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審決分類 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 G11B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G11B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G11B
管理番号 1156273
審判番号 不服2005-852  
総通号数 90 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-01-13 
確定日 2007-04-19 
事件の表示 平成 8年特許願第124873号「磁性記録媒体の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 9年11月28日出願公開、特開平 9-305968〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成8年5月20日に特許出願されたものであって、最初の拒絶理由通知に応答して平成16年11月22日付けで手続補正がなされたが、平成16年12月9日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成17年1月13日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、平成17年2月14日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成17年2月14日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成17年2月14日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1)補正の概略
本件補正により、特許請求の範囲は、
補正前(平成16年11月22日付け手続補正書参照)の
「【請求項1】 非磁性基板上に非磁性下地層を介して磁性金属多結晶層を有し、さらに保護層を有するハードディスク用磁性記録媒体の製造方法において、真空中で、前記非磁性下地層を有する前記非磁性基板上に前記磁性金属多結晶層を堆積し、前記真空を破ることなく、前記保護層を堆積する前に、前記磁性金属層多結晶層を堆積した前記非磁性基板をポストアニールし、そして然る後に前記保護層を形成することを特徴とする磁性記録媒体の製造方法。
【請求項2】 前記磁性金属多結晶層がCoまたはCo基合金である請求項1記載の方法。
【請求項3】 前記非磁性下地層がCrまたはCr基合金である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】 前記保護層がカーボンである請求項1,2または3に記載の方法。
【請求項5】 前記ポストアニールの温度が350?700℃である請求項1?4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】 前記磁性金属多結晶層上に非磁性下地層として機能しうる材質の非磁性層をもう一層堆積してから前記ポストアニールを行なう請求項1?5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】 前記磁性金属多結晶層を前記非磁性層でサンドイッチした構造を多層化してから前記ポストアニールを行なう請求項6に記載の方法。
【請求項8】 前記非磁性基板が結晶変態により磁性を示す材料を含み、前記ポストアニールの温度がその結晶変態温度より低い請求項1?4,6?7のいずれか1項に記載の方法。」から、
補正後の
「【請求項1】 非磁性基板上に非磁性下地層を介して磁性金属多結晶層を有し、さらに保護層を有するハードディスク用磁性記録媒体の製造方法において、真空中で、前記非磁性下地層を有する前記非磁性基板上に前記磁性金属多結晶層を堆積し、前記真空を破ることなく、前記保護層を堆積する前に、前記磁性金属層多結晶層を堆積した前記非磁性基板を長くとも1分間のポストアニールし、そして然る後に前記保護層を形成することを特徴とする磁性記録媒体の製造方法。
【請求項2】 前記磁性金属多結晶層がCoまたはCo基合金である請求項1記載の方法。
【請求項3】 前記非磁性下地層がCrまたはCr基合金である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】 前記保護層がカーボンである請求項1,2または3に記載の方法。
【請求項5】 前記ポストアニールの温度が350?700℃である請求項1?4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】 前記磁性金属多結晶層上に非磁性下地層として機能しうる材質の非磁性層をもう一層堆積してから前記ポストアニールを行なう請求項1?5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】 前記磁性金属多結晶層を前記非磁性層でサンドイッチした構造を多層化してから前記ポストアニールを行なう請求項6に記載の方法。
【請求項8】 前記非磁性基板が結晶変態により磁性を示す材料を含み、前記ポストアニールの温度がその結晶変態温度より低い請求項1?4,6?7のいずれか1項に記載の方法。」
と補正された。

上記補正前後の構成を対比すると、上記補正は、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「ポストアニール」に関し、「長くとも1分間の」との限定を付加するものである。

