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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効とする(申立て全部成立) G09B
管理番号 1155897
審判番号 無効2003-35048  
総通号数 90 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-06-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-02-12 
確定日 2007-03-16 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第2991989号発明「高齢者疑似体験用キット」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第2991989号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許は平成6年11月8日に出願された特願平6-273838号に包含される発明の一部を特許法44条1項の規定により新たな特許出願(特願平9-70285号)とした出願に対して、平成11年10月15日に特許第2991989号として設定登録(請求項数2)されたものである。
請求人は、請求項1,2に係る特許を無効とすべく、本件審判を請求した。本件審判請求後の、主立った手続は次のとおりである。
・平成15年5月2日 被請求人より答弁書提出
・同年11月4日 請求人より弁駁書提出
・平成16年9月21日 請求人より証人尋問申出書提出
・同年12月8日 被請求人より意見書提出
・平成17年1月26日 本件を無効2003-35024及び無効2003-35040と併合(口頭審理及び証拠調べ実施後に分離)
・同年4月12日 被請求人より意見書提出
・同月18日 口頭審理及び証拠調べを実施
・同年5月26日 被請求人より意見書提出
・同日 請求人より訂正請求書提出
・同月31日 請求人より意見書提出

第2 当事者の主張
1.請求人の主張
請求人は、甲第1号証?甲第6号証(以下、甲第1号証を甲1などと略記することがある。)、参考資料1?6を提出し、次のように主張している。
甲1には、老人看護学習における老いの体験学習が開示されている。
甲2には、腰曲げ歩行の体験学習が開示されており、老人の前傾姿勢を疑似するのに、腰部に重りを乗せることが開示されている。
甲3には、老人理解の体験学習の具体的な道具として、耳せん、眼鏡、砂嚢、松葉杖、軍手などが記載されている。
甲4には、疑似老人体験学習の条件設定が「表1」に記載されており、具体的には「新聞の見出しが読める程度の汚れた眼鏡」、「普段、眼鏡やコンタクトを使用している人は、使用せず」、「人の会話がかろうじて聞こえる程度の耳栓」、「会話時はマスクを装着」、「両手に軍手をはめて、ものごとを行う」、「両膝関節部に1巻宛、巻軸包帯をする。(屈曲、伸展の制限)」及び「両足首に1Kgの砂のうを装着固定する。(重錐でもよい)」と記載されている。
甲5には、浮力調整器としての上衣の前面下方に、左右一対のポケットが設けられること、及び浮力調整器としての上衣に、使用者の腰回りで重りベルトを一体に組み込むことが記載されている。
甲6には、ベストの前身頃7,9の下段に眼鏡収納部3と携帯電話収納部4を設け(図1)、前身頃9の上段に小物収納部11を設ける(図2)ことが開示されている。
高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットは甲1?甲4に見られるように、本件出願前から広く用いられてきた。証人野口美和子(以下「証人」という。)の証言からも、腰曲げによって高齢者の前屈姿勢を再現するため、体験者の腰に重りを載せて、高齢者の疑似体験学習が行われていた。
甲5,6に、上着前面の上,下段にポケットを設けたものが開示されており、請求項1記載の発明(以下「本件発明1」といい、請求項2に係る発明を「本件発明2」といい、これらを総称して「本件発明」という。)は単にポケットに重りを入れるだけの構造であり、特に新規で高度な創作性を有する構成にはなっていない。
参考資料3として提出した実願平2-403295号(実開平4-87877号9のマイクロフィルムにも、重量物収納部である腹部を含む妊婦体験装具を装着して、身体老化状況体験空間を体験歩行することが記載されている。
請求項1,2に係る発明は、公知又は周知の技術を単に組み合わせただけであるから、当業者が容易に発明をすることができた。すなわち、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許であるから、特許法123条1項2号の規定により無効とされるべきものである。

2.被請求人の主張
甲1,3,4には眼鏡、耳栓、軍手、膝関節への包帯、足背の砂嚢、松葉杖による高齢者の疑似学習が示されているが、本件発明の荷重用上着とは関連性がない。
甲2には、「腰曲げを意識するために1?5Kgの砂嚢を腰に乗せ、角度も約45゜と90゜の2通り行う」との記載があるが、腰部位への加重は前傾姿勢に有効に作用しない。したがって、砂嚢の腰乗せ技術思想を荷重用上着とした上で、人体背後ではなく上着前面のポケットに重りを入れることは予測可能ではない。
甲5記載の浮力調整器は、潜水時に生じる浮力を調整するものであって、本件発明のように万有引力が直接作用する陸上で使用するものではない。浮力調整器のポケットに重りを入れることもあり得ない。
甲6記載のベストは、「眼鏡や携帯電話などの携帯に便利な」(4頁4行)洋服であって、上着前面の上下段にポケットを設けること自体は洋服としては周知であるものの、高齢者疑似体験用の荷重用上着とは無関係である。
参考資料3記載の妊婦体験装具は、妊婦に前傾姿勢をとらせるための装具ではない。妊婦が前傾姿勢をとらせることは危険であり、妊婦体験装具を高齢者疑似体験装具と同一視することはできない。
以上のとおり、甲1?6には、荷重用上着を用いて上半身に荷重を加えて前傾姿勢を疑似体験する技術思想が一切開示も示唆もされておらず、組み合わせを論ずることもできない。

3.証拠方法
請求人が提出した甲1?甲6は次のとおりである。
甲第1号証:看護教育1993年11月号,865?870頁
甲第2号証:1992年8月6,7日開催の第23回日本看護学会収録156?159頁
甲第3号証:看護展望1993年7月号32?36頁
甲第4号証:大阪府立公衆衛生専門学校紀要第12号(1992年)
甲第5号証:米国特許第4694772号明細書
甲第6号証:登録実用新案第3000756号公報

第3 訂正の許否の判断
1.訂正事項
平成17年5月26日付け訂正請求は次の訂正事項からなっている。
訂正事項1:【請求項1】及び明細書の段落【0007】における「上着本体の前面左右にポケットを設け」及び「ポケットに対して重りを出入自在に収納してなる」との各記載を、「上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け」及び「ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現する」とそれぞれ訂正する。
訂正事項2:明細書の段落【0025】の「この凹所49a,49bと上縁部との間にはスリット49a,49a」との記載を「この凹所49a,49aと上縁部との間にはスリット49b,49b」と訂正する。
訂正事項3:明細書の段落【0027】及び【0028】の「腕固定具40」との記載を「肘固定具40」と訂正する。
訂正事項4:明細書の段落【0034】の「伸縮性手袋96」を「伸縮性手袋94」と訂正する。
訂正事項5:明細書の段落【0038】の「紐状部材56a,56b,56c,57,57」との記載を「紐状部材55a,55b,55c,57,57」と訂正する。
訂正事項6:明細書の段落【0039】の「スリット52C,52D,52E,52F」との記載を「スリット52C,52D,50E,50F」と訂正する。
訂正事項7:明細書の段落【0040】の「紐状部材55aとリング56b」との記載を「紐状部材55bとリング56b」と訂正する。
訂正事項8:明細書の段落【0057】の「固定部材104b,110b」との記載を「固定部材104b,110a」と訂正する。
訂正事項9:明細書の段落【0070】の「表示ランプ326,328,330,332」(2箇所)との記載をいずれも「表示ランプ334,328,330,332」と訂正する。
訂正事項10:明細書の段落【0074】の「タイマ266」との記載を「タイマ」と訂正する。
訂正事項11:明細書の段落【0076】の「ステップ014」との記載を「ステップ1014」と訂正する。
訂正事項12:明細書の【図面の簡単な説明】中、【図11】にある「側断面図」との記載を「正面図」と、同じく【図23】にある「正面図」との記載を「斜視図」とそれぞれ訂正する。

