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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12N
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12N
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12N
管理番号 1409173
総通号数 28 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-04-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-12-14 
確定日 2024-03-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第7291217号発明「足場非依存性細胞およびその使用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7291217号の請求項1ないし15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7291217号の請求項1〜15に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、令和1年11月7日(パリ条約による優先権主張 2018年11月8日 米国)に出願され、令和5年6月6日にその特許権の設定登録がされ、同年6月14日に特許掲載公報が発行された。 その後、その特許に対し、令和5年12月14日に特許異議申立人御代川友美(以下「異議申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜15の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜15に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
(以下、本件特許の請求項1〜15に係る発明を、その請求項に付された番号順にしたがい「本件発明1」などといい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」、本件明細書及び図面を「本件明細書等」という。)

「【請求項1】
結合組織細胞の細胞群および液体のインビトロ細胞増殖培地を含む組成物であって、前記結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性増殖が可能であり、前記足場非依存性結合組織細胞の少なくとも70%が表面に接着しておらず、かつ前記インビトロ細胞増殖培地が血清を欠いており、前記結合組織細胞が線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される、組成物。
【請求項2】
前記足場非依存性結合組織細胞が、インビトロ細胞増殖培地中で500万細胞/mLよりも大きい密度である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
マイクロキャリアビ−ズを欠いている、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
マトリックスをさらに含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記マトリックスが植物由来のマトリックスであり、前記足場非依存性結合組織細胞が脂肪細胞であり、前記組成物が培養肉である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
前記マトリックスがコラ−ゲンマトリックス、真皮マトリックス、および代替の真皮マトリックスから選択され、前記組成物が皮革である、請求項4に記載の組成物。
【請求項7】
前記マトリックスが、穀類、グルテンまたはマメ科植物由来である、請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
足場非依存性細胞株を生産する方法であって:
a. インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ;
b. 前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ;および
c. 少なくとも4世代、液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップを含み;それにより、前記足場非依存性細胞株を生産し、
液体培養物は無血清であり、
前記足場依存性細胞株は線維芽細胞株であり、
前記足場非依存性細胞株は結合組織細胞の細胞群であり、前記結合組織細胞は線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される、方法。
【請求項9】
足場依存性細胞株の倍加時間を減少させるための方法であって:
a. インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ;
b. 前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ;および
c. 少なくとも4世代、液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップを含み;それにより、前記足場依存性細胞株の倍加時間を減少させ、
液体培養物は無血清であり、
前記足場依存性細胞株は結合組織細胞の細胞群であり、前記結合組織細胞は線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される、方法。
【請求項10】
前記凝集体を増殖させることが非接着性のディッシュで行われる、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記単一の細胞を増殖させることが、シェーカーまたはスピナーフラスコで行われる、請求項8から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記シェーカーまたはスピナーフラスコで増殖させることが、40RPM未満のスピン速度での最大1回の継代と、それに続く80RPMから100RPMの間のスピン速度での少なくとも3回の継代とを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記足場依存性細胞株が線維芽細胞株であり、前記足場非依存性細胞株が線維芽細胞株である、請求項8から12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記足場非依存性細胞株が、結合組織細胞の細胞群であって、前記結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性増殖が可能である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記減少させることが、倍加時間を50時間以下に低下させる、請求項9から14のいずれか一項に記載の方法。」

第3 異議申立理由の概要及び提出した証拠
異議申立人が主張する異議申立理由の概要は、次のとおりのものである。

1 特許異議申立理由の概要
(1)申立理由1(本件発明8〜15の甲第3号証に基づく新規性欠如)
本件発明8〜15は、甲第3号証に記載されたものであり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、上記発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(本件発明1〜15の進歩性欠如)
ア 申立理由2−1(本件発明8〜15の甲第3号証に基づく進歩性欠如)
本件発明8〜15は、甲第1〜4号証、及び、甲第6〜7号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、上記発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

イ 申立理由2−2(本件発明1〜7の甲第1号証に基づく進歩性欠如)
本件発明1〜7は、甲第1〜5号証の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、上記発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポ−ト要件違反及び実施可能要件違反)
本件明細書の発明の詳細な説明には、足場非依存性増殖可能な細胞の下限値や、表面に接着した足場非依存性結合組織細胞の下限値を70%に設定することで奏される技術的効果、70%という数値の臨界的意義の説明がなく、70%という下限値について実施例により十分に裏付けられていない。
よって、本件発明1〜7、14に係る特許は、特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(明確性要件違反)
本件発明8及び9の記載において、ステップbの「単一の細胞」とステップcの「前記単一の細胞」の関係が不明であり、ステップbが実際にどのように実施されるべきなのか、ステップcで増殖させる細胞がステップbの細胞とどのような関係にあるのかが明確でない。
よって、本件発明8〜15に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであって、本件特許は、同法113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

2 証拠方法
甲第1号証:JACQUES PAIRAULT et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, October 1979, Vol.76, No.10, pp.5138−5142及びその抄訳文
甲第2号証:Howard Green et al, Cell, January 1976, Vol.7, No.1, pp.105−113及びその抄訳文
甲第3号証:国際公開第98/08934号及びその抄訳文
甲第4号証:Martin S. Sinacore et al, Molecular Biotechnology, July 2000, Vol.15, pp.249−257及びその抄訳文
甲第5号証:国際公開第2018/011805号及びその抄訳文
甲第6号証:Kelly Astley et al, Journal of Biotechnology, 2007, vol.130, pp.282−290及びその抄訳文
甲第7号証:生化学事典(第4版)第583頁
(以下、「甲第1号証」ないし「甲第7号証」をそれぞれ「甲1」ないし「甲7」ともいう。)

第4 当審の判断
当審は、異議申立人が主張する上記の申立理由は、いずれも理由がなく、ほかに各特許を取り消すべき理由も発見できないから、本件発明1〜15に係る特許は、いずれも取り消すべきものではなく、維持すべきものと判断する。

1 申立理由1及び2−1(本件発明8〜15の甲第3号証からの新規性進歩性欠如)について
(1)甲3の記載事項
甲3の記載事項は以下に示すとおりである。なお、甲3は英文なので、異議申立人が提出した翻訳文を採用して示し、異議申立人が翻訳文を提出していない箇所については、当審の翻訳で示す。

ア 第1頁第3〜10行
「発明の分野
本発明は、一般に、細胞培養培地処方物に関する。具体的には、本発明は、懸濁物中での哺乳動物細胞のインビトロ培養を容易にする、無血清、低タンパク質または無タンパク質の規定された細胞培養培地処方物を提供する。本発明の培養培地は、上皮細胞(例えば、293ヒト胚性腎臓細胞)および線維芽細胞(例えば、チャイニーズハムスター卵巣(CH0)細胞)の懸濁培養に特に適切である。」

イ 第8頁第3行〜第12頁第22行
「上皮細胞
概要
上皮は、高等生物の器官および腺の内部および外部表面を裏打ちしている。・・・
上皮を構成する細胞を総称して上皮細胞という。・・・
しかしながら、その位置や機能に関係なく、上皮細胞は通常再生可能である。つまり、通常の条件下、または損傷やその他の活性化刺激に応答して、上皮細胞は分裂または成長することができる。この再生能力により、上皮細胞のインビトロ操作が容易になり、さまざまな初代上皮細胞および細胞株がインビトロで培養に成功するまでになった(Freshney,Id.)。

293 細胞
種々の上皮細胞および上皮細胞株の単離および使用は、文献において報告されてきている中で、上皮形態を示すヒト胚腎臓細胞株293(「293細胞」)が、特に、外因性リガンドレセプターの発現、ウイルス産生ならびに同種異系間および異種間の組換えタンパク質の発現の研究に有用であることが検証されている。

