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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41M
管理番号 1074722
異議申立番号 異議2001-72011  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1997-09-09 
種別 異議の決定 
異議申立日 2001-07-23 
確定日 2003-01-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3127114号「インクジェット記録用紙」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3127114号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第3127114号の請求項1および2に係る発明は、平成8年3月1日に出願され、平成12年11月2日にその設定登録がなされ、その後、大湯佳子及び城川明子より特許異議の申し立てがなされ、平成13年11月13日付けで取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成14年1月28日に訂正請求がなされたものである。

II.訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
(1).訂正事項a
特許請求の範囲の【請求項1】の、
「25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時のMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙。」
との記載を、
「25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分M0 の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0 である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。」
と訂正する。

(2).訂正事項b
【0004】第1行目の、「改善ついて」との記載を、「改善について」と訂正する。

(3).訂正事項c
【0009】の、
「【課題を解決するための手段】
本発明の上記の目的は、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時のMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙によって達成された。」
との記載を、
「【課題を解決するための手段】
本発明の上記の目的は、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙によって達成された。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分M0 の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0 である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。」
と訂正する。

(4).訂正事項d
【0012】中の、
「本発明のインクジェット記録用紙のMD方向(抄紙方向)及びCD方向(抄紙方向に対して直交する方向)の不可逆収縮率は、25℃において紙の相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時に、何れも-0.10〜0.10%であることが必要であり、特に、-0.08〜0.08%であることが好ましい。」
との記載を、
「本発明のインクジェット記録用紙の下記一般式で表されるMD方向(抄紙方向)及びCD方向(抄紙方向に対して直交する方向)の不可逆収縮率は、25℃において紙の相対湿度を50%→35%→90%→35%と一定の変化率で連続的に変化させた時に、何れも-0.10〜0.10%であることが必要であり、特に、-0.08〜0.08%であることが好ましい。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分M0 の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0 である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。」
と訂正する。

(5).訂正事項e
【0013】第2行目の、「相対湿度を50%→5%→90%→35%」との記載を、「相対湿度を50%→35%→90%→35%」と訂正する。

(6).訂正事項f
【0026】末尾の、「1サイクル(35%→90%→35%)は6時間とした。」との記載を、「1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。」と訂正する。

(7).訂正事項g
【0027】第3行目の、「紙中水分がM0 」との記載を、「紙中水分がM0 (測定値)」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の追加の有無、及び特許請求の範囲の拡張または変更の存否
訂正事項aは、「MD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率」を、「下記一般式で表される」とし、不可逆収縮率を特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。また、該訂正事項は、段落【0026】及び【0027】の記載に基づくものであるから、願書に添付された明細書に記載された事項の範囲内の訂正であって、特許請求の範囲を拡張あるいは変更するものでもない。
訂正事項c、d及びfは、訂正事項aによる特許請求の範囲の訂正によって生じた、特許請求の範囲と発明の詳細な説明との不一致箇所を、発明の詳細な説明の項において正すものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正に該当し、また、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
訂正事項bは、誤記により、不自然な日本語であった「改善ついては」を、日本語として自然である「改善については」に訂正するものであるから、誤記の訂正を目的とした訂正に該当し、また、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
訂正事項eは、出願当初は「35%」と記載されていたものが、平成12年7月10日付けの手続補正書により、「5%」となったものであるが、同様の記載の同じ箇所は全て「35%」のままであり、誤記により「5%」となったものをもとの「35%」に戻すものであるから、誤記の訂正を目的とした訂正に該当し、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
訂正事項gは、紙中の水分の値M0 が、測定値であることを明確にするものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正に該当し、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

3.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、平成11年改正前の特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する特許法第126条第2項から第4項までの規定に適合するので、当該訂正を認める。

III.本件発明
上記II.のとおり、本件明細書の訂正請求は認められるので、本件特許発明は、訂正請求書に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのもの(以下、「本件発明1」及び「本件発明2」という。)である。
「【請求項1】 25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分M0 の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0 である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
【請求項2】 前記相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、紙の表層と裏層におけるMD方向及びCD方向の不可逆収縮率の表裏差が、それぞれ0.00〜0.05%である請求項1に記載されたインクジェット記録用紙。」

IV.取消理由1の概要
当審で通知した取消理由1の概要は、以下のとおりである。
訂正前の請求項1及び2に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物1ないし5に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

刊行物1:1995年繊維学会予稿集G-115 平成7年6月23日、社団法人繊維学会発行(申立人 大湯佳子が提示した甲第2号証、申立人 城川明子が提示した甲第1号証)
刊行物2:第60回紙パルプ研究発表会 講演要旨集P.116〜P.119 平成5年5月20日、紙パルプ技術協会発行(申立人 大湯佳子が提示した甲第1号証、申立人 城川明子が提示した甲第2号証)
刊行物3:JOURNAL OF PULP AND PAPER SCIENCE (申立人 城川明子が提示した甲第3号証)
刊行物4 特開平7-276786号公報(申立人 城川明子が提示した甲第4号証)
刊行物5 特開平7-186519号公報(申立人 大湯佳子が提示した甲第3号証、申立人 城川明子が提示した甲第5号証)

