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審決分類 審判 全部無効 発明同一 無効とする。(申立て全部成立) B65H
管理番号 1107791
審判番号 無効2003-35186  
総通号数 61 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1997-01-21 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-05-12 
確定日 2004-11-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第3390576号発明「糸条のトラバース装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3390576号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3390576号は、平成7年7月1日に特許出願され、平成15年1月17日に特許の設定登録がなされたものであり、平成15年5月12日に本件請求項1に係る発明についての特許に対し無効審判請求がなされ、平成15年9月8日付けで答弁書が提出され、その後、双方より口頭審理陳述要領書が提出されると共に、被請求人より上申書が提出され、平成15年10月21日に口頭審理が行われたものである。
さらに、被請求人は、平成15年10月29日付けで上申書を提出している。

2.請求人の主張概要
無効審判請求人は、
甲第3号証として、「特表平9-507824号公報」
を提出すると共に、
甲第2号証として、「国際公開第96/02453号パンフレット」、及び、
甲第1号証として、「独国特許出願公開第4425133号明細書」
を提出して、甲第3号証に係る特許出願である特願平8-504664号は、本件特許に係る出願の出願前の平成6年7月15日を優先日(優先権主張国 ドイツ)とする国際特許出願(PCT/EP95/02674)であり、同国際特許出願は、本件特許に係る出願の出願後の平成8年2月1日に国際公開されたものであり、本件請求項1に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一である旨主張している。
そして、請求人は、本件特許に係る出願の審査過程において、被請求人が主張した本件特許発明と特願平8-504664号の明細書に記載された発明との差異を特定するために、
甲第5号証として、平成7年特許願第188489号に係る「拒絶理由通知(平成14年9月18日付け)」、及び、
甲第6号証として、平成7年特許願第188489号に係る「意見書(平成14年11月28日付け)」
を提出し、被請求人は、甲第3号証の記載について、隣接するトラバースユニットの軸の長さが異なる旨審査の過程で述べているが、甲第3号証の請求項5に対応する図8には、軸の長さを異ならせる旨の記載はない旨主張している。
さらに、請求人は、甲第3号証の第8図に記載されるトラバースユニットの軸の長さに関して、別件無効審判事件における本件被請求人の主張を立証するために、
甲第4号証として、「特許第2771333号公報」、
甲第7号証として、「特開平3-106758号公報」、及び、
甲第8号証として、「無効第2002-35432号審判請求書」
を提出して、被請求人は、甲第3号証の請求項5の複数のトラバース装置が全て同一であると述べていることを指摘し、本件発明は、特願平8-504664号に係る国際特許出願の国際特許出願日における国際特許出願の明細書、請求の範囲、または、図面に記載された発明と同一であるから、本件特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであり、無効とすべき旨主張している。

加えて、請求人は、
甲第9号証として、「第4準備書面(被告)(大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第4276号 平成15年1月31日 被告 帝人製機テキスタイルマシナリー株式会社)」、及び、
甲第12号証として、「証拠説明書(被告)(大阪地方裁判所 平成14年(ワ)第4276号 平成15年1月31日 被告 帝人製機テキスタイルマシナリー株式会社)」
を提出すると共に、甲第12号証に示される証拠の記載内容を立証するために、
甲第10号証として、「特開平11-116138号公報」、及び、
甲第11号証として、「大阪地方裁判所第21民事部宛 報告書」(帝人製機テキスタイルマシナリー株式会社技術部員石丸徳希作成)
を後日提出して、トラバース装置の上下の羽根の隙間は0.8ミリ以上で実施されている旨述べている。

2.被請求人の主張概要
