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審決分類 |
審判 一部申し立て 2項進歩性 H01L 審判 一部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 H01L |
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管理番号 | 1105980 |
異議申立番号 | 異議2003-70551 |
総通号数 | 60 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 1995-08-04 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2003-02-28 |
確定日 | 2004-09-07 |
異議申立件数 | 1 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 特許第3320184号「圧電セラミックスの製造方法」の請求項1ないし4、7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3320184号の請求項1、2、5に係る特許を維持する。 |
理由 |
1.手続の経緯 特許第3320184号の請求項1ないし8に係る発明についての出願は、平成5年12月29日に特許出願され、平成14年6月21日にその発明について特許権の設定登録がされ、その後平成15年2月28日に、その特許について、特許異議申立人山科朱美子により特許異議の申立てがなされ、平成16年2月4日に取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成16年4月12日に訂正請求がなされ、平成16年6月23日に訂正拒絶理由通知がなされ、その指定期間内である平成16年7月26日に手続補正書が提出されたものである。 2.訂正の適否についての判断 2-1.訂正請求に対する補正の適否について 特許権者は、訂正請求書第2頁第27行ないし第3頁第10行記載の、6.請求の理由中、訂正事項h,i及びjを削除し、これに伴い訂正事項kを訂正事項hに繰り上げる補正をするものであり、当該訂正請求に対する補正は、訂正請求書の要旨を変更するものでなく、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第131条第2項の規定に適合する。 2-2.訂正の内容 訂正事項a 特許請求の範囲の請求項1を、「圧電セラミックスの分極処理工程において、Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する際に、少なくとも圧電セラミックスの温度がTc であるときに、圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.8 kV/mm以下となるように電流を流すことを特徴とする圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスの分極処理工程において、Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc +200℃以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する際に、少なくとも圧電セラミックスの温度がTc であるときに、圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.05〜0.8 kV/mm以下となるように電流を流すことを特徴とする圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項b 特許請求の範囲の請求項2,3を削除する。 訂正事項c 特許請求の範囲の請求項4を、「圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける請求項1〜3のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける請求項1の圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項d 特許請求の範囲の請求項5を、「圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降、定電流を流しながら冷却する請求項1〜4のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降、定電流を流しながら冷却する請求項1〜2のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項e 特許請求の範囲の請求項6を、「圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降の少なくとも一部において、圧電セラミックスに印加する電界強度を、Tc における電界強度以上の一定値に保ちながら冷却する請求項1〜5のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降の少なくとも一部において、圧電セラミックスに印加する電界強度を、Tc における電界強度以上の一定値に保ちながら冷却する請求項1〜3のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項f 特許請求の範囲の請求項7を、「圧電セラミックスが、チタン酸ジルコン酸鉛系またはチタン酸鉛系である請求項1〜6のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスが、チタン酸ジルコン酸鉛系またはチタン酸鉛系である請求項1〜4のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項g 特許請求の範囲の請求項8を、「圧電セラミックスのTc が280℃以上である請求項1〜7のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」から、 「圧電セラミックスのTc が280℃以上である請求項1〜5のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」と訂正する。 訂正事項h 特許請求の範囲の請求項4,5,6,7,8を、それぞれ請求項2,3,4,5,6に繰り上げる。 訂正事項i 明細書の段落【0010】を次のとおりに訂正する。 「【課題を解決するための手段】このような目的は、本件特許請求の範囲請求項1〜6の発明により達成される。」 訂正事項j 明細書の段落【0026】を、 「Tc 以上の温度まで昇温された圧電セラミックスの自発分極を揃えるためには、冷却の際、Tc となったときに、所定の電界が印加されるように電流を流していればよい。この場合、Tc のときだけに電流を流す構成としてもよいが、好ましくはTc +50℃以上、より好ましくはTc +100℃以上であるときから電流を流す。そして、Tc から室温まで冷却する際の熱的擾乱による分域のランダム化を防ぐために、圧電セラミックスの温度がTc 未満となってからも電界を印加し続けることが好ましく、特に、圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで電界を印加し続けることが好ましい。」から、 「Tc +200℃以上の温度まで昇温された圧電セラミックスの自発分極を揃えるためには、冷却の際、Tc となったときに、所定の電界が印加されるように電流を流していればよい。この場合、Tc のときだけに電流を流す構成としてもよいが、好ましくはTc +50℃以上、より好ましくはTc +100℃以上であるときから電流を流す。そして、Tc から室温まで冷却する際の熱的擾乱による分域のランダム化を防ぐために、圧電セラミックスの温度がTc 未満となってからも電界を印加し続けることが好ましく、特に、圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで電界を印加し続けることが好ましい。」と訂正する。 2-3.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否 訂正事項aについて 訂正事項aは、請求項1において、「Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107 Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc 以上の温度まで昇温した後」を「Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107 Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc +200℃以上の温度まで昇温した後」と訂正(以下、「訂正事項a-1」という。)