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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1128920
異議申立番号 異議2003-73138  
総通号数 74 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1995-08-08 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-15 
確定日 2005-10-24 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3460287号「耐摩耗性に優れた表面被覆部材」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3460287号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3460287号の請求項1ないし7に係る発明についての出願は、平成 6年 1月21日に特許出願され、平成15年 8月15日にその発明について特許の設定登録がなされ、その後、その特許に対して、中井朱美(以下、「申立人」という)から特許異議の申立てがなされ、取消理由が通知され、その指定期間内である平成17年 8月 1日に訂正請求がされたものである。

2.訂正の適否についての判断
2-1.訂正の内容
訂正請求の内容は、「訂正の意義」の項の記載を参酌すると、以下のとおりのものと認められる。(なお、下記下線は、訂正箇所を明らかにするため、当審が便宜上付したものである。)
・訂正事項1及び2
特許査定時の明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の特許請求の範囲の
「【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に請求項1記載の硬質被膜を設けてある切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を設けてある切削工具。」と訂正する。
(なお、先の下線部に係る訂正箇所が、訂正事項1に対応し、後の下線部に係る訂正箇所が、訂正事項2に対応する。)
・訂正事項3
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項3】 前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項3】 前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具。」と訂正する。
・訂正事項4
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項4】 前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項4】 前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具。」と訂正する。
・訂正事項5
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項5】 前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項5】 前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具。」と訂正する。
・訂正事項6
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項6】 前記硬質被膜として、TiNとTiAlNを0.4〜50nmの周期で積層したものを備えている請求項2記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項6】 前記硬質被膜として、TiNとTiAlNを0.4〜50nmの周期で積層したものを備えている請求項2記載の切削工具。」と訂正する。
・訂正事項7
本件特許明細書の特許請求の範囲の
「【請求項7】 前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具又は耐摩工具。」との記載を、
「【請求項7】 前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具。」と訂正する。
・訂正事項8
本件特許明細書の段落【0001】の
「【産業上の利用分野】 本発明は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックス等を母材とし、その母材の表面に特定の硬質物質を被覆することにより、母材の耐欠損性を維持しながら耐摩耗性を向上させた表面被覆部材に関する。なお、この部材の代表的な用途としては切削工具や耐摩工具が挙げられる。」との記載を、
「【産業上の利用分野】 本発明は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックス等を母材とし、その母材の表面に特定の硬質物質を被覆することにより、母材の耐欠損性を維持しながら耐摩耗性を向上させた表面被覆部材に関する。なお、この部材の代表的な用途としては切削工具が挙げられる。」に訂正する。
・訂正事項9および10
本件特許明細書の段落【0002】の
