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審決分類 審判 一部無効 発明同一 訂正を認める。無効としない B23K
審判 一部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効としない B23K
管理番号 1052315
審判番号 無効2001-35051  
総通号数 27 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1993-12-21 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-02-07 
確定日 2001-10-10 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第2978350号発明「多電極片面サブマージアーク溶接法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 理 由
1.本件特許の経緯
本件特許第2978350号(以下、「本件特許」という。)は、平成5年2月4日の出願(国内優先権主張平成4年4月6日)であって、平成11年9月10日にその特許権の設定の登録がされたものである。

2.本件無効審判の経緯
審判請求人株式会社神戸製鋼所は、本件請求項1ないし4に係る特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求めて、無効審判を請求した。
これに対して、被請求人は、答弁書提出期間内に、答弁書の提出とともに訂正請求をした。

3.審判請求人の主張
請求人は、本件特許の請求項1ないし4に係る発明について、
甲第1号証として特開平3-238174号公報を、甲第2号証として本件特許に係る出願の出願当初の明細書及び図面を、甲第3号証として本件特許に係る出願に対する平成11年5月7日付けの拒絶理由通知書を、甲第4号証として特開平4-84676号公報を、第5号証として本件特許に係る出願の平成11年7月16日付け手続補正書を、甲第6号証として本件特許の出願の平成11年7月16日付け意見書を、甲第7号証として久保亮五他3名編「岩波 理化学辞典 第4版」1992年2月20日岩波書店発行、第1084頁を、甲第8号証として社団法人溶接学会編「溶接・接合便覧」平成2年9月30日丸善発行、第301-303頁を、甲第9号証として特願平3-96168号の出願当初の明細書及び図面を、甲第10号証として特願平3-96168号の願書を、甲第11号証として特開平4-309471号公報を、甲第12号証として特願平4-84206号の願書を、及び甲第13号証として溶接学会編「改定3版 溶接便覧」昭和56年4月20日丸善発行、第304-311頁を提示し、
a.本件請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証、に記載された発明に基づいて、又は甲第1号証、甲第7号証及び甲第8号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
b.本件請求項1ないし4に係る発明は、甲第9号証に記載された発明と同一であるから、当該発明に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。
旨主張している。

4.これに対し、被請求人は、以下のとおり主張する。
a.本件特許発明は、平成13年5月15日付けの訂正請求書により、訂正され、請求項1に係る発明は、請求人が無効の請求対象としなかった請求項5に減縮したものである。
b.甲第1号証には、本件特許の請求項1の発明の構成要件である「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いる」という構成要件については、全く開示がない。また、甲第7号証及び甲第8号証には、それぞれ、フェノール樹脂が熱硬化性であること、焼成フラックスの総称としてボンドフラックスが使われていること、が記載されているのみである。したがって、請求項1に係る発明は、甲第1号証(必要に応じてこれに甲第7号証及び甲第8号証の記載を加味しても)に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得ることではない。
c.甲第9号証に記載されたものは、本件特許の請求項1の発明の構成要件である「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いる」の構成を欠くものであるから、請求項1に係る発明は、甲第9号証に記載された発明と同一ではない。
d.請求項2ないし4に係る発明は、請求項1に従属するものであるから、当然に、進歩性を有するものであり、甲第9号証に記載された発明と同一でもない。

5.上記訂正請求によって訂正された明細書に係る発明は、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】 多電極片面サブマージアーク溶接法において、4電極のソリッドワイヤ(以下ワイヤとする)を用い、第1電極のワイヤ径4.8mmφ、第2〜4電極のワイヤ径を6.4mmφとし、かつ、第1電極の電流をI1(A),第2電極の電流をI2(A),第3電極の電流をI3(A),第4電極の電流をI4(A),溶接速度をS(cm/min ),被溶接鋼板の板厚をt(mm)とした時、
60≦S≦200、
1000≦St≦4000、
1100≦I1≦2400,900≦I2≦2100、
1000≦I3+I4≦4200、
第2、第3電極の極間距離125〜250mmで、焼成型の表および裏フラックスを用いるとともに、ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項2】 裏フラックスの成分がSiO2:20〜40重量%,MgO:20〜40重量%,CaO:10〜20重量%,Al2O3:2〜10重量%を必須成分として含有し、フラックス全重量に対し1〜5重量%の熱硬化性樹脂を含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項3】 表フラックスの成分がSiO2:10〜20重量%,MgO:10〜30重量%,CaO:5〜15重量%,Al2O3:2〜15重量%,Fe:10〜40重量%を必須成分として含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項4】 裏フラックスの成分がSiO2:20〜40重量%,MgO:20〜40重量%,CaO:10〜20重量%,Al2O3:2〜10重量%を必須成分として含有し、フラックス全重量に対し1〜5重量%の熱硬化性樹脂を含有し、さらに表フラックスの成分がSiO2:10〜20重量%,MgO:10〜30重量%,CaO:5〜15重量%,Al2O3:2〜15重量%,Fe:10〜40重量%を必須成分として含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。」

