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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 H01G |
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管理番号 | 1403676 |
総通号数 | 23 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2023-11-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2023-02-09 |
確定日 | 2023-09-25 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7115618号発明「固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7115618号の請求項1、2、5、6に係る特許を取り消す。 同請求項3、4に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7115618号の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成27年8月12日に出願した特願2015−159562号の一部を令和2年7月22日に新たな出願とした特願2020−125042号の一部を令和3年10月15日にさらに新たな出願としたものであって、令和4年8月1日にその特許権の設定登録がなされ、同年8月9日に特許掲載公報が発行された。その後、本件特許に対して特許異議の申立てがなされたものであり、以降の本件特許異議の申立てに係る手続の概要は以下のとおりである。 令和5年2月 9日 特許異議申立人 ニチコン株式会社による請求項 1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立て 令和5年4月17日付け 取消理由通知 なお、令和5年4月17日付け取消理由通知に対して期間を指定して意見書、訂正請求書を提出する機会を与えたが、当該期間内に特許権者から意見書も訂正請求書も提出されなかった。 第2 本件発明 本件の請求項1ないし6に係る特許(以下、「本件発明1」ないし「本件発明6」という。)は、それぞれ特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、 前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有し、 前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、 前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、 前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり、 前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であり、 前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサ。 【請求項2】 前記多価アルコールが、エチレングリコールであることを特徴とする請求項1記載の固体電解コンデンサ。 【請求項3】 前記電解液が、前記溶媒として水を含まない非水系電解液であることを特徴とする請求項1又は2記載の固体電解コンデンサ。 【請求項4】 前記電解液が、ホウ酸およびマンニットをさらに含むことを特徴とする請求項1〜3いずれか一項記載の固体電解コンデンサ。 【請求項5】 陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、 前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程と、 前記固体電解質層が形成されたコンデンサ素子を、溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程と、 を含み、 前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であり、 前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする固体電解コンデンサの製造方法。 【請求項6】 前記導電性高分子の分散体が、エチレングリコールを含むことを特徴とする請求項5記載の固体電解コンデンサの製造方法。」 第3 当審の判断 1.取消理由通知に記載した取消理由について (1)取消理由の概要 令和5年4月17日付けで通知した取消理由の概要は次のとおりである。 