(2)補正の適否
「ポストアニール」に関し「長くとも1分間の」との限定を付加することは、構成を付加している点で一応減縮に相当する。
しかしながら、「長くとも1分間の」との構成に関し、願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「出願当初の明細書」ともいう。)の記載を検討しても、「ポストアニールは350?700℃の温度で1分間程度行った。」(段落【0016】参照)との記載があるのみである。
ここで、「1分間程度」とは、1分間の前後に許容する範囲があることを示す目安に過ぎないと解すべきであり、上限が1分間であることを意味するものではないし、また、1分間よりはるかに短い時間(例えば0.1分間)を含むものではないのに対し、「長くとも1分間」とは、1分間を上限として規定するもので、かつ下限としては実質的な規定が無く、出願当初の明細書に記載されていない、1分間よりはるかに短い時間をも含むことになるから、両者は異なるものという他なく、該「1分間程度」が、「長くとも1分間」の意味と同義でないことは明らかである。
そして、出願当初の明細書には、他にポストアニールの処理時間に関して何ら記載されていないから、「長くとも1分間の」との構成は、出願当初の明細書に記載された範囲内のものではない。

この点に関し、審判請求理由(平成17年2月14日付けの請求の理由の手続補正書の(3)を参照)において請求人は、
「3-2)補正の根拠は、本願明細書では本発明は結晶成長をさせないことを目的としたアニールではあることを記載しているので、アニール時間が長いことは不適当であり、アニール時間には上限値が存在することは当業者であれば明細書の記載から容易に理解されるものであると思料しますが、実施例では「1分間程度」のアニールを行って、この実施例の1分間程度で十分に本発明の効果を得ることができることが示されていますので、この実施例の値を上限値として採用し、「長くとも1分間」と規定したものです。その目的は、引用文献のアニールが結晶成長の促進を目的としているので、より長時間のアニールであることと区別をより明瞭にするためです。
3-3)本発明では、下地層の成分を長くとも1分間の短時間のポストアニールで磁性金属多結晶層の結晶成長をさせないで粒界へ拡散させて偏析させることにより、磁性金属結晶粒間の粒界相互作用を阻止し、それにより磁性記録層のノイズを防止します。・・・(後略)・・」と主張している。
しかしながら、出願当初の明細書を検討しても、「結晶成長をさせないことを目的」とすることは記載されていないし、自明ともいえないし、単に実施例に記載されていた「1分間程度」が上限値としての1分間であると解すべき理由もない。

したがって、本件補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、特許法第17条の2第3項に規定に違反する。

ところで、仮に上記構成の追加の点が、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものではなく、かつ特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮であると解したとしても、本件補正は、拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求の日から30日以内にされたものであって、同法第17条の2第1項第4号の補正に該当するものであるから、本件補正後の前記請求項1に係る発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであることが必要である。
そこで、本件補正後の前記請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(3)引用例
原査定の理由に引用された特開昭62-117143号公報(以下、「引用例」という。)には、図面とともに次のような技術事項が記載されている。なお、下線は、便宜的に当審が付与した。