線維芽細胞
概要
線維芽細胞と大まかに呼ばれる細胞は、多くの異なる組織から単離されており、結合組織細胞であると理解されている。線維芽細胞と大まかに呼ばれる細胞株を、胚組織および成人組織から培養することが明らかに可能である。線維芽細胞は、特徴的に「紡錘体」の外観を有する。線維芽細胞様細胞は、線維芽細胞に典型的な形態学的特徴を有する。光学顕微鏡下では、培養容器の表面で単層として成長する細胞は、尖っていて細長く (「紡錘形」)見える。 細胞株は、コラーゲン、I 型((Freshney, R.I.、in: Culture of Epithelial Cells、Freshney, R.I.、編、ニューヨーク: Wiley-Liss、pp.1-23 (1987))などの適切なマーカーで確認した後、線維芽細胞または線維芽細胞様とみなすことができる。

CHO細胞
CHO細胞は、チャイニーズハムスタ−卵巣に由来する上皮細胞かつ線維芽細胞の両方として分類されている。・・・

懸濁細胞
上記のように、ほとんどの初代哺乳動物上皮細胞、哺乳動物線維芽細胞、上皮細胞株、および線維芽細胞株は、代表的に単層培養で増殖される。しかし、いくつかの用途のためには、このような細胞を懸濁培養物として培養することが有利である。・・・
しかし、多くの足場依存性細胞(例えば、初代上皮細胞、初代線維芽細胞、上皮細胞株、および線維芽細胞株)は、懸濁培養には容易には適応しない。・・・
多くの形質転換された細胞が懸濁物中で増殖可能である(Freshney、R. I., Culture of Animal Cells: A Manual of Basic Technique, New York: Alan R. Liss, Inc. 123〜125頁(l983))が、首尾良い懸濁培養は、しばしば、比較的高タンパク質の培地または血清または血清成分(例えば、接着因子であるフィブロネクチンおよび/またはビトロネクチン)の培地への補充、あるいは洗練された潅流培養制御系(Kyung, Y.−S.ら、Cytotechnol.14:183−190(1994))(これは、上記の理由で不利であり得る)を必要とする。さらに、多くの上皮細胞は、懸濁液中で増殖する場合、凝集体(aggregate)すなわち「凝集体(clump)」を形成する。この凝集体は、首尾良い継代培養に干渉し、そして増殖速度および培養物による生物学的物質の産生を低減させる。凝集が起こる場合、培地に曝露される全体の細胞表面積が減少し、そして細胞は、栄養素から枯渇させられる。結果として、増殖が遅延し、細胞密度の低減が得られ、そしてタンパク質発現が損なわれる。
従って、高密度への哺乳動物細胞の増殖を容易にし、そして/または組換えタンパク質の発現のレベルを増大させ、細胞凝集を低減させ、そして動物タンパク質(例えば、トランスフェリンおよびインスリン)の補充を必要としない、化学的に規定され、無タンパク質の培地に対する必要性が依然として存在する。
また、通常アンカー依存性である哺乳動物細胞(上皮細胞および線維芽細胞(例えば、293細胞およびCHO細胞)を含む)の懸濁培養のための、無血清かつ低タンパク質または無タンパク質である規定された培養培地に対する必要性も依然として存在する。このような培養培地は、増殖因子および他の刺激の細胞生理学への影響の研究を容易にし、バイオテクノロジー産業において培養哺乳動物細胞により産生される、生物学的物質(例えば、ウイルス、組換えタンパク質など)のより簡単でかつより対費用効果のある産生および精製を可能にし、そして哺乳動物細胞の培養を使用する方法においてより一貫した結果を提供する。」

ウ 第67頁第1行〜第68頁第15行
「実施例1
完全懸濁培地の配合
基本細胞培養培地の配合。 基本細胞培養培地を配合するために、以下のものを粉末として混合した: L−アルギニン・HCl (430.00 mg/L; 355.6 mg/L L−アルギニン遊離塩基)、L−アスパラギン (無水) (26.40 mg/L)、L−アスパラギン酸 (75.00 mg/L)、L−システイン (57.6 mg/L) 、L−グルタミン酸(29.40mg/L)、L−グルタミン(585.00mg/L)、L−ヒスチジン(42.15mg/L)、L−イソロイシン(190.00mg/L)、L−ロイシン(280.00mg/L) L)、L−リジン (204 mg/L)、L−メチオニン (115.00 mg/L)、L−フェニルアラニン (70.00 mg/L)、L−セリン (250.00 mg/L)、L−トレオニン (60.00 mg/L) 、L−トリプトファン(20.00mg/L)、L−チロシン(69.2mg/L)、L−バリン(190.00mg/L)、ビオチン(0.097mg/L)、D−Ca++パントテン酸(1.19mg/L)、コリン塩化物 (14.00 mg/L)、葉酸 (5.00 mg/L)、i−イノシトール (18.00 mg/L)、ナイアシンアミド (1.22 mg/L)、ピリドキシン・HCl (1.03 mg/L; 0.85 mg/L ピリドキシン遊離塩基)、リボフラビン (0.22 mg/L)、チアミン (0.99 mg/L)、ビタミン B12 (1.03 mg/L)、プトレシン (0.087 mg/L) 、D−グルコース (4500.00 mg/L)、KCl (276.30 mg/L)、NaCl (4410.00 mg/L)、HEPES (2980.00 mg/L)、リノール酸 (0.06 mg/L)、D,L−リポ酸(2.00 mg/L)、フェノールレッド (1.00 mg/L)、プルロニック F68 (300.00 mg/L)、ピルビン酸ナトリウム (110.0 mg/L)、Na2HPO4 (125.00 mg/L)、インスリン (亜鉛ヒト組換え) (10.00 mg/L)、トランスフェリン (ヒトホロ、熱処理) (5.00 mg/L)、エタノールアミン・HCl (5 mg/L; 3.2 mg/L エタノールアミン)、Fe(NO3)3.9H2O (0.810 mg/L)、MgCl2 (76.20 mg/L)、MgSO4 (24.10 mg/L)、CaCl2 (11.10 mg/L) 、ZnSO4・H2O (0.0874 mg/L)、Na2SeO3 (0.0000067 mg/L)、MnCl2 (0.0001 mg/L) および NH4VO3 (0.0006 mg/L)。
NaHCO3(2400.00mg/L)を培地溶液に添加し、次いで溶液のpHをHClで7.2±0.05に調整し、容量をddH2Oで所望の全容量に調整した。重量オスモル濃度は 265−275 mOsm であると測定された。
完全培地を調製するには、100 mg/L デキストラン硫酸 (平均分子量 = 5,000 ダルトン) を基本培地に添加し、完全培地を低タンパク質結合フィルターで濾過し、すぐに使用するか、使用するまで照明を落とした状態で4 ℃で保存した。

実施例2
低タンパク質および無タンパク質培養培地の配合
低タンパク質の培養培地を製造するために、配合物からトランスフェリンを省略したことを除き、実施例1に記載のように基本培地を配合した。トランスフェリンの代わりに、40μM FeSO4−EDTA(シグマ;ミズーリ州、セントルイス)または60μM FeCl3−クエン酸ナトリウム(シグマ)を基本培地に添加し、次いで、この低タンパク質培地を濾過し、実施例1に記載のように保存した。
タンパク質を完全に含まない培養培地を配合するには、インスリンも配合から省略し、代わりにインスリンの代替品としてZnSO4の最終濃度を 0.354 mg/L に増加することを除いて、上記のようにトランスフェリンを含まない低タンパク質培地を製造する。次いで、タンパク質を含まない培養培地を濾過し、実施例1に記載したように保存する。」

