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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B41J
管理番号 1114653
異議申立番号 異議2003-70708  
総通号数 65 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-03-17 
確定日 2005-03-23 
異議申立件数
事件の表示 特許第3324429号「インクジェット記録装置」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3324429号の請求項1に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許第3324429号の請求項1に係る発明は、平成9年2月14日に特許出願され、平成14年7月5日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、その特許について、異議申立人松井弘三より特許異議の申立てがなされ、取消理由通知がなされ、その指定期間内である平成15年8月21日に意見書が提出されたものである。

2.異議申立てについての判断
(1)本件発明
本件請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「所定のデータの各々に対応するパルス電圧を印加することにより圧電素子を駆動し、所定の容器内のインクからインク滴を飛翔させて画像の記録を行う、インクジェット記録装置であって、
前記所定のデータのうちの1つのデータに対応する第1のパルス電圧が印加されてから前記所定のデータのうちの1つのデータの次のデータに対応する第2のパルス電圧が印加されるまでの時間に、前記圧電素子への前記第1のパルス電圧の印加によって前記所定の容器内のインクに生じる、波を抑えるための少なくとも1つの中間パルス電圧が前記圧電素子に印加され、
前記中間パルス電圧は、当該中間パルス電圧を単独で印加して圧電素子を駆動した場合、当該圧電素子が前記容器内からインク滴を飛翔させるのには不十分な波形を有し、
前記第1のパルス電圧の印加が開始されてから前記第2のパルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT0、前記第1のパルス電圧のパルス幅をT1、前記第1のパルス電圧の印加が終了してから前記中間パルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT2、前記中間パルス電圧の印加が終了してから前記第2のパルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT3として、
T0>T3≧T2>T1かつT2≧2×T1かつT3≧3×T1となる関係を満たすようT0、T1、T2、T3を設定することを特徴とするインクジェット記録装置。」

(2)引用例とその記載事項
当審が平成15年7月15日(起案日)付けで通知した取消理由において引用した特開平9-29961号公報(平成9年2月4日出願公開、以下、「引用例」という。)には次の事項の記載が認められる(記載中「・・・」は中略を示す。)。
a.「本発明は、インク噴射装置の駆動方法に関するものである。・・・ノンインパクト方式の印字装置のなかで、・・・多階調化やカラー化が容易であるものとして、インクジェット方式の印字装置が挙げられ・・・印字に使用するインク滴のみを噴射するドロップ・オン・デマンド型が・・・普及している。」(【0001】〜【0002】)
b.「図6に示すように、・・・インク噴射装置600は、底壁601、天壁602及びその間のせん断モードアクチュエータ壁603からなる。・・・アクチュエータ壁603は一対となって、その間にインク流路613を形成し、・・・各インク流路613の一端には、ノズル618を有するノズルプレート617が固着され、各アクチュエータ壁603の両側面には電極619,621が金属化層として設けられている。」(【0005】〜【0006】)
c.「各インク流路613の電極619に・・・電圧を印加することによって、各アクチュエータ壁603がインク流路613の容積を増加する方向に圧電厚みすべり変形する。例えば図7に示すようにインク流路613cに電圧Vが印加されるとアクチュエータ壁603e、603fにそれぞれ矢印627、629の方向の電界が発生し、アクチュエータ壁603d、603eがインク流路613cの容積を増加する方向に圧電厚みすべり変形する。このときノズル618c付近を含むインク流路613c内の圧力が減少する。この状態を、圧力波がインク流路613内を片道伝播する時間Tだけ維持する。すると、その間図示しないマニホールドからインクが供給される。なお、上記片道伝播時間Tはインク流路613内の圧力波が、インク流路613の長手方向に伝播するのに必要な時間であり、インク流路613の長さLとこのインク流路613内部のインク中での音速aとによりT=L/aと決まる。圧力波の伝播理論によると、上記の電圧の印加からちょうど時間Tがたつとインク流路613内の圧力が逆転し、正の圧力に転じるが、このタイミングに合わせてインク流路613cの電極619cに印加されている電圧を0に戻す。・・・すると、アクチュエータ壁603e、603fが変形前の状態(図6)に戻り、インクに圧力が加えられる。そのとき、前記正に転じた圧力と、アクチュエータ壁603e、603fが変形前の状態に戻ることにより発生した圧力とが加え合わされ、比較的高い圧力がインク流路613cのノズル618c付近の部分に生じて、インクがノズル618cから噴射される。」(【0009】〜【0010】)
d.「インクが噴射された後、もしインク流路613cの電極619e、619fに対して新たな電圧パルスを与えなければ、インク流路613c内の圧力は2Tを周期として暫く変動しつづける。これが残留圧力変動である。この残留圧力変動のために電圧パルスの周波数を変化させたときインクの噴射速度が変動し、着弾位置がずれるために印字品質が損なわれたり、噴射不能になるなどの不都合が生じる。」(【0011】)
e.「これに対し、・・・インク噴射を行うための印字パルスに続いてキャンセルパルスを印加することにより、インク流路613内の残留圧力変動を低減することが考えられている。つまり、インク噴射から一定時間後に、インク流路613内の残留圧力変動と位相が逆になるような圧力波を発生させるキャンセルパルスを印加するのである。・・・このキャンセルパルスを与えることによってアクチュエータ壁603は、インク噴射時と反対の変形をし、残留圧力変動と位相が反対の圧力波を与えて、残留圧力変動を打ち消す。これにより電圧パルスの周波数を変化させたときのインクの噴射速度の変動がなくなり、印字品質が良好になる。」(【0012】)
f.「図10に示すように噴射パルスCの立ち下がりから2T後に幅T、噴射パルスCと位相が同じで、残留圧力変動の振幅に応じた電圧値(例えば噴射パルスの0.5倍)のキャンセルパルスEを印加するすることでも残留圧力変動を打ち消すこともできる。・・・しかしながら、・・・電圧の異なる2種の正の電源が必要であり、駆動回路が複雑となり、コストが上がるという問題があった。・・・本発明は、インクの噴射速度の変動を抑え、良好な印字品質の得られる低コストのインク噴射装置の駆動方法を提示することを目的とする。」(【0015】〜【0017】)
g.「アクチュエータは・・・インク室を構成する・・・壁部であり、・・・圧電材料で形成されている」(【0021】)
h.「本実施例のインク噴射装置600は、図6に示す従来のインク噴射装置600と同様」(【0024】)
i.「本実施例のインク流路613内の電極619に印加する駆動波形10を図1に示す。駆動波形10は、インクを噴射させるための第1のパルス信号Aと、噴射後のインク流路613内の残存圧力変動を補償するための第2のパルス信号Bとからなり、第1のパルス信号A、第2のパルス信号Bのどちらも波高値(電圧値)はV(例えば20v)である。第1のパルス信号Aの幅Waは、インク流路613内の圧力波の片道伝播時間T(L/a)に一致し、すなわち8μsecであり、第2のパルス信号Bの幅Wbはインク流路613内の圧力波の片道伝播時間Tの0.5倍、すなわち4μsecである。第2のパルス信号Bの立ち上がりタイミングTsと立ち下がりタイミングTeとの中間タイミングTmは、第1のパルス信号Aの立ち上がりタイミングT0から時間Tdだけ経過している。時間Tdは、インク流路613内の圧力波の片道伝播時間Tの3.5倍、すなわち28μsecである。」(【0027】)
j.「本実施例の駆動方法にて駆動した場合のインク噴射テストを行った。・・・駆動周波数を5kHzから15kHzまで変化させたところインク噴射速度が4.5〜5.3m/sの間で安定に噴射できた。」(【0032】)

(3)引用例に記載された発明の認定
引用例における駆動方法に用いられるインク噴射装置は、上記記載事項a,c,h,i等からみて、所定のデータの各々に対応するパルス信号を印加することにより、インク流路613内のインクからインク滴を飛翔させて画像の記録を行うインクジェット記録装置であることは明らかであり、加えて記載事項b,gを勘案すれば、パルス信号の印加により圧電材料を駆動するものであることも明らかである。
また、記載事項d,e,i等からみて、第2のパルス信号Bが、1つのデータに対応する第1のパルス信号Aと次のデータに対応する次の第1のパルス信号との間において、第1のパルス信号Aにより生じた残留圧力変動を低減するためのものであることは明らかである。
