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審決分類 審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  G02B
審判 全部申し立て 発明同一  G02B
審判 全部申し立て 2項進歩性  G02B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  G02B
管理番号 1098070
異議申立番号 異議2003-70384  
総通号数 55 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-07-15 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-02-12 
確定日 2004-04-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3312937号「位相差フィルム」の請求項1ないし3に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3312937号の請求項1、請求項2に係る特許を維持する。 
理由 I 手続の経緯
本件特許第3312937号の請求項1〜3に係る発明は、平成4年12月24日に特許出願され、平成14年5月31日に特許の設定登録がなされ、その後、帝人株式会社より特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成15年8月1日に訂正請求がなされ、更に取消理由通知(訂正拒絶理由通知を兼ねる。)がなされ、平成15年12月8日に2回目の訂正請求がなされたものである。
(なお、平成15年8月1日付け訂正請求書は取り下げられた。)

II 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求は、本件特許明細書を訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであり、訂正の内容は次のとおりである。
(a)特許請求の範囲の
「【請求項1】ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルム。
【請求項2】ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜5:95である、請求項1記載の位相差フィルム。
【請求項3】ポリカーボネート共重合体が、20,000〜100,000の粘度平均分子量を有するものである、請求項1又は請求項2記載の位相差フィルム。」の記載を、
「【請求項1】ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムであって、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜72:28である位相差フィルム。
【請求項2】前記位相差フィルムが視野広角化に用いられる請求項1記載の位相差フィルム。」と訂正する。
(b)明細書の段落【0005】の記載を、「【問題を解決するための手段】本発明は、(1)ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムであって、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜72:28である位相差フィルム。
(2)前記位相差フィルムが視野広角化に用いられる(1)の位相差フィルム。
である。」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の実質上の拡張又は変更の存否
訂正(a)は、特許請求の範囲の請求項1に、甲第8号証記載のものとの重複をさけるため、「ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとの重量比」範囲について、ジヒドロキシ化合物bの重量比が大きくなる側を狭く限定して「〜72:28」とし、
請求項2に、「視野広角化に用いられる」との限定を加え、
請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。
また、訂正(b)は、訂正(a)による特許請求の範囲の減縮に伴ない、特許請求の範囲と発明の詳細な説明との間に生じた不整合を正すものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。
そして、上記の各訂正は、願書に添付された明細書に記載された事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

3 訂正の適否に関する結論
以上のとおりであるから、上記訂正請求は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書及び第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

III 特許異議申立について
1 本件特許発明
上記のように訂正が認められるから、本件の請求項1、2に係る発明は、上記2回目の訂正請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲、請求項1、2に記載された次のとおりものである。
「【請求項1】ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムであって、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜72:28である位相差フィルム。
【請求項2】前記位相差フィルムが視野広角化に用いられる請求項1記載の位相差フィルム。」
なお、訂正後の請求項1、2に係る発明を、以下「本件発明1」、「本件発明2」という。

2 特許異議申立の理由の概要
特許異議申立人・帝人株式会社は、
甲第1号証:特開平1-201338号公報(取消理由通知の証拠方法1)
甲第2号証:特開平1-201329号公報(同じく証拠方法3)
甲第3号証:池田吉紀(帝人・エレクトロニクス材料研究所・研究員)の平成15年1月10日付け実験報告書(同じく証拠方法2)
甲第4号証:池田吉紀の平成15年2月6日付け実験報告書(同じく証拠方法4)
甲第5号証:特開平4-166319号公報(同じく証拠方法5)
甲第6号証:池田吉紀の平成15年2月4日付け実験報告書(同じく証拠方法11)
甲第7号証:特開平2-59702号公報(同じく証拠方法6)
甲第8号証:特開平6-75113号公報(同じく証拠方法7、特願平4-248858号の特開公報)
甲第9号証:特開平6-25398号公報(同じく証拠方法10、特願平4-179793号の特開公報)
甲第10号証:本間精一編「ポリカーボネート樹脂ハンドブック」1992年8月28日、135頁、日刊工業新聞社(同じく証拠方法9)
甲第11号証:特開昭64-43559号公報(同じく証拠方法8)
を提出して、
(i)本件の訂正前の請求項1〜3に係る発明は、甲第1号証または甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものである、
(ii)本件の訂正前の請求項1〜3に係る発明は、甲第1、2、7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである、
(iii)本件の訂正前の請求項1〜3に係る発明は、本件の出願前に出願され、その出願後に出願公開された甲第8、9号証に係る出願の出願当初の明細書に記載された発明であるので、特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものである、
(iv)訂正前の本件明細書には、記載上の不備が存在するため、特許法第36条第4項及び第5項に違反して特許されたものである、
として、本件特許は取り消されるべきものである旨主張する。
なお、当審においては、1回目の取消理由通知で指摘した理由(異議申立の理由と同趣旨)のうち上記理由(i)〜(iii)に、「本件は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。」という理由を加え、2回目の取消理由通知を通知した。

