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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  F16C
審判 一部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  F16C
管理番号 1117849
異議申立番号 異議2003-73210  
総通号数 67 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-12-03 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-24 
確定日 2005-04-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3431723号「動圧軸受装置」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3431723号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第3431723号に係る出願は、平成7年5月26日に出願され、平成15年5月23日に特許権の設定登録がなされ、その特許について、平成15年12月24日に特許異議申立人 江藤保男により特許異議の申立てがなされ、平成15年12月25日に特許異議申立人 小泉順彦により特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成16年6月15日に特許異議意見書の提出及び訂正請求(後日取下げ)がなされた。その後、訂正拒絶の理由が通知され、その指定期間内である平成16年9月21日に意見書が提出され、再度の取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成17年2月7日に特許異議意見書(2)の提出及び訂正請求がなされたものである。

II.訂正の適否
1.訂正の内容
特許権者が求めている訂正は、特許第3431723号の願書に添付した明細書(以下「特許明細書」という。)を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求めるものであって、その内容は以下の(1)〜(4)のとおりである。なお、下線は、当審において対比の便のため付したものである。

(1)訂正事項A
特許明細書の特許請求の範囲の請求項1を、
「円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備えた動圧軸受装置において、
前記軸受孔と前記回転軸の間の軸方向適所にヘリングボーン溝を形成し、このヘリングボーン溝の上方に位置し上端が開放された上端径大部を前記軸受孔に形成し、この上端径大部をヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隔の5倍以上であって、0.2mm以下の間隔を有するようにし、かつ前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部より大径の円周溝を設けたことを特徴とする動圧軸受装置。」
から、
「円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され動圧軸受装置において、
前記軸受孔と前記回転軸の間の軸方向適所にヘリングボーン溝を形成し、このヘリングボーン溝の上方に位置し上端が開放された上端径大部を前記軸受孔に形成し、前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにしたことを特徴とする動圧軸受装置。」
と訂正する。
(2)訂正事項B
特許明細書の特許請求の範囲の請求項2を、
「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、回転軸と上端径大部との間隙をΔr3、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離をLとしたとき、
L>Δr3×2
の関係が成立する請求項1記載の動圧軸受装置。」
から、
「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分との間隙をそれぞれΔr3、Δr3’、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離をLとしたとき、
L>Δr3×2
L>Δr3’×2の関係が成立する請求項1記載の動圧軸受装置。」
と訂正する。
(3)訂正事項C
特許明細書の特許請求の範囲の請求項3を、
「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部がスリーブの外周と間隙Δr4で隔てられる内径面を有するカバー部を備え、この間隙△r4と、回転軸と上端径大部との間隙Δr3と、スリーブの上面とボス部の下面との距離Lとの間に、
Δr3<Δr4<L
の関係が成立する請求項1または2記載の動圧軸受装置。」
から、
「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部がスリーブの外周と間隙Δr4で隔てられる内径面を有するカバー部を備え、この間隙Δr4と、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分とのそれぞれの間隙Δr3、Δr3’と、スリーブの上面とボス部の下面との距離Lとの間に、
Δr3<Δr4<L
Δr3’<Δr4<Lの関係が成立する請求項1または2記載の動圧軸受装置。」
と訂正する。
(4)訂正事項D
特許明細書の特許請求の範囲を、上記訂正事項A〜Cに示すように訂正することに伴い、整合性を図るため、発明の詳細な説明の段落【0014】〜【0019】を、訂正明細書に記載されたとおりに訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項Aについて
(a)まず、「前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され」と訂正する部分につき、検討する。

特許明細書の請求項2には、
「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、」
の記載が認められ、また、特許明細書の段落【0010】には、
「すなわち、回転軸1に固定されたボス部3が負荷変動を受けて、例えばボス部3にポリゴンミラーが固定された場合などに発生する変動負圧の影響でアンバランスな状態が発生した場合、図7(a)に示すようにオイル6はスクイーズアクションによって、軸受孔20の上端径大部5aと上側径小部2aとの間を行き来する様な動きをする。」
の記載が認められ、さらに、特許明細書の段落【0026】には、
「ここで、ボス部3にポリゴンミラー11が固定されているため、回転速度を上げていくと、回転軸1に負荷変動が発生してしまう。」
の記載が認められるとともに、図1、2及び4において、回転軸1の軸受孔20より上方に突出する部分にボス部3が固定されている点が看取できる。
よって、この部分の訂正は上記記載事項に基づいてなされたものであり、「動圧軸受装置」の前提構成について、「前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。

(b)次に、「前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにした」と訂正する部分につき、検討する。
この部分の訂正は、特許明細書の請求項1において、上端径大部と円周溝の径方向の大きさの関係や、上端径大部と回転軸との間の距離に係る記載が必ずしも明りょうでなかったのに対し、「前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにした」と訂正し、上端径大部と円周溝の径方向の大きさの関係や、上端径大部と回転軸との間の距離に関し明りょうにするとともに、上端径大部と回転軸との間の距離に係る用語を、他の請求項である請求項2及び3で使用している用語「間隙」と整合させようとするものである。

