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審決分類 審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C12P
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12P
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C12P
管理番号 1130834
異議申立番号 異議2003-73656  
総通号数 75 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1996-05-21 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-26 
確定日 2005-11-28 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第3429765号「芳香族アミノ酸合成における共通経路の阻害除去」の請求項1ないし10に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 訂正を認める。 特許第3429765号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
特許第3429765号の請求項1〜8に係る発明についての出願は、平成5年12月9日に特許出願され、平成15年5月16日にその特許の設定登録がなされ、その後、異議申立人池野耕司より特許異議の申立てがなされ、取消理由が通知され、その指定期間内である平成17年10月26日に訂正請求がなされたものである。

2.訂正の適否についての判断

(1)訂正事項

a)訂正事項1
請求項1の「大腸菌細胞形質転換体において、当該細胞に対し内因性の芳香族アミノ酸生合成共通経路を経由して芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、代謝可能な炭素源を含有する培地中で当該炭素源の代謝を促す条件下で前記細胞形質転換体を培養する段階を包含するものであって、前記細胞形質転換体は共通経路酵素種をコードする外因性DNA配列を包含し、当該酵素種は、次の酵素、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼからなるものである、芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法。」という記載を、「大腸菌細胞形質転換体において、当該細胞に対し内因性の芳香族アミノ酸生合成共通経路を経由して芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、代謝可能な炭素源を含有する培地中で当該炭素源の代謝を促す条件下で前記細胞形質転換体を培養する段階を包含するものであって、前記細胞形質転換体は共通経路酵素種をコードする外因性DNA配列を包含し、当該酵素種は、次の酵素、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼからなるものである、芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法。」と訂正する。

b)訂正事項2
請求項2を削除する。

c)訂正事項3
請求項3〜6をそれぞれ請求項2〜5とするとともに、引用する請求項の番号をこれに合わせて訂正する。

d)訂正事項4
請求項7を削除する。

e)訂正事項5
請求項8〜10をそれぞれ請求項6〜8と訂正する。

(2)訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
上記訂正のうち、訂正事項1は、請求項1の記載が、特許法第36条第5項第2号及び第6項の規定に違反するとの異議申立の理由に対応したものであり、不明瞭な記載の釈明を目的とするものであると認められる。
訂正事項2及び4は、請求項の削除を目的とするものである。
訂正事項3及び5は、訂正事項2及び4の請求項の削除に伴い、請求項の番号を整合させるものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とした明細書の訂正を目的とするものであると認められる。
また、これらの訂正は、本件特許明細書に記載された事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法第126条第1項ただし書、第2項及び第3項の規定に適合するので、当該訂正を認める。
なお、以下において、請求項の番号は訂正後のものを用いる(訂正後の請求項1、2〜5,6〜8は、それぞれ訂正前の請求項1、3〜6、8〜10に相当する)。

3 特許異議の申立てについての判断

(1)申立ての理由の概要
申立人は、以下の理由1〜3により、本件特許を取り消すべきであると主張している。

理由1:
請求項1〜8に係る発明は、以下の甲第1〜8号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

甲第1号証(米国特許第5168056号明細書)
甲第2号証(FEBS Lett. 1986, 200(1), p.11-17)
甲第3号証(J. Bacteriol., 1986, 165(1), p.233-239)
甲第4号証(Biochem. J. 1986, 234(1), p.49-57)
甲第5号証(FEBS Lett. 1984, 170, p.59-63)
甲第6号証(J. Gen. Microbiol. 1990, 136, p.353-358)
甲第7号証(米国特許第4681852号明細書)
甲第8号証(J. Am. Chem. Soc. 19+90, 136, p.353-358)

理由2:
請求項1〜3、7に係る発明については、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されていないから、本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

理由3:
請求項1〜3、7には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていないから、本件特許は、特許法第36条第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

(2)理由1について

(a)訂正明細書の請求項1に係る発明
訂正明細書の請求項1に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認められる。(以下、「本件発明」という。)
「大腸菌細胞形質転換体において、当該細胞に対し内因性の芳香族アミノ酸生合成共通経路を経由して芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、代謝可能な炭素源を含有する培地中で当該炭素源の代謝を促す条件下で前記細胞形質転換体を培養する段階を包含するものであって、前記細胞形質転換体は共通経路酵素種をコードする外因性DNA配列を包含し、当該酵素種は、次の酵素、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼからなるものである、芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法。」

(b)甲各号証の記載
甲第1号証には、以下の事項が記載されている。
(1-1)「8.宿主細胞の芳香族共通経路への炭素の流れを増加させる方法であって、前記宿主細胞をtkt 遺伝子を含む組換えDNAで形質転換して、野生型宿主細胞に比べて増加したレベルでトランスケトラーゼを発現させることを含む方法
9.さらに、前記宿主細胞に、芳香族共通経路の反応を触媒する酵素をコードする遺伝子から選ばれる遺伝子を移入することを含む第8項に記載の方法
10.前記遺伝子がDAHPシンターゼ又はDHQシンターゼをコードする第9項記載の方法
11.前記遺伝子がaroFまたはaroBである第10項記載の方法
12.宿主細胞が大腸菌の菌株である第11項記載の方法…
14.宿主細胞の芳香族共通経路に由来する化合物の生合成的生産を増加させる方法であって、野生型宿主細胞に比べてトランスケトラーゼの発現を増加させることを含む方法」(特許請求の範囲第8〜12項、第14項)
(1-2)「コリスミ酸は、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、葉酸、メラニン、ユビキノン、メナキノン、プレフェン酸(抗生物質パチリシンの製造に用いられる)及びエンテロケリンのような芳香族化合物の生産に導く生合成経路の中間体であり、コリスミ酸に依存する生合成経路が多数あるために、コリスミ酸を産生するための、生物が利用する生合成経路は『芳香族共通経路』とよく呼ばれる。芳香族共通経路(シキミ酸がこの経路の最初に特定された中間体であるため、『シキミ酸経路』と呼ばれることがある)は、一般的にDAHPシンターゼにより触媒される。3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸(DAHP)を生成し、コリスミ酸の産生を終わらせる、前駆物質エリスロース-4-リン酸及びホスホエノールピルビン酸の縮合により始まると考えられている。」(第1欄第7〜30行)。
(1-3)「トランスケトラーゼに加えて、芳香族共通経路の各ステップを触媒する、あるいは該芳香族共通経路に流入する化合物の産生を触媒する酵素を全細胞で過剰発現させて、炭素の変換効率及び前記芳香族共通経路の生合成スループットを増加させることができる。」(第1欄第61〜67行)。
(1-4)「本発明の好適な態様では、(トランストケラーゼのような)芳香族共通経路に流入する化合物の前駆体を産生する酵素、及び芳香族共通経路の各生合成ステップを触媒する一又はそれ以上の酵素は、宿主細胞に移入される一又はそれ以上のプラスミド上にコードされる。」(第2欄第6〜12行)。

甲第2号証には、エシェリヒア・コリK12株の3-デヒドロキネートシンターゼをコードする遺伝子aroBのヌクレオチド配列及びそれによってコードされる同酵素の全アミノ酸配列が記載されている(図4)。

甲第3号証には、エシエリヒア・コリK-12のaroL遺伝子を含むaroLMオペロン及びそれによってコードされるシキメート・キナーゼのアミノ酸配列が記載されている(図2)。

