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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
管理番号 1411268
総通号数 30 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-06-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-02-15 
確定日 2024-03-19 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第7121219号発明「リチウム金属複合酸化物の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7121219号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。 特許第7121219号の請求項1〜7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第7121219号の請求項1〜7に係る特許についての出願は、2021年(令和3年)11月19日(優先権主張 令和2年11月24日)を国際出願日とする出願であり、令和4年8月8日にその特許権の設定登録がされ、同年同月17日に特許掲載公報が発行され、その後、令和5年2月15日に、その請求項1〜7に係る特許を対象として特許異議申立人宮口喜市(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。以降の手続きは以下のとおりである。
令和5年 4月26日付け 取消理由通知
同年 7月 5日 意見書の提出及び訂正請求(特許権者)
同年 9月 6日 意見書の提出(異議申立人)
同年10月30日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年12月13日 意見書の提出及び訂正請求(特許権者)(以 下、この訂正を「本件訂正」という。)
なお、令和5年7月5日にされた訂正の請求(以下、その訂正を「先の訂正」ということがある。)は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
また、先の訂正後、異議申立人に意見書の提出の機会が与えられたこと、そして、本件訂正において、後記第2の1(1)で述べるように、「リチウム金属複合酸化物」が「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物」とされ相当程度減縮されているところ、異議申立人は、令和5年9月6日に提出された意見書で、後記第5の1(3)ア(イ)にあるように、「リチウム金属複合酸化物」が「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる」ものとして既に意見を述べていること、さらには、上述のように、本件訂正が、特許請求の範囲を相当程度減縮し、本特許異議申立事件において提出された全ての証拠や意見等を踏まえて更に審理を進めたとしても、上記「結論」にあるように、特許を維持すべきとの結論となると合議体は判断したため、本件訂正後には、異議申立人に意見書の提出の機会を与えていない。

第2 訂正の適否

1 訂正事項
本件訂正は、本件明細書及び特許請求の範囲を、それぞれ、訂正請求書に添付した訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項は次のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下である、リチウム金属複合酸化物の製造方法。」とあるのを、「前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下であり、リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物の製造方法。」に訂正する。
(請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜7も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
本件明細書の【0068】に「<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>
被焼成物の組成分析は、被焼成物の粉末を塩酸に溶解させた後、ICP発光分光分析装置を用いて測定できる。・・・被焼成物をICP発光分光分析で測定し、被焼成物に含まれるLiの含有率を求める。「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合である。」とあるのを、「<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>
被焼成物の組成分析は、被焼成物の粉末を塩酸に溶解させた後、ICP発光分光分析装置を用いて測定できる。・・・被焼成物をICP発光分光分析で測定し、被焼成物に含まれるLiの含有率を求める。「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である。」に訂正する。

2 一群の請求項について
本件特許の請求項1〜7について、その請求項2〜7はいずれも請求項1を直接又は間接に引用するものであるから、請求項1〜7は特許法第120条の5第4項に規定される一群の請求項である。

3 明細書の訂正と関連する請求項について
訂正事項による明細書の訂正に係る請求項は、請求項1〜7であるから、訂正事項と関係する一群の請求項の全てが請求の対象とされている。
そうすると、訂正事項2による本件訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第4項に適合するものである。

4 訂正の目的の適否、特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び新規事項の有無
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1は、「リチウム金属複合酸化物の製造方法」に係るリチウム金属複合酸化物を、「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる」ものに限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 本件明細書の【0009】には、「本明細書において、金属複合化合物(metal composite compound)を以下「MCC」と称する。
リチウム金属複合酸化物(lithium metal composite oxide)を以下「LiMO」と称する。
リチウム二次電池用正極活物質(cathode active material for lithium secondary batteries)を以下「CAM」と称する。」との記載があり、同【0103】には、「<リチウム金属複合酸化物>
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOは、CAMとして好適に用いることができる。」との記載がある。
これらの記載に基づけば、請求項1のリチウム金属複合酸化物は、CAMとして用いられるものであり、CAMとは、リチウム二次電池用正極活物質のことであるから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 訂正事項1は、「リチウム金属複合酸化物の製造方法」に係るリチウム金属複合酸化物を、「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる」ものに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的について
請求項1には、「前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり」との記載があり、この「Liの含有率」について、本件明細書の本件訂正前の【0068】には、<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>として、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」すること、及び「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合である」との定義と解される記載がある。
そして、本件明細書の【0189】〜【0192】には、実施例1に関する記載があり、実施例1における「Liの含有率」は、「6.3質量%であった。」(【0192】)とされているところ、ここでのLiの含有率である「6.3質量%」は、本件訂正前の【0068】に記載された定義に従えば、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」された「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合」ということになる。
一方、(i)同【0201】の実施例及び比較例の評価に関する「実施例1、比較例1〜4において製造したLiMOの組成、被焼成物のLi含有率、合金の組成、金属試験片の腐食速度、腐食生成物の成長速度を表4に示す。・・・実施例1、比較例1〜3は、LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%以下であったため、腐食生成物の成長速度の評価には、上記判定基準1を用いた。
比較例4は、LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%を超えたため、腐食生成物の成長速度の評価には、上記判定基準2を用いた。」との記載によれば、被焼成物を焼成したものであるLiMO(リチウム金属複合酸化物)については、Liの含有率は、「LiMOの全量中」とあるとおり、LiMOの「全量」を基準としていることが分かる。そして、被焼成物におけるLiの含有率が6.3質量%である実施例1に対して、「LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%以下であった」との記載からは、焼成前後でのLiの含有率の指標が、何を基準にしたものであるか等の意味合いが変わっておらず、数値についてもそれほどの変化がないことを前提としていると理解できると共に、単位が「質量%」であることから、焼成前の被焼成物のLiの含有率である「6.3質量%」も、Liが含まれるものの全量(全質量)、すなわち、被焼成物の全質量を基準としていると解することができる。
また、(ii)上記実施例1では、被焼成物を構成する金属元素の比率が明らかにされているので、この比率と各金属元素の原子量から、被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合を求めることができるところ、これによると、リチウムの含有率は、「11.67質量%」となり((Li原子量(6.94)×110)/(Li原子量(6.94)×110+Ni原子量(58.69)×88+Co原子量(58.93)×9+Al原子量(26.98))×100)、測定方法や算出方法が異なれば、当然、算出値はある程度の相違が生じるとしても、ICP発光分光分析装置を用いて測定された「6.3質量%」との間で大きな開きが生じていた。
上記(i)及び(ii)に対し、訂正事項により、「被焼成物に含まれるLiの含有率」の基準が、「被焼成物に含まれる金属元素の全量」から「被焼成物に含まれる元素の全量」に訂正されることにより、上記(i)については、上記の「6.3質量%」との数値は、被焼成物の全質量(被焼成物に含まれる元素の全量)に対するLiの含有率であることが明らかになり、焼成後のLiMOに対するLiの含有率の記載との不整合が解消された。
また、上記(ii)については、Liの含有率の基準が、被焼成物に含まれるNi、Co及びAlの質量から被焼成物全体の質量となることにより、被焼成物に含まれるLiの質量を除する質量が増えることになるから、結果として、被焼成物全体の質量を基準にして、原料の組成から計算により求められるLiの含有率は、被焼成物に含まれるニッケル、コバルト及びアルミニウムの質量を基準として計算した場合に比べて小さくなり(異議申立人の計算によれば、「5.52質量%」(特許異議申立書9頁))、より上記のICP発光分光分析装置を用いて測定された「6.3質量%」の数値に近いものとなる。
そうすると、上記訂正事項は、明細書に記載される事項の整合を図るものであるといえるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否、及び新規事項の有無について
上記訂正事項は、請求項1の「前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり」との記載における「Liの含有率」について、「被焼成物に含まれる金属元素の全量」を基準とした場合には、上記アの記載中の(i)及び(ii)で述べたように、本件明細書に記載される事項に不整合が生じていたのを正すものであるし、同(i)で述べたように、「Liの含有率」の基準が、「被焼成物に含まれる元素の全量」である場合についても、本件明細書の記載から把握できたのであるから、上記訂正事項は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないし、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

5 小括
本件訂正は、特許法第120条の5第4項及び同法同条第9項で準用する同法第126条第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項〔1〜7〕について訂正することを求めるものであるところ、上記4のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、訂正後の請求項〔1〜7〕について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項1〜7に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応させて「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)は、次のとおり特定されるものである。
「【請求項1】
焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程において、前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり、前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下であり、リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記リチウム金属複合酸化物は下記の一般式(I)で表される、請求項1に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
Li[Lix(Ni(1−y−z)CoyMz)1−x]O2…(I)
(−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.5、0≦z≦0.9、y+z<1、Mは、Mn、Cu、Ti、Mg、Al、W、B、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素を表す。)
【請求項3】
前記合金は、Si又はMnのいずれか一方又は両方を含む、請求項1又は2に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記合金の全量に対する前記Siの含有率は0.5質量%以上2.5質量%以下である、請求項3に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記合金の全量に対する前記Mnの含有率は0質量%を超え1.0質量%以下である、請求項3に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記焼成手段はロータリーキルンである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記焼成工程は仮焼成工程と本焼成工程とを有し、少なくとも前記仮焼成工程において、前記焼成手段を用いて焼成し、前記仮焼成工程の焼成温度は100℃以上700℃以下であり、前記本焼成工程の焼成温度は700℃を超え1000℃以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。」

第4 令和5年10月30日付けで通知した取消理由(決定の予告)、同年4月26日付けで通知した取消理由、及び異議申立人による特許異議の申立理由の概要

1 令和5年10月30日付けで通知した取消理由(決定の予告)の概要
・特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)
本件特許は、設定登録時の請求項1〜7の記載が後記第5の1(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「取消理由1」とする。)。

2 令和5年4月26日付けで通知した取消理由の概要
・特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)
本件特許は、設定登録時の請求項1〜7の記載が後記第5の2(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「取消理由2」とする。)。

3 異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)
本件特許は、設定登録時の請求項1〜7の記載が後記第5の3(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「申立理由1」とする。)。

(2)特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)
本件特許は、設定登録時の請求項1〜7の記載が後記第5の4(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「申立理由2」とする。)。

(3)特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反)
本件特許は、設定登録時の請求項1〜7に対応する本件明細書の発明の詳細な説明の記載が後記第5の4(1)の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである(以下、「申立理由3」とする。)。

(4)特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)及び同法第同条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)
設定登録時の請求項1〜7に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するから、それらの特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
また、設定登録時の請求項1〜7に係る発明は、下記に記載の甲第1号証に記載された発明及び同甲第2号証、甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由4」という。)。

甲第1号証:特開2019−75253号公報
甲第2号証:特開2015−45035号公報
甲第3号証:菅野了次、「リチウム二次電池材料の結晶構造と材料特性」、日本結晶学会誌、第40巻、第4号(1998)、262〜271頁

第5 当審の判断

当審は、上記取消理由1、2及び申立理由1〜4のいずれにも理由がないと判断する。
以下、その理由について詳述する。

1 取消理由1(サポート要件違反)について
(1)取消理由1の内容
ア サポート要件判断の規範と本件発明の課題
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、【発明が解決しようとする課題】の記載に続く、【0005】には「従来の金属製の焼成炉は、被焼成物と接する接触部材が腐食されやすいという課題があった。接触部材が腐食されやすいと、接触部材の交換が必要となり生産効率が低下する。接触部材とは、具体的には焼成炉の内壁である。そのため、電池性能が良好なリチウム二次電池を提供できるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造できる方法が求められていた。」との記載があり、同段落内にそれを受けた「本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、初回放電容量が高いリチウム二次電池が得られるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造する方法を提供することを目的とする。」との記載があるから、本件発明の課題は、「初回放電容量が高いリチウム二次電池が得られるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造する方法を提供すること」にあるといえる。

イ 本件発明の課題に対応する本件明細書の発明の詳細な説明の記載と不可欠な課題解決手段
(ア)上記アの発明の課題に対応して、【課題を解決するための手段】として、【0006】に、「焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程において、前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり、前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下である、リチウム金属複合酸化物の製造方法。」が記載されている。そして、ここで「Liの含有率」を「5質量%を超え10質量%以下」にすることに関し、【0066】には、「被焼成物のLiの含有率が上記下限値を超えると、リチウムイオン導電性を有する層が増加したLiMOを製造できる。このようなLiMOは、リチウム二次電池の初回効率を向上させることができる。
被焼成物のLiの含有率が上記上限値以下であると、焼成手段が備える内壁が腐食しにくくなる。これにより、焼成手段の部材交換等の工程が発生しにくく、生産効率が向上する。」と記載されている。
さらに、【0182】〜【0216】に記載される実施例では、【0202】の【表4】及び【0214】の【表5】に記載される、被焼成物のLiの含有率と焼成手段の内壁の合金組成を変化させた実施例と比較例の被焼成物から、LiMO(リチウム金属複合酸化物)を製造し、これをCAM(リチウム二次電池用正極活物質)としたリチウム二次電池(【0201】)における初回放電容量を評価し、その結果について【0203】等に「表4に示すとおり・・・よって、実施例1は、LiMOを効率的に製造できる方法であることが示された。さらに、実施例1はリチウム二次電池の初回充電容量を180mAh/g以上にすることができ、リチウム二次電池の性能を向上させることができた。」と記載されている。

(イ)上記(ア)の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、まず、上記アの発明の課題は、「初回放電容量が高いリチウム二次電池が得られるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造する方法を提供すること」とあるとおり、リチウム二次電池の少なくとも初回放電容量を問題にするものであり、リチウム金属複合酸化物がリチウム二次電池用正極活物質として用いられるものでなければ、そもそも初回放電容量を高くするという課題が生じない。
加えて、【課題を解決するための手段】として記載されるリチウム金属複合酸化物の製造方法の中で技術的な特徴であるといえる「被焼成物のLiの含有率」は、少なくとも、リチウム二次電池の初回効率を向上するために定められている。加えて、上述した実施例においても【0202】の【表4】等に記載されるように、少なくとも初回放電容量を評価して、実施例のものは、上記ア発明の課題を解決するものであることを示している。
そうすると、上記アの発明の課題を解決するには、当該課題の前提となっている、リチウム金属複合酸化物がリチウム二次電池用正極活物質として用いられるものである点が不可欠であるといえる。

ウ 特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載との対比
上記イで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、上記アの発明の課題を解決するには、上記【課題を解決するための手段】として記載されるリチウム金属複合酸化物の製造方法であることに加え、リチウム金属複合酸化物がリチウム二次電池用正極活物質として用いられるものであることが不可欠であると理解されるところ、設定登録時の請求項1〜7に係る発明には、その特定はなされていない。
そうすると、設定登録時の請求項1〜7に係る発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。
そして、本件のこの状態に、上記アのサポート要件判断の規範を当てはめてみると、設定登録時の請求項1〜7に係る発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしていないといわざるを得ない。