2.訂正の目的、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1のうち、「重りを収納するための収納部としてのポケット」及び「上着本体の前面左右に荷重をかける重り」については、明りようでない記載の釈明を目的とするものと認める。被請求人は「特許請求の範囲の減縮」を目的とする旨主張しているが、訂正前【請求項1】及び段落【0007】においても「各ポケットに対して重りを出入自在に収納してなる」との記載があるから、ポケットは「重りを収納するための収納部」であり、重りは「上着本体の前面左右に荷重をかける」ものと解すべきであるから、被請求人の主張を採用することはできない。
訂正事項1のうち、「重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現する」については、特許明細書に「荷重用上着30の前面左右に荷重をかけることによって、高齢者特有の前屈姿勢を再現することができる。」(段落【0014】)及び「高齢者疑似体験者(以下体験者と称する)400が荷重用上着30を装着して歩行する場合、図3に示した如く、荷重用上着30の各ポケット31,32,33,34に挿入された重りによって胸部に荷重がかけられることから、体験者400は全体的に前傾姿勢となる。」(段落【0015】)と記載があること、及び重りが軽ければ前屈姿勢再現に寄与しないであろうことを考慮すれば、重りの重さにつき、前屈姿勢再現に十分な程度と被請求人が認識している(この認識が客観的に正当かどうかは別問題である。)程度である旨限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと一応認める。
本件発明が物の発明としての「高齢者疑似体験用キット」であるところ、訂正事項1は着用時の機能をいうものであるが、証人が「腰を曲げるために重りでは腰は曲がりません。若い子供はどんな重りを付けたってちゃんと伸びます。」と明確に証言していることを考慮すると、重りによって前屈姿勢を再現するかどうかについては相当な疑義があるというべきである。特許明細書には「荷重用上着30の前面左右に荷重をかけることによって、高齢者特有の前屈姿勢を再現することができる。」(段落【0014】)及び「高齢者疑似体験者(以下体験者と称する)400が荷重用上着30を装着して歩行する場合、図3に示した如く、荷重用上着30の各ポケット31,32,33,34に挿入された重りによって胸部に荷重がかけられることから、体験者400は全体的に前傾姿勢となる。」(段落【0015】)と記載があるが、重りについては「重り35,36はそれぞれ500g(グラム)程度の重量をもち、重り37,38はそれぞれ1kg(キログラム)程度の重量をもっている。」(段落0022】)及び「体重60kg未満の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に500gの重り35,36を挿入して合計1kgの荷重をかける。また体重60kg以上の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に1kgの重り37,38を挿入して合計2kgの荷重をかけることができる。」(段落【0023】)とあるとおり、実際に収納が予定されているのは、1kg又は2kg程度である。被請求人は、4Kg程度の重りが前屈姿勢再現に十分であると認識し、そのことを訂正事項1において表明したものと解されるが、被請求人のこの認識が正当であると認めるべき根拠はない。そうすると、訂正事項1については、特許請求の範囲の減縮を目的とするとも、明りようでない記載の釈明を目的とするとも認めることが困難である(誤記の訂正には当然該当しない。)から、本来であれば訂正を拒絶すべきかもしれない。そうではあるが、被請求人の意図・認識を尊重して、明りようでない記載の釈明を目的とするものと認める。被請求人は、特許請求の範囲の減縮を目的とする旨主張するものの、1kg又は2kg程度であれば前屈姿勢を再現するが、それ未満であれば再現しないとの根拠はないから、この主張は採用しない。
(2)訂正事項2?11は、添付図面との整合性をとるものであり、明りようでない記載の釈明又は自明な誤記の訂正を目的とするものと認める。
(3)訂正事項12は、図面表記法からみて、訂正前の記載が誤記であるため、これを訂正することを目的とするものと認める。
(4)訂正事項1?12が、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされたこと、及び実質上特許請求の範囲を拡張・変更するものでないことは明らかである。
5)したがって、本件訂正は、平成15年改正前特許法134条1項ただし書き並びに同条5項で準用する同法126条2項及び3項の規定に適合する。
よって本件訂正を認める。

第4 本件審判請求についての判断
1.本件発明の認定
訂正が認められるから、本件発明は、訂正請求書に添付した訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】及び【請求項2】に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットであって、
高齢者疑似体験用キットのうち、荷重用上着は、上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け、各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現することを特徴とする高齢者疑似体験用キット。
【請求項2】前記ポケットが、上着本体の下段に設けられていることを特徴とする請求項1記載の高齢者疑似体験用キット。

2.甲1?6の検討
甲1の865頁右欄及び甲4の10頁右欄には「疑似老人体験学習の条件設定」と題する表1が記載されており、具体的条件として「新聞の見出しが読める程度の汚れた眼鏡」、「人の会話がかろうじて聞こえる程度の耳栓」、「両手に軍手をはめて、ものごとを行なう」、「両膝関節部に1巻宛、巻軸包帯をする」及び「両足首に1Kgの砂のうを装着固定する(重錐でもよい)」等が記載されており、ここに記載の「眼鏡」、「耳栓」、「軍手」、「巻軸包帯」及び「砂のう」が、高齢に伴う目、耳、手(又は指)、膝及び足首の機能低下をこれら機能低下のない非高齢者が擬似的に体験するための装具であることは明らかであり、本件発明の荷重用上着も同様の体験装具と認めることができる。また、「キット」とは「組立て模型などの部品一式」又は「工具一式」(いずれも広辞苑第5版による)であるが、本件発明の「高齢者疑似体験用キット」が模型や工具でないことは明らかであり、「高齢者疑似体験用キットのうち」との記載があることからみて、本件発明の「高齢者疑似体験用キット」は少なくとも荷重用上着を装具一式に含む「高齢者疑似体験用キット」と解すべきである。
甲1,4の上記記載からみて、「高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キット」が本件出願時に公知又は周知であることは明らかである。ここで、「高齢による身体的機能の低下」は、甲1,4から把握される目、耳、手(又は指)、膝及び足首に限られるものではなく、機能低下のある身体的部位又は低下症状ごとに、適切な装具が用いられるべきであり、ある身体的部位又は低下症状ごとに用意された装具は、別の身体的部位又は低下症状ごとに用意された装具とは独立して「高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される」ものである。そうである以上、本件において問題とすべきでは、請求項1,2記載の「荷重用上着」を高齢者疑似体験装具の1つとすることの容易性である。
請求人が主張するとおり、甲2には「学生は老人役と看護婦役の2人1組として腰を曲げて歩く。腰曲げを意識するために1?5Kgの砂嚢を腰に乗せ、角度も約45゜と90゜の2通り行う」(156頁左欄)との記載があり、1?5Kgの砂嚢が腰曲げ(前屈姿勢)を再現するための装具であることは明らかである。しかし、この装具(砂嚢)は腰に乗せるものであり、荷重は背面腰部にかかると推測できる。腰部を含む背面に多大な荷重をかけた場合に、前屈姿勢となりがちであることは、荷物を背負う行商人の多くが前屈姿勢であることからも頷ける。
ところが、本件発明の荷重用上着(おもり装着時)の荷重は、上着である以上、荷重は主として肩に作用すると考えなければならない(訂正明細書には「重りによって胸部に荷重がかけられる」(段落【0015】)とあるが、重り部分が胸部に固定されているわけではなく、とりわけ前傾姿勢時には上着と胸部間に空間が生ずると考えられるから、この記載をそのまま信じることはできない。)。そうすると、甲2記載の砂嚢と本件発明の荷重用上着とは、荷重用部材である点で一致するものの、荷重のかかる身体部位が全く異なる。
