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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B23K
審判 全部申し立て 2項進歩性  B23K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B23K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B23K
管理番号 1416449
総通号数 35 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-11-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-07-04 
確定日 2024-08-29 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第7269434号発明「溶接方法およびレーザ溶接システム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7269434号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜24〕及び〔25〜29〕について訂正することを認める。 特許第7269434号の請求項1〜5及び7〜29に係る特許を維持する。 特許第7269434号の請求項6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
1 特許掲載公報の発行までの経緯
特許第7269434号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜29に係る特許についての出願は、2021年(令和3年)3月12日を国際出願日とする国際特許出願(優先権主張 令和2年3月13日(以下「優先日」という。)、令和2年6月4日)であって、令和5年4月25日にその特許権の設定登録がされ、同年5月8日に特許掲載公報が発行された。

2 特許異議の申立て以降の経緯
本件特許についての特許異議の申立て以降の主な経緯は、次のとおりである。
(1)令和5年7月4日
特許異議申立人 日向 ヨシ子(以下「申立人」という。)による、本件特許の請求項1〜29に係る特許に対する特許異議の申立て(申立てのために提出された特許異議申立書を、以下単に「申立書」という。)
(2)令和6年1月30日付け(発送日:同年2月1日)
取消理由の通知 (以下「取消理由通知」という。)
(3)令和6年4月1日
特許権者 古河電気工業株式会社(以下単に「特許権者」という。)による、訂正の請求(請求された訂正を以下「本件訂正」といい、本件訂正のために提出された訂正請求書を以下単に「訂正請求書」という。)、及び意見書の提出
(4)令和6年4月10日付け(発送日:同月15日)
訂正請求書についての手続補正の指令
(5)令和6年5月14日
訂正請求書の「7 請求の理由」を補正対象とする手続補正書(方式)(以下「補正書1」という。)の提出
(6)令和6年5月24日
補正書1の「6 補正の内容」を補正対象として、訂正請求書の「7 請求の理由」の(2)2−3における「(ア)一群の請求項についての説明」の欄の内容を補正する手続補正書(方式)(以下「補正書2」という。)の提出
(7)令和6年5月29日付け(発送日:同月31日)
訂正請求があった旨の通知(特許法第120条の5第5項
(8)令和6年6月28日
申立人による、意見書(以下「申立人意見書」という。)の提出

第2 本件訂正の適否
1 本件訂正の内容について
特許権者は、本件訂正の請求により、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書(すなわち、令和6年4月1日に提出され、同年5月24日提出の補正書2により補正がされた同月14日提出の補正書1により補正がされた訂正請求書)に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項1〜29について訂正することを求めるところ、本件訂正の内容は、以下のとおりである(訂正箇所に下線を付して示す。)。

<請求項1〜24について>
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1における、
「加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光と、400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光と、を含む、溶接方法。」
との記載を、
「加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光と、400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光と、を含み、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、溶接方法。」
に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜5、7〜24も同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項7における、
「請求項6に記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1に記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項7の記載を引用する請求項8〜24も同様に訂正する。)。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項8における、
「請求項1〜7のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項8の記載を引用する請求項9〜24も同様に訂正する。)。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項9における、
「請求項1〜8のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7、8のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項9の記載を引用する請求項10〜24も同様に訂正する。)。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項11における、
「請求項1〜10のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜10のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項11の記載を引用する請求項12〜24も同様に訂正する。)。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項12における、
「請求項1〜11のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜11のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項12の記載を引用する請求項13〜24も同様に訂正する。)。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項13における、
「請求項1〜12のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜12のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項13の記載を引用する請求項14〜24も同様に訂正する。)。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項14における、
「請求項1〜13のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜13のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項14の記載を引用する請求項15〜24も同様に訂正する。)。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項15における、
「請求項1〜14のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜14のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項15の記載を引用する請求項16〜24も同様に訂正する。)。

(11)訂正事項11
特許請求の範囲の請求項16における、
「請求項1〜15のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜15のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項16の記載を引用する請求項17〜24も同様に訂正する。)。

(12)訂正事項12
特許請求の範囲の請求項17における、
「請求項1〜16のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜16のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項17の記載を引用する請求項18〜24も同様に訂正する。)。

(13)訂正事項13
特許請求の範囲の請求項18における、
「請求項1〜17のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜17のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項18の記載を引用する請求項19〜24も同様に訂正する。)。

(14)訂正事項14
特許請求の範囲の請求項19における、
「請求項1〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項19の記載を引用する請求項20〜21も同様に訂正する。)。

(15)訂正事項15
特許請求の範囲の請求項20における、
「請求項1〜19のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜19のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項20の記載を引用する請求項21も同様に訂正する。)。

(16)訂正事項16
特許請求の範囲の請求項21における、
「請求項1〜20のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜20のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する。

(17)訂正事項17
特許請求の範囲の請求項22における、
「請求項1〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項22の記載を引用する請求項23〜24も同様に訂正する。)。

(18)訂正事項18
特許請求の範囲の請求項23における、
「請求項1〜18、22のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜18、22のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する(請求項23の記載を引用する請求項24も同様に訂正する。)。

(19)訂正事項19
特許請求の範囲の請求項24における、
「請求項1〜18、22、23のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
との記載を、
「請求項1〜5、7〜18、22、23のうちいずれか一つに記載の溶接方法。」
に訂正する。

<請求項25〜29について>
(20)訂正事項20
特許請求の範囲の請求項25における、
「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光を発振する第一レーザ発振器と、
400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光を発振する第二レーザ発振器と、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を含むレーザ光を加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象の前記レーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う光学ヘッドと、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光のレーザ発振タイミングおよびパワーを制御する制御部と、
前記第一レーザ発振器、前記第二レーザ発振器、および前記光学ヘッドを冷却する冷却機構と、
を備え、
前記レーザ光が前記加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するよう、前記加工対象と前記レーザ光とが相対移動可能に構成された、レーザ溶接システム。」
との記載を、
「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光を発振する第一レーザ発振器と、
400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光を発振する第二レーザ発振器と、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を含むレーザ光を加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象の前記レーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う光学ヘッドと、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光のレーザ発振タイミングおよびパワーを制御する制御部と、
前記第一レーザ発振器、前記第二レーザ発振器、および前記光学ヘッドを冷却する冷却機構と、
を備え、
前記レーザ光が前記加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するよう、前記加工対象と前記レーザ光とが相対移動可能に構成され、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、レーザ溶接システム。」
に訂正する(請求項25の記載を引用する請求項26〜29も同様に訂正する。)。

2 一群の請求項について
本件訂正前の請求項1〜24については、請求項2〜24がそれぞれ請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
また、本件訂正前の請求項25〜29については、請求項26〜29がそれぞれ請求項25の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあって、訂正事項20によって記載が訂正される請求項25に連動して訂正されるものである。
したがって、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である請求項〔1〜24〕、〔25〜29〕について請求をするものである。

3 独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、全ての請求項を対象としているので、訂正事項1〜20に関して、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

4 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
<一群の請求項〔1〜24〕について>
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正事項1は、請求項1における「第一レーザ光」及び「第二レーザ光」に関して、
「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した」
との事項を追加し、第二スポットの外径D2の数値範囲を、第一レーザ光のみを照射した場合の溶接部の幅wbとの関係で限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無について
訂正事項1のうち、単位の「[μm]」を除く点、すなわち、
「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb」「、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2」「としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した」
との点は、本件特許の特許請求の範囲の本件訂正前の請求項6、明細書の段落【0013】、【0073】、【0098】に記載されたものである。

また、「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であると特定する点については、明細書の段落【0072】に、
「図7は、ビームB1の単体照射時の溶接部の幅wb(ビード幅)とビームB2のスポット径D2(外径、図2参照)との組み合わせによる溶接の実験結果を示す図である。・・・」
と記載することに続き、段落【0073】には、
「発明者らの実験的研究により、ビームB1の単体照射時の溶接部の幅wbとスポット径D2とが所定の関係にある場合、すなわち、以下の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たす場合に、スパッタ数を抑制できることが判明した。
さらに、以下の式(1A)
wb−50<D2<wb+50 ・・・(1A)
を満たす場合に、エネルギロスの増大のような他の不都合を生じることなくスパッタ数を抑制できることが判明した。」
と記載し、実験結果である図7には次の図:


」が示されることから、図中の横軸及び縦軸に付された単位からみて、(1)式における「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がそれぞれ[μm]であることは、明らかである。
したがって、訂正事項1は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面(以下「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてするものであるから、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項に適合するものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項1は、上記アのとおり、本件訂正前の請求項1において特定されていた事項を具体的に限定するように訂正するものであるから、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項に適合するものである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、請求項6を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項2は、請求項6を削除するものであるから、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(3)訂正事項3
ア 訂正の目的について
訂正事項3は、訂正事項1により本件訂正前の請求項6に記載された事項にて請求項1を限定するとともに、訂正事項2により請求項6を削除することに伴い、請求項7における引用請求項を請求項6から請求項1に変更するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項3は、上記アのとおり、請求項7における引用請求項を請求項6から請求項1に変更するものであるから、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項3は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

(4)訂正事項4〜19
ア 訂正の目的について
訂正事項4〜19は、訂正事項2による請求項6の削除に伴い、請求項8〜9、11〜24における引用請求項から請求項6を除いて記載を整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項4〜19は、上記アのとおり、請求項8〜9、11〜24における引用請求項から請求項6を単に除くものであるから、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、また、カテゴリーや対象、目的を変更するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項4〜19は、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

<一群の請求項〔25〜29〕について>
(5)訂正事項20
ア 訂正の目的について
訂正事項20における、レーザ溶接システムに係る請求項25についての訂正は、訂正事項1における、溶接方法に係る請求項1についての訂正と、実質的に同様の事項で限定して訂正するものであるから、上記(1)アと同様の理由により、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否について
訂正事項20における、レーザ溶接システムに係る請求項25についての訂正は、上記アのとおり、溶接方法に係る請求項1を訂正する訂正事項1と実質的に同様の事項にて訂正するものであるから、訂正事項20は、上記(1)イ及びウで検討した訂正事項1と同様に、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項に適合するものである。

5 小括
上記4(1)〜(5)のとおり、訂正事項1〜20に係る本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正特許請求の範囲のとおり、本件訂正後の請求項〔1〜24〕、〔25〜29〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり本件訂正は認められることから、本件特許の請求項1〜29に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明29」という。なお、請求項6は削除されている。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜29に記載された、以下の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光と、400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光と、を含み、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、溶接方法。
【請求項2】
前記加工対象は、銅系金属材料、アルミニウム系金属材料、ニッケル系金属材料、鉄系金属材料、およびチタン系金属材料のうちのいずれか一つである、請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記表面上において、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの少なくとも一部は、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットよりも前記掃引方向の前方に位置している、請求項1または2に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記表面上において、前記第一スポットと前記第二スポットとは少なくとも部分的に重なっている、請求項3に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記表面上において、前記第二スポットの第二外縁は、前記第一スポットの第一外縁を取り囲んでいる、請求項3に記載の溶接方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
次の式(1A)
wb−50<D2<wb+50 ・・・(1A)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、請求項1に記載の溶接方法。
【請求項8】
前記表面上において、前記第二レーザ光のパワーの前記第一レーザ光のパワーに対する出力比が、0.1以上2以下である、請求項1〜5、7のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項9】
前記レーザ光は、複数のビームを含む、請求項1〜5、7、8のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項10】
前記複数のビームは、ビームシェイパによって形成される、請求項9に記載の溶接方法。
【請求項11】
前記表面の算術平均粗さが、21[μm]以下である、請求項1〜5、7〜10のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項12】
前記レーザ光の前記表面上における掃引速度は、50[mm/s]以上である、請求項1〜5、7〜11のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項13】
前記加工対象は、重ねられた複数枚の板状の金属材料を有した、請求項1〜5、7〜12のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項14】
前記加工対象は、導体としての、端子、バスバー、コイル、電池のタブのうちいずれか一つである、請求項1〜5、7〜13のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項15】
前記レーザ光をウォブリング、ウィービング、または出力変調を行いながら前記表面に照射する、請求項1〜5、7〜14のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項16】
前記加工対象は、めっき付き金属板を含む、請求項1〜5、7〜15のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項17】
前記表面上において、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットは、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットより広い、請求項1〜5、7〜16のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項18】
前記表面上における前記第二レーザ光のパワー密度は、0.16[MW/cm2]以上1.5[MW/cm2]以下である、請求項1〜5、7〜17のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項19】
前記表面上において、前記レーザ光によって前記表面上に形成されるスポットの形状は、当該スポットの中心に対する点対称形状を有する、請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項20】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットの中心と、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの中心とが略一致する、請求項1〜5、7〜19のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項21】
前記第一レーザ光と前記第二レーザ光とが同軸で照射される、請求項1〜5、7〜20のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項22】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットの中心と、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの中心とがずれている、請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項23】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットは、部分的に、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外側に位置する、請求項1〜5、7〜18、22のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項24】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットと、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットとが、互いにずれている、請求項1〜5、7〜18、22、23のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項25】
800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光を発振する第一レーザ発振器と、
400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光を発振する第二レーザ発振器と、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を含むレーザ光を加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象の前記レーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う光学ヘッドと、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光のレーザ発振タイミングおよびパワーを制御する制御部と、
前記第一レーザ発振器、前記第二レーザ発振器、および前記光学ヘッドを冷却する冷却機構と、
を備え、
前記レーザ光が前記加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するよう、前記加工対象と前記レーザ光とが相対移動可能に構成され、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、レーザ溶接システム。
【請求項26】
前記レーザ光が前記表面上で前記掃引方向に移動するよう前記レーザ光の出射方向を変化させるガルバノスキャナを備えた、請求項25に記載のレーザ溶接システム。
【請求項27】
前記レーザ光を複数のビームに分割するビームシェイパを備えた、請求項25または26に記載のレーザ溶接システム。
【請求項28】
前記光学ヘッドは、前記レーザ光をウォブリング、ウィービング、または出力変調を行いながら前記表面に照射する、請求項25〜27のうちいずれか一つに記載のレーザ溶接システム。
【請求項29】
前記光学ヘッドは、前記第一レーザ光と前記第二レーザ光とを同軸で照射する、請求項25〜28のうちいずれか一つに記載のレーザ溶接システム。」

