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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 B41M 審判 全部申し立て 2項進歩性 B41M 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B41M |
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管理番号 | 1406684 |
総通号数 | 26 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-02-22 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-11-18 |
確定日 | 2024-01-29 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7069824号発明「熱転写受像シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7069824号の請求項1に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7069824号(請求項の数1。以下「本件特許」という。)についての出願(特願2018−33599号)は、平成30年2月27日を出願日とする出願であって、令和4年5月10日にその特許権の設定登録がされ、同月18日に特許掲載公報が発行された。 本件特許について、特許掲載公報の発行の日から6月以内である令和4年11月18日に、特許異議申立人 遠藤 楓実(以下「異議申立人」という。)から、本件特許の請求項1に係る特許に対して特許異議の申立てがされた(異議2022−701142号、以下「本件事件」という。)。 本件事件についての、その後の手続等の経緯は、以下のとおりである。 令和5年 3月17日付け:取消理由通知書 令和5年 5月19日 :意見書の提出(特許権者) 令和5年 6月30日 :上申書の提出(異議申立人) 令和5年 7月28日付け:取消理由通知書(決定の予告) 令和5年 9月20日 :意見書の提出(特許権者) 令和5年10月24日付け:特許権者に対する審尋 令和5年11月13日 :回答書の提出(特許権者) 令和5年12月11日 :上申書の提出(異議申立人) 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「基材の一方の面の上に、少なくとも多孔質フィルム層、下引き層、及び染料受容層がこの順に積層された熱転写受像シートであって、 前記多孔質フィルム層は、発泡フィルムの片面又は両面にスキン層を設けた複合フィルムからなり、前記多孔質フィルム層の前記染料受容層側の前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有し、 前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり、且つ、前記染料受容層側から測定したマルテンス硬さが30N/mm2以上140N/mm2以下である熱転写受像シート。」 第3 取消理由の概要 当合議体が令和5年7月28日付けの取消理由通知書(決定の予告)において特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。(以下「甲第1号証」及び「甲第2号証」等を、「甲1」及び「甲2」等という。) 理由1:(明確性)本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 理由3:(実施可能要件)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 理由4:(進歩性)甲2に記載された発明及び甲3に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。 引用文献等一覧 甲2:特開2014−159100号公報 甲3:特開2014−198419号公報 なお、令和5年3月17日付け取消理由通知書において特許権者に通知した取消理由2(サポート要件)は、令和5年7月28日付けの取消理由通知書(決定の予告)においては通知されていない。 第4 異議申立人が提出した証拠方法 1 特許異議申立書に添付した証拠方法 甲1:特開2016−182682号公報 甲2:特開2014−159100号公報 甲3:特開2014−198419号公報 甲4:本田 裕、「かなり奥が深い!これだけは知っておきたい表面粗さパラメータの基礎を簡単に紹介」、[online]、2022年5月23日(投稿日)、MONO塾のホームページ、インターネット <URL:https://d-monoweb.com/expert_column/surface-roughness-parameter/> 甲5:吉田一朗、「表面粗さ −その測定方法と規格に関して−」、精密工学会誌、2012年、Vol. 78、No. 4、p. 301−304 甲6:JIS B 0601、2013年3月21日(最新改正日)、日本産業標準調査会、インターネット <URL:https://www.jisc.go.jp/app/jis/general/GnrJISNumberNameSearchList?toGnrJISStandardDetailList> 甲7:全自動微細形状測定機サーフコーダET4000シリーズのカタログ、株式会社小坂研究所、2018年3月 甲8:特開2017−186665号公報 甲9:特開2017−183459号公報 甲10:特開2009−90665号公報 甲11:特開2013−228369号公報 甲12:服部浩一郎、宮原健介、山本卓、「ISO 14577 Part1:2002(計装化押込み硬さ試験および材料パラメータ 第一部:試験方法)の紹介」、材料試験技術、2004年10月、Vol. 49、No.4、p. 35−46 甲13:岩田 敏一、「ナノインデンテーション法の原理〜ISO14577と測定の注意点〜」、第2回オンラインセミナー、株式会社東陽テクニカ、2021年5月14日、p. 57,78−79 甲14:三浦一真、「薄膜硬度計(ナノインデンター)と測定事例の紹介」、新規導入機器操作講習会、平成25年12月17日、p. 1−15 甲15:特開2020−76019号公報 甲16:特開2017−215427号公報 甲17:特開2013−114092号公報 甲18:特開平4−8587号公報 甲19:特開平9−290574号公報 甲20:でょお、「簡単、確実!【ゆず肌の修正方法】『バイク・車の塗装失敗例』」、でょおのぼっちブログ、2017年11月10日(掲載日)、インターネット <URL:https://www.dyoblog.com/entry/bike/custom/yuzuhada/> 甲21:特開平6−115268号公報 甲22:特開平7−314917号公報 2 新たに提出した証拠方法 (1)令和5年6月30日に提出した上申書に添付した証拠方法 甲23:「JIS B 0601:2013 (ISO 4287:1997, Amd.1: 2009) 製品の幾何特性使用(GPS)− 表面性状:輪郭曲線方式− 用語,定義及び表面性状パラメータ」 甲24:「染料昇華印刷」、[online]、Wikipediaウェブサイト <https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%93%E6%96%99%E6%98%87%E8%8F%AF%E5%8D%B0%E5%88%B7> 甲25:「業務用プリンター [本体]写真システム製品 デジタルカラープリンター CP-D707D 仕様表」、[online]、三菱電機ウェブページ、インターネット <URL:https://www.mitsubishielectric.co.jp/ldg/wink/ssl/displayProductSpec.do?ccd=2010151011&pid=247142> 甲25の2:「業務用プリンター [本体]写真システム製品 デジタルカラープリンター CP-D707D 製品概要」、[online]、三菱電機ウェブページ、インターネット <URL:https://www.mitsubishielectric.co.jp/ldg/wink/ssl/displayProduct.do?pid=247142> (2)令和5年12月11日に提出した上申書に添付した証拠方法 