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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01B 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 H01B 審判 全部申し立て 2項進歩性 H01B |
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管理番号 | 1400519 |
総通号数 | 20 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2023-08-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2023-04-28 |
確定日 | 2023-07-19 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7165288号発明「絶縁電線及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7165288号の請求項1〜8に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7165288号の請求項1〜8に係る特許についての出願は、2022年(令和4年)1月19日(優先権主張 令和3年3月8日(以下、「本件特許出願の優先日」という。))を国際出願日とする出願であって、令和4年10月25日にその特許権の設定登録がされ、同年11月2日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1〜8に係る特許に対し、令和5年4月28日に特許異議申立人 大矢 真紀子(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 特許第7165288号の請求項1〜8の特許に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明8」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 導体と、前記導体を被覆する絶縁層と、を備える絶縁電線であって、 前記絶縁層は、樹脂と第1のフィラーとを含み、 前記樹脂は、ポリイミドを含み、 前記第1のフィラーは、一次粒子、または前記一次粒子の複数が集合した二次粒子として存在し、 前記一次粒子は、シリカまたはアルミナであり、 前記二次粒子の粒子径は、0.03μm以上5μm以下であり、 前記絶縁電線の横断面において、前記一次粒子の面積の合計値と、前記二次粒子の面積の合計値との和に対する、前記二次粒子の面積の合計値の割合が50%以上であり、 前記ポリイミドは、酸二無水物とジアミン化合物との重合体であり、 前記酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物および3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物のいずれか一方又は両方であり、 前記ジアミン化合物は、4,4’−オキシジアニリンである、絶縁電線。 【請求項2】 前記横断面において、前記二次粒子の面積の合計値に対する、粒子径が0.2μm以上1μm以下である前記二次粒子の面積の合計値の割合が30%以上である、請求項1に記載の絶縁電線。 【請求項3】 前記絶縁層の質量に対する前記第1のフィラーの質量の割合は、5%以上30%以下である、請求項1又は請求項2に記載の絶縁電線。 【請求項4】 前記酸二無水物は、前記ピロメリット酸二無水物と前記3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とからなり、 前記ピロメリット酸二無水物を10mol%以上50mol%以下で含み、 前記3,3’,4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を50mol%以上90mol%以下で含む、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の絶縁電線。 