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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C22C 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C22C |
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管理番号 | 1396257 |
総通号数 | 16 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2023-04-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-10-04 |
確定日 | 2023-04-10 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6860420号発明「高強度鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6860420号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6860420号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜8に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、平成29年 5月24日を出願日とする特願2017−103024号であって、令和 3年 3月30日にその特許権の設定登録がなされ、同年 4月14日にその特許掲載公報が発行されたものであり、本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。 令和 3年10月 4日差出 : 特許異議申立人安藤宏(以下、「申立人 」という。)による請求項1〜8に係る 特許に対する特許異議の申立て 令和 4年 1月28日付 : 取消理由通知 同年 4月 4日 : 特許権者による意見書の提出 同年 4月28日 : 申立人より上申書の提出 同年 6月30日付 : 取消理由通知(決定の予告) 同年 9月 2日 : 特許権者による意見書の提出 同年10月13日 : 申立人より上申書の提出 同年12月 9日付 : 取消理由通知(決定の予告) 令和 5年 2月 9日 : 特許権者による意見書の提出 同年 3月 2日 : 申立人より上申書の提出 第2 本件発明 本件特許の請求項1〜8に係る発明は、次の事項により特定されるとおりのものである(以下、「本件発明1〜8」といい、これらを総称して「本件発明」ということがある。また、本件特許の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲を「本件明細書等」という。)。 「【請求項1】 C:0.15質量%〜0.35質量%、 SiとAlの合計:0.5質量%〜3.0質量%、 Mn:1.0質量%〜4.0質量%、 P:0.05質量%以下(0質量%を含む)、 S:0.01質量%以下(0質量%を含む)、 Ti:0.01質量%〜0.2質量% を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなり、 鋼板組織が、 フェライト分率が5%以下であり、 焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率が60%以上であり、 残留オーステナイト分率が10%以上であり、 フレッシュマルテンサイト分率が5%以下であり、 フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト以外のその他の相が11.2%以下であり、 残留オーステナイトの平均粒径が0.5μm以下であり、 粒径1.0μm以上の残留オーステナイトが全残留オーステナイト量の2%以上であり、 旧オーステナイト粒径が10μm以下であることを特徴とする高強度鋼板。 【請求項2】 C量が0.30質量%以下である請求項1に記載の高強度鋼板。 【請求項3】 Al量が0.10質量%未満である請求項1または2に記載の高強度鋼板。 【請求項4】 Cu、Ni、Mo、CrおよびBの1種以上を更に含み、Cu、Ni、Mo、CrおよびBの合計含有量が1.0質量%以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。 【請求項5】 V、Nb、Mo、ZrおよびHfの1種以上を更に含み、V、Nb、Mo、ZrおよびHfの合計含有量が0.2質量%以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。 【請求項6】 Ca、MgおよびREMの1種以上を更に含み、Ca、MgおよびREMの合計含有量が0.01質量%以下である請求項1〜5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。 【請求項7】 請求項1〜6のいずれか1項に記載の高強度鋼板を製造する方法であって、 C:0.15質量%〜0.35質量%、SiとAlの合計:0.5質量%〜3.0質量%、Mn:1.0質量%〜4.0質量%、P:0.05質量%以下、S:0.01質量%以下、Ti:0.01質量%〜0.2質量%を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる圧延材を用意することと、 前記圧延材をAc3点以上、Ac3点+100℃以下の温度に加熱しオーステナイト化することと、 前記オーステナイト化後、650℃〜500℃の間を平均冷却速度15℃/秒以上、200℃/秒未満で冷却し、300℃〜500℃の範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上、300秒未満滞留させることと、 前記滞留の後、300℃以上の温度から100℃以上、300℃未満の間の冷却停止温度まで10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却することと、 前記冷却停止温度から300℃〜500℃の範囲にある再加熱温度まで加熱することを含む、高強度鋼板の製造方法。 【請求項8】 前記滞留が300℃〜500℃の範囲内の一定温度で保持することを含む請求項7に記載の製造方法。」 第3 申立理由の概要 申立人は、証拠方法として、甲第1号証(以下、「甲1」という。)を提出し、以下の申立理由1〜3により、請求項1〜8に係る本件特許は取り消されるべきものである旨主張している。 (証拠方法) 甲1:特開2017−214648号公報 1 申立理由1(実施可能要件) 本件発明の高強度鋼板を製造するには、発明の詳細な説明に開示されている製造条件のみでは不十分であるから、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に適合するものではなく、請求項1〜8に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。 