第4 申立人が主張する申立ての理由の概要
1 申立書における申立ての理由について
申立人による申立ての理由は、以下のとおり整理することができる。
新規性(特許法第29条第1項第3号、同法第113条第2号)について>
(1)申立ての理由1:請求項1〜5、8、9、13、14、17〜22、24
甲1に記載された発明を主引用発明とした、新規性欠如(申立書第1〜5、13、55〜73、104〜105ページ)
(2)申立ての理由2:請求項1〜5、8、9、12、13、17、19〜21
甲2に記載された発明を主引用発明とした、新規性欠如(申立書第5〜8、13、73〜88、104〜105ページ)
(3)申立ての理由3:請求項1〜5、8〜10、12、13、17、19、22〜24
甲3に記載された発明を主引用発明とした、新規性欠如(申立書第8〜12、13、88〜102、104〜105ページ)

進歩性(特許法第29条第2項、同法第113条第2号)について>
(4)申立ての理由4:請求項1〜29
甲1に記載された発明を主引用発明とした、進歩性欠如(申立書第1〜5、13、55〜73、104〜105ページ)
(5)申立ての理由5:請求項1〜29
甲2に記載された発明を主引用発明とした、進歩性欠如(申立書第5〜8、13、73〜88、104〜105ページ)
(6)申立ての理由6:請求項1〜29
甲3に記載された発明を主引用発明とした、進歩性欠如(申立書第8〜12、13、88〜102、104〜105ページ)

<サポート要件(特許法第36条第6項第1号、同法第113条第4号)について>
(7)申立ての理由7:請求項1〜29
発明の詳細な説明には、掃引速度やレーザ光の出力等が、任意の値等のものまで記載されておらず、請求項1〜29に係る発明の範囲まで拡張ないし一般化できない(申立書第12、13〜14ページ、102〜103、105ページ)。

明確性要件(特許法第36条第6項第2号、同法第113条第4号)について>
(8)申立ての理由8:請求項6〜24
請求項6に記載される式(1)及び請求項7に記載される式(1A)には単位が付されておらず、どのような範囲に限定しているのか不明である。また、式(1)が図7からどのように導かれるのかが不明である(申立書第12〜13ページ、14、103〜104、105ページ。なお、申立書第13ページには、「実施可能でない実施形態を含む」と記載され、申立書第14ページには「特許法第36条第4項第1号」と記載されるが、申立書第103〜104ページに示される「3.4 具体的な理由」の「3.4.7」に係る記載等から、申立ての理由8は「特許法第36条第6項第2号明確性要件違反」についてのものと解釈する。)。

2 証拠方法
(1)甲第1号証 Markus Ruetering, “Hybrid Solution Moves Boundaries of Copper Welding”, Photonics Views, 米国, John Wiley & Sons, Inc.,
2019.10.9, Vol.16, Issue 5, p.46-50(なお、uのウムラウトは「ue」と代替表記した。)
(2)甲第2号証 武田 晋,「高出力ダイレクト半導体レーザ発振器の動向と適用事例」,レーザ加工学会誌,2019.10,Vol.26,No.3,p.13〜19
(3)甲第3号証 国際公開第2018/159857号
(4)甲第4号証 「LDMダイオードレーザー OEMアプリケーション用」,レーザーライン株式会社,2016,「LDMシリーズ」という表題のページ
(5)甲第5号証 「レーザーラインLDFシリーズ 新製品」,レーザーライン株式会社,2016,「LDFシリーズ」という表題のページ
(6)甲第6号証 「JIS B 7079(ISO 20473)光学及びフォトニクス−スペクトル帯域」,平成27年12月21日,一般財団法人日本規格協会
(7)甲第7号証 「マグローヒル科学技術用語大辞典(第1版)」,株式会社日刊工業新聞社,昭和54年3月20日,p.5
(8)甲第8号証 特許第6158356号公報
(9)甲第9号証 特表2015−507539号公報
(10)甲第10号証 特開2004−148333号公報
(11)甲第11号証 特開2002−219590号公報
(12)甲第12号証 国際公開第2019/203367号
(13)甲第13号証 特開2010−269339号公報
(14)甲第14号証 特開2008−28286号公報
(15)甲第15号証 特開2007−319878号公報
(16)甲第16号証 特開2006−94600号公報
(17)甲第17号証 特開2019−46885号公報
(18)甲第18号証 特開2018−51607号公報
(19)甲第19号証 特開2015−103318号公報
(20)甲第20号証 特開2011−212711号公報
(21)甲第21号証 特開2015−47621号公報
(「甲第1号証」〜「甲第21号証」を、以下それぞれ「甲1」等という。)

第5 当審より通知した取消理由の概要
取消理由通知における、本件訂正前の請求項1〜29に係る特許に対する取消理由の要旨は、以下のとおりである。
1 取消理由1(進歩性
本件特許の本件訂正前の請求項1〜5、8〜29に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である、甲第1号証に記載された発明及び各甲号証に記載された技術的事項に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項1〜5、8〜29に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(主引用発明:甲1に記載された発明)。

2 取消理由2(明確性
本件特許は、本件訂正前の特許請求の範囲の記載が不備のため(以下の第7の1を参照)、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

第6 取消理由通知における取消理由1について
本件発明1〜5、7〜29について、取消理由通知にて示した取消理由(甲1記載の事項から認定した主引用発明に基づく進歩性欠如、上記第5の1)を解消しているかについて、以下判断する(なお、取消理由通知では、請求項7に対する理由を通知していないが、事案に鑑みて、請求項7に対する進歩性の理由を他の請求項と合わせて検討する。)。

1 本件発明1について
(1)本件発明1の認定
本件発明1は、上記第3の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)甲1に記載された発明
ア 甲1には、以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した、以下同様。)。
(ア)第46ページ 第1〜8行
「For copper joining, blue diode lasers have made it possible to ・・・ and in so doing moves the boundaries of copper welding altogether.」
<日本語訳>
「銅の接合では、青色ダイオードレーザーにより、熱伝導溶接の制御が初めて可能になりました。銅の深堀り溶接(当審注:申立人提出の甲1翻訳文では「深絞り溶接」と記載されているが、後述Dの記載から「深堀り溶接」の誤記と認める。)では、赤外線レーザーでも満足のいく結果が得られず、この技術は現在の限界に達しています。青色ダイオードレーザーと赤外線ダイオードレーザーを接続したLaserline社のハイブリッドコンセプトが、今、新たな製造の選択肢を切り開きました。この手法は、シートの接合だけでなく、ヘアピンの静止溶接でも発揮され、銅溶接の境界線を完全に移動させることに成功しました。」(甲1翻訳文第1ページ第3〜7行)

(イ)第46ページ 左欄第1行〜中欄第7行
「Copper belongs to metals with the highest electrical conductivity, ・・・ and ranges from wafer-thin wires and foils to robust sheets and connectors.」
<日本語訳>
「銅は最も電気伝導率の高い金属に属し、古くから最も重要な導体材料の一つであった。銀とほぼ同等の導電性を持ちながら、明らかに安価なため、伝統的にほとんどの送電線と誘導コイルに使用されています。家電の巨大市場とエレクトロモビリティの強いトレンドにより、その価値は著しく、急速に高まっています。現在では、携帯端末機器の超薄型電池セルや、電気自動車の二次電池やモーターに使用されています。また、発電所のサーキットブレーカーや鉄道車両のモーター、産業用アクチュエーターなどでも、変わらぬ役割を担っています。これらで使用される銅部品の範囲はかなり広く、ウエハーシンのワイヤーやフォイルから、頑丈なシートやコネクターまで、さまざまなものがあります。」(甲1翻訳文第1ページ第8〜14行)

(ウ)第46ページ中欄第8〜9行、47ページ左欄第3〜21行
「High demand for joining technologies」
「While infrared lasers that are typically used in the industry ・・・ new and interesting manufacturing options.」
<日本語訳>
「接合技術への高い要求」
「一般的に使用されている赤外線レーザーは、銅溶接の場合、室温での吸収率が5%しかなく、特に熱伝導溶接に適したプロセスウィンドウを開くことができませんが、青色ダイオードレーザーは、このプロセスを初めて可能にしたのです。このプロセスは、吸収率が明らかに高い(47%以上)ため、ワークの表面を溶かすのに必要なエネルギーが明らかに少なく、赤外線レーザーとは対照的に、熱伝導溶接に必要な適度なエネルギー投入を実現することができます。このように、非常に薄い銅の部品でも問題なく接合できるため、新たな興味深い製造方法の選択肢を広げることができます。」(甲1翻訳文第1ページ第15、22〜28行)

(エ)第47ページ 左欄第22行〜右欄第2行
「Deep welding as a critical challenge
・・・ which caused pores and spatters and left behind qualitatively inadequate joining seams.」
<日本語訳>
「重要な課題である深堀り溶接
しかし、青色ダイオードレーザーも、より高い材料厚の銅部品を接合しなければならなくなると、すぐに限界に達してしまうのです。そのためには、銅の熱伝導率が高いため、非常に高い強度の溶接を行う必要があり、簡単に言えば、局部的に加わったエネルギーが部品全体に早く散ってしまうのです。青色レーザーの最大溶接溶け込み深さは、出力500Wで0.3〜0.4mm、1000Wで約0.6〜0.7mmとなります。理論的には、より高い出力によってこれを変更することが可能です。現在1.5kWのレーザー装置がすでにあり、その他も進行中である。しかし、深堀り溶接を視野に入れると、青色ダイオードレーザーは赤外線方式に比べて製造コストが高くなるため、効率の問題が出てくるかもしれません。しかし、技術的には疑問が残るものの、銅の深堀り溶接(当審注:申立人提出の甲1翻訳文では「深絞り溶接」と記載されているが、「深堀り溶接」の誤記と認める。)で使用することは可能である。なぜなら、赤外線の吸収率が低いため、材料を定着・浸透させるためには、このような高いエネルギー入力が必要となり、プロセスや結果が満足のいくものにならないからです。これまで赤外線レーザーを使って銅の深堀り溶接を実現しようとした場合、非常にダイナミックな溶融池が定期的に発生し、気孔やスパッタが発生し、接合部の品質が不十分なままでした。」(甲1翻訳文第1ページ第29行〜第2ページ第7行)