請求項1、2、5に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用例1に記載された発明及び周知の技術事項(下記の引用例1,2に記載された技術事項)に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、 請求項6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の引用例1に記載された発明及び周知の技術事項(下記の引用例1,2に記載された技術事項、引用例2,3に記載された技術事項)に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、2、5、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 記 引用例1:特開2007−235105号公報(甲第1号証) 引用例2:特開2015−2274号公報(甲第2号証) 引用例3:特開2014−11218号公報 (2)引用例1の記載事項 引用例1(特開2007−235105号公報、甲第1号証)には、「電解コンデンサ」について、以下の各記載がある(なお、下線は当審で付与した。)。 ア.「【請求項1】 陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在してコンデンサ素子を形成し、該コンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させた電解コンデンサにおいて、 前記セパレータは、ポリアクリルアミド樹脂からなる紙力増強剤を付着させたセルロース系繊維にシランカップリング剤を付与して熱処理し、前記紙力増強剤のポリアクリルアミド樹脂をイミド化させ、かつ、セルロース系繊維にシランカップリング剤を結合させたものであることを特徴とする電解コンデンサ。」 イ.「【0022】 以下本発明にかかる電解コンデンサの最良の第1実施形態としてのアルミ電解コンデンサを説明する。図1は本発明における電解コンデンサの構造を示す要部断面斜視図である。図中の11は陽極箔,12は陰極箔,13はセパレータであり、陽極箔11はアルミ箔をエッチング処理によって実効表面積を拡大させた表面に化成処理によって誘電体酸化皮膜を形成してあり、陰極箔12はアルミ箔をエッチング処理して形成されている。前記陽極箔11と陰極箔12とをセパレータ13を介して巻回することによりコンデンサ素子19が構成され、陽極箔11と陰極箔12に夫々陽極リード15と陰極リード16を接続し、駆動用電解液14を含浸させてアルミニウムでなる金属ケース18内に挿入してゴム等の封口材17で封止することでアルミ電解コンデンサとして製作される。」 ウ.「【0035】 駆動用電解液14は、基本的には有機溶媒と水の混合溶媒に、無機酸,有機酸,無機酸塩,有機酸塩の1種以上を含む溶質とからなり、特に電解コンデンサのESR特性を向上させることができる。 【0036】 有機溶媒としては、アルコール溶媒(エチレングリコール,プロピレングリコール,1,4−ブタンジオール,グリセリン,ポリオキシアルキレンポリオール等),アミド溶媒(N−メチルホルムアミド,N,N−ジメチルホルムアミド,N−メチルアセトアミド,N−メチルピロジリノン等),アルコール溶媒(メタノール,エタノール等),エーテル溶媒(メチラール,1,2−ジメトキシエタン,1−エトキシ−2−メトキシエタン,1,2−ジエトキシエタン等),ニトリル溶媒(アセトニトリル,3−メトキシプロピオニトリル等),フラン溶媒(2,5−ジメトキシテトラヒドロフラン等),スルホラン溶媒(スルホラン,3−メチルスルホラン,2,4−ジメチルスルホラン等),カーボネート溶媒(プロピレンカーボネート,エチレンカーボネート,ジエチルカーボネート,スチレンカーボネート,ジメチルカーボネート又はメチルエチルカーボネート等),ラクトン溶媒(γ−ブチロラクトン,γ−バレロラクトン,δ−バレロラクトン,3−メチル−1,3−オキサジリジン−2−オン,3−エチル−1,3−オキサゾリジン−2−オン等),イミダゾリジノン溶媒(1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等),ピロリドン溶媒の単独あるいは2種以上の併用が挙げられる。この中ではエチレングリコール,γ−ブチロラクトンを用いることが望ましい。また、水の含有量は、駆動用電解液14の20〜90重量%含むものが好適である。 【0037】 前記溶質は、無機酸,有機酸,無機酸塩,有機酸塩の1種以上を含む溶質とからなるが、この中でも好ましくは硼酸,リン酸,アゼライン酸,アジピン酸,グルタル酸,フタル酸,マレイン酸,安息香酸,5,6−デカンジカルボン酸,1,7−オクタンジカルボン酸,1,6−デカンジカルボン酸等の二塩基酸又はその塩が挙げられる。前記の塩としては、アンモニウム塩,アミン塩,四級アンモニウム塩,アミジン系塩等が使用できる。」 エ.「【0038】 以下、本発明にかかるアルミ電解コンデンサの第1実施形態の具体的な実施例及び比較例を説明する。 【実施例1】 【0039】 エッチング処理により表面を粗面化した後に陽極酸化処理により誘電体酸化皮膜(化成電圧10V)を形成したアルミニウム箔からなる陽極箔と、アルミニウム箔をエッチング処理した陰極箔とをセパレータを介在させて巻回することによってコンデンサ素子を作製した。