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審決分類 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  B41J
審判 一部申し立て 2項進歩性  B41J
管理番号 1091511
異議申立番号 異議2003-70297  
総通号数 51 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2000-02-15 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-01-29 
確定日 2003-11-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第3309806号「インクジェット記録装置及びインクジェット記録方法」の請求項1ないし4、6、7、9、10に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3309806号の請求項1ないし4、6、7、9、10に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願から本件決定に至る経緯を箇条書きすると次のとおりである。
・平成10年7月31日 特許権者により本件出願
・平成14年5月24日 特許第3309806号として設定登録(請求項1〜10)
・平成15年1月29日 特許異議申立人宮城真智子より、請求項1〜請求項4、請求項6、7及び請求項9、10に係る特許に対して特許異議申立
・同年3月27日付けで、当審にて取消理由通知
・同年6月9日 特許権者より特許異議意見書及び訂正請求書提出
・同年7月9日付けで当審にて、訂正拒絶理由通知
・同年9月16日 特許権者より特許異議意見書提出
第2 訂正の可否の判断
1.訂正の内容
特許権者が求める訂正は、次の訂正事項を含むものである。
[訂正事項1]訂正前請求項1,3記載の「インクジェット記録装置。」を「インクジェット記録装置(但し、前記待機期間中以外に前記圧力室へのインクの充填を行うものを除く)。」と訂正する。
[訂正事項2]訂正前請求項2,4記載の「インクジェット記録方法。」を「インクジェット記録方法(但し、前記待機期間中以外に前記圧力室へのインクの充填を行うものを除く)。」と訂正する。
[訂正事項3]訂正前請求項6,7,9,10を削除するとともに、訂正前請求項8を請求項6と改める。

2.訂正事項1及び訂正事項2についての当審の判断
訂正事項1及び訂正事項2をまとめて「本件訂正事項」ということにする。
願書に添付した明細書・図面(以下「特許明細書」という。)には、「待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されており」(【請求項1】、【請求項2】。なお、【請求項1】中の「大気時間」及び「印ク」は自明な誤記として訂正の上引用した。)との記載があり、技術常識からみても、待機時間中に圧力室内にインクが充填されることが記載されていることは認める。しかし、本件訂正事項は、待機時間中に圧力室内にインクが充填されることだけでなく、それ以外の時間にはインクが充填されないことをも要件とするものであるから、この点さらに審究する。
特許明細書には、「圧電素子に電圧を印加する方法は、大別すると2通りあり、そのうち常時圧電素子に電圧を印加しておく方式では、電圧に対するストレスが大きく・・・、ストレスを抑えるために電圧を低くすると、インク粒量の制御性が悪くなるという問題がある。また待機状態でも高い電圧をかけ続けるために、消費電力面でも問題になる。」(段落【0007】)、「本発明の構成を詳述する前に、その前提となる構成を以下に説明する。インク粒量を制御するためには、圧力室内の圧力とメニスカスを制御することになる。具体的には圧力を減じてメニスカスをノズル面から引き込み、その後急激に加圧してインクを噴射する。・・・圧電素子に電圧を印加する方法には、上述のように2通りあり、図10(a)は、電圧印加で圧電素子が縮んで減圧状態となる構成の印字ヘッドの場合であり、その駆動波形は同図のように、三角波形になる。他方、電圧印加で圧電素子が伸びて加圧状態となる構成の印字ヘッドの場合は、同図(b)のように、逆三角形の駆動波形となる。本発明の上記課題は、このうち、後者の構成の場合に生ずるものであり、そのため本発明の構成は、逆三角形の駆動波形を印加する後者の構成を前提としている。」(段落【0012】)、及び「上記構成では、変形装置の変形によって、・・・メニスカスを一旦ノズル面から引き込んだ後、急激に押し出させてインクを噴射する構成の場合について説明した」(段落【0017】)との記載があり、訂正前の請求項1〜4に係る発明が、図10(b)の駆動波形を前提としたものであり、待機時間では圧電素子が伸びた状態(圧力室が収縮した状態)にあり、まず圧電素子の印加電圧を解除、及び圧力室の収縮状態を解除(待機時と比較すると、圧力室は膨張)するものであると認められる。段落【0012】の「具体的には圧力を減じてメニスカスをノズル面から引き込み」との記載もそのことと齟齬しない。しかし、圧力室の収縮状態を解除した際に、圧力室にインクが充填されるかどうかについては、特許明細書には記載がない。
他方、特開平7-178907号公報(取消理由で引用した文献であり、後記特許異議申立の判断においても引用刊行物の1つとして用いる関係上、以下「引用例1」という。)の【図4】IXには、圧電振動子に常時電圧(VM)が印加されており、まずこの電圧を解除し圧力室を膨張させるものが記載されているところ、これは特許明細書にいう「大別すると2通り」のうち、訂正前請求項1〜4に係る発明同様、本件図10(b)の駆動波形を前提とするものである。そして、引用例1には「初期状態から最大位置まで圧力発生室を拡大してインクを吸引し」(段落【0008】)と記載があり、このうち「初期状態から最大位置まで圧力発生室を拡大」が、特許明細書の「圧力を減じて」と同義であることは明らかである。
そうであれば、引用例1記載の「インクを吸引」との現象は、その吸引の程度はともあれ、訂正前請求項1〜4に係る発明においても生じる現象と考えるべきである。
また、圧力室が膨張する(圧力が減少する)際に、インク供給元からインクが全く供給されないということは極めて不自然であり(この点は、「引用例1のインクを吸引する現象があることは、異論は無い。」(平成15年9月16日付け特許異議意見書4頁15行)とあることから、特許権者も認めるところである。)、そのためには何らかの創意工夫を必要とするものと認められるが、特許明細書からはかかる創意工夫を見出すこともできない。
したがって、特許明細書には、待機期間中以外(具体的には、待機時間直後の圧力室膨張時)にも圧力室へのインクの充填を行うものだけが記載されているというべきであるから、本件訂正事項による限定事項は特許明細書に記載されている事項ではなく、本件訂正事項を特許明細書から導くことはできない。