特許明細書の段落【0021】には、
「前記上端径大部5aの上下方向中央位置には上端径大部5aより径の大きな円周溝8が設けられている。」
の記載が認められ、図1、2及び4において、上端径大部5aの上下方向中央位置に円周溝8が設けられ、上端径大部5aが該円周溝8を境に上側部分及び下側部分から成る点、該円周溝8が上側部分および下側部分のいずれよりも大径である点が看取できる。
また、特許明細書の段落【0009】〜【0011】には、
「【発明が解決しようとする課題】上記従来の構成においては、オイルを使用するためオイルの発散や流失による信頼性の低下をどう防止するかが課題となっている。
すなわち、回転軸1に固定されたボス部3が負荷変動を受けて、例えばボス部3にポリゴンミラーが固定された場合などに発生する変動負圧の影響でアンバランスな状態が発生した場合、図7(a)に示すようにオイル6はスクイーズアクションによって、軸受孔20の上端径大部5aと上側径小部2aとの間を行き来する様な動きをする。
ここで回転数がより高速化すると、オイル6はスリーブ2の上面2cに溢れることになる。そして図7(b)に示すようにオイル6がボス部3に接触したり、上面2c上へ洩れ出すと、オイル6はボス部3の下面3cやスリーブ2の上面2cを伝って飛散し、軸受け内のオイル6の減少をきたす。この飛散したオイル6は動圧軸受装置が使用される機器を汚染すると共に、回転軸1の信頼性を著しく損なうという問題を有していた。」
と記載されており、この記載から、従来の動圧軸受装置は、上端径大部5aと回転軸1との間隙がオイル6が容易に流れてスリーブ上面2cに洩れ出し易い程度に大きく、しかもオイル6を貯める円周溝に相当するものを有していないために、上記の様な技術的課題を有していたものと理解でき、上端径大部5aの径が上下方向全域にわたり同一径であるか、上下方向に変化するかにかかわらず、上記の様な技術的課題が存することは、技術的に明らかである。
そして、特許明細書の段落【0020】には、
「また前記軸受孔20の上端部、中央部及び下端部は夫々0.2mm以下の間隔△r3となっている。」
と、また、段落【0027】には、
「そこで回転数がより高速になり、仮にオイル6が円周溝8を超えて上方に達したとしても、上端径大部5aと回転軸1との間隙Δr3を、0.2mm以下で、かつ上側径小部2a及び下側径小部2bと回転軸1との間隙△r1の5倍以上に設定することにより、スリーブ上面2cへのオイル6のはみ出しを最小限に押さえることができる。」
と、それぞれ記載されている。
さらに、特許明細書において、「上側部分」及び「下側部分」における間隙について、個別具体的な記載は特段認められないものの、本件特許発明が、上述のような従来技術の有する技術的課題を踏まえなされたものであると解されることからしても、上端径大部5aの径が上下方向全域にわたり同一径であるかにかかわらず、上端径大部の上側部分および下側部分と回転軸との間の距離が、上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをも、ヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の距離の5倍以上であって、0.2mm以下であるとしたことは、技術的に自明である。
よって、この部分の訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。

(c)そして、訂正事項Aは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項Bについて
訂正事項Bは、訂正事項Aと整合を図るものであるので、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項Cについて
訂正事項Cは、訂正事項A及びBと整合を図るものであるので、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(4)訂正事項Dについて
訂正事項Dは、訂正事項A〜Cと整合を図るものであるので、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正に該当し、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3.独立特許要件
訂正事項Aにより訂正された請求項1の従属形式の請求項である請求項3に係る訂正は、特許異議の申立てのされていない請求項についての訂正であって、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正に該当するから、訂正明細書の請求項3に係る発明の独立特許要件について検討する。
訂正明細書の請求項3に係る発明は、訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項3に記載されたとおりのものであって、訂正明細書の請求項1に係る発明の構成に欠くことができない事項をすべて含むものである。
そして、訂正明細書の請求項1に係る発明は、下記「III.4.対比及び判断」に示すように、当審において通知した取消しの理由で引用した刊行物1〜4、特許異議申立人江藤保男が提示した甲第3号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第3号証)〜甲第5号証、甲第7号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第6号証)及び甲第8号証、並びに特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないので、同様の理由により、訂正明細書の請求項3に係る発明は、上記各刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって、訂正明細書の請求項3に係る発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものである。

4.訂正の適否についてのむすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

III.特許異議申立てについての判断
1.特許異議申立ての理由の概要
特許異議申立人江藤保男は、本件の請求項1及び2に係る発明は、下記の甲第2号証〜甲第9号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので、本件の請求項1及び2に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。
甲第2号証 特開平2-154808号公報
甲第3号証 特開平6-311696号公報
甲第4号証 特願平5-120706号(上記甲第3号証に係る特許出願に対応)の手続補正書(平成15年1月27日提出)
甲第5号証 特開平6-178492号公報
甲第6号証 特開平3-234910号公報
甲第7号証 特開昭58-50319号公報
甲第8号証 特開昭63-167111号公報
甲第9号証 特開平1-279109号公報

また、特許異議申立人小泉順彦、本件の請求項1に係る発明は、下記の甲第1号証〜甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとともに、本件の請求項1の記載は、「上端径大部」の「上側の部分」と「下側の部分」の径が同一であるか明らかでなく、特許法第36条第5項第1号又は第2号の規定に違反しているので(特許異議申立書第21頁10〜26行参照)、本件の請求項1に係る特許は取り消されるべきものであると主張している。
甲第1号証 特開平3-234910号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第6号証)
甲第2号証 特開平1-279109号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第9号証)
甲第3号証 特開平6-311696号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第3号証)
甲第4号証 特開平2-154808号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第2号証)
甲第5号証 特開平3-153913号公報
甲第6号証 特開昭58-50319号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第7号証)