し、「圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.8 kV/mm以下となるように電流を流す」を「圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.05〜0.8 kV/mm以下となるように電流を流す」とする訂正(以下、「訂正事項a-2」という。)である。 訂正事項a-1は、圧電セラミックスを昇温する温度である「Tc以上の温度」を、より狭い数値範囲に限定して「Tc+200℃以上の温度」と訂正するものであり、訂正事項a-2は、圧電セラミックスに印加される電界の強度の数値範囲である「0.8 kV/mm以下となるように」に、下限を限定して「0.05〜0.8 kV/mm以下となるように」と訂正するものであるから、訂正事項a-1及び訂正事項a-2は、いずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そして、本件訂正前の明細書の段落【0025】には、「圧電セラミックスの到達温度は、好ましくはTc +100℃以上、より好ましくはTc +200℃以上である。」と記載されており、本件訂正前の明細書の段落【0024】には、「Tc において圧電セラミックスに印加する電界の強度は、0.8 kV/mm以下、好ましくは0.5 kV/mm以下とし、また、好ましくは0.02 kV/mm以上、より好ましくは0.05 kV/mm以上とする。」と記載されているから、訂正事項a-1及び訂正事項a-2は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 したがって、訂正事項aは、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるとともに、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 訂正事項bについて 訂正事項bは請求項を削除する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 訂正事項cないしgについて 訂正事項cないしgは、請求項2,3の削除に伴い、請求項4ないし8のそれぞれが引用する請求項を「請求項1〜3のいずれか」、「請求項1〜4のいずれか」、「請求項1〜5のいずれか」、「請求項1〜6のいずれか」、「請求項1〜7のいずれか」から、それぞれ「請求項1」、「請求項1〜2のいずれか」、「請求項1〜3のいずれか」、「請求項1〜4のいずれか」、「請求項1〜5のいずれか」と訂正するものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 訂正事項hについて 訂正事項hは、請求項2,3の削除に伴い、請求項4,5,6,7,8を、それぞれ請求項2,3,4,5,6に繰り上げるものであり、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 訂正事項iについて 訂正事項iは、明細書の段落【0010】において、旧請求項1ないし8に係る発明についての訂正に対応するよう、「【課題を解決するための手段】このような目的は、本件特許請求の範囲請求項1〜6の発明により達成される。」とする訂正であって、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 訂正事項jについて 訂正事項jは、請求項1に係る発明についての訂正に対応してこれと整合するように、明細書の段落【0026】において、「Tc の温度まで昇温された圧電セラミックス」を、「Tc +200℃以上の温度まで昇温された圧電セラミックス」と訂正するものであって、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。 そして、本件訂正前の明細書の段落【0025】には、「圧電セラミックスの到達温度は、好ましくはTc +100℃以上、より好ましくはTc +200℃以上である。」と記載されているから、訂正事項jは願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 よって、訂正事項aないしjは、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明のいずれかを目的とする明細書の訂正であるとともに、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって、かつ、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。 2-4.訂正の適否のむすび 以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号により改正前の特許法第126条第1項ただし書き、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 3.特許異議申立て及びこれについての判断 3-1.申立ての理由及び取消理由通知の概要 3-1-1.特許異議申立ての理由の概要 特許異議申立人は、証拠として本件出願前国内において頒布された 1)甲第1号証:特開平4-179287号公報 2)甲第2号証:B. Jaffe 他著、「PIEZOELECTRIC CERAMICS」Chapter 7 (1971)Academic Press London and New York p. 135-183 3)甲第3号証:Japanese Journal of Applied Physics, Vol.9, No.10 (1970-10) p. 1236-1246 を提出し、特許第3320184号の請求項1及び7に係る発明は、甲第1号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許第3320184号の請求項1及び7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第113条第1項第2号の規定により取り消すべきものである旨主張している。 また、特許異議申立人は、特許第3320184号の請求項2においては、圧電セラミックスの到達温度がTc+100℃以上、特許第3320184号の請求項3においては、圧電セラミックスの温度がTc+50℃以上から電界を印加、特許第3320184号の請求項4においては、圧電セラミックスの温度がTc-50℃以下まで電界を印加するとしている。しかしながら、特許第3320184号の特許公報の発明の詳細な説明に記載の実施例1〜4は全て600℃から室温まで電流を流すまたは定電圧で分極処理をすると記載されているのみで、これら+100℃、+50℃、-50℃を特定するデータが示されることもなく何ら臨界的意義が認められない。したがって、特許第3320184号の請求項2〜4に記載の発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第5項第1号(特許異議申立書には第36条第6項第1号とあるが、本件出願の出願年からみて第36条第5項第1号の誤記と認定する。)の規定により特許を受けることができないものであり、特許第3320184号の請求項2〜4に係る発明についての特許は、特許法第113条第1項第4号の規定により取り消すべきものである旨主張している。 3-1-2.取消しの理由の概要 (a)特許法第29条第1号第3号、第2項の規定違反について 当審が通知した取消しの理由の概要は以下のとおりである。 ・請求項7に係る発明について 特許第3320184号の請求項7に係る発明は下記刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に規定する発明に該当し、特許第3320184号の請求項7に係る発明についての特許は取り消されるべきものである。 或いは、特許第3320184号の請求項7に係る発明は、特許異議申立書(但し、「甲第1号証」ないし「甲第3号証」はそれぞれ「刊行物1」ないし「刊行物3」と読み替える。)第5頁下から第7行ないし6頁下から6行記載の理由により、下記刊行物1ないし3に記載の発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるから、特許第3320184号の請求項7に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。 ・請求項2に係る発明について 刊行物1には、特許第3320184号の請求項2に係る発明で限定された「圧電セラミックスの到達温度がTc +100℃以上である」点について記載されていないが、圧電セラミックスをキュリー温度以上の温度まで昇温する際の、圧電セラミックスの到達温度は、当業者が実験等により適宜最適化又は好適化すべきものであり、下記刊行物1に記載の発明において、圧電セラミックスの到達温度を特許第3320184号の請求項2に係る発明のように数値限定する点に進歩性は認められない。 