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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D01F
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D01F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D01F
審判 全部申し立て 2項進歩性  D01F
管理番号 1409153
総通号数 28 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-04-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-11-16 
確定日 2024-02-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第7275557号発明「複合繊維およびそれよりなる繊維構造体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7275557号の請求項1〜5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7275557号の請求項1〜5に係る特許についての出願は、平成30年12月14日に出願され、令和5年5月10日にその特許権の設定登録がされ、令和5年5月18日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和5年11月16日に特許異議申立人寺澤佳奈美(以下「申立人」という。)により、本件特許異議の申立てがされた。

第2 本件発明
特許第7275557号の請求項1〜5の特許に係る発明(以下、請求項1に係る発明を「本件発明1」といい、その他の請求項に係る発明も同様に称する。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
ポリアミド、ポリエーテルエステル、ポリエーテルアミド、ポリエーテルエステルアミドおよび熱可塑性セルロース誘導体から選ばれる少なくとも1種の熱可塑性樹脂と
側鎖融解型の蓄熱材料とからなり、
吸放湿パラメーターΔMRが1.5%以上であり、
示差走査熱量計において観測される吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度が10℃以上40℃以下の範囲にあり、吸熱ピークの温度幅および発熱ピークの温度幅が5℃以上20℃以下である複合繊維。
【請求項2】
熱可塑性樹脂が吸湿性の化合物を含有しているポリアミドである請求項1に記載の複合繊維。
【請求項3】
ポリアミド中に含有されている吸湿性の化合物がポリビニルピロリドンである請求項2に記載の複合繊維。
【請求項4】
芯部に側鎖融解型の蓄熱材料、鞘部に熱可塑性樹脂を配した芯鞘複合繊維である請求項1〜3のいずれかに記載の複合繊維。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の複合繊維を用いた繊維構造体。」

第3 申立理由の概要
申立人は、甲第1号証〜甲第3号証(以下「甲1」〜「甲3」という。)を提出して、次の理由を申立てている。
甲1:中国特許出願公開第101845683号
甲2:特開2001−73274号公報
甲3:特開2003−49066号公報

理由1(新規性) 本件発明1、4、及び5は、甲1に記載された発明であるから、本件発明1、4及び5に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
理由2(進歩性) 本件発明1〜5は、甲1に記載された発明及び技術常識に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1〜5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
理由3(サポート要件) 吸放湿パラメーターΔMRは、課題を解決する手段となっていないため、本件発明1、4及び5は、課題を解決する手段が反映されておらず、本件発明1、4及び5に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
理由4(実施可能要件) 本件発明1〜5には、「吸放湿パラメーターΔMRが1.5%以上」であるという要件が記載されているものの、発明の詳細な説明の記載を参酌してもそのような要件を満たすために必要な条件を理解することができず、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 当審の判断
1 甲1に記載された事項・発明
(1) 甲1には、以下の事項が記載されている。
