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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B32B |
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管理番号 | 1405797 |
総通号数 | 25 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-01-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-11-16 |
確定日 | 2023-10-16 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第7066994号発明「積層体およびそれを用いた化粧シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7066994号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜8〕について訂正することを認める。 特許第7066994号の請求項1〜8に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第7066994号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜8に係る特許についての出願は、平成29年8月7日に出願され、令和4年5月6日にその特許権の設定登録がされ、同年5月16日に特許掲載公報が発行された。その特許についての特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。 令和4年11月16日 :特許異議申立人弁理士法人WisePlus (以下「申立人」という。)による、請求項1 〜8に係る特許に対する特許異議の申立て 令和5年 3月 3日付け:取消理由通知 同年 5月 2日 :特許権者による訂正請求書、意見書の提出 同年 6月30日 :申立人による意見書の提出 2 訂正の適否 (1) 訂正の内容 訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」といい、本件訂正の請求を「本件訂正請求」という。)の内容は、以下のとおりである(当審注:下線は訂正箇所を示す。)。 (訂正事項) 特許請求の範囲の請求項1について、「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含むことを特徴とする積層体。」と記載されているのを、「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含み、前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存していることを特徴とする積層体。」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜8も同様に訂正する)。 (2) 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否 ア 訂正の目的について 光安定剤と紫外線吸収剤について、訂正前の請求項1では、「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含む」と特定されていたところ、訂正後の請求項1では「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含み、前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」として、光安定剤と紫外線吸収剤との関係を特定することにより、特許請求の範囲を減縮するものである。 イ 新規事項の有無 本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)の段落【0050】には、「紫外線吸収剤と光安定剤は分子間相互作用を必要とするため近接して存在するほうが好ましい。」と、段落【0051】には「pKaが7.0よりも大きい光安定剤を共存させることで、光を吸収し励起状態にある紫外線吸収剤」と記載されているから、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」との特定を加えることは、本件特許明細書等に記載された事項の範囲内のものであり、新規事項を追加するものではない。 ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否 上記訂正事項は、発明特定事項をより限定するものであり、カテゴリーや対象を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。 (3) 一群の請求項 本件訂正前の請求項2〜8は上記訂正事項に係る本件訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しているところ、本件訂正前の請求項1〜8は一群の請求項であり、本件訂正は、当該一群の請求項〔1〜8〕に対して請求されたものである。 (4) 小括 以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。 よって、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜8〕について、訂正することを認める。 3 本件発明 上記2で説示したように本件訂正請求は認められるから、本件訂正後の請求項1〜8に係る発明(以下「本件発明1」〜「本件発明8」という。)