• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) F16F
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効とする。(申立て全部成立) F16F
管理番号 1101986
審判番号 無効2001-35340  
総通号数 58 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1990-09-12 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-08-02 
確定日 2004-08-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第3162057号「内燃機関のフライホイール」の特許無効審判事件についてされた平成14年6月7日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成14年(行ケ)第361号、平成15年12月25日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3162057号の請求項1に係る特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許特許第3162057号についての手続の経緯は、概略次のとおりである。
(1)平成 元年 2月28日 特許出願(特願平1-48816号)
(2)平成 8年10月 3日 拒絶査定
(3)平成 8年12月 4日 査定不服審判請求(審判8-20277号)
(4)平成10年12月 8日 審判8-20277号の審決
(請求は成り立たない旨)
(5)平成11年 2月 9日 高裁出訴(平成11年(行ケ)第33号)
(6)平成11年10月28日 平成11年(行ケ)第33号判決言渡
(審決取消-差戻し)
(7)平成13年 1月16日 差戻し後の審判8-20277号の審決
(原査定を取り消す旨)
(8)平成13年 2月23日 特許権の設定登録(特許第3162057号)
(9)平成13年 8月 2日 無効審判請求(無効2001-35340号)
(10)平成13年10月25日 答弁書提出(被請求人)
(11)平成14年 2月 8日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
(12)平成14年 2月20日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
(13)平成14年 2月28日 第1回口頭審理
(14)平成14年 3月11日 口頭審理における求釈明の回答(請求人)
(15)平成14年 3月12日 口頭審理における求釈明の回答(被請求人)
(16)平成14年 6月 7日 無効2001-35340号の審決
(請求は成り立たない旨)
(17)平成14年 7月15日 高裁出訴(平成14年(行ケ)第361号)
(18)平成15年12月25日 平成14年(行ケ)第361号判決言渡
(審決取消-差戻し)

2.本件特許発明
本件特許に係る発明(以下、「本件特許発明」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項1】
クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と、この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイールにおいて、
前記弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとしたことを特徴とする内燃機関のフライホイール。」

3.請求人の主張
請求人は、下記甲第1号証ないし甲第9号証を提出し、審判請求書及び上記の書面(口頭審理陳述要領書、回答書)及び口頭審理において、本件特許が特許法第123条の規定により無効とされるべき理由として、概ね次のように主張している。

(1)無効理由1
本件特許発明は、甲第5号証に記載された発明であるので特許法第29条第1項3号に該当し、特許を受けることができないものである。

(2)無効理由2
本件特許発明は、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
より具体的には、
(2-1)甲第1号証記載の発明に、甲第2乃至4号証に記載の課題を適用
(2-2)甲第5号証記載の発明に、甲第2乃至4号証に記載の課題を適用
(2-3)甲第1乃至5号証に記載されたような周知の「フライホイール」に、甲第2乃至4号証に記載の課題を適用
することによって、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)無効理由3
本件特許発明は、本件特許の出願日前の出願に係り、本件特許出願の日後に公開された甲第6号証に記載されたものであるから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである。

〔証拠方法〕
・甲第1号証:実願昭62-105269号(実開昭64-11453号)
のマイクロフィルム
・甲第2号証:実願昭62-81237号(実開昭63-190639号)
のマイクロフィルム
・甲第3号証:実公昭58-3944号公報
・甲第4号証:特公昭57-58542号公報
・甲第5号証:実願昭57-49160号(実開昭58-151734号)
のマイクロフィルム
・甲第6号証:実願昭63-63320号(実開平1-165832号)
・甲第7号証:自動車工学便覧<第2分冊>抜粋(1974)
・甲第8号証:平成11年(行ケ)第33号審決取消訴訟高裁判決書
・甲第9号証:本件特許公報
(なお、甲第2及び5号証については請求人の表記とは異なるが、提出された証拠からみて、実質的に上記のものであると認める。)

4.被請求人の反論
被請求人は、上記無効理由1〜3に対し、上記書面(答弁書、陳述要領書及び回答書)及び口頭審理において、概略次のように反論している。
本件特許発明は、
(i)甲第5号証に記載されたものではない。
(ii)甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(iii)甲第6号証に記載された発明と同一ではない。
から、本件特許は、無効とされるべきものではない。

