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審決分類 |
審判 一部無効 1項3号刊行物記載 無効としない C10L 審判 一部無効 1項2号公然実施 無効としない C10L 審判 一部無効 2項進歩性 無効としない C10L 審判 一部無効 1項1号公知 無効としない C10L |
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管理番号 | 1084102 |
審判番号 | 無効2002-35003 |
総通号数 | 47 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2000-03-28 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2001-12-28 |
確定日 | 2003-09-18 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第3129446号発明「低硫黄含有率を有するディーゼルエンジン燃料」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
I.手続の経緯 本件特許第3129446号の請求項1ないし9に係る発明は、平成9年7月29日(優先日 平成8年7月31日 フランス)に国際出願され、平成12年11月17日にその特許権の設定登録がされたものである。 これに対して、ザ ルブリゾル コーポレイションから平成13年12月28日付けで請求項1ないし5に係る発明の特許について無効審判が請求され、その後の手続の経緯は、次のとおりである。 答弁書: 平成14年7月26日 上申書(被請求人): 平成14年10月18日 口頭審理陳述要領書(請求人):平成14年12月10日 第1回口頭審理: 平成14年12月10日 上申書(請求人): 平成15年2月27日 上申書(被請求人): 平成15年3月10日 II.本件発明 本件無効審判請求の対象となった請求項1ないし5に係る発明(以下、「本件発明1ないし5」という。)は、本件の特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】500ppmより低い硫黄含有率を有するディーゼルエンジン燃料であって、150℃と400℃の間の温度における原油の直接蒸留留分に由来する少なくとも1種の中質留出物および潤滑添加剤を含む該燃料において、該燃料が20〜1000ppmの該添加剤を含有し、該添加剤が、12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と下記の式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせから成り、 ![]() ここで、Xは、4個の炭素または3個の炭素と1個の窒素もしくは酸素のようなへテロ原子に相当する各環の原子を表し、R1、R2、R3およびR4は、同一または異なりそして水素原子または炭化水素基のいずれかを表しかつ各々2つの環の一方の少なくとも1個の原子に結合されており、該炭化水素基は、1〜5個の炭素原子から成るアルキル基、アリール基、酸素または窒素のようなへテロ原子を随意に含有する5〜6個の原子の炭化水素環から選ばれ、R1、R2、R3およびR4から選ばれた2個の基Riは随意にへテロ原子を介して環を形成してもよく、該環は飽和または不飽和で、未置換または1〜4個の炭素原子を含有する随意にオレフィン系の脂肪族基により置換されており、Zはカルボキシル酸基であることを特徴とする上記燃料。 【請求項2】該組合わせがトール油である場合に該燃料が60〜1000ppmの添加剤を含有することを特徴とする請求項1に記載の燃料。 【請求項3】式(I)の化合物が、樹脂含有樹木特に樹脂含有針葉樹から抽出された天然油の蒸留の残渣から得られた天然樹脂ベースの酸であることを特徴とする請求の範囲第1項または第2項に記載の燃料。 【請求項4】樹脂ベースの酸が、アビエチン酸、ジヒドロアビエチン酸、テトラヒドロアビエチン酸、デヒドロアビエチン酸、ネオアビエチン酸、ピマル酸、レボピマル酸、パラストリン酸およびそれらの誘導体から成る群から選ばれることを特徴とする請求の範囲第3項に記載の燃料。 