は、特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 複数の樹脂層からなる積層体であって、 上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有し、 上記トップコート層は、熱硬化層と、上記熱硬化層の上に形成された光硬化層とを備え、 上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、 上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含み、 前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存していることを特徴とする積層体。 【請求項2】 上記光安定剤は、ヒンダードアミン系光安定剤であることを特徴とする請求項1に記載した積層体。 【請求項3】 上記トップコート層は、無機粒子からなる光沢調整剤を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した積層体。 【請求項4】 上記無機粒子は、分散時のpHが5.0より大きく且つ8.5以下の無機粒子であることを特徴とする請求項3に記載した積層体。 【請求項5】 上記光沢調整剤は、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレンワックス、又は界面活性剤で表面修飾された無機粒子であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載した積層体。 【請求項6】 樹脂の主成分がオレフィン系樹脂であり、且つpKaが7.0以下の化合物を、樹脂材料10 0質量部に対して0.3質量部以上含有した樹脂層であるオレフィン樹脂層を有し、 上記トップコート層は、上記オレフィン樹脂層の上に形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載した積層体。 【請求項7】 上記熱硬化層を構成する熱硬化性樹脂は、メチルメタクリレートと2−ヒドロキシエチルメタクリレートとを構成成分とする樹脂であることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載した積層体。 【請求項8】 請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載した積層体を備えた化粧シート。」 4 取消理由通知に記載した取消理由について (1) 取消理由の概要 取消理由通知で通知した取消理由の要旨は次のとおりである。 (サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 記 本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)の記載によれば、本件特許明細書に記載された課題を解決するための手段は、「pKaが4.0から7.0の光安定剤」と紫外線吸収剤を「近接して存在」させ、「共存」させることにあると理解できるが、本件特許の請求項1〜8の記載では、前記課題を解決するための手段が反映されているとはいえない。 (2) 当審の判断 本件訂正により、本件発明1〜8は、「上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有し」、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」と特定され、上記取消理由は解消した。 5 取消理由通知で採用しなかった特許異議申立理由について (1) 申立理由の概要 申立人は、本件訂正前の請求項1を分説した以下の構成C及びDに関して、以下のア及びイの理由により、サポート要件を満たさず、請求項2〜8の構成についても、以下のウの理由により、サポート要件を満たさないから、請求項1〜8に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号により、取り消されるべきものである旨主張する。 「【請求項1】 A 複数の樹脂層からなる積層体であって、 B 上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有し、 C 上記トップコート層は、熱硬化層と、上記熱硬化層の上に形成された光硬化層とを備え、 D 上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、 E 上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含むことを特徴とする積層体。」 ア 構成Cに関して 構成Cとして「上記トップコート層は、熱硬化層と、上記熱硬化層の上に形成された光硬化層とを備え、」と規定している。 構成Cに関し、本件特許明細書の段落【0016】には、「この他にも、表面硬度の向上を図る場合には、紫外線や電子線などの活性エネルギー線で硬化する樹脂を用いることが好ましい。」と記載されている。 しかしながら、段落【0017】には、「トップコート層2を複数の層、例えば、熱硬化樹脂を主成分とした熱硬化層と、紫外線硬化樹脂などの光硬化樹脂を主成分とした光硬化層の2層から構成しても良い。このように2層の硬化層から構成することで、化粧シート1の表面硬度を向上することができる。このとき、光硬化層を表層側とすることが好ましい。」と記載され、光硬化層は紫外線硬化樹脂から構成されることが記載されている。また、段落【0067】に記載された「開始剤 品名:Irgcure184(BASF社製)」を含む光硬化組成物は紫外線硬化組成物であることが理解できる。 そして、本件発明は、安定した耐候性を有する化粧シートを提供するという課題を解決するため、トップコート層の条件を見出したものであるところ(段落【0004】、【0005】)、光硬化層として具体的に例示された紫外線硬化組成物以外の組成物に対しても本件発明の課題を解決できるとは推認できない。 