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審決分類 審判 全部申し立て 特39条先願  C07D
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C07D
審判 全部申し立て 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  C07D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C07D
審判 全部申し立て 発明同一  C07D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C07D
管理番号 1020732
異議申立番号 異議1999-74568  
総通号数 14 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-09-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 1999-12-07 
確定日 2000-08-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第2901160号「2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオランの抗ウィルス活性および分割」の特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第2901160号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 1.経緯
本件特許第2901160号は、平成4年2月20日の国際出願(優先権主張、1991年2月22日、米国;以下、第1優先権という。1991年7月26日、米国;以下、第2優先権という。)に係るもので、平成11年3月19日に設定登録された後、異議申立てがなされたものである。
2.本件発明
本件請求項1〜8の発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲1〜8に記載された事項により特定されたとおりの以下のものである。
「[請求項1] (-)-β-L-2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン- 1-イル)-1,3-オキサチオラン、またはその5′位および/またはN4位が、エステル残基、トリ置換シリル、場合により置換されているアルキル、または場合により置換されているアリールで置換されているその誘導体、あるいはそれらの生理学的に受容可能な塩。
[請求項2] 次の構造:


(式中、R1およびR2 はそれぞれ独立にアルキル;アシル基の非力ルボニル部分が直鎖、分枝状、または環状アルキルからなる群より選択される、アシル;アルコキシアルキル;アラルキル;アリールオキシアルキル;ハロゲン、C1〜C4のアルキルまたはC1〜C4 のアルコキシで場合により置換されているフェニルを含むアリール;スルホ基;アルキルまたはアラルキルスルホニル;モノ、ジ、またはトリホスホノ基、またはアミノ酸エステル残基であり、そしてR1またはR2 の一方は水素であり得る)を有する、請求項1に記載の化合物。
[請求項3]R1またはR2 が、メチル、エチル、プロピル、n-ブチル、ベンチル、ヘ キシル、イソプロピル、イソブチル、sec-ブチル、t -ブチル、イソペンチル、アミル、t -ペンチル、3-メチルブチリル、ハイドロゲンスクシニル、 3-クロロベンゾイル、シクロペンチル、シクロヘキシル、ベンゾイル、アセチル、ピパロイル、メシル、プロピオニル、ブチリル、バレリル、力プロイル、カプリロイル、カプリノイル、ラウロイル、ミリストイル、パルミトイル、ステアロイル、オレオイル、およびアラニル、バリニル、ロイシニル、イソロイシニル、プロリニル、フェニルアラニル、トリプトファニル、メチオニル、グリシニル、セリニル、スレオニル、システイニル、チロシニル、アスパラギニル、グルタミニル、アスパルトイル、グルタミル、リシニル、アルギニル、およびヒスチジニルを含むアミノ酸エステル残基からなる群よりそれぞれ独立に選択され、そしてR1またはR2の一方が水素であり得る、請求項2に記載の化合物。