6.上記訂正請求の適否について判断する。
(1)上記訂正は、願書に添付された明細書(以下、「特許明細書」という。)を、以下のa〜iのとおり訂正するものである。
a.特許請求の範囲について、
請求項1について、『ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いる』を加入する訂正をする。
b.特許請求の範囲について
請求項5及び6を削除する。
c.発明の詳細な説明について
段落番号【0011】11-12行目の『表及び裏フラックスを用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。」である』を『表及び裏フラックスを用いるとともに、ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。」である』と訂正する。
d.発明の詳細な説明について
段落【0012】7-8行目の『また「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いること」』を、「すること」と訂正する。
e.発明の詳細な説明において
段落【0031】の次に『[ワイヤの成分]
ところで、片面溶接金属は凝固組織として割れ易い上に、母材の希釈および裏フラックスからの還元によりC量が高くなり、耐高温割れ性が劣る。この場合、裏フラックスのC源としては成分はもちろんであるが、裏フラックスに添加する熱硬化性の樹脂があげられる。しかし、裏ビード成形のため熱硬化性樹脂の添加は必須であり、除去は不可能である。また、被溶接鋼板のC量も非常に高い場合もあり、溶接時に何らかの対策が必要となってくる。その場合、できるだけC量の少ないワイヤを用いる必要がある。ただし、溶接金属の引張強度あるいは靭性のバランスが必要なため被溶接鋼板のC量に応じて選択する必要がある。従って、第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることとした。
なお、C量は極力少ないことがベターであるが生産性を考慮して0.04重量%以下とした。
その他の組成についてはフラックス組成との関連で選択されるものであるが、Mn:0.3〜3.2%,Mo:0.15〜0.75%の一種または二種以上を含有するワイヤが強度および靭性を確保する上で好ましい。』を加入する訂正をし、段落【0047】及び段落【0048】の全文を削除する訂正をする。
f.発明の詳細な説明について
段落【0032】の『以上が本発明の必須構成要件であるが、溶接材料として表側フラックス、バッキングフラックスおよび電極ワイヤを目的に応じて、以下の成分のものを組み合わせることも本発明の構成要件に含まれる。』を『以上が本発明の必須構成要件であるが、溶接材料として表側フラックスおよびバッキングフラックスを目的に応じて、以下の成分のものを組み合わせることも本発明の構成要件に含まれる。』と訂正する。
g.発明の詳細な説明について
段落【0049】3-4行目の『表1に示す鋼板に対し、表2のワイヤ、表3の表フラックス、表4の裏フラックスを用いて、23種類の片面サブマージアーク溶接を行った。』を、『表1に示す鋼板に対し、表2のワイヤ、表3の表フラックス、表4の裏フラックスを用いて、17種類の片面サブマージアーク溶接を行った。』と訂正する。
h.発明の詳細な説明において、
段落【0051】1-4行目の『本発明実施例における溶接結果を表5に示す。本発明例であるNo.1〜13は本発明効果によりいずれも良好な溶接部を得ることが出来たが、一方、比較例のNo.14〜23の場合、溶接結果の欄に記入してあるように、満足できるビード形成が出来なかった。』を『本発明実施例における溶接結果を表5に示す。本発明例であるNo.1〜7は本発明効果によりいずれも良好な溶接部を得ることが出来たが、一方、比較例のNo.8〜17の場合、溶接結果の欄に記入してあるように、満足できるビード形成が出来なかった。』と訂正する。
i.段落【0056】、【0057】及び【0058】の【表5】、【表6】及び【表7】中のNo.4,5,6,10,11,12の全項目を削除し、No.7,8,9,13をそれぞれNo.4,5,6,7と訂正し、No.14〜23をそれぞれNo.8〜17と訂正する。

(2)上記訂正のうち、
aの訂正事項についてみると、この訂正は、第1〜第4電極のワイヤの材質として、そのうちの少なくとも1つの電極のワイヤのC量を特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮に相当する。
bの訂正事項についてみると、この訂正は、請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮に相当する。
c及びdの訂正事項についてみると、この訂正は、特許請求の範囲の減縮に伴い、発明の詳細な説明の【課題を解決するための手段】の欄の記載をこれに整合させたものであるから、明りょうでない記載の釈明に相当する。
e及びfの訂正についてみると、この訂正は、特許請求の範囲の減縮に伴い、発明の詳細な説明の【作用】の欄の記載をこれに整合させたものであるから、明りょうでない記載の釈明に相当する。
g〜iの訂正は、特許請求の範囲の減縮に伴い、不適当になった実施例を削除したものであるから、明りょうでない記載の釈明に相当する。
そして、上記aの訂正事項についてみると、訂正された請求項1は、特許明細書の請求項5の記載されたものと異なるものではないから、訂正事項aは、特許明細書に記載された事項の範囲内のものであるし、実質的に特許請求の範囲を変更するものでもない。。
したがって、上記訂正事項は、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものであり、かつ、特許請求の範囲を実質的に拡張し、又は変更するものではない。

(3)以上のとおりであるから、上記訂正請求は、特許法第134条第2項ただし書き並びに同条第5項で準用する第126条第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

7.次に、無効審判の請求理由について判断する。
(1)本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、訂正された明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものであって、上記5で認定したとおりのものである。