V.刊行物に記載された事項
1.刊行物1
(1a)「1.塗工紙の吸脱湿によって起こる伸縮変化のトラブルは、ひじわ、波打ち、カールといった従来のものから、最近の塗工紙の情報記録用途の拡大によるコートNIP用紙のカール、インクジェット用紙の波打ち等新しい問題が増えてきている。それらの塗工紙の紙ぐせ現象を改善するには、紙の伸縮性を基本的に解析することは重要である。伸縮性の尺度としては、環境湿度に対する紙の寸法変化率として伸縮率が用いられているが、紙自身がどの程度環境変化に追随しているか不明確である。
これに対し上坂らは、紙の内部変化である水分に対する伸縮変化に対応して、紙の寸法変化を定量的に測定することにより、広い水分変化域で伸縮変化及び履歴依存性の解析を可能としている。」(第1〜7行)
(1b)「2.実験装置:ファイバー式赤外線水分計を組み込んだデジタル式自動伸縮率測定装置 試料:塗工紙…国内に上市されている国産各種グレードの塗工紙 比較紙…新聞用紙、PPC用紙、キャストコート紙、各種特殊紙等 環境条件:温度…25℃一定 湿度…最初に湿度50%から低湿度(35%)に下げ、その後は低湿度(35%)から高温度(90%)の間を1サイクル6時間で吸脱湿を繰り返した。」(第10〜15行)
(1c)「3.代表的測定例として、塗工紙と比較の一般紙としてPPC用紙を取り上げ、各々のMD(抄紙機の進行方向)、CD(抄紙機の進行方向に直角)に見られる水分変化に対する伸縮率の関係を図1及び図2に示した。(図中のSは測定開始点を示す。)」(第16〜20行)
(1d)図1の左側の図中には、矢印(↓)が「不可逆収縮」であること。
(1e)図1及び図2には、縦軸に伸縮率(%)、横軸に水分(%)で、典型的な塗工紙及びPPC用紙の伸縮パターン(CD及びMD)が記載され、次のことが読み取れる。
・測定開始点Sから始まる1サイクル目と次の2サイクル目とでは、異なる伸縮パターンとなること
・測定開始点Sは、伸縮率(%)が0より少し下(マイナス)で、かつ、水分(%)は、伸縮パターンのほぼ一番少ない位置であること
・不可逆収縮を示す矢印は、ほぼ、測定開始点Sから、垂直に、1サイクル目の終点まで伸びていること
・不可逆収縮の絶対値は、典型的な塗工紙のCD方向においておよそ0.2%で、同MD方向及び典型的なPPC用紙のCD、MD方向共、0.1%以下であること

2.刊行物2
(2a)「1.緒言 紙の吸湿脱湿によって起こる寸法変化は、エンドユーズでカール、しわ、収縮等の様々な紙の寸法あるいは形状不安定の問題を引き起こす。それらの問題の改善のためには、紙の吸脱湿時の寸法変化、いわゆる伸縮性を基本的に解析することが重要である。伸縮性の尺度として、環境湿度に対する紙の寸法変化率として伸縮率が頻繁に用いられる。しかし、従来の伸縮率では紙自身がどの程度環境変化に追随しているのか曖昧である。そのため湿度領域、調湿時間、湿度変化の速度が変化した場合、測定値が大きく変化し、複雑なエンドユーズの現象を解析するには汎用性に欠ける。
これに対して、上坂らの体系的な伸縮性(Hygroexpansivity)の研究[1、2]では、繰り返し湿度を変化する環境条件下で、伸縮変化を紙の内部変化である水分に対応して測定する方法が提案されている。紙の伸縮変化は、水分変化に対して線形かつ可逆的伸縮変化と、乾燥歪みによって起こる非線形かつ不可逆的伸縮変化に分離されることが、粘弾性構成式による理論解析および実験解析で示された。これにより、水分変化に対応した基本的伸縮変化や伸縮変化の履歴依存性等の重要な情報が判別できる。
そこで、著者らはそのような解析方法に基づいて、水分測定機構を有する伸縮率計を用いて、紙の種々の寸法変化挙動の解析を進めている。」(第116頁第2〜16行)
(2b)「2.2伸縮の測定 PAPRICANで組立てた別報[2]の伸縮計を用いた。この伸縮計は、試料の置かれた環境湿度の変化に対して、紙の伸縮変化と水分の変化を経時で測定することができる。紙の水分は、比較サンプルの重量変化をマイクロバランスで測定し求めた。伸縮測定時の環境条件は、付設の温湿度調整機により、最初に湿度50%から低湿度(30%)に直線的に下げ、その後は低湿度(30%)と高湿度(90%)の間を1サイクル4時間で直線的に繰り返し変化させた。温度は25℃一定。」(第117頁第10〜23行)
(2c)「3.1伸縮変化と水分の関係 代表的測定例として、SGPおよびLYSの緊張乾燥紙、自由乾燥紙の伸縮変化と水分の関係を図1および2に示した。別報[2]で報告したように、自由乾燥紙では、伸縮変化と水分の関係は、全水分域でおおよそ線形かつ可逆的変化を示す。これに対して、緊張乾燥紙は低水分域ではおおよそ線形かつ可逆的変化を示すが、高水分域では非線形で不可逆的変化を示す。実際の抄紙機で製造した紙でも、ドロー等乾燥時の収縮抑制条件の違いにより、流れ方向は緊張乾燥紙、幅方向は自由乾燥紙に類似した伸縮挙動を示す。」(第117頁下から第11行〜第118頁第5行)
(2d)「3.2伸縮性と乾燥収縮、水中伸びとの比較 低水分域の直線部分の勾配を伸縮係数(Hygroexpansion Coefficant)とし、高湿度へ暴露後再度低湿度へ戻した際の1サイクル目の縮み率を不可逆収縮率(Irreversible Shirinkage)として表1に示した。」(第118頁下から第16〜13行)
(2e)表1に、不可逆収縮率(%)は、機械パルプでは、0.159〜0.191の値、ケミカルパルプでは、LYSが0.086、叩解LYSが0.115、叩解BKPが0.092の値であること
(2f)図1の説明に、Irreversible Shirinkage(不可逆収縮率)は、両方向矢印で示されること
(2g)図1及び図2には、縦軸に伸縮率(%)、横軸に水分(%)で、原料がSGP及びLYSの手抄き紙の伸縮パターン(自由乾燥紙(Free)及び緊張乾燥紙(Restraint))が記載され、次のことが読み取れる。
・特に、緊張乾燥紙(Restraint)において、1サイクル目と2サイクル目とでは、異なる伸縮パターンとなること
・不可逆収縮率を示す矢印は、1サイクル目の伸縮パターン(吸湿サイクル)において、縦軸が示す値(%)がほぼ0の点から、垂直に、伸縮パターンの1サイクル目の点まで伸びていること

