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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
管理番号 1157001
審判番号 不服2004-5842  
総通号数 90 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-03-24 
確定日 2007-05-10 
事件の表示 平成 9年特許願第112744号「インク噴射装置」拒絶査定不服審判事件〔平成10年11月10日出願公開、特開平10-296969〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、平成9年4月30日に出願したものであって、平成16年2月17日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成16年3月24日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同年4月23日付けで明細書についての手続補正がなされたものである。
当審においてこれを審理した結果、平成18年11月30日付けで平成16年4月23日付けの明細書についての手続補正を補正却下するとともに、同日付けで拒絶の理由を通知したところ、請求人は平成19年1月31日付けで意見書及び手続補正書を提出した。

第2.本願発明
平成19年1月31日付けの手続補正によって補正された請求項1の記載は、以下の通りである。(以下、「本願発明」という。)
「インクが噴射されるノズルと、
該ノズルの背後に設けられ、インクが充填されるインク室と、
該インク室内のインクに圧力波振動を与えるアクチュエータと、
印字命令に対して、上記インク室の容積を変化させて該インク室内のインクに圧力波振動を発生させ上記ノズルからインクを噴射するため上記アクチュエータを駆動する噴射動作を実行する駆動手段と、
を備えたインク噴射装置であって、
上記駆動手段が、上記噴射動作の終了後、上記インク室内のインクの複数段階の温度において予め定めたタイミングを中心に、上記圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、その後上記圧力波振動が負に転じた後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を、実行することを特徴とするインク噴射装置。」

第3.当審の拒絶理由
当審において通知した拒絶理由の内容は以下の通りである。

「この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1、2号及び第4項に規定する要件を満たしていない。



1.【請求項1】において、「上記噴射動作の終了後、上記圧力波振動が正から負に転じるタイミング」とあるが、圧力波振動は、波である以上インク室内のインクを伝播するものであり、インク室内の位置によって異なるはずである。そうすると、圧力波振動が正から負に転じるタイミングにしてもインク室内の位置で異なるはずである。明細書全体において、インク室内のどの位置の圧力波振動について正負を検討しているか不明であるから、請求項記載のタイミングを特定できない。

2.【請求項1】において、「上記噴射動作の終了後、上記圧力波振動が正から負に転じるタイミングであって、上記インク室内のインクの複数段階の温度において予め定めたタイミングを中心に、上記圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、その後上記圧力波振動が負に転じた後のタイミングで上記容積を減少させて」とあるが、「上記圧力波振動が正から負に転じるタイミング」とは、非噴射パルス信号がない状態で生じるであろう転換時なのか否か不明である。
(【図4】には、非噴射パルス信号Cの間にインク室内の圧力が正から負に転じる様子が記載されているが、非噴射パルス信号Cがなくても非噴射パルス信号Cの間に納まるのか、非噴射パルス信号Cが与えられたことによって転換タイミングが非噴射パルス信号Cの間に納まっているのか。)

3.【表1】には、温度25℃のとき、d2が2.55T前後であると良好な結果であることが示されている。一方、【図4】において、d2は、BE時からTのほぼ3倍の時点で示されている。Tは、片道伝播時間であるから、インク室内の圧力変化の半周期とほぼ同じと考えられる。そうすると、【表1】の結果と【図4】の記載が互いに矛盾し、不明瞭である。
(【表1】の結果が正しいとすれば、【図4】において、BE後の2つめの極大値近傍にd2が設定されることになる。そのため、請求項1の「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、その後上記圧力波振動が負に転じた後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作」につき、d2が2.55T前後かつパルス幅Wcが0.5T前後であれば、それが実現できるかどうか疑わしい。)

