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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C04B
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C04B
管理番号 1114583
異議申立番号 異議2003-73407  
総通号数 65 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-11-01 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-24 
確定日 2005-02-09 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3419023号「窒化ケイ素系焼結体」の請求項1、3ないし5に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3419023号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3419023号の請求項1、3ないし5に係る発明は、平成5年4月16日に特許出願され、平成15年4月18日にその特許権の設定登録がなされ、その後、京セラ株式会社(以下、「申立人」という。)より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成16年12月22日に訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否についての判断
2-1訂正の内容
ア.訂正事項a
特許明細書の特許請求の範囲請求項1の記載について、「Y及びAlを含み、相対密度が98%以上であって、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、且つ室温下」とあるのを、「Y及びAlを含み、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であり、相対密度が98%以上であって、室温下」と訂正すると同時に、特許明細書の請求項2を削除し、以下項数を繰り上げて、特許明細書の請求項3、4、5をそれぞれ新たな請求項2、3、4と訂正する。
イ.訂正事項b
特許明細書の段落【0007】の「Y及びAlを含み、相対密度が98%以上であって、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、且つ室温下」とあるのを、「Y及びAlを含み、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であり、相対密度が98%以上であって、室温下」と訂正する。
ウ.訂正事項c
特許明細書の段落【0022】における表1中の試料欄の「1」を、「1*」 に訂正する。
エ.訂正事項d
特許明細書の段落【0024】における表2中の試料欄の「1」を、「1*」に訂正する。
オ.訂正事項e
特許明細書の段落【0027】における表3中の試料欄の「11」を、「11*」に訂正する。
2-2訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
上記訂正事項aは、特許明細書の請求項1に記載される「Y及びAlを含む窒化ケイ素系焼結体」に関して、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」である「Y及びAlを含む窒化ケイ素系焼結体」に限定すると共に、特許明細書の請求項2を削除し、以下項数を繰り上げて、特許明細書の請求項3、4、5をそれぞれ新たな請求項2、3、4と訂正するものであるから、上記訂正事項aは、特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当する。また、「Y及びAl外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるとの事項は、特許明細書の請求項2並びに段落【0013】及び【0014】に記載される事項であるから、上記訂正事項aは、新規事項の追加に該当しない。加えて、特許明細書の段落【0012】及び【0014】の記載内容からみて、上記訂正事項aは、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
また、上記訂正事項bないしeは、上記訂正事項aと整合を図るものであるから、いずれも、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当し、また、新規事項の追加に該当せず、実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。
2-3訂正の適否についてのまとめ
したがって、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件発明
本件明細書は、上記のとおり訂正請求がなされ、その請求どおり訂正が認められたものであるから、訂正後の本件特許第3419023号の請求項1ないし4に係る発明(以下、必要に応じて、それぞれ、「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)は、訂正明細書の特許請求の範囲請求項1ないし4に記載される次のとおりのものである。
【請求項1】焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であり、相対密度が98%以上であって、室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にあることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体。
【請求項2】600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で3〜10の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。
【請求項3】非酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜360分間の熱処理を行った焼結体において、600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で 0.1〜3の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。
【請求項4】酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜180分間の熱処理を行った焼結体において、600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で 0.1〜3の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。

4.特許異議申立の概要
申立人は、証拠として下記の甲第1号証ないし甲第5号証を提示し、以下のように主張をする。
特許明細書の請求項1に係る発明は、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明であるか、甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づき容易になし得た発明であるので、特許明細書の請求項1に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
特許明細書の請求項3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明であるから、特許明細書の請求項3に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
特許明細書の請求項4に係る発明は、甲第2号証に記載された発明であるか、甲第2号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明であるから、特許明細書の請求項4に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
特許明細書の請求項5に係る発明は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明であるから、特許明細書の請求項5に係る特許は、特許法第29条第1項第3号又は同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、特許明細書の請求項1、3ないし5に係る特許は取り消されるべきものである。
甲第1号証:「粉体および粉末冶金」,第39巻第6号,第499-503頁
甲第2号証:日本金属学会秋期大会シンポジウム講演予稿集,第142-143頁,1988年
甲第3号証:特開昭63-156070号公報
甲第4号証:特開平5-70242号公報
甲第5号証:窯業協会誌,95[12],第1219-1222頁

