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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1091224
審判番号 不服2003-2196  
総通号数 51 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2001-07-17 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-02-10 
確定日 2004-02-03 
事件の表示 特願2000-356816「オクトピンT-DNAのプロモーターを用いて植物の転写を促進する方法」拒絶査定に対する審判事件[平成13年 7月17日出願公開、特開2001-190289]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、昭和59年11月19日に出願した特願昭59-244307号の分割出願である特願平6-99365号の一部を、平成12年11月22日に新たな特許出願としたものである(パリ条約に基づく優先権主張1983年11月18日、米国)。そして、本願の発明は、平成15年3月12日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に必須要件項として記載された第1項及び第25項に記載された次のとおりのものと認められる。

「【請求項1】 プロモーターおよびポリアデニル化部位によりフランクされた非T-DNAの外来構造遺伝子を含む形質転換された双子葉植物細胞を有する双子葉植物組織であって,
(a)該プロモーター,該構造遺伝子および該ポリアデニル化部位は互いに,該構造遺伝子が該プロモーターと該ポリアデニル化部位との支配下で該双子葉植物細胞内で発現しうるような位置と方向にあり,
(b)該プロモーターおよび該ポリアデニル化部位のうちの少なくとも一方がORF1,4,5,9,10, 18, 19, 21, 24, 25および26から成る群から選択されたオクトピン型T-DNA遺伝子またはそれと相同性のある遺伝子であるTIP遺伝子から得られ,ただし該植物組織はカルスではない,
形質転換された双子葉植物細胞を有する双子葉植物組織」(以下「本願発明1」という。)
「【請求項25】 プロモーターおよびポリアデニル化部位によりフランクされた非T-DNAの外来構造遺伝子を含む形質転換された植物細胞を有する再生可能な双子葉植物であって,
(a)該プロモーター,該構造遺伝子および該ポリアデニル化部位は互いに,該外来構造遺伝子が該プロモーターと該ポリアデニル化部位との支配下で該植物細胞内で発現しうるような位置と方向にあり,
(b)該プロモーターおよび該ポリアデニル化部位のうちの少なくとも一方がORF1,4,5,9,10, 18, 19, 21, 24, 25および26から成る群から選択されたオクトピン型T-DNA遺伝子またはそれと相同性のある遺伝子であるTIP遺伝子から得られ,
天然に存在し,および/またはあまり修飾されていない植物と該遺伝的に修飾された植物とを区別して同定可能な表現型を伝える遺伝子を含み,そして発現する,
形質転換された植物細胞を有する再生可能な双子葉植物。」(以下「本願発明2」という。)

2.原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由の概要は、次の通りである。
「 この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない。

特許請求の範囲第28〜42項には、非T-DNAの外来構造遺伝子を含む形質転換された植物細胞を有する再生可能な植物の発明が記載されている。一方、発明の詳細な説明には、非T-DNAの外来構造遺伝子を含む形質転換された植物細胞から再生された正常な植物が実際に得られたことを裏付ける実施例等による具体的な記載は何ら示されていない。
そして、一般に効果の予測が困難な分野において、当業者が容易にその実施をすることができるためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要とされるが、本願明細書には特許請求の範囲第28〜42項に記載された植物についての代表的な実施例は示されていないことになる。また、本願の優先日当時に、外来の構造遺伝子を植物細胞に導入して、その形質転換した植物細胞から正常な植物の再生が可能であり、かつ、形質転換した植物において前記外来の構造遺伝子を発現できることが技術常識であったとは認められない。ゆえに、本願発明の詳細な説明の記載から、外来の構造遺伝子で植物細胞を形質転換し、該形質転換した植物細胞から正常な植物を取得することは、当業者といえども相当の試行錯誤を伴うものであり、過度な実験を要したものと認められる。
よって、特許請求の範囲第28〜42項に記載された発明について、その目的、構成及び効果が、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されていると認めることができない。特許請求の範囲第1〜27項に記載された『形質転換された植物細胞を有する植物組織、ただし該植物組織はカルスではない』に係る発明も同様である。」
なお上記の拒絶の理由において、特許請求の範囲第1〜27項、第28〜42項は、各々、本願の現在の請求項1〜24項、第25〜39項に相当する。

