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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1134373
異議申立番号 異議2003-73398  
総通号数 77 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-19 
確定日 2006-03-24 
異議申立件数
事件の表示 特許第3474373号「耐水素脆性および疲労特性に優れたばね鋼」の請求項1ないし11に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3474373号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続きの経緯
本件特許第3474373号は、平成8年10月25日(優先日平成7年10月27日、平成8年8月9日)の特許出願に係るものであって、平成15年9月19日に請求項1〜11に係る発明について特許権の設定の登録がされたものであり、その後、全請求項に係る特許について、愛知製鋼株式会社及び重田智子より特許異議の申立てがなされた。
そこで、当審より特許取消理由が通知され、平成17年5月24日付で訂正請求がなされ、当審より特許異議申立人に対して審尋がなされ、異議申立人から回答書が提出され、その後平成17年11月4日付で当審より訂正拒絶理由が通知され、その応答期間である平成18年1月17日に特許権者より意見書が提出されたものである。

2.訂正の適否についての判断
(1)平成17年5月24日付け訂正請求書の内容
(a)訂正事項a
本件特許の願書に添付した明細書(以下、単に「明細書」という。)の特許請求の範囲の、
「【請求項1】・・・・ばね鋼であって、Ti:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Ta:0.5%以下、Hf:0.5%以下、よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.001%以上含有すると共に、N:1〜200ppm S:5〜300ppmを含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散していることを特徴とする・・・【請求項3】・・・【請求項4】前記元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物の個数が1,000以上である請求項1〜3のいずれかに記載のばね鋼。【請求項5】焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が・・・である請求項1〜4のいずれかに記載のばね鋼。【請求項6】更に他の元素として・・・である請求項1〜5のいずれかに記載のばね鋼。【請求項7】更に他の元素として・・・である請求項1〜6のいずれかに記載のばね鋼。【請求項8】更に他の元素として・・・である請求項1〜7のいずれかに記載のばね鋼。【請求項9】鋼中の不可避不純物が・・・である請求項1〜8のいずれかに記載のばね鋼。【請求項10】鋼中に不純物として含まれる・・・である請求項1〜9のいずれかに記載のばね鋼。【請求項11】鋼が下記・・・である請求項6〜10のいずれかに記載のばね鋼。」を、
「【請求項1】・・・・ばね鋼であって、Ti:0.001〜0.5%(0.003%以下を除く)、Zr:0.001〜0.5%、Ta:0.001〜0.5%、Hf:0.001〜0.5%、よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.001%以上含有すると共に、N:1〜200ppm S:5〜300ppmを含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径0.5μm以上5μm未満の析出物が1000個以上微細分散していることを特徴とする・・・【請求項3】・・・【請求項4】焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が・・・である請求項1〜3のいずれかに記載のばね鋼。【請求項5】更に他の元素として・・・である請求項1〜4のいずれかに記載のばね鋼。【請求項6】更に他の元素として・・・である請求項1〜5のいずれかに記載のばね鋼。【請求項7】更に他の元素として・・・である請求項1〜6のいずれかに記載のばね鋼。【請求項8】鋼中の不可避不純物が・・・である請求項1〜7のいずれかに記載のばね鋼。【請求項9】鋼中に不純物として含まれる・・・である請求項1〜8のいずれかに記載のばね鋼。【請求項10】鋼が下記・・・である請求項6〜9のいずれかに記載のばね鋼。」に訂正する。
(2)訂正事項b
(b-1)明細書の段落【0006】において、
「・・・・ばね鋼であって、Ti:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Ta:0.5%以下、Hf:0.5%以下、よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を、合計で0.001%以上含有すると共に、N:1〜200ppm S:5〜300ppmを含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散しているところに特徴を有している。」とあるのを、
「・・・・ばね鋼であって、Ti:0.001〜0.5%(0.003%以下を除く)、Zr:0.001〜0.5%、Ta:0.001〜0.5%、Hf:0.001〜0.5%、よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を、合計で0.001%以上含有すると共に、N:1〜200ppm S:5〜300ppmを含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径0.5μm以上5μm未満の析出物が1000個以上微細分散しているところに特徴を有している。」と、
(b-2)同段落【0029】において、
「平均粒子径・・・多数存在する」とあるのを、「平均粒子径0.5μm以上5μm未満の微細析出物は、そのサイズのものがより多数存在する」に、
同段落【0033】において、
「平均粒子径・・・1,000個以上」とあるのを、
「平均粒子径が0.5μm以上5μm未満である微細な析出物を前記被検面内に1,000個以上」に、
(b-3)同段落【0035】において、
「Ti:0.5%以下・・・よりなる群から選ばれる少なくとも1種」とあるのを、
「Ti:0.001〜0.5%(0.003%以下を除く),Zr:0.001〜0.5%,Ta:0.001〜0.5%,Hf:0.001〜0.5%よりなる群から選ばれる少なくとも1種」に、
(b-4)同段落【0035】において、
「Ti:0.5%以下・・・よりなる群から選ばれる少なくとも1種」とあるのを、
「Ti:0.001〜0.5%(0.003%以下を除く),Zr:0.001〜0.5%,Ta:0.001〜0.5%,Hf:0.001〜0.5%よりなる群から選択される少なくとも1種」に、
それぞれ訂正する。
(2)訂正拒絶理由通知の概要
上記訂正事項aによる請求項1に係る訂正は、Ti,Zr,Ta,Hfそれぞれの含有量について、下限値0.001%を付加するとともに、Tiについては、「0.003%以下を除く」なるいわゆる「除くクレーム」という新規事項に係る実務運用において例外的に認められている記載様式に基づいて訂正しようとするものであるが、「除くクレーム」は、
