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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G02B
管理番号 1413315
総通号数 32 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-08-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-07-21 
確定日 2024-05-16 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第7216689号発明「粘着剤層付光学フィルムおよび該粘着剤層付光学フィルムを含む画像表示装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7216689号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜5について訂正することを認める。 特許第7216689号の請求項1、3ないし5に係る特許を維持する。 特許第7216689号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第7216689号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜5に係る特許についての出願は、令和2年9月16日(優先権主張 令和元年9月26日)の出願であって、令和5年1月24日にその特許権の設定登録がされ、令和5年2月1日に特許掲載公報が発行された。
本件特許について、特許掲載公報の発行の日から6月以内である令和5年7月21日に特許異議申立人 寺澤 佳奈美(以下「特許異議申立人」という。)から全請求項に対して特許異議の申立てがされた。その後の手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。

令和5年10月17日付け:取消理由通知書
同年12月15日 :意見書(特許権者)の提出
同日 :訂正請求書(この訂正請求書による訂正の
請求を、以下「本件訂正請求」という。)
の提出
令和6年 2月 1日 :意見書(特許異議申立人)の提出


第2 本件訂正請求について
1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、特許第7216689号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜5について訂正することを求める、というものである。

2 本件訂正請求について
本件訂正請求は、一群の請求項1〜5に対して請求されたものである。

3 訂正の内容
本件訂正請求において特許権者が求める請求項1〜5について訂正は、以下のとおりである。なお、下線は当合議体が付したものであり、訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「該セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmである、」と記載されているのを、
「該セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmであり、
該粘着剤層の厚みが15μm以下である、」に訂正する(請求項1の記載を引用して記載された請求項3〜5についても、同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1または2に記載の粘着剤層付光学フィルム。」と記載されているのを、
「請求項1に記載の粘着剤層付光学フィルム。」に訂正する(請求項3の記載を引用して記載された請求項4及び5についても、同様に訂正する。)。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1から4のいずれかに記載の粘着剤層付光学フィルム。」と記載されているのを、
「請求項1、3または4に記載の粘着剤層付光学フィルム。」に訂正する。

4 訂正の適否
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る訂正は、請求項1に記載された「粘着剤層」の厚みを「15μm以下」に限定する訂正である。そして、この点は、請求項1の記載を引用して記載された請求項3〜5についてみても、同じである。
そうすると、訂正事項1に係る訂正は、120条の5第2項ただし書1号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項1に係る訂正は、本件特許の明細書の【0036】の記載から導き出すことができる事項であり、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである。
そうすると、訂正事項1に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。
加えて、訂正事項1に係る訂正によって、訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとならないことは明らかである。
そうすると、訂正事項1に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は、特許請求の範囲の請求項2を削除する訂正である。
そうすると、訂正事項2に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項2に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、訂正事項2に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項3について
訂正事項3に係る訂正は、訂正事項2に係る訂正で特許請求の範囲の請求項2を削除することに伴って、これと整合するように請求項3の記載を改める訂正である。この点は、請求項3の記載を引用して記載された請求項4及び5についてみても、同じである。
そうすると、訂正事項3に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項3に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、訂正事項3に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

(4)訂正事項4について
訂正事項4に係る訂正は、訂正事項2に係る訂正で特許請求の範囲の請求項2を削除することに伴って、これと整合するように請求項5の記載を改める訂正である。
そうすると、訂正事項4に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とする訂正に該当する。
また、訂正事項4に係る訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてした訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合する。また、訂正事項4に係る訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正に該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合する。

5 小括
以上のとおりであるから、本件訂正請求による請求項1〜5についての訂正(訂正事項1〜4に係る訂正)は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
よって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜5について訂正することを認める。


第3 本件特許発明
前記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められることとなったから、本件特許の請求項1及び3〜5に係る発明(以下、請求項の番号とともに「本件特許発明1」などといい、また、まとめて「本件特許発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1及び3〜5に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。

