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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1412274
総通号数 31 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-07-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-12-28 
確定日 2024-04-16 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第7093669号発明「即効型インスリン組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7093669号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜13〕について訂正することを認める。 特許第7093669号の請求項〔1〜13〕に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7093669号(以下「本件特許」という。)の出願(特願2018−79985号)は、平成27年12月9日の出願である特願2017−531725号の一部を、平成30年4月18日に新たな出願としたものであって、令和4年6月22日に特許権の設定登録がされ(請求項の数 13)、同年6月30日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和4年12月28日に、特許異議申立人である スコーピオ アイピー リミテッド(以下「申立人」という。)により、本件特許の請求項1〜13に係る特許に対して特許異議の申立てがされた。
その後の本件特許異議申立事件の主な手続の経緯は、次のとおりである(日付は、当審による起案を除き、書類の受付日である)。

令和5年 6月 6日付け 取消理由通知書
同年 9月29日 訂正請求書及び意見書(特許権者)
同年10月 4日付け 訂正請求があった旨の通知書
同年11月28日 意見書(申立人)

第2 訂正請求について
1 請求の趣旨及び訂正の内容
(1) 請求の趣旨
令和5年9月29日受付の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第7093669号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜13について訂正することを求める」ことを請求の趣旨とするものである。
そして、上記訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである(下線は訂正箇所を示す。)。

(2) 訂正の内容
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「約20〜約25mMの濃度でのクエン酸塩」と記載されているのを、「約」との記載を削除して、
「20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」と訂正する。
(訂正される請求項1を引用する請求項2〜13も同様に訂正される。)

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1) 訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項1の「クエン酸塩」の濃度「約20〜約25mM」について、数値範囲に「約」が付されることにより上記数値範囲が不明確であったものを明確にするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
本件特許の明細書には、訂正前の請求項1の「約」を削除した数字も記載されていることは明らかである。
したがって、訂正事項1は、本件特許の明細書又は特許請求の範囲のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の事項である。
また、訂正事項1は、訂正前の請求項1に記載された発明のカテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
よって、本件訂正は、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(2) 一群の請求項について
訂正前の請求項2〜13は、請求項1を直接又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
したがって、訂正前の請求項1〜13に対応する訂正後の請求項1〜13は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

3 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法126条第5項及び第6項の規定に適合する適法なものである。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜13〕に訂正することを認める。

第3 本件訂正後の本件特許に係る発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。なお、本件訂正後の請求項に係る発明を、以下、請求項の番号に従って「本件発明1」等ということがある。また、これらをまとめて単に「本件発明」ということがある。

【請求項1】
医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤と
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。
【請求項2】
m−クレゾールの濃度が1.67〜3.8mg/mLである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
亜鉛の濃度が約0.3mMである、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
約1から約50mMに及ぶ濃度で塩化ナトリウムをさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
塩化ナトリウムの濃度が約10mMである、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
フェノールをさらに含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
フェノールの濃度が1.46mg/mLである、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記組成物が、同じインスリンを含有するが、クエン酸塩を含有しない組成物よりも少なくとも20%迅速である血中へのインスリンの取り込みを提供する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記組成物が、2〜8℃で少なくとも24ヵ月の保存及び30℃までの温度で28日までの使用を可能にするほど安定である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記組成物がEDTAを含まない、請求項1〜9のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記組成物がどんな血管拡張剤も含まない、請求項1〜10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記組成物がどんなオリゴ糖も含まない、請求項1〜11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
糖尿病の治療のための請求項1〜12のいずれか一項に記載の医薬組成物。

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
請求項1〜13に係る特許に対して、当審が特許権者に令和5年6月6日付けで通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。

「1.下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
2.本件特許は、明細書又は特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
<引用文献等一覧>
甲1:国際公開2015/173427号
甲2:米国特許出願公開2013/0231281号
甲4:特表2012−519695号公報
甲6:Biopharmaceutical Products in the U.S and European Market、第422頁〜第423頁、2007年
甲7:INFORMATION FOR THE PHYSICIAN HUMULIN(R) R REGULAR INSULIN HUMAN INJECTION,UDP,(rDNA ORIGIN)100 UNITS PER ML(U−100)、2011年
甲11:優先権主張の基礎出願(出願国:米国、出願番号:62/092407)に係る明細書等」

第5 優先権主張の効果について
1 本件優先日(2014年12月16日)の後であって、本件特許の原出願(特願2017−531725号)の出願日である2015年12月9日の前において公知となったものである、甲1に記載された事項に基づく取消理由1は、優先権基礎出願を伴う本件出願に係る、本件発明1〜13についてのパリ条約による優先権の主張の効果が認められないことが前提となるものである。
そこで、まず、本件発明1〜13についてのパリ条約による優先権の主張の効果が認められるか否かについて検討する。

2 本件発明について
(1) 本件発明1は、次のとおりのものである。
「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤と
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。」

(2) 本件発明4は、次のとおりのものである。
「約1から約50mMに及ぶ濃度で塩化ナトリウムをさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。」

(3) 本件発明5は、次のとおりのものである。
「塩化ナトリウムの濃度が約10mMである、請求項4に記載の医薬組成物。」

3 優先基礎出願の明細書に記載されている事項
甲第11号証に示される、出願日を2014年12月16日とする優先権主張の基礎出願(出願国:米国、出願番号:62/092407)に係る明細書等(以降、便宜上、単に「甲11」という。)には、以下の事項が記載されている(原文が英文のため、訳文で示す。また、下線は当審で付した。)。

記載事項(甲11−1)
「a.約100〜約200IU/mLの濃度のインスリンと、
b.約15〜約35mMの濃度のクエン酸塩と、
c.約0.2〜約0.8mMの濃度の亜鉛と、
d.約15〜約25mMの濃度の塩化ナトリウムと、
e.保存剤と
を含む医薬組成物。」(請求項1)

記載事項(甲11−2)
「界面活性剤をさらに含む、請求項1−12のいずれかに記載の医薬組成物。」(請求項13)

記載事項(甲11−3)
「a.約100IU/mLの濃度のインスリンリスプロと、
b.約15mMの濃度のクエン酸塩と、
c.約0.3mMの濃度の亜鉛と、
d.約15mMの濃度の塩化ナトリウムと、
e.約3.15mg/mLの濃度のメタクレゾールと、
f.約5mMの濃度の塩化マグネシウムと、
g.約7.6mg/mLの濃度のグリセロールと
を含む医薬組成物。」(請求項16)

記載事項(甲11−4)
「a.約100IU/mLの濃度のインスリンリスプロと、
b.約35mMの濃度のクエン酸塩と、
c.約0.3mMの濃度の亜鉛と、
d.約23mMの濃度の塩化ナトリウムと、
e.約3.15mg/mLの濃度のメタクレゾールと、
f.約5mMの濃度の塩化マグネシウムと
を含む医薬組成物。」(請求項18)

記載事項(甲11−5)
「a.約100IU/mLの濃度のインスリンリスプロと、
b.約25mMの濃度のクエン酸塩と、
c.約0.3mMの濃度の亜鉛と、
d.約25mM濃度の塩化ナトリウムと、
e.約3.15mg/mLの濃度のメタクレゾールと
を含む医薬組成物。」(請求項19)

記載事項(甲11−6)
「特定の実施形態において、本組成物は界面活性剤をさらに含む。」(第4頁第25行)

記載事項(甲11−7)
「一実施形態において、本医薬組成物は、・・・約15mMの濃度の塩化ナトリウムと、・・・を含む。
・・・
別の実施形態において、本医薬組成物は、・・・約23mMの濃度の塩化ナトリウムと、・・・を含む。
別の実施形態において、本医薬組成物は、・・・約25mMの濃度の塩化ナトリウムと、・・・を含む。」(第5頁第18行〜第6頁第4行)

記載事項(甲11−8)
「本発明における塩化ナトリウムの濃度は15mM(〜0.88mg/mL)〜約25mM(〜2.0mg/mL)の範囲である。」(第11頁第18〜20行)

記載事項(甲11−9)
「化学的及び物理的な安定性を得る必要がある場合には、本組成物は1種以上の追加の安定剤をさらに含んでいてもよい。例示的な安定剤としては界面活性剤が挙げられる。」(第12頁第14〜16行)

記載事項(甲11−10)
「97U/mLのインスリングルリシン
3.06mg/mLのメタクレゾール
5.8mg/mLのトロメタミン
4.85mg/mLのNaCl
0.01mg/mLのポリソルベート
pH7.3」(第29頁表、組成物G)

4 判断
(1) 本件発明1について
本件発明1には、「約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤」を発明特定事項として含む。
これに対し、甲11の記載事項(甲11−2)、(甲11−6)及び(甲11−9)には、医薬組成物が界面活性剤を更に含むことが記載されており、記載事項(甲11−10)には、0.01mg/mLのポリソルベート界面活性剤を含む組成物Gが開示されているが、甲11には、(a)インスリンアスパルトと(b)クエン酸塩と(c)亜鉛と(d)ポリソルベート界面活性剤と(e)m−クレゾールを含む医薬組成物において、ポリソルベート界面活性剤の濃度を「約0.001%−0.2%w/v」とすることは記載されておらず、また、記載されていることが自明であるともいえない。

(2) 本件発明4について
本件発明4には、「約1から約50mMに及ぶ濃度で塩化ナトリウムをさらに含む」を発明特定事項として含む。
これに対し、甲11の記載事項(甲11−1)、(甲11−3)〜(甲11−5)、(甲11−7)及び(甲11−8)には、医薬組成物の塩化ナトリウムの濃度が約15mMから約25mMであることが記載されているが、甲11には、(a)インスリンアスパルトと(b)クエン酸塩と(c)亜鉛と(d)ポリソルベート界面活性剤と(e)m−クレゾールを含む医薬組成物において、塩化ナトリウムの濃度を「約1から約50mMに及ぶ濃度」とすることは記載されておらず、また、記載されていることが自明であるともいえない。

(3) 本件発明5について
本件発明5には、「塩化ナトリウムの濃度が約10mMである」を発明特定事項として含む。
これに対し、甲11の記載事項(甲11−1)、(甲11−3)〜(甲11−5)、(甲11−7)及び(甲11−8)には、医薬組成物の塩化ナトリウムの濃度が約15mMから約25mMであることが記載されているが、甲11には、(a)インスリンアスパルトと(b)クエン酸塩と(c)亜鉛と(d)ポリソルベート界面活性剤と(e)m−クレゾールを含む医薬組成物において、塩化ナトリウムの濃度を「約10mM」とすることは記載されておらず、また、記載されていることが自明であるともいえない。

5 小括
そうすると、本件発明1、4及び5は、優先権主張の効果を享受できない。
また、請求項1、4又は5を引用する請求項2〜3、6〜13に係る発明は、本件発明1、4又は5の構成をすべて含むものであるから、本件発明1と同様の理由により、先の出願に基づく優先権主張の効果を享受できない。
よって、本件発明1〜13については、本件特許の原出願(特願2017−531725号)の出願日である2015年12月9日が、特許法第29条の規定の適用についての基準日となる。

第6 取消理由についての当審の判断
当審は、令和5年6月6日付け取消理由通知書の取消理由1及び2は理由がないと判断する。

1 取消理由1(進歩性)について
(1) 具体的な理由
ア 甲1を主引例とする場合
本件発明1〜13は、甲1に記載された発明並びに甲1号証に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

イ 甲2を主引例とする場合
本件発明1〜11、13は、甲2に記載された発明並びに甲2号証に記載された事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2) 引用文献の記載事項
甲1、2、4、6、7には以下の記載がある(下線は、当審合議体が付与した。)。

ア 甲1(国際公開2015/173427号)の記載事項
甲1には、以下の事項が記載されている。原文は仏文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

記載事項(甲1−1)
「1. 水溶液の形態の組成物であって、6量体形態のインスリンと、非糖構造の少なくとも1つの置換されたアニオン性化合物と、前記置換されたアニオン性化合物以外の少なくとも1つのポリアニオン性化合物とを含み、前記置換されたアニオン性化合物が以下の式Iに対応する、組成物。
(式I)(省略)
ここで、(中略)選択される。」(特許請求の範囲、請求項1)

記載事項(甲1−2)
「[0002] 1980年代前半に遺伝子工学によってインスリンが製造されて以来、糖尿病患者はヒトインスリンによって治療されてきた。・・・
[0003] 糖尿病患者の健康および快適さを改善するために解決すべき問題の1つは、ヒトインスリンよりも速い血糖降下反応を提供することができ、可能であれば、健康な人の生理学的反応に近づくインスリン製剤を提供することである。・・・」(第1頁第7〜21行)

記載事項(甲1−3)
「[0007] 市販されているヒトインスリンは、食事開始時の生理反応(血糖値上昇)に近い血糖降下反応を示さない、これは、通常の濃度(100UI/ml)において、亜鉛やフェノール、m−クレゾールなどの賦形剤の存在下で、単量体や2量体として活性を持つインスリンが6量体として集合するためである。ヒトインスリンは、5つの単量体の形態では、凝集してフィブリル化し、活性を失う傾向が非常に高いため、4℃でおよそ2年間安定であるように、6量体の形態で調製される。さらに、この凝集した状態では、患者にとって免疫学的なリスクとなる。」(第1頁第36行〜第2頁第7行)

記載事項(甲1−4)
「[00010] Biodel社は米国特許出願第2008/39365号に記載されているように、EDTA及びクエン酸を含むヒトインスリン製剤を用いて、この問題に対する解決策を提示している。EDTAが亜鉛原子を錯体化する能力により、及び、クエン酸とインスリンの表面上に存在するカチオン性領域との相互作用により、これらの薬剤は6量体形態のインスリンを不安定化し、したがってその作用時間を短縮すると記載される。
[00011] しかしながら、そのような製剤は特に、医薬的調節の安定性要件を満たすことができる唯一の安定な形態である6量体形態のインスリンを乖離させるという欠点を有する。」(第2頁第15〜24行)

記載事項(甲1−5)
「[000187] 一実施形態では、インスリンはインスリン類似体である。」(第27頁第15〜16行)

記載事項(甲1−6)
「[000189] 一実施形態では、インスリン類似体は、インスリンリスプロ(Humalog(R))、インスリンアスパルト(Novolog(R)、Novorapid(R))及びインスリングルリシン(Apidra(R))からなる群から選択される。((R)は○の中にRを表す。(以下、同様。))
[000190] 一実施形態において、組成物は、インスリン類似体がインスリンリスプロ(Humalog(R))であることを特徴とする。
[000191] 一実施形態において、組成物は、インスリン類似体がインスリンアスパルト(Novolog(R)、Novorapid(R))であることを特徴とする。」(第27頁第20〜26行)

記載事項(甲1−7)
「[000200] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物は、亜鉛に対する親和性がインスリンの亜鉛に対する親和性よりも低く、解離定数KdCa=[PNP化合物]r[Ca2+]s/[(PNP化合物)r−(Ca2+)s]が10−1.5以下である。
[000201] この解離定数は、錯体(PNP化合物)r−(Ca2+)sの解離に伴う反応定数であり、すなわち次の反応に伴う反応定数である:(PNP化合物)r−(Ca2+)s←→r(PNP化合物)+sCa2+。(合議体注:「←→」)は、上に「→」下に「←」の両矢印。)
[000202] カルシウムイオンに対する様々なポリアニオン化合物の解離定数(Kd)は、カルシウムイオンに特異的な電極(Mettler Toledo)と参照電極を用いた外部校正によって決定される。すべての測定は、pH7の150mMのNaCl中で行われた。遊離カルシウムイオンの濃度のみが決定され、ポリアニオン性化合物に結合したカルシウムイオンは電極電位を引き起こさない。
[000203] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物は、ポリカルボン酸およびそのNa+、K+、Ca2+又はMg2+塩からなる群から選択される。
[000204] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物はアニオン性分子である。
[000205] 一実施形態では、アニオン性分子がクエン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸、アジピン酸、シュウ酸、リン酸塩、ポリリン酸、例えば三リン酸塩、およびそれらのNa+塩、K+塩、Ca2+塩又はMg2+塩からなる群から選ばれる。
[000206] 一実施形態では、アニオン性分子はクエン酸、及びそのNa+塩、K+塩、Ca2+塩又はMg2+塩である。」(第28頁第36行〜第29頁第8行)

記載事項(甲1−8)
「[000227] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物の濃度が2から30mMである。」(第30頁第32〜33行)