3 甲第1〜11号証の記載事項
甲第1号証(1回目の取消理由通知の証拠方法1。以下、「刊行物1」という。)には、
(1a)「本発明は、本質的に非晶質であり、透明性、耐熱性、機械的強度に優れるとともに、低透湿性及び表面硬度において改良された芳香族ポリカーボネートフィルムに関するものである。」(2頁右上欄11〜15行)、
(1b)「また、このようにして製膜されたフィルムは、必要に応じ、従来慣用されている延伸法、例えばテンター法、・・・により延伸してもよい。」(7頁欄1〜4行)、
(1c)「実施例1 合成例 ・・・。 フィルムの成形 つぎに、得られた重合体1重量部あたり50重量部のクロロホルムを加えて溶解し、得られた溶液をガラス板上にドクターナイフを用いてキャストした。これを減圧下に120℃で24時間乾燥することにより、肉厚20μmのフィルムを得た。」(7頁左下欄4行〜右下欄下から4行)、
(1d)「実施例3 モノマーとして4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン70g(0.20モル)、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン13g(0.057モル)を用いた以外はすべて実施例1の合成例と同様に実施し、下記構造の繰り返し単位を有する高分子量体を得た。
「式a」(「式a」は、編集上の便宜から、本文末尾に収載。)
・・・この重合体を用い、実施例1のフィルムの成形と同様の操作を行い、フィルムを得た。各試験結果を第1表に示す。」(8頁右上欄3行〜左下欄6行)、
(1e)実施例3で得た重合体の還元粘度が0.50であったこと(8頁、第1表)、
(1f)「本発明は、上記の欠点が解消され、低透湿性及び表面硬度において改良されたものであって、・・・芳香族ポリカーボネートフィルムを提供することを目的とするものである。」(2頁右下欄2〜6行)、
(1g)「このようにして成形されたフィルムは、・・・・従って、耐熱性フィルム、低透湿フィルム、電気絶縁性フィルムとして、各種の電子・電気機器の部品として好適に用いることができる。」(7頁右上欄9〜16行)、が記載されている。

甲第2号証(同じく証拠方法3。以下、「刊行物2」という。)には、
(2a)「本発明は、本質的に非晶質であり、透明性、耐熱性、機械的強度に優れるとともに、低透湿性及び表面硬度において改良された芳香族ポリカーボネートフィルムに関するものである。」(2頁右上欄19行〜左下欄3行)、
(2b)「また、このようにして製膜されたフィルムは、必要に応じ、従来慣用されている延伸法、例えばテンター法、・・・により延伸してもよい。」(7頁右上欄4〜7行)、
(2c)「実施例1 合成例 ・・・。 フィルムの成形 ここで得られた重合体1重量部をクロロホルム50重量部中に溶解させて、重合体溶液とした。この重合体溶液をガラス板上にドクターナイフを用いてキャストし、減圧下に120℃で24時間乾燥して、肉厚20μmのフィルムを得た。」(7頁左下欄7行〜8頁左上欄3行)、
(2d)「実施例6 モノマーとして2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン79g(0.20モル)と2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン12g(0.053モル)を用いた以外はすべて実施例1の合成例と同様に実施し、下記構造の繰り返し単位を有する高分子量体を得た。
「式b」(「式b」は、編集上の便宜から、本文末尾に収載。)

この重合体を用い、実施例1のフィルムの成形と同様の操作を行い、フィルムを得た。各試験結果を第1表に示す。」(9頁左上欄5行〜右上欄4行)、
(2e)実施例6で得た重合体の還元粘度が0.52であったこと(9頁、第1表)、
(2f)「本発明は、上記の欠点が解消され、低透湿性及び表面硬度において改良されたものであって、・・・芳香族ポリカーボネートフィルムを提供することを目的とするものである。」(2頁右下欄9〜13行)、
(2g)「このようにして成形されたフィルムは、・・・・従って、・・・各種の電子・電気機器の部品として好適に用いることができる。」(7頁右上欄12〜19行)、
が記載されている。

甲第3号証(同じく証拠方法2。)には、
特開平1-201338号公報(甲第1号証)の実施例3を追試して得られたフィルムと、それを一軸延伸(テンター法)して得られたフィルムについてリターデーションを測定(測定値:185nm,343nm,463nm,527nm)したこと、実施例3の追試で得られた共重合ポリカーボネートについて還元粘度を測定(測定値:0.50ηsp/c)したこと、が記載されている。

甲第4号証(同じく証拠方法4。)には、
特開平1-201329号公報(甲第2号証)の実施例6を追試して得られたフィルムと、それを一軸延伸(テンター法)して得られたフィルムについてリターデーションを測定(測定値:352nm,657nm,876nm,1093nm)したこと、実施例6の追試で得られた共重合ポリカーボネートについて還元粘度を測定(測定値:0.58ηsp/c)したこと、が記載されている。

甲第5号証(同じく証拠方法5。以下、「刊行物3」という。)には、粘度平均分子量の測定方法に関して「粘度平均分子量:オスワルド粘度計によりポリカーボネートの塩化メチレン溶液の比粘度ηspを測定し、下記関係式より極限粘度[η]から粘度平均分子量Mを算出した。
nsp/C=[η]+K[η]2C ・・・(I) 但し、K=0.45
C=0.7g/100ml CH2Al2 at20℃
[η]=1.23×10-4M0.83・・・(II) 」(3頁左上欄17行〜右上欄4行)、が記載されている。

甲第6号証(同じく証拠方法7。)には、
特開平6-25398号公報(第9号証)の実施例1(但し、9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレンは24重量部とした。)を追試して得られたフィルムについて光弾性定数を測定(測定値:15.2×10-13cm2/dyn)したこと、実施例1の追試で得られた共重合ポリカーボネートパウダーについて粘度平均分子量を測定(測定値:約4.7万)したこと、が記載されている。

