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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G01N
管理番号 1112897
異議申立番号 異議2003-70950  
総通号数 64 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1999-08-17 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-04-15 
確定日 2004-12-08 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3333731号「透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3333731号の請求項1ないし7に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯
特許第3333731号の発明についての出願は、平成10年2月9日に特許出願され、平成14年7月26日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、異議申立人吉田恵子より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成15年10月21日に訂正請求がなされたものである。
2.訂正の適否
(1)訂正の内容
特許明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正するもので、以下の訂正事項a,bよりなる。
訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1において「前記薄片試料に仕上げる最後の工程」とあるのを「前記集束イオンビームを用いて前記薄片試料に仕上げる最後の工程」と訂正する。
訂正事項b
特許請求の範囲の請求項3において「前記仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーのイオンビームによる加工であること」とあるのを「前記仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによる加工であること」と訂正する。
(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否についての判断
訂正事項aは、請求項1において、前記薄片試料に仕上げる最後の工程が集束イオンビームによって行われることを明確にするものであり、このことは、特許明細書の【0022】、図面の図3(2)等の記載から明らかである。
したがって、訂正事項aは、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項bは、請求項3において、前記仕上げ加工の工程におけるイオンビームによる加工が集束イオンビームによる加工であることを明確にするものであり、このことは、特許明細書の【0022】、図面の図3(2)等の記載から明らかである。
したがって、訂正事項bは、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
訂正事項a、bは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第120条の4第2項及び同条第3項において準用する同法第126条第2、3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。
3.特許異議の申立ての概要
申立人は、証拠として、甲第1-6号証を提出して請求項1-7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから取り消されるべきである旨主張している。
4.特許異議の申立てについての判断
(1)本件発明
訂正明細書の請求項1-7に係る発明は、後記誤記の箇所を除けば、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1-7に記載された次のとおりのものである(以下、それぞれの発明を「本件発明1」「本件発明2」・・・・・・「本件発明7」という。)。
(訂正明細書の請求項2,4-6において、冒頭の「請求項・・・・・作成方法において」とあるのは、「請求項・・・・・作製方法において」の明らかな誤記と認める。)
【請求項1】 集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製するための粗加工を行い、前記集束イオンビームを用いて粗加工後の試料を薄片試料に仕上げるための仕上げ加工を行う透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、
前記集束イオンビームを用いて前記薄片試料に仕上げる最後の工程が15keV以下のエネルギーのイオンビームで薄片化する工程であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項2】 請求項1記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、前記15keV以下のエネルギーのイオンビームは直径が0.03μm以下であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項3】 集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製するための粗加工を行い、前記集束イオンビームを用いて粗加工後の試料を薄片試料に仕上げるための仕上げ加工を行う透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、塊状の素材から薄片試料に加工する工程が、エネルギーの異なるイオンビームで加工する複数の工程よりなり、前記仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによる加工であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項4】 請求項3記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、薄片試料に仕上げる最終仕上げ工程で使用するイオンビームは、他の工程で使用するイオンビームよりも低いエネルギーを有するイオンビームであることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項5】 請求項4記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、前記最終仕上げ工程で使用するイオンビームのビーム集束方法が他の工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法とは異なることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項6】 