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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B32B 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 B32B 審判 全部申し立て 2項進歩性 B32B |
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管理番号 | 1411331 |
総通号数 | 30 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-06-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2023-07-26 |
確定日 | 2024-04-04 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | true |
事件の表示 | 特許第7213866号発明「皮脂との親和性が高い有機ポリマーを含む層を備えた物品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7213866号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜13〕について訂正することを認める。 特許第7213866号の請求項2〜13に係る特許を維持する。 特許第7213866号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7213866号の請求項1〜13に係る特許についての出願は、2019年(平成31年)3月6日(優先権主張 平成30年3月13日)を国際出願日とする出願であって、令和5年1月19日にその特許権の設定登録がされ、令和5年1月27日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1〜13に係る特許に対し、令和5年7月26日に特許異議申立人水野圭助(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。それ以降の経緯は以下のとおりである。 令和5年10月24日付け 取消理由通知書 令和5年12月22日 訂正請求書及び意見書(特許権者) 令和6年 2月 9日 意見書(申立人) 第2 訂正の適否 1 本件訂正の内容 令和5年12月22日提出の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第7213866号の特許請求の範囲を、本請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜13について訂正することを求める。」というものであって、その訂正の内容は以下のとおりである。なお、訂正箇所に下線を付した。 (1)訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1を削除する。 (2)訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2に「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない、請求項1に記載の物品。」とあるのを、独立形式に改め、「基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3及び5〜13についても同様に訂正する)。 (3)訂正事項3 特許請求の範囲の請求項3に「前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が15度以上である、請求項1又は2に記載の物品。」とあるのを、「前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が15度以上である、請求項2に記載の物品。」に訂正する。 (4)訂正事項4 特許請求の範囲の請求項4に「前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の転落角が30度以下である、請求項1に記載の物品。」とあるのを、「基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まず、 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の転落角が30度以下である、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。」に訂正する(請求項4の記載を引用する請求項5〜13についても同様に訂正する)。 (5)訂正事項5 特許請求の範囲の請求項5に「前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が40度未満である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が40度未満である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (6)訂正事項6 特許請求の範囲の請求項6に「前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が90度以上である、請求項1〜5のいずれか1項の記載の物品。」とあるのを、「前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が90度以上である、請求項2〜5のいずれか1項の記載の物品。」に訂正する。 (7)訂正事項7 特許請求の範囲の請求項7に「前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が140度以下である、請求項1〜6のいずれか1項の記載の物品。」