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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない G02B
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない G02B
管理番号 1117133
審判番号 無効2002-35344  
総通号数 67 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1985-01-14 
種別 無効の審決 
審判請求日 2002-08-22 
確定日 2003-05-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第1962765号発明「交換レンズ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由

見出しの一覧


【1】手続の経緯・・・・3頁

【2】本件特許発明・・・・3頁

【3】請求人の主張する無効理由・・・・3頁

【4】無効理由1(特許法第29条第2項)についての請求人の主張の要点
・・・・4頁

【5】無効理由2(特許法第36条第3項)についての請求人の主張の要点
・・・16頁

【6】各甲号証に記載された事項
【6-1】甲第1号証(特開昭57-188004号公報)・・・・17頁
【6-2】甲第2号証(特開昭57-165821号公報)・・・・19頁
【6-3】甲第3号証(特開昭54-108628号公報)・・・・20頁
【6-4】甲第4号証〜甲第16号証・・・・21頁
【6-5】疎甲号証(本件特許発明の出願公告に対する異議申立事件における 異議決定について)・・・・24頁

【7】当審の判断
【7-1】無効理由2(特許法第36条第3項)について・・・・24頁
【7-2】無効理由2(特許法第29条第2項)について・・・・25頁
[1]甲第1号証に記載された発明・・・・25頁
[2]対比・・・・25頁
[3]相違点についての判断・・・・27頁
[4]進歩性の判断・・・・33頁
[5]請求人の主張について・・・・33頁

【8】結び・・・・39頁





【1】手続の経緯
本無効審判事件の審理の対象である特許第1962765号は、昭和58年2月1日に出願された特願昭58-15860号の一部を特許法第44条第1項の規定に基づき、同年7月25日に新たな出願としたものであり、平成4年10月6日に出願公告され、平成7年8月25日に設定登録された。そして、株式会社シグマより、平成14年8月22日に本件の特許発明に対して無効の審判が請求され、被請求人であるミノルタ株式会社より、平成14年11月12日に答弁書が提出され、請求人より、平成15年2月3日に弁駁書が提出された。

【2】本件特許発明
本件の特許請求の範囲第1項に記載された発明の要旨は、本件の特許明細書(特公平4-62364号特許公報および同補正公報参照)からみて、平成6年法律第116号による改正前の特許法第64条の規定による平成5年9月13日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載されたとおりの、以下のものと認められる。
「カメラ本体に交換自在に装着される交換レンズにおいて、
撮影光学系と、
上記撮影光学系内に設けられ、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる撮影距離調整手段と、
上記撮影光学系の焦点距離を設定する焦点距離設定手段と、
上記撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と、
所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段と、
上記データ出力手段の焦点距離領域データに基づいて、該当する領域の上記変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号としてカメラ本体へ出力する出力手段と、
を有することを特徴とする交換レンズ。」(以下、「本件特許発明」という。)

【3】請求人の主張する無効理由
(1)請求人が主張する特許無効の理由の要点は、第1に、本件特許発明は、甲第1号証〜甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから特許法第29条第2項に違反して特許されたものである(以下、「無効理由1」という。)というものであり、第2に、本件特許発明の明細書は、本件特許発明の効果を如何に奏することができるのかを記載していないので特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない不備がある(以下、「無効理由2」という。)というものである。

(2)これに対して、被請求人の主張の概要は、無効理由1に対して、甲第1号証〜甲第3号証には、上記「データ出力手段」、「記憶手段」、及び「出力手段」に相当する構成は全く記載も示唆もされておらず、請求人が引用するようなコンピュータに関するごく一般的かつ抽象的な事項が記載された他の証拠を全て組み合わせても、当業者が本件特許発明を容易に想到できたとはいえない、また、無効理由2に対して、変換データを浮動小数点方式で転送することにより、ビット数の抑制および転送時間の短縮を図れることは明らかであるから、本件特許明細書に記載不備は存在しないというものである。