したがって、特許第3320184号の請求項2に係る発明は、下記刊行物1に記載された発明或いは下記刊行物1〜3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許第3320184号の請求項2に係る発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。 ・請求項3に係る発明について 刊行物1には、特許第3320184号の請求項3に係る発明で限定された「圧電セラミックスの温度がTc +50℃以上であるときから圧電セラミックスに電界を印加して冷却する」点について記載されていないが、圧電セラミックスに電界を印加し始めるときの温度は、当業者が実験等により適宜最適化又は好適化すべきものであり、下記刊行物1に記載の発明において、圧電セラミックスに電界を印加し始めるとき圧電セラミックスの温度の数値範囲を特許第3320184号の請求項3に係る発明のように数値限定する点に進歩性は認められない。 したがって、特許第3320184号の請求項3に係る発明は、下記刊行物1に記載された発明或いは下記刊行物1〜3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許第3320184号の請求項3に係る発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。 ・請求項4に係る発明について 刊行物1には、特許第3320184号の請求項4に係る発明で限定された「圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける」点について記載されていないが、圧電セラミックスの温度がどの程度となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続けるかは、当業者が実験等により適宜最適化又は好適化すべきものであり、下記刊行物1に記載の発明において、圧電セラミックスに電界を印加し続ける圧電セラミックスの温度を特許第3320184号の請求項4に係る発明のように数値限定する点に進歩性は認められない。 したがって、特許第3320184号の請求項4に係る発明は、下記刊行物1に記載された発明或いは下記刊行物1〜3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許第3320184号の請求項4に係る発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。 記 刊行物1:特開平4-179287号公報 (特許異議申立人が提出した甲第1号証) 刊行物2:B. Jaffe 他著、「PIEZOELECTRIC CERAMICS」Chapter 7 (1971)Academic Press London and New York p. 135-183 (特許異議申立人が提出した甲第2号証) 刊行物3:Japanese Journal of Applied Physics, Vol.9, No.10(1970-10) p. 1236-1246 (特許異議申立人が提出した甲第3号証) (b)特許法第36条第5項第1号の規定違反について 特許第3320184号の請求項2ないし4に係る発明は、特許異議申立書第6頁下から3行ないし7頁6行に記載されたとおり、発明の詳細な説明に記載したものではない。 よって、特許第3320184号の請求項2ないし4に係る発明の特許は、特許法第36条第5項第1号(取消理由通知書には第36条第6項第1号とあるが、本件出願の出願年からみて第36条第5項第1号の誤記である。)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。 3-2.本件請求項1ないし6に係る発明 特許第3320184号の請求項1ないし請求項8に係る発明は、上記のとおり訂正が認められたから、本件請求項1ないし6に係る発明は、平成16年7月26日付け手続補正書により補正された訂正明細書の請求項1ないし6に記載された、それぞれ以下のとおりのものである。 「【請求項1】 圧電セラミックスの分極処理工程において、Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc +200℃以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する際に、少なくとも圧電セラミックスの温度がTc であるときに、圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.05〜0.8 kV/mm以下となるように電流を流すことを特徴とする圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明1」という。) 「【請求項2】 圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける請求項1の圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明2」という。) 「【請求項3】 圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降、定電流を流しながら冷却する請求項1〜2のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明3」という。) 「【請求項4】 圧電セラミックスの温度がTc となったとき以降の少なくとも一部において、圧電セラミックスに印加する電界強度を、Tc における電界強度以上の一定値に保ちながら冷却する請求項1〜3のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明4」という。) 「【請求項5】 圧電セラミックスが、チタン酸ジルコン酸鉛系またはチタン酸鉛系である請求項1〜4のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明5」という。) 「【請求項6】 圧電セラミックスのTc が280℃以上である請求項1〜5のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。」(以下、「本件発明6」という。) 3-3.特許法第36条第5項第1号の規定違反についての判断 当審が通知した取消しの理由で引用した特許異議申立書の「3.申立の理由(4)具体的理由 d.記載不備の理由」の欄(第6頁下から3行ないし7頁6行)に記載された申立ての理由の概要は次のとおりである。 「本件特許請求項2においては、圧電セラミックスの到達温度がTc+100℃以上、本件特許請求項3においては、圧電セラミックスの温度がTc+50℃以上から電界を印加、本件特許請求項4においては、圧電セラミックスの温度がTc-50℃以下まで電界を印加するとしている。しかしながら、本件発明の詳細な説明に記載の実施例1〜4は全て600℃から室温まで電流を流すまたは定電圧で分極処理をすると記載されているのみで、これら+100℃、+50℃、-50℃を特定するデータが示されることもなく何ら臨界的意義が認められない。 したがって、本件特許請求項2〜4に記載の発明は、発明の詳細な説明に記載したものではない。」 そこで、上記申立ての理由について検討する。 上記のように訂正が認められ、特許第3320184号の請求項2,3に係る発明は、訂正の結果削除され、特許第3320184号の特許請求の範囲の請求項4は、訂正の結果請求項2に繰り上げられたので、特許第3320184号の請求項2,3に係る発明についての特許異議の申立ての対象が存在しないこととなるから、本件発明2について検討する。 本件発明2は、本件発明1を引用形式で記載した発明である。 先ず、本件請求項2に記載の発明の構成要件について検討する。 発明の詳細な説明の段落【0026】には、「Tc +200℃以上の温度まで昇温された圧電セラミックスの自発分極を揃えるためには、冷却の際、Tc となったときに、所定の電界が印加されるように電流を流していればよい。・・・そして、Tc から室温まで冷却する際の熱的擾乱による分域のランダム化を防ぐために、圧電セラミックスの温度がTc 未満となってからも電界を印加し続けることが好ましく、特に、圧電セラミックスの温度がTc-50℃以下となるまで電界を印加し続けることが好ましい。」と記載されており、「圧電セラミックスの温度がTc -50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける」点が記載されている。 次に、本件発明1の発明の構成要件について検討する。 