甲第4号証には、serC-aroAオペロンのクローニング、5-エノールビルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼをコードするaroA遺伝子のサブクローニングの方法、及び、serC-aroAオペロンのヌクレオチド配列が記載されている(図4)。

甲第5号証には、エシェリヒア・コリの5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼをコードするaroA遺伝子の全ヌクレオチド配列、及び相当するESPSシンターゼのアミノ酸配列が記載されている(図3)。

甲第6号証には、サルモネラ・チフィ及びエシェリヒア・コリのコリスミ酸シンターゼをコードするaroC遺伝子のヌクレオチド配列、それによってコードされるコリスミ酸シンターゼのアミノ酸配列が開示されている(355頁表1)。

甲第7号証には、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸(DAHP)シンターゼ及びコリスミ酸ムターゼP-プレフェン酸デヒドラターゼ(CMP-PDH)、並びにシキメート・キナーゼの産生が改変されたエシェリヒア・コリの菌株(特許請求の範囲第1項及び第2項)、このような菌株として、前記酵素を産生する構造遺伝子を持つマルチコピープラスミドを持つ菌株(特許請求の範囲第8項)、及び、これらの菌株を用いてフェニルアラニンを製造する方法(特許請求の範囲第10項)が記載されている。

甲第8号証には、トランスケトラーゼ及びDAHPシンターゼをコードするプラスミドpKD130Aに、律速酵素である3-デヒドロキネート(DHQ)シンターゼをコードするaroB遺伝子を導入したプラスミドpKD136で形質転換されたエシェリヒア・コリAB2834 aroEを用いて、培地中のDHSの濃度を調べたこと、及び、培地に加えた炭素源から芳香族アミノ酸の生合成に流れた量についての考察が記載されている(第3631頁左欄第13行~右欄第9行)。

(c) 対比・判断
訂正後の本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という)と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、両者は、

大腸菌細胞形質転換体において、当該細胞に対し内因性の芳香族アミノ酸生合成共通経路を経由して芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、代謝可能な炭素源を含有する培地中で当該炭素源の代謝を促す条件下で前記細胞形質転換体を培養する段階を包含するものであって、前記細胞形質転換体は共通経路酵素種をコードする外因性DNA配列を包含するものである、芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法、

である点で一致しており、

用いる酵素種が、後者では、トランスケトラーゼ(tkt)と、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ(aroF)又は3-デヒドロキネート・シンターゼ(aroB)との組み合わせであるのに対し、前者では、トランスケトラーゼ(tkt)、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ(aroF)、3-デヒドロキネート・シンターゼ(aroB)、シキメート・キナーゼ(aroL)、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ(aroA)、およびコリスミ酸シンターゼ(aroC)からなるものである点、

で相違している。

この相違点について検討する。
甲第2〜6号証には、本件発明で用いられている3-デヒドロキネート・シンターゼ(aroB)、シキメート・キナーゼ(aroL)、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ(aroA)、およびコリスミ酸シンターゼ(aroC)をコードするDNA配列が記載されており、また、甲第7号証には、フェニルアラニン等の芳香族アミノ酸によるフィードバック阻害を受けないシキメート・キナーゼを生産する大腸菌の菌株が、甲第8号証には、3-デヒドロキネート・シンターゼをコードするDNA配列で形質転換した大腸菌で、生産されたデヒドロキナーゼシンターゼ(DHS)の濃度を調べたことが記載されている。
しかし、甲各号証のいずれにも、大腸菌に、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼからなる酵素をコードする外因性DNA配列を包含させることにより、芳香族化合物の増加した産生を得ることができるという、本願発明の技術思想については記載も示唆もされていない。

異議申立人は、甲第1、7及び8号証には、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、及びシキメート・キナーゼが芳香族アミノ酸の生産の増強に有効であることが記載されており、また、3-デヒドロキネート・シンターゼ及びコリスミ酸シンターゼが律速段階であることが知られていたのであるから、これらの酵素を除く残る3種の酵素の中から5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼを選択することに格別の意義はないと主張している。
しかし、甲第1号証は、芳香族アミノ酸合成経路において上流側に位置するトランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼの発現を増強することによる、芳香族アミノ酸合成経路における中途生成物である3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート(DAH)及び3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸(DAHP)合成に対する影響を評価しているものにすぎない。甲第8号証も同様に、芳香族アミノ酸合成経路において、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼの次の段階に位置する3-デヒドロキネート・シンターゼの発現増強による、芳香族アミノ酸合成経路における中途生成物である3-デヒドロシキメート(DHS)の量を確認しているものにすぎない。また、甲第7号証は、生産された芳香族アミノ酸によるフィードバック阻害を受けない大腸菌変異株に関する文献であり、本件発明とはその前提が異なるものである。
そして、本件特許明細書の第3A図のデータからも分かるように、一連の合成経路の中途の産物の量が増加したからといって、その合成経路の末端の最終産物の生産量が増加することが明らかであるとはいえないから、甲第1、7及び8号証のいずれにも、これらの酵素の発現増強により芳香族アミノ酸の生産が増強されることが記載されているということはできない。
また、律速段階酵素については、本件特許明細書には、3-デヒドロキネート・シンターゼ及びシキメート・デヒドロゲナーゼが、芳香族アミノ酸生合成共通経路における律速段階であると同定されていたと記載され(本件特許公報12欄12〜18行)、また、コリスミ酸シンターゼが律速段階であることが示唆されていたと記載されている(本件特許公報14欄47行〜15欄3行)。
しかし、本件特許明細書の第3B図に記載されたデータによれば、トランスケトラーゼ及び3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼの過剰発現をさせた場合において、さらに3-デヒドロキネート・シンターゼを過剰発現させた場合(2)は、そうでない場合(1)と比較して効果に差異はない。さらにシキメート・デヒドロゲナーゼを過剰発現させた場合(3)やコリスミ酸シンターゼを過剰発現した場合(8)は、そうでない場合(2)と比較して、効果が劣っている。すなわち、律速段階とされている酵素の発現を増強したとしても、芳香族アミノ酸の生産が増強されるとは限らない。
以上のことから、芳香族アミノ酸生合成共通経路における各酵素の発現の増強と最終産物の生産の増強との関係は予測が困難なものと認められ、本件発明の効果は甲第1〜8号証の記載からは予期できない顕著なものと認められる。
したがって、本件発明が上記甲第1〜8号証に記載のものから容易に発明をすることができたものとはいえない。
また、本件発明をさらに限定した請求項2に係る発明、本件発明と実質的に同一の構成を有する請求項5に係る発明、及び本件発明の方法に用いる形質転換体又はプラスミドベクターに関する請求項3、4、6〜8に係る発明についても同様である。
(3)理由2及び理由3について
異議申立人は、請求項1に記載された酵素遺伝子で形質転換することにより、芳香族アミノ酸生合成の共通経路の終点へと炭素の流れのサージを確実に向けるという効果を得るためには、当該共通経路への炭素の流れの増加をもたらすことが必須であるが、そのために必要なトランスケトラーゼ及びDAHPシンターゼ、またはそのいずれかが記載されていない請求項1〜3、7に係る発明は、前記効果を得ることができず、各発明を当業者が理解することができないから、各発明について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果が記載されていない、と主張する(理由2)。また、異議申立人は、請求項1〜3、7に記載された事項は、各請求項に係る発明の構成に欠くことができない事項である、トランスケトラーゼ及び3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼのうちの一方又は双方を欠いているから、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていない、とも主張する。
しかしながら、訂正後の請求項1及び2には、使用する形質転換体がトランスケトラーゼ及び3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼをコードする外因性DNAを包含することが特定されており、異議申立人の主張はその前提を欠くこととなった。
また、請求項3に係る大腸菌形質転換体は、本件特許明細書に記載されたトランスケトラーゼ及び3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼをコードするDNA配列を含むプラスミドpKD130A(第2図)で形質転換して、請求項4に係る大腸菌形質転換体を得るためのものである。さらに、請求項7に係るプラスミド・ベクターは、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ及びデヒドロキネート・シンターゼをコードするDNA配列を含むプラスミドpKD136(第2図)と共に大腸菌を形質転換して、請求項4に係る大腸菌形質転換体を得るためのものである。したがって、請求項3に係る大腸菌形質転換体及び請求項7に係るプラスミド・ベクターは、最終生成物に対する中間体に相当するものであり、最終生成物として効果を奏するために必要な構成が全て各請求項に記載されていないからといって、本件特許明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易に各請求項に係る発明を実施をすることができる程度に発明の目的、構成及び効果が記載されていないとも、各請求項に、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていないとも、いうことはできない。
さらに、異議申立人は、請求項1を引用する請求項2において更に酵素種を追加していることなどを理由に、請求項1記載の「からなる」が「のみからなる」を意味するものか否かが、不明瞭であるとも主張する。しかし、訂正により請求項2は削除され、また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、請求項1には本件発明の目的を達成し効果を奏するために必要なすべての酵素種について発明の構成に欠くことができない事項として記載されることとなったから、この点において請求項1の記載が不明瞭であるということはできない。

