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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G01N
審判 全部申し立て 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  G01N
管理番号 1016412
異議申立番号 異議1999-74075  
総通号数 12 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1992-05-19 
種別 異議の決定 
異議申立日 1999-11-01 
確定日 2000-04-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第2902095号「ヒトヘモグロビンを含有する被検液の保存方法及びそれに用いる便溶解用緩衝液」の請求項1ないし2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2902095号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 1.本件発明
本件特許第2,902,095号の請求項1および2に係る発明(平成2年10月8日出願、平成11年3月19日設定登録)は、特許明細書の記載からみて、それぞれ、特許請求の範囲の請求項1および2に記載された事項によって構成される以下のとおりのものである。
【請求項1】
抗ヒトヘモグロビン抗体を用いたヒトヘモグロビンの検出における被検液の保存方法であって、糞便を含有する被検液中に人以外の動物血清を添加することを特徴とするヒトヘモグロビンを含有する被検液の保存方法。
【請求項2】
請求項(1)記載の被検液の保存方法に用いる緩衝液であって、ヒト以外の動物血清を含有することを特徴とする便溶解用緩衝液。

3.申立ての理由の概要
申立人岡田浩司の申立の概要は以下のとおりである。
(1) 29条違反の申立
刊行物1:
浅香正博ら「ヘモグロビンAoのradioimmunoassay法の開発と便潜血反応への応用」、日本消化器病学会雑誌、第85巻、第1035〜1041頁(1988)
刊行物2:
目黒高志ら「RIAによる糞便中ヘモグロビン‐ハプトグロビン複合体測定の臨床的意義」、医学のあゆみ、vol.146、No.3、185‐186(1988)
刊行物3:
特開昭60-35270号公報
刊行物4:
Can.J.Biochem.,49,141-147(1971)
刊行物5:
Progr.Hematol.,3,342-359(1962)
刊行物6:
BBA.97.262-269(1965)
刊行物7:
BBA.175.271-281(1969)

本件請求項1〜2に係る発明は、刊行物1〜刊行物7に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、上記各発明に係る特許はいずれも同法113条1項2号の規定により取り消すべきものである。

(2) 明細書記載不備の申立
本件請求項1〜2の発明に係る特許は、特許法(昭和63年法)36条4項に規定する要件を欠く特許出願に対してなされたものであるから、特許法113条1項4号の規定により取り消すべきものである。

4.本件発明の概要
本件発明は、本件明細書に、次のように説明されている。
4.1 従来技術
「 近年、大腸癌などの下部消化器の疾患を検査する方法として、消化器官から出血の起因する糞便中の潜血成分、特にヒトヘモグロビンの検出が主に行われている。中でも、食品摂取や薬剤投与の制限を必要としない、抗ヒトヘモグロビン抗体を用いた免疫学的な検出方法が提案されている。」(本件特許公報2欄1行〜7行)
「 このような構造のヒトヘモグロビンは糞便溶解液中で徐々に変性するために、従来から用いられている免疫学的方法では検出感度が著しく低下するものである。」(本件特許公報3欄12行〜15行)
「 一方、便潜血検査では検査員の手間や不快感を少なくするために、被験者自身が自宅などで糞便中に含まれるヒトヘモグロビンを溶解状態にする場合があり、このような場合は溶解液状態で数日間放置されることが多い。」(本件特許公報3欄18行〜22行)
「 このようなヒトヘモグロビンの変性を防止する目的で、例えばウシ血清アルブミンや糖類などを添加することが行われているが、充分に効果を発揮できるものとはいえないのが実状である。」(本件特許公報3欄29行〜32行)
4.2 発明が解決しようとする課題(本件特許公報3欄33行〜38行)
「 本発明は、上記従来技術の欠点を解決するためになされたものであって、その目的とするところは糞便を含有する被検液中に存在するヒトヘモグロビンの放置下での変性を防止する方法、およびこれに用いる便溶解用緩衝液を提供することにある。」

4.3 課題を解決する手段(本件特許公報3欄39行〜38行)
「 本発明は、抗ヒトヘモグロビン抗体を用いたヒトヘモグロビンの検出における被検液の保存方法であって、糞便を含有する被検液中に人以外の動物血清を添加することを特徴とするヒトヘモグロビンを含有する被検液の保存方法、およびこれに用いる便溶解用緩衝液に関する。」