請求項5記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、各工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法の条件を予め記憶しておき、複数工程にわたる試料作製作業の進捗に伴って、前記記憶された集束条件でイオンビームを形成するよう装置に指令する制御装置を備えたイオンビーム加工装置を使って薄片試料を作製することを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項7】 イオン源と、前記イオン源に接続された加速電圧電源と、前記イオン源から発生されたイオンビームを集束する対物レンズと、前記対物レンズに電圧を印加する対物レンズ電源と、試料を載せる試料ステージと、前記試料ステージを駆動するステージ駆動電源と、前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御する制御装置と、イオンビーム集束条件を記憶する記憶装置とを含み、前記制御装置は前記記憶装置に記憶されたイオンビーム集束条件に従って前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御し、異なるビーム集束条件で集束されたイオンビームを用いる複数の工程によって試料を薄片化すると共に前記複数の工程のうち、前記薄片試料を仕上げる加工工程では、前記加速電圧が15keV以下となるように前記加速電圧電源を制御することを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製装置。
(2)引用刊行物
取り消しの理由に引用した刊行物は次のとおりである。
刊行物1:特開平8-304243号公報(申立人の提出した甲第1号証)
刊行物2:特開平4-155339号公報(申立人の提出した甲第2号証)
刊行物3:Microscopy of Semiconducting Materials 1997(Proceedings of the Royal Microscopical Society Conference held at Oxford University,7-10 April 1997 ) pp.473-478(申立人の提出した甲第3号証)
刊行物4:特開平9-257670号公報(申立人の提出した甲第4号証)
刊行物5:表面科学、第16巻第12号(1995)pp.729-734(申立人の提出した甲第5号証)
刊行物6:電子材料、1993年3月 pp.63-67(申立人の提出した甲第6号証)
刊行物1には、断面薄膜試料及びその作製方法及び断面薄膜試料用ホルダに関する技術が開示されており、特に、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡観察用断面薄膜試料を作製する方法が開示されており、実施例として、塊状の素材から複数の工程により断面薄膜試料を作製する具体的方法が記載されており、特に以下のような記載がある。
第3頁、左欄49行-右欄8行
「【0016】次に、具体的な集束イオンビームによる微細加工の手順について説明する。図3(a)は、図2で示されるように凸状かつ島状に加工された凸領域1の鳥瞰図である。図中の網模様のハッチングを施していない空欄の3箇所の領域4a・4b・4cに対して、図3(b)に示されるように集束イオンビーム5で穴あけ加工を順次行う。その穴あけ加工の際には、まず、大きなビーム径で粗く穴あけ加工を行い、次にビームを細く集束させ、中加工を行う。更にビームを集束させて、仕上げの微細な仕上げ加工を行う。」
第4頁、右欄15-24行
「【0030】図6は本発明の一実施例を示した図である。図6(a)は半導体集積回路内のAl配線中で導電性不良を起こした箇所の模式図であり、図においてハッチングを施した領域がAl配線21である。このサンプルからダイシングソーによる機械研磨により試料を整形し、集束イオンビーム装置により、図6(a)中の破線位置に断面薄膜の作製を行った。約1μm のビーム径で粗く穴あけ加工を行い、次にビーム径を約0.5μmとして中加工を行った。更にビーム径を約0.05μm以下として仕上げ加工を行った。」
刊行物2には、パターン修正方法及び装置に関する技術が開示されており、特に、以下のような記載がある。
第1頁、左下欄4-13行
「2.特許請求の範囲
1.所定のパターンを形成した試料の表面に集束イオンビームを照射してパターン修正箇所をスパッタエッチングするパターン修正方法であって、パターン修正後、集束イオンビームの加速電圧を下げるとともに試料の表面に反応ガスを供給し、前記集束イオンビームの照射により活性化された反応ガスを用いて前記修正箇所の試料表面をエッチングすることを特徴とするパターン修正方法。」
第1頁右下欄11-15行
「〔産業上の利用分野〕
本発明は、パターン修正技術に関し、特に半導体集積回路装置の製造工程で使用するフォトマスクの欠陥修正に適用して有効な技術に関するものである。」
第3頁、左上欄18行-右上欄6行
「イオン銃14の下方には、上記金属イオンに所定の加速電圧を印加する引出し電極15が配置されている。上記引出し電極15には、高加速電源16と低加速電源17とがそれぞれ接続されており、加速電圧変換スイッチ18を切換えることにより、引出し電極15を通過するイオンビームIBには高加速電圧(例えば25keV)または低加速電圧(例えば15keV)のいずれかが印加される。」 第3頁、左下欄15行-右下欄10行
「次に、イオンビームIBを25keVの高加速電圧で加速し、そのビーム径を0.2μm以下に絞ってフォトマスク6の黒点欠陥9に照射し、スパッタエッチングにより上記黒点欠陥9を取り除く。・・・・・・・・
次に、・・・・・・・・加速電圧変換スイッチ18およびビーム径変換スイッチ23が切り換えられ、イオンビームIBの加速電圧が15keVまで低下するとともに、ビーム径が拡大される。」
刊行物3には、集束イオンビームによって作製された半導体のTEM試料の表面損傷について開示されており、具体的には、シリコン、ガリウム砒素、リン化インジウムの試料に10keV及び30keVのエネルギーのガリウムイオンビームを照射することにより作製されたTEM試料について記載されている。特に、表1には、TEM試料の表面に形成されたアモルファス層の厚さについて、シリコンの場合、6nm(10keV)、28nm(30keV)、ガリウム砒素の場合、4nm(10keV)、24nm(30keV)、リン化インジウムの場合、15nm(10keV)、40nm(30keV)であることが示されている。(()内は、ガリウムイオンビームのエネルギーを示す。)
刊行物4には、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製する方法に関する技術が開示されており、特に、以下のような記載がある。
第2頁、左欄44行-右欄5行