[請求項4]R1がn-ブチルであり、そしてR2が水素である、請求項2または3に記載の化合物。
[請求項5]薬学的に受容可能な担体とともにまたは担体中に、(-)-β-L-2一ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオラン、またはその5′ 位および/またはN4位が、エステル残基、トリ置換シリル、場合により置換されているアルキル、または場合により置換されているアリールで置換されているその誘導体、あるいはそれらの生理学的に受容可能な塩の、ヒトにおけるHIV感染を処置するための有効量を含有する医薬組成物。
[請求項6]誘導体が次の式:

(式中、R1およびR2 はそれぞれ独立にアルキル;アシル基の非力ルボニル部分が直鎖、分枝状、または環状アルキルからなる群より選択される、アシル;アルコキシアルキル;アラルキル;アリールオキシアルキル;ハロゲン、C1〜C4のアルキルまたはC1〜C4 のアルコキシで場合により置換されているフェニルを含むアリール;スルホ基;アルキルまたはアラルキルスルホニル;モノ、ジ、またはトリホスホノ基、またはアミノ酸エステル残基であり、そしてR1またはR2の一方は水素であり得る)を有する、請求項5に記載の医薬組成物。
[請求項7]R1およびR2 が、メチル、エチル、プロピル、n-ブチル、ペンチル、ヘキシル、イソプロピル、イソブチル、sec-ブチル、t‐ブチル、イソペンチル、アミル、t-ペンチル、3-メチルブチリル、ハイドロゲンスクシニル、3-クロロベンゾイル、シクロペンチル、シクロヘキシル、ベンゾイル、アセチル、ピパロイル、メシル、プロピオニル、ブチリル、バレリル、カプロイル、カプリロイル、カプリノイル、ラウロイル、ミリストイル、パルミトイル、ステアロイル、オレオイル、およびアラニル、バリニル、ロイシニル、イソロイシニル、プロリニル、フェニルアラニル、トリプトファニル、メチオニル、グリシニル、セリニル、スレオニル、システイニル、チロシニル、アスパラギニル、グルタミニル、アスパルトイル、グルタミル、リシニル、アルギニル、およびヒスチジニルを含むアミノ酸エステル残基からなる群よりそれぞれ独立に選択され、そしてR1およびR2 の一方が水素であり得る、請求項6に記載の医薬組成物。
[請求項7]R1がn-ブチルであり、そしてR2が水素である、請求項6または7に記載の医薬組成物。
3.異議申立人の主張、
これに対する本件異議申立人の主張の概要は以下のとおりである。
(1)本件請求項1〜8の各発明は、甲第1号証に記載された発明であることが甲第7〜14号証に照らして明らかであるから、これら各請求項に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。
(2)本件請求項1〜8の各発明は、甲第1号証及び2号証の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであることは、甲第7〜14号証に照らして明らかであるから、これら各請求項に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
(3)本件請求項1〜8の各発明は、甲第1号証及び甲第3〜5号証に係る各先願明細書に記載された発明と同一であることが、甲第7〜14号証に照らして明らかであるから、これら各請求項に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものである。
(4)本件請求項1〜8の各発明は、甲第6号証の1に係る先願明細書の請求項1〜5及び8〜12(甲第6号証の2)に記載された発明と同一であることが、甲第7〜14号証に照らして明らかであるから、これら請求項に係る特許は特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものである。
(5)本件特許明細書には記載不備があるから、本件特許は特許法第36条に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものである。
証拠方法
(1)甲第1号証:特開平3‐7282号公報
(2)甲第2号証:Annals of the New York Academy of Sciences,Vol.616, p.579(1990)
