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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C10M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C10M
管理番号 1396314
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-12-05 
確定日 2023-03-16 
異議申立件数
事件の表示 特許第7082918号発明「切削油剤組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7082918号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7082918号の請求項1〜2に係る特許についての出願は、平成30年7月26日の出願であって、令和4年6月1日にその特許権の設定登録がされ、同年同月9日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜2に係る特許に対し、同年12月5日に特許異議申立人 大橋 宏基及び高橋 良和(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
特許第7082918号の請求項1〜2に係る発明(以下「本件特許発明1」〜「本件特許発明2」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
40℃動粘度が10〜40mm2/sであり、粘度指数が80〜140であり、硫黄分が500質量ppm以下である鉱油と、
前記鉱油より低い40℃動粘度を有するエステルである2−エチルヘキシルオレートと、
を含む、切削油剤組成物。
【請求項2】
前記2−エチルヘキシルオレートの含有量が、切削油剤組成物全量を基準として1〜20質量%である、請求項1に記載の切削油剤組成物。]

第3 申立理由の概要

1 理由1(進歩性)本件特許の請求項1〜2に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証〜甲第8号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2008−13682号公報
甲第2号証:国際公開第2017/171054号
甲第3号証:webページhttps://www.solvay.com/en/product/alkamulseho
甲第4号証:Octyl Palmitate, SAFETY DATA SHEET, webページ
https://www.essentialingredients.com/msds/El%20Octyl%20Palmitate.pdf
甲第5号証:NAYAKEM Product Data Sheet, Octyl Stearate,
webページhttps://nayakem.com/wpcontent/uploads/2019/05/0ctyl-Stearate-PDS.pdf
甲第6号証:Sigma-Aldrich, 安全データシート、Butyl Stearate,
webページhttps://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/sds/sial/73002
甲第7号証:特開2009−197183号公報
甲第8号証:特開2013−100397号公報

2 理由2(サポート要件)本件特許の請求項1〜2に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)切削油剤組成物について
本件特許出願の明細書における表2には、切削油剤組成物の物性は記載されているが、材料を切削加工に供したことについて、全く記載されていないので、切削性効果の顕著性等の技術的意義が示されていない。

(2)低粘度且つ高引火点について
本件特許出願の明細書における表2には、実施例1〜3及び比較例1〜2の切削油剤組成物の物性(引火点、動粘度等)が記載されている。実施例1〜3の組成物の粘度(40℃動粘度:16.31〜17.72mm2/s、100℃動粘度:3.908〜4.151mm2/s)は、比較例2の組成物の粘度(40℃動粘度:21.25mm2/s、100℃動粘度:4.458mm2/s)に比べて低粘度であるが、比較例1の組成物の粘度(40℃動粘度:15.88mm2/s、100℃動粘度:3.712mm2/s)に比べて高粘度である。更に、実施例1及び3の組成物の引火点は、それぞれ、208℃及び206℃であり、比較例2の組成物の引火点(208℃)と同じかそれより低い。比較例1で用いた鉱油A4及び比較例2で用いた鉱油A5は、いずれも、本件特許発明1で規定されない鉱油であり、本件特許発明1で規定されない鉱油を用いても、低粘度又は高引火点を達成する切削油剤組成物を構成し得ることが明らかである。従って、本件特許明細書には、発明の課題である「鉱油を用いた場合であっても、低粘度且つ高引火点を達成できる新規な切削油剤組成物を提供すること」が記載されているとはいえない。

(3)硫黄分について
本件特許出願の明細書における表1によると、比較例1で用いた鉱油A4及び比較例2で用いた鉱油A5の硫黄分は、それぞれ、1640ppm及び1690ppmであるのに対し、表2によると、これらの鉱油に対して同割合で2−エチルヘキシルオレートを配合して得られた切削油剤組成物における硫黄分は、それぞれ、1500ppm(比較例1)及び1400ppm(比較例2)である。上記のように、硫黄分は鉱油A5のほうが高いため、鉱油A4及びA5に、同割合の2−エチルヘキシルオレートを配合すると、鉱油A5を含む比較例2の切削油剤組成物における硫黄分のほうが、鉱油A4を含む比較例1の切削油剤組成物における硫黄分より高いはずである。従って、比較例1の切削油剤組成物における硫黄分の記載及び比較例2の切削油剤組成物における硫黄分の記載の少なくとも一方が誤りということになる。