なお、特許権者は「新規事項に関する判断を行なうにあたり、平成12年度審査基準の運用の手引きの「第2章 明細書及び図面の補正の運用の概要」・・・には、「いわゆる「除くクレーム」とする補正は、新規事項の追加には該当しないとの記載がある。」(訂正請求書6頁20〜24行)と主張するので検討を加える。一般に補正又は訂正が新規事項の追加に該当するかどうかの判断に当たっては、補正又は訂正後の技術事項が当初明細書又は特許明細書に記載されているか、又はそれから導かれるかの判断、すなわち、補正又は訂正後の技術事項の技術的意義を当初明細書又は特許明細書から読み取れるかの判断をしなければならない。
ところが、一部先行技術と重複するような発明がなされたとき、該先行技術との重複分を除外するような補正又は訂正について、通常は先行技術との重複分を除外することの技術的意義は、当初明細書又は特許明細書から読み取れないことが多く、基準を過度に厳格に適用すると適切な発明の保護を図ることができないため、例外的に「除くクレーム」とする補正又は訂正を認めているのであって、その趣旨は、ある事項を除くということ自体の技術的意義を、当初明細書又は特許明細書から読み取れなくても良いというにとどまり、無制限に「除くクレーム」とする補正又は訂正を許容する趣旨ではない。当然、除いた後の発明が、当初明細書又は特許明細書によりサポートされていることが前提である。
ところが、本件においては、本件訂正事項により除かれた発明だけが特許明細書に記載されており、残余の発明は特許明細書に記載されていないのであるから、特許庁の審査基準に照らしても、これを認めることができない。
特許権者はさらに、「例えば、特許第298652号は、登録後の異議申立時に、出願当初の明細書及び図面記載がないにも関わらず、特許請求の範囲を「除くクレーム」として限定した結果、特許を維持する決定がなされた」(平成15年9月16日付け特許異議意見書5頁8〜10行)と主張するが、そもそも訂正事項が新規事項に当たるかどうかは、出願当初の明細書又は図面との関係ではなく、特許明細書(添付図面を含む)との関係で判断すべきものである。特許権者の主張が「特許明細書(添付図面を含む)に記載がない」との趣旨であるとしても、事案を異にするものである。

以上のとおりであるから、平成15年6月9日付けの訂正請求は、特許法120条の4第3項で準用する同法126条2項の規定に適合しない。

3.結論
よって、平成15年6月9日付けの訂正請求による訂正を認めない。

第3 特許異議申立についての当審の判断
1.本件発明の認定
訂正が認められないから、本件の請求項1〜請求項10に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明10」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲【請求項1】〜【請求項10】に記載された事項により特定されるであって、そのうち本件発明1〜本件発明4、本件発明6、本件発明7、本件発明9、及び本件発明10は次のとおりである。なお、【請求項1】中の「大気」(2箇所)、「融資」、「外」及び「印ク」は、それぞれ「待機」、「有し」、「該」及び「インク」の自明な誤記であるから、訂正の上認定する。また、本決定では、「発明を特定するための事項」という意味で、「構成」という用語を用いる。

本件発明1:「2種以上の駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクに加わる圧力を変動せしめることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、前記駆動波形の駆動周期の一周期内で、前記圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定することを特徴とするインクジェット記録装置において、前記駆動波形の駆動周期ごとに待機時間を有し、該待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されており、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高いことを特徴とするインクジェット記録装置。」
本件発明2:「供給された駆動波形に応じて変形する変形装置により、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期の一周期内で、前記圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定することを特徴とするインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期毎に待機時間を有し、該待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されており、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高いことを特徴とするインクジェット記録方法。」
本件発明3:「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置を、前記スイッチング装置に設けることを特徴とするインクジェット記録装置。」
本件発明4:「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させることを特徴とするインクジェット記録方法。」
本件発明6:「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により内部に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を前記スイッチング装置により設定できるようにすることを特徴とするインクジェット記録装置。」
本件発明7:「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形によりインクの充填された内部容積を変えることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、振れ幅の異なる内部容積変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な内部容積変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を前記スイッチング装置により設定できるようにすることを特徴とするインクジェット記録装置。」
本件発明9:「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を設定できるようにすることを特徴とするインクジェット記録方法。」
本件発明10:「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクの充填された圧力室内の容積を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、振れ幅の異なる内部容積変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な内部容積変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を設定できるようにすることを特徴とするインクジェット記録方法。」

2.取消理由の骨子
当審において通知した取消理由の骨子は次のとおりである。
取消理由1:本件発明2〜4は、特開平7-178907号公報(引用例1)に記載された発明にほかならず、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項2〜4に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。
取消理由2:本件発明3,4は、特開平4-310748号公報(特許異議申立人の提出した甲第2号証、以下「引用例2」という。)に記載された発明にほかならず、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項3,4に係る特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。
取消理由3:本件発明1〜4は、特開平9-11457号公報(特許異議申立人の提出した甲第3号証、以下「引用例3」という。)及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、請求項1〜4に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
取消理由4:本件発明6,7,9,10は、引用例3及び特開平9-1798号公報(特許異議申立人の提出した甲第1号証、以下「引用例4」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、請求項6,7,9,10に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものである。