(2)取消理由1に対する当審の判断
上記(1)ウで述べたように、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、上記アの発明の課題を解決するには、上記イ(ア)の【課題を解決するための手段】として記載されるリチウム金属複合酸化物の製造方法であることに加え、リチウム金属複合酸化物がリチウム二次電池用正極活物質として用いられるものであることが不可欠であると理解されるところ、上記第2の1(1)で述べた本件訂正における訂正事項1によって、リチウム金属複合酸化物が、「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる」ものであることが特定された。
そうすると、本件発明(本件発明1及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜7)は、上記アで述べた本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができるから、この本件の状態に、上記(1)アのサポート要件判断の規範を当てはめてみると、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしているといえる。

(3)令和5年9月6日に提出された意見書における異議申立人のサポート要件違反に関する主張について
ア 異議申立人の主張の内容(4頁3行〜5頁12行)
同意見書において、異議申立人は、以下の主張をしている。
(ア)本件明細書の実施例には、被焼成物のLiの含有率が6.5質量%(実施例1、比較例1、2)、0.7質量%(比較例3)、11質量%(比較例4)、6.6質量%(実施例2)の4点の場合しか記載されていない。また、本件明細書には、5質量%を超え10質量%以下のLiの含有率の範囲のうち、5質量%を超えて6.5質量%未満、および6.6質量%を超えて10質量%以下の範囲においても、本件発明の効果を実際に得ることができることについて、技術的な説明が十分に示されていない。
よって、被焼成物のLiの含有率が5質量%を超えて6.5質量%未満、および6.6質量%を超えて10質量%以下の範囲の場合まで、本件明細書に記載されている課題を解決することができることについて、本件明細書に十分に記載されていないから、本件発明1はサポート要件を満たすものではない。

(イ)リチウム二次電池の正極材料に用いるリチウム金属複合酸化物(LiMO2)のLiとMとのモル比は1:1の化学量論組成であることが技術常識である。しかしながら、本件明細書には、被焼成物におけるLiとMとのモル比が1:1の化学最論組成に近いものに限られるのか、又はLiとMとのモル比が1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたものであってもICP発光分光分析装置を用いた測定方法でLiの含有率が5質量%を超え10質量%以下であればよいのかについて、記載も示唆もない。
このように、ICP発光分光分析装置を用いた測定方法でLiの含有率が5質量%を超え10質量%以下であれば、LiとMとのモル比を1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比を採用した場合であっても、本件明細書に記載されている課題を解決することができることについて、本件明細書に記載されていない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を、LiとMとのモル比を1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比を採用する場合も含む本件発明1の範囲まで拡張ないし一般化することはできず、本件発明1はサポート要件を満たすものではない。

イ 上記アの異議申立人の主張について
サポート要件の判断は、上記(1)アで述べた規範に沿って判断すべきものであるところ、上記ア(ア)の主張では、被焼成物のLiの含有率が5質量%を超えて6.5質量%未満、および6.6質量%を超えて10質量%以下の範囲の場合に、本件明細書に記載されている課題が解決できないとする根拠が明らかにされていないし、上記ア(イ)の主張では、LiとMとのモル比が1:1の化学量論組成ではない場合に本件明細書に記載されている課題が解決できないとする根拠が明らかにされていない。さらに、上記ア(イ)の主張については、本件訂正によって、リチウム金属複合酸化物は、リチウム二次電池の正極材料に用いるものに限定されているのであるから、リチウム二次電池の正極材料に用いることができないような、LiとMとのモル比が1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比の場合は、想定されていないといえる。
そうすると、上記のア(ア)及び(イ)の主張を採用することはできない。

(4)小括
上記(2)で述べたとおり、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしているのであるから、取消理由1には、理由がない。

2 取消理由2(明確性要件違反)について
(1)取消理由2の内容
設定登録時の請求項1には、「前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり」との記載があり、この「Liの含有率」について、設定登録時の本件明細書の【0068】には、<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>として、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」すること、及び「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合である」との定義と解される記載がある。
また、同【0189】〜【0192】には、実施例1として、「硫酸ニッケル水溶液と硫酸コバルト水溶液と硫酸アルミニウム水溶液とを、NiとCoとAlとの原子比が88:9:3となる割合で混合して、混合原料液を調製した。次に、反応槽内に、攪拌下、この混合原料液と硫酸アンモニウム水溶液を錯化剤として連続的に添加した。反応槽内の溶液のpHが11.6(液温40℃での測定時)になるよう、水酸化ナトリウム水溶液を適時滴下し、ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物を得た。・・・ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物1と水酸化リチウム一水和物粉末を、モル比がLi/(Ni+Co+Al)=1.10となる割合で秤量して混合し、被焼成物1を得た。被焼成物1はLiの含有率が6.3質量%であった。」との記載がある。
ここで、実施例に関する説明として、同【0184】に「<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>
被焼成物に含まれるLiの含有率は、前記<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>において説明した方法により実施した。」との記載があり、ここでの「前記<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>」は、上記の【0068】に記載されるものであるから、実施例1におけるLiの含有率である「6.3質量%」は、同【0068】に記載された定義に従った、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」された「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合」であると解される。
これに対し、実施例1には、被焼成物を構成する金属元素の比率が明らかにされているので、この比率と各金属元素の原子量からLiの含有率を求めることができ、これによると、「11.67質量%」となり((Li原子量(6.94)×110)/(Li原子量(6.94)×110+Ni原子量(58.69)×88+Co原子量(58.93)×9+Al原子量(26.98))×100)、上記定義に従って測定されたLiの含有率の値との間で大きな開きがある。
そして、測定方法や算出方法が異なるとしても、被焼成物中のLiの含有率を測定することを意図すれば、各測定方法や算出方法によって求められるLiの含有率にそれほどの違いは生じないと考えられるところ、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」された「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合」との定義に従って測定されたLiの含有率が、被焼成物を構成する金属元素の比率と原子量とから計算により求められるLiの含有率との間に大きな開きがあることを考慮すると、上記実施例1において測定されたLiの含有率である「6.3質量%」の値、ひいては、設定登録時の請求項1に記載される、Liの含有率である「5質量%を超え10質量%以下」の範囲が、上記の定義に従うものであるのか明らかでないし、また、上記の「6.3質量%」の値が、上記の定義に従って測定された値であるとしても、上記「6.3質量%」の値、ひいては、設定登録時の請求項1に記載される、「5質量%を超え10質量%以下」の範囲が、正確に、被焼成物中のLiの含有率を表すものであるのか明らかでない。
そうすると、設定登録時の請求項1の上記の記載は、明確でない。
設定登録時の請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜7の記載も同様である。

(2)取消理由2に対する当審の判断
上記第2の1(2)で述べた本件訂正における訂正事項2によって、「Liの含有率」における定義と解される記載のうち、「「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる金属元素の全量に対する、Liの割合である。」は、「「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である。」に訂正された。
まず、請求項1には、「前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり」との記載があるところ、この「Liの含有率」は、本件訂正後の本件明細書の【0068】に記載されるように、<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>として、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」すること、及び「被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である」との定義と解される記載に基づいて算出されるものであり、特に、請求項1に記載される「Liの含有率」が、多義的に解釈されるということはない。
また、同【0189】〜【0192】に記載される実施例1では、「被焼成物1はLiの含有率が6.3質量%であった。」とされているが、実施例に関する説明である同【0184】の記載によれば、実施例1におけるLiの含有率である「6.3質量%」は、同【0068】に記載された定義に従った、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」された「被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合」であるといえるから、本件明細書に記載される「Liの含有率」についても、請求項1に記載される「Liの含有率」と同様の定義に基づいて算出されるものであり、本件明細書の記載を含めても「Liの含有率」が多義的に解釈される等、不明確な点があるとはいえない。
ここで、実施例1には、被焼成物を構成する原料(硫酸ニッケル、硫酸コバルト、硫酸アルミニウム)の比率が明らかにされていると共に、これらの原料から形成されるニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物と水酸化リチウム一水和物との混合比が明らかにされているから、被焼成物に含まれる元素の全量に対するLiの含有率を求めることができ、これによると、「5.52質量%」となる(=(Li原子量×110)/(Li原子量×110+Ni原子量×88+Co原子量×9+Al原子量×3+水酸化物の分子量×313+水和水の分子量×110)×100=(763.4)/(763.4+3521.4+1178.6+1098.8+5270+1980)×100)(特許異議申立書9頁9〜17行)。
そして、この原料の比率等から計算されるLiの含有率は、同【0068】に記載された定義に従って測定されたといえるLiの含有率である「6.3質量%」とは異なるものであるが、本件においては、Liの含有率は、同【0068】に記載された定義に従って測定されたものとして扱えば良いのであるから、原料の比率等から計算されるLiの含有率が実施例1に記載されるLiの含有率と相違するとしても、そのことが、請求項1に記載されるLiの含有率の明確性、ひいては特許請求の範囲の記載の明確性に影響するものではない。
また、物質中の特定の元素の含有率を求める場合、測定方法や算出方法の相違により、それぞれ求められる含有率が相違することは一般的なことであるし、原料の比率等からLiの含有率を計算した場合、その比率で反応が完結すると共に途中の工程でLiが失われることがないのかが不明である等、必ずしも、原料の比率等から計算したLiの含有率が、リチウム金属複合酸化物中のLiの含有率と一致しているとはいえないのであるから、原料の比率等から計算されるLiの含有率が実施例1に記載されるLiの含有率と相違することは、Liの含有率の明確性を判断する上で、特段、問題となるものではない。さらに、原料の比率等からLiの含有率を計算する場合の上述の事情を考慮すれば、原料の比率等から計算される実施例1のLiの含有率の「5.52質量%」が、同【0068】に記載された定義に従って測定されたといえる「6.3質量%」と乖離しているとまではいえない。
そうすると、本件明細書に記載される実施例1等において、原料の比率等から計算されるLiの含有率が、実施例1に記載されるLiの含有率と相違することは、請求項1に記載されるLiの含有率の明確性、ひいては特許請求の範囲の記載の明確性に影響するものではないから、請求項1の記載、及び請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜7の記載は、不明確であるとはいえない。

(3)小括
上記(2)で述べたとおり、請求項1〜7の記載は、明確であるから、取消理由2には、理由がない。

3 申立理由1(明確性要件違反)について
(1)申立理由1の内容
請求項1に記載の「Liの含有率」は、その定義が本件明細書に「被焼成物に含まれる金属元素の全量に対するLiの割合」と記載されているものの、実施例1、2に記載されている実際に得られたとするLiの含有率の値である「6.3質量%」、「6.6質量%」と、異議申立人による上記定義に基づく計算結果である「11.67質量%」、「11.63質量% 」とは大きく異なることから、請求項1に記載の「Liの含有率」の算出方法が、本件明細書に記載の定義のとおりであるか否か不明確である。
なお、本件明細書の「Liの含有率」の定義を記載する【0068】には、Liの含有率をICP発光分光分析で測定して求める旨の記載があるが、実施例に記載の実測値であろう値は、当該段落に記載の定義に基づく計算結果(すなわち理論値)の約半分であり、大きく異なることから、やはり請求項1に記載の「Liの含有率」の算出方法が、本件明細書に記載の定義のとおりであるか否か不明確であると言わざるを得ない。
したがって、請求項1に記載の「Liの含有率」の算出方法は、本件明細書を参照しても不明確であることから、本件発明1は明確ではない。

(2)申立理由1に対する当審の判断
上記2(2)で述べたように、請求項1の記載を含め、本件明細書における「Liの含有率」は、本件訂正後の本件明細書の【0068】に記載されるように、<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>として、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」すること、及び「被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である」との定義と解される記載に基づいて算出されるものであることが明らかであることから、請求項1に記載の「Liの含有率」の算出方法が、本件明細書に記載の定義のとおりであるか否か不明確であるということはない。
また、本件訂正後の「「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である。」の記載に基づいて算出された、「Liの含有率」の値(5.52質量%)が、同【0068】に記載された定義に従って測定されたといえるLiの含有率である「6.3質量%」等と大きく異なるものではないことは、上記2(2)で述べたとおりである。
以上によれば、上記(1)の理由は、妥当なものではない。

(3)申立理由1に関するまとめ
上記(2)で述べたとおり、請求項1〜7の記載を、明確でないとする上記(1)の理由は、妥当なものではないから、申立理由1には、理由がない。

4 申立理由2及び3(サポート要件違反及び実施可能要件違反)について
申立理由2及び3は、その根拠事由を同じくするものであるのでまとめて判断する。
(1)申立理由2及び3の内容
請求項1に記載の「Liの含有率」の算出方法は不明確であるが、本件明細書に記載の定義に従った実施例1、2のLiの含有率は、特許異議申立人によれば、「11.67質量%」、「11.63質量%」となるから、請求項1に記載の「前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下」とする数値範囲内ではない。
したがって、本件明細書には、請求項1に記載の「5質量%を超え10質量%以下」という数値範囲内のLiの含有率を有する被焼成物についての実施例が存在しないことから、本件発明1は本件明細書の発明の詳細な説明に記載された範囲を超えて特許がなされていることが明らかである。また、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を容易に実施できるように明確かつ十分に記載されたものであるとは言えない。
よって、本件特許1はサポート要件を満足しない出願に対してなされたものである。また、本件特許1は、実施可能要件を満足しない出願に対してなされたものである。

(2)申立理由2及び3に対する当審の判断
実施例1及び2におけるそれぞれの「Liの含有率」の値である「6.3質量%」、「6.6質量%」は、そのまま、本件明細書の【0068】に記載されるように、<被焼成物に含まれるLiの含有率の測定>として、「ICP発光分光分析装置を用いて測定」すること、及び「被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である」との定義と解される記載に基づいて算出されたものとして理解すれば良いのであるから、請求項1に記載の「5質量%を超え10質量%以下」という数値範囲内のLiの含有率を有する被焼成物についての実施例が存在しないということはない。
また、本件訂正後の「「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である。」の記載に基づいて算出された、「Liの含有率」の値(5.52質量%等)が、同【0068】に記載された定義に従って測定されたといえるLiの含有率である「6.3質量%」等と、実施例における測定値の信頼性を失わせるほどに大きく異なるものではないことは、上記2(2)で述べたとおりである。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1に対応する実施例が記載されているのであるから、本件発明1(及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜7)は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された範囲を超えて特許がなされているということはないし、当業者であれば、実施例等に基づいて本件発明1等を実施することができるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1(及び本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜7)を容易に実施できるように明確かつ十分に記載されたものでないということもない。
以上によれば、上記(1)の理由は、妥当なものではない。