(2)刊行物である前記甲第1、7、8及び13号証、並びに本件特許に係る出願の特許法第29条の2の他の出願の出願当初の明細書及び図面にあたる甲第9号証には、以下の事項が記載されている。
甲第1号証;「(2)第2電極と第3電極との距離を150〜300mmとし、かつ、第3電極の電流をI3(A)とするとき、
I3≦0.65(I1+I2)
であることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の高速片面サブマージアーク溶接法。」(特許請求の範囲)、「(産業上の利用分野)本発明は、3電極以上の多電極を用いて行う片面サブマージアーク溶接法に関わり、更に詳しくは、溶接速度100cm/min以上の高速で行う高能率な片面サブマージアーク溶接法に関するものである。」(第1頁右下欄19行目-第2頁左上欄4行目)、「しかし、片面サブマージアーク溶接においては、表ビードはもちろんのこと、健全な裏ビードをも同時に形成することが要求されるので、高速化を達成するために、いたずらに電流を上げると、裏ビードが出すぎてビードが不均一になり、極端な場合には横割れが発生することになる。さらに、溶接速度が速いとビードが細くなり、裏ビード端部にアンダーカットが発生し易くなる。加えて、高速ゆえに溶接金属の凝固が速く、第6(a)図に示すが如く、結晶の成長方向(デンドライト)が突合わせになり、非常に割れ易い組織となる。従って、片面サブマージアーク溶接においては、溶接速度100cm/min以上に踏み込んだ技術は、未だ達成されていないのが現状である。」(第2頁右上欄4-17行目)、「本発明は、上記高速片面サブマージアーク溶接法において、健全な裏ビードを形成する溶接法を提供することを第1の目的とするとともに、あわせて満足できる表ビードをも形成する溶接法を提供することを目的としたものである。」(第2頁左下欄9-13行目)、「第3表のフラックスは、原料粉を水ガラスを用いて造粒した後、400℃×120minの条件でロータリーキルンで焼成したボンドフラックスで仕上がりフラックスの粒度は12×100メッシュで整粒した。また、第4表のバッキングフラックスは第5図(a)に示した銅当金併用型のバッキングフラックスでボンド形フラックスである。」(第5頁左上欄2-8行目)及び「以上説明したように、本発明は高速の片面サブマージアーク溶接法によって極めて健全で良好な裏ビードを得るとともに表ビードも良好に形成でき、高効率溶接が可能となってその実用的価値は極めて大きい。」(第7頁左上欄11-15行目)と記載され、第3表には、実施例及び比較例で使用した表フラックスの化学成分として、SiO2;15重量%、MgO;19重量%、CaO;5重量%、Al2O3;4重量%、鉄粉;32重量%、Fe-Si;2重量%、Fe-Mn;6重量%を含むことが、第4表には、裏フラックスの化学成分として、SiO2;22重量%、MgO;28重量%、CaO;10重量%、Al2O3;5重量%、フェノール樹脂;3重量%を含むことが、それぞれ示され、また、第5表には、比較例として、No12に、第1電極のワイヤ径が4.8mm、第2〜4電極のワイヤ径が6.4mmの4電極のワイヤを用い、溶接条件が、溶接速度;200cm/min、第1電極の電流;2000A、第2電極の電流;1800A、第3電極の電流;1400A、第4電極の電流;1400A、第2電極と第3電極の距離;350mm、試験片の板厚;20mmの例が示されている。
甲第7号証;「フェノール樹脂」の項に「フェノール類とホルムアルデヒドとの付加・縮合で得られる熱硬化性樹脂。」(2-4行目)と記載されている。
甲第8号証;「b.フラックスの種類と特徴」の項に、「フラックスはその製造方法により、これまで溶融フラックスと焼成フラックスに分類されており、焼成フラックスは焼成温度によってボンドフラックス(400〜550℃)と焼成フラックス(800〜1000℃)に区分されていた、しかし、わが国で開発・実用化された焼成フラックスはほとんどがボンドフラックスであり、1988年のJISの改正(JISZ3352)で焼成フラックスの総称としてボンドフラックスが使われることになった。」と記載されている。
甲第9号証;「本発明は片面溶接、特に造船の大板継ぎなどで用いられている多電極片面サブマージアーク溶接法に関するものである。」(段落【0001】2-3行目)、「表1に示す鋼板に対して、表2のワイヤ、表3のフラックス、表4のバッキングフラックスを用いて8種類の片面サブマージアーク溶接を行った。(段落【0035】2-3行目)、「表3のフラックスは、原料粉を水ガラスを用いて造粒した後、400℃×120minの条件でロータリーキルンで焼成したボンドフラックスで、仕上がりフラックスの粒度は12×100メッシュに整粒した。また、表4のバッキングフラックスは、図7(a)に示した銅当金併用型のバッキングフラックスで、ボンド型フラックスである。」(段落【0036】1-5行目)及び「尚、開先形状は図6に示す形状を用いた。試験板の板厚は16mm、ルートフェースは3mm、開先角度は50°である。」(段落【0038】1-2行目)と記載され、表3には、フラックスの化学成分として、SiO2;15重量%、CaO;5重量%、Al2O3;4重量%、MgO;19重量%、鉄粉;32重量%、Fe-Si;2重量%、Fe-Mn;6重量%を含むことが、表4には、バッキングフラックスの化学成分として、SiO2;22重量%、CaO;10重量%、Al2O3;5重量%、MgO;28重量%、フェノール樹脂;3重量%を含むことが、それぞれ示され、また、表5には、本発明例として、No.3に、第1電極のワイヤ径が4.8mm、第2〜4電極のワイヤ径が6.4mmの4電極のワイヤを用い、溶接条件が、溶接速度;150cm/min、第1電極の電流;1700A、第2電極の電流;1300A、第3電極の電流;アークスタート時に1500A、本溶接750A、第4電極の電流;750A、第2電極と第3電極の距離;200mmの例が、表6には、比較例として、No.7に、第1電極のワイヤ径が4.8mm、第2〜4電極のワイヤ径が6.4mmの4電極のワイヤを用い、溶接条件が、溶接速度;150cm/min、第1電極の電流;1700A、第2電極の電流;1300A、第3電極の電流;750A、第4電極の電流;750A、第2電極と第3電極の距離;200mmの例がそれぞれ示されている。
甲第13号証;5.2「サブマージアーク溶接」の項に、「a.歴史」として、「1934年頃に裸の送給ワイヤを使用し、溶融金属の保護を、溶接線上にあらかじめ散布された粉粒状フラックスで行うという画期的な方法、すなわちサブマージアーク溶接法が考案された。」及び「まずアメリカより約10台のサブマージアーク溶接装置と少量のワイヤ、フラックスが主な造船所に輸入された。」と、「b.原理」として、「母材上にあらかじめ散布された粉粒状のフラックス中に電極ワイヤを送り込み、」と、「c.特徴」として、「特に近年2本以上の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接やワイヤの代わりに帯状の電極を使用する溶接法が広く採用されて、」、「高品質のワイや及びフラックスと相まって」及び「表5・2 サブマージアーク溶接用ワイヤ例」と、「d.溶接装置」として、「ワイヤリールに取り付けられたコイル状の溶接ワイヤは、」及び「表5・7 ワイヤサイズと使用電流範囲」の表中に対置して「テープ状電極」「相当するソリッドワイヤ」と、並びに「5.2.2 溶接材料 a.ワイヤ」として、「表5・2は、市販されている主だったサブマージアーク溶接用ワイヤである。」、「この他に、肉盛に用いるものとして、合金粉を中に巻きこんだチューブワイヤがある。」及び「矩形断面テープ状の電極があり、従来のソリットワイヤの代りに使用されるもので、」と記載されている。

