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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 4項4号特許請求の範囲における明りょうでない記載の釈明 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1099356
審判番号 不服2003-21408  
総通号数 56 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2003-07-15 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-11-05 
確定日 2004-07-01 
事件の表示 特願2002-326296「液体噴射記録装置、サーマルインクジェット記録ヘッド及び微粒子含有液体噴射装置」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 7月15日出願公開、特開2003-200575〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は平成11年4月12日に出願した(優先権主張平成10年7月21日(以下「本件優先日」という。)及び同年11月18日)特願平11-104494号の分割出願として平成14年11月11日に出願(優先権主張特願平11-104494号に同じ)したものであって、平成15年9月29日付けで拒絶の査定がされたため、これを不服として同年11月5日付けで本件審判請求がされるとともに、同月20日付けで明細書についての手続補正(平成14年改正前特許法17条の2第1項3号の規定に基づく手続補正であり、以下「本件補正」という。)がされたものである。

第2 補正の却下の決定
[結論]
平成15年11月20日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正事項
本件補正は、次の補正事項1及び補正事項2を含む。
(1)補正事項1
補正前請求項1の「液体にその大きさがDpである微粒子を分散させて記録液体とし、該記録液体を」を「大きさがDpである微粒子を含有するとともに、該微粒子の含有率を2〜10重量%とし、該微粒子を含む固形分の量を15重量%以下とした微粒子分散型記録液体を」と補正する。

(2)補正事項2
補正前請求項1の「該吐出口はФ25μm以下である」を「該吐出口はФ25μm以下、もしくは開口部面積が500μm2未満である」と補正する。

2.補正目的
(1)補正事項1について
微粒子の含有率の下限を2重量%とすることを除けば、補正前請求項1に係る発明の「記録液体」を限定し、かつ産業上の利用分野及び解決しようとする課題(目詰まり防止)を変更するものではないから、平成14年改正前特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものと認める。
しかし、微粒子の含有率の下限を2重量%とすることは、補正前請求項1に係る発明の課題である目詰まり防止とは関係がなく、「顔料含有量が1重量%の場合は目詰まりの心配はないが、このインクだけで使用する場合は濃度が低くて実用的ではない。ただし、複数の種類のいわゆる濃淡インクを用いる記録装置の淡いインクとして好適に使用できる。また、このインクだけで使用する場合であっても、染料を添加して濃度不足分を補うことは可能である。」(本願明細書段落【0094】)との記載からみて、淡いインクとしての使用及び染料を添加しての使用を除外することを課題に追加するものである。
そうすると、補正事項1全体としては、「記録液体」の限定ではあるが、補正前後の請求項1に係る発明の課題が同一であるとはいえないから、平成14年改正前特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものには当たらない。
補正事項1が、「請求項の削除」、「誤記の訂正」又は「明りようでない記載の釈明」の何れをも目的としないことは明らかである。

(2)補正事項2について
補正事項2が、「請求項の削除」又は「誤記の訂正」の何れをも目的としないことは明らかである。
補正前請求項1においては、Ф25μm以下であることが吐出口の要件とされていたところ、本件補正後請求項1では、そうでなくとも開口部面積が500μm2未満であればよいことになるから、補正事項2が特許請求の範囲の減縮を目的とするものでないことも明らかである。
そこで、補正事項2が「明りようでない記載の釈明」を目的とするものかどうか検討する。本件補正前後を通じて、本願明細書には「Φ25μm以下、面積でいうと500μm2未満」(段落【0014】,段落【0126】,段落【0127】)、及び「吐出口径がΦ25μm以下(面積でいうならば500μm2未満)」(段落【0078】)との各記載があり、Φ25μm以下であることと開口部面積が500μm2未満であることを同視した表現が随所に見られるほか、「吐出口の形状が丸ではなく矩形、台形等の場合であっても、本発明は好適に適用される。その場合はΦ25μm以下は面積相当で約500μm2未満であり、本発明は丸以外の形状であってもその面積が約500μm2未満であるような吐出口のものに適用される。」(段落【0140】)及び「実験では、吐出口が丸いもので行っているが、他の形状(多角形)の場合は、その面積比で換算した範囲内にすればよい。」(段落【0090】)との記載もみられる。開口部面積が500μm2に相当する開口径が約25.2μmであることを考慮すると、本件補正前の「25μm以下」とは有効数字2桁の意味であって、開口が円形のものだけでなく、多角形等であっても面積が500μm2未満のもの(同一面積の円直径換算値が有効数字2桁で25μm以下となる。)を含む趣旨に解することができ、そのことを明らかにした意味において、「明りようでない記載の釈明」を目的とすると見る余地はある。
しかし、平成14年改正前特許法17条の2第4項4号は、「明りようでない記載の釈明」を目的とする補正を無条件に許しているのではなく、「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。」との条件を付している。そして、補正事項1に係る補正前の記載が明りょうでない旨の拒絶理由は通知されていない。
したがって、補正事項2が「明りようでない記載の釈明」を目的とするとしても、平成14年改正前特許法17条の2第4項4号の規定には該当しない。