2 申立理由2(サポート要件) 本件発明1〜8は、Al含有量、Mn含有量およびTi含有量において、本件発明の課題を解決し得ない範囲まで含むものであるし、「その他の相」が如何なる相であっても本件発明の課題を解決し得るとまではいえないため、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、請求項1〜8に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。 3 申立理由3(明確性) 本件発明1〜8は、各組織の分率の定義が不明確であるため、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものではないから、請求項1〜8に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。 第4 取消理由の概要 1 令和 4年 1月28日付けで通知した取消理由において、当審が特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。なお、下線は当審が付した。以下同じ。 (1)取消理由1(明確性) 本件発明1〜8の「その他の相」の分率について、本件明細書等の段落【0019】〜【0020】の記載を参照すると、本件発明1〜8の各組織の分率は、次式(i)で定義され、 (i)鋼組織全体(100%)=フェライト分率 + MA分率 + 焼戻しマ ルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合 計分率 上記(i)式によれば、請求項1に記載された「その他の相」の分率は常に0%になると解されるが、本件発明1〜8では、上記「その他の相」の分率が「11.2%以下」と記載されており、0%超の値を取り得るものと解されるから、上記定義と整合しない。 一方、本件明細書等の表3によれば、「その他の相」が存在すると考え得るものの、本件明細書等にはその他の相の分率を求める方法は記載されておらず不明であるから、本件発明1〜8の「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト以外のその他の相が11.2%以下」である事項がどのような技術的意味を有するか、また、当該事項がどのように確認されるか不明である。 よって、本件特許の請求項1〜8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当するから、取り消されるべきものである。 2 令和 4年 6月30日付けで通知した取消理由(決定の予告)は、令和 4年 4月 4日提出の意見書(以下、「意見書1」という。)によって解消されていないと判断したことにより上記取消理由1と同旨の取消理由を通知した。 3 令和 4年12月 9日付けで通知した取消理由(決定の予告)は、令和 4年 9月 2日提出の意見書(以下、「意見書2」という。)によって解消されていないと判断したことによる上記取消理由1、及び、新たに下記取消理由2を通知した。 (1)取消理由2(実施可能要件)(職権による) 本件発明1〜8の「その他の相」について、本件明細書等には測定方法が何ら記載されておらず、また、鋼板各組織の測定方法としては、出願時において複数の測定方法が知られているところ、いかなる測定方法であっても「その他の相」の分率を一義的に定めることは困難であるため、本件明細書等の記載及び本願出願時の技術常識を考慮しても、「その他の相」の分率がどのように測定されたものであるのかを理解することは困難である。 したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜8を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないものであり、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当するから、取り消されるべきものである。 第5 当審の判断 1 取消理由について (1)取消理由1(明確性)について ア 上記第2のとおり、請求項1には、鋼組織の分率について、 「鋼板組織が、 フェライト分率が5%以下であり、 焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率が60%以上であり、 残留オーステナイト分率が10%以上であり、 フレッシュマルテンサイト分率が5%以下であり、 フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト以外のその他の相が11.2%以下であり、」 と記載されている。 イ 本件明細書等には、各組織の分率の計算方法について、下記の記載がある。なお、「・・・」は記載の省略を示す。以下同じ。 (ア)「フェライト分率は光学顕微鏡で観察し、白い領域を点算法で測定することにより求めることができる。すなわち、このような方法により、フェライト分率を面積比(面積%)で求めることができる。そして、面積比で求めた値をそのまま体積比(体積%)の値として用いてよい。」(段落【0019】) (イ)「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)は、ナイタール腐食を行った断面のSEM観察を行い、MA(すなわち、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの合計)の分率を測定し、鋼組織全体から上述のフェライト分率とMA分率を引くことにより求めることができる。」(段落【0020】) (ウ)「残留オーステナイト量は、X線回折によりフェライト(X線回折ではベイナイト、焼戻しベイナイト、焼戻しマルテンサイトおよび未焼戻しのマルテンサイトを含む)とオーステナイトの回折強度比を求めて算出することにより得ることができる。X線源としてはCo−Kα線を用いることができる。」(段落【0022】) (エ)「フレッシュマルテンサイト分率は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)測定におけるKAM(Kernel Average Misorientation)解析より、結晶方位差の大きい領域と定義した。KAM解析は測定点のある1つのピクセルに対して、隣接する6つのピクセルとの方位差を平均化し、中央のピクセルの値としたものであり、局所的な結晶方位差にもとづいたマップを作成することができる。 なお、KAM解析の条件は、EBSD測定データにおいて、結晶方位の信頼性を示す指数(CI(Confidention Index)値)が著しく低い0.1以下のデータを除外し、KAM解析における隣接するピクセル間の最大方位差は5°とした。フレッシュマルテンサイトは、高密度の転位を有するため、結晶方位差の大きい領域に相当するものと考えられる。すなわち、KAM解析における結晶方位差の平均値が4.0°以上の領域をフレッシュマルテンサイトとし、その面積比(面積%)をフレッシュマルテンサイトの体積率としてよい。」(段落【0024】) (オ)「2.鋼組織 それぞれのサンプルについて、圧延方向に平行な断面を観察断面として、板厚1/4位置について走査電子顕微鏡により観察倍率を3,000倍として観察を行い、上述した方法により、(i)フェライト分率、(ii)焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率(表3には「焼戻しM/B」記載)を求めた。(iii)残留オーステナイト量の測定(残留γ量)には、株式会社リガク社製2次元微小部X線回折装置(RINT−RAPID II)を用いた。