甲26:国際公開第2013/118459号 甲27:特開2012−27091号公報 甲28:特開2011−198682号公報 甲29:特開2004−319045号公報 甲30:特開2012−203023号公報 甲31:特開2010−272223号公報 第5 特許権者が提出した証拠方法 (1)令和5年5月19日に提出した意見書に添付した証拠方法 乙1:大西勝,「昇華型フルカラープリンタ」,1993年,電子写真学会誌,第32巻,第2号,p.159−164 (2)令和5年11月13日に提出した回答書に添付した証拠方法 参考文献1:特開2005−88214号公報 参考文献2:特開2001−310552号公報 参考文献3:特開2004−284148号公報 参考文献4:再表2017/073121号公報 参考文献5:再表2014/038559号公報 参考文献6:特開2006−303158号公報 参考文献7:特開平7−313931号公報 参考文献8:特開2019−34481号公報 第6 当合議体の判断(理由1:明確性) 1 判断基準 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の本件出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断するのが相当である。 以下、上記観点から、本件特許発明が明確であるか否かについて検討する。 2 特許請求の範囲の記載 本件特許発明は、「熱転写受像シート」に係る発明であって、「前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり」との条件を発明特定事項として含むものである。 そして、本件特許発明が明確といえるためには、特許請求の範囲の記載が明確、すなわち、上記発明特定事項に係る「うねり曲線の最大谷深さWv」の値が第三者に不測の不利益を与えない程度に一義的に確定されることが必須であるところ、「うねり曲線の最大谷深さWv」の測定方法及び導出方法は特許請求の範囲には記載されていない。 3 願書に添付した明細書等の記載 次に、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を参照すると、【0020】に「うねり曲線の最大谷深さWvは、ISO 4287:1997に規定されたものであり」と記載され、【0048】に「なお、熱転写受像シートの表面のうねり曲線の最大谷深さWvは、株式会社小坂研究所製の接触式の微細形状測定機ET4000を用い、ISO 4287:1997に規定の方法に準じて測定した。」と記載されている。 4 本件出願時における技術常識等について そこで、異議申立人が提出した証拠方法(甲5)を参酌すると、以下に示すとおり、「うねり曲線の最大谷深さWv」などの、物体の表面形状の測定・評価方法に係る規格に関して、後記(1)ア及びイに示す事項が本件出願当時の技術常識として存在していたこと、及び、表面形状の測定・評価方法におけるカットオフ値の決定手法に関して、後記(2)に示す技術的知見を本件出願当時の当業者が有していたことが、それぞれ認められる。 (1)ISO/JIS規格に基づく物体の表面形状の測定・評価方法に関する解説記事である甲5(吉田一朗、「表面粗さ −その測定方法と規格に関して−」、精密工学会誌、2012年、Vol.78、No.4、p.301-304)の記載(特に、「3.表面粗さの評価方法」、図2、図3、「4.表面粗さの測定」「4.2 測定条件の設定」、「4.2.4 基準長さ,評価長さ,カットオフ値の決定」、「参考文献」2)の記載、を参照。)によれば、以下の事項が、本件出願当時の技術常識であったと認められる。 ア 表面粗さの測定・評価方法は、国際規格である「ISO 4287:1997」、及びこれに対応する国内規格である「JIS B 0601: 2001」に規定されており、これらの規格において、表面粗さの評価は、対象表面の測定曲線から、「断面曲線、粗さ曲線、うねり曲線」の3つの曲線に分けて行われること(以下「技術常識1」という。)。 イ 「うねり曲線」は、対象表面の測定曲線(あるいは断面曲線)から、カットオフ値λC、λfを用いて、λC〜λfのバンドパスフィルタの適用によって得られるものであるが、標準的なカットオフ値の決定方法がJISに示されている「粗さ曲線」の場合と異なり、ISO規格及びJIS規格には、「うねり曲線」を得るためのカットオフ値λC、λfの決定に関する標準的な方法は定められていないこと(以下「技術常識2」という。)。 (2)上記ア、イのほか、甲5には、以下の記載がある。 「筆者自身の加工経験による独断的な感覚では,一般的な機械加工部品の表面の場合はカットオフ値λc=0.8mmに対応する粗さが多く,鏡面部品であれば,λc=0.08mmに対応するものが多いと感じる.また,λc=8mmなどは,部品加工の材料取りの際のノコ盤による粗加工程度の表面粗さに対応することが多いため,これらも目安に仮のカットオフ値を決定している。」(304頁左欄下から16〜9行参照。) 上記(1)及び(2)を踏まえると、JIS等の規格には、うねり曲線のためのカットオフ値λc,λfの決定に関して標準的な方法は定められていないものの、本件出願当時の当業者は、被測定物の測定対象表面の粗さの度合いに応じて、経験からカットオフ値を決定し得るような技術的知見を有していたことが認められる(以下、当該技術的知見を「甲5技術的知見」という。)。 (3)特許権者は、令和5年7月28日付けの取消理由通知に対する令和5年9月20日付け意見書、及び、同年10月24日付け審尋に対する同年11月13日付け回答書において、概略以下のとおり主張している。 ア 「本件明細書には記載されておりませんが、本件特許の請求項1に係る発明(以下、「本件特許発明1」と記す)においては、λf=8.0mmとλc=0.8mmを用いています。本件特許発明1が属する技術分野においては、上記カットオフ値が用いられることが通常ですので、カットオフ値として具体的な数値が示されていなかったとしても、当業者においては本件特許発明1は明確であると思料します。」(令和5年9月20日付け意見書3頁4〜10行参照。) イ 「上記カットオフ値が通常採用されていることを裏付ける参考文献を、証拠として示します。参考文献1の段落0163、参考文献2の請求項1、参考文献3の請求項1、参考文献4の段落0050、参考文献5の段落0043、参考文献6の段落0013、参考文献7の段落0020、参考文献8の段落0045に記載のように、うねり曲線を特定するためのカットオフ値としてλf=8.0mmとλc=0.8mmが用いられています。・・・中略・・・なお、参考文献2においては、カットオフ値の低域と広域(合議体注:「高域」の誤記と認められる。)の数値が逆になっていますが、誤記であると思われます。」(同年11月13日付け回答書2頁8〜17行参照。) (4)これに対し、異議申立人は令和5年12月11日付け上申書において、概略以下のとおり主張している。 「(2−2)カットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を用いることが技術常識とは到底言えないことについて 被申立人は、本件審尋を受け、本件回答書において、本件発明の属する技術分野においてカットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を用いることは技術常識であったと主張します。しかしながら、(ア)(当合議体注:原文は丸囲みに「ア」。以下、丸囲み文字を括弧書き文字で示す。)そもそも被申立人の提出する証拠は本件発明と技術分野が全くなっており、かかる技術常識の裏付けとはならず、(イ)仮にこの点を置くとしても、申立書段階で言及した多くの公知文献より、かかる技術常識が存在せず様々なカットオフ値が用いられることが技術常識であることが却って明らかであるほか、(ウ)今回提出する多数の公知文献によって、被申立人が主張する技術常識が存在しないことが一層裏付けられる、ことを以下詳述します。 この点、まず上記(ア)につき検討するに、被申立人は、本件審尋を受け、本件回答において、以下の様に、本件発明の属する技術分野においてカットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を用いることは技術常織であったと主張します。」(同上申書6頁6〜20行参照。) 