甲第7号証(同じく証拠方法6。以下、「刊行物4」という。)には、
(7a)「(1)極限粘度[η]の平均値が0.85〜0.7の範囲にあり、かつ、その振れ幅が10%以下であるポリカーボネート系重合体フィルムまたはシートを一軸方向に延伸して形成されるフィルムまたはシートであって、複屈折率(Δn)と厚み(d)の積で定義されるレターデーションの測定値が80から1200nmの範囲にあり、かつ、その平均値の振れ幅が7%以下であることを特徴とする位相差板。」(特許請求の範囲1項)、
(7b)「本発明で使用されるポリカーボネート系樹脂は、主に、ビスフェノール骨格を有する直鎖状のポリカーボネート又は共重合ポリカーボネート類等であって、」(3頁左上欄14〜17行)、が記載されている。

甲第8号証(同じく証拠方法7。特開平6-75113号公報参照。)に係る出願の出願当初明細書(以下「先願明細書A」という。)には、
(8a)「【請求項1】次の一般式[I]・・・(式省略)・・・、又は、該繰り返し単位[I]と次の式[II]・・・(式省略)・・・で表される繰り返し単位[II]とを有するポリカーボネート系重合体から延伸されたフィルム又はシートよりなることを特徴とする位相差補償フィルム。」(特許請求の範囲)、
(8b)「ところで、・・・。光学的位相差補償フィルムとは、複屈折性を有し、直線偏光の入射光に直角方法に位相差を生じせしめ、透過光を円偏向ないし楕円偏向に変換する機能を有するものであり、例えば、液晶パネル用等の・・・に用いられている。」(段落【0004】)、
(8c)「実施例1 原料モノマーとして2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン46.7g(0.205モル)及び2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン13.1g(0.051モル)、濃度8%の水酸化ナトリウム水溶液550ml、塩化メチレン400ml、・・・を邪魔板付き反応器内に導入し、反応器の温度を10℃付近に保持しながら激しく攪拌しつつ、ホスゲンガスを100ml/分の割合で15分間吹き込んで重縮合反応を行った。・・・このようしにして得られた重合体は塩化メチレンを溶媒とする濃度0.5g/dlの溶液の20℃における還元粘度[ηsp/c]が0.78dl/gであり、・・・下記の繰り返し単位[Ia]及び[II]からなり、[Ia]:[II]がモル比で約1:4であるポリカーボネートであることが確認された。
【化5】(【化5】は、編集上の便宜から、本文末尾に収載。)

上記のポリカーボネートを押し出しによって厚さ120μm、幅500mmの透明フィルムとし、このフィルムを160℃で一軸で5%延伸し、厚さ100μmの均一な位相差補償フィルムを得た。また、このフィルムは直交ニコル下で均一な色調を示した。 (6頁段落【0041】〜【0044】)、
(8d)「実施例2 2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン73.0g(0.32モル)を6%濃度の水酸化ナトリウム水溶液550mlに溶解した溶液と、塩化メチレン250mlとを混合しながら、冷却下、液中にホスゲンガスを950ml/分の割合で15分吹き込んだ。・・・・得られたオリゴマー溶液に塩化メチレンを加えて全量を450mlとした後、2,2-ビス(3-フェニル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン30.4g(0.08モル)、8%濃度の水酸化ナトリウム水溶液150mlと混合し、これに末端停止剤(分子量調節剤)としてp-tert-ブチルフェノール0.8gを加えた。次いで・・・1時間反応を行った。反応終了後、・・・ポリカーボネート重合体を得た。このようにして得られた重合体は塩化メチレンを溶媒とする濃度0.5g/dlの溶液の20℃における還元粘度[ηsp/c]が0.78dl/gであり、・・・次の繰り返し単位[Ib]及び[II]からなり、[Ib]:[II]がモル比で約1:4であるポリカーボネートであることが確認された。・・・この重合体を用いて、実施例1と同様にして位相差補償フィルムを作製し、R値の測定を行った。測定結果は表1に示したようになった。またこのフィルムは直交ニコル下で均一な色調を示した。」(6頁段落【0045】〜【0049】)、が記載されている。

甲第9号証(同じく証拠方法10。特開平6-25398号公報参照。)に係る出願の出願当初明細書(以下「先願明細書B」という。)には、
(9a)「【産業上の利用分野】本発明は、屈折率及び複屈折の改善されたポリカーボネート樹脂に関する。更に詳しくは、特定量の9,9-ビス(4-オキシフェニレン)フルオレン構造単位を有する高屈折率、低複屈折性で且つ透明性に優れるポリカーボネート樹脂に関する。このような樹脂は・・・光学レンズ、・・・スクリーン、位相差フィルムのようなフィルム、ディスク用の素材として極めて有用なものである。」(段落【0001】)、
(9b)「比粘度:ポリマー0.7gを100mlの塩化メチレンに溶解し、20℃で測定した。」(段落【0022】)、
(9c)「【実施例1】9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン21.5部、ビスフェノールA2.47部、48.5%苛性ソーダ水溶液23.8部及び蒸留水361部を攪拌器付き反応器に仕込み溶解した。これに塩化メチレン162部を加え、混合溶液が20℃になるように冷却し、ホスゲン10.0部を40分で吹込んだ。・・・2時間攪拌を続けて反応を終了した。・・・ポリカーボネートパウダーを得た。得られたパウダーの比粘度は0.850であった。このパウダーを塩化メチレンに溶解させてフィルムを製膜した。このものの全光線透過率は89%、屈折率は1.636、光弾性係数は24×10-13cm2/dyneであった。」(段落【0023】)、が記載されている。