(i)「(1)ディスク形基板の板面上に磁性膜層が形成された磁気記録媒体を製造する方法において、液相めっき法、蒸着法又はAr雰囲気中でのスパッタリング法により、該磁性合金膜と同組成の合金薄膜を形成し、その後、真空又は不活性ガス中にて250℃以上の熱処理を施して結晶粒界の明確化及び結晶発達を行なう工程を有することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。」(特許請求の範囲の請求項1参照)、
(ii)「本発明の磁気記録媒体の製造方法においては、アルミニウム基合金等の基板上に磁性膜層が形成されている。
基板の材質としては、アルミニウム又はアルミニウムを主成分とし、これにその他の金属元素を加えて強度、剛性、耐食性等の特性のうち1又は2以上の特性を改良するようにしたものが好適に用いられ、例えばマグネシウムを数重量%、例えば3?4重量%含むものが用いられる。なおシリコンは、二酸化珪素として析出し易いので、不純物中のシリコン含有量の小さいものが好ましい。
この基板上には、通常、アルマイトやCr、Ti又は窒化物、酸化物等の硬質の下地層を設ける。この下地層が、過度に薄い場合には、ヘッドの衝突に対する耐力が小さく、いわゆるヘッドクラッシュを生ずるおそれがあり、一方過度に厚い場合には、製造時等における温度の昇降によって生ずる内部熱応力が過大になって亀裂を生じさせるおそれがあるので、数μm?数10μm程度とするのが好ましい。
なお、基板としてはチタン合金基板、ガラス基板、セラミック基板などをも用い得る。ガラス基板やセラミック基板など、硬度の高い基板の場合、硬質の下地層は必ずしも必要ではない。
下地層又は基板の上に形成される磁性層としては、Co系又はFe系の合金薄膜が用いられる。Co系としては、Co-P、Co-Ni、Co-Ni-P、Co-Ni-Cr、Co-Ni-貴金属(Pt、Ru、Rh等)、Co-Ni-Cr-貴金属などがあげられる。この場合、Niの含有率は5?35原子%、Crは5?20原子%、貴金属は合量で2?20原子%、Coは60原子%以上の組成範囲にあるものが好適である。」(第2頁右上欄9行?同頁右下欄1行参照)、
(iii)「本発明において、この合金薄膜は液相めっき、蒸着又はAr雰囲気中でのスパッタリングによって形成される。液相めっきとしては無電解めっき法が好適である。蒸着、スパッタリングの場合は、通常の蒸着装置もしくはスパッタリング装置によれば良い。
合金薄膜形成後、真空又は不活性ガス(Ar等の希ガスもしくはN2雰囲気)中にて250℃以上の温度で熱処理を施し、該合金薄膜中の結晶粒界の明確化及び結晶の発達を図る。この熱処理の温度は250℃よりも小さいと、かかる結晶粒界の明確化及び結晶の発達が不十分となるので、250℃以上好ましくは300℃以上とする。また、過度に熱処理時の温度が高いと、結晶が粒成長し、粒子が粗大化するので、熱処理温度は600℃以下とりわけ500℃以下とするのが好適である。また、熱処理時の温度が高くなるほど、処理時間は短縮される。例えば、300℃においては、通常、約1?30時間程度の熱処理が行なわれるのであるが、熱処理時の温度が高くなるほど、この処理時間を短縮する。
この熱処理時の雰囲気を真空又は不活性ガスとするのは合金薄膜の酸化を防止するためである。
しかして、このような熱処理により結晶粒界の明確化、結晶粒の発達を図ることにより、結晶粒子間の磁気的相互作用を断ち切ることができ、これにより信号記録時ノイズに対するS/N比を高めることが可能とされる。即ち、信号記録時ノイズに対するS/N比は、主として磁化の遷移領域に発生し、この領域の結晶粒の強い相互作用によるものと考えられる。本発明の製造方法において熱処理を施し、成膜(メッキ、蒸着、スパッタリング)時の結晶粒界を明確化し、かつ結晶粒を発達させることにより、結晶粒子相互間の強い磁気的相互作用が断ち切られ、S/N比の向上が図れる。」(第2頁右下欄2行?第3頁左上欄17行参照)、
(iv)「なお基板と磁性薄膜との間に下地層の他、磁性薄膜の付着強度を増大させる各種の中間層などを設けてもよい。また磁性薄膜上に炭素、ポリ珪酸等の保護膜を設けてもよい。さらに、この保護膜上に潤滑剤を塗布しても良い。」(第3頁左下欄1?5行参照)、
(v)「[作用]
本発明においては、液相めっき、蒸着もしくはAr雰囲気中でのスパッタリングにより合金薄膜を形成し、次いで熱処理することにより合金薄膜中の結晶粒界の明確化及び結晶粒の発達を図るものであり、成膜処理後の比較的乱れた状態にある結晶粒がよく発達し、かつ粒界も明確化されることにより、隣接する粒子相互間の強い相互作用が断ち切られ、これによりS/N比が著しく向上される。更に、出力が大きいと共に、保磁力Hcも高く、高密度記録媒体として優れた特性を有するようになる。かかる本発明の優れた特性は、得られる磁性合金薄膜の結晶粒径を1000Å以下とすることにより一層向上される。」(第3頁左下欄6?19行参照)、
