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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A01K
管理番号 1395558
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-11-09 
確定日 2023-03-15 
事件の表示 特願2017−521985「異種移植に好適なトランスジェニックブタ」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 4月28日国際公開、WO2016/065046、平成29年12月14日国内公表、特表2017−536814〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成27年10月21日(パリ条約による優先権主張 2014年10月22日 米国)を国際出願日とする出願であって、令和2年6月29日付けで拒絶査定がなされ、これに対し同年11月9日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正がなされ、令和4年1月27日付けで当審より拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)が通知され、同年7月26日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。


第2 本願発明
本願の請求項1〜51に係る発明は、令和4年7月26日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜51に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。
「【請求項1】
少なくとも半数の細胞の核ゲノムにおいて、破壊されたα(1,3)−ガラクトシルトランスフェラーゼ(αGal)、シチジン一リン酸N−アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)およびβ1,4N−アセチルガラクトサミントランスフェラーゼ(β4GalNT2)遺伝子を含み、αGal、CMAHおよびβ4GalNT2の発現が野生型のブタと比べて減少している、ヒト移植用の細胞、組織もしくは臓器または輸血製剤を提供するためのトランスジェニックブタ。」


第3 当審拒絶理由の理由1の概要
本願発明は、本願の優先権主張の日(以下、「本願優先日」という。)前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1及び引用文献2に記載された発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用文献1:米国特許出願公開第2013/0111614号明細書
引用文献2:米国特許出願公開第2014/0115728号明細書


第4 当審の判断
1 引用文献1の記載事項
当審の拒絶の理由で引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、引用文献1は英文のため当審による翻訳文で示す。下線は当審で付与した。
(ア)この文献は、心臓異種移植片拒絶反応を減少させるための方法および材料を提供する。例えば、この文書は、ブタB4GALNT2遺伝子から産生される内因性SdaまたはSDa様抗原の発現が減少した又は発現せず、及び、ブタα1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)遺伝子から産生される内因性α-Gal抗原の発現が減少した又は発現しないトランスジェニックブタを製造するための方法及び材料、非Gal抗原(例えば、CD46、CD59、CD9、PROCRおよびANXA2)に異種移植片レシピエントの免疫応答を修飾する、心臓異種移植片の拒絶を減少させるための方法および材料、ならびに、もしあれば、異種移植拒絶反応の進行をモニターするための方法および材料を調製するための方法および材料を提供する。
この文献は、ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法を提供する。ブタ異種移植片ドナーは、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタでありうる。そのようなブタは、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如しうる。本明細書に記載の方法及び材料を、ブタから霊長類への心臓異種移植に際する免疫原性を低減するため、異種移植片の耐久性を引き延ばすために使用することができる。これは、ドナー心臓の心臓移植待機リスト上の慢性心不全患者に利益をもたらしうる。([0007]段落)
(イ)図6 ブタ(SEQ ID NO:1)、ヒト(SEQ ID NO:2)、およびマウス(SEQ ID NO:3)B4GALNT2のアミノ酸配列のアライメント。*は、アミノ酸が同一である。C末端領域で保存度合いが最も高い。影付けされた領域は、ヒトおよびマウスのタンパク質のアミノ酸配列において濃く淡く影付けされたゲノムDNAのエキソン境界間の関係の保存を強調している。([0018]段落)
(ウ)この文書は、内因性B4GALNT2およびGTヌクレオチド配列において破壊されたゲノムを有するトランスジェニックブタを提供する。ヒトおよびマウスB4GALNT2酵素はSda抗原を産生するためにα2,3シアリル化ガラクトース残基に対してβ1,4結合によるN-アセチルガラクトサミンの付加を触媒する。この酵素活性は、ブタを含むいくつかの動物種において検出されている。本明細書で同定されたブタB4GALNT2遺伝子は、ヒトおよびマウス遺伝子と相同性があり、類似の酵素活性を有すると予想される。([0033]段落)
(エ)任意の好適な方法で、内因性B4GALNT2およびGT核酸配列が破壊されたゲノムを有するブタを作製することができる。例えば、トランスジェニックブタ細胞を、核移植のために使用することができる。トランスジェニック細胞は、ノックアウト構築物を野生型ブタ細胞に導入することによって製造することができる。本明細書で使用される、ノックアウト構築物は、内因性核酸配列(すなわち、内因性ブタB4GALNT2核酸配列または内因性GT核酸配列)を破壊するように設計された核酸構築物をいう。GT核酸配列のみの破壊を含むゲノムを有するトランスジェニックブタは、商業的に入手することができ、または他の場所に記載されるように製造することができる(例えば、NottleMBら、Xenotransplantation、14(4):339-344(2007)を参照のこと)。本明細書で提供される方法および材料は、ブタの内因性B4GALNT2核酸配列における破壊のために使用することができる。破壊は内因性ブタB4GALNT2核酸配列中の多くの部位に配置することができる。([0036]段落)
(オ)内因性B4GALNT2核酸配列に破壊を有するトランスジェニック細胞は、成体または胎児の細胞のいずれかであることができ、初代細胞又は樹立された細胞株から得ることができる。例えば、トランスジェニックブタ胎児線維芽細胞は、除核卵母細胞と融合させることができる。融合させた活性化卵母細胞を、胚盤胞期まで培養し、レシピエントへ移植することができる。([0037]段落)
(カ)ヒトおよびマウスにおけるB4GALNT2タンパク質の保存されたエクソンにコード化された部分に基づいて、ブタ遺伝子は、順に約5、63、46、35、13、60、29、63、47、73および69のアミノ酸によってコードされた11個のコーディングエキソンからなる。([0056]段落、図8)