「【従来の技術】 切削工具、耐摩工具の耐摩耗性を向上させるため、これ等の工具の母材表面にPVD法やCVD法によりTi、Hf、Zrの炭化物、窒化物、炭窒化物やAlの酸化物から成る単層又は複層の被覆膜を設けることは既に一般化している。」との記載を、
「【従来の技術】 切削工具の耐摩耗性を向上させるため、この工具の母材表面にPVD法やCVD法によりTi、Hf、Zrの炭化物、窒化物、炭窒化物やAlの酸化物から成る単層又は複層の被覆膜を設けることは既に一般化している。」と訂正する。
(なお、先の下線部に係る訂正箇所が、訂正事項9に対応し、後の下線部に係る訂正箇所が、訂正事項10に対応する。)
・訂正事項11
本件特許明細書の段落【0007】の
「この表面被覆部材を切削工具や耐摩工具として利用する場合の母材材料は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックスなどが適している。」との記載を、
「この表面被覆部材を切削工具として利用する場合の母材材料は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックスなどが適している。」と訂正する。
・訂正事項12
本件特許明細書の段落【0008】中の
「また、切削用途、耐摩用途では特に、母材と硬質被膜との界面及び/若しくは硬質被膜の表面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層や表層膜を配することも有効なことである。」との記載を、
「また、切削用途では特に、母材と硬質被膜との界面及び/若しくは硬質被膜の表面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層や表層膜を配することも有効なことである。」と訂正する。
・訂正事項13
本件特許明細書の段落【0010】の
「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siの中から選ばれた2種類以上の金属からなる合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物の被膜を形成した表面被覆硬質部材は、優れた切削工具、耐摩工具となり得ることがこれまでに良く知られているが、発明者らはこれらの膜の特徴を研究していくうちに以下のような知見を得るに至った。」との記載を、
「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siの中から選ばれた2種類以上の金属からなる合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物の被膜を形成した表面被覆硬質部材は、優れた切削工具となり得ることがこれまでに良く知られているが、発明者らはこれらの膜の特徴を研究していくうちに以下のような知見を得るに至った。」と訂正する。
・訂正事項14
本件特許明細書の段落【0017】の
「なお、本発明の表面被覆部材を切削工具や耐摩工具として用いる場合の母材は、勿論、高速度鋼等であってもよい。」との記載を、
「なお、本発明の表面被覆部材を切削工具として用いる場合の母材は、勿論、高速度鋼等であってもよい。」と訂正する。
・訂正事項15
本件特許明細書の段落【0027】【表2】中の表題である
「ZrCとHfZrC(実施例II)」との記載を、
「ZrCとZrHfC(実施例II)」と訂正する。
・訂正事項16
本件特許明細書の段落【0031】の
「【発明の効果】 以上述べたように、本発明の表面被覆部材は、母材表面に、単元素の化合物と合金の化合物を積層した構造の硬質被膜を有するため、優れた耐熱性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、PVD法で形成できるその硬質被膜が従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えているため、切削工具や耐摩工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続けると言う効果が得られる。」との記載を、
「【発明の効果】 以上述べたように、本発明の表面被覆部材は、母材表面に、単元素の化合物と合金の化合物を積層した構造の硬質被膜を有するため、優れた耐熱性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、PVD法で形成できるその硬質被膜が従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えているため、切削工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続けると言う効果が得られる。」と訂正する。
・訂正事項17
本件特許明細書の段落【0032】の
「なお、本発明の部材は、切削工具、耐摩工具はもとより、表面の摩滅防止が要求される摺動部品等に利用しても寿命延長の効果がある。」との記載を、
「なお、本発明の部材は、切削工具はもとより、表面の摩滅防止が要求される摺動部品等に利用しても寿命延長の効果がある。」と訂正する。

2-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項2中の「請求項1記載の硬質被膜」との記載を「IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜」と訂正するものである。