3.刊行物3(翻訳)
(3a)「紙の吸脱湿に伴う伸縮挙動は、引っ張り応力に対する挙動と同様に、時間依存性があり、非線形である。そのため、吸脱湿に伴う伸縮テストを行う際には、湿度変化率と全体の湿度スケジュールを正確にコントロールすることが重要である。しかしながら、文献上、吸脱湿に伴う伸縮テストにおいて採用されている湿度スケジュールは幾分まちまちである。相対湿度を、各々の湿度において一定の平衡期間をとりながら、階段状に変化させるのが一般的である。」(J11中欄第25行〜右欄第4行)旨
(3b)「EXPERIMENTAL」の「Apparatus」の項には、試験片が水平に保持された装置(図1)が示されると共に、「試験片のたるみを除く程度のテンションが、平衡錘によって与えられる(図1において省略)。」(J12左欄第9〜12行)旨
(3c)「EXPERIMENTAL」の「Samples And Procedures」の項には、
「典型的な湿度スケジュールを図2に示す。温度は、湿度スケジュール全体を通じて25℃一定とした。」(J12中欄第17〜20行)旨
(3d)図2には、相対湿度を50%から40%未満まで低下させてから、90%近くまで上昇させ、その後40%未満に低下させる湿度スケジュール、及び、この湿度スケジュールの1サイクルが4時間であること、また、湿度は連続的に、但し一定でない率で変化しており、各々の湿度における平衡期間はとられていないこと
(3e)「HYGROEXPANSION BEHAVIOUR UNDER CYCLIC HUMIDITY CONDITIONS(サイクリックな湿度環境における伸縮挙動)」の項には、
「図3は、上質紙サンプルについて、相対湿度と伸縮挙動との関係をプロットしたもので、MD方向とCD方向の双方について示している。伸縮挙動は非常に複雑で、相対湿度の変化幅、サイクル数、吸脱湿のステージと独立した情報を導き出すのは困難である。横軸の相対湿度は、外部雰囲気の状況を示すものであって、紙の内部状況を示すものではない。実際上、紙が急激な相対湿度と温度の変化にさらされるというのは、典型的にみられる最終用途の状況である。したがって、水分含量のように紙の内部状態を示すパラメータをファンクションとして、紙の伸縮挙動を説明するのが、より意味のあることである。」(J12右欄第15〜35行)旨
(3f)「サイクリックな湿度環境における伸縮挙動」には、
「したがって、図3にみられる複雑な紙の伸縮挙動は、主として、水分含量と相対湿度との間のヒステリシス効果によるものである。すなわち、紙の水分含量は周囲の相対湿度によって単純に決まるものではなく、それまでの湿度履歴に依存するものである。図5は、水分含量と相対湿度との対応関係を示すものである。」(J13左欄第8〜19行)旨
(3g)図4右左、図6〜図8に示される、低湿度から高湿度へ暴露後、再び低湿度へ戻した際の1サイクル目の収縮率の差(不可逆収縮率)は、全て0.1以下であること

4.刊行物4
(4a)「セルロースパルプを主成分とする原紙またはこの原紙に樹脂で表面サイズ処理を施した基紙からなり、インク噴射部分の動作方向のJAPAN TAPPI No.27に規定される水中伸度が2.0%以下であることを特徴とする水性インクジェット記録用紙。」(特許請求の範囲の請求項1)
(4b)「【発明が解決しようとする課題】本発明は、水性インクによるインクジェット方式のプリンターを用いて高品位の画像を高速でプリントすることができ、しかも印字後のカール、用紙のぼこつきのない水性インクジェット記録用紙を提供しようとするものである。」(【0008】)
(4c)「【課題を解決するための手段】インクジェット記録用紙は通常、A4などのカットシート、ファンフォールドで使用され、前記したように、水性インクによる紙のぼこつきは、これら単位シート内での水による伸縮とそのばら付きが原因である。・・・・・」(【0009】)
(4d)「紙の水中伸度は、バルブ繊維の種類、形態、叩解条件、また抄造時のテンション等で適宜変化させることができる。」(【0012】)
(4e)「・・・・・水中伸度が2.0%を越えると、記録用紙として印字した際に、紙の伸縮が発生し、カールやぼこつきが生じ、印字中にヘッドが擦れたりして、印字品位を損なうため不適である。」(【0016】)