甲第10号証(同じく証拠方法9。以下、「刊行物5」という。)には、各種ポリカーボネート樹脂の光弾性定数値(単位:cm2/dyne)が部分構造と共に記載され、例えば2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパンのポリカーボネートは71.9×10-13(135頁、最上段)、2,2-ビス(3-フェニル4-ヒドロキシフェニル)プロパンのポリカーボネートは51.0×10-13(135頁、4行目左)、4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタンに由来するポリカーボネートは22.1×10-13(135頁最下行右)であること、が記載されている。

甲第11号証(同じく証拠方法以下、「刊行物6」という。)には、製造例No.3のポリカーボネートについてモノマーの種類が「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」であること(6頁、第1表)、該製造例No.3のポリカーボネートの光弾性係数は54×10-13dyne/cm2であること(7頁、第2表、比較例3)、が記載されている。
4 当審の判断
4-1 特許法第29条第1項違反について
(1)本件発明1について
(a)刊行物1記載の発明との対比
刊行物1の実施例3には、モノマーとして2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン(即ち、ビスフェノールA)13gと、4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン70gを用いて得られる「式a」(本文末尾に収載。)の繰り返し単位を有するポリカーボネート共重合体のフィルムが記載されている(1c、1d)。該実施例中にはポリカーボネート共重合体中のこれらジヒドロキシ化合物の重量比は明記されていないが、計算で求められる値であり、「ビスフェノールA」:「4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン」はおよそ16:84となる。
本件発明1において、ジヒドロキシ化合物a、bは、ジヒドロキシ化合物をポリカーボネートとなしたときの光弾性定数の差(即ち「ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートAの光弾性定数」)が10以上という規定からみて、ポリカーボネートとなしたときに光弾性定数が大きくなる方が「ジヒドロキシ化合物a」であり、それが小さくなる方が「ジヒドロキシ化合物b」であると解される。そして、「ビスフェノールA」と「4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン」は、これをポリカーボネートとなしたときの光弾性定数が、本件特許明細書、段落【0010】の記載又は甲第10号証によると「ビスフェノールA」の方が大きい。
そこで、本件発明1(前者)と刊行物1の実施例3に記載の発明(後者)を対比すると、後者における「ビスフェノールA」と「4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン」はそれぞれ前者の「ジヒドロキシ化合物a」、「ジヒドロキシ化合物b」に相当することから、両者は、ポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aとポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成されたフィルムである点で一致するが、
前者ではポリカーボネート共重合体で形成されたフィルムが「位相差フィルム」であるのに対し、後者では単に「フィルム」としか記載されていない点(相違点1)、
前者ではジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bの重量比が「95:5〜72:28」であるのに対し後者ではおよそ16:84である点(相違点2)、
前者ではポリカーボネートの光弾性定数について「(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースター」の限定があるのに対し後者ではそのことが明記されていない点(相違点3)、で一応相違している。
以下、これらの点について検討する。
・相違点1について
「位相差フィルム」は、一定の位相差値を有し、STN方式の液晶表示素子の位相差補償等の光学補償に用いられるものであるが、刊行物1のものは、単に「フィルム」とされ、ガラス板上で成形・乾燥して「フィルム」とされたもので(前掲1c〜1d参照)、一軸延伸もされていないから、位相差値を有する「フィルム」ではない。それゆえ、両者はこの点において明らかに相違する。
なお、異議申立人は、甲第3号証(実験報告書)を提出しているが、甲第1号証(刊行物1)の実施例3の方法で得られる「フィルム」は、その後にさらに一軸延伸等の処理を施すと、リターデーション(光学遅延)値が測定されるフィルムが得られることを示しているだけであるから、該実験報告書によって、刊行物1に、位相差フィルムが開示されていることが裏付けられるものではない。
・相違点2について
刊行物1の実施例3記載のポリカーボネートにおける「ビスフェノールA」と「4,4’-ジヒドロキシテトラフェニルメタン」の重量比(およそ16:84)は、本件発明1で規定される「95:5〜72:28」の範囲外であるので、両者の重量比は異なる。
したがって、本件発明1と刊行物1の実施例3記載の発明は相違点1,2において異なるから、相違点3について検討するまでもなく、両者は同一であるとすることはできない。