第4 理由1(進歩性)について
1 甲号証について
前記第3 1に記載のとおり。

2 甲号証の記載について
(1)甲第1号証(以下、「甲1」という。)
1a「【請求項1】
%CAが2以下、%CP/%CNが6以上、ヨウ素価が2.5以下である潤滑油基油と、
エステル、アルコール、カルボン酸、並びに構成元素としてリン及び/又は硫黄を含む化合物から選ばれる少なくとも1種の潤滑性向上剤と
を含有することを特徴とする金属加工油組成物。」
1b「【0007】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、高粘度化や添加剤の増量をせずとも優れた加工性を得ることができ、且つ加工後の被加工物からの除去性に優れた金属加工油を提供することを目的とする。」
1c「【0142】
本発明では、任意のアルコールとカルボン酸の組み合わせによるエステルが使用可能であり、特に限定されるものではない。具体的には、下記(i)〜(vii)に示すエステルを好ましく使用することができる。
(i)一価アルコールと一塩基酸とのエステル
(ii)多価アルコールと一塩基酸とのエステル
(iii)一価アルコールと多塩基酸とのエステル
(iv)多価アルコールと多塩基酸とのエステル
(v)一価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと多塩基酸とのエステル
(vi)多価アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合カルボン酸とのエステル
(vii)一価アルコール及び多価アルコールの混合アルコールと一塩基酸及び多塩基酸の混合カルボン酸とのエステル。
・・・
【0145】
本発明において好ましく用いられる(i)一価アルコールと一塩基酸とのエステルの合計炭素数には特に制限はないが、合計炭素数の下限値が7以上のエステルが好ましく、9以上のエステルがより好ましく、11以上のエステルが最も好ましい。また、合計炭素数の上限値が26以下のエステルが好ましく、24以下のエステルがより好ましく、22以下のエステルが最も好ましい。前記一価アルコールの炭素数には特に制限はないが、炭素数1〜10が好ましく、炭素数1〜8がより好ましく、炭素数1〜6がさらにより好ましく、炭素数1〜4が最も好ましい。前記一塩基酸の炭素数には特に制限はないが、炭素数8〜22が好ましく、炭素数10〜20がより好ましく、炭素数12〜18が最も好ましい。なお、前記合計炭素数、前記アルコールの炭素数及び前記一塩基酸の炭素数のそれぞれが前記上限値を超えると、ステインや腐食の発生を増大させるおそれが大きくなる、冬季において流動性を失い扱いが困難になるおそれが大きくなる、あるいは潤滑油基油への溶解性が低下して析出するおそれが大きくなるなどの傾向がある。また、前記合計炭素数、前記アルコールの炭素数及び前記一塩基酸の炭素数のそれぞれが下限値未満であると、潤滑性が不十分となる傾向にあり、また、臭気により作業環境が悪化するおそれがある。」
1d「【0219】
以下、実施例及び比較例に基づき本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0220】
[潤滑油基油の製造]
(基油1〜3)
溶剤精製基油を精製する工程において減圧蒸留で分離した留分を、フルフラールで溶剤抽出した後で水素化処理し、次いで、メチルエチルケトン−トルエン混合溶剤で溶剤脱ろうした。かかる溶剤脱ろうの際に除去されたワックス分(以下、「WAX1」という)を、潤滑油基油の原料として用いた。WAX1の性状を表1に示す。
【0221】
【表1】