(3)本件特許の請求項1に係る発明と前記甲第1号証、甲第7号証、甲第8号証及び13号証に記載されたものとを対比すると、前記甲各号証には、いずれにも、本件特許発明の構成である「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いること」構成が記載されておらず、かつ該構成が示唆されているとすることもできない。
したがって、請求項1に係る発明は、前記甲第1号証、甲第7号証、甲第8号証及び甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(4)本件特許の請求項1に係る発明と前記甲第9号証に記載されたものとを対比すると、前記甲第9号証には、本件特許発明の構成である「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いること」構成が記載されておらず、かつ該構成が単なる設計的事項であるとすることもできない。
したがって、請求項1に係る発明は、前記甲第9号証、に記載された発明と同一であるとすることはできない。

(5)次に、本件特許の請求項2ないし4に係る発明についてみると、請求項2ないし4に係る発明は、請求項1に係る発明の構成を全て備えた上で、さらに限定を加えたものであるから、この限定した構成が甲第1号証、甲第7号証、甲第8号証及び甲第13号証に記載されているとしても、前記(3)のとおり、請求項1に係る発明が甲第1号証、甲第7号証、甲第8号証及び甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることができない以上、請求項2ないし4に係る発明も、前記甲第1号証、甲第7号証、甲第8号証及び甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
また、請求項2ないし4に係る発明は、請求項1に係る発明の構成を全て備えた上で、さらに限定を加えたものであるから、この限定した構成が甲第9号証に記載されているとしても、前記(4)のとおり、請求項1に係る発明が甲第9号証に記載された発明と同一であるとすることができない以上、請求項2ないし4に係る発明も、前記甲第9号証に記載された発明と同一であるとすることはできない。

