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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1161314
審判番号 不服2004-5570  
総通号数 93 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-03-18 
確定日 2007-07-19 
事件の表示 特願2002-105107「インクジェットプリンタヘッドおよび駆動回路基板」拒絶査定不服審判事件〔平成14年10月23日出願公開、特開2002-307680〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成11年4月7日に出願した特願平11-99840号の一部を平成14年4月8日に新たな特許出願としたものであって、平成16年2月10日付けで拒絶の査定がされたため、これを不服として同年3月18日付けで本件審判請求がされるとともに、同日付けで明細書についての手続補正(以下「本件補正」という。)がされたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成16年3月18日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正内容
本件補正は特許請求の範囲を補正するものであり、補正後の請求項1に、補正前の請求項1が対応しており、補正前の請求項1の記載及び補正後の請求項1の記載は、それぞれ次のとおりである。

(補正前請求項1)
インクを貯溜する圧力室にノズルと振動板を設け、電気信号で駆動される圧電素子によって前記振動板を振動させて前記ノズルからインク滴を吐出するように構成したインクジェットプリンタヘッドであって、
前記ノズルと前記圧力室と前記振動と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で積層配備されていることを特徴とするインクジェットプリンタヘッド。

(補正後請求項1)
インクを貯溜する圧力室にノズルと振動板を設け、電気信号で駆動される圧電素子によって前記振動板を振動させて前記ノズルからインク滴を吐出するように構成したインクジェットプリンタヘッドであって、
前記ノズルは複数のノズルを一列に並べたノズル列を3列以上配列してなり、前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されていることを特徴とするインクジェットプリンタヘッド。