「重合体型相変化材料を芯成分又は島成分とし、繊維形成性重合体を鞘成分又は海成分とする蓄熱調温繊維であって、繊維中の前記芯又は島成分の質量パーセン卜含有量が20〜60%であり、繊維中の鞘又は海成分の質量パーセント含有量が80〜40%であり、溶融複合紡糸法で製造され;前記重合体型相変化材料が、アクリル酸アルキル、メタクリル酸アルキル、イタコン酸モノ・ジアルキルエステルの単独重合体若しくは共重合体、又は前記単独重合体のブレンドを含み、且つ重合体型相変化材料は、固−液、液−固の相変化が発生可能なことによりエネルギー貯蔵機能を有するn−アルキル基を共有結合で重合体の主鎖に固定し、前記繊維形成重合体は、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、コポリアミド、コポリエステル及びコポリアクリロニトリルのうちの少なくとも1種を含み;該繊維は、トルエンを溶媒としてソックスレー抽出器で2時間処理した後、繊維の重量損失が5%を超えない蓄熱調温繊維。」(請求項1)
「本発明で設計した蓄熱調温繊維(繊維と略称する)は、重合体型相変化材料を芯成分又は島成分とし、繊維形成性重合体を鞘成分又は海成分とし、溶融複合紡糸法で製造されるものであり;前記重合体型相変化材料は、アクリル酸アルキル、メタクリル酸アルキル、イタコン酸モノ・ジアルキルエステルの単独重合体若しくは共重合体、又は前記単独重合体のブレンドを含み、且つ重合体型相変化材料は、固−液、液−固の相変化が発生可能なことによりエネルギー貯蔵機能を有するn−アルキル基を共有結合で重合体主鎖に固定する。」([0007])
「本発明に係る繊維の前記メタクリル酸アルキル(一般式はCH2=CH(CH3)−COOCmH2m+1であり、式中、m=14〜30)及びアクリル酸アルキル(一般式はCH2=CH2−COOCnH2n+1であり、式中、n=14〜80)は、簡便な説明のため、(メタ)アクリル酸アルキルで表す。前記イタコン酸モノ・ジアルキルエステルの一般式は、CH2=C(COOR1)CH2COOR2(式中、R1=−H、−CH3又はCpH2p+1、p=14〜30、R2=−CpH2p+1、p=14〜30)である。研究によると、前記(メタ)アクリル酸アルキル及びイタコン酸モノ・ジアルキルエステルにおけるn−アルキル基の炭素原子数が14〜80である場合、繊維の機能効果がより理想的である。n−アルキル基の炭素原子数が13以下の(メタ)アクリル酸アルキル又はイタコン酸モノ・ジアルキルエステルは、通常、室温で液状であり、その重合体も液状であり、相変化エネルギー貯蔵作用を発揮しにくい。一方、n−アルキル基の炭素原子数が31以上の(メタ)アクリル酸アルキル及びイタコン酸モノ・ジアルキルエステルについて、通常、室温で固体であり、その重合体も固体であり、同様に相変化エネルギー貯蔵作用を発揮しにくい。」([0010])
「(7)従来の又は非従来のプロセスにより、ステップ(6)で製造した繊維を単独で或いは天然繊維又は化学繊維と混ぜて蓄熱調温繊物に加工し、服装、寝具、靴の裏地、靴下及び保温断熱材等に用いる。この織物は、環境温度が繊維の芯若しくは島成分における(メタ)アクリル酸アルキル又はイタコン酸モノ・ジアルキルエステルの単独重合体若しくは共重合体、或いは単独重合体のブレンドの溶融温度よりも高い場合、熱を吸収し、固−液相変化が起こるため、織物の内部温度をほぼ一定に維持する、一方、環境温度が繊維の芯若しくは島におけるポリ(メタ)アクリル酸アルキル又はポリイタコン酸モノ・ジアルキルエステルの単独重合体若しくは共重合体、或いは単独重合体のブレンドの結晶化温度よりも低くなる場合、液−固の相変化が起こり、熱を放出するため、繊物の内部温度をほぼ一定に維持し、織物の着用快適性を著しく改善することができる。」([0025])
「モル比が1:4のアクリル酸テトラデシルとアクリル酸ヘキサデシルとのランダム共重合体(平均重合度5)を繊維の芯成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の鞘成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、芯と鞘との重量比を2:3に制御し、250℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工した。完成品繊維の繊度は150dtex/78f、引張破断強度は3.1cN/dtex、破断伸度は42%であった。」([0030]実施例1)
「ポリイタコン酸メチルオクタデシル(R1=−CH3、R2=−C18H37、平均重合度20)を繊維の島成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の海成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、島と海との重量比を1:1に制御し、270℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工した。完成品繊維の繊度は78dtex/36f、引張破断強度は3.5cN/dtex、破断伸度は38%であった。」([0048]実施例7)