5.刊行物5
(5a)「少なくとも基材の片面に、白色顔料及び水性樹脂を含有する塗工剤を4〜10g/m2 の範囲で塗工した記録紙において、記録紙の印字面層と反印字面層のCD方向の収縮率の差が±0.1%以内であることを特徴とするインクジェット用記録紙。」(特許請求の範囲の請求項1)
(5b)「そして、本発明において、収縮率とは、温度20℃において相対湿度を90%RHから25%RHへと脱湿処理した時発生する寸法変化率を意味し、・・・・・」(【0021】)
(5c)「ここで、この印字面層と反印字面層との間の収縮率の差を±0.1%の範囲内に調整するための手段としては、例えば、基材を抄紙する際にJET/WIRE比(原料噴出速度/抄紙機ワイヤー速度)を調整する方法や、プレス時及びドライヤー乾燥時のマシン方向の張力を制御し、これによって基材の超音波伝播速度法による繊維配向比を所定の値、具体的には1.35以下、好ましくは1.30以下に調整したり、あるいは、基材の片面に塗工層を塗工して印字面層を形成した後、この基材の印字面層とは反対側の面に、塗工程を形成するのに使用したと同様の塗工剤又はこの塗工剤中の1成分である水性樹脂と同様の水性樹脂を塗工する等の方法を挙げることができる。」(【0022】)
(5d)「【発明の効果】この発明によれば、塗工量の少ないインクジェット用記録紙において、その印字後におけるカールやボコツキの発生が小さく、発色鮮明性や解像性に優れた記録画像の形成を可能ならしめるものである。また、塗工量が少ないために塗工層の塗工強度にも優れており、製造工程でのコストが安くなり、普通紙と同等の記録紙を提供することができる。」(【0052】)

VI.対比・判断
1.本件発明1について
本件発明1と刊行物1に記載された発明とを対比する。
本件明細書【0011】に、「本発明のインクジェット記録用紙は、抄紙した原紙の少なくとも片面に・・・・塗工することによって容易に製造することができる。」と記載されていることからも明らかなように、本件発明1のインクジェット記録用紙は「塗工紙」の一種である。
一方、刊行物1には、「最近の塗工紙の情報記録用途の拡大によるコートNIP用紙のカール、インクジェット用紙の波打ち等新しい問題が増えてきている。それらの塗工紙の紙ぐせ現象を改善するには、紙の伸縮性を基本的に解析することは重要である。」(摘記事項(1a)参照)と、「インクジェット用紙」に関する記載はあるが、「塗工紙と比較の一般紙としてのPPC用紙を取り上げ」と記載し、塗工紙及びPPC用紙の、水分変化に対する伸縮率の関係が図1及び図2に示されているだけで、この塗工紙がインクジェット記録用紙であるかどうか、明記されていない。
ここで、刊行物1の図1及び図2から読みとれることを検討する。
(L0について)
図1及び図2の縦軸である、伸縮率(%)についての詳細な説明はない。しかし、伸縮率(E)(%)は、最初に設定したときの紙の長さ(L)を基準とし、測定したときの紙の長さ(Lx)として、伸縮率(E)(%)=(Lx-L)/L×100とすることは通常行われていることであり、また、刊行物1では、初期湿度設定は、50%としているから、伸縮率の計算に使用する基準となる紙の長さ(L)として、本件で用いている、初期湿度(50%)設定時の紙の長さL0を用いているものと認められる(なお、刊行物2、3も同様のことがいえる)。
(不可逆収縮率を示す一般式にについて)
また、刊行物1の図1及び図2中の不可逆収縮を示す矢印は、相対湿度を35%→90%→35%と変化させた時の、吸脱湿パターンの紙中水分(%)がほぼ一番少ないところである測定開始点(S)から、垂直(横軸である紙中の水分(Mとする)が同一)に、同吸脱湿パターンの第1サイクルの最終点(Dとする)までのびている(摘記事項(1e)参照)。
そこで、S点での伸縮率をEs、その時の紙の長さをLsとし、また、D点での伸縮率をEd、その時の紙の長さをLdとすると、上述したように、S点及びD点での伸縮率Ed(%)及びEs(%)は、
Es(%)=(Ls-L0)/L0×100、また、
Ed(%)=(Ld-L0)/L0×100 となる。
そして、縦軸が伸縮率である図において、垂直方向の二点間の矢印で表わされる、刊行物1の不可逆収縮(%)とは、やはり伸縮率を表しており、不可逆収縮(%)とするか、不可逆収縮率とするかは、単なる表現上の差に過ぎず、実質的な差異はないし、S点とD点との伸縮率の差に相当するから、不可逆収縮(率)(%)=Ed(%)-Es(%)となり、これに上記Ed(%)及びEs(%)の値を代入して整理すると、
不可逆収縮(率)(%)=(Ld-Ls)/L0×100 となる。
ここで、Lsは、測定開始時(吸湿サイクル)において、湿度を35%とした時の紙中水分Mの時の紙の長さに相当し、Ldは、第1サイクルの最終点(脱湿サイクル)において、紙中水分Mの時の紙の長さに相当する。
してみると、刊行物1には、測定時の紙中の水分が異なるものの、本件と同じ形の一般式で示される不可逆収縮(率)(%)について記載されている。
よって、本件発明1と、刊行物1に記載された発明とは、「塗工紙」であって、不可逆収縮率に関し、「1サイクル(35%→90%→35%)は6時間であり、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた」時のものである点で一致し、また、不可逆収縮率を示す一般式の形も一致し、両者は、次の点で相違している。
(ア)塗工紙が、本件発明1では、「インクジェット記録用紙」と特定しているのに対し、刊行物1に記載された発明では、「インクジェット記録用紙」に特定されてはいない。
(イ)不可逆収縮率に関し、紙の長さを比較する場合の紙中水分が、本件発明1では、吸湿サイクルにおいて湿度を50%としたときのもの(M0)であるのに対し、刊行物1に記載された発明では、同湿度を35%としたときのもの(M)である。
(ウ)本件発明1は、MD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であるとしているのに対し、刊行物1には、この点が記載されていない。