(iv)フレッシュマルテンサイト分率、(v)残留オーステナイトの平均サイズ(残留γ平均粒径)および(vi)サイズ1.0μm以上の残留オーステナイトの全残留オーステナイトに占める比率(表3には、「1.0μm以上の残留γ比率」と記載)の測定には、日本電子社製 電界放出型走査電子顕微鏡、EBSD測定にはEDAX-TSL社製OIMシステムを用いて、測定領域を30μm×30μm、測定間隔を0.1μmとした。得られた結果を表3に示す。・・・」(段落【0072】) (カ)「 」 ウ(ア)上記イ(ア)(イ)(オ)から、(i)のフェライト分率は、光学顕微鏡で観察し、白い領域を点算法で、面積分率を測定することにより求め、(ii)の焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率は、ナイタール腐食を行った断面のSEM観察を、観察倍率を3,000倍として行い、MA(すなわち、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの合計)の面積分率を測定し、鋼組織全体から上述のフェライト分率とMA分率を引くことにより求めることが理解される。したがって、次の(式1)が成り立つ。 (式1) 鋼組織全体(100%)=フェライト分率 + MA分率 + 焼戻しマルテン サイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率 上記(式1)によれば、フェライト、 MA(残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの合計)、焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトで組織の全てが占められており、したがって、請求項1に記載された「その他の相」の分率は常に0%になると解される。 (イ)そうすると、上記イ(ア)(イ)(オ)の記載と、上記アの請求項1における、上記「その他の相」が「11.2%以下である」という0(%)以外の値を取り得る記載は、矛盾している。 (ウ)一方、上記イ(カ)の、例えば、鋼No.36では、 (i)のフェライト分率:0(%) (ii)の焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率:70(%) (iii)の残留オーステナイト量:16.3(%) (iv)のフレッシュマルテンサイト分率:2.5(%) であり、上記(i)〜(iv)を合計すると88.8%であって、100%とはならないから、(i)〜(iv)以外の他の相、すなわち、請求項1に記載の「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」が存在すると解する余地がある。 エ この点について、特許権者は意見書1、2、及び令和 5年 2月 9日提出の意見書(以下「意見書3」という)において下記のような主張をしている。 (ア) 意見書1における主張 上記イ(カ)で(i)〜(iv)を合計しても100%になっていないから、その他の相を含むことは明らかであり、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)の技術常識からすれば、上記「その他の相」として、ベイナイト、パーライト、及びセメンタイト等があり、それらは顕微鏡観察により直接的に分率を求めることができると理解できるから、本件明細書に触れた当業者にとって、本件明細書から定義される各組織の分率が、 (式1’) 鋼組織全体(100%)=フェライト分率 + MA分率 + 焼戻しマルテン サイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率 + そ の他の相の分率 であることは自明であり、「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率」を求められる。 (イ) 意見書2における主張 以下の乙第4〜乙第13号証(以下、「乙4」〜「乙13」という。)に基づき、ベイナイト、パーライト、及びセメンタイト等の「その他の相」が、顕微鏡観察により直接的に分率を求められることは技術常識である。 a 乙4(特開2004−91924号公報)の記載 「【0029】 第一に、本発明における「焼戻ベイナイト」は、転位密度が少なく軟質であり、しかも、ラス状組織を有するものを意味する。これに対し、ベイナイトは転位密度の多い硬質組織である点で、上記焼戻ベイナイトとは相違し、両者は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)観察などによって区別することができる。」 b 乙5(特開2002−309334号公報)の記載 「【0020】第一に、本発明における「焼戻ベイナイト」は、転位密度が少なく軟質であり、しかも、ラス状組織を有するものを意味する。これに対し、ベイナイトは転位密度の多い硬質組織である点で、上記焼戻ベイナイトとは相違し、両者は、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)観察などによって区別することができる。」 c 乙6(国際公開第2016/129214号)の記載 「[0041] ここで、鋼板組織におけるフェライト相、焼戻しマルテンサイト相、ベイナイト相、焼戻しベイナイト相等の面積率とは組織観察における観察面積に占める各相の面積の割合のことである。これらの面積率は、亜鉛めっき層(合金化した場合は合金化亜鉛めっき層)を除いた地鉄鋼板よりサンプルを切出し、圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、板厚方向において地鉄鋼板表面から1/4位置をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率でそれぞれ3視野撮影し、得られた画像データから解析ソフト(例えばMedia Cybernetics社製のImage−Pro)を用いて各相の面積率を求め、前記3視野の平均面積率を各相の面積率とすることで求めることができる。前記画像データにおいて、フェライト相は黒色、マルテンサイト相は炭化物を含まない白色、焼戻しマルテンサイト相は方位の揃っていない炭化物を含む明灰色、焼戻し下部ベイナイト相は方位の揃った炭化物を含む暗灰色、上部ベイナイト相は炭化物または島状白色組織を含む黒色、下部ベイナイト相は方位の揃った炭化物を含む明灰色、パーライト相は黒色と白色の層状として区別できる。」 d 乙7(特開2015−224359号公報)の記載 「【0036】 ここで、フェライト、マルテンサイト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイトの面積率とは、観察面積に占めるこれら各相の面積の割合のことである。各相の面積率は、鋼板の板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率で3視野撮影し、得られた画像データからMediaCybernetics社製のImage−Proを用いて各相の面積率を求め、観察した3視野で求めた平均の面積率を各相の面積率とする。前記画像データにおいて、フェライトは黒色として観察される。また、ベイナイトはベイニティックフェライトと島状のマルテンサイト、残留オーステナイトおよび炭化物等からなり、前記画像データにおいて、ベイニティックフェライトは上部ベイナイトでは黒色、下部ベイナイトでは灰色として区別され、焼戻しベイナイトのベイニティックフェライトは黒色、焼戻しマルテンサイトは微細な炭化物を含む明灰色、マルテンサイトおよび残留オーステナイトは白色として区別できる。