被請求人は、まず、甲第3号証の図8に示されるものは、1つのトラバースユニットの左右のフリーレングスを等しくするものであり、第8図の記載自体を計寸すれば、隣接するトラバースユニットの軸の長さは異なっており、隣接するトラバースユニットは、ベースの高さ及び軸の長さを変えたものとして記載されるので、明細書に記載される「等構造」は、全く同一の構造を言うものではないとし、隣接するトラバースユニットを同構造のものとして、隣接するトラバースユニットの羽根の干渉をなくす本件発明を甲第3号証に開示されるとすることはできない旨主張している。
さらに、本件発明を特定する構成である
β′=tan-1[(ブレードの外寸法+5mm)/隣接するトラバースユニットの間隔]
γ=tan-1[(ブレードの外寸法+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔]
の各式は甲第3号証に記載されていないので、本件発明は、甲第3号証の図8に示されるものとは、別異の発明である旨主張している。
さらに、被請求人は、
乙第1号証として、平成14年11月21日付け「訂正請求書 (無効第2002-35432号 被請求人 ノイマーク ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツフング ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト)
を提出して、甲第3号証の記載は甲第2号証と相違する旨主張している。
加えて、被請求人は、甲第3号証の図8のものは、隣接するトラバースユニットを同構造のものとして完成された発明が記載されるものではなく、このようなものに対して、甲第3号証に記載されない数値及び計算式に基づいて、β′、γを算出して、甲第3号証の明細書に記載されるに等しい事項とする請求人の主張は失当であると主張すると共に、甲第3号証のもののブレードの角度の上限は、本件発明のそれの下限を越えることに蓋然性があるとは言えない旨主張し、さらに、被請求人は、請求人の数式の展開は、その計算が普遍的に成立するものではなく、特定形状の羽根においては、羽根の外形寸法の特定に誤りを有している旨主張し、加えて、請求人の主張は羽根の間隔が0.3ミリより小さい場合について何等述べてはおらず失当である旨主張している。
また、被請求人は、口頭審理の実施の後である、平成15年10月29日付けで、訂正案を示している。

4.当審の判断
4-1 本件発明
本件請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、特許請求の範囲の請求項1に記載された、
「 並設された複数個のボビンそれぞれに対して、その上流側に該ボビン軸にほぼ直交し互いに逆方向に回転する2本の軸を組をなして設け、該回転軸にそれぞれ糸条を綾振るブレードを止着して前記組をなした2本の回転軸に取付けたブレードが回転したときに2つの回転面を形成するようになしたトラバース機構を隣合う組のブレードの回転軌跡が部分的に互いに交差するように複数個隣接して配置した糸条のトラバース装置において、トラバース装置によって糸条を綾振りする際に、互いに隣接する組のブレードが形成する回転面が干渉しない状態まで、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面が水平な直線に対して同じ方向にγ≦α≦β′を満たす所定の角度αで一様に傾斜させていることを特徴とする糸条のトラバース装置。ここに、β′およびγは、次式で与えられる。
β′=tan-1〔(ブレードの外寸法+5mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕
γ=tan-1〔(ブレードの外寸法+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕」
により特定されるものである。

4-2 甲第3号証の記載
まず、甲第3号証の図8には、巻成部Eのロータの羽根(13E)の下面が、隣接する巻成部Fのロータ(7)の羽根(14F)の上面の上方に図示されている。
これに対して、被請求人は、図8に図示される隣接するトラバース装置のロータの軸22及びベース体20の高さは、異なって記載されている旨主張している。