(vi)「実施例1
マグネシウムを4%含むアルミニウム合金基板(大きさ:直径130mm、内径40mm、厚さ1.9mm)をクロム酸を含む酸浴中で電解処理し、その表面に厚さl0μmのアルマイト質の下地層を形成し、かつその表面を27μm程度研磨し平坦にした。
次に、平板マグネトロンr.f.スパッタ装置を用い、下記条件にて下地層上にNiを9原子%、Ptを10原子%含むCo-Ni-Pt薄膜を形成した。
初期排気 2×10-6Torr
雰囲気圧(Ar) 5mTorr
投入電力 1kw
ターゲット組成 Co-Ni-Pt(Ni9原子%、Pt10原子%)
極間隔 108mm
膜 厚 700Å
薄膜形成速度 200Å/min
基板温度 室温
この膜形成処理後、真空中にて330℃×3hrの熱処理を行ない、膜をスパッタ直後の状態に比べ、1.2?1.3倍程度に結晶粒成長させると共に、結晶粒界を明確化した。さらに、結晶粒内に積層欠陥等も発達させた。このCo-Ni-Pt薄膜の断面の透過電子顕微鏡写真を撮影し、結晶粒径を測定したところ、結晶粒は粒径が200?1000Åのものを主体とすることが認められた。
その後、カーボン保護膜を600Å厚さとなるようにスパッタリングして形成し、磁気記録媒体とした。
この磁気記録媒体の磁気特性を上記以外の条件と共に第1表に示す。
本発明において、S/N比は記録密度23.6KFCIにおける信号記録時ノイズに対するS/N比を示す。」(第3頁右下欄7行?第4頁右上欄3行参照)、
(vii)「比較例1
組成がNi10原子%、Pt10原子%、残部Coのターゲットを用い、実施例1と同様にスパッタリングした。また熱処理を省略した。その他の条件は実施例1と同様にして磁気記録媒体を形成した。磁気特性の測定結果を第1表に示す。」(第3頁右上欄19行?同頁左下欄4行参照)、
(viii)「実施例3
実施例1と同様の条件でアルマイト処理基板上にCo-Cr-Pt(Crl0原子%、Pr10原子%)の薄膜を形成し、次いで10-5torrの真空中でlHr熱処理をおこなった。更に、実施例1と同様にカーボン保護膜を500Å厚さとなるようにスパッタリングして形成し、磁気記録媒体とした。その特性の測定結果を第1表に示す。
実施例4
実施例1と同様のアルマイト処理基板上に、Cr下地膜をスパッタリング法により1μm厚さに形成し、直ちにAr雰囲気中で実施例1と同様の条件でCo-Cr-Ni(Cr8原子%、Ni15原子%)合金薄膜を形成し、次いで400℃×0.5Hrの真空中(10-5torr)での熱処理を行なった。更に、カーボン保護膜を500Å厚さとなるようにスパッタリングして形成し、磁気記録媒体とした。その特性の測定結果を第1表に示す。」(第4頁右下欄9行?第5頁左上欄8行参照)、
(ix)「比較例3
実施例3において真空中での熱処理工程を省いたこと以外は同様にして磁気記録媒体を製造した。その磁気特性の測定結果を第1表に示す。
比較例4
実施例4において真空中での熱処理を省いたこと以外は同様にして磁気記録媒体を製造し、その磁気特性の測定を行なった。結果を第1表に示す。
比較例5
実施例1の真空中での熱処理条件を、400℃×100Hrとしたこと以外は全く同様にして磁気記録媒体を製造した。その磁気特性の測定結果を測定したところ、Hcが355Oeと低く、高密度磁気記録媒体としては不適当であることが認められた。これは磁性合金層中の結晶粒の成長によるものである。」(第5頁左上欄8行?同頁右上欄5行参照)、
(x)「第1表より、本発明に係るものは、いずれも、S/N比及び4πMsが共に高い数値を示していることが明らかである。
因に、従来より用いられているγ-Fe2O3系の磁性膜は4πMsが3.3KG程度、S/N比が35dB程度であった。比較例1,4のものは、4πMsはγ-Fe2O3系の磁性膜よりも高いものの、S/N比はかなり低い。
また、第1表より、本発明に係るものはS*も高いことが認められる。」(第5頁右上欄6?15行参照)、
(xi)「[効果]
以上詳述した通り、本発明の製造方法により得られる磁気記録媒体は、S/N比が高く、かつ飽和磁束密度が高い。しかも本発明により得られる磁気記録媒体は角形比及び保磁力等の特性にも優れている。従って、本発明によれば高密度記録媒体としての特性を具備した実用性の高い記録媒体が提供される。」(第6頁左上欄1?8行参照)、
(xii)第1表(第5頁下欄参照)には、実施例1?5と比較例1?5に関し、スパッタ後の熱処理条件などとともに、特性としての4πMs、Hc、S*、S/N比の測定値が示されている(なお、摘示は省略)。