(3)甲第3号証:特表平6‐505725号公報
(4)甲第4号証:特表平6‐506199号公報
(5)甲第5号証:特開平5‐202045号公報
(6)甲第6号証の1:特開平8-119967号公報
(7)甲第6号証の2:特願平7‐208936号(特開平8-119967号)に対する平成11年2月24日付け手続補正書(1〜18頁)
(8)甲第7号証:L.B.Towsend(Ed.),Chemistry of Nucleosides and Nucleotides(Vol.1),Chapter l,Section 13,Pienum Press(1988)
(9)甲第8号証:C.H.Kim et al.,J.Med.Chem.,30:pp.862‐866(1987)
(10)甲第9号証:T.‐S.Lin et al.,J.Med.Chem.,31:pp.336‐340(1988)
(11)甲第l0号証:I.W.Wainer:“A Practical Guide to the Selection and Use of HPLC Chiral Stationary Phases“,1988)
(12)甲第11号証:Catalogue(Cyclobond,Rainin Corporation)
(13)甲第12号証:P.A.Frey(Ed.),Mecahnisms of Enzymatic Reactions:Stereochemistry,Elsevier Science Publishing Co.,Inc,1986
(14)甲第13号証:特公昭44‐20392号公報
(15)甲第14号証:平成10年異議第70824号決定謄本(写し)
4.検討・判断
そこで、上記異議申立人の主張について以下検討する。
(1)の主張について、
甲第1号証においては、式(I)


で表される化合物が記載されており、ここでR1は水素、R2はプリン塩基またはピリミジン塩基またはこれらの誘導体、ZはS、S=0またはS02であり(同公報8頁右欄上段)。R1が種々のエステル残基である場合もあることが示され、また、式(1)の化合物は2個のキラル中心を有し、2組の光学活性体(エナンチオマ-)およびラセミ体として存在することが説明され、これらの異性体にはシス異性体(β体)とトランス異性体(α体)が存在し、シスおよびトランス異性体のそれぞれは2種類のエナンチオマー(すなわち、(十)異性体と(-)異性体)またはそれらの等量混合物であるラセミ体として存在することが記載されている。
さらに、前記式(I)においてR2で示されるピリミジン塩基の一つとして、

が示されており、ここでR3は水素、トリフルオロメチル、ヒドロキシメチルおよび飽和または不飽和のC1〜C6アルキルの群から選択され、R4は水素、ヒドロキシメチル、トリフルオロメチル、置換もしくは非置換の、飽和もしくは不飽和のC1〜C6アルキル、臭素、塩素、フッ素またはヨウ素の群から選択されると記載されている(同公報9頁左欄上段末行〜左欄下段)。
そして、甲第1号証の上記式(I)の化合物についての置換基等の定義からみると、本件請求項1の発明の化合物(以下、本件化合物という。)は、甲第1号証の式(I)の化合物にその定義上一応包含されるものではある。しかし、甲第1号証においては、各実施例中、列記された具体的な化合物名中及びその他の記載において、ピリミジン環にフッ素原子を有する化合物は具体的には全く記載されていないのであって、当然、本件化合物については、その確認資料はおろか、化合物名さえ記載されてはいない。してみると、本件化合物は、単に甲第1号証における上記置換基等についての広範な定義により、上記(I)の化合物に概念上含まれるにすぎず、本件化合物は、実質上甲第1号証には記載されてはいないものとせざるを得ない。
一方、本件異議申立人が参照すべきである旨主張する甲第7〜14号証の記載は以下のとおりである。
甲第7号証においては、ピリミジン・ヌクレオシドのハロゲン化を記載しており、特に5位がハロゲン化されたビリミジン・ヌクレオシドの強力な抗ウイルス活性のために、ピリミジン・ヌクレオシドの5位のハロゲン化が広汎に研究されている旨記載されている。 甲第8号証においては、HTV感染阻止剤としての5-置換-2’,3’‐ジデオキシシチジン類縁体についての研究結果を記載しており、5‐フルオロ体(5‐F-ddC)は2,3‐ジデオキシシチジン(ddC)と同様に強力であり、HIV感染細胞を保護する旨記載され(864頁の表1参照)ている。