前記セパレータはレーヨンとヘンプで構成された紙からなるセパレータ基材イ(厚さ40μm、坪量20g/m2)にポリアクリルアミド樹脂希釈溶液を含浸させ、プレスロールで余分のポリアクリルアミド樹脂を除去し、乾燥後に200℃で5分間熱処理を行ったものをセパレータ基材ロとした。 【0040】 次に、このセパレータ基材ロにシランカップリング剤としてN−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン(信越化学工業株式会社製KBM603)を用いて塗工量が1.0g/m2になるように塗布して乾燥した後、200℃で30分間熱処理を行ったものをセパレータとして用いた。得られたコンデンサ素子に表3に示す駆動用電解液Aを減圧条件下(−700mmHg)で含浸した。次にコンデンサ素子を樹脂加硫ブチルゴム封口材とともに有底筒状のアルミニウムケースに挿入した後、該アルミニウムケースの開口部をカーリング処理により封止し、最後に直流電圧6.3Vを雰囲気温度105℃で1時間連続的に印加することによりエージングを行い、直径10mm×高さ10mmサイズのアルミ電解コンデンサを作製した。なお、ブチルゴム封口材は、ブチルゴムポリマー30部,カーボン20部,無機充填剤50部から構成され、封口材硬度:70IRHD(国際ゴム硬さ単位)のものを使用した。 【実施例2】 【0041】 実施例1において、セパレータ基材イにポリアクリルアミド樹脂希釈溶液を含浸させ、プレスロールで余分のポリアクリルアミド樹脂を除去して乾燥したものをセパレータ基材ハとし、このセパレータ基材ハにシランカップリング剤として前記N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシランを用いて塗工量が1.0g/m2になるように塗布し、乾燥後200℃で30分間熱処理を行ったものをセパレータとして用いた以外は、実施例1と同一の工程を経てアルミ電解コンデンサを作製した。 ・・・・(中 略)・・・・ 【実施例10】 【0049】 実施例2において、駆動用電解液Aに代えて表3の駆動用電解液Eを用いた以外は、実施例2と同一の工程を経てアルミ電解コンデンサを作製した。」 オ.「【0055】 【表3】 ![]() 」 上記「ア.」ないし「オ.」から以下のことがいえる。 ・引用例1に記載の「電解コンデンサ」は、上記「ア.」、「イ.」、「エ.」の記載によれば、陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在して巻回することによりコンデンサ素子が構成され、該コンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させてなるものである。 ・上記「ウ.」の記載によれば、駆動用電解液は、基本的には有機溶媒と水との混合溶媒と、溶質とからなるものである。有機溶媒としてはエチレングリコール等のアルコール溶媒などが挙げられ、溶質としてはアジピン酸等のアンモニウム塩などが使用され、好適な水の含有量は、駆動用電解液の20〜90重量%であり、上記「エ.」、「オ.」(表3)の記載によれば、実施例10では、溶質としてアジピン酸アンモニウム5重量%とブチルオクタン2酸アンモニウム4重量%とを含み、溶媒として水85重量%とエチレングリコール5重量%とを含む駆動用電解液Eが用いられてなるものである。 以上のことから、特に第1実施形態において、駆動用電解液Eを用いてなる実施例10に係る電解コンデンサ(アルミ電解コンデンサ)に着目し、上記記載を総合勘案すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。 「陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在して巻回することによりコンデンサ素子が構成され、前記コンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させてなる電解コンデンサであって、 前記駆動用電解液は、溶質としてアジピン酸アンモニウム5重量%とブチルオクタン2酸アンモニウム4重量%とを含み、溶媒として水85重量%とエチレングリコール5重量%とを含む、電解コンデンサ。」 さらに、上記電解コンデンサの製造方法に着目し、上記記載を総合勘案すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明’」という。)も記載されている。 「陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在して巻回することによってコンデンサ素子を作製し、 前記コンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させるようにした電解コンデンサの製造方法であって、 前記駆動用電解液は、溶質としてアジピン酸アンモニウム5重量%とブチルオクタン2酸アンモニウム4重量%とを含み、溶媒として水85重量%とエチレングリコール5重量%とを含む、電解コンデンサの製造方法。」 (3)取消理由についての当審の判断 ア.本件発明1について (ア)対比 本件発明1と引用発明とを対比する。 a.引用発明における「陽極箔」、「陰極箔」、「セパレータ」は、それぞれ本件発明1でいう「陽極箔」、「陰極箔」、「セパレータ」に相当する。そして、引用発明における「コンデンサ素子」は、陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在して巻回することによって構成されてなるものであり、本件発明1でいう陽極箔と陰極箔とがセパレータを介して巻回された「コンデンサ素子」に相当する。 したがって、本件発明1と引用発明とは、「陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子」を有するものである点で一致する。 ただし、本件発明1では「前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有」することを特定するのに対し、引用発明ではそのような特定を有していない点で相違する。 b.引用発明における「駆動用電解液」は、本件発明1でいう「電解液」に相当し、引用発明においてもコンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させてなるものであり、当然、当該駆動用電解液はコンデンサ素子内の空隙部に充填されているといえる。 したがって、本件発明1と引用発明とは、「前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され」てなるものである点で一致する。 c.引用発明における「駆動用電解液」は、溶質としてアジピン酸アンモニウムとブチルオクタン2酸アンモニウムを含むものであるところ、このうちの「ブチルオクタン2酸アンモニウム」は、ブチルオクタン2酸が分子量230.3の脂肪族カルボン酸の一種であることから、本件発明1でいう「脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩」に相当し、その脂肪族カルボン酸の分子量が本件発明1で特定する「150以上」の範囲に含まれるものである。一方、溶媒としては水とエチレングリコールを含むものであるところ、このうちの「エチレングリコール」は、本件発明1でいう「多価アルコール」の一種である。 したがって、本件発明1と引用発明とは、「前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上」である点で一致するといえる。 d.引用発明の「駆動用電解液」における溶質として含まれる「ブチルオクタン2酸アンモニウム」は分子量247.3であり、その添加量は4重量%である。また、溶媒は水85重量%とエチレングリコール5重量%の計90重量%である。このことから、溶媒に対する溶質におけるブチルオクタン2酸(本件発明1でいう「分子量が150以上の脂肪族カルボン酸」)の添加量(モル数)を算出すると、(4/247.3)/90≒1.8×10 −4mol/g=0.18mol/kgであり、本件発明1で特定する「0.6mol/kg以下」の範囲に含まれる。 また、引用発明の「駆動用電解液」における溶質として含まれる「ブチルオクタン2酸アンモニウム」から派生するアンモニウムイオンの溶媒に対する添加量(モル数)についても0.18mol/kgである。一方、溶質として含まれる「アジピン酸アンモニウム」から派生するアンモニウムイオンの溶媒に対する添加量(モル数)は、アジピン酸アンモニウムの分子量が163.1、その添加量が5重量%であるから、(5/163.1)/90≒3.4×10−4mol/g=0.34mol/kgとなる。よって、合計0.18+0.34=0.52mol/kgであり、本件発明1で特定する「0.6mol/kg以下」の範囲に含まれる。 したがって、本件発明1と引用発明とは、「前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下」であり、「前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下」である点で一致するということができる。 e.そして、本件発明1の「固体電解コンデンサ」と引用発明における「電解コンデンサ」とは、電解コンデンサである点では共通する。 ただし、本件発明1では「固体」電解コンデンサであることを特定するのに対し、引用発明ではそのような特定を有していない点で相違する。 よって上記a.ないしe.によれば、本件発明1と引用発明とは、 「陽極箔と陰極箔と、がセパレータを介して巻回されたコンデンサ素子を有し、 前記コンデンサ素子内の空隙部には、電解液が充填され、 前記電解液は、溶質として脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含み、 前記脂肪族カルボン酸の分子量が150以上であり、 前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であり、 前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする電解コンデンサ。」 