記載事項(甲1−9)
「[000310] 1つの実施形態において、本発明による組成物は、0から500μM、特に0から300μM、特に0から200μMの濃度での亜鉛塩の付加も含む。」(第38頁第29〜31行)

記載事項(甲1−10)
「[000314] 一実施形態では、保存剤はm−クレゾール及びフェノールからなる群から、単独で、または混合物として、選択される。
[000315] 一実施形態では、保存剤の濃度が10から50mM、とりわけ10から40mMである。」(第39頁第1〜4行)

記載事項(甲1−11)
「[000316] 本発明による組成物はまた、等張化剤、例えばグリセロール、塩化ナトリウム(NaCl)、マンニトール及びグリシン等の添加剤を含んでもよい。」(第39頁第5〜7行)

記載事項(甲1−12)
「[000317] 本発明による組成物はまた、薬局方による添加剤、例えば界面活性剤、例えばポリソルベートを含んでもよい。」(第39頁第8〜9行)

記載事項(甲1−13)
「B9.置換アニオン化合物A1およびクエン酸塩の存在下での100IU/mLのインスリンアスパルト溶液の調製
[000700] [置換アニオン性化合物A1]/[インスリンアスパルト]質量比が2.0であり、濃度が9.3mMのクエン酸塩で組成物の最終体積100mLを調製するために、様々な試薬を、表に指定された量で、以下の順序で添加する。

凍結乾燥された化合物(置換アニオン性化合物A1) 730mg
Novolog(R)の市販溶液 100mL
1.188Mクエン酸ナトリウム溶液 783μL
[000701] 最終pHは7.4±0.4に調整される。
[000702] 透明な溶液を0.22μmの膜を通して濾過し、4℃で保存される。」(第85頁第9〜19行)

記載事項(甲1−14)
「C3:実施例B2およびB7のインスリン溶液の薬力学的および薬物動態学的結果
実施例 インスリン 置換アニオン性化合物 添加剤 豚頭数
B2 リスプロ − − 10
B7 リスプロ A1 クエン酸塩9.3mM 12
[0001062] (中略)
[0001063] 実施例B2およびB7に記載の組成物を用いて得られた薬物動態学的結果を図4に示す。これらの曲線の分析は、置換アニオン性化合物A1及び賦形剤としてクエン酸塩を含む実施例B7の組成物(実施例B7に対応する正方形でプロットされた曲線、Tmaxインスリン=20±14分およびT50%Cmaxインスリン=6±3分)が実施例B2のHumalog(R)市販組成物(実施例B2に対応する三角形でプロットされた曲線、Tmaxインスリン=23±23分およびT50% Cmaxインスリン=17±22分)よりも、インスリンリスプロのより迅速な吸収を誘導することを示す。」(第139頁第1〜22行)

記載事項(甲1−15)
「D3 種々の置換アニオン化合物及びクエン酸塩の存在下で円偏光二色性により評価したリスプロインスリンの会合の状態
[0001077] 円偏光二色性は、インスリンの二次及び四次構造を研究することを可能にする。インスリンモノマーは、2量体及び6量体として組織化される。6量体は、インスリンの物理的及び化学的に最も安定な形態である。R6形態とT6形態の二つの6量体形態が存在する。リスプロインスリンは、6量体R6形態(最も安定な形態)に特徴的な240nmで強いシグナルを有する。240nmでのシグナルの損失は、6量体R6の不安定化に関連する。

1.010Mクエン酸ナトリウム溶液の調製
[0001078] クエン酸ナトリウム溶液は、メスフラスコ中で50mLの水に14.9077gのクエン酸ナトリウム(50.69mmol)を溶解することによって得られる。0.21mLの1MHClを添加することにより、pH7.4に調整する。
・・・
クエン酸塩存在下での100IU/mLのリスプロインスリン溶液の調製
[0001083] 9.3mMのクエン酸塩の濃度を有する100mLの製剤の最終容量について、種々の化合物を、以下に特定される量及び以下の順序で添加する:
100IU/mLの市販Humalog(登録商標)溶液 100mL
クエン酸ナトリウム溶液1.010M 921μL
[0001084] クエン酸塩は、注射用製剤に適合するナトリウム塩、カリウム塩又は別の塩として、酸形成又は塩基形成で使用することができる。
最終pHを7.4±0.4に調整する。
[0001085] 透明な溶液を0.22μmの膜を通して濾過し、4℃で保存する。
・・・
[0001090] EDTAはリスプロインスリンのR6形態を完全に破壊する。したがって、EDTAは、6量体に対して顕著な効果を有する。対照的に、クエン酸塩単独及び置換アニオン性化合物/クエン酸塩の混合物は、240nmでCDシグナルに影響を及ぼさない。したがって、これらの化合物は、6量体のR6構造に影響を及ぼさず、6量体構造にも影響を及ぼさない。」(第143頁第30行〜第145頁第30行)

イ 甲2(米国特許出願公開2013/0231281号)の記載事項
甲2には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

記載事項(甲2−1)
「1.インスリンと、平均重合度が3〜13であり且つ多分散指数PDIが1.0を超える少なくとも1種のオリゴ糖とを含む水溶液の組成物であって、前記オリゴ糖が部分的に置換されたカルボキシル官能基を有し、置換されていないカルボキシル官能基は塩形成可能である、前記組成物。
2.少なくとも1種のポリアニオン性化合物を更に含む、請求項1に記載の組成物。」(特許請求の範囲、請求項1及び請求項2)

記載事項(甲2−2)
「[0003] 1980年代初頭における遺伝子工学によるインシュリンの製造以来、糖尿病患者は、彼らの治療のためヒトインスリンの利益を受けてきた。・・・
[0004] 糖尿病患者の健康及び快適性を改善するために解決することが必要な問題の一つは、ヒトインスリンのものよりも速やかに血糖降下反応を提供し、可能な場合には健康な個体の生理学的反応に近づけるインスリン製剤を利用可能にすることである。・・・」([0003]〜[0004])

記載事項(甲2−3)
「[0008] 市販のヒトインスリン製剤では、食事開始時に生じる生理反応(血糖値の上昇)の動態に近い血糖降下反応を得ることはできない、というのも、ヒトインスリンは、単量体や2量体の形態で活性を示すにもかかわらず、使用濃度(100IU/mL)では、亜鉛やフェノール、m−クレゾールなどの賦形剤の存在下で、6量体の形態で会合してしまうからである。ヒトインスリンは、モノマーでは凝集してフィブリルを形成し、活性を失う傾向が非常に強いため、4℃で2年近く安定するように6量体の形態で調製されている。さらに、この凝集した状態は、患者にとって免疫学的なリスクとなる。」([0008])

記載事項(甲2−4)
「[0011] Biodel社は、特許出願US200839365に記載されているように、EDTA及びクエン酸を含むヒトインスリン製剤を用いてこの問題に対する解決策を提案している。EDTAは、亜鉛原子を錯体化するその能力によって、クエン酸は、インスリンの表面上に存在するカチオン性領域とのその相互作用によって、6量体形態のインスリンを不安定化し、それゆえ、その作用時間を短くするものとして記載されている。
[0012] しかしながら、そのような製剤は、とりわけ、薬事規制の安定性要件を満たすことができる唯一の安定した形態である6量体形態のインスリンを解離するという欠点を有する。」([0011]〜[0012])

記載事項(甲2−5)
「[0032] 一実施形態では、インスリンはインスリン類似体である。
[0033] インシュリン類似体は、一次配列がヒトインスリンの一次配列に対して少なくとも一つの修飾を含有する組換えインスリンを意味する。
[0034] 一実施形態では、インスリン類似体は、インスリンリスプロ(Humalog(R))、インスリンアスパルト(Novolog(R)、Novorapid(R))及びインスリングルリジン(Apidra(R))を含む群から選択される。」([0032]〜[0034])

記載事項(甲2−6)
「[0130] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物は、アニオン性分子である。
[0131] 本発明によれば、アニオン性分子は、クエン酸、アスパラギン酸、グルタミン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸、アジピン酸、シュウ酸、トリホスフェート及びそれらのNa+、K+、Ca2+またはMg2+の塩からなる群から選択される。
[0132] 一実施形態では、アニオン性分子は、クエン酸及びNa+、K+、Ca2+またはMg2+のその塩である。」([0130]〜[0132])

記載事項(甲2−7)
「[0178] 一実施形態では、ポリアニオン性化合物の濃度は、5mMと30mMとの間である。」([0178])

記載事項(甲2−8)
「[0236] 図27:・・・これらのグラフは、EDTA及びEDTA/クエン酸塩混合物が、インスリンリスプロ(Humalog(R))のR6形態の構造を完全に破壊することを示す。したがって、EDTAは6量体の不安定化の際立った影響を与える。対照的に、クエン酸塩単独、多糖2単独ならびに多糖2/クエン酸塩混合物は、251nmにおいてCDシグナルにほとんど影響を及ぼさない。したがって、これらの化合物は、6量体を不安定化させるEDTAとは対照的に、6量体のR6構造、特にインスリンの6量体構造にほとんど影響を与えない。
[0237] 図28:・・・これらの棒グラフは、EDTA及びEDTA/クエン酸の組み合わせがヒトインスリンの6量体構造に対して非常に際立った影響(6量体の2量体への完全な解離)を与えることを示す。・・・」([0236]〜[0237])

記載事項(甲2−9)
「[0274] ・・・
B2.100IU/mLの即効性インシュリン類似体の溶液Humalog(R)
[0275] この溶液は、Humalog(R)の名称で販売されている、Eli Lillyの市販のインシュリンリスプロの溶液である。この製品は速効性インシュリン類似体である。」([0274]〜[0275])

記載事項(甲2−10)
「[0283] 32.7mMのツイン20の溶液の調製
[0284] メスフラスコ中で、2.0079gのツイン20(1.636mmol)を50mLの水に溶解することによってツイン20の溶液を得る。この溶液を0.22μmの膜上でろ過する。・・・」([0283]〜[0284])

記載事項(甲2−11)
「[0292] ・・・
B9.オリゴ糖2及び9.3mMのクエン酸塩の存在下での100IU/mLのインスリンリスプロの溶液の調製
[0293] 100mLの最終容量の、[オリゴ糖2]/[インスリンリスプロ]の重量比が2.0、且つクエン酸塩の濃度が9.3mMの製剤用に、種々の試薬を下記の量で添加する。
凍結乾燥形態のオリゴ糖2 730mg
市販の100IU/ml のHumalogの溶液 100mL
1.188M のクエン酸ナトリウムの溶液 785μL
[0294] 最終pHを7.4±0.4に調整する。任意選択で、この溶液に25μLの32.7mMのツイン20の溶液を添加してもよい(ツイン20の最終濃度=8μM)。
[0295] この透明な溶液を0.22μmの膜上でろ過し、4℃で保存する。
・・・」([0292]〜[0295])

記載事項(甲2−12)
「[0300] ・・・
B12.オリゴ糖1及び18.6mMのクエン酸塩の存在下での100IU/mLのインスリンリスプロの溶液の調製
[0301] 100mLの最終容量の、[オリゴ糖1]/[リスプロ]の重量比が2.0、且つクエン酸塩の濃度が18.6mMの製剤用に、種々の試薬を下記の量で添加する。
凍結乾燥形態のオリゴ糖1 730mg
市販の100IU/ml のHumalog(R)の溶液 100mL
1.188M のクエン酸ナトリウムの溶液1570μL
[0302] 最終pHを7.4±0.4に調整する。この透明な溶液を0.22μmの膜上でろ過し、4℃で保存する。
・・・」([0300]〜[0302])

記載事項(甲2−13)
「[0623] ・・・
C8.実施例B2及びB12のインシュリン溶液の薬力学及び薬物動態に関する結果。
実施例 インスリン オリゴ糖 添加剤 用量(IU/kg)ブタの頭数
B2 リスプロ − − 9
B12 リスプロ 1 クエン酸塩18.6 0.09 11
mM
[0624] 実施例B2及びB12に記載した製剤で得られた薬力学に関する結果を、図13に示す。これらの曲線の分析は、オリゴ糖1及び賦形剤として18.6mMのクエン酸塩を含むインスリンリスプロ(Humalog(R))系製剤(四角でプロットした曲線、実施例B12に該当、Tminグルコース=30±5分)が、市販のインシュリン製剤リスプロ(Humalog(R))(三角でプロットした曲線、実施例B2に該当、Tminグルコース=40±12分)よりも高い即効性を得ることを可能にすることを、示す。
[0625] 実施例B2及びB12に記載した製剤で得られた薬物動態に関する結果を、図14に示す。これらの曲線の分析は、オリゴ糖1及び賦形剤として18.6mMのクエン酸塩を含むインスリンリスプロ(Humalog(R))系製剤(四角でプロットした曲線、実施例B11に該当、Tmaxインスリン=10±4mM)が、市販のインスリン製剤リスプロ(Humalog(R))(三角でプロットした曲線、実施例B2に該当、Tmaxインスリン=23±12分)よりも迅速な吸収を誘導することを示す。」([0623]〜[0625])

記載事項(甲2−14)
「[0637] ・・・
D1.オリゴ糖存在下での円偏光二色性(CD)によるインスリンリスプロ(Humalog)の会合状態
[0638] 円偏光二色性は、インスリンの二次および四次構造を研究することを可能にする。インスリン単量体は2量体と6量体に組織化される。6量体は物理的にも化学的にも最も安定なインスリンの形態である。六量体にはR6型とT6型がある。インスリンリスプロはR6型(最も安定な型)に特徴的な251nmの強いCDシグナルを持つ。251nmのCDシグナルの消失は、6量体の不安定化(したがって、6量体から2量体への変換の最初の徴候)と関連している。
[0639] EDTAおよびEDTA/クエン酸塩混合物は、インスリンリスプロのR6形態を完全に破壊する(図27)。したがって、EDTAは6量体の不安定化という顕著な効果を有する。対照的に、クエン酸塩単独、オリゴ糖2単独、オリゴ糖2/クエン酸塩混合物は251nmのCDシグナルにほとんど影響を及ぼさない。したがって、これらの化合物は6量体のR6構造、特にインスリンの6量体構造にほとんど影響を与えないが、6量体を不安定化するEDTAとは対照的である。」([0637]〜[0639])

ウ 甲4(特表2012−519695号公報)の記載事項
甲4には、以下の事項が記載されている。下線は当審合議体が付した。

記載事項(甲4−1)
「Eli Lilly製のHUMALOG(登録商標)(IL)(インスリンリスプロ注射剤)は、インスリンB鎖の28位と29位のアミノ酸を逆転させるときに生ずるLys(B28)、Pro(B29)ヒトインスリン類似体である組換えヒトインスリン類似体である。IL注射剤の1ミリリットルがインスリンリスプロ100単位、16mg グリセリン、1.88mg リン酸水素二ナトリウム、3.15mg メタクレゾール、亜鉛イオンが0.0197mgとなるように調整された酸化亜鉛の量、微量のフェノール及び注射用水を含有する。インスリンリスプロは、7.0〜7.8のpHを有する。pHを調整するために塩酸10%及び/又は水酸化ナトリウム10%を加えることができる。1単位のILは、1単位のレギュラーヒトインスリンと同じグルコース低下作用を有するが、その作用は、より速やかであり、持続時間がより短い。」(【0050】)

エ 甲6(Biopharmaceutical Products in the U.S and European Market)の記載事項
甲6には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

記載事項(甲6−1)
「ミリリットルあたりのNovologは、注射用水(USP)に、インスリンアスパルト100単位(U)、賦形剤(グリセロール16mg、フェノール1.50mg、メタクレゾール1.72mg、亜鉛(塩化亜鉛)19.6μg、リン酸二ナトリウム二水和物1.25mg、塩化ナトリウム0.58mg)を含有する。NovologのpHは7.2〜7.6である。」(第422頁右欄最終段落第6行〜第423頁左欄第3行)

オ 甲7(INFORMATION FOR THE PHYSICIAN HUMULIN(R) R REGULAR INSULIN HUMAN INJECTION,UDP,(rDNA ORIGIN)100 UNITS PER ML(U−100)の記載事項
甲7には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。

記載事項(甲7−1)
「使用中(開封後):使用中バイアルは、光や熱から遠ざけ、なるべく低温(30℃以下)に維持できるなら、冷蔵庫に格納せずに保存し得る。使用中バイアルは、31日以内に使用され、内容物が残存していても破棄される。」(第7頁「Storage」の項の第3〜5行)