3. 請求人の主張
請求人は、審判請求書において、概略以下のような主張に基づき、本願の優先権当時の技術常識に照らし、本願の開示に従えば、当業者は、本願発明を容易に実施することができ、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていると主張している。
(i) 本願明細書は、シャトルベクター、アグロバクテリウム、植物組織への感染、植物への再生、及びTIPプラスミドといった、双子葉植物および双子葉植物組織の生産において使用される技術を開示しており、および/またはそれらの技術が技術常識であったことは明らかである。また、本願明細書には、転写制御配列、プロモーター、ポリアデニル化部位、外来構造遺伝子、植物組織、植物細胞、本願発明に用いられる遺伝子構造物の構造、遺伝子構造物のT-DNAへの導入、植物細胞への導入、植物体への再生方法、および本質的に同一の遺伝子を持つ植物の生産法について詳細に説明されている。このことから、本願の請求項25に係る発明の「植物」を生産することは、本願明細書に当業者が容易にその実施をすることができるように記載されている。
(ii) 優先日当時の当業者の一人であるカルディーノ博士の宣誓書(甲第16号証)も、優先日当時、本願の教示に従い、公知プロトコールを発展させ、トランスジェニック双子葉植物および双子葉植物組織を作成することができたと述べている。
(iii) 原査定の拒絶理由において、審査官は、本願明細書に本願発明の植物についての代表的な実施例は示されていないと指摘しているが、実施例6などにタウマチンの発現例などで代表例を示しており、該指摘には理由がない。
(iv) 本願の原出願において、植物細胞及びカルスについては実施可能要件が認められ特許登録されている。原審において提出した甲第1〜13号証から明らかなように、本願の優先日当時、双子葉植物の植物細胞から双子葉植物組織および再生可能な双子葉植物体を作出する方法が、当該技術分野において技術常識を形成していたから、双子葉植物において、いったん形質転換植物細胞が得られれば、当業者はそれから双子葉植物組織および再生可能な双子葉植物体を容易に取得できた。
(v) ある発明について、成功する確率が100%に満たないことはその発明の特許性に影響を与えないことは、最高裁判決平成10年(行ツ)19の趣旨からも明らかである。
(vi) 原査定の判断は、東京高等裁判所平成10年(行ケ)95判決におけるペプチドの実施可能要件についての判断に反する。
(vii) 平成14年9月1日施行法において、特許法第36条第4項第2号では、先行技術文献については、その内容についての記載は求められていない。本願明細書では従来技術として多数の文献を特定し、その内容も事細かに記載している。

4.当審における判断
(1)本願発明の技術分野における予測性について
遺伝子工学等の生物、化学を対象とした技術分野においては、機械等の予測性の高い分野とは異なり、理論的には実施可能と思われる手法であっても、実際に適用してみると実施できないことがしばしばある。
このため、「特許・実用新案審査基準」平成5年、第1章4.1.2(1)には、「一般に効果の予測が困難な分野(例.化学物質)において、当業者が容易にその実施をすることができるためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。」と記載されている。
特に、遺伝子工学技術は,本願の出願当時においては、その開発からそれほど長い期間を経過しておらず、多数の研究者によって研究が進められているものの,その技術の性質上,未知,未解決の部分が多く,理論あるいは仮説に基づき,既存の技術にそれぞれの研究者による創意工夫を加え,試行錯誤による実験を繰り返している状況であった。しかも、遺伝子工学的手法、特にアグロバクテリウム法による形質転換植物の産生については、本願の優先日当時は、限られた種類の植物において、その成功例が報告されるか否かという、ごく初期の段階にあり、特に予測性が低いと考えられる。

(2)植物体への再生について
本願の発明の詳細な説明の開示によれば、アグロバクテリウム・チューメファシエンス(pTi15955)由来のオクトピン腫瘍誘導性(Ti)プラスミドの転移した領域(T-DNA)のヌクレオチド配列は決定されているものの、植物個体の再生という観点からみると、段落【0125】等に一般的な記載があるのみで、実際にこのT-DNAを組み込んだ細胞から植物個体を再生したことを確認しうる具体例は何も記載されていない。
一方、本願の優先日当時においては、T-DNAにより形質転換された植物細胞は異常なホルモンバランスを示すこと、そしてTiプラスミドを高等植物に対する遺伝子ベクターとして利用する際には、形質転換された植物セルラインからの全植物体の再生が困難であるということが主要な障害となっていたことが、文献に記載されており(Cell, Vol.32、(1983) p.1033-1043の特に1033頁右欄第19〜29行)、さらに、植物細胞にT-DNAが付与されたオンコジェニック(発ガン性)形質転換は、このベクター系の有用な利用に対する必須の工程である、完全な、かつ健康な植物の再生を妨げるとも記載されていた(同1039頁左欄下から14〜10行)。しかもこの文献には、形質転換植物への再生には成功したものの、外来遺伝子の発現には失敗したことが記載されている(同1041頁左欄4〜16行)。
すなわち、確実に、ある蛋白質をコードする遺伝子を、アグロバクテリウム法により導入した植物細胞から正常な植物を再生させて、該遺伝子を活性を損なうことなく発現できる技術が、本願の優先日時点において確立されていたとは認められない。
したがって、前記したように、植物個体の再生について何ら具体的に示していない本件の発明の詳細な説明の記載のみからは、例え双子葉植物であっても、当業者であれば、T-DNAによる形質転換細胞から植物個体を再生し得たとはいい難い。また、請求人は、本願の原出願である特願平6-99365号の審理において、本願の原査定の理由と同様の、「植物」の実施可能要件に関する拒絶理由通知にて、「この点については、本件明細書に具体的に構成要素及び構築手順が記載された実施例7のプラスミドを使用して、かつ本願出願前周知の再生用培地中で植物個体を再生することができたことを具体的に示せばこの限りではない。」と指摘されたにも拘わらず、実施可能要件違反を指摘された発明について、本願を分割出願したのみで、現在に至るまで、そのようなことを示す資料等を提出してはいない。
なお、請求人は、平成14年10月9日付けの意見書、及び平成15年4月16日付けの審判請求書についての手続補正書において、多数の文献を挙げ、植物体の再生は公知であったから、当業者であれば、上記明細書の開示から容易になし得たものであると主張している。
しかしながら、請求人の提示した文献は、上記Cell、32巻を除いては、いずれも植物個体の再生を具体的に確認していない事例であるか、或いは本件発明とは無関係のT-DNAで形質転換していない植物の事例に関するものであり、当該Cell、32巻の事例も、外来遺伝子の発現に失敗したものであることは上述のとおりである。であるから、これらの文献は、いずれもT-DNAによる形質転換体から、形質転換植物の個体を再生する際の困難性を克服する知見を提供しているものとは認められず、これらの文献を参照したとしても、発明の詳細な説明の記載から当業者が容易に植物体を再生できたものとは認められない。