「モル比が4:1のポリメタクリル酸テトラデシル−イタコン酸ジヘキサデシル(R1=−C16H33、R2=C16H33)ランダム共重合体(平均重合度95)を繊維の芯成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の鞘成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、芯と鞘との重量比を1:1に制御し、270℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工した。完成品繊維の繊度は81dtex/86f、引張破断強度は3.7cN/dtex、破断伸度は81%であった。」([0053]実施例9)
(2) 以上の実施例1、7及び9並びに記載事項を総合すると、甲1には次の各発明が記載されていると認められる。
「モル比が1:4のアクリル酸テトラデシルとアクリル酸ヘキサデシルとのランダム共重合体(平均重合度5)を繊維の芯成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の鞘成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、芯と鞘との重量比を2:3に制御し、250℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工し、完成品繊維の繊度は150dtex/78f、引張破断強度は3.1cN/dtex、破断伸度は42%の繊維。」(以下「甲1−1発明」という。)。
「ポリイタコン酸メチルオクタデシル(R1=−CH3、R2=−C18H37、平均重合度20)を繊維の島成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の海成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、島と海との重量比を1:1に制御し、270℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工し、完成品繊維の繊度は78dtex/36f、引張破断強度は3.5cN/dtex、破断伸度は38%の繊維。」(以下「甲1−7発明」という。)
「モル比が4:1のポリメタクリル酸テトラデシル−イタコン酸ジヘキサデシル(R1=−C16H33、R2=C16H33)ランダム共重合体(平均重合度95)を繊維の芯成分とし、ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を繊維の鞘成分とし、水分含有量が100ppm未満になるまで2種類の成分を乾燥させた後、芯と鞘との重量比を1:1に制御し、270℃で溶融複合紡糸して初生糸とし、さらに弾性糸に加工し、完成品繊維の繊度は81dtex/86f、引張破断強度は3.7cN/dtex、破断伸度は81%である繊維。」(以下「甲1−9発明」という。)
2 甲2に記載された事項
甲2には、次の事項が記載されている。
「【請求項1】吸放湿パラメーター(△MR)が2.5%以上であるポリアミド系フィラメントを構成糸として含み、かつ、吸放湿パラメーター(△MR)が2.5%以上であるポリアミド繊維構造物であって、かつ、バニリンによる黄変度(△YI)が5以下であることを特徴とするポリアミド繊維構造物。
【請求項2】前記ポリアミド系フィラメントが、ピロリドンの含有量が0.10重量%以下のポリビニルピロリドンを3〜15重量%含有する高吸湿性ポリアミドからなる請求項1記載のポリアミド繊維構造物。」
3 甲3に記載された事項
「【請求項1】ポリビニルピロリドンを含有するポリアミドであって、該ポリビニルピロリドンがアゾ系開始剤、有機過酸化物及び過硫酸塩からなる群より選ばれた少なくとも一種を用いて重合されていることを特徴とする高吸湿ポリアミド。」
4 理由1(新規性)、理由2(進歩性)について
(1) 甲1−1発明との対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)本件発明1と甲1−1発明とを、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比する。
甲1−1発明の「ポリカプロラクタム(固有粘度0.73)」はポリアミドであるから、本件発明1の「ポリアミド、ポリエーテルエステル、ポリエーテルアミド、ポリエーテルエステルアミドおよび熱可塑性セルロース誘導体から選ばれる少なくとも1種の熱可塑性樹脂」に相当する。
甲1−1発明の「アクリル酸アルキル、メタクリル酸アルキル、イタコン酸モノ・ジアルキルエステルの単独重合体若しくは共重合体、又は前記単独重合体のブレンドを含」む「重合体型相変化材料」は、甲1によると「重合体型相変化材料は、固−液、液−固の相変化が発生可能なことによりエネルギー貯蔵機能を有するn−アルキル基を共有結合で重合体の主鎖に固定」するものであり、本件発明1の「側鎖融解型の蓄熱材料」に相当する。
そして、甲1−1発明の「重合体型相変化材料を芯成分又は島成分とし」た「繊維」は、本件発明1の「複合繊維」に相当する。