(3) 引用文献に記載された発明
ア 甲1に記載された発明
甲1には、具体的な組成物「B9」として、「インスリンアスパルト溶液」が記載されており(記載事項(甲1−13))、この調製に使用された「Novolog(R)」は、記載事項(甲6−1)に示された「Novolog」と同じ組成物と認められる。ここで、記載事項(甲6−1)によると、「Novolog」は、19.6μg/mLの濃度の亜鉛及び0.58mg/mLの濃度の塩化ナトリウムを含むものであるところ、19.6μg/mLの濃度の亜鉛は、亜鉛の原子量65.38から、0.299mMの濃度の亜鉛と換算され、0.58mg/mLの濃度の塩化ナトリウムは、塩化ナトリウムの分子量58.44から、9.92mMの濃度の塩化ナトリウムと換算される。
加えて、記載事項(甲1−13)の「最終pHを7.4±0.4に調整する」ことは、最終pHを7.0から7.8に調整することと同義である。
そうすると、記載事項(甲1−13)の組成物「B9」は、100mLのNovolog(R)、すなわち、100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと、0.299mMの濃度での亜鉛と、1.72mg/mLの濃度でのm−クレゾールと、9.92mMの濃度での塩化ナトリウムと、1.5mg/mLの濃度でのフェノールと、16mg/mLの濃度でのグリセロールと、1.25mg/mLの濃度でのリン酸二ナトリウム二水和物とを含み、pHが7.2から7.6である100mLの医薬組成物に、1.188Mクエン酸ナトリウム溶液783μLを添加して、9.3mMの濃度のクエン酸塩を含むようにし、最終pHを7.0から7.8に調整して得たものである。
ここで、783μLというのは、100mLの1%未満であり、Novolog(R)の各種成分濃度を大きく変化させるものではない。
そうすると、甲1には次の発明が記載されていると認める。

「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)9.3mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.299mMの濃度での亜鉛と、
(e)約1.72mg/mLの濃度でのm−クレゾールと、
約9.92mMの濃度での塩化ナトリウムと、
約1.50mg/mLの濃度でのフェノールと
グリセロール、リン酸二ナトリウム二水和物とを含み、
pHが7.0〜7.8である、前記医薬組成物」
(以下「甲1発明」という。)

イ 甲2に記載された発明
甲2には、具体的な組成物「B12」として「透明な溶液」が記載されており(記載事項(甲2−12))、この調製に使用された「Humalog(R)」は、甲4の記載事項(甲4−1)の、「HUMALOG(登録商標)」と同じ組成の製剤と認められ、前記製剤中の「メタクレゾール」は、「m−クレゾール」と同義であり、同製剤中の0.0197mg/mLの濃度の亜鉛イオンは、亜鉛の原子量65.38から、約0.30mM(小数点第3位を四捨五入)の濃度の亜鉛イオンと換算される。さらに、「最終pHを7.4±0.4に調整する」ことは、最終pHを7.0から7.8に調整することと同義である。
そうすると、記載事項(甲2−12)の組成物「B12」は、100mLのHumalog(R)、すなわち、100U/mLの濃度でのインスリンリスプロ、約0.30mMの濃度の亜鉛イオンとなるように調整された塩化亜鉛、3.15mg/mLの濃度のm−クレゾール、微量のフェノール、16mg/mLの濃度のグリセリン、1.88mgの濃度のリン酸水素二ナトリウムとを含み、pHが7.0から7.8である100mLの医薬組成物に、730mgのオリゴ糖及び1.188Mクエン酸ナトリウム溶液1570μLを添加して、18.6mMの濃度のクエン酸塩を含むようにし、最終pHを7.0から7.8に調整して得たものである。
ここで、得られる医薬組成物の総量は、101.570mLとなるが、元の100mLの医薬組成物の濃度を大きく変化させるほどの容積変化をもたらさないから、甲2には次の発明が記載されているといえる。

「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンリスプロと
(b)18.6mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.30mMの濃度での亜鉛と、
(e)約3.15mg/mLの濃度でのm−クレゾールと、
微量のフェノールと、
オリゴ糖と、グリセリンと、リン酸水素二ナトリウムとを含み、
pHが7.0〜7.8である、前記医薬組成物」
(以下「甲2発明」という。)

(4) 本件発明1〜13と甲1発明又は甲2発明との対比・判断
ア 本件発明1と甲1発明との対比・判断
(ア) 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の亜鉛の濃度である「約0.299mM」は、本件発明1の亜鉛濃度である「約0.2〜約0.4mM」に含まれるものであるから、甲1発明の「約0.299mMの濃度での亜鉛」は、本件発明1の「約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛」に相当する。
また、甲1発明の「pHが7.0〜7.8である」は、本件発明1の「pHが約7.0〜約7.8である」に相当する。
そうすると、両者は、
「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)クエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜約7.8である、前記医薬組成物。」
である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
クエン酸塩濃度が、本件発明1は20〜25mMであるのに対して、甲1発明は、9.3mMである点。
<相違点2>
本件発明1は、更に「(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤」を含むのに対して、甲1発明にはポリソルベート界面活性剤が含まれていない点。

(イ) 判断
相違点1について検討する。
甲1には、「EDTAが亜鉛原子を錯体化する能力により、及び、クエン酸とインスリンの表面上に存在するカチオン性領域との相互作用により、これらの薬剤は6量体形態のインスリンを不安定化し、したがってその作用時間を短縮すると記載される。・・・しかしながら、そのような製剤は特に、医薬的調節の安定性要件を満たすことができる唯一の安定な形態である6量体形態のインスリンを乖離させるという欠点を有する。」(記載事項(甲1−4))と記載されており、クエン酸塩であってよい「ポリアニオン性化合物は、亜鉛に対する親和性がインスリンの亜鉛に対する親和性よりも低」いものである(記載事項(甲1−7))。
甲1のかかる記載に接した当業者であれば、インスリンアスパルト、亜鉛及びクエン酸塩を含む医薬組成物において、クエン酸塩は、これが解離して生じたポリアニオン性化合物であるクエン酸イオンが、インスリンアスパルト及び亜鉛からなる安定化された6量体形態のインスリンの表面上に存在するカチオン性領域との相互作用することにより、6量体形態のインスリンを不安定化し、作用時間を短縮するものであると理解するのが自然であって、甲1発明においては、かかる技術水準において、インスリンの速放化と、製剤の安定化を両立すべく、最適なクエン酸塩濃度として9.3mMの濃度に決定したものであると認められる。
そうすると、甲1発明において、クエン酸塩の濃度を「9.3mM」から高めて「20〜25mM」とする動機付けは見当たらない。
そして、本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」ともいう。)には、「20〜25mM」の濃度でのクエン酸塩を含むインスリン製剤とすることにより、市販の各種インスリン製剤よりも短時間である投与後5〜15分という速い血清グルコースの低下を生じたことが開示されているから(実施例の組成物A〜Kの薬物動態試験及び薬物力学試験)、本件発明1は、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」を含むという構成とすることにより、市販のインスリン製剤を使用した場合と比較して、特に、迅速性が向上していることが認められる。
したがって、本件発明1は、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」を含むという構成を採用することにより、迅速性が向上するという、甲1の記載からは予測し得ない格別な効果を奏するものである。
そうすると、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲1に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜13に係る本件発明2〜13についても同様である。

イ 本件発明1と甲2発明との対比・判断
(ア) 対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明における亜鉛の濃度である「約0.30mM」は、本件発明1の亜鉛濃度である「約0.2〜約0.4mM」に含まれるものであるから、甲2発明の「約0.30mMの濃度での亜鉛」は、本件発明1の「約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛」に相当する。
また、甲2発明の「pHが7.0〜7.8である」は、本件発明1の「pHが約7.0〜約7.8である」に相当する。

そうすると、両者は、
「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリン類似体と
(b)クエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜約7.8である、前記医薬組成物。」
である点で一致し、次の点で相違する。
<相違点1>
インスリン類似体が、本件発明1はインスリンアスパルトであるのに対し、甲2発明は、インスリンリスプロである点。
<相違点2>
クエン酸塩濃度が、本件発明1は20〜25mMであるのに対して、甲2発明は、18.6mMである点。
<相違点3>
本件発明1は、更に「(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤」を含む医薬組成物であるのに対して、甲2発明にはそのような特定がない点。

(イ) 判断
相違点2について検討する。
甲2には、「EDTA及びクエン酸を含むヒトインスリン製剤」について、「クエン酸は、インスリンの表面上に存在するカチオン性領域とのその相互作用によって、6量体形態のインスリンを不安定化し、それゆえ、その作用時間を短くする」もので、「そのような製剤は、とりわけ、薬事規制の安定性要件を満たすことができる唯一の安定した形態である6量体形態のインスリンを解離するという欠点を有する」と記載されている(記載事項(甲2−4))。
甲2のかかる記載に接した当業者であれば、インスリンリスプロ、亜鉛及びクエン酸塩を含む医薬組成物において、クエン酸塩は、これが解離して生じたポリアニオン性化合物であるクエン酸イオンが、インスリンアスパルト及び亜鉛からなる安定化された6量体形態のインスリンの表面上に存在するカチオン性領域との相互作用することにより、6量体形態のインスリンを不安定化し、作用時間を短縮するものであると理解するのが自然であって、甲2発明においては、かかる技術水準において、インスリンの速放化と、製剤の安定化を両立すべく、最適なクエン酸塩濃度として18.6mMの濃度に決定したものであると認められる。
そうすると、甲2発明において、クエン酸塩の濃度を「9.3mM」から高めて「20〜25mM」とする動機付けは見当たらない。
そして、本件発明1の構成により奏される効果は、前記ア(イ)で説示したのと同様に、甲2の記載からは予測し得ないものである。
そうすると、相違点1、3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2に記載された発明及び甲2に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜11、13に係る本件発明2〜11、13についても同様である。

(5) 小括
よって、本件発明1〜13に係る特許は、取消理由1によって取り消すべきものではない。

2 取消理由2(サポート要件)について

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、この観点に沿って、以下検討する。

(1) 本件発明の課題について
本件の発明の詳細な説明(以下、「発明の詳細な説明」という。)の第0008段落から第0009段落には、次のとおりに記載されている。

「【0008】
従来技術はまとめて、本発明に含まれる賦形剤を伴った超即効型インスリン製剤及びその特定の濃度を教示していない。
【0009】
上述の取り組みにもかかわらず、食事時での使用が意図され、注射部位からの血中へのインスリンのさらに迅速な取り込み;既存のインスリン製品よりも早い作用の発現;及び保存の間での化学的な及び物理的な安定性を有するインスリン組成物に対するニーズが残っている。本発明は、これらのニーズを満たす組成物を提供しようとする。」

そうすると、本件発明の解決しようとする課題は、従来の即効型インスリン製剤における課題を克服し、「食事時での使用が意図され、注射部位からの血中へのインスリンのさらに迅速な取り込み;既存のインスリン製品よりも早い作用の発現;及び保存の間での化学的な及び物理的な安定性を有するインスリン組成物に対するニーズを満たす組成物」を提供することであると認められる。

(2) 本件発明1について
ア 本件発明1は、次のとおりのものである。
「医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤と
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。」

イ 発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、以下の事項が示されている。
(ア) クエン酸塩を含むインスリン製剤に係る先行技術について(第0006段落)
エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のような亜鉛キレート剤と、たとえば、クエン酸またはクエン酸ナトリウムのような「溶解/安定化」剤として記載されるものとの組み合わせでインスリンを含有する組成物は公知であって、「EDTAによる亜鉛のキレート(あまり安定ではないインスリン類似体6量体の分解を加速する)とクエン酸塩(表面電荷を覆い隠し、再凝集を阻む)の双方が、吸収の皮下速度を高める閾値濃度を上回って必要とされる」ことが知られている。
(イ) クエン酸と組成物の安定性について(第0065段落)
「クエン酸塩の添加は、時間作用における改善を生じるが、同時に、安定性の見地からのさらに大きな不利益ももたらすので、長期間の保存及び使用のための十分な化学的且つ物理的な安定性を付与するために、本発明の組成物にはさらに、たとえば、亜鉛、マグネシウム、塩化物及び界面活性剤のような安定化剤を含有する。」ことが記載されている。
(ウ) 実施例の医薬組成物について
本件明細書に記載された実施例には、15mM又は25mMの濃度でのクエン酸塩を含む組成物A〜組成物Kが、クエン酸塩を含まないHumalog(登録商標)、HUMULIN−R(登録商標)、NOVOLOG(登録商標)及びAPIDRA(登録商標)に比べて、血清グルコース濃度が速く低下する、又は、血清インスリン濃度が速く上昇することが開示されている。また、15mM、20mM又は25mMの濃度でのクエン酸塩を含む組成物L〜組成物AAが、一定の保存安定性を有することが開示されている。

ウ 本願出願時の技術常識
誤用事故を防ぐために100単位/mLの濃度に統一されたバイアル型のインスリン製剤は、糖尿病の治療のための医薬組成物として周知汎用のものであって、市販のバイアル型のインスリン製剤は、開封後およそひと月の間、冷蔵庫に格納せずに使用できる程度の製剤安定性を有することは、本件出願時の技術常識である(例えば、甲7の記載事項(甲7−1))。

エ 当審合議体の判断
発明の詳細な説明には、具体的な組成物A、組成物A′及び組成物B〜組成物AAが記載されているが、いずれの組成も本件発明1のものと異なるから、これらの実施例から本件発明1の機能又は性質を推認して、本件発明の課題が解決できるかどうか検討する。

(ア) 迅速性について
インスリン製剤に含まれるクエン酸塩は、電離してクエン酸イオンが生じ、これがインスリンの表面電荷を覆い隠し、再凝集を阻むことで、インスリン製剤の迅速性を高めることは知られていたところ(上記イ(ア))、発明の詳細な説明に記載された実施例において、15mM又は25mMの濃度のクエン酸塩を含む医薬組成物が十分な迅速性を有していることが確認されているのであるから(上記イ(ウ))、20〜25mMの濃度のクエン酸塩を含む医薬組成物は一定の迅速性を有するといえる。
そうすると、20〜25mMの濃度でのクエン酸塩を含む本件発明1の医薬組成物は、一定の迅速性を有するインスリン製剤であると推認できる。

(イ) 安定性について
インスリン製剤において、クエン酸塩の添加は、化学的かつ物理的な安定性を損なうものであるところ、亜鉛、界面活性剤等が安定性を高めることは知られていた(上記イ(イ))。
そして、発明の詳細な説明に記載された実施例において、亜鉛、界面活性剤を含む組成物L〜組成物AAは、一定の保存安定性を有しているのであるから(上記イ(ウ))、亜鉛及びポリソルベート界面活性剤を含む本件発明1の医薬組成物は、一定の保存安定性を有するといえる。

(ウ) 以上のとおりであるから、当業者であれば、本件発明1が上記(1)の課題を解決できることを、発明の詳細な説明の記載から認識できるといえる。

(3) 本件発明2〜13について
本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2〜13についても同様である。

(4) 小括
よって、本件発明1〜13について、特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するといえる。

第7 取消理由通知で採用しなかった異議申立理由についての当審の判断
1 申立人による申立ての理由の概要及び証拠
申立人は、その特許異議申立書(以下「申立書」という。)において、本件訂正前の請求項1〜13に係る発明を取り消すべき理由として、以下の(1)に概要を示す申立ての理由(以下、「申立理由1」〜「申立理由5」という。)を主張するとともに、証拠方法として、以下の(2)に示す甲第1号証〜甲第12号証(以下、それぞれ番号順に「甲1」等ともいう。)を提出した。なお、ここでいう「本件特許発明1」等の表記は、本件訂正前の本件特許の請求項1に係る発明等を意味するものである。また、申立理由の項目番号は、便宜のため当審合議体が付したものである。

(1) 申立人による申立ての理由の概要
ア 申立理由1(新規性欠如)
本件特許発明1〜13は、甲5記載の発明と区別することができず、新規性を有しない発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。

イ 申立理由2(進歩性欠如)
(ア) 本件特許発明1〜13は、甲1記載の発明及び例えば甲6に示される周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。
(イ) 本件特許発明1〜13は、甲2記載の発明及び例えば甲4及び甲6に示される周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。
(ウ) 本件特許発明1〜13は、甲3記載の発明及び例えば甲6に示される周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。
(エ) 本件特許発明1〜13は、甲4記載の発明及び例えば甲6〜甲8に示される周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。
(オ) 本件特許発明1〜13は、甲5記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件特許は同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきである。