4.明細書【0042】に「インク室613の圧力が正から負に転じる前のタイミングHSにて非噴射パルス信号Cが立ち上がると、未だ正である上記圧力が急減する。また、上記圧力が負に転じた後のタイミングHEで非噴射パルス信号Cが立ち下がると、負に転じた上記圧力が急増する。このため、上記圧力波の振動が相殺され、その振動が急速に収束に向かう。」とあるが、この記載では、非噴射パルス信号の中心をインク室の圧力が正から負に転じる時点に配設する技術的意義が不明である。
(インク室の圧力が正から負に転じる前のタイミングは、インク室の圧力が減少傾向にあるときである。そのときに非噴射パルスを立ち上げることは、減少傾向を更に助長することに繋がり、圧力波を相殺するものとはいえない。)

5.【表1】には、インクの温度が高くなるに従って25℃の片道伝播時間Tに対する比が大きくなることが示されている。一方、特開昭63-94854号公報第5頁左上欄第5?9行に「温度と音速度との関係は溶媒によって大きくかわり、水以外の液体ではほとんどが水とは逆に温度が高くなるにつれ音速度が低くなるので、このような溶媒をインクに使用した場合、印加タイミングは温度が高くなるにつれおそくする。」と記載され、溶媒が水の場合は、温度が高くなるにつれ音速度が高くなることが示唆されている。通常のインクの溶媒は、ほとんど水なので、温度が高くなるにつれ音速度が高くなると考えられるから、温度が高くなるにつれ、片道伝播時間Tは短くなり、25℃の片道伝播時間Tに対する比で表せば、小さくなるはずである。【表1】は、それと逆の結果となっているから、インクの溶媒が水以外の特殊な溶媒であるか、音速以外の他の要因によって、生じたものかも知れない。しかし、本願明細書には、インクの成分やどのようなインク噴射装置を用いて実験したか詳しい記載が無く、実験を再現できる程度に実験条件が記載されていない。」

第4.特許法第36条に関する当審の判断
(1)上記拒絶理由通知の1.に対して、請求人は平成19年1月31日付け意見書で以下のように主張している。
「本願の出願当初の明細書段落0040に「容積の増大によって生じた圧力波振動による圧力が増加して正の圧力に転じ、・・・・インク室613の容積が減少し、そのことにより発生した圧力と、上記正に転じた圧力とが加え合わされ・・・」、段落0042に「・・・非噴射パルス信号Cが立ち上がると、未だ正である上記圧力が急減する。また、上記圧力が負に転じた後のタイミングHEで非噴射パルス信号Cが立ち下がると、負に転じた上記圧力が急増する。」とある。
このように、インク室の容積の増大、減少により、圧力波振動を発生させ、その圧力波振動を加え合わせたり、相殺したりするのであるから、インク室において容積を増大、減少させる箇所が、圧力波振動に対し所定のタイミングで動作することは、当業者において明白であります。」
しかしながら、本願発明の噴射装置は、本願明細書【0004】?【0007】と【図5】、【図6】に記載のように(従来例として記載されているが、【0040】で【図6】を用いて実施の形態を説明しているから、本願発明も同様といえる。)インク室613の長さ方向に沿ってアクチュエータ壁603が配設されているから、インク室において容積を増大、減少させる箇所が、インク室の長さ方向に沿って連続しているものである。そして、圧力波振動は、インク室の長さ方向に沿っても伝播するから、インク室の長さ方向の位置が確定できない限り、圧力波振動の強さは、一義的に決定できないはずである。そうすると、圧力波振動の正負に係るタイミングで特定する本願発明は、明確であるとは到底いえず、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