(4)対比、判断
そこで、本願補正発明と引用例に記載された発明を対比する。
引用例には、上記摘示の記載からみて、
「ディスク形基板(アルミニウム基合金基板、ガラス基板など)の板面上に、下地層(アルマイトやCr下地層など)を形成し、その上に磁性合金膜を形成し、その上に保護膜(カーボン保護膜など)を形成した磁気記録媒体を製造する方法において、
ディスク形基板の板面上に、蒸着法又はAr雰囲気中でのスパッタリング法により、該磁性合金膜と同組成の合金薄膜を形成し、
その後、真空又は不活性ガス中にて250℃以上の熱処理を施して結晶粒界の明確化及び結晶発達を行なう工程を有し、
その後、保護膜を形成した、
磁気記録媒体の製造方法。」
の発明(以下、「引用例発明」という。)が記載されていると認められる。

そして、
(a)引用例発明の「ディスク形基板(アルミニウム基合金基板、ガラス基板など)の板面上に、下地層(アルマイトやCr下地層など)を形成し、その上に磁性合金膜を形成し、その上に保護膜(カーボン保護膜など)を形成した磁気記録媒体を製造する方法において、」と「磁気記録媒体の製造方法」は、
(a-1)該「(アルミニウム基合金基板、ガラス基板など)」の「ディスク形基板」が、所謂「ハードディスク」用のものであることが周知であり、「非磁性基板」であることも明らかであること、
(a-2)該「磁性合金膜」が、本願補正発明の「磁性金属多結晶層」とは「磁性金属層」である点で一致する(なお、磁性金属層が「多結晶」である点は、追って検討する。以下同様である。ところで、本願補正発明では、「磁性金属多結晶層」と「磁性金属層多結晶層」の2つの異なる表現を用いているが、これらは同一の概念であると認められるため、前者の表現を採用し検討を進めることとする。)こと、
(a-3)該「下地層(アルマイトやCr下地層など)」が、非磁性と認められることから、
それぞれ本願補正発明の「非磁性基板上に非磁性下地層を介して磁性金属層を有し、さらに保護層を有するハードディスク用磁性記録媒体の製造方法において、」と「磁性記録媒体の製造方法」に相当する。

(b)引用例発明の「ディスク形基板の板面上に、蒸着法又はAr雰囲気中でのスパッタリング法により、該磁性合金膜と同組成の合金薄膜を形成し、」は、
該「Ar雰囲気中でのスパッタリング」が、例えば実施例1で初期排気が2×10-6Torrで、雰囲気圧が5mTorrの条件で行われていること(摘示(vi)参照)に鑑み、真空中で行われているといえ、また、スパッタリングによることが磁性金属層を堆積させることを意味するので、
本願補正発明の「真空中で、前記非磁性下地層を有する前記非磁性基板上に前記磁性金属層を堆積し、」に相当する。