さらに、甲第9号証においては、種々の5‐ハロ置換ピリミジン・ヌクレオシドの合成と抗ウイルス活性を記載しており、該ヌクレオシドとして、2’‐デオキシ‐5‐フルオロシチジン、2-デオキシ‐5‐ヨードウリジン、2‐デオキシ-5‐ブロモウリジンおよび2‐デオキシ‐5‐フルオロウリジンの3’-アジド誘導体が記載されている。
また、甲第10号証においては、キラルHPLCによる光学分割について記載され、また、甲第11号証においては、キラルHPLCカラムの固定相がβ-サイクロデキストリンである旨記載されている。
甲第12号証においては、豚膵臓リパーゼ、豚肝臓エステラーゼ等のセリン・ヒドラーゼ型エステラーゼを用いる不斉合成について記載され、甲第13号証においては、蛇毒5’-ヌクレオチダーゼを用いるL-5’リボヌクレオタイドの分離法について記載されている。
さらに、甲第14号証は、甲第1号証に係る出願に付与された特許(特許第2644357号)に対する異議申立て(平成10年異議第70824号)についての異議決定に係るものである。
しかし、甲第7〜9号証の化合物は、オキサチオラン環を有していない点で甲第1号証の化合物とはその基本構造が異なり、甲第7〜9号証はこのような基本構造が異なる化合物について、ピリミジン環5位をハロゲン化あるいはフルオロ化した場合の抗ウイルス作用、効果について記載されているにすぎない。そして、化合物の基本構造が異なれば、その医薬作用、効果も同様であるとはいえず、甲第7〜9号証の知見があれば、甲第1号証の化合物についての包括的記載から本件化合物が、選択の余地なく直ちに導き出せるとまではいえない。しかも、そもそも、包括的な記載から特定のものを選択すること自体いわゆる進歩性の問題であって、新規性に係る問題ではない。してみれば、甲第7〜9号証の記載を参酌しても本件化合物は甲第1号証には記載されてはいないとせざるを得ない。また、甲第10〜13号証は、甲第1号証の記載から、甲第1号証の化合物が当業者において容易に製造し得たことを明らかにしようとするものにすぎず、これら甲10〜13号証の記載は、単に甲第1号証の化合物に概念上含まれるにすぎない本件化合物が、甲第1号証に現に記載されていたことを示すものではない。さらに、甲第14号証は本件とは別異の異議事件に係るものであり本件についての判断に影響を与えるものではなく、以下の各主張についての検討においても同様である。
したがって、以上の点からみれば、本件請求項1の発明は、甲第1号証に記載された発明とすることはできない。 また、本件請求項2〜4は、本件化合物をさらに限定したものであり、同請求項5は、本件化合物を用いた医薬組成物に係り、同請求項6〜7は該医薬組成物をさらに限定したものであるから、本件化合物に係る同請求項1の発明が甲第1号証に記載された発明でない以上、これら請求項2〜8の発明も、甲第1号証に記載された発明ではない。
(2)の主張について、
甲第1号証の記載は、上記のとおりであり、甲第1号証においては本件化合物は記載されてはいない。また、甲第2号証の第7図においては、ジデオキシピリミジンヌクレオシドの各構成原子あるいは置換基を他の原子あるいは置換基等で置き換えた場合の構造活性相関について記載され、ピリミジン環5位をハロゲンで置換した場合、あるいはジデオキシリボースの3’-CHをSで置き換えた場合(甲第1号証あるいは本件化合物におけるオキサチオラン環に相当)、抗HIV活性を有する旨記載されている。しかし、甲第2号証の表1、4及び5に記載された試験をみると、ピリミジン環5位をハロゲン化した場合の活性を調べるのに用いた化合物は、ジデオキシリボース、あるいはその3’-アジドおよびフルオロ置換体を有する化合物であり、上記構造活性相関は、本件化合物のようなオキサチオラン環を有する化合物についての試験結果に基づき作成されたものではなく、また、ジデオキシリボースの3’-CHをSに置き換えた場合の試験においても、本件化合物のような5-フルオロシトシンを有する化合物においてなされたものとすることもできない。さらに、本件化合物のような異性体については全く言及されてはいない。