そこで、この被請求人の主張について検討すると、甲第3号証の図面は、特許図面であることから、必ずしも設計図面等のように正確な寸法関係を表現するものとは限らないものであり、甲第3号証には、同図が寸法関係を正確に表記したものであるとすべき特別の記載は認められない。さらに、甲第3号証には、「巻成部Eに並んで、等構造の別の巻成部F」(第17頁21行)と記載されており、図8に図示される隣接するトラバース装置のロータの軸22及びベース体20の高さが異なることを前提とする記載は、甲第3号証の残余の記載からは認められないことを勘案すると、甲第3号証の特許請求の範囲の請求項5及び図8の記載から把握される発明の具体的な形態として、隣接するトラバース装置のロータの軸22及びベース体20の高さが同じものを排除する特段の事情はなく、当業者は、甲第3号証の特許請求の範囲の請求項5及び図8に基づいて、隣接するトラバース装置のロータの軸22及びベース体20の高さが同じものを含めて、発明を把握することが可能であると認める。
そして、甲第3号証の特許請求の範囲の請求項5には、「5. パッケージ管(2)用の緊締装置(1)とトラバース装置(4)と、前記の緊締装置(1)とトラバース装置(4)との間に配置されている接触ローラ(6)とから夫々成る少なくとも2つの巻成部(E,F)を備え、しかも 前記トラバース装置(4)が、伝動装置によって連結された2つの互いに逆向きに駆動可能なロータ(7,8)を備え、 前記の両ロータ(7,8)が、プロペラ状に配置された少なくとも2枚の羽根(13,14;13E,14E;13F,14F)を夫々有し、かつ、前記の一方のロータ(7)の羽根(13,13E,13F)が下位回転平面(15,15E,15F)内で回転し、また他方のロータ(8)の羽根(14,14E,14F)が、前記下位回転平面より上方に短い間隔dをおいて位置している上位回転平面(16,16E,16F)内で回転し、 トラバース運動の両反転点(29,30)間に間隔Hが存在し、 トラバース運動三角形の平面が反転点(29,30)において、前記回転平面(15,16;15E,16E;15F,16F)に対して角度αを形成しており、かつ 隣り合った巻成部(E,F)の前記ロータ(7,8)の回転円が互いに交差している形式の ワインダにおいて、 全ての巻成部(E,F)における両回転平面(15E,16E,15F,16F)とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータ(7)の羽根(13E,13F)が両反転点(30,29)間を運動する方向(28)で、同一方向及び同一角度βで上り勾配を成し、前記角度が次の関係式:」と記載され、関係式を等価な式で記載すると、
0<β<2arctan(d/H・sinα)
となり、これに続いて、「を満たし、
回転平面(15E,16E)の交線が隣接した他方の巻成部(F)の方へ向かって上り勾配を成すところの、一方の巻成部(E)の下位回転平面(15E)が、前記他方の巻成部(F)の上位回転平面(16F)よりも上方に位置し、かつ 回転平面(15E,16F)が、該回転平面内で回転する羽根(13E,14F)を互いに独立して回転させ得るような間隔をおいて配置されていることを特徴とする、ワインダ。」と記載され、さらに、第6頁第4〜14行に、「 本発明は、請求の範囲の請求項1、請求項4及び請求項5に上位概念として記載した通り、パッケージ管用の緊締装置とトラバース装置と、前記の緊締装置とトラバース装置との間に配置されている接触ローラとから夫々成る少なくとも2つの巻成部を備え、しかも前記トラバース装置が、伝動装置によって連結された2つの互いに逆向きに駆動可能なロータを備え、前記の両ロータが、プロペラ状に配置された少なくとも2枚の羽根を夫々有し、かつ、前記の一方のロータの羽根が下位回転平面内で回転し、また他方のロータの羽根が、前記下位回転平面より上方に短い間隔dをおいて位置している上位回転平面内で回転し、トラバース運動の両反転点間に間隔Hが存在し、トラバース運動三角形の平面が反転点において、前記回転平面に対して角度αを形成しており、かつ隣り合った巻成部の前記ロータの回転円が互いに交差している形式のワインダに関するものである。」と記載されている。
同記載及び図面の記載から、甲第3号証には、
記載事項(A) 並設された複数個のパッケージ管(2)それぞれに対して、その上流側に巻成スピンドル(1)にほぼ直交し互いに逆方向に回転する2本の軸(22)(24)を組をなして設け、該回転軸にそれぞれ糸条を綾振るロータの羽根を止着して前記組をなした2本の回転軸に取付けたロータの羽根が回転したときに2つの回転面を形成するようになしたトラバース装置4を隣合う組のロータの羽根の回転軌跡が部分的に互いに交差するように複数個隣接して配置した糸条のトラバース装置において、トラバース装置によって糸条を綾振りする際に、互いに隣接する組のロータの羽根が形成する回転面が干渉しない状態まで、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面が水平な直線に対して同じ方向に角度βで一様に傾斜させているトラバース装置
が、記載されるものと認める。
