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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16J
管理番号 1395655
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-07-06 
確定日 2023-03-09 
事件の表示 特願2017−105967「密封装置」拒絶査定不服審判事件〔平成30年12月20日出願公開、特開2018−200090〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成29年5月29日の出願であって、その後の手続の概要は以下のとおりである。

令和3年1月7日付け :拒絶理由通知書
令和3年3月11日 :意見書及び手続補正書の提出
令和3年5月17日付け:拒絶査定(以下、「原査定」という。)
令和3年7月6日 :審判請求書及び手続補正書の提出
令和4年2月21日付け:拒絶理由通知書
令和4年4月1日 :意見書の提出


第2 本願発明
本願の請求項1〜3に係る発明は、令和3年7月6日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。

[本願発明]
「軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、
前記孔に嵌着される密封装置本体と、
前記軸に取り付けられるスリンガと、を備え、
前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部と、を有しており、
前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、
前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部に前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、
前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面には、周方向に間隔をあけて外周端縁に連通する複数の溝が形成されており、
周方向に隣接する溝同士は、前記溝を横切る径方向に沿った直線に交差する方向に沿って互いに異なる方向に延在しており、
前記スリンガの非回転時において、前記端面リップが前記溝の形状に追従するように弾性変形して前記溝に密着しており、
前記溝は、該溝に隣接する二つの溝のうち少なくとも一方と前記外周端縁以外の箇所で連通されていることを特徴とする密封装置。」

第3 当審で通知した拒絶の理由
1 本願の特許請求の範囲の各請求項に係る発明に対して当審で通知した拒絶の理由は、概略以下のとおりである。

この出願の請求項1〜3に係る発明は、その出願前に日本国内において頒布された引用文献1に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当するか、または、引用文献1に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