(c)引用例発明の「その後、真空又は不活性ガス中にて250℃以上の熱処理を施して結晶粒界の明確化及び結晶発達を行なう工程を有し」は、
(c-1)「その後、保護膜を形成」するので、熱処理工程が保護膜を形成(即ち堆積)する前に行われることが明らかであり(なお、保護膜としてカーボンをスパッタリングで形成している(摘示(vi),(viii)参照)ので、堆積するとの表現も採用できることに留意されたい。)、
(c-2)本願補正発明にいう「ポストアニール」とは格別の定義も説明もなされていないことに鑑み、引用例発明における該「熱処理」が「ポストアニール」に相当すると解されることから、
本願補正発明の「前記保護層を堆積する前に、前記磁性金属層を堆積した前記非磁性基板をポストアニールし」に相当する。

(d)引用例発明の「その後、保護膜を形成した、」は、本願補正発明の「そして然る後に前記保護層を形成する」に相当する。

してみると、両発明は、次の一致点と相違点を有する。
<一致点>
「非磁性基板上に非磁性下地層を介して磁性金属層を有し、さらに保護層を有するハードディスク用磁性記録媒体の製造方法において、
真空中で、前記非磁性下地層を有する前記非磁性基板上に前記磁性金属層を堆積し、
前記保護層を堆積する前に、前記磁性金属層を堆積した前記非磁性基板をポストアニールし、
そして然る後に前記保護層を形成する
磁性記録媒体の製造方法。」
<相違点>
(A)磁性金属層に関し、本願補正発明では「多結晶」と特定しているのに対し、引用例発明ではそのような表現では特定されていない点、
(B)ポストアニールに関し、本願補正発明では「前記真空を破ることなく」と特定しているのに対し、引用例発明ではその点が明確にされいてない点、
(C)ポストアニールに関し、本願補正発明では「長くとも1分間の」との特定をしているのに対し、引用例発明ではそのような特定がなされていない点。

そこで、これらの相違点について検討する。
(A)の点について
引用例発明でも、結晶粒界を明確にしていることから、多結晶状態であると解するのが相当であり、また、本願補正発明の実施例及び引用例発明は、いずれも磁性金属層の形成をスパッタリングで行なうものであり、本質的な差異が生じる理由もないことから、(A)の点は実質的な相違点とは解し得ない。

(B)の点について
引用例発明において、熱処理を真空で行うことの理由が、「熱処理時の雰囲気を真空又は不活性ガスとするのは合金薄膜の酸化を防止するためである」(摘示(iii)参照)ことから、熱処理の前に、酸化が起こる条件といえる大気に曝すことを避けるべきことが示唆されているというべきである。
かかる理由は、本願明細書に「真空を破らない」理由として説明されている「磁性層を堆積した基板を一旦空気中に暴露してしまうと表面に酸化膜が形成されて、この酸化膜がポストアニール中に凝集して表面荒れを発生させてしまうので」(段落【0013】参照)との理由と軌を一にするものといえる。
更に、引用例発明における磁性金属層の堆積は、スパッタリングで行われており、即ち真空状態で堆積が行われること(例えば、実施例1において、初期排気が2×10-6Torrで、雰囲気圧が5mTorr)、及び、続く熱処理も真空で行うことをも勘案すると、あえて熱処理の前に真空を破る必然性が無く、むしろ磁性層の形成後に真空を破らずに熱処理(ポストアニーリング)を行っていると解する方が自然であり、少なくとも当業者であれば、真空を破らずに熱処理することは容易に想到し得る程度のことというべきである。
したがって、ポストアニールを「前記真空を破ることなく」行うことは、実質的な相違点ではないし、少なくとも当業者が適宜乃至容易に採用しえることという他ない。

