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審決分類 審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  H01B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01B
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01B
管理番号 1127373
異議申立番号 異議2003-71050  
総通号数 73 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-06-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-04-21 
確定日 2005-10-03 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3339154号「難燃性組成物及び電線、ケーブル」の請求項1、2に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3339154号の請求項1、2に係る特許を維持する。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第3339154号は、平成5年12月10日に出願され、平成14年8月16日にその発明について特許権の設定登録がされ、平成15年4月21日に日本ユニカー株式会社(以下、「申立人1」という。)より、平成15年4月24日に中島理(以下、「申立人2」という。)より、平成15年4月28日に荒井雅子(以下、「申立人3」という。)より特許異議の申立てがなされ、平成15年9月26日に訂正請求がなされ、平成16年6月24日付けで「訂正を認める。特許第3339154号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」旨の決定がなされ、この取消決定に対する訴えが東京高等裁判所になされた後、知的財産高等裁判所において平成17年(行ケ)第10017号として審理され、平成17年4月27日に、「特許庁が異議2003-71050号事件について平成16年6月24日にした決定を取り消す。」旨の判決が言い渡され、当該判決は確定したので、本件異議事件についてさらに審理する。

II.訂正の適否についての判断
II-1.訂正の内容
訂正の内容は、訂正請求書及びそれに添付された訂正明細書の記載からみて、下記(1)、(2)のとおりである。
(1)訂正事項a
特許明細書の【0008】の「例、神島化学マグシーズN-1」を、「例、神島化学マグシーズ(未表面処理品)」と訂正する。

(2)訂正事項b
特許明細書の【0010】の「比較例は天然鉱物を用い」を、「比較例3は天然鉱物を用い」と訂正する。

II-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項aについて
訂正事項aは、特許明細書の【0008】に「C:天然鉱物(ブルーサイト)を原料としてシランカップリング剤で表面処理した水酸化マグネシウム」の例として示された「神島化学マグシーズN-1」を、「神島化学マグシーズ(未表面処理品)」と訂正するものであるが、「神島化学マグシーズN-1」は、「天然鉱物(ブルーサイト)を原料として脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム」であることが明らかであり(3.3-2.(1)で後述する刊行物1の記載1-エ参照)、「C:天然鉱物(ブルーサイト)を原料としてシランカップリング剤で表面処理された水酸化マグネシウム」には該当しないから、「神島化学マグシーズN-1」は、明らかに表記を誤まったものと認められる。
そして、【0008】の「D:同上をシランカップリング剤で表面処理した水酸化マグネシウム・・・添加量=0.5重量%」、「E:同上を脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム・・・添加量=0.5重量%」、「F:同上を脂肪酸金属塩で表面処理した水酸化マグネシウム・・・添加量=0.5重量%」という記載における「同上」の解釈について、【0009】【表1】の記載から水酸化マグネシウム「D」、「E」、「F」が、それぞれ「実施例1〜3」であり、これら実施例と特許明細書の請求項1の記載との整合性を考慮すると、「同上」が未表面処理品である「天然鉱物(ブルーサイト)を原料とした粉砕物」を示していることが、明らかであるから、「D」、「E」、「F」より先の「C」に表記された「神島化学マグシーズN-1」は、「同上」に該当するものであって、未表面処理品である「天然鉱物(ブルーサイト)を原料とした粉砕物」、すなわち、神島化学マグシーズN-1の原料となるべき「神島化学マグシーズ(未表面処理品)」を誤記したものと解することが相当である。
したがって、訂正事項aは、誤記の訂正を目的とするものであり、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項bについて
訂正事項bは、「比較例」を「比較例3」とするものであるが、特許明細書【0009】【表1】の比較例1〜3の記載、及び、【0010】の「比較例は天然鉱物を用い表面処理を施した例であるが、表面処理剤の量が少ないため、比較例1,2と同様の傾向を示した。」(比較例1,2は海水法による水酸化マグネシウムA,Bを使用したもの)という記載から、この「比較例」は、「比較例3」の誤記であることが明らかであるから、この訂正は、明らかな誤記を訂正することを目的とするものであり、新規事項を追加するものでも、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

II-3.むすび
したがって、上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

III.特許異議申立てについての判断
III-1.本件発明
本件特許の請求項1,2に係る発明は、平成15年9月26日付け訂正請求書に添付された訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1,2に記載された以下のとおりのものである。
「【請求項1】 水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、脂肪酸金属塩、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少なくとも1種類を主成分とする表面処理剤を、上記天然鉱物に対して0.5〜5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えたことを特徴とする難燃性組成物。
【請求項2】 請求項1記載の難燃性組成物の被覆層を具えていることを特徴とする電線、ケーブル。」(以下、本件請求項1,2に係る発明を、それぞれ「本件発明1,2」という。)

III-2.異議の申立ての理由、及び取消理由
申立人1は、甲第1〜7号証を提出し、以下の理由1,2により本件発明1,2に係る特許は取り消されるべきであると主張している。
理由1:本件発明1,2は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1〜4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものである。
理由2:本件明細書の記載は不備であるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

申立人2は、甲第1〜8号証を提出し、以下の理由3〜5により本件発明1,2に係る特許は取り消されるべきであると主張している。
理由3:本件発明1,2は、甲第1号証に記載された発明であるか、甲第1,3,6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものである。
理由4:平成14年6月17日付け手続補正書による明細書の補正は、本件出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてされたものではないから、本件発明1,2に係る特許は、特許法第17条の2第3項の規定を満たさない補正をした出願に対してされたものである。
理由5:本件明細書の記載は不備であるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。

申立人3は、甲第1〜5号証を提出し、以下の理由6〜8により本件発明1,2に係る特許は取り消されるべきであると主張している。
理由6:平成14年6月17日付け手続補正書による明細書の補正は、明細書の要旨を変更するものであるから、特許法等の一部を改正する法律(平成5年法律第26号)附則第2条第2項の規定により、なお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第40条の規定により、本件発明1,2に係る特許の出願は、上記補正書を提出した時とみなされるところ、本件発明1,2は甲第2号証に記載された発明であるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
理由7:上記補正が適法なものであるとしても、本件発明1,2は甲第1,3,6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものである。
理由8:本件明細書の記載は不備であるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第36条第4項及び第5項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。
取消理由は、上記理由1〜3,5,7,8とほぼ同趣旨である。