以下、相違点について検討する。
1-1.相違点(ア)について
刊行物1(摘記事項(1a)参照)には、「塗工紙の紙ぐせ現象を改善するには、紙の伸縮性を基本的に解析することは重要である」こと、また、「塗工紙の紙ぐせ現象」の1つに「インクジェット用紙の波打ち」があること、が明確に記載されているから、塗工紙の一つであり、従来より知られているインクジェット用紙において、「波打ち」を含めた「紙ぐせ現象」を改善する目的で、従来より伸縮性の尺度として用いられてきた「伸縮率」に代えて、刊行物1に記載された「紙の伸縮性の基本的な解析」による「不可逆収縮率」を用いてみることに当業者が格別の創意を要したものとすることはできない。
なお、特許権者は、平成14年1月28日付け意見書において、刊行物1の試料の比較紙としてPPC用紙が用いられているからか、「審判官の認定は、PPC用紙のカールの問題とインクジェット記録用紙の波打の問題を全く区別せず、共に、吸脱湿等による紙の伸縮挙動という一般概念で取り扱えるとした、いわば問題と原因の一般化を行ったという点において誤りがあります。」と主張すると共に、縷々述べているが、上述したように、代表的な測定例として、PPC用紙が用いられていることとは関わりなく、「不可逆収縮率」を用いてみることに当業者が格別の創意を要したものとすることはできないから、特許権者の上記主張は採用することができない。

1-2.相違点(イ)について
繰り返し湿度を変化する環境条件下で、伸縮変化を紙の内部変化である水分に対応して測定する(摘記事項(2a)参照)点で軌を一にする、刊行物2の図1及び図2中に示された、不可逆収縮率(Irreversible Shirinkage)を示す矢印は、吸湿サイクルにおけるパターンが横軸と交わる点(Aとする)から、垂直(横軸である紙中の水分が同一)に、同脱湿サイクルにおけるパターンと交わる点(Bとする)までのびている(摘記事項(2g)参照)。
ここで、A点での伸縮率をEa、その時の紙の長さをLaとし、また、B点での伸縮率をEb、その時の紙の長さをLbとすると、刊行物1における場合と同様にして、
不可逆収縮率(%)=(Lb-La)/L0×100 となり、刊行物2の不可逆収縮率を示す一般式は、本件及び刊行物1のものと一致する。
ところで、刊行物2の図1及び2において、1サイクル目の伸縮パターンをみると、一本の線で示されている。
ここで、刊行物2と、繰り返し湿度を変化する環境条件(サイクリックな湿度環境)下で、伸縮変化(伸縮挙動)を紙の内部変化である水分に対応して測定する点で軌を一にする、刊行物3の特に図4(a)及び図6の伸縮パターンを見ると、一本の線上に逆向きの矢印が記載され、初期湿度50%(伸縮率0.0)からの脱湿サイクルとそれに続く吸湿サイクルとでは、ほぼ同じパターン線上を辿ることが読みとれる(摘記事項(3g)参照)。すなわち、刊行物2においても、最初の湿度50%から、低湿度に下げ、その後高湿度に上げた場合、刊行物3と同様に、一本のパターン線上を辿ることは容易に理解できる。
そうすると、刊行物2の図1及び2において、横軸と交わるA点は、初期湿度50%、及び、吸湿サイクルにおいて湿度を50%(紙中水分がM0 )としたときに相当することになり、刊行物2では、紙の長さを比較する場合の紙中水分として、本件発明と同一である、吸湿サイクルにおいて湿度を50%としたときのものであるM0を実質的に用いている。
また、脱湿サイクルとそれに続く吸湿サイクルのパターンが記載されている刊行物1〜3の全ての図、すなわち、刊行物1の1〜2図、刊行物2の1〜2図、刊行物3の4図、6図等を参照すると、湿度50%(紙中水分がM0 )の場合と、それより低湿度、例えば湿度35%の場合とで、不可逆収縮率の値にほとんど差がないことも明らかである。
してみると、不可逆収縮率として、刊行物2に記載された、湿度50%(紙中水分がM0 )の場合における上記一般式を満足するものとすることに当業者が格別の創意を要したものとすることはできないし、測定条件として、湿度50%(紙中水分がM0 )を選択したことにより、格別の作用効果を奏しているとすることもできない。

1-3.相違点(ウ)について
刊行物1(摘記事項(1a)参照)には、インクジェット記録用紙の波うち等の紙ぐせ現象を改善するには、紙の伸縮性を基本的に解析することは重要である旨記載されているし、インクジェット記録用紙において、紙の伸縮が発生することにより、カール等が生じる、という課題は、刊行物4(摘記事項(4e)参照)等により、従来より知られていたものと認められる。
そして、伸縮が発生しない、あるいは伸縮が少なければ、紙の波打ち、カール等が生じにくくなることは明らかであり、問題が生じるような波打ち、カール等が生じない伸縮の範囲を決定することは、当業者ならば当然行う程度のことであるし、また、刊行物1〜3の、脱吸湿サイクルのパターンが記載された図面等から読みとれる、最大値(0.2%を越えるものはない)の半分程度で、刊行物1における典型的なPPC用紙、刊行物3のfine paperのものを含むものであり、かつ、収縮率に差がない(0)ものを中心として、伸縮がなるべく少ない範囲に相当するものであるから、本件発明1において特定する「-0.10〜0.10%」という値も、上記刊行物1に記載された範囲と比較して、予期し得ない格別な値であるとすることもできない。
してみると、MD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率として、共に-0.10〜0.10%とすることに当業者が格別の創意を要したものとすることはできない。