(2)上記拒絶理由通知の3.に対して、請求人は上記意見書で以下のように主張している。
「図4は、駆動波形と、インク室613内の圧力変化との関係を説明するためにその考え方を例示したものですが、現実には、図中AE,BS,HS,HEなど、インク室の容積が変化する時点で、圧力波振動が合成され、複雑に変化しているため、圧力変化が図示以上に複雑な線形になって現れているものと考えられます。
しかしながら、表1は、発明者が、実験により確認したことを、室温(25℃)のときの圧力波の片道伝播時間Tを基準に表したもので、当業者が十分に実施可能なものであります。」
【表1】に示す実験データは、【0039】に記載されているように「パルス信号A,B,Cのパルス幅Wa,Wb,Wcを、それぞれ片道伝播時間T(8μsec)の1.0倍,1.0倍,0.5倍とし、噴射パルス信号A,Bのパルス間隔d1をTの0.75倍(すなわち0.75T)」とし、噴射パルス信号Bの立ち下がりタイミングBEから非噴射パルス信号Cの中心HCまでの時間d2を片道伝播時間T(25℃における値)に対する比の値で2.30?2.75まで0.05間隔で変化させ、温度を0℃?50℃まで5℃間隔で変化させ、着弾乱れやしぶきや不吐出で評価しているものである。つまり、非噴射パルス信号Cのパルス幅Wcを片道伝播時間Tの奇数倍と大きく異なる0.5倍(本願明細書【0042】には「パルス幅Wcは片道伝播時間Tの奇数倍と大きく異なるので、このパルス信号が発生してもインクは噴射されない。」と記載されている。)として、一定温度においてd2を変化させて、良好な印字を行うd2を求めている。上記実験データにより、時間d2と温度の相関関係があることは理解できるが、上記実験において、圧力波振動を測定したとは記載されておらず、実験結果として、圧力波振動の変化と各パルスのタイミングとの関係は記載されていない。圧力波振動の変化に関する記載は、【図4】(B)とそれに関する明細書の記載のみであって、実験との関係が明示されていない。また、上記拒絶理由にも記載したように、【表1】の結果と【図4】の記載が互いに矛盾する。【表1】で温度25℃の場合、〇で評価された中央である2.55T(40℃の場合でも2.60T)をd2とすると、中心タイミングからWc/2前のタイミング(つまり、非噴射パルス信号の立ち上がりタイミング)は2.30T(同2.35T)となり、中心タイミングからWc/2後のタイミング(つまり、非噴射パルス信号の立ち下がりタイミング)は2.80T(同2.85T)となる。Tは、片道伝播時間であり、インク室内の圧力変化の半周期とほぼ同じと考えられるから、前記実験結果を【図4】に当てはめると、2.30T(同2.35T)は、2つめの極大値より前になり、圧力波振動が正から負に転じる前とは到底いえず、2.80T(同2.85T)は、圧力波振動が負に転じた後であるといいきれない。
さらに、請求人は、【図4】は、インク室613内の圧力変化との関係を説明するためにその考え方を例示したものと認めており、【図4】が実験と関係するものとはいえない。
そうすると、インク室内のインクの複数段階の温度において予め定めたタイミングを中心にパルス幅をTの0.5倍として非噴射パルス信号を立ち上げて立ち下げると良好な印字を行うことは裏付けられているといえても、その非噴射パルス信号の立ち上げタイミングが圧力波振動が正から負に転じる前であり、非噴射パルス信号の立ち下げタイミングが圧力波振動が負に転じた後であることは、本願明細書の発明の詳細な説明の項には何等記載されておらず、本願発明は、裏付けられていないというべきである。
よって、本願発明の「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、その後上記圧力波振動が負に転じた後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を、実行する」点に関し、発明の詳細な説明の項には、当業者が実施し得る程度に記載されているものといえず、また、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の項に記載されているともいえず、平成14年改正前特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(3)上記拒絶理由通知の4.に対して、請求人は上記意見書で以下のように主張している。
「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングでは、圧力が減少傾向にあるとはいえインク室の圧力は未だ正であり、インク室の容積を増大させると、未だ正である上記圧力が急減する。その後、圧力が負に転じた後のタイミングでインク室の容積を減少させることで、負に転じた圧力を急増させる。この2段階の動作で、圧力波振動が相殺されます。
図2に示すような電圧変化、つまりインク室の容積変化は、図4の圧力波振動の変化に比して、極めて短時間に行われるものであって、拒絶理由通知書においてご指摘のような圧力の減少傾向を助長することはありません。このことは当業者に自明であります。」
「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングでは、圧力が減少傾向にある」ことは、請求人も認めるとおりである。圧力が減少傾向にあるタイミングでインク室の容積を増加させることは、圧力を更に減少させ、減少傾向を助長することであり、電圧変化が極めて短時間であるか否かに関わるものではない。圧力の減少傾向を助長することより、その後の負に転じた圧力を急増させることのほうが影響が大きいことを立証するのであればまだしも、請求人は、電圧変化が極めて短時間に行われることのみを主張し、非噴射パルス信号の中心を圧力波振動が正から負に転じる時点に配設する技術的意義が何等説明されておらず、依然として本願発明の技術的意義が当業者に理解し得る程度に記載されているものとはいえない。
したがって、平成14年改正前特許法第36条第4項で委任されている特許法施行規則第24条の2に規定する要件を満たしていない。