2.新規事項について
本件補正後の請求項1には、「前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されている」と記載されている。
この記載は後述するようにその意味するところが明確とはいえないものの、「ノズル」、「圧力室」、「振動板」、「圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタ」の4つの構成部材が、ノズルから吐出されるインク滴のインク吐出方向に沿って、ノズルの側から上記の順番に積層されており、かつ、4つの構成部材は、各ノズル毎に、「ノズルにおけるインクの吐出方向軸」上に、すなわちノズルの中心を通るノズル面に垂直な直線上に少なくともその一部が存在していることを意味するものと解し得る。
しかしながら、上記のような積層配備構造は、本願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「当初明細書等」という。)には記載も示唆もされていない。
なお、上記記載について、補正前請求項1にも「前記ノズルと前記圧力室と前記振動と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で積層配備されている」との記載があるが、この記載は、平成15年11月4日付け手続補正により補正されたものである。
上記補正の根拠について、審判請求人は、平成15年11月4日付け意見書で、「ここで、本書と同日付け提出の手続補正書により補正した補正事項1の「前記ノズルと前記圧力室と前記振動と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で積層配備されている」は、出願当初の明細書0056?0060段落に記載の第6の実施形態に記載があります。また、図面の図10からも明らかです。」(第1頁36行?40行)と主張している。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明に記載された「本発明の第6の実施形態」についての記載を参酌すると、段落【0056】には「図10は本発明の第6の実施形態のインクジェットプリンタヘッド19の要部を簡略化して示す断面図である。」と記載され、段落【0057】には「この実施形態のインクジェットプリンタヘッド19では、絶縁基板8の表面に一体に形成した薄膜トランジスタ回路9およびアンプ回路13の上に更に保護膜20が形成され、圧電素子7は保護膜20の上に実装されている。」と記載されている。また、第6の実施形態を示す図10(図10は、平成15年11月4日付け手続補正により補正されている)には、符号9で示される「薄膜トランジスタ回路」と符号13で示される「アンプ回路」が絶縁基板8と保護膜20の間の層として区別不能に示され、これらの層の端部は波線状に表現され、その両端部がどこまでか未確定な状態で表現されている。
これら当初明細書等の第6の実施形態の説明にある「薄膜トランジスタ回路」と「薄膜トランジスタ」とは同じではない。「薄膜トランジスタ」は「薄膜トランジスタ回路」を構成する回路素子であり、「薄膜トランジスタ回路」に含まれるものである。したがって、本願明細書の「第6の実施形態」についての記載及び図10を参酌したとしても、「薄膜トランジスタ回路」内における「薄膜トランジスタ」の位置は特定できないし、ましてや、その少なくとも一部が、「ノズルにおけるインクの吐出方向軸」上に、すなわちノズルの中心を通るノズル面に垂直な直線上に存在していることを認めることはできない。本願明細書中のその他の実施形態についても、「薄膜トランジスタ回路」として記載されており、「薄膜トランジスタ」の位置を、補正後請求項1に記載された上記記載のごとく特定することはできないので、上記記載は新規事項を含むものと認められる。
また、本件補正により、補正後請求項1には「前記ノズルは複数のノズルを一列に並べたノズル列を3列以上配列してなり」と記載されているが、この補正事項も当初明細書等に記載されていたものとは認められない。
この補正事項の補正の根拠について、審判請求人は平成16年3月18日付け審判請求書において、 「本審判請求書と同時に提出した手続補正書における特許請求の範囲の「前記ノズルは複数のノズルを一列に並べたノズル列を3列以上配列してなり、」という補正事項は、出願当初の明細書第0012段落の記載「多数のノズルを高密度で配備することが容易となり」、第0022段落の記載「一枚のノズルプレート3には多数の小孔2がマトリクス状に穿設されている」第0060段落の記載「ノズルや回路の高密度実装を実現したので、多数のノズルをマトリクス状に高密度で配備することが容易となり、印刷速度の高速化や高画質印刷が実現される。」および図面の図2、図4、図6、図8の記載に基づくものです。」(第3頁第14行?21行)と主張している。しかし、上記各段落の記載からは、ノズル(小孔)が複数個、マトリクス状に配置されることは理解できるものの、ノズル列を「3列以上」と限定するものではない。また、図2、図4、図6及び図8にはそれぞれ、5列のノズル列が形成されたインクジェットプリンタヘッドの実施形態が示されているものの、これらの図は、前記した、「前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されている」点の補正の根拠である、「第6の実施形態」とは別の実施形態を表すものであって、「第6の実施形態」を表す図10には、ノズル(小孔)は1つしか示されておらず、当該実施形態において「ノズル列を3列以上配列」することの限定が当初明細書等に記載されていたとする根拠は見当たらない。したがって、当該補正事項は、新規事項を追加したものと認められる。
以上、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反しており、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.補正後請求項1記載の発明についての独立特許要件の判断
本件補正の目的が、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に規定された、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものと仮に認めた上で、補正後請求項1記載の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものかについて以下に検討する。なお、本件補正により「前記振動」を「前記振動板」と補正した点は、明らかな誤記の訂正であると認められる。
ここで、上記したように、本願当初明細書等の記載から、補正後請求項1記載の「薄膜トランジスタ」は「薄膜トランジスタ回路」を意味するものと解されることから、補正後請求項1の記載は以下のとおりとする。
「インクを貯溜する圧力室にノズルと振動板を設け、電気信号で駆動される圧電素子によって前記振動板を振動させて前記ノズルからインク滴を吐出するように構成したインクジェットプリンタヘッドであって、
前記ノズルは複数のノズルを一列に並べたノズル列を3列以上配列してなり、前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタ回路とが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されていることを特徴とするインクジェットプリンタヘッド。」