(b)刊行物2記載の発明との対比
刊行物2の実施例6には、モノマーとして2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン79gと、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン(即ち、ビスフェノールA)12gを用いて得られる「式b」(本文末尾に収載。)の繰り返し単位を有するポリカーボネート共重合体のフィルムが記載されている(2c、2d)。
該実施例にはポリカーボネート共重合体中の2種のジヒドロキシ化合物の重量比について明記されていないが、計算で求められる値であり、「ビスフェノールA」:「2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はおよそ13:87となる。
本件発明1において、ジヒドロキシ化合物a、bは、上記したようにポリカーボネートとなしたときに光弾性定数の差が10以上という規定からみて、ポリカーボネートとなしたときに光弾性定数が大きくなる方が「ジヒドロキシ化合物a」であり、小さくなる方が「ジヒドロキシ化合物b」であると解される。そして「ビスフェノールA」と「2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」は、これをポリカーボネートとなしたときの光弾性定数が、本件特許明細書、段落【0012】の記載及び甲第10号証によると「ビスフェノールA」の方が大きい。
そこで、本件発明1(前者)と刊行物2の実施例6に記載の発明(後者)を対比すると、後者における「ビスフェノールA」、「2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はそれぞれ前者の「ジヒドロキシ化合物a」、「ジヒドロキシ化合物b」に相当することから、両者は、ポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aとポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bのポリカーボネート共重合体で形成されたフィルムである点で一致するが、
前者ではポリカーボネート共重合体で形成されたフィルムが「位相差フィルム」であるのに対し、後者では単に「フィルム」としか記載されていない点(相違点1’)、
前者ではジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとの重量比が「95:5〜72:28」であるのに対し後者ではおよそ13:87である点(相違点2’)、
前者ではポリカーボネートの光弾性定数について「(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースター」の限定があるのに対し後者ではそのことが明記されていない点(相違点3’)、で一応相違している。
以下これらの点について検討する。
・相違点1’について
「位相差フィルム」は、一定の位相差値を有し、STN方式の液晶表示素子の位相差補償等の光学補償に用いられるものであるが、刊行物2のものは、単に「フィルム」とされ、ガラス板上で成形・乾燥して「フィルム」とされたもので(前掲2c〜2d参照)、一軸延伸もされていないから、位相差値を有する「フィルム」ではない。それゆえ、両者はこの点において明らかに相違する。
なお、異議申立人は、甲第4号証(実験報告書)を提出しているが、甲第2号証(刊行物2)の実施例6の方法で得られる「フィルム」は、その後にさらに一軸延伸等の処理を施すと、リターデーション(光学遅延)値が測定されるフィルムが得られることを示しているだけであるから、該実験報告書によって、刊行物2に、位相差フィルムが開示されていることが裏付けられるものではない。
・相違点2’について
刊行物2の実施例3記載のポリカーボネートにおける「ビスフェノールA」と「2,2-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」の重量比(およそおよそ13:87)は、本件発明1で規定される「95:5〜72:28」の範囲外であり両者の重量比は異なる。
したがって、本件発明1と刊行物2の実施例6記載の発明は相違点1’,2’において異なるから、相違点3’については検討するまでもなく、両者は同一であるとすることはできない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成要件をすべて備え、更に技術的限定を加えるものであるので、上記4-1(1)と同じ理由により、本件発明2は、刊行物1又は刊行物2に記載された発明であるとすることはできない。

4-2 特許法第29条第2項違反について
(1)本件発明1について
本件発明1と刊行物1の実施例3記載の発明を対比すると、両者は、上記4-1(1)(a)に記載した相違点1,2において明らかに相違する。
以下この点について検討する。
刊行物1記載の発明は、従来の芳香族ポリカーボネートフィルムが有する欠点(機械的強度や透明性の低下)を解消し、同時に低透湿性、表面硬度において改良することを解決課題としており(前掲1a、1f参照)、用途については電気絶縁材などの樹脂フィルムの一般的なものが記載されているだけであるから(前掲1g参照)、STN方式の表示の場合に光学補償の機能が求められる「位相差フィルム」のような特定光学用途に供することが示唆されているとは言えない。
刊行物4には、一軸延伸して形成され、液晶表示装置に適用し得るフィルム又はシート状の位相差板が記載され、その材料は、ポリカーボネート系重合体であるが、該効果が奏されるのは特許請求の範囲で特定された所定の物性を備えるものに限定される(前掲7a参照)。
一方、刊行物1は特定組成の芳香族ポリカーボネートフィルムについて開示するが、光学補償の機能が求められる特定光学用途に用いることについて全く言及がない。
したがって、刊行物4に記載のポリカーボネート系フィルムの用途を参考にして、刊行物1の実施例3に記載された一軸延伸もなされていないポリカーボネート共重合体を位相差フィルムとして用いることが容易に想到し得たとは認められない。

次に、本件発明1と刊行物2の実施例6記載の発明を対比すると、両者は、上記4-1(1)(b)に記載した相違点1’、2’において明らかに相違する。
以下相違点について検討する。
刊行物2記載の発明も、刊行物1記載の発明と同様、従来の芳香族ポリカーボネートフィルムが有する欠点を解消し、同時に低透湿性、表面硬度において改良することを解決課題としており(前掲2a、2f参照)、用途については樹脂フィルムの一般的なものが記載されているだけであるから(前掲2g参照)、特定の機能が求められる「位相差フィルム」の用途が示唆されているとは言えない。
また、刊行物4には、一軸延伸して形成され、液晶表示装置に適用し得るフィルム又はシート状の位相差板が記載され、その材料は、ポリカーボネート系重合体であるが、該効果が奏されるのは特許請求の範囲で特定された所定の物性を備えるものに限定されるので(前掲7a参照)、刊行物4に記載のポリカーボネート系フィルムの用途を参考にして、刊行物2の実施例6に記載された一軸延伸もなされていないポリカーボネート共重合体を位相差フィルムとして用いることが容易に想到し得たとは認められない。
更に、刊行物1又は2の記載内容に、刊行物3〜6の記載内容をあわせ考慮しても、これらの記載事項から本件発明1が容易に発明し得たものであるとは認められない。