とあるのを、「前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が140度以下である、請求項2〜6のいずれか1項の記載の物品。」に訂正する。 (8)訂正事項8 特許請求の範囲の請求項8に「前記有機ポリマーは、ハンセン全溶解度パラメータδtotalが10〜20MPa1/2の範囲にある、請求項1〜7のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記有機ポリマーは、ハンセン全溶解度パラメータδtotalが10〜20MPa1/2の範囲にある、請求項2〜7のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (9)訂正事項9 特許請求の範囲の請求項9に「前記有機ポリマーは、ハンセン空間におけるオレイン酸との座標間の距離が8MPa1/2以下である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記有機ポリマーは、ハンセン空間におけるオレイン酸との座標間の距離が8MPa1/2以下である、請求項2〜8のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (10)訂正事項10 特許請求の範囲の請求項10に「前記ポリジアルキルシロキサン構造に含まれるアルキル基の炭素数が1〜6である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記ポリジアルキルシロキサン構造に含まれるアルキル基の炭素数が1〜6である、請求項2〜9のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (11)訂正事項11 特許請求の範囲の請求項11に「前記表面は、ドーム状の凸部と平坦部とを有する、請求項1〜10のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記表面は、ドーム状の凸部と平坦部とを有する、請求項2〜10のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (12)訂正事項12 特許請求の範囲の請求項12に「前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部は、10nm〜200nmの径と、5nm〜100nmの高さとを有する、請求項1〜11のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部は、10nm〜200nmの径と、5nm〜100nmの高さとを有する、請求項2〜11のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 (13)訂正事項13 特許請求の範囲の請求項13に「前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部が占める面積の合計と前記平坦部の面積との比が15:85〜80:20の範囲にある請求項1〜12のいずれか1項に記載の物品。」とあるのを、「前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部が占める面積の合計と前記平坦部の面積との比が15:85〜80:20の範囲にある請求項2〜12のいずれか1項に記載の物品。」に訂正する。 2 一群の請求項について 本件訂正前の請求項1〜13は、請求項2〜13が、本件訂正前の請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正請求は、一群の請求項〔1〜13〕について請求されたものである。 3 訂正の目的、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否について (1)訂正事項1について 訂正事項1は、本件訂正前の請求項1を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的するものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。 (2)訂正事項2について 訂正事項2は、本件訂正前の請求項1を引用するものであった請求項2を、独立形式に改めた上で、膜の表面に露出した層を「前記層の厚さは、8nm以下であり」と限定するものであるから、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするとともに、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、本件特許明細書の【0050】の記載に基づく訂正であるから新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。 (3)訂正事項3について 訂正事項3は、訂正事項1により請求項1が削除されたことに伴い、引用する請求項の数を減少させ、また、削除された請求項1を引用しているという不明瞭な状態を解消させるものであるから、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。 (4)訂正事項4について 訂正事項4は、本件訂正前の請求項1を引用するものであった請求項4を、独立形式に改めた上で、膜の表面に露出した層を「前記層の厚さは、8nm以下であり」と限定し、層に含まれるポリマーブラシを構成する有機ポリマーについて「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まず」と限定するものであるから、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとするとともに、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、「前記層の厚さは、8nm以下であり」は本件特許明細書の【0050】の記載、「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まず」は本件特許明細書の【0030】の記載に、それぞれ基づく訂正であるから新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。 (5)訂正事項5〜13について 訂正事項5〜13は、訂正事項1により請求項1が削除されたことに伴い、引用する請求項の数を減少させ、また、削除された請求項1を引用しているという不明瞭な状態を解消させるものであるから、特許請求の範囲の減縮及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しない。 4 小括 以上のとおりであるから、訂正事項1〜13に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合する。 したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜13〕について訂正することを認める。 第3 訂正後の本件発明 上記のとおり、本件訂正は認められるから、本件訂正後の請求項2〜13に係る発明(以下「本件発明2」等といい、まとめて「本件発明」という。)は、令和5年12月22日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項2〜13に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項2】 基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。 【請求項3】 前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が15度以上である、請求項2に記載の物品。 【請求項4】 基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まず、 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の転落角が30度以下である、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。 【請求項5】 前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が40度未満である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の物品。 【請求項6】 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が90度以上である、請求項2〜5のいずれか1項の記載の物品。 【請求項7】 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が140度以下である、請求項2〜6のいずれか1項の記載の物品。 【請求項8】 前記有機ポリマーは、ハンセン全溶解度パラメータδtotalが10〜20MPa1/2の範囲にある、請求項2〜7のいずれか1項に記載の物品。 【請求項9】 前記有機ポリマーは、ハンセン空間におけるオレイン酸との座標間の距離が8MPa1/2以下である、請求項2〜8のいずれか1項に記載の物品。 【請求項10】 前記ポリジアルキルシロキサン構造に含まれるアルキル基の炭素数が1〜6である、請求項2〜9のいずれか1項に記載の物品。 【請求項11】 前記表面は、ドーム状の凸部と平坦部とを有する、請求項2〜10のいずれか1項に記載の物品。 【請求項12】 前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部は、10nm〜200nmの径と、5nm〜100nmの高さとを有する、請求項2〜11のいずれか1項に記載の物品。 【請求項13】 前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部が占める面積の合計と前記平坦部の面積との比が15:85〜80:20の範囲にある請求項2〜12のいずれか1項に記載の物品。」 第4 取消理由の概要 1 取消理由通知で通知した取消理由 訂正前の請求項1〜13に係る発明に対して、当審が特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。 (1)取消理由1(新規性) 本件特許の請求項1〜11に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。 (2)取消理由2(進歩性) 本件特許の請求項1〜13に係る発明は、甲第1に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 <引用文献一覧> 以下、各甲号証を「甲1」等という。 (文献1は異議申立書の22頁下から3行〜23頁第3行の記載に基いて、当審で引用したものである。) 甲1:特開平11−171594号公報 甲2:特開2014−234506号公報 甲3:特開2002−97192号公報 甲4:特開平4−330925号公報 文献1:特開平8−188745号公報 2 取消理由通知に採用しなかった特許異議申立書に記載の取消理由 取消理由通知に採用しなかった取消理由の概要は次のとおりである。 (1)サポート要件違反 本件特許の請求項1〜13に係る発明は、凹凸の形状に関する限定はなく、他方、発明の詳細な説明に具体的に記載されている凹凸の形状は、ドーム状の凸部と平坦部とを有する形状のみであり、且つ、該凸部と平坦部とを有する形状の形成方法として、微粒子を膜に導入する方法のみが記載されているに過ぎない。 