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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 発明同一  A61K
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1074972
異議申立番号 異議2002-72321  
総通号数 41 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-09-14 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-09-25 
確定日 2003-03-25 
異議申立件数
事件の表示 特許第3268557号「成長ホルモンから成る蛋白調合物」の請求項1〜11に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3268557号の請求項1〜11に係る特許を維持する。 
理由 1,手続きの経緯
本件特許第3268557号に係る出願は、1993年4月1日(パリ条約による優先権主張 1992年4月3日 スウェ一デン)を国際出願日とする出願であって、平成14年1月18日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、異議申立人ジェネンテク,インコーポレイテッドにより特許異議の申立てがなされたものである。

2、本件発明
本件特許の請求項1〜11に係る発明はそれぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜11に記載された以下のとおりのものである。

(請求項1)
少なくとも12ヶ月間安定しているヒト成長ホルモンの注射可能な安定調合物であって、該調合物は唯一の活性薬物としてのヒト成長ホルモンと、該成長ホルモンを安定させるために約5乃至7のpHで緩衝物質として含有させた2乃至50mMの量のシトラ-トとから成り、更にアミノ酸と、糖アルコ-ルと、グリセロ-ルと、炭水化物と、保存料のいずれか1つ又は2つ以上を含有する蛋白調合物。

(請求項2)調合物がヒト成長ホルモンの水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の蛋白調合物。

(請求項3)緩衝物質としてのシトラ-トが2乃至20mMの濃度を有することを特徴とす請求項2に記載の蛋白調合物。

(請求項4)緩衝物質としてpHが約6乃至7のクエン酸ナトリウムを含むことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のヒト成長ホルモンの水溶液からなる蛋白調合物。

(請求項5)5mMの量のクエン酸ナトリウムを含むことを特徴とする請求項4に記載のヒト成長ホルモンの水溶液からなる蛋白調合物。

(請求項6)10mMの量のクエン酸ナトリウムを含むことを特徴とする請求項4に記載のヒト成長ホルモンの水溶液からなる蛋白調合物。

(請求項7)グリシン及び/又はマンニト-ル及び/又はグリセロ一ルを含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の蛋白調合物。

(請求項8)保存料を含むことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の蛋白調合物。

(請求項9)調合物がヒト成長ホルモンの水溶液であり、また保存料がベンジルアルコ一ルであることを特徴とする請求項8に記載の蛋白調合物。
(請求項10)ヒト成長ホルモンが組換えヒト成長ホルモンであることを特徴とする請求項3に記載の蛋白調合物。

(請求項11)成長ホルモンを緩衝物質としてのシトラートと混合させるか、又は最終調合物の成分を最終ゲル精製工程で添加させることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項に記載の蛋白調合物の調合方法。


3.異議申立ての理由の概要
異議申立人は、本件特許発明は以下の理由により特許を受けることができないものであるから、その特許は、特許法第113条第2号又は第4号の規定により取り消されるべきものであると主張している。

(A) 本件特許明細書は、その発明の詳細な説明には当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の効果又は構成が記載されていないので、特許法第36条第4項に違反する。

(B)本件特許発明は解決手段が示されていないか目的とする技術効果をあげることができない未完成発明を含むから特許法第29条第1項柱書きに違反する。

(C)本件特許の請求項1、4及び11に記載の発明は、特許請求の範囲の記載が不明確であり、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していないか、あるいは発明の詳細な説明に記載されていない。よって、特許法第36条第5項第1号又は第2号に違反し、特許を受けることができないものである。

(D)本件請求項1の発明は甲第6号証の技術常識を参酌すると甲第4号証から当業者が容易に想到しえた発明であるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(E)本件請求項1の発明は甲第5号証の発明と同一であるか同号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到しえた発明であるから特許法第29条第1項3号、あるいは同法29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(F)本件請求項1,2,3,7,10,11の発明は甲第9号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条第1項3号の規定に該当し、特許を受けることができない。

(G)本件請求項1〜6,8及び11の発明は甲第10号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条第1項3号の規定に該当し、特許を受けることができない。