第5.特許法第29条第2項に関する当審の判断
前記第4の(2)で、本願発明の「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、その後上記圧力波振動が負に転じた後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を、実行する」点に関し、発明の詳細な説明の項には、当業者が実施し得る程度に記載されているものといえず、また、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の項に記載されているともいえないとしたが、非噴射パルス信号Cのパルス幅をTの0.5倍として、良好な印字を行うd2を求めれば、非噴射パルス信号の中心タイミングからWc/2前のタイミング(つまり、非噴射パルス信号の立ち上がりタイミング)は圧力波振動が正から負に転じる前であり、非噴射パルス信号の中心タイミングからWc/2後のタイミング(つまり、非噴射パルス信号の立ち下がりタイミング)は圧力波振動が負に転じた後であることが実験の結果、そのような結果になるものと仮定して、以下、検討する。
(1)引用刊行物
原査定の拒絶の理由に引用され、本願出願前に頒布された刊行物である特開平9-57960号公報(以下、「刊行物」という。)には、以下の記載がある。
ア.【0009】そして、各インク流路613の電極619にシリコン・チップ625が電圧を印加することによって、各アクチュエータ壁603がインク流路613の容積を増加する方向に圧電厚みすべり変形する。例えば図9に示すようにインク流路613cの電極619に電圧Vが印加されるとアクチュエータ壁603eに矢印629、631の方向の電界が発生し、アクチュエータ壁603fに矢印630、632の方向の電界が発生する。すると、アクチュエータ壁603e、603fがインク流路613cの容積を増加する方向に圧電厚みすべり変形する。このときノズル618c付近を含むインク流路613c内の圧力が減少する。この状態を圧力波のインク流路613内での片道伝播時間Tだけ維持する。すると、その間共通インク室626からインクが供給され、同時にノズル618c付近のインクメニスカス24が図10(b)に示すように後退する。
イ.【0010】なお、上記Tはインク流路613内の圧力波が、インク流路613の長手方向に片道伝播するのに必要な時間であり、インク流路613の長さLとこのインク流路613内部のインク中での音速aとにより決まり、T=L/aである。圧力波の伝播理論によると、上記の電圧の印加からちょうどT時間がたつとインク流路613内の圧力が逆転し、正の圧力に転じるが、このタイミングに合わせてインク流路613cの電極619cに印加されている電圧を0に戻す。
ウ.【0021】本実施例のインク噴射装置は、図8に示す従来のインク噴射装置600と同様に、底壁601、天壁602及びその間のせん断モードアクチュエータ壁603からなる。そのアクチュエータ壁603は、底壁601に接着され、且つ矢印611方向に分極された下部壁607と、天壁602に接着され、且つ矢印609方向に分極された上部壁605とからなっている。アクチュエータ壁603は一対となって、その間にインク流路613を形成し、且つ次の一対のアクチュエータ壁603の間に、インク流路613よりも狭い空間615を形成している。
エ.【0022】各インク流路613の一端には、ノズル618を有するノズルプレート617が固着されている。また、各インク流路613の他端には、共通インク室626を有し、かつ該共通インク室626内のインクが前記空間615に浸入しないための目止め部627を有するマニホールド部材628が固着されている。各アクチュエータ壁603の両側面には電極619,621が金属層として設けられている。各電極619,621はインクと絶縁するための絶縁層(図示せず)で覆われている。そして、空間615に面している電極621はアース623に接続され、インク流路613内に設けられている電極619はアクチュエータ駆動信号を与えるシリコン・チップ625に接続されている。
オ.【0023】本インク噴射装置の具体的な寸法の1例は、インク流路613の長さLが7.5mmである。ノズル618は、インク噴射側の径が40μm、インク流路613側の径が72μm、長さが100μmである。また、実験に供したインクの25℃における粘度は3mPa・s、表面張力は30mN/mであり、粘度の温度変化は図11に示すように10℃では6mPa・s、40℃では2mPa・sである。このインク流路613内のインク中における音速aと上記Lとの比L/a(=T)は12μsecであった。
カ.【0026】第2の駆動波形20は、インクを噴射させるための第3のパルス信号Cと、噴射後のインク流路613内の残存圧力変動を補償するための第4のパルス信号Dとからなる。第3のパルス信号C、第4のパルス信号Dのどちらも波高値(電圧値)はV(例えば20v)である。第3のパルス信号Cの幅Wcは片道伝播時間Tの3倍であり、すなわち36μsecである。第4のパルス信号Dの幅Wdは片道伝播時間Tの1.7倍であり、すなわち20.4μsecである。前記第3のパルス信号Cの幅Wcを3Tとすることで、噴射時に同粘度のインクに対してならば、前記第1の駆動波形10によるインク滴噴射速度より遅いインク滴噴射速度が得られる。前記第3のパルス信号Cの立ち下がりタイミングT3eから第4のパルス信号Dの立ち上がりタイミングT4sと立ち下がりタイミングT4eとの中心タイミングT4mまでの時間遅れd2は、片道伝播時間Tの2.5倍であり、すなわち30μsecである。
キ.【0041】図7は、第4のパルス信号Dの幅Wdと、遅れ時間d2とをそれぞれ0.3T?2.0T、2.0T?3.0Tに変えたときの評価結果を示す。評価方法としては周囲温度が40℃において5kHz?15kHzまで駆動周波数を変化させてインク噴射速度の変化を調べた。駆動電圧は20vにて駆動した。
ク.【0042】ここで評価の2重丸は、速度の変動が1m/s未満であり、丸は速度変動が1.0以上2.0m/s未満、三角は速度変動が2.0以上3m/s未満、×はある周波数にて噴射不能となったことを示す。この結果から遅れ時間d2が2.5Tで、第4パルス信号Dの幅Wdが0.5T、または1.3?1.7Tとすると、インク滴の噴射速度変動が少なく印字品質の良好なインク噴射が行い得る。
ケ.【図4】から、第4のパルス信号Dの幅がWdであり、第3のパルス信号Cの立ち下がりタイミングT3eから第4のパルス信号Dの立ち上がりタイミングT4sと立ち下がりタイミングT4eとの中心タイミングT4mまでの時間遅れがd2であることが看取できる。
コ.【図7】から、Wdが0.5Tでd2が2.0Tの場合△、2.25Tの場合○、2.5Tの場合◎(速度変動:1.0m/s未満)、2.75Tの場合○、3.0Tの場合△の評価がなされていることが看取できる。