3-1.独立特許要件違反1(記載要件)について
補正後請求項1の「前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタ回路とが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されている」との記載では、「ノズルにおけるインクの吐出方向軸」とは何か明確でなく、ノズル等の各構成部材がどのように積層されているのか不明確である。
通常、あるものの軸とは、あるものの中心を通る直線をいい、またインク吐出方向とはノズル面に垂直な方向をいうから、「ノズルにおけるインクの吐出方向軸」とは、ノズルの中心を通るノズル面に垂直な直線をいうと解される。
しかしながら、そのように解した場合、上記記載の技術上の意義、ひいては補正後請求項1記載の発明の技術上の意義が理解できない。
この点に関し、審判請求人は審判請求書において「さらに、本願発明では、この薄膜トランジスタをノズルと同軸上に積層配備することによって多数のノズルを高密度配置することができるようになりました。」(第4頁第21行?22行)と主張し、当審における平成18年9月1日付けの審尋に対する平成18年10月30日付けの回答書においては、「本願の発明は、引用文献A,B,C,D,Eに全く記載のない「ノズルと圧力室と振動板と圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタとが、ノズルにおけるインクの吐出方向軸上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されている」ことを特徴とするもので、これにより、引用文献A,B,C,D,Eに記載された発明が奏する効果の総和以上のものであるところの、「圧電素子に電気信号を供給するためのトランジスタを薄膜トランジスタによって形成することにより回路構成の高密度化が達成される。また、この薄膜トランジスタを圧電素子と同軸上に積層配備することによってトランジスタ専用の基板が不要となり、同時に、圧電素子とトランジスタとの間の配線容量も軽減される。この結果、多数のノズルを高密度で配備することが容易となり、印刷速度の高速化や高画質印刷が実現される。」(明細書の段落0012)という明細書記載の格別の効果を奏するものであります。」(第6頁第11行?22行)と主張しているが、薄膜トランジスタ回路の一部が、「ノズルにおけるインクの吐出方向軸」に存在していたとしても、その回路全体の大きさがどのようなもので、どのような範囲に形成されているのか何ら特定されていない以上、多数のノズルを高密度配置することができるようになっているのかはわからない。本願発明の目的は「配線や回路構成を高密度化し、印刷速度の高速化や高画質印刷に適したインクジェットプリンタヘッドを提供することにある。」(本願明細書段落【0011】)が、補正後請求項1記載の発明が上記発明特定事項を具備することが上記目的を達成するための手段とは認められないし、上記発明特定事項の技術上の意義が何かが分かるような記載は本願明細書の発明の詳細な説明にはされていないし、本願出願時における技術常識に基づいて理解できるものでもない。
したがって、補正後請求項1の上記記載は、技術的に不明確であって、特許法第36条第6項第2項の規定に違反しており、また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、補正後請求項1記載の発明の技術上の意義を当業者が理解できるように記載していないものであるから、平成14年改正前特許法第36条第4項第1号の規定による委任省令(特許法施行規則第24条の2)の規定に違反しており、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3-2.独立特許要件違反2(新規性又は進歩性)について

A.引用例
本願の出願日前である、平成10年8月4日に頒布された特開平10-202874号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

(ア)「【発明の属する技術分野】
本発明は、インク吐出の駆動源に圧電体薄膜を使用するインクジェットプリンタヘッド及びその製造方法に関するものである。」(【0001】)

(イ)「本発明の方法を使用することによって有利な構造のインクジェットプリンタヘッドを形成することができる。このインクジェットプリンタヘッドは、インクジェット基台1の上に共通電極3、PZT4、上電極5が接着された後、上電極5上に隔壁72内にインクリザーバ76が形成された薄膜デバイスを別の基板から剥離させて接続することによって製造できるものである。」(【0079】)

(ウ)「符号70は、インクリザーバ76に臨む薄膜トランジスタであり、上電極5に対するスイッチング素子として機能するものである。このような構造のインクジェットプリンタヘッドは、インク供給口が振動板(共通電極)3に形成されているために、インクタンクから圧力室9までのインクの経路が短く、直線的であり、高ノズル密度で高駆動周波数を両立できるものである。なお、振動板としてはその他に共通電極のみ、共通電極とチッ化珪素、ジルコニウム、ジルコニア等が使用できる。」(段落【0080】)

(エ)「【図7】
本発明の実施例によって製造された他のインクジェットプリンタヘッドの断面構成図である。」(【図面の簡単な説明】)

(オ)図7には、インクジェット基台1に圧力室9及びノズル(符号40により示されている)が形成されており、ノズル40におけるインクの吐出方向軸線上にノズル40、圧力室9、振動板(共通電極)3、PZT4及び薄膜トランジスタ70の一部が存在するようにこの順で積層配備されていることが看取できる。

上記(ウ)に「高ノズル密度」と記載されていることから、複数のノズルを備え、少なくとも一列のノズル列を備えていることは明らかである。

したがって、上記(ア)?(オ)の記載等を勘案すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「ノズル40及び圧力室9が形成されたインクジェット基台1の上に振動板(共通電極)3、PZT4、上電極5が接着された後、上電極5上に、隔壁72内にインクリザーバ76が形成され、インクリザーバ76に臨み、上電極5に対するスイッチング素子として機能する薄膜トランジスタ70が形成された薄膜デバイスを別の基板から剥離させて接続することによって製造されたインクジェットプリンタヘッドであって、ノズル40におけるインクの吐出方向軸線上に、すなわちノズル40の中心を通るノズル40の(開口)面に垂直な方向の直線上にノズル40、圧力室9、振動板(共通電極)3、PZT4及び薄膜トランジスタ70の一部が存在するようにこの順で積層配備されているインクジェットプリンタヘッド。」