段落【0020】には、「本発明が対象とする圧電セラミックスは、キュリー温度Tc における抵抗率が1.0×107 Ω・cm以下、好ましくは8×106 Ω・cm以下のものである。」と、段落【0025】には、「分極処理の際には、まず、圧電セラミックスをTc 以上の温度まで昇温する。このときの圧電セラミックスの到達温度は、好ましくはTc +100℃以上、より好ましくはTc +200℃以上である。」と、段落【0023】には、「本発明では、このような圧電セラミックスの分極処理工程において、圧電セラミックスをそのTc 以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する。そして、この冷却の際、少なくとも圧電セラミックスの温度がTc であるときに圧電セラミックスに電流を流す。」と、段落【0024】には、「Tc において圧電セラミックスに印加する電界の強度は、0.8 kV/mm以下、好ましくは0.5 kV/mm以下とし」と記載されている。したがって、本件発明1の発明の構成要件の「圧電セラミックスの分極処理工程において、Tc(キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc+200℃以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する際に、少なくとも圧電セラミックスの温度がTc であるときに、圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.05〜0.8 kV/mm以下となるように電流を流すこと」は発明の詳細な説明に記載されている。 したがって、本件請求項2に記載の上記発明の構成要件及び本件発明1の上記発明の構成要件のいずれも発明の詳細な説明に記載されている。 よって、本件発明2は発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしている。 3-4.取消理由通知で引用した刊行物等に記載された発明 3-4-1.刊行物1:特開平4-179287号公報(特許異議申立人の提出した甲第1号証) 刊行物1は、「圧電素子の分極方法」(発明の名称)に関するものであって、刊行物1には、以下の事項が記載されている。 「本発明は圧電素子の分極方法に関し、特に圧電特性に優れた素子を得るための圧電素子の分極方法に関するものである。」(第1頁左下欄第第17〜19行) 「本発明は、圧電素子に直流電圧を印加して分極する圧電素子の分極方法において、圧電素子に分極用電極を形成したのち、圧電素子の電極未形成部に耐熱性電気絶縁油脂を被覆し、圧電素子をキューリ温度付近まで加熱した後、直流電圧を印加しつつ常温まで冷却することを特徴とするものである。 以下、本発明を詳細に説明する。 本発明において使用する圧電素子としてチタン酸ジルコン酸鉛等の圧電体セラミックスが挙げられるが、他の圧電体でも同様の効果が得られることは言うまでもない。」(第2頁左下欄第4〜15行) 「次に、これを、電気炉などでキュリー温度付近まで加熱し電圧を印加する。このときの印加電界は使用する圧電素子の種類、形状、大きさにもよるが、おおよその目安として0.3〜1KV/mmの範囲が好ましい。また、このときの電界印加開始温度はキュリー温度の上下30°C以内であることが好ましく、これより低温では良好な圧電特性が得られない。そして、電界を印加したまま徐々に室温まで冷却し」(第2頁右下欄第13行〜第3頁左上欄第1行) 「[作用] 耐熱性電気絶縁用油脂を圧電素子の電極未形成部に被覆することによって、圧電素子の沿面における耐電圧が増大するので、十分な飽和分極を得ることが可能な電圧を印加できる。このようにして得られた圧電素子は、本来持ちうる飽和分極を十分実現したものとなり、安定した高品質の特性を示す。」(第3頁左上欄第14行〜右上欄第1行) 「実施例1 キュリー温度287°C、外径40mm、内径15mm、厚さ2mmのリング状のチタン酸ジルコン酸鉛を主成分とする圧電素子に、銀ペーストを焼き付けることにより電極を形成した。 次に上記圧電素子の電極未形成部にオイルコンパウンド(信越化学(株)製)を塗布したのち、電気炉により300°Cまで加熱し、0.5KV/mmの電界を印加しつつ90分間かけて常温まで冷却して分極処理した。」(第3頁右上欄第5〜14行) 「[発明の効果] 以上説明したように、本発明によれば、圧電素子の電極未形成部に…飽和分極を得るに十分な直流電圧を印加することができるので、圧電素子が本来持ちうる優れた圧電特性を十分に引き出すことができる圧電素子の分極方法を提供することができる。」(第4頁左上欄第1〜8行) 3-4-2.刊行物2:B. Jaffe 他著、「PIEZOELECTRIC CERAMICS」 Chapter 7(1971)Academic Press London and New York p. 135-183 刊行物2の第136頁FIG.7.1には、PbTiO3-PbZrO3 sub-solidus phase diagram(PbTiO3-PbZrO3 準固体位相図)が記載されており、Ft(正方晶系強誘電相)とPc(立方晶系常誘電相)の境界線が示されている。第146頁 TABLE7.Aには、Piezolectric, Elastic, and Dielectric Constants of Several Lead Titanate Zirconate Compositions(PbTiZrの圧電定数、弾性定数、誘電定数)が示され、Pb(Ti0.48Zr0.52)O3 のキュリー点386℃が示されている。第155頁FIG.7.18には、Effect of various A-vacancy substitutions on the resistivity of Pb(Ti, Zr)O3 near the morphotropic phase boundary(形態性の相境界近傍の Pb(Ti, Zr)O3 の抵抗率の空格子置換の効果)が示されている。 3-4-3.刊行物3:Japanese Journal of Applied Physics, Vol.9, No.10(1970-10) p. 1236-1246 刊行物3には、"Space Charge Effect in Lead Zirconate Titanate Ceramics Caused by the Addition of Impurities"(不純物添加によるPb(ZrTi)O3の空間電荷効果)について記載されており、第1240頁のFig.9には、 Temperature variation of specific resistivity ρof Pb(Zr0.52Ti0.48)O3 ceramics containing Cr2O3(Cr2O3を含むPb(Zr0.52Ti0.48)O3 の特定の抵抗率ρの温度変化)が示されている。 3-5.本件発明と刊行物記載の発明との対比・判断 3-5-1.本件発明1について 本件発明1と刊行物1ないし3に記載の発明とを対比すると、刊行物1ないし3には本件発明1の構成要件である、圧電セラミックスの分極処理工程において、「Tc (キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc+200℃以上の温度まで昇温した後」、室温まで冷却する点について記載も示唆もされていない。そして、本件発明は上記点を備えることにより、以下の明細書記載の顕著な作用効果を奏するものである。 「・・・Tc 以上まで加熱し、室温まで降温する際に少なくともTc において圧電セラミックスに電流を流す。本発明におけるこのような分極処理方法を、以下、高温分極処理という。本発明が対象とする圧電セラミックスは、抵抗率が低く定電流制御が可能なものであり、具体的には、Tc における抵抗率が1.0×107 Ω・cm以下のものである。」(明細書段落【0011】) 「本発明ではこのような分極処理を行うことにより、圧電セラミックスの耐熱性を飛躍的に改善することができる。すなわち、・・・本発明にしたがって高温分極処理された場合には、圧電性の劣化は格段に小さくなる。」(明細書段落【0012】) したがって、本件発明1が刊行物1ないし3に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 3-5-2.本件発明2及び5について 本件発明2及び5は、本件発明1を更に限定するものであるから、上記本件発明1についての判断と同様な理由により、刊行物1ないし3に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 3-6.むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立の理由及び証拠によっては、本件請求項1,2及び5に係る発明についての特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1,2及び5に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。 