III-3.証拠方法とその記載内容
(1)申立人1,2,3がそれぞれ提出した甲第1号証:特開平5-17692号公報(以下、「刊行物1」という。)
1-ア.「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、脂肪酸金属塩、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少くとも1種を主成分とする表面処理剤で表面処理を施した後、プラスチック又はゴムに添加し、難燃性を付与すると共に耐酸性を向上せしめたことを特徴とする難燃性組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

1-イ.「従来より使用されている水酸化マグネシウムは、海水中のマグネシウムを原料とするものであり、これを難燃性として使用した難燃性組成物は、高湿度空気中に放置すると、材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり、酸性溶液中に浸漬すると水酸化マグネシウムが溶出して耐酸性に劣るという問題があった。」(【0003】)

1-ウ.「上述の問題を解決するため、種々の水酸化マグネシウムを用い検討を行なったところ、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を原料とした水酸化マグネシウムが耐酸性にすぐれていることを見出した。このメカニズムに関しては不明であるが、結晶構造等が従来品と異なっているためではないかと思われる。」(【0005】)

1-エ.「C:天然鉱物(ブルーサイト)を原料として脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム 例:神島化学N-1」(【0007】、【表1】の(注))

(2)申立人1が提出した甲第2号証:神島化学工業株式会社の技術資料
(以下、「刊行物2」という。)
・1992.9.17付けの英文資料
「水酸化マグネシウム マグシーズN-2B」の物理化学分析表に、「N-1」が表面処理剤よしてステアリン酸を2.5%含有していることが記載されている。
・制定1990.10.1.の「詫標2.9 原料受入検査規定 マグシーズN-1」には、原材料名が「ブルーサイト」であることが記載されている。
・1990.10.1付けの「マグシーズN-1工程管理図」
・H2.6.22付けの「マグシーズN-1工程および社内規格」
・1989-2-28付けの「難燃剤比較一覧表」

(3)申立人1が提出した甲第3号証:神島化学工業株式会社の技術資料(以下、「刊行物3」という。)
・1993.9.17.付けの「難燃剤用水酸化マグネシウム」
「N-1」の表面処理方法が「乾式」であると記載されている。
・1993.9.17.付けの「マグシーズ品質特性」(申立人2が提出した甲第4号証と同じ)
「N-1」の表面処理方法が「St酸・乾式」であると記載されている。

(4)申立人1が提出した甲第4号証:特開平1-294792号公報(以下、「刊行物4」という。)
4-ア.「天然産ブルーサイトを、コールターカウンター法によるメジアン径が2乃至6μmとなるように湿式粉砕し、この粉砕物を脂肪酸のアンモニウム塩又はアミン塩で表面処理し、次いで乾燥することを特徴とする水酸化マグネシウム系難燃剤の製法。」(【請求項1】)

4-イ.「(産業上の利用分野)
本発明は、耐白華性に優れた水酸化マグネシウム系難燃剤及びその製法に関する。本発明は更にこの難燃剤を配合した難燃性オレフィン系樹脂組成物に関する。」

4-ウ.「得られた粉砕物を脂肪酸のアンモニウム塩又はアミン塩で表面処理し、乾燥することが第三の特徴である。即ち、ブルーサイト粉砕物には、未だ水酸化マグネシウムの活性な面が存在している。この粉砕物を脂肪酸のアンモニウム塩又はアミン塩で表面処理し、このものを乾燥すると、この塩が分解してアンモニアやアミンが揮散し、表面に活性な脂肪酸が残留する。この脂肪酸の少なくとも一部は活性な水酸化マグネシウム・サイトと反応し、活性面のブロッキングが行われる。かくして、本発明によれば、炭酸ガスとの反応性が顕著に抑制された水酸化マグネシウム系難燃剤が提供されることが了解されよう。」(第3頁左下欄第2〜14行)

(5)申立人1が提出した甲第5号証:信越化学工業株式会社のカタログ「信越シリコーン シランカップリング剤」(1992.5.5)(以下「刊行物5」という。)
第13頁に「前処理法」に関し、「無機材料をあらかじめシランカップリング剤で表面処理しておく方法で、乾式処理法と湿式処理法の2つの方法があります。」とあり、「(1)乾式処理法 無機充填剤を高速攪拌機(ヘンシェルミキサー、スーパーミキサーなど)に入れて高速攪拌しながら、シラン又はシラン溶液を滴下あるいはスプレーにより添加し、均一になるように攪拌した後、乾燥させる方法です。・・・」、「(2)湿式処理法・・・シリカ、クレイ、アルミナなどの無機質充電剤の場合 無機成分を水または有機溶剤に分散させてスラリー化し、攪拌しながら0.5〜1.0wt%程度のシランカップリング剤を加える方法です。・・・」と記載されている。

(6)申立人2が提出した甲第2号証:異議2000-73448号の平成13年2月19日付け異議意見書及び該意見書に添付された参考資料(参考資料は、申立人3が提出した甲第2号証と同じ)(以下「刊行物6」という。)

(7)申立人2が提出した甲第3号証:特開昭61-264034号公報(以下「刊行物7」という。)
7-ア.「酢酸ビニル含量30重量%以上のエチレン-酢酸ビニル共重合体、酢酸ビニル含量が合計で30重量%以上である2種以上のエチレン-酢酸ビニル共重合体の混合物又はこれらエチレン-酢酸ビニル共重合体もしくはエチレン-酢酸ビニル共重合体の混合物の一部をポリオレフインで置換えてなる酢酸ビニル含量が30重量%以上の混和物100重量部に、シラン系カツプリング剤で表面処理した無機水和物120〜250重量部及び無定形シリカ、カーボンブラツク又はこれらの混合物5〜70重量部を配合したことを特徴とする難燃性樹脂組成物。」(特許請求の範囲)

