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審決分類 審判 全部申し立て 特29条の2  B23B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B23B
管理番号 1124289
異議申立番号 異議2003-73402  
総通号数 71 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-05-14 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-25 
確定日 2005-08-10 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3480086号「硬質層被覆切削工具」の請求項1、2に係る発明についての特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3480086号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第3480086号の請求項1、2に係る発明は、平成6年10月21日に特許出願され、平成15年10月10日にそれらの発明について特許権の設定登録がされ、平成15年12月24日に、申立人日立ツール株式会社により請求項1、2に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てがなされ、平成17年4月5日付けで取消しの理由が通知され、その指定期間内である平成17年6月8日に意見書の提出及び訂正請求がなされたものである。

第2.訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
特許権者の求める訂正の内容は、以下のとおりのものである。
(1)訂正事項1
設定登録時の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1、2に記載される、
「【請求項1】 WC基超硬合金基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-x Six)(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる組成のTiとSiの複合炭窒化物単一硬質層あるいは複合窒化物単一硬質層を被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。
【請求項2】 TiCN基サーメット基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-xSix )(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる組成のTiとSiの複合炭窒化物単一硬質層あるいは複合窒化物単一硬質層を被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。」を、
「【請求項1】 WC基超硬合金基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-x Six) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を3.8μm〜10μmの膜厚で被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。
【請求項2】 TiCN基サーメット基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-x Six) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を3.8μm〜10μmの膜厚で被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。」と訂正する。
(2)訂正事項2
本件特許明細書の段落【0004】に記載される、
「・・・(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる組成のTiとSiの複合炭窒化物単一硬質層あるいは複合窒化物単一硬質層・・・」を、
「・・・(Ti1-x Six) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層・・・」と訂正する。
(3)訂正事項3
本件特許明細書の段落【0005】に記載される、
「・・・(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる組成のTiとSiの複合炭窒化物単一硬質層あるいは複合窒化物単一硬質層・・・」を、
「・・・(Ti1-x Six) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層・・・」と訂正する。
(4)訂正事項4
本件特許明細書の段落【0006】に記載される、
「x、yおよびzの値を前記のごとく限定したのは、x<0.01、x>0.45であると所望の耐摩耗性が得られないからであり、y<0.01、y>1.0であると所望の耐欠損性が得られないからであり、さらにz<0.5であると所望の耐摩耗性が得られず、z>1.34であると所望の耐欠損性が低下するとともに剥離が起こりやすくなるからである。前記(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z におけるx、y、zの一層好ましい範囲は、0.01≦x≦0.30、0.3 ≦y≦0.7 、0.9 ≦z≦1.1 である。したがって、WC基超硬合金基体またはTiCN基サーメット基体の表面に形成される一層好ましい単一硬質層は、TiとSiの複合炭窒化物単一硬質層である。また、この発明の硬質層被覆切削工具の単一硬質層の膜厚は1〜10μmの範囲内にあることが好ましい。」を、
「xおよびzの値を前記のごとく限定したのは、x<0.01、x>0.30であると所望の耐摩耗性が得られないからであり、z<1.0であると所望の耐摩耗性が得られず、z>1.2であると所望の耐欠損性が低下するとともに剥離が起こりやすくなるからである。また、この発明の硬質層被覆切削工具の単一硬質層の膜厚は3.8〜10μmの範囲内にあることが好ましい。」と訂正する。