また、甲第3号証の上記引用部分には、この一様な傾斜をなす角度βについて、0<β<2arctan(d/H・sinα)と記載され、甲第3号証の第13頁第13〜14行に、「両回転平面15と16との間の短い間隔は符号dで示されている。」と記載されているから、甲第3号証には、
記載事項(B) 記載事項(A)の角度βは、0<β<2arctan(d/H・sinα)であること
ただし、α:トラバース運動三角形の平面が反転点において、回転平面に対してなす角
d:上位、下位の回転平面の中心線間隔
H:トラバース運動の両反転点間の間隔
が記載されるものと認める。
さらに、甲第3号証の図1には羽根13,14の厚さ方向の中心に回転面15,16が図示され、dと関連して、回転面15,16の間隔を示す矢印が記載されている。
したがって、上記の「両回転平面15と16との間の短い間隔は符号dで示されている。」との記載を併せ勘案すると、各羽根13,14の厚さをtとし、上方にある羽根の下面と、下方にある羽根の上面との隙間をiとするとき、
d=t+i
となるものと認める。
加えて甲第3号証には、図8に関連する記載として第18頁第21行〜第19頁第1行に、「また図8に示した実施例の場合も、巻成部Eに並んで、等構造の別の巻成部Fが配置されている。この場合は図7の場合とは異なって、巻成部Eの下位回転平面15Eは、他方の巻成部Fの上位回転平面16Fよりも上方に、しかも羽根13Eと14Fとが両巻成部E,Fの交差範囲で互いに衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔をおいて位置している。夫々2つの回転平面16Eと15E;16Fと15Fとの間の間隔はすべて等しい大きさであるのが有利である。単純な幾何学的関係に基づいて回転平面15E,16E,15F,16Fと水平線32との成す角度βは本実施例では、前記の実施例の場合よりも大きくなる。」と、第12頁第3〜5行に、「請求項5に記載した構成手段によって、トラクト長さがほぼ等しくなるという利点が、隣り合った巻成部の羽根が別個の回転平面内で互いに無関係に回転するという利点と合体される。」と記載されている。
そして、図8に記載される隣接する各巻成部ロータが角度βで一様に傾斜していることから、両ロータの回転面が平行であることが把握可能であり、かつ、巻成部Eのロータの下位回転面を形成する羽根(13E)の下面が、隣接する巻成部Fのロータ(7)の上位回転面を形成する羽根(14F)の上面の上方にあり、しかも羽根13Eと14Fとが両巻成部E,Fの交差範囲で互いに衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔をおいて位置していることから、この角度βは、一定以上の傾き、すなわち、巻成部Eのロータの下位回転面を形成する羽根(13E)の下面と巻成部Fのロータ(7)の上位回転面を形成する羽根(14F)の上面との間に互いに独立して回転できるような間隔を形成する程度の角度であることが把握される。両ロータの回転面は平行であり、その間隔が一定であるので、この角度は、全く傾いていない状態に対して、ロータの羽根2枚分の厚さと、1つの巻成部の上下のロータ面の間隔と、隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔との総和以上の間隔を形成するようにβが傾いていることを意味している。したがって、羽根の厚さをt、その間の隙間をiとすると、この総和は、ロータの軸線方向寸法で、
2t+i+[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]
と記載することができる。
そして、この間隔を得る傾きは、一方のロータが傾斜することによってもロータでの上下寸法が変化しない位置、すなわち、そのロータの軸の位置に於いて、他方の傾いたロータの延長線が
2t+i+[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]
を指向するような角度といえるので、甲第3号証の記載から、
記載事項(C) 角度βは、tanβが
2t+i+[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]を隣接するトラバースユニットの軸間隔で除した値
以上であること、
ただし、t:羽根の厚さ
i:一のロータの上方にある羽根の下面と、同ロータの下方にある羽根の上面との隙間
を把握することが可能である。
なお、請求人は、甲第3号証の図8に記載される発明は、完成をしていない旨主張しているが、上記各記載事項を把握するにあたり、甲第3号証のものを未完成とする格別の事実は認められず、記載事項(C)の傾きを設けることが、甲第3号証の残余の記載に反しない限り、すなわち、記載事項(B)を満たす範囲で記載事項(C)が成立する限り、図8等から把握される記載事項(C)が甲第3号証に記載されると言うべきである。