なお、刊行物4は、STN型液晶表示装置における白黒表示を可能にするため、特許請求の範囲に記載されたような極限粘度及びレターデーション値を有する特定のポリカーボネートを採用するものである。刊行物4記載のものは位相差フィルムの性能向上を目指すものではあるが、視野の広角化を達成するという技術課題については全く記載がなく、またその課題を解決するための構成においても本件発明1とは異なるので、刊行物4に記載の発明から本件発明1が容易になし得たものとすることもできない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物1,2,4(甲第1、2、7号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。
(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成要件をすべて備え、更に限定を加えるものであるので、上記4-2(1)と同じ理由により、刊行物1,2,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。
4-3 特許法第29条の2違反について
(1)本件発明1について
(a)「先願明細書A」記載の発明との対比
「先願明細書A」(甲第8号証参照)の実施例1には、「2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン」(即ち、ビスフェノールA)46.7g、「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」13.1gを用いて得られる式【化5】(本文末尾に収載。)の繰り返し単位を有するポリカーボネート(各繰り返し単位[Ia]:[II]がモル比で約1:4)で形成された位相差補償フィルム(以下「先願発明A1」という。)が記載されている(前掲8c参照)。
また、同じく実施例2には、「2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン」(ビスフェノールA)73.0g、「2,2-ビス(3-フェニル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」30.4gを用いて得られる同系の共重合ポリカーボネート(各繰り返し単位[Ib]:[II]がモル比で約1:4)で形成された位相差補償フィルム(以下、「先願発明A2」という。)が記載されている(前掲8d参照)。
それぞれで得られたポリカーボネート共重合体中の2種のジヒドロキシ化合物の重量比は、「先願発明A1」では「ビスフェノールA」:「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はおよそ22:78となり、また、「先願発明A2」では「ビスフェノールA」:「2,2-ビス(3-フェニル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はおよそ71:29と算出される。
本件発明1においては、ポリカーボネートとなしたときの光弾性定数の差が10以上という規定があるので、「ジヒドロキシ化合物a」はポリカーボネートとなしたときに光弾性定数が大きくなる方のジヒドロキシ化合物を表し、「ジヒドロキシ化合物b」は小さくなる方のジヒドロキシ化合物を表していると言える。そして、「ビスフェノールA」と「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」は、これをポリカーボネートとなしたときの光弾性定数が、甲第10、11号証によると「ビスフェノールA」の方が大きく、また、「ビスフェノールA」と「2,2-ビス(3-フェニル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はポリカーボネートとなしたときの光弾性定数が、甲第10号証によると「ビスフェノールA」の方が大きい。
そこで、本件発明1と「先願発明A1」を対比すると、後者における「ビスフェノールA」と「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」は、それぞれ前者の「ジヒドロキシ化合物a」、「ジヒドロキシ化合物b」に相当することから、両者は、ポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aとポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムである点では一致するが、
ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとの重量比について、本件発明1が「95:5〜72:28」と規定するのに対し、「先願発明A1」が22:78で範囲外である点で明確に相違する。
したがって、本件発明1が「先願発明A1」と同一であるとすることはできない。
次に、本件発明1と「先願発明A2」を対比すると、後者における「ビスフェノールA」、「2,2-ビス(3-フェニル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」は、それぞれ前者の「ジヒドロキシ化合物a」、「ジヒドロキシ化合物b」に相当することから、両者は、ポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aとポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムである点では一致するが、
ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとの重量比について、本件発明1が「95:5〜72:28」と規定するのに対し、「先願発明A2」が71:29で範囲外である点で明確に相違する。
したがって、本件発明1が「先願発明A2」と同一であるとすることはできない。

(b)「先願明細書B」に記載の発明との対比
「先願明細書B」(甲第9号証参照)の実施例1には、「ビスフェノールA」2.47部、「9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン」21.5部を用いて得られるポリカーボネート共重合体で形成された透明性、高屈折率、低複屈折性のポリカーボネート樹脂フィルム(以下「先願発明B」という。)が記載されている(前掲9c参照)。該実施例で得られたポリカーボネート共重合体中の2種のジヒドロキシ化合物の重量比は、実施例1のものでは「ビスフェノールA」:「2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン」はおよそ10:90である。
本件発明1においては、上記したように、ポリカーボネートを形成したとき光弾性定数が大きくなる方が「ジヒドロキシ化合物a」であり、小さくなる方が「ジヒドロキシ化合物b」であると解される。そして、「ビスフェノールA」と「9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン」は、これをポリカーボネートとなしたときの光弾性定数が、甲第6、10号証によると「ビスフェノールA」の方が大きい。
そこで、本件発明1と「先願発明B」を対比すると、後者における「ビスフェノールA」と「9,9-ビス(4-ヒドロキシフェニル)フルオレン」は、それぞれ前者の「ジヒドロキシ化合物a」、「ジヒドロキシ化合物b」に相当することから、
両者は、ポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aとポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成されたフィルムである点で一致するが、
ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bの重量比について、本件発明1が「95:5〜72:28」と規定するのに対し、「先願発明B」が10:90で範囲外である点、
及び、フィルムの特性について、本件発明1が「位相差」をもつのに対して、「先願発明B」が「透明性、高屈折率、低複屈折性」とするのみである点の2点で明確に相違する。
したがって、本件発明1が「先願発明B」と同一であるとすることはできない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成をすべて引用した上で、さらに「位相差フィルムが視野広角化に用いられる」という限定を加えるものであるから、上記と同じ理由により本件発明2は「先願発明A1」、「先願発明A2」及び「先願発明B」と同一であるとすることはできない。
4-4 特許法第36条違反について
異議申立人は、次の点で、本件明細書の記載が不備である旨主張している。
(i)ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとの組合せを当業者は容易に知ることができないので、本件発明を容易に実施できない。
(ii)ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bとは特定されず、相手によって変動するから、同a,bの組合せを当業者は容易に実施できない。
また、前記取消理由通知においては、次の(iii)の点で明細書の記載が不備があるとした。
(iii)上記訂正のなされない本件請求項1に係る発明は、視野広角化をはじめとする優れた光学機能を有することを特徴としているにもかかわらず、該機能をもたらす位相差フィルムの具体的・特徴的構成が不明瞭である。
以下、上記の点について検討する。
(i)について
モノマーとしてジヒドロキシ化合物を用いた代表的なポリカーボネートの光弾性定数は既に知られており(例えば、甲第10号証の135頁、甲第11号証の7頁参照。)、また仮に公知でないものがあったとしても光弾性定数の測定法自体が周知であるから、測定すれば求められるものであり光弾性定数が知り得ないとすることはできない。
そして、本件発明1では、ジヒドロキシ化合物a,bの組合せはそれらをポリカーボネートとなしたとき、各ポリカーボネートの光弾性定数の差が10以上であればよいというものであるから、ジヒドロキシ化合物a,bの組合せを当業者は容易に実施できないとすることはできない。
(ii)について
本件発明は、ジヒドロキシ化合物a,bについては、ポリカーボネートとなしたときに、「(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧ 10ブリュースター」という要件を満たせばよいものであり、ジヒドロキシ化合物a,bの種類は特定される必要がないものである。
そして、上記(i)で述べたように、ジヒドロキシ化合物a,bの組合せは容易に知ることができるので、ジヒドロキシ化合物a,bの組合せが当業者は容易に実施できないとすることはできない。
(iii)
本件発明は、位相差フィルムを、リタデーションの角度依存性が小さく、視野角の広いものとするために、特許請求の範囲において2種のジヒドロキシ化合物をポリカーボネートとなしたときの光弾性定数の関係と、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物の重量比を規定するものである。
そして、本件発明は特許請求の範囲に記載の構成を採用することにより、本件明細書に記載された効果を奏するようにしたものであり、そのために必要な構成は全て特許請求の範囲に記載されていると認められ、また不明瞭な表現があるとも認められない。
したがって、本件出願は、明細書に記載上の不備があるために特許法第36条第4項、第5項及び第6項に規定する要件を満たしていないとすることはできない。