B.対比
引用発明の「ノズル40」、「圧力室9」、「振動板(共通電極)3」及び「PZT4」が、補正後請求項1記載の発明の「ノズル」、「インクを貯留する圧力室」、「振動板」、「電気信号で駆動される圧電素子」にそれぞれ相当する。(なお、「圧電素子」という場合、圧電材料からなる圧電体とそれに電気信号を供給するための電極とを含めたものを指すこともあり、その場合は、引用発明の「上電極5」、「PZT3」及び「振動板(共通電極)3」からなる構成部材が補正後請求項1記載の発明の「圧電素子」に対応することになり、「振動板(共通電極)3」は補正後請求項1記載の発明の「圧電素子」と「振動板」を兼ねるので、引用発明と補正後請求項1記載の発明との構造上の相違点が生じることとなるが、このような点は設計上の微差であり、格別の相違点とはならないので、上記のように相当関係を認定する。)
引用発明の「薄膜トランジスタ70」は、「薄膜トランジスタ回路」を構成する回路素子であることは明らかであり、この「薄膜トランジスタ70」は、上電極5に対するスイッチング素子として機能するものであることから、これが補正後請求項1記載の発明の「前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタ回路」に相当するものと解される。

したがって、補正後請求項1記載の発明と引用発明とは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点>「インクを貯溜する圧力室にノズルと振動板を設け、電気信号で駆動される圧電素子によって前記振動板を振動させて前記ノズルからインク滴を吐出するように構成したインクジェットプリンタヘッドであって、
前記ノズルは複数のノズルを並べて配列してなり、前記ノズルと前記圧力室と前記振動板と前記圧電素子に電気信号を供給するための薄膜トランジスタ回路とが、前記ノズルにおけるインクの吐出方向軸上に、すなわちノズルの中心を通るノズルの面に垂直な方向の直線上にこの順で各ノズルに対応して積層配備されていることを特徴とするインクジェットプリンタヘッド。」

<相違点1>補正後請求項1記載の発明が「複数のノズルを一列に並べたノズル列を3列以上配列」してなるのに対し、引用発明では、そのように特定されていない点。

C.判断
<相違点1>について
本願出願時において、インクジェットプリントヘッドに3列以上のノズル列を設けることは例をあげるまでもなく周知・慣用されている。
したがって、引用発明において、複数のノズルを3列以上のノズル列とすることは単なる周知・慣用技術の付加にすぎず、少なくとも、当業者が必要とするヘッドの仕様形態に基づいて適宜になし得る程度のことにすぎない。
したがって、補正後請求項1記載の発明は、引用発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、そうでないとしても、引用発明及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

[補正の却下の決定のむすび]
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるし、仮に、そうでないとしても、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり、いずれにしても同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本件審判請求についての判断
1.本願発明の認定
本件補正が却下されたから、本願の明細書及び図面は、平成15年11月4日付け手続補正により補正されたものであり、当該手続補正により特許請求の範囲には請求項1乃至4が記載されているが、そのうちの請求項4に係る発明は、当該手続補正で補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲請求項4に記載された事項によって特定される次のとおりのものである。

「 絶縁基板と、この絶縁基板上にマトリクス状に配列された薄膜トランジスタと、この薄膜トランジスタの上に積層され、この薄膜トランジスタと接続された圧電素子とからなることを特徴とする駆動回路基板。」(以下、「本願発明4」という。)

2.引用例
原査定の拒絶の理由に引用され、平成11年3月23日に頒布された特開平11-78003号公報(以下、「引用例A」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

(カ)「ノズル、噴射すべき液体を保持するための液室、前記液室上に形成された振動板、前記振動板を貫通する液体供給孔、前記振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る圧電素子を具備し、各々が複数個配列されて成り、前記圧電素子を絶縁基板上に設けた薄膜トランジスタを用いた駆動回路で駆動し、前記振動板をたわませ前記液室の体積を変化させることにより、該液室内に供給された液体を前記ノズルより外部に噴射させる液体噴射記録ヘッドにおいて、
前記ノズル、液室、振動板、液体供給孔及び圧電素子が形成されて成るヘッド基板上の前記上電極と前記絶縁基板上の薄膜トランジスタを用いた駆動回路の出力端子を向かい合わせに接続し、前記絶縁基板における薄膜トランジスタのない面に実装基板を設け、前記ヘッド基板及び前記絶縁基板端面及び前記実装基板により囲まれた空間を封止し、前記液室に供給する液体を貯蔵する液体貯蔵室を形成したことを特徴とする、液体噴射記録ヘッド。」(【請求項1】)