証人が「腰を曲げるために重りでは腰は曲がりません。若い子供はどんな重りを付けたってちゃんと伸びます。」と明確に証言していることを考慮すると、重りによって前屈姿勢を再現するかどうかについては相当な疑義があり、前傾姿勢(前屈姿勢)を再現するために甲2記載の発明における荷重のかかる位置を変更することが当業者にとって想到容易と認めることはできない。このことは、他の証拠(参考資料として提出されたものを含む。)及び証言のすべてを検討しても同じである。

3.公知発明の認定及び本件発明1との対比
そうではあるが、証人は「重りを付けた場合別途ございまして、それは肩が重くって苦しいとか、肩が、特に背中が曲がって苦しいとかっていうようなときにはこの重りでやはり上半身を重いと体感してもらいたいと思いましたので、そのときには老人にはいろんなところが具合が悪くなりますもの、背中の真ん中の方が飛び出る猫背になりますし、それから首だけがありますし、本当に腰が曲がって、時々は伸ばせるんだけれどもやっぱり重くて曲がってしまうということもございますので、その状況に応じまして場所を肩に付ける、首に付ける、背中に付ける、腰に付けると、そのときには太目の布を真ん中に、真ん中を開けて太目の布を縫いましてその中に砂嚢を入れます。」とも証言している。この証言によれば、高齢者特有の症状としては、上半身を重いと感ずることがあり、その疑似体験のために肩に荷重をかけることが、本件出願当時広く行われていたと認めることができる。
上記証言における肩に荷重をかける部材(以下、これを「公知発明」という。)と本件発明1の荷重用上着とは、
「高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットの装具の1つとしての荷重用部材。」である点で一致し、次の各点で相違する。
〈相違点1〉本件発明1の荷重用部材が「上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け、各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納」してなる「荷重用上着」であるのに対し、公知発明は肩に荷重をかける以外の構成は不明である点。
〈相違点2〉本件発明1の荷重用部材が「前屈姿勢を再現する」ものであるのに対し、公知発明は「上半身を重いと体感」するものである点。

4.相違点についての判断
(1)相違点1について
重い上着の着用時に、上半身を重いと体感することは、当業者のみならず広く一般人が経験することであるから、公知発明の重りを、重い上着とすることは当業者にとって想到容易である。
また、何かを重くするに当たり、重い素材を用いることもあれば、重りを装着することにより重くすることもある。したがって、重い上着の実現に当たり、重りを併用することは設計事項程度である。そして、装着時の上着を重り併用によって重くするのであれば、上着に通常設けられているポケット(バランスをとるため等の理由から、前面左右に設けることは設計事項に属する。)に重りを収納する(出入自在である)ことは極めてありふれた態様であり、設計事項というべきである。
したがって、相違点1に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。

(2)相違点2について
訂正明細書には、「体重60kg未満の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に500gの重り35,36を挿入して合計1kgの荷重をかける。また体重60kg以上の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に1kgの重り37,38を挿入して合計2kgの荷重をかけることができる。」(段落【0023】)と記載があり、実際にポケットに収納が収納が予定されている重りは1kg又は2kg程度である。
公知発明は「上半身を重いと体感」するためのものであるが、かかる体験をするために、重りの重さを1kg又は2kg程度以上とすることは設計事項程度である。
ところで、3.で述べた証言によれば、この程度の重りを収納した上着装着者が、前屈姿勢をとるとは認め難い。さらに、請求人が提出した前掲参考資料3には、腹部(身体前面)に砂等の重量物を収納して妊婦体験を行うことが記載されており、妊婦は通常前屈姿勢をとらないことからも、前面の重りが前屈姿勢再現に寄与するとは認め難い。通常人間は、装着物や手荷物を含めた重心が足部上方となるような姿勢をとることにより、姿勢の安定を図るものであり、前示のとおり行商人が前屈姿勢をとるのもそのためである。
そうすると、訂正明細書の「高齢者疑似体験者(以下体験者と称する)400が荷重用上着30を装着して歩行する場合、図3に示した如く、荷重用上着30の各ポケット31,32,33,34に挿入された重りによって胸部に荷重がかけられることから、体験者400は全体的に前傾姿勢となる。」(段落【0015】)との記載には疑義があるものの、訂正明細書の記載に誤りがないとすれば、公知発明を出発点として、上着前面ポケットに1kg又は2kg程度の重りを収納したものは、「前屈姿勢を再現する」ものになるといわざるを得ないから、結局のところ、相違点2に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって想到容易である。

(3)本件発明1の進歩性の判断
相違点1,2に係る本件発明1の荷重用部材の構成を採用することは当業者にとって想到容易であり、これら構成を採用したことによる格別の作用効果を認めることもできない。
したがって、本件発明1の荷重用部材は公知発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、翻って同荷重用部材を装具一式に含む「高齢者疑似体験用キット」、すなわち本件発明1も公知発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

5.本件発明2の進歩性の判断
本件発明2は、本件発明1の荷重用部材のポケットにつき「上着本体の下段に設けられている」との限定を付したものである。ところで、「下段に設けられている」とは「下段のみに設けられている」との意味ではなく、上下段に設けられているものを含むことは、上下段に設けられた実施例はあるが下段のみに設けられた実施例がないことから明らかである。
そして、ポケットが上下段両方に設けられておれば、上段のみに設けるよりも、多数の重りを収納することができ、「上半身を重いと体感」するのに好都合なことは自明であるから、本件発明2の上記限定構成を採用することは設計事項というべきである。
したがって、本件発明2も公知発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項2に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされた特許である。

第5 むすび
以上のとおり、請求項1,2に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから、同法123条1項2号の規定により無効とされるべきである。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定において準用する民事訴訟法61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
高齢者疑似体験用キット
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットであって、高齢者疑似体験用キットのうち、荷重用上着は、上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け、各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現することを特徴とする高齢者疑似体験用キット。
【請求項2】
前記ポケットが、上着本体の下段に設けられていることを特徴とする請求項1記載の高齢者疑似体験用キット。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高齢になったときの身体的機能の低下や心理的変化を疑似的に体験するため、特に高齢者特有の前屈姿勢を再現するための高齢者疑似体験用キットに関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、世界的規模の人口増加問題とともに先進諸国では高齢化に対して国や企業がどのように取り組むべきかという問題が浮上している。すでに身体的機能が低下しつつある高齢者であっても、公的あるいは民間による福祉事業により生活を援助してもらうことが可能である。