2.本件の請求項1及び2に係る発明
前述のとおり、本件訂正が認められたので、本件の請求項1及び2に係る発明は、訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものである。

「【請求項1】 円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され動圧軸受装置において、
前記軸受孔と前記回転軸の間の軸方向適所にヘリングボーン溝を形成し、このヘリングボーン溝の上方に位置し上端が開放された上端径大部を前記軸受孔に形成し、前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにしたことを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】 回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分との間隙をそれぞれΔr3、Δr3’、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離をLとしたとき、
L>Δr3×2
L>Δr3’×2の関係が成立する請求項1記載の動圧軸受装置。」

3.引用刊行物及び引用刊行物に記載された事項
当審において通知した取消しの理由で引用した刊行物は、次のとおりである。
刊行物1 特開平3-234910号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第6号証、特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第1号証)
刊行物2 特開平2-154808号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第2号証、特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第4号証)
刊行物3 特開平6-178491号公報
刊行物4 特開平1-279109号公報(特許異議申立人江藤保男が提示した甲第9号証、特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第2号証)

刊行物1には、「流体軸受装置」に関し、以下の技術的事項が図面とともに記載されている。
(1-イ)「軸体と該軸体に嵌合する外筒が所定のクリアランスをもち潤滑剤を介して相対すべりをするラジアル軸受部を有し、該ラジアル軸受部で前記軸体外周面及び外筒内周面の少なくとも一方に軸方向に形成された動圧発生用の溝を設けた流体軸受装置において、前記ラジアル軸受部に近接して前記クリアランスよりも大きなすきまを有する環状の中間領域を設け、該中間領域に隣接して前記外筒の内周面の円周上に前記中間領域のすきまよりさらに大きいすきまを有する環状の凹部領域を設けた」(第3ページ左上欄第6行〜第16行)
(1-ロ)「〔作用〕
本発明の流体軸受装置において、外筒または軸体の回転時に、ラジアル軸受部に近接して設けた外筒の内周面のすきまの大きい凹部領域、軸体の外周面のすきまの大きい凹部領域はラジアル軸受部から流出する潤滑剤をせき止め、溜める働きをする。回転停止時には、凹部領域に移った潤滑剤は外筒内周面と軸体との界面張力によりラジアル軸受部に戻る。したがって潤滑剤は流体軸受装置から外に飛散、流出することがなく、常にラジアル軸受部に潤滑剤が保持される。」(第3ページ右上欄第10行〜第20行)
(1-ハ)「第1図は第1実施例のラジアル軸受部の断面図、第2図は第1実施例の全体構成図である。本実施例の流体軸受装置は、外筒1の内面に、僅かなクリアランスを以て軸体6を収納するラジアル軸受部3と、ラジアル軸受部3の各端面に近接する内面円周上にその内面と軸体6の外周面間のすきまが大きい凹部領域2とを設けたものであり、溝状のその凹部領域2はラジアル軸受部3内を満たす潤滑剤の量分が蓄えられる程度の大きさとする。ところで、ラジアル軸受部3は外筒1の穴の内周に沿って設けられた一定幅の環状の凸部でなりその環状の凸部の中に僅かなクリアランスを以て軸体6を収納し、そしてラジアル軸受部3の内面には軸方向に“く”の字形の複数本の動力(「動圧」の誤記と認める。)発生用の溝3aが設けられている。」(第3ページ左下欄第4行〜第18行)
(1-ニ)「第10図は本発明の第2実施例を示す。これは上述したすきまの大きい凹部領域2とラジアル軸受部3との間にラジアル軸受部3のクリアランスδよりわずかに大きいすきまΔを円周上に設けた中間領域2’を有する流体軸受装置であり、これも第1実施例と同様に潤滑剤の漏れ防止、回転体の安定回転、軸受機能の長期間維持の効果がある。」(第4ページ右上欄第12行〜第18行)
(1-ホ)第10図において、以下の点が看取できる。
・「ラジアル軸受部3」の上方に、上端が開放され、「動圧発生用の溝3a」を形成した部位より径大な部分が形成されており、その径大部分において、「ラジアル軸受部3」に近い側より順に「中間領域2’」、「凹部領域2」及び「凹部領域2」の上方の領域(以下「上方領域」という。)が設けられている点
・当該径大部分が、「動圧発生用の溝3a」を形成した部位での「軸受部3」と「軸体6」との間のクリアランスより大きなすきまを有する点
・「凹部領域2」が、「上方領域」及び「中間領域2’」より大径である点