下部ベイナイトと焼戻しマルテンサイトは炭化物の形態によって区別し、方位が一定に揃っているものを下部ベイナイトとした。また、本願発明では島状マルテンサイトおよび残留オーステナイトを含むベイナイトの場合はベイニティックフェライトの部分をベイナイトの面積とした。」 「【0038】 すなわち、本発明において、フェライトの面積率は、前記画像データにおいて黒色で観察される部分の面積率を、上記したようにして求めたものである。マルテンサイトは、上記したように、前記画像データにおいて、残留オーステナイトとともに、白色で観察される部分である。このため、該白色に観察される部分の面積率から、X線回折により求めた残留オーステナイトの面積率を差し引くことにより、マルテンサイトの面積率を求めた。また、ベイナイトは、前記画像データにおいて黒色または灰色のベイニティックフェライトと島状のマルテンサイト、残留オーステナイトおよび炭化物等からなるが、本発明においてベイナイトの面積率は、該ベイニティックフェライトの面積率として求めた。また、焼戻しベイナイトは、前記画像データにおいて焼戻された黒色のベイニティックフェライトと島状のマルテンサイト、残留オーステナイトおよび炭化物等からなるが、本発明において焼戻しベイナイトの面積率は、該ベイニティックフェライトの面積率として求めた。また、焼戻しマルテンサイトの面積率は、前記画像データにおいて微細な炭化物を含む明灰色で観察される部分の面積率を、上記したようにして求めたものである。」 e 乙8(特開2005−76078号公報)の記載 「【0016】 本発明の鋼板が上記のような組織となっていることは、強度、全伸び、及び伸びフランジ性(穴広げ率)を高いレベルでバランスさせる為には重要なポイントとなっている。すなわち焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトは、結晶粒がラス状になっており硬度は高いが、通常のマルテンサイト組織及びベイナイト組織に比べると転位密度が少なく軟質となっている点に特徴があり、“焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト”と“マルテンサイト組織及びベイナイト組織”とは、例えば透過型電子顕微鏡(TEM)観察などによって区別できる。これら「焼戻しマルテンサイト」及び「焼戻しベイナイト」が母相として存在していることは、全伸びと伸びフランジ性の両方を高める点で重要である。なお上述したように、前記母相組織は前記焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトに加えてフェライトを含んでいてもよい。該フェライトは、正確にはポリゴナルフェライト、即ち転位密度の少ないフェライトを意味する。フェライトを含ませると、伸びフランジ性をさらに高めることができる。例えば、光学顕微鏡写真にて組織の面積率を測定したとき(組織の区別はTEM観察、硬度測定などによって可能である)、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、及びフェライトの面積率(写真全体の面積を100%とする)を下記の通りとすることが目安となる。」 f 乙9(国際公開第2017/029814号)の記載 「[0085] 鋼組織の面積率は、各組織の面積率は圧延幅方向に垂直な断面の鋼板表面側から板厚方向に1/4位置を中心とする板厚1/8〜3/8の範囲をSEMで観察し、ASTM E 562−05に記載のポイントカウント法により求めた。・・・なお、結果は表2(表2−1と表2−2を合わせて表2とする。)に示し、表2のαがフェライト、Pがパーライト、Mがマルテンサイト、θがセメンタイトを意味し、α粒径がフェライト平均結晶粒径を意味し、M(C、N)粒子径が炭化物の平均粒子径、M(C、N)体積率がNb炭化物とTi炭化物とV炭化物の析出量の合計を意味する。また、上記M(C、N)におけるMは、Nb、Ti又はVを意味する。」 g 乙10(特開2014−189870号公報)の記載 「【0048】 鋼板の組織 組織全体に占める各相の面積比率は、圧延方向断面かつ板厚1/4面位置を光学顕微鏡で観察することにより求めた。倍率1000倍の断面組織写真を用いて、画像解析により任意に設定した100μm×100μm四方の正方形領域内に存在する占有面積を求めた。なお、観察はN=5(観察視野5箇所)で実施した。また、組織観察に際しては、3vol.%ピクラールと3vol. %ピロ亜硫酸ソーダの混合液でエッチングし、観察される黒色領域がフェライト相(ポリゴナルフェライト相)あるいはベイナイト相であるとして、フェライト相とベイナイト相の合計の面積比率を求め、残部領域が焼戻マルテンサイト相、マルテンサイト相、残留オーステナイト相、セメンタイトあるいはパーライト相であるとして、焼戻マルテンサイト相、マルテンサイト相、残留オーステナイト相、セメンタイト、パーライト相の合計の面積比率を求め、鋼板組織を2領域に区別した。 【0049】 ・・・セメンタイトおよびパーライト相の面積比率の合計は光学顕微鏡にて倍率1000倍の断面組織写真を用いて、画像解析により任意に設定した100μm×100μm四方の正方形領域内に存在する占有面積を求め観察はN=5で実施した。ナイタールでエッチングし、黒色領域をセメンタイトおよびパーライトの面積比率とした。なお、光学顕微鏡レベルではベイナイト相中の微小なセメンタイトは観察できず、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)などさらに高倍率での組織観察が必要であり、ベイナイト相中のセメンタイトは含まない。焼戻マルテンサイト相とマルテンサイト相の区別は倍率1000〜3000倍の断面SEM組織写真を用いて、画像解析により任意に設定した50μm×50μm四方の正方形領域内に存在する占有面積を求め観察はN=5で実施した。ナイタールでエッチングし、SEM写真上で塊状で表面が平滑な場合をマルテンサイト相、塊状で表面に炭化物などが観察される場合を焼戻マルテンサイト相とし、面積比率を求めた。」 h 乙11(特開2009−132988号公報)の記載 「【0121】 なお、光学顕微鏡によるミクロ組織観察を行い、組織写真を画像解析して測定されたフェライト、ベイナイト、マルテンサイト、セメンタイト、パーライトの面積率は、体積率と同等である。また、光学顕微鏡で観察されない微細なセメンタイトは、鋼板の特性に影響をほとんど及ぼさない。そのため、本発明ではセメンタイトが光学顕微鏡で観察されない場合は、体積率を0%とみなす。」 i 乙12(国際公開第2016/113788号)の記載 「[0045] 本発明においてマルテンサイト相、焼戻しマルテンサイト相、フェライト相、ベイニティックフェライト相、パーライト相、未再結晶フェライト相の面積率とは、観察面積に占める各相の面積の割合のことであり、これらの面積率は、最終製造工程後の鋼板よりサンプルを切出し、圧延方向に平行な断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、亜鉛めっき層下の地鉄鋼板における板厚1/4位置をSEM(走査型電子顕微鏡)で1500倍の倍率でそれぞれ3視野撮影し、得られた画像データからMedia Cybernetics社製のImage−Proを用いて各相の面積率を求め、視野の平均面積率を各相の面積率とする。