(3)令和5年9月6日に提出された意見書における異議申立人の実施可能要件違反に関する主張について
ア 異議申立人の主張の内容(5頁13行〜6頁末行)
(ア)特許権者は、令和5年7月5日に提出した意見書で「本件特許発明の実施例で使用している水酸化リチウム一水和物は、秤量や混合時にH2Oが抜けやすい性質を持っており、また、ニッケルコバルトアルミニウム複合酸化物やニッケルコバルトマンガン複合水酸化物は、製造時の乾燥等で一部の水酸化物が酸化して酸化物との混合物になり得るため、被焼成物に含まれる水酸化リチウム一水和物や、ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物は理論上の組成を有していない可能性が高く、被焼成物の組成を正確に把握することができないことから、本件特許発明では、Li含有率を上記測定方法によって特定しています。」と主張しているが、「秤量や混合時にH2Oが抜けやすい」や、「製造時の乾燥等で一部の水酸化物が酸化して酸化物との混合物になり得る」等といった事情は、どのような出発原料を用いるのかや、被焼成物を得るまでにどのような工程を経るかによって大きく異なる。本件明細書に記載の実施例1、2で用いた出発原料以外の試薬を用いたり、実施例1、2で用いた工程以外の工程を経て、ICP発光分光分析装置を用いた測定方法でLiの含有率が5質量%を超え10質量%以下である被焼成物を得る場合、本件明細書に何らの記載も示唆もなく、どのようにすれば実施できるかを見いだすために、当業者であっても多くの試行錯誤が必要になる。
よって、本件明細書には、実施例1、2に記載の特定の出発原料および工程を用いた場合以外について、本件発明1を当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されておらず、本件発明1は実施可能要件を満たすものではない。

(イ)リチウム二次電池の正極材料に用いるリチウム金属複合酸化物(LiMO2)のLiとMとのモル比は1:1の化学量論組成であることが技術常識である。しかしながら、本件明細書には、被焼成物におけるLiとMとのモル比が1:1の化学量論組成に近いものに限られるのか、又はLiとMとのモル比が1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたものであってもICP発光分光分析装置を用いた測定方法でLiの含有率が5質量%を超え10質量%以下であればよいのかについて、記載も示唆もない。
このように、LiとMとのモル比を1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比を採用しつつ、且つICP発光分光分析装置を用いた測定方法でLiの含有率が5質量%を超え10質量%以下である被焼成物を得る場合については、本件明細書に何らの記載も示唆もなく、どのようにすれば実施できるかを見いだすために、当業者であっても多くの試行錯誤が必要になる。
よって、本件明細書には、LiとMとのモル比を1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比を採用する場合については、本件発明1を当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されておらず、本件発明1は実施可能要件を満たすものではない。

イ 上記アの異議申立人の主張について
(ア)上記ア(ア)の主張について
リチウム金属複合酸化物を製造する際に、「水酸化リチウム一水和物は、秤量や混合時にH2Oが抜けやすい」、「製造時の乾燥等で一部の水酸化物が酸化して酸化物との混合物になり得る」等といった事情があるにしても、本件発明1に係るリチウム金属複合酸化物を製造するには、リチウム金属複合酸化物におけるLiの含有率を特定の1点に合わせるように製造できなければならないというものではなく、本件発明1に特定される「5質量%を超え10質量%以下」の範囲に入るように製造できれば良いのであるし、原料の比率等からリチウム金属複合酸化物のLiの含有率を計算し、ある程度の見通しをつけた上でリチウム金属複合酸化物を製造することができる。
そして、最終的には、ICP発光分光分析装置を用いる測定方法でリチウム金属複合酸化物のLiの含有率を求め、本件発明1に記載される範囲内にあるものを本件発明1に係るリチウム金属複合酸化物とすれば良いのであるから、本件発明1に係るリチウム金属複合酸化物を製造するのに、当業者であっても多くの試行錯誤が必要になるということはない。

(イ)上記ア(イ)の主張について
上記のア(イ)の主張では、LiとMとのモル比が1:1の化学量論組成ではない場合の被焼成物を得る場合について、当業者であっても多くの試行錯誤が必要になる根拠が明らかにされていない。また、本件訂正によって、リチウム金属複合酸化物は、リチウム二次電池の正極材料に用いるものに限定されているのであるから、リチウム二次電池の正極材料に用いることができないような、LiとMとのモル比が1:1の化学量論組成から遠くかけ離れたモル比の場合は、想定されていないといえる。

(ウ)上記(ア)及び(イ)で述べたとおり、上記アの異議申立人の主張を採用することはできない。

(3)申立理由2及び3に関するまとめ
上記(2)で述べたとおり、上記(1)の理由は、妥当なものではないから、申立理由2及び3には、理由がない。

5 申立理由4(新規性欠如及び進歩性欠如)について
(1)甲1〜3に記載された事項
ア 甲1に記載された事項
(ア)「【請求項1】
下記式(1)のリチウム複合化合物にて示されるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法において、
炭酸リチウムと下記式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する混合工程と、
前記混合工程を経て得られた前駆体を焼成して下記式(1)で表されるリチウム複合化合物を得る焼成工程と、を有し、
前記焼成工程は、
前記前駆体を焼成炉の炉心管内で転動させつつ熱処理を行う熱処理工程を少なくとも有し、
前記焼成炉は、
前記炉心管の内周面側に向けて酸化性ガスを噴射する第1給気系統と、
前記炉心管の軸方向に向けて酸化性ガスを流す第2給気系統と、を備え、
前記第1給気系統は、前記炉心管内に、当該炉心管の容積の4〜64%に相当する容積の内筒管を用いて構成され、
前記熱処理工程においては、
前記炉心管内で上流側から下流側に向けて転動しつつ流下する前記前駆体に前記第1給気系統である内筒管から前記酸化性ガスを吹き付けると共に、前記前駆体から発生する炭酸ガスを前記第2給気系統による前記酸化性ガスの気流で排気しながら前記熱処理を行うことを特徴とするリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。
Li1+aM1O2+α・・・(1)
(但し、前記式(1)中、M1はLi以外の金属元素であって少なくともNiを含み、M1当たりにおける前記Niの割合が70原子%を超え、a及びαは、−0.1≦a≦0.2、−0.2≦α≦0.2、を満たす数である。)
【請求項2】
前記炉心管の内層、または前記内筒管の外層の少なくともいずれか一方は、金属ニッケル材あるいはニッケル合金材からなることを特徴とする請求項1に記載のリチウム二次電池用正極活物質の製造方法。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
正極活物質の前駆体を熱処理するにあたって、特許文献1〜3に開示されるようにロータリーキルンを使用すると、前駆体と酸素との接触確率が向上するため、ニッケルの比率が高くてもニッケルの酸化反応を比較的効率良く行うことができる。しかしながら、ニッケルの比率が高い正極活物質を工業的規模で安価ないし大量に生産するためには、前駆体に対して、より効率的に酸素を供給し、ニッケルが十分に酸化されたリチウム複合化合物を短時間で得ることが可能な製造方法が求められる。また、前駆体の原料として炭酸リチウムを使用する場合、高い充放電容量を示すリチウム複合化合物を速やかに焼成するには、前駆体から脱離する炭素分を焼成雰囲気中から確実に排除することも望まれる。
【0013】
そこで、本発明は、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行えるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するために鋭意検討した結果、炉心管内を転動する前駆体に対して直接的に酸素元素を含む酸化性ガス(以下、酸化性ガスと言う)を吹き付けて酸素を供給する給気系統と、前駆体から発生する炭酸リチウム由来の炭酸ガスを掃気するための気流を給気する給気系統の2系統を備えた焼成炉を用いて、酸化反応を効率良く進行させる製造方法を見出した。」

(ウ)「【0046】
まず、ロータリーキルン1Aについて説明する。
図2は、リチウム二次電池用正極活物質の製造に使用するロータリーキルンの概略構造を示す図である。
図2に示すように、ロータリーキルン1Aは、炉心管10Aと、ヒータ20Aと、第1給気系統である内筒管30Aと、第2給気系統である給気経路40Aと、リフター50Aと、を備えている。ロータリーキルン1Aは、粉末状のリチウム複合化合物の前駆体を被処理物Maとして熱処理を行うために用いられる。・・・
【0049】
炉心管10Aは、クロムのような有害成分が排出されない材料であれば、Fe、Ni、W、Mo、Ti等の金属、或いは、これらの金属を主成分とする合金製であってもよく材料は制限を受けない。但し、ステンレス製やセラミックス製などの高温耐熱材料であることが好ましい。また、長い管となると製造上の制約からステンレス材などの鉄系の高温耐熱材とすることが良い。このとき、図3に示すように、ステンレス材の外層(外殻と言っても良い)10A1と、金属ニッケル材あるいはニッケル合金材の内層(内殻と言っても良い)10A2と、からなる二重構造をとることが好ましい。被処理物Maが流動し接触する内殻側をニッケル材とすることで不純物の混入を制限することが出来るし、酸化皮膜を形成し炉心管の酸化を抑制できる。このように内層と外層からなる二重層の構造のほかに、耐熱性の層や、耐酸化性の層、焼成炉として均熱などを目的とした熱伝導性を有する層、破断防止の延性展性を有する層や、剛性の高い強度向上のための層を加えるなど、多層構造を採っても良い。特に、高温耐熱性のステンレス材からなる層を選択することにより、加熱時の強度を保てるため、自重変形を回避することができる。よって、炉心管全体の強度が向上すると共にFe等の不純物の混入も避けられる。さらに、炉心管の内層10A2の内面と内筒管の外層30A2の外面においては、Alまたはアルミナをコーティングしたものを用いてもよい。特に、Alは炉心管10Aと内筒管30Aが金属製のため、密着性が向上しコーティング時の剥離を防止しつつ、かつ、炉内中の酸素と反応してアルミナになることから前駆体と接する面が化学的に安定化し、リチウムとの反応性も抑制できて焼成には好都合である。」

(エ)「【実施例】
【0084】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0085】
(実施例1)
正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意した。これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、混合工程S1を実施した。具体的には、出発原料の総重量が20mass%となるようにイオン交換水を加えて混合し、ビーズミルにて粉砕混合を実施した。得られた固液混合物は、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得た。
【0086】
次に、得られた原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理(第1熱処理工程S21)を行って第1前駆体を得た。この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された。
【0087】
次に、得られた第1前駆体を図2に示すロータリーキルン1Aに投入し、回転している炉心管10A内で、内筒管30Aと給気経路40Aによる給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行なった。その後、図4に示すロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行なって第2前駆体を得た。即ち、第2熱処理工程S22を計2回にわたって行った。この時、ロータリーキルン1Aでは炉心管10Aの、管全長L1=10500mm、管内径D1=820mm、容積V1=5.55m3、内筒管30Aの管全長L2=10500mm、管外径D2=480mm、容積V2=1.90m3、V2/V1=0.34(34%)、D2/D1=0.59とし、また炉心管10Aの内層(内殻)は金属ニッケル材製、外層(外殻)はステンレス材製とし、内筒管30Aの内層(内殻)をステンレス材製、外層(外殻)を金属ニッケル材製とし、被熱処理物Maの接粉部は金属ニッケルで占められる構成とした。また、ロータリーキルン1Bではアルミナ製の炉心管10Bを用いた。次に、この第2前駆体を、ロータリーキルン1Bに再投入して880℃で0.7時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た。そして、得られた正極活物質中に残留している未反応の炭酸リチウム量及び水酸化リチウム量と、正極活物質の比表面積とを測定した。測定結果を表1に示す。
【0088】
次に、得られた正極活物質を正極材料として、以下の手順でリチウム二次電池を作製した。はじめに、正極活物質と、結着剤と、導電材とを混合し、正極合剤スラリーを調製した。そして、調製した正極合剤スラリーを、正極集電体である厚さ20μmのアルミ箔に塗布し、120℃で乾燥させた後、電極密度が2.0g/cm3となるようにプレスで圧縮成形し、これを直径15mmの円盤状に打ち抜いて正極を作製した。また、負極材料として金属リチウムを用いて負極を作製した。そして、作製した正極及び負極と、非水電解液とを用いて、リチウム二次電池を作製した。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、終濃度が1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。」

(オ)「
【図1】

【図2】



イ 甲2に記載された事項
(ア)「【請求項1】
重量%で
Al:2.0〜5.0%、
Si:0.1〜2.5%、
Mn:0.1〜1.5%、
B:0.001〜0.01%、
Zr:0.001〜0.1%を含有し、
残りがNiおよび不可避不純物からなる熱間鍛造性、耐高温酸化性および耐高温ハロゲンガス腐食性に優れたNi基合金。
【請求項2】
重量%で
Al:3.6〜4.2%、
Si:1.1〜1.7%、
Mn:0.2〜0.7%、
B:0.001〜0.007%、
Zr:0.001〜0.06%を含有し、
残りがNiおよび不可避不純物からなる請求項1に記載の熱間鍛造性、耐高温酸化性および耐高温ハロゲンガス腐食性に優れたNi基合金。
【請求項3】
請求項1または2に記載のNi基合金から構成された、チップコンデンサやリチウム電池正極物質の焼成トレイ、CVD装置部材、PVD装置部材、LCD装置部材および半導体製造装置部材。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、半導体製品の製造用治具などの用途では、耐高温酸化性に優れ、かつ、大型の冶具部材が求められている。しかし、上記特許文献1〜3として示したNi基合金は熱間鍛造性あるいは耐高温酸化性が十分とはいえないため、熱間鍛造性及び耐高温酸化性が要請される用途のNi基合金としては満足できる特性を備えるものではなかった。さらに、半導体製造装置部材などの用途では、高い寸法精度が求められる部位や可動部でも更なるハロゲンガスに対する耐食性が求められるようになった。しかし、上記特許文献4として示した皮膜形成処理装置用部材は、基材を機械加工した後に、皮膜形成処理を施すため、高い寸法精度を出すことが困難であり、可動部では皮膜がミクロ的に破壊されパーティクルを発生させる源になってしまうことがら、こうした部位で満足できる特性を備えるものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明者は、かかる課題を解決し、従来よりも一層優れた熱間鍛造性を有し、かつ、すぐれた耐高温酸化性・耐高温ハロゲンガス腐食性を有するNi基合金を開発すべく鋭意研究を行ったところ、重量%で、Al:2.0〜5.0%、Si:0.1〜2.5%、Mn:0.1〜1.5%を含有する前記特許文献1に記載されるような成分組成のNi基合金に対して、B:0.001〜0.01%及びZr:0.001〜0.1%を含有せしめることによって、このNi基合金は、前記特許文献1に記載されるNi基合金と同等の耐高温酸化性を示すばかりか、より一段とすぐれた熱間鍛造性を備え、かつ高温ハロゲンガスにも優れた耐腐食性を示すという研究結果が得られたのである。」

(ウ)「【0016】
前記した合金成分組成からなる本発明のNi基合金は、耐高温酸化性・耐高温ハロゲンガス腐食性に優れるとともに、すぐれた熱間鍛造性を有することから、好適には、チップコンデンサの焼成トレイ、リチウム電池正極物質の焼成トレイ、CVD装置部材、PVD装置部材、LCD装置部材および半導体製造装置部材等の構成部材として用いることができる。また、本発明のNi基合金は、上記のほか、Ni基合金の板材、管材、線材、鋳造材、鍛造材、およびこれらから加工形成される治具や部材のうち、酸化炉用部材、焼成炉用部材、銀錫焼成工程のマッフル、超硬合金製造用工程用治具、特殊粉末(LED原料等)焼成工程用レトルト等、耐高温酸化性と熱間鍛造性を必要とする各種用途に使用することが勿論可能である。」