「しかしながら、これらの参考文献で用いられているカットオフ値は、明らかにいずれも単なる例示として記載されたものに過ぎず、本件発明の属する技術分野においてカットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を用いることが技術常識であることを示すような記載は見当たりません。 また、参考文献4(再表2017/073121)は【発明の名称】を「プリント配線板の製造方法」・・・(中略)・・・と規定されているように、本件特許の技術分野と全く関係ない分野の文献に過ぎません。 さらに、上記参考文献5(再表2014/038559号公報)は【発明の名称】を「有機電界発光素子及びその製造方法」・・・中略・・・と規定されているように、本件特許の技術分野と全く関係ない分野に関する文献に過ぎません。 その上、上記参考文献6(特開2006−303158号公報)は【発明の名称】を「真空装置用部品」・・・(中略)・・・と規定されているように、本件特許の技術分野と全く関係ない分野の文献に過ぎません。 さらに、上記参考文献7(特開平7−313931号公報)は【発明の名称】を「プレス加工性と塗装後鮮映性に優れた自動車ボディー用アルミニウム合金板」・・・(中略)・・・と規定されているように、本件特許の技術分野と全く関係ない分野の文献に過ぎません。 さらに、上記参考文献8(特開2019−034481)は【発明の名称】を「樹脂シート」・・・(中略)・・・と規定されているように、本件特許の技術分野と全く関係ない分野の文献に過ぎません。 以上のことから、(ア)被申立人が本件回答書で言及した証拠方法は、本件発明と技術、分野が全く異なることから、そもそも「本件特許発明1が属する技術分野においては、上記(編注:λf=8.0mmとλc=0.8mm)のカットオフ値が用いられることが通常」とは到底言えず、「上記のカットオフ値が通常採用されていることが裏付けられる」と言えないことは明らかです。」(同上申書7頁下から15行〜9頁下から2行参照。) 「さらに言えば、以下に詳述しますとおり、本件発明1が属する技術分野においても、(ウ)「λf=8.0mmとλc=0.8mm」ではないカットオフ値が用いられる文献が現に極めて多数存在することから、かかるカットオフ値を用いることが技術常識ではないことは一層明らかであります。・・・(中略)・・・ 1)甲第8号証・・・(中略)・・・「・・・フェライト系ステンレス鋼冷延焼鈍鋼板。・・・(中略)・・・」 2)甲第9号証・・・(中略)・・・「・・・銅箔。」 3)甲第10号証・・・(中略)・・・「・・・離型フィルム。」 4)甲第26号証・・・(中略)・・・「・・・感熱転写記録媒体。」・・・(中略)・・・ 5)甲第27号証・・・(中略)・・・「・・・画像形成装置。」 6)甲第28号証・・・(中略)・・・「・・・膜電極接合体。」 7)甲第29号証・・・(中略)・・・「・・・表面粗さ計・・・」・・・(中略)・・・ 8)甲第30号証・・・(中略)・・・「・・・電子写真感光体。」・・・(中略)・・・ 9)甲第31号証・・・(中略)・・・「・・・膜電極接合体。」 以上のように、本件発明に比較的近しい分野においても、「λf=8.0mmとλc=0.8mm」の値をとらない文献が非常に多く存在しており、この点からも、カットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を採用することが技術常識ではなかったことは明らかと言えます。」(同上申書13頁4行〜17頁4行参照)。 5 検討 上記4を踏まえ、前記「うねり曲線の最大谷深さWv」の値が第三者に不測の不利益を与えない程度に一義的に確定されるか否かを、以下検討する。 (1)上記技術常識1及び2によれば、表面粗さの評価のうち、「うねり曲線」を得るためのカットオフ値λC、λfの決定に関する標準的な方法は定められていない。 しかしながら、上記甲5技術的知見を有する当業者であれば、被測定物の測定対象表面の粗さの度合いに応じて、経験からカットオフ値を決定するのが通常であって、その際の具体的なカットオフ値について、異議申立人が提出した文献、及び、特許権者が提出した参考文献を検討すると以下のとおりである。 まず、本件特許発明の「うねり曲線の最大谷深さWv」は、「熱転写受像シート」のインクを受ける面の表面形状に関するものである。 ここで、令和5年12月11日付け上申書に添付された甲8〜10,27〜31には、インクを受ける面を備えたシートは記載されていないから、甲8〜10,27〜31は、本件特許発明が属する技術分野に関するものではなく、甲26は、インクを受ける面を備えたシート(被転写体)を開示しているものの、カットオフ値に関する記載は、熱転写記録媒体側の耐熱滑性層に関するものであり、これも本件特許発明の「うねり曲線の最大谷深さWv」の測定方法に関する技術常識を示す文献として適当なものではないから、甲8〜10,26〜31は本件特許発明の「うねり曲線の最大谷深さWv」の測定方法に関する技術常識を示すに足りる文献ではない。 また、異議申立人が提出したその他の証拠方法にも、インクを受ける面を備えたシートに関するものは見いだせない。 一方、特許権者が提出した参考文献4〜8には、インクを受ける面を備えたシートは記載されていないから、これらの文献は、本件特許発明の「熱転写受像シート」のインクを受ける面の表面形状の測定に関する技術常識を推認するに足りる文献であるとはいい難い。しかしながら、特許権者が提出した参考文献1〜3は「インクジェット記録用紙」に関する発明が記載され、当該記録用紙は、インクを受ける面を備えたシートという点で本件特許発明の「熱転写受像シート」と共通するから、これらの文献は、「熱転写受像シート」のインクを受ける面の表面形状の測定に関する技術常識を推認するに足りるものといえる。そして、参考文献1〜3には、低域カットオフ値8mm及び高域カットオフ値0.8mmについて記載されている。 これらの記載から甲5技術的知見を有する当業者であれば、本件特許発明の「熱転写受像シート」の「うねり曲線」を測定する上で、被測定物の測定対象表面に求められる粗さの度合いに応じてカットオフ値を決定するに際して、上記参考文献1〜3に示された、低域カットオフ値8mm、高域カットオフ値0.8mmを一義的に決定し得るというべきである。 そして、一義的にカットオフ値が定まる以上、「うねり曲線の最大谷深さWv」の測定値が十分狭い範囲に定まることは明らかであるから、本件特許発明が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。 (2)異議申立人は、「しかしながら、これらの参考文献で用いられているカットオフ値は、明らかにいずれも単なる例示として記載されたものに過ぎず、本件発明の属する技術分野においてカットオフ値として「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を用いることが技術常識であることを示すような記載は見当たりません。・・・中略・・・「上記のカットオフ値が通常採用されていることが裏付けられる」と言えないことは明らかです。」(同上申書7頁下から15行〜9頁下から2行参照。)と主張する。 しかしながら、甲5技術的知見を有する当業者が、本件特許発明の「うねり曲線の最大谷深さWv」を測定する際のカットオフ値として、「λf=8.0mmとλc=0.8mm」を採用し得ることは上述のとおりである。 したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。 6 小括 以上のとおりであるから、本件特許発明は、特許を受けようとする発明が明確であるということができる。 第7 当合議体の判断(理由3:実施可能要件) 1 発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に係る規定(実施可能要件)に適合するというためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要すると解される。 そして、物の発明について、実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明の記載は、当業者が、その物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。したがって、「発明の実施の形態」は、これらが可能となるように、(1)「物の発明」について明確に説明されていること、(2)「その物を作れる」ように記載されていること、(3)「その物を使用できる」ように記載されていることという要件を満たすように記載されていなければならない。 