(3)補正目的についての結論
以上のとおりであるから、補正事項1,2を含む本件補正は、平成14年改正前特許法17条の2第4項の規定に違反している。

3.独立特許要件
(1)補正発明の認定
補正事項1のうち、微粒子の含有率の下限を2重量%とすること以外は、平成14年改正前特許法17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであるから、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるかどうか検討する。以下では、「発明を特定するための事項」という意味で「構成」との用語を用いることがある。
補正発明は、本件補正により補正された明細書(以下「補正明細書」という。)及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「大きさがDpである微粒子を含有するとともに、該微粒子の含有率を2〜10重量%とし、該微粒子を含む固形分の量を15重量%以下とした微粒子分散型記録液体を微細な吐出口から吐出させ、被記録体に付着させて記録を行う液体噴射記録装置において、前記吐出口は、流路の端部がそのまま吐出口となっているもしくは流路の端部に別途吐出口部を形成した吐出口であり、かつ、該吐出口はΦ25μm以下、もしくは開口部面積が500μm2未満であるとともに、その奥行き部分の距離tを有する吐出口であるとき、Dp/t≦0.01としたことを特徴とする液体噴射記録装置。」

(2)引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された特開平10-130558号公報(以下「引用例」という。)には、以下のア〜クの記載が図示とともにある。
ア.「複数の色のインクタンクと、複数の色のインクを噴射するノズルを有する印字ヘッドとを備え、各インクタンクは、少なくとも水と顔料と分散剤とを含み、顔料粒子の平均粒径が0.1μm以下であり、分散剤の顔料に対する重量比率が1.2〜5倍である水性顔料系インクを含み、前記印字ヘッドのノズルのノズル径は、顔料の色に応じて20μm〜50μmの範囲内で変えられていることを特徴とするインクジェットプリンタ。」(【請求項5】)
イ.「近年は、染料系のインクに代えて、顔料系のインクを用いることが提案されている。顔料系のインクをインクジェットプリンタで用いる場合には、顔料系のインクに特定の添加材を含ませたり、或いは顔料系のインクを特定の組成とすることにより分散安定性を向上させることが提案されている。即ち、顔料系のインクでは本来顔料が水との親和性に劣るため、顔料成分がインク液内で凝縮や沈降を生じるのであるが、上記のような添加材を含有させたり特定組成とすることにより凝縮や沈降を抑制することができるのである。」(段落【0003】)
ウ.「本発明の目的は、インクジェットプリンタにおける駆動条件の変動や長期間の使用に際しても、目詰まり等がなく常時安定した吐出を行うことのできる水性顔料系インク及びインクジェットプリンタを提供することである。」(段落【0009】)
エ.「図1及び図2は、本発明の実施例による多色印字用インクジェットプリンタの印字ヘッド10を示す斜視図である。印字ヘッド10は、ブラック用ノズル12B、シアン用ノズル12C、マゼンタ用ノズル12M、イエロー用ノズル12Y、並びに、インクタンク16B、16C、16M、16Yを含む。これらのノズルはノズルプレートとして形成されることができる。印字ヘッド10は図示しないキャリアに支持されて矢印Pの方向に移動可能であり、各色の複数のノズル12B、12C、12M、12Yは移動方向Pと垂直な方向に列状に配列されている。」(段落【0019】)
オ.「イエローのようにインクの顔料の粒子径が20nmと小さいものは、イエローのノズル12Yのノズル径は20μm程度と小さくする。ブラックの顔料の粒子径も20nm程度であるので、ブラックのノズル12Bのノズル径も20μm程度とする。また、シアンやマゼンタのように、インクの顔料の粒子径が35〜36nmと大きいものは、シアンやマゼンタのノズル12C、20Mのノズル径を50μm程度と大きくする。これにより、ノズルから噴出されるインク飛翔の液滴径(液滴の体積)を、顔料の粒子径の大きい小さいに係わらず、概ね一定とすることができる。」(段落【0022】)
カ.「各色の顔料インク、イエロー(インク粒径20nm)、マゼンタ(インク粒径35nm)、シアン(インク粒径36nm)、ブラック(インク粒径21nm)について、ノズル径を15μm、20μm、40μm、50μm、60μmと変化させた。」(段落【0034】)
キ.イエロー粒径20nm,マゼンタ粒径35nm,シアン粒径36nm及びブラック粒径21nmの時、ノズル径が15μmであれば各色のインク滴体積が順に35pl,15pl,15pl及び30plとなること、ノズル径が20μmであれば各色のインク滴体積が順に43pl,19pl,18pl及び41plとなること、ノズル径が40μmであれば各色のインク滴体積が順に57pl,33pl,31pl及び55plとなること、ノズル径が50μmであれば各色のインク滴体積が順に69pl,45pl,44pl及び67plとなること、並びにノズル径が60μmであれば各色のインク滴体積が順に81pl,63pl,62pl及び79plとなることが記載されている。(段落【0035】【表2】)
ク.「好ましいインク液滴の量(体積)は例えば40pl〜60plの範囲である。したがって、表2の選択の範囲内では、イエローはノズル径が20μm又は40μm、マゼンタはノズル径が50μm、シアンはノズル径が50μm、ブラックはノズル径が20μm又は40μmとするのが適当である。」(段落【0036】)