ウ 甲3に記載された事項
(ア)「3.正極材料の結晶化学
(a)岩塩型酸化物の結晶化学
酸化物ABO2(AはLi,Na,Bは遷移金属)は岩塩型を基本とする構造である.岩塩型は単純な結晶構造であるが,構造中にリチウムのような可動イオンを含むと合成条件により組成・構造ともさまざまに変化する.構造中の速いイオン拡散と,強固な骨格構造とは相反する条件のため,イオンの拡散しやすい物質ほど不安定になり組成と構造が変化しやすい.また,室温付近での構造中のイオン移動に伴って,高温合成では得ることのできない準安定状態の物質も現われることから,相関係は一層複雑になる.ABO2化合物でAがLiの場合の化合物を表1に示す.14)すべての化合物は,陰イオンの立方最密充填(ccp)中の6配位位置を陽イオンが占める岩塩型を基本とする.二種類の陽イオンが構造中に存在するため,AとBイオンの配列の仕方で異なった結晶構造になる.高温型α-LiFeO2では陽イオンは不規則配列するのに対し,低温型γ-LiFeO2ではLiとFeが規則配列して正方晶になる(図2(a,b)).α-NaFeO2型は酸化物イオンの最密充填の垂直方向(岩塩型格子の<111>方向)に交互に陽イオンが規則配列し層状構造になる(図2(c)).斜方晶ジグザグ層状構造のβ-NaMn02型では,ccp配列中の八面体位置の半分をBイオンが占め,BO6八面体が稜を共有して二重鎖を形成する.この二重鎖がお互いに稜を共有してジグザグに連結した二次元面からなる層状構造を形成する(図2(d)).」(264頁左欄3〜28行)

(イ)「

」(264頁左欄)

(2)甲1に記載された発明
甲1の上記(1)ア(エ)の【0085】〜【0087】には、実施例1が記載されているところ、同【0087】に「Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得た」とあるように、【0085】〜【0087】には、リチウム複合化合物を得るまで過程、すなわち、「リチウム複合化合物の製造方法」が記載されているといえる。
そして、この製造方法に関する【0085】〜【0087】で下線を付した箇所の内容をまとめると、甲1には、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

「正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意し、これら出発原料を、原子比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、混合工程S1を実施し、得られた固液混合物は、スプレードライヤを用いて乾燥し、原料混合粉を得、次に、得られた原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理(第1熱処理工程S21)を行って第1前駆体を得、この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去され、次に、得られた第1前駆体をロータリーキルン1Aに投入し、回転している炉心管10A内で、内筒管30Aと給気経路40Aによる給気を行いながら、650℃で3.5時間の熱処理を行ない、その後、ロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理(第2熱処理工程S22)を行なって第2前駆体を得、この時、ロータリーキルン1Aでは、炉心管10Aの内層(内殻)は金属ニッケル材製、外層(外殻)はステンレス材製とし、内筒管30Aの内層(内殻)をステンレス材製、外層(外殻)を金属ニッケル材製とし、被熱処理物Maの接粉部は金属ニッケルで占められる構成とし、次に、この第2前駆体を、ロータリーキルン1Bに再投入して880℃で0.7時間の熱処理(第3熱処理工程S23)を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得る、リチウム複合化合物の製造方法。」

(3)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
(ア)甲1の上記(1)ア(オ)の【図1】によれば、第1熱処理工程(S21)、第2熱処理工程(S22)、第3熱処理工程(S23)が「焼成工程」とされていることから、甲1発明における焼成工程は、正極活物質の出発原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンからなる原料混合粉をアルミナ製の焼成容器に充填し、ローラーハースキルンにより大気雰囲気下において360℃で1時間の熱処理を行う、第1熱処理工程S21、この熱処理により、原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された第1前駆体をロータリーキルン1Aにより、650℃で3.5時間の熱処理を行ない、その後、ロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理を行う、第2熱処理工程S22、この熱処理で得られた第2前駆体を、ロータリーキルン1Bに再投入して880℃で0.7時間の熱処理を行って、Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得る、第3熱処理工程S23からなるものである。
そして、甲1発明では、第2熱処理工程S22で用いるロータリーキルン1Aについて、炉心管10Aの内層(内殻)が金属ニッケル材製であることが明らかにされていることから、甲1発明のロータリーキルン1Aを、本件発明1の「内壁を備え、前記内壁の主材合金であ」る「焼成手段」に対応付けることができる。
この対応付けによれば、本件発明1における「焼成手段を用いて」「焼成」される「被焼成物」は、甲1発明において、ロータリーキルン1Aにより熱処理されるもの、すなわち、第1熱処理工程S21により得られた、「炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンからなる」「原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された第1前駆体」が対応することになる。

(イ)上記(ア)で述べた対応関係によれば、甲1発明の「ロータリーキルン1A」は、本件発明1の「焼成手段」に相当し、少なくとも甲1発明の「第1前駆体をロータリーキルン1Aにより、650℃で3.5時間の熱処理を行ない、その後、ロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理を行う、第2熱処理工程S22」は、本件発明1の「焼成工程」に相当するから、甲1発明における「炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンからなる」「原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された第1前駆体をロータリーキルン1Aにより、650℃で3.5時間の熱処理を行ない、その後、ロータリーキルン1Bに被処理物を投入して755℃で0.7時間の熱処理を行う、第2熱処理工程S22」は、本件発明1の「焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程」に相当する。

(ウ)甲1発明における「炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンからなる」「原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された第1前駆体」は、本件発明1の「前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であ」るものと、「前記被焼成物は、混合物原料であり、前記被焼成物は、Liを含有しているもの」との点で共通している。

(エ)甲1発明における「ロータリーキルン1A」の炉心管10Aの内層(内殻)は、甲1の上記(1)ア(オ)の【図2】によれば、本件発明1の「焼成手段」の「内壁」に相当する。
そして、甲1発明における「ロータリーキルン1Aでは、炉心管10Aの内層(内殻)は金属ニッケル材製」「被熱処理物Maの接粉部は金属ニッケルで占められる構成とし」ていることは、本件発明1の「前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下であ」ることと、「前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材はNiを含む金属であ」る点で共通している。

(オ)甲1の(1)ア(エ)の【0088】の「得られた正極活物質を正極材料として、以下の手順でリチウム二次電池を作製した。」との記載によれば、甲1発明の「リチウム複合化合物(正極活物質)」は、リチウム二次電池の正極活物質として用いられるものであるから、甲1発明の「Li1.0Ni0.80Co0.15Mn0.05O2の組成を有するリチウム複合化合物(正極活物質)を得る、リチウム複合化合物の製造方法」は、本件発明1の「リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物の製造方法」に相当する。

(カ)以上によれば、本件発明1と甲1発明は、「焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程において、前記被焼成物は、混合物原料であり、前記被焼成物は、Liを含有しているものであり、前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材はNiを含む金属であり、リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物の製造方法。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点1>
被焼成物が、本件発明1では、「金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であ」るものであるのに対し、甲1発明では、「炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンからなる」「原料混合粉が吸湿した水分の除去だけでなく、水酸化ニッケルの熱分解と、各炭酸塩の部分的な熱分解とがなされ、ある程度の炭酸ガス(CO2)が除去された第1前駆体」である点。

<相違点2>
焼成手段の内壁が、本件発明1では、「主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下で」あるものであるのに対し、甲1発明では、金属ニッケルで占められる構成である点。

イ 相違点に対する判断
事案に鑑み、上記相違点2について、以下検討する。
(ア)甲1には、甲1の上記(1)ア(ウ)の【0049】の「炉心管10Aは、クロムのような有害成分が排出されない材料であれば、Fe、Ni、W、Mo、Ti等の金属、或いは、これらの金属を主成分とする合金製であってもよく材料は制限を受けない。但し、ステンレス製やセラミックス製などの高温耐熱材料であることが好ましい。また、長い管となると製造上の制約からステンレス材などの鉄系の高温耐熱材とすることが良い。このとき、図3に示すように、ステンレス材の外層(外殻と言っても良い)10A1と、金属ニッケル材あるいはニッケル合金材の内層(内殻と言っても良い)10A2と、からなる二重構造をとることが好ましい。被処理物Maが流動し接触する内殻側をニッケル材とすることで不純物の混入を制限することが出来るし、酸化皮膜を形成し炉心管の酸化を抑制できる。」との記載によれば、本件発明1の焼成手段に備えられた「内壁」に相当する、甲1発明の炉心管の内層(内殻)を、ニッケル合金材としても良いことまでは記載されているものの、上記相違点2にあるように、炉心管の内層(内殻)を、Ni及びAlを含有する合金であって、前記合金の全量に対するNiの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対するAlの含有率は3質量%以上5質量%以下である合金とすることは、記載されていない。
そうすると、本件発明1は、甲1発明と少なくとも上記相違点2の点で相違するから、本件発明1は、甲1発明ではない。

(イ)次に、上記相違点2に係る本件発明1の構成を、当業者が容易に想到し得るか否かについて検討する。
甲1発明は、甲1の上記(1)ア(イ)の記載によれば、ニッケルの比率が高い正極活物質を工業的規模で安価ないし大量に生産するためには、前駆体に対して、より効率的に酸素を供給し、ニッケルが十分に酸化されたリチウム複合化合物を短時間で得ることが可能な製造方法が求められること、また、前駆体の原料として炭酸リチウムを使用する場合、高い充放電容量を示すリチウム複合化合物を速やかに焼成するには、前駆体から脱離する炭素分を焼成雰囲気中から確実に排除することも望まれること(【0012】)を踏まえ、ニッケルを含む前駆体の焼成を短時間で効率的に行えるリチウム二次電池用正極活物質の製造方法を提供することを課題とするものである(【0013】)。
そして、甲1発明は、その課題を、炉心管内を転動する前駆体に対して直接的に酸素元素を含む酸化性ガス(以下、酸化性ガスと言う)を吹き付けて酸素を供給する給気系統と、前駆体から発生する炭酸リチウム由来の炭酸ガスを掃気するための気流を給気する給気系統の2系統を備えた焼成炉を用いて、酸化反応を効率良く進行させる製造方法により解決するものである。
以上によれば、甲1発明は、炉心管内を転動する前駆体に対する給気に着目するものであって、甲1発明で用いるロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)の材料に何ら着目するものではないから、上記(ア)で述べたように、甲1には、炉心管10Aの内層(内殻)を金属ニッケル材あるいはニッケル合金材とすること、これによれば、不純物の混入を制限することが出来るし、酸化皮膜を形成し炉心管の酸化を抑制できることが記載されるものの、さらなる不純物の混入の制限や炉心管の酸化防止を意図して、炉心管10Aの内層(内殻)に用いるニッケル合金の材料の探索を行う動機付けがあるとはいえない。
そうすると、甲1発明には、本件発明1の焼成手段に備えられた「内壁」に相当する、甲1発明の炉心管の内層(内殻)の材料を改変しようとする動機付けがあるとはいえないのであるから、甲2、甲3の記載にかかわらず、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。

(ウ)上記(イ)で述べたように、甲2、甲3の記載にかかわらず、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえないが、念のため、甲2、甲3の記載された事項についても検討する。
甲2の上記(1)イ(ア)の【請求項2】の記載によれば、甲2には、重量%でAl:3.6〜4.2%、Si:1.1〜1.7%、Mn:0.2〜0.7%、B:0.001〜0.007%、Zr:0.001〜0.06%を含有し、残りがNiおよび不可避不純物からなる熱間鍛造性、耐高温酸化性および耐高温ハロゲンガス腐食性に優れたNi基合金が記載され、甲1発明におけるリチウム複合化合物(正極活物質)の分野との関連では、リチウム電池正極物質の焼成トレイの材料とすることが記載されている。
ここで、甲1発明で用いるロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)と焼成トレイは、異なる物品であるから、当業者は、焼成トレイの材料を直ちにロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)の材料に転用しようとするとはいえない。
また、甲2に記載される技術は、甲2の同(イ)の【0007】に記載される「上記特許文献1〜3として示したNi基合金は熱間鍛造性あるいは耐高温酸化性が十分とはいえないため、熱間鍛造性及び耐高温酸化性が要請される用途のNi基合金としては満足できる特性を備えるものではなかった。」、「半導体製造装置部材などの用途では、高い寸法精度が求められる部位や可動部でも更なるハロゲンガスに対する耐食性が求められるようになった。」との問題を受け、同【0008】に記載されるように、耐高温酸化性を示すばかりか、より一段とすぐれた熱間鍛造性を備え、かつ高温ハロゲンガスにも優れた耐腐食性を示すNi基合金を得たものである。そして、このNi基合金の用途としては、甲2の上記(1)イ(ウ)の【0016】には、酸化炉用部材、焼成炉用部材、銀錫焼成工程のマッフル、超硬合金製造用工程用治具、特殊粉末(LED原料等)焼成工程用レトルト等、耐高温酸化性と熱間鍛造性を必要とする各種用途に使用することが可能であることが記載されている。
そして、これらの記載によれば、甲2に記載されるNi基合金は、耐高温酸化性と熱間鍛造性を必要とする用途に用いられるものであるが、甲1発明で用いるロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)が、少なくとも熱間鍛造性を必要とするものであるかの記載は甲1にはないし、また、甲1発明は、ロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)の熱間鍛造性に何ら着目するものではないから、仮に、当業者が甲2の記載に接したとしても、甲2に記載されるNi基合金を、甲1発明で用いるロータリーキルン1Aの炉心管の内層(内殻)に用いることを想起することがあるとはいえない。
甲3には、上記相違点2に係る本件発明1の構成に関連する事項は、何ら記載されていない。
そうすると、甲2及び甲3に記載された事項を考慮したとしても、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。

(エ)上記相違点2に係る本件発明1の構成が奏する効果は、本件明細書の【0075】の「合金の全量に対するAlの含有率が上記下限値以上であると、内壁の表面に酸化アルミニウムの被膜が形成されると考えられる。酸化アルミニウムの被膜は保護膜として機能し、焼成手段が備える内壁がリチウム化合物により腐食されにくくなる。」との記載及び同【0076】の「主材がNi及びAlを特定の比率で含む合金であると、被焼成物に含まれるリチウム化合物により焼成手段が備える内壁が腐食されにくくなる。」との記載によれば、焼成手段が備える内壁がリチウム化合物により腐食されにくくなることであるといえる。
これに対し、本件発明1における焼成手段の内壁の主材の合金の組成に対応する組成の合金が記載されている甲2には、何ら、甲2に記載される合金が、リチウム化合物による腐食を低減するものであることの記載はないから、上記相違点2に係る本件発明1の構成が奏する効果は、甲1発明及び甲2、甲3に記載の事項から予測できるものではない。