である点で一致し、次の点で相違する。 [相違点1] 本件発明1では「前記コンデンサ素子は、導電性高分子を含む固体電解質層を有」する「固体」電解コンデンサであることを特定するのに対し、引用発明ではそのような特定を有していない点。 (イ)判断 上記相違点1について検討する。 引用例1には、コンデンサ素子に導電性高分子の固体電解質を設けることも記載され(特に【請求項2】、段落【0059】〜【0060】、【0071】〜【0072】を参照)、さらに、例えば引用例2(特に段落【0007】〜【0008】、【0163】〜【0165】を参照)にも記載されているように、導電性高分子からなる固体電解質と電解液とを併用することは周知といえる技術事項であり、引用発明においても、コンデンサ素子に導電性高分子の固体電解質を設け、相違点1に係る構成とすることは当業者であれば容易になし得たことである。 よって、本件発明1は、引用例1に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ.本件発明2について 引用発明においても、駆動電解液は溶媒としてエチレングリコールを含むものである。 よって、本件発明2は、引用例1に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ.本件発明5について (ア)対比 本件発明5と引用発明’とを対比する。 a.引用発明’における「陽極箔」、「陰極箔」、「セパレータ」は、それぞれ本件発明5でいう「陽極箔」、「陰極箔」、「セパレータ」に相当する。 そして、引用発明’における「陽極箔と陰極箔との間にセパレータを介在して巻回することによってコンデンサ素子を作製」することは、本件発明5でいう「陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程」に相当する。 b.本件発明5では、後述の電解液を充填する工程の前に「前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程」を含むことを特定するのに対し、引用発明’ではそのような特定を有していない点で相違する。 c.引用発明’における「駆動用電解液」は、本件発明5でいう「電解液」に相当し、引用発明’においてもコンデンサ素子に駆動用電解液を含浸させてなるものであり、当然、コンデンサ素子は当該駆動用電解液に浸漬され、駆動用電解液でコンデンサ素子内の空隙部が充填されることになるといえる。 ここで、引用発明’における「駆動用電解液」は、溶質としてアジピン酸アンモニウムとブチルオクタン2酸アンモニウムを含むものであるところ、このうちの「ブチルオクタン2酸アンモニウム」は、ブチルオクタン2酸が分子量230.3の脂肪族カルボン酸の一種であることから、本件発明5でいう「脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩」に相当し、その脂肪族カルボン酸の分子量が本件発明5で特定する「150以上」の範囲に含まれるものである。一方、溶媒としては水とエチレングリコールを含むものであるところ、このうちの「エチレングリコール」は、本件発明5でいう「多価アルコール」の一種である。 したがって、本件発明5と引用発明’とは、「前記コンデンサ素子を、溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程」を含むものである点で共通するといえる。 d.引用発明’の「駆動用電解液」における溶質として含まれる「ブチルオクタン2酸アンモニウム」は分子量247.3であり、その添加量は4重量%である。また、溶媒は水85重量%とエチレングリコール5重量%の計90重量%である。このことから、溶媒に対する溶質におけるブチルオクタン2酸(本件発明1でいう「分子量が150以上の脂肪族カルボン酸」)の添加量(モル数)を算出すると、(4/247.3)/90≒1.8×10−4mol/g=0.18mol/kgであり、本件発明5で特定する「0.6mol/kg以下」の範囲に含まれる。 また、引用発明’の「駆動用電解液」における溶質として含まれる「ブチルオクタン2酸アンモニウム」から派生するアンモニウムイオンの溶媒に対する添加量(モル数)についても0.18mol/kgである。一方、溶質として含まれる「アジピン酸アンモニウム」から派生するアンモニウムイオンの溶媒に対する添加量(モル数)は、アジピン酸アンモニウムの分子量が163.1、その添加量が5重量%であるから、(5/163.1)/90≒3.4×10−4mol/g=0.34mol/kgとなる。よって、合計0.18+0.34=0.52mol/kgであり、本件発明5で特定する「0.6mol/kg以下」の範囲に含まれる。 したがって、本件発明5と引用発明’とは、「前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下」であり、「前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下」である点で一致するということができる。 