(キ)「本発明は、この駆動回路に薄膜トランジスタ(以下、TFTと示す)、特に多結晶珪素をチャネル部に用いた薄膜トランジスタ(以下、poly-Si TFTと示す)を用いた場合の、液体噴射記録ヘッドの駆動回路及び駆動方法に関する。」(【0003】)

(ク)「(実施例1)
図1は本発明の実施例における液体噴射記録ヘッドの斜視図、図2はその断面図、図3は本発明の実施例における液体噴射記録ヘッドにおける、ノズル、液室、振動板、液体供給孔及び圧電素子が形成されて成るヘッド基板の斜視図、図4は本発明の実施例における液体噴射記録記録ヘッドにおける、駆動回路を構成する絶縁基板上のTFTの断面図を示す。」(【0022】)

(ケ)「図1を基に、本実施例の液体噴射記録ヘッドの構成を説明する。101はノズル、102はノズルプレート、103は液室、104は液室下に張られた振動板、105は振動板を貫通する液体供給孔、106は液室の隔壁であり、前記101乃至106の構成要素によりヘッド基板が構成されている。圧電素子は図示されていないが、振動板104のさらに下側に配置されている。107はTFTを用いた駆動回路が形成された絶縁基板であり、TFTは図示されていないが、絶縁基板107の上側に配置されている。108は実装基板であり、絶縁基板107のTFTのない面に設けられている。109は前記ヘッド基板及び絶縁基板107の端面及び実装基板108により囲まれた空間を封止するための封止用構造体であり、これらによって封止された空間が液体貯蔵室110となっている。」(【0023】)

(コ)「図2を基に、本実施例の液体噴射記録ヘッドの詳細な構成、製造方法、及び液体噴射の動作を説明する。ヘッド基板は、ノズル101、ノズルプレート102、液室103、振動板104、液体供給孔105、液室の隔壁106、及び下電極111、圧電膜112、上電極113、保護膜114により構成される。下電極111、圧電膜112、及び上電極113により圧電素子が構成され、該圧電素子の上下電極間に電圧が印加されると、圧電膜112が変形し、この結果圧電素子は振動板104や保護膜114ごと変形する。保護膜114には開口部が形成され、この開口部に形成された接続電極115を介してヘッド基板の上電極113とTFTを用いた駆動回路が形成された絶縁基板107上の駆動回路の出力端子(図示せず)が向かい合わせに接続されている。この電極接続部には保護層116が形成されている。絶縁基板107のTFTのない面には実装基板108が設けられ、これらにより囲まれた空間を封止用構造体109により封止し、液体貯蔵室110が形成される。」(【0025】)

(サ)「図4において、本実施例における液体噴射記録ヘッドにおけるTFTを用いた駆動回路の断面構成を説明する。絶縁基板107上にTFTのソース・ドレイン部118及びチャネル部119が、例えばpoly-Si薄膜により形成される。ソース・ドレイン部にはリンまたはホウ素等の不純物が拡散されている。チャネル部119上にゲート絶縁膜120が例えば2酸化珪素膜により形成され、さらにゲート電極121が例えばタンタルにより形成される。その上に層間絶縁膜122が例えば2酸化珪素により形成され、金属配線層123が例えばアルミニウムにより形成される。最後に保護層124を例えば2酸化珪素により形成し、保護層124に開口部を形成することにより、駆動回路の出力端子125を形成し、TFTによる駆動回路が完成する。この駆動回路の出力端子125の配列ピッチを、前記圧電素子の配列ピッチと同一のものとすることにより、本実施例の液体噴射記録ヘッドを構成することが可能となる。」(【0026】)