【請求項5】 請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の絶縁電線の製造方法であって、 前記導体と絶縁ワニスとを準備する第1工程と、 前記導体の外周面に前記絶縁ワニスを塗布する第2工程と、 前記絶縁ワニスを前記導体に焼付ける第3工程と、をこの順で含み、 前記第1工程は、前記導体を準備するA工程と、前記絶縁ワニスを準備するB工程とを含み、 前記B工程において前記絶縁ワニスは、溶剤と前記第1のフィラーと前記樹脂またはその樹脂前駆体とを混合することにより調製され、 前記溶剤は、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、又はそれらの混合物であり、 前記第1のフィラーにおいて、前記一次粒子の粒子径が0.01μm以上0.1μm以下である、絶縁電線の製造方法。 【請求項6】 前記第3工程は、300℃以上700℃以下、0.1分以上5分以下の条件で実行される、請求項5に記載の絶縁電線の製造方法。 【請求項7】 前記絶縁ワニスにおける樹脂固形分濃度は、10質量%以上40質量%以下である、請求項5又は請求項6に記載の絶縁電線の製造方法。 【請求項8】 前記絶縁ワニス中の樹脂固形分の質量に対する第1のフィラーの質量の割合は、5%以上35%以下である、請求項5から請求項7のいずれか1項に記載の絶縁電線の製造方法。」 第3 申立理由の概要 申立人は、証拠として甲第1号証〜甲第3号証を提出し、以下の理由により、請求項1〜8に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。 1 申立理由1(進歩性) 本件発明1〜8は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された事項及び周知技術(甲第2号証、甲第3号証)に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 [証拠方法] 甲第1号証:特開2017−95547号公報 甲第2号証:特開2018−115272号公報 甲第3号証:特開2006−134813号公報 2 申立理由2(実施可能要件) 発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1〜8の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 3 申立理由3(サポート要件) 本件発明1〜8は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 4 申立理由4(明確性) 本件発明1〜8は、特許請求の範囲の記載が明確でないから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 第4 申立理由1(進歩性)について 1 甲号証の記載事項、甲号証に記載された発明等 (1) 甲第1号証(特開2017−95547号公報) ア 本件特許出願の優先日前に公開された甲第1号証には、以下の記載がある(当審注:下線は当審が付与した。以下、同様である。)。 「【請求項6】 導体と、前記導体の外周上に配置される絶縁層と、を備え、 前記絶縁層は耐部分放電性塗料から形成され、 前記耐部分放電性塗料は、 ポリイミド前駆体および有機溶媒を含むポリイミド塗料と、 シリカ粒子、および当該シリカ粒子を前記ポリイミド塗料に分散させる分散媒を含むオルガノシリカゾルと、を含み、 前記シリカ粒子に含まれるナトリウムイオンの含有量がシリカ粒子の重量に対して5×10−3wt%以下である、絶縁電線。」 「【0009】 ただし、無機粉末は、そのままポリイミド塗料に添加すると、凝集して絶縁層の可とう性を悪化させるおそれがある。そこで、例えば特許文献1および特許文献2では、無機粉末であるシリカ粒子を分散媒に分散させてシリカゾルとして、シリカ粒子の絶縁塗料への分散性を高めている。これにより、絶縁層における可とう性の低下を抑制しつつ、耐部分放電性を高めている。」 「【0022】 (ポリイミド塗料) ポリイミド塗料は、ポリイミド前駆体が有機溶媒に溶解してなるものであり、例えば、有機溶媒に酸無水物成分とジアミン成分とを溶解させ、これらを反応させることにより合成される。」 「【0028】 有機溶媒は、酸無水物成分やジアミン成分を溶解させてポリイミド前駆体を合成するための反応溶媒となる。有機溶媒としては、ポリイミド前駆体の合成に影響を及ぼさず、これを溶解できるものであれば、特に限定されない。例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)や、γ−ブチロラクトン、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルイミダゾリジノン(DMI)、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノンなどを用いることができる。