e.そして、本件発明5の「固体電解コンデンサの製造方法」と引用発明’における「電解コンデンサの製造方法」とは、電解コンデンサの製造方法である点では共通する。 ただし、本件発明5では「固体」電解コンデンサの製造方法であることを特定するのに対し、引用発明’ではそのような特定を有していない点で相違する。 よって上記a.ないしe.によれば、本件発明5と引用発明’とは、 「陽極箔と陰極箔と、をセパレータを介して巻回したコンデンサ素子を形成する工程と、 前記コンデンサ素子を、溶質として分子量が150以上である脂肪族カルボン酸のアンモニウム塩と、溶媒として多価アルコールと、を含む電解液に浸漬し、前記コンデンサ素子内の空隙部に電解液を充填する工程と、 を含み、 前記溶媒に対する前記溶質である前記分子量が150以上の脂肪族カルボン酸の添加量が0.6mol/kg以下であり、 前記溶媒に対する前記溶質のアンモニウムイオンの添加量が0.6mol/kg以下であることを特徴とする電解コンデンサの製造方法。」 である点で一致し、次の点で相違する。 [相違点2] 本件発明5では、電解液を充填する工程の前に「前記コンデンサ素子を、導電性高分子の分散体に浸漬後、乾燥させ、導電性高分子を含む固体電解質層を形成する工程」を含む「固体」電解コンデンサの製造方法であることを特定するのに対し、引用発明’ではそのような特定を有していない点。 イ.判断 上記相違点2について検討する。 引用例1には、コンデンサ素子に導電性高分子の固体電解質を設けることも記載され(特に【請求項2】、段落【0059】〜【0060】、【0071】〜【0072】を参照)、さらに、例えば引用例2(特に段落特に段落【0007】〜【0008】、【0163】〜【0165】を参照)にも記載されているように、導電性高分子からなる固体電解質と電解液とを併用することは周知といえる技術事項である。そして、当該引用例2にも記載のように、導電性高分子からなる固体電解質の形成方法として、電解液を含侵させる前に、コンデンサ素子を導電性高分子の分散液に浸漬後、乾燥させることにより誘電体層上に形成する方法も周知の技術であるといえ、引用発明’においても、駆動用電解液を含侵させる前に、コンデンサ素子を導電性高分子の分散液に浸漬後、乾燥させて導電性高分子の固体電解質を形成する工程を設け、相違点2に係る構成とすることは当業者であれば容易になし得たことである。 よって、本件発明5は、引用例1に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ.本件発明6について 引用例2には、導電性高分子の分散液に、導電性向上剤として例えばエチレングリコールを含有させてもよいことが記載され(段落【0075】〜【0077】を参照)、さらに引用例3にも導電性高分子分散液に高沸点有機溶媒としてエチレングリコールを含有させてもよいことが記載(段落【0046】を参照)されているように、固体電解質層を形成するための導電性高分子分散液にエチレングリコールを含有させることは周知の技術事項であるといえ、引用発明’において、上記相違点2について検討したようにコンデンサ素子を導電性高分子の分散液に浸漬後、乾燥させて導電性高分子の固体電解質を形成する工程を設ける際に、当該導電性高分子の分散液にエチレングリコールを含有させるようにすることも当業者が適宜なし得ることである。 よって、本件発明6は、引用例1に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 オ.まとめ 以上のとおりであるから、本件の請求項1、2、5、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 2.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について (1)申立理由の概要 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由のうち、取消理由通知に記載した理由によって取り消されるべき請求項1、2、5、6以外の請求項3、4に対する申立理由の概要は次のとおりである。 請求項3、4に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項3、4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。 記 甲第1号証:特開2007−235105号公報 甲第2号証:特開2015−2274号公報 (2)甲第1号証及び甲第2号証の記載事項 (2−1)甲第1号証の記載事項は、上記「1.(2)」に記載したとおりであり、甲第1号証に記載された発明(以下、「甲1発明」という。)は、上記引用発明と同じである。 (2−2)甲第2号証 甲第2号証には、以下の記載がある。 ア.