よって、本件発明1は、発明の詳細な説明において、本件発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えている。 イ 構成Dに関して 構成Dで「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み」と規定している。 構成Dに関し、令和3年4月19日付意見書にて、本件特許権者は「補正後の本願請求項1に係る発明では、トップコート層が熱硬化層と光硬化層とを備え、その熱硬化層と光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが光安定剤を含むため、引用発明と比較して、耐候性の安定性をさらに向上させることができるといった有利な効果を奏します。」と主張している。 本件特許明細書の段落【0018】には、「(光安定剤)本実施形態では、トップコート層2は、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有する。ここで、トップコート層2が複数層の場合には、その各層に対し、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有することが好ましいが、トップコート層2を構成する少なくとも1層に、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有させればよい。・・・」と記載されており、当該記載からは「引用発明と比較して、耐候性の安定性をさらに向上させることができるといった有利な効果」を奏するか否かは不明である。 また、実施例1のトップコート層A上に、実施例10で用いたトップコート層Bをコートした2層からなる実施例12の化粧シート、実施例1のトップコート層A上に、実施例13で用いたトップコート層Dをコートした2層からなる実施例14の化粧シートが記載されているが、いずれの層にも光安定剤が含有されており、上記構成Dを充足する実施例は存在しない。 すなわち、構成Dを満たす場合に本件発明の課題を解決できることは本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていない。 ウ 本件発明2〜8について 本件特明2〜8では、それぞれ特許請求の範囲の請求項2〜8で特定された構成(上記3参照)が規定されている。 本件発明2〜8の構成には、光硬化層として具体的に例示された紫外線硬化組成物以外の組成物に対しても本件発明の課題を解決できるとは推認できる記載はなく、本件発明2〜8は、発明の詳細な説明において、本件発明の課題を解決できることを認識できるように記載された範囲を超えているといえる。また、本件発明2〜8にも構成Dを満たす場合に本件発明の課題を解決できることの記載はないため、本件発明2〜8はサポート要件を満たさない。 (2) 本件特許明細書の記載 本件特許明細書には、次の記載がある(下線部は、当審において付与した。)。 「【技術分野】 【0001】 本発明は、樹脂フィルムなどの樹脂製の積層体、およびこれを用いた建築内装材、玄関ドアなどの建築外装部材、建具の表面、家電品の表面材等に用いられる化粧シートに関する。 【背景技術】 【0002】 近年、塩化ビニル製化粧シートに替わる化粧シートとして、オレフィン系樹脂を使用した化粧シートが多く提案されている。これらの化粧シートは、住宅や公共施設の建築内装材、玄関ドアなどの建築外装部材、建具の表面、家電品の表面材の保護に用いられる。そのため、日々直射日光や風雨に曝されることになり、極めて高い耐候性が要求される。(特許文献1参照) 特許文献1に記載の化粧シートは、いずれも光安定剤や紫外線吸収剤などを保護層やコート層に配合することで、耐候性向上を図っている。しかし、長期の使用により、オレフィン樹脂やコート表面からブリードアウトすることで光安定剤や紫外線吸収剤が消失することや酸素や光により各材料の化学構造が破壊されることで機能が消失することが知られている。」 「【発明が解決しようとする課題】 【0004】 しかしながら、保護層やコート層などの対象とする層に十分な耐候性が得られる量の紫外線吸収剤や光安定剤を含有させると、各層を構成する樹脂組成物中において当該紫外線吸収剤や光安定剤の凝集が生じる場合がある。 さらに、樹脂組成物中において紫外線吸収剤や光安定剤の化学構造が壊れ、低分子化することで、各層の表面から紫外線吸収剤や光安定剤の分解した成分が浮き出す、所謂ブリードアウトが発生しやすくなる。そして、他の層との密着性が低下したり、表層に浮き出て、べたつき等の問題を生じたりすることとなる。 【0005】 本発明においては、上記のような点に着目してなされたもので、安定した耐候性を有する化粧シートを提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明らは、経時的な紫外線吸収剤および光安定剤の分解を防ぎ、長期にわたって品質を低下させずに利用することを可能とする条件を種々検討して、好適なトップコート層の条件を見出した。 課題を解決するために、本発明の一態様の積層体は、複数の樹脂層からなる積層体であって、上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有したことを特徴とする。」 「【0018】 (光安定剤) 本実施形態では、トップコート層2は、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有する。ここで、トップコート層2が複数層の場合には、その各層に対し、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有することが好ましいが、トップコート層2を構成する少なくとも1層に、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有させればよい。 