4.4 緩衝液(本件特許公報3欄46行〜4欄5行)
「 本発明の方法において被検体としてのヒトヘモグロビンもしくはヒトヘモグロビンを含有する糞便を溶解するための液としては、例えばりん酸緩衝液、グリシン緩衝液、トリス-塩酸緩衝液、ほう酸緩衝液などがベース液として用いられる。緩衝液のpHは6〜9、好ましくは6.5〜8.5 の範囲とする。緩衝液中には生理食塩濃度近傍の食塩を添加することが好ましい。また、細菌などによるヒトヘモグロビンの変性を抑制するために、0.05〜0.5重量%濃度のアジ化ナトリウムなどの抗菌剤を添加することが好ましい。」

4.5 ヒト以外の動物種(本件特許公報4欄6行〜14行)
「 本発明の方法においては、上記緩衝液中にヒト以外の動物血清を添加し、ヒトヘモグロビンの変性を抑制する。添加するヒト以外の動物種としては、例えばウサギ、ヤギ、ウマ、ウシ(ウシ胎児)、ブタ、マウスなどが挙げられる。これらのうちヒトヘモグロピンとアミノ酸配列が非常に類似したサルやヒヒなどの血清を用いると、検出時に抗ヒトヘモグロピン抗体と結合してしまう、所謂交差反応を起こすことがあるので、このようなときはこれらの動物血清を用いないほうがよい。」

4.6 動物血清の添加量(本件特許公報4欄15行〜20行)
「 ヒト以外の動物血清の添加量は被検液中の糞便の濃度によって適宜設定するが、糞便濃度4 mg/mlの場合、0.01体積%以上、好ましくは0.1 〜40体積%の濃度となるように添加する。添加量が少なすぎるとヒトヘモグロビンの変性を抑制する作用が充分でなくなり好ましくなく、また多すぎると増量効果が認められず不経済である。」

4.7 発明の効果(本件特許公報4欄49行〜5欄4行)
「 本発明の方法によれば、ヒト以外の動物血清を添加しているので、被検液中のヒトヘモグロビンが糞便中の酵素・細菌などによって変性することを制御できるので、被検液を長時間放置する場合でも高感度にヒトヘモグロビンを検出することができるものである。」