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1には、「IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を母材表面にもつことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。」と記載されている。
訂正前の請求項2中の「請求項1記載の硬質被膜」との記載は、「請求項1」を引用する形式で記載するもので、請求項1記載のものは表面被覆部材の発明であり、その一部として、硬質被膜の積層構成材料、積層周期、及び全体の膜厚が規定されているもので、「請求項1記載の硬質被膜」と記載するだけでは、必ずしも「硬質被膜」が明りょうでなかったものを、訂正により「請求項1記載の硬質被膜」の意味するところを明りょうとするものであるから、訂正事項1は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(2)訂正事項2ないし7について
訂正事項2ないし7は、それぞれ、一の請求項において、「切削工具又は耐摩工具」と択一的に記載していたものを、「切削工具」に特定するものであり、選択肢を削除するものであるから、何れも、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(3)訂正事項8ないし14及び訂正事項16ないし17について
訂正事項8ないし14及び訂正事項16ないし17は、何れも、訂正事項2ないし7に係る特許請求の範囲の訂正と整合を図る趣旨のものであると解され、したがって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであって、願書に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
(4)訂正事項15について
訂正事項15は、【表2】表題中の「HfZrC」を、「ZrHfC」と訂正するものであって、本件特許明細書段落【0021】及び当該【表2】中の記載はすべてZrHfCと記載されていることからみて、前記「HfZrC」との記載は整合していないことから、誤記と認められ、誤記の訂正を目的とするものであって、願書に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてするものであり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

2-3.まとめ
以上のとおりであるから、上記の平成17年 8月 1日付け訂正請求に係る訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例とされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

3.本件発明
上記「2.訂正の適否についての判断」に記載のとおり、上記訂正が認められることから、本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下、順に、「本件発明1」、「本件発明2」等という。)は、上記訂正に係る訂正明細書(以下、単に「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】 IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を母材表面にもつことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。
【請求項2】 WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を設けてある切削工具。
【請求項3】 前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具。
【請求項4】 前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具。
【請求項5】 前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具。
【請求項6】 前記硬質被膜として、TiNとTiAlNを0.4〜50nmの周期で積層したものを備えている請求項2記載の切削工具。
【請求項7】 前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具。」

4.特許異議申立てについて
4-1.特許異議申立て理由の概要
申立人は、本件特許明細書の請求項1ないし7に係る発明の特許に対して、証拠として、甲第1号証(特公昭59-18474号公報)、甲第2号証(特開平4-21760号公報)、甲第3号証(特開平3-120352号公報)及び甲第4号証(特開平3-120353号公報)を提出し、本件請求項1ないし7に係る発明の特許は、特許法第29条第2項に違反してされたものであるから、取り消されるべき旨、主張している。

4-2.甲各号証の記載事項
(1)甲第1号証(特公昭59-18474号公報)の記載事項
(1-a)「超硬合金の表面を皮覆した被覆超硬合金チツプにおいて、皮覆膜の組成がM(Cu,Nv,Ow)z
(MはIV-a族金族(チタン、ジルコニウム、ハフニウム)、C,N,Oはそれぞれ炭素、窒素、酸素を示し、u,v,wはそれぞれC,N,Oの原子比を示し、かつ、u+v+w=1,u,v,w≧0であり、zは金属成分に対する非金属成分の比即ち化学量論比を示す。)