「FIBに用いられるイオン種はGaが多く、そのエネルギは30keV〜50keV程度である。ここで、TEMを用いて観察を行うためには所望位置を含む薄膜8の幅を100nm以下にする必要がある。しかし、FIB加工をするとイオンビーム照射により加工位置近傍に十数nmの厚さのアモルファス層9が形成され、TEM観察に適した厚さである100nm以下の薄膜ではアモルファス層の占める割合が大きくなり、格子像観察が困難になる。このアモルファス層を除去するためにFIB装置とは別のイオンミリング装置を用いて試料に数keVのArイオン3などを照射し、試料表面を十数nmほどミリングする方法がある。」 第2頁、右欄45-50行
「断面TEM試料を加工する際には、図2に示すように所望位置を含む薄膜8の厚さを約100nmの厚さになるまでFIB加工を行う。このとき、試料にはFIB照射により厚さ30nmから15nmのアモルファス層9が形成され、TEMによる格子像観察の障害になっている。これを取り除くためにArイオン3を照射する。」
第3頁、左欄17-21行
「【発明の効果】本発明の装置を用いることでオペレータは簡単にイオンミリングの時間を制御できるようになった。TEM試料作製の場合、アモルファス層の割合が低い薄膜を形成できるようになり、比較的低い加速電圧のTEMを用いたときも格子像の観察が容易になった。」
刊行物5には、集束イオンビーム装置の現状について開示されており、集束イオンビームを用いてSEM及びTEM観察用試料を作製する方法が記載されており、特に、以下のような記載がある。
第730頁、右欄14-23行
「実際の断面ミリングでは、(1)SEM,SIM・・・・・・・・(3)FIBによる10μm角程度の粗エッチング、(4)必要ならば中間段階のエッチング後、(5)最終的な観察箇所の仕上げ加工、(6)そして観察・評価となる。一方、TEM試料作成では、前もって解析すべき箇所を含む領域を、ダイシングソーや研磨機で20μm程度に薄片化しておき、FIB装置に装填して同様の手順を踏むことになる。」
第730頁、右欄26行-第731頁、左欄9行
「これらのミリング応用では、ビーム電流、直径の変更は、可動絞りの開孔径の変更と光学系の励起条件の変更により行われ、その設定はコンピュータにより前もって記憶され、自動的に行われるのが一般的になっている。荒削りでは、高電流密度で1μm径程度のビーム集束が要求され、仕上げ加工では、0.1μm以下の電流密度分布に裾引きのないビームを使う必要があり、光学系の工夫はこのダイナミックレンジの広さをいかに制御性、再現性よく達成し、ソフトウエアを含めた使い勝手の良さをいかに追求するかにある。」
刊行物6には、複合形イオンビーム装置「SMI-8000SEシリーズ」について開示されており、図1,2には集束イオンビーム(FIB)装置の構成が記載されている。
(3)比較判断
刊行物1には、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作成するための方法の発明が記載されている。この発明は、集束イオンビームを用いて、まず、大きなビーム径で粗く穴あけ加工を行い、次にビームを細く集束させ、中加工を行い、更にビームを集束させて、微細な仕上げ加工を行うものである。
(3-1)本件発明1について
本件発明1と刊行物1に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを比較すると、両者は、
一致点
集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製するための粗加工を行い、前記集束イオンビームを用いて粗加工後の試料を薄片試料に仕上げるための仕上げ加工を行う透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法
である点で一致し、次の相違点1で相違する。
相違点1
前記集束イオンビームを用いて前記薄片試料に仕上げる最後の工程が、本件発明1は、15keV以下のエネルギーのイオンビームで薄片化する工程、であるのに対し、引用発明は、そのような工程であるか否か明らかでない点
相違点1について検討する。
刊行物4に記載されているように、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製すると、イオンビーム照射により加工位置近傍に十数nmの厚さのアモルファス層が形成されること、このアモルファス層は、観察の妨げとなるため除去すべく何らかの対策が必要なことは、従来より知られており、引用発明においても、そのような対策が必要なことは当業者に明らかである。また、刊行物3の記載から、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製する際に形成されるアモルファス層の厚さを小さくするためには、イオンビームのエネルギーを小さくした方がよいことは、当業者がただちに理解できることである。
したがって、引用発明において、アモルファス層の厚さを小さくするため、加工の最後の工程において、イオンビームのエネルギーを低下するようにすることは当業者にとって格別困難なこととはいえない。そして、具体的なエネルギーの数値については、許容されるアモルファス層の厚さや加工時間等を考慮して当業者が適宜設計しうるものであり、刊行物3には、10keVのエネルギーのイオンビームで照射することが記載され、また、刊行物2には、集束イオンビームを用いて加工する際のイオンビームのエネルギーを15keVとすることが記載されているように、集束イオンビームのエネルギーを15KeV以下とすることは、当業者が適宜設計しうる範囲のものである。
したがって、引用発明において、相違点1に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。また、本件発明1が有する効果は、引用発明、刊行物2-4に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明1は、刊行物1-4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-2)本件発明2について
本件発明2と引用発明とを比較すると両者は、前記一致点で一致し、前記相違点1及び次の相違点2で相違する。
相違点2
前記15keV以下のエネルギーのイオンビームの直径が、本件発明2は、0.03μm以下である、のに対し、引用発明は、そのようなものか否か明らかでない点
相違点について検討する。
相違点1について
上記(3-1)で検討したように、引用発明において、相違点1に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。
相違点2について
引用発明は、まず、大きなビーム径で粗く穴あけ加工を行い、次にビームを細く集束させ、中加工を行い、更にビームを集束させて、微細な仕上げ加工を行うもので、刊行物1には、ビーム径の具体例として、粗加工では約1μm、中加工では約0.5μm、仕上げ加工では約0.05μm以下とすること(刊行物1の第4頁、右欄21-24行)が開示されている。これらのことからも明らかなように、仕上げ加工においてビーム径をある程度以下に細くすることは当業者が当然考えることであり、引用発明において、ビーム径を0.03μm以下とすることは、当業者が適宜設計しうることである。また、本件発明において、ビーム径を0.03μm以下とすることに格別の意義があるともいえない。