1-4.まとめ
よって、本件発明1は、刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

2.本件発明2について
本件発明2と刊行物1に記載された発明とを対比すると、両者は、上記相違点(ア)〜(ウ)に加えて、次の(エ)の点で相違する。
(エ)本件発明2が、「相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、紙の表層と裏層におけるMD方向及びCD方向の不可逆収縮率の表裏差が、それぞれ0.00〜0.05%である」点を特定しているのに対し、刊行物1に記載された発明が、この点について言及していない点。
そこで、相違点について、以下に検討すると、相違点(ア)〜(ウ)については、前項「1.本件発明1について」における判断と同じであるので、ここでは、相違点(エ)についてのみ記載する。

(相違点(エ)について)
摘記事項(5a)〜(5d)からみて、刊行物5には、インクジェット用記録紙において、印字面層(本件発明2における表層)と反印字面層(本件発明2における裏層)のCD方向の収縮率の差を、±0.1%以内にすることにより、印字後におけるカールやボコツキ(刊行物1における波打ちに相当)の発生が小さく、発色鮮明性や解像性において優れた記録画像を形成し得ることが記載されているといえる。
ここで、表層と裏層との差について、刊行物5には、「CD方向の収縮率」についてのみ言及されており、「MD方向及びCD方向の不可逆収縮率」についてまでは記載されていない。
しかしながら、刊行物5に記載された発明も、刊行物1に記載された発明と同様に、塗工紙のカールや波打ち(ボコツキ)の発生を防止することを目的とするものであって、かつ、刊行物5に記載された「収縮率」及び刊行物1に記載された「MD方向及びCD方向の不可逆収縮率」は、いずれも環境湿度に対する紙の寸法変化の尺度である点で一致しており、更に、刊行物1には、該環境湿度に対する紙の寸法変化の尺度として、従来の収縮率に代えて、「MD方向及びCD方向の不可逆収縮率」を尺度とすることが開示されている。
してみると、刊行物1に記載された、環境湿度に対する紙の寸法変化の尺度である「MD方向及びCD方向の不可逆収縮率」の表裏の差を少なくすることにより、カールや波打ち(ボコツキ)の発生が少なくなることは、刊行物5に記載された発明に基づいて、当業者であれば、当然に予期しうることであるから、刊行物1に記載された発明における、「MD方向及びCD方向の不可逆収縮率」の表層と裏層の差を特定することに、当業者が格別の創意を要したものとすることはできない。
ところで、本件発明2では、紙の不可逆収縮率の表裏差を、「0.00〜0.05%」と特定しているが、どのような紙の寸法変化であれ、表裏の差が少なくなれば、その表裏差により生じるカールやボコツキが少なくなることは明らかであり、その上限値を決定することは、当業者ならば当然行う程度のことに過ぎない。また、特定したことにより、上記刊行物1または刊行物5に記載された発明から、予期し得ない格別な効果を奏しているとすることもできない。