【図7】、記載ク.から、遅れ時間d2が2.5Tで、第4パルス信号Dの幅Wdが0.5Tで駆動する駆動手段を備えるインク噴射装置が想定でき、記載ア.から電圧Vが印加されるとインク流路613cの容積を増加するから、【図4】の第4のパルス信号Dの立ち上がりタイミングT4sでアクチュエータ壁603が駆動され、インク流路613の容積を増加し、その後の立ち下がりタイミングT4eで上記容積が減少するものと認められる。よって、上記記載を含む刊行物全体の記載から、刊行物には、以下の発明が開示されていると認められる。
「インクが噴射されるノズル618と、
該ノズル618の背後に設けられ、インクが充填されるインク流路613と、
該インク流路613内のインクに圧力波を与えるアクチュエータ壁603と、
印字命令に対して、上記インク流路613の容積を変化させて該インク流路613内のインクに圧力波を発生させ上記ノズル618からインクを噴射するため上記アクチュエータ壁603を駆動する噴射動作を実行する駆動手段と、
を備えたインク噴射装置であって、
上記駆動手段が、インクを噴射させるための第3のパルス信号Cと、第3のパルス信号Cの立ち下がりタイミングT3eから第4パルス信号Dの中心タイミングT4mまでの時間遅れd2が2.5T(ただし、Tはインク流路613内の圧力波が、インク流路613の長手方向に片道伝播するのに必要な時間で、インク流路613内のインク中における音速aとインク流路613の長さLとの比L/aである。)であるタイミングT4mを中心に、Wd/2前のタイミングT4sで上記アクチュエータ壁603を駆動して上記インク流路613の容積を増加させ、Wd/2後のタイミングT4eで上記容積を減少させて、インク流路613内の残存圧力変動を補償する信号幅Wdが0.5Tである第4のパルス信号Dとからなる駆動波形を実行するインク噴射装置。」

(2)対比
そこで、本願発明と刊行物記載の発明とを比較すると、刊行物記載の発明の「インク流路613」、「圧力波」及び「アクチュエータ壁603」は、それぞれ本願発明の「インク室」、「圧力波振動」及び「アクチュエータ」に相当する。
刊行物の記載の発明の第3のパルス信号Cによってインクを噴射させる動作が行われるから、駆動手段が噴射動作を実行するものであるといえる。
刊行物の記載の発明の第4パルス信号Dによる動作は、インク流路613内の残存圧力変動を補償するものであるから、インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を実行するものといえ、第4パルス信号Dの信号幅Wdが相殺動作時間といえる。第3のパルス信号Cの立ち下がりタイミングT3eから第4パルス信号Dの中心タイミングT4mまでの時間遅れd2が2.5Tであり、タイミングT4mを中心に、Wd/2前のタイミングT4sでアクチュエータ壁603を駆動してインク流路613の容積を増加させ、Wd/2後のタイミングT4eで上記容積を減少させるから、駆動手段が予め定めたタイミングを中心に、相殺動作時間の1/2前のタイミングでアクチュエータを駆動してインク室の容積を増加させ、相殺動作時間の1/2後のタイミングで上記容積を減少させるものであるといえ、本願発明の「圧力波振動が正から負に転じる前のタイミング」は、相殺動作の中心タイミングより相殺動作時間の1/2前のタイミングであり、「圧力波振動が負に転じた後のタイミング」は、中心タイミングより相殺動作時間の1/2後のタイミングであるから、両者は「予め定めたタイミングを中心に、相殺動作時間の1/2前のタイミングでアクチュエータを駆動してインク室の容積を増加させ、相殺動作時間の1/2後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を実行する」点で共通する。
よって両者は、
「インクが噴射されるノズルと、
該ノズルの背後に設けられ、インクが充填されるインク室と、
該インク室内のインクに圧力波振動を与えるアクチュエータと、
印字命令に対して、上記インク室の容積を変化させて該インク室内のインクに圧力波振動を発生させ上記ノズルからインクを噴射するため上記アクチュエータを駆動する噴射動作を実行する駆動手段と、
を備えたインク噴射装置であって、
上記駆動手段が、上記噴射動作の終了後、予め定めたタイミングを中心に、相殺動作時間の1/2前のタイミングで上記アクチュエータを駆動して上記インク室の容積を増加させ、相殺動作時間の1/2後のタイミングで上記容積を減少させて上記インクの圧力波振動をほぼ相殺する相殺動作を実行するインク噴射装置。」
の点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]相殺動作の中心のタイミングに関して、本願発明は、インク室内のインクの複数段階の温度において予め定めたのに対し、刊行物記載の発明は、そのような特定を有していない点。
[相違点2]相殺動作の中心のタイミングを挟んだ相殺動作時間の1/2前後のタイミングに関して、本願発明は、上記圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングと圧力波振動が負に転じた後のタイミングであるのに対し、刊行物記載の発明は、そのような特定を有していない点。