(3)引用例記載の発明の認定
記載ア〜クを含む引用例の全記載及び図示によれば、好ましいインク液滴の量を40pl〜60plの範囲とした発明として、引用例には次の発明が記載されていると認定できる。
「イエロー,マゼンタ,シアン及びブラックの顔料系インクタンクと、これら複数色のインクを噴射するノズルをノズルプレートとして形成した印字ヘッドとを備え、各顔料系インクタンクは分散剤の顔料に対する重量比率が1.2〜5倍である水性顔料系インクを含み、各顔料系インクは、イエロー顔料粒径を20nm,マゼンタ顔料粒径を35nm,シアン顔料粒径を36nm、ブラック顔料粒径を21nmとし、イエローノズル径及びブラックノズル径を20nmとし、マゼンタノズル径及びシアンノズル径を50nmとしたインクジェットプリンタ。」(以下「引用例発明」という。)

(4)補正発明と引用例発明との一致点及び相違点の認定
補正発明の「微粒子」は「顔料微粒子」であってもよく、及び引用例発明の各顔料が「粒径」との概念を備える以上、微粒子の形態をしていることは明らかであり、引用例発明の各「顔料インク」は本願発明の「微粒子分散型記録液体」に相当する。
引用例発明において「ノズルをノズルプレートとして形成した」ことは、補正発明において「流路の端部に別途吐出口部を形成した」ことと同一であり、引用例発明の「ノズル」及び「ノズルプレート」は補正発明の「微細な吐出口」及び「吐出口部」にそれぞれ相当する。
引用例発明の「インクジェットプリンタ」が「微粒子分散型記録液体を微細な吐出口から吐出させ、被記録体に付着させて記録を行う液体噴射記録装置」といえることはいうまでもない。
したがって、補正発明と引用例発明とは、「微粒子分散型記録液体を微細な吐出口から吐出させ、被記録体に付着させて記録を行う液体噴射記録装置。」である点で一致し、以下の各点で相違する。
〈相違点1〉補正発明が「微粒子の含有率を2〜10重量%とし、該微粒子を含む固形分の量を15重量%以下とした」のに対し、引用例発明では「分散剤の顔料に対する重量比率が1.2〜5倍である」ものの、微粒子の含有率及び微粒子を含む固形分の量がどの程度であるかは明らかでない点。
〈相違点2〉吐出口の大きさにつき、補正発明が「Φ25μm以下、もしくは開口部面積が500μm2未満」とするのに対し、引用例発明ではイエローノズル径及びブラックノズル径は25μm以下(開口部面積が500μm2未満)の20nmであるものの、マゼンタノズル径及びシアンノズル径は25μmを超える(開口部面積が500μm2を超える)50nmである点。
〈相違点3〉微粒子の大きさDpと吐出口の奥行き部分の距離tの関係につき、補正発明が「Dp/t≦0.01」とするのに対し、引用例発明ではその点明らかでない点。