8.結論
したがって、本件特許の請求項1ないし4に係る特許は、無効審判請求における審判請求人が主張する理由及び証拠によっては、無効とすることができない。
よって結論の通り審決する。
審判費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条を適用して、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
多電極片面サブマージアーク溶接法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 多電極片面サブマージアーク溶接法において、4電極のソリッドワイヤ(以下ワイヤとする)を用い、第1電極のワイヤ径4.8mmφ、第2〜4電極のワイヤ径を6.4mmφとし、かつ、第1電極の電流をI1(A),第12電極の電流をI2(A),第3電極の電流をI3(A),第4電極の電流をI4(A),溶接速度をS(cm/min),被溶接鋼板の板厚をt(mm)とした時、
60≦S≦200、
1000≦St≦4000、
1100≦I1≦2400,900≦I2≦2100、
1000≦I3+I4≦4200、
第2、第3電極の極間距離125〜250mmで、焼成型の表および裏フラックスを用いるとともに、ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項2】 裏フラックスの成分がSiO2:20〜40重量%,MgO:20〜40重量%,CaO:10〜20重量%,Al2O3:2〜10重量%を必須成分として含有し、フラックス全重量に対し1〜5重量%の熱硬化性樹脂を含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項3】 表フラックスの成分がSiO2:10〜20重量%,MgO:10〜30重量%,CaO:5〜15重量%,Al2O3:2〜15重量%,Fe:10〜40重量%を必須成分として含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。
【請求項4】 裏フラックスの成分がSiO2:20〜40重量%,MgO:20〜40重量%,CaO:10〜20重量%,Al2O3:2〜10重量%を必須成分として含有し、フラックス全重量に対し1〜5重量%の熱硬化性樹脂を含有し、さらに表フラックスの成分がSiO2:10〜20重量%,MgO:10〜30重量%,CaO:5〜15重量%,Al2O3:2〜15重量%,Fe:10〜40重量%を必須成分として含有せしめることを特徴とする請求項1記載の多電極片面サブマージアーク溶接法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、4電極を用いて行う片面サブマージアーク溶接法に係わり、更に詳しくは、各板厚を従来の溶接速度のそれぞれ約2倍程度の高速で行うことができる高能率な片面サブマージアーク溶接法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より、厚板の高能率溶接法として片面サブマージアーク溶接法が造船を中心にさかんに適用されてきた。ところが、効率化追及のレベルは増々高くなり、従来の溶接速度に比べ2〜3倍の高速性を加味した溶接法が切望されている。
【0003】
しかしながら、従来の片面サブマージアーク溶接法は、特公昭48-22572号公報や特公昭49-38420号公報等に開示されているが如く、2または3電極の溶接法が実施工で用いられてきた。この従来の片面サブマージアーク溶接法は、主として板厚14〜15mmを境に、薄板側では2電極、厚板側では3電極を用い、その溶接速度は2電極で板厚6〜8mm、3電極で板厚15〜16mmの70cm/min程度が最大であった。
【0004】
ところが、近年、環境保護の観点から米国などではタンカーの二重底構造が義務付けられようとしており、造船の組立工数が大幅に増加している。これに対して、造船溶接に於けるすみ肉溶接の自動化/効率化はロボットやラインウエルダーの導入などで著しく進歩したが、その前工程の片面サブマージアーク溶接による大板継ぎの技術は約20年間全く進歩しておらず、全体のボトルネックとなっている。これは通常の両面溶接と異なり、裏ビードを形成しながら同時に表ビードを形成する必要があるため、溶接条件の自由度が少なく技術的に開発するのが非常に困難であったためである。
【0005】
つまり、通常の両面溶接の場合は高速性を追求して、かなり強引に電流を上げても、片面溶接特有の裏波が過大となるといった問題がないため、高速化も比較的容易に達成できる。しかし、片面サブマージアーク溶接においては、高速化を達成するために、いたずらに電流を上げると、裏ビードが出すぎてビードが不均一になり、極端な場合には横割れが発生する事になる。さらに、溶接速度が速いと表・裏ビード端部にアンダーカットが発生し易くなる。加えて、裏当て銅板からの冷却および高速性のために溶接金属の凝固が速く、図6(a)に示すが如く、結晶の成長方向(デンドライト)が突合せになり、非常に割れ易い組織となる。
【0006】
従って、片面サブマージアーク溶接においては、最大溶接速度は薄板の6〜8mmで70cm/min程度であり、厚板ではますます遅くなり、高速化に踏み込んだ技術は達成されていないのが現状である。
【0007】
なお、ここでいう片面サブマージアーク溶接法とは、図5(a),(b)に示すように、突き合わされた被溶接材1,1′の裏面から、銅当金2上に層状に散布したバッキングフラックス4、または耐火性キャンバス7内に収納されたバッキングフラックス4をエアーホース5等の押上機構により被溶接材1,1′の裏面に押圧しておき表側よりワイヤ3,フラックス6を用いてサブマージアーク溶接を行い、被溶接材の表側と裏側に同時にビード形成する溶接方法である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは、先に特開平3-238174号公報において、高速化達成のための基本的知見を得た。しかしながら、実際の施工においては板厚が種々ありまた鋼板の成分もかなり異なるため、該発明においても未だ不十分であった。
【0009】
本発明は、多電極片面サブマージアーク溶接法において、溶接速度を従来の溶接法に比べて2〜3倍と飛躍的に高めたにも関わらず、現場溶接において、健全な欠陥のない溶接金属を得る溶接法を提供する事を目的としたものである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは上記事情に鑑み、種々検討した結果、以下の知見を得た。
(1)裏ビード形成には、先行電極(第1,第2電極)によるキーホールの形成が不可欠であるが、従来の溶接速度のようにキーホールの形成に溶接金属による二次溶融の関与が、高速法の場合は得ることができない。従って、アーク力だけでキーホールを形成できるような特定の高電流が必要である。
(2)割れ等の溶接欠陥のない凝固を促し、同時に適度な余盛の表ビードを形成するため後行電極の厳密な溶接条件の制御が必要である。
(3)先行電極(第1,第2電極)はキーホール形成の役割、後行電極(第3,第4電極)は溶接金属の凝固形態と表面ビード形成の役割を分担するため、先行電極と後行電極には特定の距離を保つ必要がある。
(4)良好な裏ビードを形成するには、板厚と溶接速度の間に特定の関係がある。
(5)高速化によりビードが細くなるため、なるべく太いソリッドワイヤを用いる必要がある。
(6)耐火性が良好な点から表フラックスとしては焼成形フラックスを用いる必要がある。
(7)高速化により裏ビードは出にくくなるため、裏フラックス溶融時にスラグ厚さは薄くなる必要があり、かさ比重の小さい焼成形を用いる必要がある。
【0011】