【0003】
また上述したような人的援助の他に、各種の身体的な障害に合わせて腕や足等の動作を補助する補助具や視力、聴覚を通常の生活レベルまで再現する眼鏡、補聴器等のように各種の器具が利用されている。これらの器具の中には日々改良されるものや新しく考案されて登場したものまで様々である。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、上述した福祉事業にしても器具の開発にしても、到来していない高齢化や高齢化による身体的機能の低下を経験していない人にとっては無縁のものであり、これに対して一般の人が積極的に関心をもつということは期待できなかった。
【0005】
最近、新聞や雑誌等のメディアを通して高齢者に対する福祉の重要性を問いかけたり人々の関心を引きつける努力がなされている。しかしながら、高齢化による障害がどの程度生活に不具合を及ぼすものなのか実際に体験してもらわないと実感することは困難であった。このような理由から疑似的にでも体験してみないと上述した福祉事業にしても器具の開発にしても柔軟な発想あるいは新しい発想を得ることは困難であるという問題があった。
【0006】
そこで本発明は、上記のような問題点を解消するためになされたもので、高齢者特有の前屈姿勢を再現することによって身体的機能の低下や心理的変化を高い再現性をもって疑似体験することができる高齢者疑似体験用キットを提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記課題を解決するため、高齢による身体的機能の低下を疑似的に再現するために人体に装着して使用される高齢者疑似体験用キットであって、高齢者疑似体験用キットのうち、荷重用上着は、上着本体の前面左右に重りを収納するための収納部としてのポケットを設け、各ポケットに対して上着本体の前面左右に荷重をかける重りを出入自在に収納して前屈姿勢を再現することを特徴とする。
【0008】
この手段によると、上着本体を装着すると上着本体の前面左右のポケットに分散して収納した重りによって、上着の装着者には前かがみの姿勢が再現される。
【0009】
また、請求項2記載の高齢者疑似体験用キットは、再現性を高めるため、ポケットが上着本体の下段に設けられていることを特徴とする。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、添付図面に基づいて、本発明に係る高齢者疑似体験用キットの好適な一実施の形態を説明する。
【0011】
本実施の形態において、図1に示す高齢者疑似体験用キット(以下キットと称する)1は、荷重用上着30を組み合わせて具体化したものを示す。
【0012】
荷重用上着30は、図2に示した如く、重りを収納するための収納部として上段ポケット31,32および下段ポケット33,34を上着本体の前面に設けている。
【0013】
荷重用上着30を装着して疑似体験をする際には、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に重り35,36を挿入して荷重をかける。
【0014】
このように、荷重用上着30の前面左右に荷重をかけることによって、高齢者特有の前屈姿勢を再現することができる。
【0015】
ここで、高齢者疑似体験者(以下体験者と称する)400が荷重用上着30を装着して歩行する場合、図3に示した如く、荷重用上着30の各ポケット31,32,33,34に挿入された重りによって胸部に荷重がかけられることから、体験者400は全体的に前傾姿勢となる。本来、背筋は角度θ1程度の起き上がりが得られるが、荷重用上着30によりこのような起き上がり動作が困難となるので、前傾姿勢のまま歩行することを強いられ、安全な歩行が困難となる。
【0016】
従って、高齢者疑似体験用キット1は、荷重用上着30をそのまま装着することにより、その体験者400は高齢に達していないでも高齢者特有の前屈姿勢が再現されるとともに、このような身体的機能の低下を実感していない装着者にとって心理的な不安を募らせることはもちろん、いかに高齢者が困難な歩行を強いられているかを理解するのに十分な体験を得ることができる。
【0017】
【実施例】
本発明によるキット1は、複数の疑似体験具を組み合わせて使用することで、さらに高い再現性をもって高齢者の疑似体験を可能にすることができる。以下添付図面に基づいて、本発明の一実施例を説明する。
【0018】
本実施例による高齢者疑似体験用キット1は、図1に示した如く、耳栓10,11と、眼鏡20と、荷重用上着30と、肘固定具40,41と、膝固定具50,51と、足首半固定具60,61と、手首荷重用バンド部材70,71と、足首荷重用バンド部材80,81と、手袋90,91と、杖具100とがある。
【0019】
上記耳栓10,11は高周波をカットするためのフィルタであり、その特性として、高齢者が聞き取れる範囲の聴力を疑似的に再現するため、例えば3,000から4,000ヘルツの音域を遮断して通常の話し声の例えば500から1,000ヘルツの音域を通しやすくした機能をもっている。これはJIS第一種型に依存する。そして耳栓10(11)は、図4に示した如く、柔軟性および可撓性を得るために例えば発泡ポリマに特殊樹脂加工を施した構造である。これにより、耳穴への挿入時には、耳栓10(11)は、容易に圧縮して、耳穴のサイズや外耳道の形状に適合して柔軟に変形する。耳穴に挿入された後に、耳栓10(11)は、圧縮から一転してゆるやかな膨張を開始して、耳の壁面にその壁面の形状に倣うように凹凸をもってフィットする。これにより耳への確実な装着が得られ、例えば、通常の話し声よりも高い音域の警報音や叫びを聞き取りにくくして、高齢者特有の難聴を疑似的に再現することができる。
【0020】
上記眼鏡20は、図5に示した如く、ベースとなる透明保護メガネ22の透視面22a裏面に黄色系フィルタ24とグレー系フィルム26とを貼り合わせた積層構造をもっている。貼り合わせについては、透明保護メガネ22、黄色系フィルタ24、グレー系フィルム26の各縁部を接着剤等で接着させたり、透視面22aに溝等の係止部を設け、黄色系フィルタ24とグレー系フィルム26の弾性を利用して上記係止部に嵌め込むようにしても良い。以上の積層構造により、黄色系フィルタ24により白内障による色覚変化やぼやけて見える視野を再現することができる。
【0021】
実際の白内障には、水晶体が混濁し硬化するものと、さらに黄色系の色素が沈着したものとがあり、本実施例ではこの症状を上記黄色系フィルタ24により再現させることができる。またグレー系フィルム26により視野の薄暗さや視野の狭さを再現することができる。実際の視野狭窄では、視力の低下、上眼瞼の下垂、眼球の落ち込みが現れて、上記の症状を起こすが、本実施例ではグレー系フィルム26を通した視界から疑似的に体験することができる。これらの症状を同時に得ることで、体験者は視界の悪さに不安を抱くことになる。
【0022】
上述の荷重用上着30は、体験者の体重に対比させた重りを収納するための収納部としての上段ポケット31,32および下段ポケット33,34を上着本体の前面に設けている。重り35,36はそれぞれ500g(グラム)程度の重量をもち、重り37,38はそれぞれ1kg(キログラム)程度の重量をもっている。
【0023】
疑似体験をする際には、例えば、体重60kg未満の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に500gの重り35,36を挿入して合計1kgの荷重をかける。また体重60kg以上の装着者については、上段ポケット31,32あるいは下段ポケット33,34の各々に1kgの重り37,38を挿入して合計2kgの荷重をかけることができる。
【0024】
上記肘固定具40(41)は、図6に示した如く、展開形状が矩形状の肘当て部材42と、この肘当て部材42を肘に固定する帯状の紐状部材46,48とを備えている。そして、肘固定具40(41)はポリウレタン弾性繊維の不織布構造をもっている。
【0025】
肘当て部材42において、腕を被覆した際に外側に位置する表面42aには、肘当て部材42を腕に巻回した際に腕の両側部を挟持できるようにガイドチューブ44,44が離間して配置される。このガイドチューブ44,44の内部には、表面42aの面方向で屈曲自在の金属板45,45が収納されている。金属板45,45はほぼ中央で軸45a、45aを中心に肘当て部材42のよじれの程度に応じて屈曲を得ることができる。また、肘当て部材42の左右の縁部には、上記軸45a、45aの位置に平行して凹所49a,49aが設けられるとともに、この凹所49a,49aと上縁部との間にはスリット49b,49bが設けられている。さらに、腕を被覆した際に内側に位置する裏面42bには、左右いずれか一方の縁部に掛着面が設けられており、肘当て部材42を巻回した際に掛着される構成である。
【0026】