【4】無効理由1(特許法第29条第2項)についての請求人の主張の要点
(審判請求書16頁4行〜18頁12行)
本件特許発明と甲第1号証に記載された発明とは、ズーム機能(焦点距離変更機能)を有する交換レンズを用い、TTL測光方式による自動合焦を行う技術に関する。本件特許発明における「撮影光学系」に対応する撮影光学系が甲第1号証にも存在し、また、本件特許発明における「上記撮影光学系の焦点距離を設定する焦点距離設定手段」が甲第1号証における「焦点距離を調節するズーム環(42)」に対応し、それらは同等であることは自明である。
次に、本件特許発明における「上記撮影光学系内に設けられ、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる撮影距離調整手段」についてみると、甲第1号証における指示手段のパターンは、その接片94の前端が横切る「パターン数」だけでなく、その「パターン間隔(あるいはパターンの分布密度)」にも意味があるのであって、「パターン数」はピントずれ量のみに対応するが、「パターン間隔(あるいはパターンの分布密度)」がズーム動作により変化した焦点距離に対応するようになっている。しかも、その技術的思想としても、甲第1号証における指示手段は、「前記ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する(特開昭57‐188004号公報1頁左下欄「2.特許請求の範囲」の項4〜7行)」と規定されており、オートフォーカス制御系による距離環の移動量が、ピントずれ量に応じるだけでなく、ズーム動作に伴って変化した焦点距離にも応じる、すなわち、変化した焦点距離により変換(あるいは補正)されるように構成されているのである。
本件特許発明においても、フォーカス用レンズあるいは距離環の位置決め制御機構に、デフォーカス量すなわち焦点ずれ量に対応する制御量にズーム動作に伴う焦点距離の変化に対応する変換(あるいは補正)を組み合わせて、指令値として与えるように構成している(「デフォーカス方向の信号に応じて(レンズFLを駆動して焦点調節を行う)モーターMOを…回転させ、(レンズFLの駆動量をモニターする)エンコーダENCから…算出値N(ここでいう駆動データ=変換データ×デフォーカス量データに相当する)に等しい数のパルスが入力した時点で、フォーカス用レンズFLが合焦位置までの移動量△dだけ移動したと判断して、モーターMOの回転を停止させる」(特公平4‐62364号公報3頁6欄29〜35行、括弧内は請求人による))のであり、この点で両者の構成の間に格別の相違はないということができる。
すなわち、本件特許発明における「上記撮影光学系内に設けられ、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる撮影距離調整手段」には、甲第1号証における「ピントを調節する距離環(28)」、「前記距離環を駆動するモータ(56)」および「指示手段(92,94)」を含み「このモータの駆動を制御する制御機構(図示なし)」の組み合わせが対応し、それらは実質的に同等である。
さらに、本件特許発明においては、「上記撮影光学系が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちのどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と、所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段と、上記データ出力手段の焦点距離領域データに基づいて、該当する領域の上記変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号としてカメラ本体へ出力する出力手段と」が設けられているが、甲第1号証においてはこれに対応するものとして「前記ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段(92,94)」が設けられており、この点で両者は相違している。
(審判請求書18頁13行〜26頁13行)
この相違点について検討する。甲第1号証における「指示手段(92,94)」は、「ズーム環の回動による焦点距離の変化に対応して、距離環の回動量を規定」するためのものであり(6頁左下欄16行〜右下欄3行)、これによって「ズーム環によって設定した焦点距離に応じて、測定されたフィルム面からピント面までのずれを、距離環の設定距離の必要な移動量にそれぞれ変換」(2頁左上欄14〜19行)することを実現したものである。ところで、自動焦点調節可能な交換レンズ(オートフォーカス用交換レンズ)に固有の情報をカメラ本体に電子的かつデジタル的に転送し、演算処理後、焦点調節用制御信号を得て自動焦点調節制御を実現することは、例えば甲第2号証および甲第3号証に示されているように、本件特許の出願前当業者に周知の事項である。従って、甲第1号証において、同様に自動焦点調節可能な交換レンズに固有の情報の伝達、すなわち、上記した「ズーム環の回動による焦点距離の変化に対応して、距離環の回動量を規定」するという情報伝達の手段の機能が「(距離環28と共に回転する)パターン基板92」と「(ズーム環42に関連された)接片94」とからなる電気機械的な(焦点距離対距離環移動量変換係数の)関数発生手段により実現されているものにおいて、これと同等の機能を電子的および/またはデジタル的に実現しようとすること自体には技術的な飛躍はない。
甲第2号証には、電子化されたオートフオーカス用単焦点交換レンズに関する基本的発明が開示されており、合焦用レンズの駆動系の特性の差異や合焦用レンズの単位移動量に対するそれに伴う像面移動量の差異に対応した補正量を発生し、この補正量を上記合焦用レンズの移動量制御に使用することが示されており(特許請求の範囲参照)、このための補正用信号は電子的に発生される。
また、甲第3号証には、交換レンズが関係するカメラ内情報処理のデジタル化のための基本的発明が開示されており、撮影レンズの情報をデジタル的に記憶したROMと前記ROMの情報を入出力する入出力装置とを撮影レンズに設けること(特許請求の範囲第1項参照)、また、交換レンズとカメラ本体間の信号伝送は直列(シリアル)伝送とすること(特許請求の範囲第2項参照)が示されている。甲第3号証などに示されている、コンピュータを機械に応用する技術は、一般的にはマイクロコンピュータを機械に応用する技術といわれ、この具体的な内容は例えば本件特許出願の2年2ヶ月も前である昭和56年(1981年)5月30日に初版の第1刷が発行された「マイコンによる機械制御技術」(甲第8号証)の第1章「機械技術者に役立つマイコン」の中の「1.2 マイコンと機械の関係はどうか」と題する部分に次のとおり記載されている。「機械は一般に…各種機械要素によって動力を伝達し、物を動かしたり…することで目的の仕事を行う。そのとき、…機械要素が動いて機能を現わし仕事をする。マイコンは、機械の各部分をどのように動かすか判断し、適切な指令を(電気信号の形で)出力し機械を動かす。マイコンが機械その他に対し、出力する信号は…インターフェース(回路)によって増幅し、強力な電気信号にして…モータ…などの出力機器(アクチュエータ)に与える…これらの出力機器は、電気的に与えられる信号(指令)のまにまに具体的な物を動かす力を発生する。…また、機械がマイコンの指令どおりに目的の状態になったかどうか調べるためとか、機械の状態をマイコンが知るために検出器(センサ)を使ってそれらの状態を電気信号に変換し、マイコンがそれを入力して記憶、判断、演算、その他を行うことになる。」このように、機械にマイコンを応用するということは、機械要素が直接動作していた仕事を、機械の状態を知り且つ出力機器に指令を与えるという動作をするための入出力手段を追加することによってコンピュータ制御によって動作させることによって達成することを意味する。
昭和57年12月に特許庁による「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」(甲第9号証)の12頁2.4.2.1同一性の判断において次のとおり記載されている。
「i)必要な機能又は手順に関して相違がなければ、同一である。
[説明]例えば、回路等により実現されている機能をマイクロコンピュータにより果たされる機能により転換した発明であって、その転換により発明の目的および効果に格別の差異が生じない場合は同一となる。
ii)必要な機能又は手順に関する相違点が、コンピュータに関係するありふれた技術事項の単なる付加又は削除にすぎない場合は、同一となる。」
本件特許出願より前に示されている上記の運用指針に従えば、甲第1号証におけるズームレンズの交換レンズにおいて示されている必要な機能に関して相違がなければ、同一となり、また、必要な機能に関する相違点がコンピュータに関係するありふれた技術事項の単なる付加又は削除にすぎない場合は同一となる。」
甲第2号証および甲第3号証の周知技術の開示を考慮して、上記の甲第1号証と本件特許発明との相違点を検討すると、これは、要するに、自動焦点調節制御系におけるピントのずれ量に応じて制御される距離環の移動量に対し、ズーム動作に伴う焦点距離変化に応じた変換(あるいは補正)を実施するための変換係数(以下、「変換(係数)データ」、「規定値」あるいは「補正値」ともいう)を電気機械的に発生するか、あるいは、デジタル的に発生するかの相違に基づいている。
しかるに、ズームレンズ(多焦点レンズ)ではないが、各種単焦点交換レンズの焦点距離の差異などに応じて補正信号を発生させることは甲第2号証に示されており、また、ROMに記憶させた撮影レンズの情報を必要に応じて読み出すことが甲第3号証に示されている以上、甲第1号証における指示手段(パターン基板92および接片94)からなる電気機械的な焦点距離対距離環移動量補正値の関数発生手段を「焦点距離データの出力手段」および「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記焦点距離に対応する変換データが記憶された記憶手段(この記憶内容は、例えば本件特許の第7図における連続関数A、BあるいはCに相当する)」により構成することは、デジタル化に当っての常套手段である。すなわち、上記の相違点である構成は、ズーム動作により設定された焦点距離に対して、距離環を移動させる制御量を決めるために必要な変換係数(あるいは補正値、規定値)を発生させるためのものである。そのために、設定された焦点距離のデータを出力し、そのデータ出力により、焦点距離対変換係数の対応関係、すなわち、それらの間の対応表(すなわち、それらの間の関数関係)を記憶している記憶手段から対応する変換係数(あるいは補正値、規定値)を読み出すことは常套手段である。そして、その場合に、関数をデジタル的に発生させるには、関数を複数に区分して行わざるを得ない。換言すれば、一方のパラメータを複数に区分し、各区分に他のパラメータの1つの値を対応させて、近似させることは(例えば、本件特許の第7図における連続関数A、BあるいはCを階段状関数A'、B'あるいはC'により近似することに相当する)、デジタル的関数発生における固有の技術である。そもそも、関数をデジタル的に発生させるのに、関数を分割せず連続的に発生させることは不可能であり、また、そのようなことは、連続的な発生をデジタル的な発生と呼称することであり論理矛盾である。
この点について、例えば甲第13号証を参考にすることができる。ここでは、両パラメータがアナログ値であるが、両者がデジタル値であれば、一方のデジタルパラメータxにより直接各デジタルパラメータxに対応して与えられている他方のデジタルパラメータyを読み出せばよく、この「各デジタルパラメータxに対応して与えられている他方のデジタルパラメータy」がx-yの対応表すなわちテーブル(すなわち記憶手段)により構成されうることは当業者に自明である。
ここで、甲第1号証の装置へのマイコン応用について考える。甲第1号証において、距離環という機械要素が自動位置決め制御されているが、ピントのずれ量に対応して距離環を移動させる量はいつもずれ量に同じ比率で比例しているのではなく、その比率はズーム環という機械要素の回動に応じて定まる接片94の前端のパターン基板92上における位置によって決定される。より具体的には、パターン基板92上に接片94が位置している部分の単位距離当たりに存在するパターン本数の逆数が、ピントのずれ量に対応して距離環を移動させる量を決めるための変換係数である。このような甲第1号証の装置に、マイコンを応用するということは、甲第8号証の記載を参照すれば、一義的に次の構成が必要になることを意味する。すなわち、検出されるべき機械の状態がピントのずれ量、および、ズーム環の動作に応じて決まる接片94の前端のパターン基板92上における位置であり、それらの状態を電気信号に変換し、マイコンがそれを入力して記憶、判断、演算、その他を行うことになる。この際、ピントのずれ量に応じた距離環の移動量を決めるための、ズーム環の移動(焦点距離の別)によって決められる変換係数を発生させる部分において、上記のとおり、焦点距離領域を複数の領域に分割することはマイコンを応用する際に必然的な構成である。また、マイコンを採用したことにより、マイコンを採用したことに固有の作用効果から予測できない作用効果が奏されているということはいえない。予測できない作用効果が奏されているといえないどころか、甲第1号証のズームレンズにおいては距離環およびズーム環に連動した機械要素の作動が直接制御信号を発生させているのであるから、デジタル関数発生手段から検索処理して得た変換係数をさらに演算処理して制御信号を得るようにしている本件特許発明のズームレンズにおけるフォーカス用レンズFLの制御の方が遅いということができる。
以上のとおりであるから、甲第1号証における指示手段(パターン基板92および接片94)からなる電気機械的な焦点距離対距離環移動量変換係数の関数発生手段を「上記撮影光学系が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちのどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段」と、「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」とにより構成することは、当業者に自明な構成の変更である。
さらに、本件特許発明においては、「上記データ出力手段の焦点距離領域データに基づいて、該当する領域の上記変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号としてカメラ本体へ出力する出力手段」を設けているが、撮影レンズの情報をデジタル的に記憶するROMとその情報を入出力する入出力装置とを撮影レンズに設け、かつ、得られたデジタル信号をカメラ本体側に直列伝送することは甲第3号証に示されており、また、「mビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号」で表わす浮動小数点方式のデジタル信号で表わすことは甲第4号証に示されており、そして、デジタル信号伝送処理において固定小数点方式を採用するか、あるいは、精度を犠牲にしてでも浮動小数点方式とするかは当業者における設計的事項であることは、例えば本件特許発明の出願公告に対する異議申立において提示されている株式会社産報発行「マイクロプロセッサ制御の設計」(異議甲立人村山克彦の提示した甲第2号証)および共立出版株式会社発行「電子計算機のプログラミング」(異議申立人鈴木順一の提示した甲第3号証)によっても、明らかである。
以上のように考えられるので、上記相違点は、電子化および/またはデジタル化に当っての常套技術を用いつつ、当業者が行う設計変更に相当するものである。したがって、本件特許発明の構成は、甲第2号証、甲第3号証および甲第4号証や甲第13号証さらには後述する甲第5号証ないし甲第7号証等を含む電子化および/またはデジタル化に当っての常套技術を援用しつつ、甲第1号証に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
(審判請求書26頁14行〜29頁下から5行)
次に、本件特許明細書には、本件特許発明は、先記したように、「変換係数データのビット数を最小限必要なビット数を(原文ママ)抑えることができ、且つ転送時間を短縮することができ」かつ、「高速でデータ転送を行うことができる、焦点調節動作の応答性は著しく向上する」という効果を奏する、と記載されている。
しかしながら、上述のとおり、浮動小数点方式は、甲第4号証〜甲第7号証から明らかなようにデジタル的情報処理あるいは伝送手段において固定小数点方式と並んでデータの表現形式および出力形式として周知慣用の方式であって、浮動小数点方式をマイコンによるデジタル演算装置を備えたカメラシステムに選択することに困難性はない。
明細書の開示からは固定小数点方式によってビット数が固定小数点方式に比較してどうであるか、例えば、増大しているか、あるいは変わっていないのか判断することはできない。
そもそも、本件特許明細書には、変換データのビット数を最小限必要なビット数を押さえることができ、という点について全く説明がない。明細書には、いかなる数値が最小限必、要なビット数であるかが不明である。仮に、その最小限必要なビット数が明らかになったとしても、次に、本件特許発明において浮動小数点方式をどのように採用すると何と比較して、ビット数が最小限必要なビット数を抑えることになると主張しているのか全く不明である。したがって、転送時間を短縮するということが、何に対して短縮されているか、また、そのような効果を奏する手段がいかなるものであるかは、不明である。