(i)特許法第29条第1項第3号第29条の2又は39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項である場合
(ii)当該発明が先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが、たまたま先行技術と重複するような部分を含む場合
に限って例外的に認められる記載様式であるが、当審で通知した平成17年3月16日付け取消理由通知書に記載した取消理由(イ)及び(ロ)はいずれも特許法第29条第2項違反を理由としているから、本件訂正は(i)に該当しないし、また、刊行物1、7に記載された先行技術は、その成分組成が本件発明と極めて類似し、鋼種も同じばね(用)鋼である点でも一致するものであって、本件発明は、上記(ii)の「当該技術が先行技術と技術的思想としては顕著に異なる」場合ではないから、「たまたま先行技術と重複するような部分を含む」ものでもないと云うべきである。
してみると、訂正事項aのTiに関する「除くクレーム」は、例外的に認められている「除くクレーム」の(i)及び(ii)の場合に該当するとは云えないから、特許明細書に記載された範囲内でなされたものではないし、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正及び明りょうでない記載の釈明のいずれにも該当しないから、上記訂正は、特許法第120条の4第3項において準用する同法第126条第1項ただし書き及び同条第2項の規定に適合しないので、当該訂正は認められない、というものである。
(3)平成18年1月17日付け意見書の内容
特許権者は、上記訂正請求書の主体をなす「除くクレーム」は妥当でないことを自認し、しかも該訂正請求書に対する拒絶理由が、訂正請求書の補正によって治癒し得るものでないことも了解する旨、意見書において述べている。
ただし、新たな訂正案を提示して、当該訂正案に基づく本件発明の特許性を主張しているので、これについては「6.」で述べる。
(4)当審の判断
当審の判断は、訂正拒絶理由に記載したとおりであり、特許権者もこれを是認しているから、該訂正拒絶理由を覆す理由は見あたらない。
(5)むすび
したがって、上記訂正請求は、特許法第120条の4第3項において準用する特許法第126条第2項及び第3項の規定に違反するから、当該訂正請求は認められない。
3.本件発明
特許権者が求める上記訂正請求は、これを認めることができないから、本件請求項1ないし11に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1ないし11」という)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】鋼中のC,Si,Mn含有量が、C:0.3%(質量%を意味する、以下同じ)以上0.7%未満、Si:0.1〜4.0%およびMn:0.005〜2.0%であるばね鋼であって、
Ti:0.5%以下、
Zr:0.5%以下、
Ta:0.5%以下、
Hf:0.5%以下、
よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.001%以上含有すると共に、
N:1〜200ppm
S:5〜300ppm
を含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散していることを特徴とする耐水素脆性および疲労特性に優れたばね鋼。
被検面:鋼の表面から0.3mm以上の深さで且つ中心部を含まない様に任意方向に設定される20mm2の広さの断面。
【請求項2】上記被検面内における、上記Ti,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm以上の析出物の数が、下記の要件を満足する請求項1に記載の耐水素脆性および疲労特性に優れたばね鋼。
析出物のサイズおよび個数:
平均粒子径5〜10μmのものが500個以下、
平均粒子径10μm超20μm以下のものが50個以下、
平均粒子径20μm超のものが10個以下。
【請求項3】他の元素としてV:1.0%以下、Nb:0.5%以下、Mo:3.0%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、V,Nb,Moよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散している請求項1または2に記載のばね鋼。
【請求項4】前記元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物の個数が1,000以上である請求項1〜3のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項5】焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が20μm以下、硬さがHRC50以上であり、破壊靱性値(KIC)が40MPa√m以上である請求項1〜4のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項6】更に他の元素として、Ni:3.0%以下、Cr:5.0%以下およびCu:1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜5のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項7】更に他の元素として、Al:1.0%以下、B:50ppm以下、Co:5.0%以下およびW:1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜6のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項8】更に他の元素として、Ca:200ppm以下、La:0.5%以下、Ce:0.5%以下およびRem:0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜7のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項9】鋼中の不可避不純物が、P:0.02%以下である請求項1〜8のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項10】鋼中に不純物として含まれるZnが60ppm以下、Snが60ppm以下、Asが60ppm以下、Sbが60ppm以下である請求項1〜9のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項11】鋼が下記(I)式の要件を満たすものである請求項6〜10のいずれかに記載のばね鋼。
2.5≦(FP)≦4.5 …… (I)
式中、FP=(0.23[C]+0.1)×(0.7[Si]+1)×(3.5[Mn]+1)×(2.2[Cr]+1)×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)
(但し、[元素]は各元素の質量%を表わす)」

4.特許異議申立てについて
(a)取消理由の概要
当審による平成17年3月16日付け取消理由の概要は、
(イ)訂正前の本件請求項1〜11に係る発明は、特許異議申立人重田智子による特許異議申立書第14〜28頁に記載の理由、すなわち訂正前の本件発明1〜11は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項1〜11に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、