VII.むすび
以上のとおりであるから、本件請求項1及び2に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件発明についての特許は、特許法第113条第2項に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
インクジェット記録用紙
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
【請求項2】 前記相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、紙の表層と裏層におけるMD方向及びCD方向の不可逆収縮率の表裏差が、それぞれ0.00〜0.05%である請求項1に記載されたインクジェット記録用紙。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、インクジェット記録用紙に関し、高い印字品位を有すると共に、特に印字後の波打ちやカールの少ないインクジェット記録用紙に関する。
【0002】
【従来の技術】
最近における、電子写真記録方式やインクジェット記録方式を利用した複写機やプリンターなどの高性能化は著しく、コピーや印字スピードの高速化のみならず、カラー化に代表される高画質化の進展には目を見張るものがあるが、これらの画像を記録する紙と、複写機やプリンター等の機器とのマッチングが良好でないと、これらの機器の性能を十分に発揮させることはできない。
【0003】
一般に、インクジェット記録方式の場合には、通常水性インクを使用するため、乾燥性が悪く、印字後の紙面に波打ちが生じるという欠点がある。
従って、インクジェット記録方式に用いられる記録用紙に対しては、インク乾燥速度が速いこと、印字濃度が高いこと、及びインクの溢れや滲みがないことと共に、インクを吸収した後の用紙が波打ちしないことが要求される。インクジェット用紙の波打ちやカールは、その用紙のインク吸収特性のほか、インク自体の表面張力や浸透性、インク滴の大きさや打ち込み量及び記録面積等によりその挙動が変化する。更に、印字直後と放置乾燥後ではその挙動が異なる。
【0004】
印字直後の波打ちやカールの改善については種々の技術が開示されており、例えば、いわゆる顔料塗工系のインクジェット用紙の波打ちについて、寸法安定性に優れた原紙を使用する方法が開示されている(特開昭62-95285号公報)。また、特に水分の変化に注意を払い、特殊な裏面処理を施す方法も開示されている(特開平6-171206号公報)。これらの方法は、いずれも、波打ちやカールが記録時の紙の伸びに起因する問題であることから紙の寸法安定性に着目した技術であり、専ら寸法安定性の良い紙を使用したり寸法安定性を改善する処理を施すことにより、その解決を図るものである。
【0005】
一方、印字放置乾燥後の波打ちやカールの改善は殆どなされていない。例えば、特開平7-186519号公報に開示されている様に、ボコツキやカールをデカーラー等により半ば強制的に改善した場合には、紙の歪みが見かけ上なくなるだけで、歪みは紙中に内在しているため、紙中水分が変化する様な環境に放置されるとその歪みが表面化するので、本質的に歪みを解消する方法ではない。
【0006】
一般的な用紙のカールについては数多くの報告があり、特に可逆的カールについては詳しい解析がなされている(紙パ技協誌:第39巻第10号、第41巻第4号、第43巻第7号等)。可逆的カールは、繰り返し湿度環境を変えた時に比較的再現性良く現れるカールであり、理論的な解析も進められている。その結果、電子写真用転写紙におけるヒートカールと呼ばれる熱定着後のカールを抑制する手段として、一定の湿度変化のサイクルを経た後の、可逆的な伸縮サイクルの脱湿収縮率を特定の値以下にすることがなされてきた(特開平5-341554号公報等)。
【0007】
一方、不可逆的カールは、湿度変化の最初のサイクルで発生し、特に高湿側への変化が不可逆的であるものであるが、未だ十分な解析がなされていないどころか、殆ど認識さえされていないのが現状である。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
従って、本発明の目的は、水性インクを用いたインクジェットで記録した場合に、画像品質に優れると共に記録後の波打ちやカールが起きにくいインクジェット記録用紙を提供することである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明の上記の目的は、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙によって達成された。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
【0010】
本発明のインクジェット記録用紙に使用するパルプは、L材及びN材の化学パルプ、機械パルプ、脱墨パルプ等、通常の抄紙において使用されるパルプの中から適宜選択して使用することができる。本発明のインクジェット記録用紙には内添填料を含有させても良い。これらの填料は、例えばタルク、カオリン、炭酸カルシウム、二酸化チタン、シリカ、及び有機顔料等、通常使用される填料の中から適宜選択して使用することができる。
尚、本発明のインクジェット記録用紙の坪量は50〜100g/m2であることが好ましい。
【0011】
本発明のインクジェット記録用紙は、抄紙した原紙の少なくとも片面に、通常のサイズプレス塗工等により、水系高分子を主とする塗料を塗工することによって容易に製造することができる。
ここでいう水系高分子としては、澱粉、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、カゼイン、スチレン/ブタジエンラテックス、アクリルエマルジョン、酢酸ビニルエマルジョン等が挙げられる。
また、この場合の塗料には、一般の塗料に使用される顔料、分散剤、流動性変性剤、消泡剤、染料、保水剤等の各種助剤を添加することもできる。
【0012】
本発明のインクジェット記録用紙の下記一般式で表されるMD方向(抄紙方向)及びCD方向(抄紙方向に対して直交する方向)の不可逆収縮率は、25℃において紙の相対湿度を50%→35%→90%→35%と一定の変化率で連続的に変化させた時に、何れも-0.10〜0.10%であることが必要であり、特に、-0.08〜0.08%であることが好ましい。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
MD方向及びCD方向の不可逆収縮率が-0.10%未満であると印字部が伸びるのに対し、不可逆収縮率が0.10%を越えると印字部が縮み、何れの場合も非印字部との寸法の差が無視できなくなるので、印字パターンにも依るが、主に波打ちの現象が現れる。
【0013】
本発明においては、紙を表層と裏層の2層にほぼ均等に分割した際の各層間について、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時のMD方向及びCD方向の不可逆収縮率の表裏差が、それぞれ0.00〜0.05%であることが好ましく、特に0.00〜0.03%であることが好ましい。表裏の不可逆収縮率の差が0.05%を越えると、記録インクの表面張力やパターンにも依るが、カールを生じ易くなる。
【0014】
本発明の所定の不可逆収縮率は、公知の手法によって抄紙工程における乾燥条件や紙料の成分等を調整することによって得られる。具体的には、例えば、抄紙時の張力の範囲を抄紙速度に対するドローで表して、102〜104%に調整する手法が上げられる。
このように、適切な張力範囲を設定することにより、MD方向に対する所定の不可逆収縮率が得られる上、MD方向に張力が直接的に加わることによるポアソン効果により、CD方向に対する所定の不可逆収縮率を得ることもできる。
【0015】
本発明における抄紙には、通常の長網多筒式抄紙機の他、ツインワイヤー多筒式抄紙機等を用いることが可能である。
この場合、不可逆収縮率を本発明の範囲内に調整するため、前記した如く、特に張力を注意深く調節することが必要であるが、更に、乾燥後期における蒸発速度にも注意する必要がある。
【0016】
また、不可逆収縮率の表裏差に関しては、例えば、通常の抄紙機において多筒のシリンダードライヤーを用いる場合には、上下段の乾燥の差を小さくするために、乾燥後期に、極力穏やかな乾燥を行えば良い。
尚、紙を二層に分割するには、粘着テープによる層分割(特開平3-69694号公報)による方法等を用いれば良い。
【0017】
【発明の実施の形態】
本発明のインクジェット記録用紙は、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時に、MD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%となるものであれば良い。不可逆収縮率の調整は、抄紙工程における乾燥条件や紙料の成分等を調整することによって行うことができる。
【0018】
【発明の効果】
本発明のインクジェット記録用紙は、高速でフルカラーの印字ができる上、印字乾燥後の波打ちやカールが少ない。
【0019】
【実施例】
以下、本発明を実施例によって更に詳述するが、本発明はこれによって限定されるものではない。また、特に断らない限り、以下に記載する「部」及び「%」は、それぞれ「重量部」及び「重量%」を示す。
尚、以下に用いる不可逆収縮率はCD方向の不可逆収縮率を意味する。
【0020】
実施例1.
濾水度390mlのLBKP87部、及び軽質炭酸カルシウム13部、内添サイズ剤(アルキルケテンダイマー系)0.03部、カチオン化澱粉0.7部、紙力増強剤0.2部、及び歩留向上剤0.05部からなる抄紙原料を0.03%の濃度に調整し、長網多筒式抄紙機にて抄速550m/分、張力(ドロー)102%で抄紙し、サイズプレスにより、酸化澱粉5%、表面サイズ剤(アクリル系)0.1%、導電剤0.2%からなる水系塗工液を塗工・乾燥し、坪量64g/m2のインクジェット記録用紙を得た。
【0021】
実施例2.
濾水度300mlのLBKPを95部、軽質炭酸カルシウムを5部用い、張力(ドロー)を104%とした他は、実施例1と全く同様にして普通紙タイプのインクジェット記録用紙を抄紙した。
【0022】
実施例3.
実施例1で使用した抄紙原料と同じ組成の抄紙原料を、ツインワイヤー多筒式抄紙機を用いて、抄速600m/分、張力(ドロー)103%で抄紙し、次いで、サイズプレスにより、酸化澱粉5%、表面サイズ剤(アクリル系)0.1%、導電剤0.2%からなる水系塗工液を塗工・乾燥し、アフタードライヤー後にスチームフォイルにて紙中水分を3%から5%に加湿した後、マシンキャレンダーに掛け、坪量81g/m2のインクジェット記録用紙を得た。
【0023】
比較例1
抄紙条件を抄速550m/分、張力(ドロー)105%とした他は、実施例1と全く同様にしてインクジェット記録用紙を得た。
【0024】
比較例2
実施例1で使用した抄紙原料を、長網ヤンキー抄紙機を用いて、抄速550m/分、張力(ドロー)104%で抄紙し、坪量64g/m2の普通紙タイプのインクジェット記録用紙を製造した。尚、抄紙工程の途中から、サイズプレスにより実施例1で使用した塗工液を塗工した。
【0025】
実施例及び比較例で得られた各種インクジェット記録用紙について、下記の条件で不可逆収縮率を測定した結果、及び、下記の基準でこれらの記録用紙の波打ち並びにカールを評価した結果は、表1に示した通りである。
【表1】