5. 引用刊行物の記載事項
(1) 刊行物1の記載事項
刊行物1は、「ヘモグロビンA0のradioimmunoassay法の開発と便潜血反応への応用」という表題の学術論文であり、次の事項が記載されている(1039頁〜1040頁の考察欄参照)。
(1a) 糞便潜血反応、グアヤック法
「 糞便潜血反応は簡便さのために古くから大腸癌のスクリーニングに用いられている検査法であるが、グアヤック法などの従来の糞便潜血反応はHb中へムに含まれているペルオキシダーゼ活性を応用したものであり、ヒトHbに対する特異性が低く、また大根、カブなどのペルオキシダーゼを多く含む食品や鉄剤などの影響を受けやすい欠点があった。」
(1b) 免疫学的便潜血反応
「 1978年Barrowら9)はヒトHbを精製しヤギに免疫をした後、radial immunodifusion法を用いて、免疫学的にヒト便中のHbを測定した。彼らのHbの測定感度は20μg/ml以上であり、グアヤック法とほぼ同じ感度であった。すなわち彼らの免疫学的便潜血反応は食餌や薬剤の影響を受けないため食餌や薬剤の制限を必要としない利点を有していたが、感度の点で問題があった。
近年になり測定感度を著しく向上させたEIA法10)、RPHA法11)、ラテックス凝集反応12)などによる免疫学的便潜血反応が開発され、大腸癌のスクリーニングに有用であるとの報告がなされている。しかし、これらの方法はすべて定性反応であり、集団検診に応用を試みているが、肝腎の基礎的な研究についてはほとんど述べられていない。」
(1c) 免疫学的便潜血反応について基礎的な検討
「 今回われわれは免疫学的便潜血反応について基礎的な検討を行う目的で、RIA法によるヒトHbAoの定量を試みた。
われわれの確立したHbAo RIAの感度は0.4 ng/ml以上であり、これまで報告されているどの方法よりも検出感度がすぐれている。他種の動物との交叉反応では、ヒヒ(Baboon)のHb以外、認められないので、通常の食生活では肉類の摂取による偽陽性は除外されると思われる。感度に関しては、免疫学的便潜血反応の方が数千倍以上もグアヤック法よりすぐれていたが、実際、臨床例を測定してみると陽性率がほとんど変わらないという結果を得た。」
(1d) 陽性率がほとんど変わらない原因
「 この原因に関しては、胃酸、消化液や大腸菌をはじめとする腸内細菌などにより、HbAoの免疫原性に関係するグロビンが変性し、その抗原性を失うためと考えられる。これに比してHbヘムに含まれるペルオキシダーセはこれらの要因に基づく変化を受けにくいと推察できる。
大島ら13)は人工胃液中Hbの免疫原性は1時間以内にはぼ完全に失われ、人工腸液内では4時間で活性が当初の1/10程に低下することを報告している。このことより免疫学的便潜血反応は、上部消化管疾患では感度の低下が著明であり、下部消化管疾患でもかなり免疫原性が低下する可能性が示唆されている。」
(1e) 免疫原性低下の測定
「 われわれはHbのペルオキシダーゼ反応を正確に定量できるTMB法を用いて糞便抽出液中のHb活性を検討したが、RIA法とTMB法で定量したHb量は37℃でincubate後4時間にはTMB法が4%の活性低下に留まったのにもかかわらず、RIA法によるHb免疫原性は95%もの活性低下を示した。すなわち腸管内でHbの免疫原性は著しく低下するが、Hbのペルオキシダーゼ反応の低下は極く軽度であり、このため免疫学的便潜血反応とグアヤック法間の下部消化管疾患の陽性率に著しい差が認められない可能性が示唆された。」
(1f) ハプトグロビンと複合体
「 消化管出血時、Hbとともに血漿成分が消化管内腔へ出現してくるが、血中では、Hbはfreeの状態で存在せず、ハプトグロビンと複合体を作り速やかに脾臓などの網内系で代謝されることが明らかになっており、消化管内腔においてもこれと同じような状況が起っていると考えられる。
Eatonら14はfreeのHbと大腸菌を一緒にラットの腹腔内に投与すると大腸菌が増殖し、ラットを死に至らすが、血漿成分をこれに加えると大腸菌の栄養源にならず、ラットは死に至らないと報告している。
われわれの検討でもfreeのHbと糞便抽出液を混和させた方が、全血と糞便抽出液を混和させたものよりHbの免疫原性は明らかに低下する傾向を認めた。
しかし、全血を糞便抽出液に加えてもTMB法で測定されるへムのペルオキシダーゼ活性の方がRIAで測定されるグロビンの免疫原性より明らかにHbの活性が維持されていた。従って免疫学的便潜血反応は、その検出感度をいかに増しても腸管内での変性が著しいため、グアヤック法なとのへム中ペルオキシダーゼ反応を利用した潜血反応の感度を大幅に上まわることは困難であることが示唆された。」
(1g) 臨床例の検討結果
「 臨床例の検討では、健常人および非消化管疾患、でグアヤック法の陽性率は23.5%、HbAo RIAは3.9%であり、免疫学的便潜血反応はグアヤック法に比して、著しく偽陽性例を低下させることが可能であると考えられた。上部消化管疾患のグアヤック法の陽性率は60.0%、HbAo RIAは22.9%とグアヤック法の方が明らかに高かった。
これは先に述べたように胃液によるグロビンの抗原性の著しい低下に基づくと考えられ、免疫学的便潜血反応は上部消化管疾患に対しては従来法に比して有用ではないことが示唆された。
下部消化管疾患では、炎症性腸疾患を除くと大腸癌、大腸ポリープのいずれもが、グアヤック法とHbAo RIAの陽性率には有意差が認められなかった。HbAo RIAの早期大腸癌の陽性率は33.3%であり、大腸ポリープの陽性率とほぼ同様であった。
これらの結果より、免疫学的便潜血反応は偽陽性を低下させ、大腸進行癌の大半をスクリーニングすることは可能であるが、大腸ポリープや大腸早期癌の診断には限界があると考えられた。」