光安定剤は、ヒンダードアミン系光安定剤であることが好ましい。特に、アミノエーテル基を有し、分子量が600以上のヒンダードアミン系光安定剤であることがより好ましい。光安定剤の分子量は、例えば数平均分子量で測定すればよい。 【0019】 ・・・ 光安定剤は、下記ヒンダードアミン系の化合物(1)であり、上記ヒンダードアミン系の化合物は、反応式(2)の反応によりラジカルを捕捉することができる。」 「【0021】 【化2】 」 「【0028】 紫外線吸収剤は、下記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する化合物(3)またはベンゾトリアゾール骨格を有する化合物(4)であり、これらは極大吸収を270nmから400nmに有する化合物が好ましい。上記の紫外線吸収剤は、光を吸収することで励起し、骨格に応じて、分子内で水素原子の移動が生じる。基底状態には、熱を放出して戻ることができる。これらは、それぞれ、反応式(5)、反応式(6)で示すことができる。」 「【0031】 【化5】 【0032】 【化6】 」 「【0050】 <作用その他について> 紫外線吸収剤と光安定剤は分子間相互作用を必要とするため近接して存在するほうが好ましい。ここで、トリアジン骨格もしくはベンゾトリアゾール骨格の紫外線吸収剤とヒンダードアミン骨格の光安定剤を用いた場合の相互作用について見てみる。一般に紫外線吸収剤と光安定剤の分子間相互作用は、紫外線吸収剤の共役系と光安定剤のヒンダードアミン骨格の間で生じる。紫外線吸収剤は、光吸収した際に、トリアジン骨格もしくはベンゾトリアゾール骨格の窒素上に分子内水素結合を生じている存在確立が高い。言い換えると、ヒドロキシル基上の水素が解離しやすい状態にある。 【0051】 そして、pKaが7.0よりも大きい光安定剤を共存させることで、光を吸収し励起状態にある紫外線吸収剤は、光安定剤と酸塩基反応を経た、副反応を生じやすくなる。つまりは、紫外線吸収剤や光安定剤が本来生じている反応式(2)、反応式(5)及び反応式(6)の反応を経ることができず副反応が増加する。言い換えると、光により分解しやすくなり、耐候性の低下に繋がる。一方で、pKaが7.0以下の光安定剤を用いた場合、光を吸収し励起状態にある紫外線吸収剤のヒドロキシル基上の水素と酸塩基反応を生じにくいため、紫外線吸収剤や光安定剤が反応式(2)、反応式(5)及び反応式(6)の反応を経やすい。そのため、光に対する耐候性を向上させることができる。 【0052】 このような事に鑑み、本実施形態では、トップコート層2を構成する樹脂組成物中に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を配合することで、長期に亘って安定した耐候性を有する積層体や化粧シート1を提供することができる。 ・・・」 (3) 当審の判断 ア サポート要件について 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である。 そこで、本件発明が、上記要件に適合するか、以下検討する。 イ 本件発明1について (ア) 本件特許明細書の段落【0002】〜【0005】を参照すると、本件発明は、化粧シートには極めて高い耐候性が要求されるため、光安定剤や紫外線吸収剤などをトップコート層に配合することで、耐候性向上を図っているが、長期の使用により、光安定剤や紫外線吸収剤が消失することや、化学構造が破壊されることで機能が消失するという問題が発生することから、安定した耐候性を有する化粧シートを提供することを、その解決しようとする課題とするものである。 上記課題に対し、本件特許明細書の段落【0006】には、紫外線吸収剤および光安定剤の分解を防ぐことで、長期にわたって品質を低下させず利用することを可能とするトップコート層の条件を見出し、課題を解決するために、複数の樹脂層からなる積層体であって、上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有するものとしたことが記載されている。 そして、本件発明が安定した耐候性を有する機序(以下「本件発明の機序」という。)は、本件特許明細書の段落【0050】〜【0052】の記載を参照すると、紫外線吸収剤と光安定剤は分子間相互作用を必要とするため近接して存在することが好ましいが、紫外線吸収剤とpKaが7.0よりも大きい光安定剤と共存させると、光を吸収し励起状態にある紫外線吸収剤と、光安定剤との酸塩基反応を経た副反応を生じやすくなって、紫外線吸収剤及び光安定剤が本来生じている反応式(2)、反応式(5)及び反応式(6)の反応を経ることができず、光により分解されやすくなり耐候性が低下するところ、pKaが7.0以下の光安定剤を用いた場合には、光を吸収し励起状態にある紫外線吸収剤は、光安定剤との酸塩基反応を生じにくいため、光に対する耐候性を向上させることができるというものである。そして、このような事に鑑みて、本件発明では、トップコート層中に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有させるとともに、光安定剤と紫外線吸収剤とは近接して共存させたものといえる。 (イ) 本件発明1は、構成Bには「トップコート層を構成する樹脂組成物中に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有させ」と記載されると共に、本件訂正によって「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」(以下「構成F」という。)との構成が加えられている。すなわち、トップコート層中に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有させるとともに、光安定剤と紫外線吸収剤とは近接して共存させたものとなっている。