即ち、本発明の要旨とするところは、「多電極片面サブマージアーク溶接法において、4電極のソリッドワイヤを用い、第1電極のワイヤ径4.8mmφ、第2〜4電極のワイヤ径を6.4mmφとし、かつ、第1電極の電流をI1(A),第2電極の電流をI2(A),第3電極の電流をI3(A),第4電極の電流をI4(A),溶接速度をS(cm/min),被溶接鋼板の板厚をt(mm)とした時、
60≦S≦200、
1000≦St≦4000、
1100≦I1≦2400,900≦I2≦2100、
1000≦I3+I4≦4200、
第2、第3電極の極間距離125〜250mmで、
焼成型の表および裏フラックスを用いるとともに、ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。」である。
【0012】
また、組み合わせる鋼板や溶接条件により、「裏フラックスの成分がSiO2:20〜40重量%,MgO:20〜40重量%,CaO:10〜20重量%,Al2O3:2〜10重量%を必須成分として含有し、フラックス全重量に対し1〜5重量%の熱硬化性樹脂を含有するものであったり」あるいは「表フラックスの成分がSiO2:10〜20重量%,MgO:10〜30重量%,CaO:5〜15重量%,Al2O3:2〜15重量%,Fe:10〜40重量%を必須成分として含有するものであったり」することも本発明の構成要件である。
【0013】
【作用】
以下に、本発明について詳細に説明する。
[電極数の限定理由]
まず、本発明においては4本の電極を用いる事が必要である。これにより、先行電極(第1,第2電極)で裏ビードを形成し、後行電極(第3、4電極)で溶接金属の凝固形態と表面ビード形成の役割分担ができ、必要な溶着量を確保する事が可能となる。5本以上では溶着量の面から各電極の電流を低くする必要が生じ、本発明のような太径ワイヤを用いる溶接ではアークが不安定となり、特に鋼板が薄くなると溶接が不可能となる。図2に本発明の実施態様を示す。
【0014】
[ワイヤ径の限定理由]
まず、第1,第2電極のワイヤ径について述べる。溶接速度が早くなると溶着量を増やす必要がある。溶着量を増やすためには電流密度を上げる事が効果があり、そのためワイヤ径を小さくするか高電流の適用が考えられるが、細径の場合アークが集中し、ビードが凸になり、アンダーカットが発生し易い。従って、アークをソフトにし、ビード趾端部のなじみが平滑になるように第1,第2電極のワイヤ径を太くする必要がある。ただし、第1電極は開先ルート部の溶融に寄与するため、ある程度のアークの集中性が必要となる。そこで、市販のワイヤについて径が4.0mm、4.8mm、6.4mm、8.0mmについて図3(a)に示すような1電極片面溶接を行った結果、4.8mmでは良好な開先ルート部の溶融が得られたものの、4.0mmでは開先ルート部を完全に溶融したのみならず、電極1本で凸なビードが生成した。このまま2電極溶接を行うと裏ビードが過大となる。また、6.4,8.0mmでは開先ルート部を全部溶融できなかった。従って、第1電極のワイヤ径は4.8mmとした。
【0015】
第2電極は、3図(b)に示すように第1電極で生成された溶融金属を押し出し、最終的に裏ビード形成を行う。このため、趾端部の立ち上がり角度が小さい裏ビードを得るためには第1電極より太いワイヤが必要となってくる。ただし、ワイヤ溶着量を確保する上から、6.4mmを超えると不十分であった。従って、第2電極のワイヤ径は6.4mmとした。
【0016】
つぎに、第3,4電極は、割れ、融合不良およびスラグ巻き込み等の内部欠陥の発生を防止し、必要な溶着量を確保し、適度な余盛の表ビードを形成する。ゆえに、良好な表ビードを形成するためには幅の広いビードを得る必要があり、両電極ともできるだけ太いワイヤを用いる必要がある。この場合、6.4mmを超えると電流密度の低下により、十分な溶着量を確保することは困難であった。従って、第3,4電極のワイヤ径は6.4mmとした。
なお、ここで言うワイヤ径は公称径を示しており、±0.2mm程度の誤差は本発明の効果を損なわないものである。
【0017】
[溶接速度と板厚の関係]
図1に各板厚について溶接速度を変化させて4電極溶接を行った結果を示す。この場合、各板厚に必要な溶着量は4電極の電流を適正に配分し確保した。開先形状は、板厚12.7mm以下では角度60°,ルートフェース3mm、板厚12.7mm超えて20mm未満では角度50°,ルートフェース3mm、板厚20mm以上では角度50°,ルートフェース5mmとした。
【0018】
この図で○は表・裏ビードとも良好であったものを示し、×は表あるいは裏ビードのいずれかに不具合が発生したものを示している。本発明は溶接速度60cm/min以上について検討した。溶接速度が200cm/minを超えると表・裏ビードともアンダーカットが発生した。
【0019】
また、f=Stとした時、f≧4000の領域では裏ビードの余盛高さが少なく不安定であった。また、f≦1000の領域では裏ビードが過大となった。
【0020】
即ち、この様な高電流・高速片面サブマージアーク溶接においては溶接速度S(cm/min)と被溶接鋼板の板厚t(mm)が特別な関係を満足した時のみ、非常に良好なビードを形成できることが判明した。
【0021】
その結果、本発明者らは、60≦S≦200、かつ、1000≦St≦4000であれば、アンダーカットも割れもない健全なビードが得られることを新規に知見した。
【0022】
[第1,第2電極電流の限定理由]
本発明の裏ビード形成は、先行電極(第1,第2電極)によるキーホールの形成が不可欠であるが、キーホールの形成に溶融金属による二次溶融の効果が、高速法のため期待できない。従って、アーク力だけでキーホールを形成できるような特定の高電流が必要である。
【0023】
第1電極は図3(a)に示すように開先ルート部の溶融に関与する。特に高速溶接の場合、第1電極の溶融の程度は同図に示すように鋼板裏面と面一程度になることが理想的である。そこで、角度50〜60°,ルートフェース3〜5mmの範囲について各種開先形状を検討した結果、第1電極の電流I1(A)は1100≦I1≦2400が適正であった。
【0024】
つぎに、第2電極は図3(b)に示すように第1電極で生成された溶融金属を押し出し、最終的に裏ビード形成を行うものである。そこで、第1電極については1100≦I1≦2400を用い、これに第2電極の電流を変化させて図3(b)の検討を同様の開先で行った。裏ビードの余盛高さを測定した結果、第2電極の電流I2(A)は900≦I2≦2100で良好な裏ビードを得ることができた。
【0025】
[第3,第4電極電流の限定理由]
次に、表ビード形成を担う第3,第4電極について検討した。第3,第4電極は、融合不良およびスラグ巻き込み等の内部欠陥の発生を防止し、必要な溶着量を確保するために用いるのであるが、同時に第1,第2電極で形成された溶接金属を溶融し、6図(b)に示す如くデンドライトの方向を上むきに制御する役割もある。
【0026】
また、溶着量を確保するため、(第3+第4)電極の電流が高くなりすぎると溶け込みが深くなり、第1,第2電極によって形成された裏ビードに悪影響を及ぼす。この場合、(第3+第4)電極の電流が4200(A)を超えると裏ビードが出すぎたり、割れが発生する。従って、第3,第4電極の電流をそれぞれI3(A),I4(A)とした時、
I3+I4≦4200と限定した。
【0027】
一方、第3,第4電極は適正な余盛を得るために薄板になると低電流を用いる必要がある。しかし、本発明の太径ワイヤでは電流が余り低くなるとアークが発生しない。
この場合、I3+I4≧1000がアーク発生の限界であった。
従って、1000≦I3+I4≦2400と限定した。
【0028】
[第2,第3電極の極間距離の限定理由]