これらは単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。有機溶媒としては、ポリイミド前駆体を溶解させるとともに、オルガノシリカゾルを良好に分散させる観点から、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)が好ましい。また、有機溶媒としては、DMAcと後述する分散媒との混合溶媒を用いてもよい。」 「【0043】 絶縁層12は、導体11の外周を被覆するように配置されている。絶縁層12は、上述の耐部分放電性塗料を加熱して得られるポリイミド樹脂から形成されている。絶縁層12の形成は、例えば、上述した耐部分放電性塗料を導体11上に所定の厚さで塗布し、高温度(例えば300℃以上)で所定時間加熱するといった一連の操作(塗布および加熱)を、絶縁層12が所定の厚さとなるまで複数回繰り返すことによって行われる。絶縁層12の厚さは、用途に応じて最適な大きさが選択される。塗料の塗布方法は、一般的に実施されている方法、例えばバーコータ、ローラー、スピンコータ、ダイスなどを用いて塗布する方法、が挙げられる。また、塗料の加熱温度や加熱時間は、塗料に含まれるポリイミド前駆体や有機溶媒、分散媒などの種類に応じて適宜変更するとよい。」 「【0053】 <耐部分放電性塗料の調製および絶縁電線の作製> (実施例1) まず、有機溶媒としてのジメチルアセトアミド(DMAc)280gに、ジアミン成分としての4,4’−ジアミノジフェニルエーテル34.0gを溶解させた。その後、溶液に酸無水物成分としてのピロメリト酸二無水物を36.0g投入し、100rpmで撹拌することにより、ポリイミド前駆体を含むポリイミド塗料を得た。なお、このポリイミド塗料の粘度は3.7Pa・sであった。 続いて、メチルイソブチルケトン(MIBK)を分散媒としたオルガノシリカゾルを、ポリイミド塗料中のポリイミド前駆体100質量部に対してシリカ粒子が25質量部となるように、添加した。そして、15時間撹拌することにより、実施例1の耐部分放電性塗料を得た。なお、オルガノシリカゾルとしては、シリカ粒子の平均粒子径が50nm、シリカ粒子の濃度が30wt%、ナトリウムイオンの含有量がシリカ粒子の重量に対して5×10−3wt%のものを用いた。 得られた耐部分放電性塗料を銅導体に塗布し、焼付けを行い、厚さ33μmの絶縁層を形成し、実施例1の絶縁電線を作製した。製造条件を下記表1に示す。」 イ 甲第1号証に記載された発明 上記アにおける【請求項6】、【0022】、【0053】の記載によれば、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 「導体と、前記導体の外周上に配置される絶縁層と、を備え、 前記絶縁層は耐部分放電性塗料から形成され、 前記耐部分放電性塗料は、 ポリイミド前駆体および有機溶媒を含むポリイミド塗料と、 シリカ粒子、および当該シリカ粒子を前記ポリイミド塗料に分散させる分散媒を含むオルガノシリカゾルと、を含み、 前記シリカ粒子に含まれるナトリウムイオンの含有量がシリカ粒子の重量に対して5×10−3wt%以下である、絶縁電線であって、 前記ポリイミド塗料は、ポリイミド前駆体が有機溶媒に溶解してなるものであり、例えば、有機溶媒に酸無水物成分とジアミン成分とを溶解させ、これらを反応させることにより合成され、 前記ジアミン成分は4,4’−ジアミノジフェニルエーテルであり、 前記酸無水物成分はピロメリト酸二無水物であり、 前記シリカ粒子の平均粒子径が50nmである、絶縁電線。」 (2)甲第2号証(特開2018−115272号公報) 本件特許出願の優先日前に公開された甲第2号証には、以下の記載がある。 「【請求項1】 芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの反応生成物であるポリイミド前駆体を含有する樹脂ワニスであって、 上記ポリイミド前駆体の重量平均分子量が10,000以上180,000以下であり、 上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がビフェニルテトラカルボン酸二無水物を含み、 上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するビフェニルテトラカルボン酸二無水物の含有量が25モル%以上95モル%以下である樹脂ワニス。 