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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
管理番号 1396260
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-11-17 
確定日 2023-02-07 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6874676号発明「非水電解質二次電池用正極活物質、非水電解質二次電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6874676号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。 特許第6874676号の請求項1〜4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の特許第6874676号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、2016年(平成28年) 2月15日(優先権主張 平成27年 2月17日)を国際出願日とする出願であって、令和 3年 4月26日にその特許権の設定登録がされ、同年 5月19日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1〜4(全請求項)に係る特許について、令和 3年11月17日に特許異議申立人である竹下 瑞恵(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものであり、その後の経緯は、以下のとおりである。

令和 4年 2月10日付け 取消理由通知
同年 4月14日受付 特許権者からの訂正請求書及び意見書の提出
同年 6月23日 申立人からの意見書の提出
同年 8月19日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年10月24日 特許権者からの意見書の提出

第2 本件訂正請求について
1 訂正請求の趣旨、及び訂正の内容
令和 4年 4月14日受付の訂正請求書により特許権者が行った訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)は、特許第6874676号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜4について訂正することを求めるものであり、その訂正の内容は、以下のとおりである。なお、訂正箇所には、当審が下線を付した。
(1)訂正事項1
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」と記載されているのを、「結晶子サイズ」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。)。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正の目的、特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び新規事項追加の有無
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的について
訂正事項1は、本件訂正前の請求項1に「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズが100〜600nm」と記載され、「100〜600nm」であるのが「一次粒子の平均粒子径」であるのか、「結晶子サイズ」であるのか、それとも一次粒子の平均粒子径と結晶子サイズとが同一となる状態における「一次粒子の平均粒子径(結晶子サイズ)」であるのかが不明瞭であったところ、これを本件訂正により、「結晶子サイズが100〜600nm」として、当該100〜600nmであるのが「結晶子サイズ」であることを明らかにするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに該当する。

(イ)特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否、及び新規事項追加の有無について
訂正事項1による訂正は、明瞭でない記載の不明瞭さを正すものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
また、本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の【0014】には、「また、本発明は、本発明1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質において、一次粒子(結晶子サイズ)が100〜600nmである非水電解質二次電池用正極活物質である」との記載があり、【0053】には、「得られた焼成物の化学組成は、・・・一次粒子(結晶子サイズ)は462nmであった。」(「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)との記載があり、【表1】には、実施例1〜3、及び比較例1の「結晶子サイズ」が、それぞれ「462nm」、「500nm」、「556nm」、及び「667nm」であるとの記載があるから、訂正事項1による訂正は、本願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項1による訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(2)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1〜4について、訂正前の請求項2〜4はそれぞれ訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、請求項1の訂正に連動して訂正されるものであるので、本件訂正前の請求項1〜4は、一群の請求項である。
そして、本件訂正請求は、上記一群の請求項ごとに訂正の請求をするものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。
また、本件訂正請求は、請求項間の引用関係の解消を目的とするものではなく、特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから、訂正後の請求項〔1〜4〕を訂正単位とする訂正を請求するものである。

(3)独立特許要件について
本件は、訂正前の全請求項について特許異議の申立てがされているので、訂正事項1について、特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

3 本件訂正請求についてのむすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項及び第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2の3のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるから、本件訂正請求によって訂正された特許請求の範囲の請求項1〜4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明4」といい、総称して「本件発明」ということがある。)は、その訂正特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
組成がLia(NixCoyMn1−x−y)O2(1.0≦a≦1.15、0<x<1、0<y<1)で表されるリチウム遷移金属層状酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されており、結晶子サイズが100〜600nmであり、該二次粒子の断面の組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数が25%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質。
【請求項2】
請求項1記載の非水電解質二次電池用正極活物質において、平均二次粒子径が3.0〜16μmである非水電解質二次電池用正極活物質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質を用いた非水電解質二次電池。
【請求項4】
原料となる、球状のニッケル・コバルト・マンガン系複合化合物粒子を得、この複合化合物粒子と水酸化リチウムとを、モル比でLi/(Ni+Co+Mn)を1.00〜1.20の範囲とした混合物を得、この混合物を酸素含有雰囲気で600〜900℃の温度で焼成し、水洗処理することなく、500〜750℃で焼成温度よりも低温でアニール処理することから成る請求項1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。」

第4 特許異議申立てについて
1 申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証〜甲第4号証を提出し、以下の理由により、本件特許の本件訂正前の請求項1〜4に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
(1)申立理由1(新規性
ア 申立理由1−1(取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由1−2(取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性
ア 申立理由2−1(取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明から、又は甲第1号証の記載された発明と甲第2号証又は甲第3号証に記載の発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲第4号証を参酌することにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由2−2(取消理由として不採用)
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明から、又は甲第2号証の記載された発明と甲第3号証に記載の発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲第4号証を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(明確性)(取消理由として採用)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1には、「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズが100〜600nmであり、」と記載されているが、「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」の語の意味することが不明であり、その測定並びに算出手段も不明であるから、本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2〜4の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(実施可能要件
ア 申立理由4−1(取消理由として採用)
本願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」について、本件訂正前の請求項1〜4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由4−2(取消理由として不採用)
本願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項4に記載の製造方法について、焼成時間並びにアニール処理時間が不明である点で本件訂正前の請求項4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:特開2007−257890号公報
甲第2号証:特開2013−143358号公報
甲第3号証:特開2011−57518号公報
甲第4号証:特開2013−171646号公報
(以下、単に「甲1」等という。)

2 取消理由の概要
(1)令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由の概要
上記1の各申立理由のうち、申立理由3、及び申立理由4−1を採用して、令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。
ア 取消理由1(明確性
本件訂正前の請求項1の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」の具体的な測定条件や算出方法が明らかでないため、粒子径の測定方法や定義によって異なる値となるはずの「一次粒子の平均粒子径」と、これと通常は同一の値とならないはずの「結晶子サイズ」とが同一の値のものとして、どのように測定、算出された値であるのかを明確に把握することは困難であり、本件訂正前の請求項1及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2〜4の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 取消理由2(実施可能要件
本願の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」について、全ての一次粒子が単結晶の結晶子から構成されるような特殊な状態が実現されていると解した場合には、本件訂正前の請求項1〜4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)令和 4年 8月19日付けで通知した取消理由(決定の予告)の概要
令和 4年 8月19日付けで職権により通知した取消理由(決定の予告)の概要は、以下のとおりである。
ア 取消理由3(明確性
本件明細書には、本件発明1に係る「非水電解質二次電池用正極活物質」の「結晶子サイズ」の具体的な測定方法、算出方法は明記されておらず、また、「結晶子サイズ」を算出する通常の方法である「粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出」する方法によるものとしても、どのような結晶面に対応するピークのピーク幅に基づいて結晶子サイズを算出するのかが明らかでなく、本件発明1〜4を明確に把握することは困難である。
したがって、本件訂正後の請求項1及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2〜4の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