(ロ)訂正前の本件請求項1〜11に係る発明は、特許異議申立人愛知製鋼株式会社による特許異議申立書第9〜21頁に記載の理由、すなわち訂正前の本件発明1〜11は、刊行物7〜20に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項1〜11に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである、
というものである。(刊行物1〜6は、特許異議申立人重田智子の提出した甲第1〜6号証刊行物に相当し、刊行物7〜20は、特許異議申立人愛知製鋼株式会社の提出した甲第1〜13号証及び参考資料各刊行物に対応する。)

(b)刊行物とその主な記載事項
(1)刊行物1:特開平6-158226号公報
(1a)「本発明対象鋼の成分組成は、JIS規格SUP6,SUP7,SUP10,SUP12で規定される弁ばね、及び懸架ばね鋼々材の成分組成に注目し、これらの各鋼材の成分組成を総合的に判断し、引張り強さ、伸び等の機械的性質が良好でなければならないという条件を考慮し以下のように設定した。
C:0.50〜0.80%
Si:1.00〜2.50%
Mn:0.40〜1.50%
なお、上記以外の合金成分としてはCr,Mo,V,Nb,Cu,Ni,Bをそれぞれ最大2.0%まで含有できる。また、P,S,Sn,As等の微量不純物を許容できる。」(【0008】)
(1b)「本発明における耐疲労性向上の基本的考え方は、ばね鋼々材中の非金属介在物のサイズを徹底的に微細化し、介在物への応力集中を抑制し鋼材の疲労強度を大幅に向上させることにある。」(【0009】)
(1c)「鋼材中の非金属介在物は地鉄と強度、硬さ等が異なるため、応力がかかりやすく、疲労破壊の起点となることが知られている。」(【0010】)
(1d)「円相当直径で15μ以下の酸化物を製造するための方法は特定するものではない。本発明者らの経験によれば、酸化物組成を制御することにより、酸化物系介在物は延性が改善され圧延工程の圧下に伴い分断微細化できる。このためには酸化物系介在物の組成が、重量%で、SiO2:30〜60%,Al2O3:10〜30%,CaO:10〜30%,MgO:3〜15%の範囲が好ましい。さらに該組成酸化物に対して、Mn,Fe,Na,K,Ti,V,Zr,Ceに由来する酸化物を総量で10%以下複合するとさらに延性が向上する。」(【0011】)
(1e)「もうひとつの構成要件は、酸化物以外の非金属介在物の制御である。本発明者らは酸化物以外の非金属介在物と疲労破壊の関係についても精力的研究を重ねた。その結果、特にチタンナイトライドが疲労破壊の起点になることが多く、これを防止するには、チタンナイトライドを円相当直径で5μ以下のサイズに微細化することが有効であることを明らかにした。」(【0015】)
(1f)「なお、本発明を満足するチタンナイトライドを造り込むための精錬方法については特に限定するものではないが、本発明者らの経験によれば、鋼材中のN及びTi含有量の制御が重要である。即ち、N含有量は0.006%以下、Ti含有量は0.003%以下が好ましい。Tiは意図的に添加するものではなく、Fe-Si等の鉄系合金の溶鋼への添加の際に混入するため、合金中のTi含有量が一定値以下の合金を使用する等すればよい。Nは溶鋼と空気の接触により、溶鋼中に混入するケースが多いので、断気等の対策が有効である。」(【0016】)
(2)刊行物2:特開平4-48049号公報
(2a)「従来、材料強度の高い150kgf/mm2以上の鋼種において生じ易い水素による脆化や切欠脆化は完全に防止することはできないと考えられているが、このような鋼種に対し、成分として厳密に調整された特定量のNb(0.005〜0.100%)を添加すると、オーステナイト粒が効果的に微細化されて水素による脆化割れの伝播は著しく抑制される。さらに必要に応じ0.005〜0.100%のTiを添加するとスラブ加熱時あるいは焼入れに先立つ均熱時においてTiNbN、TiNb(CN)を形成しオーステナイト粒成長をさらに効果的に抑制することができる。」(第3頁左下欄4〜15行)
(2b)「ここに本発明の要旨とするところは、重量割合にて
C:0.30〜0.70%、 Si:0.70%以下、
Mn:0.05〜1.00%、 P:0.030%以下、
S:0.020%以下、 Cr:0.50〜2.00%、
Mo:0.10〜0.50%、 Nb:0.005〜0.100%、
sol.Al:0.10%以下、 N:0.002%超〜0.015%以下、
さらに必要によりTi:0.005〜0.10%および/またはB:0.0003〜0.0020%、
Feおよび不可避不純物:残部
から成る鋼組成を有し、均一なベイナイト組織から成る板ばねホースバンドである。」(第3頁右下欄下から2行〜第4頁左上欄11行)
(2c)S:S含有量は低いほどMnSの析出を抑制し、靱性上好ましいことは言うまでもない。このためS含有量は0.020%以下と定めたが望ましくは0.010%以下に制限するのがよい。このために、Ca単独添加あるいはCa-Siインジェクション処理の何れかの手段を取るとよい。ただCaを0.02%以上添加すると大型の介在物を形成するので、これを超えないような範囲で添加処理する必要がある。」(第4頁左下欄下から6行〜右下欄3行)
(2d)「Ti:Tiは必要により添加され、鋼の焼入れ性を向上させるとともに、TiNあるいはTiCを形成し、これが微細分散することにより鋼の硬度および引張り強度を増大させる作用を有している。その上、Nbとの複合析出物としてTiNb(CN)を形成し、オーステナイト結晶粒の微細化を促進する作用をも発揮する。また、Bの添加に際してはBNの析出を抑制しBの粒界への偏析を促進することでPの粒界偏析による耐衝撃性、耐水素割れ性の低下を抑制するものである。しかし、Ti含有量が0.005%未満では前記作用による所望の効果は得られず、一方、0.100%を超えて過剰に含有されるとコストアップになるだけでなく、鋼の硬化につながって利点がなくなることから、Ti含有量は0.005〜0.10%と定めた。」(第5頁左上欄下から8行〜右上欄8行)
(2e)「N:Nの含有は鋼の硬度や引張り強度の向上に効果がある他、AlN,TiN等を形成してオーステナイトの粗粒化を防止し、靱性向上に役立つ。この効果を確保するためN添加量は0.0020%を超えるものとする。また、その含有量が、0.015%超の場合には硬度上昇により焼入れ前の加工性を阻害することから、その含有量を0.015%以下に制限する。」(第5頁左下欄9〜16行)
(3)刊行物3:「ばね論文集1985,第30号」社団法人日本ばね工業会、ばね技術研究会発行、昭和60年3月31日、第11〜19頁
(3a)「他方、弁ばねは、高速回転の過酷な条件の下で使用されるので安定した疲れ特性が要望される。このため表面疵や内部欠陥に対する規制が厳しい。前者に対しては、全面皮削りが行われており、中間工程での疵検査にも十分な配慮がなされている。後者に対しては、酸化物系やTiN系の非金属介在物を低減した清浄鋼の要請が強い。非金属介在物の低減や小径化の方法としては、ダブルメルト法のVARやESRが利用されているが、コスト高となるためレーサー等の特殊仕様車向けに限られている。」(11頁右欄)
(3b)「図2,3に溶製法を変えた場合の酸化物系介在物およびTiN系介在物の粒度分布の違いを示す。図2のSAE9254では、ULO処理による酸化物系介在物の低減効果が顕著であり、また、UL・TiN処理もTiN系介在物の減少、小径化に大きな効果があることを示している。」(12頁右欄)