刊行物2には、「動圧流体軸受装置」に関し、以下の技術的事項が図面とともに記載されている。
(2-イ)「この回転する軸1とスリーブ2に本実施例の動圧流体軸受装置が用いられている。その拡大図を第2図に示す。尚、従来例を示す第6図と同一の部分については同一の番号を付す。回転体である軸1には上端に偏向鏡であるポリゴン12を載せる台4が固定されている。この軸1を受けるスリーブ2の下端にはスラスト板3が焼ばめ、圧入、あるいは接着によって固定されている。これにより軸1とスリーブ2との間に満たされている流体であるオイル5を閉じ込めている。また軸1及びスリーブ2には従来と同様にヘリングボーン状の溝とスパイラル状の溝が対向して形成され、動圧発生溝6となっている。この動圧発生溝6により軸1が回転した際にオイル5が一定方向に流れるようになっている。この動圧発生溝6は軸方向の2箇所に設けられており、これにより軸方向の圧力分布は2箇所高圧領域を有する概略波形となる。この波形の谷の部分が低圧領域となり負圧が発生しやすい。従って、この低圧領域に負圧防止溝21が形成されている。この負圧防止溝21は前記動圧発生溝6よりも深いもので、スリーブ2の内面全周にわたって設けられている。」(第3ページ左上欄第13行〜右上欄第14行)

刊行物3には、「スピンドルモータ」に関し、以下の技術的事項が図面(特に第8図を参照。)とともに記載されている。
(3-イ)「図1は本発明に係るスピンドルモータを示し、このスピンドルモータは、ベース部材1に一端部2aが固定されるシャフト2と、該シャフト2に回転自在に枢支されるヨーク3と、を備える。
即ち、ベース部材1のボス部4にシャフト2の一端部2aが挿入固定され、該ボス部4にステータ5が固定される。
また、ヨーク3は、例えば、銅合金等からなり、上壁6と、該上壁6から垂下される円筒ボス部7と、を備える。」(段落【0017】〜【0019】)
(3-ロ)「しかして、シャフト2の外周面29には、ヨーク3の円筒ボス部7に対応するヘリングボーン溝が形成されてなる溝形成部30が形成されると共に、シャフト2の外周面29とボス部7の内周面31との間に油等の流体が充填される。
従って、シャフト2の外周面29とボス部7の内周面31との間に動圧流体ラジアルベアリング部32が形成される。」(段落【0038】〜【0039】)
(3-ハ)「さらに、ボス部7の内周面31の先端側には、図8に示すように、凹周溝34が形成される。
この凹周溝34は、断面形状が台形状の本体部34aと、該本体部34aに連設される断面形状が略矩形状の一対の副部34b,34cとからなる。」(段落【0042】〜【0043】)
(3-ニ)「同様に、流体Mがベース部材1のボス部4側へ流出した場合、図8に示すように、凹周溝34が流体漏れを有効に防止している。
即ち、流出した流体Mは、凹周溝34の本体部34aに浸入した際に、その表面が表面張力の作用によりまるくなり、流出しにくいものとしているからである。そして、さらにテーパ部34dによっても同様の作用をなす。
ところで、切欠き部33の副部33b及び凹周溝34の副部34bは、毛細管現象を利用して、積極的に流体Mをこの副部33b,34bあるいは34cに保持させ、作用する表面張力と相侯って、流体漏れを有効に防止する機能がある。」(段落【0056】〜【0058】)

刊行物4には、「流体軸受装置」に関し、以下の技術的事項が図面とともに記載されている。
(4-イ)「(1) 軸方向に距離を隔てて、二ケ所に設けた円筒状のラジアル内面と、前記ラジアル内面に設けたヘリングボーン状の溝と、前記ラジアル内面のヘリングボーン状の溝のそれぞれの両側につながって設けたリング状のオイルだまり段部を備えた軸受ハウジング部を有したことを特徴とする流体軸受装置。
(2) オイルだまり段部は、リング状のものであり、軸受ハウジング部材または軸部材が回転することにより発生する動圧は0に近いものであり、ヘリングボーン状の溝と同等以上の深さを有し、軸受として作用せず、かつ表面張力にてオイルを保持できる最小ギャップをもち、ヘリングボーン状の溝の片側または両側に配置されてなることを特徴とする請求項1記載の流体軸受装置。」(2、特許請求の範囲)
(4-ロ)「第1図で17,18,19,20はオイルだまり段部であり、ラジアル内面2,3のヘリングボーン状の溝4,5の両側につながってリング状に設けられている。このオイルだまり段部17,18,19,20の深さは、ヘリングボーン状の溝4,5の深さと同程度以上であり、すなわち動圧がほぼ0となり、かつ主軸6と表面張力を維持することができる距離として、12ミクロン程度に設定している。」(第2ページ左下欄第10行〜第18行)
(4-ハ)「オイルだまり段部17,18,19,20は動圧がほぼ0であり、表面張力を維持しているためオイルだまり段部17,18,19,20へ流入したオイルは、ここで保持される。軸受ハウジング部材1の回転が停止した時たまったオイルは毛細管現象により、再度、軸受クリアランス15,16内に戻るという動作を行う。
以上のように、本実施例によればヘリングボーン状の溝4,5の両側にオイルだまり段部17,18,19,20を設けることにより、オイル洩れの防止をすることができる。」(第2ページ右下欄第10行〜第3ページ左上欄第1行)