【0222】
次に、水素化分解触媒の存在下、水素分圧5MPa、平均反応温度340℃、LHSV0.8hr−1の条件下で、WAX1の水素化分解を行った。水素化分解触媒としては、アモルファス系シリカ・アルミナ担体にニッケル及びモリブデンが担持された触媒を硫化した状態で用いた。
【0223】
次に、上記の水素化分解で得られた分解生成物を減圧蒸留することにより原料油に対して20容量%の潤滑油留分を得た。この潤滑油留分について、メチルエチルケトン−トルエン混合溶剤を用いて、溶剤/油比2倍、ろ過温度−30℃の条件で溶剤脱ろうを行い、粘度グレードの異なる3種類の潤滑油基油(以下、「基油1」、「基油2」及び「基油3」という。)を得た。
・・・
【0232】
基油1〜7の各種性状及び性能評価試験結果を表4〜5に示す。また、従来の高粘度指数基油である基油8、9についての各種性状及び性能評価試験結果を表5に示す。
【0233】
【表4】

・・・
【0235】
[実施例1〜7、比較例1〜4]
実施例1〜7においては、それぞれ表4〜5に示した基油1、4、6及び以下に示す添加剤を用いて、表6に示す組成を有する金属加工油組成物を調製した。また、比較例1〜4においては、それぞれ表5に示した基油8又は以下に示す基油10、並びに以下に示す添加剤を用いて表7に示す金属加工油組成物を調製した。表6〜7には各金属加工油組成物の40℃における動粘度を併せて示す。なお、表6〜7に示した添加剤の含有量は組成物全量を基準とした含有量である。
(基油)
基油10:パラフィン系鉱油(40℃における動粘度:49.7mm2/s、飽和分:91.5質量%、飽和分に占める環状飽和分の割合:49.8質量%)
(添加剤)
添加剤1:ステアリン酸ブチル
添加剤2:ラウリルアルコール
添加剤3:オレイン酸
添加剤4:トリクレジルホスフェート
添加剤5:硫化エステル(不活性タイプ)。
【0236】
次に、実施例1〜7及び比較例1〜4の金属加工油組成物について以下の評価試験を実施した。
【0237】
[絞り加工試験]
実施例1〜7及び比較例1〜4の金属加工油組成物それぞれを用いてアルミニウム製円盤(JIS A 5182、直径100mm、厚さ0.4mm)を底付き容器に成型する際に、しわ押さえ力を1000kgとしたときに必要なポンチの最大絞り力を測定した。得られた結果を表6〜7に示す。表5中、最大絞り力が小さいほど加工性に優れていることを意味する。
【0238】
[油除去性試験(1)]
アルミニウム製円盤(JIS A 5182、直径100mm、厚さ0.4mm)の一方面上に、実施例1〜7及び比較例1〜4の金属加工油組成物それぞれを3g/m2となるようにスプレーを用いて塗布し、室温で6時間静置した。その後、ノニオン系界面活性剤を含む脱脂剤に円盤を1分間浸漬し、更に、取り出した円盤を流水中で30秒間水洗した。かかる水洗の後、直ちに円盤を径方向が垂直となるように保持し、20秒後の水濡れ面積を測定し、水濡れ面積が塗布面の面積の90%以上のものをA、90%未満のものをBと評価した。得られた結果を表6〜7に示す。なお、水濡れ面積が大きいもの(すなわち評価Aのもの)ほど油除去性に優れていることを意味する。
【0239】
【表6】