5.証拠に記載される事項
5-1甲第1号証
甲第1号証には、以下の事項が記載され又は図示される。
(5-1-1)「本研究では粒界相の結晶化状態を内部摩擦により調べて、高温内部摩擦とクリープ特性との関係を明らかにした。さらに、焼結体中の粒界相の結晶化状態の内部摩擦の測定結果をもとにして、Si3N4焼結体のクリープ特性改善を目的とした。」(第449頁右欄4〜8行)
(5-1-2)「一般にSi3N4焼結体の高温特性は液相の生じる温度と密接な関係があると考えられることからY2O3-Al2O3系助剤で液相点の異なる2種の助剤組成、すなわち、液相1500℃の組成A(5wt%Y2O3-2wt%Al2O3-3wt%SiO2)および1630℃の組成B(8wt%Y2O3-2wt%Al2O3-3wt%SiO2)の焼結体を検討した。 ・・・また、焼結体の粒界相を結晶化させるために窒素雰囲気下で1200℃および1400℃、8時間の熱処理を行った。尚、内部摩擦はFig.1に示すねじり振動法によって測定し、室温から1300℃に対して、周波数約21Hzで行った。」(第500頁左欄2行目〜右欄8行)
(5-1-3)「助成剤組成A、Bを有する各焼結体について熱処理前後における内部摩擦の温度変化をそれぞれFig.2、3に・・・示す。」(第500頁17〜20行)
(5-1-4)「Fig.2 Change of internal friction of composition A-specimen before and after heat treatment.」(第500頁)が図示され、助剤組成Aを有する焼結体の内部摩擦が、不確かながらも、室温で1×10-3程度であることが読み取れる。

5-2甲第2号証
甲第2号証には、以下の事項が記載され又は図示される。
(5-2-1)「セラミックスの高温内部摩擦(1000〜1500K)はセラミックス粒界の構造に強く依存していることが分かってきた。粒界の軟化と内部摩擦に関係があること、粒界内部摩擦ピークは粒界相が非晶質の場合には非常に大きく結晶化すると小さくすること、高温内部摩擦が低いセラミックスはその高温強度の低下が比較的小さいこと等を報告してきた。」(第142頁4〜6行)
(5-2-2)「窒化珪素セラミックス 組成:Si3N4-8wt%Y2O3-8wt%Al2O3-2wt%A1N 焼結:2023K、2時間、4気圧窒素中 結晶化処理:1373K、6時間、1気圧窒素中(試料C) 1473K、6時間、1気圧窒素中(試料D)」(第142頁16〜20行)
(5-2-3)「内部摩擦測定方法:捻り振動型剛性率内部摩擦測定装置を用いて室温から1473Kまで・・・窒化珪素の場合には窒素雰囲気中で測定した。測定周波数は2〜15Hzであつた。」(第142頁21〜22行)
(5-2-4)「図3に結晶化処理を施した窒化珪素の内部摩擦、・・・を示す。」(第143頁35行)
(5-2-5)「図3 粒界を結晶化させた窒化珪素の内部摩擦と剛性率の温度依存性」(第143頁)が図示され、試料C、試料Dの内部摩擦は、不確かながら、室温で1×10-3程度であることが読み取れる。

5-3甲第3号証
甲第3号証には、以下の事項が記載される。
(5-3-1)「母材となる窒化珪素粉末として平均粒径0.5μmのものと1.2μmのものを用いて、各々の粉末に対して第1表の割合となるようにして・・・粉末(No.a,b,e)を作成した。」(第3頁右下欄8〜16行)
(5-3-2)「第1表」(第4頁)が記載され、第1表の「注2)欄内の数字は酸化物換算である。」との記載を鑑みると、第1表のNo.aは、Si3N4が93wt%であり、Y2O3が5wt%であり、Al2O3が2wt%であるといえる。
(5-3-3)「前述のように得られた第1表のNo.a〜No.gの原料粉末を用いて各々成形し、第2表に示す焼成条件で焼成した。なお、HIP処理は1700℃、2000気圧で行った。得られた焼結体を・・・結果は第2表に示す。」(第4頁左下欄の1〜13行)
(5-3-4)「第2表」(第5頁)が記載され、第2表のNo.3は、原料粉末がaであり、嵩比重が3.24であり、常温における抗折強度の平均強度124kg/mm2であると読める。

5-4甲第4号証
甲第4号証には、以下の事項が記載される。
(5-4-1)「原料粉末を表2に示す組成で・・・焼結し、更に・・・でHIP処理した。得られた焼結体を・・・で評価した結果について同表中に示す。」(第3頁段落【0022】)
(5-4-2)「表2」(第4頁)が記載され、表2のNo2は、Y2O3が5.0重量%、Al2O3が2.0重量%、MgOが1.0重量%、Si3N4が残部であって、気孔率が0.3%、3点曲げ強度が145kg/mm2であり、また、表2のNo.3は、Y2O3が7.5重量%、Al2O3が3.0重量%、MgOが1.0重量%、Si3N4が残部であって、気孔率が0.4%、3点曲げ強度が137kg/mm2であると読める。