エ 第70頁第1行〜第71頁第19行
「実施例4
上皮細胞の懸濁培養のための培養培地の使用
足場依存細胞の懸濁培養における本発明の培地の効力を示すために、5型アデノウイルスDNAで形質転換した293ヒト胚腎臓細胞を培養した。血清を補充した培地中の293細胞の培養物を、165cm2培養フラスコ中で2%正常ウマ血清を補充したOptiMEM培地(Life Technologies, Inc.; Rockville, Maryland)中で2〜3回継代することにより、血清から分離した。2または3回目の継代の後、細胞が50〜75%コンフルエンスに達したときに、フラスコを数回軽く叩くことによって、それらを増殖表面から引き離した;トリプシンまたは他のタンパク質分解剤は使用しなかった。なぜなら、このような薬剤は、しばしば低血清または無血清培地で培養した細胞に不可逆的な損傷を引き起こすからである。細胞を本発明の培養培地中に再懸濁し、そして凝集体が単細胞の懸濁物に分散するまで粉砕し、そして細胞濃度および生存度を、日常的な手順に従って、血球計でトリパンブルー排除計数(exclusion counting)によって決定した。
次いで、細胞を、三角フラスコ中の本発明の培養培地中に、約2.5〜3.0×105細胞/mlの密度で播種した。細胞の凝集を最小にするために、培養フラスコ中の播種容量を、フラスコの総容量の約20%未満に維持した(例えば、125mlのフラスコについて、細胞の希釈後の総容量は、約21〜22mlを超えなかった;250mlのフラスコについては、約40〜45mlを超えなかった)。次いで、細胞を懸濁液として維持するために、フラスコをインキュベーター中(37℃、8%CO2/92%大気)の回転式振盪合の上に置き、そして125rpmで振盪した。細胞密度および生存度を、少なくとも1日おきに測定し、そして細胞を、その密度が新鮮な培養培地での培養物の希釈により約7.5〜10.0X105細胞/mlに達したときに、約2.5〜3.0×105細胞/mlの密度になるように継代した。継代培養を、培養中の細胞の凝集が最小に見えるまで継続した。
一旦、細胞を本発明の培養培地中の懸濁液中での培養に適合させると、培養物をより大きな容量のスピナーフラスコか、またはバイオリアクター中にスケールアップした。細胞を、フラスコ培養物から、約400gでの5分間の遠心分離によって濃縮し、ペレットを本発明の培地中で穏やかに分散し、その後45秒間ボルテックスで混合することによって再懸濁し、そして約2.5〜3.0×105細胞/mlの密度で、スピナーフラスコまたはバイオリアクター中の本発明の培地中に細胞を播種した。細胞を懸濁液として維持しつつ細胞の剪断を最小にするために、スピナー培養物についてはスピナーの速度を約150rpmに設定し、一方バイオリアクター培養物については、羽根車の速度を約70rpmに設定した。
三角フラスコの293細胞の培養物において、約2.5〜3.0×106細胞/mlの生存細胞密度を得た(データ示さず)。図1に示すように、ほぼ100%生存度を有する3.5〜4.0×105/mlまでの細胞密度を、本発明の完全培地中の293細胞のバイオリアクターおよびスピナー培養物において、培養の開始後2〜3日に得た。類似の結果を、HeLaS3子宮頸部上皮細胞の懸濁培養物で得た(示さず)。本発明の低タンパク質培養培地(そこで、トランスフェリンは、FeSO4−EDTAまたはFeCl3クエン酸ナトリウムキレート剤のいずれかで置換されていた)は、293細胞の増殖を支持することにおいて、完全培地と同等に機能した(図2)。
まとめると、これらの結果は、本発明の培養培地が、無血清、低タンパク質、または無タンパク質環境で、足場依存性上皮細胞および293細胞の高密度懸濁培養を促進することを示す。」

(2)甲3発明の認定
前記(1)エの記載事項から、甲3には、以下の発明が記載されているものと認める(以下「甲3発明」という。)。

「血清を補充した培地中の5型アデノウイルスDNAで形質転換した293ヒト胚腎臓細胞の培養物を血清から分離し、2または3回目の継代の後、細胞が50〜75%コンフルエンスに達したときに、フラスコを数回軽く叩くことによって、細胞を増殖表面から引き離し、『本発明の培養培地』なる培地中に再懸濁し、そして凝集体が単細胞の懸濁物に分散するまで粉砕し、次いで、細胞をフラスコ中の『本発明の培養培地』なる培地中に播種し、細胞の凝集を最小にするために、フラスコ中の播種容量をフラスコの総容量の約20%未満に維持し、次いで、細胞を懸濁液として維持するために、フラスコをインキュベーター中の回転式振盪合の上に置いて振盪し、継代培養を、培養中の細胞の凝集が最小に見えるまで継続することにより、細胞を『本発明の培養培地』なる培地中の懸濁液中での培養に適合させる方法。」
(なお、「5型アデノウイルスDNAで形質転換した293ヒト胚腎臓細胞」を以下「形質転換293細胞」ともいう。)

(3)本件発明8について
ア 本件発明8と甲3発明の対比
甲3発明についての「足場依存細胞の懸濁培養における本発明の培地の効力を示すために」との記載(前記(1)エ)、及び、甲3発明の「2または3回目の継代の後」の細胞が「増殖表面から引き離」されることから、甲3発明の形質転換293細胞は「足場依存性細胞株」である。
甲3発明についての「まとめると、これらの結果は、本発明の培養培地が、無血清、低タンパク質、または無タンパク質環境で、足場依存性上皮細胞および293細胞の高密度懸濁培養を促進することを示す。」(前記(1)エ)との記載、及び、実施例1の「基本培地」及び前記基本培地に基づく実施例2の「低タンパク質および無タンパク質培養培地」に血清が含まれないこと(前記(1)ウ)から、「『本発明の培養培地』なる培地」は無血清である。
甲3発明において「2または3回目の継代の後」に「増殖表面から引き離」され「培地中に再懸濁」された後の形質転換293細胞は、「単細胞の懸濁物に分散するまで粉砕」される「凝集体」であるから、甲3発明において形質転換293細胞を「2または3回目の継代」する工程は、本件発明8の「a.インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ」に相当する。
甲3発明の「凝集体が単細胞の懸濁物に分散するまで粉砕」する工程は、本件発明8の「b.前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ」に相当する。
甲3発明の「細胞の凝集を最小にするために、フラスコ中の播種容量をフラスコの総容量の約20%未満に維持し、次いで、細胞を懸濁液として維持するために、フラスコをインキュベーター中の回転式振盪合の上に置いて振盪し、継代培養を、培養中の細胞の凝集が最小に見えるまで継続」する工程は、本件発明8のc.のステップのうちの「液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップ」に相当する。

そうすると、本件発明8と甲3発明は、
「細胞株に関する方法であって:
a. インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ;
b. 前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ;および
c. 液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップを含み;
液体培養物は無血清である、方法。」
であるという点で一致し、以下の点で相違していると認められる。

(相違点1)
本件発明8は、「足場非依存性細胞株を生産する方法」であって、c.のステップを「少なくとも4世代」行い、かつ、生産される「足場非依存性細胞株」が「結合組織細胞の細胞群であり、前記結合組織細胞は線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される」のに対して、甲3発明は、「足場依存性細胞株を培地懸濁液中での培養に適合させる方法」であって、本件発明8のc.のステップに相当する継代培養の世代数が不明であり、かつ、当該方法により「足場非依存性細胞株」が生産されることも、その細胞株が「結合組織細胞の細胞群であり、前記結合組織細胞は線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される」ことも特定されていない点。