(5)相違点についての判断
〈相違点1について〉
補正明細書によれば、相違点1に係る補正発明の構成のうち、微粒子(顔料)の含有率の下限を2重量%とすることの技術的意義は、淡いインクとしてではなく、また染料を添加せずに使用できる実用的インクとしての濃度下限から定めたことにある(段落【0094】参照)。引用例発明の4色のインクが淡いインクとして使用するものでも、染料を添加して使用するものでもないことは明らかである。そうであれば、実用的な濃度下限以上の濃度値を選択し、微粒子含有率を2重量%と以上とすることは設計事項というよりない。
相違点1に係る補正発明の構成のうち、微粒子(顔料)の含有率の上限を10重量%とし、微粒子を含む固形分の量の上限を15重量%としたことの技術的意義は、これら上限値を超えると、目詰まりが生ずるという実験結果に基づくものである(段落【0092】及び【表5】参照)。しかし、引用例発明は「目詰まり等がなく常時安定した吐出を行うことのできる水性顔料系インク及びインクジェットプリンタを提供すること」(記載ウ)を目的としてなされた発明である。当然、各顔料インク作成後に実験をし、目詰まりが生ずるかどうかの確認をしているものと解さなければならない。これら上限値を超えれば目詰まりが生ずるというのが事実であるとすれば、引用例発明はこれら上限値を超えていないはずである。これら上限値を超えれば目詰まりが生ずるというのが誤りであるとすれば、これら上限値を越えないことに技術的意義はない。いずれにしても、上限値の点については、実質的相違といえないか、それとも設計事項であるかのどちらかである。

〈相違点2について〉
引用例発明はイエロー,マゼンタ,シアン及びブラックの4色印字ヘッドを備えたインクジェットプリンタであるが、ブラックのみ印字できるようなインクジェットプリンタは周知である。また、補正発明がブラックのみ印字できるような液体噴射記録装置を包含することは明らかである。そして、引用例発明を出発点として、ブラックのみ印字できるインクジェットプリンタを作成するに当たっては、引用例発明のブラック印字ヘッド及びブラック顔料インクの構成をそのまま踏襲するのが最も自然であり、少なくともそうすることには何の困難性もない。
そして、引用例発明のブラックノズル径は25μm以下(開口部面積が500μm2未満)であるから、これを採用して相違点2に係る補正発明の構成をなすことは当業者にとって想到容易である。