「【請求項1】
光学フィルムと該光学フィルムの一方の面に粘着剤層とを有する粘着剤層付光学フィルムであって、
該粘着剤層付光学フィルムは、矩形以外の異形を有し、
該粘着剤層の光学フィルムと反対側の面に、セパレーターが剥離可能に仮着されており、
該粘着剤層の85℃におけるクリープ値が5μm〜50μmであり、
該セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmであり、
該粘着剤層の厚みが15μm以下である、
粘着剤層付光学フィルム。」
「【請求項3】
前記光学フィルムが偏光子を含む、請求項1に記載の粘着剤層付光学フィルム。
【請求項4】
前記光学フィルムが位相差層をさらに含む、請求項3に記載の粘着剤層付光学フィルム。
【請求項5】
請求項1、3または4に記載の粘着剤層付光学フィルムを含む、画像表示装置。」


第4 取消しの理由の概要
令和5年10月17日付け取消理由通知書により特許権者に通知した取消しの理由は、概略、次のとおりのものである。

理由1(新規性):本件特許の請求項1〜3に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、甲1号証に記載された発明であり、特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するから、請求項1〜3に係る特許は、いずれも、同条の規定に違反してされたものである。

理由2(進歩性):本件特許の請求項1〜5に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、甲1号証に記載された発明に基づいて、その出願にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、請求項1〜5に係る特許は、いずれも、同条の規定に違反してされたものである。



・甲第1号証:特開2019−179211号公報(以下「甲1」という。)
・甲第2号証:国際出願PCT/JP2020/035691の優先権証明書(以下「甲2」という。)
(当合議体注:甲1は主引用文献であり、甲2は本件特許の優先権の主張の効果を判断する際に用いた証拠である。)


第5 当合議体の判断
1 本件特許発明1について
(1)優先権主張について
本件特許の請求項1及び3〜5に係る発明は、「セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmであり」との発明特定事項を含むところ、当該事項は、優先権の主張の基礎とされた先の出願(特願2019−175437号)の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載されていない(甲2参照)から、同発明についての特許法29条の規定の適用については、本件特許に係る特許出願は、当該先の出願の時にされたものとはみなされない。

(2)甲1の記載
取消しの理由で引用された甲1は、本件特許に係る出願日(令和2年9月16日)前の令和元年10月17日に公開されたものであるところ、甲1には、次の事項が記載されている。なお、下線は当合議体が付した。

ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
偏光フィルムと前記偏光フィルムの一方の面に粘着剤層を有する粘着剤層付偏光フィルムであって、
前記粘着剤層付偏光フィルムは、矩形以外の異形を有し、
前記偏光フィルムの粘着剤層を有しない面に、ひずみゲージを測定軸と前記偏光フィルムの吸収軸とが直交するように貼り付けてひずみ量を測定した際の−40℃におけるひずみ量と85℃におけるひずみ量との差が3000με以下であり、且つ
85℃における前記粘着剤層のクリープ値が15μm以上600μm以下であることを特徴とする粘着剤層付偏光フィルム。
・・・中略・・・
【請求項5】
前記粘着剤層の厚みが2μm以上30μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の粘着剤層付偏光フィルム。」