ウ 申立理由3(実施可能要件非充足)
本件特許の明細書の発明の詳細な説明は、以下のa〜cの点で、本件特許発明1〜13を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないので、その特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号により取り消されるべきものである。
a 本件特許の明細書には、本件発明の範囲に含まれる実施例がないから、本件発明が実施できるか否か確認できない。
b 本件特許の明細書に示された塩化マグネシウムが添加されていない組成物D、組成物O及び組成物Rの安定性からみて、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが必須であるので、本件発明は実施できない。
c 甲12号証付録4に示すとおり、組成物Oから塩化ナトリウムを除去する、及び、組成物Eから塩化マグネシウムを除去すると、安定性が低下したことからみて、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが必須であるので、本件発明は実施できない。

エ 申立理由4(サポート要件非充足)
本件特許発明1〜13については、以下のa及びbの点で、特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号により取り消されるべきである。
a 本件発明の解決すべき課題は、本件特許の明細書の【0010】の記載からみて、時間作用の改善を排除することなく、特定の条件下で組成物の化学的な及び物理的な安定性を維持すること、であり、前記課題を解決するためには、「亜鉛、塩化ナトリウム、及び任意で塩化マグネシウム及び/または界面活性剤のような、特定濃度の安定剤を組成物を含める」という手段が開示されているが、本件発明の医薬組成物は、亜鉛と界面活性剤を必須成分としているものの、塩化ナトリウム、又は、塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを必須成分としていない。しかし、本件特許の明細書において十分な安定性を有することが具体的に示されているのは、塩化ナトリウム、又は、塩化ナトリウム及び塩化マグネシウムを含む医薬組成物のみであり、このような実施例に基づいて、本件発明に包含されるあらゆる医薬組成物が本件発明の課題を解決できるとは認識できない。
b 甲12号証付録4に示すとおり、組成物Oから塩化ナトリウムを除去する、及び、組成物Eから塩化マグネシウムを除去すると、十分な安定性が得られないから、本件発明に包含されるあらゆる医薬組成物が本件発明の課題を解決できない。

オ 申立理由5(明確性要件非充足)
(ア) 本件特許の請求項1に係る特許は、以下の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号により取り消されるべきである。
本件特許発明1に係る医薬組成物について、(a)〜(e)の成分は規定されているが、その他の成分として、何が含まれているか特に限定されていない。他方前記ウ及びエのとおり、医薬組成物の安定のためには、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムの存在が欠かせないものであるから、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが含まれることが規定されていない請求項1の記載は、明確性を欠く。

(2) 申立人が提出した証拠(証拠方法)
甲第1号証:国際公開2015/173427号及びその抄訳
(甲1) (2015年11月19日発行)
甲第2号証:米国特許公開公報2013/0231281号及びその訳文
(甲2) (2013年9月5日発行)
甲第3号証:国際公開2015/120457号及びその訳文
(甲3) (2015年8月13日発行)
甲第4号証:特表2012−519695号公報
(甲4) (2012年8月30日発行)
甲第5号証:特表2014−518216号公報
(甲5) (2014年7月28日発行)
甲第6号証:"Biopharmaceutical Products in the U.S and European Market" Ronald A Radar 著、Bioplan Association, Inc 発行、2007年9月、p. 422 及びその抄訳
(甲6) (2007年9月発行)
甲第7号証:INFORMATION FOR THE PHYSICIAN HUMULIN (R)(「(R)」は○の中にR)R REGULAR INSULIN HUMAN INJECTION, USP, (rDNA ORIGIN) 100 UNITS PER ML (U-100) 等及びその抄訳
(甲7) (2011年3月発行)
甲第8号証:Approval package for Humulin R 及びその抄訳
(甲8) (1993年12月7日発行、1994年1月11日承認)
甲第9号証:Journal of Diabetes Science and Technology Volume 2, Issue 4, pp. 568-571 及びその抄訳
(甲9) (2008年7月発行)
甲第10号証:Endocrine Reviews 41: 733-755, 2020 及びその抄訳
(甲10) (2020年発行)
甲第11号証:本件特許優先権証明書並びにその明細書及び特許請求の範囲の訳文
(甲11) (2015年12月31日受付)
甲第12号証:実験成績証明書及びその抄訳
(甲12) (2022年12月23日付け)

2 取消理由通知で採用しなかった異議申立理由
上記1に記載した異議申立理由のうち、取消理由通知で採用しなかったものは、申立理由1、申立理由2の(ウ)〜(オ)、申立理由3、及び、申立理由5である。
以下、これらの理由について検討する。

(1) 申立理由1(新規性欠如)及び申立理由2の(オ)(進歩性欠如)について
ア 甲5の記載事項
甲5には、以下の事項が記載されている。下線は当審合議体が付した。


甲5ア 特許請求の範囲、請求項1
「正確に6.8〜7.8または約6.8〜7.8のpHであり;
治療有効量の速効性のインスリン;
組成物を超速効性とするのに十分な量のヒアルロナン分解酵素;
50mM〜200mMまたは約50mM〜200mM濃度のNaCl;
抗微生物有効量の防腐剤または防腐剤の混合物;および
1種または複数種の安定化剤を含み、
それにより、正確にまたは約2℃〜8℃の温度で少なくとも6ヶ月間および/または正確にまたは約20℃〜30℃の温度で少なくとも14日間安定である、安定な配合剤組成物。」

甲5イ 発明の分野、発明が解決しようとする課題について
「発明の分野
提供されるのは、組み換えヒトPH20(rHuPH20)を含む、ヒアルロナン分解酵素の安定な製剤である組成物または速効性のインスリンおよびヒアルロナン分解酵素の安定な配合剤である組成物である。」(【0006】)
「ヒアルロナン分解酵素群は、単独で治療活性を示す酵素群であり、またインスリンのような治療剤を伴わずに共投与される。例えば、ヒアルロナン分解酵素および速効性インスリン(例えば速効型インスリン類似体)を含む超速効性インスリン組成物が開発されており、これは、対象に投与したとき、速効性のインスリン単独と比較して、非糖尿病対象において内因性(すなわち、自然な)食後インスリン放出をより厳密に模倣する組成物となる(例えば米国公開番号US20090304665参照)。改善されたヒアルロナン分解酵素群の製剤および配合剤の必要性がある。また、対象を処置するための、例えば糖尿病対象において血糖値を管理するための改善された安定なインスリン製剤の必要性もある。」(【0009】)

甲5ウ pHについて
「いくつかの態様において、ここに提供される安定な配合剤組成物のpHは、正確にまたは約7.0〜7.6である。例えば、安定な配合剤のpHは、正確にまたは約6.8±0.2、6.9±0.2、7.0±0.2、7.1±0.2、7.2±0.2、7.3±0.2、7.4±0.2、7.5±0.2、7.6±0.2、7.7±0.2または7.8±0.2である。…」(【0013】)

甲5エ インスリンにについて
「速効性のインスリンは、例えば、単量体または多量体、例えば二量体または六量体であり得る。一つの態様において、速効性のインスリンは速効性のヒトインスリンである。…いくつかのここで提供される安定な配合剤の例として、速効性インスリンは、配列番号103(A鎖)および配列番号147(B鎖)に示すアミノ酸配列を有し、NaCl濃度は正確にまたは約80mM〜160mMであるインスリンアスパルトである。…」(【0022】)
「…安定な配合剤の一例において、速効性のインスリンの量は正確にまたは約100U/mLである。安定な配合剤の他の例において、速効性のインスリンはインスリン類似体であり、…」(【0023】)

甲5オ 緩衝剤について
「ここで提供される安定な配合剤は、所望により、例えば、非金属結合剤または金属結合剤であるが、これらに限定されない緩衝剤を含む。数例において、緩衝剤はとりわけTris、ヒスチジン、リン酸またはシトレートから選択される。安定な配合剤の一例において、緩衝剤はTrisである。緩衝剤の濃度は正確にまたは約1mM〜100mM、10mM〜50mMまたは20mM〜40mMである。例えば、緩衝剤の濃度は正確にまたは約または少なくとも1mM、5mM、10mM、15mM、20mM、21mM、22mM、23mM、24mM、25mM、26mM、27mM、28mM、29mM、30mM、31mM、32mM、33mM、34mM、35mM、36mM、37mM、38mM、39mM、40mM、45mM、50mM、55mM、60mM、65mM、70mM、75mMまたはそれ以上である。安定な配合剤の一例において、緩衝剤の濃度は正確にまたは約30mMである。」(【0024】)

甲5カ m−クレゾールについて
「…特定の態様において、1種以上の防腐剤(複数も可)はフェノール、m−クレゾールまたはフェノールおよびm−クレゾールである。」(【0026】)

甲5キ 界面活性剤について
「安定な配合剤の一例において、安定化剤は界面活性剤であり、製剤中の重量濃度(w/v)の%としての界面活性剤の量は正確にまたは約0.005%〜1.0%、0.01%〜0.5%、0.01%〜0.1%、0.01%〜0.05%、または0.01%〜0.02%である。例えば、安定化剤は界面活性剤であり、製剤中の重量濃度(w/v)の%としての界面活性剤の量は正確にまたは約0.001%、0.005%、0.01%、0.015%、0.02%、0.025%、0.03%、0.035%、0.04%、0.045%、0.05%、0.055%、0.06%、0.065%、0.07%、0.08%または0.9%である。ここで提供される安定な配合剤中の界面活性剤は、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ソルビトール、ポロクサマーおよびポリソルベートから選択される。例えば、界面活性剤はポロクサマー188、ポリソルベート20またはポリソルベート80から選択される。…安定な配合剤の他の例において、安定化剤はポリソルベート20である界面活性剤であり、重量濃度(w/v)%としての量で正確にまたは約0.01%〜0.05%で提供される。さらに別の安定な配合剤の例において、安定化剤はポリソルベート80である界面活性剤であり、重量濃度(w/v)%としての量で正確にまたは約0.01%〜0.05%で提供される。」(【0029】)

甲5ク 亜鉛について
「ここで提供される安定な配合剤は、所望により亜鉛を含む。例えば、一つの態様において、速効性のインスリンはレギュラーインスリン、インスリンリスプロまたはインスリンアスパルトであり、製剤は亜鉛を含む。安定な配合剤中の亜鉛は、酸化亜鉛、酢酸亜鉛またはから選択されるが、これらに限定されず、正確にまたは約0.001〜0.1mg/インスリン100単位(mg/100U)、0.001〜0.05mg/100Uまたは0.01〜0.05mg/100Uの濃度で存在する。」(【0032】)

甲5ケ 安定な配合剤について
「ここで提供される安定な配合剤の例は、正確にまたは約7.0〜7.6のpHを有し、正確にまたは約10U/mL〜1000U/mL(両端値を含む)の量のインスリンアスパルトである速効性のインスリン;正確にまたは約100U/mL〜1000U/mL(両端値を含む)の量のPH20であるヒアルロナン分解酵素;正確にまたは約25mM〜35mM(両端値を含む)の濃度のTris緩衝剤;正確にまたは約80mM〜160mM(両端値を含む)の濃度のNaCl;正確にまたは約10mM〜30mM(両端値を含む)の濃度のメチオニン;正確にまたは約20mM〜50mM(両端値を含む)の濃度のグリセリン;正確にまたは約0.01%〜0.05%(両端値を含む)の重量濃度(w/v)のパーセンテージ(%)のポロクサマー188、ポリソルベート20またはポリソルベート80である界面活性剤;0.017〜0.024mg/インスリン100単位(mg/100U)の濃度の亜鉛;および正確にまたは約0.08%〜0.17%(両端値を含む)の重量濃度(w/v)のパーセンテージ(%)のフェノールおよび正確にまたは約0.07%〜0.17%m−クレゾールを含む防腐剤(複数も可)を含む。一つの態様において、NaCl濃度は正確にまたは約70mM〜100mMである。他の態様において、pHは正確にまたは約7.2±0.2、7.3±0.2、7.4±0.2または7.5±0.2である。一つの態様において、安定な配合剤中の防腐剤は正確にまたは約0.1%フェノールおよび0.015%m−クレゾール、0.125%フェノールおよび0.075%m−クレゾール、0.13%フェノールおよび0.075%m−クレゾール、0.13%フェノールおよび0.08%m−クレゾールまたは0.17%フェノールおよび0.13%m−クレゾールである。」(【0037】)

甲5コ 「速効性」のインスリン製剤について
「各インスリンについての最適製剤は異なり得るが、典型的に製剤におけるいくつかの共通項がある。例えば、インスリン製剤は典型的に緩衝剤、浸透圧修飾剤(複数もある)および1種以上の防腐剤を含む。多くの速効性のインスリン類はまた亜鉛を含み、一方いくつかはさらに安定化剤を含む。さらに、インスリン製剤は、典型的に高めの中性pH(例えば7.0〜7.8)で製造される。下の表2は、1種のレギュラーインスリンおよび2種の速効型インスリン類似体を含む、選択した3種の市販されている速効性のインスリン類の製剤を示す。
【表2】

」(【0180】)

甲5サ 安定性に関する対立要求について
「a. 安定性に関する対立要求
インスリンおよびヒアルロナン分解酵素群、例えば可溶性ヒアルロニダーゼ群(例えばrHuPH20)の安定な配合剤の開発を妨げている大きな障害は、冷蔵温度での速効性インスリン類の結晶化および沈殿、および高温でのヒアルロナン分解酵素の安定性を含む。典型的に、一般的にそのような結果を防止する添加物および条件はこれら2種の活性剤で異なる。インスリン製剤の溶解性および安定性を維持するために最適であるいくつかの添加物および条件のいくつかは、ヒアルロナン分解酵素群、例えば可溶性ヒアルロニダーゼ群(例えばrHuPH20)の安定性および活性に悪影響を有し得る。逆に、ヒアルロナン分解酵素、例えばヒアルロニダーゼ、例えばPH20(例えばrHuPH20)の安定性のために最適な添加物および条件は、インスリン類の安定性および溶解性に悪影響を有し得る。」(【0187】)
「単に速効型インスリン類似体を含む既存のインスリン製剤と、可溶性ヒアルロニダーゼ群の既存の製剤、例えばrHuPH20を混合しただけでは、長期の冷蔵保存、または環境温度または高温での保存に安定ではない製剤となる。これはrHuPH20の急速な凝集および酵素失活、ならびにインスリン失活による。これらの悪影響は、防腐剤の種類および濃度、NaCl濃度、亜鉛濃度、pHおよび保存温度を含むが、これらに限定されない複数の不適合な添加物および条件の結果である。それ故に、両剤ともに溶解性、安定性および活性を維持する製剤の同定は極めて困難である。」(【0188】)