(2)甲第2号証(以下、「甲2」という。)
2a「[請求項1]
鉱物油及び合成油から選ばれる少なくとも1種以上の基油(A)と、
40℃における動粘度が60mm2/s以上1600mm2/s以下の硫化油脂(B)と、
炭素数が10以上である不飽和脂肪酸の重合体(C)
とを含有する、金属加工油組成物。」
2b「[0009]
<基油(A)>
本実施形態の金属加工油組成物に含まれる基油(A)は、鉱物油及び合成油から選ばれる少なくとも1種以上である。
鉱物油としては、種々のものを用いることができ、特に限定されない。一例を挙げると、パラフィン系原油、混合系原油またはナフテン系原油を常圧蒸留するか、あるいは常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られる留出油、またはこれを常法にしたがって精製することによって得られる精製油、例えば、溶剤精製油,水添精製油,脱ロウ処理油,白土処理油等を挙げることができる。
合成油としては、例えば、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸2−エチルヘキシル、ステアリン酸オクチル、オレイン酸2−エチルヘキシル、ポリオールエステル(例えばトリメチロールプロパンとn−オクタン酸等の脂肪酸とのトリエステルやペンタエリスリトールとn−オクタン酸等の脂肪酸とのテトラエステル)、二塩基酸エステル及びリン酸エステル等のエステル系化合物;ポリブテン、ポリプロピレン、炭素数8〜16のα−オレフィンオリゴマー及びこれらの水素化物等のポリ−α−オレフィン;アルキルベンゼン、アルキルナフタレンなどのアルキル芳香族化合物;ポリオキシアルキレングリコールなどのポリグリコール油;ポリフェニルエーテル、及びシリコーン油などが挙げられる。中でも、低粘度及び高引火点の観点から、エステル系化合物を用いることがより好ましい。
なお、本実施形態においては、炭素数が10以上の不飽和脂肪酸や、該不飽和脂肪酸の重合体は、合成油に分類されない。本実施形態において、「引火点」とは、JIS K 2265−4:2007に準拠し、クリーブランド開放法(COC法)により測定された値である。」
2c「[0027]
以下、本実施形態を実施例によりさらに具体的に説明するが、本実施形態はこれらに何ら限定されない。
[0028]
実施例1〜8,比較例1〜6
表1に示す成分及び割合で金属加工油組成物を調製した。
また、以下の評価方法により各金属加工油組成物の性状及び工具摩耗性について評価した。結果を表1に併せて示す。
[各評価方法]
(1)動粘度
JIS K 2283:2000に準拠し、40℃における動粘度を測定した。
(2)工具摩耗性
加工機として、NC旋盤QUICKTURN-15N(ヤマザキザック(株)社製)を、工具としてCNMA 120404 VP15TF(三菱マテリアル(株)製)を、ホルダとしてDCLNL2020K12(三菱マテリアル(株)製)を、被削材としてインコネル(登録商標)を用いて、以下の切削条件で切削を行った後の、工具逃げ面の最大摩耗幅(μm)を測定した。
<試験条件>切削速度:30m/min,送り速度:0.1mm/rev,切込み:0.25mm,加工距離:533m
[0029]
[表1]


[0030]
<配合材料>
<成分(A)>
・鉱物油(a1):40℃動粘度:8.39mm2/s,引火点:164℃
・合成油(a2):40℃動粘度:8.03mm2/s,2−エチルヘキシルパルミテート
<成分(B)>
・硫化油脂(b1):40℃動粘度:381.7mm2/s,S分:10.4wt%
・硫化油脂(b2):40℃動粘度:900.0mm2/s,S分:11.6wt%
<その他の硫化油脂>
・40℃動粘度:55.0mm2/s,S分:17.5wt%
<成分(C)>
・不飽和脂肪酸の重合体:リシノール酸(炭素数:18)を窒素気流下、200℃で加熱脱水縮合することにより得られた不飽和脂肪酸の重合体。酸価:52mgKOH/g、けん化価:196mgKOH/g,水酸基価:20mgKOH/g,40℃動粘度:380mm2/s
<その他>
・ZnDTP:S分:5.8wt%,P分:2.9wt%,Zn分:3.0wt%
・ポリサルファイド:40℃動粘度:45mm2/s,S分:38.0wt%
・Caスルホネート:塩基価:320mg/KOH,Ca分:12.5wt%」

(3)甲第3号証(以下、「甲3」という。)
摘記事項の後ろに異議申立人による仮訳を掲載した。
3a「

」(第1ページ第1〜3行)

Alkamuls(R)(当審注:「(R)」は、丸囲いのRである。以下、同じ。)はオレイン酸2−エチルヘキシル(脂肪酸エステル)です。この製品は、工業用潤滑剤の摩擦改良剤として一般的に使用されており、次の特性があります。動粘度(40℃):9cSt、動粘度(100℃):4.1cSt、粘度指数:490、流動点(ASTM D97):−18℃、発火点:199℃