従って、浮動小数点方式を採用した点に格別な作用効果が奏されると認めることはできない。
(弁駁書)
第1 はじめに
まず第1に留意しなくてはならない点
本件特許の出願前に、機械装置の作動の制御をマイクロコンピュータを応用することによって実現することが極めて一般的な技術となってきていた。この流れを受けて特許庁で長年の検討を経た上で「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」(甲第9号証)が作成された(昭和57年12月)のであり、その事実は特許庁において顕著な事実である。この運用指針によれば、先行技術との対比判断を行った結果として、必要な機能又は手順に関して相違がなければ、同一となる;また、必要な機能又は手順に関する相違点が、コンピュータに関係するありふれた技術事項の単なる付加又は削除にすぎない場合は、同一となる;公知のコンピュータ技術の寄せ集めには進歩性がない;必要な機能又は手順に関する相違点が、コンピュータに関係する公知の技術事項の付加又は削除の場合は、その付加又は削除に困難性がなく、その付加又は削除によってもたらされる効果が普通に予測される効果をこえるものではない場合は進歩性なしとなる(甲第9号証、12〜14頁)。このように、単にマイクロコンピュータ技術を応用したものは新規性進歩性がないとされる。
甲第1号証においては、オートフォーカス機構を備えたズームレンズも開発されている、とした上で、この種のズームレンズにおいては、合焦検出のために、レンズを通過しない被写体からの光が測光されており、TTL測光方式は採用できないでいた。この理由として、ズーム環を動かしての焦点距離移動が、焦点深度に与える影響に基づく問題を解決できていないことが挙げられる(1頁右下欄10〜17行)と記載されている。すなわち、オートフォーカス機構を備えたズームレンズが既に開発されていること、また、ズームレンズにおいてはズーム環を動かしての焦点距離移動が焦点深度に影響を与えることが甲第1号証に記載されている。このような技術的理解に立って、甲第1号証の請求項1では、「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段」を規定しているのである。
ここで、さらに留意すべき点は甲第1号証の技術的背景である。甲第1号証では、焦点距離の変化に応じた距離環の移動量をその制御機構に指示する手段としてパターン基板を利用した巧妙な電気機械的な技術を開示したものである。この出願は特開昭55-76309号(甲第14号証)を含む4件の特許文献を参考文献として掲げて出願公告されている(特公平2-41721(甲第15号証))。甲第14号証は、光学式カメラ、テレビジョンカメラ等のズームレンズ装置を使用したカメラに適用して好適な自動焦点装置に関し(1頁右下欄1〜3行)、フオーカシングレンズの移動について「正弦波信号は可変利得増幅器(15)に供給され、その出力が合成器(28)・増幅器(16)を介してモータ(17)に供給される。モータ(17)は正負両方向に回転し、図示せざるも機械手段を介してフォーカシングレンズ(2)を光路上の前後に移動させ得るようになされている。(19)はズーミング用移動レンズ(3)の移動位置を検出する移動位置検出器であって、電源+Bと接地との間にポテンショメータ(18)が接続され、その可動接点(18a)がズーミング用移動レンズ(3)の光路上の移動に応じて移動し、その移動位置に応じた電圧が可動接点(18a)より得られ、これが利得制御信号として増幅器(15)に供給されるようになされている。」(2頁右上欄17行〜2頁左下欄10行)
このように甲第14号証発明において「焦点距離の変化に応じた電圧信号がポテンショメータによって発生され、この電圧信号が利得制御信号として可変利得増幅器(15)を介してモータ(17)に供給され、このモータがフオーカシングレンズを光路上の前後に移動させる」という技術が開示されており、この構成において「焦点距離の変化に応じて、フオーシングレンズの移動を制御する信号を制御させるための電圧信号」は、とりもなおさず本件特許発明でいう変換データである。そして、甲第14号証においては、甲第1号証同様、この制御信号による焦点距離の変化に対応させたフオーカシングレンズの移動をアナログ制御しているものである。即ち、甲第1号証が出願当初に権利化を試みた「焦点距離に応じて距離環の移動量を制御する必要があるズームレンズ式のオートフォーカス制御技術」は既に甲第14号証に開示されていたことが分かる。特に注目しなければならないことは昭和53年の出願を開示した昭和55年発行の甲第14号証においてさえ、この技術自体は所与の技術であって、甲第14号記の出願において本来目的とした発明はその所与の技術を改良するものであるということである。
甲第1号証は、甲第14号証を含む参考文献の存在を背景として上記の出願当初の上位概念であった権利化の範囲を限定した結果出願公告されたのである。ここで、上記の出願当初の上位概念の構成と対応する構成として出願公告された文言を対比する。
出願当初の上位概念の構成「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段」に対応する構成として公告された文言は「上記撮影レンズの焦点距離を調節する焦点距離調節部材と、上記焦点距離の変化に応じた焦点距離調節部材の駆動量の補正が施されているパターンと、上記焦点距離調節部材の設定焦点距離に対応し、上記焦点距離調節部材の移動に応じて上記パターンの変化を検出する検出手段と、上記ずれ量と上記検出手段の出力とに基づいて上記距離調節部材を駆動する駆動手段」であり、甲第1号証発明は特定の電気機械的な構成を明示して特許されたものである。本件特許発明を理解し、その進歩性を判断するに際しては、このような技術的背景を理解し、上記甲第9号証に記載された運用指針を理解した上で、デジタル化に際して特段の飛躍があったか否かを判断しなければならない。そこで、本件特許発明のオートフォーカス用交換レンズの分野についてみれば、甲第3号証には、具体的に、オートフォーカス交換レンズにおいてマイクロコンピュータを応用した技術、即ち、各種のレンズが固有に持っている情報を電気的に記憶しているROM(リード・オンリー・メモリー)等の記憶装置とその読み出し装置とをレンズ側に設け、ボディ側にはレンズの情報処理のためのマイクロコンピュータなどの処理機構を設けることによってレンズの情報を簡単な装置で容易にカメラボディに伝達し得る……そのレンズ固有の動きを各レンズ共通の値に変換するパラメータをROMに記憶してその値をボディ側に伝達し、ボディ側のマイクロコンピュータで電気的に各レンズ共通の値に変換するようにしてある、(1頁右下欄下から2行〜2頁左上欄15行)技術が記載されている。
そして、甲第1号証と甲第3号証とはいずれもオートフォーカス交換レンズの技術分野であって自動化を目的としている点で共通しており、甲第1号証の自動化に甲第3号証を応用しようとすること自体には何ら飛躍はない。
そこで、当業者が甲第1号記を甲第3号証の技術を背景として理解すれば、甲第1号証で、アナログ的に処理しているズームレンズ式のオートフォーカス交換レンズの、焦点距離に対応した距離環の移動量制御において、これをマイクロコンピュータ化するに際して「データ出力手段」、「記憶手段」及び「出力手段」は必然的に想起されるものである。
第2に留意すべき点
答弁書8頁20〜22行記載の「本件特許発明の技術的思想の本質は、この変換データを記憶し、カメラ本体へ転送する構成にある」(7頁末行〜8頁1行)とし、「甲第1号証に記載された発明と本件特許発明とは、オートフォーカス用のズームレンズという技術分野を共通にするだけであって、その技術的思想は本質的に異なっている」という主張に根拠はなく全く誤りであることである。
甲第3号証には、そのレンズに固有の動きを各レンズ共通の値に変換するパラメータをROMに記憶してその値をボディに伝達することが記載されており、本件特許発明において、甲第1号証の機械装置をマイクロコンピュータ化するに際して甲第3号証に開示されたこれらの構成を設けることに困難性はなく、この構成を設けた点によって予測できない効果が奏されていると認めることもできない。甲第9号証によれば、このような場合マイクロコンピュータ化のための公知の技術を組み合わせることに進歩性はない。さらに、被請求人は、浮動小数点方式の採用によってデータ転送時間が早くなるということを繰り返し主張している。しかしながら、これとても、同じマイクロコンピュータ化した技術同士で、固定小数点方式を採用したものと浮動小数点方式を採用したものとを比較したときに、浮動小数点方式を採用するに際して精度を犠牲にする場合に実現することがあるということであって、その効果は浮動小数点方式に固有の効果であって、かつ、浮動小数点方式を採用することによって奏されることがあることは予測の範囲内である。
第3に留意しなくてはならない点
審判事件答弁書3頁8行〜12行記載の「焦点距離を複数の焦点距離領域に分割した上で、焦点距離設定手段によって設定された焦点距離がどの焦点距離領域に属するかを検出し出力するデータ出力手段と、当該領域毎に変換データを記憶する記憶手段と、上記出力手段からの焦点距離領域情報に基づき、当該領域について記憶された変換データを浮動小数点方式によってカメラ本体に出力する出力手段」の構成を備えたズームレンズ式オートフォーカス交換レンズが、本件特許出願前デジタル技術の分野で慣用されている浮動小数点表示方式を採用することによる自明な効果を超える効果、すなわちより早い転送速度という効果を奏することが明細書において立証されていない、と審判請求書において主張立証しているにも拘わらず、答弁書中に説明がないことである。従って、手続補正書において新たに追加された効果a)「…もどかしさを感じるようなことがなくなるという効果」b)「…焦点調節動作の応答性は著しく向上する」という効果も、従来公知のズームレンズを用いたオートフォーカスカメラシステム、例えば甲第1号証に示す交換レンズを用いたカメラシステムの応答性を著しく超えると言えるものではないということである。そうだとすれば、本件特許発明は進歩性はないものと言わざるを得ない。
第4に留意しなくてはならないこと
連続的に変化する焦点距離に対応したデータをデジタル信号として発生させる場合、必然的に離散的な出力信号とならざるを得ないもので、デジタル信号の発生を焦点距離を複数領域に区分した状態ではなく連続的信号として発生させることは不可能であるということである。アナログ量をデジタル化した場合、離散的になってしまうことは技術的常識であり、CDやデジタル時計によって一般に良く知られているところである。この点は甲第13号証を引用しつつ、審判請求書においても述べたところである。この技術常識をより分かりやすく説明した文献があるので、発行は本件特許出願後であるが、参考までに平成11年12月15日(株)オーム社発行「ハンディブック電気」(甲16号証)205頁2行〜5行、及び同241頁の19行〜21行の記載を参照。上記したとおり、甲第1号証の請求項1では、「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段」を用い、これをアナログ的に処理する技術を開示している。即ち、甲第1号証では、この自働制御技術において、焦点距離と距離環の移動量との間の関数制御をアナログで行っている。従って、上記したような技術常識に基づけば、甲第1号証に開示されたような、ズームレンズ自動焦点調節において、これをマイクロコンピュータ化するに際して、焦点距離範囲を複数の領域に分割する構成とすることは、一義的に必要となる構成であって格別の困難性がないものである。
第2 被請求人の主張に対する否認
1「「データ出力手段」及び「記憶手段」について」(9頁1行〜11頁1行)について
1‐1 オートフォーカス用のズームレンズにおいては、ズーム動作によるレンズ焦点距離の変化に対応してオートフォーカス制御系の感度、すなわち焦点ずれ検出量に対するフォーカスレンズ移動操作量の比を変化する必要がある。この場合、技術的常識に基づけば、当然に、変化する焦点距離とそれに対応するフォーカスレンズ移動操作量の変化の割合とが或る関数関係にあると認識できる。甲第1号証においては、指示手段がズーム動作によるレンズ焦点距離の変化に対応してオートフォーカス制御系におけるフオーカスレンズ(距離環)移動操作量に或る関数関係で変わる割合で変化を与えており、そのパターン基板(92)の(レンズ円周方向の)パターンの間隔(パターンのピッチ)がズーム動作に応じて(ピン先端のレンズの軸方向における位置に応じて)或る関数関係で変化するようにした構成を「焦点距離対距離環移動量変換係数の関数発生手段」と見ることに何ら飛躍はない。そして、この点は、甲第1号証がその指示手段を「前記ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する」(甲第1号証特許請求の範囲参照)という機能を有するものとして認識していることからも裏付けられる。なお、被請求人は、本件特許発明にも、また、甲第1号証にも用いられていない「関数発生手段」なる用語に違和感をもっているようである。しかしながら、「焦点距離対距離環移動量変換係数の関数発生手段」は「焦点距離の変化に対応して距離環移動量に変化を与えるために或る関数関係で変わる係数(割合)を発生する手段」と解することができること、そして、甲第1号証の指示手段がそのような手段であることは当業者に明らかである。
1-2 上述したように、甲第1号証には焦点距離の変化に対応して距離環移動量に或る関数関係で変わる割合で変化を与えるための「指示手段」が開示されており、請求人はオートフォーカス用のズームレンズの技術の部分的要素であるに過ぎないその「指示手段」の変更が容易である旨述べているのであって、表現上「変換係数」および「関数」なる用語の明示がないことを以って論を避けるのは反論していないに等しい。
1-3 アナログパラメータの「離散値」はアナログパラメータが複数領域に分割されていることを意味し、かつ、離散値の値はその領域の代表値すなわちその領域(に属すること)を示しているのであるから、被請求人の主張は論旨不明である。このように、被請求人の主張は、同一の技術内容を示す用語が異なることをもってその同一の技術が恰も別技術であるとする失当なもので、この類の主張が随所に見られる。なお、コード板はA-D変換器を構成するものであり、コード板あるいはそれに対応する手段は発明の要件ではない。
1-4 被請求人は、要するに、「本件特許発明における「データ出力手段」および「記憶手段」は何れの証拠にも開示されていない全く新規なものであって、甲第1号証における指示手段を「データ出力手段」および「記憶手段」により構成することが当業者に自明な構成の変更であるなどとすることは到底できない」(10頁25〜28行)と主張している。確かに、甲第13号証には「データ出力手段」および「記憶手段」なる用語は明示されていない。しかしながら、両手段は、上記したデジタル化に伴う領域分割に関連した限定の他には、その用語中に表示された機能、すなわち「データ出力」および「記憶」、に特別の限定は付されていない。そうであるから、両手段は関数のデジタル発生のためのありふれた構成、すなわち、デジタル対応テーブルおよびそのデジタル読み出し手段、を示すに過ぎないものであり、当業者がそのデジタル化に当たって特に工夫を要した点は見当たらないということができる。
2 「「出力手段」について」(11頁2行〜13頁20行)について
2-1 浮動小数点方式と次に検討する他の構成との間に有機的な関連はなく、その採用自体は設計事項であり、また、その効果も、あるとすれば、浮動小数点方式を採用することに基づいて自明に理解されるものである。さらに、被請求人の、浮動小数点方式を採用したことによる転送時間の短縮の効果があるという主張においては、その効果がデータの精度を犠牲にすることと引換えであることを殊更に無視しており、結局、被請求人の主張は反論になっていない。
2-2 被請求人は、「本件特許発明では、「データ出力手段」および「記憶手段」を備えた点と、浮動小数点方式によりデータを出力する出力手段とを組み合わせることにより、ズームレンズにおいても焦点距離に応じた適切な変換データを高速でカメラ本体へ転送できるという効果が得られるのである。したがって、このような組合わせに有機的な関係がないなどとは到底いえない」(12頁末行〜13頁5行)と述べている。しかしながら、審判請求書に記載したとおり、その「組み合わせ」と「効果」との間に特に密接な因果関係はないのであって、このように指摘されているにもかかわらず被請求人はいかなる有機的な関係があるのか全く説明できておらず、被請求人の主張は全く反論になっていない。それ故、「出力手段」は当業者が容易に選択採用しうる程度の設計事項を超える格別な構成ではないということができる。
3 「「撮影距離調整手段」について」(13頁21行〜14頁9行)について
「撮影距離調整手段」に関して、審判請求書においても述べたように(審判請求書16頁20〜23行)、甲第1号証における指示手段は「前記ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する」(甲第1号証特許請求の範囲参照)という機能を有するものであり、両者の調整機能の内容に実質的な差異はない。なお、「駆動量データ」なる信号を用い、かつ、それがいかに「算出」されるかは、本手段の機能、すなわち「撮影距離調整」機能、の比較判断において重要な要素ではない。