(5)訂正事項5
本件特許明細書の段落【0007】に記載される、
「・・・同時に非金属ガス(窒素ガスおよび炭化水素ガス)を装置内に導入し、負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる単一硬質層を形成する。・・・」を、「・・・同時に非金属ガス(窒素ガス)を装置内に導入し、負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-x Six ) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30 、1.0 ≦z≦1.2]からなる単一硬質層を形成する。・・・」と訂正する。
(6)訂正事項6
本件特許明細書の段落【0008】に記載される、
「・・・つぎに非金属ガス(窒素ガスおよび炭化水素ガス)を装置内に導入し、対向ターゲット間にグロー放電をさせる。TiとSiをスパッタリングイオン化させることにより負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z [ただし、0.01≦x≦0.45、0.01≦y≦1.0 、0.5 ≦z≦1.34]からなる単一硬質層を形成する。・・・」を、
「・・・つぎに非金属ガス(窒素ガス)を装置内に導入し、対向ターゲット間にグロー放電をさせる。TiとSiをスパッタリングイオン化させることにより負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-x Six ) Nz [ただし、0.01≦x≦0.30 、1.0 ≦z≦1.2]からなる単一硬質層を形成する。・・・」と訂正する。
(7)訂正事項7
本件特許明細書の段落【0011】に記載される、
「・・・x、yおよびzの値を有する(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ1〜10、比較被覆チップ1〜7および従来被覆チップ1を作製した。前記(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層におけるx、yおよびzの値・・・」を、
「・・・xおよびzの値を有する(Ti1-x Six ) Nz 単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ1、また、表2に示されるx、yおよびzの値を有する(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層を被覆した比較被覆チップ1〜7および従来被覆チップ1を作製した。前記(Ti1-x Six ) Nz単一硬質層におけるxおよびzの値、また、(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層におけるx、yおよびzの値・・・」と訂正する。
(8)訂正事項8
本件特許明細書の段落【0012】に記載される「これら本発明被覆チップ1〜10・・・」を「これら本発明被覆チップ1・・・」と訂正する。
(9)訂正事項9
本件特許明細書の段落【0013】に記載される【表1】において、本発明被覆チップ2〜10に関する記載を削除する。
(10)訂正事項10
本件特許明細書の段落【0014】に記載される【表2】において、本発明被覆チップ2〜10に関する記載を削除する。
(11)訂正事項11
本件特許明細書の段落【0015】に記載される「・・・本発明被覆チップ1〜10・・・」を「・・・本発明被覆チップ1・・・」と訂正する。
(12)訂正事項12
本件特許明細書の段落【0018】に記載される、
「・・・表4に示されるx、yおよびzの値を有する(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ11〜20、比較被覆チップ8〜14および従来被覆チップ2を作製した。前記(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層におけるx、yおよびzの値はEPMAにて分析して求めた。」を
「・・・表4に示されるxおよびzの値を有する(Ti1-x Six ) Nz 単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ11、また、表4に示されるx、yおよびzの値を有する(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層を被覆した比較被覆チップ8〜14および従来被覆チップ2を作製した。前記(Ti1-x Six ) Nz 単一硬質層におけるxおよびzの値、また、(Ti1-x Six )(C1-y Ny )z 単一硬質層におけるx、yおよびzの値はEPMAにて分析して求めた。」と訂正する。
(13)訂正事項13
本件特許明細書の段落【0019】に記載される「・・・本発明被覆チップ11〜20・・・」を「・・・本発明被覆チップ11・・・」と訂正する。
(14)訂正事項14
本件特許明細書の段落【0021】に記載される【表3】において、本発明被覆チップ12〜20に関する記載を削除する。
(15)訂正事項15
本件特許明細書の段落【0022】に記載される【表4】において、本発明被覆チップ12〜20に関する記載を削除する。
(16)訂正事項16
本件特許明細書の段落【0023】に記載される「・・・本発明被覆チップ11〜20・・・」を「・・・本発明被覆チップ11・・・」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項1は、本件特許明細書の段落【0006】、【表2】の「本発明被覆チップ1」及び【表4】の「本発明被覆チップ11」の記載に基づいて、x、y、zの数値範囲及び硬質層の膜厚を限定したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とした明細書の訂正に該当し、新規事項の追加に当たらない。また、訂正事項2〜16は、訂正事項1と整合を図るものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とした明細書の訂正に該当し、新規事項の追加に当たらない。
そして、訂正事項1〜16は、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものではない。