4 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては本件請求項1〜8に係る発明の特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
芳香族アミノ酸合成における共通経路の阻害除去
【発明の詳細な説明】
技術分野
本発明は生合成反応の効率向上に関する。より詳細には、本発明はホスト細胞中の共通経路における芳香族化合物の生合成能を向上させる方法に関するものであって、この方法は、前記経路中の律速反応段階を同定するとともにホスト細胞を遺伝子工学的に操作してこれらの律速段階を効果的に阻害除去(デブロッキング)することによって行うものである。
背景技術、産業上の利用可能性及び発明の開示
シキミ酸経路とも呼ばれる芳香族アミノ酸生合成の共通経路は、細菌や植物中の芳香族アミノ酸であるフェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファンを生産する。これらの芳香族アミノ酸に至る経路は、コリスメート分子で終わる共通経路と、ここから分岐してフェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファンにいたる三つの別個の末端経路とからなる。芳香族アミノ酸は、これらの化合物を合成する能力を欠くヒトや動物の栄養における必須成分である。これらはまた多くの興味深いかつ商業的に重要な分子、たとえば2、3例を挙げると、合成甘味料であるアスパルテーム、よく知られた染料であるインジゴ、およびパーキンソン病の症状に抗するために用いられる薬であるL-DOPAなどの前駆体でもある。
グルコースや他の糖類などの容易に入手しうる炭素源から、芳香族アミノ酸群やそれらの誘導体を過剰に生産する生体触媒的ルートの成否の鍵はホスト生物の経路を経由して炭素量急増(サージ)を指向する力による。経路中で代謝阻止剤(代謝ブロック)に遭遇することによって、その後の生体触媒的転換で生じる生成物の収率や純度が影響を受けることがある。
芳香族生合成の共通経路における生産効率を増加させる従前の試みは、1991年2月8日に出願された米国特許出願第07/652933号に対し1992年12月1日に許可された米国特許第5186056号に記載されており、その記載をここに本明細書を構成する一部として援用する。この特許はDAHPシンターゼとトランスケトラーゼの生体内触媒活性を増加させることによって経路内への炭素の流れを増加させるという関連発明を記載している。その特許明細書は、共通経路において各段階の反応を触媒するその他の酵素が、主要標的であるトランスケトラーゼおよびDAHPシンターゼと共に過発現され得ることを述べているが、この共通経路を指向する炭素流は、基質中間体が生産される速度とほぼ等しい速度で中間体を触媒転換させることができない一以上の経路酵素が存在した場合にはもはや炭素流の増加をもたらさないことが判明している。つまりこの生合成経路には一種の律速段階があり、経路上の反応段階の進行を阻害するように作用する。本発明はそのような阻害を除去するものである。
核磁気共鳴スペクトル法(NMR)を用いた大腸菌株D2704(pheA-、tyrA-、ΔtrpE-C)の培養上清の分析から、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイルシキメート-3-フォスフェート・シンターゼ、およびコリスメート・シンターゼが、芳香族アミノ酸生合成の共通経路における律速酵素として同定された。aroL(シキメート・キナーゼ)、aroA(EPSPシンターゼ)、およびaroC(コリスメート・シンターゼ)をコードする遺伝子フラグメントを含有するプラスミドとプラスミドpKD136(これは芳香族アミノ酸生合成の共通経路への炭素の増量をもたらすことが分かっている)とを大腸菌株D2704に挿入すると、培養ブロスから律速酵素の多くの基質を除去できるとともに最終産物生成において顕著な増収がもたらされた。
図面の簡単な説明
図1は、芳香族アミノ酸の生合成における共通経路を示す。
図2は、pKD130AとpKD136のプラスミド地図である。
図3Aと3Bは、大腸菌株D2704の共通経路における各中間体の濃度と、この菌株のフェニルアラニンおよびフェニル乳酸の平均濃度を示す棒グラフである。
図4は、プラスミドpIA321とpSU18からプラスミドpKD28を構築する様子を示す。
図5は、図4と同様、プラスミドpKAD31の構築を示す。
図6A、6B、6CはaroEaroLプラスミドpKAD34の製造を示す。
図7-13は、図4-7に類似のものであって、それぞれプラスミドpKAD38、pKAD43、pKAD39、pKAD50、pKAD44、pKAD51、およびpKAD42の構築を示す。
図14は、本発明の大腸菌形質転換体の培養基における、フェニルアラニン、フェニル乳酸、及びプレフェンの総蓄積量を示す棒グラフである。
発明を実施するための最良の形態
本発明は、共通経路を経由してホスト細胞中での芳香族化合物の生合成能を向上させる方法を提供する。その経路においては、代謝されうる炭素源は、多段階反応シーケンスで中間体である芳香族化合物に転換されるが、このシーケンスは、中間体基質に作用する酵素の種類によって異なる。本発明方法の一態様は前記経路において律速段階を同定する方法を開発することを包含し、この方法はホスト細胞の培養上清を分析して蓄積した共通経路中間体、すなわち経路における酵素に仲介された律速段階のための基質、を同定することを含むものである。律速段階が同定されると、ホスト細胞は、経路の律速反応段階における同定された蓄積中間体基質に作用する酵素種をコードするDNAを含有するリコンビナントDNAで形質転換され、ホスト細胞中の酵素種の発現を増加させる。加えて律速段階に関与する酵素種の高度の発現はまた、本分野で受け入れられている方法を用いて内因性コントロール配列を修正するかあるいは既存の発現コントロール配列の抑制解除に変化を起こすことによってホスト細胞を遺伝子工学的に操作し、そのような酵素種に対する内因性遺伝子を過発現することによっても達成される。
律速酵素種の発現を高めるために用いられる正確なメカニズムが何であれ、それは典型的にはホスト細胞へのリコンビナント遺伝子エレメントの移行によって影響もしくは仲介されるのではないかということが考えられる。ここでいう遺伝子エレメントとは、共通経路において律速酵素を発現させるかまたは発現を調整する産物、特に酵素等のタンパク、アポタンパク、またはアンチセンスRNAなどの産物、を発現可能なコード配列を有する核酸(通常DNAまたはRNA)を含む。発現されたタンパクは酵素として機能することができ、酵素活性を抑制もしくは抑制解除し、または酵素の発現をコントロールする。これらの発現可能な配列をコードするリコンビナントDNAは、染色体内(例えば相同組換えによってホスト細胞染色体に組み込まれたもの)または染色体外(例えばプラスミド、コスミド、および目的とする形質転換を起こすことが可能なその他のベクターによって担持されるもの)のいずれのものでもよい。
本発明におけるホスト細胞を転換するために用いられるリコンビナントDNAは、構造遺伝子の他に、タンパク、アポタンパク、またはアンチセンスRNAに対するコード配列の発現や抑制解除をコントロールするエンハンサー、プロモーター、およびリプレッサーを含む発現コントロール配列を包含することができる。たとえばそのようなコントロール配列を野性型のホスト細胞に挿入して、ホスト細胞ゲノム中に既にコードされた選択酵素の過発現を促進したり、あるいはそれらを用いて染色体外でコードされた酵素の合成をコントロールするために用いることができる。