そうすると、本件発明1のトップコート層は、上記本件発明の機序で説明された条件を満たすから、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。 (ウ) また、本件発明1のその余の構成についても、本件特許明細書に記載されている。そうすると、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合する。 (エ) 申立人は、構成Cに関して、光硬化層として具体的に例示された紫外線硬化組成物以外の組成物に対しても本件発明の課題を解決できるとは推認できないと主張する。 しかしながら、上記(ア)及び(イ)で説示したとおり、本件発明1は、トップコート層中に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有させるとともに、光安定剤と紫外線吸収剤とは近接して共存していることにより、上記本件発明の機序に従い、安定した耐候性が得られるものである。そして、上記本件発明の機序は、光硬化層として具体的に例示された紫外線硬化組成物であることを要するものではないから、申立人のかかる主張には理由がない。 (オ) 申立人は、構成Dに関して、「引用発明と比較して、耐候性の安定性をさらに向上させることができるといった有利な効果」を奏するか否かは不明であると主張する。 しかしながら、サポート要件については、上記アで説示したとおり「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」を判断するのが相当であって、審査で引用された引用発明との比較で有利な効果を奏するか否かの判断を要するものではないから、申立人の主張には理由がない。 (カ) 申立人は、構成Dに関して、実施例12及び実施例14は、いずれの層にも紫外線吸収剤及び光安定剤が含有されており、上記構成D、すなわち、「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含」む実施例は存在しないと主張する。 しかしながら、本件発明1が、構成B及び本件訂正によって加えられた構成Fによって、本件発明の機序を有し、安定した耐光性を有する化粧シートを提供するという本件発明の課題を解決できるといえることは、上記(ア)及び(イ)で説示したとおりであり、光安定剤の含まれる層が一層であるか複数層であるかは関係がない。また、本件特許明細書の段落【0018】には「トップコート層2を構成する少なくとも1層に、pKaが4.0以上7.0以下の光安定剤を含有させればよい。」と記載され、事実上「上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含」むことが記載されている。 そうすると、本件特許明細書の実施例12、14には、複数の硬化層のいずれの層にも光安定剤が含有されているものが示されており、実施例12、14は、構成Dの特定に合致しないとしても、本件発明1が本件発明の課題を解決しないものとはいえないし、構成Dが本件特許明細書に記載されていないともいえないから、申立人の主張には理由がない。 ウ 本件発明2〜8について 本件発明2〜8は、本件発明1の構成をすべて含み、さらに構成を付加したものである。 そして、上記イ(ア)〜(ウ)で説示したとおり、本件発明1は、本件発明の課題を解決できることを認識できるように記載された範囲のものであり、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、本件発明1の構成をすべて含み、さらに構成を付加したものである本件発明2〜8についても同様に、本件発明の課題を解決できることを認識できるように記載された範囲のものであり、発明の詳細な説明に記載されたものであって、特許法第36条第6項第1号の規定に適合する。 また、申立人が主張する、光硬化層として具体的に例示された紫外線硬化組成物以外の組成物に対しても本件発明の課題を解決できるとは推認できる記載はなく、構成Dを満たす場合に本件発明の課題を解決できることの記載はないとの点についても、本件発明1に関して上記イ(エ)〜(カ)で説示したとおり理由がないから、本件発明1の構成をすべて含み、さらに構成を付加したものである本件発明2〜8についても同様に理由がない。 (4) 申立人の意見書における主張とその検討 ア 申立人の主張の概要 申立人は、意見書において、さらに以下の点を主張する。 (ア) 比較例に係る化粧シートは、光安定剤が相違する以外は実施例1と同様にして得られたものであるため(段落【0064】)、比較例に係る化粧シートにおける紫外線吸収剤と光安定剤もまた「近接して共存している」状態になる。しかしながら、本件特許明細書には、紫外線吸収剤と特定のpKaの光安定剤と「近接して共存している」を満たすことで耐候性向上という効果が得られることを示すための比較データが示されていないため、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」という構成を有することで耐候性向上という効果が得られるのか不明である。よって、訂正後の請求項1及び請求項2〜8は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。 (イ) ポリマー溶液中に紫外線吸収剤や光安定剤等を配合してトップコート層形成用組成物を調整しただけでは、通常該トップコート層形成用組成物中で紫外線吸収剤及び光安定剤は均一に分散している。すなわち、紫外線吸収剤と特定のpKaを有する光安定剤とをポリマー溶液中に添加するだけで、紫外線吸収剤と光安定剤とが近接して共存するとは考えられず、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」という状態を得るためには、配合方法や配合条件、塗布方法や乾燥方法等を制御するといった条件を満たすことが必要であることは技術常識である。