(相違点2)
「足場依存性細胞株」が、本件発明8は「線維芽細胞株」であるのに対して、甲3発明は「形質転換293細胞」である点。

相違点の判断
事案に鑑み、まず相違点2について検討する。
前記(1)ア及びイの記載によれば、293ヒト胚腎臓細胞(293細胞)は上皮細胞として線維芽細胞と区別されており、かつ、甲7を含む本件優先日前の技術常識を考慮しても、293細胞や5型アデノウイルスDNAで形質転換した293細胞を線維芽細胞と同視し得る事情は見当たらない。
ここで、異議申立人は、甲3の実施例7〜14で線維芽細胞であるCHO細胞株の懸濁培養が成功していることに基づいて、本件発明8の「前記足場依存性細胞株は線維芽細胞株であり」が甲3に開示されている旨を主張している(申立書51頁1行〜52頁2行)。
しかし、甲3の実施例7〜14におけるCHO細胞株の懸濁培養の方法はいずれも、甲3発明(甲3の実施例4)と異なる工程を経るものであり、甲3の実施例7〜14に基づき、甲3発明の「形質転換293細胞」を「線維芽細胞」に置き換えた方法が甲3に記載されているとは解せない。
よって、本件発明8は、相違点1について検討するまでもなく、甲3発明、すなわち甲3に記載された発明と同一であるとは認められない。

また、甲3や他の甲各号証をみても、甲3発明の「形質転換293細胞」を「線維芽細胞」に置き換えることを動機付ける記載は見当たらない。
この点について、異議申立人は、本件発明8の「前記足場依存性細胞株は線維芽細胞株であり」が甲3に開示されている旨を主張するに留まり、甲3発明の「形質転換293細胞」を「線維芽細胞」に置き換えることの動機付け等について述べていない。
よって、本件発明8は、相違点1について検討するまでもなく、甲3及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

ウ 小括
以上のことから、本件発明8は、甲3に記載された発明とはいえず、また、甲3及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)本件発明9について
本件発明9は、本件発明8の「足場非依存性細胞株を生産する方法」が「足場依存性細胞株の倍加時間を減少させるための方法」と表現されたものであると認められる。また、本件発明9のa〜cのステップは、本件発明8のa〜cのステップと一致し、かつ、本件発明9の「足場依存性細胞株」は、「結合組織細胞の細胞群であり、前記結合組織細胞は線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される。
そうすると、本件発明9は、本件発明8と同様に、甲3発明と、
「 細胞株に関する方法であって:
a. インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ;
b. 前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ;および
c. 液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップを含み;
液体培養物は無血清である、方法。」
であるという点で一致し、以下の点で相違していると認められる。

(相違点1’)
本件発明9は、「足場依存性細胞株の倍加時間を減少させるための方法」であって、c.のステップを「少なくとも4世代」行うのに対して、甲3発明は、「細胞を懸濁液中での培養に適合させる方法」であって、本件発明9のc.のステップに相当する継代培養の世代数が不明である点。

(相違点2’)
「足場依存性細胞株」が、本件発明9は「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される」「結合組織細胞の細胞群」であるのに対して、甲3発明は「形質転換293細胞」である点。

相違点の判断
事案に鑑み、相違点2’から検討する。
前記(3)において相違点2について検討したとおり、5型アデノウイルスDNAで形質転換した293細胞を線維芽細胞と同視し得る事情は見当たらない。
また、5型アデノウイルスDNAで形質転換した293細胞を脂肪細胞と同視し得る事情も見当たらない。
加えて、甲3や他の甲各号証をみても、甲3発明の「形質転換293細胞」を「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される、結合組織細胞の細胞群」に置き換えることを動機付ける記載は見当たらない。
よって、本件発明9は、相違点1’について検討するまでもなく、甲3発明、すなわち甲3に記載された発明と同一であるとは認められないし、本件発明9が、甲3及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(5)本件発明10〜15
本件発明10〜15は、いずれも、本件発明8又は9を引用するものであって、「足場依存性細胞株」が「線維芽細胞株」(相違点2)又は「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される」、「結合組織細胞の細胞群」(相違点2’)であることを発明特定事項とするから、本件発明8又は9と同様の理由により、甲3に記載された発明と同一であるとも、甲3及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(6)小括
以上のことから、本件発明8〜15は、甲3に記載された発明とはいえず、また、甲3及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、異議申立人が主張する申立理由1及び2−1(本件発明8〜15の甲第3号証からの新規性進歩性欠如)は、いずれも理由がない。


2 申立理由2−2(本件発明1〜7の甲第1号証に基づく進歩性欠如)について
(1)甲1の記載事項
甲1の記載事項は以下に示すとおりである。なお、甲1は英文なので、英文なので、異議申立人が提出した翻訳文を採用して示す。

ア 第5138頁(タイトル及び抄録)
「グリセロリン酸デヒドロゲナーゼを分化マーカーとした懸濁3T3細胞の脂肪変換に関する研究
抄録
3T3細胞の脂肪変換を安定化懸濁培養で調べた。3T3−F442A細胞では、トリグリセリド合成の重要酵素であるグリセロリン酸デヒドロゲナーゼ(sn−グリセロール−3−リン酸:NAD+2−酸化還元酵素、EC1.1.1.8)の比活性が5000倍以上に増加し、脂肪変換の高感度で正確な尺度として用いることができる。脂肪変換は血清中に存在する脂肪形成因子に依存し、この因子は細胞の酵素応答によって測定することができる。細胞が脂肪形成因子を受け取った時点で成長している場合、酵素反応は3日後まで検出されず、その間に細胞は最初に静止状態に入る。細胞が脂肪形成因子を受け取った時点で静止している場合、酵素の活性は24時間以内に増加し始める。静止細胞のみが、脂肪変換に必要な分化した状態の再プログラミングに感受性があるようである。脂肪変換が始まると、酵素の活性は少なくとも2桁にわたって指数関数的に増加する。静止状態の細胞が脂肪変換を始めると、生合成過程が加速される。すなわち、タンパク質合成速度が増加し、細胞タンパク質が蓄積し、場合によりDNAを複製して分裂する。細胞増殖は、脂肪変換に必須ではないが、非脂肪質細胞に比べて脂肪質細胞の割合を増加させるクローン選択の一形態である。」

イ 第5138頁右欄第1〜15行
「材料および方法
細胞培養と酵素アッセイ。細胞を、100mmペトリ皿あたり約5×104で表面培養に接種し、10%子ウシ血清を添加した、または後の実験では10%ネコ血清を添加した、ダルベッコ・フォークト培地で成長させた。懸濁培養物は、トリプシン処理した表面培養物の細胞を、メチルセルロースで安定化した培地1mlあたり0.5−1.0×105細胞で接種することによって調製した(16)。メチルセルロースの最終濃度は1.1%であり、Ca2+は0.1mMに減少した。懸濁培養物には、あらかじめ10volのCa2+を含まない培地に対して4℃で一晩透析した血清を添加した。培地にはインスリン(5μg/ml)とビオチン(0.1μM)も含まれていた。培養は通常、250mlポリカーボネート三角フラスコ(Corning)で行い、10%CO2/90%空気で平衡化させた。」

ウ 第5141頁左欄第5行〜同頁右欄第3行
「脂肪変換中のDNA合成と細胞分裂
ネコ血清を添加した培地で指数関数的に成長する細胞を、10%ウシ胎児血清を含む培地の懸濁培養物に接種した。・・・
これらの実験は、感受性細胞と脂肪生成血清の存在の両方が必要であったため、分裂促進反応が脂肪変換と関連していることを示した。3T3−F442A培養物の顕微鏡検査は、接種時にすべての細胞が十分に分散していたが、いくつかは単細胞のままではなく、4−12個の細胞のクラスターを形成するように増殖したことを示した。ほとんどの単細胞は脂肪質ではなかったが、クラスター中のすべての細胞は脂質を蓄積した。
脂肪変換を受けている細胞の増殖は、AraCでDNAの複製を抑制することによって阻止できた(表l)。これらの条件下では、クラスターは形成されず、脂肪質単細胞の数は、当該薬剤非存在下で発生した脂肪質単細胞とクラスターの合計とほぼ同じであった。AraCの存在下で発生した脂肪質単細胞の多くは異常に大きく、当該薬剤の非存在下では分裂した可能性を示唆している。」