7-イ.「シランの添加量は、混合する無機水和物の量により変化することができるが、一般には無機水和物量の0.1〜5重量%の範囲である。0.1重量%以下では耐熱老化性改良効果が乏しく、5重量%以上では効果が飽和し、経済面からも意味がないし、伸びが低下する傾向も認められる。無機水和物の表面処理に必要なシランカツプリング剤の理論量は1重量%であるが、分散性の点から1.2〜3重量%の範囲が特に好ましい。
無機水和物としては、水酸化アルミニウム及び水酸化マグネシウムが好ましいものである。水酸化マグネシウムが最も機械強度の点より好ましい。」(第3頁右上欄第13行〜同頁左下欄第5行)

(8)申立人2が提出した甲第5号証:特開2002-363349号公報(以下「刊行物8」という。)
8-ア.「・・・合成水酸化マグネシウムは海水から凝集させて製造し、表面処理もこの凝集工程で行われ、得られる合成水酸化マグネシウムの平均粒子径も1.0〜1.5μmと小さいのに比較して、天然酸ブルーサイトは、主に乾式で粉砕され、また、表面処理も乾式で行われていることにより、平均粒子径が1.5〜6.0μmであることを確認した。・・・」(【0004】)

8-イ.「・・・天然水マグB1:粒径4μm以上の割合55%、平均粒径3.5μm、表面処理ステアリン酸2.5重量%品(神島化学製、マグシーズN1)・・・」(【0028】)

(9)申立人2が提出した甲第6号証:特開平4-296404号公報(以下、「刊行物9」という。)
9-ア.「ポリオレフィン 100重量部に対し、ビニル基又はポリスルフィド結合を有するシランカップリング剤及びアルキルアルコキシシランカップリング剤で表面処理した金属水酸化物を50〜300 重量部含有し、これを架橋したことを特徴とする難燃性電気絶縁組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

9-イ.「金属水酸化物としては、・・・水酸化マグネシウム・・・等が挙げられる。」(【0010】)

9-ウ.「金属酸化物(「金属水酸化物」の誤記と認める。)へのカップリング剤の表面処理としては、ヘンシェルミキサ等による乾式法及びスラリ中で行う湿式法が代表的である。」(【0016】)

9-エ.「【実施例】・・・表1の実施例1〜4および比較例1〜3の各欄に示すような配合に従って各種成分(但し、水酸化マグネシウムは、平均粒径1μmの水酸化マグネシウム 1.1kgに対し、表面処理剤 22gをビニルエトキシシラン系ではエチルアルコール100g,ポリスルフィド系ではトルエン100g中に加えて調整液とし、これをヘンシェルミキサ中で水酸化マグネシウムに噴霧し、・・・撹拌して表面処理し、その後、これを・・・乾燥したものを用いた。)を、・・・混練し、・・・銅線上に・・・押出被覆し・・・架橋絶縁電線を作製した。このように作製した電線(試料)の評価を引張特性、絶縁抵抗及び難燃性について行い、その結果を表1の下欄に示す。各評価方法は次の通りである。・・・絶縁抵抗:・・・初期の絶縁抵抗を測定した。その後、これを75℃水中に浸漬し、600V,60Hzの条件下で30日間浸水課電し、30日経過後75℃で絶縁抵抗を測定した。・・・表1からも明らかな通り、本発明の難燃性電気絶縁組成物を用いた実施例1〜4の場合では、いずれも引張特性、難燃性に優れ、30日浸水によっても絶縁抵抗は実用上十分な値を示している。・・・」(【0022】〜【0029】)

(10)申立人2が提出した甲第7号証:「プラスチックに対するシランの応用」、東芝シリコーン株式会社、技術資料S-0004,1985年11月30日(以下「刊行物10」という。)
「樹脂にシランカップリング剤を使用する方法としては、前処理法(無機充てん剤をあらかじめ処理しておく)・・・があります。
1 前処理法・・・
a)乾式法
大量の処理をするのに適している方法で、無機充てん材をよくかくはんしながらシランカップリング剤を噴霧するか蒸気状態で吹き込みます。・・・
b)湿式法
無機充てん材を均一に処理するのに適している方法で、処理液が無機充てん材を充分にウエッティングするようにシランカップリング剤を水などで希釈して使用するか、または無機充てん材をスラリー状にして激しくかくはんしながら添加し処理する方法です。」

(11)申立人2が提出した甲第8号証:「TSL8802(ヘキサメチルジシラザン)による無機材料の処理方法」(以下、「刊行物11」という。)
「処理の方法としては湿式法、乾式法、工程中処理法などがあります。・・・
(1)湿式法
無機材料を、TSL8802を分解させないような溶剤(ベンゼン、トルエン、ヘキサン)中に分散させ、かくはんをしてスラリー状態にし、その中へTSL8802を添加します。・・・
(2)乾式法
無機材料とTSL8802をかくはんができる容器に入れ、十分にかくはんを行います。・・・」

(12)申立人3が提出した甲第3号証:特開昭55-31871号公報(以下「刊行物12」という。)
12-ア.「本発明はポリエチレンとエチレン系共重合体とのブレンドポリマーに粉末状の水和金属酸化物を高充填してなる、高度な難燃性を有する・・・新規なポリエチレン系樹脂組成物に関するものである。」(第2頁右上欄第1〜7行)

12-イ.「本発明において用いる無機物粉末表面を予めチタネート系カップリング剤で処理すれば得られる組成物の伸び特性が著しく改善されるものである。」(第6頁左下欄第15〜17行)

12-ウ.「このチタネート系化合物の処理量は、無機物100重量部に対する添加量としては0.1〜10重量部であり、特に好ましくは0.5〜7重量部である。」(第7頁左上欄第11〜14行)

(13)申立人3が提出した甲第4号証:特開平3-54233号公報(以下「刊行物13」という。)
13-ア.「炭酸マグネシウムと炭酸カルシウムの複塩および塩基性炭酸マグネシウムを含有する粉体10〜90重量%に水酸化マグネシウム粉体90〜10重量%を混合してなる混合粉体に、表面処理が施されていることを特徴とする複合難燃剤。」(特許請求の範囲の請求項1)