5.甲号各証の記載内容
上記無効理由1〜3の根拠として挙げられた甲第1〜6号証には、以下の内容の技術が開示されている。

(1)甲第1号証
内燃機関のフライホィール装置に関し、図面とともに次の記載がある。

[1-イ]「クランクシャフトの軸端部に連結された弾性円板と、該弾性円板と連結された慣性マス部と、からなる内燃機関のフライホィール装置において、前記慣性マス部のエンジン側端面と前記クランクシャフトの軸端部面との間に、この間の両者の相対変位を規制する手段を設けたことを特徴とする内燃機関のフライホィール装置」(実用新案登録請求の範囲)

[1-ロ]「<従来の技術>
内燃機関に代表される容積型の原動機は、ガスタービン或いは電動機と異なりそのトルク発生は燃焼室内の爆発が間欠的であり、クランクシャフトの回転むらが生じ、常に機関振動の原因となる。
かかる回転むらを抑制するため、周知のようにクランクシャフト端部に鋳鉄或いは鋼製の慣性マス要するにフライホィールが取り付けられている。
即ち、フライホィールは、そのはずみ車としての機能によりエンジンからの運動エネルギの一部を蓄積し出力側の回転変動、トルク変動を緩和している。
しかし、このような構成では、第7図に示すように、フライホィール1がクランクシャフト3の一端に締結されており、クランクシャフト3を梁とし、重量物であるフライホィールを片持ちで支持しているので、最もフライホィール1に近い気筒での燃焼時に、矢印Aで示す燃焼圧力がクランクシャフト2に加わり、クランクシャフト2が点線で示す如く曲げ変形し、フライホィール1が矢印Bで示す面振れを起こす。更に、この変形は、フライホィール1をマスとし、クランクアームをばねとする振動系の共振となり、通常その共振の固有値が200〜400Hz間で振動する。又、この振動がエンジン本体から図示しないパワープラント、エンジンマウンティングを介して車体に伝播し、不快な騒音を発生するためエンジン運転時に車内騒音が発生するという問題を生じる。
このような問題点を解決すべく、フライホィールにクランクシャフト曲げ変形の影響が起きないように、弾性円板によってこの曲げ変形を吸収するようにしたフライホィール装置が従来知られている(実開昭58-151734号公報等参照)。
これは、第5図に示すように構成される。」(1頁16行〜3頁9行)

[1-ハ]「<考案が解決しようとする問題点>
しかしながら、このような従来の内燃機関のフライホィール装置にあっては、運転中にクラッチペダルを踏み込むと、上述のように、ウィズドロワルレバー7,スリーブ14及びレリーズベアリング6を介してダイヤフラムスプリング11を押し付ける力が作用する。この時には、上記押し付け力がダイヤフラムスプリング11からリベット13、クラッチカバー8を介してフライホィール1端面へと伝達され、第6図に示すように、フライホイール1を軸方向エンジン側へ変位させる。このため、クラッチを切断するたびにフライホィール1の弾性円板2にせん断応力、曲げ応力が作用するので、材質の疲れを早める等耐久性の面で問題があった。
そこで、本考案はこのような従来の問題点に着目してなされたもので、フライホィール装置の弾性円板に加わるせん断応力、曲げ応力を軽減することを目的とする。」(4頁15行〜5頁12行)

[1-ニ]「慣性マス部としてのフライホィール1のエンジン側端面には、ボルト4によって弾性円板2の周部が結合されている。この弾性円板2の中心部は、クランクシャフト3a端部とこの端部面に配される円板部材3bとの間に挟持され、ボルト5によって締付固定されている。フライホィール1の中心部には、薄肉のリング状板部1Aが一体に成形されている。
そして、フライホィール1のエンジン側端面とクランクシャフト3aの軸端部面との間に、即ち、前記リング状板部1A面と前記円板部材3b端面との間に、この間の両者の相対変位を規制する手段が設けられる。
即ち、本実施例においては、この相対変位を規制する手段として、フライホィール1のリング状板部1A面の中心孔1B周りからクラッチカバー8の取付ボルト15の取付ピッチ円と同心に軸方向に突出するストッパリング1aを採用する。」(6頁13行〜7頁10行)