したがって、本件請求項1,2及び5に係る発明について特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。 よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により結論のとおり決定する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 圧電セラミックスの製造方法 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】 圧電セラミックスの分極処理工程において、Tc(キュリー温度)における抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスを、Tc+200℃以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する際に、少なくとも圧電セラミックスの温度がTcであるときに、圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.05〜0.8kV/mm以下となるように電流を流すことを特徴とする圧電セラミックスの製造方法。 【請求項2】 圧電セラミックスの温度がTc-50℃以下となるまで圧電セラミックスに電界を印加し続ける請求項1の圧電セラミックスの製造方法。 【請求項3】 圧電セラミックスの温度がTcとなったとき以降、定電流を流しながら冷却する請求項1〜2のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。 【請求項4】 圧電セラミックスの温度がTcとなったとき以降の少なくとも一部において、圧電セラミックスに印加する電界強度を、Tcにおける電界強度以上の一定値に保ちながら冷却する請求項1〜3のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。 【請求項5】 圧電セラミックスが、チタン酸ジルコン酸鉛系またはチタン酸鉛系である請求項1〜4のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。 【請求項6】 圧電セラミックスのTcが280℃以上である請求項1〜5のいずれかの圧電セラミックスの製造方法。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、圧電セラミックスの製造方法、特に、熱による圧電性の劣化を抑えることが可能な分極処理を含む製造方法に関する。 【0002】 【従来の技術】チタン酸ジルコン酸鉛系、チタン酸鉛系等の圧電セラミックスは、例えば、各種フィルタやレゾネータ等の通信分野、超音波センサや角速度センサ等のセンサ応用分野、超音波モータや各種アクチュエータ用素子等の動的応用分野、あるいは、この他、ブザーや圧電トランス等など、非常に広い分野に利用されている。 【0003】圧電セラミックスの圧電特性は、焼結後に分極処理を施すことにより発現する。固相反応により焼成された圧電セラミックスは、一般に多数の分域(ドメイン)にわかれている。個々の分域内では自発分極が一定の方向に揃っているが、全体としては自発分極を殆ど示さない。このため、圧電性を利用するためには、セラミックスに外部から電界を印加して、全分域の自発分極を一方向に揃える処理を施す必要がある。この処理が分極処理であり、すべての分域の自発分極が一方向に完全に揃った状態で、圧電セラミックスは最も大きな圧電性を示す。圧電セラミックスの分極処理は、通常、圧電セラミックスをシリコン油中に浸漬し、圧電セラミックスのキュリー温度未満の温度で電界を印加する方法(以下、通常分極処理という)により行なわれる。シリコン油中に浸漬するのは、分極処理の際に高電圧を印加する必要があるためである。分極処理の際の電界印加時間、電界強度、処理温度は、圧電セラミックスの材質に応じて最適な組み合わせが選択される。 【0004】圧電性を向上させる分極方法としては、例えば、破壊電圧以下で直流パルス電圧を印加する方法(特開昭61-268085号公報)や、交流電界印加時の誘電損による発熱を利用して分域配列を不安定にし、その後に直流電界を印加する方法(特公昭46-4710号公報)などが提案されている。これらの公報の実施例では、室温または常温で3kV/mm以上の高電界を印加している。 【0005】特公昭43-1349号公報には、「チタン酸ジルコン酸鉛系磁器組成中、常温において反強誘電相、高温において強誘電相を呈する反強誘電性磁器に対しその磁器が反強誘電相から強誘電相に転移する転移点以上の温度に保持して直流電圧を印加する」方法が開示されている。この方法では、20kV/cm、すなわち2kV/mmの直流電界を印加している。 【0006】特開平3-150880号公報には、「圧電素子の分極工程において、該圧電素子をキュリー温度以上に加熱し、電界を印加しながら冷却する」分極方法が開示されている。この分極方法は、圧電セラミックスの圧電変位ヒステリシスを抑えるためのものである。同公報には、印加電界の好ましい範囲として1〜5kV/mmが開示されており、印加電界が低すぎると分極が不完全になる旨が記載されている。同公報の実施例では、キュリー温度260℃の素子に対して、270℃で2.0kV/mmまたは3.0kV/mmの高電界を印加している。 【0007】以上に挙げた従来の分極方法は、いずれも圧電性の向上など、圧電性セラミックス単体での性能向上を目的としている。しかし、以下に説明するように、近年、圧電性セラミックスには耐熱性の向上、すなわち、加熱によって圧電性が劣化しないことが求められている。 【0008】近年、電子機器の小型化、薄型化に伴ない、電子部品においても従来のディスクリート部品からSMD(表面実装型部品)への移行が急がれている。SMDでは、プリント基板に実装される際にハンダリフロー炉を通すため、耐熱性が高いこと、すなわち、ハンダリフロー炉を通ることによる電気的特性の劣化が少ないことが要求される。ディスクリート部品では、加工段階の接着、膜形成工程や製品化段階での熱処理、接着などの際に、高くても200℃を超えない程度の熱が加わるだけであるが、SMDでは、ハンダリフロー炉を通す際に200〜260℃程度の範囲で熱が5〜30秒間程度加わるため、ディスクリート部品用に開発された通常の圧電セラミックスをSMD部品に適用した場合、圧電性の著しい劣化が生じてしまう。このため、SMD部品用に、耐熱性の良好な組成をもつ圧電セラミックスの開発が行なわれている(特開平5-17218号公報、特開平5-139829号公報等)。しかし、新規組成の開発はコスト高を招く。 【0009】 【発明が解決しようとする課題】本発明はこのような事情からなされたものである。本発明の目的は、ハンダリフロー処理等により高温にさらされた場合でも、圧電性の劣化が格段に小さい圧電セラミックスを提供することであり、このような高い耐熱性を、新規組成を開発することなしに従来のリード付き部品用組成において実現することである。 【0010】 【課題を解決するための手段】このような目的は、本件特許請求の範囲請求項1〜6の発明により達成される。 【0011】 【作用および効果】従来、圧電セラミックスの分極処理は、上述したように、圧電セラミックスのキュリー温度(Tc)未満のシリコン油中で3kV/mm以上の高電界を印加する方法により行なわれているが、本発明では、圧電セラミックスを空気中でTc以上まで加熱し、室温まで降温する際に少なくともTcにおいて圧電セラミックスに電流を流す。本発明におけるこのような分極処理方法を、以下、高温分極処理という。本発明が対象とする圧電セラミックスは、抵抗率が低く定電流制御が可能なものであり、具体的には、Tcにおける抵抗率が1.0×107Ω・cm以下のものである。 【0012】本発明ではこのような分極処理を行なうことにより、圧電セラミックスの耐熱性を飛躍的に改善することができる。すなわち、従来、ハンダリフロー炉を通した後に圧電性の著しい劣化が認められた組成のものであっても、本発明にしたがって高温分極処理された場合には、圧電性の劣化は格段に小さくなる。したがって、本発明により分極処理された圧電セラミックスは、SMD用に好適である。また、熱による劣化が小さいため、後工程での共振周波数の調整幅が少なくて済み、工程の簡略化が可能である。また、高温分極処理は、発熱量の多い高パワーのアクチュエータ用圧電セラミックスにも好適である。この場合、使用時の発熱による特性劣化を防ぐことができる。 【0013】通常分極処理では、通常、3kV/mm以上の高電界を印加しなければ十分な分極が不可能であったが、本発明では、Tcにおいて圧電セラミックスに印加される電界の強度が0.8kV/mm以下と低いので、電源装置のコストを低くすることができる。