エ 第5141頁右欄
「表1.脂肪質3T3−F442A細胞の産生に対するAraCの効果


10%のネコ血清を含む懸濁培養物に細胞を接種して3日目に、DNA合成を阻止できる濃度にAraCを添加し、さらにウシ胎児血清を5%添加した。培養は6日後にスコア化された。」

(2)甲1発明の認定
前記(1)イ〜エの記載事項から、甲1には、以下の発明が記載されているものと認める(以下「甲1発明」という。)。

「血清中の脂肪形成因子により脂肪変換された脂肪質3T3−F442A細胞を含む懸濁培養物であって、10%のネコ血清を含む懸濁培養物に、トリプシン処理した表面培養物の細胞である3T3−F442A細胞を接種することを経て調製され、メチルセルロースで安定化した培地を含み、非脂肪質の細胞を89.5%、脂肪質の細胞を10.5%(=4.5%+6.0%)の割合で含み、かつ、単一の細胞を94%(=89.5%+4.5%)、クラスター形成細胞を6%の割合で含むことを6日後にスコア化された、表1の『対照』の培養物。」

(3)本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明の対比
甲1発明の「脂肪変換された脂肪質3T3−F442A細胞」及び「脂肪質の細胞」は、本件発明1の「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される」「結合組織細胞の細胞群」に相当する。
甲1発明の「懸濁培養物」は、本件発明1の「組成物」に相当する。
甲1発明の「単一の細胞」は、本件発明1の「足場非依存性増殖が可能であり」かつ「表面に接着しておらず」の「前記足場非依存性結合組織細胞」に相当し、その「94%」という割合は、本件発明1の「前記結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性増殖が可能であり、前記足場非依存性結合組織細胞の少なくとも70%が表面に接着しておらず」に相当する。
甲1発明の「メチルセルロースで安定化した培地」は、前記(1)イ〜エの記載事項からみて、本件発明1の「インビトロ細胞増殖培地」に相当するが、少なくともネコ血清を含む。
そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「結合組織細胞の細胞群および液体のインビトロ細胞増殖培地を含む組成物であって、前記結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性増殖が可能であり、前記足場非依存性結合組織細胞の少なくとも70%が表面に接着しておらず、前記結合組織細胞が線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される、組成物。」
であるという点で一致し、以下の点で相違していると認められる。

(相違点3)
本件発明1のインビトロ細胞増殖培地は「血清を欠」くのに対して、甲1発明の培地は、血清を含む点。

相違点の判断
相違点3について検討すると、甲1や他の甲各号証をみても、甲1発明の培地を血清を欠く培地に置き換えることを動機付ける記載はなく、甲1発明が、血清中の脂肪形成因子により脂肪変換された脂肪質3T3−F442A細胞に関することに鑑みれば、甲1発明を無血清とする動機を見いだすことはできない。
ここで、異議申立人は、甲3及び甲4を引用し、足場依存性増殖細胞を一旦血清含有培地で増殖させておき、次いでその細胞を無血清培地に移し、継代培養することで同細胞を無血清培地中でも懸濁培養できるように馴化させ得ることが実証されており、足場依存性であろうと足場非依存性であろうと、無血清培地を使用して効率よく懸濁・浮遊培養できることは周知の技術であること(申立書37頁17〜23行)、また、無血清培地であっても添加物等を添加することで線維芽細胞等の培養培地に利用できること(甲3)、また、線維芽細胞を無血清で懸濁培養できるように馴化させること(甲4)が既に知られているから、相違点3の構成は、甲1に例えば甲3や甲4を組み合わせることで当業者が容易に想到し得る旨を主張している(申立書42頁の小括)。
しかし、甲3が293細胞又はCHO細胞の無血清懸濁培養への馴化について開示し、甲4及び甲6がCHO細胞の無血清懸濁培養への馴化について開示するとしても、甲3〜4及び6を含む甲各号証に、甲1の脂肪変換された脂肪質3T3−F442A細胞を無血清懸濁培養へ馴化することを当業者に動機付ける記載は見いだせず、また、当該事項が本件特許の優先日の技術常識であるとも認められない。
よって、本件発明1は、甲1及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のことから、本件発明1は、甲1及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

(4)本件発明2〜7について
本件発明2〜7は、いずれも、本件発明1を引用するものであって、インビトロ細胞増殖培地が「血清を欠」くこと(相違点3)を発明特定事項とするから、本件発明1と同様の理由により、甲1及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

(5)小括
以上のことから、本件発明1〜7は、甲1及び他の甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえず、異議申立人が主張する申立理由2−2(本件発明1〜7の甲第1号証に基づく進歩性欠如)は、理由がない。


3 申立理由3(サポ−ト要件違反及び実施可能要件違反)について
(1)本件明細書等の記載
本件明細書等には、以下の事項が記載されている。

ア【技術分野】
【0002】
[002]本発明は、足場依存性細胞からの足場非依存性細胞の生成の分野における。

イ 【背景技術】及び【発明の概要】
【0004】
[004]この時点まで、非常にわずかな細胞株が、接着から浮遊に容易に変換できる。・・・線維芽細胞は、メチルセルロースなどの担体を用いて増殖されており、培養条件によっては凝集体および/または病的な細胞が生成されるが、完全に懸濁した健全な線維芽細胞株は、依然として大いに必要とされている。
【0005】
[005]本発明は、足場非依存性増殖が可能な結合組織細胞の濃縮された細胞群を提供する。それらの細胞を含む組成物、ならびにそれらの細胞を生産する方法も提供される。

ウ 【発明を実施するための形態】
(ア)足場非依存性増殖
【0024】
[044]本明細書で使用される場合、「足場非依存性増殖」という用語は、基質に接着していないままの細胞増殖を指す。足場非依存性増殖は、非接着性増殖または液体培養を指す場合もある。多くの細胞株は、増殖のために接着する基質が必要である。同様に、生物の多くの細胞は、増殖するために細胞−細胞接触が必要である。いくつかの実施形態では、足場非依存性増殖は、細胞が培地に囲まれている増殖である。いくつかの実施形態では、足場非依存性増殖は、細胞が別の細胞または表面に接触していないものである。いくつかの実施形態では、表面は、組織培養ディッシュまたはマイクロビーズなどの人工表面である。いくつかの実施形態では、表面は別の細胞である。いくつかの実施形態では、足場非依存性増殖は、スフェロイドまたは凝集体としての増殖ではない。いくつかの実施形態では、足場非依存性増殖は、溶液中の単一の細胞としての増殖である。本明細書で使用される場合、「足場非依存性増殖が可能な結合組織細胞」および「足場非依存性結合組織細胞」という用語は同義的であり、交換可能に使用される。
【0025】
[045]いくつかの実施形態では、足場非依存性結合組織細胞の少なくとも50%、55%、60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%、95%、97%、99%または100%は、液体培養において単一の細胞として増殖する。各々の可能性は、本発明の別々の実施形態を表す。いくつかの実施形態では、少なくとも70%が単一の細胞として増殖する。・・・いくつかの実施形態では、液体培養は血清を含む。いくつかの実施形態では、液体培養は無血清である。いくつかの実施形態では、液体培養は血清を含み、細胞の少なくとも90%が単一の細胞として増殖する。いくつかの実施形態では、液体培養は無血清であり、70%から80%の間の細胞が単一の細胞として増殖する。