甲5シ インスリンアルパルトに係る実施例について
「実施例1
インスリンおよびインスリン類似体ストック製造
…」(【0505】)
「B.インスリン類似体
インスリン類似体(インスリンアスパルトまたはインスリンリスプロ)について、市販品(インスリンリスプロ:…;インスリンアスパルト:Novo Nordisk、NovoRapid(登録商標)(インスリンアスパルト)、Lot XS60195;インスリングルリジン:…)の12個のバイアル(各10mL)を貯留し、Amicon Ultracel-10 K(インスリンリスプロ)または3K(インスリンアスパルト)カラム濃縮器を使用して、最終濃度が最初の濃度の約5倍になるまで濃縮した。インスリン類似体を、1Mの酢酸ナトリウム、pH5.3および30mMの塩化亜鉛(ZnCl2、EMD, Cat No. ZX0065-1)をタンパク質溶液容積の1/10添加することにより沈殿させた。溶液を氷上に30分間置き、続いて5600rpmで20分間、Avanti J-E CentrifugeでJS-5.3スインギングバケットローター(Beckman Coulter)を用いて遠心分離した。上清を傾捨し、ペレットを再懸濁し、20mMの酢酸ナトリウム、2mMの塩化亜鉛、pH5.5溶液で洗浄した。再懸濁溶液を上記のとおり遠心分離した。洗浄工程を合計5回繰り返した。最終洗浄を全ての痕跡量の塩化亜鉛を除去するために20mMの酢酸ナトリウム、pH5.5で行った。得られたタンパク質ペーストを20mMのHCl含有水で溶解した。完全に溶解後、250mMのTris、pH10.7を、最終Tris濃度20mMまで添加した。得られた溶液のpHを、インスリン類似体が下の個々の例において記載するとおり製剤されるように調製し、タンパク質濃度を約15〜20mg/mLに調節した。この方法で製造したインスリン類似体は、典型的に約90%の収率を有し、残留防腐剤濃度は出発物質の100倍少なかった。」(【0506】)
「実施例9
種々の防腐剤組み合わせ存在下のインスリン安定性およびrHuPH20酵素活性に対するNaClおよびpHの効果
この実施例において、インスリン(レギュラーインスリン)および/またはインスリン類似体(リスプロまたはアスパルト)安定性、およびrHuPH20酵素活性に対するNaClおよびpHの効果を、2〜8℃の短期および長期保存(7日間、5ヶ月間または9ヶ月間)、および35℃、30℃および25℃を含む高温の短期保存(1ヶ月間以下)を含む種々の保存条件下で決定した。」(【0586】)
「基本製剤は下記セクションA〜Cに示す。各試験について、pHおよびNaCl濃度を変え、一方組成物の他の成分は同じままとした。予定した防腐剤組み合わせの各々でインスリン/インスリン類似体のサンプルをそれぞれ製造するために、4種のストック溶液を各インスリンおよび/またはインスリン類似体について調製した。インスリンおよびインスリン類似体ストックは上記実施例1のとおりに調製し、最終インスリンpHを7.6に設定した。各ストック溶液は適切なレベルの防腐剤およびNaCl濃度(50、80、110または140mM)および、最終濃度で添加した他の全ての一般的成分を含んだ。各ストック溶液のpHを次いで1Nまたは0.1NのNaOHで7.6から最終標的pHまで滴定しながら下げた。pHの精度は±0.02で制御された。指定されたpHに到達したときそれぞれ1mLの溶液を取り、0.2ミクロンPESフィルターを通し、2mLのタイプ1ガラスバイアルに入れた。全サンプルは調製後、試験実施まで2〜8℃で保存した。」(【0587】)
「A. 2〜8℃で7日間のインスリン/インスリン類似体の溶解度に対するNaClおよびpHの効果についての全要因試験
この実施例において、設計した全要因試験を用いて、種々の防腐剤の組み合わせにおけるレギュラーインスリンおよび類似体リスプロまたはアスパルトの溶解度に対するNaClおよびpHの効果を試験した。pH、NaClおよび防腐剤以外の他の製剤成分は、120U/mLのインスリン/インスリン類似体、5μg/mLのrHuPH20(600U/mL)、20mMのTris/HCl(…)、0.02%PLURONIC(登録商標)F68(ポロクサマー188、…)、および0.1mMのZnCl2(…)で一定とした。3種の防腐剤組み合わせレベルを使用した。1) 0.15%m−クレゾール(…)および0.2%フェノール(…);2) 0.15%m−クレゾールおよび0.15%フェノール;および3) 0.15%m−クレゾールおよび0.2%メチルパラベン(…)。各防腐剤組み合わせで、6レベルのpHおよび4レベルのNaCl濃度(計24サンプル)の完全組み合わせを作製した。試験したpH値は6.6、6.8、7.0、7.2、7.4および7.6であった。試験したNaCl濃度は50mM、80mM、110mMおよび140mMであった。
「逆相HPLC(RP−HPLC)を、次の改変を伴って実施例3に記載のとおり行った。移動相を75%0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の水溶液(A)で開始し、25%0.1%TFAのアセトニトリル(B)で直線勾配で68%A+32%Bまで16分間、4分間維持し、続いて100%Bまで5分間直線的に増加させた。結果は下記表33〜35に示し、これは2〜8℃で7日間保存後の元の濃度(120U/mL)の残存%として表す溶解度を示す。表33はリスプロの結果を示す。表34はレギュラーインスリンの結果を示す。表35はインスリンアスパルトの結果を示す。」(【0589】)
「全3種のインスリン/インスリン類似体分子は同様にpHおよびNaCl濃度に応答した。低pHおよび高NaCl濃度で、インスリン/インスリン類似体は、残存インスリン/インスリン類似体のパーセンテージの減少により示されるとおり、結晶を形成し、沈殿した。これらの結果は目視により確認された。全3種のインスリン/インスリン類似体は、pH≧7.2で50mMのNaCl、pH≧7.4で80mMのNaClおよびpH≧7.6で110mMのNaClについて全防腐剤組み合わせに溶解性であった。同様に、全3種のインスリン/インスリン類似体は、pH≦6.8で140mMのNaClおよびpH6.6で80mMおよび110mMのNaClの両者に適切な溶解性は有しなかった(観察される濃度<90U/mLまたは75%)。溶解性の正確な傾向は3種のインスリン/インスリン類似体で変わった。試験した条件下、インスリンアスパルトは最も溶解性であり、続いてインスリンリスプロおよび最低の溶解性であるレギュラーインスリンであった。防腐剤適合性にも差があり、インスリンアスパルトおよびレギュラーインスリンが0.15%フェノールおよび0.15%m−クレゾールに最も溶解性であり、インスリンリスプロが0.15%m−クレゾールおよび0.2%メチルパラベンに最も溶解性であった。メチルパラベンは、塩濃度が低いとき良好な防腐剤であるように見えるが、しかしながら、高塩濃度で、フェノールまたはメチルパラベンを含むサンプルで差は見られなかった。」(【0590】)
「【表35】

」(【0594】)

イ 甲5に記載された発明
甲5アの記載から、甲5には、「正確に6.8〜7.8または約6.8〜7.8のpHであり;治療有効量の速効性のインスリン;組成物を超速効性とするのに十分な量のヒアルロナン分解酵素;50mM〜200mMまたは約50mM〜200mM濃度のNaCl;抗微生物有効量の防腐剤または防腐剤の混合物;および1種または複数種の安定化剤を含み、…、安定な配合剤組成物。」が記載されており、それを具体化したものとして、甲5シの実施例9には、実施例1のとおりに調製した120U/mLインスリンアスパルト、20mMのTris/HCl、0.02%PLURONIC(登録商標)F68(ポロクサマー188)、0.1mMのZnCl2及びm−クレゾールを含む組成物が記載されている。また、当該組成物について、「pH≧7.2で50mMのNaCl、pH≧7.4で80mMのNaClおよびpH≧7.6で110mMのNaClについて全防腐剤組み合わせに溶解性であった」と記載されており、甲5シの【表35】にそれぞれの組成物の溶解性が記載されていることから、そのpHは、7.2〜7.6であったといえる。
そうすると、甲5には、次の発明が記載されていると認める。
「組成物であって、
(a’)120U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと、
(b’)20mMの濃度でのTris/HClと、
(c’)0.1mMの濃度でのZnCl2と、
(d’)0.02%のポロクサマー188と
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが7.2〜7.6である、前記組成物」
(以下「甲5発明」という。)

ウ 対比
本件発明1と甲5発明とを対比すると、甲5発明の「組成物」はインスリンアスパルトを含むところ、インスリンアスパルトを含む組成物は医薬組成物であるといえるから、本件発明1の「医薬組成物」に相当する。
また、甲5発明の「ZnCl2」と本件発明1の「亜鉛」は、「亜鉛を含む化合物」である点で共通する。
さらに、甲5発明の「ポロクサマー188」は、本件発明1の「ポリソルベート界面活性剤」と、「界面活性剤」である点で共通する。
そうすると、両者は、
「医薬組成物であって、
(a’)インスリンアスパルトと、
(c’)亜鉛を含む化合物と、
(d’)界面活性剤と、
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1
(a’)インスリンアスパルトの濃度が、本件発明1では、「約100U/mL」であるのに対し、甲5発明では、「120U/mL」である点。
相違点2
本件発明1は、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」を含むのに対し、甲5発明は、そのような特定がされていない点。
相違点3
(c’)亜鉛を含む化合物について、本件発明1は、「(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛」を含むのに対し、甲5発明は、「(c’)0.1mMの濃度でのZnCl2」を含む点。
相違点4
(d’)界面活性剤について、本件発明1は、「(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤」を含むのに対し、甲5発明は、「(d’)0.02%のポロクサマー188」を含む点。

エ 判断
(ア) 申立理由1(新規性欠如)について
上記ウのとおり、本件発明1と甲5発明とは、相違点1〜相違点4の点で相違し、これらは実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲5に記載された発明ではない。
よって、本件発明1は、甲5に記載された発明ではないから、特許法第29条第1項第3号の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜13に係る本件発明2〜13についても同様である。

(イ) 申立理由2の(オ)(進歩性欠如)について
相違点2について検討する。
甲5発明の「Tris/HCl」は、上記アの甲5オの記載から緩衝剤、すなわち、pHを維持することを目的として添加されており、同記載には、緩衝剤として、「シトレート」、すなわち「クエン酸塩」を使用できることも一応記載されている。
しかしながら、甲5は、ヒアルロナン分解酵素及び速効性インスリン(例えば速効型インスリン類似体)を含むインスリン製剤において、安定性を改善することを目的としたものであるところ(甲5イ)、本願出願時において、クエン酸塩は6量体形態のインスリンを乖離させ、不安定化する機能を有するものであることは技術常識であったことを考慮すると(上記記載事項(甲1−4)、(甲2−4)参照。)、甲5発明において、pHを維持するために添加する緩衝剤として、わざわざ6量体形態のインスリンを不安定化する作用を有するクエン酸塩を選択することは、当業者にとって動機付けられるものではない。

仮に、そのような動機付けがあったとしても、本件発明1において、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」は、注射部位からの血中へのインスリンのさらに迅速な取り込み、既存のインスリン製品よりも早い作用の発現をもたらす成分であって、本件発明1において、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」を含むという構成を採択したことによる、インスリンの迅速性が向上するという効果は、甲5の記載からは当業者が予測し得ないものである。
そうすると、相違点1、3及び4について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5に記載された発明及び甲5に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜13に係る本件発明2〜13についても同様である。

オ 申立人の主張について
申立人は、上記アの甲5ウ〜甲5ケ、甲5シの記載を寄せ集めると、甲5には、本件発明1〜13が記載されている、又は、本件発明1〜13は、甲5に記載された発明と区別できないから、請求項1〜13に係る発明は、甲5に記載された発明であるか、少なくとも、甲5に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであると主張しているが、甲5に記載された発明は、上記イで認定したとおりであり、新規性進歩性の判断については、上記エで説示したとおりであるから、申立人の主張によって上記判断は変わらない。

(2) 申立理由2の(ウ)(進歩性欠如)について
ア 甲3の記載事項
甲3には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

甲3ア 特許請求の範囲、請求項1
「37℃にて7日間でインスリン効力の損失が5IU未満であると測定されるように前記インスリンの安定性を増強するために有効量の溶解/安定剤及び有効量のキレート剤を含む、注射用インスリン製剤。」

甲3イ インスリン製剤について
「製剤は、インスリンと、エチレンジアミン四酢酸(「EDTA」)、好ましくはそのナトリウム及び/又はカルシウム塩などの亜鉛キレート剤、クエン酸塩及び/又はクエン酸ナトリウム等の1つ以上の溶解/安定剤、1つ以上のマグネシウム化合物、亜鉛化合物、並びに、任意選択で保存剤及びpH緩衝剤等の追加の賦形剤とを組み合わせて包含する。」(第3頁第10〜15行)

甲3ウ インスリン及びインスリンアナログ調製物について
「好ましい製剤は通常100、200又は400IU/mlのインスリンを含み、インスリンは好ましくはインスリンアナログ又は通常のヒトインスリンである。」(第3頁第16、17行)
「本明細書で使用するインスリンアナログとは、膵臓から分泌されるインスリンとは異なるが、天然のインスリンと同じ作用を体内で発揮することができる、変化したインスリンのことである。基礎となるDNAの遺伝子操作により、インスリンのアミノ酸配列を変化させ、ADME(吸収、分布、代謝、排泄)特性を変化させることができる。例えば、インスリンリスプロ、インスリングラルギン、インスリンアスパルト、インスリングリシン、インスリンデテミル等である。…」(第5頁第19〜28行)
「いくつかの実施形態では、インスリン及びインスリンアナログ製剤の市販製剤を、本明細書に開示される製剤のインスリンとして使用することができる。したがって、最終製剤は、亜鉛、塩化亜鉛、フェノール、リン酸ナトリウム、酸化亜鉛、リン酸水素二ナトリウム、塩化ナトリウム、トロメタミン及びポリソルベート20を含むがこれらに限定されない、インスリン及びインスリンアナログの市販製剤に一般的に見出される追加の賦形剤を含むことができる。これらは、本明細書に記載のキレート剤及び溶解/安定化剤を添加する前に、これらの市販製剤から除去することもできる。」(第15頁第26行〜第16頁第2行)

甲3エ クエン酸塩について
「亜鉛キレート剤、例えばEDTA二ナトリウムの濃度は0.1〜5mg/mLの範囲で、クエン酸塩は製剤の0.6mg/mlと4.8mg/mlの間の濃度で含めることができる。」(第3頁第19〜21行)
「i.溶解/安定化剤
溶解/安定化剤として有効な酸には、電荷マスキング剤でない塩酸に対して、酢酸、アスコルビン酸、クエン酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、アジピン酸及びこれらの塩が含まれる。有効な酸はすべて二酸または多酸である。好ましい溶解/安定化剤はクエン酸及び/又はクエン酸ナトリウムである。塩酸は、いずれかの配合物と組み合わせて、pH調整のために使用され得るが、溶解/安定化剤ではない。
酸は、直接又は水溶液中で解離する塩の形態で添加することができる。酸の塩としては、酢酸ナトリウム、アスコルビン酸塩、クエン酸塩、グルタミン酸塩、アスパラギン酸塩、コハク酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、アジピン酸塩等が挙げられる。有機酸の塩は、金属水酸化物、金属酸化物、金属炭酸塩及び炭酸水素塩、金属アミン、並びに、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム等のアンモニウム塩基を含むが、これらに限定されない様々な塩基を用いて調製することができる。好適な金属としては、一価及び多価の金属イオンが挙げられる。例示的な金属イオンとしては、リチウム、ナトリウム、カリウム等のI族金属;バリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム等のII族金属;アルミニウム等のメタロイドが挙げられる。多価金属イオンは、1つ以上のカルボン酸基を含む有機酸に望ましい。
インスリン製剤が生理的pH範囲のpHを有する場合に好ましい溶解/安定化剤はクエン酸ナトリウムである。溶解剤の好ましい濃度は、0.6mg/mlと4.8mg/mlのクエン酸塩の間である。いくつかの実施形態は、0.6mg/mlと2.4mg/mlのクエン酸塩を含む。」(第11頁第13行〜第12頁第7行)
「(ii)キレート剤
本明細書に開示されるインスリン製剤と共に使用され得るキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、EGTA、アルギン酸、α−リポ酸、ジメルカプトコハク酸(DMSA)、CDTA(1,2−ジアミノシクロヘキサン四酢酸)及びクエン酸三ナトリウム(TSC)が挙げられる。塩酸は、pHを調整するためにTSCと一緒に使用され、その過程で溶解/安定剤であるクエン酸の形成を生じさせる。
好ましい実施形態では、キレート剤はEDTAである。最も好ましい実施形態において、製剤は、インスリン、EDTA二ナトリウム、クエン酸又はクエン酸ナトリウムのような溶解/安定化剤及び硫酸マグネシウムを含む。」(第12頁第8〜19行)

甲3オ 亜鉛について
「0.01mg/mlを超える総亜鉛濃度が製剤中に含まれることができ、好ましくは0.01と0.065mg/ml(U−100アナログ並びにU−200、U−300及びU−400)の間で製剤中に含まれることができる 本実施形態において、亜鉛対インスリン六量体比は、好ましくは0.3より大きく、より好ましくは0.5と2.6の間であり、最も好ましくは0.5と0.9の間である。」(第3頁第26〜32行)
「C.亜鉛化合物
0.01mg/mlを超える総亜鉛濃度が製剤中に含まれることができ、好ましくは0.01と0.065mg/mlの間である(U−100アナログ並びにU−200、U−300及びU−400)。この実施形態において、亜鉛対インスリン六量体比は、好ましくは0.3より大きく、より好ましくは0.5と2.6の間、最も好ましくは0.5と0.9の間である。好ましい亜鉛化合物は酸化亜鉛である。」(第13頁第3〜9行)

甲3カ ポリソルベートについて
「本明細書で使用する「可溶化剤」とは、溶媒、例えば水溶液中のインスリンに対する物質の溶解度を高める化合物である。可溶化剤の例としては、ポリソルベート(TWEEN(R)(合議体注:「(R)」は○の中にR。以下同じ。))のような界面活性剤;エタノールのような溶媒;オキシエチレンモノステアレートのようなミセル形成化合物;およびpH調整剤が挙げられる。」(第6頁第1〜5行)
「賦形剤