4.対比及び判断
(1)請求項1について
本件の請求項1に係る発明は、円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成された動圧軸受装置において、
「回転軸1に固定されたボス部3が負荷変動を受けて、例えばボス部3にポリゴンミラーが固定された場合などに発生する変動負圧の影響でアンバランスな状態が発生した場合、図7(a)に示すようにオイル6はスクイーズアクションによって、軸受孔20の上端径大部5aと上側径小部2aとの間を行き来する様な動きをする。
ここで回転数がより高速化すると、オイル6はスリーブ2の上面2cに溢れることになる。そして図7(b)に示すようにオイル6がボス部3に接触したり、上面2c上へ洩れ出すと、オイル6はボス部3の下面3cやスリーブ2の上面2cを伝って飛散し、軸受け内のオイル6の減少をきたす。この飛散したオイル6は動圧軸受装置が使用される機器を汚染すると共に、回転軸1の信頼性を著しく損なう」(訂正明細書段落【0010】及び【0011】参照)
という従来の問題点を解決することを、その目的とし、そのために、「上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにした」ものである。
そこで、本件の請求項1に係る発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると、刊行物1に記載された発明は、「スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と」、「スラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え」、「回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され」た動圧軸受装置ではないとともに、「前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するように」していない点(以下「相違点」という。)で、本件の請求項1に係る発明と相違するものである。
刊行物2には、動圧軸受装置において、円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成する点が記載されており、本件の請求項1に係る発明同様、高速回転時においてスクィーズアクションによってオイルがスリーブの上面側に飛び出そうとする現象が生じ得るものと認められるものの、当該現象について特段明示はなく、「前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにした」点についての記載も認められない。
また、刊行物3には、動圧軸受装置において、ヘリングボーン溝の一方に位置し端部が開放された径大部を軸受孔に形成し、前記径大部の上側部分と下側部分との間にこの径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、この上側部分と下側部分とにおいて表面張力によりオイルを保持する点が記載されている点が、刊行物4には、動圧軸受装置において、ヘリングボーン溝の一方に位置し端部が開放された径大部を軸受孔に形成し、この径大部において表面張力によりオイルを保持する点、及び該径大部の深さを12μm程度とする点が、それぞれ記載されているものの、刊行物3及び4に記載された動圧軸受装置は、本件の請求項1に係る発明の前提構成である「円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成」されるものではなく、当該径大部の位置も本件の請求項1に係る発明とは異なるものであって、刊行物3及び4には、高速回転時においてスクィーズアクションによってオイルがスリーブの上面側に飛び出そうとする現象に関する記載も特段なく、当該現象と当該径大部との関係が明らかではないとともに、「前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにした」点についての記載も認められない。
さらに、特許異議申立人江藤保男が提示した甲第3号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第3号証)〜甲第5号証、甲第7号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第6号証)及び甲第8号証、並びに特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第5号証を検討しても、刊行物1に記載された発明において上記相違点に係る構成とすることが、当業者にとって容易に想到し得たものであるとすべき根拠となるような記載は認められない。
そして、本件の請求項1に係る発明は、上記相違点に係る構成を具備することによって、
「上端径大部に設けられた円周溝は、スクイーズアクション等による負荷変動があっても、その溝径が大きくオイルを受け入れることができ、動圧の発生を抑制することができるため、オイルの変動を円周溝で吸収してスリーブの上面へのオイル溢れを防止して動圧軸受内のオイルを安定的に保持することができる。また、回転軸と前記上端径大部の間隙Δr3、Δr3’を、0.2mm以下とし、かつヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上としていることにより、オイルが円周溝を超えてスリーブ上面側に移動する場合も、スリーブ上面へのオイルのはみ出しを最小に押さえることができると共に高速回転域での安定性を高めることができる。」(段落【0017】参照)ものであり、「そして前記間隙Δr3、Δr3’をヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間隙の5倍未満にすると軸受けの損失が増加し、性能を低下させる。一方、前記間隙Δr3、Δr3’が0.2mmより大きいとオイル吐き出し防止効果が低下してしまう。」(段落【0017】参照)といったことを回避する、という明細書記載の格別顕著な作用を奏するものであって、本件の請求項1に係る発明は、刊行物1〜4、特許異議申立人江藤保男が提示した甲第3号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第3号証)〜甲第5号証、甲第7号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第6号証)及び甲第8号証、並びに特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)請求項2について
本件の請求項2は独立請求項である本件の請求項1の従属請求項であり、本件の請求項2に係る発明は、本件の請求項1に係る発明の構成に欠くことのできない事項をすべて含み、さらに他の技術的事項を付加したものである。
そして、本件の請求項1に係る発明は、上記(1)に示す理由により、刊行物1〜4、特許異議申立人江藤保男が提示した甲第3号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第3号証)〜甲第5号証、甲第7号証(特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第6号証)及び甲第8号証、並びに特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、本件の請求項2に係る発明も同様の理由により、上記各刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5.特許異議の申立てについてのむすび
以上のとおり、本件の請求項1及び2に係る発明は、刊行物1〜4、特許異議申立人江藤保男が提示した甲第2号証〜甲第9号証、及び特許異議申立人小泉順彦が提示した甲第1号証〜甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないので、本件の請求項1及び2に係る発明についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではなく、特許異議申立人の主張は採用することができない。