(2) 刊行物2の記載事項
刊行物2は、「RIAによる糞便中ヘモグロビン‐ハプトグロビン複合体測定の臨床的意義」という表題の学術論文であり、次の事項が記載されている。
(2a) 検討の目的(185頁左欄1行〜10行)
「 大腸癌の効率よい一次スクリーニング法として、免疫学的に糞便中ヒトヘモグロビンを測定する方法が種々開発され、臨床応用されている1-3)。しかし免疫学的便潜血反応には感度などの点で問題があり、早期大腸癌の診断には限界があることが示唆されている。そこで著者らは今回、糞便中の血球成分のみならず、血漿成分も含めて測定することを目的としてヘモグロビン(Hb)‐ハプトグロビン(Hp)複合体(Hb-Hp complex)のRIAを確立し、糞便中 Hb-Hp complex測定の臨床的意義につき検討を行った。」
(2b) HbおよびHp-Hb complexの糞便中での安定性(186頁左欄5〜14行)
「 糞便中での安定性:
糞便中に含まれる蛋白分解酵素、あるいは腸内細菌のHp-Hbcomplexに対する影響を見る目的で、非消化管疾患患者の糞便抽出液とHbおよびHp-Hb complexを混和し、37℃でインキュベートした後、RIAにて測定した。Hb活性はインキュベート後30分で免疫活性が45%に低下し、4時間後には5%となったが、Hp-Hb complexの抗原性は1時間まではほぼ100%に維持され、4時間後でも50%の活性を保ち、糞便中での安定性はHbよりもはるかに優れていた(Fig.1)。」
(2c) 考察(186頁右欄)
「 Hb測定の感度を上昇させても、糞便中での免疫活性の低下により、診断的価値の有用性には限界がある6)。生体内では血中で溶血が起こると、HbはHpと速やかに結合し、Hb-Hp complexを形成する。Hb-Hp complexはfree Hbに比べて大腸菌の影響を受けにくく8)、また赤血球成分であるHbのほかに、血漿成分であるHpもあわせて測定することにより、感度の点でもその有用性が期待される。
事実、著者らの確立した Hb‐Hp complexのRIAは測定感度が高く、再現度も良好であった。糞便抽出液中でfree Hb よりHb-Hp complexの抗原性は保持されており、下部消化管疾患では進行癌は全例陽性を示し、早期癌や大腸ポリープでの陽性率は、free Hb測定に比べ6)、はるかに高かった。また上部消化管疾患の陽性率も48.6%と、free Hb測定に比べ2倍以上も高かった。
一方、非消化管疾患での陽性率は7.8%と、guaiac法に比べて著しく低く、free Hb測定とほぼ同様であった。以上、糞便中 Hb‐Hp complex測定は free Hb測定に比べ安定性と感度に優れており、消化管疾患スクリーニングにおいてその有用性が示唆された。」
(3) 刊行物3の記載事項
刊行物3には次の事項が記載されている。
(3a) 赤血球から溶出(3頁左下欄4行〜右下欄1行)
「 へモグロビンは、しばしば、溶血により、赤血球から一部溶け出してしまう。・・・
溶血の際は、赤血球が破壊されるため、赤血球内の酸素が溶出し、この酸素に関連した測定項目に正誤差を与えたり、赤血球から遊離したヘモグロビンから鉄が分離するため血清鉄測定の際に正誤差を与えたりする。また、ヘモグロビンから鉄が遊離する際には、ヘモグロビンの極大吸収波長(λmax:415、540、575 nm)近辺の吸光度が経時的に減少するので、Rate測定項目に於て上昇法では負誤差を、減少法では正誤差を与えたりしている。」
(3b) へモグロビンの安定化剤(3頁右下欄12行〜17行)
「 本発明者(刊行物3)らは、この問題の解決につき鋭意研究の結果、へモグロビンの安定化剤、即ち、ヘモグロビンのヘム部からの鉄の遊離を防止する、ヘモグロビンの分解防止剤として、特定の含窒素化合物又はその塩、が、特に有効に作用する、とに知見を得、本発明(刊行物3)を完成するに至った。
(3c) 第1図(7頁左下欄2行〜7行)
「 第1図には、鉄の発色剤を含む緩衝液中に、(1)ヘモグロビンのみを添加した場合、(2)ヘモグロビン及び血清を添加した場合、(3)血清のみを添加した場合、又は(4)ヘモグロビン及びイミダゾールを添加した場合のヘモグロビンの分解度の測定結果を示してある。」(なお丸数字は括弧付き数字に書き換えてある。)
(3d) 血清成分の安定化作用(7頁左下欄7行〜12行)
「 pH5〜7の緩衝液中では、ヘモグロビンのみを含む緩衝液はpHの高いもの程分解速度が速いが、血清にヘモグロビンを添加したものは、血清成分の安定化作用により、pH5.8付近を最大にそれ以上のpHでは逆にヘモグロビンの分解度は低下している。」
(3e) 0.1%イミダゾールの添加(7頁左下欄12行〜16行)
「 また、ヘモグロビンのみを含む緩衝液に0.1%イミダゾールを添加したものの分解度を測定すると、イミダゾールはpHの高い方がより有効に作用し、pH6.5では無添加に比べ約1/20となつている。」