(4)甲第4号証(以下、「甲4」という。)
摘記事項の後ろに当審又は異議申立人による仮訳を掲載した。
4a「

」(第2ページ第5〜7行)

3.組成物/成分情報

化学名 CAS番号 重量パーセント
パルミチン酸2−エチルヘキシル 29806−73−3 <=100.00

4b「

・・・

」(第4ページ下から第4行〜第5ページ第6行)

9.物理的及び化学的性質
・・・
引火点(℃) 220℃(ASTM D92)

(5)甲第5号証(以下、「甲5」という。)
摘記事項の後ろに異議申立人による仮訳を掲載した。
5a「

・・・

」(第1ページ第2〜12行)

ステアリン酸オクチル
・・・
引火点、℃、(オープンカップ) :200−220

(6)甲第6号証「以下、「甲6」という。」
6a


・・・


」(第2、5〜6ページ)

(7)甲第7号証(以下、「甲7」という。)
7a「【請求項1】
40℃動粘度が3〜35mm2/sであり、引火点が200℃以上である潤滑油基油に、組成物全量基準で、下記(A)成分を0.5〜20質量%、下記(B)成分を0.1〜30質量%配合したことを特徴とする金属加工油組成物。
(A)樹脂酸および/またはその誘導体
(B)極圧剤
【請求項2】
請求項1に記載の金属加工油組成物において、
前記(A)成分がテルペン酸および/またはその誘導体であることを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の金属加工油組成物において、
前記(B)成分が硫黄を含む化合物および/またはリンを含む化合物であることを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の金属加工油組成物において、
該潤滑油組成物が下記(C)および(D)の性状を有することを特徴とする金属加工油組成物。
(C)40℃動粘度:4〜40mm2/s
(D)引火点:200℃以上
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載の金属加工油組成物が切削および/または研削加工用であることを特徴とする金属加工油組成物。」
7b「【0008】
〔基油〕
本組成物に用いられる基油としては、特に制限はないが、代表例としては、鉱油や合成油が挙げられる。鉱油としては、様々なものを使用することができる。このような鉱油としては、種々のものを挙げることができる。例えば、パラフィン基系原油、中間基系原油、あるいはナフテン基系原油を常圧蒸留するか常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られる留出油、またはこれを常法にしたがって精製することによって得られる精製油、例えば、溶剤精製油、水添精製油、脱ロウ処理油、白土処理油等を挙げることができる。
【0009】
また、合成油としては、エステル、ポリ−α−オレフィン、オレフィンコポリマーアルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル等が挙げられる。
これらの中で、エステルとして具体的には、例えば、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸2−エチルヘキシル、ステアリン酸オクチル、オレイン酸2−エチルヘキシル、トリメチロールプロパンとn−C8酸とのトリエステル、ペンタエリスリトールとn−C8酸とのテトラエステル等が挙げられる。ポリ−α−オレフィンとしては、例えば、ポリブテン、1−オクテンオリゴマー、1−デセンオリゴマー等が挙げられる。オレフィンコポリマーとしては、例えば、エチレン−プロピレンコポリマーなどが挙げられる。
これらの合成油の中では、低粘度かつ高引火点の観点よりエステルが好適に用いられる。」

(8)甲第8号証(以下、「甲8」という。)
8a「【請求項1】
炭素数16以上22以下の炭化水素基とカルボキシル基とを有するカルボン酸と、炭素数2以上18以下のアルコールとを反応させて得られたモノエステル化合物を配合してなる
ことを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項2】
請求項1に記載の金属加工油組成物において、
40℃動粘度が3mm2/s以上14mm2/s以下であり、引火点が200℃以上である
ことを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の金属加工油組成物において、
前記モノエステル化合物が、組成物全量基準で10質量%以上配合される
ことを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の金属加工油組成物において、
前記モノエステル化合物が、オレイン酸ブチルである
ことを特徴とする金属加工油組成物。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の金属加工油組成物が切削加工および研削加工の少なくともいずれかに用いられることを特徴とする金属加工油組成物。」
8b「【0005】
そこで本発明は、加工性能が高いとともに、消費量を抑制でき、引火点も高い金属加工油組成物を提供することを目的とする。」
8c「【0012】
上記モノエステルの具体例としては、ステアリン酸ブチル、ステアリン酸オクチル、オレイン酸ブチル、オレイン酸ヘキシル、オレイン酸2−エチルヘキシルが挙げられる。これらの中でも、オレイン酸ブチルが好ましい。オレイン酸ブチルとしては、ブチル基が、ノルマル、イソ、ターシャリーであるものをいずれも用いることができる。」