【5】無効理由2(特許法第36条第3項)についての請求人の主張の要点
(審判請求書29頁下から4行〜18頁12行)
本件特許明細書は、上記のとおり、その発明の詳細な説明において、「変換係数データのビット数を最小限必要なビット数を(原文ママ)抑えることができ、且つ転送時間を短縮することができ」、かつ、「高速でデータ転送を行うことができる、焦点調節動作の応答性は著しく向上する」という効果を如何に奏することができるかが記載されていない。従って、また、その特許請求の範囲に記載された構成によっては、上記の効果を奏することができない。従って、本件特許明細書は、特許法第36条の規定に違反しているものである。
(弁駁書14頁8行〜13行)
「本件特許明細書の記載について」(答弁書14頁15行〜15頁15行)について
請求人の記載不備の主張に対して、不備はないと反論しているが、データの出力のために浮動小数点表示方式を採用することに基づく自明な効果を超える効果があること、および、「データ出力手段」および「記憶手段」を備えた点と浮動小数点方式の採用との間の有機的な関連に基づく効果があることを依然として明らかにしていないので、反論となっていない。

【6】各甲号証に記載された事項
【6-1】甲第1号証(特開昭57-188004号公報)
(2頁左上欄末行〜右上欄3行)
「この発明は・・・その目的とするところは、TTL測光方式を用いて合焦検出できるオートフォーカス用ズームレンズを提供することにある。」
(1頁左下欄「特許請求の範囲」)
「ピントを調節する距離環と、焦点距離を調節するズーム環と、前記距離環を駆動するモータと、このモータの駆動を制御する制御機構と、前記ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段とを具備したことを特徴とするオートフォーカス用ズームレンズ。」
(2頁右上欄8行〜末行)
「このズームレンズ10は、図示しない一眼レフレックスカメラ本体に着脱自在に装着されるものであり、2群式のズーム機構を備えている。即ち、第3図に示すように、第1のレンズ群である前群レンズ12と第2のレンズ群である後群レンズ14とを互いの光軸を一致して備えている。前群レンズには、これを光軸方向に沿って移動することにより、焦点位置、即ちピントを調節することができ、後群レンズ14は、これを光軸方向に沿って移動することにより、焦点距離を35mmから70mmの間で、即ちテレ撮影とワイド撮影とをこれらの間を含めて、自由に設定できる。」
(4頁右上欄3行〜5頁左上欄1行)
「第3図に示すように、補助筒40の前部には、厚さ方向に貫通し、周方向に延出する開口部90が形成されている。この開口部90には、指示手段としてのパターン基板92が嵌入されている。このパターン基板92の前端面及び後端面は、開口部90の前端面及び後端面にそれぞれ規制されており、管軸方向に沿う移動が禁止されていると共に、回動は、それぞれの面が摺接して、許容されている。このパターン基板92の外周面は、距離環28の外筒30の内周面と管軸方向に沿って延びる溝を介して係合している。従って、距離環28の管軸方向に沿う移動はこのパターン基板92には伝達されないが、距離環28の回軸運動はパターン基板92に伝達され、パターン基板92は距離環28と共に回転する。このパターン基板92の内周面には、再び第4図および第5図に示すように、多数本のパターンが設けられている。一方、係合ピン36の先端には、接片94の後端が固定されている。この接片94の前端はパターン基板92の内周面に接触させられており、距離環28及びズーム環42の回動に応じて、その接触位置が変化するようにされている。これらパターンは、第3図に示すように焦点距離が70mmになるようにズーム環42が回動され、この回動に従って、後筒20が前方に繰り出された場合、距離環28の全範囲の回転に応じて、パターン基板92が回転したときに第4図及び第5図に示すように、接片94の接触部が横切ることのできるパターンの数が52本に設定され、また焦点距離が50mmになるようにズーム環42が回動され、この回動に従って後筒20が後方に約半行程分移動した場合、距離環25の全範囲の回転に応じて、パターン基板92が回転した時に接片94の接触部が横切ることのできるパターンの数が26本に設定され、かつ、第7図に示すように、焦点距離が35mmになるようにズーム環42が回動され、この回動に従って、後筒20が後方に引き込まれた場合、距離環28の全範囲の回転に応じてパターン基板92が回転した時に、第8図及び第9図に示すように、接片94の接触部が横切ることのできるパターンの数は13本に設定されている。即ち、フィルム面から被写体までの設定距離である∞から1mに対応する焦点の移動距離が70mmの焦点距離の場合には、5.2mmであるのでこれを52等分、また50mmの焦点距離の場合には2.6mmであるのでこれを26等分、かつ35mmの焦点距離の場合には1.3mmであるのでこれを13等分していることになる。従って、ピント面がフィルム面から0.1mm単位で「n」ずれている場合には、焦点距離が70mmの場合には、この測定位置から距離環28を接片94の接触部がパターンをn本横切るように回動させれば良いことになる。このように回動することにより、ピント面は〔0.1×n〕mm移動して、フィルム面上に位置し、ピントは合致することになる。」
(5頁左上欄5行〜左下欄14行)
「この受光素子96は、受光した被写体からの光に基づいて、ピント面がフィルム面からどれだけの距離ずれているかを検出し、この検出情報を制御機構に伝達している。・・・カバー部材52の第1の部分88には、オートフォーカス機能のON-OFFスイッチ98が設けられている。・・・カバー部材52は、第1図及び第2図に示すように、ズームレンズ10の底部全体を半周分覆っているのでなく、駆動機構50を収納する第2の部分86はズームレンズ10の底部の狭い範囲を覆い、歯車部分48を隠す第1の部分88のみが底部を半周分覆っている。従って、手で距離環28やズーム環42を回動操作する場合でも、このカバー部材52が操作の邪魔になることはない。・・・次に、スイッチ98がONされて、自動操作の場合、被写体からの光の一部は合焦検出用の受光素子96に常に入射しているので、ONと同時に合焦検出を開始する。ここで、第3図及び第4図に示すように、焦点距離は70mmに設定されるように、ズーム環42は回動されているとする。そして、この状態で受光素子96において、ピント面が例えばフィルム面より0.9mm前方にずれていることが検出されると、制御機構は距離環28をこの位置から接片94の接触部が、第5図に示すように、パターンを9本横切るまで一方向に回転するようにモータ56を駆動し、9本横切った時点で、モータ56の駆動を停止すると共に、停止機構76を作動させて、距離環28の回転を停止させる。この距離環28の回転により、ピント面は後方に0.9mm移動し、ピント面とフィルム面とは合致する。」
(6頁左下欄7行〜11行)
「これらパターンと接片の接触部との組合せは、パターンの数が認識できるものであれば何でも良く、例えば導電性の金属片と電気的接点、光反射性の金属片とフォトカプラーであっても良い。」
(6頁左下欄16行右下欄3行)
「このように、この一実施例によれば、ズーム環の回動による焦点距離の変化に対応して、距離環の回動量を規定している。従って、合焦検出用の受光素子からピント面がどの位フィルム面からずれているかという情報を得て、このずれ量に応じて、それぞれの焦点距離に応じた回動量だけ、距離環を回転することができるようになる。」

【6-2】甲第2号証(特開昭57-165821号公報)
(特許請求の範囲第3項)
「(3)撮影レンズ透過光を測定し、所定焦点面と実際の被写体結像面との像面ずれ量を検出するTTL式焦点検出手段を具備し、この検出出力に応じて撮影レンズの合焦用レンズを駆動して合焦動作を行うTTL式目動合焦カメラに装着可能な撮影用交換レンズにおいて、合焦用レンズの駆動系の特性の差異や合焦用レンズの単位移動量に対するそれに伴う像面移動量の差異に対応した補正量を有する手段を具備し、この補正量が上記合焦用レンズの移動量制御に使用されることを特徴とする自動合焦カメラ用交換レンズ。」
(2頁左上欄下から5行〜左下欄17行)
「本発明は交換可能な撮影レンズの透過光を測定し焦点検出し、自動合焦するTTL式自動合焦カメラ及びに、自動合焦カメラ用の交換レンズに関する。・・・像面ずれ量Δxに対応した撮影レンズ1の移動量Δdは各交換レンズの種類、例えばその焦点距離や合焦方式(合焦操作の際、撮影レンズの構成レンズ素子の全体を移動する方式、又はその1部のみを移動する方式)の相違により異なることがある。・・・本発明の目的は検出した像面ずれ量に対する交換レンズの移動量の関係を各交換レンズ毎に最適にできるカメラのTTL式自動合焦装置及びそれの交換レンズを提供することである。」
(2頁左下欄末行〜3頁右下欄1行)
「第2図において、一眼レフカメラ10には撮影用交換レンズ構体11が装着されている。・・・第2図では、交換レンズ構体11の光学系として単一の合焦用レンズ12のみを描いているが、実際にはその光学系は複数のレンズ素子から構成されている。尚、合焦用レンズ12とはこの複数のレンズ素子のうち焦点調節の為に移動されるレンズ素子を言い、複数のレンズ素子の全部が合焦用レンズに相当する交換レンズ構体もありその1部のレンズ素子のみが該当するものもある。像面移動量信号発生手段15は、モータ13の回転数、伝達係14の移動量又は合焦用レンズ12の移動量に基づき、合焦用レンズ12の移動に伴う像面3(第1図)の移動量を表わす信号を発生する、この像面移動量信号は、伝達係14の伝達比や合焦用レンズ12の単位移動量に対する像面移動量などが、レンズ毎に異なる種々の交換レンズ構体についても、同一像面移動量に対しては同一値をとる様に各交換レンズ毎に規格化されている。・・・次にこの作用を説明する。この自動合焦装置を作動させると、焦点検出装置19は撮影レンズ透過光を測定し像面ずれ量±Δxを検出する。制御回路21はこの像面ずれ量の符号に応じてモータ13を正転又は逆転させる。このモータ13の回転は伝達係14を介して合焦用レンズ12を合焦位置に近づく様に光軸方向に移動させる。この合焦用レンズ12の移動に応じて被写体結像面は所定焦点面に近づき、像面ずれ量信号発生手段15はこのときの像面の移動量を表わす像面移動量信号をリアルタイムで発生し、これは制御装置21に送られる。・・・なお、上述の如く各交換レンズ構体11の像面移動量信号発生手段15は伝達係14の伝達比や合焦レンズ12の移動量とそれに伴う像面移動量との比に無関係に、各交換レンズについて同一像面移動量に対しては同一信号を発生する様に規格化されいるので、いかなる交換レンズ構体11が装着されもカメラ本体10内の制御装置21は発生手段15からの信号そのものに応じてモータを停止できる。」
(5頁右上欄1〜5行目)
「補正信号発生手段24はその交換レンズの種類、例えば伝達系の伝達比等に応じた補正用信号を発生する。この補正用信号は、電気的な信号であつても機械的信号であつてもよい。」
(5頁左下欄末行〜右下欄8行)
「第6図において、変換手段26はTTL式焦点検出装置19の検出々力±△xを、交換レンズ側の補正信号発生手段24の補正用信号に基づき、その交換レンズの種類に応じた信号±△x'に変換する。制御装置21はその変換信号±△x'に従ってレンズ駆動手段22の駆動量を制御する駆動信号を出力する。この駆動信号に応答してレンズ駆動手段22は像面移動量が△xとなる量だけ合焦用レンズ12を駆動する。」

【6-3】甲第3号証(特開昭54-108628号公報)
(特許請求の範囲)
「(1)撮影レンズの情報をデジタル的に記憶したROM(リードオンリーメモリ)と、前記ROMの情報を、入出力する入出力装置と、入出力装置に接続される接続端子とを前記撮影レンズに設ける一方、前記接続端子に着脱自在に接続される端子と、前記入出力装置からの信号を授受してその信号を処理する情報処理装置とをカメラのボデイ側に設けたことを特徴とするレンズ情報伝達装置。
(2)前記ROMのアドレス指定は直列入力で並列出力のシフトレジスタによつて構成し、前記出力装置は並列入力で直列出力のシフトレジスタによって構成したことを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載のレンズ情報伝達装置。」
(1頁右下欄下から2行〜2頁左上欄8行)
「この発明は上述のような事情に鑑みてなされたものであり、各種のレンズが固有に持つている情報を電気的に記憶しているROM(リード・オンリー・メモリー)等の記憶装置とその読み出し装置とをレンズ側に設け、ボデイ側にはレンズの情報処理のためのマイクロコンピユータなどの処理機構を設けることによつてレンズの情報を簡単な装置で容易にカメラボデイに伝達し得るとともに精度のよい軽量小型化を図りうるレンズとカメラの間の情報伝達装置を提供するものである。」
(3頁左上欄末行〜右上欄10行)
「第6図はこの発明を適用したカメラの回路のブロツク図である。測光値31、フィルム感度32、設定絞り段数33、設定シヤツタースピード34、露出補正35、距離情報36、ストロボのガイドナンバー及び充電完了信号37、絞り込み値38はアナログ信号として、マルチプレクサ39へ入力し、マイクロコンピユータのI/O40からの信号でマルチプレクサ39は制御され、各設定量31〜38、8〜15のうちの1つをA-D変換器20へ入力し、このアナログ信号をデイジタル値に変換してI/Oへ出力する。」

【6-4】甲第4号証〜甲第16号証
甲第4号証(「コンピュータ・エレクトロニクス用語辞典」(昭和52年7月30日、丸善株式会社発行))
デジタルデータの数値を表示する表示方式として固定小数点表示方式(102頁)と、浮動小数点表示方式(293頁)とがあり、浮動小数点表示方式では、「小数点の位置を固定せず、別に小数点の位置を指示する数を併記する. すなわち仮数部指数部に分けた表示法をいう.」として、mビットの指数部とnビット仮数部(有効数字部)から構成されることが記載されている。

甲第5号証(「電子計算機・ディジタル計算機編」(第3版 昭和36年9月30日、株式会社 オーム社発行))
ディジタルデータの数値の表し方として固定小数点方式と、浮動小数点方式とがあり、浮動小数点方式の方がプログラムが容易であると共に数値の範囲を十分広くとることができること(24頁下から8行目〜25頁11行)、計算が早くなること、科学計算用の計算機は比較的小形のものでも浮動小数点演算の装置が用いられること(255頁18行〜23行および付録参照)が記載されている。

甲第6号証(「JISハンドブッグ情報処理1979」(1979年4月12日、財団法人日本規格協会発行))
データの数値の表し方として、固定小数点表示と、浮動小数点表示とがあり、そのうち、浮動小数点表示については、「数を指数分と仮数部によって表す表記法であって、ある基数を指数分の数で示した回数だけ累乗して得られる数値に仮数部の数を掛けたものが、その数値となる。」と説明されている(21頁)。

甲第7号証(「電気通信技術標準用語事典 (第3版) 電気通信関係技術用語標準化委員会編」(昭和49年10月30日、株式会社 オーム社発行))
固定小数点表示、浮動小数点表示についての記載がある(550頁)。

甲第8号証(「マイコンによる機械制御技術」(昭和58年3月6日、日刊工業新聞社発行))
本件特許出願後に公知となったものであり、機械にマイコンを応用する際のマイコンと機械の関係について記載されている(「第1章 機械技術者に役立つマイコン」、「1.2 マイコンと機械の関係はどうか」)。

甲第9号証(「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」、昭和57年12月、社団法人発明協会発行)
マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての同一性・進歩性の判断の指針が示されている(12頁、「2.4.2.1同一性の判断」の項)。

甲第10号証(「コンピュータの構成と設計II」(昭和57年8月25日、株式会社 サイエンス社発行))
浮動小数点形式を用いると数の範囲は広がるが、その代りに精度が犠牲になることが記載されている(461頁、下から7〜4行目および570頁3〜19行目)。

甲第11号証(「I’m‐MlNOLTA TECHNO REPORT特集号1986」)
甲第11号証は、昭和61年に発行されたものと推定され、本件特許出願から約1年後の技術水準を示すものである。
(19頁右欄13行〜25行)
I2NSと交換レンズ内ROMの採用により、レンズ情報伝達における、露出精度やAF精度を充分満足し得る正確さと精密さ、高速性を達成できたことが記載されている。
(39頁左欄下から7〜4行目、図14)
無作為抽出した一般的な被写体について、実測した結果、74%の被写体は±50μm以内の誤差で、96%の被写体は±100μm以内の誤差で焦点検出が行われていることが示されている。

甲第12号証(書面の写し)
甲第12号証として提出された書面の写しは、株式会社 シグマ ソフトウエア開発部 部長 浜野日出男が作成した私文書の写しと推定され、本書面には、「平成14年5月21日」の日付が記載され、印影が複写されているが、浜野日出男の押印はない。請求人は本書面が「請求人が特許権侵害訴訟事件において提出した「変換係数の説明」である旨説明している。
被請求人は、甲第12号証の成立性について意見は述べていない。
本書面には、交換レンズの駆動量、ズレ量及び変換係数の関係(1頁の(式1))、及びミノルタ社製オートフォーカス一眼レフカメラ「α7」を使用して、特定の変換係数(10ビット)の転送時間を、浮動小数点で転送した場合と固定小数点で転送した場合とを比較し、浮動小数点による転送時間の短縮はわずかであることを記載している。(3頁10行〜6頁8行)

甲第13号証(電子回路ハンドブック編集委員会編「電子回路ハンドブック」(昭和38年1月25日、丸善株式会社発行))
各種の電子的函数発生器が示されている(536〜543頁「7.5.2函数発生器」の項)。

甲第14号証(特開昭55-76309号公報)
甲第14号証は甲第1号証の技術的背景の1つであり、光学式カメラ、テレビジヨンカメラ等のズームレンズ装置を使用したカメラに適用して好適な自動焦点装置に関し(1頁右下欄1〜3行)、フォーカシングレンズの移動について次のように開示している。「正弦波信号は可変利得増幅器(15)に供給され、その出力が合成器(28)・増幅器(16)を介してモータ(17)に供給される。モータ(17)は正逆両方向に回転し、図示せざるも機械手段を介してフォーカシングレンズ(2)を光路上の前後に移動させ得るようになされている。(19)はズーミング用移動レンズ(3)の移動位置を検出する移動位置検出器であつて、電源+Bと接地との間にポテンシヨメータ(18)が接続され、その可動接点(18a)がズーミング用移動レンズ(3)の光路上の移動に応じて移動し、その移動位置に応じた電圧が可動接点(18a)より得られ、これが利得制御信号として増幅器(15)に供給されるようになされている。」(2頁右上欄17行〜2頁左下欄10行)

甲第15号証(特公平2-41721号公報)
甲第15号証は、本件特許出願の後に公知となったもので、甲第1号証の特許出願を出願公告した特許公報であり、参考文献として甲第14号証を挙げている。

甲第16号証(「ハンディブック 電気」(平成11年12月15日、株式会社 オーム社発行))
甲第16号証は、本件の特許出願の後に公知となったものである。
(205頁2行〜5行)
「…これに対しディジタル信号は、アナログ信号を一連の瞬時振幅値に分割して標本化し、離散量である2進数に変換したもので…」
(241頁の19行〜21行)
「…ある一定の量を単位として、その整数倍の値をとる量(不連続に変化する量)をディジタル量という」

【6-5】疎甲号証(本件特許発明の出願公告に対する異議申立事件における異議決定について)
疎甲第1号
本件特許発明の出願公告に対する村山克彦の異議申立についての異議決定謄本。

疎甲第2号
本件特許発明の出願公告に対する鈴木順一の異議申立についての異議決定謄本。

【7】当審の判断
【7-1】無効理由2(特許法第36条第3項)について
本件の特許明細書には、その効果として焦点距離が可変なズームレンズにおいても、「変換係数データのビット数を上記駆動量データ算出に最小限必要なビット数を抑えることができ、且つ転送時間を短縮することができ」(出願公告後に補正された本件特許発明の特許公報である特公平4-62364号公報、63欄18〜21行参照)と記載している。ここで、「最小限必要なビット数を」は「最小限必要なビット数に」とすべき誤記であることは当業者に明らかである。
そこでは、単に、転送すべきデータのビット数を抑えることとその転送時間を短縮することが本件特許発明の効果であると説明しているのではなく、特許明細書を参酌すれば、特に、焦点距離が可変なズームレンズの変換係数データ(変換データ)を算出に利用する場合についての効果を説明しているものと認められる。
変換データの範囲(最大値と最小値との比)が大きい場合に、本件特許発明の構成の一部である、「変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号としてカメラ本体へ出力する」方式、すなわち浮動小数点方式は、必要なビット数の節約の観点から、固定小数点方式に比べて有利となることは一般論として明らかである。そして、本件特許発明の効果は、浮動小数点方式が本来持つ上記一般論として成り立つ効果を単に達成したというのではなく、焦点距離が可変なズームレンズの撮影距離調整においてその効果を生かすことができたという点にあることが明らかである。
そして、焦点距離が可変なズームレンズの撮影距離調整において上記効果を生かすための詳細な実施例が、本件特許発明を出願公告した特許公報である特公平4-62364号公報3欄39行〜63欄8行及び図面に示されている。また、前記実施例から、焦点距離が可変なズームレンズの撮影距離調整において浮動小数点方式の効果を生かすことができることが容易に理解できる。そして、本件特許発明の構成によって、特許明細書中の上記記載の効果がもたらされることは明らかである。
従って、本件の特許明細書は、当業者が容易に本件特許発明を実施できる程度に、その目的、構成及び効果が記載されたものと認められ、特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていないとはいえない。

【7-2】無効理由2(特許法第29条第2項)について
[1]甲第1号証に記載された発明
甲第1号証の記載事項を総合すると、甲第1号証には、「カメラ本体に交換自在に装着される交換レンズにおいて、ズームレンズ10と、上記ズームレンズ10内に設けられ、撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる距離環28と、上記ズームレンズ10の焦点距離を設定するズーム環42と、上記ズーム環42によって設定された焦点距離に応じて管軸方向に移動する接片94と、接片94の接触部がパターンを横切るように距離環28の回転と共に回転するパターン基板92とを備え、
接片94の接触部がズーム環42の回動に伴う焦点距離の変化に応じて管軸方向に移動することにより、接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンの数(パターン間の距離)が焦点距離の変化に対応して変わるように、パターン基板92上のパターンが設定されており、制御機構は前記接触部がパターンを横切った数を計数し、受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数だけ前記接触部がパターンを横切った時点で距離環28の回転を停止するよう、駆動機構50を停止するとともに停止機構76を作動させるようにした交換レンズ」なる発明が記載されている。
なお、甲第1号証の特許請求の範囲及び6頁右下欄下から6行目に記載されている「指示手段」は、その実質的な技術事項が同号証に記載されておらず、その用語のみからその技術事項が当業者に明らかなものではないため、上記のとおり認定した。この点は、下記「 [4]請求人の主張について(1)甲第1号証の「指示手段」」を参照されたい。

[2]対比
本件特許発明と甲第1号証に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、引用発明における「ズームレンズ10」、「距離環28」、及び「ズーム環42」は、それぞれ、本件特許発明における「撮影光学系」、「撮影距離調整手段」、及び「焦点距離設定手段」に相当する。
また、本件特許発明においては、カメラ本体内で駆動量データを算出するのに対して、引用発明は、接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンのパターン間の距離が焦点距離の変化に応じて変わるように、パターン基板92上のパターンが設定されており、制御機構は前記接触部がパターンを横切った数を計数し、受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数だけ前記接触部がパターンを横切った時点で駆動機構50を停止するとともに停止機構76を作動させて距離環28の回転を停止するものである。よって、両者は、いずれもズレ量(ピント面とフィルム面とのずれ量)に応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させる(被写体光の結像位置を移動させる)ことを目的とするものである。また、引用発明の「制御機構が所定の時点で距離環28の回転を停止」したときの撮影距離の変化は、本願発明の「カメラ本体内において駆動量データを算出」した駆動量データに応じて変化した撮影距離の変化と同じである。
よって、両者は、
「カメラ本体に交換自在に装着される交換レンズにおいて、
撮影光学系と、
上記撮影光学系の焦点距離を設定する焦点距離設定手段と、
上記撮影光学系内に設けられ、ズレ量に応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる撮影距離調整手段と、
を有することを特徴とする交換レンズ」
の点で一致する。

そして、両者は、以下の点で相違する。
相違点1:
本件特許発明は「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と、所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」を有するのに対して、引用発明は、当該構成に直接対応する構成を有していない点。

相違点2:
カメラ本体内で算出されたズレ量(ピント面とフィルム面とのずれ量)に応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させる機能を実現するために、本件特許発明は、「カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ」ているのに対して、引用発明は、接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンの数が焦点距離の変化に応じて変わるように、パターン基板92上のパターンを設定し、制御機構において前記接触部がパターンを横切った数を計数し、受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数だけ前記接触部がパターンを横切った時点で距離環28の回転を停止させている点。

相違点3:
出力手段が本件特許発明では「変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号としてカメラ本体へ出力する出力手段」であるのに対して、引用発明では、制御機構は横切ったパターンの数を計数して、所定数に達したら駆動を停止するのであるから、カメラ本体に相当する制御機構へ出力する情報は、パターンを横切ったとことを表す情報であって、入力(ズレ量、すなわち受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数)から出力(駆動量データ)を算出するためのパラメータ(変換データ)ではなく、また、パターンを横切ったとことを表す情報が、変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号(いわゆる、浮動小数点形式の信号)であるとは規定されていない点。

[3]相違点についての判断
相違点1について:
相違点1に係る本件特許発明の技術事項、「データ出力手段」、「変換データ」及び「記憶手段」について以下に検討する。
(1)データ出力手段
引用発明には、本件特許発明の「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段」に直接対応する手段は存在せず、パターン間の距離が管軸方向に変化するよう形成されたパターンのそれぞれを横切ったという情報を制御機構に出力するための「焦点距離に応じて管軸方向に移動する接片94の接触部」が、変化する焦点距離に対応して管軸方向に移動する。
すなわち、引用発明では、「焦点距離に応じて管軸方向に移動する接片94の接触部」と「回動するパターン基板92上のパターン」とによって、接片94の接触部は、回動するパターン基板92上のパターンを横切ったという情報のみを制御機構に出力するという機能を果たしているのであり、焦点距離についての情報を制御機構又はその他に出力することができない。前記接触部は、焦点距離に応じて管軸方向に移動しているが、その移動によって果たしている機能は、パターン基板92上の焦点距離に応じたパターンの部分に接触するように管軸方向の位置を変えることである。
従って、前記接触部は焦点距離に関する情報を出力することができないだけでなく、複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力することもできない。仮に、接触部の管軸方向への移動が、焦点距離に関するメカニカルな信号であるとしても、その移動は交換レンズの全焦点距離領域内で連続して変化するものとならざるを得ないのであるから、複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すメカニカルな信号を出力することもできない。もし、このような複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すメカニカルな信号を出力しようとすると当業者は、極めて独創的で複雑な機構を引用発明の接片94の機構に付加しなければならない。しかし、複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すメカニカルな信号を出力しようとする動機、又はそのために必要となる技術事項は、引用発明を記載した甲第1号証はもとより、甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物を検討しても見いだせない。
なお、14号証には焦点距離に関する電気的な情報を出力する構成(ポテンショメータ18)が記載されているが、この構成を引用発明(焦点距離に関する情報を電気的には処理することができないし、接触部の管軸方向の変位としての機械的出力を必要とする)に適用することは困難である。また、甲第14号証は複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するための構成は記載しておらず、引用発明及び甲第14号証から、撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割しようとする動機は生じない。
以上のとおりであるから、「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段」は、引用発明及び甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物から当業者が容易に想到できたものとすることもできない。

(2)変換データ
本件特許発明の「駆動量データ」は「撮影距離調整手段」を駆動する量を意味する。そして、本件特許明細書の記載からみて、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させるとの技術事項は、カメラ本体内で駆動量データを予め算出することを前提として初めてその技術的意義をもつ。そして、本件特許発明の「変換データ」は、ある入力(ズレ量)が与えられたとき、入力に一対一対応する出力(駆動量データ)を予め算出するためのパラメータである(本件の特許出願を出願公告した特公平4-62364号公報2欄12行〜3欄23行参照)。
一方、引用発明の制御機構は横切ったパターンの数を計数して、所定数に達したら駆動を停止するのであるから、そもそもパラメータ(変換データ)を用いて入力(ズレ量)から出力(駆動量データ)を予め算出する必要はない。このため、駆動量データを求めるという技術概念も変換データを算出のために用いるという技術概念も引用発明に存在しないのである。
しかし、引用発明には、本件特許発明の「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データ」に直接対応する技術概念が存在しないものの、「接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンの数」(最大の数)を焦点距離に応じて変化させているから、「接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターン」間の距離は、機械的状態によってではあるけれども、本件特許発明の「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データ」に類似した技術概念を有するパラメータであるといえる。
従って、引用発明のパターン基板92上に形成されたパターン間の距離と、本件発明の記憶手段に記憶された変換データとの間には、状態が機械的なものか非機械的なものかという状態の相違、及び駆動量データの算出に利用するかしないかの作用上の相違はあるけれども、情報の内容として本質的な相違は存在しない。
また、甲第2号証には、「第6図において、変換手段26はTTL式焦点検出装置19の検出々力±△xを、交換レンズ側の補正信号発生手段24の補正用信号に基づき、その交換レンズの種類に応じた信号±△x'に変換する。制御装置21はその変換信号±△x'に従ってレンズ駆動手段22の駆動量を制御する駆動信号を出力する。この駆動信号に応答してレンズ駆動手段22は像面移動量が△xとなる量だけ合焦用レンズ12を駆動する。」(5頁左下欄末行〜右下欄8行)と記載されて、「補正(用)信号」が変換データに類似している。
(ただし、本件特許発明のように、焦点距離が変化する撮影光学系の、複数の焦点距離領域に対応するものではない。)