(4)刊行物4〜7の記載事項
刊行物4(143頁右欄7行〜145頁左欄4行)、および刊行物5(349頁2〜5行)には、動物由来のハプトグロビンがヒトヘモグロビンと結合して複合体を形成することがそれぞれ記載されている。
また、刊行物6(263頁15行)および刊行物7(272頁下から13行)には、ウサギ、ラットおよびイヌの血清がハプトグロビンを含むことがそれぞれ記載されている。

6. 請求項1に係る発明と刊行物1に記載された発明との対比
6.1 対応関係
ここで、本件請求項1に係る発明(以下、「請求項1発明」という)と刊行物1に記載された発明(以下、「刊行物1発明」という)とを対比する。
刊行物1には、免疫学的便潜血反応について記載されており、「抗ヒトヘモグロビン抗体を用いたヒトヘモグロビンの検出における被検液」が記載されている。
刊行物1には、「被検液」を保存する方法について明記されていないが、刊行物1には、便潜血反応の免疫学的測定法における、ヘモグロビンの免疫原性の低下の問題に言及がある。
刊行物1では、血液中で、ヘモグロビンは遊離の状態で存在せず、ハプトグロビンと複合体で存在すること、糞便抽出液中において、「遊離のヘモグロビン」と「全血中のヘモグロビン」とを比較した場合、「遊離のヘモグロビン」の方が免疫原性の低下の傾向が著しいこと(前記(1f)およびFig.4参照)、が記載されている。
6.2 一致点
そうすると、請求項1発明と、刊行物1発明とは、次の点で一致する。
(一致点)
「抗ヒトヘモグロビン抗体を用いたヒトヘモグロビンの検出」における、「糞便を含有する被検液」に関するものであり、この被検液中のヘモグロビンの安定性に関するものである点。
6.3 相違点
そして、請求項1発明と、刊行物1発明とは、次の点で相違する。
(相違点1)
請求項1発明が、「被検液の保存方法」であるのに対し、刊行物1には、「被検液の保存方法」は記載されていない点。
(相違点2)
本件請求項1発明が、「糞便を含有する被検液」中に「動物血清」を添加するのに対し、刊行物1発明では、「糞便抽出液」に「全血」を添加する点。
(相違点3)
請求項1発明における「動物血清」は、「人以外の」ものであるに対し、刊行物1発明の「全血」は人由来のものである点。
7. 相違点についての検討
そこで、これらの相違点について検討する。
刊行物1で、「糞便抽出液」に「全血」を添加するのは、「遊離のヘモグロビン」と比較して、「全血」中の「結合ヘモグロビン」が「糞便抽出液」中で安定であることを示すものである(前記(1f)参照)。 しかしながら、これは、便潜血反応の「検出」において、全血を被検液に添加して、被検液中の遊離のヘモグロビンの安定化させることを示唆するものではない。
刊行物2には、免疫学的便潜血反応について記載されており、「抗ヒトヘモグロビン抗体を用いたヒトヘモグロビンの検出における被検液」が記載されている。
しかしながら、刊行物2に記載の便潜血反応は、糞便中の血漿成分のハプトグロビン結合ヘモグロビンを測定するものであり、刊行物2に、ハプトグロビン結合ヘモグロビンが遊離のヘモグロビンに比較して、糞便中で安定であることが記載されているが(前記(2b)参照)、これも、便潜血反応の「検出」における、被検液中の「遊離のヘモグロビン」の安定化を図るものではない。また、刊行物2には、「人以外の動物血清」についても記載されていない。
刊行物3には、免疫学的便潜血反応について記載されていない。また、刊行物3には、「人以外の動物血清」についても記載されていない。
刊行物3には、ヘモグロビンの分解防止について、「血清」成分が安定化作用を有することが記載されているが、刊行物3に記載の「血清」の安定化は、ヘモグロビンのヘム部からの鉄の遊離を防止するものであり、抗原性の安定化を図るものでもない。
さらに、刊行物4〜7も、動物由来のハプトグロビンがヒトヘモグロビンと結合して複合体を形成すること、あるいはウサギ、ラットおよびイヌの血清がハプトグロビンを含むことが記載されているにすぎず、「糞便を含有する被検液」の保存方法における「人以外の動物血清」の使用を示唆もするものでもない。
そうすると、刊行物1〜刊行物7のいずれにも「糞便を含有する被検液」の保存方法を開示しているということはできないし、そして、「人以外の動物血清」を使用することについても開示されていない。
したがって、本件請求項1に係る発明は、刊行物1から刊行物7に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
8. 請求項2に係る発明について
本件請求項2に係る発明もまた、前述したのと同様の理由により、刊行物1〜刊行物7に記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
9. 明細書記載不備の申立についての検討
9.1 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許請求の範囲の記載が、発明の構成に必須である事項を欠くものであるとして、次のように主張している。
(1) 血清濃度の限定
「 実施例1では、上記効果を実証すべく、ウシ血清アルブミン(BSA)を0.1%含む溶液に、ウシ胎児血清を0.1%以上添加し、このウシ胎児血清含有溶液にヒトヘモグロビンおよびヒト糞便を溶解し、得られたヒトヘモグロビン溶解液を25℃で6日間放置した後、別途調製した抗ヒトヘモグロビン抗体感作ラテックス試薬と混合し、凝集像を観測している。
しかしながら、上記観測結果を示す第2表によると、被検液を長時間放置後の高感度にヒトヘモグロビンを検出することができるのは、比較例との対比から明らかなように、ウシ胎児血清濃度1%以上の場合だけであり、0.1%では上記効果は認められていない。
となると、本件特許発明の効果として主張されている、被検液の長時間放置後におけるヒトヘモグロビンの高感度検出を実現するには、血清濃度は1%以上であることが必須な筈である。
それにも拘らず、請求項1および2はそのように記載されていない。血清濃度の限定は必須事項であり、請求項に記載されるべきものである。」
(2) 動物の限定
「 また、上記効果を実証するとして挙げられている実施例では、用いられているヒト以外の動物血清はウシ胎児血清のみである。これでは、ヒト以外の動物血清全般に亘って上記効果が発揮されることを実証したことにならない。また、「動物」の外延がどこまで及ぶのかは明確でない(岩波書店、生物学事典、第2版、第849頁、1979年10月25日発行、参考資料2)。
すなわち、請求項1および2における「動物」なる記載は実施例に照らして余りに広範かつ漠然としており、効果が実証されたもの若しくはその均等物に限定すべきである。」