13-イ.「本発明の複合難燃剤は、上記した混合粉体に表面処理を施して調製される。この表面処理時に用いる表面処理剤としては、ビニルエトキシシラン・・・のようなシラン系カップリング剤;・・・チタネート系カップリング剤;ステアリン酸、オレイン酸などの脂肪酸およびそれらの金属塩など公知のものをあげることができる。」(第3頁左下欄第6〜14行)

13-ウ.「表面処理剤の配合量は、前記混合粉体100重量部に対し、0.3〜8重量部、好ましくは0.5〜5重量部である。この配合量が0.3重量部未満の場合には表面処理の効果が不充分であり、また8重量部を越えてもその効果は飽和に達して変わらないためである。」(第4頁左上欄第5〜10行)

(14)申立人3が提出した甲第5号証:特開平5-9347号公報(以下「刊行物14」という。)
14-ア.「金属水和物難燃剤化合物は、水酸化マグネシウム及び水酸化アルミニウム等の従来から用いられたもののいずれかであって良い。・・・」(【0018】)

14-イ.「金属水和物は、好ましくは、約8〜24炭素原子を、好ましくは、約12〜18炭素原子を有する飽和又は不飽和カルボン酸又はそれらの金属塩で表面処理する。・・・適当なカルボン酸の例は、オレイン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、イソステアリン酸、及びラウリン酸であり、・・・酸又は塩の量は、金属水和物100部当り約0.1〜5部の酸及び/又は塩の範囲であって良く、好ましくは、金属水和物100部当り約0.25〜3部である。・・・」(【0020】)

III-4.異議申立に対する判断
(1)理由4,6(「明細書の要旨変更」)に対して
理由4は、平成6年以降の出願に適用されるべき平成5年特許法の規定を本件出願に誤って適用しようとするものであるから、不適法な理由であるが、その理由の根拠は、本件の平成14年6月17日付け手続補正書による明細書の補正が、特許請求の範囲の請求項1の「表面処理」を「表面処理(ただし湿式表面処理を除く。)」とすることにより、「表面処理」を「湿式表面処理を除く」、すなわち「乾式表面処理」と限定するものであって、「明細書の要旨変更」に該当する点にあると認められる。
したがって、理由4を理由6と同様の理由と解して、以下、検討する。
すると、本件の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書」という。)には、表面処理剤の添加による表面処理に関して、段落【0007】に以下の記載がされている。
「表面処理の方法は次のように行った。
(1)スーパーミキサー内で水酸化マグネシウムを攪拌する。
(2)水酸化マグネシウムを攪拌しながら、表面処理剤を約5分間にわたって徐々に投入する。
(3)表面処理剤を全量投入した後、さらに約20分間攪拌する。」
これに対して、刊行物5には、無機材料をシランカップリング剤で処理する方法として、「乾式処理法」と「湿式処理法」の2つの方法があり、「乾式処理法」は、「無機充填剤を高速攪拌機(ヘンシェルミキサー、スーパーミキサーなど)に入れて高速攪拌しながら、シラン又はシラン溶液を滴下あるいはスプレーにより添加し、均一になるように攪拌した後、乾燥させる方法」であり、「湿式処理法」は、「無機成分を水または有機溶剤に分散させてスラリー化し、攪拌しながら・・・シランカップリング剤を加える方法」であることが記載されている。
また、刊行物9の(9-エ)には、「金属酸化物(「金属水酸化物」の誤記と認める。)へのカップリング剤の表面処理としては、ヘンシェルミキサ等による乾式法及びスラリ中で行う湿式法が代表的である。」と記載されており、刊行物10,11にも、樹脂との混合前に行う無機材料に対するシランカップリング剤の処理法には、「乾式法」と「湿式法」とがあることが記載されている。
これらの記載によると、無機材料に表面処理剤を添加して施す「表面処理」には、「乾式処理」と「湿式処理」とがあり、「乾式処理」は例えば高速攪拌機内の攪拌処理によってなされ、「湿式処理」は、スラリー中の攪拌処理などによってなされるものと認められる。
そうすると、本件当初明細書に記載された表面処理は、刊行物5に「乾式処理法」に用いると例示された高速攪拌機である「スーパーミキサ」内で水酸化マグネシウムを攪拌しながら表面処理剤を投入して表面処理を行っているから、「乾式」の表面処理であると認められる。
したがって、本件当初明細書の「表面処理」を「表面処理(ただし湿式表面処理を除く)」、すなわち「乾式表面処理」と補正することは、明細書の要旨を変更するものに該当せず、当該補正により本件の出願日が繰り下がることはない。
よって、刊行物6は本件の出願後の公知文献であり、特許法第29条第1項(新規性)違反の証拠たり得ないから、理由6も当を得たものではない。

(2)理由1,3,7(特許法第29条第1項、第2項違反)に対して
理由1,3,7をまとめると、「本件発明1,2は、刊行物1に記載された発明であるか、刊行物1〜5,7,9,12〜14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1,2に係る特許は特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものである。」という理由となるから、この理由に対して、以下検討する。

(2-1)刊行物発明
(i)刊行物1発明
刊行物1には、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、脂肪酸金属塩、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少くとも1種を主成分とする表面処理剤で表面処理を施した後、プラスチック又はゴムに添加し、難燃性を付与すると共に耐酸性を向上せしめたことを特徴とする難燃性組成物」(1-ア)に関し、「従来より使用されている・・・海水中のマグネシウムを原料とする」水酸化マグネシウムを「難燃性として使用した難燃性組成物は、高湿度空気中に放置すると、材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり、酸性溶液中に浸漬すると水酸化マグネシウムが溶出して耐酸性に劣るという問題があった」こと(1-イ)、「天然鉱物を原料とした水酸化マグネシウムが耐酸性にすぐれている」ことを知見し(1-ウ)、「天然鉱物(ブルーサイト)を原料として脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム 例:神島化学N-1」を用いることにより、耐酸性が向上した難燃性組成物を得ることが記載されている。
ここで、「神島化学N-1」は、刊行物2,3の記載を参酌すると「天然鉱物(ブルーサイト)の粉砕物をステアリン酸2.5重量%で乾式式表面処理した水酸化マグネシウム」であると認められるから、刊行物1には、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸であるステアリン酸を主成分とする表面処理剤を、上記天然鉱物に対して2.5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与するとともに耐酸性を向上せしめたことを特徴とする難燃性組成物。」の発明が記載されているといえる(以下、この発明を「刊行物1発明」という。)