(3)請求人の主張について
上記3.の請求人の主張(i)〜(vii)について、判断すると、以下の通りである。

(i) 、(ii)、(iv) について
本願の発明の詳細な説明には、形質転換植物の産生に必要となる技術について一般的には記載されている。しかし、前述したように、優先日時点において、本技術分野における予測性が低いこと、及び形質転換植物細胞から正常な植物体への再生の成功例がほとんど知られていない(請求人も本願の審査及び当審において、そのような例としては、優先日の約半年前に刊行された1つの文献(前述のCell、32巻)しか提出していないし、それも外来遺伝子の発現には失敗しているものであることは前述のとおりである。)ことから、明細書の記載から当業者が容易に、外来遺伝子を発現する正常な植物体を再生できたものとは認められない。
カルディーノ博士の宣誓書は、本願の優先日から20年も経た後の一研究者の見解に留まるとするのが相当であり、これにより上記の判断が変更されるものではない。

(iii)について
本願の発明の詳細な説明に、植物に再生した具体例が示されていないことは確かであり、本願発明2の植物についての実施例といい得るものの記載がないことは明らかであるから、請求人の主張は採用できない。

(v) について
請求人が言及している判例は、特許法第29条柱書きの「発明」に該当するか否かについての判断を示したものであり、しかも、実際に特許発明の物が得られた例が明細書中に開示されているケースであって、本件とは全く事情の異なる事件に関するものである。したがって、請求人の主張は採用できない。

(vi) について
請求人が言及している判例は、基本的に合成等により製造が可能であるペプチドに関するものであり、物の製造自体の困難性が問題となっている本件の場合とは全く事情が異なる。したがって、請求人の主張は採用できない。

(vii)について
平成14年9月1日施行法(平成)の特許法第36条第4項第2号の規定は、平成14年9月1日以降になされた特許出願に対して適用されるものであり、本願には適用されない。また、その規定は、本件において問題となっている実施可能要件を満たすか否かとは関係のない規定でもあるから、請求人の主張は採用できない。

(4)当審の判断のまとめ
一般に効果の予測が困難な分野において、当業者が容易に発明の実施をすることができるためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。そして、例えば本願発明のような物の発明において、実施例等の具体的開示がなくとも発明が当業者が容易にその実施をできる程度に開示されているというためには、発明の詳細な説明の記載が、出願時の技術常識を参酌すれば、当業者に対してその発明に係る物を提供したに等しい(不確実さなく、その物が製造でき使用できる)といえる程度のものである必要がある。実際に提供できる否かが不確実な物に特許保護を与えることは、十分な技術開示の代償として保護を与えるという特許制度の趣旨にもとることになるからである。
しかしながら本願においては、上記したように、本願発明2の「植物」について、発明の詳細な説明において、その物を提供したに等しい程度の十分な開示が為されているものとはいい難い。すなわち、本願発明2については、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認めることができず、本願は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない。
そして、本願発明1の「植物の組織」に関しても、その製造においては、本願発明2の場合と同様に、単なるカルス以上の分化した組織を誘導する必要があり、その困難性は、植物体への再生と同様であると認められる。したがって、本願発明1についても、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認めることができない。

4. むすび
したがって、本願は、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない。
よって、結論の通り審決する。
 
審理終結日 2003-09-02 
結審通知日 2003-09-03 
審決日 2003-09-19 
出願番号 特願2000-356816(P2000-356816)
審決分類 P 1 8・ 531- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高堀 栄二  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 佐伯 裕子
種村 慈樹
発明の名称 オクトピンT-DNAのプロモーターを用いて植物の転写を促進する方法  
代理人 山本 秀策  
代理人 安村 高明  
代理人 森下 夏樹  

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