以上のことから、本件発明1と甲1−1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
【一致点】
「ポリアミド、ポリエーテルエステル、ポリエーテルアミド、ポリエーテルエステルアミドおよび熱可塑性セルロース誘導体から選ばれる少なくとも1種の熱可塑性樹脂と
側鎖融解型の蓄熱材料とからなる、
複合繊維。」
【相違点】
複合繊維について、本件発明1は、「吸放湿パラメーターΔMRが1.5%以上であり、示差走査熱量計において観測される吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度が10℃以上40℃以下の範囲にあり、吸熱ピークの温度幅および発熱ピークの温度幅が5℃以上20℃以下である」のに対して、甲1−1発明は、そのような特定はなされていない点。
(イ)甲1−1には、「吸放湿パラメーターΔMRが1.5%以上であり、示差走査熱量計において観測される吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度が10℃以上40℃以下の範囲にあり、吸熱ピークの温度幅および発熱ピークの温度幅が5℃以上20℃以下である」ことについて記載も示唆もなく、上記相違点は実質的な相違点である。
よって、本件発明1は、甲1−1発明ではない。
(ウ)上記相違点について、さらに検討する。
本件発明1が、上記相違点に係る発明特定事項を採用しているのは、「屋外から冷房設備によって冷やされた室内へ入る際には、蓄熱剤の結晶化による発熱で衣服内温度の下降が抑制されてしまう。このように、単に蓄熱剤を配しただけの既存の温度調節機能を有する繊維では、吸熱もしくは発熱の一方は快適性向上に寄与するが、もう一方は快適性を下げる方向に作用してしまうため、特に夏季に着用した場合の快適性が大きく損なわれることが問題であった。」(【0008】)との課題を解決するものである。
他方、甲1には、上記課題について着目するところはなく、上記課題を解決する観点から、甲1−1発明は、用いた衣服の通常の着用環境を示す、相違点に係る「示差走査熱量計において観測される吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度が10℃以上40℃以下の範囲」において、側鎖融解型の蓄熱材料とからなる複合繊維の吸放湿パラメーターΔMRについて調整する動機はないといえる。
また、甲2及び甲3に、ポリアミド繊維において、ポリビニルピロリドンを含有させることや、甲2に吸放湿パラメーターΔMRが2.5%以上のものが記載されているが、これらのポリアミド繊維は、熱可塑性樹脂と側鎖融解型の蓄熱材料とからなる複合繊維についていうものではないから、甲1−1発明に、甲2、甲3の技術的事項を組み合わせようとはしないはずである。
そうすると、本件発明1の上記相違点に係る構成は、甲1−1発明に基いて、当業者が容易に想到し得たものでもない。
なお、申立人は、「『ポリカプロラクタム』について、本件明細書の表1の比較例1を参照すると、ナイロン6(ポリカプロラクタム)単独糸の『吸放湿パラメーターΔMR』は、3.4%である。」とし、「芯成分:鞘成分=2:3の重量比で含むから、甲1発明1(当審注:「甲1−1発明」に対応。以下同じ。)の『吸放湿パラメーター△MR」は、3.4%×3/5=2.04%であり」(申立書15ページ)としているが、繊維の製造条件、繊維の形態が異なると、吸放湿パラメーターΔMRが同一であるとすることはできず、甲1−1発明のポリカプロラクタム(固有粘度0.73)を用いた繊維と、本件発明1で用いる熱可塑性樹脂としてポリカプロラクタムを用いた繊維は、製造条件、フィラメントの構造も異なるから、この点で、申立人の上記主張は採用できない。
さらに、申立人は、「『モル比が1:4のアクリル酸テトラデシルとアクリル酸ヘキサデシルとのラングム共重合体(平均重合度5)』、及びポリカプロラクタムは、本件特許発明1(当審注:「本件発明1」に対応。以下同じ。)の具体例である実施例1及び3で使用される側鎖融解型の蓄熱材料及びナイロン6と同等の化学構造を有するものであり、また、甲1発明1は、『液−固の相変化が起こり、熱を放出するため、織物の内部温度をほぼ一定に維持し、繊物の着用快適性を著しく改善する』ことができるものであり、本件特許発明1と同様の用途で使用するものである(甲1の段落[0025])。
これらのことから、甲1発明1を示差走査熱量計を用いて測定した場合に観測される『吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度』、並びに『吸熱ピークの温度幅および発熱ピークの温度幅』は、本件請求項1の範囲内である蓋然性が極めて高い。」(申立書16ページ)と主張している。
しかしながら、本件発明1と甲1−1発明の熱可塑性樹脂について、同等といえる程度も明らかでなく、また、どの程度同じであれば、相違点に係る示差走査熱量計の数値をとり得るのかも明らかでない。