引用文献1:実願平1−119040号(実開平3−57563号)のマイクロフィルム

第4 引用文献の記載及び引用発明
1 引用文献1の記載
引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は当審が付した。)。
(1)「(産業上の利用分野)
本考案は端面にシールリップが摺動自在に接触する端面シールタイプの密封装置に関し、特にリップ摺動面にシール性を高めるための溝を有するものに関する。
(従来の技術)
従来のこの種の密封装置としては、たとえば第6図に示すようなものがある。すなわちこの密封装置100は互いに同心的に相対回転自在に組付けられるハウジング101とシャフト102との間をシールするもので、ハウジング101に装着されるシール本体103と、シャフト102に装着されるスリンガー104とを備えている。シール本体103は、スリンガー104の端面に摺動自在に接触する環状のシールリップ105を有している。このシールリップ105が接触する部位のシール性を高めるために、従来からスリンガー104の端面に螺旋状の溝が設けられていた。この螺旋状溝は第7図に示すようなリップ接触ライン(図示せず)に対して一方向の角度で交差するような一方向溝107が一般的であるが、このような一方向溝107は一方向回転に対しての密封性能しか持ち得ない。
そこで、第8図に示すように、リップ接触ライン106に対して互いに逆向きの両方向の角度で交差する両方向溝108を設けたものが提案されている。
(考案が解決しようとする課題)
しかしながら上記した従来技術の場合には、一方向溝107の場合には逆回転時の際のシール漏れが大きい。また両方向溝108の場合には正、逆両回転に対してある程度のシール性を満足させ得るが、静止時におけるシール漏れが大きくなるという問題があった。
そして、本考案者等の研究によって、この静止漏れ量は、各溝108のリップ接触ライン106に対する交差角度αと、溝108の断面形状、特にその開き角度による影響が大きいということがわかった。
本考案は上記した従来技術の課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、溝とリップ接触ラインとの交差角度および溝断面の開き角度を適切な値に設定することにより、正逆回転時のシール漏れおよび静止時のシール漏れを最小限に抑え得る密封装置を提供することにある。」(明細書第2頁第2行〜第4頁第7行)
(2)「以下に本考案を図示の実施例に基づいて説明する。本考案の一実施例に係る密封装置を示す第1図乃至第4図において、10は密封装置全体を示しており、概略第1シール部材としてのシール本体1と、第2シール部材としてのスリンガー2と、から構成されている。このシール本体1はハウジング3の軸孔31内周に嵌着固定され、スリンガー2はハウジング3の軸孔31に同心的に挿入されるシャフト4に一体的に嵌着固定されている。
スリンガー2はシール本体1に対して密封対象流体0側に配置され、シール本体1の密封対象流体側端面と軸方向に所定間隔だけ隔てて対面している。そして、シール本体1には、スリンガー2の端面21に対して摺動自在に密封接触するシールリップ5が設けられている。このシールリップ5は円環状のゴム状弾性体製で、軸方向密封対象流体側に向って徐々に末広がり状に傾斜して延びており、そのリップ先端がスリンガー2の端面21に摺動自在に接触している。
そして、スリンガー端面21のリップ摺動部6には、正逆両方向の回転に対しての密封方向をもつように、円形のリップ接触ライン7に対して互いに逆向きに交差する順方向溝81と、逆方向溝82とが円周方向に交互に複数設けられている。この実施例では互いに隣り合う順方向溝81と逆方向溝82とを一組として、三組の順方向および逆方向溝81,82が等配されている。そして各組の順方向溝81と逆方向溝82の、リップ接触ライン7に対して外側端部同士を連続させてあり、また内側の端部同士は不連続としている。もっとも各順方向溝81と逆方向溝82を全て不連続にしてもよく、完全につないで連続的にしてもよい。
」(明細書第5頁第15行〜第7頁第8行)
(3)「また、各溝81,82の断面形状は、第2図に示すように三角形状で、・・・(略)・・・設定されている。」(明細書第7頁第13〜15行)
(4)「上記構成の密封装置にあってはスリング2の端面のリップ摺動部6に順方向溝81と逆方向溝82を設けることにより、正逆両方向の回転シールを図ることができるばかりか、静止状態におけるシール漏れをも防止することができた。これは、順方向および逆方向溝81,82とリップ接触ライン7との成す角度αが10°付近とごく小さく、しかも、断面の開き角度θが150°付近と大きくなっているので、シールリップ5が各溝81,82に食い込む長さが長くなり、その結果その間に形成される隙間流路が狭くかつ長くなるために、シール漏れを阻害する作用をなすためである。」(明細書第8頁第7〜19行)
(5)「試料Eが第5図(g)に示すように本願考案のタイプである。」(明細書第9頁第12〜13行)
(6)「(考案の効果)
本考案は以上の構成および作用を有するもので、リップ摺道面に設けた溝のリップ接触ライン
との交差角度を0〜20°の範囲に設定し、且つ溝断面の開き角度を150°±10°の範囲内に設定したので、シールリップが溝に食い込んでシールリップと溝との隙間流路が狭く長くなり、正逆回転時のシール漏ればかりか静止時のシール漏れをも効果的に防止することができる。」(明細書第12頁第1〜9行)
(7)「第1図


(8)「第2図


(9)「第3図


(10)「第4図


(11)「第5図



また、上記摘記事項、図面の記載事項と当業者における技術常識とからすると、次のことがいえる。

・摘記事項(1)及び第4図から、密封装置10は、シャフト4と該シャフト4が挿入される軸孔31との間をシールするためのものである。
・第4図から、密封装置10のシール本体1は、シャフト4の軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられているゴム状弾性体製の前記軸線周りに環状のゴム状弾性体部と、を有しており、スリンガー2は、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ状部を有しているといえる。
・摘記事項(2)及び第4図より、シール本体1のゴム状弾性体部は、シャフト4の軸線周りに円環状のリップであるシールリップ5を有しており、前記軸線周りに軸方向密封対象流体側に向かって延び、フランジ状部のスリンガー端面21に接触しているといえる。
・第5図(g)から、スリンガー2のスリンガー端面21には、円周方向に間隔をあけて外側端部に連通する複数の順方向溝81と逆方向溝82が設けられていて、順方向溝81と逆方向溝82は、外側端部における該順方向溝81又は逆方向溝82の端部を通る接線と該順方向溝81又は逆方向溝82の延在方向に沿った直線とのなす角度が鋭角となる順方向溝81又は逆方向溝82と、外周端縁における該逆方向溝82又は順方向溝81の端部を通る接線と該逆方向溝82又は順方向溝81の延在方向に沿った直線とのなす角度が鈍角となる逆方向溝82又は順方向溝81と、を有しており、前記順方向溝81と逆方向溝82は、前記外側端部以外の箇所で連通されているといえる。