(H)本件特許発明は、甲第11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到しえた発明であるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(I)本件請求項1の発明は甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到しえた発明であるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(J)本件請求項1〜3の発明は甲第8号証の発明と同一であり、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。

(I)(J)の主張は、本件特許が優先権の利益を受けられないことを前提としてなされている。

4.異議申立てに対する判断
以下において成長ホルモンをGH、ヒト成長ホルモンをhGH、シトラートをクエン酸塩ということがある。

4-1 (A)について
特許法第36条に関連する異議申立人の具体的主張は、請求項1には「少なくとも12ヶ月間安定している」という記載があるが、少なくとも12ヶ月間の安定性について実施例においてデ-タが示されているものはグリシンとマンニト一ルとを含有している調合物AとHのみであるところ、本件特許請求の範囲に包含される調合物には、成長ホルモンとシトラ一トに加えて、付加的にグリセロ一ルを含有する調合物、付加的に炭水化物を含有する調合物、付加的に保存料を含有する調合物、付加的に糖アルコ一ルとアミノ酸の何れかのみを含有する調合物などの多くの調合物があるが、これらについては「少なくとも12ヶ月間安定である」ことの裏付けがなく、当業者といえどもそのような安定性を示すかどうかは分からないというものである。
しかしながら、本件明細書(公報第5欄第38〜40行)の記載によれば、本件発明は、シトラートを緩衝物質として選んで入れた成長ホルモンを含む溶液が燐を緩衝剤として入れたものよりもずっと安定していることの発見に基づくものであり、表1、2(緩衝物質としてクエン酸ナトリウムを使用しグリシン及びマンニトールを更に含むhGH製剤とクエン酸ナトリウムを従来の燐酸ナトリウムに置き換えた製剤の安定性の比較実験結果)によりクエン酸ナトリウムを緩衝成分とする製剤が安定性に優れていることが示され、安定化効果に対し保存剤であるベンジルアルコールは影響を与えないこと(表3)、グリシン、マンニトールは安定化に必須成分ではないこと(表4)を確認しており、本件発明のhGH安定化をもたらす本質的な成分は緩衝剤であるクエン酸塩であることが明らかにされている。
そして、当該技術分野において、各種のアミノ酸、糖アルコ-ル、グリセロ-ル、炭水化物、保存料がタンパク質の安定化剤として通常使用されることは周知(例えば甲第4、5、9,10号証参照)であり、クエン酸塩を緩衝剤とする場合に、これらについてすべて安定化効果を確認すべき格別の事情は窺えない。
したがって、本件明細書において、少なくとも12ヶ月間の安定性についてデ-タが示されているものはグリシンとマンニト一ルとを含有している調合物AとHのみであるとしても、本質的な安定化成分である緩衝物質としてのシトラートを含有する限り、ベンジルアルコールやグリシン、マンニトールと同様に従来から注射用製剤に付加的に添加されてきた他のアミノ酸や糖アルコール、グリセロ一ル、炭水化物、保存料によっても、同様の安定性が期待できることは、経験則上、当業者が十分に理解可能と言うことができる。
よって、本件請求項1〜11の発明について、発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の効果が記載されていないとすることはできない。