【請求項5】1〜50重量%の式(I)に相当する多環式酸少なくとも1種並びに50〜99重量%の12〜24個の炭素原子を含有する飽和または不飽和の直鎖状モノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種を含むことを特徴とする請求の範囲第1項から第4項のいずれか一項に記載の燃料。」 III.請求人の主張と証拠方法 1.請求人の主張 請求人は、次の(1)ないし(5)の無効理由を主張している(以下、「無効理由1ないし5」という。)。 (1)無効理由1 本件発明1ないし5は、甲第2号証の記載を参酌すると、甲第1号証に記載された発明であるから、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条1項3号の規定に違反してされたものである。 (2)無効理由2 本件発明1ないし5は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条2項に違反してされたものである。 (3)無効理由3 本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証により立証されるとおり、本件の優先日前に日本国内において公知の発明であるから、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条1項1号の規定に違反してされたものである。 (4)無効理由4 本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証により立証されるとおり、本件の優先日前に日本国内において公然実施された発明であるから、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条1項2号の規定に違反してされたものである。 (5)無効理由5 本件発明1ないし5は、甲第1号証ないし甲第9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1ないし5に係る特許は、特許法第29条2項に違反してされたものである。 なお、請求人は、上記無効理由3ないし5の主張を補強する目的で、審判請求後に甲第8号証および甲第9号証を提出しているので、無効理由3ないし5をその旨に読み替えた。 2.証拠方法及び記載事項 [証拠方法] 甲第1号証:米国特許第3,667,152号明細書 甲第2号証:H.G.Arlt,Jr.、Kirk Othmer「化学技術の百科辞典(Encyclopedia of Chemical Technology)」、第3版、Wiley,1983年、第22巻、トール油(tall oil)の項、531〜541頁 甲第3号証:添加剤ブレンド仕様書、ADX0787A、1994年11月10日付け 甲第4号証:添加剤ブレンド仕様書、ADX4101B、1996年4月25日付け 甲第5号証:東京のペテロルブのM.HosinoからAdibis RedhillのM.Attfieldへのテレックス書簡(1996年3月30日付け) 甲第6号証:S.CookからM.Hosino宛てのファクシミリ書簡(1996年5月31日付け) 甲第7号証:M.Attfieldによる1996年7月8日付け報告書 甲第8号証:ジェフリー ジー.ダイエッツによる宣誓書、平成14年12月10日付けの口頭審理陳述要領書に添付 甲第9号証:出光興産株式会社 野村 守氏からルブリゾル コーポレーションへの書簡(2003年1月31日)、平成15年2月27日付けの上申書に添付 [記載事項] 甲第1号証には、 「1.沸点範囲約90°から625°Fの炭化水素混合物に0.01から0.1重量%のトール油脂肪酸を含有する燃料組成物。 2.沸点範囲が約325°から625°Fである請求項1に記載の燃料組成物。」(特許請求の範囲の請求項1、2)、 「タービンおよびディーゼルエンジンの作動に伴う磨耗の問題を実質的に低減させるかもしくは克服するユニークな燃料組成物およびタービンおよびディーゼルエンジンを作動させる方法を提供することが本発明の目的である。」(第1欄52〜55行)、 「ディーゼルオイルとして採用される軽留分は、本質的に、約325°〜625°F、好ましくは約350°〜550°Fの範囲で沸騰する灯油画分である。」(第2欄18〜21行)、 「トール油脂肪酸はトール油から得られる。