〈相違点3について〉
まず、補正発明の吐出口の奥行き部分の距離tが何であるか、請求項1記載の文言のみからは明らかでないので、補正明細書の発明の詳細な説明を参酌する。
発明の詳細な説明には、次のア及びイの記載がある(これら記載は出願当初から補正されていない。)
ア.「吐出口の大きさと顔料粒子の大きさに着目し、・・・顔料粒子径を変えたインクを調合し、吐出口の大きさがわかっているインクジェット記録ヘッドを使用し、・・・吐出口の目詰まりの有無を調べた。・・・使用したヘッドは、図1に示したような構成の熱エネルギーを使用するインクジェット記録方式のヘッドである。但し、図1に示したヘッドは、流路の先端がそのまま吐出口になっているものを示したが、実験に使用したものは、図3に示すように、この先端に流路の配列密度4と同じ配列密度で形成したノズル21を有するノズル板20を設けたものである(図3(A)はノズル板20を取り付ける前の斜視図、図3(B)は取り付けた後の斜視図である)。・・・ノズル板の厚さは、全て40μmとした。」(段落【0080】〜段落【0081】)
イ.「本発明は、この点に鑑み、吐出口の各ディメンション,形状,性状と顔料粒子の大きさに着目し、・・・顔料粒子径を変えたインクを調合し、各ディメンション,形状,性状がわかっているインクジェット記録ヘッドを使用し、・・・吐出口の目詰まりの有無を調べた。・・・使用したヘッドは、図1に示したような構成の熱エネルギーを使用するインクジェット記録方式のヘッドである。ただし図1に示したヘッドは、流路の先端がそのまま吐出口になっているものを示したが、実験に使用したものは、図3に示すように、この先端に流路の配列密度と同じ配列密度で形成したノズル21を有するノズル板20を設けたものである。・・・記録ヘッドは吐出口径をΦ25μmとし、吐出口部の厚さ(吐出口部の奥行き部分の距離)を変えた3種類のヘッド(H1〜H3)を用意した(それぞれ吐出口部の厚さを、t=40μm(H1),50μm(H2),60μm(H3)とした)。」(段落【0108】〜段落【0109】)
これら記載ア,イはいずれも、図1に示したようなインクジェット記録方式のヘッドにノズル板20を設けて目詰まり実験をした旨の記載であり、記載アには「ノズル板の厚さは、全て40μm」とあるのに対して、記載イでは「吐出口部の厚さを、t=40μm(H1),50μm(H2),60μm(H3)とした」と、異なる表現がされているけれども、「ノズル板の厚さ」と「吐出口部の厚さ」を異なる意味に理解することはできず、記載イには「吐出口部の厚さ」と「吐出口部の奥行き部分の距離」が同義である旨の記載もある。すなわち、目詰まりに関係すると請求人が認識する3つのパラメータである、吐出口の大きさ、顔料粒子の大きさ及び吐出口の奥行き部分の距離のうち、吐出口の奥行き部分の距離を40μmとして他の2つのパラメータの関係を調べたのが記載アの実験であり、吐出口の大きさをΦ25μmとして他の2つのパラメータの関係を調べたのが記載イの実験であると理解しなければならない。
そうすると、「流路の端部がそのまま吐出口となっている」場合の「奥行き部分の距離t」がいかなる意味であるかは別として、「流路の端部に別途吐出口部を形成した」場合にはその「吐出口部」の厚さを「奥行き部分の距離t」と解さなければならないから、引用例発明においてこの「奥行き部分の距離t」に相当するのは、「ノズルプレート」の厚さである。補正明細書の「本発明でいうところの吐出口の奥行き部分の距離(ノズル厚さ)tとは、実質的にノズルを構成する部分の距離,厚さを意味する。」(段落【0117】)との記載も上記解釈と矛盾しない。
引用例発明を出発点として、ブラック印字ヘッド及びブラック顔料インクの構成をそのまま踏襲してブラックのみ印字できるインクジェットプリンタを作成することが容易であることは前示のとおりである。引用例発明におけるブラック顔料の粒径は21nmであるから、ノズルプレートの厚さが2.1μm以上であれば、「Dp/t≦0.01」を満たすことになる。
原査定の拒絶の理由に引用された特開平2-188254号公報は、発明の名称を「吐出口プレート及び該吐出口プレートを有するインクジェット記録ヘッド」とする公開公報であって、「板部材の厚さをt、微細孔の径をdとしたと時に、・・・t/d<0.8であれば・・・板部材の厚さも16〜40μm以下と、かなり薄くする必要が生じる。そのような薄い板部材の場合、板部材の成形に精度が要求される、また搬送時等に吐出口プレートが折れたりする可能性も高いため、その取り扱いがむずかしいなどの問題が生じることもある。」(2頁右上欄14行〜左下欄7行)及び「本発明の吐出口プレートは・・・吐出口の直径dを20〜50μmとした場合でも、吐出口プレートの厚さtを50〜125μm程度まで厚くしても良好なプレス加工が行なえる。」(4頁左上欄11〜15行)と記載されている。ここに記載の「吐出口プレート」が補正発明の「吐出口部」及び引用例発明の「ノズルプレート」と同義であることは自明であり、その厚さにつき2.1μmよりも相当程度大きい「16〜40μm以下」であっても、成形精度や搬送時の取り扱い困難性等の点から避けるべき厚さとされている。そうであれば、引用例発明のノズルプレートの厚さが2.1μm未満である蓋然性は著しく低いといわなければならず、少なくとも同厚さを2.1μm以上として、相違点3に係る補正発明の構成をなすことは設計事項である。