よって、この点で上記申立人の上記主張は採用できない。
以上より、本件発明1は、甲1−1発明及び技術常識に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
イ 本件発明2〜5について
本件発明2〜5は、本件発明1の特定事項を全て含み、さらに限定を加えるものであるから、上記アで検討したのと同じ理由により、本件発明4及び5は、甲1−1発明ではなく、本件発明2〜5は、甲1−1発明及び技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。
(2) 甲1−7発明、甲1−9発明との対比・判断
本件発明1〜5と甲1−7発明、甲1−9発明と対比すると、少なくとも上記相違点と同じ点で相違し、上記説示したとおりである。
そうすると、本件発明1、4、及び5は、甲1−7発明、又は、甲1−9発明ではなく、本件発明1〜5は、甲1−7発明、又は、甲1−9発明、及び技術常識に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
5 理由3(サポート要件)について
申立人は、サポート要件について、以下の主張をしている。
「実施例1及び3と同様の材料を用いているものの、吸放湿パラメーター△MRについて、本件請求項1の範囲を外れる実施例2の方が実施例1及び3よりも「q−max」及び「40℃→20℃:温度調節時間」に優れて
り、吸放湿パラメーターΔMRと「q−max」及び「40℃→20℃:温度調節時間」との間に相関が無い。
そもそも、吸放湿パラメーター△MRは、繊維試料を「温度20℃、相対湿度65%」又は「温度80℃、相対湿度90%紺湿度90%」に24時間保持した際の質量変化(W65%及びW90%)から計算したものであるが(本件明細書の段落[0047]、W65%及びW90%は24時間という十分な時間が経過した後の平衡状態に達した静的な性質に関するものであるのに対して、「q−max」及び「40℃→20℃:温度調節時間」は、水の脱着に伴う熱の吸収速度(温度変化の速度)を表すものであり、測定時間は精々30分程度の範囲であることから、両者は性質の異なるものである。そのため、吸放湿パラメーター△MRは、課題を解決する手段とはなっていない。」(申立書22ページ)
この点について検討するに、本件特許明細書には以下の事項が記載されている。
「【0015】
そこで、本発明の複合繊維は、吸放湿パラメーターΔMRが0.5%以上である必要がある。ΔMRは、30℃×90%RHに代表される高温高湿度時と20℃×65%RHに代表される標準状態の温湿度における繊維の吸湿率の差であり、すなわち、温湿度変化が生じた際に、水を吸着および/または脱着させる繊維の調湿能力の高さを示しており、ΔMRが高ければ高いほど、繊維の調湿能力は高い。
【0016】
繊維に付着した水が脱着する際には、吸熱を伴う。本発明の複合繊維を用いた衣服を着用し、夏季に気温および湿度が高い屋外から冷房などで冷やされた室内へ移動すると、既存の温度調整機能を有する繊維と同様に、繊維中の蓄熱材料の結晶化による発熱が生じるが、本発明の複合繊維はΔMRが0.5%以上と調湿能力が高いため、複合繊維に付着した水分が脱着しやすく、それに伴い吸熱する。すなわち、複合繊維中の蓄熱材料の結晶化による発熱に対して、水の脱着による吸熱が生じるため、蓄熱材料を配した複合繊維にもかかわらず、上記のような夏季の場面においても衣服温度の下降を妨げず、快適性を損なうことがない。この水の脱着しやすさは上記のとおり、繊維のΔMRで表すことができ、ΔMRが大きいほど、水の脱着が生じやすく、衣服の快適性を保つことができる。ΔMRが0.5%未満の場合、複合繊維の調湿能力が低く、夏季に屋外から室内へ移動したときの蓄熱材料の結晶化に伴う発熱に対して、水の脱着による吸熱が少なく、衣服温度の下降が十分とはならず、適度な快適性を得られない。より好ましいΔMRの範囲は0.8%以上、さらに好ましい範囲は1.1%以上、特に好ましい範囲は1.5%以上である。ΔMRの範囲に特に上限はないが、本発明で達成できるレベルは8%程度であり、これが実質的な上限となる。」
「【0018】
本発明の複合繊維は、DSCにおいて観測される吸熱および/または発熱ピーク(以下、吸発熱ピークとも言う)における温度幅が5℃以上、20℃以下であることが好ましい。より好ましくは、7℃以上、18℃以下である。DSCにおいて観測される吸発熱ピークにおける温度幅とは、融解に伴う吸熱時には、日本工業規格のプラスチックの転移温度測定方法(JISK7121(2012))に記載された方法に準拠して求めた補外融解開始温度、補外融解終了温度の差であり、凝固に伴う発熱時には、同様に求めた補外結晶化開始温度、補外結晶化終了温度の差である。ピークが複数存在する場合、吸熱時は、低温側のピークの補外融解開始温度と高温側のピークの補外融解終了温度を用い、発熱時は、高温側のピークの補外結晶化開始温度と低温側のピークの補外結晶化終了温度を用いる。吸発熱ピークにおける温度幅をかかる範囲とすることで、相転移が瞬時に完了せず、温度調節機能を持続的に発現することができ、衣服内の快適性を保持する能力が高い。」