そこで、記載事項(C)に特定する傾きβが甲第3号証に記載される0<β<2arctan(d/H・sinα)の範囲で成立するかを検討する。
記載事項(C)に特定する傾きβが0より大きいことは明らかであり、その点においては、甲第3号証の残余の記載に反してはいない。
次いで、記載事項(B)に特定される上限について検討する。
ここで、隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔=Lとおくと、
記載事項(C)に記載されるtan-1[{2t+i+(隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔)}/(隣接するトラバースユニットの軸間隔)]は、tan-1{(2t+i+L)/(隣接するトラバースユニットの軸間隔)}となり、隣接するトラバースユニットの間隔>Hであるので、
記載事項Cに記載されるβは、β=tan-1{(2t+i+L)/(隣接するトラバースユニットの軸間隔)}<tan-1{(2t+i+L)/H}
である。
tan-1{(2t+i+L)/H}とtan-1{2(t+i)/H}とを比較すると、2t+i+Lと、2(t+i)との比較となり、結果ととして、Lとiの比較となる。そして、隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔と、巻成部の上下のロータの羽根の隙間とは、共に衝突することなく互いに回転するための隙間であることから、特段の事情がない限り、Lとiとは、同程度の値が想定されるので、
記載事項Cに記載されるβ<tan-1{(2t+i+L)/H}で存在し得るものであり、tan-1{(2t+i+L)/H}は、tan-1{2(t+i)/H}と同程度の値で存在し得るものである。
そして請求人が(式III)の導出中に述べるように、tan-1{2(t+i)/H}<2tan-1{(t+i)/H}であり、記載事項Cに記載されるβが2tan-1{(t+i)/H}より小さい範囲に存在し得ると考えられるところ、さらに、sinα<1であることから、請求人が述べるように、tan-1{2(t+i)/H}<2arctan(d/H・sinα)であることを考慮すれば、2arctan(d/H・sinα)より小さい範囲で記載事項(C)に特定する傾きβが存在し得ることは明らかである。
なお、被請求人が主張する式の展開における数学的誤りは、ここで想定される角度からみて失当であり、甲第3号証に記載される2arctan(d/H・
sinα)について、請求人の主張する式の展開は、被請求人が主張するように甲第3号証に記載されていないものであるが、同展開は、単に甲第3号証に記載される技術的事項を本件特許請求の範囲の記載型式に合わせ、比較を行うためのものであり、甲第3号証に記載された発明を何等変更するものではない。換言すれば、甲第3号証に技術思想としての発明が記載されるものの、当業者は、明細書等の記載に接するとき、その技術思想を具現化したものを明細書の記載から併せて把握すると言うべきであり、その把握される具体的なトラバース装置を本件発明の記載型式に合わせて説明する範囲での式の展開と言えるので、甲第3号証に記載された発明は、その式の展開が正しい限り、甲第3号証に直接の記載がなくても、その式に示される範囲の値を有していると言うべきである。
以上を総合し、図8に記載される発明を、本件発明を表現する形式で記載すれば、以下のとおりのものとなる。
並設された複数個のパッケージ管それぞれに対して、その上流側に巻成スピンドルにほぼ直交し互いに逆方向に回転する2本の軸を組をなして設け、該回転軸にそれぞれ糸条を綾振るロータの羽根を止着して前記組をなした2本の回転軸に取付けたロータの羽根が回転したときに2つの回転面を形成するようになしたトラバース装置4を隣合う組のロータの羽根の回転軌跡が部分的に互いに交差するように複数個隣接して配置した糸条のトラバース装置において、トラバース装置によって糸条を綾振りする際に、互いに隣接する組のロータの羽根が形成する回転面が干渉しない状態まで、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面が水平な直線に対して同じ方向に角度βで一様に傾斜させているトラバース装置
角度βは、tanβが
2t+i+[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]を隣接するトラバースユニットの間隔で除した値
かつ、 β<2arctan(d/H・sinα)
ただし、
t:羽根の厚さ
i:一のロータの上方にある羽根の下面と、同ロータの下方にある羽根の上面との隙間
d:上位、下位の回転平面の中心線間隔
H:トラバース運動の両反転点間の間隔