2 判断
(1)引用発明の認定
上記(1)記載事項(ア)によれば、引用文献1には、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタが記載されており、当該ブタはヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーであること、ブタは、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如しうること、SdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原は内因性のものであることが記載されている。
また、記載事項(イ)〜(カ)によれば、任意の好適な方法で、内因性B4GALNT2およびGT核酸配列が破壊されたゲノムを有するブタを作製することができること、GT核酸配列のみの破壊を含むゲノムを有するトランスジェニックブタは、商業的に入手することができること、本明細書で提供される方法および材料によりブタの内因性B4GALNT2核酸配列を破壊するトランスジェニック細胞を得ることができ、除核卵母細胞と融合させ、融合させた活性化卵母細胞を、胚盤胞期まで培養し、レシピエントへ移植することができることが記載されている。また、ブタの内因性B4GALNT2核酸配列を破壊するための標的として必要な核酸配列情報も記載されている。
したがって、引用文献1には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである、内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如する、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」(以下、引用発明という。)

(2)対比
本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)」、「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)」、「ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである」、「遺伝子破壊を含むブタ」は、本願発明における「α(1、3)−ガラクトシルトランスフェラーゼ」、「β4GalNT2」、「ヒト移植用の細胞、組織もしくは臓器または輸血製剤を提供するための」、「トランスジェニックブタ」にそれぞれ該当する。
また、当該遺伝子破壊を含むブタは、内因性の抗原を発現する能力を欠如しているから、これら抗原をコードする「α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)」、「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)」は、それぞれ核ゲノムにおいて破壊されているということができ、引用文献1記載事項(エ)(オ)に記載されたノックアウトブタの作製方法によると遺伝子を破壊した胎児線維芽細胞を除核卵母細胞と融合し、培養、レシピエントへの移植により作製されるものであるから、全ての核ゲノムにおいて遺伝子が破壊されたものであると認められる。
したがって、本願発明と引用発明は、
「少なくとも半数の細胞の核ゲノムにおいて、破壊されたα(1,3)−ガラクトシルトランスフェラーゼ(αGal)およびβ1,4N−アセチルガラクトサミントランスフェラーゼ(β4GalNT2)遺伝子を含み、αGalおよびβ4GalNT2の発現が野生型のブタと比べて減少している、ヒト移植用の細胞、組織もしくは臓器または輸血製剤を提供するためのトランスジェニックブタ。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本願発明では、トランスジェニックブタは、少なくとも半数の細胞の核ゲノムにおいて、破壊されたシチジン一リン酸N−アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)遺伝子を含み、CMAHの発現が野生型のブタと比べて減少しているのに対し、引用発明ではトランスジェニックブタは、CMAH遺伝子やその発現について特定されていない点。