また、膜の表面の表面粗さを所定範囲とする方法は、種々存在し、本件の発明の詳細な説明を参照しても、本件に説明されている方法以外の方法で膜を形成した場合においても、得られる膜が皮脂の付着に伴う外観の劣化の抑制又はその回復に適しているか、示されているとはいえない。 よって、本件特許の請求項1〜13に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 第5 当審の判断 1 取消理由通知で通知した取消理由について (1)各甲号証、文献1の記載事項、引用発明及び周知技術 ア 甲1について 甲1の【請求項1】及び【0006】より、撥水層は、撥水層の表面が露出していることは明らかである。 よって、甲1の【請求項1】、【0006】〜【0007】、【0019】、【0021】、【0027】〜【0028】、【0044】及び【0048】〜【0049】の記載より、特に【0044】の実施例3及び【0048】〜【0049】の実施例5により、甲1には以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「ガラス基板と、前記ガラス基板上に形成された凹凸及び撥水層とを備え、 前記凹凸及び撥水層は、前記凹凸及び撥水層のうちの撥水層が表面に露出しており、 前記凹凸及び撥水層のうちの撥水層の外側表面の凹凸粗さ(Ra2)は3nmであり、 前記撥水層は、上記凹凸を形成したガラス板を洗浄し乾燥させた後、シリコーン系撥水剤スーパーレインX(unelco社製)を洗浄済みの凹凸を形成したガラス板表面に5cc滴下し、刷毛を用いてガラス板全面にのばしながら乾燥させ、この塗布の操作を10回繰り返すことにより得たものであり、 前記撥水層は平均厚さは約400nmである、 撥水性ガラス物品。」 イ 甲2〜甲4に例示される周知技術について 甲2の【0017】〜【0019】、甲3の【0031】〜【0035】並びに甲4の【0005】、【0007】及び【図1】に例示されているとおり、 「撥水層膜が、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、前記有機ポリマーの一端が基材に固定され、他端が表面に露出している物品。」 は周知の技術(以下「周知技術1」という。)である。 ウ 文献1に例示される周知技術について 文献1の【0023】には、 「<試験例3> 従来のガラスコーティング剤との比較試験 供試々料 本発明の試料:実施例1のもの。 比較試料:従来のガラスコーティング剤として、“スーパーレインX”(UNELKO社製)ジメチルポリシロキサンと硫酸とアルコールのガラスコーティング剤。 試験方法 比較試料の塗布法:フロントガラスの油膜を除去し、水洗し、水分を除去し、次に比較試料を塗布し、乾燥し残留液を拭き取る。以上の操作をすべて手作業で行う。 本発明の試料の塗布法:門型洗車機を使用して水洗し、ブラッシングし、後本発明の試料を塗布し後水洗し、送風乾燥する。 試験結果 車体に対する撥水性 比較試料はガラスコーティング剤であるので、車体に塗布すると塗膜が侵されてしまう。 ガラス面に対する撥水性 試験結果は下記表4の通りであった。」 と記載されている。 文献1の「ジメチルポリシロキサン」は、「ポリジメチルシロキサン」に相当する。 そして、当該文献1の、市販されている具体的商品の成分についての記載より、 「スーパーレインX(unelco社製)は、ポリジメチルシロキサンと硫酸とアルコールのガラスコーティング剤である。」 ことは周知の技術(以下「周知技術2」という。)である。 (2) 取消理由1(新規性)及び取消理由2(進歩性)について ア 本件発明2について (ア) 対比 本件発明2と、引用発明とを対比する。 引用発明の「ガラス基板」、「凹凸及び撥水層」及び「撥水層」はそれぞれ、本件発明2の「基材」、「膜」及び「層」に相当し、引用発明の「撥水性ガラス物品」は、本件発明2の「物品」に相当する。 引用発明の「前記凹凸及び撥水層のうちの撥水層が表面に露出しており」は、本件発明2の「前記膜の表面に露出した層を含み」に相当する。 したがって、本件発明2と引用発明とは、 「基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含む物品。」 で一致し、以下の点で相違する。 <相違点1> 膜の表面について、本件発明2が、「前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであ」るのに対し、引用発明は、「前記凹凸及び撥水層のうちの撥水層の外側表面前記表面の凹凸粗さ(Ra2)は3nmであ」る点。 <相違点2> 層の厚さについて、本件発明2が、「前記層の厚さは、8nm以下であ」るのに対して、引用発明は「前記撥水層は平均厚さは約400nmであ」る点。 <相違点3> 層について、本件発明2が、「前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含」んでおり、「ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している」としているとともに「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない」ものであるのに対して、引用発明では、「前記撥水層は、上記凹凸を形成したガラス板を洗浄し乾燥させた後、シリコーン系撥水剤スーパーレインX(unelco社製)を洗浄済みの凹凸を形成したガラス板表面に5cc滴下し、刷毛を用いてガラス板全面にのばしながら乾燥させ、この塗布の操作を10回繰り返すことにより得たものであり」、本件発明2のような「ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含」み、「ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している」構成については明らかでなく、撥水剤が「パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない」ことも明らかでない点。 (イ) 判断 事案に鑑み<相違点2>から検討する。 <相違点2について> 引用発明は「前記撥水層は平均厚さは約400nmであ」るとしており、甲1の請求項1には、「前記撥水層は20〜500nmの範囲内であって、」と、【0021】には「本発明において、上記のようにして形成した凹凸表面を有するガラス基板表面に、次いで、所定厚みおよび平滑表面をもつ撥水層を設ける。この撥水層の厚みはあまり小さすぎると、撥水層が基板凹凸を埋めることができず、撥水層表面の凹凸を小さくすることができなくなる結果、水滴転落性が悪くなる。逆に撥水層の厚みが大きすぎると、撥水層の耐久性が低下するので、凹凸層の上に成膜する撥水層の厚みは、20〜500nmの範囲内であってかつ上記基板表面の凹凸粗さの少なくとも2.0倍の値を有する。」と記載されており、当該撥水層の厚さを20nmより薄くする動機は存在しない。 また、他の甲号証の記載を参酌しても、引用発明において、本件発明2のような層の厚さの数値範囲とすることは、たとえ当業者であっても想到し得ないことである。 (ウ) 小括 以上のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明2は、引用発明ではなく、また、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 イ 本件発明3〜13について 本件発明3〜13は、本件発明2の発明特定事項を全て含み、さらに限定を加えるものであるから、上記アと同様に、本件発明3〜13は引用発明ではなく、また、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 2 取消理由通知に採用しなかった特許異議申立書に記載の取消理由について (1)サポート要件についての判断 本件発明の解決しようとする課題は、「皮脂の付着に伴う外観の劣化の抑制又はその回復に適した膜をその表面に有する物品を提供すること」(【0005】)である。 そして、発明の詳細な説明の記載を参酌すると、本件特許の請求項2〜13は、課題解決手段として、「基材と、前記基材上に形成された膜とを備え」、「前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み」、「前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり」、「前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み」、「前記層の厚さは、8nm以下であり」、「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない」、「前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している」ものである。 そして、発明の詳細な説明には、「膜の表面の表面粗さRaは、0.5nm以上、さらには0.7nm以上が好ましく、1nm以上であってもよい。Raは、50nm以下、40nm以下、30nm以下、さらには20nm以下、特に15nm以下が好ましく、10nm以下であってもよい。Raを小さく制御すれば、表面に触れる指に滑らかさを感じさせること、さらには膜の表面の外観上のギラツキを抑制すること、が容易となる。」(【0017】)、「主鎖にポリジアルキルシロキサン構造を有する有機ポリマーは、皮脂を構成する脂肪分との親和性に優れている。」及び「重合度が大きいポリジアルキルシロキサン構造を有する有機ポリマーは、皮脂の消失性においては重合度が小さい有機ポリマーに劣るが、皮脂の拭き取り性については実用的に十分な特性を示す。」(【0038】、【0039】)、「この特徴を備えた有機ポリマーは、一端が下地層又は基材に固定され、他端が膜の表面に露出して、ポリマーブラシを構成しうる。ポリマーブラシの表面は、皮脂の消失性や拭き取り性の向上に適している。特に、柔軟性を消失させる要因となるパーフルオロアルキル基を含まない柔軟な有機ポリマーは、相対的に柔軟で微視的に平滑な表面を有するポリマーブラシを形成することができる。」(【0042】)及び「ポリマーブラシ20は、好ましくはポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有し、パーフルオロアルキル基又はパーフルオロアルキレン基を有するポリマーブラシとは異なり、柔軟である。このため、ポリマーブラシ20は、その全体が変形しながら皮脂等の油滴を受け入れること、言い換えると油滴を吸収することに適している。」(【0056】)との記載がある。そして、実施例においても、「各実施例では、耐久性試験前後とも、ΔE *ab(SCE)が1.0以下であり、指紋消失性又は除去性試験において肉眼でオレイン酸の残存を確認できなかった。これに対し、各比較例ではオレイン酸の存在が視認できた。」(【0073】)と記載されている。 そうすると、これらの記載から当業者は、本件発明2〜13は、上記課題を解決できるものと理解でき、サポート要件を有していないとすることはできない。 (2)申立人の主張について 申立人は、異議申立書で、申立ての理由3としてサポート要件違反を主張するとともに、意見書にて「本件請求項2では、膜の表面の表面粗さや、ポリマーブラシを構成する有機ポリマーの種類等に加えて、膜の厚さが8nm以下であることを特定しているに過ぎず、ポリマー末端の構成については何ら特定されていない、また、本件請求項2では、ポリマーブラシ表面の親油性、例えば油接触角についても何ら記載されていない。