以下、この観点に立って検討する。 2 上記1の要件を満たすためには、当業者にとって一の請求項から発明が把握でき、その発明が発明の詳細な説明の記載から読み取れなければならない。 これを本件についてみると、本件特許発明は、「前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり」との条件を備える「熱転写受像シート」に係る物の発明であるところ、当該「熱転写受像シート」の発明特定事項である「うねり曲線の最大谷深さWv」の値が一義的に確定される必要がある。 請求項にはその測定方法及び測定条件が特定されておらず、本件特許明細書の発明の詳細な説明においては、上記第6の3に示したとおり、「ISO 4287:1997に規定の方法に準じて測定した」と記載されるにとどまり、当該記載以外に、カットオフ値λc、λfなどの測定方法及び測定条件についての具体的な記載はない。 しかしながら、上記第6の4〜6で説示したとおり、当該発明特定事項に係る「うねり曲線の最大谷深さWv」の値が第三者に不測の不利益を与えない程度に一義的に確定されるといえる。 したがって、本件は、上記(1)「物の発明」について明確に説明されているという要件を満たしている。 3 上記1の(2)(3)の要件を満たしているかについて以下検討する。 本件特許の発明の詳細な説明中、段落【0026】以降の実施例欄に、使用した基材、フィルム、塗布液の組成などが詳細に記載されている。 また、段落【0021】には「染料受容層5側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvを1.80μm以下とする方法としては、使用する基材2、多孔質フィルム層3、下引き層4、染料受容層5の表面状態を従来公知の各種方法にて調整する方法が挙げられる。例えば、基材2に表面状態の異なる基材を用いたり、多孔質フィルム層3の染料受容層5側のスキン層に粒子を含有させたり、下引き層4の白色顔料のサイズ及び/又は量を調整したり、染料受容層5の表面をエンボス加工するか又は粒子を含有させることが挙げられる。」と記載され、段落【0036】には、「(実施例7)実施例4で作製した熱転写受像シートにおいて、基材の背面押出樹脂層側とは反対側の面に貼り合わせた発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムを、発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムの染料受容層側のスキン層に粒子を含有させた、表面凹凸を有する発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムとした以外は、実施例4と同様にして、実施例7の熱転写受像シートを得た。」と記載されているから、実施例7において、発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムの染料受容層側のスキン層に、うねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下となるよう粒子を含有させる際、当該粒子の量を適宜調整することは、当業者が適宜なし得たことである。 したがって、当該発明の詳細な説明は、(2)「その物を作れる」ように記載されていること、(3)「その物を使用できる」ように記載されていることという要件を満たしている。 してみると、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、物の発明について、当業者が、その物を生産し、使用することができる程度のものであるといえる。 4 小括 以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。 第8 当合議体の判断(理由4:進歩性) 1 甲号証の記載事項及び甲号証に記載された発明 (1)甲2の記載事項 本件特許出願前に、日本国内又は外国において頒布された刊行物である、甲2(特開2014−159100号公報)には、以下の記載がある。なお、合議体が発明の認定及び判断等に用いた箇所に下線を付した。 ア 「【請求項1】 基材と、前記基材の少なくとも一方の面に、熱可塑性樹脂を含有する複合多孔質層と、染料受容層とをこの順に有してなる、熱転写受像シートであって、 前記複合多孔質層が、多孔質コア層と、当該多孔質コア層の両面に積層された非孔質スキン層とを備え、前記非孔質スキン層の合計厚みが前記複合多孔質層全体の厚みに対して5〜15%であり、前記複合多孔質層の密度が0.65〜0.74g/cm3であることを特徴とする、熱転写受像シート。」 イ 「【0014】 従来の多孔質層及び非孔質層を含む熱転写受像シートは、高速印画においては未だ印画感度が不十分であったり、コゲや折れジワが発生し易くなるという問題があった。また、後述の比較例でも示されるように、印画感度とコゲ、及び折れジワは相反しやすいものであった。感熱昇華型転写方式の画像形成においてコゲが発生する理由は種々考えられるが、基材の平滑性が影響して、熱転写受像シートの平滑性が劣る結果、印画時にサーマルヘッドとの接触の偏りが生じ、局所的に過剰熱が加わることが一因と考えられる。また、折れジワが発生し易くなるのは、多孔質層の空隙構造が影響していると考えられる。 それに対し、本発明に係る熱転写受像シートは、多孔質コア層の両面に積層された非孔質スキン層を備えた複合多孔質層を含み、且つ、複合多孔質層全体の厚みに対する両面の非孔質スキン層の合計厚みの割合、及び複合多孔質層全体の密度を、それぞれ上記特定の範囲内とすることにより、高速印画においても、優れた印画感度を達成し、且つ、コゲ及び折れジワの発生が抑えられる。 本発明に係る熱転写受像シートが、上記特定の複合多孔質層を有することにより、上記課題を達成できる作用機構は、未解明ではあるが以下のように推定される。すなわち、本発明においては、複合多孔質層全体の厚みに対する両面の非孔質スキン層の合計厚みの割合、及び複合多孔質層全体の密度に注目し、それぞれを上記特定の範囲内とすることにより、複合多孔質層全体として、多孔質コア層が有する空隙構造による熱伝導性及びクッション性の調整と、非孔質スキン層による平滑性と、復元性とのバランスが適切になるため、高速印画において印画感度が向上するのに適した熱伝導性を確保しながら、印画時に局所的又は全体的に過剰熱が加わることが抑制されてコゲが防止され、且つ、良好な復元性により折れジワが防止されると推定される。」 ウ 「【0015】 図1及び図2に、本発明に係る熱転写受像シートの一例の断面図を模式的に示す。図1に示す熱転写受像シート10は、基材1と、基材1の一方の面に複合多孔質層2と、染料受容層3とをこの順に有し、複合多孔質層2は、多孔質コア層21と、当該多孔質コア層21の両面に積層された非孔質スキン層22a、22bとを備える。 図2に示す熱転写受像シート11は、図1に示す熱転写受像シート10に、さらに接着層4、中間層5、裏面層6が設けられたものである。すなわち、図2に示す熱転写受像シート11は、基材1と、基材1の一方の面に、接着層4と、複合多孔質層2と、中間層5と、染料受容層3とをこの順に有し、基材1の他方の面に、接着層4と、裏面層6とをこの順に有する。複合多孔質層2は、多孔質コア層21と、当該多孔質コア層21の両面に積層された非孔質スキン層22a、22bとを備える。 以下、本発明に係る熱転写受像シートを構成する各層について、詳細に説明する。 ・・・(中略)・・・ 【0040】 (中間層) 本発明の熱転写受像シートは、図2に記載するように、前記複合多孔質層2と前記染料受容層3との間に中間層5を設けても良い。中間層は、複合多孔質層と染料受容層との接着性、白色度、クッション性、隠蔽性、帯電防止性、およびカール防止性等の付与を目的とするものである。中間層としては、従来公知のあらゆる中間層を設けることができる。中間層に含まれるバインダー樹脂としてはポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアミド系樹脂、アクリル系樹脂、ポリスチレン系樹脂、ポリスルフォン系樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、エポキシ樹脂、セルロース系樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体樹脂、ポリエチレン系樹脂、およびポリプロピレン系樹脂等が挙げられ、これらの樹脂のうちの活性水酸基を有するものについてはさらにそれらのイソシアネート硬化物をバインダーとすることもできる。 