また、厚みすべり振動モードを利用する製品の場合には、分極時に圧電セラミックスの長手方向に電圧を印加することになるため、電界強度を低くできることは大きなメリットとなる。 【0014】また、本発明をチタン酸鉛系等の自発分極が大きい圧電セラミックスに適用した場合、通常分極よりも圧電性を向上させることができる。 【0015】Tcでの抵抗率が比較的低い圧電セラミックスに従来の通常分極処理を適用する場合、局所的な発熱や絶縁破壊を避けるために、抵抗率が高くなる低い温度で分極処理を行なっているが、十分な分極が困難となることがある。本発明における高温分極処理では、電流を流すので十分な分極が可能となり、しかも絶縁破壊が起こらない。 【0016】本発明では、圧電セラミックスをシリコン油中に浸漬しないため、分極処理後に有機溶剤による洗浄が不要であり、環境汚染のおそれがない。 【0017】上記した特開平3-150880号公報では、圧電セラミックスをTc以上に加熱して電界を印加しながら冷却する方法が記載されている。同公報記載の圧電セラミックスのTcは260℃であるが、Tcがこのように低い場合、Tcにおける抵抗率は一般に1×108Ω・cm以上となるので、本発明による効果は実現しない。また、この方法では印加する電界が強すぎるため、上述したように作業上危険である。なお、抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスに、同公報のように1kV/mm以上の高電圧を印加した場合、均一に電流が流れなくなって局所的に発熱する。そして、圧電セラミックス全体に均等に電圧が加わらなくなるため、分極が不十分となり、良好な圧電性が得られない。 【0018】なお、Tc以上の温度に加熱して分極処理を施す方法は、LiTaO3やLiNbO3等の単結晶圧電材料においては一般的である。これらの単結晶圧電材料は低温での絶縁抵抗が大きいので、LiTaO3の場合は600℃程度、LiNbO3の場合は1200℃程度の温度まで加熱して電圧を印加する。これらの温度はいずれもTcより数十度程度高い。このように高温が必要なので、単結晶圧電材料の分極処理をシリコン油中で行なうことは不可能である。Tcを超える温度で電圧を印加する点において、単結晶圧電材料の分極処理と本発明における高温分極処理とは類似する。しかし、単結晶圧電材料は単分域であり、圧電セラミックスの組織構造とは全く異なる。本発明では、圧電セラミックスの耐熱性改善のために、抵抗率の低い圧電セラミックスを選択してこれにTc付近で電流を流すのであり、本発明は、単結晶圧電材料の分極処理を圧電セラミックスの分極処理に単に転用したものではない。 【0019】 【具体的構成】以下、本発明の具体的構成について詳細に説明する。 【0020】本発明が対象とする圧電セラミックスは、キュリー温度Tcにおける抵抗率が1.0×107Ω・cm以下、好ましくは8×106Ω・cm以下のものである。Tcにおける抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスでは、Tcにおいて、流した電流にほぼ対応する電圧を発生させて良好な分極処理をすることができる。しかし、Tcにおける抵抗率が1.0×107Ω・cmを超えると、Tcにおいて殆ど電流を流すことができず、圧電セラミックスに電圧が直接印加されることになり、本発明の効果が実現しない。すなわち、本発明では、電気抵抗率の比較的小さい圧電セラミックスに電流を流し、これにより生起される電圧によって分極を行なう。なお、Tcにおける抵抗率は、好ましくは1.0×10-3Ω・cm以上、より好ましくは1.0×10-4Ω・cm以上である。Tcにおける抵抗率が低すぎると、十分な電界強度を得ることが難しくなり、良好な圧電性が得にくくなる。 【0021】本発明では、Tcにおける抵抗率が上記範囲であれば圧電セラミックスの組成は特に限定されず、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛系やチタン酸鉛系等の各種圧電セラミックスの分極処理に本発明を適用することができる。具体的には、チタン酸ジルコン酸鉛系では、基本組成系としてPbTiO3-PbZrO3やPbTiO3-PbZrO3-Pb(B1・B2)O3系(ただし、B1・B2は、Zn1/3Nb2/3、Co1/3Nb2/3、Mg1/3Nb2/3、Mn1/3Nb2/3、Ni1/3Nb2/3、Sn1/3Nb2/3、Sn1/3Sb2/3、Mn1/3Sb2/3)を中心とし、AサイトのPbの一部をアルカリ土類元素または希土類元素で少量置換したものや、上記基本組成系に、Cr2O3やWO3、MnO2等、基本組成系に含まれない元素を少量添加した組成が挙げられる。チタン酸鉛系では、基本組成としてPbTiO3-CaTiO3を中心とし、Caをその他のアルカリ土類元素または希土類元素で置換したもの、上記基本組成系に、Cr2O3やNb2O5、MnO2、Bi2O3等、基本組成系に含まれない元素を少量添加した組成が挙げられる。 【0022】本発明が適用対象とする圧電セラミックスのTcは特に限定されないが、Tcにおける抵抗率が上記範囲の圧電セラミックスのTcは、通常、280℃以上である。そして、Tcがこの程度であれば、ハンダリフロー炉での高温処理に十分に耐えることができる。 【0023】本発明では、このような圧電セラミックスの分極処理工程において、圧電セラミックスをそのTc以上の温度まで昇温した後、室温まで冷却する。そして、この冷却の際、少なくとも圧電セラミックスの温度がTcであるときに圧電セラミックスに電流を流す。 【0024】Tcにおいて圧電セラミックスに印加する電界の強度は、0.8kV/mm以下、好ましくは0.5kV/mm以下とし、また、好ましくは0.02kV/mm以上、より好ましくは0.05kV/mm以上とする。本発明で用いる低抵抗率の圧電セラミックスに、0.8kV/mmを超える電界を印加した場合、圧電セラミックス内に電流が均一に流れなくなって局所的に発熱したり、絶縁破壊が生じたりする。一方、電界の強度が弱すぎると分極が不十分となる。 【0025】分極処理の際には、まず、圧電セラミックスをTc以上の温度まで昇温する。このときの圧電セラミックスの到達温度は、好ましくはTc+100℃以上、より好ましくはTc+200℃以上である。圧電セラミックスはTc付近では圧電性が残っているため、到達温度がTcに近すぎると、分極処理の際に自発分極を揃えることが十分にできなくなって圧電性が不十分となり、特に、圧電性の熱劣化が生じやすくなる。 【0026】Tc+200℃以上の温度まで昇温された圧電セラミックスの自発分極を揃えるためには、冷却の際、Tcとなったときに、所定の電界が印加されるように電流を流していればよい。この場合、Tcのときだけに電流を流す構成としてもよいが、好ましくはTc+50℃以上、より好ましくはTc+100℃以上であるときから電流を流す。そして、Tcから室温まで冷却する際の熱的擾乱による分域のランダム化を防ぐために、圧電セラミックスの温度がTc未満となってからも電界を印加し続けることが好ましく、特に、圧電セラミックスの温度がTc-50℃以下となるまで電界を印加し続けることが好ましい。 【0027】圧電セラミックスの冷却速度は特に限定されないが、通常、60〜600℃/時間程度とすることが好ましい。 【0028】圧電セラミックスの温度がTcとなったとき以降も電界印加を続ける場合、電流密度が一定値となるように定電流制御を行なってもよく、Tcとなったとき以降の少なくとも一部において電界強度を一定値に保つ定電圧制御を行なってもよい。少なくとも一部において定電圧制御を行なうとは、圧電セラミックスの温度がTc未満であるときに定電流制御から定電圧制御に切り換えるか、あるいは、Tcとなったとき以降、定電圧制御を行なうことを意味する。定電圧制御を行なう際に圧電セラミックスに印加する電界強度は、Tcにおいて印加する電界強度以上であることが好ましい。このような電界強度で定電圧制御を行なえば、熱的擾乱の影響を十分に防ぐことができる。 【0029】定電圧制御を行なうのは、圧電セラミックスの過度の発熱を避けるためである。圧電セラミックスは降温に伴なって抵抗率が上昇するため、Tc未満においても定電流制御を続けると、発熱が増大する。良好な圧電性および耐熱性を得るために、圧電セラミックスには組成に応じた最適な強度の分極電流を流すが、この電流強度が比較的大きい場合に定電流制御を行なうと、圧電セラミックスの発熱量が大きくなりすぎ、かえって圧電性を損なうことがある。したがって、このような場合、定電圧制御を利用することが好ましい。 【0030】Tcにおける電流密度の好ましい範囲は圧電セラミックスの組成などによって異なるので、良好な圧電性が得られるように実験によって決定すればよいが、通常、0.3〜36mA/cm2である。分極処理直後に良好な圧電性が得られるような電流密度でないと、耐熱性も低くなってしまう。 【0031】分極処理される圧電セラミックスの製造方法は特に限定されず、一般のセラミックスを製造する際に慣用されている方法を用いればよい。