(オ)第47ページ 右欄第3行〜第48ページ中欄第10行
「Hybrid welding concept connects blue and infrared laser beams
・・・ the approach is therefore clearly more efficient.」
<日本語訳>
「青色レーザーと赤外線レーザーをつなぐハイブリッド溶接コンセプト
青色レーザーや赤外線レーザーだけでは、技術的にも商業的にも納得のいく銅のキーホール溶接ができないことから、ダイオードレーザー専門メーカーのLaserline社は、別のアプローチを試行しました。青色レーザーや赤外線レーザーだけに頼るのではなく、まったく新しいハイブリッドコンセプトを開発しました。これは、両方のレーザーを接続し、特殊な集光光学系を介してLDM青色ダイオードレーザーのビームを、従来のLDM赤外線レーザーのビームと一体化させるものです(図1)。これにより、直径1mmの青色スポットと0.3mmの赤外線スポットがスポット中心に重なります(図2)。しかし、必要に応じて2つのレーザーを別々に使用することも可能で、ある時間だけ1つのワークに青色又は赤外線のみを照射することができる(図3)。赤外線レーザーのLDMの代わりに、より大きなシステム(例:LaserlineLDF)を検討することもできます。ハイブリッド構成は、既存の全ての赤外線ダイオードレーザー設備に問題なくアップグレードすることができます。溶接工程では、まず青色ダイオードレーザーの高い吸収率でワークの表面を溶かし、スイッチオンした赤外線レーザーでキーホールを開き、実際のキーホール溶接工程を実現します。溶融プールを落ち着かせ、プロセス全体を安定させるため、蒸気キャピラリーが開いた後も、青色レーザーは接続されたままです。銅の平均をはるかに超える熱伝導を補うため、赤外線レーザーの出力は青色レーザーの約2〜5倍(プロセス構成により異なる)に設定されています。これまでの実験では1〜5kWだったので、純粋な赤外線を使った銅溶接の実験に比べれば、まだ低い。一方、青色レーザーでは、1kWの出力で十分な場合が多く、(接合部が薄い場合は)500W程度でも、それだけでは深い溶接はできなかった。純粋なエネルギー投入量を考えても、このアプローチの方が明らかに効率的です。」(甲1翻訳文第2ページ第8〜26行)

(カ)第48ページ中欄第11行〜右欄第15行
「High welding penetration depth ・・・ 2.36 mm could be realized ( Figs. 4 - 6 ).」
<日本語訳>
「高い溶接溶け込み深さ − 優れたプロセスの落ち着きとシーム品質
このような効率的な利点も、溶接の際にハイブリッドコンセプトが成功しなければ、あまり意味がない。しかし、実際に新しいアプローチで実現したすべての試みは、溶接の溶け込み深さ、プロセスの落ち着き、シーム品質の面でこれまでにない結果をもたらしました。例えば、厚さ1mmと2mmの2枚の銅板を、青色1kWに赤外線3kWを加えて送り速度2m/minで重ね溶接した場合、溶接溶け込み深さは1.45mmに達することができました。赤外線レーザーの出力を3.5kW又は4kWに上げ、送り速度を同じにすると、1.91mm又は2.36mmの溶接溶け込み深さを実現した(図4−6)。」(甲1翻訳文第2ページ第27〜33行)

(キ)図1(第47ページ)



<日本語訳>
「図1 Laserlineのハイブリッドコンセプトは、LDM青色ダイオードレーザーのビームを特殊な集光光学系で従来のLDM赤外線レーザーのビームと結合します。」(甲1翻訳文第3ページ下から第2〜1行)

(ク)図2(第47ページ)



<日本語訳>
「図2 直径1mmの青色スポットと、0.3mmの赤外線スポットとがスポット中心で重なっています。」(甲1翻訳文第4ページ第1行)

(ケ)図3(第47ページ)



<日本語訳>
「図3 必要に応じて2つのレーザを別々に使用することも可能で、ある時間だけ1つのワークに青色又は赤外線のみを照射することも可能です。」(甲1翻訳文第4ページ第2〜3行)

(コ)図4〜6(第48ページ)



<日本語訳>
「図4〜6 青色1kWと赤外線3kWにより、送り速度2m/minで板厚1mmと2mmの2枚の銅板を重ね溶接したところ、溶接溶け込み深さは1.45mmに達することができた。赤外線レーザーの出力を3.5kW又は4kWに上げると、同じ送り速度で1.91mm又は2.36mmの溶け込み深さを実現することができた。」(甲1翻訳文第4ページ第4〜7行)

イ 上記アから、甲1に記載された事項を本件訂正後の請求項1の記載に合わせて整理すると、甲1には以下の発明(以下「甲1発明A」という。)が記載されているといえる(括弧内に、対応する本件発明1の発明特定事項、又は、参照箇所を示す、以下同様。)。
「銅板(加工対象)に対して所定の送り速度で(相対的に掃引方向に移動する)レーザー(レーザ光)を前記銅板(加工対象)の表面に照射することにより、前記銅板(加工対象)のレーザー(レーザ光)が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって(上記ア(カ)及び(コ)を参照。)、
前記レーザー(レーザ光)は、赤外線レーザー(第一レーザ光)と、青色レーザー(第二レーザ光)と、を含み(上記ア(オ)、(キ)及び(ク)を参照。)、
赤外線レーザー(第一レーザ光)によって前記表面上に形成される赤外線スポットの外径D1は0.3[mm]であり、青色レーザー(第二レーザ光)によって前記表面上に形成される青色スポット(第二スポット)の外径D2は1.0[mm]である(上記ア(オ)及び(ク)を参照。)、
溶接方法。」

(3)甲2に記載された発明
ア 甲2には、以下の事項が記載されている。
(ア)第17ページ左欄第23行〜右欄第22行
「6.高出力ブルーDDL発振器の加工事例
6.1 青色波長450nmの特徴と溶接現象
続いて、本年より市販化された高出力ブルーDDL発振器の特徴と加工事例について紹介していく。各種金属のほとんどは短波長側になるに従い大きな吸収特性をもつ。Fig.16に銅や金などの高反射材料の反射特性を記す。たとえば銅に対して、従来の近赤外のレーザ光は材料に対して約3〜5%程度の吸収であるが、一方で青色波長450nmでは60〜65%の吸収がある。したがってこの高出力ブルーDDL発振器は今まで難しかった銅のレーザ加工に対して新しい結果をもたらすと期待されている。ここで0.3mm厚の銅板に対し、近赤外のレーザ発振器および、ブルーDDL発振器を用いてビードオンプレート溶接試験を行った結果について述べる。周知の通り近赤外のレーザで銅板を加工すると銅の特性上溶接条件とレーザ出力制御が非常に難しい。当試験では同社の近赤外900nm〜1000nm帯のDDL発振器と450nm帯のブルーDDL発振器を用いて溶接実験を行った。近赤外のDDL発振器で1500Wのレーザ光を照射した場合、銅板上に反応はまったく見られなかった。次に1700Wで照射したが貫通穴が開き、出力を落として1600W照射でも同様に貫通穴が見られた。一方、ブルーDDL発振器では500Wでビード外観も綺麗なまったくスパッタの発生がない良好な溶接結果が見られた。さらにブルーDDL発振器の出力を500Wとし、溶接速度を0.5m/分から6m/分の間で変化させた実験も行った。その結果、近赤外レーザ光では安定した溶接の実現が困難であったが、ブルーレーザ光では、どの溶接速度でもに(当審注:「どの溶接速度でも」の誤記と認める。)安定した溶接を行うことができた。」

(イ)第18ページ左欄第14行〜右欄第4行
「6.2 高出力ブルーDDL発振器の深溶込み溶接
高出力ブルーDDL発振器開発は、大出力化、高輝度化の方向で大きく動いておりその開発動向に大きな注目を集めているが、その一方で近赤外域のレーザ光とのハイブリッド化によるソリューションも研究されている(Fig.19)。
これは現時点で1mm以上の厚い銅板や太い銅ワイヤなどへ、青色波長による溶接品質向上の効果を狙った深い溶込み加工の実現を目的としている。これからさまざまな加工試験を実施していくが、今のところ一般的な近赤外レーザの大出力レーザ光によるキーホール溶接と青色波長のスパッタの発生のない穏やかな溶融池の両者のもつ長所が良く現れた深溶け込み溶接結果が得られた(Fig.20、Fig.21)」

(ウ)図16(第17ページ)




(エ)図19(第18ページ)




(オ)図21(第18ページ)





イ 上記アから、甲2に記載された事項を本件訂正後の請求項1の記載に合わせて整理すると、甲2には以下の発明(以下「甲2発明A」という。)が記載されているといえる。
「銅板(加工対象)に対して所定の溶接速度で(相対的に掃引方向に移動する)レーザ光を前記銅板(加工対象)の表面に照射することにより、前記銅板(加工対象)のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、900〜1000nm帯の近赤外レーザ光(上記ア(ア)及び(ウ)を参照。)、若しくは、450nmの波長のブルーレーザ光(上記ア(ア)及び(ウ)を参照。)、又は、近赤外レーザ光(第一レーザ光)とブルーレーザ光(第二レーザ光)とのハイブリッド(上記ア(イ)、(エ)及び(オ)を参照。)を含む、溶接方法。」

(4)甲3に記載された発明
ア 甲3には、以下の事項が記載されている。
(ア)請求の範囲(請求項1〜2、8、11、16)
「[請求項1]
加工対象を、レーザ装置からのレーザ光の照射される領域に配置し、
前記レーザ装置からの前記レーザ光を前記加工対象に向かって照射しながら前記レーザ光と前記加工対象とを相対的に移動させ、前記レーザ光を前記加工対象上で掃引しつつ、照射された部分の前記加工対象を溶融して溶接を行う、
工程を含み、
前記レーザ光は主ビームと、掃引方向前方に少なくともその一部がある副ビームによって構成され、主ビームのパワー密度は副ビームのパワー密度以上である、
加工対象をレーザによって溶接する方法。
[請求項2]
前記主ビームのパワー密度は、少なくともキーホールを発生させうる強度である、請求項1に記載の溶接方法。」
「[請求項8]
前記主ビームおよび前記副ビームのうち少なくとも前記副ビームを形成するレーザ光の波長は、前記加工対象の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長である、請求項1に記載の溶接方法。」
「[請求項11]
前記主ビームおよび前記副ビームは、異なる発振器から出射されたレーザ光である、請求項1から請求項9の何れか1項に記載の溶接方法。」
「[請求項16]
レーザ発振器と、
レーザ発振器から発振された光を受け取ってレーザ光を生成し、前記生成されたレーザ光を加工対象に向かって照射して照射された部分の前記加工対象を溶融して溶接を行う光学ヘッドと、
によって構成され、
前記光学ヘッドは前記レーザ光と前記加工対象とが相対的に移動可能な様に構成され、前記レーザ光を前記加工対象上で掃引しつつ、前記溶融を行なって溶接を行い、
前記レーザ光は主ビームと、掃引方向前方に少なくともその一部がある副ビームによって構成され、主ビームのパワー密度は副ビームのパワー密度以上である、
加工対象をレーザによって溶接するレーザ溶接装置。」

(イ)明細書
A 技術分野
「[0001]
本発明は、溶接方法および溶接装置に関する。」

B 背景技術
「[0002]
鉄や銅などの金属材料を溶接する手法の一つとして、レーザ溶接が知られている。レーザ溶接とは、レーザ光を加工対象の溶接部分に照射し、レーザ光のエネルギーで溶接部分を溶融させる溶接方法である。レーザ光が照射された溶接部分には、溶融池と呼ばれる溶融した金属材料の液溜りが形成され、その後、溶融池の金属材料が固まることによって溶接が行われる。
[0003]
また、レーザ光を加工対象に照射する際には、その目的に応じ、レーザ光のプロファイルが成型されることもある。例えば、レーザ光を加工対象の切断に用いる場合に、レーザ光のプロファイルを成型する技術が知られている(例えば特許文献1参照)。
[0004]
従前は、レーザ光発生装置の出力が低かったので、反射率の低い(吸収率の高い)金属材料に対してのレーザ溶接が実用されてきたが、近時ではレーザ光発生装置の集光性も向上している傾向にあるので、銅やアルミ等の反射率の高い金属材料に対するレーザ溶接も実用化されつつある(例えば特許文献2〜4参照)。」