ウ 小括
上記イで述べたように、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえないから、上記相違点1を検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2、甲3に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。

(4)本件発明2〜7について
本件発明2〜7は、少なくとも本件発明1の構成をすべて具備するものであるから、本件発明1と同様に、本件発明2〜7は、甲1発明及び甲2、甲3に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。

(5)申立理由4に関するまとめ
上記(3)及び(4)で述べたとおり、本件特許1〜7は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものではないし、同法同条第2項の規定に違反してされたものではないから、申立理由4には、理由がない。

第6 むすび

上記第5で検討したとおり、本件特許1〜7は、特許法第36条第4項第1号並びに第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとも、同法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものであるということもできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由1、2及び上記申立理由1〜4では、本件特許1〜7を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1〜7を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】リチウム金属複合酸化物の製造方法
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム金属複合酸化物の製造方法に関する。
本願は、2020年11月24日に、日本に出願された特願2020−194235号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池の正極に用いられる正極活物質には、リチウム金属複合酸化物が使用される。リチウム金属複合酸化物の製造方法は、例えば、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、金属複合化合物とリチウム化合物との反応物等の被焼成物を焼成する焼成工程を備える。
焼成工程には、連続焼成炉や流動式焼成炉が用いられる。
【0003】
例えば特許文献1には内壁がニッケル材である焼成手段を用いて焼成する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】JP−A−2019−75253
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の金属製の焼成炉は、被焼成物と接する接触部材が腐食されやすいという課題があった。接触部材が腐食されやすいと、接触部材の交換が必要となり生産効率が低下する。接触部材とは、具体的には焼成炉の内壁である。そのため、電池性能が良好なリチウム二次電池を提供できるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造できる方法が求められていた。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、初回放電容量が高いリチウム二次電池が得られるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は[1]〜[8]を包含する。
[1]焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程において、前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり、前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下である、リチウム金属複合酸化物の製造方法。
[2]前記リチウム金属複合酸化物は下記の一般式(I)で表される、[1]に記載の製造方法。
Li[Lix(Ni(1−y−z)CoyMz)1−x]O2…(I)
(−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.5、0≦z≦0.9、y+z<1、Mは、Mn、Cu、Ti、Mg、Al、W、B、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素を表す。)
[3]前記合金は、Si又はMnのいずれか一方又は両方を含む、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]前記合金の全量に対する前記Siの含有率は0.5質量%以上2.5質量%以下である、[3]に記載の製造方法。
[5]前記合金の全量に対する前記Mnの含有率は0質量%を超え1.0質量%以下である、[3]に記載の製造方法。
[6]前記焼成工程における焼成温度は、100℃以上900℃以下である、[1]〜[5]のいずれか1つに記載の製造方法。
[7]前記焼成手段はロータリーキルンである、[1]〜[6]のいずれか1つに記載の製造方法。
[8]前記焼成工程は仮焼成工程と本焼成工程とを有し、少なくとも前記仮焼成工程において、前記焼成手段を用いて焼成し、前記仮焼成工程の焼成温度は100℃以上700℃以下であり、前記本焼成工程の焼成温度は700℃を超え1000℃以下である、[1]〜[7]のいずれか1つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、初回放電容量が高いリチウム二次電池が得られるリチウム金属複合酸化物を効率的に製造する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】リチウム二次電池の一例を示す模式図である。
【図2】全固体リチウム二次電池の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において、金属複合化合物(metal composite compound)を以下「MCC」と称する。
リチウム金属複合酸化物(lithium metal composite oxide)を以下「LiMO」と称する。
リチウム二次電池用正極活物質(cathode active material for lithium secondary batteries)を以下「CAM」と称する。
【0010】
「Ni」とは、ニッケル金属ではなく、ニッケル原子を指す。「Co」及び「Li」等も同様に、それぞれコバルト原子及びリチウム原子等を指す。
【0011】
本明細書において、リチウム二次電池の初回放電容量は下記の方法により測定する。
【0012】
〈初回放電容量の測定〉
(リチウム二次電池用正極の作製)
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOをCAMとして用いる。CAMと導電材とバインダーとを、CAM:導電材:バインダー=92:5:3(質量比)の組成となる割合で加えて混練し、ペースト状の正極合剤を調製する。正極合剤の調製時には、N−メチル−2−ピロリドンを有機溶媒として用いる。導電材にはアセチレンブラックを用いる。バインダーには、ポリフッ化ビニリデンを用いる。
【0013】
得られた正極合剤を、集電体となる厚さ40μmのAl箔に塗布して150℃で8時間真空乾燥を行い、リチウム二次電池用正極を得る。このリチウム二次電池用正極の電極面積は1.65cm2とする。
【0014】
(リチウム二次電池の作製)
以下の操作を、アルゴン雰囲気のグローブボックス内で行う。
(リチウム二次電池用正極の作製)で作製されるリチウム二次電池用正極を、コイン型電池R2032用のパーツ(宝泉株式会社製)の下蓋にアルミ箔面を下に向けて置き、その上にセパレータ(ポリエチレン製多孔質フィルム)を置く。ここに電解液を300μl注入する。電解液は、エチレンカーボネートとジメチルカーボネートとエチルメチルカーボネートの30:35:35(体積比)混合液に、LiPF6を1.0mol/lとなる割合で溶解したものを用いる。
【0015】
次に、負極として金属リチウムを用いて、負極を積層フィルムセパレータの上側に置き、ガスケットを介して上蓋をし、かしめ機でかしめてリチウム二次電池(コイン型ハーフセルR2032)を作製する。
【0016】
上記の方法で作製されるリチウム二次電池を用いて、以下の方法で初回放電容量を測定する。
【0017】
(測定方法)
リチウム二次電池を室温で12時間静置することでセパレータ及び正極合剤層に充分電解液を含浸させる。
試験温度25℃において、充電及び放電ともに電流設定値0.2CAとし、それぞれ定電流定電圧充電と定電流放電を行う。負極を金属Liとし、充電最大電圧は、4.3V、放電最小電圧は2.5Vとする。放電容量を測定し、得られた値を「初回放電容量」(mAh/g)とする。
放電容量の判定基準は、リチウム金属複合酸化物の組成により判定基準が異なる場合がある。具体的には、下記の判定基準A又は判定基準Bのいずれかにより判定する。
判定基準A:初回放電容量が180mAh/g以上であると、初回放電容量が高いと評価する。
判定基準B:初回放電容量が170mAh/g以上であると、初回放電容量が高いと評価する。
【0018】
LiMOの全量中、Niの含有率が80%以上の場合には判定基準A、80%未満の場合には判定基準Bを用いる。
【0019】
〈腐食速度及び腐食生成物の成長速度の測定〉
本明細書においてLiMOを効率的に製造できるか否かは、金属試験片の腐食速度および腐食生成物の成長速度を測定して確認する。金属試験片は、焼成手段が備える内壁の主材である合金のモデルである。金属試験片の腐食速度および腐食生成物の成長速度の値が小さいほど、製造効率が高いことを示す。腐食速度及び腐食生成物の成長速度は下記の方法により測定する。
【0020】
まず、焼成手段が備える内壁の主材である合金のモデルとして金属試験片を用意する。
【0021】
次に、金属試験片の片面に、被焼成物を所定量積載して焼成する。被焼成物は、例えば、MCCとリチウム化合物との混合物、またはMCCとリチウム化合物との反応物を含む混合物原料である。
【0022】
金属試験片は、例えば厚みが数mmの板状試験片とする。
【0023】
焼成条件は、酸素雰囲気下、680℃で12時間保持する。
【0024】
焼成は同一条件で1回又は複数回行う。焼成を複数回実施する場合、同一条件で例えば2回以上10回以下実施する。同一条件とは、焼成温度、焼成時間及び焼成雰囲気が同一であることを意味する。各回の焼成終了後、得られた焼成物を回収し、被焼成物を積載する作業を行った上で、次回の焼成を行う。このとき積載する被焼成物は、MCCとリチウム化合物との混合物、またはMCCとリチウム化合物との反応物を含む混合物原料であって、1回目に載置した被焼成物と同じものを使用する。
【0025】
未焼成の金属試験片の肉厚と、複数回焼成した後の金属試験片の肉厚をそれぞれ測定する。
未焼成の金属試験片はマイクロメーターで金属試験片の厚みを測定する。この時の厚みをL1(mm)とする。
金属試験片の厚みとは、金属試験片について、試験片中央の厚みを測定したときの値を意味する。
【0026】
複数回焼成後の金属試験片の肉厚を測定する際には、まず金属試験片中央を厚み方向に割断し、断面を得る。得られた断面を顕微鏡により観察し、肉厚を測定する。この時の厚みをL2(mm)とする。L2は、肉厚を測定したときの値を意味する。
L1とL2との差(L1−L2)を、肉厚変化(mm)とする。
【0027】
また、得られた断面において、金属試験片の表面に形成された腐食生成物の厚さ(mm)を顕微鏡で測定する。腐食生成物の厚さとは、腐食生成物について、厚みを測定したときの値を意味する。
【0028】
(腐食速度)
さらに、得られた肉厚変化から、下記の式により腐食速度を算出する。
腐食速度(mm/年)=[肉厚変化(mm)×24×365]/[保持時間(h)×焼成回数]
【0029】
腐食速度が5mm/年以下であると、腐食速度が遅く、焼成手段が備える内壁が腐食されにくいと評価する。
【0030】
(腐食生成物の成長速度)
また、得られた腐食生成物の厚さから、下記の式により腐食生成物の成長速度を算出する。
腐食生成物の成長速度(mm/年)=[腐食生成物厚さ(mm)×24×365]/[保持時間(h)×焼成回数]
【0031】
腐食生成物の成長速度は、リチウム金属複合酸化物の組成により判定基準が異なる場合がある。具体的には、下記の判定基準1又は判定基準2のいずれかにより判定する。
判定基準1:腐食生成物の成長速度が0.9mm/年以下であると、腐食速度が遅く、焼成手段が備える内壁が腐食されにくいと評価する。
判定基準2:腐食生成物の成長速度が2.6mm/年以下であると、腐食速度が遅く、焼成手段が備える内壁が腐食されにくいと評価する。
【0032】
LiMOの全量中、Liの含有率が6.5質量%以下の場合には判定基準1、6.5質量%を超える場合には判定基準2を用いる。
【0033】
〈リチウム金属複合酸化物の製造方法〉
本実施形態のLiMOの製造方法は、焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程を必須工程とする。LiMOの製造方法は、MCCを得る工程及び混合物を得る工程を備えることが好ましい。以下、MCCを得る工程、混合物を得る工程、及び焼成工程の順に説明する。
【0034】
《MCCを得る工程》
まず、リチウム以外の金属元素、すなわち、Niと、任意金属であるCo、Al、及び元素Mとを含むMCCを調製する。
MCCは、通常公知のバッチ共沈殿法又は連続共沈殿法により製造することが可能である。以下、金属として、Ni、Co及びAlを含む金属複合水酸化物を例に、その製造方法を詳述する。
【0035】
まず共沈殿法、特にJP−A−2002−201028に記載された連続法により、ニッケル塩溶液、コバルト塩溶液、アルミニウム塩溶液、及び錯化剤を反応させ、Ni(1−y−z)CoyAlz(OH)2(式中、y+z<1)で表される金属複合水酸化物を製造する。
【0036】
上記ニッケル塩溶液の溶質であるニッケル塩としては、特に限定されないが、例えば硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、塩化ニッケル及び酢酸ニッケルのうちの何れか1種又は2種以上を使用することができる。
【0037】
上記コバルト塩溶液の溶質であるコバルト塩としては、例えば硫酸コバルト、硝酸コバルト、塩化コバルト、及び酢酸コバルトのうちの何れか1種又は2種以上を使用することができる。
【0038】
上記アルミニウム塩溶液の溶質であるアルミニウム塩としては、例えば例えば硫酸アルミニウムやアルミン酸ソーダ等が使用できる。
【0039】
以上の金属塩は、上記Ni(1−y−z)CoyAlz(OH)2の組成比に対応する割合で用いられる。また、溶媒として水が使用される。
【0040】
錯化剤は、水溶液中で、Ni、Co、及びAlのイオンと錯体を形成可能な化合物である。例えば、アンモニウムイオン供給体、ヒドラジン、エチレンジアミン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ウラシル二酢酸、及びグリシンが挙げられる。
【0041】
アンモニウムイオン供給体としては、水酸化アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、弗化アンモニウム等のアンモニウム塩が挙げられる。
【0042】
錯化剤は含まれていなくてもよく、錯化剤が含まれる場合、ニッケル塩溶液、コバルト塩溶液、アルミニウム塩溶液及び錯化剤を含む混合液に含まれる錯化剤の量は、例えば金属塩のモル数の合計に対するモル比が0より大きく2.0以下である。
【0043】
共沈殿法に際しては、ニッケル塩溶液、コバルト塩溶液、アルミニウム塩溶液及び錯化剤を含む混合液のpH値を調整するため、混合液のpHがアルカリ性から中性になる前に、混合液にアルカリ性水溶液を添加する。アルカリ性水溶液は、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが使用できる。
【0044】
なお、本明細書におけるpHの値は、混合液の温度が40℃の時に測定された値であると定義する。混合液のpHは、反応槽からサンプリングした混合液の温度が、40℃になったときに測定する。