3.各引用例の記載事項
(1)引用例1の記載事項
引用例1には、次の(1-ア)〜(1-ケ)の記載が図面とともにある。
(1-ア)「インクを吐出するノズル開口と、前記ノズル開口に連通する圧力発生室と、前記圧力発生室の容積を変えて圧力を発生させる圧電振動子を複数備えたインクジェット式記録ヘッドの駆動回路において、印刷タイミングに同期して、容積aの初期状態にある前記圧力発生室を容積bまで拡大させる第1の電圧波形を発生する手段と、前記第1の電圧波形を記録データに応じて選択的に前記圧電振動子に印加する手段と、前記容積b或は前記容積aの初期状態にある圧力発生室を、前記初期状態を越えて容積cまで収縮させる第2の電圧波形を発生し、前記すべての圧電振動子に印加する手段と、前記第2の電圧波形の印加により、前記第1の電圧波形を印加された圧電振動子に対応する前記ノズル開口よりインク滴が飛翔し、メニスカスが最も引き込まれる時点で、前記圧力発生室を容積aの初期状態まで拡大させる第3の電圧波形を前記すべての圧電振動子に印加する手段と、を有することを特徴とするインクジェット式記録ヘッドの駆動装置。」(【請求項1】)
(1-イ)「インクを吐出するノズル開口と、前記ノズル開口に連通する圧力発生室と、前記圧力発生室の容積を変えて圧力を発生させる圧電振動子を複数備えたインクジェット式記録ヘッドの駆動方法において、印刷タイミングに同期して、容積aの初期状態にある前記圧力発生室を、記録データに応じて選択的に容積bまで拡大し、その後、前記容積b或は前記容積aの状態にある前記圧力発生室を、容積aを越えて容積cまで収縮させ、前記記録データに応じて選択された圧力発生室に連通する前記ノズル開口よりインク滴が飛翔し、メニスカスが最も引き込まれる時点で、前記すべての圧力発生室を容積aの初期状態まで拡大させることを特徴とするインクジェット式記録ヘッドの駆動方法。」(【請求項4】)
(1-ウ)「ドットを記録する場合は、初期状態から最大位置まで圧力発生室を拡大してインクを吸引し、圧力発生室を初期状態以上に収縮させてインクを飛翔させる。その後、・・・再度圧力発生室を初期状態まで拡大する。」(段落【0008】)
(1-エ)「ドットを記録しない場合は、圧力発生室を初期状態位置から初期状態以上に圧縮して、再度初期状態まで拡大する。」(段落【0009】)
(1-オ)「図3は前述した駆動電圧信号発生回路の一実施例を示す図である。・・・初期状態で-VMボルトに充電されているコンデンサ152を一定電流Irにより充電する。・・・コンデンサ152が略0ボルトまで充電されると、コンデンサ152に並列接続されたダイオード153によりコンデンサ152の端子電圧はクランプされ、コンデンサ152の端子電圧は略0ボルト状態を維持する。」(段落【0018】)
(1-カ)「初期状態では、駆動電圧信号発生回路84の出力は、-VMボルトとなっており、この状態では、トラジスタ85、85、・・・・に並列接続されたダイオードD、D、・・・・を通して全圧電振動子48、48、・・・・は共通接続端子側を負電位(-VMボルト)、他端を略0ボルトとした過放電状態、つまりVMボルトの電圧が印加されている状態にあり、圧電振動子48、48、・・・・は伸長し圧力発生室1は収縮状態にある。」(段落【0025】)
(1-キ)「駆動電圧信号発生回路84の出力が-VMボルトから略0ボルトに一定勾配で変化する第1の工程では、ラッチ138、138、・・・・にラッチした印刷データにより導通状態のトランジスタ85、85、・・・・に接続された圧電振動子48、48、・・・・に充電がなされ、結果として、過放電状態から電圧無印加状態に印加電圧が変わる。つまり、インク滴を飛翔させる必要のある圧電振動子48、48、・・・・のみが収縮し圧力発生室1を拡大してリザーバー14からインクを吸引する。」(段落【0026】)
(1-ク)「第2の定電流回路181の動作を開始し、駆動電圧信号発生回路84の出力が略0ボルトから略-VLボルトに一定勾配で変化する第2の工程に切り換えると、前記第1の工程の充電でほぼ印加電圧が零となり収縮状態にある圧電振動子48、48、・・・・は、共通接続端子を負電位として過放電されて行き、最終的にVLボルトの電圧が印加された状態になり伸長する。つまり、拡大状態であった圧力発生室1が収縮し、この収縮力によって、ノズル開口2よりインク滴が飛翔する。・・・第3の定電流回路182の動作を開始し、駆動電圧信号発生回路84の出力が略-VLボルトから-VMボルトに一定勾配で変化する第3の工程に切り換えると、前記第2の工程でインク滴を飛翔させた圧電振動子48、48、・・・・は、充電され初期状態の位置まで収縮する。つまり、圧力発生室1は初期状態まで拡大する。」(段落【0027】)
(1-ケ)「最後に、印字データが信号が無い場合、つまりラッチ138、138、・・・・に零がラッチされている場合の動作について説明する。・・・圧電振動子48、48、・・・・は、駆動電圧信号発生回路84の出力が略0ボルトから略-VLボルトに一定勾配で変化する第2の工程で、共通接続端子側を負電位として印字データに関係なく常に充電される。・・・第3の工程では、印字データに関わらず常にトランジスタ85、85、・・・・は導通し、略VLボルトに充電された圧電振動子48、48、・・・・を初期状態のVMボルトまで放電する。」(段落【0032】)

(2)引用例2の記載事項
引用例2には、次の(2-ア)〜(2-オ)の記載が図面とともにある。
(2-ア)「複数のノズルと、その開口部に対向させて複数の圧電素子とを配置し、印字液を前記ノズルから吐出するインクジェット式印字ヘッドの駆動方法において、前記圧電素子を駆動する駆動手段と、記録信号により前記駆動手段を選択する選択手段を具備し、任意のタイミングで全ての圧電素子を充電することを特徴とするインクジェット式印字ヘッドの駆動方法。」(【請求項1】)
(2-イ)「本発明が解決しようとする課題は、駆動手段が走査電圧を遮断している時、圧電素子の電荷が圧電素子の絶縁抵抗による放電により減少し、インクの吐出に影響する点である。」(段落【0003】)
(2-ウ)「(5)走査電圧を印加された圧電素子12は走査電圧の波形に従い、放電及び、充電することにより伸長しインクの吐出を行う。」(段落【0011】)
(2-エ)「ORゲート10が付加されていることにより、全ビットオン信号入力端子2から入力される全ビットオン信号ですべてのトランスファゲートがONしてすべての圧電素子に走査電圧が印加される。」(段落【0012】)
(2-オ)「図2のタイミングチャートに示す様に走査電圧が高電位で一定の期間に全ビットオン信号を与えることにより、印字信号とは無関係に、また圧電素子の駆動に影響せずに圧電素子12を充電する。」(段落【0013】)