5-5甲第5号証
甲第5号証には、以下の事項が記載される。
(5-5-1)「機械的性質の一つであるヤング率の測定は,セラミックスの場合動的な方法を用いることにより,精度の高い測定が可能となる.著者らは動的弾性率測定法の一つである曲げ共振法を採用し,高温でのヤング率測定を行った.その際,同時に共振の半価幅から内部摩擦も測定される.内部摩擦は材料の弾性と粘性の変化を反映することから,クリープ変形特性等の高温物性と関連づけが可能である.すなわち,内部摩擦を測定することにより材料の性質の温度変化を非破壊的に推定できると考えられる.」(第1219頁左欄6〜15行)
(5-5-2)「測定に使用したSi3N4はY2O3,Al2O3を焼結助剤として添加したホットプレス焼結によるもの(以下HPSN),Y2O3,Al2O3を添加した常圧焼結によるもの(SSN-1),MgAl2O4,Y2O3を添加した常圧焼結によるものの2種(SS-2,SS-3)及び,焼結助剤を添加せずにHIP焼結したもの(HIPSN)である.」(第1219頁左欄21〜26行)
(5-5-3)「Table1. Principal properties of ever silicon nitride.」(第1219頁)が記載され、HPSN、SSN-1、SS-2、SS-3、HIPSNのそれぞれについて、Density(g/cm3)の値が読める。
(5-5-4)「内部摩擦の測定は,共振法により行った.試料寸法は,100mm×10mm×2mmとし,#400のダイヤモンドによる研削により作製した.測定は曲げモードの基本振動を用いて行った.この寸法の試験片の共振周波数は,ヤング率が約300GPaの場合約2kHzであった.」(第1219頁右欄4〜8行目)
(5-5-5)「Fig.4 Temperature dependence of interenal fiction on sintered silicon nitride type-3」(第1220頁)が図示され、SSN-3の内部摩擦抵抗の温度変化が読める。
(5-5-6)「Fig.7 Change of friction with oxidation on hot-pressed silicon nitride.」(第1220頁)が図示され、HPSNの酸化雰囲気を施した時の内部摩擦抵抗の変化が読める。
(5-5-7)「HPSN及び3種のSSNの曲げ強度の低下する温度は,内部摩擦の増大する温度とほぼ一致しており,材料強度の温度変化は内部摩擦の変化を反映している.またヤング率の低下が大きくなる温度も内部摩擦の温度変化によく対応していることから,材料の粘弾性挙動の変化でこれらの機械的性質の変化を説明できるものと思われる.」(第1221頁右欄17〜23行)

6.当審の判断
6-1特許異議の申立てがなされた請求項に係る特許
特許異議の申立てがなされ且つ取消理由を通知した特許明細書の請求項1、3ないし5に係る特許は、上述のとおりの訂正が認められたことにより、それぞれ、訂正明細書の請求項1ないし4に係る特許になったので、以下、訂正明細書の請求項1ないし4に係る特許について、甲第1号証ないし甲第5号証と対比・判断する。

6-2本件発明1の新規性について
甲第1号証には、上記摘示箇所(5-1-1)ないし(5-1-4)によれば、「助成剤組成A(5wt%Y2O3-2wt%Al2O3-3wt%SiO2)を有するSi3N4焼結体であって、周波数約21Hzで測定した内部摩擦が室温で1×10-3程度となったSi3N4焼結体」である発明(以下、「甲第1号証発明」という。)が記載されるといえる。
そこで、本件発明1と甲第1号証発明を対比すると、甲第1号証発明の「助成剤」、「Si3N4焼結体」は、それぞれ、本件発明1の「焼結助剤」、「窒化ケイ素系焼結体」に相当するので、本件発明1と甲第1号証発明は、「焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にあることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体」である点で一致し、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるのに対し、甲第1号証発明は、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素が「-3wt%SiO2」のSiであること、すなわち、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素がSi」である点(以下、「相違点1-1」という。)で相違し、本件発明1は、「相対密度が98%以上」であるのに対し、甲第1号証発明は、斯かる特定がない点(以下、「相違点1-2」という。)で相違する。
よって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではない。