【0045】
サンプリングした混合液の温度が40℃よりも低い場合には、混合液を加熱して40℃になったときにpHを測定する。
【0046】
サンプリングした混合液の温度が40℃よりも高い場合には、混合液を冷却して40℃になったときにpHを測定する。
【0047】
上記ニッケル塩溶液、コバルト塩溶液、及びアルミニウム塩溶液のほか、錯化剤を反応槽に連続して供給すると、Ni、Co、及びAlが反応し、Ni(1−y−z)CoyAlz(OH)2が生成する。
【0048】
Ni(1−y−z)CoyAlz(OH)2を製造する方法と同様の方法により、ニッケル塩溶液、コバルト塩溶液、マンガン塩溶液、及び錯化剤を反応させ、Ni(1−y−z)CoyMnz(OH)2(式中、y+z<1)で表される金属複合水酸化物を製造してもよい。
【0049】
上記マンガン塩溶液の溶質であるマンガン塩としては、例えば硫酸マンガン、硝酸マンガン、及び塩化マンガンのうちの何れかを使用することができる。
【0050】
反応に際しては、反応槽の温度を、例えば20℃以上80℃以下、好ましくは30℃以上70℃以下の範囲内で制御する。
【0051】
また、反応に際しては、反応槽内のpH値を、例えばpH9以上pH13以下、好ましくはpH11以上pH13以下の範囲内で制御する。
【0052】
反応槽内の物質は、適宜撹拌して混合する。
連続式共沈殿法で用いる反応槽は、形成された反応沈殿物を分離のためオーバーフローさせるタイプの反応槽を用いることができる。
【0053】
反応槽内は不活性雰囲気であってもよい。不活性雰囲気であると、ニッケルよりも酸化されやすい元素が凝集してしまうことを抑制し、均一な金属複合水酸化物を得ることができる。
【0054】
また、反応槽内は、不活性雰囲気を保ちつつも、適度な酸素含有雰囲気または酸化剤存在下であってもよい。
反応槽内の雰囲気制御をガス種で行う場合、所定のガス種を反応槽内に通気するか、反応液を直接バブリングすればよい。
【0055】
上記の条件の制御に加えて、各種気体、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素等の不活性ガス、空気、酸素等の酸化性ガス、またはそれらの混合ガスを反応槽内に供給し、得られる反応生成物の酸化状態を制御してもよい。
【0056】
得られる反応生成物を酸化する化合物として、過酸化水素などの過酸化物、過マンガン酸塩などの過酸化物塩、過塩素酸塩、次亜塩素酸塩、硝酸、ハロゲン、オゾンなどを使用することができる。
【0057】
得られる反応生成物を還元する化合物として、シュウ酸、ギ酸などの有機酸、亜硫酸塩、ヒドラジンなどを使用する事ができる。
【0058】
以上の反応後、得られた反応生成物を水で洗浄した後、乾燥することで、MCCが得られる。また、反応生成物に水で洗浄するだけでは混合液に由来する夾雑物が残存してしまう場合には、必要に応じて、反応生成物を、弱酸水や水酸化ナトリウムや水酸化カリウムを含むアルカリ溶液で洗浄してもよい。
【0059】
なお、上記の例では、MCCとして、ニッケルコバルトアルミニウム金属複合水酸化物を製造しているが、ニッケルコバルトアルミニウム金属複合酸化物を調製してもよい。
【0060】
例えば、ニッケルコバルトアルミニウム金属複合水酸化物を酸化することによりニッケルコバルトアルミニウム金属複合酸化物を調製することができる。
【0061】
《混合物を得る工程》
上記の方法により得られたMCCと、リチウム化合物とを混合し、MCCとリチウム化合物との混合物を得る。
リチウム化合物としては、炭酸リチウム、水酸化リチウム、水酸化リチウム一水和物からなる群より選択される1種以上が使用できる。
【0062】
リチウム化合物とMCCとを、最終目的物の組成比を勘案して混合し、混合物を得る。具体的には、リチウム化合物とMCCは、後述する組成式(I)の組成比に対応する割合で混合することが好ましい。
【0063】
MCCとリチウム化合物との混合物は、後述の焼成工程前に加熱してもよい。前記混合物を加熱することにより、MCCとリチウム化合物との反応物を含む混合物原料を得ることができる。すなわち、前記混合物原料は、MCCとリチウム化合物との混合物中に含まれる一部のMCCとリチウム化合物とが反応した反応物を含み、さらにMCCとリチウム化合物とを含んでいてもよい。
MCCとリチウム化合物との混合物を加熱する際の加熱温度は、例えば、300℃以上700℃以下である。
【0064】
MCCとリチウム化合物との混合物、またはMCCとリチウム化合物との反応物を含む混合物原料は、後述の焼成工程における被焼成物として採用することができる。
【0065】
被焼成物のLiの含有率は、5質量%を超え10質量%以下であり、5.1質量%以上9.9質量%以下が好ましく、5.2質量%以上9.8質量%以下が好ましい。
また、本発明の一態様において被焼成物のLiの好ましい含有率は、5質量%を超え9.0質量%以下、5質量%を超え8.0質量%以下、5質量%を超え7.0質量%以下が挙げられる。
【0066】
被焼成物のLiの含有率が上記下限値を超えると、リチウムイオン導電性を有する層が増加したLiMOを製造できる。このようなLiMOは、リチウム二次電池の初回効率を向上させることができる。
被焼成物のLiの含有率が上記上限値以下であると、焼成手段が備える内壁が腐食しにくくなる。これにより、焼成手段の部材交換等の工程が発生しにくく、生産効率が向上する。
【0067】
被焼成物に含まれるLiの含有率は、下記の方法により測定する。
【0068】
〈被焼成物に含まれるLiの含有率の測定〉
被焼成物の組成分析は、被焼成物の粉末を塩酸に溶解させた後、ICP発光分光分析装置を用いて測定できる。ICP発光分光分析装置としては、例えばエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、SPS3000が使用できる。被焼成物をICP発光分光分析で測定し、被焼成物に含まれるLiの含有率を求める。「被焼成物に含まれるLiの含有率」とは、被焼成物に含まれる元素の全量に対する、Liの割合である。
【0069】
《焼成工程》
焼成手段を用いて前記被焼成物を焼成する。
【0070】
(焼成手段)
焼成手段は、被焼成物と直接接する内壁を備える。
焼成手段は、例えばロータリーキルン又はローラーハースキルンが挙げられる。焼成手段がロータリーキルンである場合、内壁は例えば円筒状のキルン内壁である。焼成手段がローラーハースキルンである場合、内壁は例えば焼成容器の内壁である。
【0071】
焼成手段はロータリーキルンであることが好ましい。ロータリーキルンは連続式であってもよく、バッチ式であってもよい。
【0072】
内壁の主材は合金である。
本明細書において「主材」とは、内壁に最も多く含まれる材料を意味する。
以下、内壁の主材である合金について説明する。
【0073】
合金はNiとAlとを含有する。
合金の全量に対するNiの含有率は、93質量%以上95質量%以下である。合金の全量に対するAlの含有率は3質量%以上5質量%以下である。
【0074】
合金の全量に対するNiの含有率が上記下限値以上かつ上記上限値以下であると、焼成手段が備える内壁がリチウム化合物により腐食されにくくなる。
【0075】
合金の全量に対するAlの含有率が上記下限値以上であると、内壁の表面に酸化アルミニウムの被膜が形成されると考えられる。酸化アルミニウムの被膜は保護膜として機能し、焼成手段が備える内壁がリチウム化合物により腐食されにくくなる。合金の全量に対するAlの含有率が上記上限値以下であると、Niと合金化しやすくなる。
【0076】
主材がNi及びAlを特定の比率で含む合金であると、被焼成物に含まれるリチウム化合物により焼成手段が備える内壁が腐食されにくくなる。このため内壁部材の交換や、焼成手段の修繕などの工程が生じにくく、高い初回放電容量示すリチウム二次電池を提供できるLiMOを長期間にわたり効率よく生産できる。
【0077】
合金はSi又はMnのいずれか一方又は両方を含有していてもよい。
合金がSiを含む場合、主材である合金の全量に対するSiの含有率は、0.5質量%以上2.5質量%以下が好ましく、0.7質量%以上2.3質量%以下がより好ましい。
【0078】
合金がMnを含む場合、主材である合金の全量に対するMnの含有率は、0質量%を超え1.0質量%以下が好ましく、0.2質量%以上0.8質量%以下がより好ましい。
【0079】
合金がSi及びMnを含む場合、主材である合金の全量に対するSi及びMnの合計量は、0.5質量%を超え3.5質量%以下が好ましい。SiまたはMnが含まれると、内壁の表面に形成された被膜がより壊れにくいと考えられる。
【0080】
主材である合金の例を下記に記載する。
・Ni及びAlからなる合金
・Ni、Al及びSiからなる合金
・Ni、Al及びMnからなる合金
・Ni、Al、Si及びMnからなる合金
【0081】
合金の組成は、下記の方法により求める。
【0082】
〈合金の組成分析〉
焼成手段が備える内壁の主材である合金の組成分析は、蛍光X線分析装置を用いて行う。これにより、合金中の金属元素の量を定量できる。合金に含まれる金属元素は、例えば、Ni、Al、Si、Mnである。
【0083】
蛍光X線分析装置としては、例えば型式:X−MET8000、日立ハイテク社製が使用できる。また、グロー放電質量分析装置を用いて定量してもよい。
【0084】
焼成条件は、一段焼成であってもよく、二段焼成であってもよい。一段焼成又は二段焼成により、LiMOが得られる。
一段焼成は、被焼成物を特定の焼成温度で一定時間保持する焼成である。
【0085】
二段焼成は、例えば、被焼成物を仮焼成工程により焼成し、得られた仮焼成物を本焼成工程により焼成する。仮焼成工程と本焼成工程とは焼成温度が異なる。仮焼成工程の焼成温度よりも高温の焼成を本焼成工程とする。
【0086】
仮焼成工程は、前記焼成手段を用いて焼成することが好ましい。仮焼成工程を、前記焼成手段を用いて焼成することにより、高い初回放電容量示すリチウム二次電池を提供できるLiMOを長期間にわたり効率よく生産できる。
【0087】
本焼成工程は前記焼成手段を用いて焼成してもよく、他の焼成手段に変更してもよい。本焼成は仮焼成よりも高温で実施するため、焼成時に内壁がダメージを受けやすい。この場合被焼成物に含まれるリチウム化合物により内壁が腐食されやすい。このため本焼成工程は前記焼成手段により実施することが好ましい。
【0088】
一段焼成の場合、焼成温度は100℃以上1000℃以下が好ましい。
【0089】
二段焼成の場合、仮焼成工程と本焼成工程のいずれかにおいて焼成温度は100℃以上1000℃以下が好ましい。
なかでも、仮焼成工程の焼成温度は100℃以上700℃以下が好ましく、本焼成工程は700℃を超え1000℃以下とすることが好ましい。
【0090】
焼成時間は、昇温開始から達温して温度保持が終了するまでの合計時間を1時間以上30時間以下とすることが好ましい。最高保持温度に達する加熱工程の昇温速度は180℃/時間以上2000℃/時間以下が好ましく、200℃/時間以上1900℃/時間以下がより好ましく、250℃/時間以上1800℃/時間以下が特に好ましい。
【0091】
本明細書における最高保持温度とは、焼成工程における焼成炉内雰囲気の保持温度の最高温度であり、焼成工程における焼成温度を意味する。複数の加熱工程を有する焼成工程の場合、最高保持温度とは、各焼成工程のうちの最高温度を意味する。
【0092】
本明細書における昇温速度は、焼成装置において、昇温を開始した時間から最高保持温度に到達するまでの時間と、焼成装置の焼成炉内の昇温開始時の温度から最高保持温度までの温度差とから算出される。
【0093】
焼成工程の焼成雰囲気の酸素濃度は10体積%以上が好ましい。焼成工程の焼成雰囲気の酸素濃度は、50体積%以上、60体積%以上が挙げられる。
【0094】
二段焼成の場合、仮焼成工程及び本焼成工程の焼成条件は、下記の組み合わせで実施することが好ましい。
(仮焼成工程)
焼成温度:600℃以上700℃以下
焼成時間:1時間以上15時間以下
焼成雰囲気:酸素雰囲気
(本焼成工程)
焼成温度:700℃を超え800℃以下
焼成時間:5時間以上7時間以下
焼成雰囲気:酸素雰囲気
【0095】
・洗浄工程
焼成後に、得られた焼成物を洗浄してもよい。洗浄には、純水やアルカリ性洗浄液を用いることができる。
【0096】
《組成》
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOは、下記の一般式(I)で表されるものが好ましい。
Li[Lix(Ni(1−y−z)CoyMz)1−x]O2 …(I)
(−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.5、0≦z≦0.9、y+z<1、Mは、Mn、Cu、Ti、Mg、Al、W、B、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素を表す。)
【0097】
(x)
サイクル特性が高いリチウム二次電池を得る観点から、xは0を超えることが好ましく、0.01以上がより好ましく、0.02以上がさらに好ましい。また、初回クーロン効率がより高いリチウム二次電池を得る観点から、xは0.1以下が好ましく、0.08以下がより好ましく、0.06以下がさらに好ましい。
xの上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。
組み合わせの例としては、xは、0を超え0.1以下、0.01以上0.08以下、0.02以上0.06以下が挙げられる。
サイクル特性が高いとは、放電容量維持率が高いことを意味する。
【0098】
(y)
yは電池の内部抵抗が低いリチウム二次電池を得る観点から、0.005以上が好ましく、0.01以上がより好ましく、0.05以上がさらに好ましい。また、熱的安定性が高いリチウム二次電池を得る観点から、yは0.4以下が好ましく、0.35以下がより好ましく、0.33以下がさらに好ましい。
yの上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。
組み合わせの例としては、yは0.005以上0.4以下、0.01以上0.35以下、0.05以上0.33以下が挙げられる。
【0099】
(z)
また、サイクル特性が高いリチウム二次電池を得る観点から、zは0.01以上が好ましく、0.02以上がより好ましく、0.03以上がさらに好ましい。また、高温(例えば60℃環境下)での保存特性が高いリチウム二次電池を得る観点から、zは0.89以下が好ましく、0.88以下がより好ましく、0.87以下がさらに好ましい。
zの上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。
組み合わせの例としては、zは0.01以上0.89以下、0.02以上0.88以下、0.03以上0.87以下が挙げられる。
【0100】
MはMn、Cu、Ti、Mg、Al、W、B、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素を表す。
【0101】
また、サイクル特性が高いリチウム二次電池を得る観点から、Mは、Mn、Ti、Mg、Al、W、B、Zr、及びNbからなる群より選択される1種以上の元素が好ましく、熱的安定性が高いリチウム二次電池を得る観点から、Mn、Al、W、B、Zr、及びNbからなる群より選択される1種以上の元素が好ましい。
【0102】
〈組成分析〉
LiMOの組成分析は、得られたLiMOの粉末を塩酸に溶解させた後、ICP発光分光分析装置を用いて測定できる。
ICP発光分光分析装置としては、例えばエスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、SPS3000が使用できる。
【0103】
〈リチウム金属複合酸化物〉
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOは、CAMとして好適に用いることができる。
【0104】
〈リチウム二次電池〉
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOをCAMとして用いる場合に好適なリチウム二次電池の構成を説明する。
さらに、本実施形態の製造方法により製造されるLiMOをCAMとして用いる場合に好適なリチウム二次電池用正極について説明する。以下、リチウム二次電池用正極を正極と称することがある。
さらに、正極の用途として好適なリチウム二次電池について説明する。
【0105】
本実施形態の製造方法により製造されるLiMOをCAMとして用いる場合の好適なリチウム二次電池の一例は、正極及び負極、正極と負極との間に挟持されるセパレータ、正極と負極との間に配置される電解液を有する。