上記摘記事項及び図面の記載からみて、甲第1号証には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が開示されているものと認める。

[甲1発明]
「クランクシャフト3aに連結された弾性円板2と、この弾性円板2に連結された慣性マス部とからなる内燃機関のフライホィール装置において、
フライホィール1にクランクシャフト3aの曲げ変形の影響が起きないように、前記慣性マス部のエンジン側端面と前記クランクシャフトの軸端部面との間に、この間の両者の相対変位を規制するストッパリングを設けてなるフライホィール装置」

(2)甲第2号証
内燃機関の動力伝達装置に関し、図面とともに次の記載がある。

[2-イ]「クランクシャフトに弾性部材を介して該クランクシャフトの軸に沿って移動自由に取り付けられたフライホイールと、前記クランクシャフトの軸と略同軸状に配設されたドライブシャフトと、該ドライブシャフトの軸に沿って移動自由に取り付けられ前記フライホイールのドライブシャフト側側壁と接離可能なクラッチ板と、前記フライホイールに取り付けられたクラッチカバと、該クラッチカバに支持され前記クラッチ板を前記フライホイール側壁に向けて押圧する押圧部材と、該押圧部材の押圧力を解除する操作部材と、を備えた内燃機関の動力伝達装置において、前記フライホイールのクランクシャフト側への移動を規制するストッパ部材を、前記フライホイールとの間に所定のクリアランスを持たせて設けたことを特徴とする内燃機関の動力伝達装置」(実用新案登録請求の範囲)
[2-ロ]「従来の内燃機関の動力伝達装置としては、第4図のようなものが知られている(実開昭59-52254号公報参照)。
………(中略)………
<考案が解決しようとする問題点>
しかしながら、このような従来の内燃機関の動力伝達装置においては、皿バネ8がフライホイール4に取り付けられたクラッチカバ7に支持され、かつ、フライホイール4がフレキシブルプレート2の剛性に応じてクランクシャフト1の軸に沿って自由に移動できるようになっているので、レリーズベアリング10により皿バネ8の内端を押圧・移動させて、クラッチ板6とフライホイール4との係合を解除しようとすると、この押圧力がクラッチカバ7及びフライホイール4を介してフレキシブルプレート2に伝達されて、フライホイール4がクランクシャフト1側に変位する。このため、この変位量分、レリーズベアリング10の移動量(以下、クラッチストロークという。)が第3図に示すように大きくなって、クラッチ切れ不良が発生したり、クラッチ操作の節度感が悪化するという不具合が生じる。
本考案はこのような従来の技術の問題点に着目してなされたもので、クラッチストロークを小さくして、クラッチ切れ不良等を防止する内燃機関の動力伝達装置を提供することを目的とする。」(2頁3行〜5頁4行)
[2-ハ]「<問題点を解決するための手段>
クランクシャフトに弾性部材を介して該クランクシャフトの軸方向に沿って移動自由にフライホイールを取り付ける一方、フライホイールのクランクシャフト側への移動を規制するストッパ部材を、フライホイールとの間に所定のクリアランスを持たせて設けた。」(5頁5〜11行)
[2-ニ]「<作用>
上記のような構成を採用したので、クラッチ解除時における皿バネの押圧力がフライホイールに作用しても、フライホイールのクランクシャフト側への変位量がストッパ部材により規制される。したがって、クラッチストロークを小さくすることができ、クラッチ切れ不良やクラッチ解除操作感の悪化を防止できる。」(5頁12〜19行)

上記摘記記載からみて、甲第2号証には、内燃機関の動力伝達装置において、弾性部材の弾性力によりフライホイールをクランクシャフトの軸に沿って移動自由に支持した場合、クラッチストロークが大きくなって、クラッチ切れ不良が発生したり、クラッチ操作の節度感が悪化するという不具合が生じるという問題があるという課題、及び、その解決手段として、フライホイールのクランクシャフト側への移動を規制するストッパ部材を設けることが開示されているものと認める。

