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審決分類 審判 全部申し立て 特174条1項  C08F
審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  C08F
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C08F
審判 全部申し立て ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  C08F
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  C08F
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  C08F
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  C08F
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C08F
管理番号 1139395
異議申立番号 異議2003-71423  
総通号数 80 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1994-10-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-06-02 
確定日 2006-06-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第3353020号「重合体の製造方法」の請求項1ないし6に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3353020号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。 
理由
[1]手続の経緯

本件特許第3353020号は、出願日が、平成6年3月10日(優先日 平成5年3月31日 米国)であって、その特許請求の範囲は平成14年7月19日に全文補正されたものであり(以下「補正1」という。)、発明の詳細な説明の段落【0017】は平成13年10月11日に補正されたものである(以下「補正2」という。)。そして、平成14年9月20日に特許権の設定登録がなされ、篠山明男、及び、大日本インキ化学工業株式会社より特許異議の申立てがなされ、取消理由を通知したところ、その指定期間内に訂正請求がなされるとともに特許異議意見書が提出され、次いで、訂正拒絶理由を通知したところ、意見書が提出された。

[2]訂正の適否についての判断

本件訂正請求には、請求項1、4、5の記載を以下のとおりとする訂正が含まれている。
「【請求項1】 重合体の製造方法であって、
電子供与基と電子受容基とを有する組成物を用意し、
所定の波長範囲にわたる紫外線を前記組成物へ付与して前記組成物を重合させる、
重合体の製造方法において、
前記電子供与基及び前記電子受容基の各々が少なくとも1個の炭素間二重結合を有しており、前記組成物が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し前記フリーラジカルが光開始剤無しで前記組成物の重合を開始させるように前記電子供与基及び前記電子受容基が選択されている、ことを特徴とする方法。
【請求項4】 請求項1乃至3の内のいずれか1項において、前記電子受容基を具備する電子受容化合物が、
次式で表されるマレイン酸ジエステル、
【化1】
(式省略) (1)
次式で表されるマレイン酸アミド半エステル、
【化2】
(式省略) (2)
次式で表されるマレイン酸ジアミド、
【化3】
(式省略) (3)
次式で表されるマレイミド、
【化4】
(式省略) (4)
次式で表されるマレイン酸半エステル、
【化5】
(式省略) (5)
次式で表されるマレイン酸半アミド、
【化6】
(式省略) (6)
次式で表されるフマル酸ジエステル、
【化7】
(式省略) (7)
次式で表されるフマル酸モノエステル半アミド、
【化8】
(式省略) (8)
次式で表されるフマル酸ジアミド、
【化9】
(式省略) (9)
次式で表されるフマル酸モノエステル、
【化10】
(式省略) (10)
次式で表されるフマル酸モノアミド、
【化11】
(式省略) (11)
次式で表されるエキソメチレン構造体、
【化12】
(式省略) (12)
次式で表されるイタコン酸誘導体、
【化13】
(式省略) (13)
又は、マレイン酸及びフマル酸の対応するニトリル及びイミド誘導体、
尚、X及びYは各々独立的にOR1、OR2、NHR1、NHR2、NR1、OHからなるグループから選択したものであり(尚、式(13)においてX及びYが同時にNR1である場合を除く)、且つ式1乃至13内の各R1及びR2は独立的に脂肪基または芳香基である、
ことを特徴とする方法。
【請求項5】 請求項1乃至4の内のいずれか1項において、前記電子供与基を具備する電子供与化合物が、
次式で表されるビニルエーテル、
【化14】
(式省略) (14)
次式で表されるアルケニエーテル、
【化15】
(式省略) (15)
次式で表される置換型シクロペンタン、
【化16】
(式省略) (16)
次式で表される置換型シクロヘキサン、
【化17】
(式省略) (17)
次式で表される一部置換型フラン又はチオフェン、
【化18】
(式省略) (18)
次式で表される一部置換型ピラン又はチオピラン、
【化19】
(式省略) (19)
次式で表されるリング置換型スチレン、
【化20】
(式省略) (20)
次式で表される置換型アルケンベンゼン、
【化21】
(式省略) (21)
次式で表される置換型アルケニルシクロペンタン、
【化22】
(式省略) (22)
又は、次式で表される置換型アルケニルシクロヘキサン、
【化23】
(式省略) (23)
であり、尚、各Rx、Rn及びRは独立的に脂肪基又は芳香基であり、各R3、R4、R5は独立的にH又は脂肪基であり、各Zは独立的にOとSのグループから選択され、k及びlは独立的に0乃至5からの整数であって0≦k+l≦5である(尚、式(21)乃至(23)において、((Rx)ORx)lの表記は(Rx)l又は(ORx)lの意味であり且つ((Rn)ORn)kの表記は(Rn)k又は(ORn)kの意味である)ことを特徴とする方法。」
これに対して、当審では、以下の訂正拒絶理由を通知した。
「本件訂正は、下記の点で、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号。以下「平成6年改正法」という。)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、特許法第120条の4第3項において準用する平成6年改正法による改正前の特許法第126条第1項ただし書、及び、同条第2項の規定に適合しない。