(3c)図2にSAE9254の介在物粒度分布が図示されており、それによれば、いずれの溶製法によっても、TiN系介在物は、0〜5μm径の介在物が最多数を示している。(13頁中段左)
(4)刊行物4:R&D神戸製鋼技報、Vol.34,No.2、1984年4月、第20〜24頁
(4a)「鋼のHIC対策としては、まずわれの起点を少なくすることが有効であり、鋼塊の極低硫化をはかるためのCaの添加、および硫化物の形態を球状化するためのLa,Ceを代表とするREMの添加が提案されている。」(20頁左欄)
(4b)「本稿ではとくに水素の拡散に着目し、鋼中水素のトラップサイトとして作用すると考えられる炭窒化物について、それらが鋼板のHIC感受性におよぼす影響と、腐食環境条件が変化した場合の効果、さらにHIC対策鋼の製造条件、すなわち仕上圧延温度と熱延中の冷却速度について検討した結果を報告する。」(20頁右欄)
(4c)「鋼中の炭窒化物の定量はJISG1228に従ってInsol.N(塩酸不溶性窒素)として求めるとともに、その分布状態を調べるため電顕による観察を行った。」(21頁右欄)
(4d)「第3図に示したようにInsol.N量が多くなるにしたがい、合計われ長さが小さくなる傾向が認められた。...鋼のHIC感受性低減に有効なInsol.Nの種類を同定するため...TiNを主体としたTi(C,N)であることがわかった。またNb系の析出物ではTi系と同様NbNとNbCの格子定数の中間の値であるが、NbCに近いことからNbCを主体としたNb(C,N)であることがわかった。...炭窒化物が水素の一時的なトラップサイトとなって見かけの拡散定数を小さくし、同一環境条件で水素がチャージされた場合、われ起点に集積する水素が少なくなるためと考えられる。」(22頁)
(4e)「またInsol.N量が40ppmより多くなるとH2S分圧が1atmの場合をのぞいては、われ感受性が高くなる。この原因を炭窒化物の大きさに注目して検討した結果、析出炭窒化物のうち概略10μm程度の巨大なものは、Insol.N量が40ppmを越えると急激にその数が増加する傾向が認められ、HICの起点あるいは経路となることがわかった。
写真1は、H2S分圧10atmの条件でHIC試験をおこなった鋼板No.16に観察されたわれの例であるが、このようにH2S分圧が高い場合には、ほとんどのわれ経路に巨大炭窒化物が観察されたことから、巨大炭窒化物は一種の切欠きとして作用しているものと思われる。
また、熱延過程で析出したと考えられる非常に微細な炭窒化物を2段レプリカ法により電顕で観察した結果、写真2に示したように巨大炭窒化物にくらべてその径が約1000分の1の大きさ(0.01μm程度)の微細な炭窒化物が数多く分布しており、その数についてはHIC感受性の低かった鋼板No.13にもっとも多く析出していた。
このようにきびしい腐食環境における鋼のHIC感受性を低減するには、伸延介在物を極力少なくするとともに、炭窒化物量を単に増すのではなく、その形態を微細に分散析出させることが重要である。」(23頁右欄)
(4f)「第10図から明らかなように、微細炭窒化物は、仕上圧延温度にかかわらず径約0.1μm以下であり、径0.01μmに最多分布していた。また仕上圧延温度が高くなるにしたがい、微細炭窒化物数が多くなることもわかった。これは圧延時にひずみ誘起析出を生じるが、その温度域での圧下量が多いほど炭窒化物が微細に分散しやすくなるためと推定される。」(24頁左欄)
(4g)「1)鋼中に炭窒化物を微細かつ多数分散析出させると、鋼中水素のトラップサイトとして作用するため、見かけの水素拡散定数が小さくなり、鋼のHIC感受性を低減できる。」(24頁右欄)
(5)刊行物5:「ばね論文集1986,第31号」社団法人日本ばね工業会、ばね技術研究会、昭和61年3月31日、第1〜8頁
(5a)「4.5 疲労寿命と起点部非金属介在物の関係
試験応力80.0kgf/mm2における疲労寿命と起点部非金属介在物の大きさおよび起点深さとの関係を図11に示す。同図に示すように、非金属介在物の組成にかかわらず疲労寿命と非金属介在物の大きさが小さくなればなるほど疲労寿命が良くなることがわかる。略板(2)のESR鋼の疲労寿命が良いのは、非金属介在物の大きさが小さくコントロールされているからであり、略板(3)の清浄鋼は非金属介在物の組成がSiO2リッチな比較的延性のあるものにコントロールされ、Al2O3リッチな非金属介在物の数が減少したことおよび塑性加工により非金属介在物が破壊されその大きさが小さくなったことによるものと考えられる。また起点深さは表層0.2mmより深いところにある。これは図4に示したように表層0.2mmまでショットピーニングによる圧縮残留応力が作用しているためである。」(6頁右欄1行〜7頁左欄3行)
(6)刊行物6:「ばね論文集1987,第32号」社団法人日本ばね工業会、ばね技術研究会、昭和62年3月31日、第52〜74頁
(6a)「4・3 被検面積の規定方法 被検面積を変えたときの検出能力について検討した結果を、図12および図13に示す。...(中略)...標準として60mm2を採用するとしても、清浄度が高いサンプルの場合は、被検面積を300mm2とした簡便法を採用しうることの可能性も示唆している。」(59頁右欄下から3行〜61頁左上欄7行)
(6b)「5・2 起点介在物の深さ、大きさおよび成分組成 図20は疲労破断した試験片の破面上で調べた、起点介在物が存在した試験片表面からの深さと、その大きさの頻度分布についてまとめたものである。図20から次のことがわかる。
(1)各サンプルによって介在物折損の合計数は異なるが、深さは200〜300μmに集中している。これは、前述の残留応力分布(クロッシングポイント200μm)と対応している。」(63頁右欄11〜19行)
(7)刊行物7:特開平6-17195号公報
(8)刊行物8:JISG4801「ばね鋼鋼材」昭和59年4月30日発行
(9)刊行物9:特開昭64-39353号公報
(10)刊行物10:特開平5-51693号公報
(11)刊行物11:特開平7-173577号公報
(12)刊行物12:特開平6-128689号公報
(13)刊行物13:特開平6-256896号公報
(14)刊行物14:特開平5-239591号公報
(15)刊行物15:「ばね論文集1985,第30号」社団法人日本ばね工業会、ばね技術研究会発行、昭和60年3月31日、第11〜19頁
(16)刊行物16:特開平3-47918号公報
(17)刊行物17:特開平1-290750号公報
(18)刊行物18:「ばね論文集1983,第28号」社団法人日本ばね工業会、ばね技術研究所発行、昭和58年3月31日、第1〜5頁
(19)刊行物19:特開平6-33189号公報
(20)刊行物20:JISG0551「鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法」昭和52年8月1日発行)
(c)当審の判断
(1)本件発明1について
刊行物1には、(1a)に摘記した組成のばね鋼であって、(1e)、(1f)によれば、疲労破壊の起点となることの多いチタンナイトライドを円相当直径で5μ以下のサイズに微細化することが望ましく、N含有量は0.006%以下、Ti含有量は0.003%以下が好ましいことが記載されている。
以上を、本件発明1の記載ぶりに則って記載すると、甲第1号証には、
「鋼中のC,Si,Mn含有量が、C:0.50〜0.80%,Si:1.0〜2.50%、Mn:0.40〜1.50%であるばね鋼であって、Ti:0.003%以下、Cr,Mo,V,Nb,Cu,Ni,Bをそれぞれ2.0%以下、N:0.006%以下、P,S,Sn,As:不純物量を含有し、Tiの窒化物からなる円相当直径で5μm以下の析出物が微細分散している疲労特性に優れたばね用鋼。」(以下、「刊1発明」という)が記載されている。
刊1発明における鋼中のC,Si,Mn含有量「C:0.50〜0.80%,Si:1.00〜2.50%,Mn:0.40〜1.50%」は、本件発明1における同含有量「C:0.3%以上0.7%未満、Si:0.1〜4.0%およびMn:0.005〜2.0%」と数値範囲が重複している。
また、刊1発明におけるTi含有量「0.003%以下」とN含有量「0.006%以下」は、それぞれ、本件発明1における「Ti:0.5%以下」とNの含有量「1〜200ppm」と重複している。
本件発明1は、Zr,TaおよびHfを含まない場合を包含している。
以上を勘案すると、本件発明1と刊1発明とを対比した場合、両者は次の一致点及び相違点を有する。
[一致点]
「鋼中のC,Si,Mn含有量が、C:0.50%以上0.7%未満、Si:1.0〜2.5%およびMn:0.40〜1.5%であるばね鋼であって、Ti:0.003%以下含有すると共に、N:1〜60ppm、Sを含有し、Tiの窒化物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散しているばね鋼。」である点。
[相違点]
(イ)本件発明1においては、Sの含有量を「5〜300ppm」としているのに対し、刊1発明においてはSを不純物量含有しているものの、具体的数値を特定していない点。
(ロ)本件発明1は、Tiの炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散しているのに対し、刊1発明は、「チタンナイトライド」即ちTiの窒化物を微細分散させることについて記載されるものの、Tiの炭化物、硫化物及びそれらの複合化合物が微細分散することを構成要件としていない点。
(ハ)本件発明1は、被検面について、「被検面:鋼の表面から0.3mm以上の深さで且つ中心部を含まない様に任意方向に設定される20mm2の広さの断面。」と特定しているのに対し、刊1発明は被検面について特定がない点。
これらの相違点について、検討する。
・相違点(イ)について
本件発明1におけるSの含有量「5〜300ppm」に関して、本件特許明細書には、「また、NとSは、上記6種の元素と窒化物や硫化物を形成し、拡散性水素トラップの形成と結晶粒微細化効果を有効に発揮させるため、少なくともNは1ppm以上、...Sは5ppm以上、好ましくは10ppm以上含有させることが必要である。しかしながら多過ぎると、...析出物のサイズおよび個数が増大して疲労特性に悪影響が現れてくるので、...、またSは300ppm以下、好ましくは200ppm以下、より好ましくは150ppm以下に抑えるべきである。」旨の記載がある。
一方、本件発明や刊1発明と同じばね鋼材に関する発明に係る刊行物2には、「S含有量は低いほどMnSの析出を抑制し、靱性上好ましいことは言うまでもない。このためS含有量は0.020%以下と定めたが望ましくは0.010%以下に制限するのがよい。このために、Ca単独添加あるいはCa-Siインジェクション処理の何れかの手段を取るとよい。」(2c)とあるように、不純物量レベルで0.020%すなわち200ppm以下、さらには100ppm以下とすることが望まれているのであるから、本件発明1が規定する「5〜300ppm」は、不純物量として普通に含有されるSの範囲をそっくり包含する範囲であり、刊1発明に不純物量のSが含有されている以上、刊1発明において、この種の鋼中に不純物として含有される程度のS含有量を、数値的に限定して、例えばS含有量について「5〜300ppm」と特定することは、当業者であれば容易になし得た事項にすぎない。
・相違点(ロ)について
刊行物2の(2d)に、「Tiは、必要により添加され、鋼の焼入れ性を向上させると共に、TiNあるいはTiCを形成し、これが微細分散することにより鋼の硬度および引っ張り強度を増大させる作用を有している。その上、Nbとの複合析出物としてTiNb(CN)を形成し、オーステナイト結晶粒の微細化を促進する作用をも発揮する。」との記載があり、また(2e)に、「Nの含有は鋼の硬度や引っ張り強度の向上に効果がある他、AlN,TiN等を形成し」なる記載があるように、Tiが鋼中に含まれるC,Nと反応してTiC,TiN、炭窒化物を生成することも当業者には自明の事項であり、また、刊1発明はSを含有する場合を包含していることから、TiとSとが反応してTiSを生成することも明らかである。
本件発明1と刊1発明とで、C,N,S及びTiの含有量に差異はなく、また本件特許明細書を参照しても炭化物、炭窒化物、硫化物が形成されるための特別な製造方法を採用しているわけではないから、本件発明1においてTiの窒化物の他に炭化物、炭窒化物、硫化物が形成されるのであれば、当然に刊1発明においても、同じものが形成されているはずである。
また、刊行物3の(3b)には、ばねの疲労特性を向上させるために非金属介在物を小径化したことが記載されている。
このように、疲労特性を改善するには、非金属介在物はなるべく小さい方がよいことは公知である。
したがって、刊1発明においても、窒化物以外に当然に含まれる炭化物、硫化物、及びそれらに窒化物を含めたものから選択された複合化合物に関して、その平均粒子径を小さくすることは格別のことではなく、また5μm未満とすることも格別のことではないし、窒化物以外の各種化合物に関してもその大きさを限定したことによる作用効果に格別のものは見いだせない。
さらに刊行物4の(4b)、(4d)、(4f)及び(4g)によれば、鋼中に0.01μm程度の微細な炭窒化物を分散させることによって鋼に耐水素脆性を持たせることができることが記載されている。
してみれば、耐水素脆性を向上させることを目的として、鋼中に微細な炭窒化物を形成させ、その粒子径を可及的に小さくすることは当業者が容易に想到し得たことであり、例えばその粒子径を5μm未満とすることにも格別の困難性は見いだせない。

・相違点(ハ)について
相違点(ハ)は被検面の表面からの深さ及び面積に関するものであるが、該面積をどの程度にするかは適宜に選定し得る事項にすぎない。
例えば、刊行物6の(6a)には、非金属介在物の被検面積を60mm2、清浄度の高いサンプルについては300mm2にとることが述べられている。
本件発明1で採用する20mm2はこれらよりも小さい面積であり、検査精度が向上することは考えられないから、当該面積の採用によって格別の作用効果を奏するものではなく、その採用に何らの困難性も見いだせない。
また、深さに関しては、刊行物5の(5a)によれば、破壊の起点深さは表層の0.2mmより深いところにあることが、また刊行物6の(6b)によれば、介在物折損の深さは200〜300μm、即ち0.2〜0.3mmに集中していることが知られているから、刊1発明において、材料の特性を観察するための被検面を表面から0.3mm以上の深さに取ることは格別のことではなく、当業者が適宜に採用し得る事項である。
以上述べたとおり、相違点(イ)〜(ハ)はいずれも格別の差異ではなく、当業者が容易に想到し得た事項に過ぎないから、本件発明1は刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の構成において、「被検面内における、上記Ti,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm以上の析出物の数が、下記の要件を満足する...