したがって、引用発明において、相違点1に係る構成のようにし、その際、構成2のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。また、本件発明2が有する効果は、引用発明、刊行物2-4に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明2は、刊行物1-4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-3)本件発明3について
本件発明3と引用発明とを比較すると両者は、前記一致点で一致し、次の相違点3で相違する。
相違点3
本件発明3は、塊状の素材から薄片試料に加工する工程が、エネルギーの異なるイオンビームで加工する複数の工程よりなり、前記仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによる加工である、のに対し、引用発明は、そのようなものか否か明らかでない点
相違点について検討する。
相違点3について
引用発明も粗加工、仕上げ加工を含む複数の工程を有するものであり、これらの複数の工程が「塊状の素材から薄片試料に加工する工程」に相当することは、刊行物1の図3等の記載から明らかである。また、前記相違点1について検討したように、形成されるアモルファス層の厚さを小さくするため仕上げ加工の工程を15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによる加工とすることは、当業者が格別の困難なくなしうることである。その際、集束イオンビームのエネルギーは、仕上げ工程において15keV以下とすればよく、仕上げ工程以外の工程では、15keV以下でなくともよいことは当業者に明らかであり、加工時間の短縮等のため複数の工程のイオンビームのエネルギーを異なるものとすることは当業者が適宜なしうる設計上の事項に過ぎない。
したがって、引用発明において、相違点3に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。また、本件発明3が有する効果は、引用発明、刊行物2-4に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明3は、刊行物1-4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-4)本件発明4について
本件発明4と引用発明とを比較すると両者は、前記一致点で一致し、前記相違点3及び次の相違点4で相違する。
相違点4
本件発明4は、薄片試料に仕上げる最終仕上げ工程で使用するイオンビームは、他の工程で使用するイオンビームよりも低いエネルギーを有するイオンビームである、のに対し、引用発明はそのようなものか否か明らかでない点。
相違点について検討する。
相違点3について
上記(3-3)で検討したように、引用発明において、相違点3に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。
相違点4について
イオンビームのエネルギーは最終仕上げ工程以外の工程では、15keV以下でなくともよいことは当業者に明らかであり、加工時間の短縮のため他の工程で使用するイオンビームのエネルギーを最終仕上げ工程で使用するイオンビームのエネルギーよりも高いものとすることは当業者が適宜なしうる設計上の配慮である。
したがって、引用発明において相違点3に係る構成のようにし、その際、相違点4のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。
また、本件発明4が有する効果は、引用発明、刊行物2-4に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明4は、刊行物1-4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-5)本件発明5について
本件発明5と引用発明とを比較すると両者は、前記一致点で一致し、前記相違点3、4及び次の相違点5で相違する。
相違点5
本件発明5は、前記最終仕上げ工程で使用するイオンビームのビーム集束方法が他の工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法とは異なる、ものであるのに対し、引用発明はそのようなものか否か明らかでない点
相違点について検討する。
相違点3,4について
上記(3-3)(3-4)で検討したように、引用発明において、相違点3、4に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。
相違点5について
刊行物5には、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用薄片試料を作製する方法において、荒削りの工程と仕上げ加工の工程とで、集束イオンビームのビーム径を異なるようにすること、すなわち、集束イオンビームのビーム集束方法を異なるようにすることが記載されており、引用発明においてこのような構成を採用することは当業者が適宜なしうる設計上の事項である。
したがって、引用発明において、相違点3,4に係る構成を採用し、その際、相違点4に係る構成のようにすることは当業者にとって格別困難なこととはいえない。
また、本件発明5が有する効果は、引用発明、刊行物2-5に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明5は、刊行物1-5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-6)本件発明6について
本件発明6と引用発明とを比較すると両者は、前記一致点で一致し、前記相違点3-5及び次の相違点6で相違する。
相違点6
本件発明6は、各工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法の条件を予め記憶しておき、複数工程にわたる試料作製作業の進捗に伴って、前記記憶された集束条件でイオンビームを形成するよう装置に指令する制御装置を備えたイオンビーム加工装置を使って薄片試料を作製する、ものであるのに対し、引用発明はそのようなものか否か明らかでない点
相違点について検討する。
相違点3-5について
上記(3-3)-(3-5)で検討したように、引用発明において、相違点3-5に係る構成のようにすることは当業者が格別の困難なくなしうることである。
相違点6について
刊行物5には、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用薄片試料を作製する方法において、各工程で、集束イオンビームのビーム径を変更すること、すなわち、集束イオンビームのビーム集束方法を変更することが記載されており、さらに、その設定は、コンピュータにより前もって記憶され、自動的に行われるのが一般的になっていることが記載されており、引用発明において、具体的な設計をなすにあたってこのような一般的な手法を採用することは、当業者が適宜なしうることである。
したがって、引用発明において、相違点3-5に係る構成のようにし、その際、相違点6に係る構成のようにすることは当業者にとって格別困難なこととはいえない。
また、本件発明6が有する効果は、引用発明、刊行物2-5に記載された発明が有する効果を合わせた以上に格別のものではない。
よって、本件発明6は、刊行物1-5に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3-7)本件発明7について
本件発明7は、透過形電子顕微鏡用薄片試料作製装置、すなわち装置の発明であるが、要するに、本件発明6の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法の発明を実施するため当然必要な構成要件を列挙して装置の発明としたものに過ぎず、装置の発明とするために何ら格別の工夫をしたものとはいえない。
すなわち、本件発明6を装置の発明とするためには、集束イオンビームを発生するために、イオン源、前記イオン源に接続された加速電圧電源、前記イオン源から発生されたイオンビームを集束する対物レンズ、前記対物レンズに電圧を印加する対物レンズ電源が必要なことは当然のことである。また、試料を載せる試料ステージ、前記試料ステージを駆動するステージ駆動電源や前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御する制御装置も設計上当然考えられるものであり、実際、これらのものを備えた集束イオンビーム(FIB)装置は、刊行物6に開示されているように普通のものである。
また、本件発明6は、各工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法の条件を予め記憶しておくものであるから、装置の発明とするためには、イオンビーム集束条件を記憶する記憶装置を備えるようにすることは当然考えられることである。また、複数工程にわたる試料作製作業の進捗に伴って、前記記憶された集束条件でイオンビームを形成するよう装置に指令する制御装置を備えたイオンビーム加工装置を使って薄片試料を作製するものであり、複数工程のうちの仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによるものであるから、前記制御装置は前記記憶装置に記憶されたイオンビーム集束条件に従って前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御し、異なるビーム集束条件で集束されたイオンビームを用いる複数の工程によって試料を薄片化すると共に前記複数の工程のうち、前記薄片試料を仕上げる加工工程では、前記加速電圧が15keV以下となるように前記加速電圧電源を制御する、ようにすることは設計上当然考えられることである。
以上のように、本件発明6を装置の発明として本件発明7を得ることは当業者であれば普通になしうることであり、装置の発明とするために何ら格別の工夫が必要なものではない。また、装置の発明とすることにより格別すぐれた効果が得られるものともいえない。そして、上記(3-6)で検討したように刊行物1-5に記載された発明に基づいて本件発明6に至ることは当業者が格別の困難なくなしえるのであるから、本件発明7は、刊行物1-6及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5.むすび
以上のとおりであり、請求項1-7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製するための粗加工を行い、前記集束イオンビームを用いて粗加工後の試料を薄片試料に仕上げるための仕上げ加工を行う透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、
前記集束イオンビームを用いて前記薄片試料に仕上げる最後の工程が15keV以下のエネルギーのイオンビームで薄片化する工程であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項2】 請求項1記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作成方法において、前記15keV以下のエネルギーのイオンビームは直径が0.03μm以下であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項3】 集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製するための粗加工を行い、前記集束イオンビームを用いて粗加工後の試料を薄片試料に仕上げるための仕上げ加工を行う透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法において、塊状の素材から薄片試料に加工する工程が、エネルギーの異なるイオンビームで加工する複数の工程よりなり、前記仕上げ加工の工程が15keV以下のエネルギーの集束イオンビームによる加工であることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項4】 請求項3記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作成方法において、薄片試料に仕上げる最終仕上げ工程で使用するイオンビームは、他の工程で使用するイオンビームよりも低いエネルギーを有するイオンビームであることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項5】 請求項4記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作成方法において、前記最終仕上げ工程で使用するイオンビームのビーム集束方法が他の工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法とは異なることを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項6】 請求項5記載の透過形電子顕微鏡用薄片試料作成方法において、各工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法の条件を予め記憶しておき、複数工程にわたる試料作製作業の進捗に伴って、前記記憶された集束条件でイオンビームを形成するよう装置に指令する制御装置を備えたイオンビーム加工装置を使って薄片試料を作製することを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法。
【請求項7】 イオン源と、前記イオン源に接続された加速電圧電源と、前記イオン源から発生されたイオンビームを集束する対物レンズと、前記対物レンズに電圧を印加する対物レンズ電源と、試料を載せる試料ステージと、前記試料ステージを駆動するステージ駆動電源と、前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御する制御装置と、イオンビーム集束条件を記憶する記憶装置とを含み、前記制御装置は前記記憶装置に記憶されたイオンビーム集束条件に従って前記加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御し、異なるビーム集束条件で集束されたイオンビームを用いる複数の工程によって試料を薄片化すると共に前記複数の工程のうち、前記薄片試料を仕上げる加工工程では、前記加速電圧が15keV以下となるように前記加速電圧電源を制御することを特徴とする透過形電子顕微鏡用薄片試料作製装置。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、集束イオンビームを使って塊状の試料を透過形電子顕微鏡(以下、TEMという)観察用薄片試料に加工する方法に関するものであり、特にアーテイファクトを低減して試料を薄片化することのできる透過形電子顕微鏡用試料作製方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
TEM用試料は電子線透過の必要性から、通常は0.1μm程度に薄い必要がある。このように薄い試料を作るため、従来は、検体を機械的切削で小さい薄片にした後、その表面を電解研磨やイオン照射研磨で削り、厚さ0.1μm程度の極薄片に仕上げる方法が使われてきた。この方法では、観察したい部分を丁度その薄片の中に納めた試料を作り上げることが難しい。
【0003】
そこで近年は、集束イオンビームを使って薄片試料に加工する方法が採用されている。すなわち、細く絞ったイオンビームで試料の目的とする場所の両側を削り、薄壁を形成して厚さ0.05μm程度のTEM用試料に仕上げる。この方法によれば、観察したい部分を高信頼度で含んだ試料を作り上げることが出来る。また、通常は30keVから50keVの高エネルギーのイオンビームが使われるので、高速度で加工が行われる。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、この集束イオンビームを用いる方法にも問題点がある。それは、イオンビームで薄片化を進める過程において、イオンビームが薄壁の内部に侵入し、試料を構成している原子(以下、試料原子)を動かして、その位置を変えさせ、試料原子の配置状態を変えてしまうことである。このため試料が結晶性のものであった場合には原子の転位や空孔など種々の結晶欠陥が発生し、もし、この程度が激しければ、イオンビームの侵入部分が非晶質の構造に変わってしまう。
【0005】
イオンが試料中に侵入する深さは、例えば“MICROSCOPY RESEARCH AND TECHNIQUE”第35卷320-333頁によれば、約0.01μmであり、従来の集束イオンビーム加工法で作られた厚さ約0.1μmの極薄試料はその両面に約0.01μmのアーテイファクト層を有している可能性がある。このアーティファクト層は、電子顕微鏡像においてはバックグラウンドを形成し、像のコントラストを低下させる。
【0006】
本発明は、アーテイファクト層の厚さが従来に比べて約1/2以下に小さいTEM観察用試料作製方法を提供することを目的とする。また本発明は、アーテイファクトの少ない試料を加工位置に関しては高精度で、加工時間に関しては短時間で作製できるTEM用試料作製方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
照射イオンの侵入深さを浅くするため、本発明の透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法では、従来のTEM用試料作製装置で使用されているイオンビームエネルギーの1/2以下の低エネルギーイオンビームを使って試料を最終形状に仕上げるようにした。低エネルギーのイオンビームで加工すると、加工に要する時間が長くなる。そこで、試料作製に使われる全時間を短縮するため、素材からTEM用試料に仕上げるまでの全加工を粗加工、中間加工、仕上げ加工、・・・等の複数の加工工程に分け、仕上げ加工工程以外の工程では高エネルギーのイオンビームで加工するようにした。
【0008】
厚さ約0.1μmの薄片試料を信頼度高く作り上げるには、太さが薄壁の略30%以下、すなわち、直径0.03μm以下のイオンビームを使う必要がある。太さが0.05μmのビームでは、作製中に薄片がしばしば破れてしまうことがある。ところが、イオンビームの特徴として、仕上げ加工に使用しようとする低エネルギーのイオンビームは高エネルギーイオンビームに比べて細く絞り難い。そこで、低エネルギーのイオンビームによっても高精度の加工が出来るよう、仕上げ加工用の低エネルギーイオンビームと、その他の加工用の高エネルギーイオンビームとでは、ビームを集束する方法を違えるようにした。
【0009】
すなわち、本発明は、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製する方法において、薄片試料に仕上げる最後の工程が15keV以下のエネルギーのイオンビームで薄片化する工程であることを特徴とする。最後の工程で用いる15keV以下のエネルギーのイオンビームは直径が0.03μm以下であることが望ましい。
【0010】
また、本発明は、集束イオンビームを用いて透過形電子顕微鏡用の薄片試料を作製する方法において、塊状の素材から薄片試料に加工する工程が、エネルギーの異なるイオンビームで加工する複数の工程よりなることを特徴とする。薄片試料に仕上げる最終仕上げ工程で使用するイオンビームは、他の工程で使用するイオンビームよりも低いエネルギーを有するイオンビームである。最終仕上げ工程で使用するイオンビームのビーム集束方法、すなわち対物レンズの焦点距離、もしくは対物レンズの動作モードを他の工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法と違えることによって、仕上げ工程において他の工程におけるより低エネルギーで細いビームを生成することが出来る。
【0011】
本発明による集束イオンビームを用いた透過形電子顕微鏡用の薄片試料作製方法は、各工程で使用されるイオンビームのビーム集束方法の条件を予め記憶しておき、複数工程にわたる試料作製作業の進捗に伴って、記憶された集束条件でイオンビームを形成するよう装置に指令する制御装置を備えたイオンビーム加工装置を使って実行することができる。
【0012】
本発明による透過形電子顕微鏡用薄片試料作製装置は、イオン源と、イオン源に接続された加速電圧電源と、イオン源から発生されたイオンビームを集束する対物レンズと、対物レンズに電圧を印加する対物レンズ電源と、試料を載せる試料ステージと、試料ステージを駆動するステージ駆動電源と、加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御する制御装置と、イオンビーム集束条件を記憶する記憶装置とを含み、制御装置は記憶装置に記憶されたイオンビーム集束条件に従って加速電圧電源、対物レンズ電源及びステージ駆動電源を制御し、異なるビーム集束条件で集束されたイオンビームを用いる複数の工程によって試料を薄片化することを特徴とする。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。まず、集束イオンビームを用いたTEM用試料作製工程において、試料を照射するイオンが試料を切削するとともに、その一部が試料内部に侵入してゆく様子を図1を用いて説明する。
【0014】
図1は、最初は一点鎖線で示されたような直方体状である小片にイオンビーム1をその位置を制御しながら照射し、薄壁2が形成されつつある様子を描いている。イオンビーム1が小片を照射すると、照射部にあった試料原子3は真空中にはじき出されて試料が削られる。一方、試料原子3をはじき出した照射イオン4は、試料原子3をはじき出しても、まだ照射時と同程度に大きなエネルギーが残っているので、例えば矢印に描いたような軌跡をたどって薄壁内部に侵入する。そのエネルギーは試料原子を動かすことにより失われ、エネルギーが零になると同図の4のように試料中に停止する。すなわち、試料に侵入したイオンはその行路に沿って試料原子を動かし、その位置を変えさせる。そこで、もし、試料が結晶で出来ていたとすると、照射イオンの侵入領域5の部分には、試料原子の転移や置換、空孔などの結晶欠陥が発生する。照射イオンの侵入領域5の大きさ(層の深さ)は、例えば30keVのガリウム・イオンビームでシリコン素材を加工するような場合には従来技術において述べたように約0.01μmである。
【0015】
シリコンの結合エネルギーは約4.7eVと小さいことに注意したい。すなわち、照射時に持っていた30keVのエネルギーのうち、試料表面近傍の試料原子をはじき出すのに使われるエネルギーはごく一部であり、大部分のエネルギーは試料内部で試料原子を動かすことで消費されている。このことを考えると、イオンの侵入によって試料に発生する欠陥の数は照射時に有していたエネルギーにほぼ比例して変化することと推定される。そこで、もし、照射時のエネルギーが15keV以下のイオンビームを使って薄片化すれば、欠陥層の厚さを0.005μm以下に抑えることが可能と思われる。
【0016】
一方、照射時のエネルギーが高いほど、試料原子をはじき出す速度、すなわち加工速度も大きい。なるべく短時間で試料を作製したいことは言うまでもない。そこで、TEM用試料の作製時間はなるべく短く、かつ、出来上がった試料の欠陥層はなるべく薄く仕上げるためには、イオンビーム加工の工程を照射エネルギーの異なる複数の工程に分ければよいことと思われる。すなわち、目的の部位から離れた部分の加工は欠陥が発生してもよいので高エネルギーのイオンビーム照射で高速度で行い、目的部位の近傍は低エネルギーのイオンビームを使って加工する。つまり、目的部から10nm以上離れた部分を切削加工するには、従来通り、高エネルギーのイオンビームで加工し、TEM用試料を完成する最後の工程では15keV以下のイオンビームで加工する。もし、TEM用試料作製時間短縮の必要がなければ、試料作製の全工程を低エネルギーのイオンビームで加工してもよいことは言うまでもない。
【0017】
図2は、本発明のTEM用試料作製方法を実施するために使用する集束イオンビーム加工装置の一例を示す概略図である。イオン源6より発射されたイオンビーム1は、偏向器7を通って対物レンズ8に入る。対物レンズ8は図示したように3枚の電極から構成されており、中央の電極に電圧(以下、レンズ電圧という)を印加することによりイオンビーム1を集束することが出来る。対物レンズ8により細く絞られたイオンビーム1は、試料9を照射し、試料9の照射部を掘削する。図2では偏向器7を用いてイオンビーム1の照射位置を制御することにより、試料9がもともとは直方体状の小片から薄壁状のTEM用試料に加工されつつある様子が示されている。試料9は、ステージ駆動電源11によって上下に移動出来る試料ステージ10に載せられている。
【0018】
試料9の加工に必要な集束イオンビーム加工装置の各部の制御は、全て全体制御器12が統轄して行う。すなわち、全体制御器12は予めパーソナルコンピュータ13にプログラムされている手順に従って、所定のイオンビームエネルギーと所定のイオンビーム走査とを加速電圧電源14と偏向器電源15を中継してイオンビーム1に与え、所定の試料-レンズ間距離(以下、ワーキングディスタンスという)に試料9が位置するようにステージ駆動電源11を駆動して調節する。対物レンズ8には、全体制御器12によって制御される対物レンズ電源16からレンズ電圧が印加される。
【0019】
図2のイオンビーム加工装置を使用して、本発明に従ってTEM用薄片試料を作製する方法の一例を図3に示す。ここで説明するTEM用試料の作製工程は粗加工の工程と仕上げ加工の工程とからなる。本発明の方法の実施に必要な装置制御パラメータは、イオンビームエネルギーE(keV)、レンズ電圧V(kV)、ワーキングディスタンスW(mm)、イオンビーム直径D(μm)、及びイオンビーム電流値I(nA)である。
【0020】
まず図3(1)に示すように、TEM用試料作製者は、観察したい部分を内部に含む略2×0.3×0.7mmの試料片17を機械的切削により作製し、図2のイオンビーム加工装置の試料ステージ10に装填する。加速電圧電源14により30keVのエネルギーを与えられたイオンビーム1はワーキングディスタンスWが18mmの位置に置かれた試料片17を照射し、図3におけるA部とB部をイオンビーム1で掘削する。
【0021】
この時使用されるイオンビーム1は、図2の対物レンズ8にレンズ電圧V=-32.18kVの電圧を印加することによって得られたイオンビーム直径Dが約0.2μmのイオンビームである。また、その電流値Iは9nAで、次に述べる仕上げ加工時の電流値に比べ45倍大きい。この大電流ビームで約1.5時間加工すると、厚さ約1μmの薄壁を有する試料18が得られる。この加工工程は、加工場所が目的部分から約0.4μm以上離れた、欠陥発生の悪影響を受けない部分を大電流イオンビームを使って高速加工する工程であるので、粗加工工程と呼ばれる。粗加工工程は、図3に示したように略20×20×300μm3の大きな体積を掘削する工程であり、なるべく短時間で加工するには大電流のイオンビームを利用することが不可欠である。
【0022】
次に、図3(2)に示すように、粗加工で作製した薄壁を、観察所望部位を含む厚さ約0.05μmの薄壁に仕上げるため、仕上げ加工が行われる。すなわち、図3において、試料18の博壁両側のC部とD部がイオンビーム1で削られる。仕上げ加工に使用されるイオンビーム1の必要条件は、(1)イオンビーム侵入により発生する欠陥を極力押さえるため、低エネルギーのイオンビームを使用することと、(2)約0.05μmという極薄の試料を作る必要性から細いビームを使用することである。本実施の形態の仕上げ加工では10keVのエネルギーと0.02μmφのイオンビームが使われている。すなわち、本実施の形態では、粗加工には30keV、0.2μmφのイオンビームが使われ、仕上げ加工では10keV、0.02μmφのイオンビームが使われている。