してみると、甲第2号証の構造活性相関は、本件化合物とは化学構造が異なる各デオキシピリミジンヌクレオシドあるいはその類縁体について試験した結果を、単にまとめたことに基づくものにすぎず、本件化合物を現に作成し、これに基づき試験をした結果を記載したものではないことは明らかである。さらに、甲第2号証における構造活性相関に示されるジデオキシピリミジンヌクレオシドの活性を有するとされた各構成原子あるいは置換基の組み合わせは無数にあり、この無数の組み合わせの1つに本件化合物とたまたま共通するものがあったとしても、これは、単なる形式的な一致であって、これのみで、本件化合物が甲第2号証に実質的に示されていたとすることはできない。
また、甲第7〜13号証の記載は上記したとおりであり、これら甲各号証においても本件化合物は記載されてはいない。
一方、本件特許明細書の表3の試験結果をみると、まず、本件化合物に対応するラセミ体である(±)-FTC(DLS-022)の抗HIV活性(EC50;0.01μM)は、ピリミジン環がウラシルである化合物のいずれよりも極めて優れ、また、本件化合物と同様なシトシンであり、5位が、H(同;0.02μM)、ME(同;>10μM)、Cl(同;38.7μM)、Br(同;77.8μM)及びI(同;0.72μM)である場合のいずれの化合物よりも優れている。そして、本件化合物である(-)-FTC(DLS-058)の活性は(同;0.008μM)であり、対応するラセミ体よりもさらに高いものとなっている。ところで、特許明細書の表3の説明中には、「表3に、多数の(±)-1,3オキサチオラン及びヌクレオシドのEC50値〜を示す」との記載があり(特許公報第27欄44行〜28欄1行)、シトシンの5位が、H、ME、Cl、Br及びIある場合の化合物が(±)体であることが示されている。また、特許明細書においては、「〜(±)-FTCは(±)-β-D、L-2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル-1,3-オキサチオランを表す。」と記載され(特許公報第9欄最下行〜第10欄2行)、さらに「〜2-ヒドロキシメチル-5(シトシン-1-イル-1,3オキサチオランのC1’-β異性体のラセミ混合物(C4’-位に関する)(以下(±)-BCH-189と呼ぶ)が〜」との記載があり、これらの記載によれば、「(±)」はβ異性体におけるラセミ混合物を表していると解されるから、上記表3における、シトシンの5位が、H、ME、Cl、Br及びIで置換された場合の化合物も、それぞれβ異性体におけるラセミ混合物であるとするのが普通である。
これに対して、甲第1号証の表1の記載によれば、シス-XVIが、最も高い抗HIV活性を有することが示され、従来有効であるとして使用されていたAZTに匹敵する値を示している。そして、このシス-XVIは、その実施例7の記載からみて、2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1’-イル)-1,3-オキサチオランのシス体、すなわち特許明細書にいうβ異性体であって、そのラセミ混合物であり、特許明細書の表3の上記シトシンの5位がHである場合の化合物に相当するものである。してみれば、本件化合物は、甲第1号証の最も活性が高い化合物よりもさらに高い活性を有するものとすることができる。
さらに、甲第2号証においては、その構造活性相関において、ピリミジン環5位の置換基について、水素、メチル、ハロゲンの場合に活性である旨記載されているだけであり、ピリミジン環5位がフッ素で置換されている場合、同部位が他のハロゲン原子あるいは水素、メチルで置換されている場合に比し活性がどの程度違うのかについて、さらに、デオキシリボースをオキサチオラン環に変更し場合におけるこれらの置換基のうちどれが好ましいのかについて全く記載されてはおらず、これでは本件化合物の上記効果を予想できないことは明らかである。
甲第7号証においては、一般論としてピリミジンヌクレオシドの5位のハロゲン化が記載されているだけであり、しかも、ハロゲン化が具体的に記載されているのは、ウリジンヌクレオシドに対してのみであって、本件化合物のようなシトシンを有する化合物については記載されてはいないから、本件化合物の効果を何ら示唆していない。