「【0149】 調製例15(比較例用) 撹拌装置付き1Lビーカー内に入れたエチレングリコール500gに50gのアジピン酸アンモニウムを添加した後、24時間撹拌することによって電解液を調製した。 ・・・・(中 略)・・・・ 【0151】 調製例16(比較例用) さらに5gのグリセリンを添加した以外は、調製例15と同様の操作を行って電解液を調製した。」 (3)申立理由についての当審の判断 ア.本件発明3について 本件発明3と甲1発明とを対比すると、上記上記「1.(3)ア.本件発明1について」において検討した[相違点1]に加えて、以下の点で相違する。 [相違点3] 電解液について、本件発明3では「前記溶媒として水を含まない非水系電解液」であることを特定するのに対し、甲1発明では溶媒として水を含むものである点。 そこで、上記相違点3について検討する。 特許異議申立人は特許異議申立書において、甲第2号証に溶媒として水を含まない非水電解液が記載されている旨主張している。 たしかに甲第2号証の段落【0149】や【0150】には、溶媒としてエチレングリコールあるいはエチレングリコールとグリセリンを用いた非水系電解液が記載されているといえるが、そもそも甲1発明は、溶媒として85重量%もの水を含むものであるところ、甲第1号証の段落【0035】〜【0036】には「駆動用電解液14は、基本的には有機溶媒と水の混合溶媒に・・溶質とからなり、特に電解コンデンサのESR特性を向上させることができる。・・水の含有量は、駆動用電解液14の20〜90重量%含むものが好適である。」と記載されているように、水を含むことを前提とする発明であるといえ、たとえ甲第2号証に水を含まない非水系電解液を用いることが記載されているとしても、これを甲1発明においてあえて採用すべき動機がなく、甲1発明において相違点3に係る構成を導き出すことはできない。 よって、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ.本件発明4について 本件発明3と甲1発明とを対比すると、上記上記「1.(3)ア.本件発明1について」において検討した[相違点1]に加えて、以下の点で相違する。 [相違点4] 電解液について、本件発明3では「ホウ素およびマンニットをさらに含む」ことを特定するのに対し、甲1発明ではそのような特定を有していない点。 そこで、上記相違点4について検討する。 特許異議申立人は特許異議申立書において、甲第1号証および甲第2号証には多価アルコールを含む電解液が開示されていることから、電解液に添加される多価アルコールを検討し、マンニットを選択することは容易であり、また、甲第1号証の段落【0037】には電解液に含まれる溶質として硼酸が挙げられている旨主張している。 しかしながら、甲第1号証および甲第2号証には、溶媒として多価アルコールであるエチレングリコールを含むことが記載され、また、甲第1号証の段落【0037】には溶質としてアジピン酸等とともに硼酸のアンモニウム塩などが使用できることが記載されているのみであり、甲1発明における駆動用電解液について、溶質としてのアジピン酸アンモニウムとブチルオクタン2酸アンモニウム、溶媒としての水とエチレングリコールに加えてさらに、硼酸とマンニットを同時に含むようにすること、すなわち相違点4に係る構成とすることまでは導き出せないことである。 よって、本件発明4は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ.まとめ 以上のとおりであるから、本件請求項3、4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。 第4 むすび 以上のとおり、本件の請求項1、2、5、6に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 また、本件の請求項3、4に係る特許は、特許異議申立書に記載した申立理由によっては取り消すことはできない。さらに、他に本件の請求項3、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
別掲 |
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この決定に対する訴えは、この決定の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。 |
異議決定日 | 2023-08-17 |
出願番号 | P2021-169559 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
ZC
(H01G)
|
最終処分 | 08 一部取消 |
特許庁審判長 |
山田 正文 |
特許庁審判官 |
井上 信一 須原 宏光 |
登録日 | 2022-08-01 |
登録番号 | 7115618 |
権利者 | 日本ケミコン株式会社 |
発明の名称 | 固体電解コンデンサおよび固体電解コンデンサの製造方法 |
代理人 | 弁理士法人みのり特許事務所 |
代理人 | 片桐 貞典 |
代理人 | 木内 加奈子 |
代理人 | 大熊 考一 |
代理人 | 木内 光春 |