リコンビナントDNAは、プラスミド、コスミド、ファージ、イースト人工染色体、その他、ホスト細胞中への遺伝子エレメントの移入の仲介を行うベクターによってホスト細胞へと導入される。これらのベクターは、ベクターおよびベクターに担持される遺伝子エレメントの複製をコントロールするcis-作用コントロールエレメントとともに複製起点を有することができる。ベクター上には選択可能なマーカーが存在してもよく、これは遺伝子エレメントが導入されたホスト細胞の同定に役立つ。そのような選択可能なマーカーの例として、テトラサイクリン、アンピシリン、クロラムフェニコール、カナマイシン、またはネオマイシンなどの特定の抗生物質に耐性を与える遺伝子が挙げられる。
ホスト細胞に遺伝子エレメントを導入する好ましい手段は、本発明による遺伝子エレメントが挿入された染色体外マルチコピープラスミドベクターを用いるものである。ホスト細胞への遺伝子エレメントのプラスミドによる導入にあたっては、まず制限酵素でプラスミドベクターを切断し、本発明による標的酵素種をコードする遺伝子エレメントと当該プラスミドとを連結する。連結されたプラスミドが再環化したら、感染(例えばλファージ中へのパッケージング)その他のプラスミド伝達メカニズム(例えば電気穿孔法、マイクロインジェクションなど)を利用してプラスミドをホスト細胞に伝達させる。ホスト細胞に遺伝子エレメントを挿入するのに適当なプラスミドの例としてはpBR322およびその誘導体であるpAT153、pXf3、pBR325、およびpBR327、pUCベクター群、pACYCおよびその誘導体、pSC101およびその誘導体、およびColE1が挙げられるがこれらに限定されるものではない。
本発明において好適に使用されるホスト細胞は、希望する芳香族化合物の工業的生合成的生産に使用可能な属(genus)に属するものである。従って、ホスト細胞は、Escherichia(エシェリキア)、Corynebacterium(コリネバクテリウム)、Brevibacterium(ブレヴィバクテリウム)、Arthrobacter(アルスロバクター)、Bacillus(バチルス)、Pseudomonas(シュードモナス)、Streptomyces(ストレプトマイセス)、Staphylococcus(スタフィロコッカス)、およびSerratia(セラチア)の各属に属する原核生物を包含する。真核ホスト細胞も使用できるが、イースト類またはSaccharomyces(サッカロマイセス)属やSchizosaccharomyces(シゾサッカロマイセス)属が好ましい。
より具体的には原核ホスト細胞はたとえば次の種から誘導されるがこれらに限定されるものではない:Escherichia coli(エシェリキア・コリ)、Corynebacterium glutamicum(コリネバクテリウム・グルタミカム)、Corynebacterium herculis(コリネバクテリウム・ヘルキュリス)、Brevibacterium divaricatum(ブレヴィバクテリウム・ディヴァリカタム)、Brevibacterium lactofermentum(ブレヴィバクテリウム・ラクトフェルメンタム)、Brevibacterium flavum(ブレヴィバクテリウム・フラヴァム)、Bacillus brevis(バチルス)、Bacillus cereus(バチルス・セレウス)、Bacillus circulans(バチルス・サーキュランス)、Bacillus coagulans(バチルス・コアギュランス)、Bacillus lichenformis(バチルス・リシェニフォルミス)、Bacillus megaterium(バチルス・メガテリウム)、Bacillus mesentericus(バチルス・メセンテリカス)、Bacillus pumilis(バチルス・ピュミリス)、Bacillus subtilis(バチルス・サブチリス)、Pseudomonas aeruginosa(シュードモナス・エルジノーサ)、Pseudomonas angulata(シュードモナス・アングラータ)Pseudomonas fluorescens(シュードモナス・フルオレッセンス)、Pseudomonas tabaci(シュードモナス・タバシ)、Streptomyces aureofaciens(ストレプトマイセス・オーレオファシエンス)、Streptomyces avermitilis(ストレプトマイセス・アヴァーミチリス)、Streptomyces coelicolor(ストレプトマイセス・コエリコロール)、Streptomyces griseus(ストレプトマイセス・グリセウス)、Streptomyces kasugensis(ストレプトマイセス・カスゲンシス)、Streptomyces lavendulae(ストレプトマイセス・ラヴェンジュレ)、Streptomyces lipmanii(ストレプトマイセス・リプマニ)、Streptomyces lividans(ストレプトマイセス・リヴィダンス)、Staphylococcus epidermis(スタフィロコッカス・エピデルミス)、Staphylococcus saprophyticus(スタフィロコッカス・サプロフィチカス)、およびSerratia marcescens(セラチア・マルセッセンス)。
好ましい真核ホスト細胞としては、Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレヴィシエ)およびSaccharomyces carlsbergensis(サッカロマイセス・カールスベルゲンシス)が挙げられる。
コリスメート(芳香族アミノ酸など)からの一次代謝物を工業的に生産するためには、代謝生合成経路において一以上の酵素をフィードバック阻害しない上述の種の非調整(deregulated)突然変異株が好ましい。そのような株はランダムまたは特異的突然変異によって生成されるかあるいは商業的に入手可能である。DAHPシンターゼ、プレフェン酸デヒドラターゼ、あるいはコリスミ酸ムターゼのフィードバック阻害を除去した大腸菌の例は、Tribe(トライブ)に許可された米国特許第4681852号およびBeckman(ベックマン)に許可された米国特許第4753883号に記載されており、これらの開示を本明細書の一部を構成するものとしてここに援用する。
本発明の好ましい実施態様においては、ホスト細胞中の律速酵素種の高発現がホスト細胞の形質転換によって達成されるが、この形質転換は次の酵素種、すなわち3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ(EPSPシンターゼ)、をコードするDNAを含有するプラスミドベクターによってなされる。より好ましくは、形質転換ベクターはさらにコリスミ酸シンターゼをコードするDNAを含有する。本発明方法における最も好ましい実施態様においては、大腸菌株は、次の酵素をコードするDNAを含有するリコンビナントDNAで形質転換されてホスト細胞中のそれら酵素の発現を増加させる:トランスケトラーゼ(tkt)、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ(DAHPシンターゼ)、3-デヒドロキネート・シンターゼ(DHQシンターゼ)、シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼ。
典型的には、リコンビナントDNAは、上記酵素種をコードするDNAを含有する一以上のリコンビナントプラスミドベクターの一部としてホスト細胞中に導入される。
本発明の他の実施例には、本発明方法によって調製される細胞形質転換体および、そのような細胞形質転換体を用いて炭素源から芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法が含まれる。この方法は、炭素源の存在下、共通経路において当該炭素源を利用しうる本発明の細胞形質転換体を、経路における炭素源の使用を助成する条件下において培養する段階を包含するものである。本発明のその他の実施態様には、共通芳香族生合成経路の2以上の律速酵素に対する構造遺伝子を包含するプラスミド構造体が含まれる。例えば、好ましい構造体としてシキメート・キナーゼとEPSPシンターゼに対する構造遺伝子を含有するものが挙げられ、より好ましくはコリスミ酸シンターゼに対する構造遺伝子も含有される。そのようなプラスミド構造体で形質転換された微生物もまた本発明に含まれる別の一態様である。