【0041】 また、中間層には、白色性や隠蔽性を付与するために酸化チタン、酸化亜鉛、炭酸マグネシウム、および炭酸カルシウム等の充填材を添加することができる。・・・」 エ 「【実施例】 【0047】 (実施例1) 1.複合多孔質層用シートの製造 まず、以下の手順により、複合多孔質層を構成する複合多孔質層用シートを準備した。 メルトインデックス2.5g/10分のポリプロピレン100質量部に対して、水滴保持時間が2秒以内、平均粒子径1.7μmのほぼ単分散の粒径分布を示す球状の架橋アクリル−スチレン系共重合体粒子[メチルメタクリレート/n−ブチルアクリレート/スチレン/ジベニルベンゼン=36/27/36/1(質量比)からなるモノマー成分を乳化重合法により重合調製したもの]12質量部、グリセリン樹脂酸エステル0.3質量部およびエルカ酸アミド0.3質量部を混合した樹脂組成物(a)と、メルトインデックス3.0g/10分のポリプロピレン100質量部に対し、上記樹脂組成物(a)における架橋アクリル−スチレン系共重合体微粒子をポリマー型シランカップリング剤で表面処理して得た、水滴保持時間が10分以上の架橋共重合体微粒子を0.1質量部配合した樹脂組成物(b)を使用し、これらを夫々別の溶融押出機を用いて、樹脂温度270℃で厚みが延伸後の状態で(b)/(a)/(b)=4/70/1となる様に重ね合わせて溶融押出しし60℃の冷却ロールで冷却することにより未延伸シートを得た。 次いでこの未延伸シートを縦延伸機のロール周速差を利用し、延伸温度135℃で縦方向に4.5倍延伸し、引き続きテンター式延伸機により、165℃で横方向に8倍延伸した。次いで170℃で熱処理を行い、厚さ45μmの2軸延伸シートとした後、片面にコロナ処理を施すことにより、複合多孔質層用シートを得た。 【0048】 2.熱転写受像シートの製造 続いて、得られた複合多孔質層用シート上に、下記組成の中間層用塗工液を乾燥後2g/m2となるようにグラビアコーターで塗工し、110℃で1分乾燥した後、その上に下記組成の染料受容層用塗工液を乾燥後4g/m2となるようにグラビアコーターで塗工し、110℃で1分乾燥させて、中間層と染料受容層を形成した。 【0049】 <中間層用塗工液の組成> ・ポリエステル樹脂(WR−905、日本合成化学(株)製) 13.1質量部 ・酸化チタン(TCA−888、トーケムプロダクツ社製)26.2質量部 ・蛍光増白剤(ベンゾイミダゾール誘導体、チバ・スペシャルティ・ケミカルズ(株)製、商品名:ユビテックスBAC) 0.39質量部 ・水/イソプロピルアルコール〔IPA〕(質量比2/1) 60質量部 【0050】 <染料受容層用塗工液の組成> ・塩化ビニル−酢酸ビニル共重合体(日信化学工業(株)製、商品名:ソルバインC) 60質量部 ・エポキシ変性シリコーン(信越化学工業(株)製、商品名:X−22−3000T) 1.2質量部 ・メチルスチル変性シリコーン(信越化学工業(株)製、商品名:24−510) 0.6質量部 ・メチルエチルケトン/トルエン(質量比1/1) 5質量部 【0051】 中間層及び染料受容層が設けられた面とは反対側の複合多孔質層用シートの面に、下記組成の接着層用塗工液を3本リバースロールコート方式で塗布、乾燥して接着層を形成し、当該接着層の上に、RC紙(三菱製紙(株)製、厚さ190μm)をドライラミネーション法により貼り合わせることで、実施例1の熱転写受像シートを作製した。 <接着層用塗工液の組成> ・タケラック A969V(三井化学(株)) 3質量部 ・タケネート A−5(三井化学(株)) 1質量部 ・酢酸エチル 8質量部 【0052】 得られた熱転写受像シートは、複合多孔質層を構成する表面側(染料受容層側)非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側(染料受容層側とは反対側)非孔質スキン層の厚みが、それぞれ2.4μm、42.0μm、0.6μmであった。なお、表1においては、表面側非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側非孔質スキン層をそれぞれ単に、表スキン層、コア層、裏スキン層と表示する。 複合多孔質層全体の厚みに対する非孔質スキン層の合計厚みの割合は、6.7%であった。 また、非孔質スキン層の密度は表面側、裏面側とも0.92g/cm3であり、多孔質コア層の密度は0.706g/cm3であり、各層の密度と厚みから、下記式(1)により算出した複合多孔質層全体の密度は0.72g/cm3であった。 式(1) (コア層厚み×コア層密度)+(表スキン層厚み×表スキン層密度)+(裏スキン層厚み×裏スキン層密度)=複合多孔質層厚み×複合多孔質層密度」 オ 「【図2】 」 (2)甲2に記載された発明 ア 上記(1)エ(【0047】〜【0052】)には、実施例1に係る「熱転写受像シート」が記載されている。 上記(1)ウ【0015】の記載及び上記(1)オ図2に照らすと、上記(1)エ【0047】〜【0052】に記載された実施例1の熱転写受像シートは、基材と、基材の一方の面に、接着層と、複合多孔質層と、中間層と、染料受容層とをこの順に有するものであり、 上記(1)エ【0051】に記載された「RC紙」は、熱転写受像シートの前記「基材」であり、 前記複合多孔質層は、表面側(染料受容層側)非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側(染料受容層側とは反対側)非孔質スキン層から構成され、その厚みが、それぞれ2.4μm、42.0μm、0.6μmである。 イ 上記(1)エ【0047】「1.複合多孔質層用シートの製造」における、複合多孔質層を構成する複合多孔質層用シート準備方法の記載、及びエ【0052】の記載に基づけば、複合多孔質層を構成する表面側(染料受容層側)非孔質スキン層は、ポリプロピレン100質量部に対し、平均粒子径1.7μmの球状の架橋アクリル−スチレン系共重合体粒子を0.1質量部配合した樹脂組成物(b)を使用して形成されたものであることが理解できる。 ウ 上記(1)ウ【0040】及び【0041】の記載を踏まえると、上記(1)エ【0049】の「中間層用塗工液の組成」における「ポリエステル樹脂(WR−905、日本合成化学(株)製)」及び「酸化チタン(TCA−888、トーケムプロダクツ社製)」は、それぞれ「バインダー樹脂」及び「白色性や隠蔽性を付与するため」の充填材と解されることから、実施例1の熱転写受像シートにおける「中間層」は、バインダー樹脂としてのポリエステル樹脂、及び白色性や隠蔽性を付与するために酸化チタンを含むといえる。 エ 以上ア〜ウによれば、甲2には、請求項1に係る発明の実施例たる実施例1に係る下記の「熱転写受像シート」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「RC紙からなる基材と、前記基材の一方の面に、接着層と、熱可塑性樹脂を含有する複合多孔質層と、中間層と、染料受容層とをこの順に有する熱転写受像シートであって、 前記複合多孔質層が、多孔質コア層と、当該多孔質コア層の両面に積層された非孔質スキン層とを備え、前記非孔質スキン層の合計厚みが前記複合多孔質層全体の厚みに対して5〜15%であり、前記複合多孔質層の密度が0.65〜0.74g/cm3であり、 前記複合多孔質層は、表面側(染料受容層側)非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側(染料受容層側とは反対側)非孔質スキン層から構成され、その厚みが、それぞれ2.4μm、42.0μm、0.6μmであり、 前記表面側(染料受容層側)非孔質スキン層は、ポリプロピレン100質量部に対し、平均粒子径1.7μmの球状の架橋アクリル−スチレン系共重合体微粒子をポリマー型シランカップリング剤で表面処理して得た、架橋共重合体微粒子を0.1質量部配合した樹脂組成物(b)を使用して形成され、 前記中間層は、バインダー樹脂としてのポリエステル樹脂、及び白色性や隠蔽性を付与するために酸化チタンを含む、熱転写受像シート。」 (3)甲3の記載事項 本件特許出願前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じで公衆に利用可能となった文献である、甲3(特開2014−198419号公報)には、以下の記載がある。 