甲第2号証には、上記摘示箇所(5-2-1)ないし(5-2-5)によれば、「組成:Si3N4-8wt%Y2O3-8wt%Al2O3-2wt%A1Nであり、焼結:2023K、2時間、4気圧窒素であり、結晶化処理:1373K、6時間、1気圧窒素中(試料C)又は1473K、6時間、1気圧窒素中(試料D)である窒化珪素セラミックスであって、周波数2〜15Hzで測定した内部摩擦が室温で1×10-3程度となった窒化珪素セラミックス」である発明(以下、「甲第2号証発明」という。)が記載されるといえる。
そこで、本件発明1と甲第2号証発明を対比すると、甲第2号証発明の「窒化珪素セラミックス」は、その組成及び焼結していることからみて、本件発明1の「窒化ケイ素系焼結体」に相当し、また、その組成における「-8wt%Y2O3-8wt%Al2O3」は、技術常識からいって、「焼結助剤成分」に相当するものであるから、本件発明1と甲第2号証発明は、「焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、室温下における焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にあることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体」である点で一致し、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるのに対し、甲第2号証発明は、斯かる特定がない点(以下、「相違点2-1」)で相違し、本件発明1は、「相対密度が98%以上」であるのに対し、甲第2号証発明は、斯かる特定がない点(以下、「相違点2-2」)で相違し、本件発明1は、「振動数10〜16000Hzの領域」で内部摩擦を測定しているのに対し、甲第2号証発明は、「周波数2〜15Hz」で内部摩擦を測定し、その数値が幾分相違している点(以下、「相違点2-3」という。)で相違する。
よって、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明ではない。

甲第3号証には、上記摘示箇所(5-3-1)ないし(5-3-4)によれば、「Si3N4が93wt%であり、Y2O3が5wt%であり、Al2O3が2wt%である原料粉末をHIP処理し得られた焼結体であって、嵩比重が3.24であり、常温における抗折強度の平均強度124kg/mm2である焼結体」である発明(以下、「甲第3号証発明」という。)が記載されるといえる。
そこで、本件発明1と甲第3号証発明を対比する。甲第3号証発明の「焼結体」は、「Si3N4が93wt%」であることからいって、本件発明1の「窒化ケイ素系焼結体」に相当し、甲第3号証発明の「Y2O3が5wt%であり、Al2O3が2wt%」は、技術常識からいって、本件発明1の「焼結助剤成分」に相当する。また、甲第3号証発明の「嵩比重が3.24」を、相対密度に換算すると99.7%となるので、斯かる事項は、本件発明1の「相対密度が98%以上」に相当する。よって、本件発明1と甲第3号証発明は、「焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、相対密度が98%以上であることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体」である点で一致し、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるのに対し、甲第3号証発明は、斯かる特定がない点(以下、「相違点3-1」という。)で相違し、本件発明1は、「室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にある」のに対し、甲第3号証発明は、斯かる特定がない点(以下、「相違点3-2」という。)で相違する。
よって、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明ではない。

甲第4号証には、上記摘示箇所(5-4-1)ないし(5-4-2)によれば、「Y2O3が5.0重量%、Al2O3が2.0重量%、MgOが1.0重量%、Si3N4が残部の組成の焼結体であって、気孔率が0.3%、3点曲げ強度が145kg/mm2」である発明(以下、「甲第4号証発明A」という。)が記載されるといえ、「Y2O3が7.5重量%、Al2O3が3.0重量%、MgOが1.0重量%、Si3N4が残部であって、気孔率が0.4%、3点曲げ強度が137kg/mm2」である発明(以下、「甲第4号証発明B」という。)が記載されるといえる。
まず、本件発明1と甲第4号証発明Aを対比する。甲第4号証発明Aの「焼結体」は、その組成からいって、本件発明1の「窒化ケイ素系焼結体」に相当し、甲第4号証発明Aの「Y2O3が5.0重量%、Al2O3が2.0重量%」は、技術常識からいって、本件発明1の「焼結助剤成分」に相当する。また、甲第4号証発明Aの「気孔率が0.3%」を、相対密度に換算すると99.7%になるので、斯かる事項は、本件発明1の「相対密度が98%以上」に相当する。よって、本件発明1と甲第4号証発明Aは、「焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、相対密度が98%以上であることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体」である点で一致し、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるのに対し、甲第4号証発明Aは、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素が「MgOが1.0重量%」のMgであること、すなわち、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素がMg」である点(以下、「相違点4A-1」という。)で相違し、本件発明1は、「室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にある」のに対し、甲第4号証発明Aは、斯かる特定がない点(以下、「相違点4A-2」という。)で相違する。
次いで、本件発明1と甲第4号証発明Bを対比するに、上記甲第4号証発明Aの対比と同様にして、本件発明1と甲第4号証発明Bは、「焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、相対密度が98%以上であることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体」である点で一致し、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」であるのに対し、甲第4号証発明Bは、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素がMg」である点(以下、「相違点4B-1」という。)で相違し、本件発明1は、「室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にある」のに対し、甲第4号証発明Bは、斯かる特定がない点(以下、「相違点4A-2」という。)で相違する。
よって、本件発明1は、甲第4号証に記載された発明ではない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明ではない。