9.2 記載事項の検討
そこで、これらの事項について検討する。
(1)「血清濃度の限定」について
ヒト以外の動物血清の添加量は、被検液中の糞便の濃度によって適宜設定できるものであるから(前記4.6参照)、本件請求項において、「血清濃度の限定」が必須であるということはできない。
(2)「動物の限定」について
本件明細書には、添加する「ヒト以外の動物種」としては、例えばウサギ、ヤギ、ウマ、ウシ(ウシ胎児)、ブタ、マウスなどを挙げ、これらのうちサルやヒヒなどは好ましくないとしている(前記4.5参照)。 このような明細書の記載事項からみて、特許請求の範囲に動物種の限定が必要であるということはできない。
9.3 記載不備の申立の検討結果
以上本件明細書を検討したところによれば、本件特許請求の範囲には、記載不備があるということはできない。
10.むすび
したがって、本件特許異議の申立ての理由によっては、本件請求項1ないし2に係る特許を取り消すことができない。
また、他に本件請求項1ないし2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2000-03-31 
出願番号 特願平2-271347
審決分類 P 1 651・ 121- Y (G01N)
P 1 651・ 532- Y (G01N)
最終処分 維持  
特許庁審判長 後藤 千恵子
特許庁審判官 河原 英雄
伊坪 公一
登録日 1999-03-19 
登録番号 特許第2902095号(P2902095)
権利者 日東電工株式会社
発明の名称 ヒトヘモグロビンを含有する被検液の保存方法及びそれに用いる便溶解用緩衝液  

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