そして、紐状部材46は、肘当て部材42の上部、かつ、ガイドチューブ44,44の対抗している一方の縁部に取り付けられ、他方の縁部に設けたリング47で折り返したときに余り片が得られる程度の長さを有している。また、紐状部材46の先端部には、マジックテープ等の掛着面46aが形成され、上記の折り返しにより紐状部材46自身に掛着できるように構成される。
【0027】
また、紐状部材48,48は、肘当て部材42の上部、かつ、ガイドチューブ44,44の非対抗している各縁部に斜めに取り付けられており、肘固定具40を腕に装着した際に一周以上巻回できる程度の長さを有している。この紐状部材48,48もまた先端部にマジックテープ等の掛着面が形成されており、肘当て部材42に掛着できる構成である。
【0028】
次に、肘固定具40の装着手順について図7から図10を用いて説明する。まず、手のひらを上に向け、腕の裏側から肘当て部材42(裏面42b)を巻いて掛着面により仮止めする。この装着では、凹所49a,49aが上にくるようにしてガイドチューブ44,44を側面にあてがい、肘当て部材42左右縁部を重ねて仮止めして、丁度腕の曲がる位置に円形状の穴49a’を形成する(図7)。
【0029】
さらに、図8に示した如く、紐状部材46をリング47で折り返し、適度に絞り込んだところで先端の掛着面46aを掛けて固定する。そして、2本の紐状部材48,48を腕の先端に向かって穴49’のあたりでクロスするように巻きつけ、肘当て部材42(表面42a)に掛着して固定する(図9,図10)。
【0030】
このように、肘当て部材42が紐状部材46,48,48により巻き付けられるので、ガイドチューブ44,44に収納された金属板45,45は軸45a,45aの位置での屈曲度が規制され、腕に曲がり難さを与えることができ、高齢者特有の筋力の衰えにより生じる肘関節の緩慢な動きを常に正確に再現することができる。
【0031】
また、肘固定具40(41)が不織布構造のため、程度の伸縮が得られて長時間の使用においても持続性、適応性の低下はないので、使用頻度が高くても安心して利用することができる。
【0032】
また、手首荷重用バンド部材70,71と足首荷重用バンド部材80,81はどちらも同様の内部構成をもつので、代表例として手首荷重用バンド部材70について説明する。手首荷重用バンド部材70は、図11に示した如く、帯状の本体72の長手方向に複数の重り74a,74b,74c,74d,74eを並べて収納させた構造をもっている。本体72は、弾力性および可撓性をもつシート材で構成されており、これにより手首に対して傷害を与えず、安心して巻回することができる。また本体72の両端部にはマジックテープ等の掛着部材76と被掛着部材78とが設けられており、それぞれ体験者の手首の太さに応じて掛着位置を適宜調節できる面積を有する。
【0033】
そして、本体72の内部に収納される重り74a,74b,74c,74d,74eは均一の重量をもっており、手首に装着した際に手首の回りに均等の荷重を加えて手首のバランスを良好に保持することができる。手首荷重用バンド部材70,71の場合には、例えばひとつあたり0.75kgの重りを採用し、また足首荷重用バンド部材80,81の場合には、例えばひとつあたり1.0kgの重りを採用すれば良い。
【0034】
さらに、手袋90(91)は、図12に示した如く、手に接触させるゴム製手袋92と、このゴム製手袋92を被覆するように積層させる布製手袋93と、さらに布製手袋93を被覆するように積層される伸縮性の合成繊維からなる伸縮性手袋94との3つの層から構成される。なお、ゴム製手袋92と布製手袋93はどちらも手指全体を被覆する形状を有しており、伸縮性手袋94は少なくとも手のひらと指の第2関節までを被覆する形状を有している。
【0035】
この3層からなる手袋90を手に装着する場合には、図13に示した如く、ゴム製手袋92、布製手袋93、伸縮性手袋94の順で実施され、最後の伸縮性手袋94については、母指の先端を縫い付けてあり、他の指は必ず第2関節までを被覆させるように設けている。このようにして対象物を触れたりつかんだり押したりしたときに間接的な感触が、手指の触覚、圧覚、温覚などを鈍化させて、通常受ける感覚に比べて感覚機能の低下を体験することができる。また布製手袋93により上記感覚機能の低下が助長されるとともに、手や指の微妙な動きが阻害されて通常の動きに比べて緩慢な動作を得ることができる。
【0036】
また、伸縮性手袋94については、母指全体を被覆しているために母指の折り曲げやその付け根の自由度が奪われ、他の指の付け根を圧迫しているために付け根間の動きが阻害されることになる。これにより、スイッチ等の押し動作やガス栓等のひねり動作、引き出し取っ手等の引き動作が普段どおりにいかず、苛立ちや不安など、精神的なダメージを与えることができる。また、物がつかみにくい、落としやすい等といった高齢者特有の症状も再現することができる。
【0037】
以上の手首荷重用バンド部材70,71を、図14に示した如く、前述の肘固定具40,41、手袋90,91とともに使用することで、高齢者特有の筋力の低下により腕全体(手を含む)の緩慢な動きをより正確に再現することができる。
【0038】
また、膝固定具50(51)は、図15に示した如く、展開形状が矩形状の膝当て部材52と、この膝当て部材52を膝に固定する帯状の紐状部材55a,55b,55c,57,57とを備えている。なお、膝固定具50(51)はポリウレタン弾性繊維の不織布構造をもっている。
【0039】
膝当て部材52において、膝を被覆した際に外側に位置する表面52aには、膝当て部材52を膝に巻回した際に膝の両側部を挟持できるようにガイドチューブ53,53が離間して配置される。このガイドチューブ53,53の内部には、表面52aの面方向で屈曲自在の金属板54,54が収納されている。金属板54,54はほぼ中央で前述の肘当て部材42と同様の軸53a,53aを中心に膝当て部材52のよじれの程度に応じて屈曲を得ることができる。また、膝当て部材52の左右の縁部には、上記軸53a、53aの位置に平行して凹所52A,52Bが設けられるとともに、この凹所52A,52Bと上縁部、下縁部との各間にはスリット52C,52D,50E,50Fが設けられている。そして、膝当て部材52の中心部には、穴52Gが開口され、この穴52Gの位置を膝の曲がる位置とする。さらに、腕を被覆した際に内側に位置する裏面52bには、左右いずれか一方の縁部に掛着面が設けられており、肘当て部材52を巻回した際に掛着される構成である。
【0040】
そして、紐状部材55aは、膝当て部材52の上部、かつ、ガイドチューブ53,53の対抗している一方の縁部に取り付けられ、他方の縁部に設けたリング56aで折り返したときに余り片が得られる程度の長さを有している。同様に、膝当て部材52の下部にも、紐状部材55bとリング56bの組が設けられている。さらに、紐状部材55cは、紐状部材55bと逆回りで膝当て部材52を巻回するように、穴52Gと紐状部材55b間に、ガイドチューブ44,44の非対抗している一方の縁部に取り付けられ、他方の縁部にリング56cが設けられている。また、紐状部材55a,55b,55cの各先端部には、マジックテープ等の掛着面が形成され、各々の折り返しにより自身に掛着できるように構成される。
【0041】
また、紐状部材57,57は、膝当て部材52の下部、かつ、ガイドチューブ53,53の非対抗している各縁部に斜めに取り付けられており、膝固定具50を膝に装着した際に一周以上巻回できる程度の長さを有している。この紐状部材57,57もまた先端部にマジックテープ等の掛着面が形成されており、膝当て部材52に掛着できる構成である。
【0042】
次に、膝固定具50の装着手順について図16から図21を用いて説明する。まず、図16に示した如く、膝裏に穴52Gがくるように、かつ、軸53a,53aが膝の両側部に位置するように、膝の裏側から膝当て部材52(裏面52b)を巻いて掛着面により仮止めする。この装着では、凹所52A,52Bが膝の位置にくるようにしてガイドチューブ53,53を足の側面にあてがい、膝当て部材52左右縁部を重ねて仮止めして、丁度膝の位置に円形状の穴52’を形成する。
【0043】
さらに、図17に示した如く、紐状部材45bをリング56bで折り返し、適度に絞り込んだところで先端の掛着面を掛けて固定する。そして、2本の紐状部材57,57を膝上に向かって穴52’のあたりでクロスするように巻きつけ、膝当て部材52(表面52a)に掛着して固定する(図18,図19)。
【0044】
次に、図20、図21に示した如く、紐状部材55c,55aをリング56c,56aでそれぞれ折り返し、適度に絞り込んだところで先端の掛着面を掛けて固定する。
【0045】
このように、膝当て部材52が紐状部材55a,55b,55c,57,57により巻き付けられるので、ガイドチューブ53,53に収納された金属板54,54は各軸の位置での屈曲度が規制され、膝に曲がり難さを与えることができ、高齢者特有の筋力の衰えにより生じる膝関節の緩慢な動きを常に正確に再現することができる。
【0046】
また、膝固定具50(51)が不織布構造のため、程度の伸縮が得られて長時間の使用においても持続性、適応性の低下はないので、使用頻度が高くても安心して利用することができる。
【0047】
足首半固定具60(61)は、図22に示した如く、横から見るとくの字に屈曲した靴型形状を有している。足首半固定具60(61)は、靴型形状の足首当て部材62と、この足首当て部材62の足首の両側面に取り付けられる足首当板63,63と、足首当て部材62を足首に固定する帯状の紐状部材64,64とを備えている。なお、足首半固定具60(61)はポリウレタン弾性繊維の不織布構造をもっている。
【0048】
足首当て部材62は、図23に示した如く、屈曲部位から一端(足首から爪先方向)に向かって筒状に設けられ(筒状部位)、他端(足首から膝方向)に向かって展開形状(展開形状部位)をもつように設けられている。この展開形状部位もまた左右縁部に一本のスリット62A,62Bが設けられるとともに、足首に巻回した際に掛着する掛着面を、図23において、向かって右側に設けている。また、くの字の屈曲部位には穴62aが設けられ、先端に開口部62bが形成されている。穴62aには足首の曲がる部分を位置させ、その際に、開口部62bから爪先部分が露出するように構成される。そして、上記筒状部位の下面には、図22および図23に示した如く、2本の紐状部材64,64が取り付けられており、各々が足首当て部材62を少なくとも一周以上巻回できる長さを有している。
【0049】
次に、足首半固定具60の装着手順について図24から図27を用いて説明する。まず、体験者は靴を履いたままで、図24に示した如く、足首当て部材60の筒状部位に足の爪先から挿入して、足の甲に筒状部位がフィットしたところで、穴62aに足首の曲がる部分が位置し、開口部62bから爪先部分が露出する。この状態で、展開部位の掛着面66を掛着して筒状を形成し、仮止めを完了する。
【0050】
さらに、図25に示した如く、足首を両側面から挟むように足首当板63,63を取り付ける。この際に、足首当板63,63の足首側の面にマジックテープ等の掛着面を設けておけば、足首当板63,63を単独で足首当て部材60に固定することができる。そして、図26、図27に示した如く、2本の紐状部材64,64を甲に向かって穴62aのあたりでクロスするように巻きつけ、足首当て部材62に掛着して固定する。このように、装着した後、そのまま行動を起こすことができる。
【0051】
このように、足首当て部材62が足首関節の位置で足首当板63,63により挟持された状態で紐状部材64,64により巻き付けられるので、足首の捩じり角度が規制され、足首に曲がり難さを与えることができ、高齢者特有の筋力の衰えにより生じる足関節の緩慢な歩行の動きを常に正確に再現することができる。特に歩行時につま先が上がりにくくなる症状を強制的に起こすので、つまづきやすくなる状態を良好に再現することができる。
【0052】
また、足首半固定具60(61)が不織布構造のため、適度の伸縮が得られて長時間の使用においても持続性、適応性の低下はないので、使用頻度が高くても安心して利用することができる。
【0053】
そして、以上の足首半固定具60,61を、図28に示した如く、前述の足首荷重用バンド部材80,81、膝固定具50,51とともに使用することで、高齢者特有の筋力の低下により足全体(爪先含む)の緩慢な動きをより正確に再現することができる。
【0054】
杖具100は、図29に示した如く、棒状に設けた杖本体101と、この杖本体101の上端に設けた把持部112と、上記杖本体101の下端に嵌め込まれたストッパ114とを備えている。杖本体101は折り畳み自在の多関節機構と長さ調節の機構とを有している。杖本体101は、把持部112を接続した第1筒体102と、この第1筒体102に一部を被嵌されてスライド自在の第2筒体104と、この第2筒体104に屈曲自在に接続された第3筒体106と、この第3筒体106に屈曲自在に接続された第4筒体108と、この第4筒体108に屈曲自在に接続された第5筒体110とから構成される。
【0055】
次に、杖具100の内部構成について図30を用いて詳述する。第1筒体102には、等間隔で5つの穴102a,102b,102c,102d,102eが設けられ、第2筒体104の内面に弾性部材105aの一端が取り付けられ、弾性部材105aの他端にボタン105を取り付けて、弾性部材105aが自然の状態でボタン105を内面に設けた穴104aから突出させるようにボタン機構が設けている。第2筒体104は第1筒体102にボタン105でロックされることになる。ボタン105は弾性部材105aの弾性力を用いて穴104aからの突出、へこみを自在に行うことができ、突出してロックをし、へこんでロックを解除する。第1筒体102の端部には、つまみ103が取り付けられており、このつまみ103を矢印Q2方向に回すと第1筒体102と第2筒体104間での相対的なスライドが可能な状態を形成し、矢印Q2方向とは逆に回すとつまみ103が第2筒体104を締めつけて上記スライドを不能にする状態を形成する。
【0056】
杖本体101の長さを伸長させる場合には、つまみ103を矢印Q2の方向に回して締めつけを緩めると同時に、ボタン105を矢印Q1方向に押し込んでロックを解除させ、矢印Q3方向にスライドさせることで、穴102aから102eの方向にボタン105によるロック位置を設定することができる。また、長さを収縮させる場合には、上記と逆の動作を行えばよい。
【0057】
また、杖本体101の第2筒体104、第3筒体106、第4筒体108、第5筒体110の各関節121,122,123について図30を用いて説明する。図30には、関節の代表として、第4筒体108と第5筒体110間の関節123の断面が示されている。第5筒体110の上縁部は第4筒体108の下縁部に嵌挿自在の形状を有している。他の関節についても同様である。第2筒体104、第5筒体110の内部には、ゴムバンド116の各端部を固定する固定部材104b,110aが設けられ、各関節121,122,123を嵌挿状態にした際に、ゴムバンド116が伸長されるようにゴムバンド116の長さが設定されている。
【0058】
杖具100を折り畳む場合には、図30および図31に示した如く、第2筒体104、第3筒体106、第4筒体108、第5筒体110間の各関節121,122,123において、既に伸長状態のゴムバンド116をさらに伸長させて嵌挿状態を解除し(矢印W回り)、それぞれ屈曲させることで長手方向においてコンパクトな収縮状態を可能にする。また展開させる際には、逆の操作を行えばよい。
【0059】
ここで、体験者400による高齢者疑似体験の一例について説明する。体験者400が、図3に示すように本発明に係る高齢者疑似体験用キット1を装着して歩行する場合、足首の動きに遊びが殆ど得られないので、つま先が十分に上がらず、胸部に荷重がかけられていることからも全体的に前傾姿勢となり、なお一層のつま先の上がりを困難にする。さらに足首に荷重をかけて膝を十分に曲げることができないようにしたことからもつま先の上げにくさを助長する。本来、背筋は角度θ1程度の起き上がりがあり、膝も角度θ2程度の曲がりが得られ、さらに爪先はあと角度θ3程度の上がりが得られるが、図3に示した如く、身体的機能の低下を再現することで安全な歩行が困難となる。これは高齢に達しておらずこのような身体的機能の低下を実感していない体験者400にとって心理的な不安を募らせることはもちろん、いかに高齢者が困難な歩行をしいられているかを理解するのに十分な体験である。
【0060】
このような困難な歩行に加えて、聴力、視力の低下も疑似的に再現されるので、心理的にも内方への不安をさらに募らせることができ、これが慎重で無理のない歩行を無意識のうちに行ってしまうという体験も得ることができる。またこのような歩行能力においては必然的に杖具100の必要性を実感することができる。例えば、その人にとって適した長さへの微妙な調節がどの程度できることが重要なのか等を考える材料となって技術的な前進に寄与することができる。これは上述したキット1の各部のすべてに共通していえることである。
【0061】
以上説明したように本実施例によれば、一対の耳栓10,11、視力低下眼鏡20、荷重用上着30、肘固定具40,41、手首荷重用バンド部材70,71、三層構造の一対の手袋90,91、膝固定具50,51、足首荷重用バンド部材80,81、履物の上から固定する足首半固定具60,61とから高齢者疑似体験用キットを組み合わせて具体化したので、日常生活している被服や履物の上からそのまま簡単に装着することができ、現実の生活体験状態から身体上の各部の動きや感覚を規制あるいはにぶらせることで、頭で考えている動作のイメージと実際の動作との間に生じるギャップを身体的機能の低下として実感させることができる。