【0106】
リチウム二次電池の一例は、正極及び負極、正極と負極との間に挟持されるセパレータ、正極と負極との間に配置される電解液を有する。
【0107】
図1は、リチウム二次電池の一例を示す模式図である。例えば円筒型のリチウム二次電池10は、次のようにして製造する。
【0108】
まず、図1に示すように、帯状を呈する一対のセパレータ1、一端に正極リード21を有する帯状の正極2、及び一端に負極リード31を有する帯状の負極3を、セパレータ1、正極2、セパレータ1、負極3の順に積層し、巻回することにより電極群4とする。
【0109】
次いで、電池缶5に電極群4及び不図示のインシュレーターを収容した後、缶底を封止し、電極群4に電解液6を含浸させ、正極2と負極3との間に電解質を配置する。さらに、電池缶5の上部をトップインシュレーター7及び封口体8で封止することで、リチウム二次電池10を製造することができる。
【0110】
電極群4の形状としては、例えば、電極群4を巻回の軸に対して垂直方向に切断したときの断面形状が、円、楕円、長方形又は角を丸めた長方形となるような柱状の形状を挙げることができる。
【0111】
また、このような電極群4を有するリチウム二次電池の形状としては、国際電気標準会議(IEC)が定めた電池に対する規格であるIEC60086、又はJIS C 8500で定められる形状を採用することができる。例えば、円筒型又は角型などの形状を挙げることができる。
【0112】
さらに、リチウム二次電池は、上記巻回型の構成に限らず、正極、セパレータ、負極、セパレータの積層構造を繰り返し重ねた積層型の構成であってもよい。積層型のリチウム二次電池としては、いわゆるコイン型電池、ボタン型電池、又はペーパー型(又はシート型)電池を例示することができる。
【0113】
以下、各構成について順に説明する。
(正極)
正極は、まずCAM、導電材及びバインダーを含む正極合剤を調整し、正極合剤を正極集電体に担持させることで製造できる。
【0114】
(導電材)
正極が有する導電材には、炭素材料を用いることができる。炭素材料は、例えば黒鉛粉末、カーボンブラック(例えばアセチレンブラック)、繊維状炭素材料である。
【0115】
正極合剤中の導電材の割合は、CAM100質量部に対して5質量部以上20質量部以下であると好ましい。
【0116】
(バインダー)
正極が有するバインダーとしては、熱可塑性樹脂を用いることができる。この熱可塑性樹脂としては、ポリイミド樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、WO2019/098384A1またはUS2020/0274158A1に記載の樹脂を挙げることができる。
【0117】
ポリイミド樹脂は、例えばポリフッ化ビニリデン(以下、PVdFということがある。)である。
【0118】
フッ素樹脂は、例えばポリテトラフルオロエチレンである。
【0119】
ポリオレフィン樹脂は、例えばポリエチレン、ポリプロピレンなどである。
【0120】
(正極集電体)
正極が有する正極集電体には、Al、Ni、ステンレスなどの金属材料を形成材料とする帯状の部材を用いることができる。
【0121】
正極集電体に正極合剤を担持させる方法としては、有機溶媒を用いて正極合剤をペースト化し、得られる正極合剤のペーストを正極集電体の少なくとも一面側に塗布して乾燥させ、電極プレス工程を行って固着する方法が挙げられる。
【0122】
正極合剤をペースト化する場合、用いることができる有機溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン(以下、NMPということがある。)が挙げられる。
【0123】
正極合剤のペーストを正極集電体へ塗布する方法としては、例えば、スリットダイ塗工法、スクリーン塗工法、カーテン塗工法、ナイフ塗工法、グラビア塗工法及び静電スプレー法が挙げられる。
【0124】
以上に挙げられた方法により、正極を製造することができる。
【0125】
(負極)
リチウム二次電池が有する負極は、正極よりも低い電位でリチウムイオンのドープかつ脱ドープが可能であればよい。例えば、負極活物質を含む負極合剤が負極集電体に担持されてなる電極、及び負極活物質単独からなる電極を挙げることができる。
【0126】
(負極活物質)
負極が有する負極活物質としては、炭素材料、カルコゲン化合物(酸化物、硫化物など)、窒化物、金属又は合金で、正極よりも低い電位でリチウムイオンのドープかつ脱ドープが可能な材料が挙げられる。
【0127】
負極活物質として使用可能な炭素材料としては、天然黒鉛、人造黒鉛などの黒鉛、コークス類、カーボンブラック、炭素繊維及び有機高分子化合物焼成体を挙げることができる。
【0128】
負極活物質として使用可能な酸化物としては、SiO2、SiOなど式SiOx(ここで、xは正の実数)で表されるケイ素の酸化物、;SnO2、SnOなど式SnOx(ここで、xは正の実数)で表されるスズの酸化物;Li4Ti5O12、などのリチウムとチタンとを含有する金属複合酸化物;を挙げることができる。
【0129】
また、負極活物質として使用可能な金属としては、リチウム金属、シリコン金属及びスズ金属などを挙げることができる。
負極活物質として使用可能な材料として、WO2019/098384A1またはUS2020/0274158A1に記載の材料を用いてもよい。
【0130】
これらの金属や合金は、例えば箔状に加工された後、主に単独で電極として用いられる。
【0131】
上記負極活物質の中では、天然黒鉛、人造黒鉛などの黒鉛を主成分とする炭素材料が好ましく用いられる。これは、充電時に未充電状態から満充電状態にかけて負極の電位がほとんど変化せず(電位平坦性がよい)、平均放電電位が低く、繰り返し充放電させたときの容量維持率が高い(サイクル特性がよい)ためである。炭素材料の形状としては、例えば天然黒鉛のような薄片状、メソカーボンマイクロビーズのような球状、黒鉛化炭素繊維のような繊維状、又は微粉末の凝集体などのいずれでもよい。
【0132】
前記の負極合剤は、必要に応じて、バインダーを含有してもよい。バインダーとしては、熱可塑性樹脂を挙げることができ、具体的には、PVdF、熱可塑性ポリイミド、カルボキシメチルセルロース(以下、CMCということがある。)、スチレンブタジエンゴム(以下、SBRということがある。)ポリエチレン及びポリプロピレンを挙げることができる。
【0133】
(負極集電体)
負極が有する負極集電体としては、Cu、Ni、ステンレスなどの金属材料を形成材料とする帯状の部材を挙げることができる。
【0134】
このような負極集電体に負極合剤を担持させる方法としては、正極の場合と同様に、加圧成型による方法、溶媒などを用いてペースト化し負極集電体上に塗布、乾燥後プレスし圧着する方法が挙げられる。
【0135】
(セパレータ)
リチウム二次電池が有するセパレータとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン樹脂、フッ素樹脂、含窒素芳香族重合体などの材質からなる、多孔質膜、不織布、織布などの形態を有する材料を用いることができる。また、これらの材質を2種以上用いてセパレータを形成してもよいし、これらの材料を積層してセパレータを形成してもよい。また、JP−A−2000−030686やUS20090111025A1に記載のセパレータを用いてもよい。
【0136】
(電解液)
リチウム二次電池が有する電解液は、電解質及び有機溶媒を含有する。
【0137】
電解液に含まれる電解質としては、LiClO4、LiPF6、LiBF4、などのリチウム塩が挙げられ、これらの2種以上の混合物を使用してもよい。
【0138】
また電解液に含まれる有機溶媒としては、例えばプロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネートなどのカーボネート類を用いることができる。
【0139】
有機溶媒としては、これらのうちの2種以上を混合して用いることが好ましい。中でもカーボネート類を含む混合溶媒が好ましく、環状カーボネートと非環状カーボネートとの混合溶媒及び環状カーボネートとエーテル類との混合溶媒がさらに好ましい。
【0140】
また、電解液としては、得られるリチウム二次電池の安全性が高まるため、LiPF6などのフッ素を含むリチウム塩及びフッ素置換基を有する有機溶媒を含む電解液を用いることが好ましい。
電解液に含まれる電解質および有機溶媒として、WO2019/098384A1またはUS2020/0274158A1に記載の電解質および有機溶媒を用いてもよい。
【0141】
〈全固体リチウム二次電池〉
次いで、全固体リチウム二次電池の構成を説明しながら、本実施形態の製造方法により製造されるLiMOを全固体リチウム二次電池のCAMとして用いた正極、及びこの正極を有する全固体リチウム二次電池について説明する。
【0142】
図2は、全固体リチウム二次電池の一例を示す模式図である。図2に示す全固体リチウム二次電池1000は、正極110と、負極120と、固体電解質層130とを有する積層体100と、積層体100を収容する外装体200と、を有する。また、全固体リチウム二次電池1000は、集電体の両側にCAMと負極活物質とを配置したバイポーラ構造であってもよい。バイポーラ構造の具体例として、例えば、JP−A−2004−95400に記載される構造が挙げられる。各部材を構成する材料については、後述する。
【0143】
積層体100は、正極集電体112に接続される外部端子113と、負極集電体122に接続される外部端子123と、を有していてもよい。その他、全固体リチウム二次電池1000は、正極110と負極120との間にセパレータを有していてもよい。
【0144】
全固体リチウム二次電池1000は、さらに積層体100と外装体200とを絶縁する不図示のインシュレーター及び外装体200の開口部200aを封止する不図示の封止体を有する。
【0145】
外装体200は、アルミニウム、ステンレス鋼又はニッケルメッキ鋼などの耐食性の高い金属材料を成形した容器を用いることができる。また、外装体200として、少なくとも一方の面に耐食加工を施したラミネートフィルムを袋状に加工した容器を用いることもできる。
【0146】
全固体リチウム二次電池1000の形状としては、例えば、コイン型、ボタン型、ペーパー型(またはシート型)、円筒型、角型、又はラミネート型(パウチ型)などの形状を挙げることができる。
【0147】
全固体リチウム二次電池1000は、一例として積層体100を1つ有する形態が図示されているが、本実施形態はこれに限らない。全固体リチウム二次電池1000は、積層体100を単位セルとし、外装体200の内部に複数の単位セル(積層体100)を封じた構成であってもよい。
【0148】
以下、各構成について順に説明する。
【0149】
(正極)
正極110は、正極活物質層111と正極集電体112とを有している。
【0150】
正極活物質層111は、上述したCAM及び固体電解質を含む。また、正極活物質層111は、導電材及びバインダーを含んでいてもよい。
【0151】
(固体電解質)
正極活物質層111に含まれる固体電解質としては、リチウムイオン伝導性を有し、公知の全固体リチウム二次電池に用いられる固体電解質を採用することができる。このような固体電解質としては、無機電解質及び有機電解質を挙げることができる。
【0152】
無機電解質としては、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質及び水素化物系固体電解質を挙げることができる。
【0153】
有機電解質としては、ポリマー系固体電解質を挙げることができる。
【0154】
各電解質としては、WO2020/208872A1、US2016/0233510A1、US2012/0251871A1、US2018/0159169A1に記載の化合物が挙げられ、例えば、以下の化合物が挙げられる。
【0155】
(酸化物系固体電解質)
酸化物系固体電解質としては、例えば、ペロブスカイト型酸化物、NASICON型酸化物、LISICON型酸化物及びガーネット型酸化物などが挙げられる。各酸化物の具体例は、WO2020/208872A1、US2016/0233510A1、US2020/0259213A1に記載の化合物が挙げられ、例えば、以下の化合物が挙げられる。
【0156】
ガーネット型酸化物としては、Li7La3Zr2O12(LLZともいう)などのLi−La−Zr系酸化物などが挙げられる。
【0157】
酸化物系固体電解質は、結晶性材料であってもよく、非晶質材料であってもよい。
【0158】
(硫化物系固体電解質)
硫化物系固体電解質としては、Li2S−P2S5系化合物、Li2S−SiS2系化合物、Li2S−GeS2系化合物、Li2S−B2S3系化合物、LiI−Si2S−P2S5系化合物、LiI−Li2S−P2O5系化合物、LiI−Li3PO4−P2S5系化合物及びLi10GeP2S12などを挙げることができる。
【0159】
なお、本明細書において、硫化物系固体電解質を指す「系化合物」という表現は、「系化合物」の前に記載した「Li2S」「P2S5」などの原料を主として含む固体電解質の総称として用いる。例えば、Li2S−P2S5系化合物には、Li2SとP2S5とを主として含み、さらに他の原料を含む固体電解質が含まれる。Li2S−P2S5系化合物に含まれるLi2Sの割合は、例えばLi2S−P2S5系化合物全体に対して50〜90質量%である。Li2S−P2S5系化合物に含まれるP2S5の割合は、例えばLi2S−P2S5系化合物全体に対して10〜50質量%である。また、Li2S−P2S5系化合物に含まれる他の原料の割合は、例えばLi2S−P2S5系化合物全体に対して0〜30質量%である。また、Li2S−P2S5系化合物には、Li2SとP2S5との混合比を異ならせた固体電解質も含まれる。
【0160】
Li2S−P2S5系化合物としては、Li2S−P2S5、Li2S−P2S5−LiI、Li2S−P2S5−LiCl、Li2S−P2S5−LiBr、Li2S−P2S5−LiI−LiBrなどを挙げることができる。
【0161】
Li2S−SiS2系化合物としては、Li2S−SiS2、Li2S−SiS2−LiI、Li2S−SiS2−LiBr、Li2S−SiS2−LiCl、Li2S−SiS2−B2S3−LiI、Li2S−SiS2−P2S5−LiI、Li2S−SiS2−P2S5−LiClなどを挙げることができる。
【0162】
Li2S−GeS2系化合物としては、Li2S−GeS2及びLi2S−GeS2−P2S5などを挙げることができる。
【0163】
硫化物系固体電解質は、結晶性材料であってもよく、非晶質材料であってもよい。
【0164】
固体電解質は、発明の効果を損なわない範囲において、2種以上を併用することができる。
【0165】
(導電材及びバインダー)
正極活物質層111が有する導電材としては、上述の(導電材)で説明した材料を用いることができる。また、正極合剤中の導電材の割合についても同様に上述の(導電材)で説明した割合を適用することができる。また、正極が有するバインダーとしては、上述の(バインダー)で説明した材料を用いることができる。
【0166】
(正極集電体)
正極110が有する正極集電体112としては、上述の(正極集電体)で説明した材料を用いることができる。
【0167】
正極集電体112に正極活物質層111を担持させる方法としては、正極集電体112上でCAM層111を加圧成型する方法が挙げられる。加圧成型には、冷間プレスや熱間プレスを用いることができる。
【0168】
また、有機溶媒を用いてCAM、固体電解質、導電材及びバインダーの混合物をペースト化して正極合剤とし、得られる正極合剤を正極集電体112の少なくとも一面上に塗布して乾燥させ、プレスし固着することで、正極集電体112に正極活物質層111を担持させてもよい。
【0169】
また、有機溶媒を用いてCAM、固体電解質及び導電材の混合物をペースト化して正極合剤とし、得られる正極合剤を正極集電体112の少なくとも一面上に塗布して乾燥させ、焼結することで、正極集電体112に正極活物質層111を担持させてもよい。
【0170】
正極合剤に用いることができる有機溶媒としては、上述の(正極集電体)で説明した正極合剤をペースト化する場合に用いることができる有機溶媒と同じものを用いることができる。
【0171】
正極合剤を正極集電体112へ塗布する方法としては、上述の(正極集電体)で説明した方法が挙げられる
【0172】
以上に挙げられた方法により、正極110を製造することができる。正極110に用いる具体的な材料の組み合わせとしては、前述のCAMと、表1〜3に記載する固体電解質、バインダー及び導電材の組み合わせが挙げられる。
【0173】
【表1】