前記画像データにおいて、フェライト相は黒色、マルテンサイト相は炭化物を含まない白色、焼戻しマルテンサイト相は炭化物を含む灰色、ベイニティックフェライト相は炭化物または島状マルテンサイト相を含む暗灰色、パーライト相は黒色と白色の層状として区別できる。また、未再結晶フェライト相は亜粒界を含む黒色としてフェライト相とは区別される。なお、本発明において島状マルテンサイト相は焼戻しマルテンサイト相であるので、該島状マルテンサイト相は焼戻しマルテンサイト相として面積率を求める。」 j 乙13(国際公開第2015/162932号)の記載 「[0090] [各相の面積率の測定方法] 上述のミクロ組織中の各相の面積率は、次の方法で測定される。熱延鋼板から試料を採取する。試料の表面のうち、圧延方向に対して平行な板厚断面を観察面する。観察面を研磨した後、ナイタールでエッチングする。光学顕微鏡を用いて、エッチング後の観察面のうち、板厚の1/4深さの位置において、300μm×300μmの視野を撮影して組織写真を生成する。得られた組織写真に対して画像解析を実施して、フェライト(ポリゴナルフェライト)の面積率と、パーライトの面積率と、ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率とをそれぞれ求める。」 (ウ)意見書3における主張 本件明細書等の段落【0020】には、「焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト量(合計分率)」を「SEM観察」で行うことが記載されているから、「その他の相」に含まれる「ベイナイト」の分率を求める測定方法はSEM観察であり、具体的な測定方法は明らかであるから、「ベイナイト」を含む「その他の相」の分率を一義的に決定することができ、結果的に「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率」を一義的に決定できる。 その他の相の組織(ベイナイト、パーライト、セメンタイト等)は、本件明細書等の段落【0072】に記載した測定条件でSEM観察し、直接分率を求めた。 オ 上記エ(ア)〜(ウ)に従えば、「その他の相」に含まれる相がベイナイト、パーライト、及びセメンタイト等であって、ベイナイト、パーライト、及びセメンタイトの各分率は顕微鏡観察により直接的に分率を求められることが技術常識であって、「その他の相」の分率を顕微鏡観察により求めれば、上記エ(ア)に記載の(式1’)から「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率」の値が求められると理解できる。 カ そして、上記ウ(ウ)に記載のとおり、本件明細書等の表3の各鋼におけるフェライト、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計(「焼戻しM/B」の値)、残留オーステナイト、フレッシュマルテンサイトの各分率の合計分率は100%とはなっていないから、本件発明の高強度鋼板には「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」が「その他の相」が存在するものと認められる。 キ したがって、上記イ(イ)に摘記した本件明細書等段落【0020】の「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)」を「鋼組織全体から上述のフェライト分率とMA分率を引くことにより求める」とする記載は、「その他の相」の分率を考慮していない点で不正確な記載であることは明らかであり、「その他の相」も含めて正確に記載すれば、「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)」は、上記エ(ア)に記載の(式1’)によって求められるものであって、鋼組織全体からフェライト分率とMA分率、及び、「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」の分率を差し引いた分率であると認められる。 ク そして、上記エ(ウ)によれば、ベイナイト、パーライト、及びセメンタイト等の「その他の相」の各分率はSEM観察により求められたものであって、SEM観察によって、ベイナイト、パーライト、及びセメンタイト等の「その他の相」が、「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)」と区別してその分率を求められることは、上記エ(イ)c、d、f、iのとおり、本件特許の出願時に当業者に知られていたことといえる。 ケ そうすると、本件明細書等の段落【0019】、【0020】の記載に基づいて、エ(ア)に記載の(式1’)における「フェライト分率」は「光学顕微鏡」での観察により、「MA分率」及び「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」の「分率」は「SEM観察」により算出できるから、結果的に「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率」が算出でき、一義的に定まるものと認められる。 コ 申立人は、令和 5年 3月 2日提出の上申書において下記の点を主張している。 (ア)上記エ(ウ)の特許権者の主張に対し、本件明細書等の段落【0020】、【0072】には、焼戻しベイナイトの分率をSEM観察から求めることが記載されていないから、本件明細書等の記載を考慮しても、本件明細書等の表3の各鋼について、「焼戻しベイナイト」と「ベイナイト」を区別して「ベイナイト」の分率を求める測定方法がSEM観察であることが明らかとはいえない。 (イ)上記エ(イ)c、dによれば、乙7ではベイナイトまたは焼戻しベイナイトと同定された領域のうち、ベイニティックフェライト部分の面積率のみをベイナイトまたは焼戻しベイナイトの面積率と見なしているのに対して、乙6では炭化物や島状白色組織を含む領域を焼戻し下部ベイナイト、上部ベイナイト、または下部ベイナイトとみなしているから、SEM画像を用いたということのみで「焼戻しベイナイト」と「ベイナイト」の分率は一義的に決定できない。 サ 上記コ(ア)の主張について、上記キ〜ケで述べたとおり、本件明細書等段落【0020】の「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)」の算出方法は不正確な記載であるが、「フェライト分率」は「光学顕微鏡」での観察により、「MA分率」及び「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」の「分率」は「SEM観察」により算出することで、「SEM観察」を利用して「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)」を求めているものであるから、上記エ(ウ)の特許権者の主張は本件明細書等の記載と矛盾しているとはいえない。 シ 上記コ(イ)の主張に関し、本件明細書等には、以下の記載がある。 (ア)「【0026】 (6)残留オーステナイトの平均粒径(平均サイズ):0.5μm以下、および粒径(サイズ)1.0μm以上の残留オーステナイト:全残留オーステナイト量の2%以上 残留オーステナイトの平均サイズを0.5μmとし、かつサイズ1.0μm以上の残留オーステナイトの全残留オーステナイトに占める比率(体積比)を2%以上とすることで、優れた深絞り性が得られることを見いだした。 