(3)引用例3の記載事項
引用例3には、次の(3-ア)〜(3-カ)の記載が図面とともにある。
(3-ア)「圧電体に電圧を印加し、該圧電体の伸縮によりインク室の体積を変化させインクを吐出させるインクジエット記録ヘッドの駆動装置において、インク吐出量を制御する波形の異なる複数の駆動電圧波形を発生する共通波形発生手段と、多値のプリントデータを一個の肯定出力に変換し、記憶するプリントデータ記憶手段と、前記プリントデータ記憶手段の出力を所定形式で信号処理する信号処理手段と、前記信号処理手段の出力をレベル変換して制御信号となし、前記複数の駆動電圧波形の内の一つを前記圧電体に印加するマルチプレクサと、よりなることを特徴とするインクジェットヘッドの駆動装置。」(【請求項1】)
(3-イ)「階調表現を可能としたインクジェット記録ヘッドの駆動装置を提供するものである。」(段落【0016】)
(3-ウ)「圧電体6に電圧を緩やかに印加すると、圧電体6は図中の右方向に縮みインク室2を膨張させ、図示せぬリザーバーよりインク供給口4を通してインク室2にインクを吸引する。」(段落【0004】)
(3-エ)「図2(a)に示すように、圧電体6に常時電圧Vmを印加した状態から、印刷信号に同期して、t1時間をかけて電圧Vpまで印加電圧を上昇させ、インク室2を膨張してインクを吸引し、所定時間(t2時間)をおいてから、t3時間で急激に電圧を除去してインク室2を圧縮し、インク滴を吐出させる。そして、所定時間(t4時間)後に、t5時間で印加電圧を定常印加電圧Vmまで上昇させ、基の待機状態に戻し、所定時間(t6時間)後に、次の印刷信号により印加電圧をVpまで上昇させるという駆動方法を採っていた。」(段落【0006】)
(3-オ)「符号20は所定の複数のドット大きさに対応した駆動電圧波形を発生する共通波形発生手段で、具体的には図5に示す(a)、(b)、(c)、(d)のような波形信号S3、S2、S1、S0を発生する。」(段落【0021】)
(3-カ)「ドライブユニット22は、・・・共通波形発生手段20が出力する駆動電圧波形S0、S1、S2、S3の内の1つを選択して圧電体に印加し、階調データに対応したドットを形成させるマルチプレクサ30より構成されている。」(段落【0025】)

(4)引用例4の記載事項
引用例4には、次の(4-ア)〜(4-カ)の記載及び図示がある。
(4-ア)「圧電振動子により圧力発生室を膨張、収縮させて圧力発生室に対向するノズル開口よりインク滴を吐出させるインクジェット式印字ヘッドの駆動装置において、前記ノズル開口から大きなインク滴を吐出させるための第1の駆動信号と、前記第1の駆動信号に続いて、前記ノズル開口から小さなインク滴を吐出させるための第2の駆動信号を一印刷周期内で出力する駆動信号発生回路と、前記第1の駆動信号、前記第2の駆動信号のいずれか一方の信号を選択し、前記圧電振動子に供給する選択回路とを具備することを特徴とするインクジェット式印字ヘッドの駆動装置。」(【請求項1】)
(4-イ)「本発明は・・・印刷速度を落とすことなく、同一ノズルから異なる大きさのインク滴を吐出できるインクジェット式印字ヘッドの駆動装置を提供するものである。」(段落【0007】)
(4-ウ)【図3】に「駆動信号発生回路」の実施例回路図が図示されており、その出力端子OUTの電圧波形が【図4】に示されており、(I)〜(IV)の大きな振幅の波形に続いて、(V)〜(VIII)の小さな電圧波形があることが図示されている。

4.取消理由1の妥当性
(1)引用例1記載の発明の認定
引用例1の記載1-カ並びに【図2】及び【図4】によれば、記載1-ア又は記載1-イの初期状態において、圧電振動子には電圧VM(駆動信号の電圧は-VM)が印加されており、この圧電振動子は電圧が印加されることにより伸長するものであり、圧力発生室は電圧印加により収縮するものと認められる。
引用例1記載の「駆動信号」は、初期状態(-VM)から0になり(記載1-アの「第1の電圧波形」であり、この信号により圧力発生室は膨張する。)、その後-VL(VL>VM)になり(記載1-アの「第2の電圧波形」であり、この信号により圧力発生室は収縮する。)、最後に初期状態に戻る(記載1-アの「第3の電圧波形」であり、この信号により圧力発生室は膨張する。)ことを繰り返す信号である。
そして、記載1-キから記載1-ケによれば、印字データがある場合には第1〜第3の電圧波形すべてが圧電振動子に印加され、印字データが無い場合には、第1の電圧波形と第2の電圧波形のうち電圧-VMに達するまでの波形が圧電振動子に印加されず、第2の電圧波形のうち電圧-VMから-VLに至るまでの波形が圧電振動子に印加されるものと認められる。
したがって、記載1-アから記載1-ケを含む引用例1の全記載及び図示からみて、引用例1に記載されたインクジェット式記録ヘッドの駆動方法の発明(以下「引用例発明1」という。)は、次のとおり認定することができる。
「インクを吐出するノズル開口と、前記ノズル開口に連通する圧力発生室と、前記圧力発生室の容積を変えて圧力を発生させる圧電振動子を複数備えたインクジェット式記録ヘッドの駆動方法において、電圧VMが印加されて印加電圧0のときよりも収縮した容積aの初期状態にある前記圧力発生室を、容積bまで拡大し、その後前記圧力発生室を、容積aを越えて容積cまで収縮させ、容積aの初期状態まで拡大させるような駆動波形を有し、繰り返し信号である駆動信号を、
記録データがある場合には、上記駆動波形のすべてを圧電振動子に印加し、
記録データがない場合には、容積aを越えて容積cまで収縮させる波形のうち初期状態と同一電圧以降の波形と容積aの初期状態まで拡大させるような波形だけを圧電振動子に印加することにより、
前記記録データに応じて選択された圧力発生室に連通する前記ノズル開口よりインク滴が飛翔し、前記すべての圧力発生室を容積aの初期状態まで拡大させるようなインクジェット式記録ヘッドの駆動方法。」