3 甲1に記載された発明
甲1には、表6に実施例1として基油1、添加剤1を5質量%、添加剤4を5質量%及び添加剤5を20質量%からなる金属加工油組成物が、記載されており(摘記1d参照)、基油1の含有量は明記されていないが、「表6〜7に示した添加剤の含有量は組成物全量を基準とした含有量である。」との記載(【0235】)からみて、基油1、添加剤1、添加剤4及び添加剤5の含有量の合計が100質量%であると認められる。
そうすると、甲1には、実施例1で調製される金属加工油組成物として、「硫黄分が1質量ppm未満、窒素分が3質量ppm未満、屈折率(20℃)n20が1.4497、動粘度(40℃)が10.1mm2/s、動粘度(100℃)kv100が2.8mm2/s、粘度指数が123、密度(15℃)が0.809g/cm3、ヨウ素価が0.92、流動点が−27.5℃、アニリン点が112℃、蒸留性状でIBP[℃]が325℃、T10[℃]が353℃、T50[℃]が380℃、T90[℃]が424℃、FBP[℃]が468℃、CCS粘度(−35℃)が1000mPa・s未満、NOACK蒸発量(250℃、1時間)が34.5質量%、RBOT寿命(150℃)が345min、残存金属分でAlが1質量ppm未満、Moが1質量ppm未満、Niが1質量ppm未満である基油1を70質量%、添加剤1:ステアリン酸ブチルを5質量%、添加剤4:トリクレジルホスフェートを5質量%及び添加剤5:硫化エステル(不活性タイプ)を20質量%からなる金属加工油組成物。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる(摘記1d参照)。

4 対比・判断
(1) 本件特許発明1
ア 引用発明の対比
引用発明の「基油1」は、「硫黄分が1ppm質量未満、・・・動粘度(40℃)が10.1mm2/s、動粘度(100℃)kv100が2.8mm2/s、粘度指数が123・・・」であるから、本件特許発明1の「40℃動粘度が10〜40mm2/sであり、粘度指数が80〜140であり、硫黄分が500質量ppm以下である鉱油」に相当する。
引用発明の「金属加工油組成物」は本件特許発明1の「切削油剤組成物」に相当する。
引用発明の「添加剤1:ステアリン酸ブチル」は本件特許発明1の「エステル」の限りにおいて一致する。
そうすると、本件特許発明1と引用発明は、「40℃動粘度が10〜40mm2/sであり、粘度指数が80〜140であり、硫黄分が500質量ppm以下である鉱油と、
エステルと、
を含む、切削油剤組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点>
エステルが、本件特許発明1は前記鉱油より低い40℃動粘度を有するエステルである2−エチルヘキシルオレートであるのに対し、引用発明では添加剤1:ステアリン酸ブチルである点。

