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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K |
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管理番号 | 1410569 |
総通号数 | 30 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2024-06-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2021-09-27 |
確定日 | 2024-05-22 |
事件の表示 | 特願2018−527744「癌療法のためのコンジュゲートの塩」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 6月 8日国際公開、WO2017/094011、平成30年12月 6日国内公表、特表2018−535987〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2016年12月1日〔パリ条約による優先権主張外国庁受理 2015年12月3日(US)米国、2016年1月25日(IL)イスラエル、及び2016年8月3日(US)米国〕を国際出願日とする出願であって、令和元年11月22日に手続補正書が提出され、令和2年9月11日付けで拒絶理由が通知され、令和2年12月14日に意見書及び手続補正書が提出され、令和3年5月17日付けで拒絶査定がされ、令和3年9月27日に拒絶査定審判が請求され、当審合議体からの令和5年5月22日付けの審尋に対して、令和5年8月22日に回答書が提出されたものである。 第2 本願発明 本願の請求項1〜23に係る発明は、令和2年12月14日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜23に記載された事項により特定されるとおりのものであり、その請求項1に係る発明(以下「本1発明」ともいう。)は、次のとおりのものである。 「【請求項1】 式(1): 【化1】 の構造によって示され、Yは、塩酸(HCl)、メタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸(TFA)、硫酸(H2SO4)、リン酸(H3PO4)または硫酸水素ナトリウム(NaHSO4)から選択される、薬学的に許容されうる有機または無機酸または酸の残基である、薬学的に許容されうる塩。」 第3 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由は「この出願については、令和2年9月11日付け拒絶理由通知書に記載した理由2によって、拒絶をすべきものです。」というものである。 そして、同拒絶理由通知書においては、理由2として「2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」との理由が示されるとともに、その「記(引用文献等については引用文献等一覧参照)」には、次のとおりの指摘がされている(下線は当審合議体による。以下同じ。)。 「●理由2について ・請求項1〜23 ・引用文献等1 ・備考 引用文献1には、シタラビン等の抗細胞増殖剤をL−アスパラギン酸、L−グルタミン酸等のアミノ酸とコンジュゲートさせて、癌細胞に効率よく取り込まれる式(II)等の化合物とすること([0002]、[0017]、[0027]、[0028]、[0048]、[0055]〜[0058]、clame 9、clame 14)、シタラビンとL−アスパラギン酸のコンジュゲート(本願発明に係るAsp(シタラビン))を製造すること(Example 17、claim 7、claim 12)、L−アスパラギン酸をコンジュゲートさせた抗細胞増殖剤(Asp(5−FU))は、コンジュゲートさせない抗細胞増殖剤(5−FU)と比較して、薬剤の許容量や抗腫瘍効果が増大すること(Example 22〜25)が記載されている。 また、引用文献1には、式(II)等の化合物は、薬学的に許容される有機または無機酸の各種塩として用い得ることが記載されている([0125]、[0126])から、シタラビンとL−アスパラギン酸のコンジュゲート(式(II)の化合物)の各種塩とすることは当業者であれば容易になし得ることである。 また、具体的な塩の種類は、所望のコンジュゲートの性質あるいは治療対象とする癌の種類等を考慮して当業者が適宜選択し得るものに過ぎないから、それを特定することは当業者であれば容易になし得ることである。 そして、本願の請求項1〜23に係る発明の効果について、…本願の明細書には、…コンジュゲートの塩を用いることによる具体的な有利な効果について全く確認することができないから、本願の請求項1〜23に係る発明は、引用文献1に記載された事項から予測し得ない顕著な効果を奏するものとは認められない。 … <引用文献等一覧> 1.