トール油は飽和および不飽和脂肪酸並びにロジン酸の混合物であって、・・・。・・・トール油はさらにトール油ヘッドとトール油脂肪酸とに分離することができる。本発明では添加剤の性質面においてさらに決定的に重要な観点が存在する。所期の目的に有効なのはトール油脂肪酸のみである。トール油自体は、得られる燃料組成物の水分分離指数を低下させるために好ましくない。トール油ヘッドは室温を下回る温度で、ナフサ及び灯油等の軽質留分に対する溶解性が不十分であるために好ましくない」(第2欄25〜40行)、 「PTB、燃料千バレルあたりの添加剤量(ポンド)」(註1PTBは、4ppmに相当する。第2欄55〜56行)、 「 表I ベース燃料Aの検査テスト 比重 °API 56.7 蒸留温度 °F IBP 75 EP 500 硫黄、 % 0.023 凍結点 °F マイナス76°F未満 燃焼熱 B.T.U./lb 18,700 ルミノメーター番号 81 芳香族含有量、 % 5」(第2欄71行〜第3欄9行)、 「 表II カドミウム中スチールでの4球機械テスト 10kg 30分 1200rpm R.T. 傷 摩擦係数 操作 直径、mm 1.ベース燃料A 2.66 0.25 2.ベース燃料A+15PTB - 0.28 トール油脂肪酸 3.ベース燃料A+30PTB 1.423 0.014 トール油脂肪酸 4.ベース燃料A+60PTB 0.052 トール油脂肪酸 5.ベース燃料A+100PTB 1.4 0.028 トール油脂肪酸 」(第3欄21〜38行)、 「 表III ベース燃料の検査テスト ベース燃料B ベース燃料C 比重 °API 43.6 36.6 蒸留温度 °F IBP 330 384 EP 504 610 凍結点 °F マイナス50 燃焼熱 B.T.U./lb 18,500 芳香族含有量、 % 13.5」(第3欄43〜55行)、 「 表IV 4球磨耗テスト 5kg、600rpm 室温、1時間 試行 傷直径(mm) 6.ベース燃料B 0.59 7.ベース燃料B+30PTBトール油脂肪酸 0.30 8.ベース燃料B+60PTBトール油脂肪酸 0.27 9.ベース燃料B+90PTBトール油脂肪酸 0.26 10.ベース燃料C 0.41 11.ベース燃料C+90PTBトール油脂肪酸 0.32」(第3欄63行〜第4欄5行)、 「本発明の燃料の水分離指数(W.S.I)の値は「航空機用タービン燃料の水分離特性の測定」と題された合衆国試験法791a-3256に従って測定した。この試験によれば、燃料2000ccに水2ccを加えたものを、毎分400ccの出力定格を有する小型ギアポンプを用いて閉鎖系内で循環させる。水を添加する前に、機器中のマイクロアンペアメータを、水を含まないベース燃料の水分離指数の値が100となるように設定する。燃料と水は5分間循環させ、確実に水-燃料混合物を完全な混合状態とする。その後、この燃料混合物の一部を毎分150ccの速度でガラス系に通して循環させる。この流出物をガラス繊維フィルターコアレッサに通した後、光および光電素子を備えたガラスチューブに通して光透過を測定し、これに基づいて水分離指数を得る。循環する水-燃料混合物の水分離指数の値は該混合物をガラスフィルターに通した後に光電測定装置で測定する。水分離指数が高いほど、燃料の水分離特性は良好になる。燃料は軍用規格MIL-J-5624に合格するために85を最小値としなければならない。表1のベース燃料は、PTB、即ち燃料1000バレル当たりの添加剤のポンドで示される添加剤濃度で使用した。 表V 水分離指数試験 ベース燃料A+添加剤,PTB 水分離指数 1.ベース燃料 98 2.ベース燃料+90PTBトール油脂肪酸 98 3.ベース燃料+90PTBトール油 74(a) (a)2回の平均」(第4欄第7〜44行)と記載されている。 甲第2号証には、 「トール油は、松の木のエーテル抽出可能で、非リグニン、非セルロース部分から構成される。代表される2つの化学的構造は、ロジン酸および脂肪酸である。ロジン酸は、アルキル置換パーヒドロフェナントレン環構造をベースとするジテルペンカルボン酸である(テルペノイドを参照のこと)。これらの酸は、非食料品酸であり、樹木の傷回復メカニズムに関係する。これらの脂肪酸(カルボン酸、トール油からの脂肪酸を参照のこと)は主に、18個の炭素を有する直鎖モノまたはジ不飽和脂肪酸であり、主にオレイン酸およびリノール酸である。」