(ii)刊行物9発明
刊行物9には、「ポリオレフィン 100重量部に対し、ビニル基又はポリスルフィド結合を有するシランカップリング剤及びアルキルアルコキシシランカップリング剤で表面処理した金属水酸化物を50〜300 重量部含有し、これを架橋したことを特徴とする難燃性電気絶縁組成物」について(9-ア)、金属水酸化物としては、「水酸化マグネシウム」が挙げられ(9-イ)、金属水酸化物へのカップリング剤の表面処理としては、「ヘンシェルミキサ等による乾式法及びスラリ中で行う湿式法」が代表的であり(9-ウ)、実施例としては、「水酸化マグネシウム 1.1kgに対し、表面処理剤 22g」をエチルアルコールやトルエン中に加えた調整液を「ヘンシェルミキサ中で」水酸化マグネシウムに噴霧し、撹拌して表面処理し、その後、乾燥した水酸化マグネシウムを他成分と混練して、難燃性組成物とすること、この難燃性組成物を「銅線上に押出被覆し架橋絶縁電線を作製」したものは、「30日浸水によっても絶縁抵抗は実用上十分な値を示している」こと(9-エ)が記載されている。
ここで、実施例(9-エ)における水酸化マグネシウムの表面処理は、9-ウに記載された「乾式法」による「乾式表面処理」であって、「湿式表面処理」でないことは明らかであり、「ポリオレフィン」は「プラスチック」の一種であり、「30日浸水によっても絶縁抵抗は実用上十分な値を示している」ことは、「吸湿性を抑えた」ことに外ならないから、上記記載を本件請求項1の記載に沿って整理すると、刊行物8には、「水酸化マグネシウムにビニル基又はポリスルフィド結合を有するシランカップリング剤を主成分とする表面処理剤を、上記水酸化マグネシウム1.1kgに対して22g、すなわち、2重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチックに添加し、難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えた難燃性組成物。」の発明が記載されているといえる(以下、この発明を「刊行物9発明」という。)。

(2-2)刊行物1を主引用例とする場合
(i)対比
本件発明1(前者)と刊行物1発明(後者)とを対比すると、両者は、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸を主成分とする表面処理剤を上記天然鉱物に対して2.5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与することを特徴とする難燃性組成物。」である点で一致し、下記の点で相違する。
相違点A:前者は、「吸湿性を抑えた」組成物であるのに対して、後者は「耐酸性を向上せしめた」組成物である点。