米国特許出願公開第2011/0275590号明細書 2.国際公開第2015/178265号 」 第4 当審の判断 1.理由2(進歩性)について (1)引用文献1〜2の記載事項、並びに、技術常識を示す参考例C〜D及びその記載事項 ア 上記引用文献1には、当審合議体による和訳にして、次の記載がある。 摘記1a:請求項1、請求項7 「1.一般式(I)で表される化合物: ここで: Aは、アミノ酸の側鎖を表し、アミノ酸は、…、アスパラギン酸、…からなる群から選択され; Dは、…、シタラビン、…からなる群から選択される代謝拮抗剤の残基であり、 R1及びR2は、独立して、水素、…からなる群から選択され; R3は、H及び…からなる群から選択され;そして Xは、カルボキシル、…からなる群から選択される。」 「7.請求項1に記載の化合物であって、Aがアスパラギン酸の側鎖であり、Dがシタラビンの残基であり、次の化学式を有する化合物: 」 摘記1b:段落0125 「[0125] 本発明は、一般式(I)の化合物の水和物及び薬学的に許容される塩を含む。本発明の化合物は、多数の無機酸及び有機酸のいずれかと反応して薬学的に許容される塩を形成できる十分に塩基性の官能基を有することができる。」 摘記1c:段落0209〜0210 「[0209] … 実施例17 L−アスパラギン酸及びL−グルタミン酸のコンジュゲートの合成 [0210] クラドリビン−β−L−アスパラギン酸、クラドリビン−β−L−グルタミン酸、アザシチジン−β−L−アスパラギン酸、アザシチジン−β−L−グルタミン酸、シタラビン−β−L−アスパラギン酸、シタラビン−β−L−グルタミン酸、ゲムシタビン−β−L−アスパラギン酸及びゲムシタビン−β−L−グルタミン酸は、実施例6に記載されたとおりに合成される。」 摘記1d:段落0165、0168、0218〜0219、0223及び0228 「[0165] … 実施例1 L−アスパラギン酸 β−1N−(2,4−ジオキソ−5−フルオロピリミジン)(式IV)の合成 … [0168] L−アスパラギン酸 β−1N−(2,4−ジオキソ−5−フルオロピリミジン)[Asp(5−FU)]がメタノールから再結晶化された。… 化合物1:Asp(5−FU)L−アスパラギン酸 β−1N−(2,4−ジオキソ−5−フルオロピリミジン) 」 「[0218] … 実施例22 動物モデル静脈内投与におけるインビボ毒性 … [0219] 目的:マウスに、最大耐用量(MTD)及び50%致死量(LD50)により推定されたAsp(5−FU)の潜在的な急性静脈投与(IV)の毒性を評価する。 … [0223] 結果:Asp(5−FU)は、BALB/c雌マウスに対して、80、150、及び200mg/kgの3つの投与量レベルで、単回静脈注射として実施した。図3は、遊離体の5−FUに比べて、Asp(5−FU)コンジュゲートに対する動物の増加した耐性(MTD及びLD50)を示している。 … [0228] 結論として、Asp(5−FU)は、5−FUよりも、600%少ない毒性を示した。」 イ 上記引用文献2には、次の記載がある。 摘記2a:段落0051 「[0051] 一般式(1)で表されるグルタミン酸誘導体は、薬理学的に許容される塩として存在して良い。当該塩としては、…、酸付加塩、…などを挙げることができる。…酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩、メタンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。」 ウ 参考例C(特表2014−507458号公報)には、次の記載がある。 摘記C1:請求項13、並びに段落0054〜0055及び0333 「【請求項13】 癌の治療に使用されるための、請求項1から8に定義されている化合物又はその薬学的に許容される塩。」 「【0054】 本明細書で使用されるとき、用語「薬学的に許容される塩」は、主題化合物の望ましい生物学的活性を保持し、最小限の望ましくない毒物学的効果を示す塩を意味する。これらの薬学的に許容される塩は、化合物の最終単離及び精製の際にその場で調製することができる又はその遊離酸若しくは遊離塩基形態の精製化合物を適切な塩基若しくは酸とそれぞれ別個に反応させることによって調製することができる。事実、本発明の特定の実施態様において、薬学的に許容される塩は、対応する遊離塩基又は遊離酸よりも好ましいことがあり、それは、そのような塩がより大きな安定性又は可溶性を分子に付与し、それによって剤形への製剤を促進するからである。一つの実施態様において、薬学的に許容される塩は塩酸塩である。 【0055】 式(I)の化合物は塩基性であり、したがって、一般に適切な酸による処理で薬学的に許容される酸付加塩を形成することができる。適切な酸には、薬学的に許容される無機酸及び薬学的に許容される有機酸が含まれる。代表的な薬学的に許容される酸付加塩には、塩酸塩、…硫酸塩、…リン酸塩、…メタンスルホン酸塩(メシル酸塩)、…が含まれる。一つの実施態様において、本発明は、式(I)の化合物の薬学的に許容される塩を提供し、これは塩酸塩である。」 