析出物のサイズおよび個数:
平均粒子径5〜10μmのものが500個以下、
平均粒子径10μm超20μm以下のものが50個以下、
平均粒子径20μm超のものが10個以下。」
である点を特定事項として付加したものである。
刊行物1には、耐疲労性を向上させるためにTiの窒化物を5μ以下に微細化すること(1e)が、刊行物2の(2d)には、TiN,TiCを微細分散することにより鋼の硬度及び引っ張り強度を増大させることができることが、刊行物3の(3a)、(3b)及び(3c)には、疲れ特性を向上させるためにTiN系の非金属介在物を低減し、小径化すること及び小径化した結果、非金属介在物の粒度分布は5μm以下が最も多くなったことがそれぞれ記載され、刊行物4の(4e)には、「析出炭窒化物のうち概略10μm程度の巨大なものは、Insol.N量が40ppmを越えると急激にその数が増加する傾向が認められ、HICの起点あるいは経路となる」こと、及び(4e)〜(4g)には、「微細炭窒化物を径0.01μmに最多分布」するようにしたことが記載されている。
要するに、刊行物1〜4には、疲労特性及び耐水素脆性を向上させるためには、Ti系の非金属介在物をできるだけ小径化する必要のあることが記載され、刊行物1では5μm以下に小径化すること、刊行物4には、10μmの析出炭窒化物が水素誘起割れの起点となるため、耐水素脆性を向上させるためには炭窒化物の析出粒子の径が0.01mmに最多分布するようにしたことが記載されているから、5μm以上の非金属介在物は存在しないことが望ましいことは当業者に自明である。
本件発明2における「記」に記載の限定事項は、いずれも各粒子径の下限値がなく、0を含むものであるから、5μm以上の非金属介在物をできるだけ少なくすることを、要請しているにすぎず、このような構成要件は刊行物1〜4の記載事項から当業者が容易に想到し得た事項にすぎないものである。
したがって、本件発明2は刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明1,2において、「他の元素としてV:1.0%以下、Nb:0.5%以下、Mo:3.0%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、V,Nb,Moよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散している」点を特定事項として付加したものである。
一方、刊1発明は、「Cr,Mo,V,Nb,Cu,Ni,Bをそれぞれ2.0%以下」含有する点を構成要件としているから、結局、V,Nb,Moの含有量において、両者の間に差異はない。
そして、炭化物、窒化物、硫化物およびそれらの複合化合物の粒子径は、それらの化合物を形成する金属元素、炭素、窒素、硫黄の含有量によって影響されるが、刊1発明におけるそれらの含有量は、本件発明3におけるものと差異がない以上、甲1発明においても、本件発明3と同程度の微細な粒子径のものとして析出しているはずである。
また、非金属介在物をできるだけ小径化することが望ましいことは、刊行物1〜4に記載されるところであるから、V,Nb,Moによって形成される炭化物、窒化物、硫化物および複合化合物についてもこれを5μm未満とすることは当業者が容易に想到し得ることに過ぎない。
したがって、本件発明3は刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)本件発明4について
刊行物4の(4e)には、鋼中に炭窒化物を微細かつ多数分散析出させることにより、これが鋼中水素のトラップサイトとして作用するため、鋼のHIC感受性を低減できることが記載されているから、耐水素脆性を向上させるために、炭窒化物を微細かつ多数分散析出させることは公知であるといえる。
本件発明4における「1000以上」という範囲は、上限値を定めておらず、5μm未満の粒子をできるだけ多数析出させることを要請しているにすぎない。そのような事項は、刊行物4の上記記載に基づいて当業者が容易に想到し得るところである。
また、刊行物4の(4f)及び第10図によると、微細炭窒化物の最多分布径は0.01μmであって、その値は1.0〜1.7×108個/mm2という数値が示されており、換算すると2.0〜3.4×109個/20mm2であるから、本件発明4で規定する被検面内の析出物の個数が1000以上なる規定を満たしている。
したがって本件発明4は刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5)本件発明5について
本件発明5は、本件発明1〜4において、「焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が20μm以下、硬さがHRC50以上であり、破壊靱性値(KIC)が40MPa√m以上である」点を特定事項として付加したものである。
刊行物2の(2a)には、オーステナイト粒を微細化することにより水素による脆化割れの伝播が著しく抑制されることが記載されている。
本件発明5の「焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が20μm以下」なる特定事項は、下限値を定めておらず、格別の臨界的意義はないから、上記特定事項は、旧オーステナイト粒径をできるだけ小さくすることを要請しているものに過ぎず、そのようなことは刊行物2の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たことに過ぎない。
また、本件発明5における「硬さがHRC50以上」及び「破壊靱性値(KIC)が40MPa√m以上」という値は、ばね鋼が具備していれば望ましい特性を単に記述した希望的要件にすぎず、このような特定事項は当業者が容易に想到し得たものに過ぎない。
したがって、本件発明5は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6)本件発明6について
本件発明6は、本件発明1〜5において、「更に他の元素として、Ni:3.0%以下、Cr:5.0%以下およびCu:1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む」点を特定事項として付加したものである。
刊1発明は、Ni,Cr,Cuをそれぞれ2.0%以下含有する点を構成要件としており、本件発明6におけるこれらの元素の含有量と重複している。
したがって、上記特定事項は、刊1発明との相違点ではない。
よって、本件発明1〜5について述べたと同様の理由により、本件発明6は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7)本件発明7について
本件発明7は、本件発明1〜6において、「更に他の元素として、Al:1.0%以下、B:50ppm以下、Co:5.0%以下およびW:1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む」点を特定事項として付加したものである。
刊1発明は、Bを2.0%以下含有する点を構成要件としており、これは本件発明7のB含有量である「50ppm以下」を含むから、上記特定事項は相違点ではない。
よって、本件発明1〜6について述べたと同様の理由により、本件発明7は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8)本件発明8について
本件発明8は、本件発明1〜7において、「更に他の元素として、Ca:200ppm以下、La:0.5%以下、Ce:0.5%以下及びRem:0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含む」点を特定事項として付加したものである。
刊行物2の(2c)には、耐脆化割れ性を向上させたばね鋼について、Caの添加量が0.02%(200ppm)を超えることは好ましくないことが記載されている。
また、刊行物4の(4a)には、鋼のHIC(水素誘起割れ)対策として、鋼塊の極低硫黄化をはかるためにCaを添加すること、及び硫化物の形態を球状化するためにLa,Ceを代表とするREMを添加することが記載されている。
これらの記載を参照すれば、刊1発明においても、Ca,La,Ceを適宜の量添加することは格別のことではなく、その添加量を本件発明8のように定めたことによっても格別の作用効果は見あたらない。
したがって、本件発明8は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9)本件発明9について
本件発明9は、本件発明1〜8において、「鋼中の不可避不純物が、P:0.02%以下である」点を特定事項として付加したものである。
刊1発明は、Pを不純物量含有している。
一方、本件発明9におけるP:0.02%以下という含有量の限定も不可避不純物としての量を規定したものである。
してみれば、Pを不純物として含有する点において、本件発明9と刊1発明とは差異がなく、上記特定事項は実質的な相違点ではない。
従って、本件発明9は、本件発明1〜8について述べたと同様に、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10)本件発明10について
本件発明10は、本件発明1〜9において、「鋼中に不純物として含まれるZnが60ppm以下、Snが60ppm以下、Asが60ppm以下、Sbが60ppm以下である」点を特定事項として付加したものである。
本件発明10においては、Zn,Sn,As,Sbを不純物としており、これらを60ppm以下としている。
一方、刊1発明は、Sn,Asを不純物量含有している。従って、Sn,Asを不純物量含有する点においては、両者の間に差異はない。
また、刊1発明は、Zn,Sbについての記載は特にないことから、刊1発明は、Zn,Sbを含まないか或いは含んでいるとしても不純物量を含むに過ぎないことを意味している。
本件発明10は、前記したとおり、Zn,Sbを「60ppm以下」含有しているのであるから、これはZn,Sbを含まないか或いは不純物として含有する場合を包含しており、結局両者は、Zn,Sbの含有量においても差異はない。
したがって、Zn,Sn,As,Sbの含有量に関して、本件発明10と刊1発明との間に差異はなく、本件発明10の前記特定事項は、刊1発明との実質的な相違点ではない。
よって、本件発明10は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(11)本件発明11について
本件発明11は、本件発明6〜10において、「鋼が下記(I)式の要件を満たす...