1.本件訂正には、請求項1中の「紫外線」を、「所定の波長範囲にわたる紫外線」とする訂正が含まれており(訂正事項1を参照)、「所定の」とは「定めてある」と同じ意味であるが、どのよう定めてあるのか、換言すれば、「所定の波長範囲にわたる紫外線」がどのような波長範囲の紫外線を意味するかは不明である。
したがって、この訂正により、訂正後の記載が不明確となり、このような記載を不明確とする訂正は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものとも認められない。
2.訂正前の請求項1には「前記二重結合が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し前記フリーラジカルが光開始剤無しで前記組成物の重合を開始させる」との記載があるから、紫外線を吸収してフリーラジカルを発生する主体は「前記二重結合」である。これに対して、訂正後の請求項1で紫外線を吸収してフリーラジカルを発生する主体は「前記組成物」である(訂正事項2を参照)から、該主体は「前記二重結合」に限られないものとなる。
したがって、この訂正は特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものとも認められないし、また、実質上特許請求の範囲を拡張するものである。
3.訂正前の請求項4は電子受容基を特定するものであるが、訂正後の請求項4では電子受容基は特定されておらず、電子受容基を具備する電子受容化合物が特定されている(訂正事項3を参照)。
このような訂正は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものとも認められないし、また、実質上特許請求の範囲を変更するものである。
4.訂正前の請求項5は、電子供与基を特定するものであるが、訂正後の請求項5では電子供与基は特定されておらず、電子供与基を具備する電子供与化合物が特定されている(訂正事項4を参照)。
このような訂正は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものとも認められないし、また、実質上特許請求の範囲を変更するものである。」
そこで判断するに、上記訂正拒絶理由は妥当なものと認められるので、本件訂正は認められない。
なお、訂正拒絶理由の記1〜4に対する特許権者の主張についての判断は以下のとおりである。
(1)記1について
特許権者は、「所定の」とは紫外線ランプの充填物の組成によって定めてあるの意味である旨の主張をしているが、「所定の」の意味を一義的にこのような特定の意味に解釈すべき理由はないから、この主張は採用できない。
(2)記2について
特許権者は、訂正前の請求項1では、二重結合が紫外線を吸収するものと解釈される可能性があるが、発明の詳細な説明は二重結合が紫外線を吸収することを記載するものではなく、個別的な供与基及び受容基のみならずこれらの錯体、すなわち組成物によって吸収されることが記載されており、また、フリーラジカルの発生源は二重結合であることが周知であるから、訂正後の「前記組成物が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し」とは、「前記組成物が前記紫外線を吸収して(前記二重結合が)フリーラジカルを発生し」と同意義に解釈されるべきであり、したがって、記2で指摘した点は明りょうでない記載の釈明を目的とし、実質上特許請求の範囲を拡張するものではない旨の主張をしている。
しかし、発明の詳細な説明に、請求項に記載した事項、すなわち、二重結合が紫外線を吸収することが記載されておらず、また、発明の詳細な説明に錯体が紫外光を吸収することが記載されているからといって、訂正前の請求項1の記載において、紫外線を吸収してフリーラジカルを発生する主体が「前記二重結合」ではなく、「前記組成物」であるということにならないのは当然である。また、特許権者は、フリーラジカルの発生源が二重結合に限られるという証拠を提出していないし、また、技術常識上、フリーラジカルは二重結合に限って発生するものではないから、「前記組成物が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し」を「前記組成物が前記紫外線を吸収して(前記二重結合が)フリーラジカルを発生し」と同意義に解釈することもできない。
したがって、特許権者の主張は採用できない。
(3)記3、4について
特許権者は、記3、4で指摘した訂正は取消理由通知書において明りょうでないとして指摘した点を明りょうにしたものであるから、明りょうでない記載の釈明にあたる旨の主張をしている。
しかし、「基」と「化合物」では、その概念が全く相違するから、記3、4で指摘した訂正を明りょうでない記載の釈明と認めることはできないし、また、該訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものである。
したがって、特許権者の主張は採用できない。