(2)本件発明2と引用例発明1との対比
引用例発明1の「圧電振動子」、「圧力発生室」、「初期状態」及び「インクジェット式記録ヘッドの駆動方法」は、本件発明2の「変形装置」、「圧力室」、「待機時間」中の状態及び「インクジェット記録方法」にそれぞれ相当し、引用例発明1が「供給された駆動波形に応じて変形する変形装置により、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法」であることはいうまでもない。
引用例発明1においては、容積cの状態から容積aの状態まで膨張した状態が初期状態であるから、技術常識からみて、初期状態が駆動波形の駆動周期毎にあらわれ、初期状態で圧力発生室にインクが充填されているといえる。また、初期状態は、電圧無印加状態と比べると収縮状態にあるから、同状態で圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されているといえる。
本件発明2の「変極点」との用語については、インクジェット式記録に係る技術分野において、確立した用語であると認めることはできないから、特許明細書の発明の詳細な説明を参酌して、同用語の意味を解釈する。
特許明細書には、「圧力室内のインクの圧力変動の変極点(圧力変動の傾き符号が反転する点)」(段落【0017】)、及び「待機時の印加電圧は、最大値(高い方の変極点電圧)より低く抑えることができる」(段落【0057】)との記載があることから、インクの圧力が極大値又は極小値となる点に解するのが相当である。「変極点」との用語だけを採りあげるなら、数学上確立した用語となっている「変曲点」(曲線が凸から凹に、又は凹から凸に変化する点)の誤記の可能性もあるが、そのように解した場合には、「変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高い」との構成が、特許明細書に記載された実施例に記載されていないことになるから、同解釈を採ることはできない。
ところで、引用例発明1の駆動波形は、繰り返し周期内(本件発明2の「駆動周期の一周期内」に相当)で、初期状態よりも膨張した状態と収縮した状態をつくりだす波形であり、初期状態よりも膨張した状態ではインク圧力が初期状態より圧力が低くなること、及び初期状態よりも収縮した状態では初期状態より圧力が高くなることは明らかである。すなわち、引用例発明1においては、初期状態より高いインク圧力の最大値と、初期状態より低いインク圧力の最小値が存することは明らかといえ、これら最大値及び最小値が本件発明2の「変極点」に相当するものであることは上記のとおりである(最大値及び最小値は極大値及び極小値でもある。)。したがって、引用例発明1は、本件発明2の「圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定する」との構成、及び「圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高い」との構成を備えるものである。
以上によれば、本件発明2と引用例発明1は、「供給された駆動波形に応じて変形する変形装置により、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期の一周期内で、前記圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定することを特徴とするインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期毎に待機時間を有し、該待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されており、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高いことを特徴とするインクジェット記録方法。」である点で一致し、両者に相違点は存在しない。
すなわち、本件発明2は引用例発明1そのものであり、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項2の特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。

(3)本件発明4と引用例発明1との対比
引用例発明1の「記録データ」は本件発明4の「印字データ」に相当するから、本件発明4と引用例発明1が、「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴射させるインクジェット記録方法」である点で一致することは明らかである。
引用例発明1においては、印字データがあろうとなかろうと、一周期毎に、容積aを越えて容積cまで収縮させる波形のうち初期状態と同一電圧以降の波形と容積aの初期状態まで拡大させるような波形を圧電振動子に印加しており、これは本件発明4の「所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させること」と異ならない。
したがって、本件発明4と引用例発明1とは「 印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させることを特徴とするインクジェット記録方法。」の点で一致し、相違点は存在しない。
すなわち、本件発明4は引用例発明1そのものであり、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項4の特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。

(4)本件発明3と引用例1記載の発明との対比
引用例1には「インクジェット記録装置」についての発明も記載されているといえ、これと本件発明3が「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有する」インクジェット記録装置の点で一致することは明らかである。(引用例1の記載1-カにあるトランジスタとダイオードが、本件発明3の「スイッチング装置」に相当する。なお、引用例1記載の発明では駆動信号(駆動波形)は、【図2】の符番86で示されるものであるから、スイッチング手段はこれをスイッチングする訳ではないが、本件発明3の「スイッチング装置」の選択対象は「変形装置」であって、駆動信号ではなく、引用例1記載の発明にあっても、圧電振動子(変形装置)からみれば、駆動信号と対をなす極が接地されるかどうかによって、圧電振動子の印加電圧が異なるから、スイッチング装置によって圧電振動子を選択しているといえる。)。
引用例1記載の発明では、トランジスタとダイオードが並列に接続されていることにより、印字データの有無にかかわらず、容積aを越えて容積cまで収縮させる波形のうち初期状態と同一電圧以降の波形と容積aの初期状態まで拡大させるような波形を圧電振動子に印加するのであるが、そうであればこのトランジスタとダイオードの組合せは、本件発明3の「所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置」と異なるということはできず、しかも引用例1記載のインクジェット記録装置においてはこれらがスイッチング手段に設けられているということができる。
したがって、本件発明3と引用例1記載の発明とは、
「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置を、前記スイッチング装置に設けることを特徴とするインクジェット記録装置。」である点で一致し、相違点は存在しない。
すなわち、本件発明3は引用例1記載の発明そのものであり、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項3の特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。