4-2(B)について
異議申立人は、甲第1号証としてOeswein博士の宣誓書を提出し、本件特許には、成長ホルモンとシトラ一ト緩衝剤と保存料を含有する調合物が安定であることを示す如何なるデ一タも開示されておらず、本件特許は保存料の配合に伴う課題を如何にして解決するかを開示していないから、本件特許発明には、解決手段が示されていないか目的とする技術効果を奏することができない未完成発明が含まれているとする。
甲第1号証の実験は、表2で「液体製剤中での保存料のソマトロピンに対する適合性」と題されるものであって、塩化ベンザルコニウムやベンジルアルコールなどは沈殿や結晶が生成するためヒト成長ホルモン製剤と適合性がないことや、フェノールは界面活性剤と併用する必要性があることを示しているが、主として肉眼による観察によるものであって本件明細書の安定性の確認手法とは異なっている。そして、本件明細書(公報6欄第29〜30行)の「溶液を振動させることにより観測される沈殿の形態における凝集は気ー液の界面における変成の結果である。」との記載を考慮すると、上記異議申立人の実験で観察された沈殿は単に溶液の振動に由来するものである可能性も排除できない。また、本件明細書の表3において、保存剤であるベンジルアルコールは製剤の安定性に影響を与えない成分であることが確認されているのに対し、甲第1号証ではベンジルアルコールに更に本件特許発明では必須成分とはされていない界面活性剤を含む製剤について実験しており、ベンジルアルコール自体の調合物の安定性に対する影響を評価するには不適当な条件を採用している。
したがって、甲第1号証によっては、保存剤含有時の本件特許発明に解決手段が示されていないか目的とする技術効果を奏することができない未完成発明が含まれているとすることはできない。

4-3 (C)について
(C)において異議申立人が示す具体的理由は以下のものである。

a.請求項1に記載された発明は、「約5乃至7のpH」なる記載は発明の詳細な説明に記載がない。また、請求項4に記載されたpH範囲の「約6乃至7」も、発明の詳細な説明においては小数点とそれ以後の数値が含められている範囲が記載されているのみである。よって、請求項1,4に記載された発明も発明は詳細な説明に記載された発明ではない。

b.請求項1では、ヒト成長ホルモンとシトラートに対して「から成り」という表現が用いられている。他方、請求項1には、調合物中に存在しうる他の成分も「含有する」こと、すなわち「アミノ酸と、糖アルコールと、グリセロールと、炭水化物と、保存料のいずれか1つ又は2つ以上を含有する」ことも特定され、「から成り」の意味と矛盾する記載となる。

c.請求項11において、「最終調合物の成分を最終ゲル精製工程で添加させる」と記載されているが、「最終調合物」、「成分」、「最終ゲル精製工程」が何を意味するか明らかでない。よって、請求項11は不明確であり、発明の構成に欠くことができない事項の全てを記載しているものではない。

d.請求項1は水性調合物以上のものを包含する。
本件特許発明はヒト成長ホルモンを長期間保存するために水溶液として製剤することに関している。しかし、この特徴は請求項1に含められておらず、請求項2の特徴となっている。これは、請求項1が請求項2より広いということを意味していることから鑑みると、非水系の調合物あるいは凍結乾燥調合物でさえ包含しようとするものと思われる。
しかし、発明の詳細な説明には水溶液以外の調合物については教示も示唆もされていないので、発明の詳細な説明は当業者が容易に実施できるようには記載されていない。
また、他の側面から見ると、請求項1は発明の構成に欠くことができない事項の全てを記載していないともいえる。

以下、それぞれにつき検討する。

a.について
本件明細書(公報第5欄43〜50行)には「該調合物は成長ホルモンもしくはその類似体の水溶液であり、その中に緩衝物質としてシトラ一トを2乃至50mMの濃度で、また好ましくは緩衝物質としてクエン酸ナトリウムを約5.0乃至7.5のpH、2乃至40mMの濃度で含有している。なるべくなら調合物はhGHもしくはその機能性類似体と緩衝物質としてのシトラ一トを2乃至20mMたとえば5mM乃至10mMの濃度の水溶液としたもの、また好ましくはクエン酸ナトリウムを緩衝物質として約6.0乃至7.0のpHで含有している。」の記載があるから、約5乃至7のpHはこの記載から当然に導くことのできる範囲である。
異議申立人は、発明の詳細な説明に記載されている数値の小数点とそれ以降の数値を省略するという操作により、数学的に一般的な四捨五入則によって4.6〜5.0又は7.0〜7.4のpHが新たに包含される結果となると主張するが、明細書中においても「約」(「おおよそ」あるいは「だいたい」の値であることを意味する)を付して表記されている数値範囲であり、上記の通り約5乃至7のpHは当然に導くことのできる範囲であるから、その範囲の厳密な上限や下限がどこにあるかを問題とする余地はない。
更に、異議申立人はヒト成長ホルモン(hGH)について開示されている数値は、約6.0から7.0というpH範囲のみであり、6.0未満のpHで処方されたヒト成長ホルモンに対しては裏付けられていないとも主張するが、約6.0から7.0というpH範囲の記載は単に「好ましい例」として示されたにすぎないのであって、前段の5.0乃至7.5のpH条件のうちの6.0未満はhGHに適用不可能とすることはできない。