(3)判断
上記相違点1について検討する。
刊行物記載の発明は、片道伝播時間Tで相殺動作の中心タイミングを定めており、片道伝播時間Tは、インクの音速に影響され、インクの音速は温度に影響されることは、技術常識であり、インク噴射装置において温度により駆動条件を変更することが周知技術(例えば、特開昭63-94854号公報)であるから、インク室内のインクの複数段階の温度において予め定めることは、当業者が容易になし得る程度のことであるから、上記相違点1のような構成とすることは、当業者が容易になし得る程度のことである。

上記相違点2について検討する。
本願明細書の【表1】に示す実験データは、パルス信号Cのパルス幅Wcを、片道伝播時間Tの0.5倍とし、噴射パルス信号Bの立ち下がりタイミングBEから非噴射パルス信号Cの中心HCまでの時間d2を片道伝播時間T(25℃における値)に対する比の値で2.30?2.75まで0.05間隔で変化させ、着弾乱れやしぶきや不吐出で評価しているものである。
刊行物1の【図7】は、第4パルス信号D(上記【表1】の実験の「パルス信号C」に相当。)の幅Wd(上記【表1】の実験のWcに相当。)を片道伝播時間Tの0.5倍とし、第3のパルス信号Cの立ち下がりタイミングT3eから第4パルス信号Dの中心T4mまでの時間d2を片道伝播時間T(25℃における値であるか否か明示されていないが、【0025】記載の第1の駆動波形の場合も、【0026】記載の第2の駆動波形の場合もいずれも25℃の片道伝播時間Tの12μsecの整数倍で表現しているから、25℃における値と認められる。)に対する比の値で2.0?3.0まで0.25間隔で変化させ、速度変動や噴射不能で評価している。
本願明細書の【0045】に「d2の値が適切な値から少しずれると、次の印字命令に対するインクの噴射時までインク室613内の圧力波振動が残留する。このため、その噴射時に噴射されたインク滴の飛翔速度が適切な値からずれ、インク滴が記録用紙の適切な位置に付着しない着弾乱れが発生する。d2の値が更にずれると、噴射されたインクが飛沫となって飛び散るしぶきが発生したり、その飛沫がノズル面617aに付着してインクが吐出されなくなったりする。」と記載されているように、飛翔速度と着弾乱れは相関していることは自明のことであり、速度変動が少ないものを選択することは、着弾乱れやしぶきがないものを選択することに通じる。
刊行物の【図7】の場合は、d2を0.25間隔で変化させており、◎で評価しているd2が最良であるか否か明らかでないが、もっと細かい間隔で実験して最も速度変動が少ない、つまり、着弾乱れがなく、良好な印字を行うd2を採用することは設計事項といえ、そのようなd2を採用すれば、そして、第5.の冒頭で述べたように、本願実験が適切であるならば、前記実験結果に基き、相殺動作の中心のタイミングから相殺動作時間の1/2前のタイミングは、圧力波振動が正から負に転じる前のタイミングとなり、相殺動作の中心のタイミングから相殺動作時間の1/2後のタイミングは、圧力波振動が負に転じた後のタイミングとなる。
よって、上記相違点2のような構成とすることは、当業者が容易になし得る程度のことである。

そして、本願発明の作用効果も、刊行物記載の発明及び周知技術から当業者が予測できる範囲のものである。

したがって、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物記載の発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

第6.むすび
以上のとおり、本願発明は、平成14年改正前特許法第36条第4項及び第6項第1、2号に規定する要件を満たしておらず、本願出願前に頒布された刊行物記載の発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-02-27 
結審通知日 2007-03-12 
審決日 2007-03-23 
出願番号 特願平9-112744
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B41J)
P 1 8・ 537- WZ (B41J)
P 1 8・ 536- WZ (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男  
特許庁審判長 津田 俊明
特許庁審判官 長島 和子
尾崎 俊彦
発明の名称 インク噴射装置  
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