好ましい実施形態では、水性媒体への迅速な溶解を促進するために、1つ以上の可溶化剤がインスリンとともに含まれる。適切な可溶化剤には、ポリソルベート、グリセリン、ポロキサマーなどの湿潤剤、非イオン性界面活性剤およびイオン性界面活性剤、食品酸及び塩基(例えば、炭酸水素ナトリウム)並びにアルコール、更にpH制御のための緩衝塩が含まれる。…
…また、溶媒または共溶媒系(エタノール、PEG−300、グリセリン、プロピレングリコール)及びポリソルベート20/80;ポロキサマー188、ソルビトールなどの可溶化剤も使用する。…」(第14頁第9行〜第15頁第25行のうち、特に、第14頁第18〜23行、第15頁第11〜13行)

甲3キ m−クレゾールについて
「…いくつかの実施形態において、製剤は、…を含むことができる。m−クレゾールは、その抗微生物特性および保存性の向上のために添加することができる。」(第7頁第29〜32行)
「賦形剤

安定剤は、例えば酸化反応を含む薬物の分解反応を抑制または遅延させるために使用される。…適切な安定剤には、例えば、クエン酸塩、リン酸塩、酢酸塩等の緩衝剤、…、例えばフェノール、ベンジルアルコール、メタクレゾール(m−クレゾール)、2−フェノキシエタノール及びメチル/プロピルパラベン等の静菌剤、…が含まれる。…」(第14頁第9行〜第15頁第25行のうち、特に、第14頁第28行〜第15頁第2行)

甲3ク pHについて
「注射用製剤のpHは、典型的には約6.8〜7.8の間、いくつかの実施形態では約6.8と7.5の間又は約6.8と7.2の間、いくつかの実施形態では7.0より大きい。より好ましくは、pHは約7.1又は7.2である。」(第14頁第24〜27行)

甲3ケ 実施例4について
「実施例4.インスリンリスプロの効力とHMWPの形成に及ぼすクエン酸塩濃度の影響
EDTA濃度を0.1125mg/ml、亜鉛イオン濃度を0.0197mg/mlに固定して製剤を調製した。クエン酸濃度は0.6mg/ml、1.2mg/ml及び2.4mg/mlで変化させた。これらの実験で使用した製剤を表3に示す。
表3.クエン酸塩の濃度を変えたインスリンリスプロの製剤

結果
インスリンリスプロ製剤中のクエン酸塩濃度を下げると、力価の変化とHMWPの減少によって測定される安定性が改善する。」(第21頁第5〜17行)

甲3コ 実施例5について
「実施例5.「リスプロ6量体に対する亜鉛ペアの比率」とクエン酸濃度との相互作用
製剤はEDTAレベルを0.1125mg/mlに固定して調製した。クエン酸塩濃度は0.6mg/ml、1.2mg/ml又は2.4mg/mlで変化させた。亜鉛レベルは0.413mM、0.458mM又は0.504mMで変化させた。これらの製剤を表4に示す。これらの製剤を加速劣化試験に供した。これらの試験では、製剤を37℃に保持し、7日及び14日後に効力及びHMWPを測定した。結果を表5A及び5Bに示す。
表4.酸化亜鉛とクエン酸塩の濃度を変えたインスリン製剤
(表4省略)
結果。
表5A.クエン酸塩と亜鉛:リスプロ六量体の比率を変化させ、14日後に測定した37℃における力価の低下

表5B.クエン酸塩と亜鉛:リスプロ六量体の比率を変えて14日後に測定した37℃におけるHMWPの増加量

結論:Zn:6量体の比率が低いと、より多くのHMWPが生成する。クエン酸塩の濃度を下げると、Zn:6量体比が0.9未満ではHMWPの生成が減少する。このHMWPの減少はZn:6量体比が0.9以上では見られない。」(第21頁第19行〜第24頁第4行)

甲3サ 実施例12について
「実施例12:インスリンアスパルト製剤の安定性の向上
インスリンアスパルトの吸収は、EDTA及びクエン酸塩製剤を用いても促進される可能性がある。NOVOLOG(R)におけるインスリンの吸収を、EDTAとクエン酸塩を併用したインスリンアスパルトの吸収と比較した(BIOD−300、図7)。
インスリンアスパルトを含む製剤において、亜鉛:インスリン六量体比がインスリンの安定性に及ぼす影響を検討するため、安定性試験を実施した。元の製剤(BIOD−300)の亜鉛:六量体比は0であった。亜鉛:六量体比を0.4、0.5、0.6、0.7、0.8及び0.9に増加させて製剤を調製し、37℃で経時的にインスリン効力をモニターした。図8Aは、インスリンアスパルト源としてNOVOLOG(R)を使用した製剤におけるBIOD−300(亜鉛:六量体比「0」)に対する安定性の改善を示す。図8Bは、インスリンアスパルトを原薬として使用した同じ製剤比を示している。このデータは、亜鉛:六量体比を増加させると、経時的なインスリン効力によって測定されるインスリンの安定性が向上することを示している。」(第34頁第15〜30行)

イ 甲6の記載事項
甲6には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

甲6ア 「Novologは、ミリリットル(ml)当たり、インスリンアスパルト100単位、並びに、添加剤――グリセリン16mg、フェノール1.50mg、メタクレゾール1.72mg、亜鉛19.6μg(塩化亜鉛として)、リン酸水素二ナトリウム二水和物1.25mg及び塩化ナトリウム0.58mg――を注射用水に含有する。NovologのpHは、7.2〜7.6である。」(第422頁右欄下から第3行〜第423頁左欄第4行)

ウ 甲3に記載された発明
甲3サの記載から、甲3の実施例12の「BIOD−300」とは、「NOVOLOG(R)」に「EDTAとクエン酸塩を併用した」製剤である。
ここで、「NOVOLOG(R)」は、甲6アの記載から、「ミリリットル(ml)当たり、インスリンアスパルト100単位、並びに、添加剤――グリセリン16mg、フェノール1.50mg、メタクレゾール1.72mg、亜鉛19.6μg(塩化亜鉛として)、リン酸水素二ナトリウム二水和物1.25mg及び塩化ナトリウム0.58mg――を注射用水に含有」し、「pHは、7.2〜7.6」であり、「BIOD−300」における「NOVOLOG(R)」並びにEDTA及びクエン酸塩の併用によって製剤の総量は大きく変化していないと推認されるから、「BIOD−300」において、EDTA及びクエン酸塩を除く成分の濃度は、「NOVOLOG(R)」とおよそ同等であると推認できる。
そうすると、甲3には、次の発明が記載されていると認める。
「医薬組成物であって、
(a)約100IU/mLの濃度でのインスリンアスパルトと、
(b’)クエン酸塩と、
(c’)約19.6μg/mLの濃度での亜鉛と、
(e’)メタクレゾールとを含み、
pHが7.2〜7.6である、医薬組成物」
(以下「甲3発明」という。)

エ 対比
本件発明1と甲3発明とを対比すると、甲3発明の「メタクレゾール」は、本件発明1の「m−クレゾール」に相当する。
また、亜鉛の原子量を65.38として、甲3発明の亜鉛の濃度の単位を「mM」に換算すると、約19.6μg/mLは約0.3mMと換算され、これは本件発明1の亜鉛の濃度である「(c)約0.2〜約0.4mM」に相当する。
さらに、pHについて、甲3発明の「7.2〜7.6」という数値範囲は、本件発明1の「約7.0〜7.8」の数値範囲に相当する。
そうすると、両者は、
「医薬組成物であって、
(a)約100IU/mLの濃度でのインスリンアスパルトと、
(b’)クエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1
(b’)クエン酸塩について、本件発明1は、その濃度が「20〜25mM」であると限定されているのに対し、甲3発明では濃度が特定されていない点。
相違点2
医薬組成物が、本件発明1では、更に「(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤」を含むものであるのに対し、甲3発明ではそのような特定がされていない点。

オ 判断
相違点1について検討する。
甲3エには、「亜鉛キレート剤、例えば…クエン酸塩は製剤の0.6mg/mlと4.8mg/mlの間の濃度で含めることができる」、「好ましい溶解/安定化剤はクエン酸及び/又はクエン酸ナトリウムである」、「キレート剤 本明細書に開示されるインスリン製剤と共に使用され得るキレート剤としては、…クエン酸三ナトリウム(TSC)が挙げられる。塩酸は、pHを調整するためにTSCと一緒に使用され、その過程で溶解/安定剤であるクエン酸の形成を生じさせる。」と記載されているものの、「クエン酸ナトリウム」は3価のカルボン酸で、一ナトリウム塩、二ナトリウム塩、三ナトリウム塩の3種があり、モル質量を一義的に決定することはできないから、甲3において単位「mg/ml」で記載されたクエン酸塩の濃度を直ちに「mM」に変換することができない。
ここで、甲3の実施例4(甲3ケ)及び実施例5(甲3コ)の組成物中のクエン酸塩の最高濃度である2.4mg/mlについて、「クエン酸ナトリウム」を、モル濃度が最高になる場合、すなわち、分子量が最小であるクエン酸一ナトリウム塩(クエン酸モノナトリウム、示性式:NaH2(C3H5O(COO)3)、モル質量:214.11g/mol)と仮定して、濃度の単位「mg/ml」を「mM」に換算すると、2.4mg/mlは、およそ11mMと算出される。
ところで、甲3の実施例4を開示する甲3ケには、「インスリンリスプロ製剤中のクエン酸塩濃度を下げると、力価の変化とHMWPの減少によって測定される安定性が改善する」と記載されており、甲3の実施例5を開示する甲3コには、「クエン酸塩の濃度を下げると、Zn:6量体比が0.9未満ではHMWPの生成が減少する」と記載されているとおり、甲3発明の実施例4及び実施例5において、クエン酸濃度が小さい方が製剤の安定性が高まることが確認されている。このような記載に接した当業者は、甲3発明において甲3に具体的に開示された2.4mg/ml(およそ11mM)よりも高いクエン酸塩濃度を採用することを動機付けられない。
そうすると、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲5に記載された発明及び甲5に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜13に係る本件発明2〜13についても同様である。

カ 申立人の主張について
申立人は、上記アの甲3イ〜甲3ク及び甲3サの記載事項を寄せ集めれば、本件発明1は容易に想到し得たものであること、特に、クエン酸塩濃度について、甲3エの0.6mg/mlと4.8mg/mlの間の濃度のクエン酸塩について、クエン酸塩をクエン酸ナトリウム(クエン酸一ナトリウム塩)であるとすれば、約2.8mMと約22mMの間の濃度に相当するから、本件発明1のクエン酸塩濃度範囲である20〜15mMと一部重複し、その重複する範囲を選択することは当業者にとって容易である旨を主張している。
しかしながら、甲3の実施例において具体的な医薬組成物に添加されたクエン酸塩の濃度は2.4mg/ml(クエン酸一ナトリウム塩換算で11mM)であり、クエン酸塩濃度を高める動機付けがないことは上記オで説示したとおりであるから、甲3発明において、クエン酸塩の濃度として20〜15mMという高濃度を選択することは当業者にとって容易に想到し得ることであるとはいえず、申立人の主張は採用できない。

(3) 申立理由2の(エ)(進歩性欠如)について
ア 甲4の記載事項
甲4には以下の事項が記載されている。下線は当審合議体が付した。

甲4ア 特許請求の範囲
「【請求項1】
インスリン、解離剤及び亜鉛キレート剤を含み、生理的pHを有し、澄明水溶液であるインスリン製剤。
【請求項2】
前記キレート剤がエチレンジアミン四酢酸(EDTA)、EGTA、クエン酸三ナトリウム(TSC)、アルギン酸、アルファリポ酸、ジメルカプトコハク酸(DMSA)、CDTA(1,2−ジアミノシクロヘキサン四酢酸)からなる群から選択される、請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
前記キレート剤がエチレンジアミン四酢酸(EDTA)である、請求項2に記載の製剤。
【請求項4】
前記溶解剤が酢酸、アスコルビン酸、クエン酸、グルタミン酸、コハク酸、アスパラギン酸、マレイン酸、フマル酸及びアジピン酸からなる群から選択される酸又はその塩である、請求項1に記載の製剤。
【請求項5】
前記解離剤がクエン酸又はクエン酸ナトリウムである、請求項4に記載の製剤。
【請求項6】
前記pHが7から7.5の間である、請求項1に記載の製剤。
【請求項7】
インスリン溶液のpHを約pH4から生理的pHに上昇させることにより調製される、請求項1に記載の製剤。
【請求項8】
前記インスリンがヒトインスリン、インスリン類似体及びそれらの組合せからなる群から選択される、請求項1に記載の製剤。
【請求項9】
前記インスリンが組換えヒトインスリンである、請求項8に記載の製剤。」

甲4イ 発明が解決しようとする課題について
「より重要なことに、適切に投与されている場合でさえ、インスリン注射は、インスリンの自然の時間−作用プロファイルを再現しない。特に、糖尿病を有さない人における第1相インスリン分泌の自然スパイクは、食物からのグルコースが血液中に入ってから数分以内の血中インスリンレベルの上昇をもたらす。これに反して、注射されたインスリンは、血液に徐々に入り、ピークのインスリンレベルは、レギュラーヒトインスリンの注射後80〜100分以内に生じる。」(【0009】)
「インスリン治療の重要な改善の1つは、1990年代におけるインスリンリスプロ(IL)、インスリンアスパルト(IA)及びインスリングルリシン(IG)などの速効型インスリン類似体の導入であった。しかし、速効型インスリン類似体を用いた場合でさえ、最高インスリンレベルは、一般的に注射後50〜90分以内に生じる。速効型インスリン類似体は第1相インスリン分泌を十分に模倣するものではないため、インスリン療法を用いる糖尿病患者は、食事の開始時に存在する不十分なレベルのインスリン及び食間に存在する過剰なインスリンを有し続ける。このインスリンの送達の遅延は、食事の開始後の初期の高血糖をもたらし得る。…」(【0011】)
「血液へのインスリン送達の時間的経過が全体的なグルコース調節にそのような重要な役割を果たしているため、速効型インスリン類似体より速やかに血液に到達する注射用インスリンであるインスリンの重要なニーズがある。」(【0012】)
「【発明が解決しようとする課題】

したがって、本発明の目的は、改善された安定性及び作用の速やかな発現を有する速効型注射用インスリン組成物を提供することである。」(【0013】)

甲4ウ インスリンの「六量体形態」について
「…製剤は、現在市販されている速効型インスリン類似体より速く血液中に吸収されるように設計されている。インスリンの製剤の重要な特徴の1つは、インスリンがインスリンの6分子形態、すなわち六量体形態からインスリンの単量体形態又は二量体形態に解離又は分離することを可能にし、六量体形態への再会合を阻止することである。人体は、インスリンが体内に吸収されてその望ましい生物学的効果をもたらすことができる前に、インスリンが単一分子の形態であることを要求するので、単量体形態又は二量体形態を有利にすることによって、この製剤が血液中へのインスリンのより速やかな送達を可能にすると考えられる。注射用に販売されているほとんどのヒトインスリンは、六量体形態である。インスリン六量体は最初に解離して、二量体、次に単量体を形成しなければならないので、これが、身体が吸収することをより困難にしている。」(【0017】)

甲4エ 「溶解剤」について
「本明細書で用いているように、「溶解剤」は、インスリン及びEDTAに加えたとき、下の実施例で記載する上皮細胞トランスウエルプレートアッセイを用いて測定される、同じpHのHCl及びEDTAと比較してインスリンの輸送及び吸収を増加させる酸又は塩である。HClは、溶解剤でなくて、可溶化剤であり得る。クエン酸及びクエン酸ナトリウムは、このアッセイで測定するとき溶解剤である。これは、一部が六量体からの解離の間に露出する、インスリンの電荷を遮へいすることによって少なくとも一部分達成されると考えられる。」(【0023】)