また、訂正明細書の請求項1の記載において、上端径大部と円周溝の径方向の大きさの関係や、上端径大部と回転軸との間の距離に係る記載は明りょうであり、本件の請求項1に係る発明が解決しようとする課題からすると、発明の構成に欠くことのできない事項として、「上端径大部」の「上側の部分」と「下側の部分」の径が同一であることまでも要しないものであり(上記II.2.(1)(b)参照)、明細書及び図面の記載から理解できるものであって、その点で明細書及び図面の記載に不備があったものとすることはできない。
そうすると、本件の請求項1に係る発明についての特許は特許法第36条第5項第1号又は第2号の規定に違反してなされたものではなく、特許異議申立人の主張は採用することができない。

IV.むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては本件の請求項1及び2に係る発明についての特許を取り消すことはできない。
また、他に本件の請求項1及び2に係る発明についての特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件の請求項1及び2に係る発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
動圧軸受装置
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され動圧軸受装置において、
前記軸受孔と前記回転軸の間の軸方向適所にヘリングボーン溝を形成し、このヘリングボーン溝の上方に位置し上端が開放された上端径大部を前記軸受孔に形成し、前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにしたことを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分との間隙をそれぞれΔr3、Δr3’、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離をLとしたとき、
L>Δr3×2
L>Δr3’×2
の関係が成立する請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項3】回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部がスリーブの外周と間隙Δr4で隔てられる内径面を有するカバー部を備え、この間隙Δr4と、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分とのそれぞれの間隙Δr3、Δr3’と、スリーブの上面とボス部の下面との距離Lとの間に、
Δr3<Δr4<L
Δr3’<Δr4<L
の関係が成立する請求項1または2記載の動圧軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、レーザビームプリンタなどにおけるレーザ光のスキャンに利用される高速回転するモータの動圧軸受装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来、動圧軸受装置を使用した高速のモータはレーザビームプリンタなどで使用されていた。レーザビームプリンタは高速印字が可能であり、静音化に適しているため、近年その市場は広まりつつある。
【0003】このようなレーザビームを利用したプリンタのモータは回転数が高いため、動圧軸受けとしてはいわゆる空気軸受けが主に使用されていた。
【0004】しかしながら、小型薄型化、低コストが要求されている今日においては、空気軸受けの設計は汎用性が乏しく高価であるため、空気軸受けに代わってオイル式の動圧軸受けを採用するメーカが増えつつある。
【0005】以下に従来の動圧軸受装置について図6を参照しながら説明する。
【0006】図6に示す動圧軸受装置は、回転軸1、この回転軸1を軸受孔20内に回転自在に支持するスリーブ2、スリーブ2の下面に固定されて前記軸受孔20を封鎖するスラスト板4、軸受孔20の内側面と回転軸1の外側面との間及びスラスト板4と回転軸1の端面との間に充填されたオイル6によって構成されている。また前記軸受孔20の上端部、中央部及び下端部は夫々径大部となっている。上端径大部5aと中央径大部5cとの間の上側径小部2a、及び中央径大部5cと下端径大部5bとの間の下側径小部2bの夫々の内周面にはヘリングボーン溝7が形成されている。またスラスト板4の上面にはスパイラル溝が形成されている。
【0007】回転軸1の上端部は前記軸受孔20より上方に突出し、その上部にボス部3が固定されている。
【0008】以上のように構成された動圧軸受装置は、回転軸1が回転するとスリーブ2の軸受孔20に設けられたヘリングボーン溝7の作用で、オイル6に動圧を発生させ、回転軸1は軸受孔20に非接触で回転する。また、スラスト方向についてもスラスト板4に設けられたスパイラル溝の作用で動圧を発生し回転軸1が浮上した状態で支承されている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】上記従来の構成においては、オイルを使用するためオイルの発散や流失による信頼性の低下をどう防止するかが課題となっている。
【0010】すなわち、回転軸1に固定されたボス部3が負荷変動を受けて、例えばボス部3にポリゴンミラーが固定された場合などに発生する変動負圧の影響でアンバランスな状態が発生した場合、図7(a)に示すようにオイル6はスクイーズアクションによって、軸受孔20の上端径大部5aと上側径小部2aとの間を行き来する様な動きをする。
【0011】ここで回転数がより高速化すると、オイル6はスリーブ2の上面2cに溢れることになる。そして図7(b)に示すようにオイル6がボス部3に接触したり、上面2c上へ洩れ出すと、オイル6はボス部3の下面3cやスリーブ2の上面2cを伝って飛散し、軸受け内のオイル6の減少をきたす。この飛散したオイル6は動圧軸受装置が使用される機器を汚染すると共に、回転軸1の信頼性を著しく損なうという問題を有していた。