「【0333】 … [実施例4]:7−[3,4−ビス(メチルオキシ)フェニル]−N−{[(3S)−3−フルオロ−3−ピペリジニル]メチル}ピリド[3,4−b]ピラジン−5−アミン塩酸塩」 エ 参考例D(特表2013−525405号公報)には、次の記載がある。 摘記D1:請求項12及び23、並びに段落0043〜0044 「【請求項12】 薬学的に許容される塩が塩酸塩である、請求項11に記載の化合物又はその塩。」 「【請求項23】 癌の治療に使用するための、請求項11又は12に記載の化合物又は薬学的に許容されるその塩。」 「【0043】 本明細書において用いられる場合、「薬学的に許容される塩」という用語は、対象化合物の所望の生物活性を保持し、最小限の望まれない中毒学的効果を示す塩を意味する。これらの薬学的に許容される塩は、in situで化合物の最終の単離及び精製中に、又はその遊離酸又は遊離塩基の形態の精製された化合物をそれぞれ適当な塩基又は酸と別々に反応させることにより調製することができる。実際、本発明のいくつかの実施形態において、薬学的に許容される塩は、かかる塩が、より優れた安定性又は溶解性を分子にもたらし、それによって剤形への配合を容易にするため、それぞれの遊離塩基又は遊離酸に対して好ましいことがある。 【0044】 式(I)の化合物は、塩基性であり、したがって、通常、適当な酸で処理することにより薬学的に許容される酸付加塩を形成することができる。適当な酸には、薬学的に許容される無機酸及び薬学的に許容される有機酸が含まれる。代表的な薬学的に許容される酸付加塩には、塩酸塩、…硫酸塩、…リン酸塩、…メタンスルホン酸塩(メシル酸塩)、…が含まれる。一実施形態では、本発明には、塩酸塩である式(I)の化合物の薬学的に許容される塩を提供する。」 (2)引用文献1に記載された発明 引用文献1の請求項7(摘記1a)、及び段落0209〜0210(摘記1c)の「実施例17…シタラビン−β−L−アスパラギン酸」との記載からみて、引用文献1には、 『次の化学式を有する化合物: 』 についての発明(以下「引1発明」という。)が記載されているといえる。 (3)対比 本1発明と引1発明とを対比すると、引1発明の化学式を有する化合物(シタラビンとβ−L−アスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基)は、本1発明の式(1)において、塩を構成する「・Y」という「有機または無機酸または酸の残基」の有無を除き、共通する化学構造を有しているから、両者は、 『式: の構造を含む化合物。』 という点において一致し、次の(α)の点において相違する。 (α)化合物が、本1発明は、本願請求項1の式(1)において「・Y」で示される残基を更に有する「薬学的に許容されうる塩」であって、そのYが「塩酸(HCl)、メタンスルホン酸、トリフルオロ酢酸(TFA)、硫酸(H2SO4)、リン酸(H3PO4)または硫酸水素ナトリウム(NaHSO4)から選択される、薬学的に許容されうる有機または無機酸または酸の残基である」のに対して、引1発明は、シタラビンとβ−L−アスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基であって、本1発明の「・Y」で示される残基を更に有する「薬学的に許容されうる塩」ではない点 (4)判断 ア 上記(α)の相違点に係る構成の容易想到について 引用文献1の段落0125(摘記1b)の「本発明は、一般式(I)の化合物の水和物及び薬学的に許容される塩を含む。本発明の化合物は、多数の無機酸及び有機酸のいずれかと反応して薬学的に許容される塩を形成できる十分に塩基性の官能基を有することができる。」との記載にあるように、引用文献1には、引用文献1の請求項1及び7(摘記1a)に記載の一般式(I)の化合物に「無機酸」と反応して形成される「薬学的に許容される塩」も含まれることが記載されている。 そして、引用文献2の段落0051(摘記2a)の「薬理学的に許容される塩として存在して良い。…酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩などの鉱酸塩…を挙げることができる。」との記載や、 参考例C(摘記C1)の「薬学的に許容される塩は、…遊離塩基形態の精製化合物を…酸と…反応させることによって調製することができる。…薬学的に許容される塩は、…より大きな安定性又は可溶性を分子に付与し、…一つの実施態様において、薬学的に許容される塩は塩酸塩である。」との記載や、 参考例D(摘記D1)の「薬学的に許容される塩は、…より優れた安定性又は溶解性を分子にもたらし、…代表的な薬学的に許容される酸付加塩には、塩酸塩、…硫酸塩、…リン酸塩、…メタンスルホン酸塩(メシル酸塩)、…が含まれる。」との記載にあるように、 薬学的に許容される塩を形成するための無機酸として「塩酸」は代表的に知られているものと認められる。 