b.について
請求項1の記載によれば、調合物の基本成分は成長ホルモンとシトラートであり、これに加えて更にアミノ酸と、糖アルコールと、グリセロールと、炭水化物と、保存料のいずれか1つ又は2つ以上を含有するものであることは、その文言により具体的かつ明確に示されているから、発明の構成に欠くことができない事項は明確である。

c.について
成長ホルモンは、分離精製にあたって最終的にゲル濾過工程を経ることは周知であるから、「最終ゲル精製工程」がこの工程を指すことは明白であり、請求項11は請求項1を引用して記載されているから、同項で言う「最終調合物の成分」とは、請求項1の調合成分のうち精製物中に存在する成長ホルモンを除いた残りの成分を意味することは明白である。

d.について
特許請求の範囲に記載された用語の意義は願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載を考慮して解釈すべきであり、本件発明の課題が成長ホルモンの水溶液の安定化の向上にあることは本件明細書の記載全般を通じ明らかである(請求人自身も「本件特許発明はヒト成長ホルモンを長期間保存するために水溶液として製剤することに関している。」と認めている。)から、請求項1の「注射可能な安定調合物」が非水系調合物や乾燥調合物を包含すると解する余地はない。

以上のとおりであるから、特許請求の範囲の請求項1及び11の記載は、特許法第36条第5項第2号の規定に違反しているとはいえない。

4-3 (D)〜(H)について

4-3-1 甲第4〜6、9〜11号証の記載の概要

甲第4号証(国際公開第89-09614号パンフレット)
安定で製剤的に許容な、「ヒト成長ホルモン:グリシンのモル比が、1:50-200である、a)ヒト成長ホルモン、b)グリシン、c)マンニト-ル、及びd)緩衝剤を含む安定化され製薬的に許容なヒト成長ホルモンの製剤」に関する発明が記載されており、「有利には、製剤のpHは4から8の範囲に緩衝剤によって調整され、該製剤は治療上使用可能な程度の純度を有すること、当該発明の製剤には:(a)hGH(b)グリシン(c)マンニト-ル(d)緩衝剤を含み、・・・好ましい実施態様においては、緩衝剤はリン酸緩衝剤であって、hGH:リン酸緩衝剤のモル比は1:50-250であり、有利には1:75-150である。」との記載がある。
また、「製剤の調製にとって適正なpH範囲は緩衝剤で調整され、約4から約8の間であり、有利には、約5から約8であり、最も有利には7.4である。製剤のpHは脱アミド化を減少させるために7.5以下であるべきであること、2.5mM又はそれ以上、及び20mM以下の緩衝剤濃度が好ましく、最も有利には5から10mMであることの記載がある。