甲4オ 製剤について
「製剤
製剤は、インスリン、キレート剤及び溶解剤(単数又は複数)並びに場合によって1つ以上の他の賦形剤を含む。好ましい実施形態において、製剤は、皮下投与に適しており、脂肪皮下組織中に速やかに吸収される。溶解剤及びキレート剤の選択、溶解剤及びキレート剤の両方の濃度並びに製剤が調整されるpHは、すべてがシステムの有効性に対する著しい影響を有する。多くの組合せが有効性を有するが、好ましい実施形態は、安全性、安定性、規制プロファイル及び性能を含む多くの理由のために選択される。」(【0027】)
「EDTAなどのキレート剤は、インスリン中の亜鉛をキレートし、インスリン溶液から亜鉛を除去する。これにより、インスリンにその二量体及び単量体形態をとり、六量体の状態への再会合が妨害される。実施例で記載する試験で、解離しつつある六量体の全体的なサイズは亜鉛錯体化インスリン六量体より大きく、その後より小さい単位を形成する。六量体、二量体及び単量体は、濃度駆動平衡状態で存在するので、単量体が吸収されるとき、より多くの単量体が生ずる。したがって、インスリン単量体が皮下組織を通して吸収されるとき、さらなる二量体が分解されて(dissemble)、より多くの単量体を形成する。完全に解離した単量体形態は、単量体形態の分子量の1/6未満の分子量を有し、それにより、インスリンの吸収の速度と量の両方を著しく増加させる。キレート剤(EDTAなど)及び/又は溶解剤(クエン酸など)がインスリンと水素結合する程度に応じて、それがインスリンの電荷を遮へいし、その膜透過輸送を促進し、それにより、インスリンの作用の発現及び生物学的利用能の両方を増加させる。」(【0029】)

甲4カ 「溶解剤」について
「溶解剤
特定の酸又はそれらの塩は、図1に示すように、インスリンの電荷を遮へいし、取込み及び輸送を増大させるのは明らかである。溶解剤として有効であるそれらの酸は、下の実施例で記載するトランスウエルアッセイで測定されるように、塩酸を基準として、酢酸、アスコルビン酸、クエン酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸及びアジピン酸を含む。例えば、活性剤がインスリンである場合、好ましい溶解剤はクエン酸である。…酸の塩は、酢酸ナトリウム、アスコルビン酸塩、クエン酸塩、グルタミン酸塩、アスパラギン酸塩、コハク酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩及びアジピン酸塩を含む。…」(【0032】)
「溶解剤の範囲は、9.37×10−4Mから9.37×10−2Mクエン酸の間でのインスリン及びEDTAと組み合わされたクエン酸の有効量に対応する。」(【0033】)

甲4キ 「キレート剤」について
「キレート剤
好ましい実施形態において、亜鉛キレート剤をインスリンと混合する。キレート剤は、イオン性又は非イオン性であってよい。適切なキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、EGTA、アルギン酸、アルファリポ酸、ジメルカプトコハク酸(DMSA)、CDTA(1,2−ジアミノシクロヘキサン四酢酸)、クエン酸三ナトリウム(TSC)を含む。塩酸は、pHを調整するのにTSCとともに、また溶解剤であるクエン酸の形成を生じさせる工程に用いられる。」(【0034】)
「好ましい実施形態において、キレート剤はEDTAである。キレート剤は、インスリンからの亜鉛を捕捉し、それにより、インスリンの二量体形態を六量体形態より有利にし、投与部位の周囲の組織(例えば、粘膜又は脂肪組織)によるインスリンの吸収を促進する。さらに、キレート剤の水素は、活性剤に結合し、それにより、インスリン単量体の電荷の遮へいを促進し、インスリン単量体の膜透過輸送を促進し得る。」(【0035】)
「キレート剤の範囲は、2.42×10−4Mから9.68×10−2MEDTAの間でのインスリン及びクエン酸と組み合わされたEDTAの有効量に対応する。」(【0036】)

甲4ク ポリソルベート、m−クレゾールについて
「好ましい実施形態において、水性媒体への速やかな溶解を促進するために、1つ以上の可溶化剤をインスリン薬とともに含める。適切な可溶化剤は、ポリソルベート、グリセリン及びポロキサマー類などの湿潤剤、非イオン性及びイオン性界面活性剤類、食用酸類及び食用塩基類(例えば、重炭酸ナトリウム)並びにアルコール類並びにpH調節用の緩衝塩類を含む。」(【0038】)
「安定化剤は、例として酸化反応を含む薬物分解反応を抑制又は妨害するために用いる。多くの安定化剤を用いることができる。適切な安定化剤は、セルロース及びセルロース誘導体などの多糖類、並びにグリセロールなどの単純アルコール類;フェノール、m−クレゾール及びメチルパラベンなどの静菌剤;…を含む。一例として、安定化剤は、グリセロール、静菌剤及び等張剤の組合せであってよい。」(【0039】)

甲4ケ インスリンアスパルトについて
「NOVOLOG(登録商標)(IA)は、Novo Nordisk A/Sから入手可能な組換えインスリン類似体である。該類似体は、B28位におけるアミノ酸プロリンのアスパラギン酸による単一置換を含み、組換え酵母により産生される。それは、100単位 インスリンアスパルト/ml、16mg/ml グリセリン、1.50mg フェノール/ml、1.72 メタクレゾール/ml、19.6mg 亜鉛/ml、1.25mg リン酸水素二ナトリウム二水和物/ml、0.58mg 塩化ナトリウム/mlを含み、10%HCl又はNaOHで調整された7.2〜7.6のpHを有する滅菌済み水溶液で提供される。」(【0051】)

甲4コ 実施例1について
「(実施例1)
溶解剤に応じた、上皮細胞トランスウエルアッセイを用いたインスリンの取込み及び輸送のinvitroでの比較
材料及び方法
口腔上皮細胞を、図2に示すように複数(4〜5層)の細胞層が形成されるまでトランスウエルインサートで2週間にわたり増殖させた。適切な溶液をドナーウエルに加え、10分後にレシーバーウエルから試料を除去することにより、輸送試験を行った。溶液は、水、+/−EDTA(0.45mg/ml)、NaCl(0.85重量/容積%)、1mg/mlインスリン及びpHを3.8に維持するために十分な量の酸からなっていた。レシーバーウエル中のインスリンの量をELISAを用いてアッセイした。」(【0053】)
「結果
図3a及び3bに示す結果は、いくつかの酸が上皮細胞を経るインスリンの取込み及び輸送を増大させるのにより有効であることを実証している。これらは、容易に試験し、HClを用いて得られた結果と比較することができ、それにより、任意の酸を試験し、溶解剤(すなわち、HClと比較して取込み及び輸送を増大させる)であるか、否かを決定することができる基準を得ることができる。」(【0054】)
「3.2〜3.8のpH範囲を有する酸を用いて得られた結果を図3aでグループ化する。より強い酸(pH<3)を図3bでグループ化する。」(【0055】)
「結果から、同じ濃度のキレート剤を用いての酸の選択が細胞培養物を経るインスリンの輸送に実質的な影響を有することが確認される。好ましい酸は、クエン酸である。」(【0056】)
「【図3】



甲4サ 実施例2について
「(実施例2)
溶解剤の濃度に応じた、上皮細胞トランスウエルアッセイを用いたインスリンの取込み及び輸送のin vitroでの比較
材料及び方法
実施例1の材料及び方法を異なる濃度の試薬で用いた。試験において、等モル濃度の酸及びキレート剤を加えた。溶液は、水、+/−EDTA(0.56mg/ml)、NaCl(0.85重量/容積%)、1mg/mL インスリン及び酸:アスパラギン酸(0.20mg/mL)、グルタミン酸(0.22mg/mL)又はクエン酸(0.20mg/mL)からなっていた。クエン酸は、キレート剤の存在下及び不存在下で1.8mg/mLというより高い濃度で試験した。このデータは、細胞ドナーチャンバーの投与後の2つの時間、10及び30分について示す。」(【0057】)
「結果
アスパラギン酸(0.20mg/mL)、グルタミン酸(0.22mg/mL)又はクエン酸(0.29mg/mL)を用いて得られた結果を図4aに示す。この場合、キレート剤の添加に関して有意差は認められなかった。」(【0058】)
「これに反して、1.80mg/mLでの、より高い濃度のクエン酸を用いた試験では、その溶液へのキレート剤の添加による有意な増加が示されている(t検定比較、片側)。図4bを参照のこと。これは、取込み及び輸送を最適化するうえで両成分の濃度が重要であることを実証するものである。」
【0059】

甲4シ 実施例3について
「(実施例3)
キレート剤に応じた、上皮細胞トランスウエルアッセイを用いたインスリンの取込み及び輸送のin vitroでの比較
材料及び方法
口腔上皮細胞を、複数(4〜5層)の細胞層が形成されるまでトランスウエルインサートで2週間にわたり増殖させた。適切な溶液をドナーウエルに加え、10、20及び30分後にレシーバーウエルから試料を除去することにより、輸送試験を行った。」(【0060】)
「溶液は、トランスウエル実験の直前に次の方法で調製した:1.8mg/mlのクエン酸を0.85重量/容積%の食塩水に溶解し、次いで、次のキレート剤の1つをこの溶液に、示す濃度で加えた:1.80mg/mlのEDTA、1.84mg/mlのEGTA、0.88mg/mlのDMSA及び1.42mg/mlのTSC。CDTAはその液体形態で用いたため、クエン酸をCDTAに直接加えた。これらの場合のそれぞれにおいて、キレート剤の濃度は、4.84×10−3モルで一定であった。」(【0061】)
「インスリンを次に1mg/mlで加え、必要な場合、pHを3.8に再調整した。pH調整用にHClのみを用いた試料の対照セットを比較のために含めた。0.2mlの各溶液をドナーウエルに加えることにより、トランスウエル実験を行った。」(【0062】)
「レシーバーウエル中のインスリンの量をELISAを用いてアッセイした。」(【0063】)
「結果
30分のインスリンデータのグラフを図5に示す。TSC(クエン酸三ナトリウム)を用いて得られた結果と比較したときを除いて、クエン酸又はグルタミン酸を用いた場合に細胞を経て送達された有意により多くのインスリンが存在した。TSCの場合、pH調整のためにHClを用いた。pHの調整によりクエン酸が発生したが、これにより、これらの結果が説明される。」(【0064】)
「これらの結果により実証されたように、取込み及び輸送の増大は、キレート剤の選択に依存する。」(【0065】)

甲4ス 実施例4について
「(実施例4)
ブタにおけるクエン酸をベースとするインスリン製剤中のキレート剤の前臨床評価
材料及び方法
公表された試験、…と調和して、消失の遅延は注射部位からの吸収がより遅いことを意味するので、消失半減期がインスリンの吸収の有効な決定因子であると決定した。したがって、ミニブタ試験の非コンパートメント解析を行って、PK及びPDパラメーター、特に消失半減期を調査した。」(【0066】)
「糖尿病ブタにインスリンの4つの製剤のうちの1つを皮下注射した。3つの製剤は、キレート剤(EDTA、EGTA又はTSC)を含んでおり、第4の対照は、レギュラーヒトインスリンRHIのみを含み、キレート剤を含んでいなかった。クエン酸(1.8mg/ml)をすべてのキレート剤製剤における酸として用い、NaCl及びm−クレゾールをすべての場合に等張性及び製剤の無菌性のために加えた。キレート剤は、すべて4.84×10−3モルという同じモル濃度であった。」(【0067】)
「ブタには、一夜絶食させ、EDTAを含有する0.125U/kgヒトインスリン(n=3)又はEGTA若しくはTSCを含有する0.08U/kgヒトインスリン(n=2)の用量を皮下投与した。より高用量では極度の血糖の低下のため、用量を低くした。血糖及びインスリンレベルを投薬後8時間までのすべての時点で測定した。」(【0068】)
「薬物動態モデリングは、均一重み付きの非コンパートメントモデルを用いてWin Nonlinを用いて行われた。消失半減期を以下の表1で比較した。」(【0069】)
「表1:キレート剤に応じたブタにおける血糖の比較」(【0070】)
「【表1】

ブタにおけるこのパイロット試験におけるレギュラーヒトインスリンの消失半減期(120分)は、文献にみられるものと一致しており、データをバリデートするためのテストポイントとして用いた。これは静脈投与後よりかなり長いので、注射後の注射部位からの持続的な遅い吸収があることがこれによって確認される。クエン酸製剤中のキレート剤は、このパラメーターの低下を明らかに示しており、これらの3つのキレート剤が、程度は異なるが、レギュラーヒトインスリンの吸収を増大させるのに有効であることが実証されている。」(【0071】)

イ 甲7の記載事項
甲7には、以下の事項が記載されている。原文は英文のため、訳文で示す。下線は当審合議体が付した。

「Humulin R U−100は、無菌、透明、水性、無色の溶液で、ヒトインスリン(rDNA由来)100単位/mL、グリセリン16mg/ml及びメタクレゾール2.5mg/ml、内因性亜鉛(約0.015mg/100単位)並びに注射用水を含有する。pHは7.0〜7.8である。製造中に水酸化ナトリウム及び/又は塩酸を添加してpHを調整することができる。」(第1頁第12〜15行)

ウ 甲4に記載された発明
甲4シには、「糖尿病ブタにインスリンの4つの製剤のうちの1つを皮下注射した。3つの製剤は、キレート剤(EDTA、EGTA又はTSC)を含んでおり、…。クエン酸(1.8mg/ml)をすべてのキレート剤製剤における酸として用い、NaCl及びm−クレゾールをすべての場合に等張性及び製剤の無菌性のために加えた。キレート剤は、すべて4.84×10−3モルという同じモル濃度であった」、「TSCを含有する0.08U/kgヒトインスリン(n=2)」と記載されているから、甲4シの「TSCを含有する0.08U/kgヒトインスリン」の用量に用いられたインスリン製剤は、キレート剤であるTSC(ここで、甲4アの請求項2より、クエン酸三ナトリウムの意である。)を4.84×10−3モルというモル濃度を含み、更に、1.8mg/mlのクエン酸、m−クレゾールを含む製剤である。
そうすると、甲4には、次の発明が記載されていると認める。
「医薬組成物であって、
(a’)ヒトインスリンと、
(b’)4.84×10−3モルというモル濃度のクエン酸三ナトリウムと、1.8mg/mlのクエン酸と、
(e)m−クレゾールとを含む
前記医薬組成物」
(以下「甲4発明」という。)

エ 対比
本件発明1と甲4発明とを対比すると、甲4発明の「クエン酸三ナトリウム」は、本件発明1の「クエン酸塩」に相当する。
また、甲4発明の「ヒトインスリン」と本件発明1の「インスリンアスパルト」とは「インスリン」である点で共通する。
そうすると、両者は、
「医薬組成物であって、
(a’)インスリンと、
(b’)クエン酸塩と、
(e)m−クレゾールとを含む
前記医薬組成物」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1
(a’)インスリンについて、本件発明1は「(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルト」であるのに対し、甲4発明は、濃度が規定されていない「ヒトインスリン」である点。
相違点2
(b’)クエン酸塩について、本件発明1は、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」であるのに対し、甲4発明は、(b’)4.84×10−3モルというモル濃度のクエン酸三ナトリウムである点。
相違点3
医薬組成物について、本件発明1は更に「(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤と」を含み、「pHが約7.0〜7.8である」のに対し、甲4発明は、亜鉛及びポリソルベート界面活性剤を含むこと、並びに、pHが特定されていない点。