上記引用文献1に記載の事項及び認定事項から、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

[引用発明]
「シャフト4と該シャフト4が挿入される軸孔31との間をシールするための密封装置10であって、
前記軸孔31に嵌着固定されるシール本体1と、
前記シャフト4に嵌着固定されるスリンガー2と、を備え、
前記シール本体1は、シャフト4の軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられているゴム状弾性体製の前記軸線周りに環状のゴム状弾性体部と、を有しており、
前記スリンガー2は、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ状部を有しており、
前記ゴム状弾性体部は、軸方向密封対象流体側に向かって延びる、前記フランジ状部のスリンガー端面21に接触する前記軸線周りに円環状のリップであるシールリップ5を有しており、
前記スリンガー2の前記フランジ状部の前記スリンガー端面21には、円周方向に間隔をあけて外側端部に連通する複数の順方向溝81と逆方向溝82が設けられており、
互いに隣り合う順方向溝81と逆方向溝82同士は、円形のリップ接触ライン7に対して互いに逆向きに交差しており、
前記順方向溝81と前記逆方向溝82と前記円形のリップ接触ライン7とのなす角度をαとし、αを、0<α≦20°の範囲に設定し、さらに前記順方向溝81と前記逆方向溝82の断面の開き角度をθとして、θを150°±10°の範囲に設定し、静止状態において、前記シールリップ5が各順方向溝81と逆方向溝82に食い込む長さが長くなりシール漏れを防止することができ、
前記順方向溝81と逆方向溝82は、前記外側端部以外の箇所で連通され、
前記順方向溝81と逆方向溝82は、外側端部における該順方向溝81又は逆方向溝82の端部を通る接線と該順方向溝81又は逆方向溝82の延在方向に沿った直線とのなす角度が鋭角となる順方向溝81又は逆方向溝82と、外側端部における該逆方向溝82又は順方向溝81の端部を通る接線と該逆方向溝82又は順方向溝81の延在方向に沿った直線とのなす角度が鈍角となる逆方向溝82又は順方向溝81と、を有しており、
前記順方向溝81と逆方向溝82とが交互に設けられ、
前記順方向溝81と逆方向溝82は、断面形状が三角形状に形成されている
密封装置10。」

第6 当審の判断
1 対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「シャフト4」は本願発明の「軸」に相当し、以下同様に、「軸孔31」は「孔」に、「間をシールする」ことは「間の環状の隙間の密封を図る」ことに、「密封装置10」は「密封装置」に、「嵌着固定される」ことは「嵌着される」こと及び「取り付けられる」ことに、「シール本体1」は「密封装置本体」に、「スリンガー2」は「スリンガ」に、「シャフト4の軸線」は、「軸線」に、「ゴム状弾性体製の」は「弾性体から形成されている」に、「ゴム状弾性体部」は「弾性体部」に、「フランジ状部」は「フランジ部」に、「軸方向密封対象流体側に向かって延びる」ことは「軸線方向において一方の側に向かって延びる」ことに、「スリンガー端面21」は「前記軸線方向において他方の側の面」に、「円環状の」は「環状の」に、「シールリップ5」は「端面リップ」に、「前記スリンガー2の前記フランジ状部の前記スリンガー端面21」は「前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面」に、「円周方向」は「周方向」に、「外側端部」は「外周端縁」に、「順方向溝81と逆方向溝82」は「溝」に、「設けられ」ることは「形成され」ることに、「互いに隣り合う」ことは「周方向に隣接する」ことに、「円形のリップ接触ライン7に対して互いに逆向きに交差しており」は「前記溝を横切る径方向に沿った直線に交差する方向に沿って互いに異なる方向に延在しており」に、「静止状態において」は「前記スリンガの非回転時において」に、「前記順方向溝81と逆方向溝82は、前記外側端部以外の箇所で連通され」ることは「前記溝は、該溝に隣接する二つの溝のうち少なくとも一方と前記外周端縁以外の箇所で連通され」ることに、それぞれ相当する。
また、引用発明の「前記順方向溝81と前記逆方向溝82と前記円形のリップ接触ライン7とのなす角度をαとし、αを、0<α≦20°の範囲に設定し、さらに前記順方向溝81と前記逆方向溝82の断面の開き角度をθとして、θを150°±10°の範囲に設定し」、「静止状態において、前記シールリップ5が各順方向溝81と逆方向溝82に食い込む長さが長くなり漏れを防止する」ことは、シールリップ5が順方向溝82と逆方向溝82に食い込む長さが長くなることによって溝の形状に追従するように弾性変形してシール漏れを防止することといえるから、本願発明の「前記スリンガの非回転時において、前記端面リップが前記溝の形状に追従するように弾性変形して前記溝に密着」していることとの対比において、「前記スリンガの非回転時において、前記端面リップが前記溝の形状に追従するように弾性変形してシール漏れを防止」していることの限度で共通する。
そうすると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。

[一致点]
「軸と該軸が挿入される孔との間の環状の隙間の密封を図るための密封装置であって、
前記孔に嵌着される密封装置本体と、
前記軸に取り付けられるスリンガと、を備え、
前記密封装置本体は、軸線周りに環状の補強環と、該補強環に取り付けられている弾性体から形成されている軸線周りに環状の弾性体部と、を有しており、
前記スリンガは、外周側に向かって延びる前記軸線周りに環状の部分であるフランジ部を有しており、
前記弾性体部は、軸線方向において一方の側に向かって延びる、前記フランジ部に前記軸線方向において他方の側の面に接触する前記軸線周りに環状のリップである端面リップを有しており、
前記スリンガの前記フランジ部の前記他方の側の面には、周方向に間隔をあけて外周端縁に連通する複数の溝が形成されており、
周方向に隣接する溝同士は、前記溝を横切る径方向に沿った直線に交差する方向に沿って互いに異なる方向に延在しており、
前記スリンガの非回転時において、前記端面リップが前記溝の形状に追従するように弾性変形してシール漏れを防止しており、
前記溝は、該溝に隣接する二つの溝のうち少なくとも一方と前記外周端縁以外の箇所で連通されている密封装置。」

[相違点]
スリンガの非回転時における端面リップに関し、本願発明は、「溝の形状に追従するように弾性変形して溝に密着して」いるのに対し、引用発明では、「各順方向溝81と逆方向溝82に食い込む長さが長くなりシール漏れを防止することができ」るものの、順方向溝81と逆方向溝82の形状に追従するように弾性変形して順方向溝81と逆方向溝82に密着しているものとは特定されていない点。