すでに述べたように、ホスト細胞中の共通経路から導かれる化合物の生合成能を高めるために、その経路上での反応を促進するタンパクの発現を増加させることが従前なされてきた。本発明は、共通経路を経由してホスト細胞中の芳香族化合物を生成するにあたりその生成効率を目ざましく改善するものである。これまでの報告では、共通経路のトランスケトラーゼ単独もしくはトランスケトラーゼと他の酵素、例えばDAHPシンターゼ、DHQシンターゼさらにはシキミ酸シンターゼとの組み合わせでの濃度を高めることによって経路の上流端(反応シーケンス開始点)への炭素の流れを増加させることができることが知られている。しかし、律速酵素種が同定できること、および、この同定結果を利用してホスト細胞を形質転換して律速酵素種を過発現させ芳香族経路中の炭素流の顕著な増加をもたらしうること、についてはなんらの示唆もなされていない(このことは形質転換ホスト細胞の培養基中の「プロセス内」芳香族代謝産物の濃度によってわかる)。このように本発明は共通経路から得られる化合物の生合成収率を向上させるという従前なされてきた努力をさらにつぎの(1)、(2)のように改善するものと見ることができる:(1)前記経路における律速反応段階を同定すること、および(2)その経路において同定された律速段階を触媒するタンパクの発現を増大させること。本発明においては、発現の増大は、好ましくはホスト細胞を形質転換して当該タンパク触媒(酵素)をコードする構成的外因性遺伝子を発現させ、これによってホスト細胞中のタンパクの濃度を増加させることによって達成される。本発明による改良点が特に顕著に現れるのは、ホスト細胞が、シキミ酸キナーゼ、EPSPシンターゼおよびコリスミ酸シンターゼに対する遺伝子を包含する外因性構造遺伝子を発現するように形質転換された大腸菌の菌株の場合である。
pheA-、tyrA-、およびΔtrpE-Cである大腸菌株、D2704は、理論的にはコリスミ酸が生成可能なはずである。なぜならフェニルアラニン、チロシン、およびトリプトファンへと続く末端経路がそれぞれ阻害(ブロック)されているからである(図1)。この株を用いて、経路に炭素流の急増が起こったとき、大腸菌中で芳香族アミノ酸生合成の共通経路の阻害を除去することを計画した。ここで阻止の指標としてコリスメートの蓄積増加を用いた。富化した培地中でD2704細胞を成長させた後、最小塩蓄積培地中への再懸濁で、ほとんどもしくは全くコリスメートが蓄積しなくなり、一方フェニルアラニンのレベルが目ざましく向上した。フェニルアラニンの生成は、非酵素的なコリスミ酸からプレフェン酸へのクライゼン再転位の後、フェニルピルビン酸を生成する脱水工程を経ることで説明される。酵素であるコリスミ酸ムターゼはコリスメートからプレフェネートへの転換を37℃で2x106倍加速するが、この反応は酵素の不存在下でも起こりうる。報告によれば、プレフェン酸は通常の細胞培養において創出されるような温和な酸性条件下で非酵素的にフェニルピルベートを生成する。フェニルピルビン酸の生成と共に微生物は、tyrBでコードされた完全アミノトランスフェラーゼによって、フェニルアラニンを合成できるはずである。しかしながら非常に多量のフェニルラクテートが培養上清の幾つかに観察された。
tyrBでコードされた芳香族アミノトランスフェラーゼは、窒素供与体としてグルタメートを、コエンザイムとしてピリドキサルリン酸を用いて芳香族ケト酸アミノ酸をアミノ基転移させる[Mavrides,C.In Methodsin Enzymology;アカデミック社:サンディエゴ、1987年、142、253-267ページ]。フェニル乳酸の生成は、細胞中のグルタメート供給が不十分でフェニルピルビン酸を完全にアミノ基転移できないことによるものであろう。フェニルピルビン酸のフェニル乳酸への還元が起こって、細胞内のNAD+の供給を再びもたらす可能性がある。また、酵素である乳酸デヒドロゲナーゼ[Holbrook,J.J.;Liljas,A.;Steindel,S.S.;Rossmann,M.G.In The Enzymes;Boyer,P.D.編;アカデミック・プレス:ニューヨーク、1975;第11巻、第4章]によって触媒される、ピルベートから乳酸への同様な還元が嫌気条件下で起こり、NAD+の供給を再び起こして解糖機能を継続させることが知られている。
芳香族アミノトランスフェラーゼの活性もまた、D2704におけるpheA突然変異の存在によって制限される可能性がある。pheAによってコードされる、二機能性の酵素であるコリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドラターゼは、フェニルピルベートの存在下で芳香族アミノトランスフェラーゼと反応し、大腸菌内で複合体を形成する[Powell,J.T.;Morrison,J.F.;Biochem.Biophys.Acta、1979年、568、467-474]。D2704はpheAであるので、これは複合体形成に必要なコリスミ酸ムターゼ-プレフェン酸デヒドロラターゼ酵素を生成できないはずである。酵素-酵素間の相互反応の役割は判明していないが、複合体を形成できないことがアミノトランスフェラーゼ活性に影響し、細胞内でフェニルピルビン酸の蓄積をもたらす可能性がある。この仮説はもっともらしく聞こえるが、フェニルラクテートの蓄積の理由は未だに実験的には解明されていない。しかしながら、フェニルラクテートの蓄積が共通経路からの阻害が除去されたグルコース等価物を表すとみることには問題はない。よって芳香族アミノ酸生合成の共通経路から代謝阻害がうまく除去できたときの除去量を、以下に記す研究によってフェニルアラニンとフェニル乳酸の総蓄積の和として測定した。培養上清における共通経路中間体の蓄積を利用して、共通経路を下る炭素流中の律速段階である酵素を同定したが、これは蓄積中間体が律速酵素の基質であるという考えに基づくものであった。
適切な薬剤を含有するLB培地を用いて各株5ミリリットルの出発培養を10時間生育した。容積4リットルのエルレンマイヤー・フラスコにLB培地1リットルを入れ、さらに必要に応じてイソプロピルB-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)(0.2mM)、クロラムフェニコール(20mg/L)、およびアンピシリン(50mg/L)を加えたものに上記出発培養を接種した。培養(1リットル)を37℃で12時間、攪拌しながら生育させた(250RPM)。細胞を収穫し(3000g、5分、4℃)、M9塩で3回洗浄した[M9塩は1リットル当たりNa2HPO4を6g、KH2PO4を3g、NaClを0.5g、NH4Clを1g含有する](各サンプルを300mlで洗浄)。グルコース(10g)、MgSO4(1mM)、およびチアミン(30mg)を含有させた1リットルのM9蓄積培地を4リットルのエルレンマイヤー・フラスコにいれ、さらに必要な場合にはこれにクロラムフェニコール、アンピシリン、およびIPTGを添加し、これに細胞沈殿物を再懸濁した。細胞は、さらに48時間の間、37℃で攪拌しながら蓄積培地中でインキュベートした(250RPM)。分割量(25ml)を24時間および48時間の間隔で取り出して遠心分離した(6000g;5分;4℃)。分離された上清10ミリリットルを各サンプルから集め、真空下で水分を除去した。サンプルを重水で二回交換し、1H-NMRで分析した。3-(トリメチルシリル)プロピオン-2,2,3,3-d4酸のナトリウム塩を内部標準として用いて中間体と蓄積過程で生成した産物を定量した。全培養は三重に用意して生育させ、蓄積した分子の平均値およびその標準偏差を得た。