(3)相違点1についての判断
引用文献2(英文のため当審による翻訳文で示す。)には、ブタ細胞は、ヒト細胞では見出されないα-1,3ガラクトシルトランスフェラーゼ(α-Gal)およびシチジンモノホスファート-N-アセチルノイラミン酸ヒドロキシラーゼ(CMAH)を発現すること、α-Gal酵素はα-Galエピトープを生じさせ、CMAHは、シアル酸N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)をN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)に変換すること、このため、ブタ組織がヒトに移植されると、これらのエピトープが、移植直後からの抗体媒介性拒絶反応を誘発すること、抗体は、組織の移植前に患者の血液中に存在しており、移植された組織への強い、即時の拒絶をもたらすこと([0009]段落)、ヒト移植レシピエントに対する臓器、組織および細胞の場合のヒト移植片物質の供給源としてα-GALおよびCMAH発現(GT/CMAH-KO)を有しない二重ノックアウト(α-GALおよびCMAH)ブタの生産の改良された、シンプルな、再現可能な、効率的な、標準化された方法が必要とされていること([0013]段落)、α-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞を用いて体細胞核移植を行い、α-GALおよびCMAHの二重ノックアウトブタが得られたこと(実施例7)、健康なヒトボランティアから得た血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応を測定したところ、GGTA1ノックアウト細胞に対してよりも二重ノックアウト細胞に結合したIgMやIgGが少ないこと(実施例11)、血清とα-GALおよびCMAHの二重ノックアウト細胞との反応、血清とα-GALノックアウト細胞との反応に基づく抗体媒介性補体依存性細胞傷害性アッセイを行ったところα-GALノックアウト、ダブルノックアウトの細胞傷害性のパーセントは、それぞれ98%および29%であったこと(実施例12)が記載されている。
以上の引用文献2の記載からすると、本願優先日前に、ヒト移植片の供給源であるブタにおいて、α-GALのノックアウトだけでなくCMAHのノックアウトによって、α-GALのみをノックアウトした場合と比較して血清中の抗体との反応性が低下し、抗体媒介性補体依存性細胞傷害が低下する効果が得られることが知られていたといえる。そうすると、α-GAL及びβ4GalNT2を遺伝子破壊(ノックアウト)させた引用発明1において、更に引用文献2に記載された上記効果を期待して、CMAHをノックアウトすることは当業者が容易になし得たものであり、引用文献2の実施例7に記載されたノックアウトブタは遺伝子を破壊した細胞を除核卵母細胞と融合して作製されたものであるから全ての核ゲノムにおいて遺伝子が破壊されたものとなると認められる。
また、本願発明が奏する効果については、本願明細書の詳細な説明の各図を参酌しても、引用文献1,2に記載された効果から予測される範囲内のものでしかなく、格別と評価することはできない。
したがって、本願発明は、引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された事項から容易に発明をすることができたものである。

(4)請求人の主張について
請求人が令和4年7月26日付け意見書においてする主張とそれに対する合議体の判断は、次のとおりである。
ア 請求人の主張
(ア)引用文献1の記載内容と相違点の認定について
ヒヒとは異なり、ほとんどのヒトにおいてはSda抗原が見られることは優先日前に広く知られていた。参考資料3(Morton et al., Vox Sang. 19: 472-482 (1970),476頁の表)及び 参考資料4(Bird, et al, Journal of Immunogenetics (1976)3, 297-302、297頁下から2行〜)には、コーカシア人の96%にはSda抗原が発現されている旨の記載がある。この点については、引用文献1にも同じことが記載されている(段落0053、12〜14行)。
したがって、Sda抗原については、ほとんどのヒトにおいて発現しているのであるから、Sda抗原がほとんど見られないヒヒがヒトのモデルにはならないことは自明である。
以上より、引用文献1には、せいぜい、「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子の破壊がブタ異種移植片のレシピエントであるヒヒにおける拒絶反応を減少させる可能性があること」が記載されているにすぎず、当業者には、これが「ブタ移植片のレシピエントであるヒトにおける拒絶反応」については何も示唆するものではないことが理解される。
したがって、このようなブタからヒヒへの異種移植に関する知見を、あらゆるドナー及びレシピエントにまで広げて、あるいはヒトにも当てはまるとして、引用文献1には「β1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子の破壊が異種移植片レシピエントにおける拒絶反応を減少させること」が記載されているとするのは、不適切な上位概念化に相違ない。
同様に、ブタの心臓のヒヒへの異種移植ついての知見を、ヒヒからヒトにも拡張して、「ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである、内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如する、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」が記載されているとする認定も、不適切であって誤りである。
したがって、引用文献1には、実際にブタが作製されていない点について措いたとしても、せいぜい「ヒヒへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである、内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如する、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」が開示されているに過ぎない。
よって、本件発明と本来の引用発明1との相違点は、少なくとも、認定された相違点1に加えて、
<相違点2>
前者に係るトランスジェニックブタは、ヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーであるところ、後者に係るブタは、ヒヒへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである点、である。