(ii)判断
本件特許の出願時広く知られた文献である特開平3-215540号公報、特開平2-145633号公報、特開昭63-279506号公報及び特開平2-206632号公報(以下、それぞれ「周知文献1〜4」という。)には、ポリオレフィンに水酸化マグネシウムを配合した難燃性組成物は、大気中で高湿度の環境のもとに置くと、組成物を構成する水酸化マグネシウムが大気中の二酸化炭素(炭酸ガス)と反応し白く粉を吹く現象、すなわち、固体の水酸化マグネシウムが高湿度の環境のもとで二酸化炭素を吸収し、ヒドロオキシ炭酸マグネシウムを生ずる「白化」の現象が発現することが記載され(4Mg(OH)2+3CO2-3MgCO3・Mg(OH)2・3H2O)、また、上記周知文献には、この「白化」の発現を防止するための方法として、ポリオレフィン系樹脂組成物に配合する水酸化マグネシウムにつきステアリン酸系表面処理剤で表面処理を施すこと(周知文献1)、オレフィン系樹脂に水酸化マグネシウムを配合した難燃性ポリオレフィン系樹脂組成物に、水素添加スチレン-ブタジエンブロックコポリマーを配合すること(周知文献2)、難燃ケーブルを構成する難燃組成物に配合される水酸化マグネシウムの表面にセラミックコーティングを施すこと(周知文献3)、あるいは難燃性オレフィン重合体樹脂組成物に配合される水酸化マグネシウムの表面にふっそ系エラストマーによってコーティングを行うこと(周知文献4)の各技術事項が開示されている。
上記のとおり、固体の水酸化マグネシウムが高湿度の環境のもとで二酸化炭素を吸収し、ヒドロオキシ炭酸マグネシウム(3MgCO3・Mg(OH)2・3H2O)を生ずる現象は、本件特許出願当時、「白化」の現象として当業者に周知の事項であったと認められ、刊行物1の上記(1-イ)の記載中、「高湿度空気中に放置すると、材料表面に空気中の炭酸ガスと水酸化マグネシウムが反応した炭酸マグネシウムが析出したり」との部分は、この「白化」の現象を指しているものと認められる。そして、上記の「白化」の発現の仕組みからして、白化の発現には水分の存在が不可欠であると解される。
そして、上記のとおり、従来の水酸化マグネシウムの「白化」は、その反応の場を形成するために、水分の存在を不可欠とする現象であるから、その発生の抑制手段の一つとして、水酸化マグネシウムと水分との接触を断つ手段があり、具体的には、水酸化マグネシウムに対するコーティングであって、保護コーティングや撥水性コーティング(周知文献3、4)がそれに当たると解される。そして、このようにして水酸化マグネシウムと水との接触が断たれることにより、「耐湿性」が向上することも理解される。
しかしながら、刊行物1発明の「耐酸性の向上」、すなわち従来の水酸化マグネシウムと「水分との接触を断つこと」が「吸湿性の抑制」と言い換え得るといえるためには、「白化」が、水酸化マグネシウムに吸湿性があり、その発生に不可欠な水分を上記水酸化マグネシウムが吸収することに起因する現象といえることが前提となるところ、刊行物1発明が、「白化」がその現象の発生に必要不可欠の水分を水酸化マグネシウムが吸収する現象であるとの前提の下に、その吸湿性を抑制することにより「白化」の発現を防止するという発想に基づくものでないことは、上記刊行物1の1-イの記載から明らかであり、他の証拠方法にも、「白化」がそのような現象であることを示唆する記載はない。むしろ、「白化」の析出物がヒドロオキシ炭酸マグネシウム(3MgCO3・Mg(OH)2 ・3H2O)であることからすれば、「白化」の発現に際しては、水分が存在する環境のもとで従来の水酸化マグネシウムが空気中の二酸化炭素を吸収する過程が存在するだけで、上記水酸化マグネシウムが水分を吸収する過程が含まれているわけではないから、「白化」の発現を防止するために、上記水酸化マグネシウムを水分が存在する環境にさらされないようにすることは必須であるものの、上記水酸化マグネシウムが吸湿性を有するとしても、その吸湿性を抑制する必要があるとまでいい得る根拠はなく、したがって、上記水酸化マグネシウムに対するコーティングによる「耐酸性の向上」も、水酸化マグネシウムの吸湿性が抑制されることによるものであるとまで断定することはできない。
これを要するに、刊行物1発明は、周知文献1〜4に開示された、水酸化マグネシウムと水分との接触を断つ手段を採用することによって「耐酸性の向上」を図るという従来の技術的思想に沿ったものではなく、たとえ「水分との接触」がある環境下に置かれても、「白化」し難い特性を備えた水酸化マグネシウムとして、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物の粉砕物を用いることを発見し、これを課題解決手段として採用することによって「耐酸性の向上」を図った発明であると解されるのであって、刊行物1には、上記天然鉱物の粉砕物が「吸湿性の抑制」の性質を有することについて示唆する記載は何ら存在しない。
かえって、本件控訴審中に特許権者が甲第16号証として提出した特許権者の従業員A作成の「水酸化マグネシウム(天然品、合成品)の表面処理法の差による吸湿性比較検討」と題する実験レポートによれば、「耐酸性の向上」の一態様として「耐炭酸ガス性の向上」が図られた刊行物1発明であっても、必ずしも「吸湿性の抑制」効果が得られるものではないことが実験的にも示されている。
すなわち、上記実験レポートの表1ないし3及び図1及び2によれば、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したものと、海水から合成した従来の水酸化マグネシウムとを、それぞれ原料として採用し、ステアリン酸(脂肪酸)2.7%の処理量で、乾式法又は湿式法により表面処理したもの50に対して、EVA樹脂100、酸化防止剤1、カーボン2、ステアリン酸亜鉛2.5の配合割合となるように調整した難燃性樹脂組成物について、その耐炭酸ガス性と吸湿性を評価したところ、上記天然品における耐炭酸ガス性試験の結果からは、重量変化が、乾式法によった場合で1.1%、湿式法によった場合で1.2%と表面処理法の相違による差は小さく、いずれも、上記合成品における重量変化である、乾式法によった場合の1.6、湿式法によった場合の1.5と比べて耐酸性は良好であること(刊行物1に記載された内容と矛盾しない。)が認められるのに対し、吸湿性試験の結果からは、168時間(1週間)経過後の体積抵抗値の変化量が、上記天然品においては、乾式法によった場合で2.502E+15(=(3.35E+15)-(8.48E+14))、湿式法によった場合で3.709E+15(=(3.85E+15)-(1.41E+14))、上記合成品においては、乾式法によった場合で3.513E+15(=(3.87E+15)-(3.57E+14))、湿式法によった場合で2.486E+15(=(2.74E+15)-(2.54E+14))と、上記天然品の乾式法による表面処理が最も吸湿性を抑制し、上記天然品であっても湿式法による表面処理では、上記合成品の湿式処理よりも吸湿性の抑制効果が小さい傾向が看取される。供試材は、上記天然品については刊行物1発明の構成要件を充足するものであるから、結局、刊行物1発明を充足する態様であっても、その表面処理法が乾式法ではなく湿式法の場合、「耐酸性の向上」を図ることはできても、「吸湿性の抑制」を図ることができるとは限らないと認められる。
以上検討したところからすれば、刊行物1発明の「耐酸性の向上」は、「高湿度空気中の水分が誘起する炭酸ガスと水酸化マグネシウムの反応」を抑えることをも意味するが、刊行物1発明においては、「炭酸マグネシウムの析出の抑制」のために、析出に必須である水分の吸着の抑制手段が採られている訳ではないから、「耐酸性の向上」は「吸湿性の抑制」と同義であるとすることはできず、相違点Aは実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は、刊行物1に記載された発明ということはできない。