ア 「【請求項1】 基材と、前記基材上に、中空層と、受容層とをこの順に有してなる熱転写受像シートであって、 前記熱転写受像シートの受容層面のマルテンス硬度が、10〜200N/m2である、熱転写受像シート。 ・・・(中略)・・・ 【請求項5】 前記中空層が、中空粒子を含んでなる、請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱転写受像シート。」 イ 「【発明が解決しようとする課題】 【0007】 本発明者らは、熱転写受像シートをピンチローラで挟んで搬送する画像形成装置を用いて画像形成する際に、搬送中の熱転写受像シートとピンチローラとの接触により熱転写受像シートの一部が擦られ、擦られた箇所に形成した画像に痕(ピンチローラ痕)が残るという新たな課題を知見した。特に、特許文献1に記載の熱転写受像シートは表面硬度が軟らか過ぎるため、ピンチローラ痕がはっきりと残ることが分かった。 【0008】 本発明は上記の背景技術および新たに知見した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕を抑制することができる熱転写受像シートを提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0009】 本発明者らは、鋭意検討した結果、特定の層構成を有する熱転写受像シートにおいて、受容層面のマルテンス硬度を特定の範囲内に調節することで、上記の課題を解決できることを知見した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。 【0010】 すなわち、本発明の一態様によれば、 基材と、前記基材上に、中空層と、受容層とをこの順に有してなる熱転写受像シートであって、 前記熱転写受像シートの受容層面のマルテンス硬度が、10〜200N/m2である、熱転写受像シートが提供される。 ・・・(中略)・・・ 【発明の効果】 【0019】 本発明の熱転写受像シートは、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕を抑制することができる。」 ウ 「【0021】 熱転写受像シート 本発明の熱転写受像シートは、基材と、基材上に、中空層と、受容層とをこの順に有してなり、受容層面のマルテンス硬度が、10〜200N/m2、好ましくは50〜170N/m2、より好ましくは100〜130N/m2である。熱転写受像シートの受容層面のマルテンス硬度が上記範囲内程度であれば、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕を抑制することができる。 【0022】 マルテンス硬度とは、工業材料をはじめとする物質の硬さ(硬度)の示し方の1つであり、引っ掻き硬度の1種である。マルテンス硬度は、対面角90度のピラミッド形状のダイヤモンドを用い、試料表面に0.01mmの引っ掻き幅ができる時の荷重で表す。なお、マルテンス硬度(N/m2)は、硬さ試験システム(フィッシャーインストルメンツ(株)製、商品名:ピコテンダー)に準拠して測定することができる。」 エ 「【0033】 中空層 本発明における中空層は、熱転写による画像形成時に加えられた熱が、基材等への伝熱によって損失されることを防止できる断熱性を有するものである。好ましい態様では、中空層は、中空粒子を含むものであり、親水性バインダーやその他の添加剤をさらに含んでもよい。好ましい態様によれば、中空層は2層以上からなるものであってもよい。中空層は、中空粒子を含むことにより、クッション性を備える。」 オ 「【0046】 熱転写受像シートの製造方法 本発明の熱転写受像シートの製造方法は、基材と、基材上に、中空層と、受容層とをこの順に有してなる熱転写受像シートを用意する工程と、熱転写受像シートに熱処理を施して、前記熱転写受像シートの受容層面のマルテンス硬度を10〜200N/m2、好ましくは50〜170N/m2、より好ましくは100〜130N/m2に調節する工程と、を含むものである。熱転写受像シートは、上記で説明したものと同様のものを用いることができる。本発明の熱転写受像シートの製造方法によれば、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕を抑制することができる熱転写受像シートが得られる。 【0047】 なお、本発明はいかなる理論にも拘束されるものではないが、マルテンス硬度を低く調節できるメカニズムとしては、およそ以下のようなものではないかと推察される。もっとも、本発明が以下の説明によって限定されることがあってはならないことは言うまでもない。熱転写受像シートの受容層がバインダー樹脂と離型剤とを含むものである場合には、熱転写受像シートを熱処理することによって、より多くの離型剤が受容層の表面側に多く分布すると考えられる。これは、熱処理によって、受容層の表面エネルギーがより安定な状態に変化するためである。一般に離型剤はバインダー樹脂よりも柔らかい材料であることから、上記の状態変化によってマルテンス硬度をより低下させることができる。このような本発明による熱転写受像シートは、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕を抑制することができる。 【0048】 熱転写受像シートの各層は、ロールコート、バーコート、グラビアコート、グラビアリバースコート、ダイコート、スライドコート、およびカーテンコート等の公知の方法を用いて形成することができる。本発明においては、受容層を有する面側において、中空層から受容層間を構成する全ての層を水系塗布により形成することが好ましく、受容層を有する面側を構成する全ての層を水系塗布により形成することがより好ましい。 【0049】 熱処理 熱転写受像シートを熱処理する温度は、好ましくは100〜250℃、より好ましくは150〜250℃、さらに好ましくは160〜240℃である。熱処理の温度を上記範囲程度にすることで、ピンチローラを備えた画像形成装置を用いて画像形成した際に、印画物のざらつきやピンチローラ痕をより抑制することができる。」 (当合議体注:なお、甲3の上記記載中のマルテンス硬度の単位「N/m2」は明白な誤記であって、「N/mm2」が正しい表記であると認める。) 2 対比 本件特許発明と引用発明とを対比する。 (1)引用発明の「RC紙からなる基材」、「染料受容層」及び「熱転写受像シート」は、それぞれ、本件特許発明の「基材」、「染料受容層」及び「熱転写受像シート」に相当する。 また、引用発明の「複合多孔質層は、表面側(染料受容層側)非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側(染料受容層側とは反対側)非孔質スキン層から構成され、その厚みが、それぞれ2.4μm、42.0μm、0.6μmであ」る。上記「複合多孔質層」の各層の「厚み」からみて、引用発明の「複合多孔質層」は、フィルム状のものであり、本件特許発明の「多孔質フィルム層」に相当する。 (2)引用発明の「熱転写受像シート」は、「RC紙からなる基材と、前記基材の一方の面に、接着層と、熱可塑性樹脂を含有する複合多孔質層と、中間層と、染料受容層とをこの順に有」し、前記「中間層」は、「バインダー樹脂としてのポリエステル樹脂、及び白色性や隠蔽性を付与するために酸化チタンを含む」。 ここで、本件特許発明の「下引き層」について、本件特許明細書の【0014】には、「下引き層4は・・・少なくともバインダ樹脂と白色顔料を含有する。」と記載されている。そうすると、引用発明の「中間層」は、本件特許発明の「下引き層」に相当するといえる。 (3)引用発明の「複合多孔質層」は、「表面側(染料受容層側)非孔質スキン層、多孔質コア層、裏面側(染料受容層側とは反対側)非孔質スキン層から構成され」るものであり、該表面側(染料受容層側)非孔質スキン層は、「平均粒子径1.7μmの球状の架橋アクリル−スチレン系共重合体微粒子をポリマー型シランカップリング剤で表面処理して得た、架橋共重合体微粒子を0.1質量部配合した樹脂組成物(b)を使用して形成され」る、2.4μmの厚みの層であるから、 引用発明の「複合多孔質層」及び「表面側(染料受容層側)非孔質スキン層」は、それぞれ、本件特許発明の「多孔質フィルム層」及び「受容層側の前記スキン層」に相当し、 引用発明の「複合多孔質層」は、本件特許発明の「前記多孔質フィルム層は、発泡フィルムの片面又は両面にスキン層を設けた複合フィルムからなり」との特定事項を備える。 