芳香族アミノ酸生合成の共通経路を通る炭素サージを起こすためには、トランスケトラーゼ(tkt)を含有するプラスミド及び3ーデオキシ-D-アラビノーヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ(DAHPシンターゼ)のチロシン感受性アイソザイム(aroF)を用いた。トランスケトラーゼは、芳香族アミノ酸の生産において細胞が利用できるエリスローズ4-リン酸のレベルを増大させることが知られている一方、DAHPシンターゼは経路における最初の不可逆的段階である。tkt、aroFプラスミドpKD130A(図2)、アンピシリン耐性完全遺伝子を有するpBR325誘導体、および複製起点pMB1は、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸(DAHP)、3-デヒドロシキメート(DHS)、シキメート、およびシキメート-3-リン酸という共通経路中間体を蓄積した。総フェニルアラニンおよびフェニル乳酸蓄積量は、D2704へ導入されたとき5.6+/-0.7mMであった(図3)。48時間のインキュベーションの後、DAHPに関する1H-NMR共鳴を測定した結果は次の通りである:δ1.79(dd、13、13Hz、1H)、δ2.20(dd、13、5Hz、1H)、δ3.46(dd、9、9Hz、1H)、およびδ3.83(m、2H)。培地中のシキメートの存在は、共鳴によってδ4.41(dd、4、4Hz、1H)およびδ6.47(m、1H)において示される。シキメートーフォスフェートの共鳴はδ6.47(m、1H)にある。フェニルアラニンの共鳴はδ3.14(dd、14、8Hz、1H)、δ3.29(dd、14、5Hz、1H)、およびδ7.30-7.49(m、5H)に見いだされる。フェニル乳酸の共鳴はδ4.27(dd、8、4Hz、1H)およびδ7.30-7.49(m、5H)で観察される。DHSは24〜48時間の間に蓄積培地から消失する。培養上清中のDAHP、DHS、シキメート、およびシキメート-3-フォスフェートの蓄積から、3-デヒドロキネート・シンターゼ(DHQシンターゼ)、シキメート・デヒドロゲナーゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ(EPSPシンターゼ)のそれぞれが律速酵素であるといえる。DHQシンターゼとシキメート・デヒドロゲナーゼは従前共通経路における律速段階であると同定されていたが[Draths,K.M.;Frost,J.W.;J.Am.Chem.Soc.、1990年、112、9360-9632;Draths,K.M.Ph.D.、スタンフォード大学論文、1991年6月]、シキメート・キナーゼとEPSPシンターゼが律速段階であるとの同定はこれまでに文献記載がない。
培養上清からDAHPの蓄積をなくするために、D2704にtkt、aroF、aroBプラスミドpKD136(図2)が導入された。pKD136を用いるとDAHPが培養上清から成功裏に取り除かれDHS、シキメート、およびシキメート-3-リン酸の蓄積増加をもたらしたが、フェニルアラニンおよびフェニルラクテートは増加しなかった(図3)。図3Aは最小培地中で24時間生育させた後のD2704株中に蓄積した共通経路中間体の濃度を示す。図3Bは最小培地中で24時間および48時間生育させた後のD2704株中に蓄積したフェニルアラニンとフェニルラクテートの総蓄積量を示す。本実験に使用した株は次のものを含む:1)D2704/pKD130A;2)D2704/pKD136;3)D2704/pK136/pKD28;4)D2704/pKD136/pKAD34;5)D2704/pKD136/pKAD31;6)D2704/pKD136/pKAD38;7)D2704/pKD136/pKAD43;8)D2704/pKD136/pKAD39;9)D2704/pKD136/pKAD51;10)D2704/pKD136/pKAD44;11)D2704/pKD136/pKAD50。このように、経路から律速段階を取り除いても、最終産物の蓄積増加は観察されなかった。
pKD136へのaroEの挿入に関して好便なユニーク制限部位がないことにより、残る阻害除去実験においては二つのプラスミド系を使うことになった。この系はpKD136および、pSU2718/pSU2719[Martinez,E.;Bartolome,B.;de la Cruz、F.Gene、1988年、68、159-162]から誘導されたプラスミドであるpSU18とpSU19(これはクロラムフェニコール耐性を有する)、lacプロモーター、および複製起点p15Aからなるものであり、これに残りの阻害除去遺伝子を挿入した。pSU18に基づくaroEプラスミドであるpKD28[Draths,K.M.Ph.D.スタンフォード大学論文、1991年6月]を作成したが、これはpIA321[Anton,I.A.;Coggins,J.R.;Biochem.J.、1988年、249、319-326]からのaroE遺伝子およびtacプロモーターを含有する1.6kbのフラグメントを単離し、さらに図4に示すpSU18へと連結することによって行った。D2704/pKD136/pKD28はDHS蓄積レベルを低下させない一方、培養上清から中間体を完全には除去しなかった。シキメートとシキメート-3-リン酸は培養ブロスに存在し続けた。フェニルアラニンとフェニルラクテートの総生産は生育48時間後で2.1+/-0.9mMへと減少した(図3)が、これはaroEでの阻害除去による炭素流の増加によって最終物質がそれ以上蓄積することがなかったことを意味している。
シキメート・キナーゼの律速特性を除去するため、aroLとaroEaroLの両プラスミドを構築した。aroLは、機能が未知の遺伝子であるaroM[DeFeyter,R.C.;Pittard,J.、J.Bacteriol.、1986年、165、226-232]を有する転写ユニットに位置している。この転写ユニットを含む2.7kbのフラグメントは既に単離されており、これはpBR322にクローニングされてプラスミドpMU371[DeFeyter,R.C.;Pittard,J.、J.Bacteriol.、1986年、165、226-232]を形成する。aroLを含有するkBフラグメントをプラスミドpMU371から単離し、ベクターpSU19に挿入して3.3kbのaroLプラスミドpKAD31(図5)を製作する。4.9kbのaroEaroLプラスミドpKAD34をpKD28からのaroE遺伝子のフランキング制限部位の操作によって得たのち、それを単離してpKAD31のユニークなXbaIおよびBamH部位へと連結する(図6)。
aroEaroL構成体(construct)であるD2704/pKD136/pKAD34はDHSとシキメートを培養上清から完全に除去することができ、蓄積された共通経路中間体としてシキメート-3-リン酸を残すのみである。フェニルアラニンとフェニル乳酸の総生産は3.4+/-0.2mMであった。これはD2704/pKD136/pKAD28という最終産物からのわずかな上昇にとどまったが、なおD2704/pKD130AとD2704/pKD136の両者で観察されるフェニルアラニンとフェニルラクテートよりもまだ顕著に少ないものであった(図3)。