(3)記憶手段
引用発明には、「複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」に直接対応するものが存在しないが「接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンの数」、すなわちパターン間の距離が焦点距離に応じて変化するように形成されたパターンを接触部が通過したことを、接片94の接触部により電気的に検知可能となるように、パターン基板92上にパターンが形成されている。
ここで、上記「(2)変換データ」において説明したように、引用発明のパターン基板92上のパターン間の距離と、本件発明の記憶手段に記憶された変換データとの間には、情報の内容面での本質的な相違は存在しないが、引用発明においては、パターン間の距離に関する情報をパターン基板と接触部とにより読み出すことはできない。しかも、変換データ(パターン間の距離)を駆動量データの算出に利用することもできない。このため、引用発明のパターン基板92(及び接触部)は、変換データをカメラ本体側(制御機構)へ出力して変換データの算出に利用する記憶手段であるとはいえない。また、それは「複数の焦点距離領域の夫々につき1つ」のデータが記憶、又はパターン間の距離として形成されたものでもない。
これに対して、本件特許発明においては、駆動量データの算出のために変換データを取得する手段として、「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と、所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」を採用することにより、焦点距離に応じた変換データを、カメラ本体側において駆動量データを算出するために利用することが可能となり、「カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させる」ことができたのである。
次に、記憶手段についての上記の相違にも関わらず、引用発明のパターン基板と接片の構成から、本件特許発明の記憶手段が容易に実現できるか否かを検討する。引用発明に基づいて、焦点距離に対応した変換データをカメラ本体側(制御機構)で利用可能とするためには、焦点距離に応じて変化するパターン基板92上のパターン間の距離(すなわち、変換データ)の情報を接触部により読み取り、かつ、演算可能な情報に変換して出力しなければならない。しかし、パターンと接片の接触部との組合せは、パターンを横切ったことを検出するために、「パターンの数が認識できるものであれば何でも良く、例えば導電性の金属片と電気的接点、光反射性の金属片とフォトカプラー」(甲第1号証6頁左下欄7行〜11行参照)で構成され、パターン自体は、パターン基板92上でパターン間の距離が管軸方向に連続して変化するように二次元方向に形成されたものであるから、パターンと接片の接触部との組合せによっては、パターン間の距離(変換データ)の読み取りも演算可能な情報への変換もできない。しかも、引用発明はそのような必要性がないし、甲第1号証にはその示唆もないのであるから、当該変換をしようとする動機は甲第1号証の記載からは生じない。又、甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物を考慮しても、それらは、パターン間の距離を測定する技術や前記動機の根拠となる事項を開示していないから、引用発明のパターンと接片の接触部との組合せを、パターン間の距離(変換データ)の読み取りができ、演算可能な情報への変換が可能なものにすることが容易であるということはできない。
なお、甲第2号証には補正係数を記憶したROMから補正用信号を出力させ、駆動量データを算出する技術が示されているが、これは、固定焦点距離の1つの補正係数(変換データ)を記憶するものであるため、パターン基板92上でパターン間の距離(変換データ)が管軸方向に連続して変化するように二次元方向にパターンが形成された引用発明のパターン基板を置換するものとして適用することは困難である。また、引用発明には、「記憶手段」(駆動データの算出に利用できるように変換データを出力できるもの)に対応する記憶手段がそもそも存在しないから、甲第2号証の補正信号を記憶した記憶手段を引用発明に適用しようとする動機も生じない。甲第3号証には各種のレンズが固有に持つている情報を電気的に記憶しているROMが開示されているが、変換データに相当する情報は記憶されていない。
従って、引用発明のパターン基板のパターンと接片の接触部を、変換データの読み取りと演算可能な情報への変換とが可能な記憶手段に変更することは、当業者といえども容易に実現できるとはいえない。

(4)データ出力手段と記憶手段との組合せ
甲第1〜7、9、10、13、14号証刊行物を検討しても、パターン間の距離(変換データ)の読み取りと演算可能な情報への変換に際して、焦点距離がどの領域に属しているかを示すデータ出力手段と記憶手段とを組み合わせること又は複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データを対応させることについては何ら記載も示唆もなく、かつその必要性を示唆する記載も見いだせないから、「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段」と、「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」とを組み合わせることは、当業者といえども容易に想到できたものということはできない。

相違点2について:
「駆動量データ」は「撮影距離調整手段」を駆動する量を意味し、本件特許発明において、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させるという動作は、カメラ本体内で駆動量データを予め算出しておくことを前提として成り立つのである。
してみると、本願特許発明は、予め駆動量データを「カメラ本体内で算出している」のに対して、引用発明は、「カメラ本体内で算出」する部材に対応する制御機構において、「受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数」が検出ないしは算出されるものの、本願特許発明の「撮影距離調整手段」に相当する「距離環28」の駆動量データを、制御機構において予め算出することなく、前記接触部がパターンを横切った数を計数するのである。
なお、引用発明の制御機構において、制御機構で算出する駆動機構50停止指示のタイミングの基準、すなわち「受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数」が同じであっても、交換レンズの焦点距離によって接触部が横切ったことを検知するパターン間の距離が変化するから、「距離環28」が停止するまでの駆動量は変化する。このことからも、引用発明の制御機構は駆動量データを算出するものでないことが明らかである。(【6-1】甲第1号証(特開昭57-188004号公報)(4頁右上欄6〜5頁左上欄1行)、(5頁左上欄5行〜左下欄14行)参照)
ここで、引用発明は、接触部がパターンを横切った数を制御機構で計数し、受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数の回数だけ前記接触部がパターンを横切った時点で距離環28の回転を停止させることにより、機械的な構成を用いて、結果として(制御機構は駆動量データを算出しないが)、焦点距離に応じて変化する駆動量データに相当する量の駆動を実現している。したがって、コンピュータについての基礎知識を有する当業者であれば、引用発明の機械的な構成に、コンピュータ技術を適用しようと試みることは当然であるが、その際、焦点距離に応じて変化するパターン基板92上のパターン間の距離(すなわち、変換データ)を何らかの手段で求めそれを制御機構で利用可能なデータに変換して出力するか、制御機構で利用可能な変換データを出力するための代替手段を講じなければ、制御機構において予め駆動量データを算出することはできない。
一方、本件特許発明は、駆動量データの算出のために変換データを取得する手段として、相違点1に係る「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割して、上記焦点距離設定手段によって設定された焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と、所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」を採用することにより、カメラ本体側において焦点距離に応じた変換データを利用することを可能とし、「カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ」ることを実現したのである。
ところが、前記「相違点1について」で説明したとおり、引用発明に甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物に記載された事項を考慮したとしても、焦点距離に応じて変化するパターン基板92上のパターン間の距離を求める手段やその代替手段を講じることが困難であり、相違点1に係る本件特許発明の構成を想到することが、当業者にとって容易であるはいえない。
よって、相違点1に係る構成を前提とする本件特許発明の「カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させる」という技術事項は、引用発明及び甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物に記載された事項に基づいて、当業者が容易に想到し得たものということはできない。

相違点3について:
次に相違点3について判断する。
コンピュータで処理可能な情報を、固定小数点形式や浮動小数点形式の信号で入力したり出力することは、甲第4〜7、10号証等の記載からみて周知であると認められる。
しかし、既に説明したように、引用発明は、パターンを横切ったことを接触部が電気的に検知可能となるようパターンが形成されていても変換データに相当するパター間の距離を検知し出力することができず、かつ、パター間の距離を制御機構において利用できるものでもない。また、引用発明において、制御機構に出力する情報は、パターンを横切ったとことを表す情報のみであるため、固定小数点形式や浮動小数点形式の信号で出力しようとする動機が存在しない。
したがって、浮動小数点形式の信号で入力したり出力することが周知であっても、引用発明のパターンを横切ったとことを表す情報を、「変換データをmビットの指数部とnビットの有効数字部とからなる信号」に置き換えることは、当業者にとってその動機がないため採用することはなく、容易に想到できる事項ということはできない。

[4]進歩性の判断
以上[1]〜[3]のとおりであるから、本件特許発明は、甲第1〜7、9、10、13、14号証刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものということはできない。

[5]請求人の主張について
(1)甲第1号証の「指示手段」
請求人は、『甲第1号証の請求項1では、「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段」を規定している』(弁駁書3頁11行〜14行)、『本件特許発明における「上記撮影光学系内に設けられ、カメラ本体内で算出された駆動量データに応じた量だけ撮影光学系の撮影距離を変化させ、被写体光の結像位置を移動させる撮影距離調整手段」には、甲第1号証における「ピントを調節する距離環(28)」、「前記距離環を駆動するモータ(56)」および「指示手段(92,94)」を含み「このモータの駆動を制御する制御機構(図示なし)」の組み合わせが対応し、それらは実質的に同等である。』(審判請求書17頁下から11行〜下から5行)と主張している。
しかし、「指示手段(92,94)」なる記載そのものは甲第1号証には存在しない。また、甲第1号証の請求項1に記載された「指示手段」の技術事項は不明であり、「指示手段」は実施例の動作を説明する箇所において何ら言及されていない。ましてや、指示手段がパターン基板92と接片94とから構成されるとする根拠は、甲第1号証の記載から認めることはできない。したがって、甲第1号証の請求項1の「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する指示手段」は、甲第1号証の発明の詳細な説明に実質的に説明されていない事項であり、かつ当業者にとって、その記載から具体的技術内容をを把握することができる事項でもないのである。
そして、甲第1号証の審査の結果、出願公告された明細書(甲第15号証参照)において、技術的に実体のない「指示手段」なる語は用いられていないし、「ズーム環を動かして焦点距離を変化させた時に、この変化に対応した焦点深度の変化を検出して、変化した焦点距離に応じた距離環の移動量を前記制御機構に指示する」という記載も存在しない。このことからも「指示手段」は、その技術事項が不明であり、技術的な実体がない記載であることが明らかである。
よって、甲第1号証に開示された技術事項は、上記「【7-2】無効理由2(特許法第29条第2項)について [1]甲第1号証に記載された発明」において摘示したとおりであり、請求人の上記主張は誤りである。また、審判請求書及び弁駁書において「指示手段(92,94)」との前提で展開する請求人の論旨は根拠がなく誤りである。