次に、刊行物4,5,7,9,12〜14の記載について検討すると、刊行物4には、「天然産ブルーサイト・・・の粉砕物」、すなわち「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」に、「脂肪酸・・・塩で表面処理」した難燃剤(4-ア)を配合した難燃性樹脂組成物(4-イ)について記載されているが、この難燃剤は「脂肪酸の少なくとも一部は活性な水酸化マグネシウム・サイトと反応し、活性面のブロッキングが行われる」ことにより、「炭酸ガスとの反応性が顕著に抑制された」ものであって(4-ウ)、「吸湿性の抑制」の性質については不明のものであるから、刊行物4は「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」が「吸湿性の抑制」の性質を有することを何ら示唆するものではない。
刊行物5は、無機材料に対する表面処理剤の前処理法として「乾式処理法」と「湿式処理法」の2種類があることを示すのみであり、刊行物7,12〜14は、水酸化マグネシウムに対する表面処理剤の添加割合の適正範囲を示すのみであって、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」と「吸湿性の抑制」との関係を何ら示唆するものではない。
刊行物9には、「水酸化マグネシウム」に表面処理剤を添加して「乾式表面処理」した難燃剤をプラスチックに添加して、「吸湿性の抑制された」難燃性組成物とすることは記載されているが、「水酸化マグネシウム」が「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」とは特定されていない。そして、刊行物9記載の実施例1ないし4においては、刊行物9発明に係る難燃性組成物を構成する水酸化マグネシウムには平均粒径が1μmのものを用いるとされているところ、本件控訴審において特許権者が提出した甲第5号証(昭和興産株式会社のホームページ写し)及び甲第6号証(神島化学工業株式会社のホームページ写し)によれば、上記の平均粒径は合成品の天然マグネシムの粒径とほぼ符合すること、天然の水酸化マグネシウムを粉砕した物はそれよりも平均粒径が大きく、粗大粒子もあることが認められ、したがって、刊行物9発明における水酸化マグネシウムは天燃鉱物由来のものではない蓋然性が高いことから、この水酸化マグネシウムは天燃鉱物を粉砕したものではないものと解するのが相当である。
そうすると、刊行物9の「天然鉱物を粉砕したものではない水酸化マグネシウム」に「吸湿性を抑える」性質があるとしても、刊行物1は「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」には「耐酸性を向上せしめる」性質があることを示すのみであって、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」と「吸湿性の抑制」との関係は不明という外はないから、刊行物1発明に刊行物9の記載事項を組み合わせても、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」に「吸湿性の抑制」の性質があることを、当業者が容易に想到し得たということはできない。
してみると、刊行物1発明に刊行物2〜5,7,9,12〜14の記載事項を全て組み合わせても、本件発明1の相違点Aに係る構成を導くことはできないから、本件発明1は、刊行物1〜5,7,9,12〜14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということもできない。
なお、刊行物1〜5,7,9,12〜14に記載された発明に、さらに刊行物10,11の記載事項を組み合わせても、刊行物10,11も、刊行物5と同じく無機材料に対する表面処理剤の前処理法として「乾式処理法」と「湿式処理法」との2種類があることを開示するのみであるから、上記判断に影響を及ぼさない。

(2-3)刊行物9を主引用例とする場合
(i)対比
本件発明1(前者)と、刊行物9発明(後者)とを対比すると、後者の「水酸化マグネシウム」のような物質名は、広義においては、「純粋なその物質」以外にも、「主成分がその物質であるもの」を表記するために用いられるのが通常であるから、前者の厳密には「水酸化マグネシウムを主成分とするもの」と広い意味で同じものを表しているといえ、また、後者の水酸化マグネシウムの表面処理剤は、実施例1ないし4では、「ビニルエトキシシラン/メチルトリメトキシシラン=60/40」(実施例1,2)、「ポリスルフィド系シラン/フェニルトリエトキシシラン=50/50」(実施例3,4)が採用されている(段落【0028】の表1の注記)ところ、上記の表面処理剤はいずれも「シランカップリング剤」に属するものであるから、両者は、「広い意味での水酸化マグネシウムにシランカップリング剤を主成分とする表面処理剤を添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチックに添加し、難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えた難燃性組成物」である点で一致するということができるが、以下の点で相違する。
相違点B:前者は、水酸化マグネシウムが「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」であるのに対して、後者は、水酸化マグネシウムが「天燃鉱物を粉砕したものではない」点。

(ii)判断
「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」に表面処理を施してプラスチックに添加し、難燃性を付与した難燃性組成物は、刊行物1及び刊行物4に記載されているが、刊行物1及び刊行物4には、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」の表面処理物が「耐酸性の向上」に寄与することは記載されているが、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」を「表面処理(ただし湿式表面処理を除く)」した場合に「吸湿性の抑制」の性質があるかどうかについては、何ら示唆するところがないことは、前示のとおりであり、また、刊行物2〜5,7,12〜14にも、「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」の表面処理物が「吸湿性の抑制」の性質を有することについて示唆するところがない。
そうすると、刊行物9発明における「天燃鉱物を粉砕したものではない」水酸化マグネシウムが、難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えるものであっても、この水酸化マグネシウムを、「吸湿性の抑制の向上」を図る目的で、「吸湿性の抑制」の性質を有することについて発見ないしこれを示唆するものがない刊行物1や刊行物4に記載の「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」と置き換えることは、当業者が容易に想到できることとは直ちにいうことができない。
また、刊行物9における水酸化マグネシウムは、その粒径の例示から天然鉱物由来のものでないものと解するのが相当であることは、前示のとおりであるから、その水酸化マグネシウムを「吸湿性の抑制」という課題の存在しない刊行物1及び刊行物4記載の「水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕したもの」と置き換える動機付けも存在しないというべきである。

(2-4)小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物1に記載された発明であるともいえないし、刊行物1〜5,7,9,12〜14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。
また、本件発明2は、本件発明1の難燃性組成物を被覆層として具えている電線、ケーブルに係る発明であるから、本件発明1に対してと同様の理由により、本件発明2も、刊行物1に記載された発明であるともいえないし、刊行物1〜5,7,9,12〜14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(3)理由2,5,8(特許法第36条第4項、第5項違反)に対して
具体的な理由は、発明の詳細な説明には比較例3、及び実施例1〜3で用いる神島化学マグシーズN-1の表面処理について、シランカップリング剤の特定も含めて明りょうに記載されていないから、当業者が本件発明を容易に実施することができず(理由2,5)、また、「ただし湿式表面処理を除く」表面処理の範囲が不明確であるから、請求項1の記載は必須構成要件を欠くとともに、水酸化マグネシウムの「粉砕過程及び程度」が不明であるから、実施可能要件を欠く(理由8)というものである。

(i)理由2,5に対して
平成15年9月26日付け訂正請求の訂正事項aにより、比較例3、及び実施例1〜3は未処理品の天然水酸化マグネシウムの粉砕物に表面処理を行ったものであることが明確になり、また、周知・慣用のシランカップリング剤の中から耐吸湿性のものを選択することも当業者が容易になし得ることといえるから、理由2,5は当を得たものではない。

(ii)理由8に対して
本件の請求項1の「ただし湿式表面処理を除く」という表現は、先行技術との同一性を回避するためのいわゆる「除くクレーム」と紛らわしいという意味で好ましい表現ではないが、無機材料に表面処理剤を添加して施す「表面処理」には、「乾式」と「湿式」との2種類があることが、刊行物5,9〜11の記載から明らかであって、本件の場合は上記の表現が「乾式表面処理」を示すことが明らかであるから、これを不明確な表現であるということはできない。
また、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物の粉砕は、通常の粉砕過程によればよいといえるし、粉砕の程度を吸湿性の抑制が阻害されない程度とすることも、当業者が格別の困難性なく実施できることと認められるから、理由8も当を得たものではない。