イ 「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、今後、異形偏光フィルムの形状は、特許文献2の図1のような単純な円形や特許文献3のような緩やかな曲率を有するのみの車載メーター用の形状のみならず、複雑な形状を有することが予測される。具体的には、偏光フィルムの外周部の一部に曲線を含む異形偏光フィルムや、更に、面内に穴を有したり、外周部にU字型、V字型等のノッチを有する異形偏光フィルムである。他には、偏光フィルムの外周部に複数のノッチを有する異形偏光フィルムである。
【0008】
このような複雑な形状を有する異形偏光フィルムは、偏光フィルムの膨張及び収縮による応力集中も複雑化し、熱衝撃の過酷な環境下においては、従来に比べて偏光子にクラックがより発生しやすくなることが推測される。
【0009】
本発明者らは、上記問題に鑑み、異形偏光フィルムに用いる粘着剤層に着目し、複雑な形状を有する異形偏光フィルムにおいて、クラック発生を低減することを検討した。そして、本発明者らは、鋭意検討の結果、異形偏光フィルムのクラック発生を低減するのみならず、異形偏光フィルムからの粘着剤層のはがれ、粘着剤層の発泡及び異形偏光フィルムの反りを良好に抑止できる粘着剤層付偏光フィルムを見出した。
【0010】
本発明は、偏光子のクラック発生を低減でき、かつ粘着剤層のはがれ及び発泡、並びに偏光フィルムの反りを抑制することができる、異形を有する粘着剤層付偏光フィルムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討の結果、粘着剤層付偏光フィルムの−40℃におけるひずみ量と85℃におけるひずみ量との差を特定の数値範囲に制御し、且つ粘着剤層付偏光フィルムの粘着剤層のクリープ値を特定の範囲に制御することで上記の課題を解決できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
[1]偏光フィルムと前記偏光フィルムの一方の面に粘着剤層を有する粘着剤層付偏光フィルムであって、
前記粘着剤層付偏光フィルムは、矩形以外の異形を有し、
前記偏光フィルムの粘着剤層を有しない面に、ひずみゲージを測定軸と前記偏光フィルムの吸収軸とが直交するように貼り付けてひずみ量を測定した際の−40℃におけるひずみ量と85℃におけるひずみ量との差が3000με以下であり、且つ
85℃における前記粘着剤層のクリープ値が15μm以上600μm以下であることを特徴とする粘着剤層付偏光フィルム。
・・・中略・・・
[5]前記粘着剤層の厚みが2μm以上30μm以下であることを特徴とする[1]〜[4]のいずれかに記載の粘着剤層付偏光フィルム。
・・・中略・・・
【発明の効果】
【0013】
本発明の粘着剤層付偏光フィルムの第1の実施態様によれば、粘着剤層付偏光フィルムの−40℃におけるひずみ量と85℃におけるひずみ量との差を特定の数値範囲に制御し、且つ粘着剤層付偏光フィルムの粘着剤層のクリープ値を特定の範囲に制御することにより、異形を有する偏光フィルムとした際に、偏光子のクラック発生を低減できるだけでなく、異形偏光フィルムからの粘着剤層のはがれ、粘着剤層の発泡、及び異形偏光フィルムの反りを良好に抑制できる。」

ウ 「【実施例】
【0116】
以下に、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。なお、各例中の部及び%はいずれも重量基準である。
・・・中略・・・
【0123】
<実施例1>
(アクリル系ポリマー(A1)の調製)
攪拌羽根、温度計、窒素ガス導入管、冷却器を備えた4つ口フラスコに、ブチルアクリレート99部、4−ヒドロキシブチルアクリレート1部を含有するモノマー混合物を仕込んだ。さらに、前記モノマー混合物(固形分)100部に対して、重合開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル0.1部を酢酸エチル100部と共に仕込み、緩やかに攪拌しながら窒素ガスを導入して窒素置換した後、フラスコ内の液温を55℃付近に保って8時間重合反応を行って、重量平均分子量(Mw)180万のアクリル系ポリマー(A1)の溶液を調製した。
【0124】
(粘着剤組成物の調製)
上記で得られたアクリル系ポリマー(A1)の溶液の固形分100部に対して、イソシアネート架橋剤(東ソー社製、商品名「タケネートD110N」、トリメチロールプロパン/キシリレンジイソシアネート付加物)0.02部、過酸化物架橋剤(日本油脂社製、商品名「ナイパーBMT」)0.3部、シランカップリング剤(信越化学工業社製、商品名「X−41−1056」)0.2部を配合して、アクリル系粘着剤組成物の溶液を調製した。
【0125】
(粘着剤層付偏光フィルムの作製)
次いで、上記で得られたアクリル系粘着剤組成物の溶液を、シリコーン系剥離剤で処理されたポリエチレンテレフタレートフィルム(三菱化学ポリエステルフィルム製、商品名「MRF38」、セパレータフィルム)の片面に、乾燥後の粘着剤層の厚さが20μmになるように塗布し、155℃で1分間乾燥を行い、セパレータフィルムの表面に粘着剤層を形成した。次いで、上記で作製したアクリル系偏光フィルム(1)の30μmアクリルフィルム側に、セパレータフィルム上に形成した粘着剤層を転写して、粘着剤層付偏光フィルムを作製した。
【0126】
<アクリルオリゴマーの調製>
攪拌羽根、温度計、窒素ガス導入管、冷却器を備えた4つ口フラスコに、ブチルアクリレート(BA)95重量部、アクリル酸(AA)2重量部、メチルアクリレート(MA)3重量部、重合開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.1重量部、およびトルエン140重量部を仕込み、緩やかに攪拌しながら窒素ガスを導入して十分に窒素置換した後、フラスコ内の液温を70℃付近に保って8時間重合反応を行い、アクリルオリゴマー溶液を調製した。上記オリゴマーの重量平均分子量は4500であった。
【0127】
<実施例2〜16、比較例1〜3>
実施例1において、表1に示すように、アクリル系ポリマーの調製に用いたモノマーの種類、その使用割合を変え、また製造条件を制御して、表1に記載の重量平均分子量(Mw)のアクリル系ポリマーの溶液を調製した。
【0128】
また、得られた各アクリル系ポリマーの溶液に対して、表1に示すように、粘着剤に用いる架橋剤、アクリルオリゴマー、シランカップリング剤の種類または使用量を変えたこと以外は、実施例1と同様にして、アクリル系粘着剤組成物の溶液を調製した。また、当該アクリル系粘着剤組成物の溶液を用いて、実施例1と同様にしてセパレータフィルム上に粘着剤層を形成し、表1に示す各偏光フィルムのハードコート処理していない保護フィルム側に該粘着剤層を転写して、粘着剤層付偏光フィルムを作製した。
・・・中略・・・
【0131】
【表1】