してみると、引用文献1には、用いる「無機酸」の具体的な種類についての記載はないものの、引1発明の「化合物」を「無機酸」と反応させて「薬学的に許容される塩」を形成できることが明示されているので、引1発明の化合物を「無機酸」と反応させて「薬学的に許容されうる塩」にすることには動機付けがあるといえる。 そして、その場合の「無機酸」の具体的な種類として、引用文献2などに記載される「塩酸」が「薬学的に許容される塩」を形成するための代表的な「酸」として普通に知られているので、引用文献1に記載された「無機酸」の具体的な種類として、引用文献2などに記載の「塩酸」を採用することは、当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲である。 イ 本1発明の効果について (ア)Asp(シタラビン)・Y塩型のバイオアベイラビリティの優位性について 本願明細書の段落0234には、実施例4として「酸置換による塩型のAsp(シタラビン)・Y変種の合成」の例が記載され、同段落0240には、実施例10として「酸切断による塩型のAsp(シタラビン)・Y変種の合成」の例が記載され、同段落0255及び0261には、実施例21及び22として「Asp(シタラビン)・HCl塩型(Y=HCl)の合成」の例が記載され、同段落0264には、実施例23として「Asp(シタラビン)・Y塩型の生物学的活性、白血病癌細胞の増殖に対する影響」について「 」という試験結果が示されている〔なお、上記「Asp(シタラビン)・Y塩型」の略号は、本願請求項1の一般式(1)のアスパラギン酸(Asp)とシタラビンのコンジュゲート化合物のY塩型を意味する。〕。 ここで、上記表4に記載の5種類の「試験物質塩型」のうち、ヒドロクロリド塩型、ホスフェート塩型、メタンスルホネート塩型の3種類のみが、本1発明のYの6種類の選択肢のうちの、塩酸(HCl)、リン酸(H3PO4)、メタンスルホン酸の3種類の残基である場合の塩に該当するところ、上記表4の試験結果によれば、本1発明のYが「塩酸(HCl)」である場合の「Asp(シタラビン)・ヒドロクロリド塩型」は、他の塩型に比して、白血病癌細胞の増殖に対するIC50値が大きい(優れていない)という試験結果になっている。 また、上記表4には、比較例として本1発明の式(1)のYが付加していない場合の化合物(引1発明のシタラビンとアスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基)と対比した試験結果が示されていない。 してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載によっては、本1発明のYの選択肢が「塩酸(HCl)」である場合の有利な効果を認めることはできない。 さらに、上記表4に関連して、Yの選択肢が「塩酸(HCl)」である場合の有利な効果が不明であるという旨の令和5年5月22日付けの審尋における「審尋事項(え)」に対して、令和5年8月22日提出の回答書の第4頁では「本願請求項1に記載されているHCl塩の有利な点は、遊離塩基と比較して安定性および溶解度が向上していることであります。」との回答がされているところ、この回答は、本1発明に上記表4のようなバイオアベイラビリティの点で優れた効果があることを説明するものではない。 また、審判請求書で示された図1( )及び図2( )の試験結果(遊離塩基のDP1の方が、塩酸塩型のDP2に比して、インビボ及びインビトロでのバイオアベイラビリティの有効性が高い、若しくは類似しているという試験結果)に関連して、本1発明のY塩型の各々が、引用文献1の実施例17に記載のシタラビンとアスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基に比して、バイオアベイラビリティの効果に優れるといえる根拠を説明されたいという旨の「審尋事項(か)」に対して、同回答書の第10頁では「本願発明は、特許請求の範囲に記載の塩の驚くべき予期しない安定性および溶解性の向上に関するものであります。審判請求人は、特許請求の範囲に記載の塩のインビトロでの有効性または暴露が遊離塩基と異なるとは主張していません。」との回答がなされているところ、この回答も、本1発明にバイオアベイラビィティの点で優れた効果があることを説明するものではない。 してみると、同回答書の回答を考慮しても、本1発明の塩酸塩型の化合物〔Yの選択肢が「塩酸(HCl)」である場合の化合物〕について、生物学的活性などのバイオアベイラビリティの点で有利な効果があると認めるに至らない。 (イ)塩型の安定性及び可溶性について 本願明細書の段落0027には「本発明の塩型は、薬剤が癌細胞による迅速な取り込みを経る、薬剤またはプロドラッグの送達ビヒクルとして働きうる。塩型はまた、コンジュゲートの安定性および可溶性を増加させるようにも働きうる。」との記載がある。 しかしながら、その「働きうる」との記載は、単なる可能性について言及するにとどまり、塩型がコンジュゲートに比して「安定性」及び「可溶性」の点で優れることを具体的に裏付ける試験結果などの記載は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載に見当たらない。 