また、引用発明の「表面側(染料受容層側)非孔質スキン層」は、上記構成(組成)からみて、多少の表面凹凸を有することは明らかであるから、本件特許発明の「前記多孔質フィルム層の前記染料受容層側の前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有している」との特定事項を備えるといえる。 (4)上記(1)ないし(3)を総合すると、本件特許発明と引用発明とは、 「基材の一方の面の上に、少なくとも多孔質フィルム層、下引き層、及び染料受容層がこの順に積層された熱転写受像シートであって、 前記多孔質フィルム層は、発泡フィルムの片面又は両面にスキン層を設けた複合フィルムからなり、前記多孔質フィルム層の前記染料受容層側の前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有している、 熱転写受像シート。」 である点で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> 本件特許発明は、「前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり」という条件を満たすものであるのに対して、引用発明は、そのような条件を満たすものか否か不明である点。 <相違点2> 本件特許発明は、「前記染料受容層側から測定したマルテンス硬さが30N/mm2以上140N/mm2以下である」という条件を満たすものであるのに対して、引用発明は、そのような条件を満たすものか否か不明である点。 3 判断 上記相違点について検討する。 (1)相違点1について 引用発明は、上記1(1)イに示した甲2の【0014】に記載されているように、従来の多孔質層及び非孔質層を含む熱転写受像シートは、熱転写受像シートの平滑性が劣ることや、多孔質層の空隙構造などが影響して、高速印画においては印画感度が不十分である等の問題を有していたところ、多孔質コア層の両面に積層された非孔質スキン層を備えた複合多孔質層を含み、非孔質スキン層の厚みに関する条件を規定することで、平滑性と復元性とのバランスが適切になり、高速印画における上記問題を解決することを意図したものである。 しかしながら、甲2には「うねり曲線の最大谷深さWv」について記載されておらず、どの程度の平滑性を有しているのかについても記載されていない。 そして、相違点1に係る本件特許発明の「うねり曲線の最大谷深さWv」の値を所定の値以下と規定することは、熱転写受像シートの染料受容層側の表面のうねりがより小さいこと、すなわち、表面がより平滑であることを意味しているといえるとしても、引用発明は、多孔質コア層の両面に積層された非孔質スキン層を備えた複合多孔質層を含み、非孔質スキン層の厚みに関する条件を規定することで、平滑性と復元性とのバランスが適切になるようにしたものであって、平滑性を高める上では、復元性のバランスを考慮する必要があるから、引用発明において平滑性が高ければ高いほど良いとはいえない。 してみると、引用発明は、本件特許発明と同様の課題の下に、熱転写受像シートの平滑性が向上する構成を有するものであるとしても、相違点1に係る本件特許発明の条件を満たしているものとすることが、当業者が容易に想到し得たとはいえない。 4 小括 以上3(1)のとおり、相違点1に係る本件特許発明の条件を満たしているものとすることが、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本件特許発明は、甲2に記載された発明及び甲3に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 第9 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についての当合議体の判断 1 異議申立人が主張する申立理由1(明確性要件違反)について (1)異議申立人の主張 異議申立人は、申立書の16頁〜21頁(4−2−3)欄において、概略、マルテンス硬さの測定方法について、本件明細書の段落【0048】には「熱転写受像シートの表面のマルテンス硬さは、フィッシャー社製の微小硬さ試験機ピコデンターHM500を用い、ISO14577に規定の方法に準じて測定した」との記載しか存在せず、本件明細書の記載から最大荷重、押し込み深さ、並びにその保持時間、押し込み速度といったマルテンス硬さを特定するために不可欠な各種測定条件を特定することができないから、マルテンス硬さが30N/mm2以上140N/mm2以下という規定の測定条件が不明確である旨主張している。 (2)当合議体の判断 特許を受けようとする発明が明確であるかは、上記「第6 1」に示した判断基準に基づいて判断するのが相当であるから、以下、この判断基準に基づき、上記(1)の異議申立人の主張について検討する。 本件特許発明における「マルテンス硬さ」の測定方法及び導出方法は特許請求の範囲には記載がなく、本件明細書には異議申立人が指摘する程度の記載があるにとどまる。しかしながら、具体的な測定装置(フィッシャー社製の微小硬さ試験機ピコデンターHM500)と測定対象物(本件特許発明の「熱転写受像シート」)が特定されているところ、本件明細書の【0022】〜【0023】の記載から理解される、「マルテンス硬さ」に係る数値範囲の技術的意義(本件特許発明の「熱転写受像シート」を用いた印刷時におけるモトルムラ(上限値)及び印刷シワ(下限値)と関係していること)に照らせば、当業者は、本件特許発明における「マルテンス硬さ」の各種測定条件(荷重や深さ等)として、当該技術的意義に応じた一定の範囲内の条件を採用することになる。そして、このことは、例えば、甲13のp.79の記載からも理解できることである。すなわち、甲13の同箇所の左側のグラフによれば、保持時間に対する「硬さの変動」の幅が最大のもので88%〜112%であることが記載されているが、このような硬さの変動は、保持時間が約1秒から30秒程度に大きく変動した場合のものであって、本件特許発明の「熱転写受像シート」に対する保持時間(記録ヘッドとシートとの接触時間)の変動幅としてはおよそ想定し得ないものである。 以上によれば、本件特許発明の「マルテンス硬さ」について、当業者であれば、各種測定条件(荷重や深さ等)として一定の範囲内の条件を採用することになるのであり、その一定の範囲内の測定条件では、測定値として得られる「マルテンス硬さ」の値もある程度の狭い範囲内となるから、本件明細書に測定条件が一義的に記載されていなくても、第三者の利益が不当に害されることはない。 したがって、マルテンス硬さの数値範囲の特定に関する記載が、当業者の本件出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。 (3)まとめ 上記(2)のとおりであるから、特許異議申立理由(明確性要件)は、採用すべき理由がない。 2 異議申立人が主張する申立理由2(実施可能要件違反)について (1)異議申立人の主張 異議申立人は、申立書の22頁〜23頁(4−3)欄において、概略、過度な試行錯誤を要することなく、「前記多孔質フィルム層の前記染料受容層側の前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有し」と「前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり」という明らかに技術的に矛盾する構成を如何に両立し、かつ高速印画プリンタに使用されても画質に優れる熱転写受像シートを提供することが出来るとは考えられないから、本件特許発明が実施可能要件を充足しない旨主張している。 (2)当合議体の判断 本件明細書の段落【0021】には以下の記載が認められる。 「染料受容層5側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvを1.80μm以下とする方法としては、使用する基材2、多孔質フィルム層3、下引き層4、染料受容層5の表面状態を従来公知の各種方法にて調整する方法が挙げられる。例えば、基材2に表面状態の異なる基材を用いたり、多孔質フィルム層3の染料受容層5側のスキン層に粒子を含有させたり、下引き層4の白色顔料のサイズ及び/又は量を調整したり、染料受容層5の表面をエンボス加工するか又は粒子を含有させることが挙げられる。」 