【0132】
表1中の略称は以下のとおりである。
BA:ブチルアクリレート
MMA:メチルメタクリレート
AA:アクリル酸
HBA:4−ヒドロキシブチルアクリレート
HEA:2−ヒドロキシエチルアクリレート
D110N:トリメチロールプロパン/キシリレンジイソシアネート付加物(東ソー社製、商品名「タケネートD110N」)
C/L:トリメチロールプロパン/トリレンジイソシアネート付加物(東ソー社製、商品名「コロネートL」)
過酸化物:過酸化物架橋剤( 日本油脂社製、商品名「ナイパーBMT」)
シランカップリング剤:エポキシ基含有オリゴマー型シランカップリング剤(信越化学工業社製、商品名「X−41−1056」)
【0133】
<クリープ値の測定>
10mm×30mmのサイズに切断した粘着剤層付偏光フィルム(粘着剤層の厚み:20μm)の上端部10mm×10mmを、SUS板に粘着剤層を介して貼着し、50℃、5気圧の条件下で15分間オートクレーブ処理した。加熱面が垂直になるように設置した精密ホットプレートを85℃に加熱し、該粘着剤層付偏光フィルムを貼着したSUS板を、粘着剤層を貼着していない面がホットプレートの加熱面に接するように設置した。SUS板を85℃で加熱し始めてから5分後に、該粘着剤層付偏光フィルムの下端部に500gの荷重を負荷して1時間放置した時の荷重の負荷前後における該粘着剤層付偏光フィルムとSUS板とのズレ幅を測定し、当該ズレ幅を85℃でのクリープ値(μm)とした。
・・・中略・・・
【0135】
<異形加工>
作製した粘着剤層付偏光フィルムを、CO2レーザー加工機Spirit(GCC社製、30W)を用いて、スピード10、レーザー出力35、400ppiの条件で、図1に示す形状に加工した。
・・・中略・・・
【0140】
【表2】



(3)甲1に記載された発明
ア 上記(2)によると、甲1には、請求項1を引用する請求項5に係る発明として、次の発明が記載されていると認められる(以下「甲1発明」という。)。

「偏光フィルムと前記偏光フィルムの一方の面に粘着剤層を有する粘着剤層付偏光フィルムであって、
前記粘着剤層付偏光フィルムは、矩形以外の異形を有し、
前記偏光フィルムの粘着剤層を有しない面に、ひずみゲージを測定軸と前記偏光フィルムの吸収軸とが直交するように貼り付けてひずみ量を測定した際の−40℃におけるひずみ量と85℃におけるひずみ量との差が3000με以下であり、且つ
85℃における前記粘着剤層のクリープ値が15μm以上600μm以下であり、
前記粘着剤層の厚みが2μm以上30μm以下である、
粘着剤層付偏光フィルム。」

(4)対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明は、「偏光フィルムと前記偏光フィルムの一方の面に粘着剤層を有する粘着剤層付偏光フィルム」であって、「矩形以外の異形を有」するものであるところ、甲1発明の「偏光フィルム」は、その光学的機能からみて光学フィルムである。
そうすると、甲1発明の「粘着剤層付偏光フィルム」は、本件特許発明1の「粘着剤層付光学フィルム」に相当する。また、甲1発明は、本件特許発明1の「光学フィルムと該光学フィルムの一方の面に粘着剤層とを有する粘着剤層付光学フィルムであって、該粘着剤層付光学フィルムは、矩形以外の異形を有し」という要件を満たしている。