5.取消理由2の妥当性
(1)引用例2記載の発明の認定
引用例2【図2】の走査電圧波形は、幅の狭いある電圧期間と幅の広い別の電圧期間が、繰り返される波形である。そして、全ビットON信号の時点が、幅広の期間と一致し、その時の走査電圧は高電位(記載2-オ)であるから、幅広の期間が高電位であり、幅狭の期間が低電位であることは明らかである。
引用例2には、本件発明3,4にいう「待機状態」が幅狭の低電位期間であるのか、それとも幅広の高電位期間であるのか直接的な記載はない。
しかし、引用例2の記載2-イによれば、引用例2記載の発明は「駆動手段が走査電圧を遮断している時、圧電素子の電荷が圧電素子の絶縁抵抗による放電により減少」することを解決するためになされた発明であるところ、「待機状態」が幅狭の低電位期間であったのでは、「圧電素子の電荷が圧電素子の絶縁抵抗による放電により減少」との現象が生じない。したがって、【図2】の幅広の高電位期間が、本件発明3,4にいう「待機状態」に相当すると解さなければならない。
さらに、引用例2の【図2】によれば、駆動周期毎に全ビットON信号が供給されているといえる。
そうすると、記載2-ア〜2-オを含む引用例2の全記載及び図示によれば、引用例2には、「インクジェット式印字ヘッドの駆動方法」の発明として、
「複数のノズルと、その開口部に対向させて複数の圧電素子とを配置し、印字液を前記ノズルから吐出するインクジェット式印字ヘッドの駆動方法において、高電位と低電位が繰り返される駆動波形を供給し、そのうち高電位の期間を待機時間として前記圧電素子を駆動し、記録信号により前記駆動手段を選択する選択し、駆動周期毎に全ての圧電素子に前記高電位の電圧を印加するインクジェット式印字ヘッドの駆動方法。」(以下「引用例発明2-1」という。)、が記載されていると認めることができ、さらに「インクジェット記録装置」の発明として、
「複数のノズルと、その開口部に対向させて複数の圧電素子とを配置し、印字液を前記ノズルから吐出するインクジェット記録装置において、
高電位と低電位が繰り返される駆動波形を供給し、そのうち高電位の期間を待機時間として前記圧電素子を駆動する駆動手段と、記録信号により前記駆動手段を選択する選択手段を具備し、駆動周期毎に全ての圧電素子に前記高電位の電圧を印加する手段を具備するインクジェット記録装置。」(以下「引用例発明2-2」という。)が記載されていると認めることができる。

(2)本件発明3と引用例発明2-2との対比
引用例発明2-2の「印字液」、「記録信号」、「選択手段」及び「圧電素子」は、本件発明3の「インク」、「印字データ」、「スイッチング装置」及び「変形装置」に相当し、引用例発明2-2が「圧力室」を有することは、インクジェット記録装置である以上自明である。そして、引用例発明2-2が、本件発明3と「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有する」点で一致する点に疑いの余地はない。
さらに、引用例発明2-2においては、「駆動周期毎に全ての圧電素子に前記高電位の電圧を印加する手段」を具備するのであるが、この高電位の期間は「待機時間」であるから、同手段が本件発明3の「所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置」と異ならないことも明らかである。
したがって、本件発明3と引用例発明2-2とは、「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置を、前記スイッチング装置に設けることを特徴とするインクジェット記録装置。」の点で一致し、相違点は存在しない。
すなわち、本件発明3は引用例発明2-2そのものであり、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項3の特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。

(3)本件発明4と引用例発明2-1との対比
上記(2)で説示したことを踏まえると、本件発明4と引用例発明2-1とは、「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させることを特徴とするインクジェット記録方法。」である点で一致し、相違点は存在しない。
すなわち、本件発明4は引用例発明2-1そのものであり、特許法29条1項3号の規定に該当するから、請求項4の特許は、特許法29条1項の規定に違反してされたものである。

6.取消理由3の妥当性
(1)引用例3記載の発明の認定
引用例3の記載3-ウ及び3-エは、従来技術について記載したものであるが、記載3-アの「インクジェットヘッドの駆動装置」にもあてはまることは明らかである。そして、記載3-エによれば、圧電体には常時Vmの電圧が印加されており、その印加電圧によってインク室は膨張(インク圧力は低下)しているものと認められる。すなわち、引用例3にあっては、電圧を印加することによりインク室が膨張することが前提となっている。
そして、引用例3の【図5】には、複数の駆動電圧波形が(a)〜(d)として図示されているところ、このうち(a)〜(c)の波形は、待機状態にVmの電圧を供給し、その後電圧を上昇(インク室を膨張)し、電圧を0にし(インク室を収縮)た後、Vmの電圧に戻す(インク室を膨張)ことを繰り返す波形である。
したがって、記載3-ア〜記載3-カを含む引用例3の全記載及び図示によれば、引用例3には次の発明(以下「引用例発明3」という。)が記載されているものと認めることができる。
「圧電体に電圧を印加するとインク室が膨張するよう構成され、前記インクジエット記録ヘッドは、前記圧電体の伸縮によりインク室の体積を変化させインクを吐出させるインクジエット記録ヘッドの駆動装置において、
インク吐出量を制御する波形の異なる複数の駆動電圧波形を発生する共通波形発生手段と、多値のプリントデータを一個の肯定出力に変換し、記憶するプリントデータ記憶手段と、前記プリントデータ記憶手段の出力を所定形式で信号処理する信号処理手段と、前記信号処理手段の出力をレベル変換して制御信号となし、前記複数の駆動電圧波形の内の一つを前記圧電体に印加するマルチプレクサと、を有し、
前記駆動電圧波形には、待機状態にVmの電圧を供給し、その後電圧を上昇し、電圧を0にした後、Vmの電圧に戻すことを繰り返す波形が含まれるインクジェットヘッドの駆動装置。」