(C)の点について
本願補正発明で規定する「長くとも1分間の」との数値限定は、単に実施例の一例として記載されているにすぎず、本願明細書には、ポストアニール処理の時間がどの程度の影響を及ぼすかの何らの説明もデータも示されておらず、単に長くとも1分間としているにすぎないもので、その臨界的意義は何ら示されていない。
一方、引用例発明では、300℃の熱処理では1時間、400℃の熱処理では0.5時間で実施されているが、「熱処理時の温度が高くなるほど、この処理時間を短縮する」(摘示(iii)参照)とされているのであるから、例えば熱処理を500℃、600℃とするのであれば、30分(0.5時間)よりもはるかに少ない時間で足りることが明らかといえる。そればかりか、更に短い時間での熱処理も可能と考えられ、程度の差があり得るとしても目的とする作用効果を奏すると認められる。
結局のところ、引用例発明においても、1分前後の熱処理を採用することに格別の困難性はないというべきである。

この点に関し、審判請求理由(平成17年2月14日付けの請求の理由の手続補正書の(3),(4)を参照)において請求人は、上記「2.(2)」で摘示した3-2)と3-3)の主張をし、「4-2)・・・引用文献1の記載は「真空を破ることなく」行ことをも含むと解するとしても、引用文献1では少なくとも「0.5hr」の熱処理を行っており、本発明の「長くとも1分間」のアニールとは全く異なります。引用文献1では、結晶成長を目的としているので0.5hrという長い時間の熱処理を行うものです。このような熱処理は、本発明の長くとも1分間の熱処理とは本質的に異なります。・・」(当審注:引用文献1は引用例のことである)と主張している。
しかしながら、熱処理時間に関しては、上記検討のとおり引用例発明において下限を0.5時間に限定すべき理由もないし、他方、本願補正発明において「結晶成長をさせないことを目的としたアニール」であることは記載されていない。
そして、本願補正発明では、「下地層の成分をポストアニールで磁性金属多結晶層の粒界へ拡散させて偏析させることにより、磁性金属結晶粒間の粒界相互作用を阻止し、それにより磁性記録層のノイズを防止するものである。」(段落【0012】参照)とされているところ、引用例発明でも「結晶粒界を明確化」するものであってそれによりS/N比の向上を図っている、すなわちノイズの防止を図っている点で、本願補正発明と一致することが明らかである。
引用例発明では結晶成長を目的とすると請求人は主張するが、引用例発明では、結晶粒界を明確にし、結晶粒子相互間の強い磁気相互作用を断ち切りS/N比の向上を図っている(摘示(iii)、(v)など参照)のであって、結晶発達とは結晶粒界を明確にするのに伴う状態を意味すると解するのが相当であり、結晶が粒成長して粒子が粗大化することを避けることが示唆され(摘示(iii)参照)、比較例5に示される如く長時間の熱処理によって結晶粒が成長すれば不適当であることも示唆されている(摘示(ix)参照)のであるから、上記摘示の本願明細書段落【0012】の作用と本質的な相違はないのである。そうであるから、引用例に結晶発達を行うことが併記されていることが阻害要因になると解するべきではない。
したがって、前記請求人の主張は、失当であり採用できない。

よって、本願補正発明は、引用例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(5)むすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定を満たしていないため、乃至は、特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明について
平成17年2月14日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?8にかかる発明は、平成16年11月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、上記「2.(1)の補正前の【請求項1】」に記載されたとおりである。

(1)引用例
拒絶査定の理由に引用された引用例とその記載事項は、前記「2.(3)」に記載したとおりである。

(2)対比、判断
本願発明は、前記2.で検討した本願補正発明から「ポストアニール」の限定事項である「長くとも1分間の」との構成を省いたものである。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「2.(4)」に記載したとおり、引用例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-02-15 
結審通知日 2007-02-20 
審決日 2007-03-05 
出願番号 特願平8-124873
審決分類 P 1 8・ 561- Z (G11B)
P 1 8・ 575- Z (G11B)
P 1 8・ 121- Z (G11B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 橘 均憲  
特許庁審判長 小林 秀美
特許庁審判官 川上 美秀
中野 浩昌
発明の名称 磁性記録媒体の製造方法  
代理人 石田 敬  
代理人 西山 雅也  
代理人 古賀 哲次  

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