(5)一致点
上記(4)によると、本件特許発明1と甲1発明は次の点で一致する。
「光学フィルムと該光学フィルムの一方の面に粘着剤層とを有する粘着剤層付光学フィルムであって、
該粘着剤層付光学フィルムは、矩形以外の異形を有する、
粘着剤層付光学フィルム。」

(6)相違点
他方、本件特許発明1と甲1発明は次の点で相違する。

(相違点)
本件特許発明1は、「該粘着剤層の光学フィルムと反対側の面に、セパレーターが剥離可能に仮着されており、該粘着剤層の85℃におけるクリープ値が5μm〜50μmであり、該セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmであり、該粘着剤層の厚みが15μm以下である」のに対し、甲1発明は、粘着剤層の偏光フィルムと反対側の面に、セパレーターが剥離可能に仮着されているのか明らかでなく、また、「85℃における前記粘着剤層のクリープ値が15μm以上600μm以下」であり、「前記粘着剤層の厚みが2μm以上30μm以下」である点。

(7)判断
新規性について
上記(6)により、本件特許発明1と甲1発明には、上記相違点がある。
そうすると、本件特許発明1は、甲1発明ではない。

進歩性について
上記相違点について検討する。
矩形以外の異形を有する粘着剤層付光学フィルムにおいて、上記相違点に係る構成を具備することが有効であることは、特許異議申立人が提出した甲号証(甲第1号証〜甲第4号証)のいずれにも記載も示唆もされておらず、また、上記相違点に係る構成を具備することが公知の技術、周知慣用技術又は技術常識であることを示す他の証拠を発見することもできない。
より詳細には、甲1の【0007】〜【0008】の記載によれば、甲1において、矩形以外の異形を有する粘着剤層付偏光フィルム(甲1発明のフィルムを含む。)が有する課題は、異形加工後のフィルムにおける熱衝撃の過酷な環境下でのクラック発生、粘着剤層のはがれ又は反り等の不具合の発生防止にあると認められる。しかしながら、これらの課題を解決するための手段として、上記相違点に係る本件特許発明1の構成が有効であることを示す証拠はない。
また、仮に、甲1発明における課題が、異形加工時における上記不具合の発生防止であったとしても、当該不具合の防止を上記相違点に係る構成によって有効に解決し得るとの知見が本件出願当時に公知ないし技術常識であったと認めるに足りる証拠もないから、甲1発明において、上記相違点に係る本件特許発明1の構成を採用する動機付けはないというべきである。
さらに、本件特許明細書の記載(特に【0089】〜【0115】の実施例(特に実施例5、6及び9に関する記載)からみて、本件特許発明1は異形加工部において糊欠けが顕著に抑制されるという効果を有すると認められるところ、本件特許発明1の構成が全体として当該効果を奏することが技術常識であることを示す証拠はないから、当該効果は、本件出願当時、本件特許発明1の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものである。
そうすると、甲1発明において、上記相違点に係る本件特許発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

ウ 甲1の実施例5、7〜9、14及び16の粘着剤層付き偏光フィルムの発明を甲1発明(引用発明)とした場合も、判断は上記ア〜イと同様である。

エ 令和6年2月1日付け意見書について
特許異議申立人は、同意見書において、「本件発明1は甲1発明と異なるところがない。」(2頁13行)、「特許権者が主張する効果は、粘着剤層の厚みが薄くなるに従って糊欠け量が小さくなるという通常の予測を確認したものに過ぎず、甲1発明と比較して当業者の予測を超えた顕著な効果が奏されているということはできない。」(4頁7〜9行)と主張するが、上記(7)ア及びイで述べたとおりであって、当該主張は採用できない。

(8)小括
本件特許発明1は、甲1に記載された発明ではない。また、本件特許発明1は、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2 本件特許発明3〜5について
本件特許の特許請求の範囲の請求項3〜5は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明3〜5は、本件特許発明1の構成を全て具備し、これに限定を加えたものに該当する。そうすると、上記1(8)のとおり、本件特許発明1が、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件特許発明3〜5も、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。