(第531頁、トール油の項)、 「表2.ASTMタイプIIのトール油脂肪酸の代表的なガス液体クロマトグラフィー分析の結果 分析 値 分析 値 脂肪酸含有量、面積% ウェット分析 パルミチン酸 0.1 酸価 197 パルミトレイン酸 0.3 ケン化価 199 ステアリン酸 2.1 ヨウ素価 130 オレイン酸 48.5 ロジン酸、重量% 0.9 リノール酸 不飽和、% 1.3 シス-9,シス-12 35.3 総脂肪酸、% 97.8 シス-9,トランス-11 4.7 トランス-9,トランス-11 3.1 ピノール酸(△-5,9,12) 3.5 エイコサン酸 1.1 その他 1.3」(第532頁、表2)、 「表3.代表的なトール油ロジンのガス液体クロマトグラフィー分析 ロジン酸 面積% 9,10-セコデヒドロアビエチン酸 0.1 ピマル酸 4.6 テトラヒドロアビエチン酸 0.9 ジヒドロアビエチン酸 4.7 パラストリン/レバピマル酸 10.1 イソピマル酸 5.6 アビエチン酸 35.4 デヒドロアビエチン酸 27.4 ネオアビエチン酸 2.0 その他 9.2」(第533頁、表3)、 「表6.トール油脂肪酸グレード ASTM 酸価 ロジン ケン化 脂肪 ガード ヨー素 タイプ 酸、 価、 酸、 ナー 価 重量% 重量% 重量% カラー Acintol FA-1 III 194 4.5 2.7 92.8 5 131 トール油脂肪酸 Acintol FA-2 II 197 0.9 1.3 97.8 ⊇3 130 トール油脂肪酸 Acintol FA-3 I 198 0.5 0.7 98.8 ⊆3 130 トール油脂肪酸 」 (第538頁、表6)と記載されている。 甲第3号証(添加剤ブレンド仕様書、ADX0787A、1994年11月10日付け)は、ADX0787A/01が、トール油脂肪酸であり、そのトール油脂肪酸の成分が脂肪酸94〜96〜98%、ロジン酸 〜1.8〜2%であることを立証するためのものである。 甲第4号証(添加剤ブレンド仕様書、ADX4101B、1996年4月25日付け)は、燃料添加剤ADX4101Bが31.25%のトール油脂肪酸組成物ADX0787Aを含むことを立証するためのものである。 甲第5号証(東京のペテロルブのM.Hosinoからadibis RedhillのM.Attfieldへのテレックス書簡(1996年3月30日付け))は、ペテロルブからの、ADX4101Bを、ジャパンエナジーから提供された低硫黄ディーゼル燃料「サンプルA」でテストするように依頼したことを立証するためのものである。 甲第6号証(S.CookからM.Hosino宛てのファクシミリ書簡(1996年5月31日付け))は、甲第5号証で依頼した、「サンプルA」に用いたテスト結果をペテロルブに返答したことを立証するためのものである。 甲第7号証(M.Attfieldによる1996年7月8日付け報告書)は、日本の石油会社(複数)との会議の記録であり、各社がADX4101Bを入手し、テストしたことを立証するためのものである。 甲第8号証(ジェフリー ジー.ダイエッツによる宣誓書)は、提供されたサンプルADX4101Bが、公知の化学分析方法により分析され得る組成であったことを立証するためのものである。 甲第9号証(出光興産株式会社 野村 守氏からルブリゾルコーポレーションへの書簡(2003年1月31日))は、秘密保持義務なしに、出光興産株式会社に「ADX4101B」のサンプルが提供され、低硫黄軽油での試験が行われたことを立証するためのものである。 IV.被請求人の反論と証拠 1.被請求人の反論 被請求人は、請求人が主張する無効理由1ないし5に対して、乙第1号証ないし乙第5号証を提示して、次のとおり反論している。 (1)無効理由1に対して 本件発明1ないし5は、甲第2号証の記載を参酌しても、甲第1号証に記載された発明ではない。 (2)無効理由2に対して 本件発明1ないし5は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (3)無効理由3に対して 本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証の存在により、本件の優先日前に日本国内において公知の発明と立証されるものではない。 (4)無効理由4に対して 本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証の存在により、本件の優先日前に日本国内において公然実施された発明と立証されるものではない。 (5)無効理由5に対して 本件発明1ないし5は、甲第1号証ないし甲第9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 2.証拠方法 乙第1号証:化学便覧 応用化学編 I プロセス編、日本化学会、丸善株式会社、1986年、431〜454頁 (石油の留分と用途の関連を立証するため) 乙第2号証:石油用語解説第二版 石油学会編、幸書房、1983年発行、104頁 (JP-5、JP-4規格がジェット燃料であることを立証するため) 乙第3号証:Fuels 1999,2nd International Colloquium 20-21 January1999,Techniche Akademic Esslingen,239-252(1999) (NATOでは、F-34燃料に添加剤を添加して、テーゼル燃料に転用にすることが試みられていることを立証するため) 乙第4号証:甲第1号証の燃料の水分離指数に関する試験の追試結果及び平成14年10月18日付け上申書に添付された宣誓供述書 (ベース燃料にトール油を添加すると水分離指数が悪化することを立証するため) 乙第5号証:2003年3月4日付けロラン・ジエルマノ供述書及び実験報告書、平成15年3月10日付けの上申書に添付 (ケロセンに脂肪酸と(アビエチン酸のような)ロジン酸を添加すると水分離指数が悪化することを立証するため) V.当審の判断 1.本件発明1ないし5について 本件発明1を分節すると、 「(A)500ppmより低い硫黄含有率を有するディーゼルエンジン燃料であって、 (B)150℃と400℃の間の温度における原油の直接蒸留留分に由来する少なくとも1種の中質留出物および潤滑添加剤を含む該燃料において、 (C)該燃料が20〜1000ppmの該添加剤を含有し、 (D)該添加剤が、12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と (E)下記の式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせから成り、 ![]() ここで、Xは、4個の炭素または3個の炭素と1個の窒素もしくは酸素のようなへテロ原子に相当する各環の原子を表し、R1、R2、R3およびR4は、同一または異なりそして水素原子または炭化水素基のいずれかを表しかつ各々2つの環の一方の少なくとも1個の原子に結合されており、該炭化水素基は、1〜5個の炭素原子から成るアルキル基、アリール基、酸素または窒素のようなへテロ原子を随意に含有する5〜6個の原子の炭化水素環から選ばれ、R1、R2、R3およびR4から選ばれた2個の基Riは随意にへテロ原子を介して環を形成してもよく、該環は飽和または不飽和で、未置換または1〜4個の炭素原子を含有する随意にオレフィン系の脂肪族基により置換されており、Zはカルボキシル酸基であることを特徴とする上記燃料。」である。 次に、本件発明1の技術課題を挙げる。 低硫黄濃度のディーゼルエンジン燃料は、潤滑性成分である硫黄濃度が低いために潤滑力に欠けるが、本件発明1は、低濃度の添加量でも十分な潤滑力を有し且つその他の添加剤に対しても適合性を示す潤滑添加剤を含んだディーゼルエンジン燃料を提供するものであり、従来の潤滑添加剤の問題点を解消して、車輌の内燃機関に関係するポンプ、噴射装置、可動部品等の磨耗や破損を引き起こすことが少なく同時に低公害である低硫黄ディーゼルエンジン燃料の供給するようにすることを技術課題とするものである。 その解決手段としては、潤滑添加剤として、(D)モノカルボキシル脂肪酸の少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸の少なくとも1種の組み合わせを、(C)20〜1000ppm燃料中に含有させるものである。 そして、上記式(I)の多環式酸とは、「式(I)の化合物は、樹脂含有樹木特に樹脂含有針葉樹から抽出された天然油の蒸留の残渣から得られた天然樹脂ベースの酸・・・から成る群から選ばれる。樹脂ベースの酸の中で、アビエチン酸、ジヒドロアビエチン酸、テトラヒドロアビエチン酸、デヒドロアビエチン酸、ピマル酸、レボピマル酸、およびパラストリン酸(parastrinic acid)並びにそれらの誘導体が好ましい。」