さらに、記載事項i,jからみて、第1のパルス信号Aと次の第1のパルス信号との間の時間をT00とすると、T00=1/(5〜15kHz)=66.7〜200μsecであり、第1のパルス信号Aの幅WaをT11とすると、T11=T即ち8μsecであり、第1のパルス信号Aの印加が終了してから第2のパルス信号Bの印加が開始されるまでの時間をT22とすると、T22=Td(3.5T即ち28μsec)-Wa(T即ち8μsec)-Wb(0.5T即ち4μsec)/2=18μsecであり、第2のパルス信号Bの印加が終了してから次の第1のパルス信号の印加が開始されるまでの時間をT33とすると、T33=T00(即ち66.7〜200μsec)-Td(3.5T即ち28μsec)-Wb(0.5T即ち4μsec)/2=36.7〜170μsec(ただしT00より小)であることは明らかである。
したがって、引用例には、「所定のデータの各々に対応するパルス信号を印加することにより圧電材料を駆動し、インク流路613内のインクからインク滴を飛翔させて画像の記録を行う、インクジェット記録装置であって、前記所定のデータのうちの1つのデータに対応する第1のパルス信号Aが印加されてから前記所定のデータのうちの1つのデータの次のデータに対応する次の第1のパルス信号が印加されるまでの時間に、前記圧電材料への前記第1のパルス信号Aの印加によって前記インク流路613内のインクに生じる、残留圧力変動を低減するための1つの第2のパルス信号Bが前記圧電材料に印加され、前記第1のパルス信号Aと次の第1のパルス信号との間の時間をT00、前記第1のパルス信号Aの幅WaをT11、前記第1のパルス信号Aの印加が終了してから第2のパルス信号Bの印加が開始されるまでの時間をT22、前記第2のパルス信号Bの印加が終了してから次の第1のパルス信号の印加が開始されるまでの時間をT33として、T00=66.7〜200μsec、T11=8μsec、T22=18μsec、T33=36.7〜170μsec(ただしT00より小)に設定してなるインクジェット記録装置。」に係る発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(4)対比・判断
本件発明(前者)と引用発明(後者)とを対比するに、後者の「パルス信号」、「圧電材料」、「インク流路613内」、「第1のパルス信号A」、「次の第1のパルス信号」、「残留圧力変動を低減する」、「第2のパルス信号B」、「T00」、「T11」、「T22」、及び「T33」は、それぞれ、前者の「パルス電圧」、「圧電素子」、「所定の容器内」、「第1のパルス電圧」、「第2のパルス電圧」、「波を抑える」、「中間パルス電圧」、「T0」、「T1」、「T2」、及び「T3」に対応する。
また、後者において、T00=66.7〜200μsec、T11=8μsec、T22=18μsec、T33=36.7〜170μsec(ただしT00より小)に設定しているから、T00>T33>T22>T11かつT22>2×T11かつT33>3×T11の関係になっており、前者におけるT0>T3≧T2>T1かつT2≧2×T1かつT3≧3×T1の関係を満たしている。
したがって、両者は、「所定のデータの各々に対応するパルス電圧を印加することにより圧電素子を駆動し、所定の容器内のインクからインク滴を飛翔させて画像の記録を行う、インクジェット記録装置であって、前記所定のデータのうちの1つのデータに対応する第1のパルス電圧が印加されてから前記所定のデータのうちの1つのデータの次のデータに対応する第2のパルス電圧が印加されるまでの時間に、前記圧電素子への前記第1のパルス電圧の印加によって前記所定の容器内のインクに生じる、波を抑えるための少なくとも1つの中間パルス電圧が前記圧電素子に印加され、前記第1のパルス電圧の印加が開始されてから前記第2のパルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT0、前記第1のパルス電圧のパルス幅をT1、前記第1のパルス電圧の印加が終了してから前記中間パルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT2、前記中間パルス電圧の印加が終了してから前記第2のパルス電圧の印加が開始されるまでの時間をT3として、T0>T3≧T2>T1かつT2≧2×T1かつT3≧3×T1となる関係を満たすようT0、T1、T2、T3を設定することを特徴とするインクジェット記録装置。」において一致し、次の点で相違する。
<相違点>中間パルス電圧について、前者が「前記中間パルス電圧は、当該中間パルス電圧を単独で印加して圧電素子を駆動した場合、当該圧電素子が前記容器内からインク滴を飛翔させるのには不十分な波形を有し」としているのに対して、後者では中間パルス電圧である第2のパルス信号Bがそのようなものであるのか否か定かでない点。