【0174】
【表2】

【0175】
【表3】

【0176】
(負極)
負極120は、負極活物質層121と負極集電体122とを有している。負極活物質層121は、負極活物質を含む。また、負極活物質層121は、固体電解質及び導電材を含んでいてもよい。負極活物質、負極集電体、固体電解質、導電材及びバインダーは、上述したものを用いることができる。
【0177】
負極集電体122に負極活物質層121を担持させる方法としては、正極110の場合と同様に、加圧成型による方法、負極活物質を含むペースト状の負極合剤を負極集電体122上に塗布、乾燥後プレスし圧着する方法、及び負極活物質を含むペースト状の負極合剤を負極集電体122上に塗布、乾燥後、焼結する方法が挙げられる。
【0178】
(固体電解質層)
固体電解質層130は、上述の固体電解質を有している。
【0179】
固体電解質層130は、上述の正極110が有する正極活物質層111の表面に、無機物の固体電解質をスパッタリング法により堆積させることで形成することができる。
【0180】
また、固体電解質層130は、上述の正極110が有する正極活物質層111の表面に、固体電解質を含むペースト状の合剤を塗布し、乾燥させることで形成することができる。乾燥後、プレス成型し、さらに冷間等方圧加圧法(CIP)により加圧して固体電解質層130を形成してもよい。
【0181】
積層体100は、上述のように正極110上に設けられた固体電解質層130に対し、公知の方法を用いて、固体電解質層130の表面に負極活物質層121が接する態様で負極120を積層させることで製造することができる。
【実施例】
【0182】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0183】
〈組成分析〉
LiMOの組成分析は、前記〈組成分析〉において説明した方法により実施した。
【0184】
〈被焼成物に含まれるLiの含有率の測定〉
被焼成物に含まれるLiの含有率は、前記〈被焼成物に含まれるLiの含有率の測定〉において説明した方法により実施した。
【0185】
〈合金の組成分析〉
焼成手段が備える合金または金属の組成分析は、前記〈合金の組成分析〉において説明した方法により実施した。
【0186】
〈腐食速度及び腐食生成物の成長速度の測定〉
腐食速度は、前記〈腐食速度及び腐食生成物の成長速度の測定〉において説明した方法により実施した。
具体的には、金属試験片として、下記の金属試験片1〜3を用意した。
金属試験片1〜3は、縦20mm、横25mm、厚さ3mmのサイズとした。
金属試験片1は、Niの含有率が94質量%、Alの含有率が4質量%、Siの含有率が1.5質量%、Mnの含有率が0.5質量%の金属試験片である。
金属試験片2は、Niの含有率が62質量%、Crの含有率が22質量%、Wの含有率が14質量%、Moの含有率が2質量%の金属試験片である。
金属試験片3は、Niの含有率が100質量%の金属試験片である。
【0187】
〈初回放電容量の測定〉
リチウム二次電池の初回放電容量は、前記〈初回放電容量の測定〉において説明した方法により実施した。
【0188】
〈実施例1〉
攪拌器およびオーバーフローパイプを備えた反応槽内に水を入れた後、水酸化ナトリウム水溶液を添加し、液温を50℃に保持した。
【0189】
硫酸ニッケル水溶液と硫酸コバルト水溶液と硫酸アルミニウム水溶液とを、NiとCoとAlとの原子比が88:9:3となる割合で混合して、混合原料液を調製した。
【0190】
次に、反応槽内に、攪拌下、この混合原料液と硫酸アンモニウム水溶液を錯化剤として連続的に添加した。反応槽内の溶液のpHが11.6(液温40℃での測定時)になるよう、水酸化ナトリウム水溶液を適時滴下し、ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物を得た。
ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物を洗浄した後、遠心分離機で脱水し、単離して105℃で乾燥することで、ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物1を得た。
【0191】
ニッケルコバルトアルミニウム複合水酸化物1と水酸化リチウム一水和物粉末を、モル比がLi/(Ni+Co+Al)=1.10となる割合で秤量して混合し、被焼成物1を得た。
【0192】
被焼成物1はLiの含有率が6.3質量%であった。
【0193】
その後、焼成手段が備える内壁のモデルとして内部に板状の合金1を設置した焼成炉を用いて被焼成物1を焼成した。
合金1は、合金の全量に対するNiの含有率が94質量%であり、Alの含有率が4質量%であり、Siの含有率が1.5質量%、Mnの含有率が0.5質量%である合金を用いた。
【0194】
合金1の上に被焼成物1を載置し、被焼成物1を仮焼成した。このとき、被焼成物1は合金1と接触する状態であって、焼成炉の内壁とは接触しない状態で焼成した。
【0195】
仮焼成の条件は、酸素雰囲気下、680℃、12時間とした。次に、得られた仮焼成物を酸素雰囲気下、740℃で6時間本焼成し、篩別して実施例1のLiMOを得た。
【0196】
(腐食速度および腐食生成物の成長速度の評価)
また、3gの上記被焼成物1を金属試験片1の片面に載置し、酸素雰囲気下、680℃で12時間焼成した。焼成終了後、得られた焼成物を回収し、新たに被焼成物1を積載して同様の条件で焼成する作業を、さらに7回繰り返し、腐食速度および腐食生成物の成長速度の評価を行った。実施例1において、焼成回数の合計は8回である。
【0197】
〈比較例1〉
合金1を合金2に変更した以外は実施例1と同様に比較例1のLiMOを得た。合金2は、Niの含有率は62質量%であり、Crの含有率は22質量%であり、Wの含有率が14質量%、Moの含有率が2質量%である合金を用いた。また、金属試験片1を金属試験片2に変更した以外は、実施例1と同様に腐食速度及び腐食生成物の成長速度を測定した。
【0198】
〈比較例2〉
合金1をNiの含有率が100質量%である金属に変更した以外は実施例1と同様に比較例2のLiMOを得た。また、金属試験片1を金属試験片3に変更した以外は、実施例1と同様に腐食速度及び腐食生成物の成長速度を測定した。
【0199】
〈比較例3〉
被焼成物1を、Liの含有率が0.7質量%である被焼成物2に変更した以外は実施例1と同様に比較例3のLiMOを得た。また、3gの被焼成物2を用い、焼成回数を合計4回とした以外は、実施例1と同様に腐食速度及び腐食生成物の成長速度を測定した。
【0200】
〈比較例4〉
被焼成物1を、Liの含有率が10.9質量%である被焼成物3に変更した以外は実施例1と同様に比較例4のLiMOを得た。また、3gの被焼成物3を用い、焼成回数を合計3回とした以外は、実施例1と同様に腐食速度及び腐食生成物の成長速度を測定した。
【0201】
実施例1、比較例1〜4において製造したLiMOの組成、被焼成物のLi含有率、合金の組成、金属試験片の腐食速度、腐食生成物の成長速度を表4に示す。さらに、実施例1、比較例1〜4において製造したLiMOをCAMとして用いたリチウム二次電池の初回放電容量を表4に示す。
実施例1、比較例1〜4は、いずれもLiMOの全量中のNiの含有率が80%以上であったため、初回放電容量の評価には、上記判定基準Aを用いた。
実施例1、比較例1〜3は、LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%以下であったため、腐食生成物の成長速度の評価には、上記判定基準1を用いた。
比較例4は、LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%を超えたため、腐食生成物の成長速度の評価には、上記判定基準2を用いた。
【0202】
【表4】

【0203】
表4に示すとおり、実施例1は金属試験片の腐食速度が5mm/年以下であり、腐食生成物の成長速度が0.9mm/年以下であり、腐食速度が遅く、合金が腐食しにくいことが確認できた。よって、実施例1は、LiMOを効率的に製造できる方法であることが示された。さらに、実施例1はリチウム二次電池の初回充電容量を180mAh/g以上にすることができ、リチウム二次電池の性能を向上させることができた。
【0204】
実施例1の仮焼成及び本焼成の焼成条件は、主材が合金1である内壁を備える焼成手段を用いて焼成する場合を再現している。つまり実施例1の結果から、内壁の主材が合金1である焼成手段を用いて焼成した場合にも、LiMOを効率的に製造でき、且つリチウム二次電池の初回充電容量を180mAh/g以上にすることができ、リチウム二次電池の性能を向上させることが十分推察できる。
【0205】
一方、比較例1〜2は、リチウム二次電池の初回充電容量を高くすることができたものの、比較例2は金属試験片の腐食速度が5mm/年を超え、比較例1は腐食生成物の成長速度が0.9mm/年を超えていた。このため、内壁の主材が合金2である焼成手段を用いて焼成した場合にも、焼成手段の内壁が腐食しやすいことが示された。よって、比較例1〜2は、実施例1よりも非効率な製造方法であることが分かる。
比較例3は、被焼成物のLiの含有率が低いために、金属試験片の腐食速度と腐食生成物の成長速度の値を低くすることができた。しかし、得られるLiMOのリチウム導電層が少ないために、リチウム二次電池の初回充電容量が低下したと考えられる。
【0206】
比較例4は、被焼成物のLiの含有率が高いため、合金の腐食速度が43.8mm/年と高かった。また、腐食生成物の成長速度も41.4mm/年と高かった。このため、内壁の主材がNi金属である焼成手段を用いて焼成した場合にも、焼成手段の内壁が腐食しやすいことが示された。よって、比較例4は、実施例1よりも非効率な製造方法であることが分かる。比較例4は被焼成物が焼成手段の内壁のモデルである合金1に固着してしまい、LiMOを回収することができず、電池評価ができなかった。
【0207】
〈実施例2〉
攪拌器およびオーバーフローパイプを備えた反応槽内に水を入れた後、水酸化ナトリウム水溶液を添加し、液温を50℃に保持した。
【0208】
硫酸ニッケル水溶液と硫酸コバルト水溶液と硫酸マンガン水溶液とを、NiとCoとMnとの原子比が60:20:20となる割合で混合して、混合原料液を調製した。
【0209】
次に、反応槽内に、攪拌下、この混合原料液と硫酸アンモニウム水溶液を錯化剤として連続的に添加した。反応槽内の溶液のpHが11.6(液温40℃での測定時)になるよう、水酸化ナトリウム水溶液を適時滴下し、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を得た。
ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を洗浄した後、遠心分離機で脱水し、単離して105℃で乾燥することで、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物1を得た。
【0210】
ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物1と水酸化リチウム一水和物粉末を、モル比がLi/(Ni+Co+Mn)=1.10となる割合で秤量して混合し、被焼成物11を得た。
【0211】
被焼成物11はLiの含有率が6.6質量%であった。
【0212】
被焼成物11を用い、本焼成の条件を、酸素雰囲気下、955℃で5時間とした以外は実施例1と同様に実施例2のLiMOを得た。また、3gの被焼成物11を用いた以外は、実施例1と同様に腐食速度及び腐食生成物の成長速度を測定した。
【0213】
実施例2において製造したLiMOの組成、被焼成物のLi含有率、合金の組成、金属試験片の腐食速度、腐食生成物の成長速度を表5に示す。さらに、実施例2において製造したLiMOをCAMとして用いたリチウム二次電池の初回放電容量を表5に示す。
【0214】
【表5】

【0215】
実施例2は、LiMOの全量中のNiの含有率が80%未満であったため、初回放電容量の評価には、上記判定基準Bを用いた。
実施例2は、LiMOの全量中のLiの含有率が6.5質量%を超えたため、腐食生成物の成長速度の評価には、上記判定基準2を用いた。
【0216】
表5に示すとおり、実施例2は金属試験片の腐食速度が5mm/年以下であり、腐食生成物の成長速度が2.6mm/年以下であり、腐食速度が遅く、合金が腐食しにくいことが確認できた。よって、実施例2は、LiMOを効率的に製造できる方法であることが示された。さらに、実施例2はリチウム二次電池の初回充電容量を170mAh/g以上にすることができ、リチウム二次電池の性能を向上させることができた。
【符号の説明】
【0217】
1:セパレータ、3:負極、4:電極群、5:電池缶、6:電解液、7:トップインシュレーター、8:封口体、10:リチウム二次電池、21:正極リード、100:積層体、110:正極、111:正極活物質層、112:正極集電体、113:外部端子、120:負極、121:負極活物質層、122:負極集電体、123:外部端子、130:固体電解質層、200:外装体、200a:開口部、1000:全固体リチウム二次電池
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼成手段を用いて被焼成物を焼成する焼成工程において、前記被焼成物は、金属複合化合物とリチウム化合物との混合物、または前記金属複合化合物と前記リチウム化合物との反応物を含む混合物原料であり、前記被焼成物は、Liの含有率が5質量%を超え10質量%以下であり、前記焼成手段は、内壁を備え、前記内壁の主材は合金であり、前記合金は、Ni及びAlを含有し、前記合金の全量に対する前記Niの含有率は93質量%以上95質量%以下であり、前記合金の全量に対する前記Alの含有率は3質量%以上5質量%以下であり、リチウム二次電池用正極活物質として用いられる、リチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記リチウム金属複合酸化物は下記の一般式(I)で表される、請求項1に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
Li[Lix(Ni(1−y−z)CoyMz)1−x]O2 …(I)
(−0.1≦x≦0.2、0≦y≦0.5、0≦z≦0.9、y+z<1、Mは、Mn、Cu、Ti、Mg、Al、W、B、Mo、Nb、Zn、Sn、Zr、Ga及びVからなる群より選択される1種以上の元素を表す。)
【請求項3】
前記合金は、Si又はMnのいずれか一方又は両方を含む、請求項1又は2に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記合金の全量に対する前記Siの含有率は0.5質量%以上2.5質量%以下である、請求項3に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記合金の全量に対する前記Mnの含有率は0質量%を超え1.0質量%以下である、請求項3に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記焼成手段はロータリーキルンである、請求項1〜5のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記焼成工程は仮焼成工程と本焼成工程とを有し、少なくとも前記仮焼成工程において、前記焼成手段を用いて焼成し、前記仮焼成工程の焼成温度は100℃以上700℃以下であり、前記本焼成工程の焼成温度は700℃を超え1000℃以下である、請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウム金属複合酸化物の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2024-03-08 
出願番号 P2022-508798
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C01G)
P 1 651・ 536- YAA (C01G)
P 1 651・ 537- YAA (C01G)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 金 公彦
原 賢一
登録日 2022-08-08 
登録番号 7121219
権利者 住友化学株式会社
発明の名称 リチウム金属複合酸化物の製造方法  
代理人 ▲高▼梨 航  
代理人 松沼 泰史  
代理人 加藤 広之  
代理人 ▲高▼梨 航  
代理人 佐藤 彰雄  
代理人 佐藤 彰雄  
代理人 加藤 広之  
代理人 松沼 泰史  

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