甲第8号証においては、シトシンの5位をフルオロ化した2’,3’-ジデオキシシチジンアナログについて記載されてはいるが、このものの抗HIV活性はシトシン環5位が水素の場合に比してほとんど差異がないし(表1中、ddC(1)及び5-F-ddC(22)についての試験データを参照)、このシトシンの5位が水素の場合の化合物(ddC)は、甲第2号証の表7に記載されているように,AZTに比べ抗HIV活性が遙かに劣るものである。さらに、甲第9号証においては、シトシン環5位がフルオロ化された2’-デオキシ-5-フルオロシチジンの3’-アジドアナログ(化合物19)について記載があるが、このものの抗HIV活性も、上記したAZT(化合物2)の活性に比較して格段に低いものである(表1参照)。
一方、上記したように、本件化合物は、特許明細書の表3に示されたシトシンの5位がHである場合の化合物、すなわち甲第1号証のシス-XVIよりもさらに抗HIV活性が高く、また、この甲第1号証のシス-XVIの活性はAZTと匹敵するものであるから、本件化合物の抗HIV活性はこのAZTよりもさらに高いということができる。してみれば、オキサチオランヌクレオシドのシトシンの5位をフルオロ化し、さらに、特定の鏡像異性体を選定したことに基づく本件化合物の効果は、甲第1及び2号証にさらに甲第7〜9号証の記載を参酌しても予想できない顕著なものということができる。また、甲第10〜13号証は、化合物の抗ウイルス作用に関するものではない。
したがって、以上の点からみれば、本件請求項1の発明は、甲第1及び2号証には実質的には記載されてはおらず、しかもその効果はさらに甲第7〜13号証に照らしてみても当業者において容易には予想できない顕著なものということができるから、本件発明は、甲第1,2及び7〜13号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものとすることはできない。 また、本件請求項2〜4は、本件化合物をさらに限定したものであり、同請求項5は、本件化合物を用いた医薬組成物に係り、同請求項6〜7は該医薬組成物をさらに限定したものであるから、本件化合物に係る同請求項1の発明が甲第1、2及び7〜13号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたとはいえない以上、これら請求項2〜8の発明も、甲第1、2及び7〜13号証に記載された発明ではない。
(3)の主張について、
1)甲第1号証に係る出願明細書は、本件特許に係る出願の第1優先権の主張日以前にはすでに出願公開されているのであるから、甲第1号証を根拠に特許法第29条の2の規定を適用することはできない。
2)甲第3〜5号証に基づく特許法第29条の2の規定の適用に関し、本件異議申立人は、本件特許の請求項1〜8に記載された化合物は、光学活性体のみを対象にするのに対し、当該光学活性体の開示は、第2優先権に係る米国出願において始めて開示されたものであるから、この第2優先権主張日前の優先権主張を伴う甲第3〜5号証に係る出願が本件出願の先願に相当し、該甲第3〜5号証に係る先願明細書には本件特許の請求項1〜8に記載された化合物が記載されている旨主張している。
しかし、甲第3〜5号証においては、本件特許の請求項1〜8に記載された化合物と同様な環構造及び置換基を有する化合物おいて、シス(-)体(本件特許明細書における(-)β-L体)についての言及がなされているが、該シス(-)体を実際に得たことを確認する資料、取得法、あるいはその医薬作用についての薬理データ等については記載がなく、この点では、本件第1優先権に係る米国出願明細書の記載と特段変るところはない。
そして、本件第1優先権に係る米国出願明細書においては、β異性体についての記載はあるものの、その(-)L体については言及されてはいないが、同米国出願に記載された化学構造式からみると、該β異性体には(-)L体と(+)D体が存在することは当業者において自明のことであり、本件第1優先権に係る米国出願明細書においても、(-)β-L体は記載されていたに等しいものということができる。してみると、甲第3〜5証において上記シス(-)体が記載されているとするなら、本件第1優先権に係る米国出願明細書においても、シス(-)体は記載されていたとせざるを得ないから、本件特許出願についての第1優先権主張は認められ、上記甲第3〜5号証に係る出願は本件特許出願の先願として取り扱うことができない。
してみれば、本件請求項1〜8の発明は、甲第3〜5号証によっては特許法第29条の2の規定により取消すべきものとすることはできない。なお、甲第7〜13号証の記載は上記判断を左右するものではない。