なるB1型固溶体の被覆膜(200)面からのCu-Kα線による回折曲線の半価幅が2θで0.4°以上であることを特徴とする切削用被覆超硬合金チツプ。」(特許請求の範囲 第1項)
(1-b)「wc基超硬合金を母材とし、その表面にIV-a族金属(チタン、ジルコニウム、ハフニウム)の、炭化物、窒化物、あるいは炭窒化物(いずれの場合も酸素を含んでいてもよい)を、数ミクロンの厚さに被覆したいわゆるコーテイングチツプは、母材の靭性と、表面の耐摩耗性を兼ねそなえており、切削工具として従来の超硬合金より優れた特性を有する。」(第2欄12〜19行)
(2)甲第2号証(特開平4-21760号公報)の記載事項
(2-a)「硬質部材からなる基材の表面に、ZrとAlの合金の炭化物、窒化物及び炭窒化物のうちの少なくとも1種からなる層厚0.5〜10μmの硬質被覆層を有することを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆硬質部材。」(特許請求の範囲、請求項1)
(2-b)「切削工具や耐摩工具をはじめ、各種の耐摩部品等の硬質部材は、一般に炭化タングステン(WC)基等の超硬合金、炭化チタン(TiC)系等の各種サーメツト、並びに高速度鋼等の鋼や硬質合金で構成されている。
又、かかる硬質部材の耐摩耗性を改善向上させるために、その表面に硬質被覆層としてPVD法やCVD法によりTi,Hf,Zrの炭化物、窒化物又は炭窒化物、若しくはAlの酸化物を単層に又は複層に形成した表面被覆硬質部材が開発され、最近では広く実用に供されている。」(第1頁下右欄7〜17行)
(2-c)「ZrとAlの合金の炭化物、窒化物及び炭窒化物からなる硬質被覆層は、単層であっても複層であっても良いが、層厚が0.5μm未満では耐摩耗性の向上が殆ど見られず、又10μmを超えると層中の残留応力が大きくなり、付着強度が低下するので、層厚を0.5〜10μmの範囲とする。
しかし、ZrとAlの合金の炭化物、窒化物及び炭窒化物からなる硬質被覆層は、基材との付着強度及び耐酸化性の点で、ZrやTiの炭化物、窒化物及び炭窒化物よりもやや劣っている。
そこで、硬質被覆層と基材との間に、Zr又はTiの炭化物、窒化物及び炭窒化物のうちの少なくとも1種からなる付着強化層を基材表面に直接形成すれば、基材への硬質被覆層の付着強度を大幅に向上させることが出来る。」(第2頁上右欄14行〜同頁下左欄8行)
(3)甲第3号証(特開平3-120352号公報)の記載事項
(3-a)「切削工具又は耐摩工具からなる母材と、母材の表面に直接形成したTiNからなる第1被覆層と、第1被覆層上に形成したTiとAlの窒化物からなる第2被覆層とを備えた切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材。」(特許請求の範囲、請求項1)
(3-b)「第2被覆層上に更にTiNからなる第3被覆層を設けたことを特徴とする、請求項(1)の切削耐摩工具用表面被覆超硬部材。」(特許請求の範囲、請求項2)
(3-c)「ここで、TiとAlの窒化物とは、TiAlNに限られず、一般式(Ti1-xAlx)N(式中0<x≦0.5)で表わされる全ての窒化物を意味する。」(第2頁左上欄下2行~右上欄1行)
(3-d)「〔作用〕 本発明において、第1被覆層として母材表面上に直接形成されるTiNは第2被覆層であるTiとAlの窒化物(Ti1-xAlx)Nよりも母材との密着強度に優れている。そして第1被覆層上に第2被覆層として形成される(Ti1-xAlx)NはTiNよりも硬度が若干低いが、耐摩耗性と耐溶着性がTiNよりも遙かに優れている。従って、かかる第1被覆層と第2被覆層を有する本発明の表面被覆超硬部材は、切削工具、又は耐摩工具として使用すると、低速切削は勿論高速切削においても耐摩耗性、耐溶着性、耐欠損性に優れ、長期に亘って優れた切削性能を示す。
又、第3被覆層としてTiNを第2被覆層上に設ければ、TiNが第2被覆層の(Ti1-xAlx)Nよりも硬度が高いため、初期耐摩耗性を向上させることができ、又特にドリル、エンドミル等の低速切削における耐摩耗性を改善できる。」(第2頁上右欄8行〜同頁下左欄5行)
(4)甲第4号証(特開平3-120353号公報)の記載事項
(4-a)「切削工具又は耐摩工具からなる母材の表面に、層厚0.01〜0.2μmのTiN層とAlN層を交互に10層以上積層して全体の層厚0.5〜8μmの被覆層を設けたことを特徴とする切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材。」(特許請求の範囲請求項1)
(4-b)「〔[実施例〕
母材として、組成がJIS規格P30(具体的にはWC-20wt%TiC-10wt%Co)、形状が同SNG432の超硬合金切削チツプを用意し、その表面に下記のごとく真空アーク放電を用いたイオンプレーテイング法により、下記第2表に示す被覆層を形成して本発明例の被覆切削チツプ試料とした。
即ち、成膜装置内に、TiターゲツトとAlターゲツトを対向させて配置し、両ターゲツト間の中間点を中心として回転するリング状の母材保持治具の中心を通る直径上の2点に、母材である上記切削チツプを夫々装着した。この状態で、切削チツプを20rpmで回転させながら、成膜装置内を真空度1×10-2torrのArガス雰囲気に保ち、両切削チツプに-2000Vの電圧をかけて洗浄を行ない、・・・。その後、切削チツプの回転を続けたまま成膜装置内にN2ガスを・・・導入し、真空アーク放電によりTiターゲツトとAlターゲツトを共に蒸発、イオン化させることにより、切削チツプがTiターゲツト近くを通過するときTiNを及びAlターゲツト近くを通過するときAlNを夫々切削チツプ上に形成させるようにして、各切削チツプ表面にTiN層とAlN層を交互に積層した。尚、積層するTiN層とAlN層の層厚は、アーク電流量を調整して制御し、被覆層全体の層厚は成膜時間によって制御した。」(第2頁下左欄10行〜同頁下右欄16行)
(4-c)「層厚0.01μmのTiN層と層厚0.01μmのAlN層を350層交互に積層した被覆層、全体で3.5μm」(第3頁上右欄、「第2表」中)

5.取消理由について
当審が通知した取消理由(起案日:平成17年 5月20日)の概要は、本件特許明細書の特許請求の範囲の記載に不備があるため、特許法(平成5年法)第36条第5項及び第6項に規定する要件を満たしていないというものである。

6.当審の判断
6-1.取消理由についての判断
上記「2.訂正の適否についての判断」に記載のとおり、上記訂正が認められること、及び、特許権者が平成17年 8月 1日付けで提出した特許異議意見書及び参考資料の記載事項を検討したところ、当審が先に通知した取消理由は解消したものと認められる。
したがって、訂正後の本件特許明細書の記載は、特許法第36条第5項及び第6項に規定する要件を満たしているものである。

6-2.特許異議申立ての理由についての判断
(1)本件発明1について
本件発明1は上記のとおりであり、次のとおりである。
「(A)IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、(B)IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を母材表面にもつことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。」
(なお、上記「(A)」及び「(B)」は、整理の都合上、当審が挿入・付記したものである。)
一方、甲第4号証には、上記摘示記載(4-a)ないし(4-c)のとおり、
「切削工具又は耐摩工具からなる母材の表面に、層厚0.01〜0.2μmのTiN層とAlN層を交互に10層以上積層して全体の層厚0.5〜8μmの被覆層を設けたことを特徴とする切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材。」に係る発明が記載されていると認められる。
本件発明1(前者)と甲第4号証に記載の発明(後者)とを対比すると、後者に係る上記「TiN層」を構成するTiNは、前者の上記(A)成分に係るIVa族金属元素の窒化物に該当し、また、後者に係る上記「AlN層」を構成するAlNは、前者の上記(A)成分に係るAlの窒化物に該当する。
また、前者において、上記(A)成分としてTi又はAlの窒化物を用い、上記(B)成分として合金の窒化物を用いる場合に、両者は、2種類の「窒化物」を交互に積層した「硬質皮膜」又は「被覆層」を母材表面にもつ表面被覆部材である点で、一致しているといえる。
そして、前者は「耐摩耗性に優れた表面被覆部材」であり、後者は「切削・耐摩工具用表面被覆超硬部材」であり、、前記両者は、実質上、同じものとみなすことができる。
また、、前者に係る「積層周期」は、実質上、上記(A)の化合物の層厚と上記(B)の合金の化合物の層厚との和であると解される。一方、後者に係る「TiN層」と「AlN層」の層厚は、各々、「0.01〜0.2μm」、即ち、10〜200nmであるから、後者に係る積層周期は20〜400nmであると解される。
したがって、両者は、上記(A)成分に該当するTiの窒化物と、前記窒化物とは異なる窒化物とを、積層周期20〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜8μmとした構成の硬質被膜を母材表面にもつことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材である点において、一致している。
一方、両者は、下記の点で相違している。
・相違点:硬質被膜として、前者では、TIN、AlN等の上記(A)成分からなる層と、上記(B)成分である「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物」とを、交互に積層したものであるのに対して、後者では、TiN層とAlN層とを交互に積層したものであって、前者の上記(B)成分に基づく合金化合物層を有していない点。
上記相違点について、以下、甲第1号証ないし甲第3号証の記載事項を検討する。
甲第1号証には、上記摘示記載(1-a)及び(1-b)のとおり、主として、母材表面をTiC又はTiNで被覆した表面被覆チップが記載されている。
甲第2号証には、上記摘示記載(2-a)ないし(2-c)のとおり、ZrとAlの合金の炭化物、窒化物及び炭窒化物の単層又は複層の硬質被覆層を硬質部材からなる基材の表面に設けることが記載されている。
また、甲第3号証には、上記摘示記載(3-a)ないし(3-d)のとおり、母材との密着強度を向上させるTiNを介してTiとAlの合金の窒化物からなる被覆層を(切削工具又は耐摩工具からなる)母材上に形成して表面被覆超硬部材を得ることが記載されている。
しかし、甲第1号証ないし甲第3号証のいずれも、単に、硬質皮膜として、単層又は複層の金属の窒化物あるいは合金の炭化物、窒化物を母材表面に被覆することが記載されているだけで、本件発明1に係る、母材上に上記(A)成分の化合物と、上記(B)成分である「IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物」を交互に積層することについて、記載されておらず、また何らの示唆もない。