(イ)本願発明の相違点2に係る構成は容易想到ではないこと
優先日当時の当業者は、ヒトへの異種心臓移植のために、「内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如する、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」の心臓を用いるよう、動機づけられることはなかった。
これは、既に説明したとおり、ヒヒとは異なり、ほとんどのヒトにおいてSda抗原が見られることが広く知られていたためである。Sda抗原がほとんど見られないヒヒにおいては「内因性のSdaまたはSDa様グリカンおよびα-Gal抗原を発現する能力を欠如する、α1-3ガラクトシルトランスフェラーゼ(GT)核酸およびβ1,4N-アセチル-ガラクトサミニルトランスフェラーゼ2(B4GALNT2)核酸における遺伝子破壊を含むブタ」の心臓を異種心臓移植に用いうることが期待されるとしても、ヒヒとは異なり、Sda抗原が発現しているヒトにおいては、そのようなブタの心臓を異種心臓移植に用いうるとは考えられないからである。
この点は、引用文献2をもってしても何ら変わらない。

(ウ)本願発明の相違点1に係る構成は容易想到ではないこと
本願優先日当時、当業者は、ブタからヒトへの異種移植について「αガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子の破壊だけでは異種移植拒絶反応を防ぐために不十分であると理解」してはいたが、引用文献1及び参考資料5にはブタからの異種移植を受けたヒヒの血清中には、ブタB4GALNT2又はそれにより生成される糖鎖に対する抗体が多く存在したことが開示されているに過ぎないため、当業者はこれを引用文献2に記載のヒトへの異種移植に関する発明と組み合わせようと動機付けられることはない。
また、仮に、引用文献1及び参考資料5にB4GALANT2遺伝子を破壊することで(ヒヒに限らず)異種移植片レシピエントにおける拒絶反応を減少させることが記載されているとすれば、そのような記載は非常に技術的裏付けの乏しい仮説にすぎないといわざるを得ない。当業者はこのような極めて技術的裏付けの乏しい仮説を引用文献2に記載のヒトへの異種移植に関する発明と組み合わせようと動機付けられることはない。

(エ)本願発明の顕著な効果
優先日当時、ほとんどのヒトではSda抗原が見られることは広く知られていた。このため、Sda抗原を有するブタ組織をヒトに異種移植しても、ヒトの体内でSda抗原に対する抗体が生ずることによって激しい拒絶反応を引き起こすとは推測されず、したがって、ブタのSda抗原を減少させてもブタからヒトへの異種移植拒絶反応が減少すると予測することはできなかった。
さらに、ブタからヒトへの異種移植において、ブタ組織からあらかじめαGal抗原を除去することでヒトにおける免疫応答が減少するのに対し、ブタ組織からあらかじめSda抗原を除去しても、ヒトにおける免疫応答は減少しないことも知られていた。すなわち、Zhu, 2000, Transplantation 69(11):2422-2428(参考資料7)では、ブタの赤血球をα-ガラクトシダーゼで処理することによりαGal抗原を除去すると、ヒト抗体との免疫応答が無視できる程度にまで減少するのに対し、ブタの赤血球をβ-ガラクトシダーゼで処理することによりSda又はSda様抗原を除去しても、ヒト非Gal抗体のブタ赤血球に対する結合は減少せず、むしろ増加した(参考資料7、Fig.3のA及びE)。この結果から、ブタ組織に存在するSda又はSDa様抗原の有無は、ブタからヒトへの異種移植における拒絶反応とは関わりが無いことが示唆された。
これらの理由から、仮に、α(1、3)−ガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子とCMAH遺伝子に加えて、さらにβ4GalNT2遺伝子をノックアウトしてSda抗原が減少したトリプルノックアウトブタが得られたとしても、α(1、3)−ガラクトシルトランスフェラーゼ遺伝子とCMAH遺伝子が破壊されたダブルノックアウトのブタに比べて、ヒトにおける異種移植拒絶反応が減少するとは期待されなかった。

イ 判断
上記主張(ア)〜(ウ)について
引用文献1には記載事項(ア)に「当該ブタはヒトへのブタ異種移植心臓を移植するための方法におけるブタ異種移植片ドナーである」と明記されているし、ヒトへの適用を阻害すべき記載も引用文献1には見あたらないので、引用文献1の記載事項については、上記引用発明のとおりに認定すべきである。
したがって、請求人の主張(ア)は採用することができない。
一方、請求人は、ヒヒへの適用に係る発明のみが引用文献1に記載されていることを前提に、参考資料1〜5等を示しつつ、「ほとんどのヒトにおいてはSda抗原が見られることは優先日前に広く知られていた。」と述べて、相違点1、2は容易想到でないと主張する。
しかし、引用文献1にはヒトへの適用に係る発明も記載されているので、上記主張(イ)(ウ)はいずれもその前提において誤りがある。