C 発明を実施するための形態(第1実施形態)
「[0047](第1実施形態)
図1は、第1実施形態に係る溶接装置の概略構成を示す図である。図1に示すように、第1実施形態に係る溶接装置100は、加工対象Wにレーザ光Lを照射して加工対象Wを溶融させる装置の構成の一例である。図1に示すように、溶接装置100は、レーザ光を発振する発振器110と、レーザ光を加工対象Wに照射する光学ヘッド120と、発振器110で発振されたレーザ光を光学ヘッド120へ導く光ファイバ130とを備えている。加工対象Wは、溶接されるべき少なくとも2つの部材である。
[0048]
発振器110は、例えば数kWの出力のマルチモードのレーザ光を発振し得るように構成されている。例えば、発振器110は、内部に複数の半導体レーザ素子を備え、当該複数の半導体レーザ素子の合計の出力として数kWの出力のマルチモードのレーザ光を発振し得るように構成することとしてもよいし、ファイバレーザ、YAGレーザ、ディスクレーザ等様々なレーザを用いてもよい。
[0049]
光学ヘッド120は、発振器110から導かれたレーザ光Lを、加工対象Wを溶融し得る強度のパワー密度に集光して、加工対象Wに照射するための光学装置である。そのために、光学ヘッド120は、内部にコリメートレンズ121と集光レンズ122とを備えている。コリメートレンズ121は、光ファイバ130によって導かれたレーザ光を一旦平行光化するための光学系であり、集光レンズ122は、平行光化されたレーザ光を加工対象Wに集光させるための光学系である。
[0050]
光学ヘッド120は、加工対象Wにおけるレーザ光Lの照射位置を移動(掃引)させるために、加工対象Wとの相対位置を変更可能に設けられている。加工対象Wとの相対位置を変更する方法としては、光学ヘッド120自身を移動することや、加工対象Wを移動することなどが含まれる。すなわち、光学ヘッド120はレーザ光Lを、固定されている加工対象Wに対して掃引可能に構成されてもよい、または、光学ヘッド120からのレーザ光Lの照射位置は固定され、加工対象Wが、固定されたレーザ光Lに対して移動可能に保持されてもよい。加工対象Wをレーザ光Lの照射される領域に配置する工程では、溶接されるべき少なくとも2つの部材を重ねる、または接触させるまたは、隣接させるように配置する。
[0051]
第1実施形態に係る光学ヘッド120は、コリメートレンズ121と集光レンズ122との間にビームシェイパとしての回折光学素子123を備えている。ここでいう回折光学素子とは、図15に示す概念の様に周期の異なる複数の回折格子1501を1体にした光学素子1502を指している。これを通過したレーザ光は各回折格子の影響を受けた方向に曲げられ、重なり合い、任意の形にレーザ光を形成することができる。本実施形態において、回折光学素子123は、加工対象W上におけるレーザ光Lのパワー密度の移動方向に関するプロファイルが、パワー密度が高い主ビームよりも移動方向前方に、主ビームよりもパワー密度が低い副ビームを有するように、レーザ光Lを成型するためのものである。なお、回折光学素子123は、回転可能に設ける構成とすることができる。また、交換可能に設ける構成とすることもできる。
[0052]
ここで、主ビームまたは副ビームのパワー密度は、ピークを含み、ピーク強度の1/e2の以上の強度の領域でのパワー密度である。また、主ビームまたは副ビームのビーム径は、ピークを含み、ピーク強度の1/e2の以上の強度の領域の径である。円形でないビームの場合は、本明細書に於いては移動方向に対し垂直方向の、ピーク強度の1/e2以上の強度となる領域の長さをビーム径と定義する。副ビームのビーム径は、主ビームのビーム径と略等しい又は大きくてもよい。
[0053]
加工対象W上におけるレーザ光Lのパワー密度の移動方向に関するプロファイルが、パワー密度が高い主ビームよりも移動方向前方に、主ビームよりもパワー密度が低い副ビームを有することの作用は、以下の通りである。図2A、2Bは、レーザ光が加工対象を溶融する状況の比較を示す図である。
[0054]
図2Aに示すように、従来のレーザ溶接では、レーザ光が1つのビームBを有しているので、レーザ光が照射された位置から移動方向(矢印v)の反対方向に、加工対象Wが溶融した溶融池WPが溶融領域として形成される。一方、図2Bに示すように、第1実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、加工対象W上におけるレーザ光のパワー密度の移動方向に関するプロファイルが、主ビームB1と副ビームB2とを有している。主ビームB1のパワー密度は、例えば、少なくともキーホールを発生させうる強度である。なお、キーホールについては後に詳述する。そして、パワー密度が高い主ビームB1よりも移動方向(矢印v)の前方に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有する。また、副ビームB2のパワー密度は、主ビームB1の存在下または単独にて、加工対象Wを溶融し得る強度である。したがって、主ビームB1が照射される位置よりも前方に、主ビームB1が溶融する深さよりも浅い領域がある溶融池WP1が溶融領域として形成されることになる。これを便宜上、浅瀬領域Rと呼ぶことにする。
[0055]
図2Bに示すように、主ビームB1と副ビームB2のレーザ光のビームの溶融強度領域は、重なってもよいが、必ずしも重なる必要はなく、溶融池が重なればよい。副ビームB2で形成された溶融池が固化する前に、その溶融池に主ビームB1が形成する溶融強度領域が到達できればよい。上記のように、主ビームB1および副ビームB2のパワー密度は加工対象Wを溶融し得る強度であり、溶融強度領域とは、主ビームB1または副ビームB2の周囲における加工対象Wを溶融し得るパワー密度のレーザ光のビームの範囲のことをいう。
[0056]
第1実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、主ビームB1が照射される位置よりも前方に浅瀬領域Rが存在することで、主ビームB1の照射位置の近傍で溶融池WP1が安定化する。先述したように、スパッタは、溶融金属が飛散したものであるので、主ビームB1の照射位置の近傍で溶融池WP1が安定化することは、スパッタの発生を抑制することにつながる。実際、後述する実験でも、このスパッタの発生を抑制する効果が確かめられた。
[0057]
第1実施形態に係る溶接方法は、加工対象Wを、レーザ装置である発振器110からのレーザ光Lの照射される領域に配置し、発振器110からのレーザ光Lを加工対象Wに向かって照射しながらレーザ光Lと加工対象Wとを相対的に移動させ、レーザ光Lを加工対象W上で掃引しつつ、照射された部分の加工対象Wを溶融して溶接を行う、工程を含む。このとき、レーザ光Lは、主ビームB1と、掃引方向前方に少なくともその一部がある副ビームB2によって構成され、主ビームB1のパワー密度は副ビームB2のパワー密度以上である。加工対象Wは溶接されるべき少なくとも2つの部材である。加工対象Wをレーザ光Lの照射される領域に配置する工程は、少なくとも2つの部材を重ねる、または接触させる、または隣接させるように配置する工程である。
[0058]
なお、副ビームB2のパワー密度は、浅瀬領域Rが、許容されるポロシティ(空隙状、内部から表面まで穴の開いたピット形状、ブローホール等の溶接欠陥)の直径よりも深くなるようなパワー密度とすることが好ましい。これにより、ポロシティの原因の一つである、加工対象Wの表面に付着した不純物が、浅瀬領域Rを流れて主ビームB1が形成する溶融池WP1に流れ込むので、ポロシティが発生しにくくなる。なお、許容されるポロシティの直径は、例えば加工対象Wの使用用途に応じて定まる。一般的には200μm以下が許容され、100μmが好ましく、50μm以下がさらに好ましく、30μm以下がより好ましく、20μm以下がより一層好ましく、10μm以下がさらに一層好ましく、全く存在しない事が最も好ましい。
[0059]
次に、図3A〜3Fを参照しながら、加工対象上におけるレーザ光のパワー密度の移動方向に関するプロファイルが、パワー密度が高い主ビームよりも移動方向前方に、主ビームよりもパワー密度が低い副ビームを有するための、レーザ光の断面形状の例を説明する。図3A〜3Fに示すレーザ光の断面形状の例は、必須の構成ではないが、図3A〜3Fに例示されるレーザ光の断面形状が加工対象Wの表面に実現されるように、回折光学素子123を設計することで、本発明の実施に好適なレーザ光のプロファイルが実現される。なお、図3A〜3Fに例示されるレーザ光の断面形状は、全て紙面上方(図中矢印v)を移動方向としている。
・・・
[0061]
図3Bは、パワー密度が高い主ビームB1よりも移動方向前方に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有するのみならず、主ビームB1の移動方向後方にも、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有する例である。溶接加工は必ずしも前進のみではなく、後進も行うこともある。したがって、図3Bに示される例のように、主ビームB1の移動方向後方にも、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を設ければ、光学ヘッドの向きを変えずとも本発明の効果を得ることができる。
・・・
[0063]
図3Dは、パワー密度が高い主ビームB1よりも移動方向前方に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有するのみならず、主ビームB1の移動方向の後方および横方向にも、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有する例である。つまり、図3Dに示される例は、図3Bおよび3Cに示される例の両方のメリットを併せ持つことになる。
[0064]
図3Eは、主ビームB1の周囲に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を分散して有する例である。図3A〜3Dに示される例は、副ビームB2が線状に構成されていたが、ある程度近い間隔で副ビームB2を配置すれば、必ずしも副ビームB2が連続している必要はない。ある程度近い間隔で副ビームB2を配置すれば、浅瀬領域Rが繋がるので、実効的な効果が得られるからである。図3Fは、主ビームB1の周囲に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2をリング状に有する例である。図3Eとは逆に、副ビームB2を連続的に一周する形で設けることも可能である。
[0065]
なお、主ビームB1と副ビームB2との間の距離d(たとえば図3Aに示す)は、主ビームB1のビーム径の外縁と、副ビームB2のビーム径の外縁との最短距離である。距離dは、副ビームB2で形成された溶融池が固化する前に、その溶融池に主ビームB1が形成する溶融領域が到達できればよいが、副ビームB2のビーム径の2倍未満が好ましく、1倍未満がより好ましく、0.5倍未満がさらに好ましい。
[0066]
また、主ビームB1と副ビームB2とのパワー密度が等しくてもよい。」

D 発明を実施するための形態(第4実施形態)
「[0077](第4実施形態)
図6は、第4実施形態に係る溶接装置の概略構成を示す図である。図6に示すように、第4実施形態に係る溶接装置400は、加工対象Wにレーザ光L1,L2を照射して加工対象Wを溶融させる装置の構成の一例である。第4実施形態に係る溶接装置400は、第1実施形態に係る溶接装置と同様の作用原理によって溶接方法を実現するものである。したがって、以下では、溶接装置400の装置構成の説明のみを行う。
[0078]
図6に示すように、溶接装置400は、レーザ光を発振する複数の発振器411,412と、レーザ光を加工対象Wに照射する光学ヘッド420と、発振器411,412で発振されたレーザ光を光学ヘッド420へ導く光ファイバ431,432とを備えている。
[0079]
発振器411,412は、例えば数kWの出力のマルチモードのレーザ光を発振し得るように構成されている。例えば、発振器411,412は、それぞれの内部に複数の半導体レーザ素子を備え、当該複数の半導体レーザ素子の合計の出力として数kWの出力のマルチモードのレーザ光を発振し得るように構成することとしてもよいし、ファイバレーザ、YAGレーザ、ディスクレーザ等様々なレーザを用いてもよい。
・・・
[0081]
第4実施形態に係る光学ヘッド420も、加工対象W上におけるレーザ光L1,L2のパワー密度の移動方向に関するプロファイルが、パワー密度が高い主ビームよりも移動方向前方に、主ビームよりもパワー密度が低い副ビームを有するように構成されている。すなわち、光学ヘッド420が加工対象Wに照射するレーザ光L1,L2のうち、レーザ光L1を主ビーム形成のために用い、レーザ光L2を副ビーム形成のために用いればよい。なお、図に示される例は、レーザ光L1,L2のみを用いているが、その数を適宜増やすことにより、図3に例示されるレーザ光の断面形状のような、本発明の実施に好適なレーザ光のプロファイルを実現するように構成され得る。」

E 発明を実施するための形態(すべての実施形態に関して)
「[0093]
なお、本明細書のすべての実施形態に関して、主ビームの溶接形態は、キーホール型溶接であってもよいし、熱伝導型溶接であってもよい。ここでいうキーホール溶接とは、高いパワー密度を用い、加工対象Wが溶融した際に発生する金属蒸気の圧力により発生するくぼみや穴(キーホール)を利用した溶接方法である。一方、熱伝導型溶接とは、母材の表面でレーザ光が吸収されて発生した熱を利用して加工対象Wを溶融させる溶接方法である。」

F 発明を実施するための形態(レーザ光の断面形状の例)
「[0100]
図11、12は、レーザ光の断面形状の例を示す図であって、パワー密度が高い主ビームB1よりも移動方向前方に、主ビームB1よりもパワー密度が低いV字状の副ビームB2を有する例である。図11は主ビームB1と副ビームB2とが重なっている例であり、図12は主ビームB1と副ビームB2とが重なっていない例である。」