これらの記載によると、本件発明1の「吸放湿パラメーターΔMRが1.5%以上であり、
示差走査熱量計において観測される吸熱ピーク温度および発熱ピーク温度が10℃以上40℃以下の範囲にあり、吸熱ピークの温度幅および発熱ピークの温度幅が5℃以上20℃以下である複合繊維。」であれば、本件発明の課題を解決できると理解できる。
そして、本件発明1の範囲のものであれば、例えば、実施例1、実施例3をみると「q−max」が比較的に大きく、「40℃→20℃:温度調節時間」が比較的小さいものが得られている。
しかるに、本件発明1は、当業者にとって、上記課題を解決できると認識できる範囲内のものであるといえる。
よって、本件発明1及び本件発明1引用する本件発明4、5の記載はサポート要件を満たしており、申立人の主張によって同記載がサポート要件違反になるものではない。
6 理由4(実施可能要件)について
申立人は、実施可能要件について以下のとおり主張している。
「本件請求項1では、吸放湿パラメーター△MRが1.5%以上であることが規定されているものの、蓄熱材料と熱可塑性樹脂とを含む複合繊維において、熱可塑性樹脂としてポリエーテルエステル、ポリエーテルアミド、ポジエーテルエステルアミド又は熱可塑性セルロース誘導体を用いた場合に吸放湿パラメーター△MRが1.5%以上である実験例は示されておらず、本件明細書の全体を見渡してもポリエーテルエステル等を熱可塑性樹脂として用いた場合にどのようにすれば吸放湿パラメーター△MRが1.5%以上となるか理解できない。」
そこで、この点について、以下に検討する。
本件特許明細書には、吸放湿パラメーター△MRに関する吸放湿能について、以下の事項が記載されている。
「【0020】
本発明の複合繊維は、後述の実施例の欄に記載された測定方法で測定した値である、繊維の複屈折率が30×10-3以上、60×10-3以下であることが好ましい。繊維の複屈折率は、繊維を構成する重合体の配向の程度を示しており、複屈折率が高いほど、繊維は配向している。かかる範囲の複屈折率とすることで、繊維の配向結晶化が進みすぎず、緻密な分子構造が形成されないため、吸放湿性能に優れた複合繊維が得られる。複屈折率が30×10-3以下であると、分子鎖の配向が進んでいないため、繊維の機械特性が低下し、糸切れや毛羽の発生が生じる。一方で、60×10-3を超えると、配向結晶化が進みすぎるため、吸放湿性能が低下し、夏季に屋外から室内へ移動したときの衣服の快適性が損なわれる。より好ましくは35×10-3以上、55×10-3以下、さらに好ましくは40×10-3以上、55×10-3以下である。
【0021】
本発明の複合繊維に用いる熱可塑性樹脂は、溶融紡糸可能な繊維形成能を有する重合体であればよく、例えば、炭化水素基が直接連結して主鎖を形成した高分子重合体、エステル結合、アミド結合、エーテル結合、スルフィド結合などを介して連結された高分子重合体である。また、複合繊維のΔMRを上記の範囲とするために、熱可塑性樹脂として吸湿性に優れた重合体であることが好ましい。かかる重合体の具体例として、ポリアミド、ポリエーテルエステル、ポリエーテルアミド、ポリエーテルエステルアミド、熱可塑性セルロース誘導体などの吸湿性ポリマーが挙げられるが、これらに限定されない。中でも、吸湿性に優れ、かつ製糸性、機械特性に優れていることから、ポリアミドを用いることが好ましい。かかるポリアミドとして、特に限定されるものではないが、一例としてポリカプロラクタム、ポリウンデカノラクタム、ポリラウリルラクタムもしくはポリヘキサメチレンアジパミド、ポリヘキサメチレンセバカミド、ポリヘキサメチレンドデカンジアミドなどを挙げることができ、この中でもポリカプロラクタム、ポリヘキサメチレンアジパミドが好ましい。」
そうすると、これらの事項を手がかりに、当業者は、吸放湿パラメーターΔMRを調整できると理解できる。よって、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1〜5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

第5 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2024-02-09 
出願番号 P2018-234322
審決分類 P 1 651・ 536- Y (D01F)
P 1 651・ 537- Y (D01F)
P 1 651・ 121- Y (D01F)
P 1 651・ 113- Y (D01F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 西堀 宏之
山崎 勝司
登録日 2023-05-10 
登録番号 7275557
権利者 東レ株式会社
発明の名称 複合繊維およびそれよりなる繊維構造体  

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