3 当審の判断
当審は、以下に述べるように、令和 4年 8月19日付けで通知した取消理由(決定の予告)、令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由、及び特許異議の申立ての理由のいずれによっても、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
(1)取消理由1(明確性)、取消理由3(明確性)について
ア 令和 4年 8月19日付けで通知した取消理由(決定の予告)において、当審は、取消理由3として、本件明細書には、本件発明1に係る「非水電解質二次電池用正極活物質」の「結晶子サイズ」の具体的な測定方法、算出方法は明記されておらず、また、「結晶子サイズ」を算出する通常の方法である「粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出」する方法によるものとしても、どのような結晶面に対応するピークのピーク幅に基づいて結晶子サイズを算出するのかが明らかでなく、本件発明1〜4を明確に把握することは困難である旨指摘した。

イ これに対して、特許権者は、令和 4年10月24日に提出した意見書において、
(ア)結晶子サイズの評価方法について、本件明細書中には明記がないが、明記が無くとも、当業者であれば周知である通常の手法を用いて結晶子サイズを評価することができると理解されるべきであり、結晶子サイズは、粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出されることが通常であり、結晶子サイズがどのように測定、算出された値であるのかは明確といえること、
(イ)本件発明1は、「結晶子サイズが100〜600nm」と比較的広い数値範囲を特定するものであり、いかなるピークのピーク幅を用いたとしても、算出される結晶子サイズがこの数値範囲内に含まれるような「非水電解質二次電池正極活物質」を特定することを意図するものであって、本件発明1に係る「非水電解質二次電池正極活物質」では、粉末X線回折法を利用して得られたピークのうちいかなるピーク幅からシェラーの式を用いて結晶子サイズを測定した場合も100〜600nmの範囲にあること、
を主張している。

ウ そこで、本願出願時の技術常識を前提とする上記イ(ア)の主張、及び上記イ(イ)の主張を考慮して検討するに、確かに、本願出願時の技術常識によれば、結晶子サイズは、粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出されるのが周知の方法であると認められ、また、本件発明1〜4は、「結晶子サイズが100〜600nm」と比較的広い数値範囲を特定するものであり、いかなるピークのピーク幅を用いたとしても、算出される結晶子サイズがこの数値範囲内に含まれるような「非水電解質二次電池正極活物質」を特定することを意図したものであるとの説明も首肯できるものであるから、その結果、本件発明1〜4を明確に把握することができるといえる。

エ また、令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由1として、当審は、本件訂正前の請求項1の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」の具体的な測定条件や算出方法が明らかでないため、粒子径の測定方法や定義によって異なる値となるはずの「一次粒子の平均粒子径」と、これと通常は同一の値とならないはずの「結晶子サイズ」とが同一の値のものとして、どのように測定、算出された値であるのかを明確に把握することは困難である旨指摘した。

オ これに対して、特許権者は、本件訂正により、本件訂正前の請求項1の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」との記載を「結晶子サイズ」と訂正するとともに、令和 4年 4月13日に提出した意見書において、訂正後の請求項1の発明は、粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出された「結晶子サイズ」が「100〜600nm」であることを特定するものであり、当該「結晶子サイズ」が、どのように測定、算出された値であるのかは明確といえる旨主張している。

カ そこで、上記オの主張を考慮して検討するに、本件発明1〜4の「結晶子サイズ」は、周知の方法である、粉末X線回折法による特定のピーク幅からシェラーの式を用いて算出されるものであり、このようにして算出された「結晶子サイズ」が「100〜600nm」であることも明確に把握できるものであるから、その結果、本件発明1〜4を明確に把握することができるといえる。

キ したがって、本件訂正後の請求項1及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2〜4の記載は、特許を受けようとする発明が明確であり、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるから、取消理由3又は取消理由1によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

(2)取消理由2(実施可能要件)、申立理由4−2(実施可能要件)について
ア 令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由2として、当審は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1に記載の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」について、全ての一次粒子が単結晶の結晶子から構成されるような特殊な状態が実現されていると解した場合には、本件訂正前の請求項1〜4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨指摘した。

イ これに対して、特許権者は、本件訂正により、本件訂正前の請求項1の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」との記載を「結晶子サイズ」と訂正するとともに、令和 4年 4月13日に提出した意見書において、訂正後の請求項1の発明は、全ての一次粒子が単結晶の結晶子から構成されるような特殊な状態を実現することが想定するものではないことが明確となった旨主張している。

ウ そこで、上記イの主張を考慮して検討するに、本件訂正により、本件訂正前の請求項1の「一次粒子の平均粒子径である結晶子サイズ」との記載が「結晶子サイズ」と訂正されることによって、本件発明1は、全ての一次粒子が単結晶の結晶子から構成されるような特殊な状態を実現することが想定するものではないことが明確となったことから、取消理由2は、前提を欠くものとなり、解消した。

エ また、申立人は、申立理由4−2として、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項4に記載の製造方法について、焼成時間並びにアニール処理時間が不明である点で本件訂正前の請求項4に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨主張している。

オ しかしながら、本件明細書の【0053】には、実施例1に関して、ニッケル・コバルト・マンガン複合水酸化物粒子と水酸化リチウム・1水塩との混合物を「酸素雰囲気下、750℃にて10時間焼成」すること、及び「その後酸素雰囲気下、600℃にて4時間の熱処理(アニール処理)を行った後に解砕して、本件発明に係る正極活物質を得ることが記載されていることから、当業者であれば、この記載を参照することにより、本件発明4に係る製造方法における「焼成時間」及び「アニール処理時間」を適宜設定し実施することはできるといえる。

カ したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1〜4について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、特許法第36条第4項第1号に適合するものであるから、取消理由2又は申立理由4−2によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

(3)申立理由1−1(新規性)、申立理由2−1(進歩性)について
ア 甲1〜甲4の記載事項、及び甲1に記載された発明
(ア)甲1の記載事項
本件特許の優先日前に公知となった甲1(特開2007−257890号公報)には、「非水電解質リチウムイオン電池用正極材料およびこれを用いた電池」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。なお、下線は当審が付したものである。以下同様。
a 「【0001】
本発明は、正極活物質にリチウムニッケルマンガン酸化物を用いてなる非水電解質リチウムイオン電池用正極材料およびこれを用いた非水電解質リチウムイオン電池に関するものである。」

b 「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記特許文献1に記載の方法は、遷移金属を置換することによって、容量低下、抵抗上昇などによってHEV用としては出力が低下するとの問題があった。更に、HEV用としての高出力充放電サイクルによる内部抵抗の上昇に問題があった。
【0011】
そこで、本発明は、上記の従来技術の課題に着目されたものであり、高温での保存、充放電においても、Mnの溶出を抑制し、且つ高出力を維持し、高出力充放電による内部抵抗の上昇を抑制することのできる非水電解質リチウムイオン電池用正極材料およびこれを用いた電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、正極活物質に用いられるリチウムニッケルマンガン酸化物の1次粒子表面から一定の深さの領域のMnの平均価数を3.2価以上にすることで、保存、充放電においても、Mnの溶出を抑制し、且つ高出力を維持し、高出力のサイクル充放電による内部抵抗上昇を抑制できることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、1次粒子表面から結晶のc軸長の5倍の深さの領域(単に表面近傍領域ともいう)における、Mnの平均価数が3.2以上であるリチウムニッケルマンガン酸化物を正極活物質に用いてなることを特徴とする正極材料により上記目的を達成することができる。」

c 「【0054】
上記正極活物質のリチウムニッケルマンガン酸化物粒子の平均粒径としては、その製造方法にもよるが、正極活物質であるリチウムニッケルマンガン酸化物の高容量化、反応性、サイクル耐久性の観点からは、0.1〜20μmの範囲であるのが望ましいといえるが、本発明では、必ずしも上記範囲に制限されるものではない。なお、該リチウムニッケルマンガン酸化物が2次粒子である場合には該2次粒子を構成する1次粒子の平均粒径が0.01〜5μmの範囲であるのが望ましいといえるが、本発明では、必ずしも上記範囲に制限されるものではない。ただし、製造方法にもよるが、リチウムニッケルマンガン酸化物が凝集、塊状などにより2次粒子化したものでなくても良いことはいうまでもない。かかるリチウムニッケルマンガン酸化物粒子の粒径および1次粒子の粒径は、例えば、走査電子顕微鏡(SEM)観察、透過電子顕微鏡(TEM)観察により測定することができる。」

d 「【実施例】
【0122】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明の内容を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例で、特に断らない場合には、「%」は、「(遷移金属原子)中のモル比の割合(mol%)」を表すものとする。
【0123】
実施例及び比較例
1−1.正極(粉末)の作製(実施例1〜5、11〜22、比較例1〜2、4〜8)
水酸化リチウム水和物と、マンガン30%及びコバルト30%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させた。この過程で、更に各実施例及び比較例のリチウムニッケルマンガン酸化物の組成に応じて、マグネシウム、亜鉛、窒素、リンを含む化合物を混合した。室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間、脱水した。その後、300〜500℃の間で8時間、熱分解を行い、500〜850℃、酸素雰囲気中、均質化を行いながら24時間焼成した。本焼成工程において、リチウムニッケル複合酸化物の粒子が成長する。当該工程までの置換体の原材料の種類や添加量、更に本焼成後のアニール温度条件を変えて各実施例及び比較例を行った。後述する各実施例及び比較例では、当該工程につき説明するものとし、他の要件については各実施例及び比較例で全て同様であるため、以下にまとめて説明する。なお、ここで得られたリチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)粒子の平均粒径は5μmであった。」

e 「【0141】
《組成及び結晶構造の確認》
正極活物質として得られたリチウムニッケルマンガン酸化物全体及び1次粒子表面から結晶のc軸長の5倍の深さの領域(表面近傍領域)の組成につき、TOF−MASSにより確認した。なお、各実施例及び比較例では、表面近傍領域として、1次粒子表面から結晶(R3−m結晶構造)のc軸長について、その5倍に相当する14.3Åまでの深さの領域を測定した。また、得られたリチウムニッケルマンガン酸化物の結晶構造は、粉末XRDにより確認した。さらに、各実施例及び比較例での表面近傍領域におけるMnの平均価数は、正極活物質として得られたリチウムニッケルマンガン酸化物(いずれも0.5<x≦1.1の範囲内)の表面近傍領域の組成を測定し、算出した。」

f 「【0147】
比較例1
水酸化リチウム水和物と、Co30%及びMn30%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させた。撹拌しながら室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間脱水した。その後、300℃〜500℃の間で熱分解を8時間空気中で行い、500〜850℃、酸素雰囲気中で24時間焼成した。その後、500℃にて、酸素1気圧の雰囲気で12時間アニールした。得られたリチウムニッケルマンガン酸化物を用いた実験結果を表2に示す。」

g 「【0154】
【表2】



h 「【0197】
比較例8
水酸化リチウム水和物と、Co30%及びMn29%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させた。撹拌しながら室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間、脱水した。その後、300℃〜500℃の間で熱分解を8時間、空気中で行い、500〜850℃、酸素雰囲気中、24時間、焼成した。その後、500℃にて、酸素2気圧の雰囲気で12時間アニールした。得られたリチウムニッケルマンガン酸化物を用いた実験結果を表8に示す。
【0198】
実施例21
水酸化リチウム水和物と、Co30%及びMn28%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させた。撹拌しながら室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間、脱水した。その後、300℃〜500℃の間で熱分解を8時間、空気中で行い、500〜850℃、酸素雰囲気中、24時間、焼成した。その後、500℃にて、酸素2気圧の雰囲気で12時間アニールした。得られたリチウムニッケルマンガン酸化物を用いた実験結果を表8に示す。
【0199】
実施例22
水酸化リチウム水和物と、Co30%及びMn27%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させた。撹拌しながら室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間、脱水した。その後、300℃〜500℃の間で熱分解を8時間、空気中で行い、500〜850℃、酸素雰囲気中、24時間、焼成した。その後、500℃にて、酸素2気圧の雰囲気で12時間アニールした。得られたリチウムニッケルマンガン酸化物を用いた実験結果を表8に示す。」

i 「【0200】
【表8】



(イ)甲1に記載された発明
上記(ア)に摘記した甲1の記載事項を総合勘案し、特に、比較例1の「リチウムニッケルマンガン酸化物」に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。

「水酸化リチウム水和物と、Co30%及びMn30%を含んだ水酸化ニッケルとを、純水に溶解させ、撹拌しながら室温から300℃まで加熱し、空気中で24時間脱水し、その後、300℃〜500℃の間で熱分解を8時間空気中で行い、500〜850℃、酸素雰囲気中で24時間焼成し、その後、500℃にて、酸素1気圧の雰囲気で12時間アニールして得られた、非水電解質リチウムイオン電池用リチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)の粒子であって、
組成がLiNi0.4Co0.3Mn0.3O2であり、
1次粒子の平均粒径が0.12μmであり、
1次粒子表面から結晶(R3−m結晶構造)のc軸長について、その5倍に相当する14.3Åまでの深さの領域である表面近傍領域におけるMnの平均価数が3.00であり、
平均粒径が5μmである、
リチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)の粒子。」(以下、「甲1発明」という。)

(ウ)甲2の記載事項
本件特許の優先日前に公知となった甲2(特開2013−143358号公報)には、「リチウム二次電池」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
a 「【0001】
本発明は、正極活物質および該正極活物質を備えたリチウム二次電池に関する。」

b 「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
リチウム二次電池をより広いSOC(充電状態;State of charge)幅で使用すれば、該電池の単位体積または単位質量から取り出して有効に利用し得るエネルギー量はより多くなり得る。このことは、例えば、高出力および高エネルギー密度が求められる車両搭載用電池(例えば車両駆動電源用電池)において特に有意義である。しかし、一般にリチウム二次電池は、SOCが低くなると(例えば30%程度)、出力(特に、0℃以下(例えば−30℃程度)の低温における出力;以下「低温低SOC出力」ともいう。)が小さくなる傾向にある。特許文献1に記載の非水電解液二次電池もまた、低SOC域における出力の向上に関して、なお改良の余地のあるものであった。
【0006】
低SOC域においても所要の出力を発揮し得るリチウム二次電池が提供されれば、ハイブリッド車、電気自動車等の車両の走行性能を向上させることができる。また、低SOC域においても所要の出力を発揮できれば、必要なエネルギー量を確保するための電池の数を減らすことができる。このことは、リチウム二次電池を備えた製品(例えば車両)のコストダウン、軽量化、電池搭載スペースの小型化、等の観点から有利である。本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、低SOC域における出力が改善されたリチウム二次電池の提供を一つの目的とする。関連する他の目的は、かかるリチウム二次電池の正極材料その他の用途に好適な正極活物質およびその製造方法を提供することである。」

c 「【0007】
本発明によると、正極および負極を備えたリチウム二次電池が提供される。前記正極は、殻部とその内部に形成された中空部とを有する中空構造の正極活物質を備える。その正極活物質は、層状の結晶構造を有するリチウム遷移金属酸化物を含み、該リチウム遷移金属酸化物は、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)およびマンガン(Mn)のうち少なくとも一種の金属元素MTを含有する。前記正極活物質は、該正極活物質の粉末X線回折パターンにおいて、(003)面により得られる回折ピークの半値幅Aと、(104)面により得られる回折ピークの半値幅Bとの比(A/B)が0.7以下(例えば、0.4以上0.7以下)である。また、前記正極活物質は、LiとCO3とを含む化合物(以下、「Li−CO3化合物」と表記することもある。)の含有量が0質量%以上0.2質量%以下である。」

d 「【0019】
本発明の他の側面として、ここに開示されるいずれかの方法により製造された正極活物質が提供される。また、かかる正極活物質を備える正極、および、該正極を用いて構築された非水二次電池が提供される。ここで「非水二次電池」とは、非水電解質(典型的には、常温(例えば25℃)において液状を呈する電解質、すなわち電解液)を備えた二次電池を指す。かかる非水二次電池の一代表例として、リチウム二次電池(例えばリチウムイオン二次電池)が挙げられる。」

e 「【0023】
≪正極活物質の基本組成≫
ここに開示される技術における正極活物質は、殻部とその内部に形成された中空部とを備えた中空構造を有する。該正極活物質は、層状の結晶構造(典型的には、六方晶系に属する層状岩塩型構造)を有するリチウム遷移金属酸化物を含む。上記リチウム遷移金属酸化物は、金属元素MTを含む。このMTは、Ni,CoおよびMnのうちの少なくとも一種である。上記正極活物質におけるNi,CoおよびMnの合計含有量(すなわち、MTの含有量)は、該正極活物質に含まれるリチウム以外の全金属元素Mallの総量をモル百分率で100モル%としたとき、そのうち例えば85モル%以上(好ましくは90モル%以上、典型的には95モル%以上)であり得る。上記MTが少なくともNiを含む組成の正極活物質が好ましい。例えば、正極活物質に含まれるリチウム以外の金属元素の総量を100モル%として、Niを10モル%以上(より好ましくは20モル%以上)含有する正極活物質が好ましい。かかる組成の正極活物質は、後述する製造方法を適用して中空構造の正極活物質粒子を製造するのに適しているので、所望する構造の正極活物質粒子を容易に得ることができる。」

f 「【0035】
好ましい一態様に係る正極活物質は、上記リチウム遷移金属酸化物の一次粒子が集まった二次粒子の形態をなす。ここで「一次粒子」とは、外見上の幾何学的形態から判断して単位粒子(ultimate particle)と考えられる粒子を指す。ここに開示される正極活物質において、上記一次粒子は、典型的にはリチウム遷移金属酸化物の結晶子の集合物である。正極活物質の形状観察は、例えば、日立ハイテクノロジーズ社の「日立ハイテク日立超高分解能電解放出形走査顕微鏡 S5500」により行うことができる。
【0036】
かかる正極活物質粒子の代表的な構造を、図1に模式的に示す。この正極活物質粒子110は、殻部115と中空部116とを有する中空構造の粒子である。殻部115は、一次粒子112が球殻状に集合した形態を有する。好ましい一態様では、殻部115は、その断面SEM(Scanning Electron Microscope)像において、一次粒子112が環状(数珠状)に連なった形態を有する。殻部115の全体に亘って一次粒子112が単独(単層)で連なった形態であってもよく、一次粒子112が2つ以上積み重なって(多層で)連なった部分を有する形態であってもよい。上記連なった部分における一次粒子112の積層数は、凡そ5個以下(例えば2〜5個)であることが好ましく、凡そ3個以下(例えば2〜3個)であることがより好ましい。好ましい一態様に係る正極活物質粒子110は、殻部115の全体に亘って、一次粒子112が実質的に単層で連なった形態に構成されている。」

g 「【0049】
ここに開示される技術における正極活物質は、少なくともMTを含む前駆体水酸化物を準備(例えば、MTを含む反応液から上記前駆体水酸化物を生成させる湿式法により調製)し、該前駆体水酸化物を適当なリチウム化合物(リチウム源となり得る化合物;例えば、Li2CO3,LiOH等のリチウム塩)と混合し、その未焼成の混合物を適切な条件で焼成することにより得ることができる。この焼成工程は、酸化性雰囲気(例えば、大気中または大気よりも酸素がリッチな雰囲気)中で行うことが望ましい。好ましい一態様では、上記焼成工程を、最高焼成温度T1で焼成する第一焼成段階(c1)と、上記最高焼成温度T1よりも低い最高焼成温度T2(すなわち、T1>T2)で焼成する第二焼成段階(c2)と、を含む態様で行う。このような多段階の焼成スケジュールによって混合物を焼成することにより、ここに開示される好ましい半値幅比(A/B)とLi−CO3化合物含有量とを両立させた(典型的には、半価幅比(A/B)が所定値以下であり、かつLi−CO3化合物含有量が所定値以下に抑えられた)中空構造の正極活物質を効率よく形成することができる。」

h 「【0121】
≪中空構造を有する活物質粒子の製造≫
(サンプルP1)
硫酸ニッケル(NiSO4)、硫酸コバルト(CoSO4)および硫酸マンガン(MnSO4)を水に溶解させて、Ni:Co:Mnのモル比が1:1:1であり、かつNi,CoおよびMnの合計濃度が1.8mol/Lである水溶液aqAを調製した。また、パラタングステン酸アンモニウム(5(NH4)2O・12WO3)を水に溶解させて、W濃度が0.05mol/Lの水溶液aqB(W水溶液)を調製した。
【0122】
攪拌装置および窒素導入管を備えた反応槽に、その容量の半分程度の水を入れ、攪拌しながら40℃に加熱した。該反応槽を窒素置換した後、窒素気流下、反応槽内の空間を酸素濃度2.0%の非酸化性雰囲気に維持しつつ、25%(質量基準)水酸化ナトリウム水溶液と25%(質量基準)アンモニア水とをそれぞれ適量加えて、液温25℃を基準とするpHが12.0であり、液相のアンモニア濃度が20g/Lであるアルカリ性水溶液(NH3・NaOH水溶液)を調製した。
【0123】
上記反応槽中のアルカリ性水溶液に、上記でそれぞれ調製した水溶液aqAと、水溶液aqBと、25%水酸化ナトリウム水溶液と、25%アンモニア水とを、一定速度で供給することにより、反応液をpH12.0以上(具体的にはpH12.0〜14.0)、かつアンモニア濃度20g/Lに維持しつつ、該反応液から水酸化物を晶析させた(核生成段階)。
【0124】
次いで、上記反応槽への各液の供給速度を調節して反応液のpH12.0未満(具体的には、pH10.5〜11.9に調整し、液相のアンモニア濃度を1〜10g/Lの範囲の所定濃度に制御しつつ、上記で生成した核の粒子成長反応を行った(粒子成長段階)。生成物を反応槽から取り出し、水洗し、乾燥させて、(Ni+Co+Mn):Wのモル比が100:0.5である複合水酸化物(前駆体水酸化物)を得た。この前駆体水酸化物に、大気雰囲気中、150℃で12時間の熱処理を施した。
【0125】
その後、上記前駆体水酸化物とLi2CO3(リチウム源)とを、(Ni+Co+Mn):Liのモル比(すなわちmT:mLi)が1.16:1となるように混合した(混合工程)。この未焼成混合物を、大気雰囲気中、最高焼成温度900℃(T1)に3時間(t1)保持する第一焼成段階に供し、次いで最高焼成温度730℃(T2)に8時間(t2)保持する第二焼成段階に供した。その後、焼成物を冷却し、解砕し、篩分けを行った。このようにして、Li1.16Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2で表される平均組成を有し、表1に示す粒子形状を有する正極活物質サンプルP1を得た。
【0126】
(サンプルP2〜P4)
第一焼成段階における最高焼成温度(T1)および保持時間(t1)、第二焼成段階における最高焼成温度(T2)および保持時間(t2)、ならびに混合工程におけるmT:mLiを表1に示すように設定した他はサンプルP1の製造と同様にして、正極活物質サンプルP2〜P4を得た。
サンプルP1〜P4の製造に係る焼成工程の温度プロファイル(焼成パターンI)を図6に示す。
【0127】
(サンプルP5〜P8)
第二焼成段階を行わない点を除いてはサンプルP1〜P4の製造と同様にして、これらP1〜P4のそれぞれに対応する正極活物質サンプルP5〜P8を得た。
サンプルP5〜P8の製造に係る焼成工程の温度プロファイル(焼成パターンII)を図7に示す。
【0128】
(サンプルP9〜P11)
混合工程におけるmT:mLi、最高焼成温度(T1)および保持時間(t1)を表1に示すように設定した点、ならびに第二焼成段階を行わない点を除いてはサンプルP1の製造と同様にして、正極活物質サンプルP9〜P11を得た。
サンプルP9〜P11の製造に係る焼成工程の温度プロファイル(焼成パターンIII)を図8に示す。
【0129】
なお、正極活物質サンプルP1〜P11は、いずれも、平均粒径(メジアン径D50)が凡そ3〜8μmとなるように調製した。これらの正極活物質サンプルP1〜P11の断面SEM観察を行ったところ、いずれも一次粒子が集まった二次粒子の形態であって、明確な殻部と中空部とを備えていた。該殻部には、いくつかの(一粒子当たり平均1つ以上の)貫通孔が形成され、その貫通孔以外の部分では殻部が緻密に焼結していることが確認された。また、サンプルP1〜P11の平均硬度を上述した方法により測定したところ、いずれも0.5MPa〜10MPaの範囲にあることが確認された。また、サンプルP1〜P11のBET比表面積は、いずれも0.5〜2.0m2/gの範囲にあった。」

i 「【0141】
【表1】



j 「【0142】
【表2】



(エ)甲3の記載事項
本件特許の優先日前に公知となった甲3(特開2011−57518号公報)には、「高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物及びその製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
a 「【請求項1】
リチウムイオン二次電池の正極活物質の前駆体である高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物であって、Ni(1−x−y)CoxMny(OH)2で表した場合に、x=0.1〜0.4、y=0.1〜0.4であり、タップ密度が2.1g/ml以上であり、比表面積が3〜7m2/gの球状粒子であることを特徴とする高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物。
【請求項2】
平均粒子径が5〜20μmである、請求項1に記載の高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物。
【請求項3】
ニッケル塩、コバルト塩及びマンガン塩を含有する水溶液と、アンモニア水並びにアルカリ金属水酸化物とを連続的に供給し、連続結晶成長させ、得られた沈殿物を連続的に取り出す高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物の製造方法であって、
(1)連続結晶成長させる際の反応溶液は、pHが9.5〜11.5であり、アンモニウムイオン濃度が0.8〜1.2%であり、温度が40〜70℃であり、
(2)得られる沈殿物の細孔容積が0.02ml/g以下となるように反応溶液を撹拌しながら連続結晶成長させる、
ことを特徴とする高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物の製造方法。」

b 「【0001】
本発明は、充放電サイクル特性、高温安定性に優れたリチウムイオン二次電池の正極活物質の前駆体として有用な、高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物及びその製造方法に関する。」

(オ)甲4の記載事項
本件特許の優先日前に公知となった甲4(特開2013−171646号公報)には、「高密度ニッケル・コバルト・マンガン共沈水酸化物及びその製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
a 「【請求項1】
正極活物質として層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極と、リチウムイオンの吸蔵・放出が可能な負極活物質を含む負極と、非水電解質とを備えた非水電解質二次電池であって、前記リチウム遷移金属複合酸化物は、一般式 Li1+aNixCoyMnzMbO2(ここで、0≦a≦0.15、0≦b、0.4≦x≦1.0、y<x、z<x、x+y+z+b=1、元素MはLi、Ni、Co、Mn以外から選ばれる1種以上の元素)で表され、Zrを含有しており、Pawley法で求めた積分幅よりHalder−wagner法を用いて求めた平均結晶子サイズが1300Å以下である非水電解質二次電池。」

b 「【請求項6】
前記リチウム遷移金属複合酸化物は、一次粒子が集合し二次粒子を形成したものである請求項1〜5のいずれかに記載の非水電解質二次電池。」

c 「【0008】
一般式 Li1+aNixCoyMnzMbO2(ここで、0≦a≦0.15、0≦b、0.4≦x≦1.0、y<x、z<x、x+y+z+b=1、元素MはLi、Ni、Co、Mn以外から選ばれる1種以上の元素)で表されるNi主体の層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質として用いた非水電解質二次電池は、エネルギー密度の高い電池となるものの、ハイレートで充放電を繰り返した場合、電池容量の低下や出力特性の低下が生じるという課題が生じた。」

d 「【0017】
なお、リチウム遷移金属複合酸化物の平均結晶子サイズは、焼成温度、焼成時間を調整することにより制御できる。例えば、焼成温度を低くすると平均結晶子サイズは小さくなる傾向にあり、焼成時間を短くすると平均結晶子サイズは小さくなる傾向にある。また、結晶成長を促進、または抑制する添加物を混合してリチウム遷移金属複合酸化物を合成する方法、焼成時に混合するLi源となる化合物の量の調整する方法により平均結晶子サイズを制御できる。更に、リチウム遷移金属複合酸化物の前駆体の粒径及び粒度分布の制御、Ni、Mn、Co組成比の調整等により平均結晶子サイズを制御できる。例えば、焼成時に混合するLi源となる化合物の量を多くすると平均結晶子サイズは、大きくなる傾向にある。」

e 「【0049】
[比較例2]
Li2CO3と(Ni0.50Co0.20Mn0.30)3O4とを、Liと(Ni0.50Co0.20Mn0.30)のモル比が1.15:1となるように混合し、次いで、この混合物を空気雰囲気中にて840℃で20時間焼成し、Li1.15Ni0.50Co0.20Mn0.30O2で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得て、正極活物質とした以外は実施例1と同様にして非水電解質二次電池(定格容量:700mAh)を作製し、電池X2とした。なお、作製した正極活物質の平均結晶子サイズは1001Åであり、嵩密度は2.09g/ccであった。」

f 「【0057】
【表1】



g 「【0065】
[比較例4]
Li2CO3と(Ni0.465Co0.275Mn0.26)3O4とZrO2とを、Li:(Ni0.465Co0.275Mn0.26):Zrとのモル比が1.11:1:0.005となるように混合し、次いで、この混合物を空気雰囲気中にて920℃で20時間焼成し、Ni、Co、Mnの総量に対しZrを0.5mol%含有するリチウム遷移金属複合酸化物(粒子表面近傍にZrが存在するLi1.11Ni0.465Co0.275Mn0.26O2)を得て、正極活物質とした以外は実施例3と同様にして非水電解質二次電池(定格容量:25Ah)を作製し、電池X4とした。なお、作製したリチウム遷移金属複合酸化物の平均結晶子サイズは1430Åであり、嵩密度は2.44g/ccであった。」

h 「【0072】
【表2】



イ 本件発明1について
(ア)本件発明1と甲1発明との対比
a 本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「非水電解質リチウムイオン電池用リチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)の粒子」であって、「組成がLiNi0.4Co0.3Mn0.3O2であ」るものは、本件発明1の「組成がLia(NixCoyMn1−x−y)O2(1.0≦a≦1.15、0<x<1、0<y<1)で表されるリチウム遷移金属層状酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質」に相当する。

b また、甲1発明の「リチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)の粒子」の「平均粒径が5μmである」一方で、「1次粒子の平均粒径が0.12μmであ」ることからすると、甲1発明の「リチウムニッケルマンガン酸化物(正極活物質)の粒子」は、1次粒子が凝集して2次粒子を構成しているものと認められるので、本件発明1の「前記正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されて」いる点に相当する。

c そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「組成がLia(NixCoyMn1−x−y)O2(1.0≦a≦1.15、0<x<1、0<y<1)で表されるリチウム遷移金属層状酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されている、非水電解質二次電池用正極活物質。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
正極活物質の「結晶子サイズ」について、本件発明1では、「100〜600nmであ」るとされているのに対して、甲1発明では、不明である点。

<相違点2>
正極活物質において形成されている「二次粒子」について、本件発明1では、その「断面の組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数が25%以下である」のに対して、甲1発明では、当該変動係数が不明である点。

(イ)相違点についての検討
事案に鑑みて、まず、上記相違点2について検討する。
a 上記ア(ア)に摘記した事項を含む甲1のいずれの記載を参照しても、甲1には、正極活物質を構成する二次粒子の断面における組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数についての直接的な記載や、これを示唆するような記載は見当たらない。

b この点について、申立人は、特許異議申立書の第28頁において、「本件特許発明1に関して、本件特許の実施例は、結晶子サイズを600nm以下に規制することにより、Li/Me変動係数を25%以下とすることしか実証していない。特に、実施例1と比較例1との比較では、アニール処理の有無により、Li/Me変動係数と結晶子サイズの両者について発明特定事項C(当審注:相違点1に係る特定事項)およびD(当審注:相違点2に係る特定事項)を具備するか否かの境界であることを示すに過ぎない。これらを考慮すると、本件特許発明1において、発明特定事項Dは、発明特定事項A〜Cを具備する発明に内在するパラメーターと考えられる。よって、発明特定事項A〜C、特に発明特定事項Cを具備する発明を開示する甲第1号証においては、発明特定事項Dは実質的に記載されているに等しい事項(パラメーター)と考えられる。」と主張しているが、上述のとおり、甲1発明は、発明特定事項Cに対応する上記相違点1に係る発明特定事項を備えているか不明であり、当該発明特定事項を備えているとはいえないから、上記主張は前提を欠いているといえるし、仮に甲1発明が上記相違点1に係る発明特定事項を備えているとしても、そのことによって、正極活物質において形成されている「二次粒子」の「断面の組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数」、すなわち「標準偏差/平均値」の値が25%以下となると断言できる根拠も不明であるから、上記申立人の主張は採用しない。

c また、申立人は、特許異議申立書の第28頁において、「発明特定事項Dが、発明特定事項A〜Cを具備する発明に内在するパラメーターであるとは必ずしもいえないとしても、甲第1号証の比較例1、比較例8、実施例21、および実施例22の正極活物質においても、発明特定事項Dを具備する蓋然性が高いと考えられる。すなわち、本件特許発明1の発明特定事項Dは、本件特許発明4に係る製造方法により、特に、発明特定事項HおよびJを具備することにより実現される。」と主張しているが、上記ア(ア)に摘記した甲1の記載事項を参照すると、甲1の比較例1、比較例8、実施例21、実施例22の正極活物質は、いずれも、水酸化リチウム水和物と、Co、Mnを含んだ水酸化ニッケルとから得られたリチウムニッケルマンガン酸化物を用いたものであって、本件発明4の「原料となる、球状のニッケル・コバルト・マンガン系複合化合物粒子を得(当審注:発明特定事項H)」、「この複合化合物粒子と水酸化リチウムとを、モル比でLi/(Ni+Co+Mn)を1.00〜1.20の範囲とした混合物を得、この混合物を酸素含有雰囲気で600〜900℃の温度で焼成し」、「水洗処理することなく、500〜750℃で焼成温度よりも低温でアニール処理する(当審注:発明特定事項J)」との工程によって得られたものとはいえないから、上記主張は、前提を欠いており、採用しない。

d したがって、上記相違点2は、実質的な相違点であるから、上記相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえない。

e そこで、上記相違点2の容易想到性についてさらに検討する。
(a)上記aのとおり、甲1には、正極活物質を構成する二次粒子の断面における組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数についての直接的な記載や、これを示唆するような記載は見当たらないから、上記ア(ウ)〜(オ)に摘記した甲2〜甲4の記載を参照したとしても、甲1発明において、上記変動係数に着目して、これを「25%以下」とする動機付けがあるとはいえない。

(b)したがって、甲1発明において、上記相違点2に係る発明特定事項を備えようすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

f よって、上記相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明から、又は甲1発明と甲2又は甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、上記イ(イ)dのとおり、本件発明1が、甲1に記載された発明であるとはいえない以上、同様に、甲1に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明2〜4は、本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、上記イ(イ)fのとおり、本件発明1が、甲1発明から、又は甲1発明と甲2又は甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲1発明から、又は甲1発明と甲2又は甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 小括
よって、本件発明1〜4は、甲1に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえないから、申立理由1−1によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。
また、本件発明1〜4は、甲1発明から、又は甲1発明と甲2又は甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえないから、申立理由2−1によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

(4)申立理由1−2(新規性)、申立理由2−2(進歩性)について
ア 甲2に記載された発明
上記(3)ア(ウ)に摘記した甲2の記載事項を総合勘案し、特に、正極活物質サンプルP2に着目すると、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。
なお、前駆体水酸化物とLi2CO3(リチウム源)とを、(Ni+Co+Mn):Liのモル比(すなわちmT:mLi)が1:1.16(当審注:甲2の【0125】には、「前駆体水酸化物とLi2CO3(リチウム源)とを、(Ni+Co+Mn):Liのモル比(すなわちmT:mLi)が1.16:1となるように混合した」との記載があるが、最終的に得られた「正極活物質サンプルP1」の平均組成が「Li1.16Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2」で表されることを考慮すると、上記記載における「1.16:1」との記載は、「1:1.16」を誤記したものと認められる。)となるように混合して得た「正極活物質サンプルP1」の平均組成が「Li1.16Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2」で表されることから、mT:mLiが1:1.13(表1)となるように混合して得た「正極活物質サンプルP2」の平均組成は、「Li1.13Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2」で表されるものとなると認められる。
また、甲2の【0019】の「ここに開示されるいずれかの方法により製造された正極活物質が提供される。また、かかる正極活物質を備える正極、および、該正極を用いて構築された非水二次電池が提供される。ここで「非水二次電池」とは、非水電解質(典型的には、常温(例えば25℃)において液状を呈する電解質、すなわち電解液)を備えた二次電池を指す。」との記載を参照すれは、上記「正極活物質サンプルP2」は、非水電解質を備えた二次電池に用いられるものと認められる。

「(Ni+Co+Mn):Wのモル比が100:0.5である複合水酸化物(前駆体水酸化物)を得て、この前駆体水酸化物に、大気雰囲気中、150℃で12時間の熱処理を施し、その後、上記前駆体水酸化物とLi2CO3(リチウム源)とを、(Ni+Co+Mn):Liのモル比(すなわちmT:mLi)が1:1.13となるように混合し(混合工程)、この未焼成混合物を、大気雰囲気中、最高焼成温度950℃(T1)に6時間(t1)保持する第一焼成段階に供し、次いで最高焼成温度730℃(T2)に5時間(t2)保持する第二焼成段階に供し、その後、焼成物を冷却し、解砕し、篩分けを行って得た、Li1.13Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2で表される平均組成を有する、非水電解質を備えた二次電池用の正極活物質サンプルP2であって、
平均粒径(メジアン径D50)が凡そ3〜8μmとなるように調製され、
断面SEM観察を行ったところ、一次粒子が集まった二次粒子の形態であって、明確な殻部と中空部とを備えている、
正極活物質サンプルP2。」(以下、「甲2発明」という。)

イ 本件発明1について
(ア)本件発明1と甲2発明との対比
a 本件発明1と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「非水電解質を備えた二次電池用の正極活物質サンプルP2」は、本件発明1の「非水電解質二次電池用正極活物質」に対応し、甲2の【0023】の「該正極活物質は、層状の結晶構造(典型的には、六方晶系に属する層状岩塩型構造)を有するリチウム遷移金属酸化物を含む。」との記載を参照すると、両者は、Li、Ni、Co、Oをそれぞれ含み、任意にMnを含む、リチウム遷移金属層状酸化物である点で共通する。

b 甲2発明の「正極活物質サンプルP2」が、「一次粒子が集まった二次粒子の形態であ」る点は、本件発明1の「正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されて」いる点に相当する。

c そうすると、本件発明1と甲2発明とは、
「組成がLi、Ni、Co、Oをそれぞれ含み、任意にMnを含む、リチウム遷移金属層状酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されている、非水電解質二次電池用正極活物質。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3>
非水電解質二次電池用正極活物質を構成する「リチウム遷移金属層状酸化物」の組成が、本件発明1では、「Lia(NixCoyMn1−x−y)O2(1.0≦a≦1.15、0<x<1、0<y<1)で表される」のに対して、甲2発明では、「Li1.13Ni1/3Co1/3Mn1/3W0.005O2で表される」点。

<相違点4>
正極活物質の「結晶子サイズ」について、本件発明1では、「100〜600nmであ」るとされているのに対して、甲2発明では、不明である点。

<相違点5>
正極活物質において形成されている「二次粒子」について、本件発明1では、その「断面の組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数が25%以下である」のに対して、甲2発明では、当該変動係数が不明である点。

(イ)相違点についての検討
事案に鑑みて、まず、上記相違点5について検討する。
a 上記ア(ウ)に摘記した事項を含む甲2のいずれの記載を参照しても、甲2には、正極活物質を構成する二次粒子の断面における組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数についての直接的な記載や、これを示唆するような記載は見当たらない。

b この点について、申立人は、特許異議申立書の第31〜32頁において、上記(3)イ(イ)b、cに摘記した主張と同旨の主張をしているが、これらの主張については、上記(3)イ(イ)b、cにおいて検討したとおりであるから、採用しない。

c したがって、上記相違点5は、実質的な相違点であるから、上記相違点3、4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明であるとはいえない。

d そこで、上記相違点5の容易想到性についてさらに検討する。
(a)上記aのとおり、甲2には、正極活物質を構成する二次粒子の断面における組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数についての直接的な記載や、これを示唆するような記載は見当たらないから、上記ア(ア)、(エ)、(オ)に摘記した甲1、甲3、甲4の記載を参照したとしても、甲2発明において、上記変動係数に着目して、これを「25%以下」とする動機付けがあるとはいえない。

(b)したがって、甲2発明において、上記相違点5に係る発明特定事項を備えようすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

e よって、上記相違点3、4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明から、又は甲2発明と甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、上記イ(イ)cのとおり、本件発明1が、甲2に記載された発明であるとはいえない以上、同様に、甲2に記載された発明であるとはいえない。
また、本件発明2〜4は、本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるから、上記イ(イ)eのとおり、本件発明1が、甲2発明から、又は甲2発明と甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲2発明から、又は甲2発明と甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

エ 小括
よって、本件発明1〜4は、甲2に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当するとはいえないから、申立理由1−2によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。
また、本件発明1〜4は、甲2発明から、又は甲2発明と甲3に記載された発明との組み合わせにより、若しくはさらに甲4を参酌することにより、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえないから、申立理由2−2によっては、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。

4 むすび
以上のとおり、令和 4年 8月19日付けで通知した取消理由(決定の予告)、令和 4年 2月10日付けで通知した取消理由、及び特許異議の申立ての理由のいずれによっても、本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成がLia(NixCoyMn1−x−y)O2(1.0≦a≦1.15、0<x<1、0<y<1)で表されるリチウム遷移金属層状酸化物からなる非水電解質二次電池用正極活物質であって、前記正極活物質は一次粒子の凝集によって二次粒子が形成されており、結晶子サイズが100〜600nmであり、該二次粒子の断面の組成比Li/Me(Me=Ni+Co+Mn)の変動係数が25%以下であることを特徴とする非水電解質二次電池用正極活物質。
【請求項2】
請求項1記載の非水電解質二次電池用正極活物質において、平均二次粒子径が3.0〜16μmである非水電解質二次電池用正極活物質。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質を用いた非水電解質二次電池。
【請求項4】
原料となる、球状のニッケル・コバルト・マンガン系複合化合物粒子を得、この複合化合物粒子と水酸化リチウムとを、モル比でLi/(Ni+Co+Mn)を1.00〜1.20の範囲とした混合物を得、この混合物を酸素含有雰囲気で600〜900℃の温度で焼成し、水洗処理することなく、500〜7500Cで焼成温度よりも低温でアニール処理することから成る請求項1又は2に記載の非水電解質二次電池用正極活物質の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2023-01-23 
出願番号 P2017-500661
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 粟野 正明
羽鳥 友哉
登録日 2021-04-26 
登録番号 6874676
権利者 戸田工業株式会社
発明の名称 非水電解質二次電池用正極活物質、非水電解質二次電池  
代理人 井関 勝守  
代理人 金子 修平  
代理人 井関 勝守  
代理人 金子 修平  

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