6-3本件発明1の進歩性について
相違点について検討する。本件発明1は、上記の相違点1-1、相違点2-1、相違点3-1、相違点4A-1及び相違点4B-1で挙げたように「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」との構成を具備するものである。しかし、甲第2号証発明及び甲第3号証発明では、Y及びAlの外に金属元素を含ませることすら教示がなく、甲第1号証発明、甲第4号証発明A及び甲第4号証発明Bでは、Y及びAlの外に含ませる金属元素が、それぞれ、単に、Si、Mg及びMgであるので、「金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」とすることを教示していない。
加えて、甲第5号証に記載される発明を鑑みても、甲第5号証に記載される発明は、「焼結助剤として、Y2O3,Al2O3添加したもの(HPSN)、Y2O3,Al2O3を添加しもの(SSN-1)、MgAl2O4,Y2O3を添加したもの(SS-2,SS-3)」(特に、上記摘示箇所(5-2-2)より)について、内部摩擦と材料強度の関係を検討するものの、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」に関しては教示していない。
そして、本件発明1は、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」とすることを、訂正明細書に記載されるとおり技術的意義(特に、段落【0013】と【0014】参照)をもって行い、これにより他の構成と相まって、訂正明細書に記載されるとおり効果を有する(特に、実施例の表の数値結果など参照)ものである。
してみれば、その余の相違点を検討するまでもなく、「Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価」との構成を具備する点で、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づき容易になし得た発明ではない。

6-4本件発明2ないし4について
本件発明2ないし4は、請求項1を引用するものであって、本件発明1の発明に欠くことのできない事項の全てを具備するものであるから、上記「6-2本件発明1の新規性について」で説示したとおり、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明ではなく、また、上記「6-3本件発明1の進歩性について」で説示したとおり、甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づき容易になし得た発明ではない。
よって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明はなく、また、甲第1号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明ではなく、本件発明3は、甲第2号証に記載された発明ではなく、また、甲第2号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明ではなく、本件発明4は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第5号証に記載された発明に基づき当業者が容易になし得た発明ではない。