請求人は、「この記載(審決注;引用例の記載)からわかることは、単にインク処方をこのようにすればよい(有機顔料の平均粒径をこの範囲にすればよい)というだけであり、本発明のようにノズルの奥行き部分の距離との関係を最適化するというようにハードと組み合わせて、目詰まりという技術課題を解決するという発想は全くありません。
つまり、インク材料一般論としてのインク処方(の一部)を開示しているだけであります。そこには、後述の引用例2(審決注;特開平2-188254号公報)と組み合わせて目詰まりという技術課題を解決するという発想は全くありません。」(平成15年11月20日付け手続補正書(方式)3頁43〜49行)と主張しており、この主張はノズルの奥行き部分の距離との関係を最適化することが目詰まりという技術課題を解決する上で有用であることを前提とする主張である。
しかし、補正明細書の上記記載イに従いtを40μm,50μm及び60μmと変えた実験結果が、【表6】〜【表8】(段落【0114】〜段落【0116】)に示されているところ、これら3つの表では、インクR1〜R16及びR18〜R20についての評価が完全に一致しており、わずかに部分閉塞となったインクR17についての全吐出口数128に対する目詰まり吐出口数が、t=40μmでは30個、t=50μmでは36個及びt=60μmでは48個となったことだけが、tの変化による実験結果の相違として捉えられるだけである。補正明細書には「以上の結果より、顔料粒径Dpと吐出口の奥行き部分の距離(ノズル厚さ)tとは、Dp/t≦0.01の関係を満足するようにすれば目詰まりのない安定したインク噴射が得られることがわかる。」(段落【0117】)と記載があるけれども、tが40μm〜60μmの範囲(わずか1.5倍の範囲である。)では、目詰まり無しの評価が与えられたR16(顔料粒径0.4μm)までが、偶々Dp/t≦0.01という不等式範囲に入るだけであって、R16よりも細かい顔料インクであれば、補正明細書の上記記載アに従った実験結果からわかるように、Dpと吐出口サイズの関係が適正であったため、目詰まりを起こさなかっただけとも考えられる。加えて、Dp/t≦0.01との不等式は、tを大きくすればするほど成立しやすい不等式であるが、前示R16の実験結果によれば、tが大きいほど目詰まり口数は多くなっているから、tを大きくすればするほど成立しやすい不等式範囲とすることが目詰まり防止の上で有用であるとの推論が成立する余地はない。
そればかりか、ノズルの奥行き部分の距離との関係を最適化することが目詰まりという技術課題を解決する上で有用であると仮にしても、引用例発明も目詰まりという技術課題を解決した発明である以上、ノズルプレートの厚さが本件優先日当時に常識とされていた値と大きく乖離していない限り、数値限定による進歩性など生じる余地は全くない。
以上のとおりであるから、請求人の上記主張は到底採用できない。

(6)補正発明の独立特許要件の判断
相違点1〜相違点3は、せいぜい設計事項程度であるか、当業者に採って想到容易な相違点でしかなく、これら相違点に係る補正発明の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、補正発明は引用例発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。すなわち、本件補正は平成15年改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反する。

[補正の却下の決定のむすび]
以上のとおりであるから、平成14年改正前特許法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により、補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本件審判請求についての当審の判断
1.本願発明の認定
平成15年11月20日付けの手続補正が却下されたから、本願の請求項1(以下「本願発明」という。)は、同年7月7日付けで補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲【請求項1】に記載された事項によって特定される次のものと認める。
「液体にその大きさがDpであるような微粒子を分散させて記録液体とし、該記録液体を微細な吐出口から吐出させ、被記録体に付着させて記録を行う液体噴射記録装置において、前記吐出口は、流路の端部がそのまま吐出口となっているもしくは流路の端部に別途吐出口部を形成した吐出口であり、かつ、該吐出口はΦ25μm以下であるとともに、その奥行き部分の距離tを有する吐出口であるとき、Dp/t≦0.01としたことを特徴とする液体噴射記録装置。」

2.本願発明の進歩性の判断
本願発明と引用例発明とは、「微粒子分散型記録液体を微細な開口から吐出させ、被記録体に付着させて記録を行う液体噴射記録装置。」である点で一致し、次の相違点2’及び相違点3(「補正発明」を「本願発明」と読み替える。)で相違する。
〈相違点2’〉吐出口の大きさにつき、補正発明が「Φ25μm以下」とするのに対し、引用例発明ではイエローノズル径及びブラックノズル径は25μm以下の20nmであるものの、マゼンタノズル径及びシアンノズル径は25μmを超える50nmである点。

相違点2’に係る本願発明の構成が設計事項であることは、補正発明についての相違点2の判断で述べたと同様であり、相違点3については、補正発明の独立特許要件で述べたと同様に想到容易である。また、これら相違点に係る本願発明の構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本願発明は引用例発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本件補正は却下されなければならず、本願発明が特許を受けることができない以上、本願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-04-27 
結審通知日 2004-05-06 
審決日 2004-05-18 
出願番号 特願2002-326296(P2002-326296)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 572- Z (B41J)
P 1 8・ 574- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 桐畑 幸▲廣▼  
特許庁審判長 砂川 克
特許庁審判官 津田 俊明
清水 康司
発明の名称 液体噴射記録装置、サーマルインクジェット記録ヘッド及び微粒子含有液体噴射装置  
代理人 高野 明近  

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