イ 相違点についての検討
引用発明の構成からの容易性について、甲1には、引用発明の金属加工油組成物に含まれるエステルの合計炭素数の上限値は好ましくは26以下と記載されており(摘記1c参照)、確かに、2−エチルヘキシルオレートの化学式(分子式)はC26H50O2であり、合計炭素数は26であるが、下限値は7以上であることも記載されており(摘記1c参照)、合計炭素数が7以上26以下のエステルは極めて多数ある。また、合計炭素数26のエステルに限ってみても、2−エチルヘキシルオレートを含め、エステルを構成するアルコール部分と脂肪酸部分の炭素数の合計が26である多数のものがある。さらに、甲1には、合計炭素数は11以上22以下が最も好ましいことも記載されており(摘記1c参照)、甲1の前記記載から、引用発明の金属加工油組成物に含まれるエステルとして前記極めて多数のものの中から合計炭素数26の2−エチルヘキシルオレートを採用する動機付けがあるとはいえない。
引用発明の目的・課題からの容易性について、甲1には、引用発明の金属加工油組成物は、高粘度化や添加剤の増量をせずとも優れた加工性を得ることができ、且つ加工後の被加工物からの除去性に優れたものであることが、記載されている(摘記1b参照)。一方で、甲1には、高引火点であることが好ましいといった、高引火点の観点については、何ら記載されていない。そのため、甲1から認定される引用発明は、高粘度化しないことを目的としつつ、高引火点の観点については特に考慮されていないものといえる。
それに対し、甲2、甲7には、低粘度及び高引火点の観点から、金属加工油組成物の基油の合成油としてエステルが好ましいことが記載され、その具体例としてオレイン酸2−エチルヘキシルが列記されている(摘記2a、2b、7a、7b参照)。また、甲8にも、引火点が高く、モノエステル化合物を含む金属加工油組成物におけるモノエステルの具体例として、オレイン酸2−エチルヘキシルが列記されている(摘記8a〜8c参照)。ここで、オレイン酸2−エチルヘキシルは2−エチルヘキシルオレートである。
そうすると、高引火点の観点がなく、高粘度化しないことを目的とする引用発明において、甲2、甲7及び甲8に列記されたエステルのような、引用発明の金属加工油組成物に含まれるステアリン酸ブチルより炭素数が多く、より高粘度であるエステルを採用する動機付けがあるとはいえない。また仮に、甲2、甲7及び甲8に列記されたエステルを採用しようとしても、オレイン酸2−エチルヘキシルより炭素数が少なく、より低粘度であるパルミチン酸オクチル等を採用するはずであり、列記されたエステルの中からオレイン酸2−エチルヘキシルを採用する動機付けまであるとはいえない。
そして、甲3〜甲6には、オレイン酸2−エチルヘキシル、パルミチン酸2−エチルヘキシル、ステアリン酸オクチル及びステアリン酸ブチルの引火点が、それぞれ、199℃、220℃、200−220℃及び160℃であると記載されている(摘記3a、4a、4b、5a、6a参照)。しかし、高引火点の観点がなく、高粘度化しないことを目的とする引用発明の金属加工油組成物において、エステルとして、ステアリン酸ブチルに代えて、炭素数がより多く、高粘度化に寄与するオレイン酸2−エチルヘキシルを採用する動機付けがあるとはいえない。
したがって、高粘度化や添加剤の増量をせずとも優れた加工性を得ることができ、且つ加工後の被加工物からの除去性に優れた、引用発明の金属加工油組成物において、エステルとして、添加剤1:ステアリン酸ブチルに代えて、ステアリン酸ブチルより金属加工油組成物を高粘度化させる、甲2、甲7及び甲8に記載された、2−エチルヘキシルオレートを採用することは、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。

ウ 本件特許発明1の効果について
本件特許発明1は、エステルとして2−エチルヘキシルオレートを採用することにより低粘度且つ高引火点を達成できるという効果を有するものであり、そのような効果は、引用発明及び甲2〜甲8の記載から当業者の予測を超える顕著なものであるといえる。

エ 小括
したがって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明及び甲2〜甲8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものではない。

(2)本件特許発明2
本件特許発明2は、本件特許発明1を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と引用発明との<相違点>と同じ相違点を有するものであって、<相違点>については前記(1)イ及びウで検討したとおりである。
したがって、本件特許発明2は、甲1に記載された発明及び甲2〜甲8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないから、特許法第29条第2項の規定により、特特許を受けることができないものではない。