(3)甲第3号証
フライホイールに関し、図面とともに次の記載がある。
[3-イ]「この考案は捩り振動的には第4図で示すように一つの振動系をなす。ここで、慣性モーメントIA(慣性リング)、IB(クラッチ形成リング+クラッチ機構慣性モーメントなど)捩りばね、k(弾性部材による捩りばね定数)の値を適切に選択することによってエンジンの回転速度変動の伝達を低減できる。すなわち、慣性リングIAは回転方向にクランクシャフトと一体に(剛に)とりつけられ、通常用いられるフライホイールとまったく同様の機能を果す。したがって、これは大きければ大きい程クランクシャフトの回転速度変動そのものを低減させることができ、振動特性的に伝達力を低減せしめるというこの考案の機構上は主要なメンバではない。しかしながら、エンジンの回転そのものを滑らかにすることはもとより必要であり、それに要する慣性モーメントIAは取付けねばならないが、この取付けが回転軸直角方向の曲げ方向にも剛性が高い場合には、これの振動によってジャイロモーメントが誘起され、エンジン振動が発生する。そのため回転方向にのみ剛に結合することによって回転変速度変動を平滑化する機能を果たさせ、曲り方向には剛性を低下させることによって固有振動数を実用上問題とならない回転域まで低下させていることが特徴である。」(2頁4欄2〜26行)
[3-ロ]「なお、このように構成されたフライホイールにおいて第5図で示すようにクラッチの操作荷重Wが負荷される場合、弾性部材3の軸方向剛性が低いためクランクシャフト6に対しクラッチ機構が相対的に変化し、クラッチの切れなどに問題を起こすことがある。この場合、ハブ2に弾性部材3と間隔δを介して対向するストッパ18を設け、クラッチの操作荷重による変位を一定値以内に抑えることもできる。」(2頁4欄27〜35行)
[3-ハ]「この考案は以上説明したように、クランクシャフトに固着されるハブの外周に捩り振動低減機能を付与する弾性部材を介してクラッチ形成リングを固着して構成したフライホイール本体に回転方向には高剛性の結合デイスクを設け、この結合デイスクの外周縁に慣性リングを固定したから、共振周波数を実用回転以下に低下させることができ、ジャイロモーメントに起因するエンジン振動を低減することができるとともにエンジン特有な回転速度変動の伝達をともに低減することによって自動車車室内振動、騒音を低減することができる。」(2頁4欄36行〜3頁5欄2行)

上記摘記記載からみて、甲第3号証には、「弾性部材を、回転方向にのみ剛に結合することによって回転変速度変動を平滑化する機能を果たさせ、曲り方向には剛性を低下させることによって固有振動数を低下させたフライホイールにおいて、弾性部材の軸方向剛性が低いためクラッチ切れなどの問題を起こすことがある」という課題、及びその解決手段として「ハブ2に弾性部材3と間隔δを介して対向するストッパ18を設け」ることが開示されているものと認める。

(4)甲第4号証
自動車用動力伝達機構に関し、図面とともに次の記載がある。
[4-イ]「本発明の主目的は特に自動車用エンジンのクランク軸系の曲げ共振点を曲げ振動による騒音等の不具合発生速度域から外し、上記曲げ振動によるエンジンルーム内のこもり音や部品破壊等の発生を低減する自動車用動力伝達機構を提供することにある。」(1頁2欄13〜18行)
[4-ロ]「本発明の上記目的は、内燃機関のクランクシャフトとベアリングを介して変速機のメインドライブシャフトに枢支されクラッチを介して上記メインドライブシャフトに連結されるフライホイールとを回転方向の捩りに対しては実質的に剛結合となるように剛性が大である一方軸方向の曲げ剛性が小さい弾性板を介して連結したことを特徴とする自動車用動力伝達機構により達成されるものである。」(1頁2欄19〜27行)
[4-ハ]「第1図に示す本発明の第1実施例において、自動車用エンジンのクランクシャフト1の端面には弾性円板3が固着されており、同円板3は回転方向の捩りに対しては実質的に剛結合となるように剛性が大である一方軸方向の曲げ剛性は厚みを調整することにより小さな値に設定されている。」(1頁2欄32〜37行)
[4-ニ]「本実施例においては、弾性円板3に複数の円孔27が円周方向に間隔をおいて穿設されているが、これは弾性円板3の軸方向の曲げ剛性を設定値に近ずけるためのもので、弾性円板3に適当な大きさおよび個数の孔を適当位置に穿設することにより曲げ剛性が容易に調整される。」(2頁4欄32〜37行)
[4-ホ]「第2実施例においては、ジャイロモーメントによってフライホイール9が大きく傾動しようとすると、ガイドストッパプレート24により受け止められ極度の傾きが防止される。
この場合、ガイドストッパプレート24と弾性円板3との間隔が半径方向に向かって漸増するように構成されているため、両者は半径方向に向かって徐々に接触され、打音の発生、摩耗による破損等の不具合発生はない。
なお、上記ガイドストッパプレート24を設けたことにより弾性円板3の曲げ剛性を大きく低下させることが可能となり、充分にクランク軸系の固有曲げ振動数を下げることができるものである。」(2頁4欄38行〜3頁5欄6行)