α:トラバース運動三角形の平面が反転点において、回転平面に対してなす角
(以下、「引用発明」という。)

本件発明と、引用発明とを比較すると、引用発明の「パッケージ管」、「巻成スピンドル」、「ロータの羽根」は、本件発明の「ボビン」、「ボビン軸」、「ブレード」に相当し、引用発明の「β」と本件発明の「α」とは、その角度はさておき、形成される角は対応する部位の角と認められるので、両発明は、
並設された複数個のボビンそれぞれに対して、その上流側に該ボビン軸にほぼ直交し互いに逆方向に回転する2本の軸を組をなして設け、該回転軸にそれぞれ糸条を綾振るブレードを止着して前記組をなした2本の回転軸に取付けたブレードが回転したときに2つの回転面を形成するようになしたトラバース機構を隣合う組のブレードの回転軌跡が部分的に互いに交差するように複数個隣接して配置した糸条のトラバース装置において、トラバース装置によって糸条を綾振りする際に、互いに隣接する組のブレードが形成する回転面が干渉しない状態まで、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面が水平な直線に対して同じ方向に所定の角度で一様に傾斜させている糸条のトラバース装置
の発明である点で一致し、
本件発明の所定の角度αは、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面の水平な直線に対しての傾きであり、
β′=tan-1〔(ブレードの外寸法+5mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕
γ=tan-1〔(ブレードの外寸法+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕」として、
γ≦α≦β′を満たす所定の角度であるのに対して、
引用発明のβは、tanβの限界について、
β′=tan-1〔(ブレードの外寸法+5mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕と
γ=tan-1〔(ブレードの外寸法+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕」との間の角
との記載はなく、tanβの値は、
{2t+i+(隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔)}/(隣接するトラバースユニットの軸の間隔)
であり、さらに、β<2arctan(d/H・sinα)であることにより、さらにβの上限が制限される点。
で一見すると両発明は、差異を有している。
しかしながら、本件発明の角度αが、上記の差異を構成する引用発明の角度βを排除せずに特定されている場合には、本件発明は、引用発明を含めて特定されていることとなり、上記差異は、実質的差異と認めることができないものとなるので、この点についてさらに検討する。
引用発明の2t+i+[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]の値は、[隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転できるような間隔]を大きくとることにより、その値が大きくなるものの、その上限は、その形成する角度βが、2arctan(d/H・sinα)(引用発明のαは、トラバース運動三角形の平面が反転点において、回転平面に対してなす角)までであり、下限は、隣接する巻成部のロータが衝突することなく互いに独立して回転するに必要な最低限の間隔である。その上下限が本件発明のαの範囲に含まれないとき、本件発明は引用発明とは別異の角度に特定されるものとなるが、引用発明がいう2arctan(d/H・sinα)は上限を意味し、かつ、tan-1{2(T+i)/H}より小さいので、引用発明のβは、少なくとも、その下限から、tan-1{2(T+i)/H}までの範囲の値である。
ここで、本件明細書及び甲第3号証には、上下のロータの羽根の隙間iの値について具体的記載がないので、本件発明及び引用発明共に、特別の値を用いるものとは考えられず、甲第3号証に接した当業者は、その値として通常採用される値を基に発明を把握するとすることが自然な把握と認められるので、iの通常の値について検討する。請求人がiに係る技術水準を立証するために提出した甲第9〜12号証によれば、羽根の隙間は0.3mmより大きいことは明らかであり、i>0.3mmが通常のiの値でと認められる。
本件発明のブレードの外寸法は、2t+iであり、隣接するトラバースユニットの間隔>Hであることより、引用発明の構成であるβに関し、
γ=tan-1〔(ブレードの外寸法+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕
=tan-1[(2t+i+0.3mm)/隣接するトラバースユニットの間隔〕
<tan-1[(2t+i+0.3mm)/H〕 そして、i>0.3mmであるから、
<tan-1{2(T+i)/H}
<β
となるこことは、請求人が述べるとおりであり、甲第3号証の記載事項を本件発明と対比するにあたり、このように式を展開することの是非は、前述のとおりである。
したがって、引用発明のβの上限は、本件発明のαの範囲に含まれており、本件発明は、引用発明に特定される角度βを排除せずに特定されるものである。よって、上記の差異は、その表現する形式において差異を形成するものの、本件発明が特定する角度範囲は引用発明の範囲を包含して特定するものとなる結果、実質的な差異を構成していない。
なお、引用文献にトラバース運動三角形の平面が反転点において、回転平面に対して傾斜していることが記載されることは、糸条が形成する面に対して垂直方向から見たときに隣接するトラバース機構のそれぞれの回転軸に止着したブレードが形成する前記回転面が水平な直線に対して傾きを設けること独立した別異の事項であり、請求人が式の展開において示すとおり、引用発明に記載される角αに基づくsinαが1より小さいものとなるので、引用発明のβが本件発明が特定する範囲に含まれるものとなる論拠となるとても、本件発明が引用発明と別異の構成を有する論拠とはならない。
しかも、本件発明は、引用発明との差異を形成する更なる構成を有するものではないので、甲第3号証に記載された発明と同一の発明である。
被請求人は、羽根の先端での厚さが他の部分と大きく異なる特定形状の羽根において、引用発明と本件発明とは異なる旨主張しているが、本件発明及び引用発明の双方ともにそのような形状の羽根に特定して発明を解すべき特段の理由はなく、被請求人の主張は採用できない。さらに、特異な形状の羽根の場合に、甲第3号証の第1図に示される外寸法dが、先端部の厚さにより定まるとなるとしても、図8に示されるものは、一方のロータの上面の上に間隔を設けて他方のロータの羽根を配置するものである事実に基づく前記認定においては、そのような間隔を設ける事実を引用するものであり、トラバースユニットの左右のフリーレングスに起因して先端部の厚さを考慮する発明とは、別異の事項である。
また、甲第3号証の記載が甲第1,2号証のものと異なる旨の被請求人の主張は、上記引用発明を認定するにあたりその論拠した特定の部分との関連に於いて、特定の記載を指摘して主張をなすものではなく、甲第3号証に係る出願である特願平8-504664号を他の出願として、引用発明について、特許法第29条の2の適用を行うにあたり、その出願日として優先日を採用することを妨げる特段の事情は認められない。
そして、本件発明の発明者と、引用発明の発明者とを同一の者とすることはできず、本件特許に係る出願の出願の時において、本件特許に係る出願の出願人と、特願平8-504664号の出願人を同一の者とすることもできない。
したがって、本件請求項1の特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものである。
なお、請求人は、訂正案を提示しているが、新たに訂正の機会を設けることは、特許法が訂正請求に時期的制限を設けた趣旨に合致するものではなく、本件審判の審理において、さらに訂正の機会を設けることを行わない。しかも、訂正案に示される0<α<2arctan{d/(S・sina)}を除く旨の点は、願書に添付された明細書または図面に記載された範囲で行うものとなる論拠を有するとは認められない。

5.むすび
以上の説示のとおり、本件請求項1に係る発明に対する特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第2項の規定により無効とすべきものである。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-09-07 
結審通知日 2004-09-08 
審決日 2004-09-27 
出願番号 特願平7-188489
審決分類 P 1 112・ 161- Z (B65H)
最終処分 成立  
前審関与審査官 杉野 裕幸  
特許庁審判長 粟津 憲一
特許庁審判官 中西 一友
山崎 豊
登録日 2003-01-17 
登録番号 特許第3390576号(P3390576)
発明の名称 糸条のトラバース装置  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 三中 菊枝  
代理人 三中 英治  
代理人 久野 琢也  
代理人 山崎 利臣  
代理人 矢野 敏雄  

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