第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 サポート要件違反について
(1)本件特許明細書の【0004】等の記載から、本件特許発明が解決しようとする課題は、「異形加工部において糊欠けが顕著に抑制され、かつ、高温高湿環境下における剥がれが顕著に抑制された粘着剤層付光学フィルムを提供すること」であると認められる。
そして、本件特許明細書の記載、特に【0089】〜【0115】の実施例に関する記載によると、特許請求の範囲に記載された本件特許発明は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる。
そうすると、本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、サポート要件違反の取消しの理由はない。

(2)特許異議申立書における主張について
ア (3−4−2)(i)(12〜13頁)について
本件特許発明はクリープ値の以外の他の要素(例えば、粘着剤層の厚さや、光学フィルムの材料、エンドミル加工条件)にあたる事項が規定されていない旨主張する。
しかしながら、上記(1)で述べたように、本件特許発明は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、特許請求の範囲の請求項に当該他の要素が規定されていなくても、サポート要件違反とはならず、当該主張は採用できない。

イ (3−4−2)(ii)(13〜14頁)について
位相差層を含む場合である実施例21〜40で本当に課題を解決できたといえるほどの結果が得られたのか否か、当業者が理解することができない旨主張する。
しかしながら、粘着剤層が貼り合わされる対象がセパレータフィルムであるか、位相差フィルム(位相差層)であるかによって剥離力の絶対値が異なることはあっても、前者で確認された効果(糊欠け防止効果)が後者において期待できないとは考えがたいところ、本件特許明細書の【0108】〜【0112】の記載も併せ考慮すれば、実施例21〜40においても課題を解決できることは当業者であれば理解できるといえる。
したがって、当該主張は採用できない。

ウ (3−4−2)(iii)(14頁)について
粘着剤層の組成につき、実施例1〜20の結果を本件特許発明が規定する粘着剤層の範囲にまで拡張ないし一般化できるとはいえない旨主張する。
しかしながら、本件特許明細書において、アクリル系ポリマーは粘着剤層の一例として挙げられており、また、アクリル系ポリマー以外の粘着剤層を使うことができないとの事情も見当たらない。
そうすると、本件特許明細書の記載に接した当業者であれば、粘着剤層がアクリル系ポリマー以外の公知のものであっても上記課題を解決できると認識できるといえるから、当該主張は採用できない。

(3)令和6年2月1日付け意見書における主張について
ア 「糊欠けを顕著に抑制するという課題(段落【0004】)の解決のためには、粘着剤層の厚みよりも粘着剤組成を特定すべきである。」(5頁)と主張するが、上記(2)ア及びウで述べたように、粘着剤層の組成が特定されていなくても、当業者は、本件特許発明が上記課題を解決できると認識できるから、当該主張は採用できない。

イ 「そもそも、クリープ値やセパレーターの剥離力という特性は、発明の効果というべきであって、発明の構成であるとはいえない。」(5頁)と主張するが、クリープ値やセパレーターの剥離力の値は、特許請求の範囲の請求項に記載された本件特許発明の構成であるから、当該主張は採用できない。


第7 むすび
1 請求項1及び3〜5に係る特許は、いずれも、取消理由通知書によって通知した取消しの理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。また、他に請求項1及び3〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

2 請求項2は、本件訂正請求による訂正で削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項2に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学フィルムと該光学フィルムの一方の面に粘着剤層とを有する粘着剤層付光学フィルムであって、
該粘着剤層付光学フィルムは、矩形以外の異形を有し、
該粘着剤層の光学フィルムと反対側の面に、セパレーターが剥離可能に仮着されており、
該粘着剤層の85℃におけるクリープ値が5μm〜50μmであり、
該セパレーターの剥離力が0.04N/50mm〜0.5N/50mmであり、
該粘着剤層の厚みが15μm以下である、
粘着剤層付光学フィルム。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記光学フィルムが偏光子を含む、請求項1に記載の粘着剤層付光学フィルム。
【請求項4】
前記光学フィルムが位相差層をさらに含む、請求項3に記載の粘着剤層付光学フィルム。
【請求項5】
請求項1、3または4に記載の粘着剤層付光学フィルムを含む、画像表示装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2024-05-07 
出願番号 P2020-155104
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (G02B)
P 1 651・ 113- YAA (G02B)
P 1 651・ 537- YAA (G02B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 関根 洋之
清水 康司
登録日 2023-01-24 
登録番号 7216689
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 粘着剤層付光学フィルムおよび該粘着剤層付光学フィルムを含む画像表示装置  
代理人 籾井 孝文  
代理人 籾井 孝文  

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