上記(コ)、(サ)には、絶縁基板上に薄膜トランジスタ(TFT)を用いた駆動回路が形成されていることが記載され、上記(カ)には圧電素子の上電極と絶縁基板上の薄膜トランジスタ(TFT)を用いた駆動回路の出力端子を接続することが記載されている。
上記(カ)には、圧電素子が複数個配列されていることが記載され、上記(サ)には、薄膜トランジスタ(TFT)を用いた駆動回路の出力端子の配列ピッチと、圧電素子の配列ピッチを同一のものとすることが記載されている。薄膜トランジスタ(TFT)が、個々の圧電素子を駆動するためのスイッチング素子をなす事を考慮すると、薄膜トランジスタ(TFT)及びそれを用いた駆動回路が、各圧電素子に対応して複数配列されているものと解される。

以上、上記(カ)?(サ)の記載等を勘案すると、引用例Aには、次の発明(以下「引用発明A」という。)が記載されていると認められる。

「振動板上に形成された下電極、圧電膜、上電極より成る複数の圧電素子に対応して複数個配列されて成り、前記圧電素子を駆動する薄膜トランジスタを用いた駆動回路を設けた絶縁基板であって、前記圧電素子の前記上電極と薄膜トランジスタを用いた駆動回路の出力端子を向かい合わせに接続するようにした絶縁基板。」

3.対比
引用発明Aの「薄膜トランジスタを用いた駆動回路を設けた絶縁基板」は、本願発明4の「駆動回路基板」に相当する。
引用発明Aの「駆動回路」は「薄膜トランジスタを用いた」ものであって、複数ある圧電素子各々に対応するものである。本願発明4のようにマトリクス状であるかは定かではない(この点は相違点として以下で扱う)が、絶縁基板上に複数の薄膜トランジスタが配列されている限度では、両者は共通している。
引用発明Aの薄膜トランジスタは駆動回路として、圧電素子と接続されていることは明らかである。

したがって、本願発明4と引用発明Aとは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点>「絶縁基板と、この絶縁基板上に複数配列され、圧電素子と接続される薄膜トランジスタとからなる駆動回路基板。」

<相違点1>本願発明4では、「駆動回路基板」の構成部材として、圧電素子を含むのに対して、引用発明Aでは、圧電素子は絶縁基板上の薄膜トランジスタと電気的に接続され、完成された液体噴射ヘッドとしては一体となるものの、その圧電素子は、ヘッド基板の構成部材として形成され、駆動回路基板の構成部材とはいえない点。

<相違点2>本願発明4では、圧電素子が薄膜トランジスタの上に積層されるのに対して、引用発明Aでは、薄膜トランジスタを用いた駆動回路としては積層関係があるものの、駆動回路を構成する回路素子である薄膜トランジスタの上に圧電素子が積層されているか不明な点。

<相違点3>本願発明4では、薄膜トランジスタが絶縁基板上にマトリクス状に配列されているのに対して、引用発明Aでは、そのように特定されていない点。

4.判断
<相違点1>について
本願発明4は、その記載のみでは明確ではないものの、本願明細書の発明の詳細な説明等の記載からして、圧電素子を用いてインク滴を吐出させるインクジェットプリンタヘッドを構成する構成部材としての駆動回路基板であると解される。
インクジェットプリンタヘッドを製造する際に、圧電素子を圧力室や振動板と一体に形成するか、別部材として例えば絶縁基板などの支持体上に形成して最後に振動板等と積層一体化するかは、圧電素子の種類やその製造方法等に起因して適宜に選択されることである。
例えば、特開平8-318625号公報には、積層型圧電素子を用いた周知のインクジェットヘッド及びその製造方法が開示されているが、「図7に示すように基板3上の前記圧電素子接合領域54,55に積層型圧電素子をプレート状に形成してなる圧電素子プレート56,56を接着剤6(図3参照)を用いて接着接合する。」(【0042】)、「次いで、ダイヤモンド砥石をセットしたダイサー等によって、2枚の圧電素子プレート56,56及び基板3の表面部を、その端面電極57,58と直交する方向に所定のピッチ、例えば1ピッチ当たり100μm程度の幅の圧電素子7,8が形成されるピッチで切断するスリット加工を施して、駆動部圧電素子7及び固定部圧電素子8となる複数の積層型圧電素子を分割形成する同時に、端面電極57,58を個々の駆動部圧電素子7(及び固定部圧電素子8)に対応する個別端面電極28,29に分割する。」(【0044】)、「そして、このようにして完成したアクチュエータユニット1上に、別途加工組付けを行った液室ユニット2をその振動板12側(接合面)を下方にして、位置合わせしながら接着接合する。最後に、基板3のインク供給孔3aにインク供給パイプ25を挿入して接着剤を塗布硬化して固定する。」(【0052】)と記載されており、絶縁基板3(基板3が絶縁基板であることは段落【0040】等の記載から明らかである。)上に回路配線と圧電素子を共に形成するようなことは従来周知の技術にすぎない。
したがって、上記相違点1に係る本願発明4の発明特定事項は、引用発明A及び周知技術に基づいて容易に想到し得る事項であって、その発明特定事項を採用することは、圧電素子の種類やインクジェットプリントヘッドの製造方法を考慮して当業者が適宜に選択し得る設計事項にすぎない。