ところで、第3、4電極は、割れ等の溶接欠陥のない凝固を促すため、第1、2電極で形成された溶接金属を溶融し、図6(b)に示す如くデンドライトの方向を上むきに制御する役割がある。しかし、第2電極と第3電極の距離が短すぎると、いわゆるワンプールとなり第3、4電極によるアークが裏ビード下端まで到達し、裏ビードが出すぎたり、あるいは裏ビードを再溶融して逆に少なくなったりして、不安定となる。従って、第3電極は裏ビードを乱さないよう第2電極から特定の距離を保って配置する必要がある。本発明者等は、第1,第2電極で形成されるプールの長さを測定した結果、プールの長さは溶接速度60cm/minで約110mm、80cm/minで約140mmであった。溶接速度が早くなるとプールは長くなる。従って、第2電極と第3電極の距離は最低125mm以上必要である。しかし、この長さが250mmを超えると第1、2電極で生成した溶融スラグが完全に凝固して、第3電極で安定したアークを発生する事が出来ない。従って、第2電極と第3電極の距離は125〜250mmに限定した。
なお、ここで言う第2、3電極の極間距離とは図2のLを示す。
【0029】
[焼成形の表および裏フラックスを用いる理由]
表フラックスであるが、本発明のような高電流溶接では耐火性が良好な焼成形フラックスを用いることは必須である。特に、溶接金属に必要な合金添加が容易に行える利点がある。
【0030】
一方、裏ビードは高速化により出にくくなるため、かさ密度の大きい溶融形フラックスでは、裏フラックス溶融時にスラグが厚くなり、裏ビードはほとんど出ない。これは、本発明の裏ビード形成は、従来の溶接速度のようにキーホールの形成に溶融金属による二次溶融の関与ができなく、ビードの広がりが少ないためである。
【0031】
従って、アーク力だけでキーホールを形成するような溶接法においては、裏フラックス溶融時に体積の縮小が大きく、スラグが薄くなる物性が要求される。この点から、裏フラックスとして、かさ比重の小さい焼成形を用いることが本発明においては必須である。
【0032】
[ワイヤの成分]
ところで、片面溶接金属は凝固組織として割れ易い上に、母材の希釈および裏フラックスからの還元によりC量が高くなり、耐高温割れ性が劣る。この場合、裏フラックスのC源としては成分はもちろんであるが、裏フラックスに添加する熱硬化性の樹脂があげられる。しかし、裏ビード成形のため熱硬化性樹脂の添加は必須であり、除去は不可能である。また、被溶接鋼板のC量も非常に高い場合もあり、溶接時に何らかの対策が必要となってくる。その場合、できるだけC量の少ないワイヤを用いる必要がある。ただし、溶接金属の引張強度あるいは靭性のバランスが必要なため被溶接鋼板のC量に応じて選択する必要がある。従って、第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることとした。
なお、C量は極力少ないことがベターであるが生産性を考慮して0.04重量%以下とした。
【0033】
その他の組成についてはフラックス組成との関連で選択されるものであるが、Mn:0.3〜3.2%,Mo:0.15〜0.75%の一種または二種以上を含有するワイヤが強度および靭性を確保する上で好ましい。
【0034】
以上が本発明の必須構成要件であるが、溶接材料として表側フラックスおよびバッキングフラックスを目的に応じて、以下の成分のものを組み合わせることも本発明の構成要件に含まれる。
【0035】
[裏フラックスの成分]
本発明の多電極片面サブマージアーク溶接法は第1〜第4電極でトータル3000〜8700Aもの高電流を用いるものであり、板厚あるいは開先形状等により大入熱溶接となる。従って、裏フラックスも溶接条件によっては、適正な成分のものを組み合わせる必要があり、以下の成分を必須として調整すればよい。
【0036】
SiO2はスラグの融点を調整するために20〜40重量%の範囲で添加する。20%未満では融点が高くなめらかなビードが得られない。40%を超えると融点が低すぎ、ビードが不安定となる。
【0037】
MgOはフラックスの耐火度を調整するために20〜40重量%の範囲で添加する。20%未満では耐火度が低く裏ビード出すぎる。また、40%を超えると耐火度が高すぎ、反対に裏ビードが出にくくなる。
【0038】
CaOはスラグの融点および流動性を調整するために10〜20重量%の範囲で調整する。10%以上添加することにより、ビード趾端部のなじみが良好となる。しかし、20%を超えるとスラグ流動性が不良になり、ビード高さが不均一になる。
【0039】
Al2O3はスラグの耐火度および流動性を調整するため2〜10重量%の範囲で添加する。2%以上の添加で耐火度の効果がある。しかし、10%を超えると裏ビードが凸になる。
【0040】
熱硬化性樹脂はアークが到達する前に、溶接熱によって樹脂が溶融しフラックスを固形化するもので、本発明のような高電流で裏ビードを形成する場合は1〜5重量%の範囲で裏フラックスの熱硬化を制御する必要がある。
【0041】
なお、上記必須成分以外にTiO2,MnO等の金属酸化物、CaF2等の金属弗化物、CaCO3等の金属炭酸塩、Si,Mn等の脱酸剤、Ni,MO等の合金剤あるいは鉄粉を適宜配合して、焼成形フラックスを作成すればよい。
【0042】
[表フラックスの成分]
表フラックスも、高電流を用いた場合の耐火性およびビード成形性が板厚あるは開先形状等により異なってくる。従って、裏フラックス同様、溶接条件によって、適正な成分のものを組み合わせる必要があり、以下の成分を必須として調整すればよい。
【0043】
SiO2はスラグの融点および流動性を調整するために10〜20重量%の範囲で添加する。10%未満では平滑なビードが得られない。20%を超えると融点が低すぎ、ビードの波形が粗くなる。
【0044】
MgOはフラックスの耐火度を調整するために10〜30重量%の範囲で添加する。10%未満では耐火度が低く、ビードが不安定となる。また、30%を超えると耐火度が高すぎ、ビードに広がりがなく凸形となる。
【0045】
CaOは、スラグの融点および流動性を調整するために5〜15重量%の範囲で調整する。5%以上添加することにより、ビード趾端部のなじみが良好となる。しかし、20%を超えるとスラグ流動性が不良になり、ビードが不安定となる。
【0046】
Al2O3は、スラグの剥離性を調整するため2〜15重量%の範囲で添加する。2%以上の添加で効果がある。しかし、15%を超えるとビードが凸になる。
【0047】
Feは溶着量を確保する上で10〜40%の範囲で添加する必要がある。10%未満では効果がなく、また40%を超えるとビード表面に突起が発生する。
【0048】
なお、表フラックスも裏フラックス同様上記成分を必須として、その他の成分を組み合わせて焼成形フラックスを作製すればよい。
【0049】
【実施例】
以上本発明について詳述したが、本発明効果をさらに明確にするため、以下実施例について述べる。
表1に示す鋼板に対し、表2のワイヤ、表3の表フラックス、表4の裏フラックスを用いて、17種類の片面サブマージアーク溶接を行った。
【0050】
表3の表フラックスは、原料粉を水ガラスを用いて造粒した後、400℃×120minの条件でロータリーキルンで焼成した焼成形フラックスで仕上りフラックスの粒度は表3に示すように整粒した。また、表4の裏フラックスは、フェノール樹脂をアルコールを溶媒として溶解し、粘液とした後、フラックス粒子に被覆した。
【0051】
本発明実施例における溶接結果を表5に示す。本発明例であるNo.1〜7は本発明効果によりいずれも良好な溶接部を得ることが出来たが、一方、比較例のNo.8〜17の場合、溶接結果の欄に記入してあるように、満足できるビード形成が出来なかった。
なお、表5において、開先形状は図4に示す形状を用いた。tは試験板の板厚、dはルートフェース、θは開先角度である。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
【表5】