7.まとめ
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては訂正明細書の請求項1ないし4に係る特許は取り消すことはできない。
また、他に訂正明細書の請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、訂正明細書の請求項1ないし4に係る特許は拒絶査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
窒化ケイ素系焼結体
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であり、相対密度が98%以上であって、室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にあることを特徴とする窒化ケイ素系焼結体。
【請求項2】 600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で3〜10の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。
【請求項3】 非酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜360分間の熱処理を行った焼結体において、600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で0.1〜3の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。
【請求項4】 酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜180分間の熱処理を行った焼結体において、600〜1200℃の温度下における焼結体の内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で0.1〜3の範囲のピークをもつことを特徴とする、請求項1に記載の窒化ケイ素系焼結体。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、自動車部品や機械部品等の強度、特に耐久疲労強度や衝撃強度を要求される部品材料として好適な窒化ケイ素系焼結体に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、二酸化炭素や窒素酸化物等による地球環境の汚染が問題となり、その対策として自動車関連分野では燃費向上の研究開発が急速に進み、軽量化や摩擦損失の低減等を目的として動弁系部品材料にセラミックス材料を使用する試みがなされている。
【0003】
セラミックス材料の中でも、特に窒化ケイ素(Si3N4)系焼結体は軽量、高強度、高靭性であって、ヤング率も高いことから、最も有望視されている材料である。しかしながら、窒化ケイ素系焼結体が動弁系部品等の自動車部品や機械部品として実用化されるためには、強度や靭性といった機械的特性において必ずしも満足する特性を得るに至っていない現状である。
【0004】
例えば、窒化ケイ素焼結体を自動車部品に応用した例としては、ターボチャージャーの羽根車(「ニューセラミックス」、No.1、91〜98頁、1988年参照)や、排気バルブ(SAE Paper、No.890175、1989年参照)等があるが、いずれも軽量性や耐磨耗性を利用したものである。従って、これらの材料は動弁系部品としては強度特性、特にその耐久疲労強度や衝撃強度が不十分であり、信頼性において問題があった。
【0005】
一方、窒化ケイ素等のセラミックス材料の評価についても、実用的な衝撃荷重や環境疲労下での評価技術が十分に確率しているとは言えず、セラミックス材料の微細構造設計を実用的評価技術により予測することは十分にできていないのが現状である。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、かかる従来の事情に鑑み、自動車部品や機械部品等として要求される強度特性を有し、特に優れた耐久疲労強度や衝撃強度を有する窒化ケイ素系焼結体を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本発明が提供する窒化ケイ素系焼結体については、焼結助剤成分の金属元素としてY及びAlを含み、Alの含有量が酸化物換算で2重量%以上であり、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素のイオン価が2価及び4価であって、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であり、相対密度が98%以上であって、室温下における振動数10〜16000Hzの領域での焼結体の内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にあることを特徴とする。
【0008】
【作用】
本発明者らは、窒化ケイ素系焼結体の内部摩擦と強度特性の相関について鋭意検討を重ねた結果、図1に示すような特徴的な相関関係を見いだし、本発明に至ったものである。又、窒化ケイ素系焼結体の内部摩擦は、実用的な評価技術として十分利用できるものであることも判った。
【0009】
内部摩擦とは、材料に外部から加えられた変形エネルギーの一部が熱運動エネルギーに変化して減衰する現象であり、材料のダンピング特性を表している。振動のような周期的外力の場合、内部摩擦は1サイクル中に失われるエネルギーの全弾性エネルギーに対する比として定義され、材料に振動エネルギーを付与した際のエネルギー吸収率を示すものと考えられるので、内部摩擦の値が大きい材料ほどエネルギー吸収率が高いことになる。
【0010】
図1は、試作した各種の窒化ケイ素系焼結体から切り出したJIS R 1601に準拠する3×4×40mmの直方体試料を用い、これに室温下における振動数10〜16000Hzの領域の横振動を加えたときの振動の減衰率から求めた内部摩擦の値と、その試料の4点曲げ強度との相関関係を図示したものである。尚、本発明の内部摩擦の測定方法は、「Journal of MaterialScience Letters」No.3、349〜351頁、1984年に記載された共振法を用いた。
【0011】
この図1から判るように、内部摩擦の値が4×10-4〜2×10-3の範囲にある窒化ケイ素系焼結体は特に優れた強度特性を有しており、室温での4点曲げ強度において1200MPa以上の高強度が安定して得られる。内部摩擦の値が4×10-4未満では、焼結体のエネルギー吸収率が小さく、これが強度低下につながるものと考えられる。逆に2×10-3を越える場合は、焼結体中にエネルギーを異常に吸収する欠陥、気孔、析出物等が多く含まれるため、強度が劣化するものと考えられる。
【0012】
従って、本発明の高強度の窒化ケイ素系焼結体を得るためには、内部摩擦の値を上記範囲に制御することと併せて、焼結体の相対密度を98%以上とすることにより、欠陥、気孔、析出物等を含まない焼結体とすることが必要である。又、窒化ケイ素系焼結体の製造には焼結性向上のため焼結助剤を添加するが、本発明の焼結体中には焼結助剤成分の金属元素としてYとAlが含まれることが必須である。YとAlはイオン価が共に3価で等価であることから、価電子空孔が形成されず、従って粒界相成分に不均一性が生じないので、優れた機械的特性を発現できるものと考えられる。
【0013】
本発明の窒化ケイ素系焼結体においては、Y及びAlの外に0.1重量%以上含まれる金属元素が存在する場合、そのイオン価が2価と4価の2種以上の金属元素であり、2価の金属元素と4価の金属元素の原子分率が互いに等価であるか又はほぼ等価であることが好ましい。2価の金属元素としてはMgやCa等が好ましく、4価の金属元素としてはTiやZr等が好ましく、その含有量は合計で5重量%以下、好ましくは2重量%以下とすべきである。尚、原子分率とは、焼結体中におけるある原子の数の全原子数に対する割合を意味する。
【0014】
このように2価と4価の金属元素の原子分率を等価又はほぼ等価として電価のバランスをとることにより、価電子空孔の生成を防止し、機械的強度の劣化を防ぐことができるものと考えられる。電価のバランスがとれず、多くの価電子空孔が存在する場合には、焼結体に高温雰囲気で繰り返し応力を付加すると粒界相に経時変化がおこり、焼結体の強度、特に耐久疲労強度を劣化させる原因となる。このような観点から、2価と4価の金属元素の原子分率の差が両者の原子分率の和の5%を越える場合には一般的に本発明の等価又はほぼ等価の範囲を外れ、非等価であると言うべきである。
【0015】
又、本発明の窒化ケイ素系焼結体は、600〜1200℃の温度下における振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦の値が、バックグランドに対する比で3〜10の範囲のピークを持つことが好ましい。バッグランドとは、内部摩擦の温度依存性を示す図2から判るように、温度上昇に伴うバルク自身の変形能の増大に従って増大する内部摩擦であり、ピークとはそれ以外の特異的に発現する内部摩擦の急増部分である。
【0016】
かかる内部摩擦値のピークが600〜1200℃の温度範囲に存在し、そのピークのバックグランドに対する比が3〜10の範囲以外である場合には、焼結体は強度特性、特に耐久疲労強度や衝撃強度の強度特性に劣ることが多い。その作用は明らかではないが、ピークが存在しなかったり又はバックグランドに対する比が3未満のものはエネルギーの吸収能が十分でなく、逆にこの比が10を越える焼結体は窒化ケイ素以外の成分、例えば焼結助剤を主とするガラス成分や粒界相、析出物が多い場合等であると考えられる。
【0017】
更に、600〜1200℃での熱処理を施した後の窒化ケイ素系焼結体について、振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦を求めることにより、その熱処理温度に近い条件下での焼結体の強度特性を評価できる。即ち、非酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜360分間の熱処理を行った焼結体、あるいは酸化性雰囲気中にて600〜1200℃の温度で10〜180分間の熱処理を行った焼結体では、600〜1200℃の温度範囲における焼結体の内部摩擦の値がピークをもち、且つピークがバックグランドに対する比で0.1〜3の範囲にあることが好ましい。
【0018】
この場合、バックグランドに対するピークの比が熱処理しない焼結体の600〜1200℃でのピークの比に比べ0.1〜3と小さくなっているのは、熱処理を施すことによって焼結体中の不安定な相が安定化するため、例えば拡散現象による粒界相組成の均一化や一部の非晶質からなる粒界相の結晶化等のためと考えられる。尚、熱処理時間が10分未満ではこの方法による評価ができず、酸化性雰囲気中での熱処理時間が180分を超えると、焼結体表面の酸化が進行して強度劣化を招く。
【0019】
この熱処理した焼結体に関する内部摩擦のピークの作用も、熱処理を行わない焼結体における内部摩擦のピークの場合と同様と考えられる。このように、室温での内部摩擦の値が好ましいものであっても、熱処理後の焼結体の600〜1200℃の温度範囲での内部摩擦値のピークが好ましい範囲にない場合には、その熱処理温度に近い条件下で使用した場合に耐久疲労強度や衝撃強度に劣る焼結体であることが多いと判断することができる。
【0020】
【実施例】
実施例1
平均粒径0.6μmでα結晶化率94%の市販のSi3N4粉末に、焼結助剤として平均粒径0.9μmのY2O3粉末と平均粒径0.5μmのAl2O3粉末を各々3重量%添加した。更に、幾つかの試料には平均粒径0.4μmのMgO粉末を0.5重量%を追加して添加し、且つ表1に示すようにTiO2粉末、ZrO2粉末及びHfO2粉末を4価のTi、Zr及びHfの原子分率が2価のMgの原子分率と等価、ほぼ等価又は非等価になるように追加して添加した。
【0021】
これらの原料粉末をエタノール中で湿式混合し、乾燥した後、圧力3トン/cm2でCIP成形した。各成形体を2気圧のN2ガス雰囲気中にて1550℃で焼結した後、更に30気圧のN2ガス雰囲気中において1600℃で2時間焼結した。得られた各焼結体から、JIS R 1601に準拠した3×4×40mmの各試料の試験片を切り出し、共振法により室温下における振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦の値を求め、相対密度及び室温での4点曲げ強度を測定した。これらの結果を試料ごとに表1に示した。
【0022】
【表1】