(5)甲第5号証
フライホイールに関し、図面とともに次の記載がある。
[5-イ]「エンジンのフライホイールマスを所定の厚みをもって環状に形成し、このフライホイールマスを、円板状の相対的に低剛性な金属板により、クランクシャフトの後端にボルト結合したことを特徴とするフライホイール。」(実用新案登録請求の範囲)
[5-ロ]「この考案は自動車用のエンジンのフライホイールに関する。」(1頁11〜12行)
[5-ハ]「この従来のフライホイールは、通常リングギヤ4を除き、鋳物又は切削加工した鉄鋼からなる一体型構造であるため、クランクシャフト1の変形を直接的に増幅してトランスミッション側に伝達する傾向があり、とくにエンジン低回転で低周波のいわゆるこもり音を発生させる原因となっていた。」(2頁11〜17行)
[5-ニ]「第2図に示すように、フライホイールマス5は、所定の肉厚をもって環状に形成し、このフライホイールマス5の内周にフランジ部5aを形成する。
フレキシブルな材質からなる金属板6は、前記フライホイールマス5の内径又はこれより若干小さめの外径をもつ円板状に形成し、前記フランジ部5aのフランジ面5bにボルト7で締め付ける。
そして、この金属板6をクランクシャフト1の後端1aにボルト3で同軸的に締め付け固定する。」(3頁13行〜4頁1行)
[5-ホ]「このように構成したので、クランクシャフト1の回転力を金属板6を経てフライホイールマス5に伝達し、さらにクラッチディスク9などのクラッチ装置を介してトランスミッションに回転力を伝達する。
このとき、クランクシャフト1の曲げ変形が大きくなっても、金属板6がクランクシャフト1の回転変動に対して柔軟に対応して、曲げ変形を減衰吸収するので、フライホイールマス5には円滑な回転力となって駆動力が伝えられる。
このようにして、クランクシャフト1からの回転力は、フライホイールを介して滑らかにトランスミッションへ伝えられる。
したがって、クランクシャフト1の回転変動は、従来のようにトランスミッションに直接的に伝達されることがない。
この結果、トランスミッションの振動は低減され、同時に振動騒音も低下して、主としてエンジン低回転でのこもり音の発生を回避することができる。」(4頁9行〜5頁8行)
[5-ヘ]「以上のように本考案によれば、エンジンのフライホイールマスを環状に形成し、このフライホイールマスをフレキシブルな(比較的剛性の低い)金属板により、クランクシャフトの後端にボルト結合したため、クランクシャフトのピン系、ジャーナル系を縮小(軽量化)してクランクシャフトの回転変動が多少大きくなってもフレキシブルな金属板が曲げ変形を充分に減衰吸収してしまうので、トランスミッションへの振動伝播を遮断し、パワートレイン系の振動により発生する車体こもり音を確実に防止することができるのである。」(6頁11行〜7頁1行)

上記摘記事項及び図面の記載からみて、甲第5号証には次の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されているものと認める。

[甲5発明]
「クランクシャフト1に固定される回転方向の剛性が大きな金属板6(弾性板)と、この金属板6に固定されるフライホイールマス5(質量体)とからなる内燃機関のフライホイールにおいて、
金属板6をフレキシブルな(比較的剛性の低い)ものとしたフライホイール」