【0057】
【表6】

【0058】
【発明の効果】
以上説明した本発明の方法により、4電極片面サブマージアーク溶接法において、従来の片面サブマージアーク溶接法の約2〜3倍の高速化を達成し、なおかつ割れがなく形状も良好な表・裏ビードを形成でき、その産業上の効果は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】
溶接速度と板厚の関係を示す線図である。
【図2】
本発明溶接法の実施態様を示す側面図である。
【図3】
(a),(b)はそれぞれ、開先ルート部の溶融状態を説明するための正面図である。
【図4】
本発明実施例に用いた開先形状を示す正面図である。
【図5】
(a),(b)はそれぞれ、片面サブマージアーク溶接法を説明するための正面図である。
【図6】
(a),(b)はそれぞれ、溶接金属のデンドライトの方向を説明するための正面図である。
【符号の説明】
1,1′ 被溶接材
2 銅当金
3 電極ワイヤ
4 バッキングフラックス
5 エアーホース
6 フラックス
7 耐火性キャンバス
 
訂正の要旨 訂正の要旨
a.特許請求の範囲について、
請求項1について、『ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いる』を加入する、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正をする。
b.特許請求の範囲について
請求項5及び6を削除する、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正をする。
c.発明の詳細な説明について
段落番号【0011】11-12行目の『表及び裏フラックスを用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。」である』を『表及び裏フラックスを用いるとともに、ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることを特徴とする多電極片面サブマージアーク溶接法。」である』と、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正する。
d.発明の詳細な説明について
段落【0012】7-8行目の『また「ワイヤのC量が0.04重量%以下であるものを第1〜第4電極の少なくとも1つに用いること」』を、「すること」と、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正する。
e.発明の詳細な説明において
段落【0031】の次に『[ワイヤの成分]
ところで、片面溶接金属は凝固組織として割れ易い上に、母材の希釈および裏フラックスからの還元によりC量が高くなり、耐高温割れ性が劣る。この場合、裏フラックスのC源としては成分はもちろんであるが、裏フラックスに添加する熱硬化性の樹脂があげられる。しかし、裏ビード成形のため熱硬化性樹脂の添加は必須であり、除去は不可能である。また、被溶接鋼板のC量も非常に高い場合もあり、溶接時に何らかの対策が必要となってくる。その場合、できるだけC量の少ないワイヤを用いる必要がある。ただし、溶接金属の引張強度あるいは靭性のバランスが必要なため被溶接鋼板のC量に応じて選択する必要がある。従って、第1〜第4電極の少なくとも1つに用いることとした。
なお、C量は極力少ないことがベターであるが生産性を考慮して0.04重量%以下とした。
その他の組成についてはフラックス組成との関連で選択されるものであるが、Mn:0.3〜3.2%,Mo:0.15〜0.75%の一種または二種以上を含有するワイヤが強度および靭性を確保する上で好ましい。』を加入する訂正をし、段落【0047】及び段落【0048】の全文を削除する、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をする。
f.発明の詳細な説明について
段落【0032】の『以上が本発明の必須構成要件であるが、溶接材料として表側フラックス、バッキングフラックスおよび電極ワイヤを目的に応じて、以下の成分のものを組み合わせることも本発明の構成要件に含まれる。』を『以上が本発明の必須構成要件であるが、溶接材料として表側フラックスおよびバッキングフラックスを目的に応じて、以下の成分のものを組み合わせることも本発明の構成要件に含まれる。』と、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をする。
g.発明の詳細な説明について
段落【0049】3-4行目の『表1に示す鋼板に対し、表2のワイヤ、表3の表フラックス、表4の裏フラックスを用いて、23種類の片面サブマージアーク溶接を行った。』を、『表1に示す鋼板に対し、表2のワイヤ、表3の表フラックス、表4の裏フラックスを用いて、17種類の片面サブマージアーク溶接を行った。』と明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をする。
h.発明の詳細な説明において、
段落【0051】1-4行目の『本発明実施例における溶接結果を表5に示す。本発明例であるNo.1〜13は本発明効果によりいずれも良好な溶接部を得ることが出来たが、一方、比較例のNo.14〜23の場合、溶接結果の欄に記入してあるように、満足できるビード形成が出来なかった。』を『本発明実施例における溶接結果を表5に示す。本発明例であるNo.1〜7は本発明効果によりいずれも良好な溶接部を得ることが出来たが、一方、比較例のNo.8〜17の場合、溶接結果の欄に記入してあるように、満足できるビード形成が出来なかった。』と、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をする。
i.段落【0056】、【0057】及び【0058】の【表5】、【表6】及び【表7】中のNo.4,5,6,10,11,12の全項目を削除し、No.7,8,9,13をそれぞれNo.4,5,6,7と訂正し、No.14〜23をそれぞれNo.8〜17と、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正をする。
審理終結日 2001-08-09 
結審通知日 2001-08-14 
審決日 2001-08-27 
出願番号 特願平5-17314
審決分類 P 1 122・ 121- YA (B23K)
P 1 122・ 161- YA (B23K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 神崎 孝之  
特許庁審判長 小林 武
特許庁審判官 宮崎 侑久
三原 彰英
登録日 1999-09-10 
登録番号 特許第2978350号(P2978350)
発明の名称 多電極片面サブマージアーク溶接法  
代理人 津波古 繁夫  
代理人 植木 久一  
代理人 矢葺 知之  
代理人 矢葺 知之  
代理人 小谷 悦司  
代理人 津波古 繁夫  
代理人 津波古 繁夫  
代理人 矢葺 知之  

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