1.5≦(FP)≦4.5 ……(I)
式中、FP=(0.23[C]+0.1)×(0.7[Si]+1)×(3.5[Mn]+1)×(2.2[Cr]+1)×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)」
点を特定事項として付加したものである。
刊1発明の実施例として記載されている刊行物1の【0019】の表1において、記号1で示されるものは、C:0.57,Si:1.35,Mn:0.38,Cr:0.69%を含有している。
これらを上記式(I)のFPに代入すると、
FP=(0.23[0.57]+0.1)×(0.7[1.35]+1)×(3.5[0.38]+1)×(2.2[0.69]+1)×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)=(0.2311)×(1.945)×(2.33)×(2.518)×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)
=2.64×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)
そして、刊1発明は、Ni及びMoをそれぞれ2.0%以下含有することができるから、例えば、Ni:0.1%、Mo:0.1%を含有する場合を代入すると、
FP=2.64((0.4[0.1]+1)×(3[0.1]+1)
=(2.64)×(1.04)×(1.3)
=3.57となり、これは(I)式を満たしている。
してみれば、本件発明11の特定事項は、刊1発明との相違点とはならない。
従って、本件発明11は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.むすび
以上のとおりであるから、本件請求項1〜11に係る発明は、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件請求項1〜11に係る発明の特許は、特許法第113条第1項に該当し、取り消されるべきものである。

6.特許権者の平成18年1月18日付け意見書中の訂正案について
(1)上記意見書において、特許権者が提示した訂正案は、特許請求の範囲に関しては、以下のとおりに訂正することを求めている。
「【請求項1】鋼中のC,Si,Mn含有量が、C:0.3%(質量%を意味する、以下同じ)以上0.7%未満、Si:1.0〜3.0%およびMn:0.005〜2.0%であるばね鋼であって、
Ti:0.001〜0.5%、
Zr:0.001〜0.5%、
Ta:0.001〜0.5%、
Hf:0.001〜0.5%、
よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.005%以上含有すると共に、
N:1〜200ppm
S:5〜300ppm
を含有し、下記被検面内にTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる析出物であって、平均粒子径0.5μm以上5μm未満のものが3000個以上微細分散しており、且つ平均粒子径5μm以上の同析出物の数が、下記の要件を満足するものであることを特徴とする耐水素脆性および疲労特性に優れたばね鋼。
被検面:鋼の表面から0.3mm以上の深さで且つ中心部を含まない様 に任意方向に設定される20mm2の広さの断面。
析出物のサイズおよび個数:
平均粒子径5〜10μmのものが500個以下、
平均粒子径10μm超20μm以下のものが50個以下、
平均粒子径20μm超のものが10個以下。
【請求項2】他の元素としてV:1.0%以下、Nb:0.5%以下、Mo:3.0%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含み、V,Nb,Moよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径5μm未満の析出物が微細分散している請求項1に記載のばね鋼。
【請求項3】焼入れ焼戻し後の旧オーステナイト粒径が20μm以下、硬さがHRC50以上であり、破壊靱性値(KIC)が40MPa√m以上である請求項1または2に記載のばね鋼。
【請求項4】更に他の元素として、Ni:3.0%以下、Cr:5.0%以下およびCu1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜3のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項5】更に他の元素として、Al:1.0%以下、B:50ppm以下、Co:5.0%以下およびW:1.0%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜4のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項6】更に他の元素として、Ca:200ppm以下、La:0.5%以下、Ce:0.5%以下およびRem:0.5%以下よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含むものである請求項1〜5のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項7】鋼中の不可避不純物が、P:0.02%以下である請求項1〜6のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項8】鋼中に不純物として含まれるZnがが60ppm以下、Snが60ppm以下、Asが60ppm以下、Sbが60ppm以下である請求項1〜7のいずれかに記載のばね鋼。
【請求項9】鋼が下記(I)式の要件を満たすものである請求項5〜8のいずれかに記載のばね鋼。
2.5≦(FP)≦4.5 …… (I)
式中、FP=(0.23[C]+0.1)×(0.7[Si]+1)×(3.5[Mn]+1)×(2.2[Cr]+1)×(0.4[Ni]+1)×(3[Mo]+1)
(但し、[元素]は各元素の質量%を表わす)」
(2)訂正案の請求項1に係る発明について
訂正案の請求項1に係る発明(以下、「訂正案発明1」という)は、本件発明1に係るばね鋼の組成に関して、「Si:0.1〜4.0%」、及び「Ti:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Ta:0.5%以下、Hf:0.5%以下、よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.001%以上含有すると共に、」とされていた特定事項を、「Si:1.0〜3.0%」、及び「Ti:0.001〜0.5%、Zr:0.001〜0.5%、Ta:0.001〜0.5%、Hf:0.001〜0.5%、よりなる群から選択される少なくとも1種を、合計で0.005%以上含有すると共に、」に訂正すると共に、本件発明2において、特定されていた、被検面内のTi,Zr,Ta,Hfよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素の炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる析出物(以下、単に「析出物」という)の粒径と個数に関して、「平均粒子径5μm以上の析出物の数」について「平均粒子径5〜10μmのものが500個以下、平均粒子径10μm超20μm以下のものが50個以下、平均粒子径20μm超のものが10個以下」との特定事項と、「平均粒子径0.5μm以上5μm未満のものが3000個以上微細分散」している旨の特定事項とを、併せて付加するものである。
(i)組成について
訂正案発明1でSiの含有量を、訂正前の「0.1〜4.0%」から「1.0〜3.0%」に訂正する根拠は、本件特許明細書の【0045】に「...ばね素材としての強度と硬さおよび脱炭抑制という観点から、Siのより好ましい範囲は1.0〜3.0%の範囲である。」との記載に求めることができるが、刊1発明のSiの成分範囲は、「1.0〜2.5%」であるから、少なくともSi含有量については、刊1発明との比較において、訂正案発明1の相違点とはならない。
また、Ti,Zr,Ta,Hfの各々について、「0.5%以下」とされていた含有範囲に下限値「0.001%」を付加すると共に、「合計で0.005%以上」とした点については、本件特許明細書の【0035】〜【0037】の記載を根拠とすると共に、刊1発明の「Ti含有量は0.003%以下が好ましい。Tiは意図的に添加するものではなく、Fe-Si等の鉄系合金の溶鋼への添加の際に混入するため、合金中のTi含有量が一定値以下の合金を使用する等すればよい。」との記載を鑑みて、訂正案発明1においては、「通常のばね用鋼などに不可避的に混入してくる量ではなく、...積極添加される元素」である点を、明確にしようとしたものである旨を意見書において主張している。