(注)表中の*を付した試料は比較例である。又、原子分率の欄は、2価の元素と4価の元素の原子分率の差が等しい場合を等価、その差が両者の原子分率の和の5%以内の場合をほぼ等価、同じく5%を越える場合と非等価とした。
【0023】
実施例2
前記実施例1の表1の試料1、試料2及び試料4について、JIS R 1601に準拠した試験片を用いてシャルピー衝撃試験(スパン長=30mm)を行った。又、各試料から固定部の直径8mm及び評価部の直径6mmで、評点間距離が20mmの試験片を作製し、この試験片の両端固定部を小野式回転曲げ試験機の試料固定部に固定し、モーターにより試料固定部を回転して試験片に回転運動を与えながら、同時に重りにより試料固定部を介して試験片に曲げモーメントを与える耐久疲労試験を行って疲労限界を求めた。これらの試験結果を表2に示した。
【0024】
【表2】

(注)表中の*を付した試料は比較例である。
【0025】
実施例3
実施例1で用いたものと同じ市販のSi3N4粉末に、焼結助剤として実施例1と同じY2O3粉末及びAl2O3粉末を各々5重量%及び2重量%づつ添加した。幾つかの試料には実施例1で用いたものと同じMgO粉末を1.0重量%追加して添加し、表3に示すようにTiO2粉末、ZrO2粉末及びHfO2粉末を4価のTi、Zr及びHfの原子分率が2価のMgの原子分率と等価又は非等価になるように追加して添加した。
【0026】
これらの原料粉末をエタノール中で湿式混合し、乾燥した後、1.1気圧のN2ガス雰囲気中にて圧力250kg/cm2、1500℃で3時間のホットプレス焼結を行った。得られた各焼結体から、JIS R 1601に準拠した3×4×40mmの各試料の試験片を切り出し、共振法により室温から1200℃の温度範囲における振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦の値を求め、且つ室温での4点曲げ強度を測定した。これらの結果として、室温での内部摩擦値、内部摩擦のバックグランドに対するピーク比、及び室温での4点曲げ強度を試料ごとに表3に示した。
【0027】
【表3】