一方、訂正明細書の記載を参酌するに、段落【0011】には、「いままでに上記金属の窒化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物のうち2つ以上の化合物を層厚0.2〜10nmで積層すると良好な耐摩耗性を示す硬質膜が得られることが知られている・・・。しかし、このときIVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ金属の窒化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物のうち2種類を交互に積層した場合、各々の界面で剥離が起きることがあり、結果的に摩耗が早くなり実際の使用にあたって問題となることがあった。」と記載されており、続いて段落【0012】 には、「そこで片方の化合物を上記金属元素のうち2つ以上からなる合金の窒化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物としたところ、界面の整合性が良くなり、結果的に優れた耐摩耗性を示す硬質膜を得ることができた。」と記載されている。
つまり、本件発明1は、例えば、甲第4号証に記載のTiN層とAlN層を交互に積層した被覆層が各層の界面で剥離するとの問題点を解決するものとして、上記のとおり「片方の化合物」を「上記金属元素のうち2つ以上」からなる合金の窒化物等とする構成を採用したものと認められる。
そして、甲第1号証ないし甲第3号証の記載事項を参照しても、甲第4号証に記載のTiN層とAlN層とからなる積層構造において、前記TiN層又はAlN層の一方に代えて、例えば、TiとAlとの合金の窒化物の層を採用すべきこと、また、前記層の採用によって本件特許明細書の上記記載のとおり、「界面の整合性」が改良され、優れた耐摩耗性を示す硬質膜を得ることができることが、当業者に容易に想到し得たとするには、合理的かつ十分な根拠があるとは到底いえない。さらに、本件発明1は、本件特許明細書の実施例・比較例等に記載のとおりの優れた作用・効果を奏するものである。
したがって、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(2)本件発明2について
本件発明2は、「WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を設けてある切削工具。」の発明であって、当該本件発明2に係る前記「硬質被膜」は、請求項1に記載のものと同じものであると認められる。
そして、本件発明1については、上記6-2.(1)のとおりであるから、本件発明2についても、前記「硬質被膜」の点において、上記6-2.(1)に記載した理由と実質的に同様の理由により、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
(3)本件発明3ないし7について
本件発明3ないし7は、請求項2を引用してなる「切削工具」である。
そして、本件発明2は、上記6-2.(2)に記載のとおりに、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、本件発明3ないし7についても、本件発明2に係る理由と同様の理由により、甲第1号証ないし甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

7.むすび
以上のとおりであるから、本件発明1ないし7に係る特許は、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件発明1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
したがって、本件発明1ないし7に係る特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条に基づく、特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
耐摩耗性に優れた表面被覆部材
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を母材表面にもつことを特徴とする耐摩耗性に優れた表面被覆部材。
【請求項2】WC基超硬合金、サーメット又はセラミックスから成る母材の表面に、IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構成の硬質被膜を設けてある切削工具。
【請求項3】前記母材と硬質被膜との界面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層を配してある請求項2記載の切削工具。
【請求項4】前記中間層がTiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物である請求項3記載の切削工具。
【請求項5】前記硬質被膜の表面に、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、もしくはそれ等の積層物から成る表層膜を配した請求項2、3又は4記載の切削工具。
【請求項6】前記硬質被膜として、TiNとTiAlNを0.4〜50nmの周期で積層したものを備えている請求項2記載の切削工具。
【請求項7】前記母材と硬質被膜との界面にTiの窒化物からなる中間層を有している請求項6記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックス等を母材とし、その母材の表面に特定の硬質物質を被覆することにより、母材の耐欠損性を維持しながら耐摩耗性を向上させた表面被覆部材に関する。なお、この部材の代表的な用途としては切削工具が挙げられる。