(イ)結合組織細胞
【0026】
[046]本明細書で使用される場合、「結合組織細胞」という用語は、結合組織を構成する様々な細胞型を指す。・・・いくつかの実施形態では、結合組織細胞は、線維芽細胞または線維芽細胞から分化し得る細胞型である。・・・いくつかの実施形態では、細胞型は、線維芽細胞から自然に分化し得る。いくつかの実施形態では、細胞型は、自然の線維芽細胞分化から生じる。本明細書で使用される場合、「自然分化という用語」は、実験室で人工的に達成できるようなトランス分化ではなく、天然で生じる分化を指すために使用される。・・・いくつかの実施形態では、線維芽細胞から自然に分化し得る細胞型は、脂肪細胞である。・・・
いくつかの実施形態では、結合組織細胞は、乳牛細胞およびニワトリ細胞から選択される。いくつかの実施形態では、ニワトリ細胞はニワトリ線維芽細胞である。いくつかの実施形態では、乳牛細胞は乳牛線維芽細胞である。いくつかの実施形態では、ニワトリ線維芽細胞は、DF−1細胞である。いくつかの実施形態では、細胞は不死化されている。いくつかの実施形態では、細胞は不死化されていない。いくつかの実施形態では、細胞は一次細胞に由来する。

(ウ)培養肉・皮革
【0040】
[060]いくつかの実施形態では、結合組織細胞は、培養肉を生産することが可能である。いくつかの実施形態では、結合組織細胞は、培養肉の生産に使用するためのものである。
【0045】
[067]いくつかの実施形態では、本発明の細胞およびマトリックスを含む組成物は、培養肉である。いくつかの実施形態では、培養肉中の細胞は線維芽細胞である。いくつかの実施形態では、培養肉中の細胞は脂肪細胞である。いくつかの実施形態では、培養肉中の細胞は筋芽細胞である。いくつかの実施形態では、培養肉は食用肉である。本発明のいくつかの実施形態によれば、食用肉は、約100×106細胞/グラムから約500×106細胞/グラムの範囲の密度、例えば、約200×l06細胞/グラムの密度を有するナゲットのパテの形態である。
【0047】
[069]いくつかの実施形態では、本発明の細胞およびマトリックスを含む組成物は、皮革である。いくつかの実施形態では、皮革は合成皮革である。いくつかの実施形態では、本発明の細胞およびコラーゲンマトリックス、真皮マトリックスまたは代替の真皮マトリックスを含む組成物は、皮革である。いくつかの実施形態では、組成物は、皮革として構成される。いくつかの実施形態では、組成物は、皮革のように見えるおよび/または感じるように構成される。いくつかの実施形態では、皮革の細胞は、線維芽細胞である。
【0048】
[070]本明細書で使用される場合、「培養肉」という用語は、動物細胞のインビトロ培養によって生産された肉を指す。いくつかの実施形態では、濃縮された細胞群は、培養肉の生産のために血清なしで増殖される。

(エ)培地
【0054】
[076]いくつかの実施形態では、濃縮された細胞群は培地中にある。いくつかの実施形態では、培地は無血清培地である。いくつかの実施形態では、培地は化学的に定義された培地である。・・・
【0055】
[077]本明細書で使用される場合、「化学的に定義された培地」という用語は、細胞のインビトロ培養に適した増殖培地を指し、その培地の全ての化学成分は既知である。化学的に定義された培地は当該技術分野で周知であり、本明細書に記載のものを含めて、そのような任意の培地、例えば非限定的な例として、UltraCULTURE(商標)培地(Lonza)、XerumFree(商標)培地(TNC Bio)およびBIO−MPM−1 SFM(Biological Industries)を使用してもよい。
【0060】
[084]いくつかの実施形態では、濃縮された細胞群の細胞は、培地中の単一の細胞である。いくつかの実施形態では、培地中の細胞の少なくとも70%、75%、80%、85%、90%、95%、97%、99%または100%は、単一の細胞として増殖している。各々の可能性は、本発明の別々の実施形態を表す。いくつかの実施形態では、細胞の70〜100%の間は、単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、血清を含み、細胞の少なくとも90%が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、血清を含み、細胞の90〜100%が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、無血清であり、細胞の少なくとも70%が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、無血清であり、細胞の少なくとも80%が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、無血清であり、細胞の70〜90%の間が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、無血清であり、細胞の少なくとも90%が単一の細胞として増殖している。いくつかの実施形態では、培地は、無血清であり、5、10、15、20、25、30、35、40、45または50%より多い細胞が単一の細胞として増殖している。各々の可能性は、本発明の別々の実施形態を表す。

エ 【実施例】
【0089】
実施例1:浮遊培養へのスフェロイドベース適応
[0113]DF−1ニワトリ線維芽細胞株の116万個の細胞を、Aggrewell800プレートに播種した(3867細胞/マイクロウェル)。24時間のインキュベーションの後、ウェル内の培地の半分を交換した。翌日、Aggrewell内に形成されたスフェロイド(図2)を機械的に分離し、0.01%F−68を補充した培養培地中のPluronic(登録商標)F−68でプレコートした非接着性の10cmペトリディッシュに移した。細胞凝集体を、4日間連続培養中に勢いをつけたピペッティングによって機械的に崩壊させた(図3)。培養7日目に、スフェロイドを、0.01%F−68を補充した3mlの培養培地中のシェーカーインキュベーターに移し、80、100、または140RPMの速度で3日間振とうした。適応プロセスの最後では、400,000から800,000細胞/mLの細胞密度で、79%の生存率であることが、トリパンブルー排除アッセイにより示された。

【0090】
実施例2:浮遊培養への直接シェーカーフラスコ適応
[0114]適応プロセスからの1600から4000万個の細胞を、0.01%F−68を補充した80mlの培養培地を含む250mLのシェーカーフラスコ中に、200,000から500,000細胞/mLの最終密度まで直接播種した。細胞を一晩沈降させて凝集させた後、80RPMのシェーカーインキュベーターに移した。細胞増殖をモニターして、経時的に記録した。各継代で、細胞を酵素的に消化し、200,000細胞/mLで再播種する前に計測した。シェーカー速度を継代3で80RPMから100RPMに増加させた。倍加時間は最初の2継代で60時間から52時間に減少し、5〜7継代内で20〜28時間に安定した(図4)。凝集体は各継代と共により低頻度となり、継代34までに培養物の5〜10%に達した(図5)。最終的に、低濃度の細胞では、凝集体のパーセンテージは5%未満にさえなる。

【0091】
実施例3:浮遊培養への直接スピナーフラスコ適応
[0115]同様に、適応プロセスからの1600万個の細胞を、0.01%F−68を補充した80mlの培養培地を含む250mLのコーニングガラススピナーフラスコ中に、200,000細胞/mLの最終密度まで直接播種した。細胞を一晩沈降させて凝集させ、その後、60から90RPMでスピンさせた。細胞増殖をモニターし、経時的に記録した。各継代で、細胞を酵素的に消化し、200,000細胞/mLで再播種する前に計測した。倍加時間および培養挙動は、シェーカーフラスコで観察されたものと等価であった。第一世代の倍加時間は62時間であった。

【0092】
実施例4:無血清培養培地への適応
[0116]適応プロセスからの1600万個の細胞を、0.01%F−68を補充した80mlの培養培地を含む250mLのシェーカーフラスコ中に、200,000細胞/mLの最終密度まで分割した。細胞は培養3日目までに120万細胞/mLの密度に達した。次に、各フラスコに80mL UltraCULTURE培地を添加することにより、培養物を600,000細胞/mLに希釈した。次の日、細胞は100万細胞/mLの密度に達し、2.5%のFBS濃度まで無血清培地中に再び希釈した。24時間以内に細胞は120万細胞/mLに達し、収穫後、300gで5分間遠心分離した。得られた細胞ペレットを最終的にUltraCULTURE無血清培地に再懸濁し、継代10、26、34で、細胞を血清非存在下で懸濁液中、培養した。