(4)の主張について、
甲第6号証の1は、甲第1号証に係る出願の分割出願の公開公報であり、甲第6号証の2は、該分割出願について提出された手続補正書であり、補正後の特許請求の範囲を示すものである。本件異議申立人は、上記分割出願は本件特許出願の先願に相当するもので、上記補正後の特許請求の範囲の請求項1〜5及び8〜12における化合物及び組成物の発明は、本件請求項1〜4の化合物及び同請求項5〜8の医薬組成物に係る発明と同一であるから、本件請求項1〜8の発明は、特許法第39条第1項の規定により取消されるべきである旨主張している。
しかし、上記補正後の特許請求の範囲の請求項1〜5及び8〜12は、本件請求項1〜4の化合物及び同請求項5〜8の医薬組成物を包含する上位の概念が記載されているにすぎず、単に上位の概念に含まれるだけで、同一発明であるとすることはできない。しかも、本件請求項1〜5の発明は、シトシンの5位のフルオロ基を有する点で共通する化合物に係るものであり、また同請求項8〜12の発明は、このシトシンの5位にフルオロ基を有する化合物を使用した医薬組成物に係るものである。そして、このシトシンの5位にフルオロ基を有する化合物は、甲第6号証の1に係る上記分割出願明細書に何ら具体的に記載されてはおらず、実質的記載がなされてはいないのであるから、本件請求項1〜4の化合物及び同請求項5〜8の医薬組成物が、上記分割出願における補正後の特許請求の範囲の請求項1〜5及び8〜12に含まれるとしても、それは単に概念上含まれるにすぎない。
してみれば、上記補正後の特許請求の範囲の請求項1〜5及び8〜12の発明は、上記分割出願に係る発明と同一ではなく、この点の異議申立人の主張は採用できない。なお、甲第7〜13号証の記載は上記判断を左右するものではない。
(5)の主張について、
1)本件異議申立人は、本件特許明細書の記載が特許法第36条第4項の規定に違反する理由として、本件特許明細書の記載をみても、(±)FTC((±)-β-D,L-2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン- 1-イル)-1,3-オキサチオラン)と本件化合物に属する(-)FTC((-)-β-L-2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン- 1-イル)-1,3-オキサチオラン)とでは抗ウイルス活性において差異はなく、また、同明細書においては、(-)FTC以外の類縁体についてはその効果が開示されていない点を挙げている。
しかし、本件特許明細書の第3表、第5,6及び12図に示される試験結果みれば、(-)FTCの方が(±)FTCよりも全般的に幾分高い抗ウイルス活性を示しているといえる。 しかも、そもそも、明細書の記載において、ある化合物が他の化合物に比して効果が同等であるといっても、これはいわゆる進歩性の問題において考慮されるものではあるが、このことのみで、明細書の記載が不備であるとすることはできない。
また、本件特許明細書の実施例12においては、(±)FTCの5’及び
N4位をブチリル化及びアセチル化した場合の抗HIV活性を試験した結果のEC50値が記載されており高い活性を示している。この試験は(±)FTCの誘導体に関するものではあるが、(-)FTCは、本件特許明細書の記載からみて少なくとも(±)FTCに比して同等以上の効果を有するといえるから、(-)FTCの5’及びN4位をブチリル化及びアセチル化した誘導体が効果を有することは容易に類推できる。また本件請求項1〜8に記載された(-)FTCの他の誘導体についても、これらが効果を有しないとする根拠を見いだすことができない。してみれば、本件特許明細書の記載において特に不備があるとすることはできない。
2)本件異議申立人は、本件請求項1、5における本件化合物のN4位がエステル残基なる記載、同請求項2,6のスルホ基、及びトリホスホノ基なる記載、同請求項3,7のバニリル、ロイシル、イソロイシル、プロリニル、トリプトファニル、グリシニル、セリニル、チロシニル、リシニル及びヒスチジニル、ならびに請求項4,8のn-ブチルなる記載は不明瞭である旨主張している。