【0012】その対策として、例えば磁性流体シールを設けるなどの処理が施されているが、コスト高を招き、装置の小型化にも影響を及ぼすものであった。
【0013】本発明は上記従来の問題点を解決するもので、動圧軸受内のオイルを安定的に保持すると共に、高速回転域での優れた信頼性と薄型化を低コストで実現する動圧軸受装置を提供することを目的とする。
【0014】
【課題を解決するための手段】本願の第1発明は上記従来例の問題点を解決するため、円柱状の回転軸と、回転軸を軸受孔内に回転自在に支持するスリーブと、スリーブの下面に固定されて前記軸受孔を封鎖するスラスト板と、軸受孔の内側面と回転軸の外側面との間及びスラスト板と回転軸の端面との間に充填されたオイルとを備え、前記回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、このボス部が負荷変動を受けるように構成され動圧軸受装置において、
前記軸受孔と前記回転軸の間の軸方向適所にヘリングボーン溝を形成し、このヘリングボーン溝の上方に位置し上端が開放された上端径大部を前記軸受孔に形成し、前記上端径大部の上側部分と下側部分との間にこの上端径大部の上側部分および下側部分のいずれよりも大径の円周溝を設け、かつ前記上端径大部の上側部分および下側部分のいずれをもヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上であって、0.2mm以下の間隙を有するようにしたことを特徴とする。
【0015】また回転軸の軸受孔より上方に突出する部分にボス部が固定され、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分との間隙をそれぞれΔr3、Δr3’、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離をLとしたとき、
L>Δr3×2
L>Δr3’×2
の関係が成立することが好適である。
【0016】さらに、ボス部がスリーブの外周と間隙Δr4で隔てられる内径面を有するカバー部を備え、この間隙Δr4と、回転軸と上端径大部の上側部分および下側部分とのそれぞれの間隙Δr3、Δr3’と、スリーブの上面と前記ボス部の下面との距離Lとの間に、
Δr3<Δr4<L
Δr3’<Δr4<L
の関係が成立することが好適である。
【0017】
【作用】本発明は上記構成によって、次のような作用を営むことができる。すなわち、上端径大部に設けられた円周溝は、スクイーズアクション等による負荷変動があっても、その溝径が大きくオイルを受け入れることができ、動圧の発生を抑制することができるため、オイルの変動を円周溝で吸収してスリーブの上面へのオイル溢れを防止して動圧軸受内のオイルを安定的に保持することができる。また、回転軸と前記上端径大部の間隙Δr3、Δr3’を、0.2mm以下とし、かつヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間の間隙の5倍以上としていることにより、オイルが円周溝を超えてスリーブ上面側に移動する場合も、スリーブ上面へのオイルのはみ出しを最小に押さえることができると共に高速回転域での安定性を高めることができる。そして前記間隙Δr3、Δr3’をヘリングボーン溝を形成した部位での軸受孔と回転軸との間隙の5倍未満にすると軸受けの損失が増加し、性能を低下させる。一方、前記間隙Δr3、Δr3’が0.2mmより大きいとオイル吐き出し防止効果が低下してしまう。
【0018】また上記構成に加え、前記間隔Δr3、Δr3’とスリーブの上面と前記ボス部の下面との距離Lとの関係をL>Δr3×2、L>Δr3’×2とすれば、ボス部の下面へのオイルの付着を防止してオイルの飛散を防止することができ、上記関係に保つことにより、高速回転域での優れた信頼性を実現することができた。
【0019】また、ボス部がスリーブの外周と間隙Δr4で隔てられる内径面を有するカバー部を備え、この間隙Δr4と、回転軸と上端径大部との間隙Δr3、Δr3’と、スリーブの上面とボス部の下面との距離Lとの間に、Δr3<Δr4<L、Δr3’<Δr4<Lの関係が成立するように構成すれば、ボス部下面とカバー部の内径面で囲まれた空間の圧力でオイルの上昇を防止すると共に、たとえスリーブ上面にオイルが洩れた際にも、上記カバー部を備えることにより洩れたオイルが一気に外側へ飛散することを防止することができる。なおこの効果は、間隙Δr4が小さければ小さいほど高めることができるが、Δr3、Δr3’より小になると軸受けからオイルを逆に吸い出してしまうという不都合が生じ、逆にLより大きいとその効果はほとんど得られない。
【0020】
【実施例】以下本発明の実施例について、図面を参照しながら詳細に説明する。図1〜図3は本発明の第1実施例を示すもので、本発明をレーザビームプリンタに適用したものである。図1に示す動圧軸受装置は、回転軸1、この回転軸1を軸受孔20内に回転自在に支持するスリーブ2、スリーブ2の下面に固定されて前記軸受孔20を封鎖するスラスト板4、軸受孔20の内側面と回転軸1の外側面との間及びスラスト板4と回転軸1の端面との間に充填されたオイル6によって構成されている。また前記軸受孔20の上端部、中央部及び下端部は夫々0.2mm以下の間隔Δr3となっている。上端径大部5aと中央径大部5cとの間の上側径小部2a、及び中央径大部5cと下端径大部5bとの間の下側径小部2bの夫々の内周面にはヘリングボーン溝7が形成されている。またスラスト板4の上面にはスパイラル溝(図示省略)が形成されている。回転軸1の上端部は前記軸受孔20より上方に突出し、その上部にボス部3が固定されている。
【0021】前記上端径大部5aの上下方向中央位置には上端径大部5aより径の大きな円周溝8が設けられている。
【0022】以上のように構成された動圧軸受装置10は、図3に示すレーザビームプリンタの軸受けとして使用されている。
