申立人の主張は、本件発明1の分説1Fの誤解に立脚したものである。
さらに、甲1発明の腕時計100そのものの視認性は、腕時計100の外形を形成する時計ケース2と、時計ガラス3から視認される液晶表示パネル8により決まるものであり、内部にあるアンテナ9等の視認性の高低は、腕時計100そのものの視認性に影響を与えない。
以上によれば、申立人の主張は採用できない。

(5)本件発明1の新規性及び進歩性についての小括
前記(1)〜(3)によれば、本件発明1と甲1発明との間には、前記(3)に示した相違点1〜相違点5が存在するため、本件発明1についての特許は特許法29条1項の規定を満たす。
また、前記(4)のとおり、少なくとも相違点4は甲1発明から容易に想到し得ないものであるから、本件発明1は当業者が甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたものではなく、本件発明1についての特許は特許法29条2項の規定を満たす。

(6)本件発明2〜14の新規性及び進歩性についての判断
請求項2〜14は、請求項1を直接的又は間接的に引用し、さらに別の発明特定事項を付加する記載を含むから、本件発明2〜14は発明特定事項1Fを含むものであって、本件発明2〜14と甲1発明との間には、少なくとも前記(3)クに示した相違点4が存在し、本件発明2〜14についての特許は特許法29条1項の規定を満たす。
また、前記(4)のとおり、少なくとも相違点4は甲1発明から容易に想到し得ないものであるから、本件発明2〜14は当業者が甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたものではなく、本件発明2〜14についての特許は特許法29条2項の規定を満たす。

(7)本件発明15の新規性及び進歩性についての判断
本件発明15は、本件発明1を方法の発明として表現したものと認められ、発明特定事項1Fと同様の発明特定事項15Fを含むから、本件発明15と甲1発明との間には、少なくとも前記(3)クに示した相違点4と同様の相違点が存在し、本件発明15についての特許は特許法29条1項の規定を満たす。
また、前記(4)のとおり、少なくとも相違点4は甲1発明から容易に想到し得ないものであるから、同様に、本件発明15は当業者が甲1発明に基づいて容易に発明をすることができたものではなく、本件発明15についての特許は特許法29条2項の規定を満たす。

第5 むすび
前記第4によれば、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2023-01-27 
出願番号 P2017-530166
審決分類 P 1 651・ 113- Y (H01Q)
P 1 651・ 537- Y (H01Q)
P 1 651・ 121- Y (H01Q)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 土居 仁士
特許庁審判官 丸山 高政
猪瀬 隆広
登録日 2022-05-06 
登録番号 7067834
権利者 スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー
発明の名称 ポリマー光学多層フィルムを含む反射構造によって秘匿される電気通信要素を有するシステム  
代理人 浅村 敬一  
代理人 野村 和歌子  
代理人 赤澤 太朗  
代理人 佃 誠玄  

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