【0094】
実施例6:不死化した初代ニワトリおよびウシ線維芽細胞の足場非依存性増殖。
[0118]市販の細胞株に加えて、ニワトリおよびウシ線維芽細胞の異なる株が、不死化された初代細胞から生成された。FMT−SCF−1およびFMT−SCF−2は、ブロイラーRoss308ニワトリ胚の自然発生的に不死化したニワトリ胎児線維芽細胞に由来し(図6A、E)、FMT−SCF−3、SCF−4、およびSCF−5株はイスラエルのBaladiニワトリ胚性線維芽細胞から由来していた(図6B、E)。FMT−SBF−1およびFMT−SBF−2は、黒アンガス牛の自然発生的に不死化したウシ胎児線維芽細胞に由来し(図6C、E)、FMT−SBF−3株は、ベルギーブルー牛の自然発生的に不死化した真皮線維芽細胞に由来していた(図6D−E)。
・・・
【0099】
[0123]初代細胞に由来する全ての足場非依存性細胞株は、培養中に90%を超える単一の細胞を示した(図6E)。どの細胞株についても、それらを高密度で増殖したとき、数個の細胞の非常に小さな塊だけが観察された。低密度では、細胞株は97%を超える単一の細胞として増殖した。
【0100】
[0124]初代細胞に由来する足場非依存性細胞もまた、スピナーフラスコ法を使用して誘導可能である。それらは無血清培地中で増殖させることもでき、攪拌バイオリアクター用にスケールアップもできる。

【0101】
実施例7:足場非依存性脂肪細胞および培養肉の生成。
[0125]ニワトリおよびウシの足場非依存性線維芽細胞を、標準的な分化プロトコルによって足場非依存性脂肪細胞に分化させた。FMT−SCF−2(ニワトリ非接着性線維芽細胞)およびFMT−SBF−1(ウシ非接着性線維芽細胞)を、PPARガンマアゴニストと共に200μMオレイン酸を含む脂肪生成培地で増殖した。合成阻害剤(ロシグリタゾン)および天然阻害剤(プリスタン酸)の両方を試験した。
【0102】
[0126]脂肪細胞への分化の発生を決定するために、細胞を脂質生産についてアッセイした。4日目と7日目に細胞を収穫し、黒色96ウェルプレートに再播種し、2時間インキュベートした後、4%PFAで固定した。固定した細胞は、中性の脂肪滴を緑色に染色するLipidTOXで染色された。細胞核はHoechstを用いて青色に対比染色された。4日目で、細胞はすでに脂肪滴についてポジティブに染色されており、脂肪細胞の存在を示している;染色は7日目に増加した(図7A−B)。脂質生産は、ニワトリ細胞(図7A)およびウシ細胞(図7B)の両方で、ならびに合成阻害剤および天然阻害剤の両方で見られた。
【0103】
[0127]足場非依存性脂肪細胞を使用して、標準的なプロトコルに従って培養肉を作製した。・・・
【0104】
[0128]培養牛肉も生産された。・・・

(2)本件発明が解決しようとする課題
本件明細書【0005】には、「本発明は、足場非依存性増殖が可能な結合組織細胞の濃縮された細胞群を提供する。それらの細胞を含む組成物、ならびにそれらの細胞を生産する方法も提供される。」(前記(1)イ)。と記載されている。
ここで、本件明細書【0024】によれば「「足場非依存性増殖が可能な結合組織細胞」は「足場非依存性結合組織細胞」と同義的であり、交換可能に使用される(前記(1)ウ(ア))。
よって、本件発明は、「足場非依存性結合組織細胞の濃縮された細胞群、それらの細胞を含む組成物、及び、それらの細胞を生産する方法を提供すること」を課題とするものと認められる。

(3)本件発明のサポート要件、実施可能要件の検討
異議申立人は、本件発明1〜7、14を申立理由3の対象としているところ、請求項14は請求項8〜12を引用する請求項13を引用しているから、本件発明1〜14について、サポート要件、実施可能要件を以下に検討する。
本件発明1〜14は、上記第2のとおりであり、前記(2)に記載した本件発明が解決しようとする課題を考慮すると、本件発明1〜14が、本件明細書等に上記課題を解決できると当業者が認識できるように記載されている(サポート要件を満たす)というためには、本件明細書等は、以下の事項を当業者が理解できるように記載されていることが必要であるといえる。

ア 本件発明1〜7について、少なくとも70%が足場非依存性結合組織細胞であり、その少なくとも70%が表面に接着していない、線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される結合組織細胞の細胞群と、血清を欠くインビトロ細胞増殖培地を含む、組成物が提供されること。
イ 本件発明4〜7について、前記アの組成物が、さらに穀類等の植物由来マトリックスを含む皮革、又は、さらにコラーゲンマトリックス等のマトリックスを含み、足場非依存性結合組織細胞が脂肪細胞である培養肉であること。
ウ 本件発明8、10〜13について、a.インビトロで足場依存性細胞株の凝集体を増殖させるステップ、b.前記凝集体を液体中で単一の細胞に機械的に崩壊させるステップ、および、c.少なくとも4世代、液体培養物中で前記単一の細胞を増殖させるステップを含み、液体培養物は無血清である方法であって、前記方法における前記足場依存性細胞株が線維芽細胞である、線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される足場非依存性結合組織細胞の細胞群を製造する方法が提供されること。
エ 本件発明9〜13について、前記ウのa〜cのステップを含み、液体培養物は無血清である方法であって、当該方法における前記足場依存性細胞株が線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される結合組織細胞の細胞群である、足場依存性細胞株の倍化時間を減少させるための方法が提供されること。
オ 本件発明14について、前記ウ又はエの方法において、結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性結合組織細胞であること。

一方、本件明細書の実施例1〜4、6〜7には、前記(1)エのとおり、以下の開示がある。
(実施例1)DF−1ニワトリ線維芽細胞株について、
(a)Aggrewell800プレートのマイクロウェルに播種する工程、
(b)マイクロウェル内で形成されたスフェロイドを非接着性ペトリディッシュに移して培養し、その培養中に勢いをつけたピペッティングによって細胞凝集体を機械的に崩壊する工程、及び、
(c)さらに培養されたスフェロイドのシェーカーインキュベーターでの振とうする工程を含む、
「浮遊培養へのスフェロイドベース適応」プロセス。
(実施例2)実施例1の適応プロセスからの細胞を、シェーカーインキュベーターで培養する工程を含む、「浮遊培養への直接シェーカーフラスコ適応」プロセスにおいて、倍加時間は最初の2継代で60時間から52時間に減少し、5〜7継代内で20〜28時間に安定し、凝集体は各継代と共により低頻度となり、継代34までに培養物の5〜10%に達し、低濃度の細胞では、凝集体のパーセンテージは5%未満にさえなること。
(実施例3)実施例1の適応プロセスからの細胞をスピンさせたスピナーフラスコ中で培養する工程を含む、「浮遊培養への直接スピナーフラスコ適応」プロセスにおいて、倍加時間および培養挙動が実施例2のシェーカーフラスコで観察されたものと等価であったこと。
(実施例4)実施例1の適応プロセスからの細胞を無血清培地に懸濁し、継代10、26、34で、血清非存在下で懸濁液中、培養したこと。
(実施例6)「不死化した初代ニワトリおよびウシ線維芽細胞の足場非依存性増殖」のプロセスについて、初代細胞に由来する全ての足場非依存性細胞株は、培養中に90%を超える単一の細胞を示し、どの細胞株についても、それらを高密度で増殖したとき、数個の細胞の非常に小さな塊だけが観察され、低密度では、細胞株は97%を超える単一の細胞として増殖したこと。
(実施例7)「足場非依存性脂肪細胞および培養肉の生成」のプロセスについて、ニワトリおよびウシの足場非依存性線維芽細胞を、標準的な分化プロトコルによって足場非依存性脂肪細胞に分化させて、脂肪細胞の存在、及び、脂質生産を確認し、足場非依存性脂肪細胞を使用して、標準的なプロトコルに従って培養肉を作製したこと。