【0026】
(1)不可逆収縮率の測定:
水分測定が可能な伸縮計を用いると共に、温湿度が制御可能な環境試験室に入れ、25℃の一定温度で、湿度を50%→35%→90%→35%と連続的に変化させた時の、紙の長さと紙中水分を測定し、下記の式に従って不可逆収縮率を算出した。また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
【0027】
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0(測定値)の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
【0028】
(2)波打ち及びカールの評価:
カラーインクジェットプリンター(BJC-400J:キヤノン株式会社製の商品名)を用いて単色ベタ部と白紙部を交互に印字し、自然乾燥後の波打ち及びカールを目視により評価し、程度の良いものから順に、◎、○、×とし、○以上を良いとした。
 
訂正の要旨 訂正の要旨
▲1▼訂正事項a
特許請求の範囲の減縮を目的として、不可逆収縮率の技術的意味を明確にするために、請求項1を次の如く訂正する。
【請求項1】 25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
▲2▼訂正事項b
誤記の訂正を目的として、【0004】第1行目の「改善ついては」を「改善については」と訂正する。
▲3▼訂正事項c
請求項1の訂正と整合するように、明瞭でない記載の釈明として、【0009】を次の如く訂正する。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明の上記の目的は、25℃において相対湿度を50%→35%→90%→35%と変化させた時の、下記一般式で表されるMD方向及びCD方向の紙の不可逆収縮率が、共に-0.10〜0.10%であることを特徴とするインクジェット記録用紙によって達成された。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
▲4▼訂正事項d
請求項1の訂正と整合するように、明瞭でない記載の釈明として、【0012】を次の如く訂正する。
【0012】
本発明のインクジェット記録用紙の下記一般式で表されるMD方向(抄紙方向)及びCD方向(抄紙方向に対して直交する方向)の不可逆収縮率は、25℃において紙の相対湿度を50%→35%→90%→35%と一定の変化率で連続的に変化させた時に、何れも-0.10〜0.10%であることが必要であり、特に、-0.08〜0.08%であることが好ましい。
不可逆収縮率(%)=(L1-L2)/L0×100
L0 :初期湿度(50%)設定時の紙の長さ
L1 :吸湿サイクルにおいて、湿度を50%とした時の紙中水分がM0の時の紙の長さ
L2 :脱湿サイクルにおける、紙中水分がM0である時の紙の長さ
また、1サイクル(35%→90%→35%)は6時間である。
MD方向及びCD方向の不可逆収縮率が-0.10%未満であると印字部が伸びるのに対し、不可逆収縮率が0.10%を越えると印字部が縮み、何れの場合も非印字部との寸法の差が無視できなくなるので、印字パターンにも依るが、主に波打ちの現象が現れる。
▲5▼訂正事項e
誤記の訂正を目的として、【0013】第2行目の「50%→5%→90%→35%」を、「50%→35%→90%→35%」と訂正する。
▲6▼訂正事項f
請求項1の訂正と整合するように、明瞭でない記載の釈明を目的として、【0026】末尾の「6時間とした。」を「6時間である。」と訂正する。
▲7▼訂正事項g
明瞭でない記載の釈明として、【0027】第3行目の「紙中水分M0」を「紙中水分がM0(測定値)」と訂正する。
異議決定日 2002-11-13 
出願番号 特願平8-68919
審決分類 P 1 651・ 121- ZA (B41M)
最終処分 取消  
特許庁審判長 江藤 保子
特許庁審判官 阿久津 弘
六車 江一
登録日 2000-11-02 
登録番号 特許第3127114号(P3127114)
権利者 日本製紙株式会社
発明の名称 インクジェット記録用紙  
代理人 下田 昭  
代理人 滝田 清暉  
代理人 滝田 清暉  
代理人 大滝 均  
代理人 下田 昭  

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