(2)本件発明1と引用例発明3との一致点及び相違点の認定
引用例発明3の「圧電体」、「インク室」、「波形の異なる複数の駆動電圧波形を発生する共通波形発生手段」は、本件発明1の「変形装置」、「圧力室」「2種以上の駆動波形を供給する駆動波形供給装置」に相当し、圧電体は駆動波形に応じて変形するものである。
引用例発明3において、「待機状態」にある電圧Vmの時間は、本件発明1の「待機時間」に相当する。
引用例発明3の「圧電体の伸縮によりインク室の体積を変化させインクを吐出させる」ことと、本件発明1の「変形装置の変形により、内部に充填されたインクに加わる圧力を変動せしめることで、ノズルを介して該インクを噴出する」ことに相違はない。
本件発明1の「待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されており、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高い」との要件については、駆動波形が2種以上ある関係上、すべての駆動波形についての要件であるのか、それとも駆動波形のうちの少なくとも1つについての要件であるのか、請求項1の記載のみからは判然としない。そこで、発明の詳細な説明を参酌する。特許明細書には、「請求項1のインクジェット記録装置の構成は、2種以上の駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動せしめることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、前記駆動波形供給装置から供給される駆動波形の少なくとも1種類が駆動周期の一周期内に変極点を2つ以上有することを特徴としている。」(段落【0014】)、及び「駆動波形供給装置から供給される駆動波形の少なくとも1種類が駆動周期の一周期内に変極点を2つ以上設けることで、待機時に圧電素子等の変形装置に印加する電圧を抑えて、該装置へのストレスの低減と、待機時における消費電力の低下を達成すると共に、インク噴射時には十分な振幅を得て、インク粒量の制御性を確保できるようになる。」(段落【0015】)との記載があるから、上記要件は駆動波形のうちの少なくとも1つについての要件であると解すべきである。
引用例発明3では、インク室が膨張・収縮することでインクを吐出するのであるから、インク圧力には、駆動周期の一周期内で最大値と最小値が必ず存在し、それは本件発明1の「変極点」に相当する。そして、引用例発明3は、駆動波形に「待機状態にVmの電圧を供給し、その後電圧を上昇し、電圧を0にした後、Vmの電圧に戻すことを繰り返す波形」を含むのであるから、この波形であれば、待機状態よりも圧力が高い状態と低い状態が必ず存在する。したがって、変極点の1つである圧力最大値は待機時間中の圧力よりも高く、かつ変極点の1つである圧力最小値は待機時間中の圧力よりも低くなる。
したがって、本件発明1と引用例発明3とは、「2種以上の駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクに加わる圧力を変動せしめることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、前記駆動波形の駆動周期の一周期内で、前記圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定することを特徴とするインクジェット記録装置において、前記駆動波形の駆動周期ごとに待機時間を有し、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高いことを特徴とするインクジェット記録装置。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点1〉本件発明1では、「待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されて」いるのに対し、引用例発明3では待機時間において圧電体に電圧Vmが印加されてインク室が膨張している点。

(3)相違点1についての判断及び本件発明1の進歩性の判断
引用例発明3において、インク室が膨張しているということは、インク圧力が低下しているということであり、換言すれば負の圧力が付加されているということである。本件発明1の「所定の圧力が付加」が、負の圧力の付加を包含するのであれば、相違点1は実質的相違点には当たらないことになる。しかしながら、特許明細書には「圧電素子に電圧を印加する方法には、上述のように2通りあり、図10(a)は、電圧印加で圧電素子が縮んで減圧状態となる構成の印字ヘッドの場合であり、その駆動波形は同図のように、三角波形になる。他方、電圧印加で圧電素子が伸びて加圧状態となる構成の印字ヘッドの場合は、同図(b)のように、逆三角形の駆動波形となる。本発明の上記課題は、このうち、後者の構成の場合に生ずるものであり、そのため本発明の構成は、逆三角形の駆動波形を印加する後者の構成を前提としている。」(段落【0012】)との記載があり、本件発明1は「電圧印加で圧電素子が伸びて加圧状態となる構成の印字ヘッド」を前提としているのであるから、ここでは「所定の圧力が付加」が負の圧力の付加を包含しないものとして解釈する。
しかし、待機時間に付加される圧力が、正の圧力であるのか負の圧力であるのかは、電圧印加で圧電素子が伸びるのか、それとも縮むのかに起因することであり、いずれも周知である(そのことは、上記段落【0012】の記載からみて、請求人も認識しているものと認める。)
そして、引用例発明3では、「駆動電圧波形には、待機状態にVmの電圧を供給し、その後電圧を上昇し、電圧を0にした後、Vmの電圧に戻すことを繰り返す波形が含まれる」のであるが、インク室に着目した場合には、待機状態を出発点として、インク室の膨張、待機状態より収縮した状態までの収縮、及び待機状態までの膨張という一連の動作をなさしめるための波形であり、そのような一連の動作は電圧印加で圧電体が伸びる構成を採用した場合であっても、待機状態の電圧Vmを基準として、そこからの電圧変化を引用例発明3とは逆方向にすることによって実現できることは当業者に自明である。なお、そのような構成は引用例発明1にも採用されている。
そうであれば、引用例発明3において、電圧印加と圧電体の関係として、電圧印加で圧電体が伸びる構成を採用し(それに付随して、電圧波形は上述のとおり変更する。)、相違点1に係る本件発明1の構成をなすことは当業者にとって、想到容易である。
また、相違点1に係る本件発明1の構成を採用することによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本件発明1は引用例発明3及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項1に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(4)本件発明2の進歩性の判断
引用例3からは、インクジェット記録方法についての発明も把握されることが明らかであり、その発明と本件発明2とは
「供給された駆動波形に応じて変形する変形装置により、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期の一周期内で、前記圧力室内のインクの圧力変動の変極点が2つ以上になるように設定することを特徴とするインクジェット記録方法において、前記駆動波形の駆動周期毎に待機時間を有し、且つ圧力変動の前記変極点の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも低く、他の少なくとも1点の圧力は該待機時間中の圧力よりも高いことを特徴とするインクジェット記録方法。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点2〉本件発明2では「待機時間中に圧力室内に充填されたインクに所定の圧力が付加されて」いるのに対し、引用例3から把握される発明では、待機時間において圧電体に電圧Vmが印加されてインク室が膨張している点。
しかし、この相違点は、先に検討した相違点1と実質的に同じ相違点であり、当業者にとって想到容易な相違点でしかない。
したがって、本件発明2は引用例発明3及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項2に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(5)本件発明3の進歩性の判断
本件発明3と引用例発明3とは、
「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により、内部に充填されたインクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有するインクジェット記録装置。」である点で一致し(なお、(1)では引用例発明3が「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置」を有する旨の認定はしていないが、インクジェット記録装置として自明の構成であるばかりか、【図4】に符番32が付されているトランスファゲートがこれに相当する。)、次の点で相違する。
〈相違点3〉本件発明3が「所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させるための初期化装置を、前記スイッチング装置に設けること」を要件としているのに対し、引用例発明3には初期化装置に相当する構成が存在しない。
しかし、相違点3に係る本件発明3の構成は引用例発明2-2が備えており、同構成を引用例発明3に適用することに困難性はない。
したがって、本件発明3は引用例発明3及び引用例発明2-2に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項3に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(6)本件発明4の進歩性の判断
本件発明4と、引用例3から把握されるインクジェット記録方法についての発明を対比すると、両者は、「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、インクのノズルメニスカスを変動させることで、ノズルを介して該インクを噴射させるインクジェット記録方法」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点4〉本件発明4では「所定の周期毎に前記変形装置を待機状態に復帰させる」のに対し、引用例3から把握される発明は同構成を有さない点。
しかし、相違点4に係る本件発明4の構成は引用例発明2-1が備えており、同構成を引用例発明3に適用することに困難性はない。
したがって、本件発明4は引用例発明3及び引用例発明2-1に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項4に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