3.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条ただし書き及び第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

第3.特許異議申立てについての判断
1.本件発明
上記2.で示したように上記訂正が認められるから、本件の請求項1、2に係る発明(以下、「本件発明1、2」という。)は、上記訂正に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1、2にそれぞれ記載されたとおりのものである。(上記2.(1)の訂正事項1を参照)

2.申立ての理由の概要
申立人日立ツール株式会社は、証拠方法として甲第1〜3号証を提示し、
(イ)本件発明1、2は、甲第1号証及び甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(以下、「申立て理由1」という。)、
(ロ)本件発明1、2は、甲第2号証記載の発明と同一である(以下、「申立て理由2」という。)から、
本件発明1、2についての特許は取り消すべきである旨主張している。なお、特許異議申立書の第2頁3行には、「特許法第36条第4項及び第6項」と記載されているが、どのような記載不備が存在するのかについて何ら記載されていないので、「特許法第36条第4項及び第6項」違反の取消し理由が主張されているとは認め得ない。
[証拠方法]
甲第1号証:特開平5-92304号公報
甲第2号証:特開平7-300649号公報
甲第3号証:特開平6-88222号公報

3.当審の通知した取消しの理由の概要
当審の通知した取消しの理由の概要は、上記申立ての理由の(イ)と同様のものである。

4.甲第1〜3号証記載の発明(事項)
(1)甲第1号証(特開平5-92304号公報)
甲第1号証には、以下の事項が記載されている。
(イ)段落【0001】
「【産業上の利用分野】 この発明は、複層コーティングを施した金属材料等の加工用の切削工具に関する。」
(ロ)段落【0005】〜【0006】
「【課題を解決する手段】 本発明は上記の課題を解決すべくなされたものであって、高速度鋼,超硬合金,サーメット,セラミックのいずれかを母材質とし、先ず(a)表面被覆膜が原子パーセントでTiを60〜100%含み、Ti以外の金属の膜構成金属がZr,Hf,Nb,Ta,B,Al,Siの1種又は2種以上の成分であり、600℃以下の温度にて炭素、窒素、酸素のうちのいずれか1種または2種以上の化合物の反応ガス成分中で物理蒸着法により母材表面に複層コーティングした。即ち、コーティング膜の製造においては、高温で行う化学蒸着法などを用いると、結晶性は良いが靱性に欠ける面が強いのである。そこで、本発明では600℃以下の物理蒸着法を用いて結晶粒の微細化して膜の緻密化と柱状組織化を実現した。
さらに、(b)コーティング膜の最上層の表面から0.2〜2.0μmの範囲の膜の成分がTiX NY (0.2<y/x<0.7)、またはTi以外の成分MがZr,Al,Siであり、TiU MV NW (但し、0.4<w/u+v<1.0)とした。即ち、本発明においてはコーティング膜として用いられるTi系セラミックスを積層または多層に形成した。コーティング膜の最上層の膜は0.2μm以下では潤滑性や切り粉離れを良好にする層が薄すぎて効果が期待できず、また2.0μm以上であれば、逆に下層の耐摩耗性の効果がうすくなるので、これを0.2〜2.0μmに限定した。」
(ハ)段落【0009】
「【作用】 Tix Ny を上層に被覆すると切削時に積極的に酸化を促進して、TiOk (k≦2)を形成し、コーティング工具から切り粉離れを良くする働きが生ずる。あるいはTiAlN及びTiZrN等の表面被腹膜はは内在するAl,Zrの窒化物が積極的に酸化し膜内の応力増加により耐摩耗性を増加せしめると同時に、表層から脱落していくため同様の効果を奏する。実際の穴明け加工や平面研削あるいは歯切り加工においてこのような実用上の効果を著しく改善せしめた。この発明においては基本的に二つの作用の向上が実現されている。一つは酸化における切削時の潤滑作用の向上であり、二つ目の作用は酸化した表層膜による下層の膜に対する、或いは下層となるコーティング工具に対する酸化保護作用である。これらは特に過酷な切削においては期待されるコーティング工具の寿命に著しい改良を奏する結果を生む。」
(ニ)段落【0015】
「(実施例3) 高速度鋼及び超硬合金製のφ6のドリルにイオンプレーティング法を用い、実施例1、2と同様の条件において硬質物質を複層コーティングし、母材質を適正条件下で加速試験を行った。その結果は表1A、表1Bに示す通りである。なお、1)〜9)は高速度鋼、10)〜11)は超硬合金であり、最上層の被覆膜をAES分析にてその成分比を調査した。二成分系金属の金属比率はTiAlについてはほぼ1:1、TiZr,TiSi,TiBについてはほぼ7:3であった」
(ホ)表1BのNo14には、
「超硬合金母材に対する最上層の被覆膜がTi0.7Si0.3N0.6であること」が、
表1BのNo15には、
「超硬合金母材に対する最上層の被覆膜がTi0.7Si0.3N0.9であること」が、それぞれ示されている。
上記(イ)〜(ホ)の事項からみて、甲第1号証には次の発明(以下、「甲第1号証記載の発明」という。)が記載されていると認められる。
「超硬合金またはサーメットからなる基体表面に、(a)Tiを60〜100%含み、Ti以外の金属の膜構成金属がZr,Hf,Nb,Ta,B,Al,Siの1種又は2種以上の成分であり、600℃以下の温度にて炭素、窒素、酸素のうちのいずれか1種または2種以上の化合物の反応ガス成分中で物理蒸着法により母材表面に複層コーティングし、さらに、(b)コーティング膜の最上層の表面に、アーク放電式イオンプレーティング法により、切削時の潤滑作用の向上と下層に対する酸化保護作用を発揮する、「Ti0.7Si0.3N0.6」、「Ti0.7Si0.3N0.9」を含む、Ti以外の成分MがZr,Al,Siであり、TiU MV NW (但し、0.4<w/u+v<1.0)の膜を0.2〜2.0μmの膜厚で形成した、硬質層被覆切削工具。」