2 判断
上記相違点について検討する。
(1)引用発明は、スリンガーの端面に摺動自在に接触する環状のシールリップのリップ接触ラインに対して、互いに逆向きの両方向の角度で交差する両方向溝を設けた場合に、正、逆両回転に対してある程度のシール性を満足するが、静止時におけるシール漏れが大きくなるということを課題とし(引用文献1の明細書第3頁第12〜15行参照。)、静止漏れ量は、各溝のリップ接触ラインに対する交差角度αと、溝の断面形状、特にその開き角度による影響が大きいとの知見の下に(同明細書第3頁第16〜19行参照。)、溝とリップ接触ラインとの交差角度および溝断面の開き角度を適切な値に設定することにより、正逆回転時のシール漏れおよび静止時のシール漏れを最小限に抑え得る密封装置を提供することを目的とし(同明細書第4頁第3〜6行参照。)、「前記順方向溝81と前記逆方向溝82と前記円形のリップ接触ライン7とのなす角度をαとし、αを、0<α≦20°の範囲に設定し、さらに前記順方向溝81と前記逆方向溝82の断面の開き角度をθとして、θを150°±10°の範囲に設定」することにより、「静止状態において、前記シールリップ5が各順方向溝81と逆方向溝82に食い込む長さが長くなりシール漏れを防止」するものである。
このように、引用発明は、正逆回転時のシール漏れ及び静止時のシール漏れの両者の観点から「前記順方向溝81と前記逆方向溝82と前記円形のリップ接触ライン7とのなす角度をαとし、αを、0<α≦20°の範囲に設定し、さらに前記順方向溝81と前記逆方向溝82の断面の開き角度をθとして、θを150°±10°の範囲に設定」しているものであるが、正逆回転時のシール漏れに比べて静止時のシール漏れを防ぐことが重視される場合(例えば、装置の回転時間に比べて静止時間が相対的に長い等)もあることは当業者であれば容易に想定できるといえる。
このような正逆回転時のシール漏れに比べて静止時のシール漏れを防ぐことが重視される場合、静止状態において、シールリップが溝に食い込む長さを更に長くするために、角度α、θを適宜設定する、あるいは、溝の形状に追従し易いゴム弾性体を適宜選択することは当業者であれば容易に想到できる事項であるといえる。
ところで、相対回転する部材間の密封状態を保つ手段としての密封装置において、部材の静止状態においても密封状態を保ちシール漏れを防止するために、静止状態において、シールリップを相手方部材に密着させ隙間を無くすよう構成することは、この出願前当業者には周知の技術的事項であったといえる(例えば、特開平10−122376号の段落【0005】及び【図4】、特許第3346743号公報の段落【0004】を参照。)。
引用発明は、正逆回転時のシール漏れ及び静止時のシール漏れを最小限に抑えることを目的とするものであるところ、上記に説示のように、正逆回転時のシール漏れに比べて静止時のシール漏れを防ぐことを重視する場合、シール漏れを防止するために静止状態において、シールリップを相手方部材に密着させ隙間を無くすよう構成するという上記当業者における周知の技術的事項の存在も考慮し、引用発明において、シールリップ5が各順方向溝81と逆方向溝82に食い込む長さを長くするだけでなく、シールリップ5と相手方部材である順方向溝81及び逆方向溝82とを隙間なく密着させるよう構成し静止状態におけるシール漏れを防止するよう構成することは当業者にとって容易であったというべきである。
(2)審判請求人の主張について検討する。
審判請求人(出願人)は、令和4年4月1日提出の意見書において、次のように主張する。
「(3)本願発明と引用発明との対比
a)引用発明においては、確かに、スリンガー2のリップ摺動部6に互いに異なる方向に延在する溝81,82を形成し、シールリップ5が溝81,82に接触することが開示されております。
b)しかし、本願発明においては、弾性体部の端面リップが接触するスリンガに溝が形成されているだけではなく、スリンガの非回転時において、端面リップが溝の形状に追従するように弾性変形して溝に密着していることを大きな特徴としております。
すなわち、本願発明においては、スリンガの非回転時におけるスリンガの溝からの密封対象物の漏れを防止するために、弾性体部の端面リップは、単にスリンガに形成された溝に接触しているだけでなく、スリンガの非回転時には溝の形状に追従するように弾性変形して溝に密着しており、端面リップのスリンガへの接触の状態が大きく異なります。
c)これに対して、引用発明においては、シールリップ5が溝81,82に食い込むと記載されているだけであり、溝81,82がスリンガー2の面よりも凹んでいるからシールリップ5が溝81,82に入り込んでいるだけにすぎません。つまり、シールリップ5を敢えて弾性変形させて溝81,82の形状に追従させて密着させていることについては、引用文献に記載も示唆もされておりません。」
しかしながら、上記(1)で挙げたように相対回転する部材間の密封状態を保つ手段としての密封装置において、部材の静止状態においても密封状態を保ちシール漏れを防止するために、静止状態において、シールリップを相手方部材に密着させ隙間を無くすよう構成することは、この出願前当業者には周知の技術的事項であったといえ、しかも、正逆回転時のシール漏れに比べて静止時のシール漏れを防ぐことを重視するとの着想に到ることは当業者にとって容易であるといえることも、上記(1)で述べたとおりである。
したがって、引用発明において、シールリップ5と相手方部材である順方向溝81と逆方向溝82とを隙間なく密着させるよう構成するようことは当業者にとって容易であったというべきであり、審判請求人の主張は採用できない。
(3)そして、本願発明の効果を検討しても、引用発明及び上記引用文献1の記載事項から当業者が予測し得る程度のものといえる。
(4)したがって、本願発明は、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第7 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-12-28 
結審通知日 2023-01-05 
審決日 2023-01-23 
出願番号 P2017-105967
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16J)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 藤井 昇
尾崎 和寛
発明の名称 密封装置  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 上島 類  
代理人 二宮 浩康  

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