甲第5号証(国際公開第91-18621号パンフレット;特表平5‐507278号公報)
IGF-I及びGHの製剤に関し、
「担体が等張性や化学的安定性を高める物質などの少量の添加剤を含有することが適当である。このような物質は使用する投与量及び濃度で受容者にとって非毒性である。このような物質にはリン酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、酢酸及び他の有機酸あるいはそれらの塩などの緩衝剤;アスコルビン酸などの抗酸化剤;低分子量(約10残基未満)のポリペプチド・・;血清アルブミン・・・などのタンパク質;ポリビニルピロリドンなどの親水性ポリマ-;グリシン・・・などのアミノ酸;セルロ-スまたはその誘導体、グルコ-ス、マンノ-ス・・などの単糖類、二糖類及びその他の炭水化物;EDTAなどのキレ一ト剤;マンニト-ル・・などの糖アルコ-ル;ナトリウムなどの対イオン;および/またはポリソルベ-ト・・などの非イオン性界面活性剤が含まれる。
典型的にはIGF-I及びGHがこのような賦形剤中に約0.1mg/ml〜100mg/ml(好ましくは1〜10mg/ml)の濃度で約4.5〜8のpHでそれぞれ個別に製剤化される。全長IGF-Iは一般的に約6を越えないpHで安定であり、des(1‐3)‐IGF‐Iは約3.2〜5で安定であり、hGHはより高いpH(例えば、7.4〜7.8)で安定である。
さらに、IGF-I及びGH(好ましくは全長IGF-I)を適当な担体賦形剤中に共に製剤化して細胞を含有しない医薬組成物を調製することも適当である。一態様として、製剤化に使用する緩衝剤はその組成物が混合直後に使用されるか、それとも保存の後に使用されるかに依存するであろう。混合後直ちに使用する場合、全長IGF-IとGHの混合物をマンニト-ル、グリシン及びリン酸塩(pH7.4)中に製剤化することができる。この混合物を保存すべき場合には、クエン酸などpHが約6の緩衝液中に、このpHにおけるGHの溶解度を増大させる界面活性剤(例えば、0.1%ポリソルベ-ト20・・・など)とともに製剤化する。最終的調製物は安定な液体または凍結乾燥固体であり得る。」との記載がある。

甲第6号証(国際公開第91-15509号パンフレット)
「本発明におけるbFGF製剤は、動物に対する治療上の使用を意図するものであるため、製剤のpHは生理的に動物に対して受容可能でなくてはならず、成長因子の不安定化に寄与するものではない。bFGFの安定性に対するpHの影響を例示するFig5に示すように、通常、製剤の安定化bFGFのpHは約2から8の範囲にあり・・・好ましくは約5.0である。製剤のpHは、有効量の治療上受容可能な緩衝剤又は酸を必要なpHを得るために加えることにより、容易に調整することができる。・・クエン酸塩・・のようなある種の緩衝剤を添加することにより二次的な利点を提供する。例えば、クエン酸は治療上受容可能でありpH5において良好なpH緩衝能を有し、さらに、凍結乾燥過程において非常に有用な非揮発性の緩衝剤であり・・・EDTAやエデト酸塩のような他の安定化剤を相補する補助的な金属キレ一タ一として役立つ」との記載がある。

甲第9号証(欧州特許出願公開第0303746号明細書)
成長ホルモンの安定化に関し以下の記載がある。
「本発明は安定化された動物成長促進ホルモン及びその調剤方法に関するものである。本発明は、不溶性形態の減少と水溶液中での成長促進ホルモンの可溶性生物活性の維持を提供する。安定化した成長ホルモンは以下に示すものから選択された有効量の一又は複数の保存料と混合することにより調製し得る:
(a)非還元性糖、糖アルコ-ル、糖酸、ペンタエリスリト-ル、ラクト-ス・・・より構成されるグル-プから選択されたポリオ-ル;
(b)グリシン、サルコシン・・・より構成されるグル-プから選択されたアミノ酸;
(c)生理的なpHにおいて電荷を有する側鎖を持つアミノ酸のポリマ-;及び
(d)塩化コリン、二水素クエン酸コリン・・・から選択されたコリン誘導体。」
そのようなホルモンの例として、成長促進ホルモン、組換えDNAにより生産された成長ホルモンの記載があり、通常、安定化した成長促進製剤のpHは約4から約10の範囲にあり、好ましくは約6.5から約8.0の範囲にあるとされている。

甲第10号証(米国特許第4837202号)
ヒト成長ホルモン等の使用に関するものである。
第4欄48行〜54行には、「また、不揮発性の発熱物質を含まない滅菌水で、静菌性水であり、リン酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸ナトリウム、などの少なくとも0.025Mの緩衝塩を含む水により調製された、水溶性の溶媒は、注射可能なST及びPRL溶液に対して適している。これらの緩衝液に加えて、幾つか他の溶媒も使用し得る。」との記載がある。更に、第4欄66行には、「抗菌性保存料」を含有できることが記載されている。