(2)甲第2号証(特開平7-300649号公報)
(イ)段落【0009】
「更に本発明に係る硬質皮膜は窒化物に限らず、周期律表4A,5A,6A族元素よりなる群から選ばれる1種以上の金属元素とSiとを含有する複合炭化物、複合ホウ化物、複合炭窒化物、複合炭ホウ化物、複合ホウ窒化物、複合炭窒ホウ化物またはそれらの混合物でも同様の効果が得られるが、以下窒化物を代表例として取りあげ本発明を説明する。また以下の説明では、周期律表4A,5A,6A族元素よりなる群から選ばれる1種以上の金属元素を、便宜上金属元素Xと総称する。さらに金属元素XとSiの複合窒化物の結晶構造は金属元素Xの窒化物とほぼ同じ結晶構造であることが種々の分析結果から判明しており、XNのXのサイトにSiのほとんどが置換型で入っていることから、本発明に係る複合窒化物を以後(X,Si)Nと表記する。・・・」
(ロ)段落【0011】
「上記の様に本発明の硬質皮膜においては、Siを添加することにより優れた耐摩耗性と耐酸化性が得られるが、両特性を同時に得るには、金属元素とSiの合計原子量に対するSiの原子比率が、0.01%以上70%以下であることが望ましい。Siの原子比率が0.01%未満であると、酸化物がそれほど緻密化されず耐酸化性が不十分となる。一方Siの原子比率が70%を超えると、皮膜が非晶質化することにより、硬度が低下してしまい十分な耐摩耗性が得られない。・・・」
(ハ)段落【0013】
「また本発明は皮膜を母材表面に形成するときの膜厚についても、限定するものではないが、0.1μm以上が好ましい。0.1μm未満では耐摩耗性が十分ではないからであり、より好ましくは1μm以上、更に好ましくは2μm以上である。尚本発明は膜厚の上限についても特に限定するものではないが、20μmを超えて成膜しても効果は飽和するので20μmであれば良い。
さらに本発明は皮膜を形成する母材についても特に限定するものではないが、切削工具であれば超硬合金やハイスが好ましい代表例である。」
(ニ)段落【0015】
「【実施例】
実施例1
カソードアーク方式イオンプレーティング装置を用いて、金属元素XとSiの固溶体をターゲットとするカソード電極とし、基板ホルダーには母材となる白金板を取付けた。皮膜を形成するに当たっては、基板ホルダーを400 ℃に加熱保持したまま、高純度N2 ,CH4 ,BF3 ガスを個別にまたは混合して装置内に導入し7×10-3Torrの雰囲気とした。蒸発源より金属元素XとSiを蒸発させると共に、母材に-70Vの電圧を印加してアーク放電を行い、母材表面に膜厚15μmの硬質皮膜を形成した。」
(ホ)表1のNo.1には、
「硬質皮膜としてSi含有量が20原子%の(Ti,Si)N」が示されている。
上記(イ)〜(ホ)の記載事項からみて、甲第2号証には次の発明(以下、「甲第2号証記載の発明」という。)が記載されていると認められる。
「超硬合金、ハイス等の母材表面に、カソードアーク方式イオンプレーティング法により形成された、(Ti0.8Si0.2)Nを含む(X, Si) N [ただし、Xは周期律表4A,5A,6A族元素よりなる群から選ばれる1種以上の金属元素、金属元素とSiの合計原子量に対するSiの原子比率が、0.01%以上70%以下]からなる組成のXとSiの複合窒化物単一硬質層を0.1μm〜20μmの膜厚で被覆してなる硬質層被覆切削工具。」