aroL構成体であるD2704/pKD136/pKAD31もまたDHSとシキメートを培養ブロスから完全に除去することができ、ただ一つの過生産された遺伝子を有するシキメート・デヒドロゲナーゼおよびシキメート・キナーゼ両者の律速特性をから解放している。したがってシキメート・デヒドロゲナーゼの律速特性はシキメート蓄積の人為結果(アーティファクト)であると思われる。シキメート・デヒドロゲナーゼの律速特性において培養基からシキメートを除去することの重要性は、シキメートが酵素に対して何らかの阻害効果を有するかも知れないことを示唆するものである。シキメート-3-リン酸の蓄積はなお観察され、またフェニルアラニンとフェニルラクテートの総生産は5.6+/-0.5mMであることが判明した。これは、D2704/pKD130AおよびD2704/pKD136で最初に観察された最終産物生成レベルである(図3)。このようにDHQシンターゼ、シキメート・デヒドロゲナーゼ、およびシキメート・キナーゼの代謝阻止を除去した時、経路の最終産物の総蓄積量は、理由不明の阻害除去されたグルコース同等物を別として顕著な増加はなかった。
EPSPはEPSPシンターゼの前進反応の阻害剤であることが報告されており[Duncan,K.;Lewendon,A.;Coggins,J.R..、FEBS Lett.、1984年、165、121-127]、これは当該酵素が律速特性を遵守することに対する一説明を示唆するものである。シキメート-3-リン酸を培養上清から除去するために、aroAプラスミドおよびaroAaroLプラスミドを構築した。aroA遺伝子は、セリンの生合成経路酵素である3-フォスフォセリン・アミノトランスフェラーゼをコードするserCを有するオペロン上に存在する。serCaroAオペロンをコードする4.7kbのフラグメントを単離し配列決定した[Duncan,K.;Coggins,J.R.、Biochem.J.、1986年、234、49-57;Duncan,K.;Lewendon,A.;Coggins,J.R.、FEBS Lett.、1984年、170、59-63]。4.7kbのaroAプラスミドpKAD38を作成するために、2.4kbのaroAフラグメントをプラスミドpKD501から単離し[Duncan,K.;Coggins,J.R.、Biochem.J.、1986年、234、49-57]、外部lacプロモーターの直後にあるベクターpSU18に連結した(図7)。serCaroAの転写ユニットからのaroAの除去は、発現のために外部プロモーターの後ろにそれが配置されることを必要とする。serCとaroA遺伝子の間に位置しaroAの発現を自然に減衰させると信じられている、rhoと独立の転写ターミネーターは、2.4kbのaroAフラグメント上に完全な形で残存するが、この理由は、除去に好都合な制限部位がないからである。外部lacプロモーターの後方の転写ターミネーターでのトランケートされたaroA遺伝子はなおあるレベルのEPSPシンターゼの過発現をもたらす。5.7kbのaroAaroLプラスミドであるpKAD(図8)は2.4kbのaroA遺伝子をフランキングPstIと平滑末端化部位による単離および等価な部位を有するように操作されたpKAD31ベクターへの連結によって作成された。
D2704/pKD136/pKD38株の評価の結果、総フェニルアラニンおよびフェニルラクテート生産量の顕著な増加が判明した。この生産量は48時間蓄積後で7.9+/-1.3mMであった(図3)。上清に蓄積した経路の中間体はDHS、シキメート、およびシキメート-3-リン酸であった。D2704/pKD136/pKAD43株は9.7+/-0.3mMのフェニルアラニンとフェニルラクテートを生産したが、唯一の共通経路中間体、シキメート-3-リン酸が蓄積したのみであった。aroAプラスミドが阻害除去されたグルコース等価物から最終産物への転換が成功したことを最初に示した。aroA遺伝子がシキメート-3-リン酸蓄積を完全に取り除くことができないことは、EPSPシンターゼによって触媒される反応の可逆性から来るものと考えられえる。
コリスミ酸シンターゼは不可逆的であってかつ恐らくは律速酵素であろうということが示唆されている[Pittard,A.J.In Escherichia coli and Salmonella typhimurium;Neidhardt,F.C.、Inhgraham,J.L.、low,K.B.、Magasanik,B、Schaechter,M、Umbarger,H.E.、編、アメリカ微生物学会:ワシントンD.C.、1987年;vol.、第4章]。もし蓄積されたEPSPが引き続きEPSPシンターゼによってシンターゼ-3-リン酸へと転換されるならば、コリスミ酸シンターゼの律速特性によって、シキメート-3-リン酸は引き続き存在するであろう。培養上清からシキメート-3-リン酸を完全に除去するために、aroAaroCaroLプラスミドを構築した。まずpGM602からの平滑末端化部位とSalIによってフランキングされたaroCフラグメントの単離によってaroCプラスミドを構築した[White,P.J.;Miller,G.;Coggins,J.R.;Biochem.J.、1988年、251、313-322]。これはコリスミ酸シンターゼをコードする1.69kbのフラグメントを含有するプラスミドである。pSU19のユニークなSalIおよびSmaI部位への連結によって4kbのプラスミドpKAD39を作成した(図9)。7.4kbのaroCaroCaroLプラスミドpKAD50を作成するために、1.69kbのaroCフラグメントをpKAD39からSalI/平滑末端化フラグメントとして単離し、等価な末端を有するように操作されたpKAD43ベクターへと連結した(図10)。
D2704/pKD136/pKAD50株は12.3+/-2.2mMのフェニルアラニンとフェニルラクテートを産生したが、これはD2704/pKD136/pKAD43のD2704/pKD136/pKAD43と比べて最終物質生産量において目ざましい増加である(図3)。D2704/pKD136/pKAD50はなおいくらかのシキメート-3-リン酸を蓄積したが、その総蓄積量はD2704/pKD136/pKAD43より少なかった。48時間後のD2704/pKD136/pKAD50蓄積をNMRにより測定すると、δ3.29(dd、14、5Hz、1H)、δ4.0(dd、8、5Hz、1H)、およびδ7.25-7.49(m、5H)における共鳴でフェニルアラニンの存在が示される。フェニル乳酸の共鳴は、δ2.88(dd、14、8Hz、1H)、δ4.27(dd、8、4Hz、1H)、およびδ7.25-7.49(m、5H)である。少量のDHSもまた培養ブロス中に存在し、これはδ6.4(d、3Hz、1H)での共鳴で示される。阻害除去プラスミドにaroCを加えた時に観察された最終産物の増収は、蓄積されたEPSPがシキメート-3-リン酸に転換される可能性を仮定すると、律速酵素としてのコリスミ酸シンターゼの作用であるといえる。
さらに良くコリスミ酸シンターゼの役割を理解するために、aroC(pKAD39;図9)、aroAaroC、およびaroCaroLをD2704/pKD136中に構築し、評価した。6.39kbのaroCaroAプラスミドpKAD44(図11)を、フランキングPstIおよび平滑末端部位を有するaroAフラングメントを単離することにより製作し、次いで等価な平滑末端部位を含有するように操作したpKAD39ベクター中に連結した。5kbのaroCaroLプラスミドpKAD51(図12)はSalI平滑末端フラグメントとしてaroCを単離し、等価な部位を含有するように操作したpKAD31ベクター中に連結した。図3から明らかなように、pKAD39、pKAD44、pkAD51は、aroAaroCaroLプラスミドpKAD50がD2704/pKD136へと挿入された時の最終物質蓄積レベルに至らなかった。従ってD2704/pKAD136/pKAD50株が最終産物の生産量を最大にする最適な株であることが決定された。