【0002】
【従来の技術】
切削工具の耐摩耗性を向上させるため、この工具の母材表面にPVD法やCVD法によりTi、Hf、Zrの炭化物、窒化物、炭窒化物やAlの酸化物から成る単層又は複層の被覆膜を設けることは既に一般化している。この硬質被膜をもつ表面被覆部材の中でも特に、硬質被膜をPVD法で形成するものは、母材強度の劣化なしに耐摩耗性を向上できるという特長があり、ドリル、エンドミル、フライス切削用スローアウェイチップなど強度の要求される切削用途に適応されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
Alの酸化物被膜は、耐摩耗性に関して非常に好ましいものであるが、PVD法ではこのAlの酸化膜を安定して被覆するのが難しく、母材強度の面からPVD法を用いる部材についてはこのAlの酸化被膜は実用化に至っていない。
【0004】
現在実用化されているものは、Ti、Hf、Zr等の窒化物の被膜である。ところが、この種の被膜は、特に、高速切削用途での耐摩性が不足し、早期に寿命に至っている。
【0005】
そこで、本発明は、PVD法での形成が可能であり、しかも耐摩耗性が従来のPVD法による被膜に比べて格段に優れている被膜をもった表面被覆部材を提供しようとするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記の課題を解決するため、本発明においては、母材表面に設ける硬質被膜を、IVa、Va、VIa族金属元素或いはAl、Siの窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物、ホウ化物の中から選んだ1つ以上の化合物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siのうちの2種の金属元素の合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及び/若しくはホウ化物を積層周期0.4nm〜50nmで積層し、全体の膜厚を0.5〜10μmとした構造の膜となしたのである。
【0007】
この表面被覆部材を切削工具として利用する場合の母材材料は、WC基超硬合金、サーメット、セラミックスなどが適している。
【0008】
また、切削用途では特に、母材と硬質被膜との界面及び/若しくは硬質被膜の表面にIV族金属元素の窒化物、炭化物、炭窒化物、酸化物の少なくとも1種から成る中間層や表層膜を配することも有効なことである。この中間層や表層膜は、Tiの窒化物、炭化物、炭窒化物、又はそれ等の積層物が特に好ましい。
【0009】
以下、本発明の構成について更に詳細に述べる。
【0010】
IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siの中から選ばれた2種類以上の金属からなる合金の窒化物、酸化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物の被膜を形成した表面被覆硬質部材は、優れた切削工具となり得ることがこれまでに良く知られているが、発明者らはこれらの膜の特徴を研究していくうちに以下のような知見を得るに至った。
【0011】
いままでに上記金属の窒化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物のうち2つ以上の化合物を層厚0.2〜10nmで積層すると良好な耐摩耗性を示す硬質膜が得られることが知られている(特願平4-272946)。しかし、このときIVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ金属の窒化物、炭化物、炭窒化物及びホウ化物のうち2種類を交互に積層した場合、各々の界面で剥離が起きることがあり、結果的に摩耗が早くなり実際の使用にあたって問題となることがあった。
【0012】
そこで片方の化合物を上記金属元素のうち2つ以上からなる合金の窒化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物としたところ、界面の整合性が良くなり、結果的に優れた耐摩耗性を示す硬質膜を得ることができた。
【0013】
この硬質膜はいままで知られていた積層膜よりも高い硬度をもつこともわかった。この理由としては以下のことがあげられる。
【0014】
IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ2つ以上の元素から成る合金の窒化物、炭化物、炭窒化物又はホウ化物は、その硬度がIVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物よりも増すことが知られている。この硬度の高い合金の窒化物、炭化物、炭窒化物或いはホウ化物と、IVa、Va、VIa族金属元素およびAl、Siから選んだ金属の窒化物、炭化物、炭窒化物もしくはホウ化物を層厚0.2〜10nmで積層すると前者の化合物の特性が生かされ、非合金化合物どうしを積層した場合よりも硬度が上がるのである。
【0015】
さらにくわえてこの多層膜を形成する際、硬質被膜と母材の界面または、硬質被膜の最表面にIV族の金属元素の窒化物、炭窒化物、炭化物、酸化物を形成しておくと、さらに良好な耐摩耗性を得ることができるという知見をえた。
【0016】