G 発明を実施するための形態(金属材料の反射率)
「[0101](金属材料の反射率)
ここで、金属材料の反射率について説明する。図13に示すグラフは、代表的金属材料の反射率を光の波長に関して示したものである。図13に示すグラフは、横軸を波長とし、縦軸を反射率とするものであり、金属材料の例として、アルミニウム、銅、金、ニッケル、白金、銀、ステンレス鋼、チタン、およびスズを記載している。なお、図13に示すグラフは、NASA TECHNICAL NOTE (D−5353)に記載のデータをグラフ化したものである。
[0102]
図13に示すグラフから読みとれるように、ステンレス鋼などと比べると、銅およびアルミニウムなどは反射率が高い。特に、レーザ溶接において一般的に用いられる赤外レーザ光の波長領域ではその差は顕著である。例えば、1070nm付近では銅やアルミニウムの反射率が95%程度であることから、照射したレーザ光のエネルギーの5%程度しか加工対象に吸収されないことになる。これは、ステンレス鋼と比較すると、照射するエネルギーの効率が6分の1程度になってしまっていることを意味する。
[0103]
一方、銅やアルミニウムなどの反射率が高いといっても、全ての波長の光に対して反射率が高いわけではない。特に、銅における反射率の変化は顕著である。上述のように、1070nm付近での銅の反射率は95%程度であったものが、黄色の波長(例えば600nm)では、銅の反射率は75%程度となり、そこから急峻に減少し、紫外光の波長(例えば300nm)では、銅の反射率は20%程度となる。したがって、一般的な赤外レーザ光を用いるよりも、青や緑のレーザ光を用いたレーザ溶接の方がエネルギーの効率が高い。具体的には、300nmから600nmの間の波長のレーザ光を用いることが好ましい。
[0104]
なお、上記波長の範囲は一例であり、対象材料の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長のレーザ光を用いてレーザ溶接を行えば、反射率の観点で、エネルギーの効率が高い溶接が行える。この場合の赤外領域とは、一般的なレーザ溶接に用いられる赤外レーザ光の波長である1070nmとすることが好ましい。
[0105]
以下で説明する本発明の実施形態に係る溶接方法および溶接装置は、上記特性を活用したものである。」

H 発明を実施するための形態(第7実施形態)
「[0111]
一方、図14Bに示すように、第11実施形態(当審注:「第7実施形態」の誤記と認める。[0113]についても同様。)に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、加工対象W上におけるレーザ光のパワー密度の掃引方向に関するプロファイルが、主ビームB1と副ビームB2とを有している。そして、パワー密度が高い主ビームB1よりも掃引方向(矢印v)の前方に、主ビームB1よりもパワー密度が低い副ビームB2を有する。また、副ビームB2のパワー密度は、主ビームB1の存在下または単独にて、加工対象Wを溶融し得る強度である。したがって、主ビームB1が照射される位置よりも前方に、主ビームB1が溶融する深さよりも浅い溶融池が形成されることになる。これを便宜上、前方溶融池WPfと呼ぶことにする。
[0112]
図14Bに示すように、主ビームB1と副ビームB2のレーザ光のビームの溶融強度領域は、必ずしも重なる必要はなく、溶融池が重なればよい。つまり、副ビームB2で形成された溶融池が固化する前に、前方溶融池WPfに主ビームB1が形成する溶融強度領域が到達できればよい。上記のように、主ビームB1および副ビームB2のパワー密度は加工対象Wを溶融し得る強度であり、溶融強度領域とは、主ビームB1または副ビームB2の周囲における加工対象Wを溶融し得るパワー密度のレーザ光のビームの範囲のことをいう。
[0113]
第11実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、主ビームB1が照射される位置よりも前方に前方溶融池WPfが存在することで、主ビームB1の照射位置の近傍で溶融池WPの状態が安定化する。先述したように、スパッタは、溶融金属が飛散したものであるので、主ビームB1の照射位置の近傍で溶融池WPの状態が安定化することは、スパッタの発生を抑制することにつながる。
[0114]
しかも、第7実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、主ビームB1および副ビームB2のうち少なくとも副ビームB2(本例では両方)を形成するレーザ光の波長は、加工対象の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長であるので、銅やアルミニウムなどの赤外波長における反射率が高い金属材料であっても、前方溶融池WPfを効率良く形成することができる。
[0115]
第7実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、主ビームB1におけるパワー密度よりも、副ビームB2におけるパワー密度が低いことが好ましい。より具体的には、副ビームB2におけるパワー密度は、1×107W/cm2以下であることが好ましい。副ビームB2の目的は、主ビームB1が照射される位置よりも前方に前方溶融池WPfを形成することであり、前方溶融池WPfの作用は、主ビームB1の照射位置の近傍で溶融池WPの状態が安定化することにある。前方溶融池WPfの深さは、溶融池WPを安定させる程度の浅いもので十分であり、しかも、先述のように、副ビームB2を形成するレーザ光を加工対象の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長とすることで加工対象に対する反射率が低減されるので、パワー密度が過度に高いことが要求されない。副ビームのパワー密度が過度に高いと、副ビーム自体がスパッタ発生の一因となってしまう。一方、主ビームの目的は加工対象Wを十分に溶融し、加工対象を確実に溶接することが求められている。これらを考慮すると、主ビームB1におけるパワー密度よりも、副ビームB2におけるパワー密度が低いことが好ましいことになる。」

I 発明を実施するための形態(第10実施形態)
「[0125](第10実施形態)
第10実施形態に係る溶接装置は、図6に示す第4実施形態に係る溶接装置400によって実現できる。
[0126]
第10実施形態では、レーザ発振器411とレーザ発振器412とは、異なるレーザ発振器であり、同一の波長のレーザ光を発振してもよいが、異なるレーザ光を発振するように構成してもよい。その場合、主ビームおよび副ビームのうち副ビームを形成するレーザ光L2の波長が300nmから600nmの間の波長となるように、レーザ発振器412を構成する。
[0127]
光学ヘッド420は、加工対象W上におけるレーザ光L1,L2のパワー密度の掃引方向に関するプロファイルが、主ビームよりも掃引方向前方に位置する副ビームを有するように構成されている。すなわち、光学ヘッド420が加工対象Wに照射するレーザ光L1,L2のうち、レーザ光L1を主ビーム形成のために用い、レーザ光L2を副ビーム形成のために用いればよい。なお、図に示される例は、レーザ光L1,L2のみを用いているが、その数を適宜増やすことにより、図3A〜3F、11、12に例示されるレーザ光の断面形状のような、本発明の実施に好適なレーザ光のプロファイルを実現するように構成され得る。
[0128]
第10実施形態に係る溶接装置およびこれを用いた溶接方法では、主ビームおよび副ビームのうち少なくとも副ビームを形成するレーザ光の波長は、加工対象の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長であるので、銅やアルミニウムなどの赤外波長における反射率が高い金属材料であっても、前方溶融池を効率良く形成することができる。一方、主ビームを形成するレーザ光L1の波長は、必ずしも加工対象の赤外領域の反射率よりも低い反射率を持つ波長とする必要がないので、レーザ発振器411は、従来品と同様に、赤外波長の高出力レーザ発振器を用いることができる。つまり、本実施形態では、副ビームを形成するレーザ光の波長は、主ビームを形成するレーザ光の波長における加工対象の反射率よりも低い反射率を持つ波長となる。赤外波長における反射率が高い金属材料であっても、溶融状態では反射率が低くなるので、レーザ発振器411は、例えばファイバレーザ、YAGレーザ、ディスクレーザ等の赤外波長の高出力レーザ発振器を用いても十分に加工対象を溶融することができる。」

J 発明を実施するための形態(検証実験2)
「[0139](検証実験2)
ここで、本発明の効果の検証実験2の結果について説明する。本検証実験2で用いられる装置構成は、第7実施形態に係る溶接装置の構成であり、溶接装置100と同じ構成である。・・・なお、共通の実験条件として、光学ヘッド120と加工対象Wとの掃引速度を毎分5mとし、シールドガスとして窒素ガスを用いている。なお、加工対象Wは厚み2mmのタフピッチ銅を採用している。
・・・
[0141]
第2の実験条件では、レーザ発振器110として、発振波長450nmの半導体レーザ装置を用い、これを1kWの出力で使用する。使用する回折光学素子123は、図10に示されるような照射面形状のレーザ光が加工対象Wに照射されるように設計されたものである。出力の分配は、1kWの出力のうち300Wを半円状の副ビームにほぼ均等に分配している。このとき、主ビームの平均パワー密度は2.2×106W/cm2であり、副ビームの平均パワー密度は8.0×104W/cm2である。
[0142]
上記実験条件の下、検証実験を行ったところ、以下のような結果が得られた。
・・・
[0144]
一方、第2の実験条件では、レーザ発振器の出力が1kWであったにも拘わらず、銅材は波長450nmにおける吸収率が高いので、所望の深さまで溶接をすることができ、しかも、掃引方向前方に配した300Wの半円状の副ビームク(当審注:「副ビーム」の誤記と認める。)によって前方溶融池を形成することも可能であった。結果、副ビームによって形成された前方溶融池の効果により、スパッタおよび溶接欠陥が顕著に少なくなり、20%程度またはそれ以下になることが高速度カメラ観察から確認された。」

(ウ)図面
「[図1]


[図2B]


[図3B]


[図3D]


[図3E]


[図3F]


[図6]


[図11]


[図13]


[図14B]



イ 上記アから、甲3の、第10実施形態(当該実施形態は、第4実施形態及び第1実施形態を参照するものである。)として記載された事項を、本件訂正後の請求項1の記載に合わせて整理すると、甲3には以下の発明(以下「甲3発明A」という。)が記載されているといえる。
「加工対象W(加工対象)に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象W(加工対象)の表面に照射することにより、前記加工対象W(加工対象)のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法(段落[0050]、[0057])であって、
前記レーザ光は、1070nmの赤外波長(800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長)のレーザ光L1(第一レーザ光、段落[0104])と、450nm(400[nm]以上かつ500[nm]以下)の波長のレーザ光L2(第二レーザ光、段落[0141]、[0144])と、を含み(第10実施形態における段落[0126]及び[0128])、
レーザ光L1(第一レーザ光)によって前記表面上に形成される主ビームのビーム径(第一スポットの外径)と、レーザ光L2(第二レーザ光)によって前記表面上に形成される副ビームのビーム径(第二スポットの外径)とは略等しい又は副ビーム径の方が大きい(段落[0052])、溶接方法。」

(5)甲10に記載された技術的事項
ア 甲10には、以下の事項が記載されている。
「【0042】
【実施例】
以下に本発明の実施例を用いてその効果を説明する。
【0043】
図1に示すように、2枚の鋼板1,2を上下に重ね合わせ、重ね合わせた端部4をレーザビーム3で溶接する隅肉溶接を行った。ビームの狙い位置xは、端部を中心に継手の溶接方向に直交する方向に変化させた。このとき、板厚は1.2mmまたは2.0mmのものを用いた。継手サイズは40mm(幅)×260mm(長さ)、重ね代は40mmとした。
【0044】
溶接には、発振出力が3kWのYAGレーザを用い、また集光ビーム直径Dは0.3mmφまたは0.5mmφとした。ビームの焦点位置は上側鋼板1の表面とした。溶接速度は集光ビーム直径Dや板厚に応じ調節した。作製した継手に、荷重比(最小荷重/最大荷重)=0.05、繰返し速度=10Hzの片振り引張疲労試験を行った。結果を表1に示す。表1から、本発明例は、重ね部の端部とレーザビームの中心軸との距離xが本発明例の範囲から外れている比較例に比べ、同じ板厚のもので比較して、優れた疲労強度が得られたことが判る。
【0045】
【表1】


「【図1】



イ 上記アから、甲10には以下の技術的事項(以下「甲10記載の技術的事項」という。)が記載されているといえる。
「発振出力が3kWのYAGレーザを用い、集光ビーム直径Dを0.3mmφ、ビーム狙い位置X1を重ね合わせた端部4から溶接方向に直交する方向に−0.2〜−0.4mmとすると、ビード幅は1.8〜2.3mmとなること(段落【0044】、表1の本発明例1及び3を参照)。」