【0023】図3に示すように動圧軸受装置10のボス部3上には、多角形に形成されたポリゴンミラー11が配されていて、回転軸1の回転に伴い図のR方向に回転する。レーザ12から出力されるレーザビーム12aは、シリンドリカルレンズ13aを通して前記ポリゴンミラー11に入射し、ここで反射された反射ビームはシリンドリカルレンズ13bを介して、図のXで示す方向へライン状に出力される。
【0024】次に図1、図2(a),(b)を参照しながら、本発明に係る動圧軸受装置を更に詳しく説明する。
【0025】回転軸1が回転するとスリーブ2の軸受孔20に設けられた上下1対のヘリングボーン溝7の作用で、オイル6に動圧を発生させ回転軸1は軸受孔20の内面に非接触で回転する。また、スラスト方向についてもスラスト板4に設けられたスパイラル溝の作用でオイル6に動圧を発生させ回転軸1を浮上させ、スラスト板4に非接触で回転させている。
【0026】ここで、ボス部3にポリゴンミラー11が固定されているため、回転速度を上げていくと、回転軸1に負荷変動が発生してしまう。このためスクイーズアクションが発生し、図2(a)のZで示すように、オイル6は軸受孔20の上側径小部2aと上端径大部5aとの間や、下側径小部2bと下端径大部5bとの間を行き来する。この時、上端径大部5aに設けられた円周溝8は、オイル6が溜まったり出たりするオイル6の変動を吸収する役割を果たし、オイル6がスリーブ2の上面2cに溢れることを防止している。
【0027】そこで回転数がより高速になり、仮にオイル6が円周溝8を超えて上方に達したとしても、上端径大部5aと回転軸1との間隙Δr3を、0.2mm以下で、かつ上側径小部2a及び下側径小部2bと回転軸1との間隙Δr1の5倍以上に設定することにより、スリーブ上面2cへのオイル6のはみ出しを最小限に押さえることができる。
【0028】さらに、図1のLで示すスリーブ2の上面2cとボス部3の下面3cとの距離Lと、前記Δr3との間に、L>Δr3×2の関係をもたせることによって、ボス3の下面3cへのオイル6の付着を防止して、オイルの飛散を防止することができた。
【0029】上記実施例によれば、動圧流体軸受の潤滑剤として使用するオイル6の保持性を高めることができて、高速で大きくなるスクイーズアクション等の力に対してもオイル6の飛散が低減し、軸受けの信頼性を高めることができる。
【0030】また、磁性流体シールなどの高価な部品を使うこと無く上記効果が得られるため、コストダウンや薄型化を容易に図ることができる。
【0031】次に、本発明の第2実施例を図4を参照して説明する。
【0032】第2実施例は第1実施例のボス部3が、スリーブ2の外周との間に微小間隙Δr4で隔てられるカバー部3aを備えた点に特徴がある。すなわち図4は、図1のボス部3を、カバー部3aを備えるボス部3に変更したものである。
【0033】したがって、第2実施例のその他の構成は第1実施例のそれと共通しているので、図4において共通部分に同一符号を付し詳細な説明を省略する。
【0034】第2実施例における動圧軸受装置は、スリーブ2の外周との間に微小間隙Δr4で隔てられるカバー部3aを、Δr3<Δr4<Lなる関係で構成するもので、たとえボス部3に何らかの強力な作用が加えられて、オイル6がスリーブ2の上面2cに洩れた際にも、上記カバー部3aで洩れたオイル6が一気に外側へ飛散することを防止する点に特徴がある。
【0035】すなわち、ボス部3とスリーブ2との間の空間9内の圧力で、オイル6の液面の上昇を防止することができる。さらに、たとえスリーブ2の上面2cにオイル6が洩れても、カバー部3aは一気に外側へオイル6が飛散することを防止している。
【0036】この効果は、間隙Δr4が小さければ小さいほど高めることができるが、Δr3より小さいと軸受けからオイル6を逆に吸い出してしまう。従って本実施例においては、Δr3<Δr4<Lなる関係をもたせている。
【0037】上記第2実施例によれば、オイル6の軸受け内への保持力が高められて信頼性を向上させると共にオイル6の飛散による他の機器への汚染を最小限に押さえることのできる優れた動圧軸受装置を実現できる。
【0038】なお上記第1、第2実施例においては、ヘリングボーン溝7を前記軸受孔20に形成しているが、ヘリングボーン溝7を図5に示すように回転軸1の外周面側に設けた構成であってもかまわない。すなわち本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【0039】
【発明の効果】本発明によれば、高速回転域での優れた信頼性を備えオイル飛散を防止できる動圧軸受装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1実施例を示す断面図。
【図2】その原理を示すものであって、(a)、(b)は断面図を示す。
【図3】レーザプリンタを示す構成図。
【図4】本発明の第2実施例を示す断面図。
【図5】回転軸に設けられたヘリングボーン溝を示す側面図。
【図6】従来例を示す動圧軸受装置の断面図。
【図7】その動作を示すものであって、(a)、(b)は断面図を示す。
【符号の説明】
1 回転軸
2 スリーブ
2a 上側径小部
2b 下側径小部
3 ボス部
3a カバー部
4 スラスト板
5a 上端径大部
5b 下端径大部
5c 中央径大部
6 オイル
7 ヘリングボーン溝
8 円周溝
9 空間
10 動圧軸受装置
20 軸受孔
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-03-23 
出願番号 特願平7-127630
審決分類 P 1 652・ 121- YA (F16C)
P 1 652・ 534- YA (F16C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 田合 弘幸  
特許庁審判長 前田 幸雄
特許庁審判官 窪田 治彦
常盤 務
登録日 2003-05-23 
登録番号 特許第3431723号(P3431723)
権利者 松下電器産業株式会社
発明の名称 動圧軸受装置  
代理人 石原 勝  
代理人 石原 勝  

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