第5 理由2(サポート要件)について
1 本件特許発明の課題について
本件特許発明1の課題は、本件特許明細書の【0006】からみて、鉱油を用いた場合であっても、低粘度且つ高引火点を達成できる新規な切削油剤組成物を提供することにあると認められる。

2 判断
(1)切削油剤組成物について
確かに、本件特許明細書には、本件特許発明1の切削油剤組成物を切削加工に供したことについて、具体的な記載はないが、本件特許発明1の組成物は「切削油剤組成物」と称されるものであって、鉱油を基油として含む組成物であるから、そのようなものが、被加工物の加工部位を潤滑でき、切削油剤組成物として使用できることは、技術常識である。実際、甲1には、本件特許発明1のものと物性が同じ基油とエステルを含む組成物が金属加工油組成物として使用できることが、記載されているし、甲2、甲7及び甲8にも、本件特許発明1のもののように、基油とエステルを含む組成物が金属加工油組成物として使用できることが、記載されている。
また、基油とエステルを含む組成物において、本件特許発明1のもののようにエステルとして2−エチルヘキシルオレートを採用したことにより、その組成物が、被加工物の加工部位を潤滑できなくなり、切削油剤組成物として使用できなくなるという技術常識もない。
そして、特許異議申立人は、前記第3 2(1)の特許異議申立の理由において、本件特許発明1の組成物が切削油剤組成物として使用できないことについて、なんら具体的な立証や証拠を示していない。
そうすると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2についても同様である。

(2)低粘度且つ高引火点について
前記1のとおり、本件特許発明1の課題は、鉱油を用いた場合であっても、低粘度且つ高引火点を達成できる新規な切削油剤組成物を提供することにあり、本件特許明細書における表2からみて、本件特許発明1の切削油剤組成物は前記課題を解決できることが理解できる。
ここで、前記第3 2(2)の特許異議申立の理由のとおり、比較例1で用いた鉱油A4及び比較例2で用いた鉱油A5は、いずれも、本件特許発明1で規定されない鉱油であり、本件特許発明1で規定されない鉱油を用いても、「低粘度又は高引火点」を達成する切削油剤組成物を構成し得るといえる。ところが、本件特許発明1の課題は、低粘度及び高引火点について、「低粘度又は高引火点」ではなく、「低粘度且つ高引火点」であり、本件特許発明1に含まれない比較例1及び比較例2は、低粘度と高引火点の両立すなわち「低粘度且つ高引火点」までは達成していないから、前記課題を解決できないものである。
そうすると、本件特許明細書には、発明の課題である「鉱油を用いた場合であっても、低粘度且つ高引火点を達成できる新規な切削油剤組成物を提供すること」が記載されているといえる。そして、本件特許明細書の記載から、本件特許発明1の切削油剤組成物は前記課題を解決できる一方、本件特許発明1を充足しない切削油剤組成物は前記課題を解決できないことが理解できる。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2についても同様である。

(3)硫黄分について
前記第3 2(3)の特許異議申立の理由のとおり、比較例1の切削油剤組成物における硫黄分の記載及び比較例2の切削油剤組成物における硫黄分の記載の少なくとも一方が誤りである可能性は否定できないが、前記(2)で述べたとおり、いずれも、本件特許発明1に含まれないことに変わりはない。そうすると、本件特許明細書における表2からみて、本件特許発明1に含まれない比較例1及び比較例2は前記課題を解決できないが、本件特許発明1の切削油剤組成物は前記課題を解決できることが理解できるといえるから、その誤りによっても、本件特許発明1が、鉱油を用いた場合であっても、低粘度且つ高引火点を達成できる新規な切削油剤組成物を提供できるということに変わりはない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2についても同様である。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立人による特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2023-03-08 
出願番号 P2018-140504
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C10M)
P 1 651・ 537- Y (C10M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 関根 裕
特許庁審判官 瀬下 浩一
田澤 俊樹
登録日 2022-06-01 
登録番号 7082918
権利者 ENEOS株式会社
発明の名称 切削油剤組成物  
代理人 平野 裕之  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 黒木 義樹  
代理人 清水 義憲  
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