(注)表中の*を付した試料は比較例である。又、原子分率の欄は、2価の元素と4価の元素の原子分率の差が等しい場合を等価、その差が両者の原子分率の和の5%を超える場合を非等価とした。
【0028】
実施例4
前記実施例1の表1に挙げた試料5及び試料7について、各焼結体からJISR 1601に準拠した曲げ試験片と小野式回転曲げ疲労試験用の疲労試験片を作製し、各試験片を表4に示す熱処理条件に従ってそれぞれ800〜1100℃の温度で5〜240分間、N2ガス雰囲気中で熱処理を施した。
【0029】
【表4】

(注)表中の*を付した試料は比較例である。又、原子分率の欄は、2価の元素と4価の元素の原子分率の差が等しい場合を等価、その差が両者の原子分率の和の5%を超える場合を非等価とした。
【0030】
非酸化性雰囲気中での熱処理後の各曲げ試験片につき、共振法により600℃から1200℃の温度範囲における振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦の値からバックグランドに対するピークの比を求め、且つシャルピー衝撃試験を行った。又、同じ熱処理後の疲労試験片について、実施例2と同様に室温と900℃における小野式回転曲げ疲労試験を行った。これらの試験結果を表5に示すと共に、参考のために室温での内部摩擦値を併記した。
【0031】
【表5】

(注)表中の*を付した試料は比較例である。
【0032】
上記表5の結果から、室温での内部摩擦の値が実施例1で適性な範囲にある試料5においても、熱処理後のバックグランドに対するピークの比が0.1〜3の範囲からはずれる場合(試料5-c)は、シャルピー衝撃値及び室温と900℃での回転曲げ疲労強度が小さく、試料5-cの熱処理条件が適切でないものと判断できる。
【0033】
実施例5
前記実施例1の表1に挙げた試料8及び試料10について、各燒結体からJIS R 1601に準拠した曲げ試験片と小野式回転曲げ疲労試験用の疲労試験片を作製し、各試験片を表6に示す熱処理条件に従ってそれぞれ800〜1100℃の温度で5〜240分間、大気中で熱処理を施した。
【0034】
【表6】

(注)表中の*を付した試料は比較例である。又、原子分率の欄は、2価の元素と4価の元素の原子分率の差が等しい場合を等価、その差が両者の原子分率の和の5%を超える場合を非等価とした。
【0035】
大気中での熱処理後の各曲げ試験片につき、共振法により600℃から1200℃の温度範囲における振動数10〜16000Hzの領域での内部摩擦の値からバックグランドに対するピークの比を求め、且つシャルピー衝撃試験を実施した。又、同じ熱処理後の疲労試験片について、実施例2と同様に室温と900℃における小野式回転曲げ疲労試験を行った。これらの試験結果を表7に示すと共に、参考のために室温での内部摩擦値を併記した。
【0036】
【表7】

(注)表中の*を付した比較例である。
【0037】
上記表7の結果において、試料8-cと試料10-cは大気中での熱処理時間が180分を越えているため、試料表面での酸化が進行して強度が低下したものである。この試料8-cを除けば、室温での内部摩擦の値が適性な範囲にある他の試料8はいずれの熱処理条件でも、熱処理後のバックグランドに対するピークの比が0.1〜3の範囲内にあり、優れた強度特性を備えることが判る。
【0038】
【発明の効果】
本発明によれば、静的な強度が優れていることは勿論、特に優れた耐久疲労強度や衝撃強度を有しており、ガソリンエンジンの動弁系部品等の自動車部品や各種軸受け等の機械部品として要求される強度特性と信頼性とを備えた窒化ケイ素系焼結体を提供することができる。
【0039】
又、本発明が提案した窒化ケイ素系焼結体の内部摩擦とその強度特性の相関関係は、室温ないし高温下での焼結体の実用的な評価技術として応用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】
窒化ケイ素系焼結体の室温での内部摩擦の値と4点曲げ強度との相関関係を示すグラフである。
【図2】
600〜1200℃の温度下における内部摩擦の温度依存性を示すグラフであり、バックグランドに対して特異的に発現したピークを示してある。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-01-24 
出願番号 特願平5-113992
審決分類 P 1 652・ 113- YA (C04B)
P 1 652・ 121- YA (C04B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大橋 賢一  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 岡田 和加子
鈴木 毅
登録日 2003-04-18 
登録番号 特許第3419023号(P3419023)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 窒化ケイ素系焼結体  
代理人 山本 正緒  
代理人 山本 正緒  

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