従って、本件請求項2に係る発明は、親油性が高い官能基、例えば、トリメチルシリル基を末端に有するポリマーブラシを含む物品や、ポリマーブラシ表面の油接触角が高い物品をも包含する。 上記作用機序からすると、本件実施例に示された範囲から、訂正後の請求項2まで拡張乃至一般化できるとはいえず、訂正後の請求項2に係る発明は、サポート要件を充足しない。」(意見書5ページ6〜15行)と主張する。 しかしながら上記(1)で述べたとおり、本件特許の請求項2〜13の記載により、発明の詳細な説明の記載から把握される課題が解決できることを当業者が認識できるものである。また、段落【0056】には、「ポリマーブラシ20は、好ましくはポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有し、パーフルオロアルキル基又はパーフルオロアルキレン基を有するポリマーブラシとは異なり、柔軟である。このため、ポリマーブラシ20は、その全体が変形しながら皮脂等の油滴を受け入れること、言い換えると油滴を吸収することに適している。」と記載されているところ、本件発明2は「前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない」という発明特定事項を含むものであるから、本件発明2の物品は、ポリマー末端の構成やポリマーブラシ表面の親油性の程度にかかわらず、「その全体が変形しながら皮脂等の油滴を受け入れること、言い換えると油滴を吸収することに適している」ものと理解することができるものである。 よって、申立人の上記主張は採用することはできない。 第6 むすび 以上のとおり、請求項2〜13に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。さらに、他に請求項2〜13に係る特許を取り消すべき理由は発見しない。 また、請求項1に係る特許は、上記のとおり、本件訂正により削除された。これにより、申立人による請求項1に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。 よって、結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(57)【特許請求の範囲】 【請求項1】(削除) 【請求項2】 基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まない、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。 【請求項3】 前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が15度以上である、請求項2に記載の物品。 【請求項4】 基材と、前記基材上に形成された膜とを備え、 前記膜は、前記膜の表面に露出した層を含み、 前記表面の表面粗さRaが0.5nm〜50nmであり、 前記層は、ポリジアルキルシロキサン構造を含む主鎖を有する有機ポリマーのポリマーブラシを含み、 前記層の厚さは、8nm以下であり、 前記有機ポリマーは、パーフルオロアルキル又はパーフルオロアルキレン基を含まず、 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の転落角が30度以下である、物品。 ただし、前記有機ポリマーは、一端が前記層とは別に前記膜に含まれる下地層又は前記基材に固定され、他端が前記表面に露出している。 【請求項5】 前記表面に質量4mgのオレイン酸の液滴を滴下して測定した接触角が40度未満である、請求項2〜4のいずれか1項に記載の物品。 【請求項6】 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が90度以上である、請求項2〜5のいずれか1項の記載の物品。 【請求項7】 前記表面に質量4mgの水滴を滴下して測定した水の接触角が140度以下である、請求項2〜6のいずれか1項の記載の物品。 【請求項8】 前記有機ポリマーは、ハンセン全溶解度パラメータδtotalが10〜20MPa1/2の範囲にある、請求項2〜7のいずれか1項に記載の物品。 【請求項9】 前記有機ポリマーは、ハンセン空間におけるオレイン酸との座標間の距離が8MPa1/2以下である、請求項2〜8のいずれか1項に記載の物品。 【請求項10】 前記ポリジアルキルシロキサン構造に含まれるアルキル基の炭素数が1〜6である、請求項2〜9のいずれか1項に記載の物品。 【請求項11】 前記表面は、ドーム状の凸部と平坦部とを有する、請求項2〜10のいずれか1項に記載の物品。 【請求項12】 前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部は、10nm〜200nmの径と、5nm〜100nmの高さとを有する、請求項2〜11のいずれか1項に記載の物品。 【請求項13】 前記表面は、凸部と平坦部とを有し、前記凸部が占める面積の合計と前記平坦部の面積との比が15:85〜80:20の範囲にある請求項2〜12のいずれか1項に記載の物品。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2024-03-26 |
出願番号 | P2020-506440 |
審決分類 |
P
1
651・
537-
YAA
(B32B)
P 1 651・ 113- YAA (B32B) P 1 651・ 121- YAA (B32B) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
山崎 勝司 |
特許庁審判官 |
稲葉 大紀 金丸 治之 |
登録日 | 2023-01-19 |
登録番号 | 7213866 |
権利者 | 日本板硝子株式会社 |
発明の名称 | 皮脂との親和性が高い有機ポリマーを含む層を備えた物品 |
代理人 | 鎌田 耕一 |
代理人 | 鎌田 耕一 |