すなわち、Pb、Ti、Zr等の圧電セラミックス構成元素の化合物を、所定の割合で配合し、ボールミルなどを用いて十分に粉砕混合する。前記化合物としては、酸化物または焼成により酸化物に変わりうる化合物、例えば炭酸塩、水酸化物、シュウ酸塩、硝酸塩等を用いることができる。得られた混合物を、700〜900℃程度で仮焼する。次いで、仮焼物を粉砕し、水およびバインダーを加えて混練した後、0.2〜5ton/cm2程度の圧力を加えて所定形状に加圧成形する。得られた成形体を、1150〜1250℃程度の温度において2〜4時間程度焼結する。焼結は大気中で行うこともできるが、酸素雰囲気中でホットプレスまたは熱間静水圧プレスにより焼結すれば、より緻密な焼結体を得ることができる。焼結後、上述した分極処理を施す。 【0032】 【実施例】以下、本発明の具体的実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。 【0033】<実施例1>出発原料として、PbO、ZrO2、TiO2、MgCO3、Nb2O5、Cr2O3を、以下の組成となるように秤量し、ボールミルにより24時間混合・粉砕した。 【0034】Pb{(Mg1/3-Nb2/3)0.05Ti0.45Zr0.50}O3+0.2重量%Cr2O3 【0035】混合物を、脱水、乾燥した後、空気中において850℃で2時間仮焼し、仮焼粉を再度ボールミルにより24時間粉砕し、脱水乾燥した。得られた粉体にバインダーとしてPVAを2重量%加え、造粒後、4t/cm2の圧力で成形して、直径20mm、厚さ0.5mmの成形体とした。この成形体を、焼成こうばちに入れ、大気中で焼成した。焼成時の昇温速度は200℃/時間とし、1200℃に2時間保持した。焼成体を、長さ6.4mm、幅3.9mm、厚さ0.23mmの板状に加工し、十分洗浄したのち、成膜装置で金電極(5mm×3mm)を形成し、電気特性評価用のサンプルとした。 【0036】このサンプルにAu端子を接続し、図1に示す構成の高温分極装置の中に入れ、プレシジョンLCRメータにより容量の温度特性を600℃まで測定して、このサンプルのTcを求めた。また、マルチメータを用い、4端子法によりTcにおける抵抗値を求めた。この結果、Tcは365℃であり、Tcにおける抵抗値は61kΩ(0.4×106Ω・cm)であった。 【0037】次に、高温分極装置により、このサンプルを600℃から室温まで電流を流しながら冷却して、分極を行なった。サンプルに流す電流は0.45mA(3.0mA/cm2)に設定し、室温までこの電流を保持した。冷却速度は5℃/minとした。Tcにおける電界強度は0.12kV/mmであった。なお、サンプルに流した電流値は、この組成において最も高い電気機械結合係数(Kt)が得られる値であり、予め実験を行なって決定した。以下の実施例についても同様である。 【0038】分極処理したサンプルを1昼夜放置した後、ハンダ耐熱試験を行なった。まず、インピーダンスアナライザにより厚み縦振動モードの共振子特性(Kt)を評価した。これを初期特性とした。次に、サンプルをアルミホイルにくるんで250℃に設定したハンダ糟に30秒間浸すハンダ耐熱試験を行ない、1昼夜放置した後、再度厚み縦振動モードの共振子特性をインピーダンスアナライザによって評価した。このハンダ耐熱試験を合計5回繰り返し、各試験後のKtから、初期のKtに対する変化率を求めた。結果を図2に示す。 【0039】<比較例1>実施例1で作製した電気特性評価用のサンプルをシリコン油中に浸漬し、120℃に保って3.0kV/mmの電界を20分間印加することにより、分極処理を行なった。 【0040】分極処理後のサンプル表面のシリコン油を十分に洗浄し、1昼夜放置した後、実施例1と同様にしてハンダ耐熱試験を行ない、Kt変化率を求めた。結果を図2に示す。 【0041】図2に示されるように、Tcを超える温度から冷却する際に定電流を流して分極した実施例1では、シリコン油中においてTc未満で分極した比較例1に比べ、ハンダ耐熱試験後のKt劣化が格段に小さい。 【0042】<実施例2>出発原料として、PbO、ZrO2、TiO2、MgCO3、Nb2O5、MnCO3、CoO、Cr2O3を、以下の組成となるように秤量し、ボールミルにより24時間混合・粉砕した。 【0043】Pb{(Mg1/3-Nb2/3)0.05Ti0.47Zr0.48}O3+0.2重量%Cr2O3+0.2重量%MnCO3+0.2重量%CoO 【0044】混合物を、脱水、乾燥した後、空気中において850℃で2時間仮焼し、仮焼粉を再度ボールミルにより24時間粉砕し、脱水乾燥した。得られた粉体にバインダーとしてPVAを2重量%加え、造粒後、4t/cm2の圧力で成形して、直径20mm、厚さ1.0mmの成形体とした。この成形体を、焼成こうばちに入れ、大気中で焼成した。焼成時の昇温速度は200℃/時間とし、1200℃に2時間保持した。焼成体を、直径15mm、厚さ0.5mmの円盤状に加工し、十分洗浄したのち、成膜装置で金電極(直径13mm)を形成し、電気特性評価用のサンプルとした。 【0045】このサンプルにAu端子を接続し、実施例1と同様にして、TcおよびTcにおける抵抗値を求めた。この結果、Tcは365℃であり、Tcにおける抵抗値は82.9kΩ(2.2×106Ω・cm)であった。 【0046】次に、実施例1と同様に高温分極装置を用いて、このサンプルを600℃から室温まで電流を流しながら冷却することにより、分極を行なった。サンプルに流す電流は1.51mA(1.14mA/cm2)に設定し、室温までこの電流を保持した。冷却速度は5℃/minとした。Tcにおける電界強度は0.25kV/mmであった。 【0047】分極処理したサンプルを1昼夜放置した後、実施例1と同様にしてハンダ耐熱試験を行なった。ただし、この実施例では、ハンダ槽に浸す回数は1回とし、ハンダ槽の温度を図3に示すように変えて、それぞれの試験後にKtを求めた。結果を図3に示す。 【0048】<比較例2>実施例2で作製した電気特性評価用のサンプルをシリコン油中に浸漬し、120℃に保って3.0kV/mmの電界を20分間印加することにより、分極処理を行なった。 【0049】このようにして分極したサンプルに対し、実施例2と同様にしてハンダ耐熱試験を行ない、Ktを求めた。結果を図3に示す。 【0050】図3に示されるように、本発明により分極した実施例2は、従来の方法で分極した比較例2に比べ、高温によるKtの劣化が著しく小さい。なお、実施例2において、サンプルの温度が250℃まで下がったときに600V(1.2kV/mm)の定電圧制御に切り換え、この定電圧制御の状態で電流を流しながら室温まで冷却したところ、実施例2と同等のハンダ耐熱性を示した。 【0051】<実施例3>実施例2と同様にして焼成体を作製した。ただし、寸法は、長さ15mm、幅0.5mm、厚さ5mmとした。まず、この焼成体の0.5mm×5mmの端面を鏡面加工た。次に、15mm×0.5mmの端面にAuペーストを塗布し、850℃で焼き付けて電極とし、実施例2と同様に高温分極処理を施した。ただし、サンプルに流す電流は0.09mA(1.14mA/cm2)に設定し、室温までこの電流を保持した。冷却速度は5℃/minとした。Tcにおける電界強度は0.25kV/mmであった。分極方向(電界印加方向)は、厚さ方向である。分極処理後、Ktを測定したところ、43%であった。 【0052】次いで、焼成体の鏡面加工面(分極方向と平行な面)をエッチング液(HCl:HF:H2O=1:1:100)で5秒間処理した後、処理面のSEM(走査型電子顕微鏡)写真を撮影した。このSEM写真を図4に示す。 【0053】また、高温分極処理後、250℃でハンダ耐熱試験を行なった焼成体についても、同様にしてSEM写真を撮影した。このSEM写真を図5に示す。 【0054】<比較例3>実施例3と同様にして焼成体を作製し、比較例2と同様に通常分極処理を施した。分極処理後のKtは43%であり、実施例3と同じであった。分極処理後、実施例3と同様にしてSEM写真を撮影した。このSEM写真を図6に示す。また、通常分極処理後に、実施例3と同様にしてハンダ耐熱試験を行なった焼成体についても、同様にしてSEM写真を撮影した。このSEM写真を図7に示す。 【0055】図4に示されるように、実施例3において本発明にしたがって高温分極処理した焼成体の結晶粒内には、分極時の電界印加方向(図中左右方向)に対し垂直な面を中心として配向している筋状の構造が明瞭に観察される。この筋状の構造は、分域を示すものと推定される。そして、ハンダ耐熱試験後の図5では、結晶粒内の筋状の構造が殆ど明瞭度を減じることなく観察される。 【0056】これに対し、図6に示される比較例3の焼成体の結晶粒内には、明瞭な筋状の構造は殆ど認められず、ハンダ耐熱試験後の図7では、筋状の構造はほぼ完全に消失している。 【0057】結晶粒内の筋状の構造の詳細を調べるために、実施例3の分極後(ハンダ耐熱試験前)の焼成体と比較例3の分極後(ハンダ耐熱試験前)の焼成体とについて、まず、鏡面加工面を残して数百ミクロンまで削り落とし、さらに、イオンエッチングを行なった後、TEM(透過型電子顕微鏡)写真を撮影した。