(2)甲第2号証の補正信号、甲第3号証のROM
請求人は、『自動焦点調節可能な交換レンズ(オートフォーカス用交換レンズ)に固有の情報をカメラ本体に電子的かつデジタル的に転送し、演算処理後、焦点調節用制御信号を得て自動焦点調節制御を実現することは、例えば甲第2号証および甲第3号証に示されているように、本件特許の出願前当業者に周知の事項である。従って、甲第1号証において、同様に自動焦点調節可能な交換レンズに固有の情報の伝達、すなわち、上記した「ズーム環の回動による焦点距離の変化に対応して、距離環の回動量を規定」するという情報伝達の手段の機能が「(距離環28と共に回転する)パターン基板92」と「(ズーム環42に関連された)接片94」とからなる電気機械的な(焦点距離対距離環移動量変換係数の)関数発生手段により実現されているものにおいて、これと同等の機能を電子的および/またはデジタル的に実現しようとすること自体には技術的な飛躍はない。』(審判請求書18頁下から7行〜19頁6行)、『「データ出力」および「記憶」、に特別の限定は付されていない。そうであるから、両手段は関数のデジタル発生のためのありふれた構成、すなわち、デジタル対応テーブルおよびそのデジタル読み出し手段、を示すに過ぎないものであり、当業者がそのデジタル化に当たって特に工夫を要した点は見当たらないということができる。』(審判請求書17頁下から11行〜下から5行)と主張している。
たしかに、甲第2号証には、本件特許発明の「焦点距離が上記複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段」に対応する手段は存在しないものの、本件特許発明の変換データに対応する「補正信号」(本件特許発明のように「複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データ」が記憶や出力されるものではない)を出力する記憶手段に相当する手段が存在する。そして甲第3号証には、各種のレンズが固有に持っている情報を電気的に記憶しているROM(リード・オンリー・メモリー)等の記憶装置とその読み出し装置とをレンズ側に設け、ボディ側にはレンズの情報処理のためのマイクロコンピュータなどの処理機構を設けることが記載され、各種のレンズが固有に持っている情報として、露出制御のための情報について、具体的実施例が記載されている。
しかし、甲第3号証のものは変換データに相当する情報を利用したり記憶するものではない。また、甲第2、3号証の記憶手段は、本件特許発明の「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データが記憶された記憶手段」ではなく、しかも、引用発明は、本願特許発明の「記憶手段」(変換データを出力することができ、カメラ本体内で算出のために利用できる)に対応する構成を有しないのであるから、甲第2、3号証の、記憶手段を引用発明に適用しようとする動機が生じようもなく、甲第2、3号証の記憶手段を引用発明に適用してみようとすることすら容易に着想できるとは認められない。
また、本件特許発明の「データ出力手段」および「記憶手段」は、特許請求の範囲においてそれぞれに対応して記載された技術事項によって特定されているから、「データ出力」および「記憶」には特別の限定が賦されていないという請求人の主張は誤りである。

さらに、請求人は、甲第13号証の存在を背景として、『ズームレンズ(多焦点レンズ)ではないが、各種単焦点交換レンズの焦点距離の差異などに応じて補正信号を発生させることは甲第2号証に示されており、また、ROMに記憶させた撮影レンズの情報を必要に応じて読み出すことが甲第3号証に示されている以上、甲第1号証における指示手段(パターン基板92および接片94)からなる電気機械的な焦点距離対距離環移動量補正値の関数発生手段を「焦点距離データの出力手段」および「所望の結像位置移動量を上記駆動量に変換するための変換データについて、上記焦点距離に対応する変換データが記憶された記憶手段(この記憶内容は、例えば本件特許の第7図における連続関数A、BあるいはCに相当する)」により構成することは、デジタル化に当っての常套手段である。』(審判請求書22頁1行〜18行)と主張する。
しかし、本件特許の出願前に、機械装置の作動の制御をマイクロコンピュータを応用することによって実現することが極めて一般的な技術となってきていたとしても、一般的な機械装置にはない、焦点距離に応じてパターン間の距離が連続して変化するパターン基板92と接片94の接触部とを組み合わせた機械的構成からなり、制御機構によって当該機械的構成から出力される情報により横切ったパターンの数がズレ量に応じた所定数となったところで当該機械的構成を停止させるという、特殊な機械的構成からなる引用発明に、前記一般的な技術が適用できるとする根拠及び適用するために必要な技術事項は、甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物からは認められない。

(3)焦点距離に対応した変換データ
請求人は、弁駁書『オートフォーカス用のズームレンズにおいては、ズーム動作によるレンズ焦点距離の変化に対応してオートフォーカス制御系の感度、すなわち焦点ずれ検出量に対するフォーカスレンズ移動操作量の比を変化する必要がある。この場合、技術的常識に基づけば、当然に、変化する焦点距離とそれに対応するフォーカスレンズ移動操作量の変化の割合とが或る関数関係にあると認識できる。』(弁駁書9頁下から9行〜下から4行)
請求人の上記主張は、引用発明の「接片94の接触部がズーム環42の回動に伴う焦点距離の変化に応じて管軸方向に移動することにより、接片94の接触部が距離環28の回動により横切ることのできるパターン基板92上のパターンの数(パターン間の距離)が焦点距離の変化に対応して変わるように、パターン基板92上のパターンが設定されており、制御機構は前記接触部がパターンを横切った数を計数し、受光素子96により検出されたピント面とフィルム面とのずれ量に応じた数だけ前記接触部がパターンを横切った時点で距離環28の回転を停止する」構成を抽象化したものである。
そして、この主張自体は、これが常識か否かは別として、甲第1号証の記載から照らして、妥当と考えられる。このため、本審決では、「[3]相違点についての判断相違点1について: (2)変換データ」において、「引用発明のパターン基板92上に形成されたパターンと、本件発明の記憶手段に記憶された変換データとの間には、状態が機械的なものか非機械的なものかという状態の相違、及び駆動量データの算出に利用するかしないかの作用上の相違はあるけれども、情報の内容として本質的な相違は存在しない。」と判断した。

(4)焦点距離領域の分割
請求人は、『焦点距離領域を複数の領域に分割することはマイコンを応用する際に必然的な構成である。また、マイコンを採用したことにより、マイコンを採用したことに固有の作用効果から予測できない作用効果が奏されているということはいえない。』(審判請求書24頁9行〜13行)、『第4に留意しなくてはならないことは、連続的に変化する焦点距離に対応したデータをデジタル信号として発生させる場合、必然的に離散的な出力信号とならざるを得ないもので、デジタル信号の発生を焦点距離を複数領域に区分した状態ではなく連続的信号として発生させることは不可能であるということである。アナログ量をデジタル化した場合、離散的になってしまうことは技術的常識であり、CDやデジタル時計によって一般に良く知られているところである。』(弁駁書8頁5行〜10行)と主張する。
アナログ量のディジタル化のために連続する値を周期的にサンプリング(抽出)してディジタル化することは必然的であるとしても、本件特許発明の「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割」は、サンプリングの周期性は必要なく、単なるディジタル化に必然的なサンプリングのためではなく、本来焦点距離の変化に応じて連続的に変化する変換データを、焦点距離設定手段によって変化する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割したうえで、複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データを対応させて記憶手段に記憶させ、必要な複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と記憶手段とを組み合わせることにより、本件特許明細書の記載から明らかなように、動作時の交換レンズの焦点距離に対応して駆動量データの算出に必要な変換データのみがカメラ本体側に出力されるという、本件特許発明独自の作用を生じるのである。
本来焦点距離の変化に応じて連続的に変化する変換データを、焦点距離設定手段によって変化する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割したうえで、複数の焦点距離領域の夫々につき1つの変換データを対応させて記憶させ、必要な複数の焦点距離領域のうちどの領域に属しているかを示すデータを出力するデータ出力手段と組み合わせようとする動機は、引用発明、マイコンの技術常識、さらには、甲第2〜7、9、10、13、14号証刊行物からも生じるとは認められない。また、その作用もそれらから予測できる範囲のものとも認められない。

(5)「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」
請求人は、『本件特許の出願前に、機械装置の作動の制御をマイクロコンピュータを応用することによって実現することが極めて一般的な技術となってきていた。この流れを受けて特許庁で長年の検討を経た上で「マイクロコンピュータ応用技術に関する発明についての審査運用指針」(甲第9号証)が作成された(昭和57年12月)のであり、その事実は特許庁において顕著な事実である。この運用指針によれば、先行技術との対比判断を行った結果として、必要な機能又は手順に関して相違がなければ、同一となる;また、必要な機能又は手順に関する相違点が、コンピュータに関係するありふれた技術事項の単なる付加又は削除にすぎない場合は、同一となる;公知のコンピュータ技術の寄せ集めには進歩性がない;必要な機能又は手順に関する相違点が、コンピュータに関係する公知の技術事項の付加又は削除の場合は、その付加又は削除に困難性がなく、その付加又は削除によってもたらされる効果が普通に予測される効果をこえるものではない場合は進歩性なしとなる(甲第9号証、12〜14頁)。このように、単にマイクロコンピュータ技術を応用したものは新規性進歩性がないとされる。』(弁駁書2頁11行〜3頁1行)と主張する。
本件特許発明は、技術的に特定された「データ出力手段」と技術的特定された「変換データが記憶された記憶手段」との組合わせにより、焦点距離可変の自動焦点調節用の交換レンズを実現したのである。そして、本件特許発明は、データ出力手段と焦点距離によって変化する変換データが記憶された記憶手段との組合わせにより必要な変換データを出力できるように、「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割」するという創意工夫がなされいるのであり、このような着想を示さない公知のコンピュータ技術の単なる寄せ集めによって本件特許発明の構成を容易に達成し得たものということはできない。よって、上記請求人の主張は失当である。

(6)浮動小数点方式
請求人は、『浮動小数点方式は、甲第4号証〜甲第7号証から明らかなようにデジタル的情報処理あるいは伝送手段において固定小数点方式と並んでデータの表現形式および出力形式として周知慣用の方式であって、浮動小数点方式をマイコンによるデジタル演算装置を備えたカメラシステムに選択することに困難性はない。』(審判請求書26頁下から6行〜下から2行、)また、浮動小数点方式が、固定小数点方式に比べて格段に有利になることはない旨主張する。
浮動小数点方式と固定小数点方式自体は周知であると認められる。また、変換データの有効桁数とその最大値と最小値の比によっては、両者にさほどの差が生じないことも考えられる。しかし、本件特許発明は、変換データの出力信号を浮動小数点方式にした点で進歩性を有するのではなく、データ出力手段と焦点距離によって変化する変換データが記憶された記憶手段との組合わせにより必要な変換データを出力できるように、「撮影光学が有する焦点距離範囲を複数の焦点距離領域に分割」するという創意工夫がなされ、もって焦点距離可変の自動焦点調節用の交換レンズを実現した点で進歩性を有するから、信号の方式として浮動小数点方式が周知であったとしても、そのことが本件特許発明の進歩性欠如の根拠とはならない。

(7)本件の出願公告後の異議
請求人は、疎甲第1号証、疎甲第2号証を示して、異議決定における判断の誤りを主張するが、異議の審理過程及びその結果は、本件の審判の審理に直接関係しないので、その判断を要しない。


【8】結び
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては本件の特許請求の範囲に記載された特許発明を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-03-11 
結審通知日 2003-03-14 
審決日 2003-03-25 
出願番号 特願昭58-136059
審決分類 P 1 112・ 121- Y (G02B)
P 1 112・ 531- Y (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 橋場 健治片寄 武彦山田 洋一  
特許庁審判長 森 正幸
特許庁審判官 辻 徹二
國島 明弘
登録日 1995-08-25 
登録番号 特許第1962765号(P1962765)
発明の名称 交換レンズ  
代理人 吉田 浩二  
代理人 一色 健輔  
代理人 青木 康  
代理人 原島 典孝  
代理人 服部 修一  
代理人 黒川 恵  

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