(3)甲第3号証(特開平6-88222号公報)
甲第3号証には、次の事項が記載されている。
(イ)特許請求の範囲の請求項1
「反応ガスを導入した真空容器内に、圧力勾配型プラズマ電子銃と、該圧力勾配型プラズマ電子銃の対向端に配置されたアノードと、該アノードに向けて前記圧力勾配型プラズマ電子銃から発するビームに対向配置されてビームを制御してシート状プラズマを形成する磁石とを有し、かつ第1の負電極電源と接続された蒸発源であるマグネトロンターゲットと第2の負電極電源と接続された処理物とを前記シート状プラズマの発生位置を挟んで対向・配置させたことを特徴とするスパッタイオンプレーティング装置。」
(ロ)段落【0001】
「【産業上の利用分野】 本発明は、ドリル・エンドミル等の切削工具・・・等において広く利用されている物品表面に薄膜を高速かつ安定的にコーティングする薄膜製造装置に関する。」

5.申立て理由1(特許法第29条第2項違反)について
本件発明1、2と甲第1号証記載の発明とを対比すると、両者は、硬質層について以下の点で相違する。
〈相違点1〉前者は、Ti及びSiからなる金属に対する窒素の割合が1.0以上1.2以下であるのに対して、後者は、0.4より大きく1.0より小さい点。
〈相違点2〉前者は、TiとSiの複合窒化物を単一硬質層として被覆するのに対して、後者は、TiとSiの複合窒化物を他の硬質層を介在して被覆する点。
〈相違点3〉前者は、TiとSiの複合窒化物の膜厚が3.8〜10μmであるのに対して、後者は、TiとSiの複合窒化物の膜厚が0.2〜2.0μmである点。
そこで、上記相違点2、3について検討するに、甲第1号証には、TiとSiの複合窒化物の膜厚について、「2.0μm以上であれば、逆に下層の耐摩耗性の効果がうすくなるので、これを0.2〜2.0μmに限定した。」(甲第1号証の摘記事項(ロ)を参照)と、膜厚を2.0μm以上とすることを明確に否定する記載がある。ところで、甲第1号証の「一つは酸化における切削時の潤滑作用の向上であり、二つ目の作用は酸化した表層膜による下層の膜に対する、或いは下層となるコーティング工具に対する酸化保護作用である。」(甲第1号証の摘記事項(ハ)を参照)との記載からみて、甲第1号証記載の発明において、TiとSiの複合窒化物以外の他の硬質層は必要不可欠の層と言うべきであり、そうすると、甲第1号証記載の発明における「TiとSiの複合窒化物」を、単一硬質層とすること、膜厚を2.0μm以上の3.8〜10μmとすることには、それを妨げる事情があるとするのが相当である。
そして、甲第3号証には、当該相違点2及び相違点3、また相違点1に係る本件発明1、2の構成について記載も示唆もされていない。
一方、本件発明1、2は、上記相違点1〜3に係る構成を備えることにより、切削速度が250m/min以上の高速連続切削に対して優れた切削性能を示すという顕著な作用効果を奏している。
したがって、本件発明1、2は、甲第1、3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、とすることはできない。