(本件特許公報第6欄46行〜第7欄5行)と記載されているとおり、樹脂含有の天然油の蒸留の残渣から得られる天然樹脂ベースの酸である。 また、本件発明2ないし5は、実質的に本件発明1を引用し、さらに限定を加えるものであるから、技術課題と解決手段は本件発明1と共通するものである。 2.請求人の主張する無効理由について (1)トール油脂肪酸について 「トール油脂肪酸」が本件でいう「(D)該添加剤が、12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせから成るもの」であるかどうか検討する。 甲号各証および乙号各証から次のア.〜カ.の事項が摘示される。 ア.甲第2号証記載のとおり、トール油は、松の木からエーテル抽出されるもので、代表される2つの化学的構造は、ロジン酸および脂肪酸である。ロジン酸は、アルキル置換パーヒドロフェナントレン環構造をベースとするジテルペンカルボン酸である。脂肪酸は主に、18個の炭素を有する直鎖モノまたはジ不飽和脂肪酸であり、主にオレイン酸およびリノール酸である(第531頁、トール油の項)。 イ.甲第1号証記載のとおり、トール油脂肪酸はトール油から得られる。トール油は飽和および不飽和脂肪酸並びにロジン酸の混合物であって、トール油はさらにトール油ヘッド(蒸留残渣)とトール油脂肪酸(留出物)とに分離することができる(第2欄25〜33行)。 ウ.甲第2号証には、表2にASTMタイプIIのトール油脂肪酸の代表的なガス液体クロマトグラフィー分析の結果が記載されている。 「 分析 値 分析 値 脂肪酸含有量、面積% ウェット分析 パルミチン酸 0.1 酸価 197 パルミトレイン酸 0.3 ケン化価 199 ステアリン酸 2.1 ヨウ素価 130 オレイン酸 48.5 ロジン酸、重量% 0.9 リノール酸 不飽和、% 1.3 シス-9,シス-12 35.3 総脂肪酸、% 97.8 シス-9,トランス-11 4.7 トランス-9,トランス-11 3.1 ピノール酸(△-5,9,12) 3.5 エイコサン酸 1.1 その他 1.3」 また、同表6には、I〜IIIのタイプのトール油脂肪酸の分析が次のように記載されている。 「トール油脂肪酸のタイプ ロジン(重量%) 脂肪酸(重量%) Acintol FA-1 III 4.5 92.8 Acintol FA-2 II 0.9 97.8 Acintol FA-3 I 0.5 98.8」 エ.甲第1号証の表Vには、水分離指数試験が次のとおり記載されている。 「 ベース燃料A+添加剤,PTB 水分離指数 1.ベース燃料 98 2.ベース燃料+90PTBトール油脂肪酸 98 3.ベース燃料+90PTBトール油 74(a) (a)2回の平均、(90PTBは、約360ppm)」 オ.乙第4号証によれば、灯油に脂肪酸及びアビエチン酸を添加して水分離指数(WSI)を測定すると次のようになるとしている。 「 サンプル 濃度(ppm) WSI測定値 灯油 無添加 97 脂肪酸 100 89 +0.5%アビエチン酸 100 84 +1%アビエチン酸 100 82 +2%アビエチン酸 100 80 +4.5%アビエチン酸 100 76 脂肪酸 400 87 +0.5%アビエチン酸 400 73 +1%アビエチン酸 400 72 +2%アビエチン酸 400 67 +4.5%アビエチン酸 400 57」 カ.乙第5号証によれば、灯油に脂肪酸及びロジン酸を添加して水分離指数(WSI)を測定すると次のようになるとしている。 「用いたロジン酸の分析値(%): ピマル酸20.69、サンダラックピマル酸3.16、レボピマル酸<0.2、パラストリン酸9.17、イソピマル酸5.07、アビエチン酸38.71、デヒドロアビエチン酸20.56、ネオアビエチン酸2.67 サンプル 添加剤濃度 ロジン酸濃度 WSI測定値 (ppm) (ppm) ケロセン 無添加 0 97 +0.5%ロジン酸 400 2 65 +1%ロジン酸 400 4 61 +2%ロジン酸 400 8 51」 これらの記載を総合すると、摘示ウ.に記載されたとおり、トール油脂肪酸には、ロジン酸が含まれる。摘示ア.カ.に記載されたとおり、ロジン酸には、各種のジテルペンカルボン酸が含まれている。 ところが、摘示エ.オ.カ.の水分離指数試験をみると、トール油脂肪酸を添加剤とするものは、水分離指数の低下がなく(摘示エ.)