7.取消理由4の妥当性
(1)本件発明6の進歩性の判断
本件発明6と引用例発明3とは、「駆動波形を供給する駆動波形供給装置と、供給された駆動波形に応じて変形する変形装置と、印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置と、インクの供給を受け、前記変形装置の変形により内部に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、ノズルを介して該インクを噴出する圧力室とを有すると共に、振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あるインクジェット記録装置。」である点で一致し(引用例発明3が「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択するスイッチング装置」を有することは、6.(5)で述べたとおりである。)、次の点で相違する。
〈相違点6〉本件発明6では、2種類以上の振幅の異なる圧力変動の内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を前記スイッチング装置により設定できるのに対し、引用例発明3では、2種類以上の振幅の異なる圧力変動のすべてについて、一駆動周期を複数の期間に分割していない点。
しかしながら、階調記録を目的として、一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしたものは引用例4に記載されている。もっとも、引用例4記載の発明(以下「引用例発明4」という)では、分割された各期間の駆動波形のいずれか一方の信号を選択するから、「その内の1つ若しくは複数を前記スイッチング装置により設定できる」とはいえないけれども、複数設定を可能とした方が階調記録の点では有利であることは明らかである。
そして、引用例3の記載3-イにあるように、引用例発明3も階調記録を目的として、「インク吐出量を制御する波形の異なる複数の駆動電圧波形を発生する共通波形発生手段」(本件発明6でいうところの「振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上」との構成)を採用したものである。
すなわち、引用例発明3及び引用例発明4は、いずれも階調記録という同一の目的を達成するために、異なる構成を採用した発明である。ここで、引用例発明3と引用例発明4の構成に、相容れないような構成があるのであれば、これら異なる構成を併用することが困難となるが、そのような理由を見出すことはできない。そして、引用例発明3と引用例発明4の構成を併用すれば、より一層上記目的が達成されることは当業者に明らかである。
そうであれば、引用例発明3に引用例発明4の構成を採用し、その際分割された複数期間については、より階調を増すために1つ若しくは複数を設定可能として、相違点6に係る本件発明6の構成をなすことは当業者にとって想到容易である。
また、相違点6に係る本件発明6の構成を採用することによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本件発明6は引用例発明3及び引用例発明4に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項6に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(2)本件発明7の進歩性の判断
本件発明6と本件発明7を比較すると、本件発明6の「振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、」との要件が、本件発明7では「振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、」との要件に置き換えられている、すなわち「振幅の異なる圧力変動」と「振れ幅の異なる内部容積変動」との相違があるだけである。
しかし、「振幅の異なる圧力変動」があれば必ず「振れ幅の異なる内部容積変動」があると考えられ、逆に「振れ幅の異なる内部容積変動」があれば必ず「振幅の異なる圧力変動」があると考えられる。
すなわち、本件発明6と本件発明7とは、同一の現象に対して異なる表現を与えただけの相違しかなく、この表現上の相違によって何らかの構成上の実質的な相違をもたらすと認めることはできない。
そうであれば、本件発明6が引用例発明3及び引用例発明4に基づいて当業者が容易に発明できたものである以上、本件発明7も引用例発明3及び引用例発明4に基づいて当業者が容易に発明できたものというべきであるから、請求項7に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(3)本件発明9の進歩性の判断
引用例3から把握されるインクジェット記録方法としての発明と本件発明9とは、「印字データに応じて駆動波形を供給する変形装置を選択し、供給された駆動波形により該変形装置を変形せしめ、圧力室内に充填されたインクに加わる圧力を変えることで、該インクを噴射させるインクジェット記録方法。」である点で一致し、次の点で相違する。
〈相違点9〉本件発明9が「振幅の異なる圧力変動が少なくとも2種類以上あり、その内の少なくとも1つが一駆動周期を複数の期間に分割し、且つ各期間内にインク噴射が可能な振幅の圧力変動を引き起こせるようにしており、その内の1つ若しくは複数を設定できるようにすること」を要件としているのに対し、引用例3から把握される発明にはこのような要件がない点。
しかし、相違点9は、相違点6をカテゴリーの異なるインクジェット記録方法の発明として捉えた相違点にすぎず、相違点6に係る本件発明6の構成が想到容易であるのと同じ理由で想到容易である。また、相違点9に係る本件発明9の構成を採用することによる格別の作用効果を認めることもできないことも、本件発明6について述べたと同様である。
したがって、本件発明9は引用例3及び引用例4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、請求項9に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

(4)本件発明10の進歩性の判断
(2)で本件発明6と本件発明7の関係について述べたと同様に、本件発明9と本件発明10とは、同一の現象に対して異なる表現を与えただけの相違しかなく、この表現上の相違によって何らかの構成上の実質的な相違をもたらすと認めることはできない。
そうであれば、本件発明9が引用例3及び引用例4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである以上、本件発明10も引用例3及び引用例4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものというべきであるから、請求項10に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

第4 むすび
以上のとおり、取消理由1〜4はすべて妥当であり、請求項2〜4の特許は特許法29条1項の規定に違反してされたものであり、請求項1〜4,6,7,9,10の特許は同法29条2項の規定に違反してされたものであるから、同法113条2号の規定により取り消されなければならない。
よって、結論のとおり決定する
 
異議決定日 2003-10-07 
出願番号 特願平10-217580
審決分類 P 1 652・ 121- ZB (B41J)
P 1 652・ 113- ZB (B41J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 江成 克己  
特許庁審判長 小沢 和英
特許庁審判官 中村 圭伸
津田 俊明
登録日 2002-05-24 
登録番号 特許第3309806号(P3309806)
権利者 富士通株式会社
発明の名称 インクジェット記録装置及びインクジェット記録方法  
代理人 横山 淳一  

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