しかしながら、その条件等は一切開示されておらず、如何にして「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」という構成を得ることができるのか想定できる技術常識も存在しない。そうすると、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」という状態を得るためには、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤が必要であり、発明の詳細な説明は、訂正後の請求項1及び請求項2〜8に係る発明を当業者が実施できる程度に記載されていない。 イ 申立人の主張についての検討 上記(ア)の主張について、本件特許明細書の段落【0057】〜【0079】には、実施例1〜18及び比較例1〜4について記載されるとともに、【表1】及び【表2】に、それらの評価について記載されている。 この記載によれば、光安定剤のpKaが4.5〜7.0で光安定剤と紫外線吸収剤とが近接して共存しているものでは、光安定剤のpKaが当該範囲外で光安定剤と紫外線吸収剤とが近接して共存しているものよりも、耐候性に優れることが理解でき、本件発明は、耐候性に優れた化粧シートを得るという課題を解決しているといえる。 申立人の主張は、光安定剤のpKaが4.5〜7.0で光安定剤と紫外線吸収剤とが近接して共存したものと、光安定剤のpKaが4.5〜7.0であるが光安定剤と紫外線吸収剤とが近接して共存してないものとを比較して、前者(本件発明)の耐候性が優れていることが示す比較データがないため、本件発明の耐候性向上という作用効果が不明であると主張するものと解されるが、光安定剤のpKaが4.5〜7.0で光安定剤と紫外線吸収剤とが近接して共存した際に、耐候性が向上することは、上記(3)イ(ア)で「本件発明の機序」として説示したとおりである。 よって、上記(ア)の主張は採用できない。 上記(イ)の主張について、本件特許明細書には、光安定剤と紫外線吸収剤との相互距離や位置関係、光安定剤と紫外線吸収剤とを近接して共存させるための特別な混合方法や混合装置等は記載されていないことを踏まえると、「前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存している」とは、当業者が通常行う、ポリマー溶液中に紫外線吸収剤や光安定剤等を配合・攪拌してトップコート層形成用組成物を調整することで達せられる程度のものと解するのが相当であり、また、そのような通常の手法によって得られる均一に分散された紫外線吸収剤と光安定剤の関係が「近接して共存している」ものには当たらないとする理由もない。そうすると、発明の詳細な説明は、訂正後の請求項1及び請求項2〜8に係る発明を当業者が実施できる程度に記載されていないとはいえない。 よって、上記(イ)の主張は採用できない。 6 むすび 以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 複数の樹脂層からなる積層体であって、 上記積層体の最表面側に位置するトップコート層に、pKaが4.0から7.0の光安定剤を含有し、 上記トップコート層は、熱硬化層と、上記熱硬化層の上に形成された光硬化層とを備え、 上記熱硬化層と上記光硬化層のいずれか一方の硬化層のみが上記光安定剤を含み、 上記熱硬化層は、上記光硬化層に比べて紫外線吸収剤を多く含み、 前記光安定剤と前記紫外線吸収剤とは近接して共存していることを特徴とする積層体。 【請求項2】 上記光安定剤は、ヒンダードアミン系光安定剤であることを特徴とする請求項1に記載した積層体。 【請求項3】 上記トップコート層は、無機粒子からなる光沢調整剤を含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した積層体。 【請求項4】 上記無機粒子は、分散時のpHが5.0より大きく且つ8.5以下の無機粒子であることを特徴とする請求項3に記載した積層体。 【請求項5】 上記光沢調整剤は、ポリジメチルシロキサン、ポリエチレンワックス、又は界面活性剤で表面修飾された無機粒子であることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載した積層体。 【請求項6】 樹脂の主成分がオレフィン系樹脂であり、且つpKaが7.0以下の化合物を、樹脂材料100質量部に対して0.3質量部以上含有した樹脂層であるオレフィン樹脂層を有し、 上記トップコート層は、上記オレフィン樹脂層の上に形成されていることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載した積層体。 【請求項7】 上記熱硬化層を構成する熱硬化性樹脂は、メチルメタクリレートと2−ヒドロキシエチルメタクリレートとを構成成分とする樹脂であることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載した積層体。 【請求項8】 請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載した積層体を備えた化粧シート。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2023-10-03 |
出願番号 | P2017-152461 |
審決分類 |
P
1
651・
537-
YAA
(B32B)
|
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
井上 茂夫 |
特許庁審判官 |
筑波 茂樹 藤原 直欣 |
登録日 | 2022-05-06 |
登録番号 | 7066994 |
権利者 | 凸版印刷株式会社 |
発明の名称 | 積層体およびそれを用いた化粧シート |
代理人 | 廣瀬 一 |
代理人 | 廣瀬 一 |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |
代理人 | 宮坂 徹 |
代理人 | 宮坂 徹 |