[3]本件発明

訂正が認められないから、本件の請求項1〜6に係る発明(以下「本件発明1」〜「本件発明6」という。)は特許明細書の請求項1〜6に記載された以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】 重合体の製造方法であって、
電子供与基と電子受容基とを有する組成物を用意し、
紫外線を前記組成物へ付与して前記組成物を重合させる、
重合体の製造方法において、
前記電子供与基及び前記電子受容基のいずれか一方又はその組み合せが少なくとも1個の炭素間二重結合を有しており、前記二重結合が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し前記フリーラジカルが光開始剤無しで前記組成物の重合を開始させるように選択されている、ことを特徴とする方法。
【請求項2】 請求項1において、前記組成物が、前記電子供与基と前記電子受容基とを具備している双機能化合物を含むものであるか、又は前記電子供与基を具備している化合物と前記電子受容基を具備している化合物とを含むものである、ことを特徴とする方法。
【請求項3】 請求項1又は2において、前記重合体が基板上のコーティングであることを特徴とする方法。
【請求項4】 請求項1乃至3の内のいずれか1項において、前記電子受容基が以下のグループ、即ち、
次式で表されるマレイン酸ジエステル、
【化1】
(式省略) (1)
次式で表されるマレイン酸アミド半エステル、
【化2】
(式省略) (2)
次式で表されるマレイン酸ジアミド、
【化3】
(式省略) (3)
次式で表されるマレイミド、
【化4】
(式省略) (4)
次式で表されるマレイン酸半エステル、
【化5】
(式省略) (5)
次式で表されるマレイン酸半アミド、
【化6】
(式省略) (6)
次式で表されるフマル酸ジエステル、
【化7】
(式省略) (7)
次式で表されるフマル酸モノエステル半アミド、
【化8】
(式省略) (8)
次式で表されるフマル酸ジアミド、
【化9】
(式省略) (9)
次式で表されるフマル酸モノエステル、
【化10】
(式省略) (10)
次式で表されるフマル酸モノアミド、
【化11】
(式省略) (11)
次式で表されるエキソメチレン構造体、
【化12】
(式省略) (12)
次式で表されるイタコン酸誘導体、
【化13】
(式省略) (13)
式1乃至13のニトリル誘導体;式1乃至13のイミド誘導体;及びX及びYは各々独立的にOR1、OR2、NHR1、NHR2、NR1、OHからなるグループから選択したものであり(尚、式(13)においてX及びYが同時にNR1である場合を除く)、且つ式1乃至13内の各R1及びR2は独立的に脂肪基または芳香基である、
グループから選択した化合物から誘導された基であることを特徴とする方法。
【請求項5】 請求項1乃至4の内のいずれか1項において、前記電子供与基が以下のグループ、即ち、
次式で表されるビニルエーテル、
【化14】
(式省略) (14)
次式で表されるアルケニエーテル、
【化15】
(式省略) (15)
次式で表される置換型シクロペンタン、
【化16】
(式省略) (16)
次式で表される置換型シクロヘキサン、
【化17】
(式省略) (17)
次式で表される一部置換型フラン又はチオフェン、
【化18】
(式省略) (18)
次式で表される一部置換型ピラン又はチオピラン、
【化19】
(式省略) (19)
次式で表されるリング置換型スチレン、
【化20】
(式省略) (20)
次式で表される置換型アルケンベンゼン、
【化21】
(式省略) (21)
次式で表される置換型アルケニルシクロペンタン、
【化22】
(式省略) (22)
次式で表される置換型アルケニルシクロヘキサン、
【化23】
(式省略) (23)
尚、各Rx、Rn及びRは独立的に脂肪基又は芳香基であり、各R3、R4、R5は独立的にH又は脂肪基であり、各Zは独立的にOとSのグループから選択され、k及びlは独立的に0乃至5からの整数であって0≦k+l≦5である、グループから選択した化合物から誘導された基である(尚、式(21)乃至(23)において、((Rx)ORx)lの表記は(Rx)l又は(ORx)lの意味であり且つ((Rn)ORn)kの表記は(Rn)k又は(ORn)kの意味である)ことを特徴とする方法。
【請求項6】 請求項4において、式(1)乃至(11)における各R1及びR2が独立的に以下のグループ、即ち
【化24】
(式省略)
尚、nは少なくとも2であり且つR1が脂肪基であり且つArylが芳香基、からなるグループから選択されるものであることを特徴とする方法。」