以下、相違点について検討するに、引用発明における第2のパルス信号Bは、残留圧力変動を低減するためのものであって、それによって記録のためのインク滴を飛翔させるものではなく、かつ、記録のためのインク滴に限らず不必要なインク滴の飛翔などない方がよいことは当然のことである。
また、引用発明における第1のパルス信号Aは、引用例の記載(特に記載事項c)によれば、そのパルス幅Waが圧力波の片道伝播時間Tに設定されていることにより、最初の立ち上がりによりインク流路内に圧力波が負の方向に発生し、圧力波が正に転じるタイミングに合わせて立ち下がり、その立ち下がりにより発生した圧力を、圧力波が負から正に転じるときの圧力を利用して高めることで、インク滴を記録速度で飛翔するものであるから、その立ち下がりにより発生する圧力のみではインク滴を記録速度で飛翔できない低い電圧でよいものであり、第2のパルス信号Bも、第1のパルス信号Aと同じ電圧であるから(記載事項i)、その立ち下がりにより発生する圧力のみではインク滴を記録速度で飛翔できない低い電圧でよいものである。
加えて、第2のパルス信号Bは、仮に単独で印加したときには、パルス幅が第1のパルス信号Aよりも短いことから、立ち下がるのは負の圧力波が伝播中のときであり、圧力波が負から正へ転じるときの圧力を利用できないため、インク滴がより飛翔できなくなることは明らかである。
ただ、そのときにおいて、本件発明のように容器内からインク滴が飛翔しないのか、あるいは、容器内からインク滴の飛翔が少しはあるのかについては定かでない。
ところで、本件発明が、中間パルス電圧を単独で印加したときでも容器内からインク滴を飛翔させないものとしたのは、消費電力や応答性を考慮して中間パルス電圧を低いものとし、圧電素子の駆動の際の負担を増大させることなく画像品質を保持するためであるが(本件特許明細書段落【0005】,【0006】,【0048】等)、消費電力の低減、応答性の向上、駆動負担の軽減、及び画像品質の保持などは、プリンタにおける一般的な課題であって、引用発明においても当然に考慮される課題といえるし、消費電力の低減などのために電圧を低くすることなどは、当業者において容易に想起できることである。
引用発明の課題として、引用例には、従来、噴射パルスC(第1のパルス信号Aに対応)の電圧とこれより低いキャンセルパルスE(第2のパルス信号Bに対応)の電圧の2つの電圧を用意していたものを、電源回路を簡略化してコストを下げるために、1つの電圧を用意すること(結果として、第1のパルス信号Aと第2のパルス信号Bの電圧は同じになる。)が記載されているが(記載事項f,i)、上述した消費電力の低減などの課題をさらに考慮することは当業者が必要に応じて適宜決められる事項であるから、第2のパルス信号Bの電圧について、従来のように第1のパルス信号Aの電圧より低いものを改めて求めることに阻害要因があるとはいえない。
そして、第1のパルス信号Aの電圧より低い第2のパルス信号Bの電圧としては、上述したように、不必要なインク滴の飛翔などない方がよいのであるから、可能な範囲でより低い電圧が検討され得るのであり、また、各パルス信号の幅や高さ及び印加タイミングが適宜変更できる設計的事項であることも勘案すれば、単独で印加したときに容器内からインク滴が飛翔しないほどに低い電圧であり、かつ、本件発明と引用発明との上記対比において一致点としたことに反しないような低い電圧を検討範囲に入れることは、当業者にとって格別困難を要することとはいえない。
してみれば、上記相違点は、当業者が適宜試行探求し得る範囲の事項というべきであるから、当業者が容易に想到できたことというよりなく、しかも、本件発明は、上記相違点に係る特定事項を備えることで予測できない格別の作用効果を奏するものでもない。

3.むすび
以上のとおりであり、本件請求項1に係る発明は、引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1に係る発明についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件請求項1に係る発明についての特許は、特許法第113条第2項に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2005-02-04 
出願番号 特願平9-30625
審決分類 P 1 651・ 121- Z (B41J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 江成 克己桐畑 幸▲廣▼  
特許庁審判長 小沢 和英
特許庁審判官 津田 俊明
中村 圭伸
登録日 2002-07-05 
登録番号 特許第3324429号(P3324429)
権利者 ミノルタ株式会社
発明の名称 インクジェット記録装置  

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