(6)甲11に記載された技術的事項
ア 甲11には、以下の事項が記載されている。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、主に自動車用の外板などに用いられる亜鉛メッキ鋼板の重ねレーザー溶接方法に関し、詳しくは溶接時の亜鉛めっき蒸気の発生による溶融金属の爆飛や溶接部欠陥の発生を低減するために1つあるいは少なくとも2つのレーザービームを用いる亜鉛メッキ鋼板の重ねレーザー溶接方法に関する。」
「【0046】第1番目の手法として、先述した楕円レーザービーム(以下、第1レーザービーム)の後方にブローホール減少用のレーザービーム(以下、第2レーザービーム)を配置することである。これはブローホールを含む溶融プールあるいは溶接部に凝固完了部にビームを照射し、ブローホールの亜鉛を排出させるためのレーザービームである。」
「【0048】図5に第2レーザービームと第1レーザービームのそれぞれの溶接線に垂直な方向のビーム直径の比D2Pe/D1Peとブローホール生成量との関係を示す。
【0049】D2Pe/D1Peが0.8未満になると、第1レーザービームの溶接後に残存したブローホール部を十分に加熱溶融できず、一方、D2Pe/D1Peが1.2を超えると、第2レーザービーム自体によって新たに亜鉛蒸気を生成しブローホール生成の原因となり、何れの場合もブローホールの生成を十分に抑制することはできない。従って、第2レーザービームの溶接線に垂直な方向のビーム直径D2Peは、第1レーザービームの溶接後に残存したブローホール部近傍を十分溶融し、かつ第2レーザービームによる新たな亜鉛蒸気の生成を抑えるために0.8D1Pe以上、1.2D1Pe以下にする必要がある。」
「【0060】(実施例1)5kWのYAGレーザーを2台用いた場合の実験に用いた鋼板表面でのビームの形状・配置を図2に示す(いずれも焦点位置は鋼材表面、溶接速度は5m/min)。
【0061】溶接方向20に対し、第1レーザービーム21と第2レーザービーム22を配置する。第1ビームはシリンダーレンズ23で溶接方向28の焦点距離を拡大し、集光レンズ24で、鋼材表面25aに集光する。第2ビーム22は集光レンズ26で同じく27aに集光する。2つのレンズの位置関係29を拡大すると第1ビームは25bに、第2ビームは27bに相当する。
【0062】この時、第1ビームの溶接方向と平行および垂直方向の直径をそれぞれ30(D1Pa)、31(D1Pe)、第2ビームの溶接方向と平行および垂直方向の直径をそれぞれ32(D2Pa)、33(D2Pe)、そして両ビームの中心間の距離34(LPa)としてYAGレーザーによる亜鉛めっき鋼板(板厚=0.8mm×2枚、目付け量60g/mm2)の重ね溶接(板間のギャップはゼロ)の場合の結果を表1に示す。」
「【図2】


「【図5】


イ 上記アから、甲11には以下の技術的事項(以下「甲11記載の技術的事項」という。)が記載されているといえる。
「第2レーザービームと第1レーザービームのそれぞれの溶接線に垂直な方向のビーム直径の比D2Pe/D1Peを、0.8以上1.2以下とすること。」

(7)本件発明1と甲1発明Aとの対比
本件発明1と甲1発明Aとを対比すると、甲1発明Aにおける「銅板」は、本件発明1における「加工対象」に相当し、以下同様に、「レーザー」は「レーザ光」に相当する。また、甲1発明Aにおける「所定の送り速度で」レーザーを銅板の表面に照射することは、レーザーを銅板の表面に照射しながら相対的に掃引方向に移動することを意味することから、本件発明1における「相対的に掃引方向に移動する」レーザ光を加工対象の表面に照射することに相当する。

また、甲1発明Aにおける「赤外線レーザー」は、「赤外線波長の第一レーザ光」である限りにおいて、本件発明1における「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光」に相当し、同様に、甲1発明Aにおける「青色レーザー」は、「青色波長の第二レーザ光」である限りにおいて、本件発明1における「400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光」に相当し、さらに、甲1発明Aの「青色スポット」は、当該「青色波長の第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポット」である限りにおいて、本件発明1における「前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポット」に相当する。

さらに、甲1発明Aにおける「赤外線レーザーによって前記表面上に形成される赤外線スポットの外径D1は0.3[mm]であり、青色レーザーによって前記表面上に形成される青色スポットの外径D2は1.0[mm]である」点は、赤外線レーザーおよび青色レーザーを照射する場合において、青色スポットの外径D2を1000[μm]という所定の値を満たすように光学系等を設定することと同義であるから、
「前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、D2が所定の値を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した」限りにおいて、
本件発明1における「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した」ことに一致する。

してみると、本件発明1と甲1発明Aとは、次の一致点で一致する。
<一致点>
「加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、赤外線波長の第一レーザ光と、青色波長の第二レーザ光と、を含み、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、D2が所定の値を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、溶接方法。」

一方、本件発明1と甲1発明Aとは、次の相違点1〜2で相違する。
<相違点1>
赤外線波長の第一レーザ光と青色波長の第二レーザ光に関し、
本件発明1においては、「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光」と「400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光」であるのに対し、
甲1発明Aにおいては、赤外線レーザーと青色レーザーのそれぞれの波長が不明である点。

<相違点2>
第二スポットの外径D2[μm]を設定するにあたり、
本件発明1においては、
「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定」したのに対し、
甲1発明Aにおいては、
「赤外線レーザーによって前記表面上に形成される赤外線スポットの外径D1は300[μm](0.3[mm])であり、青色レーザーによって前記表面上に形成される青色スポットの外径D2は1000[μm](1.0[mm])である」点。

(8)相違点に対する判断
ア 相違点1について
甲1発明Aと甲2発明Aとは、銅板にレーザ光を照射する溶接方法である点で技術分野が関連し、深い溶込み加工とスパッタの発生を抑制することを両立させるために赤外線レーザーと青色レーザーとを組合せて使用する点で、課題及び作用・機能が共通し、さらに、甲1及び甲2はともにレーザーライン社に属する者が著者であることからみて、甲1発明Aにおける「赤外線レーザー」及び「青色レーザー」として、甲2発明Aにおける「900〜1000nm帯の近赤外レーザ光」及び「450nmの波長のブルーレーザ光」を採用することは、当業者であれば容易に想到し得たことである。

イ 相違点2について
(ア)上記相違点2に係る本件発明1における、前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたときに、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定することについては、甲1のほか、甲2〜甲21のいずれの文献にも記載も示唆もない。

(イ)例えば甲1には、図2の態様として、青色スポットの直径1mm、赤外線スポットの直径0.3mmとした例が示されるものの、当該直径0.3[mm]=300[μm]の赤外線スポットを形成する赤外線レーザーのみを銅板に照射した場合に、銅板の表面に形成される溶接部の幅がどの程度となるかについては、開示も示唆もない。
そして、甲1には、「必要に応じて2つのレーザーを別々に使用することも可能で、ある時間だけ1つのワークに青色又は赤外線のみを照射することができる(図3)。」(甲1第47ページ右欄下から8〜4行、上記(2)ア(オ)、(ケ))とは記載されるものの、赤外線レーザーのみを銅板に照射した場合に、銅板の表面に形成される溶接部の幅がどの程度になるかが開示も示唆もない以上、青色スポットの直径1mmが、当該溶接部の幅との関係に基づいて設定されること自体について、開示も示唆もないことは明らかである。
なお、甲1発明Aの青色スポットの外径は1000[μm]であるから、仮に、この外径について式(1)を満たすような溶接部の幅wbを逆算すると、600[μm](D2−400=1000−400[μm])以上、1400[μm]以下(D2+400=1000+400[μm])以下の範囲となるが、甲1においては、直径0.3mmの赤外線スポットのみによる溶接を行ったときの溶接部の幅については考察の対象とされていないから、甲1発明Aにおける300[μm]の赤外線スポットのみの照射による溶接部の幅wbが当該数値範囲(600〜1400[μm])に収まることを、甲1からは導き出すことができない。

(ウ)甲2には、上記(3)イに示した事項が記載されるものの、上記(イ)と同様に、450nmの波長のブルーレーザ光(第二レーザ光)を照射せずに900〜1000nm帯の近赤外レーザ光(第一レーザ光)のみを照射した場合に銅板(加工対象)の表面に形成される溶接部の幅wb[μm]がどの程度となるかについては、明示的な記載がない。また、甲2には、900〜1000nm帯の近赤外レーザ光(第一レーザ光)および450nmの波長のブルーレーザ光(第二レーザ光)を照射する場合において、ブルーレーザ光(第二レーザ光)によって銅板(加工対象)の表面上に形成される第二スポットの外径D2[μm]をどの程度とするかについての記載がそもそもなく、その外径を調整して最適化することの技術思想も開示されているとはいえない。

(エ)甲3には、上記(4)イに示した事項が記載されるものの、上記(イ)と同様に、450nmの波長のレーザ光L2(第二レーザ光)を照射せずに1070nmの赤外波長のレーザ光L1(第一レーザ光)のみを照射した場合に加工対象W(加工対象)の表面に形成される溶接部の幅wb[μm]がどの程度となるかについては、明示的な記載がない。
すなわち、甲3発明Aには、レーザ光L1(第一レーザ光)によって前記表面上に形成される主ビームのビーム径(第一スポットの外径)と、レーザ光L2(第二レーザ光)によって前記表面上に形成される副ビームのビーム径(第二スポットの外径)とは略等しい又は副ビーム径の方が大きい、との技術的事項が含まれるものの、副ビームのビーム径を、主ビームのビーム径ではなく、主ビームにより形成される溶接部の幅との関係で、数値範囲の最適化を図ることについては、開示も示唆もない。また、レーザ光L1(第一レーザ光)によって前記表面上に形成される主ビームのビーム径(第一スポットの外径)により、当該レーザ光L1のみを照射した場合の加工対象W(加工対象)の表面に形成される溶接部の幅wb[μm]がどの程度となるかについても、甲3には記載も示唆もないため、副ビームのビーム径の大きさと、レーザ光L1のみを照射した場合の溶接部の幅との間にどのような関係が成り立っているかについても認識することができず、結果として、甲3からは、副ビームのビーム径(第二スポットの外径)が式(1)を満たすように設定されることを導き出すことはできない。

(オ)本件訂正前の請求項6に対して申立書において引用された甲10には、上記(5)イに示した事項が記載されるところ、甲1発明Aと甲10記載の技術的事項とでは、溶接条件が異なるものの、甲10記載の技術的事項におけるYAGレーザによる集光ビーム直径が0.3mmφと、甲1発明Aの赤外線スポットの直径0.3mmと、同じであることから、仮に、甲1発明Aにおいて赤外線レーザーのみを照射した場合に赤外線スポットにて形成される溶接部の幅が、甲10記載の技術的事項のビード幅と同程度に生じると仮定して、式(1)を満たすかを以下検討する。
甲10記載の技術的事項におけるビード幅wbは1.8〜2.3[mm]=1800〜2300[μm]であるため、甲1発明Aの赤外線レーザーによる溶接部の幅も同程度であるとしても、甲1発明Aの青色スポットの外径1000[μm]が式(1)を満たすための溶接部の幅wbは600〜1400μmである(上記(イ))から、その範囲は一致せず、式(1)を満たすこととはならない。

(カ)同様に、本件訂正前の請求項6に対して申立書において引用された甲11には、上記(6)イに示した事項が記載されるものの、第2レーザービームと第1レーザービームの波長が、本件発明1とはそれぞれ異なるものであり、その点を考慮しないとしても、第2レーザービームと第1レーザービームのそれぞれのビーム直径の比D2Pe/D1Peが0.8以上1.2以下であることのみでは、上記(エ)と同様に、各レーザービームのビーム径が式(1)を満たすことを導き出すことはできない。

(キ)また、他の甲4〜9、12〜21においても、上記相違点2に係る本件発明1のようにすることを容易に想到する技術的な裏付けが見いだせない。

(9)本件発明1についての小括
したがって、本件発明1は、甲1発明A及び甲2〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないから、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

2 本件発明2〜5、7〜24について
本件発明2〜5、7〜24は、請求項1の記載を引用するものであるところ、本件発明1が上記1のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明2〜5、7〜24についても同様に、甲1発明A及び甲2〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項2〜5、7〜24に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

3 本件発明25について
本件発明25は、レーザ溶接システムに係る発明であって、溶接方法に係る本件発明1と実質的に発明のカテゴリーのみが異なるものである。
そして、甲1には、方法の発明である甲1発明Aとともに、対応するレーザ溶接システムの発明(以下「甲1発明B」という。)も記載されているといえ、本件発明25と甲1発明Bとを対比すると、少なくとも相違点2と同様の相違点を有するといえるから、本件発明25は、本件発明1と同様の理由により、甲1発明B及び甲2〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項25に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

4 本件発明26〜29について
本件発明26〜29は、請求項25の記載を引用するものであるところ、本件発明25が上記3のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明26〜29についても同様に、甲1発明B及び甲2〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項26〜29に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

第7 取消理由通知における取消理由2について
本件訂正後の特許請求の範囲の請求項6〜24の記載について、取消理由通知にて示した取消理由2(明確性要件違反、上記第5の2)を解消しているか、また、本件訂正により、通知した取消理由2が新たに他の請求項に生じていないかについて、以下判断する。