なお、訂正前の請求項3は、訂正の結果削除されたので、該請求項に対する異議申立人の主張は判断する対象が存在しない。

IV むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠によっては本件の請求項1、2に係る発明の特許を取り消すことはできない。また、他に本件の請求項1、2に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件の請求項1、2に係る発明の特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対して付与されたものと認めないから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に 基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
位相差フィルム
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムであって、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜72:28である位相差フィルム。
【請求項2】 前記位相差フィルムが視野広角化に用いられる請求項1記載の位相差フィルム。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、STN-LCDの表示を白黒化するために用いられる位相差フィルムに関する。
【0002】
【従来の技術】STN液晶表示素子の複屈折効果による位相差を補償し、表示を白黒化するためには位相差の補償板が必要であり、当初は同じタイプの液晶セルで補償していたが、最近では、軽量、低コストであることから、プラスチックフィルムからなる位相差フィルムが用いられている。使用されている樹脂としては、ポリカーボネート、ポリメチルメタクリレート及びポリビニルアルコール及びポリスチレンなどがあり、これらの樹脂からなるフィルムを均一に一軸延伸することにより製造されており、原理的には線状高分子の一軸配向により生ずる複屈折効果を利用したものである。しかしながら、プラスチックの延伸フィルムは、斜めから見た場合、リタデーションが大きく変化するため、垂直から見た場合は白黒表示であっても、斜めから見た場合は著しい着色を生じたり、表示の反転を生じるため、視野が制限されている。
【0003】これを解決するために、いろいろと研究されているが、樹脂の改良及び複合化により解決を試みている例としては、正の複屈折を生ずる樹脂からなる位相差フィルムと負の複屈折を生ずる樹脂からなる位相差フィルムを組合わせる方法(特開平3-206422号公報)や、正の複屈折を生ずる樹脂と負の複屈折を生ずる樹脂を共重合させるか又は混合した樹脂により位相差フィルムを作製する方法(特開平4-195103,4-194902号公報)が提案されている。これまでの提案のうち、複屈折の符号の異なる2枚の位相差フィルムを重ねる方法においては、2枚の軸を合せる作業が難しいこと、2枚使用するため透過率が低下し、表示が暗くなること、また2枚のため材料費が高価になる、等の欠点を有する。また、複屈折の符号の異なる樹脂を共重合又は混合する方法においては、光弾性定数が大きく、耐熱性があり、光学的に完全な相溶性を示す組合せは非常に少ないという欠点がある。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、これらの欠点を改良するため、光学的に透明性がよく、耐熱性があり、光弾性定数も大きく、従って薄い位相差フィルムが可能であり、またコスト的にも有利な位相差フィルムを提供するものである。本発明は、単一のレジンを用い、1枚のフィルムにて、視野の広角化を達成し、視野角の大きな位相差フィルムを提供するものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明は、
(1) ポリカーボネートとなしたときに、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧10ブリュースターとなるポリカーボネートAを生成し得るジヒドロキシ化合物aと、ポリカーボネートBを生成し得るジヒドロキシ化合物bとのポリカーボネート共重合体で形成された位相差フィルムであって、ポリカーボネート共重合体中のジヒドロキシ化合物aと、ジヒドロキシ化合物bとの重量比が、95:5〜72:28である位相差フィルム。
(2) 前記位相差フィルムが視野広角化に用いられる(1)の位相差フィルム。
である。
【0006】
【作用】本発明においては、上記のような構成を有した樹脂を用いることにより、延伸後の位相差フィルムの厚み方向の屈折率の低下を抑えることができ、従って相対的に厚み方向の屈折率が大きくなり、その結果、リタデーションの角度依存性が小さくなり、視野角を広くすることができる。本発明においては、光弾性定数が、(ポリカーボネートAの光弾性定数-ポリカーボネートBの光弾性定数)≧10ブリュースターを満たすものであり、好ましくは、20ブリュースターであることが望ましい。