どのような粒子を含有するかについて具体的な記載は無いが、異議申立人が特許異議申立書42頁18〜24行において「スキン層を含む複合多孔質層用シートにおいて適宜粒子を配合することは公知技術に過ぎ」ないと主張するように、当業者が容易に設定し調整できるものであるといえる。そして、多孔質フィルム層3の染料受容層5側のスキン層が粒子を含有することで、多孔質フィルム層に生じる「表面凹凸」が「染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWv」に一定の影響を与えるとしても、用いる粒子の粒径や含有量等を適宜調整することで、その影響も調整できることは当業者に明らかであるから、「前記多孔質フィルム層の前記染料受容層側の前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有し」と「前記染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であり」との要件を両立することに過度な試行錯誤を要するとはいえない。 (3)まとめ 上記(2)のとおりであるから、特許異議申立理由(実施可能要件違反)は、採用すべき理由がない。 3 異議申立人が主張する申立理由3(サポート要件違反)について (1)異議申立人の主張 異議申立人は、申立書の24頁〜32頁(4−4)欄において、概略、本件特許発明の構成を満たす実施例は実施例7のみであり、うねり曲線の最大谷深さWvとマルテンス硬さの数値に関して、本件特許発明のサポートとなるものではない旨、及び、本件特許発明に規定するうねり曲線の最大谷深さWvと本件特許発明の課題との関係が不明である旨主張している。 (2)当合議体の判断 本件明細書の段落【0049】【表1】記載の実施例において、本件特許発明の「前記スキン層は粒子を含有して表面凹凸を有」する例は、基材の背面押出樹脂層側とは反対側の面に貼り合わせた発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムを、発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムの染料受容層側のスキン層に粒子を含有させた、表面凹凸を有する発泡ポリエチレンテレフタレートフィルムとした例として示される実施例7のみであるが、うねり曲線の最大谷深さWvとマルテンス硬さの数値範囲とその効果に関しては他の実施例で示されており、当業者であれば当該数値範囲により効果が発揮されることを理解することができるといえる。 (3)まとめ 上記(2)のとおりであるから、特許異議申立理由(サポート要件違反)は、採用すべき理由がない。 4 異議申立人が主張する申立理由4(甲第1号証(特開2016−182682号公報)を主引用例とする進歩性の欠如)について (1)異議申立人の主張 異議申立人は、特許異議申立書の32頁〜46頁(4−5)欄において、甲1を主引用例として本件特許発明には進歩性がなく、本件特許発明は、特許法29条2項の適用を受けるものではない旨主張する。 主張の概略は、以下のとおりである。 ア 甲1発明 「基材の一方の面上に、ポリオレフィン樹脂層、発泡フィルムの片側又は両面にスキン層を設けた複合フィルムである多孔質フィルム層、下引き層及び染料受容層をこの順で有してなる熱転写受像シートであって、 前記基材と前記多孔質フィルム層とが、前記ポリオレフィン樹脂層を介して押出サンドイッチラミネーションにて貼り合わされており、 前記多孔質フィルム層の前記下引き層に対向する面の算術平均粗さ(SRa)は0.8μm以下であり、且つ前記染料受容層の表面の20°光沢度は15以上45以下である、 熱転写受像シート。」 イ 相違点 <相違点1> 本件特許発明では、多孔質フィルム層の前記染料受容層側のスキン層は粒子を含有しているのに対し、甲1発明においてはその点に関する明示の記載がない点。 <相違点2> 本件特許発明では、染料受容層側から測定したうねり曲線の最大谷深さWvが1.80μm以下であることを規定するのに対し、甲1発明の熱転写受像シートにおいては、多孔質フィルム層の前記下引き層に対向する面の算術平均粗さ(SRa)は0.8μm以下であるものの、受容層側から測定した熱転写受像シート表面のうねり曲線の特性に関して明示の記載が存在しない点。 <相違点3> 本件発明では、染料受容層側から測定したマルテンス硬さが30N/mm2以上140N/mm2以下であるのに対し、甲1発明の熱転写受像シートについて、そのようなマルテンス硬さに関する明示の記載が存在しない点。 ウ 相違点に対する判断 <相違点1について> スキン層を含む複合多孔質層用シートにおいて適宜粒子を配合することは公知技術に過ぎず、甲21〜甲22などにも記載されているように、多孔質用シートに粒子を配合することは周知慣用の技術に過ぎないから、相違点1に関し甲1発明を基に当業者が極めて容易になし得たものである。 <相違点2について> 甲1発明においては該熱転写受像シートの染料受容層側表面のうねり曲線の最大谷深さについて直接規定してはいないものの、画質を優れたものとするために(うねりか粗さかの問題ではなく)極力凹凸を減らすことは容易に想到し得たものであるから、相違点2に関しても、甲1発明を基に当業者が極めて容易になし得たものである。 <相違点3について> 甲1発明ではその染料受容層側から測定したマルテンス硬さに関して明示の記載は存在しないものの、甲1発明の層構成は本件明細書の各実施例に係る層構成と共通性が高く、甲1発明に関しても概ね染料受容層側から測定したマルテンス硬さが30N/mm2以上140N/mm2以下の範囲を充足している蓋然性が高いと考えられる。 仮にこの点が相違点に該当するとしても、甲3の段落【0021】における「好ましくは50〜170N/m2、より好ましくは100〜130N/m2である」(異議申立人注:単位はN/mm2の明らかな誤記と考えられる)と記載された数値範囲を甲1発明に採用する明確な動機付けが存在するから、相違点3に関しても、甲1発明を基に当業者が極めて容易になし得たものである。 (2)相違点に対する合議体の判断 事案に鑑み、上記相違点2について検討する。 相違点2に係る申立理由は、要するに、甲1発明においてはうねり曲線の最大谷深さについて規定されていないが、画質を優れたものとするための極力凹凸を減らす手段は算術平均粗さに限らないというものと解される。 しかしながら、「表面粗さの評価は、対象表面の測定曲線から、「断面曲線、粗さ曲線、うねり曲線」の3つの曲線に分けて行われる」という上記技術常識1及び各曲線はそれぞれ異なるカットオフ値によって抽出されること(甲5の図2及び図3参照。)に照らせば、「粗さ曲線」から算出される算術平均粗さ(SRa)及び「うねり曲線」から算出される「最大谷深さWv」を当業者が同一視することはない。また、そもそも甲1においては算術平均粗さ(SRa)に関する記載しかないため、甲1発明において、当業者がうねり曲線に着目する動機付けがないともいえる。 したがって、甲1発明において、うねり曲線の最大谷深さWvを1.80μm以下とすることが容易であったとはいえないから、本件特許発明は、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)まとめ 上記(2)のとおりであるから、その他の相違点について検討するまでもなく、特許異議申立理由(甲第1号証(特開2016−182682号公報)を主引用例とする進歩性の欠如)は、採用すべき理由がない。 第10 むすび 請求項1に係る特許は、いずれも、令和5年3月17日付け及び同年7月28日付け取消理由通知書に記載した取消しの理由、及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2024-01-19 |
出願番号 | P2018-033599 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(B41M)
P 1 651・ 121- Y (B41M) P 1 651・ 537- Y (B41M) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
里村 利光 |
特許庁審判官 |
廣田 健介 神谷 健一 |
登録日 | 2022-05-10 |
登録番号 | 7069824 |
権利者 | TOPPANホールディングス株式会社 |
発明の名称 | 熱転写受像シート |
代理人 | 宮坂 徹 |
代理人 | 廣瀬 一 |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |