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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C11B
管理番号 1113001
異議申立番号 異議2003-70926  
総通号数 64 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1993-06-08 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-04-10 
確定日 2005-02-09 
異議申立件数
事件の表示 特許第3338075号「多価不飽和脂肪酸配合油脂の臭気抑制方法」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3338075号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯及び本件発明
本件特許第3338075号は、平成3年11月18日に出願され、平成14年8月9日にその特許権の設定登録がなされ、その後、青木隆明、有限会社ツヤチャイルド、松本久紀、マーテック バイオサイエンシズ コーポレイションよりそれぞれ特許異議の申立てがあり、取消通知がなされ、これに対して特許異議意見書が提出され、さらに、有限会社ツヤチャイルドから上申書が提出されたもので、その請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」及び「本件発明2」という)は、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された以下のとおりである。

「【請求項1】炭素数18以上で二重結合3個以上を有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含む油脂に、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルを100〜2000ppmとトコフェロールを20〜2000ppm添加することを特徴とする多価不飽和脂肪酸配合油脂の戻り臭抑制方法。
【請求項2】炭素数18以上で二重結合3個以上を有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含む油脂に、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルを100〜2000ppm、レシチンを0.01〜0.1%、トコフェロールを20〜2000ppm添加することを特徴とする多価不飽和脂肪酸配合油脂の戻り臭抑制方法。」

2.取消理由の概要
当審が平成15年10月15日付けで通知した取消理由の概要は、本件請求項1及び2に係る発明の特許は、以下の(1)ないし(3)の理由により取り消す、というものである。

(1)本件発明1は、本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな下記の刊行物1ないし8にそれぞれ記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができないものであり、よって本件発明1に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。
(2)本件発明1及び2は、本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな下記の刊行物1ないし17に記載された発明及び技術的事項に基づいて、当業者が容易になし得た発明であるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、よって本件発明1及び2に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。(3)本件出願は、明細書の記載が不備であるから特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、よって本件発明1及び2に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものである。


刊行物1:河、五十嵐「コーン油の自動酸化中におけるトコフェロール同
族体の消長と相互関係ならびにα-トコフェロールのアスコル
ビン酸パルミテートとの相乗効果について」日本食品工業会誌
、第35巻第7号、1988年7月、第464〜470頁
(特許異議申立人青木隆明の提出した甲第1号証)
刊行物2:「アスコルビン酸およびアスコルビン酸パルミチン酸エステル
の酸化防止効果」New Food Industry、Vol.33、No.6(1991)、
第6〜13頁
(特許異議申立人青木隆明の提出した甲第2号証、特許異議申
立人有限会社ツヤチャイルドの提出した甲第3号証)
刊行物3:米国特許第5,006,281号明細書
(特許異議申立人青木隆明の提出した甲第3号証、特許異議申
立人松本久紀の提出した甲第1号証、異議申立人マーテックバ
イオサイエンシズ コーポレイションの提出した甲第3号証)
刊行物4:特開平2-4899号公報
(特許異議申立人有限会社ツヤチャイルドの提出した甲第2号
証、異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイ
ションの提出した甲第5号証)
刊行物5:特開昭51-47005号公報
(特許異議申立人松本久紀の提出した甲第2号証)
刊行物6:「アスコルビン酸パルミチン酸エステルの特性と利用」月刊フ
ードケミカル、1991-3、第44〜49頁
(特許異議申立人松本久紀の提出した甲第3号証)
刊行物7:米国特許第4,101,673号明細書
(異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイシ
ョンの提出した甲第2号証)
刊行物8:W.M.CORT「Antioxidant Activity of Tocopherols,
Ascorbyl Palmitate, and Ascorbic Acid and Their
Mode of Action 」JOURNAL OF THE AMERICAN OIL
CHEMISTS' SOCIETY、JULY, 1974、vol.51
第321〜325頁(異議申立人マーテック バイオサイエン
シズ コーポレイションの提出した甲第4号証)
刊行物9:E.R.SHERWIN「Antioxidants for Vegetable Oils」
J. AM. OIL CHEMISTS' SOC.,June 1976(VOL.53)、
第430〜436 頁
(異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイシ
ョンの提出した甲第7号証)
刊行物10:DANIEL SWERN編「BAILEY'S INDUSTRIAL OIL AND
FAT PRODUCTS」Volume 1、Fourth Edition、John
Wiley & Sons, Inc. 1979、第156〜157頁
(異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイ
ションの提出した甲第8号証)
刊行物11:並木満夫ら共編「現代の食品化学」三共出版株式会社、昭和
60年5月10日発行、第138〜151頁
(特許異議申立人有限会社ツヤチャイルドの提出した甲第1
号証)
刊行物12:特開平2-208390号公報
(特許異議申立人有限会社ツヤチャイルドの提出した甲第4
号証)
刊行物13:特開昭55-69688号公報
(特許異議申立人有限会社ツヤチャイルドの提出した甲第6
号証)
刊行物14:特開平2-55785号公報
(異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイ
ションの提出した甲第1号証)
刊行物15:特開平2-189394号公報
(異議申立人マーテック バイオサイエンシズ コーポレイ
ションの提出した甲第6号証)
刊行物16:「我が国の油脂事情」社団法人日本油脂協会、1990年1
0月発行、第19頁表4
(特許異議申立人青木隆明の提出した甲第4号証)
刊行物17:「油脂・油糧ハンドブック」株式会社幸書房、昭和63年5
月25日発行、第480〜483頁
(特許異議申立人有限会社ツヤチャイルドの提出したの提出
した甲第5号証)

3.刊行物等の記載
刊行物1には、「コーン油の自動酸化中におけるトコフェロール同族体の消長と相互関係ならびにα-トコフェロールのアスコルビン酸パルミテートとの相乗効果について」と題する論文が記載されており、抗酸化試験について、「抗酸化試験はAOM装置(蔵持科学器械製作所製)を用いて行った.コーン油に各Tocの濃度が0.1,0.05,0.02%になるように単独または混合添加した.また、α-TocとL-AsA palmitateを共存させた系では各々2.5×10-3Mまたは2.5×10-4Mの濃度で単独あるいは混合添加した.これらの試料につき,AOM条件下(97.8±1℃,通気量2.33ml/sec)で自動酸化後,過酸化物価(POV)とToc及びL-AsA palmitateの残存量を以下に述べる方法で測定した.」と記載され(第465頁右欄23行〜第466頁左欄第1行)、α-TocとL-AsA palmitateとの相乗効果について、「コーン油に対し,α-TocとL-AsA palmitateを2.5×10-4Mまたは2.5×10-3Mの濃度で単独,または混合添加しAOM法でその抗酸化性を調べた結果をFig.5に示す.L-AsA palmitateを単独で用いると2.5×10-4Mの濃度ではほとんど抗酸化性は認められないが,2.5×10-3Mの濃度でわずかに抗酸化性が見られた.α-TocとL-AsA palmitateを併用するとそれぞれ単独で用いた際より抗酸化力が増加し,L-AsA palmitateがシネルギストとして作用することが認められ,とくに高濃度の場合の相乗効果が著しかった.」と記載されている(第467頁右欄13行〜第468頁左欄下から4行〜下から2行、及び第469頁Fig.5参照)。

刊行物2には、「アスコルビン酸およびアスコルビン酸パルミチン酸エステルの酸化防止効果」と題する論文が記載されており、トコフェロールとの併用効果について、「このように,V.Cパルミテート単品でも効果があるが,他の酸化防止剤,特にトコフェロール(ビタミンE)と併用すると大きな相乗効果が得られる。図6・表11にその例を示す・・・ロシェ社では,この相乗効果に着目した,表12の成分をもつ酸化防止剤「ロノキサンRA」を開発している。図9にみられるように,大変大きな相乗効果をもっている。」と記載されている(第10頁右欄21行〜第11頁右欄3行)とともに、表11には、ラード1kgにL-アスコルビン酸パルミチン酸エステルを250mg(250ppm)、dl-α-トコフェロールを50mg(50ppm)添加した配合物の、過酸化物価が20meqに達する時間が17日であったこと(第11頁右欄表11参照)、表12には、酸化防止製剤「ロノキサンA」がL-アスコルビン酸パルミチン酸エステル25%、dl-α-トコフェロール5%、レシチン70%の組成を有するものであること、図9には、「ロノキサンA」のラードに対する酸化防止相乗効果について、ラード1kgに対してレシチンを1400gm(mgの誤記と思われ、この場合1400ppm)、V.Cパルミテート500mg(同じく500ppm)、α-トコフェロール100mg(同じく100ppm)を配合した例がそれぞれ記載されている(第12頁左欄表12及び図9参照)。

刊行物3には、海産動物から得られる油の好ましくない臭いや風味を防止する方法が記載されており(claim1参照)、EXAMPLE1には、鮭肉から抽出された油に重量で0.02%のγ-トコフェロールと0.02%のアスコルビルパルミテートを添加した場合に30日間放置しても風味の変質がなかったこと(第9欄28行〜51行参照)、EXAMPLE2には、魚臭を有する100gの鱈の肝臓油の精製過程において20mgのγ-トコフェロールと20mgのアスコルビルパルミテートを添加したところ臭いのない油が得られたこと(第9欄54行〜第10欄5行参照)がそれぞれ記載されている。

刊行物4には、「トコフェロール、アスコルビン酸及び天然乳化剤を含むことを特徴とする相乗性抗酸化剤混合物」が記載されており(特許請求の範囲参照)、比較例として、アスコルビン酸パルミチン酸エステルを換算で1176ppm(アスコルビン酸として500ppm)、トコフェロールを500ppm、レシチンを1%配合した抗酸化剤添加物が記載されている(第4頁右上欄第II表C17参照)。

刊行物5には、栄養油の精製方法に係る発明が記載されており(特許請求の範囲参照)、精製油の自動酸化防止について、「精製油はトコフェロール酸化防止剤、特にγ-トコフェロールと金属清掃剤、例えばアスコルビルパルミテートと共に添加することによって自動酸化を防止できることを確めた。添加物は珪酸塔から溶離されるや否や精製油に添加する必要がある。・・・精製油に添加するγ-トコフェロールの量は、一般に油の重量に対して約0.002〜0.200重量%、とりわけ0.002〜0.100重量%、特に約0.005〜0.05%の範囲が好ましい。金属清掃剤、例えばアスコルビルパルミテート、くえん酸等はトコフェロールと共に使用する。使用する清掃剤の量は油中におけるその溶解度によって制限される。・・・アスコルビルパルミテートの場合には油100gに対して約30mgがその溶解度の限界である。」と記載され(公報第6頁右上欄15行〜左下欄16行参照)、表V及び表VIには、精製大豆油あるいは精製ひまわり油に0.02%のトコフェロールと30mg/100gのアスコルビルパルミテートを添加した場合には、いずれも精製油の自動酸化が著しく減少したことが示されている(第7頁左上欄表V、同左下欄表VI参照)。

刊行物6には、「アスコルビン酸パルミチン酸エステルの特性と利用」と題する論文が記載されており、トコフェロールを併用した場合の相乗効果について、刊行物2と同様の記載がある(第47〜48頁参照)。

刊行物7には、栄養油の製造方法が記載されており(ABSTRACT参照)、精製油の自動酸化防止について、刊行物5と同様の記載がある(第8欄61行〜第9欄18行、及び第9欄TABLE V及び第10欄TABLE VI参照)。

刊行物8には、「Antioxidant Activity of Tocopherols, Ascorbyl Palmitate, and Ascorbic Acid and Their Mode of Action 」と題する論文が記載されており、0.01%レベルでアスコルビン酸パルミチン酸エステルが植物油の保存期間を長くするのに有効であること、動物油の保存にはトコフェロールが有効であることが記載され(ABSTRACT参照)、鳥油、豚油、牛油にアスコルビルパルミテートを0.02%、dl-α-トコフェロール又はdl-γ-トコフェロールを0.02%添加したもの(第321頁TABLE I参照)及び大豆油にアスコルビルパルミテートとトコフェロールをそれぞれ0.01%添加したもの(第322頁TABLE V参照)が抗酸化効果のあることが記載されている。

刊行物9には、「Antioxidants for Vegetable Oils」と題する論文が記載されており、リノレン酸のような分子構造中に2以上の二重結合を有する脂肪酸を含む油には、「戻り臭(flavor reversion)」として知られる独特な酸化的分解・劣化が起こり、このような戻り臭は酸敗と比較してきわめて低い程度の酸化により生じ、TABLE 1に示すようなリノレン酸を比較的多く含む植物油(大豆油、菜種油、ヤシ油、コーン油)において、戻り臭の問題が起こりやすいことが記載されている(第430頁右欄11行〜19行、TABLE 1参照)。また、植物油に対するアスコルビン酸等の酸の溶解度が低いという問題点を克服するために、アスコルビン酸パルミチン酸エステルのような当該酸の誘導体が有効であり、それら誘導体は植物に含まれるレシチンの抗酸化性効果を強化させることが記載されている(第434頁左欄第42行から第56行参照)。

刊行物10には、「戻り臭(Flavor Reversion)」に係る記述があり、精製し、蒸気脱臭することにより無臭にした後に、ある種の脂肪酸は酸敗臭が発生する場合よりもきわめて低い程度の酸化により不快な臭いを発し、その臭いは一般的に戻り臭と呼ばれ、主として、大豆油や海産動物油などのリノール酸やリノレン酸を含む油に起こること、そして、水素添加していない大豆油の場合は、わずかに豆のような臭いから、草のような、ペンキのような、魚のような臭いに変化し、水素添加した大豆油の場合は干し草のような、麦藁のような臭いを発し、魚介油の場合は戻りによって魚の臭いが生じること、さらに、戻り臭を生ずるのに必要とされる酸素の量は、酸敗の発生に必要な酸素量の1%を超えないくらいのきわめて低いものであることが記載されている(第156頁11行〜31行参照)。また、大豆油の戻り臭にはイソリノール酸や不鹸化物が関与していること、その他には非グリセリド物質及び特定の不飽和脂肪酸が戻り臭に関与していることなどが記載されている(第156頁39行〜第157頁28行参照)。

刊行物11には、食品の酸化的劣化に係る記述があり、自動酸化のしくみについて、「油脂の自動酸化(autoxidation)は,酸素により主に不飽和脂肪酸に起こる変化であるが,その反応の初期には酸素もほとんど吸収されない.この時期を誘導期間(induction period)といい(図11-1),これを過ぎるとラジカル連鎖反応が進行し,酸化吸収や過酸化物価(peroxide value)が上昇する.生成した過酸化物(ヒドロペルオキシド;hydroperoxides)は,その後,分解をはじめ低分子の各種酸化分解物を生じるようになるが,酸化が更に進行すると,過酸化物はしだいに減少すると共に二量体以上の重合物の生成が進む.」と記載され(第138頁9行〜20行)、図11-1には「誘導期間」と「過酸化物生成」にかけて点線で囲まれた部分が「戻り」として示されている(第138頁図11-1参照)。

刊行物12には、特定のリン脂質とトコフェロールを併用してなる抗酸化剤組成物に係る発明が記載されており(特許請求の範囲参照)、従来例としてレシチンと共にトコフェロールを用いる抗酸化剤があることが記載され(公報第1頁右下欄5行〜7行参照)、実施例1には、エゴマ油(α-リノレン酸57%含有)にトコフェロール及び大豆レシチンあるいは卵黄レシチンを500ppmの割合で添加して、一定の抗酸化性の効果があったことが記載されている(公報第2頁左下欄11行〜第3頁右上欄11行参照)。

刊行物13には、「トコフェロール,アスコルビン酸ステアリン酸エステル及びレシチンからなる抗酸化剤」に係る発明が記載されており(特許請求の範囲第1項)、これら三者の併用について、「トコフェロールおよびアスコルビン酸ステアリン酸エステルが抗酸化剤または抗酸化剤のシネルギストとして有効なことは公知の事実であり,また両者を同時に使用することも公知である。しかしながらトコフェロール,アスコルビン酸ステアリン酸エステル及びレシチンの三者を同時に使用すれば,それぞれ単独で用いるよりもはるかに強い抗酸化効果が得られるのみならず,トコフェロールとアスコルビン酸とを同時に用いるよりも強力な抗酸化効果が得られるという知見は,本発明をもって嚆矢とする。・・・・・上記三成分の混合比はトコフェロール100重量部に対してアスコルビン酸ステアリン酸エステル約10〜250重量部,レシチン約10〜100重量部であるのが好ましい。」と記載されている(公報第2頁左上欄5行〜右上欄8行)。

刊行物14には、「茶葉のアセトン抽出物に、トコフェロールとL-アスコルビン酸エステルとを配合してなる抗酸化剤組成物」に係る発明が記載されており、L-アスコルビン酸エステルの例としてL-アスコルビン酸ステアリルエステル、L-アスコルビン酸パルミチルエステル、L-アスコルビン酸ラウリルエステルなどがあげられ、茶葉アセトン抽出物、トコフェロール、L-アスコルビン酸エステルの配合比は3:1:1〜1:2:2の範囲が好ましく、抗酸化剤組成物の油脂への添加量は100〜2000ppmの範囲が好ましいことが記載されている(公報第2頁右上欄1行〜12行参照)。

刊行物15には、「構成脂肪酸として多価不飽和脂肪酸を含有するヨウ素価130以上の油脂100重量部に対して焙煎ごま油2〜6重量部、アスコルビン酸エステル0.01〜0.05重量部及びハーブエキスを添加した油脂組成物」に係る発明が記載されており(特許請求の範囲)、産業上の利用分野として、「空気中で不安定な多価不飽和脂肪酸・・・・・を含有する油脂に対してごま油、アスコルビン酸エステル及びハーブエキスを添加して、その安定性を高めた油脂組成物に関するものである。」と記載され(公報第1頁左下欄12行〜17行)、多価不飽和脂肪酸について「本発明で使用するPUFA(多価不飽和脂肪酸)とは、複数の二重結合を有するポリエン酸を指し、具体的にはリノール酸(炭素数18個、二重結合2個)、リノレン酸(炭素数18個、二重結合3個)、EPA(炭素数20個、二重結合5個)、DHA(炭素数22個、二重結合6個)等を挙げることができる。」と記載されている(公報第1頁右下欄19行〜第2頁左上欄5行)。また、主成分の油脂が魚油等の動物油脂の場合には、トコフェロールを併用する旨の記載がある(公報第2頁右上欄10行〜12行参照)。

刊行物16には、食用油脂の脂肪酸組成が記載されており、リノレン酸がひまわり油、とうもろこし油、大豆油、豚油などに含まれていることが記載されている(第19頁参照)。

刊行物17には、油脂の脂肪酸組成が記載されており、とうもろこし油、ひまわり油、豚油、いわし油、さば油、さんま油などが、炭素数18以上で二重結合3個以上有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含むものであることが記載されている(第480頁〜第483頁参照)。

特許権者が特許異議意見書に添付した参考文献2(太田静行著「油脂食品の劣化とその防止」、株式会社幸書房、昭和52年6月10日発行)には、油脂の保存中に発現するにおいに係る記述があり、「変敗あるいは酸敗とは,油脂を酸素が充分存在する状態で長期間保存したとき,油脂が特有の不快な激しい刺激臭を発生する現象をいう.“においの戻り”は酸敗よりも初期の段階であって,例えば大豆油の酸化の初期に発生する“豆のような”においを“戻り臭”という.」との記載があり(第34頁12行〜15行)、変敗と戻りの相違について、「変敗も戻りも後述のように同じく油の酸化によって起こる現象であるから,かなり似たところがあり,・・・しかし,この戻り臭と変敗にはおのおの区別しうる特徴がある.Daubertらは異なる油は異なる戻り臭を持つが,変敗に関連する特臭はすべての油に共通であると述べている.(実際には変敗臭も油によって多少異なるようである.)戻りのための酸素の必要量は,変敗のための必要量に比べてずっと少ない.大豆油などの場合,においの戻りは過酸化物価1〜2でみられ,変敗は過酸化物価20以上から起こる.後述のように戻り臭と変敗臭とは,においの成分がかなり異なっており,変敗臭を薄めるだけでは戻り臭とならない.」と記載されている(第35頁7行〜15行)。

4.対比・判断
(1)本件発明1について
上記刊行物1ないし8にそれぞれ記載された配合物において、主体となる油脂は、刊行物16及び刊行物17の記載を参照すれば、いずれも「炭素数18以上で二重結合3個以上を有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含む油脂」に該当するものであり、また、上記刊行物1ないし8において酸化防止剤、抗酸化剤として用いられているL-アスコルビン酸パルミチン酸エステル及びトコフェロールの添加量は、いずれも本件発明1で特定される「100〜2000ppm」、「20〜2000ppm」の範囲内にあることから、上記刊行物1ないし8には、そのいずれにも、「炭素数18以上で二重結合3個以上を有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含む油脂に、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルを100〜2000ppmとトコフェロールを20〜2000ppm添加する多価不飽和脂肪酸配合油脂の酸化防止・抗酸化方法」が記載されているものと認められる(以下、これらをまとめて「刊行物記載の方法」という。)
そこで、本件発明1のもどり臭抑制方法と上記刊行物記載の方法とを比較すると、上述したように「炭素数18以上で二重結合3個以上を有する多価不飽和脂肪酸をその脂肪酸組成中に含む油脂に、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルを100〜2000ppmとトコフェロールを20〜2000ppm添加する」点で両者は一致しているが、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステル及びトコフェロールが、本件発明1の方法においては「戻り臭の抑制」に用いられているのに対して、上記刊行物記載の方法においては主として酸化防止剤、抗酸化剤として用いられている点において相違している。
上記相違点について、以下に検討する。
刊行物9ないし11の記載によれば、「もどり臭(Flavor Reversion)」とは、酸敗に比較して短時間かつ酸素量が少ない状態で発生するものであり、その臭気も酸敗による臭気とは異なるものである。そして、特定の不飽和脂肪酸を含む油脂において酸敗による臭気とは別にこのような「戻り臭」による臭気が発生することは、この出願前に広く認識されていたものと認められ(刊行物9:第430頁右欄11行〜19行、刊行物10:第156頁11行〜27行、刊行物11:138頁図11-1参照)、このことは特許権者が提出した参考文献2の記載事項を見ても明らかである(参考文献2、第34頁12行〜15行及び第35頁7行〜15行参照)。 このような「戻り臭」が実際にどのようなメカニズムで発生し、その原因物質が何であるのかについては、上記の刊行物等においていくつかの可能性について述べられてはいるものの、明確に特定されるまでには至っていない。しかし、上記刊行物9及び10には、「戻り臭」が酸敗よりもきわめて低い程度の酸化により起こるものであることが明記されており(刊行物9:第430頁右欄15行〜17行、刊行物10:第156頁12行〜13行参照)、程度の差はあるとしても、酸素の存在下で起こる油脂の酸化が何らかの形で「戻り臭」に関与していることは明らかである。またこのことは、参考資料2にも戻りが変敗と同じく油の酸化によって起こる現象であることが明記されている(第35頁7行参照)ことからも裏付けられている。
一方、刊行物9には酸化を防止する物質として、トコフェロール、アスコルビルパルミテート、レシチン等が示唆され(第430頁右欄21行〜35行、第434頁左欄40行〜56行参照)、さらに刊行物1ないし8、14、15に、酸化防止剤あるいは抗酸化剤としてアスコルビン酸エステル、特にL-アスコルビン酸パルミチン酸エステルとトコフェロールを併用する場合のそれぞれの量比について検討を行ったことが記載されており、このような酸化防止剤あるいは抗酸化剤を用いることにより、酸敗による臭気を抑制できることは、当業者において周知の事実である。
したがって、上記刊行物記載の方法を、油脂の酸化が何らかの形で関与している「戻り臭」についても適用し、酸敗による臭気の抑制と同様に「戻り臭」の抑制を試みることは当業者であれば容易に想到できることであり、その際に酸化防止剤としての最適な配合量を参照することによって、「戻り臭」を抑制するための配合量の好適な範囲を定めることも適宜なし得ることである。また、その効果についてみても予測された範囲内のものにすぎない。
なお、特許権者は特許異議意見書において、戻り臭は油脂の酸化が大きな要因ではなく、イソリノレン酸の存在、不鹸化物の関与、非グリセリド物質及び不飽和脂肪酸の関与などが戻り臭の起因である旨主張しているが、その根拠として挙げている参考文献1(刊行物10に同じ)には、前述したように「戻り臭」が酸敗よりもきわめて低い程度の酸化により起こるものであることが明記されており(第156頁12行〜13行参照)、その他にイソリノレン酸の存在、不鹸化物の関与、非グリセリド物質及び不飽和脂肪酸の関与などが指摘されてはいるものの、前述の低い程度の酸化の関与を否定するものではないことから、戻り臭の起因を特許権者が主張するように限定的に解釈する理由はない。また、特許権者は、酸素のほとんどない状態の下でも発生する戻り臭の抑制に対しては抗酸化剤はその酸化抑制効果を発揮できない旨主張しているが、戻り臭の抑制に対しては抗酸化剤がその酸化抑制効果を発揮できないとする根拠は、上記刊行物等の記載を精査してもどこにも見いだすことができない。この点に関して特許権者は、平成11年8月16日付け意見書に添付した参考文献である「油脂化学の知識」(原田一郎著、株式会社幸書房、昭和55年11月20日発行)の第114頁「抗酸化剤の効果」の項における「ただし,現在実用化されている抗酸化剤では風味の“もどり”までおさえることはできない。」という記載をとらえて、実用化されている抗酸化剤は戻り臭を抑制できないと認識されていたかのように述べているが、この記載は、昭和55年当時に実用化されていた抗酸化剤では戻り臭まで抑えることはできなかったことを単に述べているだけのものであって、その後に開発され実用化されていく抗酸化剤についてまで戻り臭の抑制効果が期待できないことを述べているものではない。むしろ、同じ文献の第99頁には油脂の風味の“もどり”と酸敗に関して、「風味の“もどり”も酸敗も,共に油脂を常温で空気の存在する状態で保存した時に起こる変化であって、空気中の酸素が重要な役割を果たしている。このように空気中の酸素(正確には分子状酸素)と油脂が反応して起こる変化を油脂の自動酸化と名づける。」と記載されているように、“もどり”も油脂の酸化がその要因であることが明らかにされていることや、前述した刊行物や参考文献にも記載されているように、戻り臭が油脂の酸化と何らかの関係があるという認識が一般的であったことからみれば、その後に実用化された抗酸化剤についても、戻り臭の抑制に効果があるかどうかを逐次検討していくことは、当業者であればごく当然に行うことであると認められる。したがって、特許権者のこれらの主張は採用することができない。
以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物1ないし17に記載された発明及び技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2について
本件発明2は、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルとトコフェロールに加えてさらにレシチンを添加するものであるが、刊行物2、4、12、13にも記載されているように、レシチンを併用すればさらに酸化防止における相乗効果が期待できることは当業者において知られており、その配合量についても検討されていることから、「戻り臭」の抑制においても、L-アスコルビン酸パルミチン酸エステルとトコフェロールにさらにレシチンを併用し、かつその添加量の好適な範囲を見出すことは、当業者であれば容易になし得ることである。
したがって、本件発明2は、本件発明1において検討したのと同様に、刊行物1ないし17に記載された発明及び技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.むすび
以上のとおり、本件発明1及び2は、上記刊行物1ないし17に記載された発明及び技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件発明1及び2についての特許は、拒絶の査定をしなければならない出願に対してされたものである。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2004-09-22 
出願番号 特願平3-328288
審決分類 P 1 651・ 121- Z (C11B)
最終処分 取消  
特許庁審判長 鐘尾 みや子
特許庁審判官 江藤 保子
後藤 圭次
登録日 2002-08-09 
登録番号 特許第3338075号(P3338075)
権利者 雪印乳業株式会社
発明の名称 多価不飽和脂肪酸配合油脂の臭気抑制方法  
代理人 須藤 晃伸  
代理人 恩田 博宣  
代理人 恩田 誠  
代理人 須藤 阿佐子  
代理人 藤野 清也  

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