6.申立て理由2(特許法第29条の2違反)について
本件発明1、2と甲第2号証記載の発明とを対比すると、両者は、硬質層について以下の点で相違する。
〈相違点〉前者は、Ti及びSiからなる金属に対する窒素の割合が1.0以上1.2以下であるのに対して、後者は、窒素の割合が不明である点。
そこで、上記相違点について検討するに、Ti及びSiからなる金属に対する窒素の割合が1未満のTiとSiの複合窒化物が存在することから(甲第1号証の記載を参照)、甲第2号証記載の発明におけるTiとSiの複合窒化物のTi及びSiからなる金属に対する窒素の割合が当然に1.0以上1.2以下のものであるとすることはできない。
そして、本件発明1、2は、Ti及びSiからなる金属に対する窒素の割合が特定されたものを使用することにより、切削速度が250m/min以上の高速連続切削に対して優れた切削性能を示すという顕著な作用効果を奏している。
したがって、本件発明1、2は、甲第2証記載の発明と同一である、とすることはできない。

7.むすび
以上のとおりであるので、特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては、本件発明1、2についての特許が拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものとは認めることができない。
また、他に、本件発明1、2についての特許が拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めるべき理由を発見しない。
したがって、本件発明1、2について特許を取り消すことはできない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
硬質層被覆切削工具
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】WC基超硬合金基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を3.8μm〜10μmの膜厚で被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。
【請求項2】TiCN基サーメット基体表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を3.8μm〜10μmの膜厚で被覆してなることを特徴とする硬質層被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
この発明は、切削速度が250m/min以上の高速連続切削に対して優れた切削性能を示す硬質層被覆切削工具に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
一般に、WCを主成分とするWC基超硬合金からなる基体(以下、WC基超硬合金基体という)またはTiCNを主成分とするサーメットからなる基体(以下、TiCN基サーメット基体という)の表面に、(Ti0.5Si0.5)Cの単一硬質層を被覆してなる硬質層被覆切削工具は知られている(特開平1-306550号公報参照)。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、前記従来の(Ti0.5Si0.5)C硬質層を被覆した硬質層被覆切削工具は、高速連続切削に用いた場合には耐摩耗性が十分でなく、したがって、満足のいく使用寿命が得られていない。
【0004】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者は、上述のような課題を解決し、高速連続切削に用いた場合にも一層の長寿命を示す硬質層被覆切削工具を得るべく研究を行った結果、
WC基超硬合金基体またはTiCN基サーメット基体の表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を被覆した硬質層被覆切削工具は、高速連続切削に用いた場合に従来よりも一層耐摩耗性に優れかつ使用寿命が長くなる、という知見を得たのである。
【0005】
この発明は、かかる知見にもとづいて成されたものであって、WC基超硬合金基体またはTiCN基サーメット基体の表面に、アーク放電式イオンプレーティング法またはマグネトロンスパッタリング法により形成された(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる組成のTiとSiの複合窒化物単一硬質層を被覆した硬質層被覆切削工具に特徴を有するものである。