また、上記摘記記載からみて、甲第5号証には、「曲げ変形を減衰吸収させることによって、車体こもり音等を防止する」という課題が開示されているものと認める。

(6)甲第6号証
フライホイールに関し、図面とともに次の記載がある。
[6-イ]「クランクシャフトの一端部に結合した弾性変形可能な円板部と、この円板部の周縁部に固定したマス部とを備えたフライホイールにおいて、前記円板部に、クランクシャフトのジャーナル中心線と前記一端部に最も近いクランクピンの中心線とを含む平面に対してほぼ直交する方向に延長される突起を設けたことを特徴とするフライホイール」(実用新案登録請求の範囲)

[6-ロ]
「(産業上の利用分野)
この考案は自動車用エンジンのクランクシャフトに結合され、クランクシャフトの曲げ振動をも吸収可能なフライホイールに関する。」(1頁14〜17行)
[6-ハ]「(考案が解決しようとする課題)
ところで、このような従来のフライホイールにあっては、ホイールハブに適度な柔軟性を与えることによって良好な制振作用を発揮させうる反面、これによりフライホイール全体の剛性が低下するので、摩擦クラッチを操作するに当ってクラッチディスクをマスリングに押圧したり引離したりする際に、ホイールハブがクッション作用をしてクラッチ操作感を損ねてしまうという課題があった。
そこでこの考案は、クランクシャフトの曲げ振動を吸収するものでありながら、軸方向の剛性を高めてクラッチ操作感を向上させたフライホイールの提供を目的とする。」(4頁19行〜5頁12行)

[6-ニ]「(課題を解決するための手段)
前述した課題を解決するためにこの考案は、クランクシャフトの一端部に結合した弾性変形可能な円板部と、この円板部の周縁部に固定したマス部とを備えたフライホイールにおいて、前記円板部に、クランクシャフトのジャーナル中心線と前記一端部に最も近いクランクピンの中心線とを含む平面に対してほぼ直交する方向に延長される突起を設ける構成としたものである。」(5頁14行〜6頁2行)

[6-ホ]「(作用)
このような構成によれば、円板部が突起に沿って補強されるので、マス部がこの補強部のためにクラッチディスクと剛に対向することができ、かつ突起の延長方向が燃焼圧力のクランクシャフトに作用する方向と直交する方向となっているので、クランクシャフトの曲げ変形を吸収するための撓み運動は、突起による補強部によって妨げられることが防止される。」(6頁3〜11行)

[6-ヘ]「[考案の効果]
以上説明したようにこの考案のフライホイールは、クランクシャフト端部に発生する曲げ振動に対しては柔軟に対応してこの振動を吸収する一方、クランクシャフトの軸方向の力に対しては強固に対抗しうるので、フライホイールの面振れ振動を抑制しつつクラッチの操作感覚を良好に保持することができる。」(9頁10〜17行)

上記摘記事項及び図面の記載からみて、甲第6号証には次の発明(以下、「甲6発明」という。)が開示されているものと認める。

[甲6発明]
「クランクシャフトの一端部に結合した弾性変形可能な円板部と、この円板部の周縁部に固定したマス部とを備えた内燃機関のフライホイールにおいて、
前記円板部に、クランクシャフトのジャーナル中心線と前記一端部に最も近いクランクピンの中心線とを含む平面に対してほぼ直交する方向に延長される突起を設ける構成としたフライホイール」