【請求項2】 上記芳香族テトラカルボン酸二無水物がピロメリット酸二無水物をさらに含み、 上記芳香族テトラカルボン酸二無水物100モル%に対するピロメリット酸二無水物の含有量が5モル%以上75モル%以下である請求項1に記載の樹脂ワニス。 【請求項3】 上記芳香族ジアミンがジアミノジフェニルエーテルを含む請求項1又は請求項2に記載の樹脂ワニス。」 「【0016】 当該樹脂ワニスは、上記構成を有することにより、塗布性に優れ、かつ耐湿熱劣化性及び可撓性に優れる絶縁層を形成できる。当該樹脂ワニスが上記構成を有することにより上記効果を奏する理由は定かではないが、例えば以下のように推察される。すなわち、当該樹脂ワニスは、重量平均分子量が上記下限以上と比較的高分子量であるポリイミド前駆体を含有するため、導体の外周側への塗工及び加熱により、比較的高分子量のポリイミドを主成分とする絶縁層を形成できる。このような比較的高分子量のポリイミドは、伸長性に優れ、かつ加水分解を生じたとしても一定の分子量を維持し易いため、上記絶縁層の可撓性及び耐湿熱劣化性を向上すると考えられる。また、当該樹脂ワニスは、加水分解性の低いBPDAを上記ポリイミド前駆体の原料として特定量用いることで、形成される絶縁層の主成分であるポリイミドに加水分解性の低い構造を導入できる。その結果、当該樹脂ワニスは、上記ポリイミド前駆体を極端に高分子量化せず、その重量平均分子量を上記上限以下としても上記絶縁層の耐湿熱劣化性を十分に向上できると考えられる。・・・」 「【0049】 上記非プロトン性極性有機溶剤としては、ポリイミド前駆体の溶解性向上及び絶縁層間の密着力向上の観点から、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ−ブチロラクトン及びこれらの組み合わせが好ましく、NMPがより好ましい。」 「【0065】 [加熱工程] 本工程では、例えば当該樹脂ワニスを塗工した導体を加熱炉内で走行させる方法等により、導体に塗工された当該樹脂ワニスを加熱する。この加熱工程によって、当該樹脂ワニスが含有するポリイミド前駆体がイミド化されると共に有機溶剤等の揮発成分が除去され、導体の外周側に焼付層である絶縁層が積層される。加熱方法としては、特に限定されず、例えば熱風加熱、赤外線加熱、高周波加熱等の従来公知の方法により行うことができる。加熱温度としては、例えば350℃以上500℃以下とすることができる。加熱時間としては、通常5秒以上100秒以下とすることができる。なお、当該樹脂ワニスを塗工した導体を加熱炉内で走行させることで加熱する場合、加熱炉内の設定温度を上記加熱温度と見なすものとする。」 「【0070】 [樹脂ワニスNo.8] 4,4’−ODA100モル%をN−メチル−2−ピロリドンに溶解させた後、得られた溶液にPMDA10モル%と、3,3’,4,4’−BPDA90モル%と、分子量調整剤としての適量のジカルボン酸無水物(フタル酸無水物)とを加え、窒素雰囲気下で撹拌する。その後、撹拌しながら80℃で3時間反応させた後、室温に冷却することにより、有機溶剤としてのN−メチル−2−ピロリドンにポリイミド前駆体が溶解している樹脂ワニスNo.8が製造できる。この樹脂ワニスNo.8中のポリイミド前駆体濃度は30質量%である。また、樹脂ワニスNo.8が含有するポリイミド前駆体の重量平均分子量は9,000とする。 【0071】 [樹脂ワニスNo.1〜7及び9〜35] PMDA、3,3’,4,4’−BPDA及び4,4’−ODAの使用量と重量平均分子量とを表1に示す通りとした以外は、樹脂ワニスNo.8と同様に操作し、樹脂ワニスNo.1〜7及び9〜35を製造する。なお、ポリイミド前駆体の重量平均分子量を9,000超に増大する場合、分子量調整剤の使用量を樹脂ワニスNo.8よりも適宜減量する。 ・・・ 【0073】 [絶縁電線の製造] 銅を主成分とする平均厚さ1.5mm、平均幅3mmの平角導体を用意する。樹脂ワニスNo.1〜35を上記導体の外周面に塗工する工程と、上記樹脂ワニスを塗工した導体を加熱炉の設定温度400℃、加熱時間30秒の条件で加熱する工程とを10回ずつ繰り返し行うことで、上記導体と、この導体の外周面に積層される平均厚さ35μmの絶縁層とを備える絶縁電線を得る。」 (3)甲第3号証(特開2006−134813号公報) 本件特許出願の優先日前に公開された甲第3号証には、以下の記載がある。 「【0047】 得られた分散液に、φ1mmのニッケルメッキ銅線を浸漬した後、入口側温度300℃、出口側温度400℃の温度勾配を持つエナメル焼却炉にて、50秒の熱処理を行い、この浸漬〜熱処理を7回繰り返して、該銅線上に絶縁被覆を形成した。