1 取消理由通知に示した取消理由
(1)本件訂正前の請求項6について
請求項6に記載される次の式(1)について、
「wb−400<D2<wb+400・・・(1)」
単位が明記されていない(400が[μm]なのか[mm]なのか不明である)ことから、D2の下限値及び上限値が不明である。
(2)本件訂正前の請求項7について
請求項7に記載される次の式(1A)について、
「wb−50<D2<wb+50・・・(1A)」
単位が明記されていない(50が[μm]なのか[mm]なのか不明である)ことから、D2の下限値及び上限値が不明である。
(3)本件訂正前の請求項8〜24について
請求項6又は7の記載を直接的又は間接的に引用する請求項8〜24についても、上記(1)〜(2)と同様の理由により、不明確である。

2 本件訂正後の特許請求の範囲の記載について
(1)請求項6について
請求項6は削除されたので、取消理由の対象が存在しない。

(2)請求項1について
本件訂正後の請求項1は、本件訂正の訂正事項1により、本件訂正前の請求項1に係る発明を、請求項6に記載された事項で限定するとともに、「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることが特定された。
したがって、本件発明1は、明確である。

(3)請求項7について
本件訂正後の請求項7は、本件訂正後の請求項1の記載を引用するため、請求項7の式(1A)における「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることは明らかである。
したがって、本件発明7は、明確である。

(4)請求項2〜5、8〜24、25〜29について
本件訂正後の請求項2〜5、8〜24は、本件訂正後の請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する。また、本件訂正後の請求項25は、請求項1と同様に単位を特定する訂正がされた。さらに、本件訂正後の請求項26〜29は、本件訂正後の請求項25の記載を直接的又は間接的に引用する。
したがって、本件発明2〜5、8〜24、25〜29は、明確である。

3 小括
したがって、本件発明1〜5、7〜29は明確であるから、本件特許の請求項1〜5、7〜29に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

第8 取消理由通知で採用しなかった申立ての理由について
申立人による申立ての理由(上記第4の1)のうち、上記第6〜7にて検討した以外の、その他の申立ての理由(上記第4の1(1)〜(3)及び(5)〜(7)、並びに(8)の一部)について、以下検討する(なお、甲1に記載された発明を主引用発明とした、請求項7の進歩性の理由(上記第4の1(4))は、上記第6の2で検討したので、ここでは検討しない。)。

1 申立ての理由1〜3(甲1〜甲3のいずれかに記載された発明を主引用発明とした、新規性欠如:上記第4の1(1)〜(3))について
(1)本件発明1について
本件発明1(上記第3)と甲1発明A(上記第6の1(2)イ)とを対比すると、上記第6の1(7)に示した相違点1、2で相違する。
同様に、本件発明1と甲2発明A(上記第6の1(3)イ)又は甲3発明A(上記第6の1(4)イ)とを対比すると、後述の相違点3(下記2(1)ア)又は相違点4(下記3(1)ア)で、それぞれ相違する。
したがって、本件発明1は、甲1発明A、甲2発明A又は甲3発明Aであるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明には該当しないから、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(2)本件発明2〜5、8〜10、12〜14、17〜24について
請求項1の記載を引用する本件発明2〜5、8〜10、12〜14、17〜24についても同様に、甲1発明A、甲2発明A又は甲3発明Aであるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明には該当しない。
したがって、本件特許の請求項2〜5、8〜10、12〜14、17〜24に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるということはできない。

2 申立ての理由5(甲2に記載された発明を主引用発明とした、進歩性欠如:上記第4の1(5))について
(1)本件発明1について
ア 本件発明1と甲2発明Aとの対比
本件発明1と甲2発明A(上記第6の1(3)イ)とを対比すると、以下の一致点で一致し、以下の相違点3で相違する。
<一致点>
「加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、900[nm]以上かつ1000[nm]以下の波長の第一レーザ光と、450[nm]の波長の第二レーザ光と、を含む、溶接方法。」

<相違点3>
本件発明1においては、
「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定」したのに対し、
甲2発明Aにおいては、450nmの波長のブルーレーザ光によって銅板の表面上に形成されるスポットの外径をどのような大きさに設定するのか、不明である点。

イ 相違点3についての判断
上記第6の1(8)イに示したように、甲1、甲3〜甲21には、上記相違点3に係る本件発明1のように、式(1)を満たすよう第二レーザ光の第二スポットの外径D2[μm]を設定することについて、開示も示唆もない。

ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲2発明A並びに甲1及び甲3〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないから、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(2)本件発明2〜5、7〜24について
本件発明2〜5、7〜24は、請求項1の記載を引用するものであるところ、本件発明1が上記(1)のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明2〜5、7〜24についても同様に、甲2発明A並びに甲1及び甲3〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項2〜5、7〜24に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(3)本件発明25について
本件発明25は、レーザ溶接システムに係る発明であって、溶接方法に係る本件発明1と実質的に発明のカテゴリーのみが異なるものである。
そして、甲2には、方法の発明である甲2発明Aとともに、対応するレーザ溶接システムの発明(以下「甲2発明B」という。)も記載されているといえるものの、本件発明25と甲2発明Bとを対比すると、少なくとも相違点3と同様の相違点を有するといえるから、本件発明25は、本件発明1と同様の理由により、甲2発明B並びに甲1及び甲3〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項25に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(4)本件発明26〜29について
本件発明26〜29は、請求項25の記載を引用するものであるところ、本件発明25が上記(3)のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明26〜29についても同様に、甲2発明B並びに甲1及び甲3〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項26〜29に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

3 申立ての理由6(甲3に記載された発明を主引用発明とした、進歩性欠如:上記第4の1(6))について
(1)本件発明1について
ア 本件発明1と甲3発明Aとの対比
本件発明1と甲3発明A(上記第6の1(4)イ)とを対比すると、以下の一致点で一致し、以下の相違点4で相違する。
<一致点>
「加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、1070[nm]の波長の第一レーザ光と、450[nm]の波長の第二レーザ光と、を含み、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、D2が所定の値を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、溶接方法。」

<相違点4>
第二スポットの外径D2[μm]を設定するにあたり、
本件発明1においては、
「前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定」したのに対し、
甲3発明Aにおいては、
「レーザ光L1によって前記表面上に形成される主ビームのビーム径と、レーザ光L2によって前記表面上に形成される副ビームのビーム径とは略等しい又は副ビーム径の方が大きい」点。

イ 相違点4についての判断
上記第6の1(8)イに示したように、甲1〜甲2、甲4〜甲21には、上記相違点4に係る本件発明1のように、式(1)を満たすよう第二レーザ光の第二スポットの外径D2[μm]を設定することについて、開示も示唆もない。

ウ 小括
したがって、本件発明1は、甲3発明A並びに甲1〜甲2及び甲4〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえないから、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるということはできない。

(2)本件発明2〜5、7〜24について
本件発明2〜5、7〜24は、請求項1の記載を引用するものであるところ、本件発明1が上記(1)のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明2〜5、7〜24についても同様に、甲3発明A並びに甲1〜甲2及び甲4〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項2〜5、7〜24に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(3)本件発明25について
本件発明25は、レーザ溶接システムに係る発明であって、溶接方法に係る本件発明1と実質的に発明のカテゴリーのみが異なるものである。
そして、甲3には、方法の発明である甲3発明Aとともに、対応するレーザ溶接システムの発明(以下「甲3発明B」という。)も記載されているといえるものの、本件発明25と甲3発明Bとを対比すると、少なくとも相違点4と同様の相違点を有するといえるから、本件発明25は、本件発明1と同様の理由により、甲3発明B並びに甲1〜甲2及び甲4〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項25に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

(4)本件発明26〜29について
本件発明26〜29は、請求項25の記載を引用するものであるところ、本件発明25が上記(3)のとおり、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないことから、本件発明26〜29についても同様に、甲3発明B並びに甲1〜甲2及び甲4〜甲21に記載された技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
したがって、本件特許の請求項26〜29に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。

4 申立ての理由7(サポート要件:上記第4の1(7))について
(1)申立人の申立書等における主張(申立書第12、13〜14ページ、102〜103、105ページ、申立人意見書第5ページ)
申立人は、溶接欠陥は、本来、掃引速度、レーザ光の出力、加工対象の材料の種類及び厚さ、加工対象へのレーザ光の入射角、レーザ光の波長、溶接部の幅、スポットの形状及びスポット径によって変化することが、本件の出願時における技術常識であるところ、それらが任意のものであっても、レーザ光の波長が800〜1200nmと400〜500nmの組合せであるという本件発明1〜29の構成のみで、本件明細書の段落【0005】〜【0006】に記載される、溶接欠陥を抑制するとの課題を解決することができない、旨を主張する。

(2)当審の判断
本件明細書の段落【0051】〜【0057】には、次の記載がある。
「【0051】
[波長と光の吸収率、溶融状態]
ここで、金属材料の光の吸収率について説明する。図3は、照射するレーザ光Lの波長に対する各金属材料の光の吸収率を示すグラフである。図3のグラフの横軸は波長であり、縦軸は吸収率である。図3には、アルミニウム(Al)、銅(Cu)、金(Au)、ニッケル(Ni)、銀(Ag)、タンタル(Ta)、およびチタン(Ti)について、波長と吸収率との関係が示されている。
【0052】
材料によって特性が異なるものの、図3に示されている各金属に関しては、一般的な赤外線(IR)のレーザ光(第一レーザ光)を用いるよりも、青や緑のレーザ光(第二レーザ光)を用いた方が、エネルギの吸収率がより高いことが理解できよう。この特徴は、銅(Cu)や、金(Au)等においては顕著となる。
【0053】
使用波長に対して吸収率が比較的低い加工対象Wにレーザ光が照射された場合、大部分の光エネルギは反射され、加工対象Wに熱としての影響を及ぼさない。そのため、十分な深さの溶融領域を得るには比較的高いパワーを与える必要がある。その場合、ビーム中心部は急激にエネルギが投入されることで、昇華が生じ、キーホールが形成される。
【0054】
他方、使用波長に対して吸収率が比較的高い加工対象Wにレーザ光が照射された場合、投入されるエネルギの多くが加工対象Wに吸収され、熱エネルギへと変換される。すなわち、過度なパワーを与える必要はないため、キーホールの形成を伴わず、熱伝導型の溶融となる。
【0055】
本実施形態では、加工対象Wの第二レーザ光に対する吸収率が、第一レーザ光に対する吸収率よりも高くなるよう、第一レーザ光の波長、第二レーザ光の波長、および加工対象Wの材質が、選択される。この場合、掃引方向が図2中の掃引方向SD1である場合、レーザ光Lのスポットの掃引により、加工対象Wの溶接される部位(以下、被溶接部位と称する)には、まずは、第二レーザ光のビームB2の、図2におけるSDの前方に位置する領域B2fによって、第二レーザ光が照射される。その後、被溶接部位には、第一レーザ光のビームB1が照射され、その後、第二レーザ光のビームB2の、掃引方向SD1の後方に位置する領域B2bによって、再度第二レーザ光が照射される。
【0056】
したがって、被溶接部位には、まずは、領域B2fにおける吸収率が高い第二レーザ光の照射により、熱伝導型の溶融領域が生じる。その後、被溶接部位には、第一レーザ光の照射によって、より深いキーホール型の溶融領域が生じる。この場合、被溶接部位には、予め熱伝導型の溶融領域が形成されているため、当該熱伝導型の溶融領域が形成されない場合に比べて、より低いパワーの第一レーザ光によって所要の深さの溶融領域を形成することができる。さらにその後、被溶接部位には、領域B2bにおける吸収率が高い第二レーザ光の照射により、溶融状態が変化する。このような観点から、第二レーザ光の波長は550nm以下とするのが好ましく、500nm以下とするのがより好ましい。
【0057】
また、発明者らの実験的な研究により、図2のようなビームのレーザ光Lの照射による溶接にあっては、溶接欠陥を低減できることが確認されている。これは、ビームB1が到来する前にビームB2の領域B2fによって加工対象Wを予め加熱しておくことにより、ビームB2およびビームB1によって形成される加工対象Wの溶融池がより安定化するためであると推定できる。」
これらの記載からみて、本件明細書には、本件発明1、25において特定される、「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光」と、「400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光」とを組み合わせることによって、まずは、吸収率が高い第二レーザ光の照射により、熱伝導型の溶融領域が生じ、その後、第一レーザ光の照射によって、より深いキーホール型の溶融領域が生じることができるため、すなわち、より低いパワーの第一レーザ光によって所要の深さの溶融領域を形成することができるため、結果として、溶接欠陥を抑制することができることが示されている。
してみると、掃引速度、レーザ光の出力、加工対象の材料の種類及び厚さ、加工対象へのレーザ光の入射角、レーザ光の波長、溶接部の幅、スポットの形状及びスポット径を調整することで、溶接欠陥を抑制できることが技術常識であったとしても、本件発明においては、それらは課題を解決するための必要条件であるとはいえず、「800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光」と、「400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光」との組合せを有することを少なくとも備えていれば、従前の技術に比して溶接欠陥を低減させるとの効果を奏するといえるから、掃引速度、レーザ光の出力、加工対象の材料の種類及び厚さ、加工対象へのレーザ光の入射角、レーザ光の波長、溶接部の幅、スポットの形状及びスポット径等の値や態様まで、具体的に特定されていないからといって、ただちに、本件発明1〜5、7〜29が、発明の詳細な説明に記載された範囲を超えて拡張ないし一般化したものであるとはいうことはできない。