【0062】
具体的には、耳栓10,11により音の高音域をカットして聞きづらくしたので、老人性難聴に特有な聞きにくさを再現することができる。眼鏡20により視野狭窄と色覚変化を光学的に形成するので、白内障による色覚変化やぼやけて見える状態や視野の狭さ、薄暗さを再現することができる。そして、荷重用上着30の前面に例えば装着者の体重に対比させた重りを収納したので、加齢に伴う前かがみの姿勢を再現することができる。また肘固定具40,41を用いて肘当て部材で肘関節を任意の角度に設定して紐状部材で肘に固定したり、重りを収納した手首荷重用バンド部材80,81によって手首や足首の周囲に分散して重りを装着するので、肘より先の筋力の衰えによりおこる肘関節の緩慢な動きを再現することができる。さらに、ゴム製および布製の第1、第2の手袋の上に指の第2関節までを被覆する伸縮性の第3の手袋を積層した手袋90,91によって、積層構造を密着化したうえで手のひらや甲よりも手指の触覚、圧覚、温覚を僅かに残した状態でこれらの感覚を低下させ、物をつかみにくくしたり落としやすい手の状態を再現することができる。また膝固定具50,51を用いて膝関節を任意の角度に固定して、さらに重りを収納した足首荷重用バンド部材70,71を装着するので、筋力の低下に伴い膝関節が動きにくくなる状態を再現することができる。そして、履物の上から足首半固定具60,61を用いて足首関節を任意の角度で半固定したので、歩く際につま先の上がりを規制してつまずきやすくなる状態を再現することができ、折り畳み式の杖具100とすることで、平地、階段、エレベータ、エスカレータ等のように様々な場所で杖具が必要となったり、不要となったりすることがあり、その都度行われる展開と折り畳みを容易かつ迅速に行うことができる。
【0063】
このように身体上の各部の動きや感覚を規制あるいはにぶらせることで、頭で考えている動作のイメージと実際の動作との間に生じるギャップを身体的機能の低下として実感させることができる。特に視覚、聴覚について身体的機能を低下させ、生活上、判断力の低下を強制的に促すことができる。従って、高齢者がかかえる身体的機能の低下や心理的変化を高い再現性をもって疑似体験することができる。
【0064】
次に、上述した実施例のキット1の全部あるいは一部を利用して身体的機能を検査する方法についての一実施例について説明する。
図32は実施例による高齢者疑似体験用キットを用いた身体的機能検査方法を実現するシステムの一例を示す外観斜視図である。本システムは、図32に示した如く、体験者400にキット1を装着させて行うことが前提となる。実施例では、身体的機能の検査項目として、手指機能と手機能との2種類の機能を例に挙げる。手指機能検査とは、手指による押し、引き、ひねりの操作にかかる反応時間をみるものであり、手機能検査とはドアのノブ、ハンドル、レバーの操作にかかる反応時間をみるものである。
【0065】
図32において、200は手指機能検査装置であり、これは体験者400が操作する体験者用操作盤200Aと、インストラクタが操作する指令操作盤200Bと、体験者用操作盤200Aと指令操作盤200B間を電気的に接続する着脱自在のケーブル200Cとから構成される。
【0066】
体験者用操作盤200Aは、図32に示した如く、検査にかかる時間をカウントアップして表示する時間表示カウンタ210と、オン/オフスイッチ212と、引き出し取手214と、ガス栓216と、オン/オフスイッチ212を点灯で指示するとともに消灯で操作完了を呈示する表示ランプ218と、引き出し取手214を点灯で指示するとともに消灯で操作完了を呈示する表示ランプ220と、ガス栓216を点灯で指示するとともに消灯で操作完了を呈示する表示ランプ222と、オン/オフスイッチ212の操作回数をカウントアップして表示する回数表示カウンタ224と、引き出し取手214の操作回数をカウントアップして表示する回数表示カウンタ226と、ガス栓216の操作回数をカウントアップして表示する回数表示カウンタ228とを備えている。
【0067】
指令操作盤200Bは、図32に示した如く、電源を投入するための電源SW(スイッチ)250と、バッテリ量を目盛りで表示するバッテリ表示部252と、検査にかかる時間をカウントアップして表示する時間表示カウンタ254と、操作完了時に発生させるブザー音の音量を設定する音量SW256と、前述のオン/オフスイッチ212、引き出し取手214、ガス栓228の動作指令を規則的に発するか、不規則に発するかを設定する動作指令SW258と、検査を開始するためのスタートSW260と、検査を終了するためのリセットSW262とを備えている。
【0068】
さらに、上記指令操作盤200Bは、ケーブル200Cと電気的に接続されて信号の入出力を行う入出力I/F(インターフェース)と、時間を計測するタイマと、電源SW250の押圧により電力を供給するバッテリと、検査にかかる全体の制御を行う制御部とを内蔵している。
【0069】
そして、300は手機能検査装置であり、これは体験者400が操作する体験者用操作盤300Aと、インストラクタが操作する指令操作盤300Bと、体験者用操作盤300Aと指令操作盤300B間を電気的に接続する着脱自在のケーブル300Cとから構成される。
【0070】
体験者用操作盤300Aは、図32に示した如く、開閉自在の4つのドア310,312,314,316と、ドア310に設けたレバーハンドル318と、ドア312に設けたノブ320と、ドア314に設けたレバー322と、ドア316に設けたプッシュプルハンドル324と、ドア310,312,314,316の枠にそれぞれ設けた表示ランプ334,328,330,332とを備えている。上記表示ランプ334,328,330,332は、前述の表示ランプ218,220,222と点灯、消灯を行うための機能は同様である。なお、体験者用操作盤300Aでは、開閉動作に着目してドアを例に挙げている。
【0071】
指令操作盤300Bは、図32に示した如く、電源を投入するための電源SW350と、バッテリ量を目盛りで表示するバッテリ表示部352と、検査にかかる時間をカウントアップして表示する時間表示カウンタ354と、操作完了時に発生させるブザー音の音量を設定する音量SW356と、前述の4つのドア310,312,314,316のいずれかひとつを切り換えにより設定する動作指令SW358と、検査を開始するためのスタートSW360と、検査を終了するためのリセットSW362と、操作の指示回数を設定するとともに表示する指示回数設定/表示部364とを備えている。指令操作盤300Bの内部構成もまた前述した指令操作盤200Bと同様である。
【0072】
次に手指機能検査装置200の動作について説明する。図33は図32に示した手指機能検査装置による制御動作を説明するフローチャートである。手指機能検査装置200は、手指動作の指令を指令操作盤200Bから体験者用操作盤200Aにケーブル200Cを介して伝達することで手指機能を検査するものである。
【0073】
まず、電源SW250が押圧されると、指令操作盤200Bに電力が供給され、同時にケーブル200Cを介して体験者用操作盤200Aにも電力が供給される。これにより手指機能検査装置200の検査準備が完了する。このとき体験者400は手指検査に必要なキット1の全部あるいは一部を装着して検査の態勢を整える。
【0074】
この状態でインストラクタによりスタートSW260が押圧されると(ステップ1001)、タイマに経過時間の計測を開始させ、経過時間の表示を時間表示カウンタ254および210に行わせる(ステップ1002)。この時点で動作指令SW258がセットされている位置から操作内容が判定される(ステップ1003)。この判定の結果、ガス栓216、引き出し取手214、オン/オフスイッチ212に向かっての左方向への規則的な操作であれば、まずガス栓216に対応した表示ランプ222が点灯される(ステップ1004)。
【0075】
体験者400による操作完了が検知されると(ステップ1005)、表示ランプ222は消灯され、ブザーが設定レベルの音量で出力され、さらに回数表示カウンタ228がひとつカウントアップされて、ガス栓216、引き出し取手214、オン/オフスイッチ212までの1セットの終了が検出される(ステップ1006?1009)。現段階では、ガス栓216の操作が終了しただけなので、再びステップ1004に処理が移行して、次の引き出し取手214の動作指令、操作完了の検知が実行される。オン/オフスイッチ212までの処理が終了すると、1セット終了として、再びステップ1004に処理を移行させて、第2セットが開始される。このようにして、第5セットまでの処理が終了すると、タイマの計測が停止させる(ステップ1013)。なお、インストラクタは5セット終了までにかかった時間を反応時間として記録する。