[4]取消理由の概要

当審が通知した取消理由のうち、理由1の概要は、本件の請求項1〜6に係る特許は、特許法第17条の2第2項で準用する特許法第17条第2項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるというものであり、理由2の概要は、本件の請求項1〜6に係る特許は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項、第5項第1号、第2号、及び、第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるというものである。

[5]取消理由に対する判断

1.理由1について
理由1について、取消理由では以下のとおりの判断を示した。
「1.理由1について
(1)補正1について
まず、本件発明1が当初明細書に記載した事項の範囲内のものであるかについて検討する。
本件発明1における組成物は、電子供与基と電子受容基とを有し、前記電子供与基及び前記電子受容基のいずれか一方又はその組み合せが少なくとも1個の炭素間二重結合を有しており、前記二重結合が前記紫外線を吸収してフリーラジカルを発生し前記フリーラジカルが光開始剤無しで前記組成物の重合を開始させるように選択されているものである。
したがって、例えば「炭素間二重結合を有している電子供与基を有するA化合物と、炭素間二重結合を持たず電子受容基を有するB化合物の2成分を配合してなり、二重結合が紫外線を吸収してフリーラジカルを発生しフリーラジカルが光開始剤無しで組成物の重合を開始させるように選択されている組成物」(以下「第1組成物」という。)は、本件発明1における組成物に該当する。
また、「炭素間二重結合を有している電子供与基を有するC化合物と、炭素間二重結合を有している電子受容基を有するD化合物の2成分を配合してなり、両者は電荷移動錯体を形成せず、二重結合が紫外線を吸収してフリーラジカルを発生しフリーラジカルが光開始剤無しで組成物の重合を開始させるように選択されている組成物」(以下「第2組成物」という。)も、本件発明1における組成物に該当する。
そこで第1、2組成物が当初明細書に記載されているかを検討すると、これらは、当初明細書に記載されておらず、また、当初明細書の記載から自明なものとも認められない。
本件発明1における組成物には、第1、2組成物以外の組成物も含まれるが、当初明細書には、それらの全体を網羅する組成物については記載されておらず、また、それら全体が当初明細書の記載から自明なものとも認められない。なお、本件発明1に該当する組成物の一部が記載されていても、本件発明1の組成物全体が記載されていることにはならない。
したがって、本件発明1は、当初明細書に記載されておらず当初明細書の記載から自明でもない。
本件発明2〜6も同様に、同様に、当初明細書に記載されておらず当初明細書の記載から自明でもない。
また、本件発明4、5には、各種の化合物から誘導された基が記載されているが、当初明細書には、これらの基全体を網羅する基については記載されておらず、また、これらの基全体が当初明細書の記載から自明であるとも認められない。なお、本件発明4、5の基に該当する基の一部が記載されていても、本件発明4、5の基全体が記載されていることにはならない。
したがって、本件発明4、5及びこれらを引用する本件発明6は、この点でも当初明細書に記載されておらず当初明細書の記載から自明でもない。
したがって、補正1は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められない。
(2)補正2について
本件特許明細書の段落【0016】〜段落【0018】の記載は以下のとおりである。
「【0016】本発明において使用する電子受容化合物及び電子供与化合物は次式で表わすことが可能である。
【0017】