【0006】
xおよびzの値を前記のごとく限定したのは、x<0.01、x>0.30であると所望の耐摩耗性が得られないからであり、z<1.0であると所望の耐摩耗性が得られず、z>1.2であると所望の耐欠損性が低下するとともに剥離が起こりやすくなるからである。また、この発明の硬質層被覆切削工具の単一硬質層の膜厚は3.8〜10μmの範囲内にあることが好ましい。
【0007】
この発明の硬質層被覆切削工具における単一硬質層を形成するには、アーク放電式イオンプレーティング法、マグネトロンスパッタリング法などにより成形することができる。アーク放電式イオンプレーティング法により単一硬質層を形成するには、まず真空装置内のTiとSiの混合物のターゲット上にアーク放電を発生させ、TiとSiを蒸発イオン化させる。同時に非金属ガス(窒素ガス)を装置内に導入し、負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる単一硬質層を形成する。TiとSiの比率はターゲットのTi/Si比率を、またメタル/ガス成分の比率はメタル蒸発量/ガス導入量を調節したり、基板電圧を変化させることにより制御する。
【0008】
マグネトロンスパッタリング法により単一硬質層を形成するには、まず真空装置内のTiとSiの混合物のターゲットを試料を挾んで対向させる。つぎに非金属ガス(窒素ガス)を装置内に導入し、対向ターゲット間にグロー放電をさせる。TiとSiをスパッタリングイオン化させることにより負の基板電圧をかけた切削工具基板上に(Ti1-xSix)Nz[ただし、0.01≦x≦0.30、1.0≦z≦1.2]からなる単一硬質層を形成する。TiとSiの比率はターゲットのTi/Si比率を、またメタル/ガス成分の比率はメタル蒸発量/ガス導入量を調節したり、基板電圧を変化させることにより制御する。
【0009】
【実施例】
つぎに、この発明の硬質層被覆切削工具を実施例に基づいて具体的に説明する。
実施例1
ISO規格P30相当、SNGA120408の形状を有するWC基WC基超硬合金製チップおよび表1に示される比率のTiとSiの混合物ターゲットおよびTiターゲットを用意した。
【0010】
このWC基超硬合金製チップを通常のイオンプレーティング装置内の上方に装着し、一方、前記イオンプレーティング装置内の下方には、表1に示される比率のTiとSiの混合物ターゲットを装着し、かかる状態で前記イオンプレーティング装置内を排気して1×10-5Torrの真空に保持し、昇温速度:6℃/min.で700℃に昇温させ、つづいて、この温度に保持しながら、5×10-2TorrのArガス雰囲気に保持してイオンクリーニングした。
【0011】
その後、表1に示される比率のTiとSiの混合物ターゲット上にアーク放電を発生させてTiとSiを加熱蒸発させイオン化させるとともに、供給口より表1に示される比率の窒素ガスおよびアセチレンガスを導入し、表1に示される負の基板電圧をかけることにより、前記WC基超硬合金製チップを基体表面に表2に示される膜厚を有しさらに表2に示されるxおよびzの値を有する(Ti1-xSix)Nz単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ1、また、表2に示されるx、yおよびzの値を有する(Ti1-xSix)(C1-yNy)z単一硬貨層を被覆した比較被覆チップ1〜7および従来被覆チップ1を作製した。前記(Ti1-xSix)Nz単一硬貨層におけるxおよびzの値、また、(Ti1-xSix)(C1-yNy)z単一硬貨層におけるx、yおよびzの値はEPMAにて分析して求めた。
【0012】
これら本発明被覆チップ1、比較被覆チップ1〜7および従来被覆チップ1を用いて、下記の条件の連続乾式切削試験を実施した。
連続乾式切削試験条件
被削材:JIS規格SNCM439(ブリネル硬さ:250)の丸材、
切削速度:250m/min、
送り:0.3mm/rev.、
切込み:2.0mm、
の条件で連続乾式切削し、切刃の逃げ面の最大摩耗幅が0.3mmになったところを寿命とし、寿命に至る時間(分)および摩耗形態を測定し、それらの測定結果を表2に示した。
【0013】
【表1】