甲第11号証(Schein,Bio Technology,8:308-317,1990)第313頁、表1、
水溶液中におけるタンパク質の可溶性及び安定性を構成する因子について議論した一般的な総説である。
表1には、「グリセロ一ル、エリスリト一ル、アラビト一ル、ソルビト一ル、マンニト一ル・・・・グルコ一ス、フルクト-ス、スクロ一ス、トレハロ一ス、イソフルオロシド」
表1、左欄15行〜16行目には、「クエン酸塩、・・リン酸塩、四級アミン」、表1、右欄15行には、「20一400mM」の記載がある。

4-3-2 請求項1の発明の新規性進歩性について

以下請求項1の発明について上記各証拠と対比し新規性進歩性を検討する。

(D)について
甲第4号証には、溶液状態のhGH安定化製剤に関し、hGH、グリシン、マンニトール及び緩衝剤、特にhGH:グリシンのモル比が1:50-200、hGH:マンニトールのモル比が1:700-3000、hGH:緩衝剤のモル比が1:50-250であること、開示された製剤のpHは、4から8であって、2.5から20mMの緩衝液濃度であるものが開示されている。これと本件請求項1に係る蛋白調合物とを対比すると、甲第4号証のものは好ましい緩衝剤が燐酸塩であるとされクエン酸塩についての記載はない点及び12ヶ月安定な注射可能な調合物であるか否か記載がない点で相違する。
一方、甲第6号証は、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む製剤について、好ましい一実施態様では、その製剤はbFGFとクエン酸塩のようなヒドロキシポリカルボン酸キレート剤により構成されるとの記載がある。しかしながら、甲第6号証は、あくまでbFGFというhGHとは生理活性も構造も異なるタンパク質についての安定化の手法であって、キレート物質が、bFGFのフリーのシステイン残基の酸化や金属に誘起される凝集に対しタンパクを安定化するとの知見に基づき採用された(甲第6号証第2頁第20〜25行参照)ものであって、タンパク質一般に適用可能な長期安定化方法の技術常識とすることはできない。
そして、hGHについては甲第4号証の第1表にみられるとおり、当業界では、安定であることが望まれる製剤中の緩衝物質としては専ら燐酸ナトリウム、pH7.2〜7.4の条件が採用されており、甲第4号証の発明においては、これらを更に安定化するにあたってグリシン、マンニトールの添加が検討され、好ましい態様として一貫して燐酸緩衝液が使用されているところであり、その他の緩衝物質について検討の余地があるとの教示はいっさいなされていない。そして、hGHの安定性はbFGFと同様にシステイン残基の酸化や金属による凝集反応に影響されるとの知見は甲第4,6号証のいずれにも見あたらない。
したがって、甲第4号証のhGF製剤の緩衝物質として燐酸塩をクエン酸に代える動機付けとなるべきものは何ら存在しない。

本件請求項1に記載された発明は、甲第6号証の記載事項を参酌しても、甲第4号証に開示された先行技術発明から当業者が容易に想到し得た発明ということはできない。

(E)について
甲第5号証はIGF-IとGHの組み合わせにより成長を増進する発明に関し、「 混合後直ちに使用する場合、全長IGF-IとGHの混合物をマンニトール、グリシン及びリン酸塩(PH7.4)中に製剤化することができる。混合物を保存すべき場合には、クエン酸などpHが約6の緩衝液中に、このpHにおけるGHの溶解度を増大させる界面活性剤・・とともに製剤化する。最終的調製物は安定な液体または凍結乾燥固体であり得る。」との記載がある。上記調製物は請求項1の蛋白調製物とは少なくともhGHがIGF-Iとの混合状態である点で相違しており、同一のものと言うことはできない。
そして、甲第5号証の「典型的にはIGF-I及びGHが・・・約4.5〜8のpHでそれぞれ個別に製剤化され・・・hGHはより高いpH(例えば、7.4〜7.8)で安定である。」と記載されていること、およびhGH単独製剤に対する緩衝剤としてはクエン酸でなく燐酸緩衝液が採用され(特表平5-507278号公報第6頁左下欄参照)、安定pHが3.2〜5にあるIGF-1単独製剤に対してはクエン酸緩衝液が使用されている(特表平5-507278号公報第6頁右上欄参照)ことからすると、IGF-IとGHの混合物の製剤の保存にあたっては安定pHが酸性側にあるIGF-Iに考慮し、クエン酸緩衝液が採用されたと解すべきであって、これがhGH単独製剤について積極的にクエン酸緩衝液を使用する動機付けとなるものではない。
したがって、請求項1に記載の発明は甲第5号証の記載から当業者が容易に発明しうるとすることはできない。