なお、比較例用として、アルミナ及びシリカを添加しない樹脂溶液を用いて、他は同条件で絶縁被覆を形成した絶縁被覆銅線を作成した。」 2 本件発明1について (1)対比 本件発明1と甲1発明とを対比する。 ア 甲1発明の「前記導体の外周上に配置される絶縁層」は、導体を被覆しているといえるから、本件発明1の「前記導体を被覆する絶縁層」に相当する。 また、甲1発明の「導体と、前記導体の外周上に配置される絶縁層と、を備え」る「絶縁電線」は、本件発明1の「導体と、前記導体を被覆する絶縁層と、を備える絶縁電線」に相当する。 イ 甲1発明の「絶縁層」は、「耐部分放電性塗料から形成され、前記耐部分放電性塗料は、ポリイミド前駆体および有機溶媒を含むポリイミド塗料と、シリカ粒子、および当該シリカ粒子を前記ポリイミド塗料に分散させる分散媒を含むオルガノシリカゾルと、を含」んでいるところ、上記「ポリイミド」が樹脂であり、また、上記「シリカ粒子」がフィラーであることは技術常識であるから、甲1発明の「ポリイミド塗料」、「シリカ粒子」は、それぞれ、本件発明1の「樹脂」、「第1のフィラー」に相当し、本件発明1と甲1発明とは、「絶縁層」が「樹脂と第1のフィラーとを含み」、「樹脂」が「ポリイミドを含」んでいる点で共通する。 また、甲1発明の「シリカ粒子」は、「平均粒子径が50nm」であり、このような微細な粒子径の粒子は、通常、一次粒子、又は当該一次粒子の複数が集合した二次粒子として存在することは技術常識であるから、本件発明1と甲1発明とは、「第1のフィラー」が、「一次粒子、または前記一次粒子の複数が集合した二次粒子として存在し」ている点で共通する。 ウ 甲1発明の「ポリイミド塗料」は、「ポリイミド前駆体が有機溶媒に溶解してなるものであり、例えば、有機溶媒に酸無水物成分とジアミン成分とを溶解させ、これらを反応させることにより合成され」るものであるから、酸無水物成分とジアミン成分とが重合しているといえる。 そして、甲1発明の「酸無水物成分」である「ピロメリト酸二無水物」は、本件発明1の「酸二無水物」である、「ピロメリット酸二無水物」に相当する。 また、甲1発明の「ジアミン成分」である「4,4’−ジアミノジフェニルエーテル」と、本件発明1の「ジアミン化合物」である「4,4’−オキシジアニリン」とは、いずれも以下に示す〔化学式1〕で表されるものであるから、甲1発明の「ジアミン成分」である「4,4’−ジアミノジフェニルエーテル」は、本件発明1の「ジアミン化合物」である「4,4’−オキシジアニリン」に相当する。 〔化学式1〕 そうすると、本件発明1と甲1発明とは、「ポリイミド」が、「酸二無水物とジアミン化合物との重合体」である点で共通する。 エ 以上から、本件発明1と甲1発明との一致点と相違点は以下のとおりとなる。 <一致点> 「導体と、前記導体を被覆する絶縁層と、を備える絶縁電線であって、 前記絶縁層は、樹脂と第1のフィラーとを含み、 前記樹脂は、ポリイミドを含み、 前記一次粒子は、シリカであり、 前記ポリイミドは、酸二無水物とジアミン化合物との重合体であり、 前記酸二無水物は、ピロメリット酸二無水物であり、 前記ジアミン化合物は、4,4’−オキシジアニリンである、絶縁電線。」 <相違点> 相違点1:本件発明1は、「前記二次粒子の粒子径は、0.03μm以上5μm以下」であるのに対し、甲1発明は、「シリカ粒子の平均粒子径が50nmである」ものの、シリカ粒子の二次粒子の粒子径は不明である点。 相違点2:本件発明1は、「前記絶縁電線の横断面において、前記一次粒子の面積の合計値と、前記二次粒子の面積の合計値との和に対する、前記二次粒子の面積の合計値の割合が50%以上」であるのに対し、甲1発明は、そのような構成を有しているかどうか不明である点。 (2)相違点についての判断 事案に鑑み相違点2から検討する。 相違点2に係る本件発明1の構成、すなわち、「前記絶縁電線の横断面において、前記一次粒子の面積の合計値と、前記二次粒子の面積の合計値との和に対する、前記二次粒子の面積の合計値の割合が50%以上」であることは、甲第1号証〜甲第3号証のいずれにも記載も示唆もされていない。 したがって、甲1発明に甲第2号証に記載された事項及び周知技術を適用しても、相違点2に係る本件発明1の構成は得られない。 よって、相違点1について判断するまでもなく、本件発明1は、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び周知技術(甲第2号証、甲第3号証)に基づいて、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 (3)申立人の主張について 申立人は、相違点2について、特許異議申立書の21ページ下から6行〜22ページ3行において、本件発明1と甲1発明とは、絶縁層の材料が実質的に同じであり、また、本件発明1と甲1発明はいずれも、絶縁層の形成方法も何ら特徴的なものではなく、すなわち、導体の周囲にポリイミド前駆体とフィラーとを含むワニス(塗料)を普通の方法で塗布し、普通の方法で焼付けるものである(本件特許明細書の【0070】〜【0072】、【0074】等、甲第1号証の【0043】、【0053】等)から、甲1発明は、相違点2に係る本件発明1の構成を満たす蓋然性が高い旨主張している。 しかし、本件特許明細書の【0071】には、「絶縁ワニスを導体に焼付ける工程(第3工程)は、300℃以上700℃以下、0.1分以上5分以下の条件で実行されることが好ましい。」と記載されているのに対し、甲第1号証の【0043】には、「絶縁層12の形成は、例えば、上述した耐部分放電性塗料を導体11上に所定の厚さで塗布し、高温度(例えば300℃以上)で所定時間加熱する・・・また、塗料の加熱温度や加熱時間は、塗料に含まれるポリイミド前駆体や有機溶媒、分散媒などの種類に応じて適宜変更するとよい。」と記載されているものの、具体的な加熱時間については記載されていない。 そうすると、本件発明1と甲1発明とは、絶縁層を全く同じ条件で製造しているとはいえないから、甲1発明は、相違点2に係る本件発明1の事項を満たしているとはいえない。 したがって、申立人の上記主張は採用できない。 (4)小括 以上から、本件発明1は、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3 本件発明2〜8について 本件発明2〜8は、本件発明1の全ての構成を有するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲1発明、甲第2号証に記載された事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明できたものではない。 4 まとめ 以上のとおりであるから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。 したがって、申立理由1は、理由がない。 第5 申立理由2(実施可能要件)、申立理由3(サポート要件)について 1 申立人は、特許異議申立書の35ページ6行〜37ページ11行において、以下の主張をしている。 本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0033】、【0036】等には、絶縁層が第1のフィラーに加え、第2のフィラーを含んでもよいことが記載されているが、第2のフィラーとしてどのようなフィラーを採用し得るのか、また、絶縁層が第2のフィラーをどの程度含み得るのか、発明の詳細な説明には一切記載されていないから、本件発明は、シリカ以外かつアルミナ以外のフィラーであれば、どのような材料、形状、粒子径、二次粒子面積占有率のものであっても、これを第2のフィラーとして絶縁層に含ませることができるのであり、その含有量も制限がない。 そうすると、例えば、第2のフィラーとしてシリカやアルミナと同じように絶縁性の高い(誘電率の低い)フィラー(例えば、比誘電率が10前後であるセラミックス粒子、一例として、酸化亜鉛、酸化マグネシウム、酸化ベリリウム、イットリア、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、窒化ホウ素、ステアタイト、コーディエライト等)を含有させた場合に、この第2のフィラーの二次粒子面積占有率が低い場合には、第1のフィラーと第2のフィラーを合わせた全体として、二次粒子占有面積率も本件発明で規定するよりも低くなることが当然に想定され(この想定に係る実施形態を「実施形態I」と称す。)、この実施形態Iは、上記のとおり、第2のフィラーとしてシリカやアルミナと同じように絶縁性の高いフィラーを用いているから、その技術的な位置づけは以下の実施形態IIと等価なものといえる。 [実施形態II]: 第1のフィラーとしてシリカとアルミナを組み合わせて配合し、第2のフィラーは配合しない実施形態において、当該第1のフィラーの二次粒子占有面積率を本件特許発明の規定よりも低くした実施形態。 上記実施形態IIは、二次粒子面積占有率が本件発明の規定を満たさず、本件特許明細書の比較例1ないし比較例2に相当するものであるから、本件発明の課題を解決できないものであるから、実施形態IIと等価な実施形態Iについても当然、本件発明の課題を解決できることを当業者といえども認識することができない。 したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明に含まれる一部の下位概念(絶縁層がフィラーとして第1のフィラーのみを含む)についての実施の形態のみが実施可能に記載されており、本件発明に含まれる他の下位概念(絶縁層がフィラーとして第1のフィラーと第2のフィラーの両方を含む)については、当業者が本件特許の出願時の技術常識を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえないし、また、本件特許の出願時の技術常識に照らしても、本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 2 しかし、本件発明1には、第2のフィラーについて特定されていない。 そして、本件発明1には、「前記第1のフィラーは、一次粒子、または前記一次粒子の複数が集合した二次粒子として存在し」と特定されていることからすると、本件発明1の「前記絶縁電線の横断面において、前記一次粒子の面積の合計値と、前記二次粒子の面積の合計値との和に対する、前記二次粒子の面積の合計値の割合」(以下、「二次粒子占有面積率」という。)における「一次粒子」と「二次粒子」とは、いずれも、「第1のフィラー」の「一次粒子」と「二次粒子」であると解される。 そうすると、本件発明1の「二次粒子占有面積率」には、第2のフィラーの一次粒子及び二次粒子の面積は含まれない。 したがって、申立人の上記主張は前提において誤っており失当である。 よって、申立理由2、3には、理由がない。 第6 申立理由4(明確性)について 1 まず、申立人の主張から検討する。 (1)申立人は、特許異議申立書の37ページ14行〜38ページ2行において、本件発明1における二次粒子面積占有率の決定方法について、本件特許明細書の【0054】では、「二次粒子面積占有率(%)は、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて絶縁電線の横断面を観察し、所定領域における一次粒子の面積の合計と二次粒子の面積の合計とを画像処理ソフト(三谷商事社製「Winroof」)で計算することによって求められる」と説明しているが、上記「所定領域」の観察面における位置や上記「所定領域」の面積については一切記載されてなく、ここで、本件特許の図面の図1から、上記「所定領域」の位置や大きさが異なれば、二次粒子面積占有率の値も大きく異なり得ることが当然に理解できるから、本件発明は、本件特許明細書に記載された二次粒子面積占有率の決定方法を参酌しても、その技術的範囲が不明確であり、すなわち、ある具体的な実施形態が本件特許発明の技術的範囲に入るか否かを当業者が判断したり予測したりすることができず、第三者に不測の不利益を及ぼし得るものであるから、本件特許発明は明確でない旨主張している。 (2)しかし、本件特許明細書の【0054】の記載されている「二次粒子面積占有率」の定義によれば、本件発明1の「二次粒子面積占有率が50%以上であり」とは、所定領域、すなわち、どの位置の領域や、どのような面積の領域で測定しても「50%以上」であると解することができる。 したがって、本件発明1の「二次粒子面積占有率」は、明確である。 (3)そして、請求項1に記載されている「二次粒子面積占有率」以外の記載について、不明確な記載はない。 したがって、本件発明1は明確である。 2 また、請求項2〜8にも不明確な記載はないから、本件発明2〜8も明確である。 3 まとめ 以上のとおりであるから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。 したがって、申立理由4は、理由がない。 第7 むすび 以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2023-07-07 |
出願番号 | P2022-544215 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(H01B)
P 1 651・ 537- Y (H01B) P 1 651・ 121- Y (H01B) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
瀧内 健夫 |
特許庁審判官 |
市川 武宜 河本 充雄 |
登録日 | 2022-10-25 |
登録番号 | 7165288 |
権利者 | 住友電気工業株式会社 住友電工ウインテック株式会社 |
発明の名称 | 絶縁電線及びその製造方法 |
代理人 | 弁理士法人深見特許事務所 |
代理人 | 弁理士法人深見特許事務所 |