実施例3の焼成体のTEM写真を図8に、比較例3のTEM写真を図9に示す。図8では筋状構造が明瞭に認められるが、図9では、筋状構造が殆ど認められないことがわかる。 【0058】<実施例4>出発原料として、PbO、TiO2、Bi2O3、CaCO3、MnO2、Nb2O5を用い、これらを以下の組成(モル比)となるように秤量し、ボールミルにより24時間混合・粉砕した。 【0059】0.76PbTiO3+0.22CaTiO3+0.01Bi2O3+0.02MnO2+0.015Nb2O5 【0060】混合物を、脱水、乾燥した後、空気中において900℃で2時間仮焼し、仮焼粉を再度ボールミルにより24時間粉砕し、脱水乾燥した。得られた粉体にバインダーとしてPVAを2重量%加え、造粒後、2t/cm2の圧力で成形して、35mm×10mm×10mmの成形体とした。この成形体を、焼成こうばちに入れ、大気中で焼成した。焼成時の昇温速度は200℃/時間とし、1200℃に2時間保持した。焼成体を、30mm×0.41mm×7.3mmに加工し、十分洗浄したのち、30mm×0.41mmの両端面にAuペーストを塗布し、850℃で焼き付けて電極とした。この電極にAu端子を接続し、実施例1と同様にして、焼成体のTcおよびTcにおける抵抗値を求めた。この結果、Tcは310℃であり、Tcにおける抵抗値は23.7MΩ(4×106Ω・cm)であった。 【0061】次に、実施例1と同様に高温分極装置を用いて、電源の電圧の制限値を1.97kVに設定して、0.07mA(0.6mA/cm2)の定電流を流しながら600℃から焼成体の降温を開始した。Tc(310℃)における電圧は1.83kV(0.25kV/mm)であり、300℃で制限電圧の1.97kVとなり、定電圧制御に切り替わった。その後、室温まで定電圧で分極処理を行なった。冷却速度は5℃/mimとした。 【0062】このようにして分極処理された焼成体を1昼夜放置した後、図10に示すように形状加工して電極を形成し、電気特性測定用のサンプルとした。このサンプルについて、インピーダンスアナライザによって厚みすべり振動モードの共振子特性を測定した。結果を表1に示す。なお、表1において、Frは共振周波数、tはサンプルの厚さ、ROは共振インピーダンス、Zaは反共振インピーダンス、qは共振インピーダンスの山谷比{q=20・log(Za/RO)}、K15は厚みすべり振動モードの電気機械結合係数、Cdは容量である。その後、サンプルをアルミホイルにくるみ、250℃に設定したはんだ糟に30秒間浸し、1昼夜放置した後、再び厚みすべり振動モードの共振子特性をインピーダンスアナライザによって測定した。ハンダ耐熱試験後のK15の変化率(ΔK15)および容量変化率(ΔCd)を表1に示す。 【0063】<比較例4>実施例4で作製した焼成体をシリコン油中に浸漬し、150℃に保って4.5kV/mmの電界を20分間印加することにより、分極処理を行なった。分極方向は実施例4と同じにした。分極処理後のサンプルを実施例4と同様にして加工し電極を形成して、図10に示す構造の電気特性測定用のサンプルとした。このサンプルについても、実施例4と同様な測定を行なった。結果を表1に示す。 【0064】 【表1】 【0065】表1に示されるように、実施例4のサンプルは比較例4のサンプルよりもqが大きく、K15も向上している。そして、比較例3ではハンダ耐熱試験による特性変動がみられるが、実施例3では特性変動は全く認められない。この結果から、チタン酸鉛系圧電セラミックスでは、高温分極処理により圧電性の熱劣化が防げると共に、圧電性自体も向上することがわかる。 【0066】<比較例5>出発原料として、PbO、ZrO2、TiO2、SrCO3、Nb2O5を、以下の組成となるように秤量し、ボールミルにより24時間混合・粉砕した。 【0067】Pb0.9Sr0.10(Ti0.45Zr0.55)O3+0.5重量%Nb2O5 【0068】混合物を、脱水、乾燥した後、空気中において850℃で2時間仮焼し、仮焼粉を再度ボールミルにより24時間粉砕し、脱水乾燥した。得られた粉体にバインダーとしてPVAを2重量%加え、造粒後、4t/cm2の圧力で成形して、直径20mm、厚さ1.0mmの成形体とした。この成形体を、焼成こうばちに入れ、大気中で焼成した。焼成時の昇温速度は200℃/時間とし、1200℃に2時間保持した。焼成体を、直径12mm、厚さ0.5mmの円盤状に加工し、十分洗浄したのち、成膜装置により金電極(直径10.1mm)を700℃で焼き付け、電気特性評価用のサンプルとした。 【0069】このサンプルにAu端子を接続し、実施例1と同様にしてTcを求めたところ、230℃であった。なお、Tc決定のための容量の温度特性測定は、400℃までとした。絶縁抵抗計によりTcにおける抵抗値を求めたところ、100MΩ(5×108Ω・cm)であった。 【0070】次に、高温分極装置を用い、電源の電圧の制限値を711Vに設定して、0.77mAの定電流を流しながら400℃からサンプルの降温を開始したが、抵抗値の上昇によってTcより高い温度で711Vに達し、そのままTcを通過して室温まで定電圧状態で分極処理することになった。Tcにおける電界強度は1.422kV/mmであった。 【0071】このようにして分極処理されたサンプルを1昼夜放置した後、インピーダンスアナライザによって径広がり振動モードの共振子特性を測定した。その後、サンプルをアルミホイルにくるみ、200℃に設定したはんだ糟に30秒間浸し、1昼夜放置した後、再び径広がり振動モードの共振子特性をインピーダンスアナライザによって測定した。結果を表2に示す。なお、表2において、Frは共振周波数、Faは反共振周波数、Krは径広がり振動モードの電気機械結合係数、Qmは機械的品質係数、Cdは容量である。 【0072】<比較例6>比較例5で作製した電気特性評価用のサンプルをシリコン油中に浸漬し、120℃に保って3.0kV/mmの電界を20分間印加することにより、分極処理を行なった。次いで、分極処理後のサンプル表面のシリコン油を十分に洗浄した後、1昼夜放置し、比較例5と同様にして径広がり振動モードの共振子特性を測定を行ない、さらに200℃でのハンダ耐熱試験後にも同様な測定を行なった。結果を表2に示す。 【0073】 【表2】 【0074】表2に示すように、Tcにおける抵抗率が1.0×107Ω・cmを超える圧電セラミックスについては、比較例5の高温分極処理と比較例6の通常分極処理とで、ハンダ耐熱試験後のKr(径広がり振動モードの電気機械結合係数)変化率やΔFr(共振周波数のシフト)に大きな差は認められない。 【0075】以上の結果から、Tcにおける電気抵抗率が1.0×107Ω・cm以下の圧電セラミックスをTc以上の温度まで昇温し、所定の電界強度となるように電流を流しながら冷却することにより分極処理を施す本発明の効果が明らかである。 【図面の簡単な説明】 【図1】高温分極装置により圧電セラミックスに分極処理を施すときの説明図である。 【図2】ハンダ耐熱試験の繰り返し回数と、Kt(電気機械結合係数)変化率との関係を示すグラフである。 【図3】ハンダ耐熱試験におけるハンダ槽の温度と、ハンダ耐熱試験後のKt(電気機械結合係数)との関係を示すグラフである。 【図4】結晶構造を示す図面代用写真であって、実施例3における分極処理後のサンプル断面のSEM写真である。 【図5】結晶構造を示す図面代用写真であって、実施例3におけるハンダ耐熱試験後のサンプル断面のSEM写真である。 【図6】結晶構造を示す図面代用写真であって、比較例3における分極処理後のサンプル断面のSEM写真である。 【図7】結晶構造を示す図面代用写真であって、比較例3におけるハンダ耐熱試験後のサンプル断面のSEM写真である。 【図8】結晶構造を示す図面代用写真であって、実施例3における分極処理後のサンプル断面のTEM写真である。 【図9】結晶構造を示す図面代用写真であって、比較例3における分極処理後のサンプル断面のTEM写真である。 【図10】厚みすべり振動モードにおける電気特性評価用サンプルを説明するための斜視図である。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
異議決定日 | 2004-08-19 |
出願番号 | 特願平5-353678 |
審決分類 |
P
1
652・
121-
YA
(H01L)
P 1 652・ 534- YA (H01L) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 岡 和久 |
特許庁審判長 |
河合 章 |
特許庁審判官 |
恩田 春香 橋本 武 |
登録日 | 2002-06-21 |
登録番号 | 特許第3320184号(P3320184) |
権利者 | TDK株式会社 |
発明の名称 | 圧電セラミックスの製造方法 |
代理人 | 内山 英夫 |
代理人 | 内山 英夫 |