6.判断
(1)裁判所の判断
上記無効理由について、高等裁判所は平成14年(行ケ)361号の判決において概略次のように判示している。
すなわち、
「本件発明と甲5発明との同一性の判断」(上記無効理由1)について、
「異なる課題から同一の発明の構成に至ることがあることは,論ずるまでもないことである。発明の課題が同一であることは,発明が同一であことの要件ではない。審決が本件発明と甲5発明とで発明の課題が同一でないことを両発明の同一性を否定する根拠の一つとして挙げたのは,明白な誤りである。」
「本件発明と甲5発明との相違点が,「本件発明においては,「フライホイールを構成する弾性板の軸方向剛性を600kg/mm〜2200kg/mmとした」ものであるのに対し甲5発明の「金属板6」は「比較的剛性の低い」ものであるものの,その値が明示されていない点」であることは,当事者間に争いがない。そうである以上,両発明間に同一性(実質的同一性)があるか否かは,甲5発明の金属板6の「比較的低い」とされている軸方向剛性が,本件発明の弾性板の軸方向剛性の数値範囲である600kg/mm〜2200kg/mmの範囲に含まれるか否か,によって決まる事柄であり,それ以外ではあり得ないのである。
本件発明及び甲2ないし甲6発明は,いずれも,クランクシャフトに固定される回転方向の剛性が大きな弾性板と,この弾性板に固定される質量体とからなる内燃機関のフライホイールにおいて,クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音を抑制するものであり,このようにして異音を抑制することが周知技術であることは明らかである。上記の周知のフライホイールにおいて,クランク軸系の曲げ振動に起因して生じる異音を低減させるには,クランク軸系の曲げ剛性を大幅に低下(又はなるべく大きく低下)させて,不具合発生時(異音発生時)の強制振動数(約200〜400c/s)より,なるべく大きく外すことが有効であるということは,周知の事項であると認められる(実公昭58-3944号(甲第4号証-注:本件甲第3号証)に記載された目的,効果及び第1図。特公昭57-58542号(甲第6号証-注:本件甲第4号証)の2頁3欄24行ないし34行参照)。甲第3,第4号証(注:本件甲第1,2号証)によれば,上記の周知のフライホイールにおける「弾性板の剛性の低さ」によって「クラッチ切れ不良」を生ずることも周知の事項であると認められる。
上記周知の事項によれば,弾性板の軸方向剛性の剛性が低いほど異音の抑制効果が大きいこと,下限の数値については,同じく周知事項である,剛性が低すぎるとクラッチ切れに悪い影響が生じるため,できれば大きい方が無難であることは,当然の帰結であるというべきである。本件発明における弾性板の軸方向剛性の数値である「600kg/mm〜2200kg/mmの剛性」は,その数値範囲の広さからみて,それが上記周知の事項から導き出すことのできない特別な数値範囲であると解すべき特別の事情が認められない限り,上記周知の事項から当然に導かれる数値範囲であると解するのが相当である。本件明細書(甲第8号証はその公報である。)中には,本件発明における弾性板の軸方向剛性の数値範囲が上記周知の事項から導き出すことのできない特別な数値であることをうかがわせるような記載はなく,本件全資料を検討しても,他に,上記特別の事情があることを認めるに足りる証拠はない。
本件発明における弾性板の軸方向剛性が上記のようなものである以上,当業者がフライホイールを製作する場合には,上記周知の事項に基づき,異音を発生させず,かつ,クラッチ切れ不良などの不具合を発生させないようにすることによって,結果として,少なくとも大部分の場合,上記数値範囲に含まれる剛性の弾性板を製作することになるものというべきである。
甲5発明の「比較的剛性が低い金属板」についても,少なくともその大半において,その剛性の範囲は,当然に「600kg/mm〜2000kg/mm」の範囲に入ることになる。
そうである以上,本件発明と甲5発明とは,実質的に同一である。両発明の同一性を否定した審決は誤りである。」
とし、さらに、
「甲2ないし4発明に基づく本件発明の容易想到性の判断」(上記無効理由2-3)について、
「弾性部材の軸方向剛性が低いことが原因でフライホイールに過度の変位が生じ,クラッチ切れなどの問題が起こることがある,との課題が,本件出願当時公知であったことは,審決も認定しているところである。
甲3刊行物(注:本件甲第2号証刊行物)についてこれをより具体的にみる。同刊行物には,次の記載がある。
(ア)「レリーズベアリング10により皿バネ8の内端を押圧・移動させて,クラッチ板6とフライホイール4との係合を解除しようとすると,この押圧力がクラッチカバ7及びフライホイール4を介してフレキシブルプレート2に伝達されて,フライホイール4がクランクシャフト1側に変位する。このため,この変位量分,レリーズベアリング10の移動量(以下,クラッチストロークという。)が第3図に示すように大きくなって,クラッチ切れ不良が発生したり,クラッチ操作の節度感が悪化するという不具合が生ずる。」(甲第3号証(注:本件甲第2号証)4頁9行〜20行)