、脂肪酸にトール油、アビチエン酸、ロジン酸を配合した添加剤を用いたものは、水分離指数の低下が顕著に認められる。 加えて、トール油脂肪酸に含まれるところの「ロジン酸」は、分析による化合物群の明示がなく、また、樹脂含有の天然油の蒸留残渣ではなく、留出分であること、式(I)で定義する多環式酸は、化学構造上極めて留出しにくいことが、技術常識であること等を総合して判断すると、トール油脂肪酸には、多様の化合物群を指すトール油中のロジン酸のうち、本件発明1で定義する式(I)の多環式酸のように蒸留残渣となる化合物群は含まれていないと解するのが自然である。 それ故、トール油脂肪酸には、「ロジン酸」が含まれるとしても、本件発明1でいう式(I)で定義する多環式酸を含むということはできない。 (2)無効理由1について 請求人は、甲第1号証に記載された「ベース燃料A」は、留出温度75〜500°F(25〜260℃)、硫黄含有率0.023%であり、トール油脂肪酸を配合して、ディーゼルエンジン用燃料組成物となるものであるから、本件発明1ないし5は、甲第2号証の記載を参酌すると、甲第1号証に記載された発明であると主張している。 その点を検討すると、甲第1号証には、トール油脂肪酸を添加剤とする記載はあるが、トール油脂肪酸に含まれるロジン酸は、前述のとおり、本件発明1で定義する式(I)の多環式酸ではないというのが自然である。 してみれば、甲第1号証に記載のトール油脂肪酸にロジン酸が含まれるとしても、そのロジン酸が、本件発明1でいう式(I)で定義する多環式酸に当たらないから、本件発明1は甲第1号証に記載された発明とはいえない。 ところで、甲第1号証の上記摘示エ.には、ベース燃料Aに約360PPMのトール油を添加して、水分離指数を測定した旨記載されているが、ベース燃料Aはタービン用燃料であるから、本件発明1が記載されているとはいえない。 また、本件発明2ないし5は、実質的に本件発明1を引用する発明であるから、本件発明1と同じことがいえる。 したがって、本件発明1ないし5は甲第1号証に記載された発明とはいえず、請求人が主張する無効理由1は採用できない。 (3)無効理由2について 請求人は、本件発明1ないし5は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張している。 その点を検討する。 本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、本件発明1では、(D)12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせからなる添加剤を適用するのに対して、甲第1号証には、ベース燃料の添加剤として、トール油脂肪酸を適用する点で相違する。 その相違する点を検討すると、本件発明1で用いる式(I)の多環式酸は、トール油脂肪酸に含まれる「ロジン」に相当するものではなく、また、甲第1号証には、「トール油自体は、得られる燃料組成物の水分分離指数を低下させるために好ましくない。トール油ヘッドは室温を下回る温度で、ナフサ及び灯油等の軽質留分に対する溶解性が不十分であるために好ましくない」(第2欄32〜40行)と多環式酸の使用を除外する記載があるから、トール油脂肪酸を添加剤として適用することから、本件発明1のように(D)12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせからなる添加剤を適用することが導きだされるものではない。 そして、本件発明1で、(D)12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせからなる添加剤を適用することにより、低硫黄含有率を有するディーゼル燃料の潤滑性を改善する効果は、明細書に記載されたとおり格別なものと認められる。 してみれば、本件発明1は甲第1号証ないし甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 また、本件発明2ないし5は、実質的に本件発明1を引用する発明であるから、本件発明1と同じことがいえる。 したがって、本件発明1ないし5は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、請求人が主張する無効理由2は採用できない。 (4)無効理由3について 請求人は、本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証により立証されるとおり、本件の優先日前に日本国内において公知の発明であるとの主張している。 その点について検討する。 請求人は、トール油脂肪酸を含有する添加剤ADX4101Bが、本件発明1ないし5で用いる添加剤に相当することを前提として、本件発明1ないし5は、本件の優先日前に日本国内において公知の発明であると主張するものであるが、前述の(2)無効理由1についてのとおり、トール油脂肪酸を添加剤として用いる発明は、本件発明1ないし5とは異なる発明であるから、上記前提を欠く請求人が主張する無効理由3は採用できない。 (5)無効理由4について 請求人は、本件発明1ないし5は、甲第3号証ないし甲第9号証により立証されるとおり、本件の優先日前に日本国内において公然実施された発明であると主張している。 その点について検討すると、前述の(4)無効理由3についてと同じことがいえる。 したがって、請求人が主張する無効理由4は採用できない。 (6)無効理由5について 請求人は、本件発明1ないし5は、甲第1号証ないし甲第9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張している。 その点について検討する。 甲第3号証ないし甲第9号証の記載を参酌しても、トール油脂肪酸を添加剤として適用することから、本件発明1のように(D)12個と24個の間の炭素原子の直鎖を有する飽和または不飽和のモノカルボキシル脂肪酸少なくとも1種と(E)式(I)の多環式酸少なくとも1種の組合わせからなる添加剤を適用することが導きだされるものではないから、(3)無効理由2についてと同じことがいえる。 したがって、請求人が主張する無効理由5は採用できない。 (6)請求人のその他の主張について ア.請求人は、甲第1号証記載のベース燃料Aは、ディーゼル燃料であると主張するが、ベース燃料Aは沸点範囲からみてタービン用燃料であることは明らかである。 また、甲第1号証には、ベース燃料B、Cが記載されているが、これらがディーゼル燃料に相当するものである。 そして、沸点の高い留分には硫黄が多く含まれるというのが技術常識であるから、ベース燃料B、Cは、ベース燃料Aと同等程度に低硫黄濃度であるとはいえない。 イ.請求人は、トール油脂肪酸に含まれるロジンが、トール油に含まれるロジンと同一化合物群であることを前提として主張するものであるが、トール油に含まれるロジンに分類される化合物群のうち、留出分と蒸留残渣にあたる本件式(I)の化合物群を差異がないとすることができないことは技術常識である。 ウ.請求人は、乙第4号証の実験において、ロジン酸の代わりにアビエチン酸を使用するのは、ロジン酸の効果を再現するものではない旨主張しているが、本件では、式(I)の化合物群の代表例としてアビエチン酸を掲げるものであるから、アビエチン酸を使用するのは、トール油脂肪酸に本件式(I)の化合物が含まれていないことを立証するための適切な実験方法である。 以上のとおりであるから、請求人のその他の主張を検討しても、無効理由1ないし5に対する結論は左右されない。 VI.むすび 以上のとおり、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1ないし5に係る特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2003-04-22 |
結審通知日 | 2003-04-25 |
審決日 | 2003-05-09 |
出願番号 | 特願平10-508571 |
審決分類 |
P
1
122・
113-
Y
(C10L)
P 1 122・ 112- Y (C10L) P 1 122・ 121- Y (C10L) P 1 122・ 111- Y (C10L) |
最終処分 | 不成立 |
特許庁審判長 |
板橋 一隆 |
特許庁審判官 |
佐藤 修 西川 和子 |
登録日 | 2000-11-17 |
登録番号 | 特許第3129446号(P3129446) |
発明の名称 | 低硫黄含有率を有するディーゼルエンジン燃料 |
代理人 | 山本 秀策 |
復代理人 | 小野 誠 |
代理人 | 井上 満 |
代理人 | 川口 義雄 |
代理人 | 一入 章夫 |
代理人 | 大崎 勝真 |
代理人 | 相馬 貴昌 |