この硬質膜で被覆された切削工具はとくに鋼の切削において優れた切削性能を示すが、鋳鉄切削でも良好な性能を示す。また、この硬質被膜をもつ切削工具はフライス切削において優れた性能を示すことが多いが、旋削においても良い性能を示す。さらに、従来の硬質膜が低送りおよび微小送りにおいて十分な性能を示せなかったのに対し、本発明の工具の硬質膜はこれらの膜に大きな負担がかかる切削においても良好な耐摩耗性を示す。
【0017】
なお、本発明の表面被覆部材を切削工具として用いる場合の母材は、勿論、高速度鋼等であってもよい。
【0018】
【実施例】
以下に、本発明の表面被覆部材の具体例とその製造方法について述べる。
【0019】
基板母材として、JIS規格P30の超硬合金と、サーメットと、セラミックスを用意した。母材の形状はJIS・SNG432の切削チップである。この切削チップを、公知の真空アーク蒸着法によりターゲットとしてTiとAl、ZrとHf、およびTiとHfの3種の組合せを用いて被覆を行なった。
【0020】
図1に示すように、蒸着装置1内の一方にTiターゲット2を設置し、その向い側にTiAlターゲット3を設置し、その中央でターンテーブル4上の切削チップTAが一分間に50回転するように調節した後、炉内をArガス1×10-2Torrの真空度に保ち、切削チップに-2000Vの電圧をかけて洗浄を行い、さらに、500℃まで加熱した後、Arを排気してN2ガスを300CC/minの割合で導入した。ここで真空アーク放電によりTiターゲット、TiAlターゲットを蒸発、イオン化させることにより、切削チップがTiとTiAlの蒸気の中を交互に通過することになる。このとき被覆対象の切削チップを回転させることで表面にTiAlNとTiNを交互に積層した構成の硬質被膜を形成することができた。全体の層厚は被覆時間によって制御した。
【0021】
以上の方法にて表1に示される層構成の硬質被膜層を形成することにより、本発明の表面被覆切削チップを製造した(実施例I)。同様に、ターゲットとしてZrとZrHf、反応ガスとしてCH4を用い、ZrCとZrHfCの積層膜を形成した(実施例II)。またターゲットとしてTiとTiHf、反応ガスとしてCH4を用い、TiCとTiHfCの積層膜を形成した(実施例III)。
【0022】
所期の積層構造となっていることはEPMA、オージェ、TEMといった分析法によって確認できる。
【0023】
また、比較のため、同じ切削チップを同じ装置にて表面にTiおよびAlの窒化物、炭化物、炭窒化物のうちの1種類の単層、もしくは2種類以上の複層を形成した表面被覆切削チップA〜Cをそれぞれ製造し、通常良く用いられているCVD法にてコーティングした表面被覆切削チップD、Eも用意した。またFとして、通常良く知られている合金の蒸発源を使用して作製したTiAlN膜被覆の切削チップを用意した。さらに、Gとして、TiNとAlN膜を形成した表面被覆切削チップを用意した。また、ZrHfC、TiHfCについても同様な層構成をもつ表面被覆切削チップを用意した。これらをまとめて表1、表2、表3、表4に示す。
【0024】
次に、これらの試作表面被覆切削チップについて、連続切削試験、および断続切削試験を表5に示した条件にて行ない、切れ刃の逃げ面摩耗量を測定した。その結果を表1〜表4に併せて示す。
【0025】
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
【表4】

【0030】
表1〜表4に示す切削実験結果から判るように、本発明の表面被覆切削チップは、いずれも従来の被覆切削チップA〜Fと同様の材料で硬質被膜を形成したにも拘らず、従来チップに比べてはるかに優れた耐欠損性と耐摩耗性を発揮する。
【0031】
【発明の効果】
以上述べたように、本発明の表面被覆部材は、母材表面に、単元素の化合物と合金の化合物を積層した構造の硬質被膜を有するため、優れた耐熱性、溶着防止特性、耐酸化性、摺動特性、耐マイクロチッピング性を有し、PVD法で形成できるその硬質被膜が従来の被膜と同等以上の硬さを持ちながら靱性も兼ね備えているため、切削工具として用いると、長期に渡って良好な工具性能を維持し続けると言う効果が得られる。
【0032】
なお、本発明の部材は、切削工具はもとより、表面の摩滅防止が要求される摺動部品等に利用しても寿命延長の効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の表面被覆部材の製造方法の一例を示す線図
【符号の説明】
1 真空アーク蒸着装置
2、3 ターゲット
4 ターンテーブル
TA 切削チップ
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-10-06 
出願番号 特願平6-5099
審決分類 P 1 651・ 121- YA (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 細井 龍史  
特許庁審判長 石井 淑久
特許庁審判官 芦原 ゆりか
鴨野 研一
登録日 2003-08-15 
登録番号 特許第3460287号(P3460287)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 耐摩耗性に優れた表面被覆部材  
代理人 東尾 正博  
代理人 鳥居 和久  
代理人 鳥居 和久  
代理人 東尾 正博  
代理人 鎌田 文二  
代理人 鎌田 文二  

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