そして、前記(実施例1)の前記(a)〜(c)の工程はそれぞれ、前記ウ及びエのa〜cのステップに相当し、前記(実施例7)は、前記ウの「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される足場非依存性結合組織細胞の細胞群を製造する方法」、前記アの「線維芽細胞および脂肪細胞からなる群から選択される結合組織細胞の細胞群」と「インビトロ細胞増殖培地」を含む「組成物」、及び、前記イの「培養肉」等が提供されることを示し、前記(実施例2)の倍加時間が5〜7継代内で当初の60時間から20〜28時間に安定したことは、前記エの「倍化時間を減少させる」ことを示し、前記(実施例4)は、前記ウ及びエの「液体培養物は無血清である方法」及び、前記アの「血清を欠くインビトロ細胞増殖培地」を含む「組成物」を示すものといえる。
また、前記(実施例2)の凝集体が培養物の5〜10%に達し、低濃度の細胞では、凝集体のパーセンテージは5%未満にさえなること、及び、前記(実施例6)の全ての足場非依存性細胞株が培養中に90%を超える単一の細胞を示し、低密度では、細胞株は97%を超える単一の細胞として増殖したことは、前記ア及びオの「足場非依存性結合組織細胞」の割合、及び、前記アの「表面に接着していない」細胞の割合と対応するが、実施例2、6は、培地が血清を含むと解されるため、前記ア及びオの細胞の各割合を示すものとはいえない。
しかしながら、前記(実施例4)に、実施例1の適応プロセスからの細胞が継代10、26、34で、血清非存在下で懸濁液中、培養されたことが示されていること(ただし、培養物中の単一の細胞の割合の記載はない)、及び、本件明細書【0100】の実施例6で用いた足場非依存性細胞を無血清培地中で増殖させ得る旨の記載(前記(1)エ)から、無血清の場合でも、培養物中に一定程度の割合で単一の細胞が含まれ得ることを当業者は認識すると認められるし、本件明細書【0025】の「いくつかの実施形態では、液体培養は血清を含み、細胞の少なくとも90%が単一の細胞として増殖する。いくつかの実施形態では、液体培養は無血清であり、70%から80%の間の細胞が単一の細胞として増殖する。」(前記(1)ウ(ア))との記載、及び、同【0060】における、培地が血清を含む場合には細胞の90〜100%が単一の細胞として増殖し、培地が無血清の場合には、細胞の70〜90%、あるいは、50%より多い細胞が単一の細胞として増殖し得る旨の記載(前記(1)ウ(エ))も併せて考慮すると、実施例2、4及び6を含む、本件明細書等の全体から、前記ア及びオの「足場非依存性結合組織細胞」及び「表面に接着していない」細胞の各割合が達成され得ることを当業者は認識すると認められる。
よって、前記アの「少なくとも70%が足場非依存性結合組織細胞であり、その少なくとも70%が表面に接着していない」こと、あるいは、前記オの「結合組織細胞の少なくとも70%が足場非依存性結合組織細胞である方法」が提供されることを当業者は本件明細書等の記載から理解できる。
以上により、本件明細書等は、前記ア〜オの事項を当業者が理解できるように記載されているといえるから、本件発明1〜14は、サポート要件を満たすものである。
同様の理由により、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1〜14を当業者が過度の試行錯誤を要することなく実施できるように記載されているものといえるから、実施可能要件も満たすものである。

(4)異議申立人の主張について
異議申立人は、足場非依存性増殖可能な細胞の下限値や、表面に接着した足場非依存性結合組織細胞の下限値を70%に設定することで奏される技術的効果、70%という数値の臨界的意義の説明が本件明細書になく、70%という下限値について実施例により十分に裏付けられていない旨を主張する。
しかし、前記(3)にて説示したとおりである一方、異議申立人は、前記下限値の70%が達成されないこと等を示す証拠を提出しておらず、前記下限値が実施例に示されていないことをもって、サポ−ト要件及び実施可能要件に不備があるとはいえない。
また、本件明細書に、前記下限値を70%に設定することで奏される技術的効果や70%という数値の臨界的意義の説明がないとしても、そのことによっては、本件発明がサポート要件又は実施可能要件を満たさないことにはならない。
したがって、異議申立人の主張は、採用できない。

(5)小括
以上のとおりであるから、異議申立人が主張する申立理由3(サポ−ト要件違反及び実施可能要件違反)は、いずれも理由がない。


4 申立理由4(明確性要件違反)について
(1)異議申立人の主張
本件発明8及び9のステップbの「単一の細胞」とステップcの「前記単一の細胞」の関係について、文字どおりに解釈すれば、ステップbの「機械的に崩壊」により単一にされた細胞そのものをステップcで増殖させるのであるが、そのためにはステップbで単一にされた細胞を他の細胞から単離し、その単離した細胞を増殖させる必要があるところ、実施例は細胞の単離操作を行っていないから、ステップcで増殖される細胞には細胞塊が含まれる蓋然性が高いことにより、ステップbが実際にどのように実施されるべきなのか、ステップcで増殖させる細胞がステップbの細胞とどのような関係にあるのかが明確でない。

(2)判断
本件発明8及び9のステップcは、その記載から、ステップbで単一にされた細胞を増殖させるものであるところ、単一にされた細胞の増殖が細胞塊(単一にされなかった細胞)の混在によって妨げられるというような本件特許の出願時の技術常識等は見当たらないから、本件発明8及び9のステップcにおいて、単一にされた細胞と細胞塊が混在するかしないかが、本件発明8及び9の方法の明確性を左右するとは認められない。
そして、異議申立人も認めるとおり、本件明細書等には、単一にされた細胞と細胞塊とを分けるための単離操作を行うことの記載はないのであるから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参照した当業者は、本件発明8及び9のbステップで単一にされた細胞は、細胞塊と分けるための単離操作を経ることなくステップcに供され得ることを理解するところ、このことは、本件発明8及び9のステップb及びcの記載と矛盾しない。
よって、本件発明8及び9のステップb及びcの記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものであるとは認められない。

(3)小括
以上のとおりであるから、異議申立人が主張する申立理由4(明確性要件違反)は、理由がない。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許に係る特許異議申立てにおいて異議申立人が主張する申立理由は、いずれも理由がないから、本件発明1〜15に係る特許は、取り消すことができない。
ほかに、本件発明1〜15に係る特許を取り消すべき理由も発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2024-03-05 
出願番号 P2021-525327
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C12N)
P 1 651・ 121- Y (C12N)
P 1 651・ 536- Y (C12N)
P 1 651・ 113- Y (C12N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 天野 貴子
藤井 美穂
登録日 2023-06-06 
登録番号 7291217
権利者 イッサム・リサーチ・ディベロップメント・カンパニー・オブ・ザ・ヘブルー・ユニバーシティ・オブ・エルサレム・リミテッド
発明の名称 足場非依存性細胞およびその使用  
代理人 山本 修  
代理人 宮前 徹  
代理人 一宮 維幸  
代理人 松尾 淳一  

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