<相違点2>について
上記「第2 2.新規事項」及び「第2 3.補正後請求項1記載の発明についての独立特許要件の判断」で述べたのと同様に、本願当初明細書等において、薄膜トランジスタ回路9と圧電素子との配置関係を示した図(図9及び図10が該当)はあるものの、薄膜トランジスタ回路9を構成する回路素子である「薄膜トランジスタ」と圧電素子との位置関係を規定した記載はなく、図示もされていない。したがって、本願発明4の上記相違点2に係る発明特定事項は「圧電素子が薄膜トランジスタの上に積層される」のではなく、「圧電素子が薄膜トランジスタ回路の上に積層される」と解すべきであり、そうすると、引用発明Aにおいて、少なくとも薄膜トランジスタを用いた駆動回路の一部(出力端子)は、圧電素子の上電極と接続されているのだから、圧電素子と薄膜トランジスタ回路とが積層関係にあることは間違いのないことであり、両者に実質的な相違は認められないこととなる(なお、圧電素子と薄膜トランジスタとの「上下」関係は、相対的なものであって、「薄膜トランジスタの上に積層される」との記載があるものの、その点は相違点としては判断しない。また、引用例Aの図2には、上記記載の通りの上下関係が示されているといえる。)。
仮に、本願発明4の記載のとおり、圧電素子と「薄膜トランジスタ」とがその積層関係をなすものだとしても、駆動回路の一部(薄膜トランジスタ)との積層位置関係を規定しただけのことであり、そのようなことは、回路のレイアウトを考慮して、適宜になし得る設計事項にすぎない。

<相違点3>について
「マトリクス状に配列」とは行方向と列方向に2次元的に配列することであると解されるが、本願出願時において、インクジェットプリンタヘッドのノズル列を複数列2次元的に設けるようにすることは、高密度化、カラー化の要請により普通に行われている常套手段であって、それにより、圧電素子も「マトリクス状に配列」される。したがって、各圧電素子に対応して駆動回路を配列する場合には、その駆動回路も当然に、「マトリクス状に配列」されることとなる。
引用例Aには、他の実施例として圧電素子や薄膜トランジスタ(TFT)を用いた駆動回路を2列配列する例が開示されている(段落【0035】?【0038】、図8を参照)。
この例の場合、絶縁基板を2個設けることにより2列配置を実現しているので、同一の絶縁基板上でマトリクス状に配列したものではないが、例えば、絶縁基板の相対する辺に沿って、駆動回路を構成することも容易に想到し得るし、上記した特開平8-318625号公報に記載されたような積層型圧電素子を採用すればさらに複数列の駆動回路を実現することは容易となる。
したがって、相違点3に係る本願発明4の発明特定事項は、引用発明A及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に想到し得ることである。

上記のように、相違点1乃至3に係る本願発明4の発明特定事項は、実質的な相違点でないか、設計事項か、当業者にとって想到容易な事項であって、それらを採用することによる効果も、格別なものではなく、当業者が予測し得る程度のことである。

5.むすび
したがって、本願発明4は、引用発明A及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本件補正は却下されなければならず、本願発明4が特許を受けることができない以上、本願出願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-05-16 
結審通知日 2007-05-22 
審決日 2007-06-04 
出願番号 特願2002-105107(P2002-105107)
審決分類 P 1 8・ 561- Z (B41J)
P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男  
特許庁審判長 番場 得造
特許庁審判官 尾崎 俊彦
藤井 靖子
発明の名称 インクジェットプリンタヘッドおよび駆動回路基板  
代理人 高橋 勇  

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