(イ)「スペーサ20のクランクシャフト1側の外周縁部には,周溝20bが形成され,周溝20b内には,本考案のストッパ部材としてのCリング21が嵌挿されている。Cリング21は,フライホイール4の他側壁と所定のクリアランスをもって配設されている。」(同6頁13行〜18行)
(ウ)「かかる構成によれば,上述のように,クラッチ板とフライホイール4との係合を解除すべく,レリーズベアリング10をクランクシャフト1側に押圧・移動すると,この押圧力が,皿バネ8,クラッチカバ7及びフライホイール4を介してフレキシブルプレート2に伝達されて,フライホイール4がクランクシャフト1側に変位し,Cリング21に当接する(第3図中a点参照)。
そして,当接以降はCリング21によりフライホイール4の変位が抑制されて,第3図に示すように,クラッチストロークを従来例よりも小さくすることができる。このため,クラッチ切れ不良が防止できる。」(甲第3号証(注:本件甲第2号証)6頁下から2行〜7頁11行)
これらの記載によれば,甲3刊行物(注:本件甲第2号証刊行物)が問題としているフライホイールの変位は弾性板のたわみによって生じたものであり,これが,本件発明が問題としている事象と同一の現象であることは明らかである。」
「甲3刊行物(注:本件甲第2号証刊行物)におけるフライホイールはクランクシャフトにフレキシブルプレートを介して取り付けられた極めて単純な構造のものである。同刊行物におけるフライホイールの過度の変位によるクラッチ切れ不良がフレキシブルプレートの剛性不足によって生じることは機械設計に携わる通常の技術者であれば,容易に認識することができることが明らかである。」
「応力を受ける弾性部材の剛性が低いためフライホイールに過度の変位を生じクラッチ切れの問題を起こすことがある,との公知の課題に直面した当業者にとって,弾性部材の強度を,他の点で不都合が生じない範囲で,上げて変形を抑制しようとすることは,上記課題に対抗する方向の一つとして容易に考えることのできる事項であるというべきである。甲3発明(注:本件甲第2号証に記載された発明)においては,このようなフライホイールの過度の変位をストッパ部材(Cリング21)を設けることによって機械的に抑制するとの手段が開示されている。しかしながら,このような機械的手段が提示されているからといって,そのことは,他に手段は存在し得ない(あるいは,存在しにくい。)ということと結びつかない限り,他の手段を見いだそうとすることを妨げるものではない。そして,他に手段は存在しないことが示されていたことは,本件全資料によっても認めることができない。このような状況の下では,上記機械的手段に替えて,フレキシブルプレートが過度に変形しないように一定限度内で強度を増すという対策を取ることは,当業者の通常の創作力の発揮にすぎないものというべきである。特に,何らかの理由で,既に公知となっているストッパ部材による方法以外の方法を求めようとする必要が大きくなった場合には,極めて容易ともいってよいことである。」
としている。

(2)当審の判断
上記のとおり、本件無効審判における上記無効理由1及び上記無効理由2-3について、平成14(行ケ)361号判決において、東京高等裁判所は理由があるものと判示して審決を取り消しているのであり、当審はその判断に従わざるを得ないものであるから、本件特許発明は、当該理由により、特許法第29条第1項3号に該当し、また、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものと認める他ない。

7. むすび
以上のように、本件の請求項1に係る特許は特許法第29条第1項第3号及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項において準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2002-05-22 
結審通知日 2002-05-27 
審決日 2002-06-07 
出願番号 特願平1-48816
審決分類 P 1 112・ 113- Z (F16F)
P 1 112・ 121- Z (F16F)
最終処分 成立  
前審関与審査官 間中 耕治  
特許庁審判長 船越 巧子
特許庁審判官 前田 幸雄
村本 佳史
登録日 2001-02-23 
登録番号 特許第3162057号(P3162057)
発明の名称 内燃機関のフライホイール  
代理人 富岡 潔  
代理人 土井 清暢  
代理人 志賀 富士弥  
代理人 橋本 剛  
代理人 小林 博通  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