【0007】本発明において用いられるジヒドロキシ化合物aとしては、種々のものを用いることができるが、ビスフェノールA及びその誘導体のようなジヒドロキシ芳香族系化合物が適している。ジヒドロキシ化合物bとしては、化学的性質及び物性の点から、同様にジヒドロキシ芳香族系化合物が好ましいが、特にビスフェノールAの中央炭素のメチル基をベンゼン環、シクロヘキサン環、脂肪族炭化水素基で置換した誘導体や、ビスフェノールAのそれぞれのベンゼン環に中央炭素に対して非対称に脂肪族基、ベンゼン環、シクロヘキサン環などを導入したジヒドロキシ芳香族系化合物が好ましい。つまり、ジヒドロキシ化合物bとしては、生成するポリカーボネートの単位分子内での異方性が極力小さくなる構造を与えるものを用いることが望まれる。
【0008】本発明において、ポリカーボネート共重合体の組成比は、ジヒドロキシ化合物aとジヒドロキシ化合物bの共重合体中の重量比が95:5〜5:95、より効果的には、90:10〜10:90が好ましい。ジヒドロキシ化合物bが5より少ないと、角度依存性が改良されない。またジヒドロキシ化合物bが95より多いと、光弾性定数が小さくなり過ぎて、延伸しても大きなリタデーションが得られず、安定した加工ができず、均一なフィルムが得られにくくなる。
【0009】コスト的には、特殊なジヒドロキシ化合物bの比率ができるだけ小さなところで、光学特性が最良となる配合を見出すことが望まれる。このようにして得られた共重合体の粘度平均分子量は、20000〜100000が好ましい。
【0010】
【実施例】
(実施例1)ビスフェノールAと、4,4’-ヒドロキシテトラフェニルメタンとを、重量で90:10となるようなポリカーボネート共重合体を製造した。この場合、ビスフェノールAのみを用いたポリカーボネートの固体の光弾性定数は、71ブリュースターであり、4,4’-ヒドロキシテトラフェニルメタンのみを用いたポリカーボネートの固体の光弾性定数は22ブリュースターであった。また共重合体をの粘度平均分子量は35000であった。次に、この共重合体を塩化メチレンに溶解し、固形分20%のワニスとし、流延法により厚さ70μmのフィルムを作製した。さらにこのフィルムをテンター式延伸機にて、165℃に加熱し、1.2倍に一軸延伸を行った。
【0011】得られたフィルムの光学特性を評価したところ、リタデーションは370nmであり、リタデーションの角度依存性は、入射角45度において、増相方向と減相方向の平均で9%の変化率であった。この値は、比較例1の現行品に比し、数段改良されており、液晶セルに装着し、白黒表示パネルとして使用してみたところ、広い視野角で表示特性が向上し、使い易く、疲労感の少ないものであった。
【0012】(実施例2)ビスフェノールAと、2,2’-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパンとを重量比で70:30となるようなポリカーボネート共重合体を製造した。この場合、2,2’-ビス(3-シクロヘキシル-4-ヒドロキシフェニル)プロパンのみを用いたポリカーボネートの固体での光弾性定数は、29ブリュースターであった。次に、実施例1と同様な方法にて、80μm厚のフィルムを作製し、テンター式延伸機にて、160℃、1.2倍に一軸延伸を行った。このようにして得られた位相差フィルムの光学特性を評価したところ、リタデーションは410nmであり、リタデーションの角度依存性は、入射角45度の傾斜で、増相方向と減相方向を平均した値で7%であり、広い視野角を示した。
【0013】(比較例)粘度平均分子量70000のビスフェノールAのみを用いたポリカーボネートを用いて、実施例1と同様な方法により、90μmのフィルムを作製した。次に、テンター式延伸機にて、170℃、1.2倍の条件で一軸延伸を行った。得られた位相差フィルムの光学特性を評価したところ、リタデーションは450nmであり、リタデーションの角度依存性は、入射角45度で増相方向及び減相方向の平均で25%であった。この位相差フィルムを液晶パネルに装着したところ、視野がかなり狭く、容易に視野の反転を生じ、表示性が悪く、使用者の視角が制限され、疲労を感じさせるものであった。
【0014】
【発明の効果】本発明の位相差フィルムを用いることにより、大きな視角の変化に対しても、着色による白黒表示の色調の変化を最小限にとどめ、STN液晶表示素子の視野特性を改良し、表示特性の改善を図ることができる。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-03-17 
出願番号 特願平4-343671
審決分類 P 1 651・ 113- YA (G02B)
P 1 651・ 531- YA (G02B)
P 1 651・ 161- YA (G02B)
P 1 651・ 121- YA (G02B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 吉野 公夫  
特許庁審判長 矢沢 清純
特許庁審判官 阿久津 弘
伏見 隆夫
登録日 2002-05-31 
登録番号 特許第3312937号(P3312937)
権利者 住友ベークライト株式会社 出光興産株式会社
発明の名称 位相差フィルム  
代理人 大島 正孝  

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