【0023】
仕上げ加工では粗加工に比べ低エネルギーで、かつ、はるかに細いイオンビームを必要とするという要件は、実は集束イオンビームを生成する点からは相反的な課題である。というのは、イオンビームを細く絞る限界は対物レンズの色収差で制約されているので、低エネルギーのイオンビームは高エネルギーのイオンビームに比べて細く絞り難いからである。
【0024】
本発明では、粗加工に使用する30keVビームと仕上げ加工に使用する10keVビームとでレンズの焦点距離を違えることにより、この問題に対処する。すなわち、図3に示した実施の形態では粗加工と仕上げ加工とで、ワーキングディスタンスWを18mmから3mmに変えて、仕上げ加工では短焦点距離のレンズ条件でビームを絞るよう対物レンズが動作する。これは丁度、光学顕微鏡を使用する際に、低倍率の広視野観察から高倍率の高分解能観察に移行する際に長焦点距離の対物レンズから短焦点距離の対物レンズにレンズを交換して観察する方法と類似している。もちろん、粗加工においてもワーキングディスタンスWを3mmに短くして短焦点距離のレンズ動作条件で30keVのビームを生成することが出来れば更に良いが、静電レンズでは、所定の焦点距離を与えるに必要とする印加電圧がビームエネルギーに比例する性質があるので、本実施の形態の場合には装置実用上の不具合が発生する。すなわち、30keVビームをワーキングディスタンスW=3mmの試料上に絞りこもうとすると、-90.3kVの高電圧を対物レンズに印加する必要が生じ、レンズが破損してしまう。
【0025】
この実施の形態では、粗加工用ビームと仕上げ加工用ビームの集束方法を違える手段としてワーキングディスタンスWを変えて焦点距離を違える方法を採用したが、ワーキングディスタンスWは3mmの短焦点距離側の値に保ち、30keVの粗加工用ビームと10keVの仕上げ加工用ビームとで対物レンズの動作モードを変える方法によっても、粗加工用ビームに比べて低エネルギーで、かつ細い仕上げ加工用ビームを発生することが出来る。
【0026】
図4は、本発明の他の実施の形態の説明図である。この実施の形態では、対物レンズの動作モードを変えており、図3で説明した実施の形態と以下の2点で異なっている。(1)粗加工においても仕上げ加工と同じ短焦点距離の状態でレンズを駆動する。(2)粗加工に使われるイオンビームと仕上げ加工に使われるイオンビームとは対物レンズに異なった極性の電圧を印加することによって生成される。
【0027】
図4に示したように、粗加工においては、イオンビームエネルギーE=30keV、ワーキングディスタンスW=3mm、対物レンズのレンズ電圧V=21.68kVの条件で、イオンビーム直径Dが約0.3μm、電流値Iが10nAのイオンビームを生成する。この大電流ビームを用いて図3に示した小片17のA部とB部を掘削し、厚さ約2μmの壁を有する試料を作製する。次の中間加工では、イオンビームエネルギーE=30keV、ワーキングディスタンスW=3mm、対物レンズのレンズ電圧V=23.03kVの条件で、イオンビーム直径Dが約0.04μm、イオンビーム電流値Iが1nAのイオンビームを生成する。このイオンビームを用いて、粗加工で作製した試料薄壁の両面を削り、厚さ0.2μmの薄壁を有する試料を作製する。最後の仕上げ加工においては、イオンビームエネルギーE=10keV、ワーキングディスタンスW=3mm、対物レンズのレンズ電圧V=-30.12kVの条件で、イオンビーム直径Dが約0.02μm、イオンビーム電流値Iが0.02nAのイオンビームを生成する。このイオンビームを用いて、中間加工で作製した試料薄壁の両面を削り、厚さ0.08μmの薄壁を有するTEM観察用試料に仕上げる。
【0028】
周知のように、イオンビームは静電レンズで構成された対物レンズに正極性の電圧を印加しても、負極性の電圧を印加しても集束する。前者の集束方法は減速モードの集束と称し、後者は加速モードの集束と呼ばれている。粗加工用の30keVのイオンビームを加速モードで焦点距離短くワーキングディスタンスW=3mmの試料に集束しようとすると、先に述べたように-90.3kVという極めて高いレンズ電圧を必要とするが、これを減速モードで集束しようとすれば、+21.7kVの電圧を対物レンズに印加すればよい。
【0029】
減速モード動作は加速モード動作に比べて収差が大きくビームが絞り難い欠点があるので、図3に示した実施の形態でワーキングディスタンスWを大きして、対物レンズを加速モードで絞る方法を示したが、図4に示した実施の形態ではワーキングディスタンスWは3mmの短焦点距離に置き、イオンビームを絞る方法を示している。ワーキングディスタンスWが小さいので減速モードでも直径0.3μm程度に細く絞ることが出来る。もちろん、仕上げビームは10keVという低エネルギーなので、図3に示した実施の形態と同じ条件で負極性の加速モードで絞られる。図4に示した実施の形態では粗加工と仕上げ加工とで試料位置を変更する必要がない利点があるが、正と負の2つの極性の高電圧を発生するレンズ電源を必要とする。
【0030】
【発明の効果】
本発明によると、従来のイオンビーム加工装置を使用して作製した透過形電子顕微鏡用試料に比べて結晶欠陥の数を1/2以下に低減した透過形電子顕微鏡用試料を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】
イオンビーム応用TEM用試料加工方法の説明図。
【図2】
本発明の方法に使用するイオンビーム加工装置の一例を示す概略図。
【図3】
本発明に従ってTEM用薄片試料を作製する方法の一例を示す説明図。
【図4】
本発明に従ってTEM用薄片試料を作製する方法の他の例を示す説明図。
【符号の説明】
1…イオンビーム、2…薄壁、3…試料原子、4…照射イオン、5…照射イオン侵入領域、6…イオン源、7…偏向器、8…対物レンズ、9…試料、10…試料ステージ、11…ステージ駆動電源、12…全体制御器、13…パーソナルコンピュータ、14…加速電圧電源、15…偏向器電源、16…対物レンズ電源、17…試料片、18…粗加工により得た薄壁を有する試料、19…TEM観察用試料
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-10-20 
出願番号 特願平10-27094
審決分類 P 1 651・ 121- ZA (G01N)
最終処分 取消  
前審関与審査官 ▲高▼見 重雄  
特許庁審判長 渡部 利行
特許庁審判官 菊井 広行
橋場 健治
登録日 2002-07-26 
登録番号 特許第3333731号(P3333731)
権利者 株式会社日立製作所
発明の名称 透過形電子顕微鏡用薄片試料作製方法  
代理人 平木 祐輔  
代理人 平木 祐輔  

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