この最適なD2704/pKAD136/pKAD50株中のトランスケトラーゼの役割を決定するために、BamHIによる分解でプラスミドpKAD136から遺伝子を除去し、次いで再連結してaroFtktプラスミドpKAD42を製作した(図13)。D2704/pKAD42/pKAD50の培養の結果、多量のアセテートとラクテートが蓄積したがこれは細胞死を招いた。この問題に対して蓄積培地のpHを48時間のインキュベーションの間モニターし、必要なときには5NのNaOHで中和した。中性pHに保持することによって、D2704/pKAD42/pKAD50の24時間および48時間の両時点でプレフェン酸が高度に蓄積したが、この理由は恐らく中性pHでのフェニルピルベートへの転位能が低いことによるものであろう。このように、D2704/pKAD42/pKAD50とD2704/pKAD136/pKAD50とで共通経路末端に成功裏にもたらされる炭素流の量を比較するために、フェニルアラニン、フェニル乳酸、およびプレフェン酸の総量を考察した。
図14に示すように、D2704/pKAD136/pKAD50株によって生産される最終産物の量はD2704/pKAD42/pKAD50株によって生産される量よりも遥に多い。このことは、芳香族アミノ酸およびその誘導体へと炭素サージをうまく向わせるためには、共通経路で利用可能な炭素レベルを上昇させDAHPシンターゼ、DHQシンターゼ、シキメート・キナーゼ、EPSPシンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼをコードする遺伝子を増加させるためにトランスケトラーゼの染色体コピーが余分に必要とされ、その結果意図する最終産物へのサージを成功裏に指向することができることを示している。
NMRスペクトルによる細胞上清の分析の結果、DHQシンターゼ、シキメート・キナーゼ、EPSPシンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼが芳香族アミノ酸生合成の共通経路における代謝阻害剤であることが判明した。従前、シキメート・デヒドロゲナーゼが代謝阻害剤であるとして同定されていたが、これは培地中でのシキメートの蓄積による人為結果であると考えられる。生物触媒的過程によって生産される芳香族アミノ酸およびその誘導体の収率および純度の両者を、大腸菌の2つのプラスミド系の利用によって向上させることができる。プラスミドpKAD136またはその機能上の等価物は芳香族アミノ酸生合成の共通経路への炭素流増加をもたらす必須要件であって、一方プラスミドpKAD50またはその機能上の等価物は当該共通経路の終点へと炭素流のサージを確実に向けるための必須要件である。阻害除去遺伝子aroB、aroL、aroA、およびaroCの導入時に観察される最終産物の純度の向上は、D2704/pKD130AおよびD2704/pKD136/pKAD50のNMRデータにおいて容易に識別することができる。
(57)【特許請求の範囲】
1.大腸菌細胞形質転換体において、当該細胞に対し内因性の芳香族アミノ酸生合成共通経路を経由して芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、代謝可能な炭素源を含有する培地中で当該炭素源の代謝を促す条件下で前記細胞形質転換体を培養する段階を包含するものであって、前記細胞形質転換体は、共通経路酵素種をコードする外因性DNA配列を包含し、当該酵素種は、次の酵素、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノ-ヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、および5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼからなるものである、芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法。
2.一以上のリコンビナント・プラスミド・ベクターが、前記酵素種をコードする外因性DNA配列を包含するものである、請求項1に記載の方法。
3.次の酵素種、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイル-シキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼをコードする構造遺伝子の発現向上を特徴とする、大腸菌形質転換体。
4.さらに次の酵素種、トランスケトラーゼおよび3-デオキシ-D-アラビノーヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼの発現向上を特徴とする、請求項3に記載の大腸菌形質転換体。
5.炭素源から芳香族化合物を生物触媒的に生産する方法であって、当該方法は、前記炭素源の代謝を促す条件下で代謝可能な炭素源を含有する培地中で請求項4に記載の細胞形質転換体を培養する段階を包含するものである方法。
6.Escherichia(エシェリキア)、Corynebacterium(コリネバクテリウム)、Brevibacteria(ブレヴィバクテリア)、Arthrobacter(アルスロバクター)、Bacillus(バチルス)、Pseudomonas(シュードモナス)、Streptomyces(ストレプトマイセス)、Staphylococcus(スタフィロコッカス)、およびSerratia(セラチア)の各属に属する原核生物からなる群から選択され、次の酵素種、トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノーヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼ、3-デヒドロキネート・シンターゼ、シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイル-シキメート-3-リン酸シンターゼおよびコリスミ酸シンターゼをコードする外因性構造遺伝子の発現を特徴とする、原核生物細胞形質転換体。
7.シキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼのそれぞれをコードするDNAを含有するリコンビナント・プラスミド・ベクター。
8.トランスケトラーゼ、3-デオキシ-D-アラビノーヘプツロソネート-7-リン酸シンターゼのチロシン感受性アイソザイム、および3-デヒドロキネート・シンターゼのそれぞれをコードするDNAを含有するリコンビナント・プラスミド・ベクター、およびシキメート・キナーゼ、5-エノールピルヴォイルシキメート-3-リン酸シンターゼ、およびコリスミ酸シンターゼのそれぞれをコードするDNAを含有するリコンビナント・プラスミド・ベクターによって形質転換された大腸菌。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2005-11-04 
出願番号 特願平6-515221
審決分類 P 1 651・ 531- YA (C12P)
P 1 651・ 534- YA (C12P)
P 1 651・ 121- YA (C12P)
最終処分 維持  
前審関与審査官 冨永 みどり  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 種村 慈樹
佐伯 裕子
登録日 2003-05-16 
登録番号 特許第3429765号(P3429765)
権利者 ジェネンコー インターナショナル,インコーポレイテッド パーデュー・リサーチ・ファウンデーション
発明の名称 芳香族アミノ酸合成における共通経路の阻害除去  
代理人 原島 典孝  
代理人 一色 健輔  
代理人 鈴木 知  
代理人 一色 健輔  
代理人 一色国際特許業務法人  
代理人 一色 健輔  
代理人 一色国際特許業務法人  
代理人 原島 典孝  
代理人 鈴木 知  
代理人 原島 典孝  
代理人 鈴木 知  
代理人 原島 典孝  
代理人 一色 健輔  
代理人 鈴木 知  

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