【化1】(式省略)(1)
【0018】尚、nは整数であって好適には1乃至4であり、ZはA又はD又は両方であり、尚Aは二重結合に対してアクセプタ即ち電子受容特性を与える構造的部分である。Dは二重結合に対してドナー即ち電子供与特性を与える構造的部分であり、且つRはバックボーンの構造的部分である。」(以下特許明細書の式(1)の化合物を「化合物Z」という。)
これに対して、当初明細書には、以下の記載がある。
「【0016】本発明において使用する電子受容化合物及び電子供与化合物は次式で表わすことが可能である。
【0017】
【化1】(式省略)(1)
【0018】尚、nは整数であって好適には1乃至4であり、ZはA又はD又は両方であり、尚Aは二重結合に対してアクセプタ即ち電子受容特性を与える構造的部分である。Dは二重結合に対してドナー即ち電子供与特性を与える構造的部分であり、且つRはバックボーンの構造的部分である。」(以下当初明細書の式(1)の化合物を「化合物ZF」という。)
以上のとおりであるから、特許明細書には、本発明において使用する電子受容化合物及び電子供与化合物として化合物Zが記載され、一方、当初明細書には、本発明において使用する電子受容化合物及び電子供与化合物として化合物ZFが記載されている。
そこで、まず、化合物Zと化合物ZFを対比する。
化合物ZFは、Rに対して二重結合を有するZがn個結合している化合物である。したがって、例えば「二重結合に対してアクセプタ即ち電子受容特性を与える構造的部分と二重結合に対してドナー即ち電子供与特性を与える構造的部分の合計(以下「特性付与構造合計」という。)が3個で不飽和基が1個の化合物(以下「化合物1」という。)や、「特性付与構造合計」が3個で不飽和基が2個の化合物(以下「化合物2」という。)は化合物ZFには含まれない。これに対して、化合物1、2は化合物Zには含まれる。これらの例だけをみても、化合物Zは化合物ZFより広範な概念の物質であって、化合物Zが化合物ZFと同じでないことは明らかである。したがって、当初明細書の段落【0017】には、化合物Zは記載されていない。
また、当初明細書の記載全体を検討しても、化合物Zが記載されているとは認められず、また、化合物Zが当初明細書の記載から自明であるとも認められない。
したがって、補正2は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められない。
(3)以上のとおりであるから、本件特許においてなされた補正は、特許法第17条の2第2項で準用された特許法第17条第2項の規定を満足しない。」
そこで判断するに、上記理由1は妥当なものと認められるので、本件の請求項1〜6に係る特許は、特許法第17条の2第2項で準用する特許法第17条第2項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものと認める。
なお、特許権者の主張に対する判断は以下のとおりである。
(1)補正1について
特許権者の主張は、訂正後の請求項の記載に基づくものであるが、訂正が認められないのであるから、補正1についての特許権者の主張は採用できない。
(2)補正2について
特許権者は、化合物Zが、化合物ZFよりも広範な概念であることは認めている。そして、化合物ZFが当初明細書における典型例である式(2)〜(24)と齟齬していたので、記載内容の一貫性及び整合性をとるために、化合物Zに補正したのであるから、当初明細書に記載した事項の範囲内の補正である旨の主張をしている。つまり、特許権者は、式(2)〜(24)を補正の根拠としている。
しかし、式(2)〜(24)をすべて総合しても、化合物Zという広範な概念には到達しない。化合物Zには、式(2)〜(24)以外の化合物も含まれるが、それらの化合物は、式(2)〜(24)から自明ではない。したがって、補正2についての特許権者の主張も採用できない。