(3)小括
したがって、本件発明1〜5、7〜29は発明の詳細な説明に記載した事項の範囲内であるといえるから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

5 申立ての理由8(明確性要件:上記第4の1(8))について
(1)申立人の申立書等における主張(申立書第(申立書第12〜13ページ、14、103〜104、105ページ)
ア 申立人は、請求項6(本件訂正後の請求項1)における式(1)及び請求項7に記載される式(1A)に単位が付されていない(上記第7の1の取消理由2を参照)と指摘する。
イ また、本件明細書の段落【0072】〜【0073】の記載によれば、式(1)は図7の実験結果に基づくものと解されるところ、図7から式(1)がどのようにして導かれるのかが不明である旨、主張する。

(2)当審の判断
ア 式(1)及び式(1A)における単位については、第7の2に示したように、請求項1において、「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることが特定された。
イ 特許法第36条第6項第2号、すなわち、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきであるところ、請求項1の式(1)は、
wb−400<D2<wb+400
というものであり、また、請求項7の式(1A)は、
wb−50<D2<wb+50
というものであり、いずれも、D2の単位が[μm]であることをふまえれば、その数値の範囲は明確である。
そして、D2の数値の範囲が明確であることと、式(1)がどのようにして導かれるのかとは何ら関係がないというほかない。
したがって、式(1)や式(1A)がどのようにして導かれるのかが不明である旨申立人の主張は採用できない。

(3)小括
したがって、本件発明1〜5、7〜29は明確であるから、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできない。

第9 申立人意見書における主張について
1 申立人の申立人意見書における主張
申立人は申立人意見書において、上記第8に示した事項のほか、以下の点を主張する。
(1)新規事項について
ア 訂正事項1により、請求項1における式(1)の「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることが特定されたが、その訂正の根拠として示された図7は、請求項7における式(1A)を示すグラフであり、式(1)を示すものではないから、式(1)における「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることは、本件明細書等に記載した事項の範囲内であるとはいえない。
イ 訂正事項1について、本件明細書の段落【0072】では、第一レーザ光の波長は1070nm、出力は1kWであり、第二レーザ光の波長は450nm、出力は400Wである実験条件下での実験結果であるにもかかわらず、訂正事項1により訂正された請求項1には、それらの条件が特定されていないから、本件明細書等に記載した事項の範囲内であるとはいえない。

(2)進歩性について
ア 甲10の表1に示されるように、レーザ溶接において、ビート幅(すなわち、溶接部の幅)と集光ビーム直径(すなわち、スポットの外径)を変化させて適切な値を求めることは当然に行われることであり、甲1に記載される2つのレーザーを用いたレーザー溶接においても行われることである。
イ 取消理由通知では、甲1から式(1)の関係を導き出せない旨付記しているが、そもそも実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、通常、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。

2 当審の判断
(1)新規事項について
ア 本件明細書の段落【0072】〜【0073】の記載からみて、式(1A)は、式(1)の数値範囲を狭めることで、より好ましい効果を奏するための関係式を示すものであると理解できる。してみると、図7からみて式(1A)における「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であるならば、式(1A)と上述の関係にある式(1)においても「溶接部の幅wb」及び「第二スポットの外径D2」の単位がいずれも[μm]であることは明らかである。
イ 訂正事項1は、本件明細書等の請求項6に特定されていた事項を、上記アの単位を明確にしたうえで、そのまま請求項1にて限定するものであるから、段落【0072】に記載された事項が特定されていないからといって、直ちに新規事項の追加であるとはいうことはできない。なお、サポート要件の判断については、上記第8の4に示したとおりである。

(2)進歩性について
ア 甲10は、上記第6の1(5)イに示した事項が記載されるものの、単一のレーザにおけるビート幅(すなわち、溶接部の幅)と集光ビーム直径(すなわち、スポットの外径)を変化させたものが示されるに過ぎず、本件発明1の式(1)のように、
第二レーザ光を照射せずに第一レーザ光のみを照射した場合に、加工対象の表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、
第一レーザ光および第二レーザ光を照射する場合において、第二レーザ光によって加工対象の表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]
としたときに、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすように、第二スポットの外径を設定したものとは到底いえない。
なお、甲10記載の技術的事項は、単一のレーザに関するものであるから、上記第6の1(8)イに示したように、甲1発明Aにおける赤外線スポットのみを照射した場合の溶接部の幅として、甲10記載の技術的事項と同程度のビード幅が生じるものと仮定して、式(1)を満足するかを検討しても、当該関係を満足するとはいえない。
イ 一般的に、所定のパラメータの数値が変化したときに発生する定性的な事象が当業者に知られている場合に、そのパラメータの数値範囲を最適化又は好適化させて課題を解決することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないとして、進歩性が否定される方向に働く要素となる(例えば、審査基準の第III部 第2章 第2節の3.1.2には、「硬化前のコンクリートについて、流動性を悪化させる75μm以下の粒子の含有量を低減し、1.5質量%以下に定めることは、当業者が適宜なし得る数値範囲の最適化又は好適化にすぎない。」との例が示される。)。
しかしながら、本件発明1における式(1)は、「第一レーザ光のみを照射した場合の加工対象の表面に形成される溶接部の幅wb」と「第一レーザ光および第二レーザ光を照射する場合において、第二レーザ光によって加工対象の表面上に形成される第二スポットの外径D2」との関係という、これまでに当業者に知られていない関係に着目したものであり、式(1)自体が新規である以上、その式(1)に基づく数値範囲の最適化又は好適化が、当業者の通常の創作能力の発揮であったとは、いうことができない。
また当然に、式(1)が新規であったとしても、式(1)にて特定される「第二スポットの外径D2」の数値範囲が、従来公知又は周知の技術の範ちゅうであった場合、例えば、甲1発明Aにおける「青色スポットの外径1000[μm]」が、「直径0.3mmの赤外線スポットによる溶接部の幅wb」から式(1)にて定まる数値範囲に含まれるといえる場合には、本件発明1は取消理由を有するといえるものの、甲1〜甲21からは、式(1)の数値範囲が甲1発明Aのものと差異がないことを裏付ける記載を見いだすこともできない。

(3)小括
したがって、申立人の申立人意見書での主張は、採用できない。

第10 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1〜5、7〜29に係る特許は、取消理由通知に示した取消理由(上記第6〜7を参照。)、又は、申立書に記載された申立ての理由(上記第8を参照。)によっては、取り消すことはできない。
また、本件特許の請求項1〜5、7〜29に係る特許を取り消すべき他の理由も発見しない。
そして、本件特許の請求項6は、上記第2及び第3のとおり、本件訂正により削除された。これにより、申立人による本件特許の請求項6に係る特許に対する特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するレーザ光を前記加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象のレーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う、溶接方法であって、
前記レーザ光は、800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光と、400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光と、を含み、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、溶接方法。
【請求項2】
前記加工対象は、銅系金属材料、アルミニウム系金属材料、ニッケル系金属材料、鉄系金属材料、およびチタン系金属材料のうちのいずれか一つである、請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
前記表面上において、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの少なくとも一部は、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットよりも前記掃引方向の前方に位置している、請求項1または2に記載の溶接方法。
【請求項4】
前記表面上において、前記第一スポットと前記第二スポットとは少なくとも部分的に重なっている、請求項3に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記表面上において、前記第二スポットの第二外縁は、前記第一スポットの第一外縁を取り囲んでいる、請求項3に記載の溶接方法。
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
次の式(1A)
wb−50<D2<wb+50 ・・・(1A)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、請求項1に記載の溶接方法。
【請求項8】
前記表面上において、前記第二レーザ光のパワーの前記第一レーザ光のパワーに対する出力比が、0.1以上2以下である、請求項1〜5、7のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項9】
前記レーザ光は、複数のビームを含む、請求項1〜5、7、8のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項10】
前記複数のビームは、ビームシェイパによって形成される、請求項9に記載の溶接方法。
【請求項11】
前記表面の算術平均粗さが、21[μm]以下である、請求項1〜5、7〜10のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項12】
前記レーザ光の前記表面上における掃引速度は、50[mm/s]以上である、請求項1〜5、7〜11のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項13】
前記加工対象は、重ねられた複数枚の板状の金属材料を有した、請求項1〜5、7〜12のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項14】
前記加工対象は、導体としての、端子、バスバー、コイル、電池のタブのうちいずれか一つである、請求項1〜5、7〜13のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項15】
前記レーザ光をウォブリング、ウィービング、または出力変調を行いながら前記表面に照射する、請求項1〜5、7〜14のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項16】
前記加工対象は、めっき付き金属板を含む、請求項1〜5、7〜15のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項17】
前記表面上において、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットは、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットより広い、請求項1〜5、7〜16のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項18】
前記表面上における前記第二レーザ光のパワー密度は、0.16[MW/cm2]以上1.5[MW/cm2]以下である、請求項1〜5、7〜17のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項19】
前記表面上において、前記レーザ光によって前記表面上に形成されるスポットの形状は、当該スポットの中心に対する点対称形状を有する、請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項20】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットの中心と、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの中心とが略一致する、請求項1〜5、7〜19のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項21】
前記第一レーザ光と前記第二レーザ光とが同軸で照射される、請求項1〜5、7〜20のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項22】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットの中心と、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの中心とがずれている、請求項1〜5、7〜18のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項23】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットは、部分的に、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外側に位置する、請求項1〜5、7〜18、22のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項24】
前記表面上において、前記第一レーザ光によって前記表面上に形成される第一スポットと、前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットとが、互いにずれている、請求項1〜5、7〜18、22、23のうちいずれか一つに記載の溶接方法。
【請求項25】
800[nm]以上かつ1200[nm]以下の波長の第一レーザ光を発振する第一レーザ発振器と、
400[nm]以上かつ500[nm]以下の波長の第二レーザ光を発振する第二レーザ発振器と、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を含むレーザ光を加工対象の表面に照射することにより、前記加工対象の前記レーザ光が照射された部分を溶融して溶接を行う光学ヘッドと、
前記第一レーザ光および前記第二レーザ光のレーザ発振タイミングおよびパワーを制御する制御部と、
前記第一レーザ発振器、前記第二レーザ発振器、および前記光学ヘッドを冷却する冷却機構と、
を備え、
前記レーザ光が前記加工対象に対して相対的に掃引方向に移動するよう、前記加工対象と前記レーザ光とが相対移動可能に構成され、
前記第二レーザ光を照射せずに前記第一レーザ光のみを照射した場合に前記表面に形成される溶接部の幅をwb[μm]、前記第一レーザ光および前記第二レーザ光を照射する場合において前記第二レーザ光によって前記表面上に形成される第二スポットの外径をD2[μm]としたとき、次の式(1)
wb−400<D2<wb+400 ・・・(1)
を満たすよう、前記第二スポットの外径を設定した、レーザ溶接システム。
【請求項26】
前記レーザ光が前記表面上で前記掃引方向に移動するよう前記レーザ光の出射方向を変化させるガルバノスキャナを備えた、請求項25に記載のレーザ溶接システム。
【請求項27】
前記レーザ光を複数のビームに分割するビームシェイパを備えた、請求項25または26に記載のレーザ溶接システム。
【請求項28】
前記光学ヘッドは、前記レーザ光をウォブリング、ウィービング、または出力変調を行いながら前記表面に照射する、請求項25〜27のうちいずれか一つに記載のレーザ溶接システム。
【請求項29】
前記光学ヘッドは、前記第一レーザ光と前記第二レーザ光とを同軸で照射する、請求項25〜28のうちいずれか一つに記載のレーザ溶接システム。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2024-08-21 
出願番号 P2022-506866
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (B23K)
P 1 651・ 537- YAA (B23K)
P 1 651・ 121- YAA (B23K)
P 1 651・ 113- YAA (B23K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 鈴木 貴雄
大山 健
登録日 2023-04-25 
登録番号 7269434
権利者 古河電気工業株式会社
発明の名称 溶接方法およびレーザ溶接システム  
代理人 弁理士法人酒井国際特許事務所  
代理人 弁理士法人酒井国際特許事務所  

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