しかし、まず、上記エステル残基なる記載は、N4位の置換基としては不適切な表現ではあるが、(-)-β-L-2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン- 1-イル)-1,3-オキサチオラン)の5’位のヒドロキシル基とエステルを形成するとともに、同化合物のN4位のアミノ基ともアミドを形成する化合物すなわち酸由来の基であることは明白であり、上記エステル残基とは、エステルあるいはアミドにおける酸部分の残基に他ならないから、その置換基の本来の意味は当業者であれば明確に把握できる。
また、請求項2におけるスルホ基及びトリホスホノ基も同様にスルホン酸あるいはトリホスホン酸由来の基であり、それぞれエステルあるいはアミドにおけるスルホン酸あるいはトリホスホン酸の酸部分の残基を意味する。
同請求項3,7のバニリル、ロイシル、イソロイシル、プロリニル、トリプトファニル、グリシニル、セリニル、チロシニル、リシニル及びヒスチジニルも、バニリン、ロイシン、イソロイシン、プロリンル、トリプトファン、グリシン、セリン、チロシン、リジン及びヒスチジン等の各アミノ酸のカルボキシル基と、上記ヒドロキシル基あるいはアミノ基が反応してエステルあるいはアミドを形成した場合の、これらアミノ酸の残基を表すことは明らかである。
したがって、本件異議申立人指摘する上記置換基についての本件特許明細書の表現は、若干不適切であるが、当業者がその本来の意味を把握することができるから、この点により、特許法第36条第5項の規定により取消されるべきほどの瑕疵を有するとすることはできない。
また、請求項4及び8においてはR1がn-ブチルである旨記載されているが、これら請求項で引用する請求項2、6の記載においてはR1がアルキル基である場合があることを明示しており、また、請求項3及び7には、アルキル基として,n-ブチルが記載されており、このことは発明の詳細な説明中にも記載がある。してみれば、本件請求項4、8のR1がn-ブチルである旨の記載自体、特段の矛盾もなく、当業者が把握できないというものでもなく、発明の詳細な説明中に記載されていたものである。してみれば、本件請求項4及び8自体の記載には不備はない。
なお、本件異議申立人はR1がn-ブチルである化合物は、その製法及び用途が記載されてはいないというが、発明の詳細な説明においては、例えば、R(R1と同じ)がアルキル等の保護基を有する原料化合物として、2-ブテン1,3ジオールのジエーテルを用いられる旨記載され(特許公報、第16欄19〜39行)、また、薬学的に受容可能な誘導体として5’位がアルキル化誘導体等を含む旨記載され、該薬学的に受容可能な誘導体を含む製剤の用途として、HIV感染等の予防、治療に用いることが記載されているのであるから(特許公報第10欄24〜48行)、これらの点からみれば、R1がn-ブチルである場合の化合物の製法、用途については、特許明細書の発明の詳細な説明中に開示されていないとはいえず、この点の主張も採用できない。
5.結び
以上のとおりであるから、結局、本件異議申立の理由及び証拠によっては、本件特許を取消すことができない。
また、他に本件特許を取消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2000-08-02 
出願番号 特願平4-507549
審決分類 P 1 651・ 531- Y (C07D)
P 1 651・ 121- Y (C07D)
P 1 651・ 161- Y (C07D)
P 1 651・ 113- Y (C07D)
P 1 651・ 4- Y (C07D)
P 1 651・ 532- Y (C07D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 冨永 保  
特許庁審判長 吉村 康男
特許庁審判官 内藤 伸一
谷口 浩行
登録日 1999-03-19 
登録番号 特許第2901160号(P2901160)
権利者 エモリー ユニバーシティ
発明の名称 2-ヒドロキシメチル-5-(5-フルオロシトシン-1-イル)-1,3-オキサチオランの抗ウィルス活性および分割  
代理人 津国 肇  
代理人 岩崎 光隆  
代理人 篠田 文雄  
代理人 佐伯 とも子  
代理人 青山 葆  
代理人 渡辺 睦雄  

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