(F)について
甲第9号証は、成長ホルモンの安定化に関するもので、使用される安定化剤には、クエン酸コリンが含まれ、さらに、その製剤は、マンニトールのような糖アルコール、グリシンのようなアミノ酸などの成分を含み得、その製剤は、好ましくはpHが約6.5から約8.0の範囲であることの記載がある。
しかしながら、hGHに対し添加するクエン酸コリンは緩衝剤として使用されているものではなく、甲第9号証に開示された実施例にはいずれも燐酸緩衝液が使用されている。したがって、請求項1の発明は甲第9号証に記載された発明であるとも、その記載から当業者が容易になし得る発明であるともいうことはできない。

(G)について
甲第10号証は、ソマトトロピン(ST)、すなわち、成長ホルモンの使用に関し、少なくとも0.025M(25mM)クエン酸ナトリウムを含む水溶性製剤が、注射に適する形態でソマトトロピン製剤を調剤するために使用し得ることを開示しいる。また、甲第11号証は、タンパク質の安定性に関し、一般的な知見を総説したものであり、その中には、推奨される緩衝剤と添加剤が列挙され、グリセロール、マンニトールが水溶液中におけるタンパク質の安定性に寄与することが示され、緩衝剤としては、クエン酸塩が挙げられており、至適な濃度として20から400mMが示されている。
しかしながら、甲第10号証は単に投与時の注射液調製にクエン酸緩衝液が使用されたことを示すのみで、長期安定化製剤とすることをなんら意図していない。また、甲第11号証も単にタンパク質の安定化に寄与する成分を列挙したにすぎず、hGHの長期安定化注射製剤の安定化成分について教示するものではない。
そして、hGH溶液の調整時の緩衝剤として各種の緩衝物質が使用されうるとしても、従来の市販のhGH製剤では通常燐酸緩衝液が採用され(甲第4号証第1表)、甲第4号証、甲第5号証、甲第9号証のいずれの発明においても好ましい例として一様に燐酸緩衝液が採用されていることからみて、、安定であるhGH製剤(hGH単独製剤)に使用すべき緩衝物質としては、燐酸塩が適用されるべきとの当業界の技術常識が本件出願時に存在したことは明らかであり、この常識に反し、あえてクエン酸緩衝液を採用し、少なくとの12ヶ月以上の安定している注射可能な製剤とすることは、甲第4〜6、9〜11号証を如何に組み合わせてみても、当業者が容易に想到し得たとすることはできない。

上述のごとく請求項1の発明は甲第4〜6、9〜11号証に記載された発明とはいえず、また、それらの記載を総合勘案してみても、当業者がそれらに記載された発明から容易に発明をすることができたということはできない。

4-3-3 請求項2〜11の発明について
請求項2〜11はいずれも請求項1を引用する発明であるから上記と同様の理由により上記甲第4〜6、9〜11号証号証と同一であるとも、それらの記載から容易であるとすることもできない。