なお、請求人が主張するとおりの引用発明を前提としても、請求人が令和4年7月26日付け意見書に添付した本願優先日前に頒布された参考資料3の表IIには、成人(妊娠中、産後を含む)74名中11名が血清中抗Sda抗体を有していることが記載されている。また、同日付意見書に添付した本願優先日前に頒布された参考資料4の298頁5行及び8〜9行には、ほとんどのヒトは血清中に抗Sda抗体をもっていることが記載されている。さらに、同参考資料4には、臨床的な危険性が存在すること、Sda血は、血清中に弱い抗Sda抗体を持つヒトに輸血しても障害はないが、抗Sda抗体による溶血性輸血反応が報告されていること、予め交差適合試験を行わずに緊急輸血を行った場合、CAD(過剰Sda; Sd(a++))血は危険であることが記載されている(301頁14〜18行)。また、例えば本願優先日前に頒布された引用文献3(Jean-Pierre Cartron and Philippe Rouger, Blood Cell Biochemistry ”Molecular Basis of Major Human Blood Group Antigens”, Vol.6, US, 1995, p.351-352)においても4%のヒトにはSda抗原が見られず、血清中に抗Sda抗体を持っていることが記載されている(p.352 Table I)。
このように、Sda抗原が見られず、抗Sda抗体を持っているヒトが存在すること、抗Sda抗体によりヒトにおいて溶血性輸血反応すなわち拒絶反応が生じていたこと、Sda抗原を過剰に有する血液は危険であると見なされていたことは本願優先日前に周知であったといえる。
そして、異種臓器移植技術においては、拒絶反応を抑制することが最優先課題であることは技術常識であり、血清中に抗Sda抗体を持っているヒトも臓器を移植する場合が想定されるので、移植した臓器による拒絶反応が生じないように、Sda抗原を発現する能力を欠如する臓器をヒトに対して用いることは、当業者が動機付けられることである。
したがって、請求人の主張(イ)(ウ)はいずれも採用することができない。

上記主張(エ)について
請求人は、令和4年7月26日付け意見書に添付した参考資料7の図3A及びEを挙げて、ブタ組織に存在するSda又はSDa様抗原の有無は、ブタからヒトへの異種移植における拒絶反応とは関わりが無いことが示唆されたと主張する。
しかし、参考資料7には、ヒト血清から調製した抗体分画として、抗非αGalが得られたこと(第5頁)、興味深いことに、フローサイトメトリー分析では、未処理のブタ赤血球よりもエンド−β−ガラクトシダーゼ処理したブタ赤血球に抗非αGalの結合が多く見られたこと(図3E)、この結果は、糖鎖が抗非αGalの結合に関与していないことを示唆しているように思われること、酵素処理後の抗体結合の増加は、細胞表面から様々なオリゴ糖鎖が酵素処理によって除去され、より抗原結合しやすい部位になった結果であると考えられること、しかしながら、抗非αGalが酵素で切断されない糖鎖部分を認識している可能性は低いこと(第8頁)だけが記載されているのみであり、ブタからヒトへの異種移植における拒絶反応とは関わりが無いなどとは記載されていないから、請求人の主張は参考資料7の記載に基づくものとはいえない。
また、参考資料7が請求人の主張する内容を示すものであったとしても、上記主張(ア)に対して検討したとおり、Sda抗原が見られず、抗Sda抗体を持っているヒトが存在しており、実際に抗Sda抗体による拒絶反応が生じていたことが報告されており、Sda抗原を過剰に有する血液は危険であると見なされていたのであるから、そのようなヒトにとってブタ臓器のSda抗原を減少させればブタからヒトへの異種移植拒絶反応が減少することは当然予測しうることでしかない。
したがって、主張(エ)も採用することはできない。


第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 福井 悟
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-10-13 
結審通知日 2022-10-18 
審決日 2022-11-01 
出願番号 P2017-521985
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A01K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 福井 悟
特許庁審判官 上條 肇
高堀 栄二
発明の名称 異種移植に好適なトランスジェニックブタ  
代理人 大森 規雄  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 日野 真美  
代理人 小林 浩  

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