【0076】
そして、処理はステップ1014に移行して、リセットスイッチ262が押下された場合には、各回数表示カウンタとタイマがリセットされる(ステップ1015)。
【0077】
また、ステップ1003において、オン/オフスイッチ212、引き出し取手214、ガス栓216に向かっての右方向への規則的な操作であれば、まずオン/オフスイッチ212に対応した表示ランプ218が点灯され、順次引き出し取手214、ガス栓216に操作の指示が移行する。動作内容については、上述したステップ1005?1010と同様のため、説明を省略する。
【0078】
さらに、ステップ1003において、オン/オフスイッチ212、引き出し取手214、ガス栓216の内で、不規則な操作であれば、ステップ1012で不規則な表示を行い、以降は上述したステップ1005?1010と同様のため、説明を省略する。
【0079】
そして、キット1を装着しないでも同様の操作を行うことで、通常の状態と疑似的に身体的機能を低下させた状態との間での反応時間を客観的に比較することができる。一例として、高齢者に適した操作部を開発する場合には、所定の時間内に操作できる回数が多ければ多いほど操作性が良いという評価を得ることができる。操作性としては操作上の負担が少なく簡単に操作できることが望ましいので、客観的な評価を得るには適した装置といえる。またこのような検査を通して体験した者は、身体的機能の低下のある高齢者がどの程度生活に支障を来しているのかを実感することができる。
【0080】
また、手機能検査装置300についても、全体の動作としては手指検査装置200と同様のために説明を省略するが、得られる効果としては、どのドアが開けやすいか、開けにくいか、という操作性上の客観的な評価を行うことができる。特に、手機能検査では、インストラクタが操作回数を任意に設定して反応時間に大きな差が出るように時間幅をもたせたので、一回一回の操作でロスする時間が蓄積してそのロスを大きな値としてとらえることができる。これにより、簡単な検査で身体的機能を容易に評価することができる。
【0081】
以上説明したように実施例によれば、高齢者特有の疑似的な手指の身体的機能を再現して呈示された内容の動作が行われるまでの反応時間を計測するようにしたので、疑似的な身体的機能のもとでどれくらいの反応時間を要するものか客観的にとらえるこができる。また、大掛かりな装置構成をともなわずに高齢者特有の身体的機能を簡便に評価することができる。具体的には、軽量化と言う点でバッテリ式としており持ち運びに便利である。また、指令操作盤や体験者様操作盤の操作面を傾斜をもたせているのでこの点でも、インストラクタ、体験者のいずれにとっても操作性に優れているというメリットがある。
【0082】
また、手指動作の完了確認を消灯、任意の音量またはカウント表示で呈示するようにしたので、体験者に対して、視覚、聴覚を通した手指動作の指示や完了を伝達することができる。これにより、視覚による判断能力、聴覚による判断能力、または、知覚による判断能力を評価することができる。
【0083】
さらに、各手指動作を規則的または不規則に指示するようにしたので、規則的な指示や不規則な指示を表示ランプを通して視覚的に伝達することができる。これにより、規則的な、あるいは、不規則な動作指示に対する反応時間を客観的に評価することができる効果が得られる。
【0084】
本実施例では、手指機能検査装置200に3種類の操作部(オン/オフスイッチ212、引き出し取手226、ガス栓228)を設けていたが、装置構成が大掛かりにならないのであれば4種類以上の操作部を設けても良い。また手機能検査装置300のドアの数についても同様に増やしても良い。
【0085】
【発明の効果】以上説明したように、本発明に係る高齢者疑似体験用キットは、上着本体の前面左右のポケットに分散して収納した重りによって人体前側に左右に分散して荷重がかけられるので、装着者は加齢に伴う前かがみの姿勢について高い再現性をもって疑似体験することができる。これにより、背筋の起き上がり動作を規制あるいはにぶらせることで、頭で考えている動作のイメージと実際の動作との間に生じるギャップとを身体的機能の低下として実感させることができる。
【0086】
また、請求項2記載の発明によれば、上着本体の下段に荷重が掛けられるので、より高い再現性をもって前かがみの姿勢を疑似体験することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る高齢者疑似体験用キットの全体構成を示す分解斜視図である。
【図2】高齢者疑似体験用キットの荷重用上着の構成を示す正面図である。
【図3】高齢者疑似体験用キットの装着状態を示す側面図である。
【図4】図1に示した耳栓の断面構造を示す側断面図である。
【図5】図1に示した眼鏡の積層構造を示す側断面図である。
【図6】図1に示した肘固定具の構成を示す正面図である。
【図7】図6に示した肘固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図8】図6に示した肘固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図9】図6に示した肘固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図10】図6に示した肘固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図11】図1に示した手首荷重用バンド部材および足首荷重用バンド部材の代表的な内部構造を示す正面図である。
【図12】図1に示した手袋の分解斜視図である。
【図13】図12に示した手袋の装着例を示す正面図である。
【図14】実施例による腕および手の装着例を示す斜視図である。
【図15】図1に示した膝固定具の構成を示す正面図である。
【図16】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図17】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図18】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図19】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図20】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図21】図15に示した膝固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図22】図1に示した足首半固定具の構成を示す側面図である。
【図23】図22に示した足首半固定具の斜視図である。
【図24】図22に示した足首半固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図25】図22に示した足首半固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図26】図22に示した足首半固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図27】図22に示した足首半固定具の装着手順を説明する斜視図である。
【図28】実施例による足および足首の装着例を示す斜視図である。
【図29】図1に示した杖具の構成を示す側面図である。
【図30】図29に示した杖具の要部断面図である。
【図31】図29に示した杖具の折り畳み方法を説明する側面図である。
【図32】実施例による高齢者疑似体験用キットを用いた身体的機能検査方法を実現するシステムの一例を示す外観斜視図である。
【図33】図32に示した手指機能検査装置による制御動作を説明するフローチャートである。
【符号の説明】
1 高齢者疑似体験用キット
30 荷重用上着
31,32 上段ポケット
33,34 下段ポケット
35,36,37,38 重り
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2006-04-06 
結審通知日 2006-04-11 
審決日 2006-04-24 
出願番号 特願平9-70285
審決分類 P 1 112・ 121- ZA (G09B)
最終処分 成立  
特許庁審判長 津田 俊明
特許庁審判官 酒井 進
番場 得造
登録日 1999-10-15 
登録番号 特許第2991989号(P2991989)
発明の名称 高齢者疑似体験用キット  
代理人 安形 雄三  
代理人 吉田 芳春  
代理人 吉田 芳春  
代理人 吉田 芳春  
代理人 吉田 芳春  

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