【0014】
【表2】

【0015】
表2に示される結果から、本発明被覆チップ1は比較被覆チップ1〜7および従来被覆チップ1に比べて切削特性が優れていることが分かる。
【0016】
実施例2
TiCN-12%WC-8%Co-8%MOC-7%Ni-5%TaCの組成を有し、ISO規格SNGA120408の形状を有するTiCN基サーメット製チップおよび表3に示される比率のTiとSiの混合物ターゲットおよびTiターゲットを用意した。
【0017】
このTiCN基サーメット製チップ製チップを通常のイオンプレーティング装置内の上方に装着し、一方、前記イオンプレーティング装置内の下方には、表3に示される比率のTiとSiの混合物ターゲットを装着し、かかる状態で前記イオンプレーティング装置内を排気して1×10-5Torrの真空に保持し、昇温速度:6℃/min.で700℃に昇温させ、つづいて、この温度に保持しながら、5×10-2TorrのArガス雰囲気に保持してイオンクリーニングした。
【0018】
その後、表3に示される比率のTiとSiの混合物ターゲット上にアーク放電を発生させてTiとSiを加熱蒸発させイオン化させるとともに、供給口より表3に示される比率の窒素ガスおよびアセチレンガスを導入し、表3に示される負の基板電圧をかけることにより、前記TiCN基サーメット製チップを基体表面に
表4に示される膜厚を有しさらに表4に示されるxおよびzの値を有する(Ti1-xSix)Nz単一硬質層を被覆した本発明被覆チップ11、また、表4に示されるx、yおよびzの値を有する(Ti1-xSix)(C1-yNy)z単一硬貨層を被覆した比較被覆チップ8〜14および従来被覆チップ2を作製した。前記(Ti1-xSix)Nz単一硬貨層におけるxおよびzの値、また、(Ti1-xSix)(C1-yNy)z単一硬貨層におけるx、yおよびzの値はEPMAにて分析して求めた。
【0019】
これら本発明被覆チップ11、比較被覆チップ8〜14および従来被覆チップ2を用いて、下記の条件の連続乾式切削試験を実施した。
【0020】
連続乾式切削試験条件
被削材:JIS規格SNCM439(ブリネル硬さ:250)の丸材、
切削速度:300m/min、
送り:0.2mm/rev.、
切込み:2.0mm、
の条件で連続乾式切削し、切刃の逃げ面の最大摩耗幅が0.3mmになったところを寿命とし、寿命に至る時間(分)および摩耗形態を測定し、それらの測定結果を表4に示した。
【0021】
【表3】

【0022】
【表4】

【0023】
表4に示される結果から、本発明被覆チップ11は、比較被覆チップ8〜14および従来被覆チップ2に比べて切削性能が優れていることが分かる。
【0024】
【発明の効果】
前記実施例1〜2に示される結果から、この発明の硬質層被覆切削工具は、従来の硬質層被覆切削工具に比べて一層優れた性能を有し、工業上優れた効果をもたらすものである。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-07-22 
出願番号 特願平6-282851
審決分類 P 1 651・ 16- YA (B23B)
P 1 651・ 121- YA (B23B)
最終処分 維持  
特許庁審判長 西川 恵雄
特許庁審判官 鈴木 孝幸
菅澤 洋二
登録日 2003-10-10 
登録番号 特許第3480086号(P3480086)
権利者 三菱マテリアル株式会社
発明の名称 硬質層被覆切削工具  
代理人 影山 秀一  
代理人 鴨井 久太郎  
代理人 影山 秀一  
代理人 富田 和夫  
代理人 鴨井 久太郎  
代理人 富田 和夫  

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