【0027】 深絞り成形時に形成されるたて壁部の引張応力に対して、フランジ部の流入応力の方が小さいと、絞り成形が容易に進行することになり、良好な深絞り性が得られる。フランジ部の変形挙動は盤面方向、円周から圧縮応力が強くかかるため、等方的な圧縮応力が付与された状態で変形することとなる。一方、マルテンサイト変態は体積膨張を伴うため、等方的な圧縮応力下ではマルテンサイト変態は起こりにくくなる。よって、フランジ部での残留オーステナイトの加工誘起マルテンサイト変態が抑制されて加工硬化が小さくなる。 この結果、深絞り性が改善される。残留オーステナイトのサイズが大きいほど、マルテンサイト変態を抑制する効果が大きく発現する。 【0028】 また、深絞り成形により形成されるたて壁部の引張応力を高めるためには、変形中に高い加工硬化率を持続させることが必要である。比較的低い応力下で容易に加工誘起変態する不安定な残留オーステナイトと、高い応力下でないと加工誘起変態を起こさない安定な残留オーステナイトを混在させて、広い応力範囲に亘って加工誘起変態を起こさせることで、変形中に高い加工硬化率を持続させることができる。一方で、粗大で不安定な残留オーステナイトは、穴広げのような伸びフランジ変形時、または衝撃変形時において、残留オーステナイトから加工誘起変態により硬質なマルテンサイトに変態し、硬質相/母相界面における局所ひずみの集中により破壊の起点となりかねない。そのために粗大で不安定な残留オーステナイトと、微細で安定な残留オーステナイトを、それぞれ所定量含むことで、これらの特性を兼ね備えた鋼板組織を検討した。そして、本発明者らは、残留オーステナイトの平均サイズを0.5μmとし、かつサイズ1.0μm以上の残留オーステナイト量の全残留オーステナイト量に占める比率(体積比)を2%以上とすることで、変形中に高い加工硬化率を持続させ、優れた深絞り性(LDR)を得ることができることを見いだした。」 (イ)「【0058】 300℃〜500℃の温度範囲内で10℃/秒以下の冷却速度で10秒以上、300秒未満滞留させる。すなわち、300℃〜500℃の温度範囲内において、冷却速度が10℃/秒以下の状態に10秒以上、300秒未満置かれる。冷却速度が10℃/秒以下の状態は、図1の[5]のように、実質的に一定の温度で保持する(すなわち、冷却速度が0℃/秒)場合も含む。 この滞留により、部分的にベイナイトを形成させる。そして、ベイナイトはオーステナイトより炭素の固溶限が低いことから、固溶限を超えた炭素をはき出す。この結果、ベイナイト周囲に、炭素が濃化したオーステナイトの領域が形成される。 この領域が、後述する冷却、再加熱を経て、やや粗大な残留オーステナイトとなる。このやや粗大な残留オーステナイトを形成することで、上述のように深絞り性を高くすることができる。」 ス 上記シ(イ)のとおり、ベイナイトとは、固溶限を超えて吐き出された炭素がベイナイト周囲に濃化し、炭化物あるいはオーステナイトが形成された組織である。 そして、SEM観察による画像データでは「マルテンサイト相は炭化物を含まない白色」(乙6)、「マルテンサイトおよび残留オーステナイトは白色」(乙7)で観察されることを考慮すると、乙6に記載の「炭化物または島状白色組織」、乙7に記載の「島状のマルテンサイト、残留オーステナイトおよび炭化物」は、ベイナイト周囲に濃化した炭化物あるいはオーステナイトが冷却、再加熱を経た後に残留オーステナイトあるいはマルテンサイトとなったものと解される。 セ そうすると、本件明細書等に記載の「ベイナイト周囲に、炭素が濃化したオーステナイトの領域」は、「冷却、再加熱を経て、やや粗大な残留オーステナイトとなる」(段落【0058】)ものであるから、乙6に記載の「炭化物または島状白色組織」、乙7に記載の「島状のマルテンサイト、残留オーステナイトおよび炭化物」に含まれる組織である。 また、上記シ(ア)で摘記した点を考慮すると、「やや粗大な残留オーステナイト」とは「サイズ1.0μm以上の残留オーステナイト」であって、請求項1には「粒径1.0μm以上の残留オーステナイトが全残留オーステナイト量の2%以上」と記載されているのであるから、「ベイナイト周囲に、炭素が濃化したオーステナイトの領域」に由来する「残留オーステナイト」は、「残留オーステナイト分率」に含まれること、すなわち、ベイナイト分率に含まれないことは明らかである。 ソ したがって、本件発明において、ベイナイト分率は乙7に記載のベイニティックフェライト部分の面積率のみから算出されていることは、本件明細書等から明らかであるから、上記コ(イ)の主張は採用できない。 タ 以上のとおり、本件発明の高強度鋼板には「その他の相」が存在し、「その他の相」及び「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイトの合計分率」も一義的に定まるものと認められる。 よって、請求項1の記載、また、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜8の記載は特許を受けようとする発明が明確となったため、取消理由1は解消された。 (2)取消理由2について 上記(1)ケで述べたとおり、「フェライト、焼戻しマルテンサイト、焼戻しベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト(MA)以外のその他の相」の「分率」を測定する方法は「SEM観察」であると認められるから、取消理由2は解消された。 2 取消理由として採用しなかった申立理由について (1)実施可能要件(申立理由1)について ア 申立理由1の概要は次のとおりである。 すなわち、本件発明の高強度鋼板は、「残留オーステナイトの平均粒径が0.5μm以下」と規定されているが、当該鋼板の製造方法である本件発明7と同一の成分組成、製造条件で製造された甲1の実施例(特にNo.39及び41)の高強度鋼板においては、残留オーステナイトの平均粒径が0.5μmを超えている。 そうすると、「残留オーステナイトの平均粒径が0.5μm以下」を実現するためには、発明の詳細な説明に開示されている製造条件のみでは不十分であるから、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。 イ 本件明細書等における記載 (ア)本件発明の高強度鋼板の製造方法に関し、本件明細書等の段落【0054】〜【0067】には、同段落【0031】〜【0042】に記載される成分組成を有する圧延材を用いて、同段落【0018】〜【0030】に記載される鋼組織を得るための熱処理方法が記載されている。 (イ)特に、「残留オーステナイト」の「粒径」については、「SiとAlの合計が3.0%を超えると、残留オーステナイトが粗大にな」る(【0033】)、「Tiは析出強化ならびに組織微細化の効果があ」る(段落【0037】)、「V、Nb、Mo、ZrおよびHf」「の元素は、析出強化および組織微細化の効果があ」る(段落【0041】)、「Ac3点+100℃以下の温度とすることで旧オーステナイトの結晶粒の粗大化を抑制できる」(段落【0056】)、「滞留させる温度が500℃より高いと、炭素濃化領域が大きくなりすぎて、残留オーステナイトの平均サイズが粗大になる」、「滞留時間が300秒以上になると、炭素濃化領域が大きくなりすぎて、残留オーステナイトの平均サイズが粗大になる」(段落【0059】)、「冷却速度が、10℃/秒より遅いと、冷却中に炭素濃化領域が必要以上に広がり、残留オーステナイトの平均サイズが粗大になる」、「冷却停止温度が300℃以上だと、粗大な未変態オーステナイトが増え、その後の冷却でも残存することで、最終的に残留オーステナイトサイズが粗大にな」る(段落【0062】)と記載されており、成分組成と熱処理によって制御できることが記載されている。 (ウ)また、同段落【0069】〜【0075】には、上記(ア)で述べた成分組成、熱処理方法によって本件発明1で特定される鋼組織(「残留オーステナイトの平均粒径が0.5μm以下」を含む)を有する高強度鋼板が得られた実施例が多数開示されている。 (エ)そうすると、本件明細書等の発明の詳細な説明には、本件発明1〜6を製造する方法が記載されているといえる。 (オ)さらに、本件明細書等の段落【0001】には、高強度鋼板を「自動車部品をはじめとする各種の用途に使用」することが記載されている。 したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜6に係る高強度鋼板を製造することができ、使用することができる程度に、明確かつ十分に記載したものといえる。 (カ)また、上記(ア)、(イ)で述べたとおり、本件明細書等には、高強度鋼板の成分組成、熱処理方法、金属組織が記載されているため、原材料、処理工程、生産物が記載されていると認められる。 したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明7,8に係る高強度鋼板の製造方法により物を生産できる程度に、明確かつ十分に記載したものといえる。 ウ 申立人の上記主張に関し、甲1の実施例(特にNo.39及び41)の成分組成及び熱処理条件は、本件明細書等の段落【0069】〜【0075】に記載の実施例の成分組成及び熱処理条件と完全に一致したものではなく、成分組成や熱処理条件によって組織が変化するとの技術常識を踏まえると、甲1の実施例における残留オーステナイトの平均粒径が0.5μmを超えていることを根拠として、本件明細書等の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1〜8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない、とすることはできない。 エ 小括 したがって、本件発明1〜8については、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものであるから、申立理由1によっては、本件特許の請求項3に係る特許を取り消すことはできない。 (2)サポート要件(申立理由2)について ア 申立理由2の概要は上記第3の2に記載したとおりである。 イ 本件明細書等の記載によれば、本件発明が解決しようとする課題(以下、単に「課題」という。)は、「引張強度(TS)、スポット溶接部の十字引張強度(SW十字引張)、降伏比(YR)、引張強度(TS)と全伸び(EL)との積(TS×EL)、深絞り性(LDR)、穴広げ率(λ)および低温靭性が何れも高いレベルにある高強度鋼板およびその製造方法を提供すること」(段落【0006】)であると認められる。 ウ 本件明細書等には、上記イの課題に関連し、以下のような記載がある。 (ア)「フェライト量が多いと穴広げ性(伸びフランジ性)が低下する。このため、フェライト分率を5%以下(5体積%以下)とした。さらにフェライト分率を5%以下とすることにより優れた穴広げ率λを得ることができる。また、フェライト分率を5%以下とすることで高い降伏比を得ることができる。」(段落【0019】) 「焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率を60%以上(60体積%以上)とすることで高強度と高い穴広げ性を両立できる。」(段落【0020】) 「残留オーステナイトは、プレス加工等の加工中に加工誘起変態によってマルテサイトに変態するTRIP現象を生じ、大きな伸びを得ることができる。また、形成されるマルテンサイトは高い硬度を有する。このため、優れた強度?延性バランスを得ることができる。残留オーステナイト量を10%以上(10体積%以上)とすることでTS×ELが20000MPa%以上と優れた強度?延性バランスを実現できる。」(段落【0021】) 「フレッシュマルテンサイト分率を5%以下とし、母相/硬質相界面を起点とした破壊を抑制することで、穴広げ率および衝撃値(靭性)を向上させることができる。」(段落【0023】) 「残留オーステナイトの平均サイズを0.5μmとし、かつサイズ1.0μm以上の残留オーステナイトの全残留オーステナイトに占める比率(体積比)を2%以上とすることで、優れた深絞り性が得られる」(段落【0026】) (イ)「Cは残留オーステナイトを安定化させて残留オーステナイト量を必要量だけ確保することにより、深絞り性を向上させるのに有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには0.15%以上添加する必要がある。ただし、0.35%超は溶接に適さず、十分な溶接強度を得ることができない。」(段落【0032】) 「SiとAlは、それぞれ、セメンタイトの析出を抑制し、残留オーステナイトの形成を促進する働きを有する。このような作用を有効に発揮させるためには、SiとAlを合計で0.5%以上添加する必要がある。ただし、SiとAlの合計が3.0%を超えると、残留オーステナイトが粗大になって穴広げ率が劣化する。」「Alについては、脱酸元素として機能する程度の添加量、すなわち0.10質量%未満であってもよく、また、例えばセメンタイトの形成を抑制し、残留オーステナイト量を増加させる目的等のために、0.7質量%以上のようなより多くの量を添加してもよい。」(段落【0033】) 「Mnはフェライトの形成を抑制する。このような作用を有効に発揮させるためには1.0%以上添加する必要がある。ただし、4.0%を超えるとベイナイト変態が抑制されるため、比較的粗大な残留オーステナイトを形成することができない。そのため深絞り性を改善させることができない。」(段落【0034】) 「0.05%を超えたPが存在するとELおよびλが劣化する。」(段落【0035】) 「0.01%を超えたSが存在するとMnS等の硫化物系介在物を形成し、割れの起点となってλを低下させる。」(段落【0036】) 「Tiは析出強化ならびに組織微細化の効果があり、高強度化および衝撃値を向上するのに有用な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、0.01%以上、さらには0.02%以上含有させることが推奨される」(段落【0037】) エ そして、本件明細書等の実施例(段落【0069】〜【0086】)には、本件発明1〜8の発明特定事項である高強度鋼板の成分組成、鋼板組織、製造条件を満たすNo.10,12〜14、18、19、22〜24、31〜48は、「980MPa以上の引張強度、0.75以上の降伏比、20,000MPa%以上のTS×EL、2.00以上のLDR、20%以上の穴広げ率、6kN以上のSW十字引張および60J/cm2以上の衝撃値を達成」(段落【0076】)することが示されている。 また、鋼板の成分組成を満たさないか、製造条件を満たさないため鋼板組織を満たさないNo.1〜9、11、15〜17、20、21、25〜30は、引張強度、スポット溶接部の十字引張強度、降伏比、引張強度と全伸びとの積(TS×EL)、深絞り性、穴広げ率および低温靭性のいずれかが劣っていることが示されている。 