2.理由2について
理由2について、取消理由では、以下の(2)〜(7)の記載不備を指摘した。
「(2)請求項4には、「式1乃至13のニトリル誘導体」と「式1乃至13のイミド誘導体」が記載されているが、これらの誘導体がどのような化合物を意味するのか、換言すれば誘導体の範囲が不明である。
(3)請求項4には、式(1)のマレイン酸ジエステル(これは、請求項4末尾の「、グループから選択した化合物」との記載から化合物と認める。)から誘導された基が記載されている。この「誘導された」という表現によりどのような基を意味することになるのか不明である。請求項4の式(2)〜(13)、「式1乃至13のニトリル誘導体」、「式1乃至13のイミド誘導体」から誘導された基も不明である。
(4)上記(2)、(3)のとおり、請求項4の記載が不明であるから、これを引用した請求項5、6も不明である。
(5)請求項5には、式(14)〜(23)の化合物から誘導された基が記載されているが、この「誘導された」という表現によりどのような基を意味することになるのか不明である。
(6)上記(5)のとおり、請求項5の記載が不明であるから、これを引用した請求項6も不明である。
(7)特許異議申立人篠山明男の特許異議申立書第19〜20頁の「ホ.」のとおりの理由により、本件明細書の記載は不備である。「ホ.」は、本件発明1のみならず、本件発明2〜6に対する記載不備理由をも構成する。
該20頁に、二重結合の選択について不備な理由が記載されているが、本件発明1〜6における選択が仮に二重結合以外のもの(以下「A」という。)の選択を意味しているのであれば、そのことは請求項1〜6に記載されていない点で記載上の不備があり、また、Aの選択について二重結合の選択と同様の不備がある。」
そこで判断するに、(2)〜(6)の指摘は妥当なものと認められるので、本件の請求項1〜6に係る特許は、特許法第36条第5項第2号、及び、第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものと認める。
なお、(2)〜(6)に対する特許権者の主張は、訂正後の請求項の記載に基づくものであり、訂正が認められないことは上記のとおりであるから、該主張は採用できない。
次に(7)の指摘について検討する。
まず、特許異議申立人篠山明男の特許異議申立書第19〜20頁の「ホ.」には、二重結合の選択を当業者が容易に実施できない旨の記載があり、(7)では、これに加えて、本件発明1〜6における選択が仮に二重結合以外のもの(以下「A」という。)の選択を意味しているのであれば、そのことは請求項1〜6に記載されていない点で記載上の不備があることを説示したので、(7)のうちのこの点について検討することとする。
この点に関して、特許権者は、二重結合を選択することが不可能であることを認め、選択は「前記電子供与基及び前記電子受容基」を受けるものと解釈することが自然であり、そのような訂正を行ったから記載不備はない旨の主張をしている。
しかし、訂正を認めることができないことは前述のとおりである。また、訂正前の請求項1において「選択されている」の主語を検討するに、「前記二重結合が」との記載が主語の表現として唯一のものであるから、該主語は二重結合であると解釈するのが日本語として自然であると認められる。二重結合を選択することが不可能であるという特許要件の不備は、主語が二重結合であるとの日本語としての解釈を妨げるものではない。
そして、二重結合を選択することが不可能であることは特許権者自身が認めるところである。
したがって、発明の詳細な説明は、請求項1〜6に係る発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認められない。
また、「選択されている」の主語が二重結合ではない場合は、「選択されている」の主語が不明となる。したがって、この場合は、請求項1〜6の記載は不明りょうである。
特許権者は、選択される対象が「前記電子供与基及び前記電子受容基」であると解するのが自然である旨の主張をしているが、請求項1の記載からみて、二重結合やその他の可能性をすべて排して、選択される対象を一義的に「前記電子供与基及び前記電子受容基」であると解釈することはできない。
したがって、本件の請求項1〜6に係る特許は、特許法第36条第4項、第5項第2号、及び、第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものと認められる。

[6]むすび

以上のとおりであるから、本件の請求項1〜6に係る特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2006-01-20 
出願番号 特願平6-40154
審決分類 P 1 651・ 851- ZB (C08F)
P 1 651・ 855- ZB (C08F)
P 1 651・ 854- ZB (C08F)
P 1 651・ 531- ZB (C08F)
P 1 651・ 852- ZB (C08F)
P 1 651・ 534- ZB (C08F)
P 1 651・ 55- ZB (C08F)
P 1 651・ 853- ZB (C08F)
最終処分 取消  
前審関与審査官 ▲吉▼澤 英一油科 壮一  
特許庁審判長 一色 由美子
特許庁審判官 船岡 嘉彦
石井 あき子
登録日 2002-09-20 
登録番号 特許第3353020号(P3353020)
権利者 フュージョン ユーブイ システムズ, インコーポレイテッド
発明の名称 重合体の製造方法  
代理人 渡邊 隆  
代理人 志賀 正武  
代理人 高橋 詔男  
代理人 小橋 正明  
代理人 幸田 全弘  

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