しかしながら、刊1発明における上記記載事項「Ti含有量は0.003%以下が好ましい」は、文字通り、「好ましい」範囲を示唆したものであって、「0.003%以下」を要件としている訳ではない。刊1発明においては、あくまでもチタンナイトライド(Tiの窒化物)のサイズが円相当直径で5μ(m)以下であることを構成要件とするものであるから、好ましくはないかもしれないが、Tiを、極微量から0.003%以上、適量まで含むことを排除していない。
また、刊行物2の(2a)や(2b)には、ばね鋼材に、「必要によりTi:0.005〜0.10%を添加する」ことの有用性に関して記載があるから、訂正案発明1における、Ti,Zr,Ta,Hf含有量の合計を「0.005%以上」とする点にも、格別の困難性は見いだせない。
また、訂正案発明1と、刊1発明とは、Tiの含有量において、少なくとも0.001〜0.003%の範囲で重複している。
加えて、Tiの作用は、Tiの起源に影響されない、すなわち換言すれば、不純物由来のTiであろうと、意図的に添加したTiであろうと、含有量が重複している以上、その作用も、同一組成の鋼においては、同様のものが期待できるから、Ti含有量についても、刊1発明との比較において相違点とはならない。
Ti以外の元素については、刊1発明に記載はないが、訂正案発明1においても、「Ti,Zr,Ta,Hfよりなる群から選択されるすくなくとも1種」を含んでいればよいのであるから、どれか1種が含まれていれば、他の3つの元素は、依然として含まれていなくともよい、すなわち0%であってよいのであるから、刊1発明との比較において、Ti以外の元素について、下限値0.001%の設定は無意味である。
以上述べたとおり、訂正案発明1における組成に関する訂正によっても、刊1発明との比較において、新たな相違点が生ずるものではない。
(ii)析出物の粒径と個数について
析出物の粒径と個数に関して、本件特許明細書には、【0033】に、「かくして本発明によれば、上記炭化物と窒化物と硫化物、およびそれらの複合化合物からなる平均粒子径が5μm未満である微細な析出物を鋼中に無数に、具体的には1,000個以上、好ましくは3,000個以上、より好ましくは5,000個以上、更に好ましくは10,000個以上、微細分散状態で析出させることによって、拡散性水素トラップ効果を有効に発揮させ、耐水素脆性を著しく高めることが可能となる。...平均粒子径が5μm以上の粗大析出物については、拡散性水素トラップによる耐水素脆性改善効果が発揮されないばかりでなく、粗大析出物を起点とする疲労破壊の起点となって疲労特性に悪影響を及ぼすことになる」等と記載され、さらに明細書の表7〜12には、鋼種No.1〜81について、「20μm以上」、「10〜20μm」、「5〜10μm」、「5〜10μm」及び「0.5〜5μm」に分けて、析出物の個数が記載されており、これらの表によれば、「0.5〜5μm」のものを計数した結果が、「>3,000」、「>5000」、「>10000」、または「<100」となっている。
すなわち、訂正前の本件特許明細書の本文によれば、0.5μm未満の析出物は、「5μm以下」の析出物に包含されるような記載がなされている一方、表7〜12においては、「0.5〜5μm」の析出物の計数をもって「5μm以下」の析出物の個数を認定しているようにも把握でき、その詳細は不明であるが、仮に、訂正前特許明細書の表7〜12の計数結果に基づいて、訂正案のとおりに、特許請求の範囲および発明の詳細な説明を訂正することができたとして議論を進める。
特許権者は、意見書において、「水素トラップ効果を有する炭化物の総表面積」に関して、訂正案1発明は、「3562μm2/mm2以上」となるのに対して、0.05μm以下の炭化物個数が図示された刊行物4のFig.10について、0.01μmと0.03μmの微細炭窒化物の総表面積を計算すると、「84μm2/mm2」と「366μm2/mm2」となって、訂正案発明1における析出物の10分の1〜40分の1の総表面積しか有しておらず、訂正案発明1は、「0.5μm以上5μm未満」という、刊行物4に比べると相対的に大きい中程度のサイズの炭化物などを多量析出させることで、水素トラップ効果を最大限有効に発揮させるものである旨主張している。
しかしながら、刊行物4のFig.10は粒径の分布を表現したグラフであって、そのうちの2点の値から、炭窒化物の総表面積を算出して比較しても、全ての炭窒化物の表面積の総和にならないことは明らかであり、これらの数値を訂正案1発明と比較して、「10分の1〜40分の1」と主張することは無意味である。
さらに、境界値である「0.5μm」と比較しても水素原子の大きさは圧倒的に小さいものであり、同一質量の物質であれば、その粒径をより小さくするほど、表面積の合計が大となることは常識であって、炭化物などの粒径が、トラップされる水素の大きさに比較して圧倒的に大きい限りにおいて、水素トラップに寄与する炭化物などの総表面積は、その粒径が小さくなるほど増大して、トラップ作用も増大することは自明の事項である。
したがって、特許権者による「相対的に大きい中程度のサイズの炭化物などを多量析出させることで、水素トラップ効果を最大限発揮させるものである」旨の主張に合理的根拠は見いだせなず、採用できない。
また、訂正案発明1は5μmを超える各粒径範囲の析出物については、上限値を規定しているのに対して、0.5〜5μmの範囲の析出物については、「3000個以上」と、下限値のみを規定している。
これは、5μmを超える析出物については、できるだけ少なくすると共に、0.5〜5μmのものについては、できるだけ多く含むことを要請していることになる。そして、0.5μm未満のものについては不問である。要するに、訂正案発明1は、5μmを超えるサイズの析出物をできるだけ少なくすると共に、5μm以下のサイズの析出物をできるだけ多く含むことを要請しているにすぎず、その目安として「0.5〜5μm」の析出物を「3000個以上」含むことを規定しているに過ぎないものである。
一方、刊行物1には、「疲労破壊の起点となることの多いチタンナイトライドを円相当直径で5μ(m)以下のサイズに微細化することが望ましい」(1f)ことが、刊行物2には、Tiを必要により添加して、「鋼の焼入れ性を向上させると共に、TiNあるいはTiCを形成し、これが微細分散することにより鋼の硬度および引っ張り強度を増大させる作用を有している」(2d)ことが、さらに刊行物3には、「ばねの疲労特性を向上させるために非金属介在物を小径化した」(3b)ことが、それぞれ開示されているのであるから、これらの事実から、Tiなどの非金属介在物あるいは析出物を5μm以下程度の微小サイズで多数析出させて鋼の特性を向上させることは、当業者であれば当然に想到し得た事項である。
その際に、計数の容易性などから、0.5〜5μmのサイズの析出物に着目して、これを例えば3000個以上などと規定することは、必要に応じて当業者が適宜採用しうる選択事項にすぎないものである。
したがって、訂正案発明1も、刊行物1〜6に記載に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)訂正案の請求項2〜9に係る発明について
これらの請求項に係る発明は、本件発明と比較して、請求項1及び2が訂正案では、請求項1に統合されたことに伴う、引用請求項の繰り上がりによる訂正のみ相違するものであるから、訂正案発明1に係る理由と、本件発明2〜11に係る理由とを併せて考慮すれば、訂正案発明1と同様に、刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、訂正案発明1〜9もまた、特許を受けることができないものである。
 
異議決定日 2006-02-06 
出願番号 特願平8-284315
審決分類 P 1 651・ 121- ZB (C22C)
最終処分 取消  
前審関与審査官 小川 武  
特許庁審判長 徳永 英男
特許庁審判官 綿谷 晶廣
吉水 純子
登録日 2003-09-19 
登録番号 特許第3474373号(P3474373)
権利者 株式会社神戸製鋼所
発明の名称 耐水素脆性および疲労特性に優れたばね鋼  
代理人 二口 治  
代理人 植木 久一  
代理人 伊藤 浩彰  
代理人 菅河 忠志  

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