オ そうすると、当業者であれば、本件発明1〜6の発明特定事項を有する高強度鋼板、本件発明7、8の発明特定事項を有する高強度鋼板の製造方法であれば、上記イの課題を解決できることが理解できるといえる。 カ 申立人は、特許異議申立書の(イ)において、 (a)Al含有量、Mn含有量およびTi含有量、フェライト分率について、請求項における数値範囲のうち限られた範囲で実施例があるのみであり、請求項における数値範囲にわたって課題を解決できることが立証されていない、 (b)「その他の相」が如何なる相であっても、例えばパーライトのような軟質な組織を上限値の11.2%に近い分率で含む場合であっても本件発明の課題を解決し得るとまではいえない と主張している。 キ しかしながら、上記(a)の主張については、上記ウ、エで述べたとおり、上記高強度鋼板の成分組成、フェライト分率について、それらが請求項に記載される数値範囲を満たすことで、本件発明は、上記イの課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ、申立人は上記イの課題が解決できないとする具体的根拠を示していない。 また、上記(b)の主張については、上記ウ(ア)、エで述べたとおり、上記高強度鋼板の鋼板組織が、本件発明1で特定される「フェライト分率が5%以下であり、焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率が60%以上であり、残留オーステナイト分率が10%以上であり、フレッシュマルテンサイト分率が5%以下」「残留オーステナイトの平均粒径が0.5μm以下であり、粒径1.0μm以上の残留オーステナイトが全残留オーステナイト量の2%以上であり、旧オーステナイト粒径が10μm以下」を満たすことで、本件発明が解決しようとする課題が解決されるものと認められる。 そして、申立人は、本件発明の高強度鋼板の成分組成、製造方法によれば、「その他の相」としてパーライトを11.2%に近い割合で含む鋼板組織が得られること、また、パーライトを多量含む場合に上記イの課題が解決できないとする具体的根拠を示していない。 したがって、申立人の主張は採用できない。 ク 小括 したがって、本件発明1〜8については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものであるから、申立理由2によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。 (3)明確性要件(申立理由3)について ア 申立理由3のうち、取消理由に採用されなかった申立ての概要は次のとおりである。 (ア)申立理由3−1 請求項1に記載の「フェライト分率」は、本件明細書等の段落【0019】には光学顕微鏡により測定すると記載されているのに対して、段落【0072】には走査電子顕微鏡により測定したことが記載されているから、実際の測定方法が不明であり、測定方法によって組織の分率が同じ値となるとは限らないことから、請求項1に記載の鋼板組織の分率の定義が不明確である。 (イ)申立理由3−2 本件明細書等の段落【0020】の「SEM観察を行い、MA(すなわち、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの合計)の分率を測定」するとの記載に対して(以下、当該方法で測定されたMA分率を「SEM/MA」という。)、残留オーステナイト、フレッシュマルテンサイトの各分率は「残留オーステナイト量は、X線回折により」(段落【0022】)、「フレッシュマルテンサイト分率は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)測定におけるKAM(Kernel Average Misorientation)解析より」(段落【0024】)算出されることが記載され(以下、当該方法で測定された残留オーステナイト、フレッシュマルテンサイトの各分率をそれぞれ「X/残留γ」、「EBSD/FM」という。)、それぞれ測定方法が異なり、SEM/MA=X/残留γ+EBSD/FMの関係が成り立つ根拠が見出せないから、請求項1に記載された鋼板組織の分率の定義が不明確である。 イ 申立理由3−1についての検討 本件明細書等には、フェライト分率に関して、「フェライト分率は光学顕微鏡で観察し、白い領域を点算法で測定することにより求める」(段落【0019】)、「焼戻しマルテンサイトおよび焼戻しベイナイト量(合計分率)は、ナイタール腐食を行った断面のSEM観察を行い、MA(すなわち、残留オーステナイトとフレッシュマルテンサイトの合計)の分率を測定し、鋼組織全体から上述のフェライト分率とMA分率を引くことにより求める」(段落【0020】)、「走査電子顕微鏡により観察倍率を3,000倍として観察を行い、上述した方法により、(i)フェライト分率、(ii)焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率(表3には「焼戻しM/B」記載)を求めた」(段落【0072】)と記載されている。 上記のとおり、段落【0072】には、「上述した方法により」「フェライト分率」「を求めた」ことが記載されているのであるから、段落【0019】に記載の「光学顕微鏡で観察し、白い領域を点算法で測定することにより求める」ことを意味することは明らかである。 したがって、請求項1に記載の「フェライト分率」は、その測定方法が段落【0019】に記載の方法であることが明らかであるから、定義は明確であるといえる。 ウ 申立理由3−2についての検討 本件明細書等の段落【0020】には、請求項1に記載の「焼戻しマルテンサイトと焼戻しベイナイトの合計分率」の算出においてSEM/MAを用いることが記載されているものであるのに対して、同段落【0022】、【0024】には、請求項1に記載の「残留オーステナイト分率」、「フレッシュマルテンサイト分率」の算出においてそれぞれ「X/残留γ」、「EBSD/FM」を用いることが記載されているものである。そして、本件明細書等には、SEM/MA=X/残留γ+EBSD/FMの関係が成り立つことは何ら記載されておらず、本件発明1において発明特定事項ともされていない。 したがって、請求項1に記載された各鋼板組織の分率の定義は明確であるといえる。 エ 小括 したがって、本件発明1〜8については、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するものであるから、申立理由3によっては、本件特許の請求項1−8に係る特許を取り消すことはできない。 第6 まとめ 以上のとおり、当審から通知した取消理由及び特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2023-03-31 |
出願番号 | P2017-103024 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
池渕 立 |
特許庁審判官 |
土屋 知久 山本 佳 |
登録日 | 2021-03-30 |
登録番号 | 6860420 |
権利者 | 株式会社神戸製鋼所 |
発明の名称 | 高強度鋼板およびその製造方法 |
代理人 | 山尾 憲人 |
代理人 | 大釜 典子 |
代理人 | 山田 卓二 |