これに対して、審判請求書の第4頁では「実際に、式(I)の化合物の遊離塩基のアモルファスの形態は、水に非常に解けやすい(>100mg/mL)ことが見出されました。」と主張され、引用文献1の実施例17に記載のシタラビンとアスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基に比して、可溶性の効果に優れるといえる根拠を説明されたいという旨の「審尋事項(お)」に対する、同回答書の第10頁では「審尋事項(あ)〜(え)に対する上述の記載および上記のデータは、本願請求項1に記載の6種類のY塩型の各々の格別な効果を示すものであり、遊離塩基と比較して安定性および溶解度が向上していることを示しています。」と回答されている。 しかしながら、当該「上記のデータ」を示した同回答書の第2頁の「 」という表にある試験結果を参酌するに、当該表にある「塩」の「溶解性(>100mg/ml)」の試験結果は、いずれも「√」であって、溶解性の性能を具体的な数値で表すものではない。 このため、水に非常に解けやすい(>100mg/mL)とされる上記「式(I)の化合物の遊離塩基のアモルファスの形態」のもの(引1発明のシタラビンとβ−L−アスパラギン酸のコンジュゲートの遊離塩基)に比して、本1発明のY塩型の化合物に、可溶性(溶解性)の点で有利な効果があると認めるに至らない。 また、当該表にある「塩」の「安定性(室温、少なくとも5時間)」の試験結果は、上記式(I)の化合物の遊離塩基(引1発明のシタラビンとアスパラギン酸のコンジュゲート化合物の遊離塩基)を比較例とした比較実験データを示すものではなく、安定性の性能を具体的な数値で表すものでもない。 このため、上記式(I)の化合物の遊離塩基に比して、本1発明のY塩型の化合物に、安定性の点で有利な効果があると認めるに至らない。 さらに、同回答書の第2頁の「KOH、メグルミン、NaOH、NaOMeなどの塩基を使用」した場合に「安定でなく、かなりの量の不純物(分解物であるシタラビンなど)を含むことが判明しました。」との回答に関して、引用文献1の段落0125(摘記1b)の「本発明の化合物は、多数の無機酸および有機酸のいずれかと反応して薬学的に許容される塩を形成できる」との記載にあるように、引1発明の化合物は「無機酸および有機酸のいずれか」という「酸」と反応して「塩」を形成できると明示されているものであるから、引用文献1で明示されている「酸」と異なる「KOH」などの「塩基」を使用した場合と比較した効果については、これを参酌することに妥当性を見いだせない。 加えて、例えば、参考例Dの段落0043(摘記D1)の「薬学的に許容される塩は、…遊離塩基の形態の精製された化合物を…適当な…酸と…反応させることにより調製することができ…、かかる塩が、より優れた安定性又は溶解性を分子にもたらし、それによって剤形への配合を容易にする」との記載にあるように、化合物が「遊離塩基」である場合においては「酸」を用いて「薬学的に許容される塩」を調製するのが適当であり、これにより「優れた安定性又は溶解性」がもたらされうるということが、当業者(本1発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識として普通に知られているところ、遊離塩基に対して、適当でない「塩基」を使用した場合と、適当である「酸」を使用した場合の効果の優劣は、当業者にとって自明(酸の方が優れ、塩基の方が劣るということは自明)である。 (ウ)本1発明の効果のまとめ したがって、同回答書の回答を考慮しても、本1発明に、当業者にとって格別予想外の効果があると認めるに至らない。 ウ 進歩性のまとめ 以上総括するに、本1発明は、引用文献1に記載された発明、並びに引用文献1及び2に記載の技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 第5 むすび 以上のとおり、本願は、特許法第49条第2号の「その特許出願に係る発明が第29条の規定により特許をすることができないものであるとき」に該当するから、その余の理由及び請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
別掲 |
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。 審判長 井上 典之 出訴期間として在外者に対し90日を附加する。 |
審理終結日 | 2023-12-12 |
結審通知日 | 2023-12-19 |
審決日 | 2024-01-09 |
出願番号 | P2018-527744 |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(A61K)
|
最終処分 | 02 不成立 |
特許庁審判長 |
井上 典之 |
特許庁審判官 |
木村 敏康 関 美祝 |
発明の名称 | 癌療法のためのコンジュゲートの塩 |
代理人 | 高岡 亮一 |
代理人 | 小田 直 |
代理人 | 高橋 香元 |
代理人 | 岩堀 明代 |