IV.むすび
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠方法によっては本件発明1,2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1,2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
難燃性組成物及び電線、ケーブル
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、脂肪酸金属塩、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少なくとも1種類を主成分とする表面処理剤を、上記天然鉱物に対して0.5〜5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えたことを特徴とする難燃性組成物。
【請求項2】請求項1記載の難燃性組成物の被覆層を具えていることを特徴とする電線、ケーブル。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は燃焼時にハロゲン化水素ガスを発生せず、かつ吸湿性を抑えた難燃性組成物、及び該難燃性組成物の被覆層を具えた電線、ケーブルに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
電線、ケーブルの燃焼時の発煙、毒性、腐食等の二次災害を防止する目的から、例えば特開平1-141929号公報に示されるように、被覆材に難燃性を付与する難燃剤の一つとして、水酸化マグネシウムが使用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
従来から使用されている水酸化マグネシウムは、海水中のマグネシウムを原料とするものである。これを難燃剤として使用した難燃性組成物は、高湿度空気中に放置すると水分を吸湿し、電線、ケーブルに被覆する際、押出機内で吸湿した水分が発泡し、外観不良になるという問題があった。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明は上述の問題点を解消し、吸湿性を抑えた難燃性組成物及びそれを用いた電線、ケーブルを提供するもので、その特徴は、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を粉砕し、脂肪酸、脂肪酸金属塩、シランカップリング剤、チタネートカップリング剤より選ばれた少なくとも1種類を主成分とする表面処理剤を、上記天然鉱物に対して0.5〜5重量%添加して表面処理(ただし湿式表面処理を除く)を施してプラスチック又はゴムに添加し難燃性を付与するとともに吸湿性を抑えた難燃性組成物及び該難燃性組成物の被覆層を具えている電線、ケーブルにある。
【0005】
【作用】
上述の問題を解決するため、種々の水酸化マグネシウムを用いて検討を行ったところ、水酸化マグネシウムを主成分とする天然鉱物を原料とした水酸化マグネシウムが吸湿性を抑えるのにすぐれていることを見出した。このメカニズムに関しては不明であるが、結晶構造等が従来品と異なっているためではないかと思われる。
なお、表面処理剤の添加量を0.5〜5重量%と規定したのは、0.5重量%未満では表面処理の効果を示さず、5重量%を越えるとコスト面で好ましくないからである。
【0006】
【実施例】
表1に示す各種材料を6インチオープンロールで15分混練した後、ペレタイザーにて約3mm×3mm×3mmのペレットに加工し、吸湿性を評価した。結果は表1の通りである。
【0007】
表面処理の方法は次のように行った。
(1)スーパーミキサー内で水酸化マグネシウムを攪拌する。
(2)水酸化マグネシウムを攪拌しながら、表面処理剤を約5分間にわたって徐々に投入する。
(3)表面処理剤を全量投入した後、さらに約20分間攪拌する。
【0008】
用いたプラスチック材及び水酸化マグネシウム表面処理剤の銘柄等は次の通りである。
EEA:日本ユニカーWN-170
水酸化マグネシウム
A:従来(海水法)の水酸化マグネシウム
例、協和化学キスマ5
B:従来(海水法)の水酸化マグネシウム
例、協和化学キスマ5B
C:天然鉱物(ブルーサイト)を原料としてシランカップリング剤で表面処理した水酸化マグネシウム
例、神島化学マグシーズ(未表面処理品)
シランカップリング剤=信越化学 添加量0.1重量%
D:同上をシランカップリング剤で表面処理した水酸化マグネシウム
例、シランカップリング剤=信越化学 添加量=0.5重量%
E:同上を脂肪酸で表面処理した水酸化マグネシウム
脂肪酸=ステアリン酸 添加量=0.5重量%
F:同上を脂肪酸金属塩で表面処理した水酸化マグネシウム
例、脂肪酸金属塩=ステアリン酸亜鉛
添加量=0.5重量%
【0009】
【表1】

【0010】
吸湿量の測定は以下のようにして行った。ペレット100gを上述の試料より採取し、湿度70%のデシケータ中に放置し、各時間毎の水分量を測定した。水分量はカールフィッシャー水分計にて測定した。
比較例1,2に示す従来の水酸化マグネシウムを使用したものは、1日後でも水分量が約300ppmと多く、30日後では約1400ppmまで増加した。比較例3は天然鉱物を用い表面処理を施した例であるが、表面処理剤の量が少ないため、比較例1,2と同様の傾向を示した。
これに対して、実施例1〜3は1日後の水分量が約100ppm前後と少なく、30日後でも350〜400ppm程度までしか水分量が増えておらず、吸湿性が少ないことが確認できた。
【0011】
以上は材料としてEEAを使用した場合を示したが、エチレンプロピレンゴム、アクリルゴム、超低密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレン、エチレンビニルアセテート、エチレンメタアクリレート、エチレンメチルメタアクリレート等のゴム、プラスチック材料においても、又これらの混合物に対しても同様の効果が認められ、天然鉱物を原料とした水酸化マグネシウムが吸湿性が少ないことが確認された。
【0012】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の難燃性組成物によれば、吸湿性が少なく、電線、ケーブルの製造時に特に乾燥工程を必要としないで、外観良好な電線、ケーブルを作成することができる。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2004-06-24 
出願番号 特願平5-341440
審決分類 P 1 651・ 113- YA (H01B)
P 1 651・ 531- YA (H01B)
P 1 651・ 121- YA (H01B)
P 1 651・ 534- YA (H01B)
最終処分 維持  
特許庁審判長 中村 朝幸
特許庁審判官 吉水 純子
綿谷 晶廣
登録日 2002-08-16 
登録番号 特許第3339154号(P3339154)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 難燃性組成物及び電線、ケーブル  
代理人 神野 直美  
代理人 神野 直美  
代理人 上代 哲司  
代理人 河備 健二  
代理人 上代 哲司  

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