4-4 (I)及び(J)について
甲第7,8号証に基づく(I)(J)の理由は、優先権の効果の喪失を前提にするものであり、本件特許において優先権が認められない理由は以下のとおりであるとしている。

a. 請求項1の「少なくとも12ヶ月間安定している」なる構成の裏付けは、甲第3号証(本件の国際出願の明細書)の第5頁33行〜35行の「本発明による調合物は少なくとも12ヶ月間安定している。ここで安定ということは85%以上の単量体(IEF)と、2%以下のSDS-PAGEによる断片の量を意味する。」にあると見受けられるが、この記載は甲第2号証(優先権の基礎とされたスウエーデン特許出願第9201073号明細書)には見いだせないし、当業者といえども、このような定義を基礎出願明細書から導き出すことはできない。

b.請求項1におけるpH範囲約5乃至7についても、甲第2号証に記載されていない。

c.請求項11の「最終調合物の成分を最終ゲル精製工程で添加させる」という記載は国際出願時の明細書において新たに加えられたものである。

そこで以下、検討する。
a.について
申立人の指摘する甲第3号証の「本発明による調合物は少なくとも12ヶ月間安定・・・による断片の量を意味する。」の記載に文字どおり対応する記載は甲第2号証には存在しないが、甲第2,3号証には共に表1及び表2が存在し、hGHとクエン酸Na、グリシン、マンニトールを含む調合物例A、E、Hとクエン酸ナトリウムに代えて燐酸ナトリウムを使用した調合物例B、C、D、F、Gについて記載があり、表1は5℃で6ヶ月、15ヶ月、24ヶ月後まで、表2は5℃6ヶ月、12ヶ月後までのIEFの値及びSDSーPAGEの断片の量が示されている。表中、本件特許発明の実施例に相当する調合物Aにつきこれらの値をみると、5℃で24ヶ月後でもIEFの値は88%、SDSーPAGEの断片は1.7%であり、調合物Hについても5℃12ヶ月後でIEFの値は90%、SDSーPAGEの断片1.8%であるから、安定であると評価する目安として「85%以上の単量体(IEF)と、2%以下のSDS-PAGEによる断片の量」は甲第2号証の優先権の基礎となる明細書から充分読みとることのできる事項である。

b.について
上記4-3の(C)aで摘記した本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたpH範囲に関する記載はすべて甲第2号証にも記載されている。、したがって、上記4-3の(C)aに対する検討で述べたとおりの理由により、pH範囲約5乃至7は甲第2号証に記載の範囲を越えるものではない。

c.について
甲第2号証の第7頁の実施例1には「先の精製工程で使用した塩を除去する目的と最終調合の成分を添加する目的に役立つゲル濾過より調合が行われた。」と記載されている。したがって、「最終調合物の成分を最終ゲル精製工程で添加させる」ことは国際出願時の明細書において新たに加えられたものではない。

よって、本件特許は、パリ条約の優先権の利益を享受できるものである。

4-4-2 (I)(J)について
前記のとおり本件特許はパリ条約による優先権の利益を享受しうるから、優先日である1992年4月3日以降に頒布された甲第7号証(国際公開日1992年10月15日)に基づいて新規性進歩性を否定することはできない。また、同様に優先日以降に国際特許出願された甲第8号証(優先日1992年4月30日、国際公開日1993年11月11日)は本件特許に対し先願の地位を有しない。
そうすると、これらの証拠は取消し理由の基礎とすることができない証拠であるから、その記載内容を検討するまでもなく、異議申立人の主張は採用できない。

3、むすび
したがって、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜11に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜11に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2003-03-04 
出願番号 特願平5-517378
審決分類 P 1 651・ 161- Y (A61K)
P 1 651・ 531- Y (A61K)
P 1 651・ 113- Y (A61K)
P 1 651・ 121- Y (A61K)
P 1 651・ 534- Y (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 八原 由美子  
特許庁審判長 竹林 則幸
特許庁審判官 松浦 新司
森田 ひとみ
登録日 2002-01-18 
登録番号 特許第3268557号(P3268557)
権利者 ファーマシア アクチボラーグ
発明の名称 成長ホルモンから成る蛋白調合物  
代理人 土橋 秀夫  
代理人 小林 義教  
代理人 園田 吉隆  
代理人 江藤 剛  

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