オ 判断
相違点2について検討する。
甲4イに記載されるとおり、「糖尿病を有さない人における第1相インスリン分泌の自然スパイクは、食物からのグルコースが血液中に入ってから数分以内の血中インスリンレベルの上昇をもたらす」ものであるところ、「速効型インスリン類似体を用いた場合でさえ、最高インスリンレベルは、一般的に注射後50〜90分以内に生じる」ように、「速効型インスリン類似体は第1相インスリン分泌を十分に模倣するものではない」という技術的背景を踏まえて、甲4は、「速効型インスリン類似体より速やかに血液に到達する」「改善された安定性及び作用の速やかな発現を有する速効型注射用インスリン組成物」を提供するという課題を解決する発明を開示するものである。
そして、甲4ウには、「人体は、インスリンが体内に吸収されてその望ましい生物学的効果をもたらすことができる前に、インスリンが単一分子の形態であることを要求する」ところ、「注射用に販売されているほとんどのヒトインスリンは、六量体形態である」から、「インスリンの製剤」は、「六量体形態からインスリンの単量体形態又は二量体形態に解離又は分離することを可能にし、六量体形態への再会合を阻止すること」が「重要な特徴の1つ」であると説明している。
そこで、前記課題を解決するための手段として、甲4オには、「インスリン、キレート剤及び溶解剤(単数又は複数)並びに場合によって1つ以上の他の賦形剤を含む」製剤とすること、前記製剤は、「溶解剤及びキレート剤の選択、溶解剤及びキレート剤の両方の濃度並びに製剤が調整されるpHは、すべてがシステムの有効性に対する著しい影響を有する」とされ、その作用メカニズムが次のように説明されている。
甲4エには、「クエン酸及びクエン酸ナトリウム」は、「一部が六量体からの解離の間に露出する、インスリンの電荷を遮へいすることによって」「インスリンの輸送及び吸収を増加させる酸又は塩である」から、「溶解剤」であることが記載されている。
甲4オには、「EDTAなどのキレート剤は、インスリン中の亜鉛をキレートし、インスリン溶液から亜鉛を除去する。これにより、インスリンにその二量体及び単量体形態をとり、六量体の状態への再会合が妨害される」、「キレート剤(EDTAなど)及び/又は溶解剤(クエン酸など)がインスリンと水素結合する程度に応じて、それがインスリンの電荷を遮へいし、その膜透過輸送を促進し、それにより、インスリンの作用の発現及び生物学的利用能の両方を増加させる」と記載されている。
そうすると、甲4発明の「(b’)4.84×10−3モルというモル濃度のクエン酸三ナトリウムと、1.8mg/mlのクエン酸」は、「溶解剤」であり、かつ、クエン酸三ナトリウム及びわずかに電離したクエン酸は、「キレート剤」としても作用することが理解できる。
甲4発明の(b’)の「4.84×10−3モルというモル濃度のクエン酸三ナトリウム」について、「モル」は物質量の単位であって、濃度を意味するものではないが、甲4キには、「クエン酸三ナトリウム(TSC)」が「キレート剤」であり、「キレート剤の範囲は、2.42×10−4Mから9.68×10−2M」と記載されていること、甲4カには、甲4エと同様に「溶解剤」が「クエン酸」又は「クエン酸塩」であってよく、「溶解剤の範囲は、9.37×10−4Mから9.37×10−2Mクエン酸」と記載されていることからみて、甲4発明の「モル」という単位は、「M」すなわち「mol/L」の誤記であることは明らかである。よって、甲4発明における「4.84×10−3モル」は、「4.84×10−3M」であり、濃度の単位「M」を「mM」に換算すると、4.84mMとなるから、甲4発明におけるクエン酸塩濃度は、4.84mMである。
甲4発明の(b’)の「1.8mg/mlのクエン酸」について、クエン酸が最もモル質量が小さいクエン酸無水物であると仮定して、クエン酸無水物のモル質量を192.124mol/gとして換算すると、甲4発明のクエン酸の濃度1.8mg/mlは、およそ9.4mMである。
ここで、甲4発明の「ヒトインスリン」がいかなるものであるか甲4キには明示的に記載されていないが、ヒトインスリン製剤は、亜鉛が添加され安定化される又は内因性の亜鉛を含むのが通常である(要すれば、甲7参照)。そうすると、甲4発明の医薬組成物中には、カチオンが存在した蓋然性が高く、その場合、クエン酸はクエン酸塩として添加されているとみなすこともできるので、仮に、甲4発明のクエン酸が全てキレート剤であるクエン酸塩であると仮定すると、甲4発明の医薬組成物中のクエン酸塩の濃度は、最大でおよそ14.24mMと算出されるので、クエン酸塩濃度を「20〜25mMの濃度」とする動機付けがあるか更に検討する。

甲4の実施例1を開示する甲4コには、「水、+/−EDTA(0.45mg/ml)、NaCl(0.85重量/容積%)、1mg/mlインスリン及びpHを3.8に維持するために十分な量の酸から」なる「溶液をドナーウエルに加え」た場合、「同じ濃度のキレート剤を用いての酸の選択が細胞培養物を経るインスリンの輸送に実質的な影響を有することが確認される。好ましい酸は、クエン酸である」と記載されている。加えて、甲4コの図3Aには、クエン酸について、0.56mg/mlの場合より、0.29mg/mlの場合の方が「10分 EDTA無添加」及び「10分 EDTA添加」のインスリンの取込み及び輸送に優れることが記載されているから(特に、図3Aの「クエン酸」のブランク及び左下がりの斜線の棒グラフを参照。0.56mg/ml クエン酸の場合よりも、0.29mg/mlクエン酸の場合の方がEDTA無添加/添加のいずれにおいても累積インスリン量が多い。)、溶解剤としてのクエン酸の添加量を増やせば増やすほど、「インスリンの電荷」が強固に「遮へい」されて「インスリンの輸送及び吸収を増加させる」わけではないことが示されている。

甲4の実施例2を開示する甲4サには、「水、+/−EDTA(0.56mg/ml)、NaCl(0.85重量/容積%)、1mg/mL インスリン及び酸:アスパラギン酸(0.20mg/mL)、グルタミン酸(0.22mg/mL)又はクエン酸(0.20mg/mL)からな」る「等モル濃度の酸及びキレート剤を加えた」溶液を使用した場合には、「キレート剤の添加に関して有意差は認められ」ず、「1.80mg/mLでの、より高い濃度のクエン酸を用いた試験では、その溶液へのキレート剤の添加による有意な増加が示されている」から、「取込み及び輸送を最適化するうえで両成分の濃度が重要であることを実証する」としている。

つまり、甲4オのとおり、「溶解剤及びキレート剤の選択、溶解剤及びキレート剤の両方の濃度並びに製剤が調整されるpHは、すべてがシステムの有効性に対する著しい影響を有する」のであるから、「速効型インスリン類似体より速やかに血液に到達する」「改善された安定性及び作用の速やかな発現を有する速効型注射用インスリン組成物」を得るにあたって、実施例において具体的にその速効性が確認された甲4発明の医薬組成物について、クエン酸塩の濃度を本件発明1のような高濃度、すなわち、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩」とする動機付けはない。
よって、相違点1及び相違点3について検討するまでもなく、本件発明1は甲4に記載された発明並びに甲4及び甲7に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないとの理由は、その理由がない。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜13に係る本件発明2〜13についても同様である。

カ 申立人の主張について
申立人は、甲4シ又は甲4スに記載された発明に上記甲4キ、甲4ク及び甲4ケの記載事項並びに周知技術を寄せ集めれば、本件発明1は容易に想到し得たものであること、特に、クエン酸塩濃度について、実施例3(甲4シ)及び実施例4(甲4ス)のTSC含有製剤のクエン酸塩濃度を14.24mMと算出し、甲4キには、「2.42×10−4Mから9.68×10−2M」というキレート剤の濃度範囲が記載されているから、この範囲で最適化することは容易である旨を主張している。
しかしながら、実施例3及び実施例4の製剤において、1.8mg/mlのクエン酸が全て塩である根拠はないし、仮に全てのクエン酸が塩であったとしても、14.24mMというクエン酸塩濃度について、クエン酸塩を溶解剤及びキレート剤のいずれとして使用するにしても、さらにその濃度を高める動機付けがないことは、上記オで説示したとおりであるから、甲4発明において、クエン酸塩濃度を20〜15mMという高濃度とすることは当業者にとって容易に想到し得ることであるとはいえず、申立人の主張は採用できない。

(4) 申立理由3(実施可能要件非充足)について
実施可能要件の判断基準
本件発明1〜13は物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。

実施可能要件の判断
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、第6の2(2)イで示したとおり、その実施例において次の事項が記載されている(再掲)。
(ア) クエン酸塩を含むインスリン製剤に係る先行技術について(第0006段落)
エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のような亜鉛キレート剤と、たとえば、クエン酸またはクエン酸ナトリウムのような「溶解/安定化」剤として記載されるものとの組み合わせでインスリンを含有する組成物は公知であって、「EDTAによる亜鉛のキレート(あまり安定ではないインスリン類似体6量体の分解を加速する)とクエン酸塩(表面電荷を覆い隠し、再凝集を阻む)の双方が、吸収の皮下速度を高める閾値濃度を上回って必要とされる」ことが知られている。
(イ) クエン酸と組成物の安定性について(第0065段落)
「クエン酸塩の添加は、時間作用における改善を生じるが、同時に、安定性の見地からのさらに大きな不利益ももたらすので、長期間の保存及び使用のための十分な化学的且つ物理的な安定性を付与するために、本発明の組成物にはさらに、たとえば、亜鉛、マグネシウム、塩化物及び界面活性剤のような安定化剤を含有する。」ことが記載されている。
(ウ) 実施例の医薬組成物について
本件明細書に記載された実施例には、15mM又は25mMの濃度でのクエン酸塩を含む組成物A〜組成物Kが、クエン酸塩を含まないHumalog(登録商標)、HUMULIN−R(登録商標)、NOVOLOG(登録商標)及びAPIDRA(登録商標)に比べて、血清グルコース濃度が速く低下する、又は、血清インスリン濃度が速く上昇することが開示されている。また、15mM、20mM又は25mMの濃度でのクエン酸塩を含む組成物L〜組成物AAが、一定の保存安定性を有することが開示されている。

本件出願時の技術常識について、例えば、甲5コ等から、以下の事項がいえる。
(エ) ヒトインスリン並びにインスリンアスパルト及びインスリンリスプロ等のインスリン類似体は、いずれも、その構造や作用機序が共通する糖尿病の治療のためのインスリン製剤の有効成分として周知のものであって、当業者が市場で入手できたものである。
(オ) 本件発明1のインスリンアスパルトを除く成分、すなわち、「クエン酸塩」、「亜鉛」、「ポリソルベート界面活性剤」及び「m−クレゾール」並びに本件発明4〜7の「塩化ナトリウム」及び「フェノール」は、いずれもインスリン製剤における周知の添加剤であって、当業者が市場で入手できたものである。
(カ) 「クエン酸塩」及び/又は「亜鉛」は、インスリン製剤の安定性や薬効への寄与が大きな成分である(甲1〜甲5)。
(キ) 少量のポリソルベート界面活性剤又はm−クレゾールがインスリン製剤の迅速性に寄与することを合理的に推認させる技術常識が本願出願時に存在したとはいえない。
(ク) インスリン製剤の製法として、医薬に適した品質管理の下、成分を計量し、注射用水に溶解させる方法は周知である(甲1〜甲5)。

したがって、発明の詳細な説明に記載された上記(ア)〜(ウ)の事項、並びに、上記(エ)、(カ)及び(キ)の技術常識より、「(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸」を添加した場合にも、一定の保存安定性を有し、かつ、即効型のインスリン製剤である医薬組成物が得られると当業者は理解することができる。
そして、上記(エ)及び(オ)の技術常識より、本件発明の医薬組成物の成分は、本件出願時においていずれも当業者が市場で入手できたものであり、上記(ク)の周知の製造方法によって生産し、糖尿病のための医薬組成物として使用できたものであるといえる。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明において、当業者が発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1〜13を生産し、使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件発明1〜13に関して、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する。

ウ 申立人の主張について
(ア) 申立人は、「a 本件特許の明細書には、本件発明の範囲に含まれる実施例がないから、本件発明が実施できるか否か確認できない」旨を主張しているが、本件発明の範囲に含まれる具体的な実施例がなくとも、本件発明が実施できることは上記イで説示したとおりである。

(イ) 申立人は、「b 本件特許の明細書に示された塩化マグネシウムが添加されていない組成物D、組成物O及び組成物Rの安定性からみて、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが必須であるので、本件発明は実施できない」旨を主張しているが、組成物D、組成物O及び組成物Rは、一定の保存安定性を有しているものであるから、本件発明が実施できることは上記イで説示したとおりである。

(ウ) 申立人は、「c 甲12号証付録4に示すとおり、組成物Oから塩化ナトリウムを除去する、及び、組成物Eから塩化マグネシウムを除去すると、安定性が低下したことからみて、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが必須であるので、本件発明は実施できない」旨を主張しているが、本件明細書の詳細な説明には、クエン酸塩の添加は、時間作用における改善を生じるが、同時に、安定性の見地からのさらに大きな不利益ももたらすので、長期間の保存及び使用のための十分な化学的且つ物理的な安定性を付与するために、本発明の組成物にはさらに、たとえば、亜鉛、マグネシウム、塩化物及び界面活性剤のような安定化剤を含有することが記載されているのであるから(第0065段落)、本件明細書の実施例に記載された具体的な組成物から、安定化剤である塩化ナトリウム(塩化物)又は塩化マグネシウム(塩化物、マグネシウム)を除去することで保存安定性がある程度低下することは当然の結果であって、この試験結果を以て本件発明が実施できないとはいえない。そして、本件発明が実施できることは上記イで説示したとおりである。

エ 小括
したがって、上記申立人の主張はいずれも採用できないから、本件特許の請求項1〜13に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、特許法第113条第4号に該当しない。
よって、本件特許の請求項1〜13に係る特許は、申立理由4によって取り消すことはできない。

(5) 申立理由5(明確性要件非充足)
明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで、検討する。

明確性要件の判断
本件特許の請求項1〜13の記載は、上記第3のとおりであり、それ自体に不明確な記載はなく、本件特許の明細書の記載とも整合する。
したがって、本件発明1〜13に関して、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

ウ 申立人の主張について
申立人は、上記1(1)オで記載したように、本件発明1に係る医薬組成物について、(a)〜(e)の成分は規定されているが、その他の成分として、何が含まれているか特に限定されていない一方で、上記1(1)ウ及び1(1)エのとおり、医薬組成物の安定のためには、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムの存在が欠かせないものであるから、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが含まれることが規定されていない請求項1の記載は、明確性を欠く旨主張する。
しかしながら、本件発明1〜13に係る医薬組成物は、本件発明の請求項1〜13の記載からみて、必須の成分及び含有量が明確に規定され、それ以外の成分の添加を任意とすることが明確な発明であるから、医薬組成物に請求項に記載された成分以外の成分が含まれることを許容していることをもって、明確性を欠くとはいえない。
また、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが医薬組成物を更に安定化するとしても、それは、塩化ナトリウム又は塩化マグネシウムが含まれることが規定されていない本件発明の請求項1〜13の記載が明確であることと関係がない。
よって、本件発明1〜13は明確であり、申立人の主張は採用し得ない。

エ 小括
したがって、本件特許の請求項1〜13に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえないから、特許法第113条第4号に該当せず、申立理由5によっては取り消すことはできない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、並びに、申立人による特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法第114条第4項の規定により、本件請求項1〜13に係る特許について、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
医薬組成物であって、
(a)約100U/mLの濃度でのインスリンアスパルトと
(b)20〜25mMの濃度でのクエン酸塩と、
(c)約0.2〜約0.4mMの濃度での亜鉛と、
(d)約0.001〜約0.2%w/vの濃度でのポリソルベート界面活性剤と
(e)m−クレゾールとを含み、
pHが約7.0〜7.8である、前記医薬組成物。
【請求項2】
m−クレゾールの濃度が1.67〜3.8mg/mLである、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
亜鉛の濃度が約0.3mMである、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
約1から約50mMに及ぶ濃度で塩化ナトリウムをさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
塩化ナトリウムの濃度が約10mMである、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
フェノールをさらに含む、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
フェノールの濃度が1.46mg/mLである、請求項6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記組成物が、同じインスリンを含有するが、クエン酸塩を含有しない組成物よりも少なくとも20%迅速である血中へのインスリンの取り込みを提供する、請求項1〜7のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記組成物が、2〜8℃で少なくとも24ヵ月の保存及び30℃までの温度で28日までの使用を可能にするほど安定である、請求項1〜8のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項10】
前記組成物がEDTAを含まない、請求項1〜9のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
前記組成物がどんな血管拡張剤も含まない、請求項1〜10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
前記組成物がどんなオリゴ糖も含まない、請求項1〜11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
糖尿病の治療のための請求項1〜12のいずれか一項に記載の医薬組成物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2024-04-01 
出願番号 P2018-079985
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (A61K)
P 1 651・ 113- YAA (A61K)
P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 537- YAA (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 冨永 みどり
特許庁審判官 松波 由美子
原口 美和
登録日 2022-06-22 
登録番号 7093669
権利者 イーライ リリー アンド カンパニー
発明の名称 即効型インスリン組成物  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 小林 浩  
代理人 弁理士法人平木国際特許事務所  
代理人 箱田 満  
代理人 箱田 満  
代理人 鈴木 康仁  
代理人 大森 規雄  
代理人 片山 英二  
代理人 大森 規雄  
代理人 小林 浩  
代理人 片山 英二  

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